美琴「アンタは……!」一方通行「超電磁砲か」1


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美琴はお見舞いに持ってきたりんごを果物ナイフで四分割した。

芯を取り、器用に皮に切れ込みをいれてりんごのうさぎを作る。四つともに細工を施し、平皿に盛り付ける。

「お姉様がわたくしのためにうさぎさんを……。
 少々子供っぽいところはありますが黒子は非常にうれしく思いますの!」

「子供っぽいってどういう意味よ。りんごのうさぎさんかわいいじゃないの」

美琴は剥いたりんごを自分の口に放り込んだ。

それを見てベッドの上の白井黒子は悲鳴を上げる。

「ああああ!お姉様、黒子のために剥いて下さったんじゃありませんでしたの!?」

「うふぁぎふぁんいらはいんでふぉ?」

りんごをくわえたまま美琴は答える。

「そんなことは言っておりませんの!」

どうやら愛の力によって美琴の言葉は黒子に正確に伝わったらしい。
「うっ、傷口が開きますの……」

ベッドの上で盛大に暴れた黒子が胸の辺りを抑えて呻く。

美琴は口の中のりんごを咀嚼してから黒子をたしなめた。

「アンタねえ、怪我人なんだからちょっとはおとなしくしてなさいよ」

美琴はあきれたように息を吐く。

「残りはおいといてあげるから、勝手に食べなさい」

言ってから、時計に目をやり立ち上がった。

「お、お姉様、ぜひ『あーん』ってやつをやってくださりませんこと?」

黒子の息が荒いのは、傷の痛みのせいなのか、果たしてそうではないのか。

「んー、それはまた今度ね」

美琴は荷物を持って帰り支度を始めた。窓の外には夕暮れが迫っている。

そろそろ帰らなければ完全下校時刻が過ぎてバスがなくなってしまう。

「また今度って絶対こないような気がしますの……」

「そうねー、今度からお見舞いにりんごはやめとくわ」

美琴はあっけらかんと言った。

「お姉様の意地悪。
 ……はっ、今度からということはまたお見舞いに来てくださるということですの!? 
 黒子、まさかの逆転勝利ですの!」

「あー、帰るわ」

美琴は手をひらひらと振って病室の出入り口へと歩いていった。

「じゃあねー」

言って、病室のドアを開ける。

「お姉様、少しは振り返ってくださってもよろしいんじゃありませんのおお!?」

黒子が全てを叫び終わる前に、病室の外に出てパタンという音を立ててドアを閉めた。
「……」

美琴は病室から黒子の絶叫の余韻が消えるのを確認してから、ほんの三歩病室から離れたところで立ち止まった。

(黒子の怪我も、突き詰めて言えば私にも責任があるのよね)

黒子が入院する原因となったのは風紀委員の仕事中の負傷だった。

『樹形図の設計者』の『残骸』回収にまつわる事件。

黒子はその主犯、結標淡希との戦闘で重傷を負った。

美琴は『樹形図の設計者』の修復を阻止するために個人的に動いていた。

黒子が結標と接触する前に自分が決着をつけていれば。

事件が解決した今となっては後悔しても遅いが、そういった考えはあとからあとから美琴をさいなむ。

病室の扉の脇に設置された「白井黒子」というネームプレートを見ながら美琴はため息をついた。

『お姉様、もし貴女が自分の力のせいでわたくしを事件に巻き込んだと思っているのなら、それは大間違いですのよ』

この間黒子が美琴に向かって言った言葉がよみがえる。

強いな、と思う。

黒子は本心からそう思っているのだろう。

(私も、強くならなきゃね)

そう思ってやっと本当に帰る決心がついた。

美琴が力強く一歩を踏み出したそのとき。

「ああー!ミサカのりんごうさちゃん@苦心作が何の躊躇もなく噛み砕かれた!
 ってミサカはミサカはショックを受けてみる!!」

なんとものんきで大きな声が、美琴の真横の病室、つまり黒子の病室の隣から聞こえてきた。

美琴は思わずぼやいていた。

「……うるさいわねえ、ここ病院でしょ? マナーがなってないったら……ん?」

美琴の中で聞こえてきた内容の、ある単語が引っかかった。

(……ミサカ?)

美琴は『ミサカ』を一人称として使う人物を、いや集団を知っていた。

彼女自身の体細胞クローン『妹達』。一万人弱の、美琴と同じ姿をした少女たち。

美琴が『樹形図の設計者』の修復を邪魔したのも彼女たちの命を守るためだった。

そういえば、この病院には妹達が何人か入院していると聞いている。

そのうちの一人がその病室にいるのかもしれない。

「あいたたたた、ちょっと言語能力を奪ったからって実力行使に出るのはどうかと思う
 ってミサカはミサカは意見を述べてみる!!」

相変わらず扉の向こうからは少女の声が響いてくる。

病室のネームプレートは空白のままだ。

気がつけば、美琴はその病室の扉をノックしていた。

(……はっ、私ったらいったい何してるの? あの子達、リハビリ中のはずよね……
 いきなり自分たちの『オリジナル』が現れたらびっくりするんじゃないの?)

今更わたわたとあわてても遅い。

ノックをしてしまった以上、こちらの存在は病室の中に伝わってしまったのだ。

「ほらあ、何ボーっとしてるの?お返事がないとノック主さん困っちゃうよ?
 ってミサカはミサカは痛みをこらえながら忠告してみる」

「うっせェ、……どォぞ入ってきやがりください」

聞こえてきたのは少年の声だった。

美琴は小首をかしげながらも、覚悟を決めてノブに手をかけた。

ガチャリ、と小さな音を立ててドアを開く。

美琴は恐る恐るといった感じで病室を覗き込む。

そこで見たものは。

「ア?」

「……え?」

予想外の人物だった。

印象は、ただひたすらに白い。

髪も白い。肌も白い。身にまとった手術着のような簡素な病院服までもが白い。

ただ、その目だけが不自然なまでに赤かった。

美琴はその少年に見覚えがあった。忘れるはずがない。

「アンタは……!」

「超電磁砲か」

美琴にとっての破壊と絶望の権化、一方通行は少し驚いたようにそう言った。

「……そうか、この病院には妹たちが何人かいるんだったな。
 わざわざこの俺を訪ねてくるとはずいぶんと度胸がある個体だな、オイ」

美琴の耳にその言葉は届いていなかった。

一方通行がベッドの上に座っていることとか、どう見ても入院患者であることとか、そういったことはどうでもよかった。

「な、何でアンタがこんなところにいるのよ……!」

「はァ?」

同じレベル5といっても、学園都市の第一位と第三位の美琴の間にはその実力に絶望的な壁がある。

第一位と初めて相対した夜を思い出す。

一方通行の前には美琴の攻撃は一切通用しなかった。電撃も、必殺のはずの超電磁砲も何もかも。

『常盤台の超電磁砲』としての自信とプライドが粉々に打ち砕かれた瞬間だった。

それほどまでに圧倒的な力を見せ付けられた。

『絶対能力進化実験』が終了し、『妹達』の安全が確保された今、好んでかかわりたい相手ではない。

緊張でがちがちになった体に活を入れ、回れ右をしようとした。

「うう、この人は妹達じゃないよ、ってミサカはミサカは頭部へのぐりぐり攻撃をやめてほしいなって思いながら否定してみる」

「え?」

声のしたほうに目をやると、そこには10歳前後の青いキャミソールを着た少女がいた。

ベッドに上半身を倒し、その小さな頭を一方通行が拳で押さえつけている。

「あ……」

茶色い髪に茶色い瞳。頭のてっぺんからぴょこんと飛び出たひとふさのアホ毛が子供らしさを演出している。

その顔は毎朝鏡を通して見ている自分の顔に非常によく似ていた。

何も知らない人間が見れば、一方通行と少女は仲のよい兄妹がじゃれているように見える。

実際そのような状況なのだが、中途半端に事情を知っている美琴の目にはそうは映らなかった。

(コイツ――まさかまた)

病室の空気が帯電する。

「アンタ一体なにやってんのよっ!」

美琴の絶叫と同時に前髪から稲妻がはしる。

狭い病室全体がまばゆいの光に包まれた。

「っ!?……この威力は」

「まさかまた、あのくだらない実験を繰り返そうって言うんじゃないでしょうね……!」

「うわわわわっ!」

怒りに満ちた美琴の声と、大慌ての少女の声が交差する。

美琴の身体の周囲からはいまだバチバチと雷光にも似た光が放たれている。

「そんなことしようってんなら……私は、私はっ、死んでもアンタを倒す!!」

「……面白ェじゃねェか。オマエオリジナルか。いいぜ! あの夜の続きといこうじゃねェか!!」

一方通行が布団を跳ね飛ばし、目をカッと見開く。

その真っ赤な眼光を美琴は正面から睨み返す。

「だめー!
 ってミサカはミサカはグリグリ攻撃を振り切ってお姉さまとあなたの間に割り込んでみる!」

それまで一方通行に抑えられていた少女がすばやく動き、美琴の前に立ちはだかる。

「え!?」

少女の意外な行動に美琴の動きが停止する。この少女がなぜ一方通行を守ろうとするのだろう。

「クソガキ、オマエはどいてろ……ぐっ」

一方通行が突然頭を抱えてうずくまった。美琴はまだ何も攻撃を加えていない。

「え?え?」

「ああっ、もう、こないだ無理して外に出た時のダメージがまだ残ってるんだから興奮しちゃダメって
 ミサカはミサカは何度も忠告してるのに!!」

少女がわたわたとベッドに駆け寄る。

ちょこまかとしながら一方通行を覗き込む様子は、本気で心配しているように見えた。

「どうしようどうしよう! ナースコール!? 看護士さーん!
 ってミサカはミサカは大慌てでボタンをぽちっと押してみる!!」

「へ?……あれ?」

美琴は予想外の展開に、間抜けな声を上げ呆然とするしかなかった。



「……一体、どういうことよ」

腑に落ちない。例の無能力者に超電磁砲が通用しないことぐらいに納得がいかない。

学園都市最強の超能力者、一方通行が何かしらのダメージを受けている。

彼の能力『一方通行』による反射は、彼を害する全てのベクトルをはね返す。

それがなぜ?

駆けつけた医者と看護士に部屋から追い出された美琴は、病院の廊下で首をひねっていた。

(別人?ううん、あんな目立つヤツ見間違えるわけないし……)

そもそも一方通行が入院しているという時点でおかしい。

最強を傷つけられる存在が、あの無能力者を除いてどこにいるというのか。

(あの子、ものすごくあせってた)

一方通行にすがりつく少女を思い出す。

『絶対能力進化実験』において『妹達』は単なる一方通行に虐殺されるためだけの使い捨ての道具。

生きることを選択した『妹達』にとって一方通行は敵として認識されたのではなかったのか。

虐殺されていたものが虐殺していたものが仲良くなるなどということは想像がつかない。

だが、現状を鑑みるにありえないことが起こっているとしか思えなかった。

そこに詳細を知らない自分が自体を引っ掻き回す。

この構図は不自然を通り越してどこか滑稽だ。

「なんだか私が悪者みたいじゃない」

ため息をひとつついた。

「お姉様」

不意に声がかかる。

そこに立っていたのは、美琴と同じ常盤台中学の制服を着た少女だった。

同じなのは制服だけではなかった。

身長、顔立ち、体型、年頃。

頭のてっぺんから足の先まで、その容姿は美琴と瓜二つだった。

感情を感じさせない瞳だけが美琴のものと異なっていた。

「お久しぶりです、とミサカは定型文とともにぺこりとお辞儀をします」

「お久しぶり、ってことはあのときの? 確か……10032号でよかったかしら」

ツンツン頭の少年と一緒に一方通行に立ち向かったあの日に殺されかかった個体の検体番号が、確か10032号だったはずだ。

「正解です、とミサカはお姉さまの洞察力に賞賛を送ります」

重傷を負った10032号は学園都市に残ってリハビリ中だと聞いている。

どこでリハビリを受けているのかは知らなかったが、どうやらこの病院であるらしい。

ひとつの病院に知り合いが集まりすぎではないか、と美琴はまたこっそりとため息をつく。

「上位個体からお姉様に状況説明をして差し上げるように、と。

 上位個体は今手が放せないそうですから、とミサカはミサカがここにいる理由を説明します」

「上位個体?」

美琴は聞きなれない単語に疑問符を浮かべた。

それに対し、御坂妹は澱みのない口調でこたえる。

「はい、一方通行と一緒にいた発育不良の検体番号20001号、通称『打ち止め』と呼ばれる個体で、
 ミサカたちの形成するネットワークと全ミサカの管理者のような存在です、 
 とミサカは上位個体の外見的特長も交えた懇切丁寧な解説を行います」

「つまり、さっきのちっちゃい子のことね」

「はい、そのとおりです、とミサカはお姉様の言葉を肯定します」

あの少女、打ち止めはやはり『妹達』の一員であるらしい。

ならばなおさら一方通行と一緒にいることが納得いかない。

「面倒だから単刀直入に聞くわ。その『妹達』の中でも重要な役割を担っている『上位個体』が、
 どうしてあの一方通行と仲よさそうにしているわけ?」

「ミサカはそれを説明するためにここに来たのですが、とミサカは前置きをします」

御坂妹はそこで大きく息を吸い込んだ。

よく観察しなければその表情の変化はわからないが、美琴の向ける鋭い視線に少したじろいだのだ。

「現在、我々『妹達』は一方通行が脳にダメージを受けて失った計算能力と言語能力を補助しています、
 とミサカは現状を説明します」

「は?」

「ミサカネットワークによる並列演算を一方通行に貸与している、と言い換えてもいいでしょう」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

一方通行の補助? 『妹達』が?

いや、それよりも何か重要なことを御坂妹は言っていなかったか。

「なんでしょう?とミサカは小首を傾げます」

美琴は混乱する頭で考えをまとめながらしゃべる。

「ちょっと整理するわよ。えーっと、現在ミサカネットワークは一方通行を補助している」

「はい」

「そして一方通行は計算能力と言語能力を……失った?」

「はい」

計算能力と言語能力を失う。それは超能力の使用に必要な演算ができなくなるということだ。

つまり、能力者としての死を意味する。

「一方通行が、超能力を使えなくなった、ってこと?」

「はい。まあ、ミサカネットワークの補助によりある程度は回復していますが、とミサカは補足します」

美琴は愕然とした。

いけ好かないどころか殺意を覚えるほどの相手だが、一方通行は学園都市の第一位の超能力者だ。

学園都市の学生180万人の頂点に立つ存在がその力を失ったとなれば大事だ。

それに同じ超能力者(レベル5)である美琴にとっても衝撃的だった。

自分が必死の努力で身につけた超能力とはそんなにもろいものなのか。

「どうして、そんなことに……?」

「話せば長くなりますが、お姉さまがご希望でしたら最初からお話しましょう、
 とミサカは絶望しそうに長いプロローグを語るべく、ミサカネットワークから記憶情報を
 ダウンロードしてみます」

打ち止めが調整途中で培養機から放り出されたこと。

紆余曲折あって打ち止めが一方通行に助けを求めたこと。

その際、外部組織とのつながりを持つ天井亜雄という研究者により打ち止めに学園都市破壊の為ウィルスコードが仕込まれていたこと。

一方通行は打ち止めと『妹達』を救うことを選択し、能力を使用してウイルスを除去したこと。

その際に頭部に銃撃を受け、取り返しのつかないダメージを負ったこと。

美琴は御坂妹の語る内容に一言も口を挟まず聞き入った。

「……以上です、とミサカは若干の疲労を覚えつつ話を終えます」

「なんだか、私の知っている一方通行とは別人みたいなんだけど」

話をすべて聞き終わった後でも、美琴はその内容を信じることができなかった。

「だいたいアイツはアンタたちのことをただの能力進化のための道具としてしか見ていなかったじゃない。
 むしろ殺すことを楽しんでたように見えたわ。
 そんな外道がアンタ達を救ったっていうの?」

「すべて事実です。ミサカも彼がどのような心理で上位個体の命を救ったのかはわかりません。
 あの状況では上位個体を殺すという選択肢が一番楽だったでしょうに」

御坂妹がさらりと話した内容に美琴はいらだった。

「アンタたち自身はどうなのよ。一度助けてもらったからって許せるの?
 アイツが一万人以上の『妹達』を殺した事実は変わらないわ」

美琴のまっすぐな視線を御坂妹は正面から受け止める。

その上で、きっぱりとこう言った。

「ミサカたちもそのことについては承知しています。
 生きることを選択したミサカの総意として一方通行の行為はこれからも許すことはできないでしょう。
 ただ、同時に感謝もしているのです」

「感謝?」

「はい。ミサカたちの生命を脅かしたのも彼なら、そのことによってミサカたちの生命の価値を教えて

くれたのもまた彼なのです。
 もちろんお姉様や上条当麻の存在あってこそのことですが、とミサカは当然の事実を付け足します」

美琴はあきらめたように首を左右に振る。

「やっぱりわからないわ」

自らの体細胞クローンとはいえやはり目の前の人物、いや人物達の考えることは理解の範疇を超えて

いた。

「あんたたちのその思考も。一方通行の行動の意味も」

一万回の悪行をたった一度の善行で、果たして帳消しにできるものか。

美琴は目の前にいる『ミサカ』という存在がやはり自分自身と大きく異なるものだと再認識した。

「一方通行が何を考えているのかという点についてはミサカにも分かりません。
 本人に聞いてみたらいかがですか? とミサカは提案します」

「本人に、ってアンタねえ」

それにはさすがにためらいを感じる。

一方通行の顔など二度と見たくないというのが美琴の本音だった。

そんな美琴の心情を知ってか知らずか、御坂妹はまたもや美琴を驚かせる一言を発した。

「彼は本当は『実験』などやりたくはなかったのではないか、と上位個体は推測しています」

「え?」

美琴の目にはあのときの一方通行がいやいや『実験』を行っていたようには思えなかった。

『実験』という名の『殺戮』に自ら喜んで参加していたように見えた。

笑いながら人を殺せる人間が、実験に抵抗を覚えるなどといった感傷を持つだろうか。

「これは上位個体の推測でありミサカの意見ではありません。詳しく聞きたいのであれば、
 やはり上位個体に質問しては、とミサカはお勧めします……あ」

ふらりと御坂妹の体が揺れる。

美琴が慌てて手を差し伸べたので、なんとか転倒は免れた。

よくよく見れば、御坂妹の額にはいくつか汗が浮かんでいた。

「ちょ、ちょっとアンタ、大丈夫!?」

「怪我人に無理させてもらっちゃ困るね?」

キィ、と小さな音がして目の前の病室の扉が開く。

そこから出てきたのは美琴も見覚えのある医者だった。

カエルによく似た顔の医者は御坂妹に近づくと、手馴れた手つきで顔色や脈拍などをすばやくチェック

した。

「まだ無理はよくないね。 君たちの上位個体も含めてまだ調整は終わっていないのだからね?」

カエル顔の医者の後ろに控えていた看護士が美琴に代わって御坂妹を支える。

「今日のところはこの子の体調もあの少年の具合もよくないし、何か聞きたいことがあるのなら明日以降にしてくれないかな?
 もちろんその際にはくれぐれも患者を興奮させないように頼むよ?」

「……わかりました」

完全下校時刻はとうに過ぎている。窓の外もすでに黄昏ていた。

美琴にとってもこのあたりが潮時だ。

「お姉様」

看護士につれられてどこかへ去ろうとしていた御坂妹が美琴に声をかける。

「ミサカはお姉様に感謝しているのですよ。だからお姉様にこれ以上重荷を背負って欲しくないのです、
 とミサカは心からの願望を口にします」

それだけ言って、御坂妹は看護師と医者と共に廊下の奥へと消えていった。



 
***

「どーゆーことよ」

門限は過ぎていたものの、なんとか寮監に見つからずに部屋に戻った美琴はベッドの上で不満の声を上げた。

(『一方通行』『妹達』『打ち止め』……)

説明を受けてもまったく実感がわかない。

(だって、あの一方通行よ?)

枕を抱きしめてごろごろ転がっても結論は出ない。

『本人に聞いてみたらいかがですか? とミサカは提案します』

「行くわけないじゃない。あんなヤツのところに」

ぼすっ、と枕を壁に投げつける。手持ち無沙汰になった美琴は仰向けになって天井を見つめた。

『何か聞きたいことがあるのなら明日以降にしてくれないかな?』

「また明日、か」

明日、打ち止めと一方通行を訪ねてみたら何か変わるだろうか。

『何か』が変わって欲しいような、変わって欲しくないようなもやもやとしたよくわからない感情が頭を支配する。

「私はいったい、どうしたいんだろう。何を知りたいんだろう」

独り言が多くなっている自分に気づく。

美琴は空っぽの隣のベッドに目をやる。いつも同じ部屋で時間を過ごしている後輩はしばらく帰ってこない。

なんだか急に一人でいるのが寂しくなった。

「……でも黒子のお見舞いにはできるだけ行ってあげたいし、な」

考えることが面倒になった美琴は、壁際に転がった枕を引き寄せてそっと目をつぶった。



 
***

「むむむむ、なんだかアナタがちょっとイライラしている気がする!
 ってミサカはミサカはズバリと指摘してみる」

夜の帳も落ち、静かになった病院の一室に打ち止めの声が響く。

部屋の中で唯一の明かりはベッドの脇机に置かれた卓上ライトだけだった。

「ガキはさっさと自分の病室に帰って寝ろ。消灯時間は過ぎてンだ」

ベッドに横たわった一方通行が打ち止めに背を向けたまま

「残念、ここは個室なので小声で話せば誰にも迷惑はかからないって
 ミサカはミサカは悪い子の発言をしてみたり」

「出て行けっ」

一方通行は打ち止めに向かって枕を投げつけた。

枕は放物線を描いて正確に打ち止めの胸の辺りへ飛来する。

打ち止めはそれを難なく受け止めた。

「えへへー、ちゃんと受け止められるスピードで投げてくれるあたりに
 ミサカはミサカは隠し切れていない優しさを感じてみる」

「チッ」

打ち止めは枕を持ったまま、ちょこちょことベッド脇に近づく。

「興奮するとまた頭が痛くなるよ? ってミサカはミサカは忠告してみる」

薄明かりの下で再び顔を背けようとする一方通行の顔を覗き込んだ。

「……お姉様(オリジナル)のこと、気にしてるの?
 ってミサカはミサカはおそるおそる口に出してみる」

打ち止めは一方通行を心配するような視線でじっと見つめる。

その程度のことは無視すればいいのだが。

「……悪ィかよ」

一方通行はなぜかその瞳に弱い。

その無邪気な光に自分の邪悪さが見透かされそうでまっすぐ視線を返すことができない。

「ううん。それは当然のことだと思うってミサカはミサカはアナタの気持ちを肯定してみる」

「……」

「アナタはミサカたちに対して罪悪感を抱いている」

一方通行は打ち止めの言葉につまらなさそうに目を細めた。

そこで打ち止めの言葉をさえぎることもできただろうが、一方通行は無言で視線をそらすだけだった。

「その感情はお姉様、つまりオリジナルの御坂美琴に対してもアナタは無意識のうちに後ろめたさを感じている、
 とミサカはミサカは分析してみる」

ミサカネットワークのを形成するミサカの中の上位個体という特別なポジションにいるためか、この少女は時々外見とは不釣合いな大人びたことを言う。

それは違う、と強く否定しようとした。

しかしなぜかわからないけれど否定の言葉を口に出すのがためらわれた。

「ハイハイ、精神科医もビックリのトンデモ精神分析ありがとうよ」

だから、一方通行は軽く茶化すように返答した。

「……でもね、お姉様とアナタがちょっとでいいから仲良くなったらいいのにな、ってミサカはこっそり思ってみる」

「はァ?」

無理に決まっている。

自分と同じ遺伝子を持った存在を一万人弱殺してきた人間と、仲良くなどできるわけがない。

「……寝言は寝て言え。というわけでさっさと寝ろ。俺は寝る」

吐き捨てるようにそれだけ言うと一方通行は頭から布団をかぶった。

「ええー!? 寝る寝る言い過ぎなんじゃない?
 ってミサカはミサカはねるねるねーるねってお菓子があったなあと思い出してみたり」

(うるせェな。電池残量を気にしなくていいンならコイツの声も反射してやるのによォ)

一方通行は打ち止めの声をさえぎるように頭から布団をかぶった。

そして、今日の夕方ごろに突然部屋に乱入してきた少女を思い浮かべながら浅い眠りについた。
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