とある世界の残酷歌劇 > 第一幕 > 4

「――――なぁ――――ちょっといいかい」

声がした。

辺りは人でいっぱいだというのに、それは自分たちに向けられた事を確信として少年は振り向く。

「………………」

そこに、一人の少年が立っていた。

高級そうだがどこかくすんだ赤いジャケットに両手を突っ込み、立つ少年。

人の良さそうな笑みを浮かべ、けれど何故かに剣呑な気配を纏っている彼は頷いた。

「あぁ、アンタらだよ。ちょっと、聞きたい事があるんだが、いいか?」

「………………」

返事はない。

問われた少年は視線を泳がせるように横に向け、隣に立つ少女を見る。

彼女もまた、声をかけてきた少年を見ていた。
しかしその瞳はどこか虚ろで、その内に何も写してないようにさえ思える。

それを数瞬の間見つめ、少年は再び眼前の彼へ視線を戻す。

「………………なんだ」

低く、押し殺すような声。

敵意――いや、殺意すら感じるそれに臆することなく、彼は笑みを崩さずに言葉を返す。

「いや、何。ちょっと人を探してるんだが――」

彼は薄く笑い、尋ねた。

「――結標淡希、知らねぇ?」



数秒の沈黙。

まるで彼らの周囲だけが世界から切り取られたかのように、人の流れから隔絶され、川中の島のように停止した空間が出来ていた。

両者の距離は五メートルほど。

人混みの中、その間の空間がぽっかりと開いていた。

その間隙を埋めるように少年は言葉を放つ。

「…………ああ、結標ね」

頷く。

「知ってるといえば知ってるし…………知らないといえば知らないな…………」

「……なんだそりゃぁ」

曖昧で答えになっていない返事に、彼は眉を顰めた。

「どこにいるのかは、正確には分からない…………ただ…………どこに行ったのかなら分かる…………」

小さく、ぼそぼそと喋る少年に彼は嘆息する。

「あぁ、俺が悪かった。了解だ」

大仰に両手を挙げ、彼は頭を振り、手を下ろし再び少年に視線を投げかける。

その顔に笑みはなく、今度は明確な敵意を持って。



「テメェら自身にも幾つか訊きたい事があるんだ。ちょっと一緒に来てもらえるかよ――――上条当麻、御坂美琴」



息の詰まるような圧迫感を伴って放たれた言葉は、周囲の人のいない空間を広げる。

――鼠は災害を察知して船から逃げ出すという。

本能的にだろうか、周囲の人混みがざあっ――と潮のように退いた。

あたりは相変わらずの休日の喧騒で。
しかし彼ら三人の周囲だけ、見えない壁で仕切られているように無人の一画が出来上がった。

そんな光景を、さして興味のない様子で少年は見回し。

「着いて来いって言ったって…………そもそも俺は、アンタが何者なのか聞いてないんだが…………」

今度は幾分かはっきりとした口調でそう言った。

その問いに彼は目を瞑りつまらなそうに息を吐く。

「別に覚える必要はないぜ――――垣根帝督だ」

そう告げて彼は、一歩、足を進める。

「………………ああ、なるほど」

その答えに満足そうに少年は頷き。

向けられた視線。





「――――――オマエが垣根か」





――――どろりと。

沈殿した泥のような重く冷たい殺気を乗せられた言葉が口から放たれた。



「――――――!」

明確な、殺意を放つ少年。

それは浜面の知る『彼』ではなかった。

何か、もっと別の恐ろしい何かだ。

一体何が彼をこうまで変貌させたのか。

浜面の脳がそれを想像する事は叶わない。

ただ、何かがあって、彼はこうして悪鬼のようなどす黒い殺意を得るに至った。
その事だけは容易に想像がついた。

だからだろうか。

「垣根――――」

浜面は自身が何を言おうとしていたのか分からない。

けれど何か、どうしようもないものが起こる気配がして堪らなくて。



「――――結標、な」

少年の口から放たれるそれが呪詛に等しく聞こえ、浜面は息を呑む。

「どこへ行ったのか、教えてやるよ」



ピィ――――ン…………、



小さく、甲高い金属音が空気を振るわせた。

どこかで聞いたような音。それは極々日常で発せられるものだ。

最初、浜面は気付かなかった。

まるで騙し絵のようなその僅かな違いを認識できなかった。




      汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ
「――――Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate'」





きらり、曇天にも関わらずどこからか得た光を反射して、宙を泳ぐ何かが瞬いた。

思わずそれが何か確認しようとして浜面は目を凝らす。

くるくるとその身を躍らせ、緩やかに放物線を描き落ちてくるそれは。

「――――――!」

落下するその先。

そう、それは。

ようやく自身を思い出したかのように。





垣根の肩越しに見える少女の腕がいつの間にか眼前に伸ばされその先は真っ直ぐに垣根に向けられていた。





「――――地獄の門の、向こう側だよ」





少年の昏い声がわんわんと反響するように聞こえ、

そして落下したゲームセンターで用いられる安っぽい金属製のコインが少女の腕に吸い込まれ、



「――――――――――垣根ぇぇええええええっっ!!」



浜面の叫びは、直後轟音と共に水平に射出された光芒にかき消された。









前へ  次へ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年02月21日 18:35
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。