とある世界の残酷歌劇 > 序幕 > 3


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「ですから、わたくしも詳しくは存じませんの」



学舎の園、その一角にあるカフェで初春と婚后は机を挟んで向かい合っていた。

普段の初春であれば、このような助成金に物を言わせた豆も茶葉も内装や店員も一流の、学園都市、すなわち学生向けという趣旨からかけ離れた、どこの王侯貴族御用達だと言わんばかりの超本格的なのカッフェ(発音が重要)に足を踏み入れたというだけで舞い上がっていただろう。

しかし頭ではそれを理解しようとも感情はそれと乖離していた。

意を決して白井と御坂の本拠地である学舎の園に踏み込んだというのに、
予想だにしなかった反応を頂戴して初春は愕然としていた。

「あなたも彼女たちのご活躍は知っているでしょう?
 幻想御手事件然り、乱雑解放事件然り、あの夏休みを騒がせた二つの事件の解決できたのはあのお二人があってこそですもの。
 それはわたくしよりもあなたの方がよくご存知ではなくて?」

「………………」

婚后の言葉を初春はカップの中で揺れる紅茶の波紋に視線を落としたまま聞いていた。

確かに彼女の言うとおり、あの二人であるならば大抵の事は何も心配はいらないだろう。

だが、その二人が揃って行方不明という異常性。

片や風紀委員きっての問題児にしてエース、片や常盤台中学の誇る超能力者第三位。
その二人に何かあったという事こそが大事件なのだ。

けれどその異常性を初春以外が認識していない。

ある意味それこそが異常だった。

一介の中学生である初春が認識しているのだ。

常盤台の教師陣は元より、風紀委員や警備員といった警察組織、そして学園都市統括理事会。

揃いも揃ってだんまりを決め込んでいるそれらが把握していないはずがない。

白井はともかくも、学園都市で三番目に重要な立場にある御坂を彼らが放っておく訳がないのだ。

見目も悪くない女子中学生。

対外的には体のいい客寄せパンダになるし、そもそも御坂の能力は電磁を操るものだ。
その研究によって得られる成果はあらゆる科学技術に応用される。

つまり学園都市にとって御坂は恰好の金づるなのだ。

彼女の存在は学園都市において大きなウェイトを占める。

そんな御坂を学園都市の中央が見逃すはずもない。





いちおしだと婚后の言う紅茶には手を付ける事もせず、初春はただうなだれていた。

休日の喧騒の中、学舎の園などという温室の中でもやっぱり姦しいのだななどと半ば現実逃避的な思考を垂れ流しながら初春は大きなガラスの窓の外を眺める。

制服が目立つのは常盤台のような休日だろうがどこだろうが制服の着用を義務付けているからだろうか。

律儀な事だと思うが、風紀委員の詰め所からそのまま出向いてきた初春自身も制服だ。

自分の野暮ったいセーラー服と辺りの有名デザイナーだかが手掛けた制服とは、やはり醸し出す雰囲気がまったく違うななどと愚にもつかない事を考える。

その中でも一際何やら気品っぽいものを公害のように振りまいている常盤台の制服は目立つ。

ちらほらと見えるその中に、白井や御坂がいないかと無意識に探してしまう。

どうせ見つかるはずもないと心のどこかで諦めかけているが、けれど初春は婚后や固法のように楽観できないでいる。

もしかしたらという希望も捨てきれないでいる。

結局のところ、往生際が悪いのだった。





「……まあ、そのうちひょっこり戻ってきますわよ。白井さんも、御坂さんも」

婚后の言葉を何となく聞き流しながら初春は窓の外を眺める。

本当にそうであって欲しいと願う。

第一七七支部も彼女がいなければ、どうにも静かなのだ。
あの騒がしい友人がいなければ張り合いがない。

「――白井さん」

ぽつりと呟き、空を見上げた。

夕日に照らされたビルの上には薄暗い雲が見え隠れする。

天気予報では夜遅くから雨になると言っていたが、どうだろう。
最近は天気予報も当てにならない。

憂鬱な気分が晴れぬまま初春は視線を再び雑踏へと向ける。

と。

「――――」

店の外、常盤台の制服を着た見覚えのある顔を見つけた。





――――――――――――――――――――





「白井さんに、御坂様ですか?」

こちらを見つけ店内に入ってきた二人――湾内絹保と泡浮万彬は、案の定そんな言葉を返してきた。

「すみません。わたくしも人づてに聞いた程度ですので詳しくは。概ね既にお聞きになっている内容ですわ」

「お力になれず申し訳ありません」

申し訳なさそうに頭を下げる二人に初春は落胆しながらも、表面上は「いえいえ、ありがとうございます」と愛想笑いで答えた。

顔見知り程度の相手。

常盤台の生徒だという事以外はあまりよく知らないこの二人に、けれど初春は食いついた。

情報はいくらあってもいい。
手持ちのカードを増やせば増やすほど選択肢は増す。

どんな無価値に等しいものだとしても、初春にはそれ以外の武器がないのだから。

何よりこの二人――どちらが湾内でどちらが泡浮か、それすらもうろ覚えだが――は、初春の探す人物に近い立場にいる。

白井黒子のクラスメイト。
婚后よりも持っている情報は多いだろうと踏んでいたが、それでも矢張りというか、詳しくは知らない様子だった。

――いや、その事こそが最大の情報だった。

「御坂様も意外ですわね。わたくし、まるで小説のお話のようで不謹慎ながらも少しドキドキしてますの」

「あまり大きな声では言えませんけれどね。御坂様もあれで意外と大胆な事をなさるのですね」

あの日、忽然と姿を消した常盤台の二人の少女。
その片方のクラスメイト。

険悪な仲とも思えないし、見るからに人の良さそうな温室育ちのお嬢様といった印象だ。

婚后のような理不尽なまでの自尊心の塊にも見えない。だからこそ。



この二人が、まったく心配をしていないという事実は異常以外の何物でもない。





何より、白井に関してまったく言及しないという状況がおかしい。

先程から二人の口から出てくる話題は、悉くが御坂に関してのものだけだった。

確かに御坂は常盤台の、学舎の園のアイドルだろう。

大覇星祭の中継でも目にした、一際目を引く少女。
名実ともに彼女の人気は高い。それは初春も重々承知している。

だが、だからといって白井の事がこの二人の口から出てこないというのは異常だ。

確かにこの二人が、その御坂様という恰好のゴシップの的に興味が行くのは分かる。

それなりに身近で、かつ多少なりとも面識があるのだから。

けれど、だからといって――安否の知れないクラスメイトを蔑ろにするような性格でもあるまいに。

「……、……」

嫌な、果てしなく嫌な予感――否、それは既視感にも似た、漠然とした確信のようなものだった。

絶望的なまでに『どうしようもないもの』が視界の外ぎりぎりのところで大きく口を開いているような感覚。
けれど初春自身はそれを直感しつつも理解しようとしなかった。

理解してしまえば、全てが終わる。

所詮、全ては徒労でしかない。

最初からどうしようもない事だと気付いていた。

ただ、目を逸らし続けているだけで。

けれど初春は諦めが悪かった。

果てしなくゼロに近い可能性を模索する。

その為にはどんな労力も惜しまない。



何故なら、白井は初春にとって掛け替えのない友人なのだから。





御坂美琴というアイドルなどよりよほど大事な、初春の人生そのものに大きく関わっている唯一無二の存在。

そんな白井の事を初春はどうしても諦められない。

誰かに任せるなどという余裕はなく、それは親と逸れて泣きじゃくりながら探し続ける幼子にも似ていた。

そんな自覚のないまま、初春は渋い顔で一つの問いを投げかける。

「ちなみに……不躾で申し訳ありませんが、その人づてというのは、どなたかお聞きしてもよろしいですか?」

初春の言葉に、二人は顔を見合わせ、笑顔で頷いた。










「「ええ――――友達からですわ」」










「――――――」

その時の初春の心情を端的に表現するならば、一言だ。

――気持ち悪い。

不気味だった。

まるで決められた台詞を再生するように、示し合わせたかのような綺麗なハーモニーで二人はそう答えた。

初春は直感する。

同時に、絶望的なまでの予感が初春の心の表面に浮かび上がった。



まさか――これは――。





ごくり、と空唾を飲み込む。

いつの間にか口の中はからからに乾いていた。

喉奥が蠢き張り付くような錯覚を起こす。

それから喘ぐように息を僅かに吸い、唐突に思いついたもう一つの質問を投げかける。

「その――友達の、名前は」

すると二人は再び顔を見合わせ。

「…………ええと」

「誰でしたっけ……」

予感は確信へと変わる。

この二人は、いや、婚后も含めて、もしかするとそこらじゅうの誰も彼もが――。





「名前、思い出せませんか?」

二人の視線が宙を彷徨う。
それに倣うように、婚后も思い出そうとしているのだろう、中空を見上げる。

「確か……す、す……?」

首を捻る、どこかとぼけたような顔の婚后。
その顔を見て初春の背中に何か冷たいものが流れた。

彼女たちは知っている。

誰なのかを思い出せる。

なぜかそれが酷く重要な事のような気がして、三人が揃って眉を顰める様子を見て、初春はじっと身構える。

「なんとか子さんだったような……」

「ゆうこ……? いえ、違いますわね。すずこ……いえ、りかこ……でもないですし」

「お願いします。なんとか、思い出してもらえませんか」

お互いのうろ覚えな記憶を頼りに常盤台の三人がうんうんと唸るのをじっと待つ事十分近く。

ようやく、三人の意見が一致し、一つの名が紡がれた。

それは初春の知らない名だった。

確かめるように、決して忘れぬよう刻み付けるように、初春はその名を口にする。










「――――鈴科、百合子」









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