とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド) > 03


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~第十八学区・結標淡希の部屋~

結標淡希は後ろ手に紐のような物で縛られ床に転がされていた。
いつも通りの桜色のサラシを胸に巻き、短めのスカートに霧ヶ丘女学院の制服を羽織っただけの姿のまま。

結標『ちょっと姫神さん!?どういう事なのこれは!今すぐこれを解きなさい!』

何故だか座標移動が出来ない。演算が働かない。
そんな虜囚も同然の結標を、姫神秋沙は温度を感じさせない眼差しで見下ろしてくる。
ピンクを基調としたベッドに腰掛けながら足を組んで。

姫神『駄目。こうしないと。貴女は私から離れて行く。本当は鎖に繋ぎたかった。けれど貴女の肌を傷つけたくはないから』

這い蹲う結標の元に膝をつき、クッとその白魚のような指先を結標の顎に添えて上向かせる。
愛玩動物を慈しむように、屈辱に歯噛みする結標をなぶるように。

結標『貴女っ…!何を言ってっ…!!』

姫神『私は。鎖も。他の物も。自分で使ってすら貴女を傷つけるのが許せない』

結標のシャープな輪郭を猫の喉でもくすぐるような手つきで撫でる。
その滑らかな指先に一瞬、嫌悪感とは異なる鳥肌が結標を泡立たせる。

姫神『だから。私が貴女を壊すの。綺麗なまま。硝子細工は砕けた方がより光を輝かせるから』

結標『巫山戯けないで!いい加減にしないと本当に怒るわよ!!』

姫神『無駄。私が縛っているのは。貴女の心。これは魔法の縄。貴女が心の底から望まない限り。決して解ける事はない』

姫神の指先が結標の頬から首筋を伝ってサラシの巻かれた胸元まで優しく滑り…そして乱暴に、引き裂くように毟り取る。

結標『やっ、やめて!やめて姫神さん!どうしてこんな事するのよ!どうして!』

姫神『キツく締めすぎ。大きさに合ってない。でも…とても。綺麗』

肌蹴られた胸元に姫神の手指が、叫ぶ口元に姫神の唇がそれぞれ迫る。
違う。自分は同性愛者でも被虐嗜好の持ち主でも何でもない。なのに

結標『ひ、姫神さん!』

姫神『無駄。貴女にかかった魔法は決して解けない。何故なら』

逆らう心が、抗う魂が、それすら姫神の手の上で転がされているような

姫神『――私は魔法使いだから――』

そして、姫神の唇が結標に重なって―――



~第十八学区・結標淡希の部屋2~

姫神「痛い」

結標「!?」

そこで結標淡希は跳ね起きた。カーテンの隙間から射し込む初夏の陽射しに照らされたベッドの上で。

結標「えっ!?えっ?!」

姫神「痛いから。下りて欲しい」

結標「ご、ごめんなさい!」

気づけば跳ね起きた際に姫神の黒髪に思いっ切り手をついて下敷きにしてしまっていた事に気づく。

姫神「おはよう」

結標「おっ…おはっ、よう」

慌てて手をどけると姫神は手櫛で乱れた黒髪を直して行く。
眠たそうな顔立ちに似合わず、小萌並みの目覚ましいらずの体質なのか起き抜けといった素振りすら見せない。しかしそれよりも先に思い当たるのは…先程の

結標「(なんて夢見てるのよ私は!会ったばかりの!!それも女の子の!!!)」

昨夜SだのMだの話をした影響が夢にまで出たかと思うと、髪の手入れを始めた姫神とは対照的に頭をかきむしらずにはいられない。
それを姫神はポカンとした顔付きでこちらを見やり、結標はその口元をついつい見やってしまう。

姫神「どうして。そんな特殊な性癖が暴露された性犯罪者のような顔をしているの」

結標「貴女と会ったのこれで二回目のはずよね!!?」

その手合いの嗜好品は全てクローゼットの中に座標移動させたはずだ。
そうだ。読心能力者や透視能力者でもない限りバレるはずは―――

ガタンッ!バサバサ…ドサッ

結標「」

昨日の二の舞。絶好のタイミングで限界を迎えたクローゼットから再び飛び出す、未だ年端の行かぬ美少年が睦み合う表紙の本が飛び出し床に散乱する。
そして隠していたインスタント食品も転げ落ち、結標は考えるのを止めた。

姫神「新発見。また一つ。貴女という人間を知る事が出来た」

ベッドから下り、結標の夢が詰まった本を拾い上げられ、パラパラとページを手繰られ、綺麗に纏められ、テーブルに置かれるまで十秒と経っていないのに、それが永遠のように長く感じられた。

姫神「朝ご飯。緑のタヌキ」

そして姫神は結標と一度も目を合わせる事無く部屋を後にした。
声を殺して泣く結標を置き去りにして、インスタント食品を回収して行って。



~結標淡希の部屋・リビング~

結標「………………」

姫神「何か。食べる?」

結標「食欲ないわ…」

姫神「吹寄さんからもらったルイボスティー。淹れてくる。それなら。飲める?」

結標「わからないけどお願い…」

初夏の晴天広がる窓辺を見上げながら結標の表情は梅雨入りのように曇っている。
頬杖をつきながらキッチンでお湯を沸かし直す姫神の背中を見やりながら。
自分の着ている服を他人が着ている後ろ姿は何とも言えない気持ちにさせられる。

結標「テレビつけよ…もうニュース終わっちゃってるかしら」

時刻は8:20分と微妙な時間だ。座標移動でリモコンを手にしチャンネルを回す。
単純に気を紛らわす音が欲しかっただけだ。

『第七学区の復興状況は未だ…』

『大規模な戦闘のため倒壊した建築物の撤去作業が…』

『全学連は学生、能力者によるボランティアを募っており、発起人でありリーダーを務めるレベル5第七位、通称“ナンバーセブン”削板軍覇君の懸命な…』

『――などが多発しており、これに対し風紀委員活動第一七七支部は注意を呼び掛けており…』

結標「(第七学区…ね。昨日入ったファーストフードもほとんど難民の炊き出しみたいだったもの)」

右から左に受け流すようにボンヤリとテレビを見つめている結標。
未だ実感は沸かないが、あの夜確かに起きた戦闘…いや戦争はまさに死力を尽くした総力戦であり…
学園都市全体の機能は兎も角、激戦地となった第七学区の復興の目処は未だ立たない。

姫神「お茶。熱いから。気をつけて」

結標「あっ、ありがとうね」

少し考え込んでしまった結標の後ろから、更に思い詰めて見える姫神がお茶を出してくれた。
その香る湯気を見つめながら、結標は姫神の胸中に思いを巡らせる。
どんな思いでこのニュースを見つめているのか、無事だと言うが小萌は今どうしているのか…

結標「ねえ…姫神さん…今日、どうしようかしら?」

本当なら買い出しを予定していた。自分一人ならまだしも、姫神も共になると足りない物はまだまだあると昨日実感した。
女は女で色々と物入りなのだ。だが今結標が問い掛けたのは“質問”ではなく“確認”

姫神「小萌先生を。安心させてあげたい。私はもう。大丈夫だって」

結標「…決まりね!」

出会ってまだ一日足らずだと言うのに、呼吸がピッタリだ。
そして結標は一気にお茶を呷り、席を立ち上がった。



~第七学区・とある高校跡地~

小萌「結標ちゃん!姫神ちゃん!」

姫神「小萌先生。3日ぶり」

結標「久しぶりね小萌。いつぶりかしら」

小萌「結標ちゃんはメールばかりでちっとも顔を出してくれないのですー。でも良かったのですよー姫神ちゃんを助けてくれてー…先生の力が足りないばかりに」

瓦礫の山、いくつものテント、何とか無傷の体育館には長蛇の列。
座標移動を繰り返し辿り着いた姫神の通う高校のグラウンドで三人は顔を合わせた。
これだけの生々しい破壊の痕がありながら、一人の学生も死なせる事なく避難させた『第三勢力』の金髪の男…名は確か…『浜面仕上』だったと結標は伝え聞いた。

結標「そんなに痩せちゃうまで頑張っといて何言ってるのよ…」

小萌「ダイエットなのですー!結標ちゃんは細すぎだからもっとお肉をつけなきゃダメなのですよー」

結標「…そうね。落ち着いたらまた焼肉しましょう…私が奢るから」

同時に、流石の小萌もやつれて見えた。それでも気負いを見せないその笑顔に、結標は“大人”というものを感じた。
今の結標ではまだ持てない、能力とは関係ない、能力では手に入らない“強さ”を

姫神「ありがとう。小萌先生…そうだ。“上条くん”は。まだ?」

小萌「上条ちゃんはまだ行方不明なのですよ…ただ、シスターちゃんが“とうまは絶対帰ってくるんだよ!”って笑って、神父さんが“僕が塵や灰にした訳でもないのにあの男が死ぬはずがない”って言ってたから大丈夫なのですー」

小萌の安否を確認し、姫神と話し込み始めたのを見届けると目を切りもう一度辺りを見渡すと――

結標「(本当に…なんなのかしらね)」

見渡す限りの瓦礫の山。これが自分が暗躍していた学園都市なのかと思うと何とも言えない気持ちになる。
良い思い出より悪い記憶の方が比重は高いし、そもそもそんな事を考える事すらなかった。ゆとりも余裕も暇も。

結標「(こんなセンチメンタルな気分になるなんて)」

ならこの胸を締め付ける寂寥は、寂寞は何処から来るのだろうか…そう思っていると

?「あら?貴女は…」

結標「!!貴女は…」

背後からかかった声に、聞き覚えがあった。思わず振り返る。

?「お久しぶりですわね…ですが、わたくしここで貴女と“旧交”を温めるつもりはございませんの」

その年の割に大人びた声、お嬢様らしい口調。

結標「そう…初めて気が合ったわね。私も今そういう気分じゃないのよ」

特徴的なリボンにツインテール、結標が所属する霧ヶ丘女学院と対を為す常盤台中学の制服。

?「お話が早くて助かりますわ。結標淡希さん」

そして何より――その腕に取り付けられた『風紀委員活動第一七七支部 JUDGMENT』の腕章。

白井「ジャッジメントですの――と名乗る必要はございませんこと?」

風紀委員活動第一七七支部、JUDGMENT 177 BRANCH OFFICE所属…『空間移動』白井黒子であった。



~第七学区・とある高校グラウンド~

結標「風紀委員の巡回ね…こんな何もかもメチャクチャになってる時にご苦労様だ事」

白井「こんな時だからこそ、ですの」

結標淡希と白井黒子はひしゃげたグラウンドの金網に並んで腰掛けていた。
『残骸』事件以来だったか?などとその邂逅を結標はどこか他人事のように感じていた。
自分に能力で一太刀浴びせ、言葉で一矢報いた同じレベル4、同じ空間移動能力者…にも関わらず

白井「学園都市の機能は未だ回復していない事はご存じですわね?それにかこつけて能力者を狙う外部の輩が彼方此方で見受けられますの…治安維持に注ぐ力は以前とは比べ物になりませんの。責務も激務も」

白井黒子に敵意を向けられない自分が自分で信じられないのだ。
それはこの瓦礫の山と化した街並みを目の当たりにしたからか、その瓦礫の山の中にあってすら己の身を投じる白井の真摯な横顔を見たからか。

白井「そしてよからぬ輩を全てふん捕まえ、学園都市の治安を回復させた暁にはお姉さんの控えめなお胸に飛び込み、思いの丈をぶつける事もやぶさかではございませんの!その日までわたくしは戦い続けますの!うっふっふ、えっへっへっあっはーっ!!」

結標「(…こんな娘にこの私が追い込まれただなんて…)」

軽い頭痛を指先でほぐし目を瞑りながら結標は嘆息した。
同時にはたと気づく。この白井黒子が居るならば、もう一人の姿在るべき人間の姿が見受けられない事に。

結標「超電磁砲(レールガン)…第三位…御坂美琴は一緒じゃないのね」

白井「お姉様はこの第七学区全域の電力を賄う仕事に従事しておりますの。七人…いえ、今は『八人』しかいないレベル5ですから…これをノブレス・オブ・リージュ(高貴なる者の責務)と人は言いますのね…」

やや寂しそうに、しかし我が事のように誇らしそうに白井は語る。
この第七学区全ての電力から電気系統全てを掌握しその能力を行使するなど確かにレベル5でなくては務まらない仕事であろう。

結標「(レベル5ね…最も近いレベル4だなんて言われてたのはいつの話だったかしら)」

だが、今はそんな事すらどうでも良いとすら思える。
かつて白井と交わした舌戦、少年院での戦いを経て乗り越えたトラウマ、それが結標の中のいくつかの部分を占めているのだから。

白井「他のレベル5の面々も駆り出されているようでしてよ?行方不明だった第六位(ロストナンバー)まで姿を表したとかなんとか…あら?失礼しますの」

そこで区切ると白井はいやに前衛的なデザインの携帯電話を取り出し話し始める。
漏れ聞こえた『初春』という単語が聞き取れたがなんの事かはわからなかった。

結標「お仕事かしら?」

白井「一度戻りますの。貴女は――どうしますの?」

結標「どうする…って――」

白井「“この後”どうするかではありませんの。“この先”どうするかですの」

金網から空間移動で飛び降りた白井がこちらを見上げてくる。
その眼差しは問い掛けていた。真摯な光を称えた、迷う事を知らない瞳。

――結標と戦った時と同じ、あの眼差しだ――



~第七学区・とある高校グラウンド2~

白井「結標さん。わたくしは貴女を認めた訳ではありませんの。あの時申し上げたように」

結標「………………」

白井「ですが、もしわたくしに貴女のような力があったなら…と同じ能力者として思いますの。特に今のような状況であればあるほど」

この眼差しだ。この言葉だ。身体にコルク抜きを、鉄矢を突き立てらるより何より――
白井黒子の迷いのない光が、どんな痛みより激しく心を殴りつけてくる。

白井「あと数メートル長く飛べ駆けつけられたなら、あと数キロ重く人を抱えられたならと…ふふっ、自分のいたらなさを棚に上げて無い物ねだりだなんて…わたくしも疲れてますのね」

結標「相変わらず言いたい放題ね…人の事情も知らない癖に」

結標淡希は思う。こんな目を自分も持てたら少し羨ましいのにと。

白井「そうですわね…これではあの類人猿…いえ殿方のようですわ。失礼いたしましたわ」

白井黒子は想う。あんな力を自分も持てたら少しでも多くの人を救えるのにと。

白井「…学生、能力者によるボランティア募集、御存知ですの?」

結標「…例のナンバーセブンがやってるアレの事?ならニュースで見たわ」

金網から見下ろす結標、地面より見上げる白井。
しかし――もし何か一つ選ぶ道が、嵌る歯車が合えば、二人は同じ場所を対等の目線で見れただろうか。

白井「…そろそろ行きますの。貴女もお達者で。結標淡希さん」

結標「…私も戻らなくちゃ。貴女こそ元気でね。白井黒子さん」

結標・白井「「お互いに」」

そして二人は同時に空間移動した。本来交わる事のなかった道から、再び各々の歩む場所へと帰って行くように。

分かたれた光と影の双生児のように



~第十八学区行きモノレール内~

結標「小萌、思ったよりやつれてたわね」

姫神「うん。随分と無理していた」

第七学区のモノレールは完全に壊滅していたため、小萌と別れた後の二人は再び座標移動を繰り返して一度第八学区まで出、そこから乗り直し帰路についていた。
時刻は昼過ぎ、昨日二人が出会ったのと同じ時間帯であった。

姫神「私達は。子供だね」

結標「…そうね」

車内は閑散としていた。目的地までノンストップの特別便のため、乗り込んで来る乗客も下りて行く乗客もいない。
だからこそ姫神の短い言葉が、自分の声音が、ことのほか響く気がする。

姫神「小萌。一緒に住んでた時はいっぱいビールも飲んでいたし。たくさんタバコも吸っていた」

結標「私が転がり込む前からああだったのね…なんだか懐かしいわ」

姫神「正直な気持ちで言えば。少しだらしないなって。思った時もあった。でも」

結標「でも…今日、初めて小萌が大きく思えたわ」

姫神「うん。大きい。私達より。ずっと」

出会ってまだたったの二日。知り合ってまだたったの二日。
住んでいた世界すら異なり性格も違う二人の共通の話題はまだ少ない。
しかし…月詠小萌という一人の人間が、二人を結び付けた。

姫神「だから。今日から少しでも大きくなりたい。背伸びじゃなくて。大きく」

スッ…と結標の身体が姫神の腕で、肩に寄せられた。
姫神は結標と白井の会話を知らない。確執も因縁も遺恨も知らない。
しかし戻って来た結標の様子がひどく疲れて見えた事は感じられた。だから。

姫神「着いたら。起こすから」

結標「…そうしてちょうだい。能力を使い過ぎて疲れたわ」

この程度のテレポートの連発でくたびれるほど弱くない。
修羅場鉄火場を潜り抜けて来た身体はこの程度で疲れるほど脆くない。
だが…その心は、預けた頭を受け止める肩から離れてくれなかった。

結標「(焼きが回ったものね。私も)」

そして結標淡希は姫神秋沙の肩で少し眠った。

今度は、夢を見なかった。
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