とある世界の残酷歌劇 > 序幕 > 1


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――友よ拍手を 喜劇は終わった
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン











――その日、二人の能力者が激突した。



学園都市二三〇万の頂点。
七人の超能力者の中の二人。



片やこの世全ての力を統べる能力者。

片や世界の法則を覆す能力者。



二者の戦いは熾烈を極め、隠し切れない傷跡を街に遺した。



死者が出なかったのがおかしいほどだった。

暴力が吹き荒れ、建造物は薙ぎ倒され、人々は逃げる事すらままならなかった。



互角に見えた二人だったが、けれどそこには圧倒的な差があった。

何が起こったのか街の住人には理解できない。

小さな切欠を境に、一方的な破壊が蹂躙した。





戦いは、一人の少女の登場によって幕を閉じる。







そして。

その戦乱の中、誰にも気付かれぬまま。





一つの終わりが、始まった。









そう、これは物語が終わる話。



故に、ここには救いも願いも祈りも赦しもなく。

徹頭徹尾、血と肉と硝煙に彩られた悲喜劇でしかない。










この物語に幻想殺しの少年は登場しない――。










――――――――――――――――――――





その日、初春飾利はいつものように風紀委員の詰所で愛機を前にクッキーを頬張っていた。

他の同僚たちは皆出払っている。
ワァ――――ン、と小さく唸るパソコンの廃熱ファンの音と、初春がクッキーを噛み砕く音だけが静かな室内に響いている。



既に作業を始めてから数時間が経過している。
ディスプレイを見つめる初春の顔には、疲労と飽きの色が浮かんでいた。

画面に映るのは屋内外を問わず街中の防犯カメラが撮影していた映像記録。

それをただひたすらに、しらみつぶしに追いかけている。

「…………」

く、と喉から小さく声が漏れた。
画面の中央、追いかけていた監視カメラの映像が不意に白と黒の砂嵐に取って代わられた。



一息つこう。

そう思い椅子から立ち上がり、インスタントコーヒーに湯を注ぐ。
安っぽい香りが鼻腔をくすぐる。
マグカップに口をつけ、あち、と舌を出しながら来客用のソファに体を埋めた。

ふう、と息を吐き、初春は首を左右に傾げる。
ぽきり、と乾いた音を鳴らして伸びをする。デスクワークは体が硬くなって仕方がない。

ちびちびとコーヒーを啜っていると、入り口の扉が開き、同僚の固法美偉が入ってきた。

固法はちらりと初春のパソコンに視線を向け、険しい表情で眉を顰めると初春を見遣った。

「……初春さん。私用で風紀委員の備品を使うのは駄目だと言ったわよね」

固法の言葉に、初春は目を逸らし無表情にカップに視線を落とした。





既に事が起こってから一週間が経過しようとしていた。

初春の求める情報は日々膨れ上がってゆく膨大な数の映像記録の海に埋没しようとしていた。

「あなたの気持ちは分からなくはないわ。でもこの件は、警備員の担当になったわよね」

彼女の言葉に初春は歯噛みする。

「でも……心配じゃないんですか」

「心配に決まってるじゃない……でもこの件に関しては風紀委員として動くことはできない。それはあなたも分かってるわよね、初春さん」

「……、……」

口ごもる初春に固法は溜め息を吐き、

「本当に……無事だといいんだけど、白井さん」



固法の言葉に初春は下唇を噛んだ。
彼女は事の重大性が分かっていないのだろうか。

局所的に見れば、風紀委員きっての問題児が行方不明になった。ただそれだけだ。

薄々ながら初春は気付いている。



唐突に人が消える。

この街ではそういう事はままある。



恐らく固法も気付いているだろう。
仮にも、学生のままごとの延長とはいえ治安維持組織に所属しているのだ。
本職には敵わぬものの、この街に広がる闇の漠然とした気配を感じられる。

その上で、固法のそれは信頼から来るものなのだろう。白井ならば、と。



だが白井黒子が失踪したその日、何があったのか。
初春はその断片を知っている。

制服に隠された肩にはまだ包帯が巻かれ、動かすと小さな痛みを伴う。
医療技術が進歩したとはいえ一日二日でどうこうなるものではないらしい。
けれど入院もせずにこうして普通に生活できるのはありがたい事なのだろうか、とも思うが。

肩の包帯の原因。
あの日出合った少女と少年。
あの後、どうなったのか初春は知らない。



けれど。その日からまことしやかに囁かれる噂が何を意味しているのか。

「………………」

初春は無言で立ち上がり、パソコンの電源を落とし自分の鞄を掴む。

「出るの?」

固法の、素っ気ない言葉に初春は小さく頷く。

「そう。……気をつけてね」

「……はい」

投げかけられたその一言に少し泣きそうになりながら、初春飾利は部屋を後にする。



閉じた扉の向こう、固法はどんな顔をしているだろうかと思いながら、けれど初春は振り返らなかった。





――――――――――――――――――――





持つべき物は友人だ、と改めて実感した。

仕事柄他人と関わる機会は多いものの、初春にとって友人と呼べる存在は決して多くない。

その数少ない友人を、単に自分の目的のために利用するという事に躊躇いを感じたが、他に上手い手段が思いつかなかったのでやむなく初春は携帯電話に登録されたアドレスを引っ張り出して恐る恐る電話をかけたのだった。
 ……上手い手段でなければいくつか代案は思いついたのだが、どれもこれも見つかれば即お縄を頂戴する破目になるので出来る事なら遠慮したいところだ。

そしてすぐに電話に出た相手は、初春の珍しく回りくどい『お願い』に二つ返事で了承してくれた。

「それで、一体どのようなご用件ですの? 学舎の園に入りたいなどと」

初春の数少ない友人の一人――婚后光子はいつものように芝居がかった澄まし顔でそう問うた。

「ええと、お恥ずかしながら物凄く個人的な用事なのですけれど……」

そう。個人的な用事だ。
風紀委員の腕章を見せれば学舎の園への入場許可も得られるだろうが、正式な活動でないからには職権乱用と言われるのは目に見えている。
始末書を書くのはできれば御免したいところだ。
……まあ、婚后が快諾してくれたからこそその手段は使わなくて済んだのだが。

そんな初春の心中を知る由もない婚后は、

「どうせまた白井さんの事なのでしょう? まったく、彼女も困った方ですのねえ。こんな可愛らしいご友人に心配をかけるなど」

ぎくり、とする。図星を突かれた。

そんな初春の様子に目を細め、婚后はいつもの紅白の梅の絵の描かれた扇を開き口元を隠しながら、

「あなたが白井さんでなくわたくしを頼ってくるあたり、丸分かりですのよ?」

言われてみればそれもそうだ。
わざわざ婚后を頼らずとも、学舎の園の立ち入り許可など白井に頼んで招いてもらえば事足りるのだから。
その手段を用いないのだから、彼女との間に何かあったというのは嫌でも分かるだろう。

けれど。

白井黒子は、現在行方不明だ。
その事を友人であり、また同じ大能力者としての好敵手であり、同じ常盤台中学の生徒である婚后が校内きっての問題児の失踪という大事件を知らないはずがないだろう。

「あの、白井さんは……」

「まったく、何をしてるんでしょうね、本当に」

初春の言葉を遮って苦笑する婚后。その表情はまるで他愛もない悪戯をした子供を見つけたときのようで。



「――――――」

猛烈な違和感。
先ほど、同じような言葉を固法が言っていたが――婚后のそれとは根本的な部分が違う。

「あの……」

「でも白井さんの事ですから? 心配はいらないと思いますが。
 今度はどんな面倒事をやらかしてくださるのかしら。それでもまさか、初春さんにすら連絡もなしとは。
 まあ白井さんの事などどうでもいいですわ。校内では白井さんよりも――」

「あのっ……!」

いつもの調子で一人喋りだす婚后を制止して、初春は尋ねる。

「なんで婚后さんは……そんなに気楽に構えていられるんですか」

その言葉に婚后は笑みを消す。

「なぜって……だってそうでしょう。白井さんがどうしようもない窮地に陥る事など、ありえませんもの」

そう、確信を持って彼女は言う。

「彼女には常盤台が誇る学園都市第三位の超能力者、御坂美琴がついていますのよ」










「――――その御坂さんですら行方不明じゃないですかっ!!」









思わず発した大声に、周囲の人々がこちらを向く。

しまった、と思うが遅かった。
超電磁砲こと御坂美琴の名は、ここ学舎の園ではことさらに知名度が高い。
その第三位の失踪は情報公開こそされていないものの間違いなく大きな波紋を呼んでいるはずだった。
そんな閉鎖された街の中の、さらに閉鎖された環境で御坂の名を声高に発したならば。

だというのに。

「…………え?」

彼らは、初春を一瞥しただけで、すぐに興味を失ったかのようにまた各々の歩みへと戻っていった。



――なんだ。

なんだこの反応は。

学園都市第三位、二三〇万の頂点に君臨する七人の超能力者、その一角が姿を消したというのに。



「なん――で――」

「御坂さんも、何をやってらっしゃるのかしら。
 まったく……正直に申し上げてあの方は常盤台の生徒としての自覚が足りない気がしますの。
 仮にも第三位。他に与える影響は大きいというのに……皆が真似をしたらどうなさるおつもりかしら」

初春は確信する。

自分と婚后の間には、圧倒的な認識の溝がある。
そうでなければ婚后がここまで安穏とした発言をするはずがない。

「……もしかしてあなた、知らないんですの?」

愕然とする初春に婚后は怪訝そうな顔を向け、

「御坂さん、学校を休んでまで殿方と密会してるらしいんですの」

「……はい?」

思わず、呆けた顔でそう尋ね返す初春に婚后は自慢げに、続ける。

「なんでも高校生くらいの殿方と歩いてるところを見たという方がいらっしゃって。
 密会なら密会らしくこっそりとやるものでしょうに、堂々と回りに見せ付けるかのように真昼間から腕を組んで歩いているところを結構な数の方が目撃してらっしゃいますのよ」

隠す気などないのでしょうね、と嘆息する婚后に初春はいっそう疑念を募らせる。

街を歩いているだけで必ず鉢合わせる監視カメラの映像とここ数日睡眠時間を削って格闘していた自分が、まさかそんな場面を見逃すはずがない。

「あの、婚后さん」

「なんですの?」

「その話は、どこから……」

初春の問いに婚后は一瞬きょとんとした顔をして、それから目を瞑り、微笑んで。

「ええ、友人からですわ。……どなたか忘れましたけれど。申し訳ありませんわね。わたくし、交友が広いもので」

「………………」











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