―1―
それは朝の出来事だ。
浜面「え、は?」
浜面「……は?」
禁書「あれ、通じてない?日本の人だよね?」
浜面「お、おお……」
なんなんだろう、と浜面は働かない頭を使い考える。
結局、絹旗に付き合わされた映画鑑賞は朝まで行われ、帰ってこれたのはついさっき。
部屋に入ると付けっぱなしだったパソコンやら電化製品やらは止まっていた。昨日の落雷が原因だろう。まぁそれはいい。
そのお陰で蒸し風呂と化していた部屋の空気を入れ替えよう、そう思い窓の扉を開けた。そうだ、すると――
禁書「ねぇ、きいてる?私の声届いてるのかな?」
浜面(布団じゃねぇよな……どうみても)
白い女の子が引っかかっていた。
浜面(なんだこいつ……シスターさん?)
禁書「こんなかわいい女の子が今にも飢え死にしそうで苦しんでいるのになんなのかなその顔は」
浜面「いやいやいやよく考えなくても、ってそもそもなんで女の子がベランダで行き倒れてんだよ!!」
禁書「それはおいおい話すとしてまずはおいしいごはんを食べさせて欲しいかも」
浜面「夏は変なのがよく湧くがお前も脳内お花畑かちんちくりんシスター」
禁書「ごーはーんーっ!」
浜面「だーっ!!朝からうるせぇー!!」
禁書「」ムッ
浜面「あぁ!?」
浜面「…………」
禁書「…………」グギュ~グルルグルルルリル
浜面「…………」
禁書「…………」グギュ~グルルグルルルリルギュルルルルルグルグル
浜面「…………」
浜面「はぁ……わかったよ。ほら、はいれ」
とは言ったが食わすつもりは毛頭無し。このシスターにはどこか遠いところで幸せになってもらおう。そう思い浜面は目の前に干されたシスターに手を伸ばす。
そのときだった。
禁書「あっ」ズルッ
浜面「ばッ!!」
禁書「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
落ちた。
浜面(うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)
あまりに唐突な事で体が動かない。理解出来たのは本当に少女が遠いところへいってしまったという事実、それと
ドサッ
なにか、重い物が落ちたような音。
浜面(嘘だろ……)
浜面(これ、もしかして俺のせいか……?)
浜面「…………」
この高さだ、きっと助かりはしない。そして原因は多分きっと自分の過失になる。あの少女と一緒に自分の無様で惨めな人生の幕も今日で降りるのだろう。
浜面「……不幸だ」
そう思った。この時は
浜面「…………」
ガツガツガツムシャムシャパクパク
浜面「……ありえねぇ」
ガツガツムシャムシャゴクリッ
禁書「ぷはぁ~おいしくはなかったけどなかなか満足出来たんだよ」
浜面(いや、つかなんで生きてんの?普通死ぬよな?なんで生きてんの?死ぬの?)
冷蔵庫の中身がほぼ空になるまで食べられたにも関わらず、浜面にはそれを突っ込む余裕すらなかった。
浜面(た、確かに落ちたよな……)
白い少女が生きていた。それに驚いたのは、眠気も飛び、全速力で一階まで駆け降り、少女を見つけた浜面だ。
そして何もなかったようにその少女は浜面を見つめ、
禁書「おなかすいた」
と、そう言い放った。
浜面「なっ……はぁ?」
辺りを見渡したが、クッションになるようなものは何もなくい。
足元に広がっていたのはアスファルトではなく土、だが足から伝わる感触からして、少なくとも高所から落下して平気でいれるような柔らかさではない。
それに、
浜面「……マジかよ」
立ち上がりぱっぱと土汚れを払う少女が立つすぐそばには、何かが落下した跡がはっきりと残っていた。
浜面「はぁ……」
浜面(もしかしたらすげぇ面倒な事に巻き込まれたんじゃないか俺)
今更ながら浜面は何か満たされた表情をしている白い少女を見て直感的にそう思う。
禁書「まずは自己紹介しなきゃだね」
そして、彼の直感は当たっていたわけだが、今はそんな事を知る由もない。
禁書「私の名前はね、インデックスっていうんだよ」
浜面「…………」
浜面(嘘くせぇ。なにインデックスって。目次?)
禁書「……そこはかとなく疑ってるね?」
浜面「いや、まぁ外人さんみたいだし、うーん……そんな名前もあるんだろ」
浜面「で、なんでお前は――」
浜面「…………」
禁書「……?」
言葉に詰まる。浜面にはこの得体の知れない、インデックスと名乗った少女に何を聞けばいいのか分からなかった。
どうしてベランダから落ちたのに生きていたのか?
どうしてベランダにひっかかっていたのか?
浜面「……うーん」
禁書「……?」
浜面「…………」
禁書「むー……」
禁書「ねぇ、とりあえずあなたの名前を教えて欲しいかも」
浜面「あ、あぁ、名前?……浜面だ。浜面仕上」
禁書「はまづら……しあげ?なんだか変な名前だね」
浜面「目次にいわれたくねぇよ」
むう、と。そう頬を膨らましインデックスと名乗った少女は浜面をジト目で見つめる。
その姿にどこも怪我をしているようには見えないし、ましてや怪我を隠して無理をしている風にも見えない。
本当に、無傷。
浜面「なぁ……お前なんで無事だったんだ?」
禁書「えっ?」
浜面「落ちただろが。ベランダから」
結局、浜面がまず聞いたのはその疑問。本当に少女が無事なのか、無理をしていないか。
いくら元気に冷蔵庫の中身を食べきるその様を見ても、無傷だというのはやはり信じられなかった。
禁書「ん、それはこれのおかげなんだよ」
浜面「……どれだ?」
禁書「こ~れ!!この服!!」
禁書「これは歩く教会って言ってね?教会における必要最低限の機能を抽出した『服の形をした教会』で極上の防御結界なんだよ!」
浜面「……は?えー……え?」
禁書「完璧に計算しつくされた刺繍や縫い方は魔術的意味を持ち、その結界の防御力は法王級!
トリノ聖骸布を正確にコピーした物で、その強度は絶対であり
物理 魔術を問わず一つの例外もなくどんな効果でも受け流して吸収しちゃうというすごい霊装なんだから!それに」
浜面「あ~~っ!!わかったっ!わかったって!要はその服のおかげなんだろ?」
禁書「ほんとにわかったのかな?」
浜面「わかった……いや、やっぱよくわかんねぇ」
浜面は無能力者と言えど仮にも学園都市の住人だ。当然ながらこの街の"ありえなさそう"な技術にも多少は精通している。
しかし、その自分にも一枚の布だけで高所の落下からの衝撃を全て打ち消すなどという魔法のような技術の存在は、知らない。
知らないが、
浜面「でもよ、その服がどういう理屈で出来てんのかはさっぱりだけど、ベランダから落ちたのに無事だったってのはマジなんだ。信じるさ」
禁書「むう……それはいいけど、はまづらはやっぱり何もわかってないかも」
浜面「あぁ、それとよ、なんでお前ベランダに干されてたんだ?」
禁書「ついでみたいにいうんだね」
禁書「本当は屋上から屋上に飛び移ろうとしたんだよ。でも、失敗しちゃって」
浜面「はぁぁぁぁぁ!?」
禁書「うわっ!びっくりしたんだよ。急に叫ばないでくれるかな?」
浜面「いや、つか、なんでんな危ない遊びやってんだよ!死んだら――」
そこまで言って、この少女には言う必要のない言葉だという事を思いだす。
なんせ目の前で落ちても死ななかったのだから。
禁書「大丈夫。それに、追われてたからね」
浜面「……!!」
スキルアウト。浜面が真っ先に思い浮かんだのは自身も属する荒くれ者の集団、路地裏の支配者。
浜面(……ないか。ここら辺のスキルアウトは駒場さんが仕切ってるし、んなことさせる奴じゃねぇ)
浜面「……誰に追われてたんだ?」
禁書「魔術結社。魔術師でもいいかも」
浜面「…………」
浜面「……ごめん、なんだって?」
禁書「……?マジックだよ。マジックキャバル」
浜面「あー……?」
禁書「俗にいう魔法使いだね」
浜面「……つまりお前も?」
禁書「魔法使いだね」
浜面「…………」
――んなバカな。とは言えない。浜面は見たのだ。自分の目で、魔法のような現実を。
浜面「……じゃあ、その服も」
禁書「むう。やっぱりわかってないんだよ。さっきも言った通りこれは歩く教会っていう防御結界で――」
浜面「ストップストップ!!それはいい!もういいって!」
禁書「ダメなんだよ!見ての通り私はシスターさんなんだから迷える子羊はちゃんと正しい生き方に導いてあげないと!」
浜面「だぁぁぁぁぁぁさりげなく俺の人生否定してんじゃねぇぇぇ!!」
禁書「む?じゃあ君はちゃんと真面目に生活しているのかな?世間一般じゃ確かもう学校とかいうものが始まっている時間みたいだし、なにより……」
浜面「ぐっ、確かに補習はサボっちまったが……なにより、なんだよ」
禁書「なによりすごく悪人面かも」
浜面「うるせぇぇぇぇ!悪人面で悪かったな!!生まれつきこんな顔なんだよ!!」
禁書「はまづらじゃなくてあくにんづらの方がしっくりくるね。言いにくいからわるづら?」
浜面「くだらねぇ事言って……!!ああ、もういいや、なんか疲れた」
浜面「わかった。わかったよ。まだ半信半疑だけど……とりあえずお前は魔法使いで」
禁書「正確には魔術師なんだよ。魔法名はdedicatus545だね」
浜面「あーはいはい。魔術師で……」
浜面「あれ、なんでお前は同じ魔術師に追われてんだよ」
禁書「うん、多分私の持ってる10万3千冊の魔導書が狙いなんだと思う」
浜面「10ま……え?何が何冊?」
禁書「10万3千冊の魔導書……む、何かな?その何言ってんだこいつ~みたいな顔」
浜面「何言ってんだお前」
禁書「あ~!!口にだしたね!?本当だもん!ちゃんと持ってきてるんだから!!」
浜面「あ~はいはい。で、結局なんで追われてたんだよ」
禁書「む~~~!!」
浜面「え、何?何で歯ぎしりして今にも噛みつきそうな勢」
禁書「」ガブ!!
浜面「いってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
浜面「いてぇ」
禁書「自業自得なんだよ」
浜面(理不尽だ……)
浜面「くっそ、腕に噛み跡が……なんか指先もヒリヒリするしよ。ったく」
禁書「自業自得なんだよ」
浜面「それはさっき聞いたっつうの」
禁書「ふんっ」
浜面「はぁぁぁぁ……で、どこにあるんだよその10万何千の本は」
禁書「だからちゃんと持ってきてるの!」
浜面「はぁ……?」
どうやらそれ以上話す気はないらしい。インデックスはぷいっと顔を背け浜面の方をみようとはしなかった。
浜面「……はぁ」
まぁいいか、10万3000冊の本なんて持ち歩けるわけないのだ。そう思い、浜面はまた別の疑問をインデックスに振る。
浜面「なぁ、とりあえずさ、これからどうすんだよお前」
禁書「えっ?」
浜面「よく分かんねえけど追われてんだろ?なんならここにいてもいいけど……」
そこまで言い掛け浜面は今自分が言った言葉を反芻、吟味し、
浜面(……はぁ、すっかり巻き込まれる気マンマンじゃねぇか、俺)
自分がどれだけお人好しな発言をしたか再確認し、言い掛けた言葉の続きを
浜面「――ッ」
言えなかった。
禁書「…………」
それは、少女があまりにもぽかんと、何を言ってるのか理解出来ないと言う目でこちらを見つめ、
禁書「……ううん。遠慮しとくんだよ」
理解出来たかと思えば顔を伏せ、消え入るような声でそう呟いたから。
浜面「……あ」
浜面「いやいやいや!だって危険なんだろ!?現にお前屋上から落ちそうな羽目になったじゃ……」
浜面「……いや、落ちたけどよ」
そんな奴を目の前で――と、そこまで言って、インデックスはやはりその言葉にも首を振った。
浜面「なんでだよ」
禁書「巻き込みたくないの」
浜面「いや、だからって……」
禁書「いいんだよ」
そう言ってインデックスは立ち上がり玄関に向かう、浜面はその後を追い、インデックスがドアを開け出て行こうとするのを見ている事しか出来なかった。
禁書「私のせいで誰かが傷つくのも嫌だし、それにきっと迷惑がかかるんだよ」
浜面「…………」
禁書「じゃあね、ごはんおいしかった!」
浜面「……お前うまくなかったっつってたろ」
禁書「う……そ、それでもお腹は膨れたんだよ!」ギュルルルルルグルグル
浜面「…………」
禁書「……う」
浜面「お前さぁ、やっぱここにいろよ」
つい、その言葉が出たのはきっと何かきっかけが欲しかったのだろう。
何かが変わるきっかけを
禁書「……ダメだよ。きっと巻き込むだけじゃすまなくなる」
浜面「もう巻き込んでんだろ。冷蔵庫全部空っぽにしやがって」
禁書「……あはは」
インデックスが笑う。
浜面「ははっ」
浜面も笑う。
そしてインデックスはこう言った。
禁書「なら私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」
浜面「――ッ」
とても笑みとは言えないような笑みを浮かべ、そう言った。
玉になった汗が頬に伝う。浜面は言葉を発する事が出来なかった。
さっきまでは、巻き込まれるつもりだった。何かが変われるかもしれないと、軽い気持ちで。それをインデックスは優しい言葉に包んで浜面にこう言ったのだ。
こっちにくんな。
迷惑だ。
浜面「…………」
禁書「……やっぱり遠慮しとく」
浜面「いや、あ……」
何か言おう。咄嗟にそう思う。何か言って、この子を引き止めなければ――
浜面「おい――」
口を開いた時、そこにはもうインデックスはいなかった。
浜面「…………」
目の前で開かれたドアはゆっくりと閉まる。
ガチャリと
それは浜面が経験したほんの少しの非現実が終わりを告げた音にも聞こえた。
浜面「はぁ……」
ベッドに寝転がり、考える。インデックスという少女の事を、彼女はこれからどうするのだろう、どうなるのだろう。そんな事ばかりが頭に浮かぶ。
浜面「腹減ったらどうすんだよ……」
浜面「…………」
浜面「魔術、か」
プルルル
考えようとした途端に携帯がなった。部屋に鳴り響く音が浜面の思考を阻害する。
どうせ、考えても纏められない事だけど。
浜面「もしもしぃ」
半蔵「よぉ浜面!お寝坊さんかよ。高校生なんだからそろそろ自分で起きれるようになんないと」
浜面「寝てねえっつの……って、げ。もうこんな時間かよ!?」
半蔵「ゴホン。ちょっと朝の処理が長いんじゃないのかね浜面く」
浜面「っな、ばーか!すまん、すぐ行く」
半蔵「おう。あー、そうだ。昨日の夜アジトにイタズラされちまったみたいでさー」
浜面「はぁ?イタズラ……?」
半蔵「いや、まぁあとで話せばいいか。とりあえずさっさと来いよ」
服部半蔵。
浜面と共にスキルアウトに所属しているその少年からの電話で、自分がどれだけあの少女と接していたか自覚する。
浜面「…………」
考えても仕方のない事を考える。多分あの少女と自分はもうどんな関わりも持つ事はないだろう。
ただ、考えてしまう。
あの時、インデックスが出て行く時に、彼女の手を掴んでいたらどうなったんだろう、と。
何かが変わったのだろうか。
浜面「……行くか」
しかしそれももう叶わない話だ。現実、浜面はインデックスが出て行く時に見ている事しか出来なかったし、本気で止めるような事もしなかった。
結局は、彼女の言った言葉に気圧され、彼女に巻き込まれる事を良しとしなかったのだ。
それに、何かをしようとしても、
浜面「無能力者の俺が出来る事なんて、何もねぇよな……」
そう、結局は何も変わらない。
無能力者の自分には、誰かを助けてあげられる力なんてないのだから。
浜面「…………」
無理やりにでもそう思い、浜面は先ほどの少女を頭の隅に追いやった。
浜面「あー……そうだ。パソコン」
タンタン
浜面「…………」
タンタン
浜面「つかねぇ……あーくそっ、やっぱ昨日の雷か」
浜面「ちくしょう、やり直しかよ……」
あまりゆっくりしている余裕は……まぁあるだろうが半蔵達に悪いだろう。昨夜まで作業中だったパソコンの事は諦め、手近にあった携帯と音楽プレイヤーをもって浜面は家を出る。
インデックスの事を頭の隅に残したまま、彼は仲間の元へと駆けていく。