とある世界の残酷歌劇 > 第一幕 > 2


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同じ頃。

絹旗は当て所なく雑踏を歩いていた。

昨夜の雨の影響か、灰色の空の下を吹く風は冷たく、そろそろ手袋がいるかなと近くの雑貨屋のショーケースを覗き込んだ。

しかし理由もなくぶらついている訳ではない。

あの日を境に消えた幾人かの足跡がないか、それを捜し歩いていた。

滝壺の能力を使えば御坂の行方は確実に分かるだろうが、浜面が頑なにそれを拒否したために未だその行方は知れていなかった。

大通りの中、どうにも今日は柄の悪い連中が多い気がする人混みを泳ぐようにして絹旗は歩く。

辺りは若者向けの服飾店や小洒落た喫茶店が軒を連ねる一等地だ。

こんな場所にいるはずはないとは思いながらも、絹旗はきょろきょろと辺りを見回す。

一方通行という要を失った『グループ』の連中が何を考えているのかは分からない。

ましてや、御坂美琴という表舞台に立っていたはずの超能力者が姿を眩ませる理由など絹旗には知る由もなかった。

だからだろうか。

もしかしたら、こんな街のど真ん中にいるかもしれない。そう思ったのだ。





滝壺の能力を使わせない事については絹旗も概ね賛成だった。

体晶とかいう訳の分からない妙なクスリを使ってまで無理をする事はない。
あれは確実に滝壺の体を蝕むのだ。
少なくともそれを気遣う程度にはまだ彼女には人間らしいまともな感情と思えるものがあった。

しかし、学園都市の暗部という最悪な地獄の果てに身を置く自分がそんな綺麗事を言えるはずもない。

そう思っていた。

だのに彼は、毅然なまでの態度でそれを拒否した。

ある意味それは絹旗に憧憬ともいえる感情を喚起させていた。

諦めにも似た堕落に身を任せかけていた絹旗に、それでも抗おうという意志を湧き起こさせたのだ。

そんな彼に義理立てするつもりは毛頭ないが、少しばかりの協力を以ってしてそれに報いるくらいの事はしてもいいのではないのだろうか。

万に一つも目当ての人物を見つけられる当てなどなかったが、絹旗はそうして一人街を歩く。

……超欺瞞にもいいところですが。

つまるところ、これは贖罪にも似た自慰行為に過ぎない。
滝壺を気遣っているという単なるアピールでしかない。

自分の偽善者振りに吐き気がして、絹旗は小さく嘆息した。

店頭で新商品のアピールを喧しく唱える女性を脇目に絹旗は思考する。

御坂美琴という少女についてだ。

他の『アイテム』の面々――つい最近参入した浜面を除いた連中だ――と違って、絹旗は彼女に直接の面識を持っていない。

麦野が彼女と交戦した事については聞いたが、その時どうして彼女がそういう事態に陥る破目になったのか。そこまでは知らない。

もしかすると、今回の失踪にも関係しているのかもしれない。

――調べてみる必要があるかもしれませんね。

そう頭の中のメモ帳に書き記し、絹旗は足を止め辺りを見回す。

街は相変わらずの雑踏に塗れ、どこから湧いて出たのかと思うほどの人で溢れていた。

この中のどこかに件の少女がいるかもしれない。

そう思うと、いつもは気にも留めず木偶人形のようにしか思えない彼らの顔を逐一見てしまう。

一体何が可笑しいのか。彼らは大抵ご機嫌な様子で、その表情は絹旗の気持ちを余計に暗鬱にさせるのだった。

はぁ、とまた一つ溜め息を吐き、絹旗は再び歩き出す。

相変わらずの喧騒は絹旗の感情を逆撫でし、何が悲しくてこんな苦行じみた行動を取っているのかと誰かに問い質したくなる。

もはや雑踏の中を歩くという行為そのものが目的になりつつあった。

この針の筵にも似た場所に身を置く事が滝壺への懺悔のようにも思え。

――それこそ苦行じゃありませんか。

行き場をなくした感情をぶつけようと、小石を蹴ろうとして、けれど整備された街にそんなものがあるはずもなく、
絹旗は感情を燻らせながら再び雑踏へと目を向けた。

そして。

「――――――ぃ」

すんでのところで息を止め、けれど目を瞠った。

絹旗の視線の先には。

(なんでこんな所にいるんですか――!)

暢気な笑顔を浮かべ、どうにも優雅な仕草でカップを傾ける海原光貴の姿があった。





――――――――――――――――――――





ブーッ、ブーッ、と唐突に身を震わせた携帯電話に浜面はぎくりとする。

一体誰だ。今はそれどころではないというのに。

やり場のない苛立ちを覚えながらも逡巡している間に、垣根はゆっくりと歩き出す。

じゃり、と砂を噛む靴の音がやけに鮮明に聞こえ、浜面は余計に慌てた。

歩みを進める垣根の背と、ポケットで頑なに自己主張する携帯電話とに交互に視線を向け。

――くそっ。

垣根を追いながらポケットからそれを取り出した。

視線を落とし、右手に掴んだ携帯電話の画面を見る。

そこにはメールを受信した事を告げるメッセージが表示されていた。

垣根は浜面に振り返る事もせず、一歩ずつ確実に、少しずつ足を速めて、その距離を詰めてゆく。

手の中の携帯電話に気を取られた浜面は出遅れ、垣根との距離はかなり開いていた。

それに追い縋ろうと足を動かし。

けれどどうしてか、そんな事をする余裕もないはずなのに携帯電話に意識を取られる。

何か、妙な予感が浜面の精神を苛んでいた。

ちら、ちらと携帯電話に視線を向けるたび、垣根との距離は広がってゆく。

「っ――――」

意味のない決意をして、垣根は一挙動でメールボックスを開いた。

即座に新着メールが開き、本文が画面に表示される。

そこには――――。







「………………え?」

最初、その文字列の意味するところが理解できなかった。

一瞬、思わず足を止め、呆然と立ち尽くし、そしてはっとなって前方を見る。

そこには雑踏に紛れかけた垣根の背と、その向こうに、あの強烈なまでの存在感を放つ制服が見えた。

再び携帯の画面に目を落とす。

そこには。





「……おい……どういう事だよ」









遠く、第二二学区の地下街で御坂美琴を発見した旨を告げる文章が並んでいた。

そして再び、手の中の携帯電話が唸る。

「――――!」

新たにメールを受信した事を告げるポップアップメッセージ。

ボタンを押し、新着メールを表示させる。

そこには同じように、御坂美琴を発見した事を報告する文章。

「ちょっと待て――――」

しかし、少しだけ違った。

GPSの位置情報が添付されたそれが示すのは。

「十八学区――――!?」

そして、再び振動。

新着メール。

振動。

メッセージ。

振動。メール。振動。受信。振動。振動。新着。振動。振動。振動振動振動振動振動――――。

「どう――なってんだ、これは――――」

その悉くが全く異なった場所を示す、『御坂美琴』の目撃を告げるメールが画面いっぱいに溢れた。



再び視線を前方へ向ける。

もはや浜面の目には垣根の姿は映っていなかった。

そんな些細な事はどうでもいい。

それよりももっと大事なのは、その先に微かに、



――――『御坂美琴』の後姿。



それが確実な実体を以って存在していた。

立ち尽くす浜面の手はだらりと垂れ下がり、そうしている間にも携帯電話は振動を止める事はない。

ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、

小刻みに震える手の内の小さな機械は、現実を否定するようにがなりたてる。

ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、

白昼夢でも見ているのだろうか。いや、もしかすると精神感応系の能力者に認識を弄られているのかもしれない。

「――――そんなはずがあるか――っ!」

現実を直視しろ浜面仕上。今、己の目には確かに捜し求めていた相手の背が映っている。

そう、そして何より。



彼女の横に並んで歩いているのは、特徴的な、ツンツンとした黒い髪の少年じゃないか――!





ぐっ、と足に力を込め、浜面はその後姿を見据える。

手の中の小さな金属と合成樹脂の塊は相変わらずそれを否定するように振動を止めず。

うるさい、と。

握り潰すように拳に力を入れ、浜面は駆け出す。

見えない情報などよりも、確かにこの目で見える事こそが真実だ。

現にこうして、目の前に御坂美琴が、そして――。

――――ふと、手の中の感覚が変わった。

浜面はそれを認識しながらも、意識から外した。

そしてまた、どうにも妙な、そして強烈な予感。

変わったのは振動。

手を伝わる震えも、耳朶を叩くその音も、それが意味する事も。



ブ――――ッ、ブ――――ッ、という、通話の着信を意味する長い振動のサイクル。



それがどうしても無視できず、振り上げた手をそのままに浜面は画面を見た。

そこには、アドレス帳に登録された人物からを示す、相手の名が表示されていた。



『絹旗最愛』、と。





ぎり、と思わず歯噛みする。

混乱に混乱を重ね知覚できぬままに疲弊した浜面の意識は、そのよく知る名に強烈な怒りを覚える。

思わず親指が、大きな通話切断のボタンを押そうとする。

が。

ここで通話を断ってしまっていいのか――――?

絹旗から、メールではなく通話で連絡が来る事など今まで一度でもあっただろうか?

通話、だ。口頭での連絡を必要とするほどに急な、かつ重要な事項ではないのか?

もしかしたら、絹旗は最悪なまでの事態に巻き込まれ、助けを求めているのではないのだろうか?

もしかしたら、絹旗は事件の核心を突く情報を手に入れそれを伝えようと急いで電話をかけてきたのではないのだろうか?

もしかしたら、全ては浜面の知らぬ間に終わってしまっていて、もうこうして足を急く必要も混乱に頭を悩ます必要もないのではないだろうか?

もしかしたら、

もしかしたら、

もしかしたら、

ゆらゆらと浜面の親指が携帯電話のボタンの上で揺れる。

相変わらず携帯電話はブ――――ッ、ブ――――ッ、と振動し、画面には同じ人物の名がある。

そして、浜面は。

「――――くそぉっ!」

通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。

最初に聞こえたのは街の喧騒。

がやがやと、意味を成さない雑音だった。

そして、一瞬の間の後。



『――――浜面っ!』



聞き慣れた少女の声が耳に当てたスピーカーから響いた。

その声にどこかほっとした。

絹旗の携帯電話を何者かが奪い、自分に電話をかけてきたのではないか。
そういう妙な、妄想じみた嫌な予想が頭のどこかにあった。

けれど聞こえるのは確かに知っている少女の声で。



「――なんだよ、そんな声出して。告白なら直接の方がいいんだが」

思わず、状況も忘れ軽口で返した。

『何を超トチ狂った事を言ってるんですか! だいたい私が浜面の、そもそも滝壺さんが――じゃなくてですね!』

電話越しに聞こえるその声はどこか逼迫した様子で、浜面は緩みかけた思考を正す。

「――どうした」

短く問い、浜面は顔を上げる。

視線は遠く、人で溢れた道の先。

少女と、少年の後姿。

それに追いつこうと足は動き続けている。

けれどどうしてか。

距離は縮まっていないような錯覚を覚え――。





『                    』





「――――――え、」

告げられた言葉に、浜面の足は止まった。





――どういう事だ。

疑問で思考が埋め尽くされた。

――どういう事だ。

何か、冗談みたいなよくない夢でも見ている気がして、足元がぐにゃりと歪んだ気がした。

「――――どういう事だよ」

思わず口にしたその言葉に。

『ですから――――!』

電話の向こうの絹旗は再びそれを口にする。










『――――海原光貴と――――御坂美琴を発見しました――――!!』










視界の先では、垣根が何か声を発し、

それに振り返ったのは、





確かに写真で見た、御坂美琴だった。









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