11 「暴走竜巻『トルネードボム』」
「警察から電話なんだけど、あなたから事情を聞かないとこの事件の調査が終了出来ないんだって。
仕方ないけど、事件になっちゃってるし、受けざるを得ないわね。明日の夜に来てもらうことでいいかな?」
母が下からあたしに話しかけてきた。
どうもこうもなかった。あたしもいい加減疲れ果てていた。
「うん、お母さん、いいよ」
もう、どうでもよかった。
はやく終わって欲しかった。
ケイちゃんとひろぴぃに新しい携帯で電話してみた。
二人とも電話が来たことでものすごく喜んでくれた。
朝あたしの家に来てもいい、とまで言ってくれたけれど、盗撮される可能性があったから、あたしは必死になって二人に思いとどまるよう説得して、なんとか納得してもらったけれどすっかりへとへとになった。
それでもあたしは、二人とお話し出来たことですごく満足したし、嬉しかった。
ふと気が付いた。
あたしは机の中を開けてみた。
やっぱり、なかった。
長坂くんからの、お手紙。
「ホントに持って行かれたんだ……どうしよう」
あたしは机に突っ伏した。
「佐天さん、連絡有り難う。でも、私、いない方が良いわね」
上条美琴はきっぱりと答えた。
「いいんですか? いないといけないんじゃないですか?」
役目上、居ないとマズイだろう、と考えていた佐天涙子は上条美琴の返事に逆に面食らった。
「佐天さんは、利子ちゃんのお母さんだから、彼女は未成年者だし、親権者として一緒にいることはなんの問題もないと思うの」
警察が事情聴取に来る、というので佐天涙子は上条美琴に電話をしたのだった。
「でも、私は違うわ。しかも問題の学園都市の人間。 そんな人間が、いくらご近所づきあいをよくしているから、と言っても話が通らないわ」
「そうですね」
「仮に、今回私が入ってOKだったとしても、改めて私がいない時を見計らって警察の人はもう一度調書を取りに来るわ。
そんなの、無意味でしょ? 何回も調書取られるのはいやでしょう?」
「確かにそうですね、上条さんがその席にいたら、あたしたちは本当のことを喋っていない、と警察の人は思うでしょうね」
「ね? だから私はいない方がいいのよ。あと1回。それで終わりにしたいでしょ?」
次の日の朝、あたしは家を出た。
こんな朝からパパラッチらしき人がいる。もういい加減にして欲しかった。
正直、能力使って追っ払ってやりたかった。ふっとばしてやりたかった。
でも、ソレは出来ないし、してはいけないこと。
あたしは走った。ケイちゃんとひろぴぃが待つ、いつもの場所へ。
「リコー!」 ケイちゃんが手を振っている。
「リコちゃーん!!」 ひろぴぃが振り向いて跳ねている。
「ケイちゃーん!! ひろぴぃ! おはよー!」
なんか、久しぶり。 なかなか感動的なシーンだった……と思う。
「よかったね! リコ、無事だったんだね!! もう……」
ケイちゃんの目が赤い。ぽろりと涙がこぼれた。
「心配したんだからね! あー、もう会えないのかと思っちゃったよー!!」
ひろぴぃがグスグス言い始めた。
「ごめんね、本当にごめんね、心配掛けちゃって……」
二人がうるうるするのを見て、あたしもグシュグシュになってしまった。
朝だというのに、制服を着た女子中学生がズルズル泣いているのを見て、
(な、なんだ、こいつら?) という顔の人もいれば、
(あれ? あの子、もしかして!?) という顔で通り過ぎる人、
驚いたことにケータイ構える人もいた。
「ちょっと、見せ物じゃないわよ! 何勝手に撮ってんのよ!?」
気が付いたひろぴぃが声を上げる。 泣いた顔じゃ迫力ないってばさ……でもありがと、ひろぴぃ。
「みんな、早く行こ?」
あたしは二人を誘って学校へと走った。
門を入ると 「来たぞー」 という声がした。
「さてんさぁ~ん!」 「リコちゃーん!」 と声がかかる。
「え?なに?」 あたしはちょっととまどった。
「えへへ、あたしが昨日の夜に先生やクラスのみんなにメールしておいたの。リコがあしたから登校しますって」
ケイちゃんがちょっとやりすぎたかなって顔をしている。
「あたしはね、黙っておいて、リコがいつも通りに来て、普通に席に座ってる方がインパクトあると思ってたんだけど」
ひろぴぃがニヤニヤしながら言う。
「でも、みんな喜んでるから、こっちの方がやっぱり正解だね!」
久しぶりに下駄箱にクツを入れる。
「リコ~おはよ~! 大変だったね?」
「良かったね~」
「お~い、さて~ん、良かったなぁ!! おめでとう!」
「もう良いのか?」
「テレビ見たぞ~」
クラスのみんなや1・2年生の時の同級生等が沢山待っていてくれた。
久しぶりの顔。 もしかしたらもう会えなかったかもしれない、みんな。
担任の岡沢先生がいた。
「おはよう、佐天。無事で何より、よく学校に戻って来たな。とにかく良かった、本当に、良かったな……!」
先生がほんの少し涙ぐんでいたようだった。
「みなさん、おはようございます! さてんとしこ、今日から登校します! ご心配お掛け致しました!」
あたしは頭を下げた。また涙がこぼれてきた。
「おーっ!」
どよめきと万雷の拍手があたしを包み込んだ。
「疲れたよ~」
あたしたち3人は今帰宅途中。
玄関で拍手のあと、胴上げされるとは思わなかった。
校長室に呼ばれて、校長先生と教頭先生からいろいろと言われたけれど、舞い上がってて、正直あんまり覚えていない。
「怪しいヤツが今後も出ないとは限らないから、気をつけなさい」 って言われたけれど、毎日緊張して通え、というのは正直難しいよねー、と思った。
でも実際に拉致されたあたしとしては、返す言葉がある訳がない。
教室に戻るとまた拍手。
黒板には「お帰りなさい!」と綺麗な絵文字が書いてある。
あたしは、思わず発端となったあの時のヘタな絵を反射的に思い出した……。
授業に来る先生みんながみんな、「良かった」 「おめでとう」 と言ってくるので、その都度その都度あたしが
「有り難うございますご心配お掛けしました」 と返事するもんだから、最後の方ではみんながハモって
「「ご心配お掛け致しました」」
なんてしょうもないことをするまでになった。
でも、記者会見とは違って、プレッシャーは全くなかった。
ちょっと参ったのは、拉致されたときに持っていた鞄に入っていた教科書とノートが手元にないことだった。
鞄は丸ごと発見されていると詩菜大おばさまから聞いていたが、そっくり証拠品として警察が持ったままなので当分戻ってこないらしい。
事情が事情なので、先生に話をしたら、いくつかの教科書は予備分からもらえたけれど、2つの教科書は新たに買う必要があった。
今日はとりあえず席が隣の渡辺優花(わたなべ ゆうか)ちゃんにみせてもらったけど……。
ノートがないのも痛い。 というか、あのなかにある落書きを見られるのはすごく恥ずかしい……
部活はさすがに走ることは出来ず、簡単な体操をしただけだった。力を入れると危険なので、ゆるゆるの体操だったけれど、それでも身体を動かせたのは嬉しかった。
指導の都築先生は 「最初から無理するな、身体が緩んでるから時間を掛けて戻すんだよ」 と笑っていたけれど。
まさか銃で撃たれた傷が開いてしまうので、なんて言ったら大騒ぎになってしまう。
着替えの時は、傷口がちょっと心配だったけれど、昨日母さんに見てもらって
「パッと見なら全くわからないわよ」
ということだったのでまぁ大丈夫だろうと考えていたし、実際気が付かれずにすんだ。
「リコ、髪変わった……よね……?」 ケイちゃんがおそるおそる、と言う感じで聞いてきた。
「マジ? ホントに?」 ひろぴぃが追いかけてくる。
早速2人があたしの頭、正確に言うとカツラをいじくり廻す。
「ホントだ、違う~」
自分でもわかっている。確かに髪質が違う。でもカツラだから仕方ないところだ。
「うん、実はね、連れ込まれた研究所で全部切り落とされちゃったの」
「ええええええええ? じゃ、これ、もしかしてカツラ?」 ひろぴぃが驚いてカバンを落とした。「キャ!」
「ほんと? じゃぁ頭はマルコメなの?」 ケイちゃんが真剣な目で訊く。
一瞬あたしは自分がマルコメ坊主になったところを想像して吹いてしまった。
「ひっどーい、あはははは、痛っ!」 また背中に響いた。はー、しばらくはまだダメですね。
ケイちゃんが 「どしたの? どこかケガでもしてるの?」 と聞いてくる。
「あ、頭がちょっとね」 たいしたこと無い、と言う感じで軽く流す。ナイショにしておかないと、ね。
「でも、ホント、髪を切り落とすなんてこと、女の子に対する重大な犯罪だわよ!」
ケイちゃんは見えない相手にパンチをくれていた。
「でさ、ソレ、風で飛ぶ、なんてことは?」 ひろぴぃが真剣に訊いてくる。
「あのねぇ、マンガじゃあるまいし、しかも学園都市製のものよ? その点は大丈夫よ」
「どうして切られたの?」
……来た。そりゃ来るわね、来るに決まってるわ……
「うーん、わかんないの。そのときはあたし気を失っていたから。
気が付いたらあたしはベッドの上で、そして頭は既に包帯でぐるぐる巻き状態だったの……」
「ふーん、ツルツルアタマのリコかぁ~、ぷぷぷ、アハハハハ」 ひろぴぃがあたしの顔を見ながら笑い出す。
「ちょっとなによ、その笑い? 人ごとだと思って!」
「自分だって吹いてたじゃないの? でも、マルコメのリコって、そんな、キャハハハハハ」 ケイちゃんも笑い出す。
あたしはどうしたらよいか、道のど真ん中でおなかを押さえて大声で笑う二人に挟まれて、往生していた。
こいつら、涙まで流してる……
不幸、いや違う。
平和、だ。
でも平和な気分はそこまでだった。
夜、警察の人が2人来た。女性2名だった。
二人とも顔はほほえんでいるけれど、目が笑っていない。
「この度は無事にご帰宅されましたこと、お喜び申し上げます。
こちらも仕事上、つらいこともお聞きしなければなりませんが、何卒ご了解頂きたく、また捜査にご協力をお願い致します」
固い挨拶だけど、仕方ないよねー。
「まず、念の為ということでお名前と生年月日を確認致します」
事情聴取が始まった。
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約2時間ほどで事情聴取は終わった。
肝心な部分は、被害者のあたし自身に記憶がないので、どうしようもない。
ショックを受けたのは、どうやら美琴おばちゃんやマコちゃんに嫌疑がかかっていることだった。
つまり、麻琴が、あたしを学園都市に来させる為に母親である美琴おばちゃんに依頼して、美琴おばちゃんがあたしを拉致するように部下に命じたのではないか、と。
どこをどうすると、そんな筋書きになるんだろう?
あたしは 「そんな馬鹿なことがあるわけ無いじゃないですか」 と笑い飛ばしたかったけれど、目の前の女性刑事の顔を見ると、とてもそんなマネは出来なかった。
「でも、それって、何の証拠もないですよね?」 あたしが言えたのはそれくらいだった。
「捜査中ですのでお答え出来ません」 にべもなく片方の刑事さんが言った。
「ただ、非常にやりにくいのは事実です。形式上、学園都市は日本の一部でありますが、独自の条例や諸規則を設け、途中にゲートを設けるなどあたかも一つの独立国家のような形をとっています。
こういう問題が起きたときに、矛盾点がはっきり表に現れるのですが、例えば我々が学園都市内に入ることが出来ない状態で、事の真相解明・真相追及に多大なる支障をきたす等、影響は極めて大きいものがあります。
もちろん、逆も出来ないのですが、実際どうなっているかはあちら側の事であり、正直わからないのです」
もう一人の刑事さんが悔しそうな顔で淡々と述べる。
でも、それあたしに言われても……ねぇ。
刑事さんたちが帰った後、あたしはお母さんと話をした。
「心配しなくていいよ。あの人たちも仕事だから。でもわからないわよ。
だってあたしたちを誘拐した人たちは、あの倉庫でみんな 『逮捕』 されちゃったし、残念だけど、真相は警察では掴みようがないわ」
かあさん、『逮捕』 じゃないでしょ?
あたし、わかってるんだから。
みんな、殺しちゃったんでしょ?
みんな、『むぎの』 って人が吹き飛ばしたんでしょ?
さざなみさんが叫んでいたもの。
…… 「むぎのさ~ん、やりすぎですーっ! 僕らまで死んじゃいますーっ!」 ……
あたしは覚えている。
目は閉じていたから、その分聴覚と嗅覚は鋭敏になるのだ。
かすかに聞こえるうめき声、吐きそうになる漂う血の臭い …… ああ、いやだ!
「利子、聞いてる?」
「え、ええ」
あたしは現実に引き戻された。
「あの人たちも、理由を考えたんでしょうね……。でもまさか上条さんと麻琴ちゃんに狙いを持って行くとは思わなかったわね。
噴飯ものだけど、でもこれでこっちに来るのがちょっと面倒になるかもしれないわね」
あたしの、あたしのせいだ……
あたしが、あの時に学園都市に行かなければ、
あたしがあの時に、ちゃんと拒否していれば、
あたしが……
でも、もう遅い。
もう、後戻りは出来ない。
「お母さん、あたし、高校進学だけど、学園都市の高校に行く。
そしてあたし、能力開発を受けて、ちゃんとコントロール出来るようになって、あたし帰ってくるから!
あたし、決めたから!」
あたしは一気に母にまくし立てた。
母は、しばらく黙っていた。
すごく長い時間が経ったような気がした。
母はあたしの顔を見て、ようやく口を開いた。
「あなたが、そう決めたのなら、行きなさい。もう母さん、何も言わない。
その代わり、逃げ戻ってくることは許しません。中途半端は許しません。
あなたに備わった能力は、母さんはよくわからないけれど、きちんと自分のものにしないと、自分でコントロール出来ないと、とても恐ろしいことになるはずなの。
そのとき、あなたは、自らを制御出来ない、人間の形をした化け物になるかもしれない。
あなたがそんなことになるくらいなら、母さんは、あなたを今ここで殺して、自分も死ぬわ」
恐ろしいことを母はさらりと言った。
でも、あたしはそのときはちっとも不思議に思わなかった。
「それと、あなたに言っておくことがあるの」
母はゆっくりとしゃべり始めた。
「母さんが、今の利子より少し小さかった頃、中学1年生の時のことね。
あたしはずーっとレベル0<無能力者>と判定され続けて、とっても悔しかったし、寂しかったの。
その頃から上条さん、当時は御坂さんと言う名前だったけれど、彼女は既にレベル5<超能力者>の一人、第三位というとんでもない地位にいたわ。
白井さんもレベル4の大能力者で、第七学区の風紀委員<ジャッジメント>では有名だったしね。
あたしは羨ましかったわ……。
そしてあたしは幻想御手<レベルアッパー>というものに手を出してしまったんだけれど、そうしたら、生まれて初めて能力が発現したのね。
風使い<エアロマスター>の一種だったわ。 とても可愛らしいものだったけれど、あたしはものすごく嬉しかった。
ああ、やっとあたしも能力者の一員になれたんだってね」
母の話が続く。あたしは黙ってじっと聞いていた。
「まぁ、その幻想御手<レベルアッパー>というものは、まやかしの一つで、騒ぎが終わった時には、また元通りのレベル0<無能力者>に戻っちゃったんだけれど、人間の脳というのはすごいもので、一回覚えたことは忘れなかったのね。
2年かかったけれど、高校に入るときにはレベル1になったのよ。
全然大したことはないんだけれど、でも今度のものは正真正銘、自分の力で獲得したものだから、そりゃぁみんなでお祝いしてもらったものよ……」
母は若かりし頃を思い出しているのだろう、あたしと、同じくらいの歳の頃を。
「いったん、コツをつかんだら、なんとかなるものなのね。
まぁ実際あたしも努力した訳だけれど、高校2年生でレベル2になって高校を出るときにはレベル3にあと少し、と言うところまで来てたわ」
「でもね、人間てものは初心を忘れるのよ。ついつい奢っちゃうのね。
あたし自身はつい数年前まではレベル0<無能力者>だったのに、それなりに努力してレベル1に、そして2に、もうすぐ3だと遅まきながら伸びてくるとね、やれば出来るんだ、あたしは出来るんだ、となんの根拠も無い自信を持ってしまったのね。
自信がなさ過ぎるのも問題だけれど、根拠のない自信というものは始末に負えないものなのよ。
困ったことにそれに気づかないのよね、本人は。 とりわけ、若いうちはね……。
今思い出しても、恥ずかしい、本当に穴に入りたい気がするわ。
若さゆえの過ち、って言葉があるけど、やり直しが出来る過ちならまだまし、取り返しのつかない過ちは悲惨よ……」
母はあたしの顔をじっと見つめていう。
「母さんはね、ひとを殺しちゃったのよ」
「え?」
あたしは驚愕した。
そんな……そんな……
「母さんの高校最後の能力開発授業の時だったわ。
新しい向精神薬を投与されたあたしは、能力をコントロール出来ずそのまま気を失ったの。
気が付いたら病院で寝てたわ。
1日で退院出来て、次の日学校に行ったら、あたしの試験場所だった運動場は立ち入り禁止になっててね、大穴が開いてたわ……。
その向精神薬を試作した製薬会社の人と試験器メーカーの人、そしてあたしの学校の先生、3人があたしの暴走竜巻<トルネードボム>に吹き飛ばされて、大けがをしちゃったのね。
ずっとあとになって、試験器メーカーのひとが意識不明のまま亡くなったと言うことを知ったの」
「……」
あたしは何も言えなかった。母さんにそんな過去があったなんて……。
「……薬のせいだから、涙子のせいじゃない、ってみんなから言われたし、その試験器メーカーの偉い人も言ってた。
でも、そんなの言い訳にもならないわ。
あたしなら出来る、あたしはレベル3,そして次はレベル4になるんだ、って自信満々だったし、その薬を飲むことを承諾したのはあたし自身だったんだからね……。
例え、事故発生時の誓約書に3人のひとがサインしてたからといっても、例え規則上問題なかったと言われたって、事故が起きて人が死んだのは事実だしね。
あたしの能力が人に大けがをさせて、その一人を意識不明のまま死なせてしまったということは、取り返しのつかない事実なのよ……」
「それで、母さんは自分を責めてたのね……?」
「そうね。 だって、あたしのせいで、あたしの能力が1つの家族の幸せをぶち壊しちゃったんだから……。
みんな、あたしが死ぬんじゃないかって、それはもう心配してくれてね…… でもね、直ぐにそれどころじゃなくなったのよ。
死を選ぶ事も出来なくなるような事態がね。
その製薬会社はね、どうしたと思う? 喜んだのよ!? でかした、よくやったって。 意味わかる、利子?」
あたしはあっけにとられてしまった。 人が死んで、悲しむんじゃなくて喜ぶ? どうして? そんな馬鹿な?
「利子? 覚えておくのよ。世の中はいろんな事があるの。常識じゃありえないこともあるの。
……母さんの能力は、レベル3手前、というものなのは話したわね。
でも、その暴走の結果は、レベル4(大能力者)を通り過ぎてレベル5(超能力者)に匹敵する破壊力を生み出した、と判断されたらしいのね。
喜んだ、と言う理由はそれ。
ところが、他の人にそれを投与しても、母さん並みの効果は全く出なかったらしいの。
検証できなかったということで、その薬の何があたしとマッチングして大幅な能力アップを引き起こしたのか調べなければならなくなったのよ」
「母さんはもちろん……?」
「する訳がないでしょう? もちろんお断りしたわ。でもしつこかった。
あちらの言い分は、ひとを大けがさせたんだから、その分、せめて協力するのが当然だ、とかいうものだったわ。
ものは言いようだわね。学校やら寮やらに、毎日やってきて大変だったの……。
さすがに学校が頭に来ちゃってね、アンチスキルに訴え出たのね。 なんたって母さんはそのとき未成年者だったし。
正面切って持ち出されたらあちらも困ったんでしょうね。
それで話はおじゃんになり、その薬品のプロジェクトは解散になった、らしいのね」
「よかったね、母さん……」
「甘いわ、利子。それは表面上の話だったのよ。実はずーっとそれは休眠していてね、そしてあたしが大学を出るときに、実力行使に出たのね、そこは」
「?」
「母さんを拉致したのよ」
あたしは母の話の、あまりの内容にもはや何も考えられなくなっていた。
「気の長い話よね。 学校というあたしの保護が消える時まで待っていたわけだから。
4年も経てばとっくに新しい方法が出来ているはずだと思うんだけど、その薬に匹敵するものは結局出来なかったらしくて、なんとしてもあたしを使って謎を解き明かしてやるんだと思ってたらしいわ」
「……」
「で、あたしは偶然ある人に助けられて、そこから脱出できたんだけれど、そこで母さんは決断したの。 能力を捨てると」
ようやく全部話がわかった。母さんは「その後」完全無能力者になった。 しかし、それ以前は能力者だった、遅咲きの。
「せっかく、血のにじむような思いをして開花した能力だったけど、あたしの場合は人に不幸を与えただけだったわ……
そう言うと身も蓋もないかしらね。確かに発現したときは天にも昇る心地だったから、その喜びを得ることが出来た、というのは役にたった、のかな。
苦しんで努力して、それでも発現してこない昔のあたしのような人たちもいるから、その人たちからすれば、母さんは裏切り者かもしれないわね。許せない存在だったかもしれないわ。
ま、なくなって何か変化があったか?っていうと、その製薬会社から1度だけ恨みがましい電話をもらったけど、それっきりだったわ。あの人たちは無能力者に用はないのよ、ふふ」
………あまりに、あまりに凄絶な人生じゃなくて、お母さん?
このひとの、どこにそんな強い意志が隠れているんだろう?
以前に「あたしがお母さんを守ってあげる!」なんて口走っちゃったけれど、笑っちゃうわよね、とても敵わない。
「それで、利子、今度はあなたの番よ。……お母さんに誓いなさい、利子。
あなたは、正しい道を行き、自分の力を自分のものとして、そして正しい事にのみ使う事を。
でも、その何が正しいか、何が正しくないか、それはあなたが人生経験を積まなければならないわ。
子供の単純な正義感は、場合によっては正解じゃないの。
世の中は、正義と悪、白か黒か、という単純な二問選択で済むほど簡単じゃないのよ。
だから、自分の命の問題じゃない限り、少なくとも二十歳になるまでは使っちゃダメだと思いなさい」
あたしは、少し考えて、母の目をまっすぐに見て誓った。
「あたし、佐天利子は、正しい道を歩み、あたしの力を正しい事のみに使うことを、あたしは一刻も早く自分をコントロール出来るように。 誓うわ。 お母さん」
「それから、自分の命の問題以外は、二十歳になるまであたしの能力は使わないわ」
母はあたしの傍に来て座り、あたしの頬を優しくなで回し、あたしをぐいと抱きしめた。
「利子、あなた、後悔していない?」
とっても優しい声だった。
「何を?」
「能力者になっちゃったことを」
「……なくても良かったけど。 ないほうが良かったのかもしれないけど。
でも、それがあたしなんだったら、仕方ないよ。 そうでしょ? おかあさん」
「あなた、大人になったわね……立派よ」
→ 12 「彼は風紀委員<ジャッジメント>」
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*タイトル、前後ページへのリンクを作成、改行および美琴の一人称等を修正しました(LX:2014/2/23)