とある世界の残酷歌劇 > 第一幕 > 1


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第一幕
『 ゆ め 』
















信号が赤を示し、浜面はブレーキを踏んだ。

緩やかに速度を落とし、ミニバンは停止線ぎりぎりでその足を止めた。

ハンドルを握る右手の人差し指を、とん、とん、と打ちつけながら浜面はゆっくりと左右を見回した。

休日の雑踏は相変わらずの平和で、それがなおさらに苛立ちを助長させる。

「………………」

無言。

辺りは能天気な顔を乗せた人ごみで溢れ、それを流し読みするように観察しながら浜面は小さく溜め息を吐いた。

助手席には何が可笑しいのか、軽薄な笑みを浮かべた垣根が座っている。

それを横目でしばらく見つめていたが、その顔が余計に癇に障って、視線を逸らした。

――何の因果でコイツとドライブと洒落込む羽目になったのか。

嘆いても仕方ない。言い出したのは自分なのだから。

ラジオに合わせ流行のJ-POPを口ずさむ垣根に顔を顰め、浜面はもう一度重々しく嘆息した。

どうせ助手席に乗せるなら滝壺がよかった。

昨夜の雨は上がり、まだ薄曇の空だが、長閑な休日だ。

日和とは言い難いがドライブにもまあ悪くない。

手製の弁当などを持参したりして、町外れにある自然公園にでも遊山に出るのもいいだろう。

が、隣に座るのは愛しい少女ではなく、それどころか忌々しいほどご機嫌な様子で鼻歌を垂れ流す超能力者の少年だ。

今や学園都市の頂点に君臨する『第一位』、垣根帝督。

そんなに歌いたきゃカラオケにでも行けよ、と心中毒づきながら、浜面は意識して彼を知覚から追い出した。

どうせならもっと楽しい事を考えよう。

そう思って、薄く目を閉じた。



真っ先に浮かぶのは、矢張り滝壺だった。

いつもどこか眠そうな目の、ふわふわとした雰囲気の少女。

先週の一件で、何故だか浜面は彼女にいたく気に入られていた。

あの大混乱の中を、浜面はなんとかしようと必死だった。

思えば最初はただの自己満足に過ぎなかったかもしれない。

浜面に張られた『無能力者』というラベル。

心の奥深くで苛み続ける選別の札。

その不名誉な称号は浜面にとって重々しく圧し掛かり、コンプレックスというにも生易しいものになっていた。

それをどうにかして返上しようと、自分では遠く及ばない高位能力者の闊歩する戦場で、無我夢中に立ち回っていた。

どこをどう走り回ったのか、何をしていたのかさえ朧気だった。

けれど気付いた時には、どうしようもない最悪が目の前に立ち塞がっていた。

圧倒的な力を背に、悠然と立つ少年。垣根帝督が。





学園都市の最高峰に君臨する七人の超能力者。

その一角に座す『未元物質』。

その対極に位置する彼に、浜面仕上などという凡俗にも程がある少年では逆立ちしたって敵いっこないはずだった。

どころか、二三〇万いるこの街の住人のどれだけが彼に刃を向けることが叶うだろうか。

多くは垣根の眉一つ動かす事すら能わず、有象無象の塵芥のように吹き飛ばされるだけだろう。

それを、浜面自身理解していた。

クソつまらない人生だったがここで終了か、と諦めた。

だというのに。

大能力者の少女は、無能力者の少年のために、超能力者の少年の前に立ち塞がったのだ。

こんな何一つ取り柄の無い、路傍の石でしかない無能力者のために。

敵うはずのない相手の前に、何の躊躇も逡巡もなく、滝壺理后は立ち塞がったのだった。



――パァーッ!



クラクションの音に我に返る。

見れば信号は青を指していて、浜面は慌ててアクセルを踏んだ。

若干の急加速を伴って車は発進する。

「どうした? 上の空じゃねぇか」

ニヤニヤと、垣根は頬杖を突いた顔をこちらに向けてくる。

「滝壺の事でも考えてたのかよ」

図星だ。

だがそれに答えるのも嫌で、浜面は努めて垣根の視線を無視した。

ましてや、まさかそこで「オマエの事を考えてたんだよ」などと言えるはずもない。

「いいねぇ青春だねぇ」

からからと笑うその声が浜面の神経を逆撫でして、より一層に苛立たせるのだった。



はぁ、と何度目になるか分からない溜め息を吐き、浜面は再び滝壺の事を考える。

あの日を境に、半ばなし崩し的に浜面は滝壺と付き合う事になった。

しかし本来そこにあるであろうプロセスを踏んでいない。

その事に若干の居心地の悪さと罪悪感を感じながらも、浜面は滝壺にキスをする。

きっとこれは逃避に等しい。

この最低な地獄の中で出会った少女に逃げているだけなのだ。

そう考えると、もしかするとそれは誰でもよかったのかという疑問が湧く。

その答えは浜面自身にも分からない。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

だから浜面はその免罪符を得るように、ひたすらに滝壺の味方であろうと決めた。

何があっても、それこそ世界が終わっても。

たとえこれが後付の理由であっても、自慰的な偽善でしかなくても。

あの時自分を守ろうと小さな両手を一杯に広げてくれた少女の味方であり続けよう。

そう、決めたのだ。

だからこそ浜面は、こうして垣根とのドライブに甘んじている。

失踪した御坂美琴らの捜索。

幸か不幸か、浜面がまだ『アイテム』と出会っていなかった時分、彼女らは件の超電磁砲と一度相見えた事があるらしい。

それは単にお互いの顔を、声を知っているという事では終わらない。

接触し、交戦した折に、一つのフラグが立った。



即ち、滝壺の能力『能力追跡』の対象として記録した事。





いくら御坂が行方不明だろうがその身を隠していようが、そんな事はお構いなしにすぐさまその居場所を白日の下に曝け出してしまう、
けれど言い換えればそれしか能のない強力無比な能力。

昨晩、御坂美琴の行方を捜索する事が確定した瞬間、滝壺はポケットからあのシャーペンの芯を入れるケースのようにも見えるそれを取り出した。

そして一言。

「使う?」

そう、誰にともなく尋ねた。



――『体晶』。

そう略語で呼ばれる粉末体は、能力者に投与する事で能動的にその力を暴走させるためのものだ。

どのような理由からそれが開発され、どのような経路からそれが滝壺の手に渡るようになったのか。
そんな事はどうでもいい。それは些細な問題でしかない。

重要なのは、それを使い意図的に暴走させなければ彼女の能力追跡は発動しないという事だ。

一週間前、浜面の目の前でそれを摂取した彼女がどうなったのか。脳裏に鮮明に焼きついていた。

それはいわば車のエンジンがかからないからという理由でニトロを爆発させるようなものだ。


     エンジン      ニトロ
そして、滝壺理后は何度も体晶に耐えられるほど頑丈ではなかった。



誰に説明されるでもなく、浜面は直感としてそれを誰よりも理解していた。

あと数度、片手の指で数えるのに足るほどの回数だろう。

明確な残された回数も、全てが終わってしまう確率も分からない。

だからこそ、分の悪いロシアンルーレットなどに頼る事などできなかった。

――要するに俺が滝壺の代わりに見つければいいんだろ。

なんとか口八丁で場を収め、他の誰でもない、滝壺を説得した頃には日付が変わろうとしていた。

そうしてなんとか期限付きの――明確な期間などない、主に麦野の機嫌次第で打ち切られる執行猶予を頂戴して、
浜面はこうして当て所なく車を走らせている。



「それで。勝算はあるのかよ」

一体何が可笑しいのか。
隣の垣根はくつくつと零れる笑い声を隠そうともせずそう尋ねた。

垣根の言うももっともだ。相手は超能力者に空間移動能力者、暗部の人間が三人に、そして正体不明が一人。

口にしてみれば数は多く、けれどこの街の人口はそれを隠して余りある。
そして誰も彼もが一筋縄ではいきそうにない輩ばかりだった。

そもそもが、だ。この徹底した情報管理が確立した都市で、姿を隠し逃げおおせているというだけで異常なのだ。

それをたった一人で探し当てようなど無謀もいいところだ。

だが、彼には彼なりの手段があった。
                      デジタル        アナログ
「昔馴染みにいくらか根回ししてる。滞空回線が駄目なら人海戦術だろ」

へぇ、と感心したのか、垣根はまたいやに癇に障る笑みを浮かべた。

まさかここになってまで、無能力者のごろつきどもを名前だけとはいえ束ねていた事が役に立つとは思わなかった。

ほんの数人の、信頼できる相手を経由して町中のそういう手合いに指示を出している。
その網に引っかかれば、すぐさま浜面の元へと連絡が飛んでくる手筈だった。

けれど、彼らが意図して姿を隠しているのならばそう簡単に見つかるはずもない。
まして無能力者の、それも底辺に位置するような連中を相手にだ。

所詮気休めの、滝壺に体晶を使わせない理由にするためだけの言い訳でしかない。
それを自覚しつつも浜面は簡単に見つかってしまう事を祈った。

そしてそれに胡坐をかいて悠々と待っている事などできるはずもなく、こうして浜面は休日の雑踏の中にいる。

道は混み、すぐ傍でそんな必死の思いをしている少年がいる事など分かるはずもない連中で溢れている。

その事が余計に浜面を苛立たせ、相変わらず指は執拗にハンドルを叩いていた。

「本当、愛されてるな。まったく、こっちのカノジョさんにも、少しは振りだけでもいいからしてもらいたいぜ」

きっと、そういう浜面の無駄な努力を面白がっているのだろう。
助手席の垣根はさっきから上機嫌で、無視しようとしても浜面に話しかけてくる。

「俺にも教えてくれよ。その執着のコツはなんだい?」

「劣等感だよ、超能力者。オマエにそれが分かるとは思えねえな」

吐き捨てるように、返答した。

「無能力者の気持ちなんてオマエには分かるとは思えねえよ。分かってもらおうとも思わねえけどよ」

「確かに。分かりっこないな。俺は間違いなく超能力者なんだからよ」

にやにやと、まるで童話に出てくる狂った哄笑を向ける猫のように垣根は笑った。

「でもまぁ、そう言うなよ。俺だって俺なりにオマエら無能力者の事も考えてるんだぜ」

「ぬかせ。オマエはそんな事はどうでもよくて、その証拠にアレイスターにご執心じゃねえか。そうだろう、『第一位』」

俺も嫌われたな、と芝居がかった仕草で大仰に嘆き、垣根は窓を開けた。

途端、冷たい外気と雑踏の喧騒が車内に流れ込んでくる。

「吸うか?」

口の端にタバコを咥え、懐から取り出した、少し潰れたパッケージを差し出す。

「…………」

飛び出したそれを無言で抜き取り、浜面は同じように口に咥えた。

横合いから伸びたライターの口をちらりと見遣り、小さく頷くと、ゴォッと圧縮されたガスと噴出する火の音がして、蒼い炎が先端を焦がした。

唇に挟んだフィルターから息を吸い込むと、尖った味の気体が口内に進入してくる。
内臓をもはや毒でしかないものに汚される事を自覚しながら肺で煙を転がし、ふーっ、と吐き出した。

「……エリート様がそんな不良みたいな真似していいのかよ」

「何、ただの格好付けだよ。ファッションさ」

色々としねぇと舐められて困るのさ、と垣根は嘯いた。

「それはオマエも同じだろ? 所詮強がってみせねぇとやってらんねぇんだよ」

灰を窓の外に零しながら、垣根はやっぱり猫のような印象を受ける嫌らしい笑みを浜面に向けた。

「オマエ、マナー最悪だな。喫煙者の風上にも置けねえ」

「言うなよ、未成年者」

お堅い警備員サマが飛んでくるんだよ、と小さくごちて、浜面はちくちくと痛む喉に顔を顰めた。

そして、しばらく無言のまま、車内には小さく葉の焦げる音と煙と流れ込む喧騒とが充満し。

「…………本当だぞ。俺こそ、オマエら無能力者の事を考えてんだ」

小さく、呻くように垣根は呟いた。

「まだ続いてたのかよ、それ」

意識をタバコの味に集中させながら浜面は投げ遣りに返事をした。

「少しくらいいいじゃねぇか。他にする事もねぇんだしよ。語らせてくれよ」

「探せよ役立たず」

そう言われ少し傷付いたのか、垣根はうっと苦い顔をして、溜め息と共に煙を吐き出した。

「…………言ってみればアレイスターは手段の一つでしかねぇ。
 残念ながら他に上手い方法が思いつかなかったから……いや、どうしてもアイツが、アイツの『プラン』が阻んだからソイツを潰そうってんだよ」

「懺悔なら告解室でやってくれ。俺は神父様じゃねえよ」

「俺は本当は、アレイスターなんてどうでもいいんだ」

無視かよ、と声にせず口の中だけで吐き捨て、それを誤魔化すようにタバコの煙を吐いた。

半ばなし崩しに諦めて、浜面は垣根の言う事に口を挟むのを止めた。



……けれどそう思った途端に垣根は静かになり、その事がさらに浜面の苛立ちを助長する。

とん、とん、とハンドルを叩く指は止まらない。
口に咥えたタバコの先端には灰が伸び、今にも落ちそうな様子で頭を垂れていた。

左手で操作してセンターに備え付けられた灰皿を飛び出させ、タバコを指で挟み、ゆっくりと灰皿に伸ばす。

とん、と灰皿の縁にタバコの腹が当たると同時、灰がぼろりと落下して、



「俺は、超能力なんて下らねぇもんでラベルを貼られるのが――」



消え入りそうな小さな声が聞こえた。

「……、……」

その意味を量りかねて、浜面は助手席に座る垣根を見遣る。

そこに座る彼は、どこか呆然と窓の向こうのどこか遠くを見ていた。

何か見てはいけないものを見てしまったような気がして浜面は慌てて視線を前方へと戻す。
相変わらず道は混んでいて、前を走る空色の軽自動車が交差点を曲がろうとウィンカーを点滅させていた。

慌てて浜面はブレーキペダルを踏み、緩やかにスピードを落とした。





もしかしたら、垣根は浜面の持つ印象ほど悪意に塗れた人物ではないのかもしれない。

この最悪な地獄にいるのだから、きっとそれに相応しい何かしらの条件を満たしてはいるのだろうが。
けれど『未元物質』というそのラベルを抜きにした、垣根帝督という一人の少年は、もしかするとどこにでもいる凡百な少年だったのかもしれない。

『未元物質』というラベルがあるからこそ、彼はここにいるのであって。

そうでない彼は、きっとこの雑踏の中のただの一人だったのだろうか。

……この世に『もしも』は存在しない以上、いくら考えても詮無い事だが。

けれどそう思うと、少しだけ浜面の苛立ちは和らいだ気がした。

だからだろうか。

浜面は横の少年に何か言葉をかけてやりたくなって。



――――かち、

小さく何かが音を立てた。



少しだけ何を言うべきなのか迷って。

でもどうせ、口を開けば愚にもつかない悪態でも出てくるだろうと思って。



――――がちゃり、

先程よりは幾分か大きな音が確かに響き。



「なあ垣根――――」

見れば、車の左前の扉は開け放たれ、その向こうにはぼやけるほどの風景が流れ、

「――――おいっ!?」

速度を落としたとはいえ走行中の車から、垣根は浜面に背を向けたまま外へと身を躍らせた。



訳が分からなかった。

何か急に投身自殺でもしたくなったか、と一瞬自分でも馬鹿だと思う考えが頭を過ぎるが。

「…………ああっ、くそっ!」

交差点を過ぎ、すぐさま路肩へ横付けすると、浜面はきっちりと停止した車から外へ飛び出した。

とたん、鼻先をトラックがそれなりの速度で過ぎ去って冷や汗を掻く。
慌ててガードレールを飛び越え歩道に降り立ち、浜面は今来た方を振り向き走り出す。

駐車禁止区域には間違いないだろうが、どうせ盗難車だ。
レッカー車に引っ張られていたらまた別のを捕まえればいい。

そんな心配と諦観と妥協を背後の車に投げかけながら、視線は垣根を探していた。

果たして、前方に彼が立っていた。

飛び降りたのだからそれなりの衝撃を伴っただろうが、傷一つ、どころか服に汚れた様子すらなく、垣根は歩道の中心に直立していた。

「テメェ、いきなり何しやがる!?」

駆け寄り、罵声を浴びせる。

しかし垣根はそれにゆっくりと振り向き、無表情めいた静かな面持ちを浜面に向け。

「――――いたぞ」

「……はぁ?」

眉を顰めるが、浜面は垣根が顎で指した先を思わず目で追う。

走行中の車から飛び降りた少年にざわつく雑踏の中。

遠くに、この距離でも確かな存在感を放つ制服が見えた。

「――――御坂、見つけてやったぜ」

小さく、垣根が笑った。









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