美琴「アンタは……!」一方通行「超電磁砲か」2


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***

「お姉様? お姉様、どうしましたの?」

黒子の声で美琴ははっとわれに返る。

「あ、黒子? なんか言った?」

「もう、お姉さまってばりんご剥きすぎですわよ。
 二人で食べるには少し多すぎるのではありませんこと?」

「え? ……あ」

美琴の座る椅子の脇に置かれたサイドテーブルを見ると、そこには皮を剥かれたりんごが3つ並んでいた。

食べやすく切られたわけでもなく、皮を剥かれただけで放置されていた。

最初に剥いたであろうりんごはすでに軽く変色していた。

「お見舞いに来てくださるのはうれしいのですけれども、今日のお姉さまは少し変ですの」

黒子がほほを膨らませて言う。

「ごめんごめん、そんなすねないでよ」

美琴は手に持った4つ目のりんごを皿の上に載せて苦笑した。

剥いてしまったからにはこのりんごの大半を食べるのは自分の仕事だろう。

「……やはり、昨日隣の病室で騒いでいたことが原因ですの?」

「え」

黒子がため息をつく。

「やっぱりですの。騒いでいたのはお姉様だってことくらい知ってていましてよ?」

美琴は息を呑んだ。昨日の会話は殺すだの殺しただの、物騒な内容だった。

学園都市の暗い部分を知らない黒子には聞かせたくないことだった。

「き、聞こえてたの!?」

「盗み聞きは趣味じゃありませんから内容までは把握しておりませんが。
 そう、黒子は空気の読める女」

なぜかうっとりとしている黒子に冷や汗を悟られないように美琴は極力平静を装った。

「単に知り合いがいてびっくりしただけよ」

なんとかごまかせたのか、黒子はふうんとうなずいただけだった。

隣室との間を隔てる壁をじっと見つめながら黒子は言った。

「お姉さまのお知り合い……。わたくし、ご挨拶に伺ったほうがよろしいかしら」

「ぜっっっったいにダメ!!」

美琴の声に黒子はビクッと体を震わせる。

「お、お姉様、どうしましたの?
 わ、わたくしはもし隣室の方が殿方でしたらお姉様に不埒な真似をしないよう釘をさしておこうと思っていただけですわ!」

「……そんなこと考えてたのアンタ」

釘をさすどころか下手したら逆に命がない。

まちがっても黒子が隣室に突撃したりしないようにきつく言っておこう、と美琴は心に決めた。

だが美琴が口を開く前に黒子が顔を青くした。

「ま、まさかあの類人猿!?
 お姉様、あの殿方が隣にいるのではないでしょうね!?」

「あー、ないない、それはないわ」

美琴は冷めた表情で手をパタパタとふった。

「その反応でしたらあの殿方ということはなさそうですわね。安心いたしましたの。
 わたくし、お姉様を悩ます人間といったらまず真っ先にあの殿方を思い浮かべてしまいましたわ」

「な、なんで私がアイツのことで悩まないといけないのよっ」

顔を真っ赤にして反論する姿を見れば否定する要素はひとつもないように思える。

しかし本人に自覚がないようなので救いようがない。

黒子は半目でじたばたと挙動不審な美琴を見た。

「な、何よその目は。私は別にアイツのことなんて」

「はあ、よろしんですのよ。今に始まったことではありませんし。
 それよりも、わたくしはお姉様の今現在の悩みのほうが心配ですの」

一転してまじめな表情を浮かべた黒子に美琴はたじろいだ。軽くごまかせるような雰囲気ではない。

「また何を一人で考え込んでいるのかはわかりませんが、隣の病室の方に関係することなのでしょう?
 わたくしのお姉様は常に凛々しく美しくあっていただかないといけませんわ」

「つまり、何が言いたいのよ」

いぶかしがる美琴に、黒子は極上の笑みを浮かべた。

しなやかなその表情は、挑発的で、なおかつ官能的にさえ見える。

「当たって砕けてくればよろしいじゃありませんの。
 うじうじ悩むのは私の知っているお姉様らしくありませんことよ?
 なんならわたくしが隣の方とお話をつけて差し上げますわ」

美琴は黒子の笑みに気おされたように押し黙った。

こういうときの黒子こそ、自分などよりずっと凛として美しいと美琴は思う。

「ご安心くださいな。もし砕け散ってしまわれたのならこの黒子がお姉様を受け止めて差し上げますの」




***

「入るわよ」

美琴は返事を待たずに一方通行の病室のドアを開けた。

姿を見る前に一方通行の声を聞けば逃げてしまいそうな気がしたからだ。

「一方通行! ……あれ?」

思い切って勢いよく開けたドアの向こうは無音だった。

病室で動いているものは、細く開かれた窓から吹き込む風に揺られるカーテンだけだった。

「いない……? っているじゃない」

ベッドの上に積まれた掛け布団がこんもりと人の形にもりあがっている。

その端からは白い後頭部がちらりとはみ出ていた。

打ち止めはいないようだ。二人きりというのは少し気まずいな、と思いながら美琴は一方通行に近づく。

「話があるんだけど」

一方通行は美琴に背を向けたままの姿勢で答えない。

(返事くらいしなさいよね)

思い切って来てみたはいいもののまったく相手にされていない。

無理もない。自分とこの少年との間には圧倒的な戦力差があるのだ。

(当然よね。……でも!)

「いい加減無視しないで!」

一方通行の頭に顔を寄せるようにして怒鳴る。その声に反応するかのように一方通行が身じろぎした。

そして布団の中で身体をもぞもぞと動かすと、寝返りを打つように美琴のほうを向いた。

「むゥ……ンン」

「へ?」

あと少し近づけば顔と顔が触れ合いそうな距離なのに、美琴は一方通行と視線を合わせることはできなかった。

一方通行の瞳は硬く閉じられていた。美琴の声をうるさがるようにその眉間には深くしわがよっていた。

(寝てる……?)

睡眠という人間的な行為を一方通行がとることに美琴は拍子抜けした。

美琴にとって一方通行とは、悪の化身そのものであり、理解の範疇外にいる存在だ。

そういえばコイツも一応人間なのかもしれないと、当たり前のことを思う。

(というか、あれだけ怒鳴っても起きないとか)

案外この少年は鈍いのだろうか。それとも『脳へのダメージ』とやらが原因で疲れがたまっているのか。

美琴はとりあえず一方通行を観察する。

美琴が静かになったせいか、先ほどまでの険しい表情ではなくなっていた。

穏やかなその表情に実験のときの面影はない。

(うわー睫毛まで白いわコイツ。人が寝てるときの表情って意外に素直そうに見えるわね)

その線の細さと病院という環境もあいまって、病弱な少年ですと説明されれば信じてしまいそうだ。

至近距離でじろじろ見られても起きない神経はどうなっているのだろう。

ともすれば吐息がかかりそうな距離である。

(……って近い! 顔近い!)

ざっ、と俊敏な動作で美琴はベッドから1メートルほど後ずさる。

その物音で起きたか、とも思ったがそのようなことはないようだ。

一方通行は相変わらず静かな寝息を立てて眠り続けていた。

(なんかここまで起きないとわざとなんじゃないかって思えてくるんだけど、調子狂うなぁ)

美琴は再び一方通行に近寄る。

どこまでやったら起きるんだろうか。

美琴のイタズラ心がむくむくと沸いてきた。

あまりの平和な寝顔に、第一位への怒りと恐怖が一瞬薄れたのかもしれない。

「えい」

人差し指を立て、それをそのまま一方通行の白い頬につきさす。

指先は弾力のある、滑らかな感触を美琴に伝えた。

「うわー、ほんとに反射しな……い?」

目が合った。

半開きになった焦点の合わない赤い瞳が美琴へと向けられていた。

「……」

「……」

「お、おはよ」

沈黙に耐え切れず、美琴は上ずった声を出して笑顔を作る。

もちろん人差し指は一方通行の頬にささったままだ。

一方通行が布団から手を出し、頬に触れる美琴の手を握った。

「!?」

「クソガキィ、人が寝てる間に鬱陶しいことはやめろっていっつも言ってンだろォが……」

眠そうな声でそう言って、一方通行は美琴の手を優しく遠ざける。

その手は美琴に手を握ったままシーツの上に落ちた。

「ちょ、ちょっとはなしなさいよ! っていうか寝ぼけてんの!? ねえ!」

一方通行は閉じた瞳をもう一度重そうに持ち上げた。

「クソガキィ、オマエの声は頭に響くっつってンだろ……ンだァ? なンか背ェ伸びて……」

「……はなしてほしいんだけど」

病室に再び沈黙がおとずれた。

一方通行の目の焦点が徐々に美琴に合う。

一方通行の脳が彼の寝起きにしては珍しく高速で働いて現状を整理する。

なぜか超電磁砲が一方通行の顔を覗き込んでいてなぜか頬をつついていて、なぜかそれを一方通行が打ち止めのイタズラか何かと勘違いし、なぜかその手を握っている。

「……」

美琴は気まずそうに一方通行から視線をそらした。

一方通行も美琴の手をそっとはなす。

「あァ、とりあえず、ここ3分くらいの出来事をなかったことにするか」

「……そうね。異論はないわ」

一方通行は何事もなかったかのようにゆっくりと上体を起こした。

「それで今日はまたなンの用だ。 またバチバチして出入り禁止になるつもりですかァ?」

一方通行がねめつけるような視線で美琴を見上げる。

ニヤニヤとした薄ら笑いは『実験』のときの一方通行を彷彿とさせた。

「ア、アンタに聞きたいことがあってきたのよ」

美琴は精一杯の虚勢を張り、努めて冷静に聞いた。今にも暴発しそうな思いを咽の辺りでぐっとこらえる。

「……妹達を助けたんですってね。そのせいで能力が使えなくなったとか?」

口元に笑みを張り付かせたまま、一方通行の目がすっと細くなる。

冷笑するようなため息が漏れた。

「くだらねェこと知ってンなァ、オマエ」

「なんで?」

そのシンプルな問いに、一方通行は一瞬黙り込む。

そして、ぼんやりとした視線で病室の蛍光灯を眺めながら答えた。

「別に意味なんてねェよ。
 気に入らねェ研究者をぶっ殺したらついでにあのガキが勝手に助かってやがっただけだ」

「アンタが打ち止めを……あの子達を助けたっていうのはただの偶然だったっていうの?」

美琴の声が高くなる。

「偶然以上に何があるってンだ?……まァ、能力に制限がかかっちまったっつゥのは想定外だったがな」

鼓動が早くなるのを感じる。それが怒りのためだと気づくのに少し時間がかかった。

一方通行の視線が天井から美琴に移される。

からかうような赤い視線が美琴に絡みついた。

「制限がかかったところで第三位の超電磁砲程度なら軽く瞬殺できるンだぜ?
 なンなら試してみるかァ?」

目の前の白い人間がいったい何を言ったのか。沸騰寸前の美琴の頭では理解しかねた。

「もっとも、オマエと同じ顔の人間なんざこっちは殺し飽きてンだけどな」

その口元の歪みが笑みを意味していることに気づいたときにやっと美琴

「あ、んたはああぁぁ!!」

美琴の怒声とともにその前髪に火花が散る。

「やっぱり何も変わってないじゃない!」

美琴は握り締めた拳を高く振り上げて――

一方通行の表情が無くなったのに気づいて、冷静になる。

「アンタをちょっとでも信じそうになった私が馬鹿だったわ」

行き場を失った拳を下ろし静かな声でそう言った。

そしてそのまま美琴は一方通行に背を向けて振り返らずに病室から出て行った。

ドアを閉める寸前に小さく聞こえてきた、

「悪党がそう簡単に善人になってたまるかっつゥンだよ」

という声が少し弱々しく感じたのは気のせいだと思った。



「違ェよなァ、なァンか違うンだよなァ……クソ!」

一方通行一人になった病室に、ベッドを殴る鈍い音が響いた。




***

美琴は病院の中庭のベンチでぼうっとしていた。

勢いに任せて建物から出たはいいものの、よく考えたら黒子の病室に荷物が置きっぱなしだった。

黒子の病室に行くならまた一方通行の部屋の前を通らなければならない。

なんとなくそれが嫌で立ち上がることができなかった。

「お姉様、表情が冴えませんね、とミサカは手の中の空き缶をじっと見つめるお姉様に声をかけてみます」

顔を上げると、御坂妹が目の前で美琴を見下ろしていた。

「失礼します、とミサカはお姉さまの隣に腰を下ろします」

制服のスカートの折り目を気にするようにしてベンチに座った御坂妹は、無感動な瞳で美琴をじっと見つめる。

「な、なによ」

「ご気分が優れませんか? もしや上位個体や一方通行と何かあったのでは? とミサカはお姉様にお尋ねします」

もやもやの原因そのものズバリをつかれて美琴はたじろいだ。

「う、何よそれ、やっぱりネットワークでそんなこともわかっちゃうわけ?」

「いいえ。昨日も同じような表情をしていましたから、とミサカは推測の根拠を明確にします」

なんとなく、自分のクローンの少女にすべてを見透かされている気がして言葉に詰まる。

そんなはずはないと、咽の奥から声を搾り出す。

「……そうよ。一方通行とちょっと話してきたの。それでわかったのよ」

「なにがですか? とミサカは質問します」

少し首をかしげるような仕草が機械仕掛けの人形のようだ。

無機質な瞳がその印象をより深くしていた。

「あいつが相変わらずただの外道だってことよ。アンタたちを助けたのは偶然だとか、意味はないとか……
 一万人殺したことについてもまったく気に留めてなかったわ。
 アンタたち、いいように騙されてるだけなんじゃないの?」

美琴は視線を手元の空き缶に戻し、消え入るような声でつぶやいた。

クローン体の少女はうつむく美琴を覗き込むようにしてゆっくりと口を開いた。

「このミサカも個人的に彼に全面的には好意はもてませんが、とミサカは正直なところを吐露します」

「なら」

御坂妹は美琴の言葉をさえぎり、続ける。

「上位個体を助けた状況はこのミサカもネットワークを通じて知っています、
 とミサカはネットワークの便利さにお姉様に似て薄っぺらい胸を張ります」

「ちょっと! アンタ、それは今どうでもいいでしょうが!」

思わず顔を上げると御坂妹はまだまっすぐに美琴を見ていた。その目はふざけているようには見えない。

「ミサカたちを助けたのは偶然でもなんでもなく、彼自身が選択したことだとミサカは断言します」

「え?」

「彼が怪我を負ったとき、打ち止めを見捨てるという選択をしていれば負傷することはなかったのです、
 とミサカは事実を述べてみます」

御坂妹が淡々と述べる内容が事実だとしたら、一方通行の態度の理由がわからない。

「だったらなんで……」

美琴は一方通行の歪んだ笑みと、真剣な顔で美琴の前に立ちふさがった打ち止めの姿を思い出す。

一体どちらを信じればいいのか。

「彼はお姉様と同じでツンデレ属性ですから素直になれないのでしょう、とミサカは推測します」

「はあ?」

冗談なのか真剣なのか、御坂妹の無表情からは図りかねる。

「上位個体なら彼のことミサカよりも詳しく知っているはずです、とミサカはアドバイスします」

「……」

ミサカネットワークを司どる上位個体、打ち止めの心情を確かめたい。

しかしもう一度一方通行と顔を合わすのはさすがに気まずい。

逡巡していると御坂妹が不自然に視線をそらして大きな声を出した。

「そういえば上位個体は今の時間入浴中のはずだから風呂場の前で待ち伏せしていたら会えるはずだなあと
 ミサカは少し大きな独り言をつぶやきます」

美琴は御坂妹の言葉にポカンとする。どうしても美琴を打ち止めに会わせたいらしい。

彼女は彼女なりに美琴を元気付けようとしているのだ。

そのおかげか、少し元気が出てきた気がする。

美琴の表情に久しぶりに笑みが戻る。

「ありがとう」

美琴はそう言って立ち上がった。

黒子や御坂妹に背中を押してもらわなければ満足に動くことができない自分が情けない。

そんな自分を後押ししてくれる人が周りに何人もいる。それはなんて幸せなことなんだろう。

美琴は地面を強く蹴って病院の出入り口に向かって勢いよく走り始めた。



「入院患者用のお風呂場ってどっちですか!?」

廊下を歩く気の弱そうな看護士を捕まえ、かなりの剣幕で風呂場の位置を聞き出す。

そして短く礼を言った後、美琴は軽い足取りで駆け出した。

その勢いに驚いた女性看護士はしばらくポカンとしていたが、美琴の騒がしい足音にはっとしてその後姿に声をかける。

「びょ、病院内は走らないでくださいっ!!」

その声は美琴に届いたのか、全速力が小走り程度に変わる。

それでもはやる気持ちを抑えきれず急ぎ気味に階段を上る。

聞いたとおりの場所に風呂場であることを示すプレートを発見した。

「こ、ここね」

よしっと気合を入れるために自分の両頬をぱちんとはたく。

何を話そう? どうやって話を切り出そう。

そもそも打ち止めは自分たちのオリジナルである自分をどう思っているのだろう。

ドキドキしながら脱衣所のドアノブに手を伸ばすが、そこで気づいた。

入浴中に風呂場に飛び込んでどうする。

(少し、冷静にならないとね……)

興奮を抑えるために眉間を人差し指と親指でつまんでぐりぐりと揉む。

結局打ち止めが出てくるのを待つしかない。

大きく深呼吸してから脱衣所の入り口に対面した壁に背中を預ける。

(とりあえずまずは自分の気持ちを整理……)

と思考をめぐらしはじめたところで脱衣所から物音がした。

ガチャリ、と扉の開く音とともに扉越しに少女の声が響く。

「ふいー、すっきりしたーってミサカはミサカは扇風機の前という好位置に陣取ってみる」

聞き取りづらいが確かに打ち止めの声だった。

美琴は簡単に目的の少女を見つけられたことにほっとして声をかけようとした。

「ぶあっ!? 背後から何者かに目潰し攻撃を!? うわわわわわ、わっしゃわしゃするのはやめてー!
 ってミサカはミサカは誰かに助けを求めてみる!!」

打ち止めの声が悲鳴じみたものに変わった。

(『無防備な入浴中は最も命を狙われやすい』――ってのをこの間少年漫画で読んだ気がする!)

一万人強の『妹達』を統べる上位個体。ともすれば軍事利用も可能である。

彼女が何者かに狙われるのは十分に起こりうることだ。

美琴は迷わず脱衣所のドアを開けた。

「打ち止め!! 大丈夫!?」

「オイクソガキ! 風呂から上がったらまず髪を乾かせっつってンだろ!風邪引くだろォが……あ?」

「んんー!前が見えないよう、ってミサカはミサカは……あれ? その声は?」

脱衣所で美琴が目にしたのは、頭からバスタオルをかぶせられた怪人チビタオルと、

その頭をわしわしと拭いている一方通行(E:腰タオル)だった。

「……」

「……」

「……あれ? やっぱりお姉様。 どうしてこんなところに? ってミサカはミサカは疑問符を浮かべてみる」

押さえつける一方通行の力が緩み、バスタオルの下から打ち止めの顔がひょこっとのぞく。

その胸から下にはきっちりとバスタオルが巻かれている。

「え? ちょっとまって、何で!」

「オマエなァ、こういうイベントは普通男女逆だろォが。なンなンですか痴女ですかァ、まったく」

あきれたような一方通行の声に美琴の思考回路がショートした。

「誰が痴女よおおお!!! ていうか何楽しく幼女とお風呂してんのアンタはあああああああ!!!!」

そのときの美琴の叫びは病棟のフロア隅々まで響き渡っていたそうだ。

「にゃ、にゃあああ、お姉様、ボリューム大きすぎるよってミサカはミサカはガンガンする頭を抱えてみる」

顔を真っ赤にした美琴が一方通行をにらみつけた瞬間、廊下の向こうから疾走するような激しい足音が聞こえてきた。

「おおおおおお姉様ああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

ドップラー効果も真っ青な絶叫を撒き散らしながら脱衣所に飛び込んできたのは、白井黒子その人だった。

「くく、黒子!?」

「お姉様、いったい何がございましたの!? お姉様の悲鳴が聞こえましたので参上しましたの!
 ま、まさかその白もやしになにか不埒なまねを……!?
 初対面で失礼かもしれませんがその際の映像などございましたらぜひ私に譲っていただけませんでしょうか、白もやし様」

「し、白もやしィ?」

「うわー、なんかすっごく的確ってミサカはミサカは感心してみる」

ポツリとつぶやいた打ち止めの声に反応し、黒子がぐるりと蛇のような動作で首をまわす。

「小さいお姉様!? 全裸!? なんだかよくわからないですけれども黒子は黒子は大歓喜!!」

息を荒げる黒子の様子に打ち止めは反射的に一方通行のかげに隠れ、そこからちらりと顔を出しておびえる。

「こ、このお姉さんちょっと怖いかも、ってミサカはミサカは戦慄してみる!」

「あああ、アンタはまたこのややこしい状況を余計にややこしくしてくれちゃって!」

わけのわからないまま美琴はとりあえず黒子の後頭部をはたく。

「とりあえずだなァ」

目をつぶり、考えるように眉間にしわを寄せた一方通行が口を開いた。

「オマエらはこっから出て行け!!」

その声とともに美琴と黒子は無事脱衣所から追い出された。




***

「訳わかンねェよ……」

一方通行は昨日から妙に絡んでくる超電磁砲に頭を悩ませながら自動販売機コーナーの椅子に腰掛ける。

風呂で温まった身体も先ほどの騒動ですっかり冷えてしまった。

設置されたテーブルに頬杖を着いて浅いため息を吐く。

缶コーヒーでも飲むかとポケットを探るが、そもそも財布など持って来ていないことを思い出した。

なんだか自分自身が馬鹿馬鹿しくなり、小さく舌打ちして席を立とうとした。

「隣、よろしいですの?」

「あン? 超電磁砲……じゃなくてさっきの変態か」

唐突に現れた黒子は返事を待たずに一方通行の向かいに腰を下ろした。

「いかがです?」

黒子は一方通行の目の前にコーヒー牛乳の入ったビンをコトリと置いた。

「こんな甘ったりィもン飲めるかよ」

「あら? お風呂上りに牛乳は必須じゃありませんの?
 あのおチビさんからあなたがコーヒーがお好きだと聞きましたのでコーヒー牛乳にしてみたのですけれども」

それは科学的に根拠があるのか、などとどうでもいいことが気になったがとりあえずその質問は保留にしておいた。

何でこう自分に絡んでくるの無遠慮な人間ばかりなのだろうか、と一方通行は嘆息する。

「クソガキはどうした変態」

会話するのも億劫だがこう目の前に陣取られては無視するのも気が引ける。

というわけで目下のところの疑問をぶつけてみた。

「お姉様となにやらお話があるそうですわ。……それにしても、なぜ私が変態などと呼ばれなければなりませんの?」

心外だ、という風に黒子が大きな目をさらに見開く。それに対して一方通行は心底呆れた声を出した。

「自覚ねェのかオマエは」

「わたくしのはそんな邪なものではなく純粋な愛ですのよ」

自覚あンじゃねェか、と毒づいて一方通行は結局コーヒー牛乳に口をつけた。

「甘ェ」

ちょっと見ただけではわからない程度に量の減ったコーヒー牛乳を目の前まで持ち上げて軽く振る。

ちゃぷりと水面が揺られるが、白茶色の液体はこぼれそうでこぼれない。

その滑らかなガラスの曲面に映るのは苦々しい表情をした白い少年の顔。

反対側はツインテールの少女の黒い真剣な瞳を映しているのだろう。

「わたくし、お姉様とあなたの関係は存じ上げませんけれども」

牛乳瓶を間にはさんで年齢よりもずっと大人びた声で少女が語りかける。

「お姉様はあなたのことをずいぶんと気にしていらしてよ?
 頭より先に体が動くお姉様にしては珍しくうじうじしておりますもの」

黒子に目を向けようとしない一方通行と対照的に、黒子は一方通行から視線を外さない。

「あなたもあなたでお姉様に何か感じるところがあるのでしょうけど」

「……あァン? 俺が? 何言ってんだクソガキ」

少し笑み含んだ声で、黒子は滔々と続けた。

「だってあなた、先ほどお姉様の顔を見ようとしておりませんでしたでしょう。
 それに、お姉さまの知り合いであるこのわたくしのことも。
 わたくしこう見えて、お姉様ほど鈍くはございませんの」

自動販売機の光が一方通行の頬を照らし、もともと白い顔をよけいに青白く染めている。

眠たそうな瞳からは感情を読み取ることはできない。

「どうか一度お姉様と正面からぶつかっていただけませんかしら。
 お姉様は素直で単純ですから、ひねくれ曲がった回答では届きませんの」

「ンだァ? さっきから敬愛するお姉様に対してずいぶンな言い方だな」

黒子は一方通行の軽口を意に介さず続ける。

「これはお願いではありませんわ。お姉様を煩わせたあなたの義務ですの」

一方通行は答えない。

答えをはぐらかすようにコーヒー牛乳を口元に運んだ。

「……やっぱクソ甘ェわ。俺には合わねェ」

白い色の混じった液体は甘味が効きすぎていてつらい。舐めるように一口だけ飲んでビンを机の上に戻した。

「いちいち文句を言うのでしたら飲まなければよろしいですのに」

余裕を感じさせる口調が一方通行の癇に障る。子供相手に大人気ないとわかっているのでできるだけ低い声を出した。

「オマエが持ってきたんだろォが」

「それでもそれを手に取ったのはあなたですの。私に押し付けることもできたでしょう?」

無意識のうちに牛乳瓶を握る手に力がこもった。ビンを握る指先から一方通行の体温が奪われる。

「一度口をつけたものは責任を持って飲み干すべきですわ。違いまして?」

一方通行はそこで初めて黒子の顔をまともに見た。

黒子は安心したようにその赤い瞳を覗き込んで悪戯っぽくこう付け加えた。

「そのうち、その甘さが病み付きになってしまうかもしれませんわよ」

「ンなこたァ……ありえねェよ」

これだからガキは面倒だ、と思いながら手の中の甘ったるいコーヒー牛乳を一気に飲み下した。




***

「あの人は天邪鬼だから、ってミサカはミサカはフォローしてみる」

主のいない病室で打ち止めと美琴は向かい合っていた。

打ち止めはベッドの端にちょこんと座り、美琴はパイプ椅子に腰を下ろしている。

「天邪鬼、ってそんな可愛いもんだとは思えないんだけど」

美琴は苦々しく言って、一方通行の凄んだ様子を思い出す。

あれが本心でないとしたら、ひねくれ方が尋常ではない。

「んー、確かに可愛いか可愛くないかって言われると悩みどころなんだけど……
 で、でも寝顔は素直だったりするんだよってミサカはミサカはあの人の長所を無理やり述べてみる」

「それはそうだけど」

何気なく同意した美琴に打ち止めは驚愕する。

「お、お姉様、あの人の寝顔なんてどこで見たの!? ミサカだけの特権だと思ってたのにって
 ミサカはミサカは意外すぎる伏兵の登場に危惧してみる」

「あのね、何か勘違いしてるみたいだけど私が今日ここにきたときに勝手に寝てただけなんだからね」

「う、それくらい予測してたのってミサカはミサカは主張してみる……」

美琴は少しむっとしたように黙る打ち止めの頭をぽんぽんと撫でた。

「むうー、子ども扱いはやめてほしいな。ミサカの製造年月日は基本的に『妹達』とあんまり変わんないんだよ
 ってミサカはミサカはお願いしてみる」

そうは言われても見た目と言動が子供なのでどうしてもそういう扱いになってしまう。

「わかったわよ。気をつけるわ」

美琴は少し困ったように苦笑した。

その様子を見て、それまで頬を膨らませて宙に浮いた足をパタパタさせていた打ち止めの動きが止まる。

「……お姉様はやっぱりあの人のこと許せない?」

子供特有の甲高い声が妙に落ち着いて聞こえた。

「お姉様に言った言葉はあの人の本心じゃないよってミサカはミサカは断言してみる」

「10032号にもそれは言われたけど」

美琴は搾り出すようにゆっくりと自分の思考をまとめる。

「許せるわけないじゃない。一万人を殺しておいて、偶然にしろアイツの意思にしろたった一度の行為で帳消しにしようなんて
 理解しかねるわ」

打ち止めは首をかしげてうーんとうなった。小さな腕を組む様は愛嬌たっぷりで可愛らしい。

「それはちょっと違うの。ミサカは死んでいった妹達のためにもあの人を許すことはない。
 だからミサカのことは忘れて幸せに暮らしてねなんて絶対に言ってあげないんだからってミサカはミサカは意地悪してみる」

今一緒にいるのは罰の意味もあるんだよと不敵な微笑を浮かべた。

そしてぴっと人差し指を立てて打ち止めなりに権威のありそうなしぐさを演出する。

「でもあの人がミサカを助けてくれたのは事実。
 ミサカに対する態度も、不器用だけどあの人なりに歩み寄ろうとしてくれている。
 その上でミサカは結論付けた。あの人はミサカたちを二度と傷つけることはない。信じることができる、と」

その、美琴に伝えようと身振り手振りを交えて話す姿から打ち止めが真剣であることが伝わってくる。

美琴はその雰囲気に飲まれて口を挟めないでいた。

「ミサカのために命がけで立ち上がってくれた記憶をミサカはもう二度と手放したりしたくない、
 ってミサカはミサカは正直な気持ちを告白してみる」

傾き始めた陽光が打ち止めを照らす。斜めに差し込む光がうつむく打ち止めの睫に影を作った。

「あの人が素直になれないのは、お姉様との距離を測りかねてるからなんじゃないかな
 お姉様がまっすぐすぎて、見ているのがつらいんだと思う」

それが本当だとしても、『実験』のときの一方通行の高笑いが美琴の頭から消えない。

同時に、脱衣所で打ち止めの面倒を見ていた姿を思い出す。

同一人物とは思えないと首をひねり、気付けば独り言のようにこう漏らしていた。

「そんな短期間で人って変わるものかしら」

「あの人の本質は何も変わってないよってミサカはミサカは

打ち止めは顔を上げて慈しむような表情を浮かべた。穏やかで優しい声が美琴に届く。

「ただ、気づいてしまっただけ。あの人の弱さに。ミサカも、あの人も。
 だからミサカはあの人に守られているけどあの人を守ってあげたいってそう思うの」

照れたようにはにかむ打ち止めに美琴はついに降参した。

なんだか少し馬鹿馬鹿しくなってきた。これではただののろけにしか聞こえない。

「アンタ、ほんとーにアイツのこと好きみたいね」

パイプ椅子の背もたれに体重を預けて脱力する。

「好き? うーん、好きとか嫌いじゃないんじゃないかなあって
 ミサカはミサカはこの気持ちのうまい表現を探してみたり」

打ち止めは足を前後に振りながら悩む。ぶかぶかのスリッパが小さな足からすっぽ抜けた。

「10032号だっけ。あの子はアンタが一方通行のことを信頼しているって話してたけど」

美琴は飛んできたスリッパを拾い、打ち止めの足元にそろえてやった。

「信頼……確かにその言葉は一番近いかもしれない。でも信頼以上の何かをミサカは感じている。
 もしかしてこれが好きってやつなのかなあ?
 ってミサカはミサカは未成熟な個体だからわかりかねるとか言ってみる」

都合のいいときだけ子供ぶる打ち止めのしたたかさを感じながら美琴は立ち上がった。

考え込む打ち止めの頭をまたもやぽんぽんとなでて窓の外を見る。

「ん、お姉様、もう行っちゃうの? ってミサカはミサカは残念がってみる」

空の色はうっすらとオレンジ色に変わってきていた。だが、面会時間の終了までにはまだ時間がある。

「私、今までうじうじしてたけど本当は物事には決着をはっきり着けたい性質なのよ」

美琴の声に力がこもっていることに気づいて、打ち止めはにっこりと微笑んだ。




***

「こんなところにいたのね」

美琴は病院中を歩き回り、最後にたどり着いた屋上で一方通行を見つけた。

柵にもたれかかるようにして景色を眺めている一方通行の後姿は沈みかけの太陽の色に染まっている。

一方通行は美琴の声にゆっくりと振り返った。

「オマエの連れが鬱陶しくてな。ちったァ外の空気吸わねェとやってらンねェンだよ」

そう答えた一方通行はなぜかばつの悪そうな顔をしていた。

美琴は刺すような夕陽の光に目を細めながら一方通行に近づく。

二人の距離が近くなりすぎないところで美琴は立ち止まった。およそ3メートルといったところか。

「わざわざ俺を探してたのか。ずいぶん暇なんだな、超電磁砲」

柵に背を預け人を小馬鹿にしたように笑う一方通行に、美琴はなぜか怒りを感じなかった。

だから、冗談のつもりでこう言った。

「まったく、殺してやりたいほど憎たらしいわね」

一方通行は夕陽に背を向けているにもかかわらず、まぶしそうに眉を寄せると美琴から視線をそらした。

「別に殺りたきゃ殺りゃあいい。反射をしていない今の俺ならオマエでも簡単に殺せる」

予想外の一方通行の返答に美琴は虚をつかれた。

一方通行から笑みは消え、つまらなそうな淡々とした表情になっていた。

てっきり、『オマエみたいな三下に殺されるわけねェだろ』とでも言われると思っていただけに、美琴は返答に詰まった。

「何驚いてンだ。復讐する理由はオマエにもあるだろォが」

「……冗談に決まってるじゃない。私は無駄に人を殺したりなんてしない。それに」

美琴の視線と一方通行の視線が絡む。こうやってお互いが見つめあったのは、もしかしたら初めてかもしれない。

「あの子と話してきたわ」

「そォか」

興味がなさそうな声で返事を返す。

美琴の位置からは逆光になっているため、細かな表情の変化はわかりづらい。

「復讐なんて考えてないわよ。あの子達は」

相変わらず表情はわからないが、ピクリと一方通行の肩が動く。

だがそれだけだ。

「それどころか、呆れちゃったわ。ずいぶんとアンタのこと信用してるみたいだったから。
 私にはちょっと理解できないけどね」

「……なら」

超電磁砲が一方通行を信用できないのなら。今ここで殺されても文句は言えないと一方通行は思う。

美琴はそんな一方通行の内心にかまいもせず一方的に言った。

「私はアンタを信用なんてできないしこれからもそんなことはないと思う。
 でも、あんたを信じるっていうあの子のことは信じられるわ」

今度は一方通行が驚く番だった。

「それに、アンタを殺したら一体誰がこれからあの子たちを守るって言うのよ」

感情が未発達である妹達だけでなく、そのオリジナルまでこのように甘いことを言う。

一方通行からチッと舌打ちが漏れた。

「そろいもそろっておめでてェな、オマエの遺伝子ってヤツは」

美琴には打ち止めが一方通行のことを『天邪鬼』と評した理由が少しわかった気がした。

「一万回殺したことにたいしての償いは求めないわ。ただ、一回救った責任はきちんととりなさいよね」

なんだかどこかで聞いたような台詞に一方通行は憮然とする。

年下の少女にこうも諭されるのは気持ちのいいことではない。むずがゆさを感じて首の後ろを掻いた。

「ンなこと言われるまでもねェよ」

美琴に聞こえないように小さく小さく呟いたつもりだったが、ばっちり聞かれてしまっていたらしい。

意地の悪そうなニヤニヤした笑いが美琴の顔に張り付いていた。

こうなったら恥をもう一つや二つ上塗っても同じだ。一方通行はハァ、と大きなため息をついた。

「悪かったな」

ポツリと言った一方通行の声は小さすぎて凪いだ空気に溶け込んでしまいそうだった。

「さっきは無駄に挑発しちまって」

「は?」

なんだろう。これはまさか。

「ガキ相手に大人気なかったっつってンだよ」

だんだんとヤケクソ気味になる一方通行に美琴は呆けたように目を見開く。

一方通行が謝罪している。

その意味に気づいて美琴は思わずふきだした。

「ぷっ、アンタそれ……なに似合わないこと言ってんのよ」

「あァ!?」

「別に今更アンタが私にどんな態度とろうと気にしないわよ。
 どんな態度とられたってこれ以上アンタの印象は悪くなりようがなかったもの」

一方通行はやはり言わなければよかったなどと後悔しながら美琴から視線をそらして足元のタイルに入ったひびの数を数える。

「何笑ってンだよ気持ち悪ィ」

一方通行の頬が夕陽の色よりも少し濃い赤色に見えたのは美琴の気のせいではないだろう。

「あー! あなたたちこんなところにいたの?
 ってミサカはミサカは屋上で向かい合う二人を発見してみる」

屋上への出口から小さな人影が元気よく駆けてくる。

人影、打ち止めは勢い余って美琴の周りをぐるりと一周し、一方通行と美琴と打ち止めで正三角形を作る位置で止まった。

「お話はちゃんと終わったかな?ってミサカはミサカは確認してみる」

絶妙のタイミングで現れた打ち止めに、一方通行は実は全部聞いていたのではないかと疑いのまなざしを向ける。

打ち止めはそんな視線は慣れっこのようでものともしない。

「あれ?なんかもしかして仲良くなった?
 ってミサカはミサカは二人の間に険悪な雰囲気がないことに気がついてみる」

「それはねェよ」

「それはないわ」

美琴と一方通行は打ち止めの問いに間髪入れずに答えた。

「おおっと、なんとステレオ攻撃ってミサカはミサカはびっくりしてみる」

美琴は打ち止めの頭をぽんぽんと撫でると一方通行に向き直った。

真剣な中にもどこか遊びがある、そんな目だった。

「ちょうどいいわ、この子の前で約束しなさい」

「?」

打ち止めはきょとんとして二人を見比べる。

「一方通行、アンタはこれからどうするの?」

「あァ……面倒くせェなァ」

苦々しい表情をした一方通行とは対照的に、美琴は楽しそうに構えている。

「なになにどうしたの? ってミサカはミサカは疑問符を浮かべてみるっ」

本日何度目かすでにわからないため息をついた一方通行は、疲れているようにも見えたが同時に穏やかさも感じさせていた。

一方通行は打ち止めの頭部に手を置いてわしゃわしゃと髪をかき乱した。

「わわ、いったいなんなのアナタまで!ってミサカは」

一方通行を見上げた打ち止めは、彼の口が信じられないほど優しく動くのを見た。

大きくはないがしっかりと意思のこもった声が打ち止めに届いた。

「え?」

「だからオマエは安心して馬鹿みたいに笑ってろ」

一方通行は早口でまくし立てるとくるりと回れ右をして抱きつくように落下防止の柵にもたれかかった。

しばらくポカンと口を開けていた打ち止めだったが、一方通行の落ち着かない背中を見て満面の笑みを浮かべた。

「――うん、もちろん信じてるよ、ってミサカはミサカはアナタにダイブ!!」

「おお!? クソガキ、ふざけたことしてンじゃねェよ!!」

猫がじゃれ付くように一方通行に飛び掛る打ち止めをみて美琴は細く長く息を吐いた。

まるで恋人同士じゃない、となんだか置いてけぼりを食らっている美琴は心の中で苦笑して空を見上げる。

太陽はすでに沈み、地平線を隠すビルの群れの輪郭をうっすら色づけているだけになっていた。

たそがれた空の天頂近くに、白く輝く一番星と小さく光る二番星が仲よさそうに寄り添っている。

その睦まじい二つの星を見つけて、きっと明日も晴れるだろうなと美琴は根拠もなくそう思った。


(おしまい)

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