ミコト「ただいま!」中編1


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 ***

 翌日、帰ってきた上条と一方通行のために小さなパーティが開かれた。

 インデックスとアンジェレネが食べ物を取り合って喧嘩したり、酔っ払った神裂と五和が大暴れしたり、パーティは終始にぎやかな雰囲気だった。

 みんなの笑い声はどこかぎこちないものだったが、それでもこの上なく温かい空気が場を包んでいた。

 「おい、三下ァ。お前これからどうすンだ?」

 上条の向かいの席にやって来た一方通行が問いかけた。

 「学園都市に戻ろうと思う」

 「学園都市かァ……」


 この半年、上条たちの命を狙ったのは敵対する魔術結社だけではなかった。


 超能力という最高機密、そして上条の能力。

 この二つを学園都市が放置しておくはずがなかった。

 学園都市による襲撃はロンドンにも及んだと言う。

 魔術界の抗争が収まった今、一番の懸案事項は学園都市に違いなかった。



 「それで、オリジナルはどうすンだァ?」

 「何よその呼び方。私はもちろんついて行くわよ」

 振り向くとイギリス清教の修道服に身を包んだ御坂が上条を見下ろしていた。

 「私は当麻の彼女なんだから、当然よね!」

 「でもなあ……。それに彼女って…………」

 「別にいいじゃない。それに能力のことなら問題ないわよ。」

 そう言うと御坂は指先からバチバチと小さな青白い光を放った。

 「えっ……!」

 上条は心底驚いた顔をした。

 「いやー、昨日は言いそびれちゃったんだけど、実は私、半年間ここで魔術を教わっていたの。ほら、私……その……超能力なくなっちゃったじゃない。だから魔術を使っても問題ないらしいの。それで……」

 「……」

 「だからいいでしょ?強度はまだレベル4ってところだけど、多分大丈夫。だから連れてって、お願い」

 上条は本当に驚いていた。

 御坂の強さに。

 御坂は何も言わなかったが、もしかしたら少しでも上条の罪悪感を小さくするために魔術を身につけたのかもしれない。

 そう思うのは自分勝手が過ぎるだろうか。

 上条にはわからなかったが、少なくとも御坂の決意は無駄にしたくない。


 「OK。わかったよ。それで……、打ち止めはどうするんだ?」

 「あいつは連れてかねェ。もう少しここ居てもらうつもりだ。あとはアイツを連れて行く」

 一方通行はそう言って土御門の方を見た。

 学園都市の暗部のことは一方通行から聞いていた。

 『グループ』のこと、そのメンバーのこと、統括理事会のこと。

 学園都市とイギリス清教の関係が悪化しつつある今、双方にパイプを持つ土御門は交渉を行う上で非常に重要だ。

 「あっちでのことはアイツに任せる。準備が出来次第ここを発つ」

 「わかった。それと一方通行……」

 「なンだァ?」

 「ありがとうな」

 「……」

 一方通行はチッと小さく舌打ちすると、目の前にあったコーヒーを一気に飲み干した。



 ***

 そこからの段取りは早く、三日後に上条たちはイギリスを離れることとなった。

 一同は寮の門前で別れの挨拶を交わしていた。

 「お姉さまと仲良くしてね!ってミサカはミサカはあなたを心配してみたり」

 「余計な心配してンじゃねェよ」

 「お姉さまも元気でね!」

 「ありがとう打ち止め。すぐに迎えにくるわよ」

 「とーまも短髪と仲良くするんだよ」

 「ああ、本当にいろいろとありがとうな」

 皆思い思いの言葉を交わす。

 「一方通行、頼んだぞ」

  浜面が何か手紙のようなものを一方通行に渡している。

 別れの挨拶が済むと、四人は教会が用意した車に乗り込んだ。

 「それでは……、お気をつけて。」

 車は発進すると、瞬く間にその姿は見えなくなった。

 その姿を見送りながら、アニェーゼがぽつりと呟いた。

 「天才っていうのは…、ああいうのを言うんでしょうね……」



 ***

 数日後、上条たちは学園都市にある廃ビルの一つに腰を落ち着けていた。

 ビルの中階にあるワンフロア、広さはテニスコートほどで、その片隅には土御門が調達した家具類が置かれている。

 周囲には人払いの魔術が施され、ひとまず見つかる心配は無い。

 「グループもなくなっちまったし、まァこンなもんかァ」

 「……」

 土御門は学園都市に帰ると決めた日からずっと無口だった。

 なぜか御坂がついて来ることに反対し続けたが、結局は四人で帰ってくることとなった。

 「とりあえず俺と一方通行は昔の仲間を探してくる。それまでカミやんたちはここでおとなしくしていてくれ。くれぐれも外には出るなよ」

 そう言うと土御門は一方通行と共に外へと出て行った。

 残された二人の間にはなんとなく気まずい雰囲気が漂っていた。

 とりあえず向かい合うように置かれたソファーに腰掛ける。

 (いきなり二人きりにされても……何話せばいいかわかんない……アイツなんか前より口数減ってるし…………)

 そんなことを御坂が考えていると、おもむろに上条が口を開いた。


 「御坂、すまなかった」

 「え……?」

 「その……能力のこととか、何も言わずにイギリスを離れたこととか………、今までちゃんと謝ってなかったなと思って……」

 御坂は小さくため息をつく。

 「いいのよ、別に」

 「でも……」

 「いいの。私は当麻が帰って来てくれた、それだけで十分なの」

 「そうか……」

 上条はそういうと再び黙り込んだ。


 なんだかやけに物分かりのいい上条を見て、ふと御坂に悪戯心が芽生える。

 「じゃあ、一つだけお願い聞いてくれる?」

 「聞ける範囲ならな」

 「私のこと、名前で呼んでくれる?」

 「……えー……」

 「いいじゃない!私はとっくに当麻って呼んでるし。それとも何?その程度のお願いも聞いてくれないの?」

 「その程度って……」

 「ダメ……?」

 「……」

 「……」

 「…………みこと……」

 「きこえなーい」

 「……美琴」

 「!!」

 予想以上に心地よいその響きにすこしだけ動揺する。

 「えへへ……合格!これからちゃんと名前で呼んでね」

 「わかったよ」


 上条は諦めたようにそう言うと、ボフッとソファーにもたれかかった。




 再び静寂が流れる。

 今度は美琴から沈黙を破った。

 「ねえ、ちょっと外に出ない?」

 「土御門の言ったこと、聞いてなかったのか?」

 「いいじゃない少しくらい。それに当麻がついてれば問題ないでしょ?情報収集よ」

 「情報収集か……」

 上条も興味があった。

 戦争勃発後、学園都市が情報を封鎖したため外部で学園都市内の情報を仕入れることはほぼ不可能であった。

 そのため、一年近く学園都市の内情がわからない。

 これからどう動くにしても、学園都市の情報を仕入れておいて損はない。

 「わかった。少しだけだからな」

 上条はそう言うとソファーから立ち上がった。





 隠れ家が人気の少ない地区にあったためか、案の定帰り道でスキルアウトに囲まれた。

 暗部の息がかかっているようには見えないが、騒ぎは大きくしたくない。

 「美琴、10秒間息を止めていてくれ」

 上条はそう言うとスキルアウトたちの前に立ち、おもむろに胸の前でパンッと両手を合わせた。

 たったそれだけの行為で、上条を囲んでいた10人以上のスキルアウトは地面に倒れ臥した。

 「さ、行こうか」

 上条はそう言って美琴を促すと、再び隠れ家に向かって歩き出した。




 二人は隠れ家へと戻り、再びソファーに腰をおろす。

 「さっきの、一体何したの?」

 「企業秘密だな。今に教えてやるよ」

 上条はそう嘯いた。

 少しだけ戦場の思い出が甦り、胸の奥が痛む。


「便利な能力ね、って言ったら怒る……?」

 美琴がおそるおそる尋ねる。

 「……どうだろうな……」

 そう言うと上条は、買ってきた新聞や古雑誌を机の上に投げ出した。

 「それよりもまずはこっちを何とかしようぜ」




 「おい見ろよこの雑誌、白井が載ってるぞ」

 「どれどれ?へえ、あの子すごいじゃない!」

 上条が指差した雑誌には、白井黒子がレベル5になったという記事が載っていた。

 「もう長いこと会ってないな。やっぱり……会いたいか?」

 「うん………やっぱりね。でも今の私はお尋ね者だから……。あの子や他の子に迷惑をかけるようなことはしないわ」

 美琴は少し寂しげにそう言った。

 「きっと土御門たちがうまくやってくれる。そうすれば元の生活に戻れるさ」

 既に学園都市と敵対している上条たちだが、まだ交渉の余地は残されている。

 一方通行は学園都市で最強の超能力者という、学園都市にとって替えの効かない最重要人物である。

 美琴も超能力を失ったとは言え、学園都市内での知名度は計り知れない。

 おそらく無碍に扱うということはないだろう。

 今のところ美琴のことが書かれた記事は一つも見当たらない。

 上層部は穏便にことを済ますつもりなのだろう。

 「……うん、そうね」

 美琴はうなずくと、再び読んでいた雑誌に目を戻した。



 数時間が経ったとき、美琴が突然ソファーから立ち上がった。

 「どうしたんだ?」

 「……なんでもない……。それより今日はもう遅いし、そろそろ寝ましょ!」

 「それもそうだな。よし、寝るか!」

 そう言うと上条は照明を消し、そのままソファーの上で横になった。

 美琴も何も言わず壁際に置かれた簡易ベッドのところへ行き横になった。

 その姿に、上条は何か嫌な予感がした。




 案の定、上条の胸騒ぎはおさまらなかった。

 すでに横になってから2時間以上がたっていたが、上条は一向に寝付けずにいた。

 美琴が寝ていたベッドの方で、静かに人影が動くのが見えた。

 「どうかしたのか?」

 少し驚いたように、美琴は答える。

 「……!……お手洗いよ……」

 そう言うと美琴はドアを開け、フロアを出て行った。

 上条は若干申し訳なく思いながら、耳をすます。

 少ししてから水が流れる音がした。

 本当にお手洗いだったのだろうか。

 上条はそう考えた。

 しかし彼の予感は間違っていなかった。



 その後、美琴は戻ってこなかった。

 しびれを切らした上条は、美琴を探しにフロアを出た。

 しかし建物中、どこを探しても美琴の姿はなかった。

 ビルを飛び出し、辺りをくまなく探し回ったが、結局美琴の姿は見つけられなかった。


 日が昇る頃、上条は再び廃ビルに戻ってきた。

 一方通行と土御門はまだ戻っていない。

 もちろん美琴の姿もない。

 上条は焦っていた。

 あの日美琴と再会し閉じ込めたはずの感情が、じわじわと溢れ出す。

 失う恐怖が上条の心を蝕む。


 ふと一年前のことを思い出す。

 上条は美琴が寝ていたベッドの前で腰をかがめ、その下を覗いた。

 予想通り、そこには上条がまだ目を通していない雑誌が捨て置かれていた。



 上条は一段と大きくなる胸騒ぎを抑えつつ、雑誌のページをめくる。

 美琴の様子に違和感を覚えたあの時、たしか美琴はこの雑誌を手にしていた。


 巻頭の、一番目立つ位置のその記事はあった。



 あるはずのない、日常生活を送る美琴の写真とともに。



 ***

 美琴は言葉を失った。


 そこには黒子やその他の寮生たちに囲まれながら笑う、“自分”の姿があった。

 雑誌で見覚えのない自分の写真を見たときには半信半疑だったが、目の前の光景を目にして予想は確信に変わっていた。

 『妹達』

 一年前の忌まわしい記憶が甦る。

 自分のDNAマップを元に生み出された2万余人のクローン。


 学園都市に7人しかいないレベル5にして、学園都市の広告塔の役目も兼ねていた超電磁砲としての自分。

 それがいきなり学園都市から失踪したという事実が学園都市の内外にもたらす影響は計り知れない。

 そのことを恐れた上層部が、クローンの中の一人を美琴の替え玉に据えたのか。

 もしくは新たに都合のいいクローンを生み出したのか。


 美琴は居ても立ってもいられなかった。




 ***

 「ちょっとアンタ!待ちなさい!」

 チャンスはその日の内にやって来た。

 授業時間が終わり、学舎の園から出てきたもう一人の自分。

 途中で黒子と別れ一人になったところを呼び止めた。

 あたりに他の人影はない。

 “彼女”はゆっくりと振り返る。

 そこには、紛れもない自分の顔があった。

 他の妹達のような感情に乏しい顔でなく、その表情には心の内がありありと映し出されていた。

 諦観と悲哀、そして覚悟。



 「アンタは……、誰なの……?」

 美琴の額を冷たい汗が伝う。

 ”彼女”は苦しそうな顔をしてうつむく。

 「答えてっ……!」

 美琴は声を荒げる。

 ”彼女”が観念したようにゆっくりと口を開く。

 「私は……、御坂美琴……。そして、あなたの名前は……」


 ―――00000号




 “御坂美琴”は中学2年の6月に意識不明の重傷を負い、秘密裏に病院に搬送された。

 原因は暗部との抗争だった。

 レベル6シフト計画のことを知った彼女はそれを阻止しようと学園都市の暗部に足を踏み入れた。

 しかしとある暗部組織に阻まれ、そして致命傷を負った

 学園都市の最新医療によってなんとか命だけは取り留めたが、意識がもどる見込みはない。

 当然学園都市の上層部は慌てた。

 レベル5の中でその存在が広く知られているのは、第3位と第5位しかいない。

 1位や2位とは異なる意味で、彼女は替えの効かない存在だった。

 そこで、事件の遠因となった妹達に白羽の矢がたった。



 ――能力はその人間の精神と大きく関わっている。

 反乱防止のために感情を大きく制限された妹達はレベル3にも満たなかった。

 では学習装置を用いて、オリジナルから抽出した記憶、感情を全てクローンにインストールしたらどうなるか。


 そうして00000号は生み出された。



 ***

 「くそっ!!!」

 上条は雑誌を投げ捨てるとビルの外に飛び出した。

 上条の頭の中にいくつものシナリオが思い浮かぶ。

 その中でも最悪なシナリオが頭の中で膨らむ。

 悪い予感ほど良く当たる。


 朝から一日中学園都市を走り回ったが美琴の姿は見つからない。

 既に日が傾きかけている。

 こんなときでもスキルアウトがお構い無しに上条を取り囲む。

 「ちっ……!」

 本当は背後に暗部がいる可能性を確かめたいが時間がない。

 手早くスキルアウトを叩き潰すと上条はその場をあとにしようとする。

 その時聞き覚えのある声が路地に響いた。



 「お待ちなさい!ジャッジメントですの!」

 そこには肩の腕章をこちらに掲げる白井黒子の姿があった。

 「白井……?」

 「あら……、お久しぶりですわね。どうやったかは存じませんがそこのスキルアウト、あなたの仕業ですの?」

 「待ってくれ白井!今はそれどころじゃないんだ!」

 「久方ぶりにお会いしたと思えば……、今度は何に巻き込まれているんですの?」

 「それは…………そうだ白井!美琴がどこにいるかわからないか?!」

 「お姉様?」

 「そうだ。今すぐ会いたいんだ。連絡とかとってもらえないか?!」

 「でしたら、事情をお話ししてもらいませんと……」

 「それは……できない。でも……頼む!白井!」

 「……仕方がありませんね。少々お待ちくださいな」

 「すまない……!」

 白井は小さくため息をつくと、起き上がる気配のないスキルアウトたちをちらりと見ながら携帯電話を取り出した。




 “御坂美琴”は意識不明に陥ってから数ヵ月後、奇跡的に意識を取り戻した。

 しかしそこで彼女が目にしたのは、かつて自分がいた場所に立つ00000号の姿だった。

 自分が見たことのない後輩。

 会ったこともない友人。

 そして上条当麻。


 それらに囲まれて笑う00000号を見て“御坂美琴”は全てを諦めた。

 彼女から全てを奪うことは出来ない。

 全ては学園都市の深すぎる闇に足を踏み入れた自分の責任なのだ。

 “御坂美琴”は人知れず闇に生きることを決意した。




 それから数ヵ月後、思いもしない命令が舞い込んだ。

 00000号が学園都市に反旗を翻し、学園都市を出て行った。

 その代わりに再び学園都市第3位の超電磁砲に戻ること。

 命令を拒否するはずもなかった。

 胸に突き刺さる罪悪感。

 しかし表の世界への渇望は、何にも優るものだった。


 こうして“御坂美琴”は再び学園都市第3位の超電磁砲となった。




 ***

 美琴は真夜中の学園都市をあてもなく彷徨っていた。

 ”彼女”の話を聞いた美琴は、静止するのも聞かずにその場から逃げ出した。

 今どこにいるのかわからない。

 そうではなかった。

 ――自分が誰なのかわからない。

 それが今の自分を表すのにふさわしい言葉だった。


 偽りの記憶。

 偽りの人格。

 作られた容器。


 能力を失っても依然として美琴を支えていた”自分だけの現実”。

 その全てが跡形もなく崩れ去っていた。




 気がつくと一年前のあの場所にいた。

 今からちょうど一年前の出来事を思い出す。

 彼女の話が本当ならば、あの時の自分は今の自分と同じはずだ。

 そんな詮方もないことを考えている自分に気づき自嘲する。

 彼女の話には何の根拠もなかった。

 同じ記憶、同じ身体を持っているならば、どちらが本物かなど意味のない議論だ。

 しかしこの話をしているときの彼女の表情は紛れもなく自分のものだった。

 思いやり、罪悪感、やり場のない怒り、それら全てが入り混じった表情。

 同じ自分だからこそわかる。

 彼女は何一つ嘘を吐いていない、吐けるはずがない。

 自分は人の手によって作り出されたクローンなのだ。

 何一つ本物でない。

 それが自分なのだ。

 「助けて……」

 あの日と同じ言葉が口からこぼれた。



 「助けてよ…………」




 ***

 上条も同じ場所へ来ていた。

 一年前と同じ、鉄橋の上に。

 話は全部“御坂美琴”から聞いていた。

 全て上条が予感したとおりだった。

 それでも上条が受けた衝撃は大きかった。

 美琴がクローンだったという事実。

 吐き気がするほどの学園都市の闇の深さ。

 そして目の前に居る美琴。

 その表情は、一年前の今日この場所で上条が見たものと同じだった。

 一年前と同じ、あまりに弱く、脆く、消えてしまいそうな横顔だった。




 「美琴っ!!」

 彼の声が聞こえる。

 やっぱり彼は来てくれた。

 でも違う。

 自分を呼ぶ声ではない。

 それは自分の名前ではないから。

 彼がゆっくりとこちらに近づいてくる。

 「来ないでっ!!」

 必死で叫ぶ。

 彼が怖い。

 自分を見てどう思うのか。

 本当の自分を知ってどう思うのか。

 知りたくない。

 「来ないでって言ってるでしょ!!!」

 彼に向けて渾身の雷撃を放つ。

 彼は手を翳すことすらせずにその中を歩いてくる。

 効かないことくらいわかっている。

 両目から涙が溢れ出して止まらない。

 この涙は本物だろうか。

 そんな仕様もないことが頭に浮かぶ。

 ぼやけた視界を影が覆う。


 一週間前と同じ、大きくて、温かい感触が彼女を包んだ。




 自分の腕の中で泣き続ける少女に、上条は言葉をかけることができなかった。

 もっともらしく道理を散りばめた台詞。

 そんなものが幾つも脳裏に浮かんでは消えた。

 しかしこの少女のことを思うと、どれもおそろしく薄っぺらなものに思える。

 美琴は強い少女だった。

 一人で学園都市の闇に立ち向かった。

 そして超能力の喪失を乗り越えた。

 それ以外にも幾つもの壁を打ち破り、克服してきたのだろう。

 しかし自分の腕の中で泣きじゃくる少女は、そんな姿とはかけ離れていた。

 かつて美琴は言っていた。

 『壁があれば乗り越える。ハードルがあれば飛び越える』、と。

 しかし踏みしめるべき地面を、それを蹴る足を、突如消し去られてしまった。


 目の前にあるのはただ小さく、脆く、今にも消えてしまいそうな少女の姿だった。


 上条は考えることをやめる。

 一週間前に彼女がそうしてくれたように、自分の思いをそのまま口にした。


 「俺は、あの日美琴を守ると約束した。約束は……全然守れてないけど、あの決意は嘘じゃない」

 「……」

 「ただあの言葉は美琴のために言った言葉じゃない。…いや、正確に言うと半分は美琴のために言ったんじゃない。自分のために言ったんだ」

 美琴を抱きしめる力を強める。

 「俺は戦争で生きる支えを失った。でも……あのとき、美琴が手を差し伸べてくれた。だから俺はそれを支えにもう一度立ち上がることができたんだ。だから……美琴を守るという約束は、美琴のためだけじゃない、俺のためにも失うわけにはいかないんだ。」

 美琴の泣き声が徐々に小さくなり、嗚咽へと変わる。

 「俺はこのクソッタレな能力を何度呪ったかわからない。何度も消し去ろうとして、でもそんなことはできなかった。だが今はこの力があって良かったと思ってる」

 美琴が顔をあげる。

 目は真っ赤に晴れ上がり、顔中涙でくしゃくしゃになっている。

 その頬を優しく拭いながら上条は続けた。

 「俺は、この能力がある限り絶対に死なない。ずっと、ずっとお前のために生き続ける。どこに行ったって必ずお前のもとに帰ってきてやる。だから、お前も……美琴も……、」

 上条はゆっくりと息を吸い、吐き出した。



 「俺のために、生きて、死んでくれ」




 止まったはずの涙が再び溢れ出す。

 でもこの涙はさっきまでとは違う涙だった。

 見失った自分、失くした心……、今は全てを忘れられた。

 彼が自分を必要としてくれる、そのことがただただ嬉しかった。

 全てを知った上での、彼の思い。

 自分が何だろうが構わない、必要とされるならそのために生きよう。

 わかっている。

 彼のためじゃない。

 そう、半分は。

 でもかまわない。

 彼が差し伸べてくれる手にすがろう。


 まっすぐに彼の目を見る。

 「わかった……約束してあげる……。だから……」

 そう言って目を閉じる。

 彼の手が肩に回される。

 彼がゆっくりと近づくのがわかる。


 温かく、やわらかい感触と、涙の味がした。




 隠れ家に戻ると一方通行が待っていた。

 いつの間にか手に入れた携帯電話で土御門を呼び戻す。

 二人に全てを話すと、勝手に外に出た挙句スキルアウトを全滅させたことを怒られたが、土御門はなぜかほっとした様子だった。

 二人の昔の仲間は無事見つかったらしい。

 後日交渉が行われ、幾つかの条件と引き換えに、上条らは学園都市から今後追われないことを約束された。

 土御門と一方通行は再び学園都市の暗部に籍を置くこととなった。

 上条は遠慮したが、二学期から高校への復学を許可された。

 「超電磁砲、お前はどうすンだァ?」

 一方通行が尋ねた。

 「ちょっと……、もうその名前で呼ばないでよ」

 「もう話はしたんだろ?」

 「うん……私は学園都市に残るわ。その……えー、オリジナルのことは二人で話し合って解決するって決めたし、とりあえずは他の妹達と同じように生活することになると思う」

 「学園都市の外に出た方がいいんじゃないのか?」

 「それでどうやって生きてけっていうのよ。それに、当麻も残るんでしょ?だったらいいじゃない」

 「んー、そう言ってもなあ……」

 「私が決めたんだからつべこべ言わないの。私を守ってくれるんでしょ?」

 美琴はこっちを見て悪戯っぽく笑っている。

 確かに美琴の言うとおりだった。

 当面の懸案事項は解決された。

 これからのことはじっくりと考えていけばいい。

 心に決めたこともある。

 上条は小さく笑うとこう言った。


 「わかりましたよ、お姫様」
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