とある世界の残酷歌劇 > 序幕 > 4


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がちゃり、音が響き、部屋にいた全員がそちらを向いた。

「…………何。そんな顔しないでよ」

後ろ手に戸を閉めた麦野はばつが悪そうにそう言った。

垣根と一緒に登場したというのがどうにも引け目を感じたのだろう。

対して垣根は、そんな麦野の表情を気にする様子もなく鼻歌交じりに冷蔵庫から出したペットボトルのジュースを呷っていた。

『アイテム』のセーフハウスである高級マンションの一室。

小奇麗な室内には既に他の全員が揃っていた。

学園都市の暗部組織、麦野がリーダーを務める『アイテム』と、そして垣根の率いる『スクール』のメンバーたちだった。

そんな少年少女たちの中、一人だけ年齢的に浮いた存在である砂皿緻密は壁に背を預けたままぐるりと他の面々を見回した。



「ぬう……どの点を評価するか……酷評するにも超微妙です。所詮B級映画という事でしょうか。無難につまんねー」

まず眼前、大型の壁掛けテレビの正面を陣取り、何が面白いのかと思うような下らない映画を嬉々として鑑賞しているパーカーの少女、絹旗最愛。



「つまんないのが最初から分かってたなら最初から見なければいいんじゃないかしら」

その左隣、砂皿から見て絹旗の向こう側。映画には目もくれず手指の爪を熱心に鑢で磨いでいるドレス姿の少女。
本名は知らないが、他の面々からは『心理定規』と呼ばれていた。



「言ってやるなよ。駄作と分かってても手を出さずにはいられねぇ。マニアってのはそういうもんなんだよ」

ドレスの少女と並ぶとこの場がパーティ会場であるように錯覚させるような、まるで二枚目俳優のような気障ったらしい顔とファッションの少年、垣根帝督。



「……最悪」

寒がりなのか首に巻いたストールを弄っている、黙っていればモデルでも通じそうな顔とスタイルなもののしかめっ面がそれを最悪なほどにぶち壊している少女、麦野沈利。

「……かるぼなーらは……凍らせちゃだめ……」

部屋の中央にあるガラステーブルを囲むように並ぶ、二人の少女の座る位置から右手のやや長めのソファには眠そうに半眼で舟を漕ぐ少女、滝壺理后。



「この状況は一体なんなんでしょうかいや嬉し恥ずかしなんだけど周りの視線が――ない!
 無視してる! 意図的に視線を逸らされてる! それはそれで辛いぞー!?」

彼女に肩を預けられているのは確か恋人だったか。居心地が悪そうにきょろきょろと忙しなく視線を動かしている少年、浜面仕上。



「………………」

そして己。雇われの狙撃手、砂皿緻密。



『スクール』三人と『アイテム』四人。総勢七人。

それが一堂に会していた。









本来『アイテム』や『スクール』といった暗部組織は四人一組であるのが通例だった。

そうして欠けた人員を補う形で投入されたのだと砂皿緻密は認識している。

しかし、一週間前のあの日、目の前の超能力者の少女によって殺害された形ばかりの同僚の席は補充されていない。

その事に妙な引っ掛かりを覚えながらも砂皿は黙したまま一人だけ輪の外にいた。

元々自分は学園都市の人間でもなければ彼らと仲良く青春を謳歌するつもりもない。

年齢的にも一人だけ頭抜けているし、能力開発とかいう胡散臭いSF技術とも無縁の人間だ。

そもそもが金で雇われた身だ。とやかく言う立場でもあるまい。
ただ言われたとおりに頭を弾くだけでいい。

スナイパーとはそういう人種だ。





「でさー、なんでそんなクソつまんない映画なんか見てんの? 苦行? ヨガでも極める気なのアンタ」

呆れ顔でテレビを見遣る麦野に絹旗は「はぁ」と嘆息する。

「まあ借りてきた手前見ざるを得ないというより一種の超通過儀礼ですね。自分へのご褒美の反対というか。
 こんな飛び抜けて面白くもつまらなくもない代物を超選んでしまった自分への罰ですかね」

「不器用な生き方してんのね……」

そう呟いて、何か思うところがあったのか顔をしかめた麦野はソファへどっかと腰を下ろした。

「まったく、本当に面白くないです。役者もやる気がないのが超伝わってきますよ。
 なんでこんな超下らない脚本に付き合わなきゃならないのかとか、そんな感じの」

「仕事選べるほどの役者でもないんだろ」

ぼそりと、浜面が横槍を入れる。横の滝壺は本格的に寝に入っている。

「どこの業界も同じようなもんか。……さて、それじゃ俺らもつまらない仕事をしようか」

かちゃり、と軽い音が響く。いつのまにか垣根の右手には機械的なグローブが嵌められていた。

ピンセット。

磁力などを利用して素粒子――要するに原子よりも小さい粒を『捕まえる』装置らしい。

学園都市のオーバーテクノロジーは砂皿には理解できないが、だからといって理解しようとは思わない。

それは科学者の役目だ。こちらはそれをどうやって使うのかさえ分かればいい。

いつの間にか部屋の雰囲気が変わっていた。

先程までの気だるい空気はどこへ行ったのか、氷水のような冷え尖った緊張感がそこには充満していた。

ただの学生、と最初砂皿は高をくくり甘く見ていた。

表には出さないものの、この世界は学芸会のクラスの出し物ではないとどこか嘲笑すらしていた。

しかしそれは間違っている事を先週の出来事で実感する。

彼らは学生であると同時にこの地獄の住人でもあるのだ。

悪鬼が猫の皮を被っている方がまだマシだ。

本性は最悪そのものという方がやりやすい。

けれど彼らは、両方の側面を持っている。

まるで堕天使だと柄にもない事を思う。

天使という聖なるものでありながら神に弓引いた存在。

清純そのものであるはずなのに地の底に君臨するもの。それがどれだけ最悪か。

「仕事ってのも語弊があるか。これは、個人的な戦争だ」

垣根はいつになくにこやかな、しかし真剣な面持ちで言う。



「俺はこのピンセットを使って得た情報で、統括理事会――いや、アレイスターに喧嘩を売る」



「――――――」

無音の声が聞こえた、と錯覚したがすぐに思いなおす。

もう少しマシな表現をするならば……空気がざわついているのだろう。その場の誰もが息を飲んだ。

「だからここからは仕事なんかじゃねぇ。雇い主と一発やらかそうってんだからな。
 乗ってくれる奴だけ来ればいい。降りるなら降りろ。止めやしねぇよ。
 だが俺を止めようってんなら――叩き潰す」

そう言って、垣根はぐるりと他の面々を見回す。





数瞬の沈黙。それを破ったのは、隣に座る麦野だった。

「……、……チッ。最初から、これが狙いだったの」

舌打ちし、忌々しそうに麦野は横目で垣根を見た。

それを見てドレスの少女はつまらなそうに半眼で答える。

「私は最初からそのつもりだけど。何を今さら確認してるの」

頷き、垣根は視線を隣の麦野に向ける。

彼女は少しだけ考える素振りをして、それから「……最悪」と小さく呟き麦野はソファに体重を預け脱力した。

「いいわよ、協力するわ。まったく面倒な事を言い出してくれる」

そんな麦野のお座なりな態度に、隣を見る垣根は薄く笑んだ。

「オマエらはどうする」

呼びかけた先は残る『アイテム』の三人。

矛先を向けられ、絹旗と浜面はうろたえるような素振りを見せるが。

「むぎのが協力するなら。『アイテム』のリーダーはむぎのだから、私はむぎのについていくよ」

滝壺が即答する。

ちゃんと考えて答えたのか、それとも何も考えていないのか。判断に困る抑揚のない声だった。

「わ、私も麦野と滝壺さんがそう言うなら。垣根に手を貸す義理は超ありませんけど、この際仕方ないです」

慌てるように絹旗がそれに追従する。

……彼女らには自己主張というものがないのだろうか。
いくら組織とはいえ揃いも揃って右倣えとは。

所詮子供でしかないのか、と砂皿は失望にも似た倦怠感を覚える。

責任転嫁に近いそれに砂皿は薄く目を伏せた。



そして次。

「オマエは?」

「お、俺?」

問われたのは浜面だった。
まさか自分も追及されるとは思わなかったのだろう。慌てて居住まいを正した。

「そりゃそうだ。オマエだって『アイテム』の一員だろ」

「………………」

その一言に浜面は沈黙する。

補充要員。

欠けた一角を補う形で、浜面仕上は『アイテム』に組み込まれていた。

今や浜面は単なる下部組織の名もなき雑兵ではなく、精鋭の一人だ。

先週の出来事で彼はそれなりに暗躍し、穴を埋めるのに足る程度の働きはしたようだった。

全員の視線の集中する中――滝壺は相変わらず眠そうに目を閉じていたが――浜面は黙想し、ふ、と小さく息を吐き、顔を上げた。

そして真っ直ぐに、意志の込められた視線を垣根に向け、告げた。

「…………俺はオマエには協力しない」

ぴくり、と垣根の眉が動く。

場の空気が一気に下がった気がした。

ぴりぴりとした緊張感が場を支配する。まるで部屋の中の空気が丸ごと気化爆薬になったかのような一触即発の気配が立ち籠め、ほんの少し、何かの切欠で爆発してしまう気さえした。

そしてそれは錯覚ではないだろう。

「俺は」

そんな中、浜面は顔色を変えず宣言する。

「俺は滝壺の隣にいるだけだ。オマエが何をするつもりかは知らねえが、俺は滝壺を守る。
 それ以外に理由も証明もいらない。……滝壺を害するっていうなら、俺はオマエの敵に回るだけだ」

そう、無能力者の少年は超能力者の少年に告げた。

交差する視線。正面から睨み合い、その場の全員が二人に注視していた。――滝壺を除いて。



あまりに長い数秒が経過し、口を開いたのは垣根だった。

「安心しろ。利用はさせてもらうが、俺は物持ちはいいんだ。
 簡単に使い潰すような真似はしねぇよ。それに、そういうのは趣味じゃねぇ」

第一、と垣根は続ける。ピンセットをかちゃりと鳴らし、ぴっとその爪先を浜面に向けた。

「むしろコイツはオマエらのためにこそある。愉快な話だろう?
 学園都市に踊らされてる俺たちが、その学園都市の親玉に戦争吹っかけようってんだからな」

垣根は心底可笑しそうに、年相応の少年のように笑みを浮かべた。

そんな垣根とは対照的に、浜面は険しい顔のまま口を開く。

「そんなのはどうだっていい。……オマエが滝壺を守るってなら俺はそれに協力してやる」

「愛されてるな。妬けるぜ」

大仰に肩を竦め、垣根は膝を叩いた。

「交渉成立だ。俺は自分の味方を切り捨てたりはしないさ。そういうヤツを守れなくて、なんの超能力者だ」

笑みを向ける垣根に、浜面は訝しげな表情を隠そうともせず背をソファに預けた。

何故だろう。危うい場面は過ぎ去ったというのに気拙い雰囲気は消えなかった。



そして。



「で……砂皿の旦那はどうするね」

最後に、問いが向けられた。

逡巡する。砂皿は学生でないどころか本来学園都市の人間ではない。

垣根の言うようにこれが彼らのための戦争ならば自分にメリットはない。

確かに自分は傭兵だが、契約内容にない事象に付き合う義理はない。

が、そうでない理由も存在しない。

「……雇い主は『スクール』だ。統括理事会ではない。それ以外は重要ではないだろう」

あらかじめ用意しておいた答えを砂皿は口にした。

気紛れと言うのがちょうどよかった。

コインを投げて表が出たから。そういうレベルの感覚で砂皿は首肯する。

その答えに垣根は満足げに――どこか安心したような、無防備な笑みを浮かべ頷く。

……もしかすると、この場で一番緊張していたのは垣根かもしれない、と砂皿は思う。

学園都市のトップに、いや、学園都市そのものに宣戦布告しようというのだ。

この場にいる全員が、その配下にいると言っても過言ではない。

常識的に考えてそんな荒唐無稽な所業に賛同するはずもないのだった。

けれど、幸か不幸か全員が学園都市ではなく垣根に付いた。

それが吉と出るか凶と出るか。現時点ではそんな事は分かるはずもなかった。

もしそれが分かるとすれば――そう、神様とかいう存在だけなのだろう。

「じゃあ改めてひとつよろしく頼むぜ、諸君。……アレイスターに一泡吹かせてやる」

一人ひとりを見回し、目を瞑り、そして開く。





「開戦だ」





垣根は静かに宣言した。









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