「それで、次はどう動くつもりだね?」
窓もドアもないビルの一室。
その中央に浮かぶ生命維持槽の巨大ビーカーに身体を浮かばしている学園都市の最大権力者、学園都市総括理事長アレイスターは言った。
男にも、女にも、子供にも、老人にも見えるその異様な姿に表情は無表情のまま。
その言葉の先には一人の少年。
アレイスターの放つ存在感に微塵も動揺を見せず平然と言い放つ。
『実は何も考えてないんですよねー。好き勝手やっていいっていう約束でしたけど、なんか逆にやりずらいっていうのか』
「絶対能力進化計画の復活、風紀委員との接触、そして幻想殺しとの接触―――これは何を図としているのかな?」
『うーん、風紀委員ちゃんとの戦闘は正直予定外だったんですけどねぇ。まぁどうでもいいですけど』
思い出すように唸った少年だが、まぁいいやと言わんばかりに首を横に振る。
『ミサカちゃん達を戻したのは一方ちゃんと仲良くしたいが為だし、上条ちゃんとお喋りしたのも友達になれるかなぁーと思ったからですよ』
『ほら、あの二人ってどちらかといえば僕よりの人間だと思いません?』
「……まぁ否定はしんよ」
『でしょ!それなのにあの二人は怒っちゃうんですよ。いったい何が悪かったんでしょう?』
本気で理由が分らないと首を傾げる少年にアレイスターは何も言葉を発しない。
『まったく空気を読んで欲しいものですよ。右も左も分らない転校生にあそこまで不愉快なオーラをだすとか』
『間違いを諭すのは本当の友達だっていうのを週刊少年ジャンプから学ばなかったのかなぁ?』
どこか幼い顔立ちの少年はそういって拗ねるように口を尖らせた。
『あ、そういえば貴方にも少し文句があるんです』
「なにかな?」
アレイスターに文句を言う。
これだけでギネス認定物の大業だが、そんなことを気にせずまるで友人に言うようにフランクな態度で少年は口を開く。
『なんで僕がレベル5なんですか?そのおかげで楽しい楽しい学校生活が送れないじゃないですか』
この学園都市でレベル5認定をされて喜ぶものは数多くいるだろうが、それによって文句を言われるなどおかしな話である。
「一応表向きはレベル5という事にしておかないと、混乱が起きるからね。そこは我慢をして欲しい」
「【負能力者】というカテゴリは、今のところ君しかいないのだから便宜上仕方が無いものだよ」
それでもある程度の大人達は君の正体については知っているがね、と少し口元を歪める。
『そうですか、それなら仕方が無いですね』
もう少しごねるのかと思いきや、あっさりと受け入れる少年。もともとそれほど執着していないのだろう。
『そう言えば、負能力者の素質を持った子を見つけましたよ』
「ほう。それは、素晴らしい」
同じように少年の報告をあっさりと受け入れるアレイスター。彼もそれほど重要視していないように見える。
『頑張っても報われない、努力しても花が咲かない、これといって特技もない普通に普通な女の子ですけど』
『ちょっと僕が後押しすれば、きっと彼女が望む能力を手に入れて、僕の力になってくれると思います』
「その少女の名前は?」
予定調和。まるで始めから用意された台本を読み合うような会話が続く。
『嫌だなぁもう貴方も既に目を付けているんでしょう?でなければ物語にあれだけ参加できませんよ』
そんな軽口を加えた後に少年は―――超負能力者(-レベル5)の大嘘憑き球磨川禊は凄惨に笑った。
『第七学区立柵川中学一年の、佐天涙子ちゃんですよ』
「おや、お姉さま。こんな所でなにをしているのでしょうか?とミサカは公園のベンチで黄昏ているお姉さまに声をかけます」
とある公園のベンチで少し休憩をしていた御坂美琴に声をかけるのは、その当人と同じ顔をした少女だった。
同じ顔に、同じ髪型、違うところといえばその頭に掛けられている仰々しいゴーグルと服装ぐらいだった。
「べっつに、少し運動してたからちょっと休憩してるだけよ」
「そうですか、なのでそのようなスポーティーな格好なのですね、とミサカはキャップをかぶったお姉さまに興味津々です」
じろじろと御坂の格好を観察しては自分の服を見て少し物欲しそうな表情を浮かべる彼女。
「制服じゃ動き辛いしね。っていうかアンタこそこんな所で何してんのよ?」
「ミサカは調整を終え暇になった時間を散歩に費やしているだけですが?とミサカは疑問に答えます」
調整。それはこの双子といえどもそっくりすぎる彼女が行き続けるためには必要なことであった。
彼女は『量産能力者計画』にて開発された、御坂美琴のDNAマップを使用し、2万体生産されたクローンの内の一体である。
通称【妹達(シスターズ)】
量産能力者計画自体は頓挫し、破棄される運命だった彼女達は絶対能力進化計画にて利用されることになった。
しかしその内容は学園都市第一位に殺されるという最早破棄と同義のものであったが、目の前に居る御坂美琴と上条当麻により
実験は中止、凍結され生き残った9969体の妹達は生き残ることができたのである。
学園都市内に残った妹達も居るが、その大半は外部の研究所にて調整を行っているのである。
「ま、元気そうで何よりね」
御坂にとって妹達は妹でありながら娘のような存在である。
妹達の存在をはじめて知った時はなかなか受け入れられなかったが、現在ではそんな様子もなく偶に遊びに出かけたりもする。
当然、彼女達の体調も気にしてしまうのだ。
しかし、彼女からの返答は少し様子がおかしかった。
「体調的には問題はないのですが……とミサカは言葉を詰まらせます」
伏し目がちにし、言葉が続かない妹に不安を覚えた姉はベンチから立ち上がり彼女の両肩に両手を乗せる。
「なにかあったの?私にできることがあるなら話して」
いっそ睨み付けるような表情でつっかかる御坂に少し彼女は動揺する。
「お、落ち着いてくださいお姉さま。問題といってもこれはミサカネットワーク上の問題です、とミサカはお姉さまを諭します」
「でも話してよ、貴女達の問題は私の問題なのよ」
気を遣わせまいと言った妹の発言は火に油というか、余計に御坂を煽ってしまったのか、両肩に置かれた手に力が入る。
「わ、分かりました。話しますからとりあえず落ち着いてそのベンチに座ってください、とミサカは再びお姉さまを諭します」
どこか納得していないようだったが、その言葉に御坂は両手を離し、再びベンチに座る。
そして、彼女もその隣に腰を下ろす。
(お姉さまはどこか情緒不安定なようですね)
確かに御坂は妹達の問題に対しては敏感に反応するが、ここまでの動揺っぷりはなかなか見せない。
妹達は知らない。
とてつもない事件を彼女は追っている事を。
この公園にいたのもその事件の調査中に休憩のためである事を。
そして、自分達の抱えている問題と、姉が追っている問題が繋がっているという事を。
「最近ミサカネットワーク上で存在しない固体の情報が流れてくるんです、とミサカはこれから説明することの結論を先に話します」
「存在しない固体?それって……」
「はい、例の実験で一方通行に殺害された固体です」
どくん、と妹の言葉に御坂の心臓は激しく揺れる。そして思い出す一人の妹。
初めて御坂が出会った彼女。
初めて外に出たという彼女。
初めてアイスを食べたという彼女。
初めて貰ったプレゼントを喜んでいた彼女。
そして、自分の目の前で死んでいった彼女。
心臓の鼓動が早くなるのが自分でも分かる。手に汗が溜まるのが分かる。
しかし妹は言葉を続ける。
「当然そのようなことはありえませんし、あってはいけないことなので、上位固体に確認を取ろうとしているのですが……」
それがなぜか反応がありません、と小さく首を横に振る妹。
「……上位固体?」
知らない単語に落ち着きを取り戻す御坂はオウム返しでその単語をつぶやく。
「ああ、お姉さまは知らないのでしたね。上位固体、通称【打ち止め】(ラストオーダー)」
「ミサカネットワークを取り締まる固体であり、全ミサカ達の司令塔のような存在です、とミサカは簡単に上位固体の説明をします」
「そうなんだ……」
「ええ。それで一方通行に確認を取ろうとしたのですがそちらも連絡が取れずに困っているのです、とミサカは説明を終えます」
「そっか……一方通行にもれんらってえええ!?」
妹からありえない単語が飛び出してきたので盛大にずっこける。
なぜ彼女の口からあの一方通行の名前が出てくるのか?レベル5の頭脳をもってしても理解不能だ。
「なるほど、リアクションというのはこういったものなのですね、とミサカは体を張るお姉さまに感嘆します」
「違うわよ!なんでアンタからアイツの名前がでてくんのよ!?おかしいでしょ、だってアイツはアンタ達を……」
「確かに彼はミサカ達を殺害しました。しかし彼によってミサカ達は生きることができたのです、とミサカは誤解しているであろうお姉さまをなだめます」
「ちょっと待って、理解ができない」
あまりの衝撃に漏電している御坂。
「これも説明しましょう、と半分面倒臭がりながらミサカは説明を始めます」
それから彼女は説明をした、
打ち止めを利用したウイルスで妹達が危機に陥っていたこと。
それを命を掛けて救ったのが一方通行だいうこと。
その事件を解決する代償が脳へのダメージだということ。
「つまり能力の使用が不可能になった、と」
「正確には限定された、と言ったほうが正しいですね。彼は現在ミサカネットーワークに演算処理を任せていますので、
能力自体は使用できます、とミサカは一方通行の現状を伝えます」
御坂はその話しを信じることができなかった。否、信じたくなかった。
一方通行が打ち止めを救ったとしても。
一方通行が本当に実験を続けたくなかったとしても。
彼が10031人の妹達を殺したという事実は無くならないのである。
「当然、ミサカ達も彼を許したつもりはありません、とミサカは胸の内を明かします」
「だったらなんで!?」
「一万の命を奪った彼も、一万の命を救った彼も等しく同じ一方通行なのです」
「…………」
「ミサカ達は許したつもりはありませんし、一方通行は許されるつもりもないでしょう。ただ……」
その言葉を言った彼女はどこか笑っている様に見えた。
「それがお互いに歩み寄っていけない理由にはならないでしょう?とミサカはお姉さまに問いかけます」
(ああ、この妹は本当に……)
ずっと一方通行に憎悪を抱いていた自分が馬鹿みたいと思わせるような言葉だった。
「そう、ね……でも私はアイツを許すことはできないと思うわ……今はまだね」
今はまだ、という言葉を一方通行に聞かせてやりたいと思う妹はこっそりネットワークに保存をする。
「貸しと借りは相殺されるのではなく、積み重なっていくものだ、とミサカはエロゲーで得た知識を披露しま
「ちょっと待って!?アンタそんなもんやってんの?」
今までのシリアスな雰囲気は!?ちょっと泣きそうな私の立場は!?と御坂は慌てふためく。
「お姉さま、そんなものとは流石のミサカも鶏冠を立てますよ、とミサカは自身のアイデンティティを侮辱されたことに怒りを表します」
「そんなものを自己証明にしないで!大体アンタは未成年でしょうが!!」
「そのあたりは杞憂です。先ほどはエロゲーと言いましたが、ちゃんと全年齢対象のコンシューマ版もプレイしましたので」
「も!?結局18禁版もやってるって事でしょうが!!え?そういえば最近私がゲームショップによく出没するって噂は?」
「ああ、きっとそれはミサカでしょうね。大体週4でお店に足を運びますので、とミサカは無い胸を張ります」
「無い胸とか言うな。ちょっと止めてよ私にあらぬ噂がたっちゃてるのよ!!」
「?別に嗜好品を求めているだけであって何もやましいことは―――」
「女の子がそんなゲームを買う時点で十分やましいのよー!!」
「お姉さま、それは差別というものです。実際にあの場で数々の同士を得、学習装置では教えられなかった知識を蓄え―――」
「それはいらない知識よ!今すぐ捨てなさい!!」
「しかしミサカネットワーク上でミサカの報告を楽しみにしている固体も多く存在しているのですが……」
「変な所で個性を作るなー!!」
とても微笑ましい(?)姉妹会議が一段楽したところで御坂は本来の用事を思い出し、ベンチから立ち上がる。
「お姉さま?」
「ちょっと用事があるのよ、この議題は次回に持ち越しね」
「はぁ、まだまだ語りたりないのですが、とミサカは落胆します」
「それ以上変な知識を身につけないで」
切実にそう思う御坂だった。
「本当に貴女達の問題は大丈夫なのね?」
立ち去る前にもう一度確認を取る。
「はい。上位固体さえ連絡が取れれば全ての問題が解決するはずですので、とミサカは答えます」
「ならいいわ。じゃあ私はもう行くから、何か分かったら連絡するね」
そう言って走り去っていくミサカの背に手を振り続ける妹。
そしてそんな妹のネットワーク上に再び存在しない固体からの電波が入る。
―――おsaネェdfgさm……
ノイズだらけのその信号は彼女の脳に負担を掛けていた。
(早く上位固体を探し出さなければ、とミサカも立ち上がります)
姉が姉なら、妹も十分と意地っ張りだった。
突然の妹との会話に予想以上の時間を費やしてしまった御坂美琴は駆けながら携帯電話を耳に当てていた。
「ごめん、初春さん。ちょっと休憩してた」
通話が繋がった瞬間に謝罪をする御坂に受話器の向こうでは、気にしないでくださいという友人の声が聞こえた。
「あの日から一週間ぶっ続けで関連施設を回っているんですから、仕様が無いですよ。むしろ一日位休んだほうが……」
「大丈夫よ、幸い似たようなことをしたことがあるから」
あの時は施設を一つ一つ潰していったので今より負担は多かったのだ。ただ標的の有無を確認するだけなのでそれほど能力を使用しない分、
連続して動けるのである。
「それより、初春さんこそ大丈夫なの?」
それは初春の体調だけを気にしていった言葉ではない。
「私はサポートしているだけですから、大丈夫―――」
「体調もだけど、佐天さんのこと」
その言葉に受話器の向こうから声が途切れる。
「初春さん。この事件の捜査をしながら、佐天さんの捜索もしてるでしょう?」
「み、御坂さんだって明らかに最短ルートじゃなくて、怪しそうな所を探しながら捜査してるじゃないですか」
「それはそうだけどさ……」
あの事件の犯人、球磨川を捜査するための作業。
あの事件以来、行方不明になっている佐天涙子の捜索。
そして学校に通い、風紀委員の仕事もこなしている彼女は明らかにオーバーワークだった。
初春や御坂の友人である佐天涙子は、白井黒子が入院することになったあの事件以来行方不明なのである。
あの事件の翌日、学校に登校した初春だったが、彼女は体調不良ということで休んだ。
風邪とは訳が違う理由での欠席なので、お見舞いには向かわずメールだけ送っておいたが、返信は無かった。
そして次の日も、その次の日も学校を欠席したのでおかしいと思った初春は電話をかけてみるが、佐天の携帯電話の電源が切れていた為、
繋がらなかった。そして直接自宅へと向かった初春は何故か鍵のかかっていないドアに疑問を抱きつつ室内へと入る。
そこに彼女の姿は無かったのだ。
「初春さん。気持ちは分かるけどそこまでやったら貴女が倒れちゃうわ」
「御坂さんはどちらかを見捨てろって言うんですか!?」
御坂の言葉に激昂する初春。その反応はある意味予想通りだった。
「違うわ、初春さん。落ち着いて。分業をしようということよ」
「分…業……?」
御坂の言っている意味が分からないのか、反復して言い返す初春。
「そう。分業。球磨川の捜索は私が、佐天さんの捜索は貴女がするの。球磨川に関するデータだけ貰えればある程度は一人で動けるしね」
「そういうことですか……」
「当然佐天さんが見つかったらそっちを優先して動くわ。だから共同作業は今日までにして、明日からそうしよ?」
納得がいかないのか、受話器の向こうで少しの沈黙が流れた後、消え入るような声で分かりました、と承諾の声が聞こえた。
「御坂さんも無茶はしないでくださいね。相手の能力はまったくの未知数なんですから」
「わかってるわ。んじゃ目標に辿り着いたんで切るわね」
そう言って通話を終了し、目の前の研究所を睨み付ける。
(ここ最近で最後に球磨川が目撃された施設)
きっとここならば今球磨川が居る場所の手がかりがあるのではないだろうかと、少し期待を抱く。
球磨川のここ一週間の足取りには全くといって法則性が無かった。
ハンバーガーショップに行ったり、研究所に行ったり、置き去りの居る施設に行ったり、高校の寮に行ったり、担任の住居に行ったりと
自由気ままに動いているのだ。ずっと一人で。
初春が監視カメラや研究所の出入りを記録しているログをハッキングして手にいれたデータだが、これでも彼の行動は全て把握していない。
むしろ野放しにしている時間のほうが長いのである。
「ちゃっちゃと襲撃して、情報を仕入れてくるか」
そう言って一度キャップをとり、髪を縛りなおして深呼吸をし、そして塀を乗り越えようと駆け出した瞬間―――
「御坂さん」
背後から、声をかけられた。
その声には聞き覚えがあった。
天真爛漫で、いつも輪の中心にいる彼女の声。
実は寂しがり屋な彼女の声。
能力者に憧れている彼女の声。
私達の大事な友達の声。
初春さんの大事な親友の声。
振り向くと―――
行方不明になっている筈の佐天涙子がそこに立っていた。
「佐天さん?いったいどこに行ってたの?心配したんだ―――」
行方不明の友人を発見し、あわてて駆け寄る御坂は、ある異変に気がついて歩みを止めた。
血が、彼女の着ている学生服に大量の血がこべり着いていたのである。
そんな異様な、異常な姿をさらに不気味に演出しているモノ。それは笑顔だった。
いつもの様な明るい笑顔ではなく、口元だけを歪めた彼女の表情は、ビデオで見たあの男のそれと酷似していた。
「佐…天さ…ん?怪我してるの?だったら病院に……」
恐る恐る口を開く御坂に佐天はその場に立ったまま口を開く。
「大丈夫ですよー御坂さん。これは只の返り血ですから」
気にしないでくださいー、と口調はいつもどおりの彼女。しかし物騒な物言いは明らかに異常だし、表情はそのままだった。
「返り血って……」
「ちょっと能力者様と勝負をしてきただけですよ。ほら御坂さんも無能力者に襲い掛かってるんでしょー?」
悪びれる様子も無くサラリとそんなことを口にする。勝負といってもその返り血を見る限り相手は重症を追っているのではないのか?
そんな疑問が胸によぎるが、その疑問は次の言葉によって確信へと変わる。
「レベル4といってもたいした事無いんですね。ちょっとアキレス腱を切っただけであんなに慌てちゃって、フフフ」
そして佐天が言い切ると同時に御坂は彼女に電撃を放つ。
明らかに様子のおかしい彼女は何かに操られていると仮定して、一気に気絶させる―――つもりだった。
しかし、彼女に直撃する筈だった電撃は直前で威力を失い、静電気程度の痛みしか与えられなかった。
「いきなり電撃って容赦ないですね超能力者様は。やっぱり無能力者なんて落ちこぼれのゴミ同然ですか?」
だから。
だから私はアナタが嫌いなんです、と佐天涙子は呟いた。
「なっ……!」
自身の電撃を無力化されてふと思い出すのはツンツン頭の高校生だった。
あの少年は御坂の放つ能力を全て打ち消してきた。しかし、目の前の少女の場合は少し違う。
(電撃の威力が一気に下がった……?)
確かに全力ではなった電撃ではないにせよ、相手までに届く間に威力が無くなる様にしてはいない。
そして今度は少し出力を上げて電撃を繰り出す。
「あははは、御坂さん。その威力じゃ気絶じゃすみませんよ。私を殺す気ですか?」
ケタケタと笑いながらその場を動こうとしない佐天に向かう電撃は再び彼女に命中する前に、威力を完全に失ってしまう。
(能力?いやでも佐天さんはレベル0の筈……なにか特殊な機械でも……)
「あー、御坂さん、“また”私のこと馬鹿にしたでしょ?無能力者に私の電撃が無効化できるわけないって」
失礼しちゃうなぁ、とゆっくりと佐天は御坂に近づきつつ、背中に隠してあっただろう金属バットを取り出す。
そしてそれを引きずりながら歩を進める。
ずるずる ずるずる
「そんなこと……」
「あるんですよ」
ずるずる ずるずる
彼女の異様な迫力に足が動かない御坂。最強のレベル5第三位と言えどもこの状態は非常に堪える。
友人が、確実な敵意と、悪意と、殺意を持って向かってきているのだ。
「っく……!」
動かない足の変わりに、電撃を放って彼女を牽制しようとするが、そこでまた異変に気がつく。
「電撃の出力が弱い?」
煙幕の代わりにもしようとかなり強めの電撃を彼女の回りに撃ったつもりのだったが、その威力は弱弱しく、
とてもレベル5のものとは思えなかった。
当然そんなミスを彼女がする訳が無い。
「なんで?どうして…?」
佐天との距離はおよそ30m。ゆっくりと近づいてくる彼女に向かって電撃を放ち続けるが、その威力は元に戻るばかりか、
だんだんと弱まっていくばかりである。
「今はレベル2の電撃使いってところですかね?私みたいな無能力者は基準が分からないんですが、合ってますかね?御坂さん?」
ずるずる ずるずる
(確かに今の出力はレベル2相当。超電磁砲を放つ力も無い)
明らかに、自身の“レベルが下がっている”。そんな馬鹿げた仮定が頭に過ぎる。
ずるずる ずるずる
彼女との距離は20mを切った。威力が弱まっているのを確認しながらも電撃は出し続けている。
(この威力でも近づいてきたら、全出力をあの金属バットに落とせば佐天さんは気を失う)
ずるずる ずるずる
「げーむおーばーですね」
やはり口元を歪めたまま彼女は金属バットを振り上げる。
「貴女がね!」
そこに全出力の電撃を放った。
本来なら、そこでゲームオーバーなのは佐天の筈だったが、しかし彼女は何も変わった様子も無く金属バットを振り上げていた。
気を失うどころか、その服にコゲすらついていない。
そう。電撃が放てなかったのである。
ビュッと風切り音を鳴らして、バットが御坂の脳天へ振り下ろされる。
その容赦も無く振り下ろされたバットを何とか転がるように避けて、立ち上がりバックステップで彼女との距離を取る。
その距離は約50m。
「あーあ外しちゃった。やっぱり動体視力がいいのも考えようですよねぇ?」
振り下ろした姿勢のまま首だけを御坂に向けてそのまま傾げる。はっきり言ってかなり気持ちの悪い動きだった。
「……佐天さん程じゃないわよ」
そう言いながら自身の能力を確認する為に、地面に向けて電気を放つ。
そして地面の砂鉄を集め、一本の剣を作り上げた。
(よし、元に戻った)
高速振動している砂鉄の剣は目の細かいチェンソーの様なもので、その切れ味は折り紙つきである。
「かっこいいなぁ。私もそんな能力が欲しかったなぁ」
しかし、臆する事も無く砂鉄の剣を構える御坂にゆっくりと近づいていく。
「何を言っても聞かないようなら、少し痛い目にあってもらうわよ!」
そう言って砂鉄の剣を拡散させ、佐天に降り注がせる。
「御坂さん、別に貴女は何も言ってないじゃないですか?ちょっと忍耐力が無さ過ぎるんじゃないんですか?」
しかし、その砂鉄の剣でさえも、彼女の前じゃ地面に還るだけだった。
ずるずる ずるずる
そう言いながらも、彼女は進むのを止めない。
電撃さえも、砂鉄の剣でさえも彼女は止まらない。
彼女にかける言葉すら、見当たらない。
そして御坂は。
気がつけばコインを取り出していた。
「あれー御坂さん超電磁砲ですか?流石に死んじゃいますよ」
そんな彼女の言葉は御坂には届かない。ただ心臓を激しく脈打つ鼓動だけが響いていた。
「うーん電撃は弱めれても流石に加速したコインは止めれないし、避けれないなぁ。よし!」
独り言のように呟いた後、佐天は金属バットを右手で振り上げる。
何かの合図なのだうか?そのまま動こうとしない彼女。
そしてそんなことに気を回す余裕の無い御坂はレベル5の全力全霊を込め、異名の元となる大技。
超電磁砲を放ったのである。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
フルチャージで放たれた超電磁砲はその衝撃波で地面を抉り、青白い閃光と共に佐天涙子を貫くために真っ直ぐと進んでいった。
そしてその場に崩れ落ちる御坂。
もはやなにかを考える思考も残っていなかった。
そして、その閃光が消えた後その向こうには、相変わらずの表情で立っていた佐天の姿だった。
「危なかったなぁ“彼女”の助力が無かったら今頃眉間に穴が開いてますよー。全く嫁入り前の体に何するんですか?」
もう彼女が無傷で立っていることだとか、超電磁砲が通じなかったとか、そんなことは最早どうでもよかった。
はやくこの悪夢から覚めてくれ、御坂はそう思っていた。
「案外あっけなかったですね、常盤台中学のエースでレベル5の第三位、超電磁砲の御坂美琴」
「やっぱり能力が無ければみな平等ってことですね」
嬉しそうなその言葉には、どこと無く悲しみも混じっているよう聞こえた。
「まったく、球磨川さんの言うとおりってねー」
その言葉に、球磨川というその言葉に、御坂の意識は戻される。
「……てるの?」
「はい?」
「知ってるの?って聞いてるのよ?」
ゆっくりと立ち上がる御坂は怒号を撒き散らす。
「貴女は球磨川を知ってるの!?あいつが何者なのか!?あいつが何をしたのかを!!!」
泣き出しそうな声で喚く御坂に、相変わらずの声のトーンで言い切った。
「ええ、全部知ってますよ。もちろん白井さんの事も含めてですけどね」
何かが切れる音がした。
「ああああああああああ!!」
その直後彼女の周りから無数の稲妻が発生し佐天へと襲い掛かる。
そしてそれに合わせて再び砂鉄の剣を作り上げ、稲妻と合わせて切りかかる。
もちろん全て本気の出力で、彼女を殺しにかかった。
「御坂さん、少しは学習してくださいよ」
彼女に近付くだけで稲妻は空気中に散開し、砂鉄の剣は形を崩す。
しかし、御坂はそれでも突進を止めない。
そのまま能力など関係なく、ただの暴力で制圧しようとしたのだ。
御坂の体術スキルはそれなりに高いほうである。レベル5に上がるための努力はそんなところにも生きてきているのだ。
当然、クラスで運動ができるほうという分類の佐天では適うはずもないのだ。
しかし―――
「がふっ!!」
殴りかかった筈の御坂が、脇腹に蹴りを入れられるというカウンターを受け、吹き飛んでいた。
(なに?近付いたら急に体が重く……)
「自分の能力が通じないなら肉弾戦?御坂さん貴女本当にレベル5の頭脳持ってるんですか?」
「私の能力が分からないのに突進なんて、ただのスキルアウトと同じですよ」
やれやれと首を振りながら、貴女は猪ですか?と呆れてみせる。
「それじゃ出血特別大サービス♪佐天さんの教えてあげようのコーナー」
いきなり満面の笑みを浮かべながらそんな事を言い出す佐天。その満面の笑顔ですら今では仮面にしか見えない。
「私の能力は負能力って言いまして、この学園都市で開発してる能力とは全く別物なんですよ」
「役に全く立たないマイナスの能力って奴です」
「因みに私はその分類で行くとマイナスレベル4大負能力者って奴です」
「いやー苦労しましたよここまでレベルを下げるのに」
「具体的に言えば漫画喫茶でずーっとライトノベル読んでました♪」
「え?努力なんてしてない?そりゃあそんな事一言も言ってないじゃないですか」
「苦労はしたけど努力はしてない、ってこれは私が参考にしたライトノベルの登場人物の台詞のパクリなんですけどね」
「さっさと能力を教えろって?いやだなぁ御坂さんそんな簡単に“敵”へ教えるわけ無いじゃないですか」
「相変わらずせっかちですね、だから上条さんにも気持ちが伝わらないんですよ」
「まぁ私も鬼じゃありません。ヒントをあげましょう」
「ヒントは……徳政令です♪まぁ皆平等にって事ですね」
「じゃ、ヒント終わりです残りは病院のベッドでゆっくり考えてください」
一方的に捲くし立てた彼女は、今度は走って御坂へと向かっていった。
その右手には相変わらず凶悪に光る金属バットが持たれていた。
迫り来る佐天を電撃で牽制する。もちろんもう直撃をさせる気など無く、只の目くらましだった。
そして彼女から距離を取る。
また迫ってくる、距離を取る。
また迫る、距離を取る。
その繰り返しだった。
(能力が分からない以上下手に近付けば格好の的ね)
幸い、彼女の能力は直接ダメージを与えるものではないので(もしそうだったらもう敗北している)考える時間はあった。
(能力だけじゃなく身体能力すら、近付けばれレベルが落ちる。でも完全に0になる訳でもない)
(佐天さんのヒントを当てにするのなら、徳政令というかその後の平等ってのが怪しいわね)
(……ひょっとしたら)
ある仮定を導き出した御坂は、電撃での煙幕を張るのを止め、その場に立ち尽くす。
そこに全速力で迫ってくる佐天。
(能力が使えなくなったのは10mを切ってから……今だ!)
距離が10mを切ったところで御坂は佐天に背を向け全速力で走り出す。
「今度は鬼ごっこですか?いい加減にしてくださいよ」
佐天も御坂を追う。
一見逃亡に見えるこの行為が、佐天の能力に対する仮定の裏付けになるのだ。
20mほど走ったところで仮定は確信へと変化した。
二人の距離が一向に変わらないのである。
その瞬間、御坂は急な切り替えしで、一気に佐天との距離を開く。
そこで、彼女も自分の能力が露呈したと思った。
「その様子じゃ気が付いたみたいですね」
「ええ、貴女のヒントが無ければこんな馬鹿げた仮定は成立しなかったわ」
この戦いで初めて笑みを浮かべる御坂。
「貴女の能力、いえ負能力だったかしら?とにかくその正体は【使用者に近ければ近いほどそのレベルに合わせられる】ってとこかしら?」
その言葉を聞いて、佐天は金属バットを脇に抱え拍手をする。
「その通りです。流石御坂さん。もっと簡単に言えば【私基準になる】って感じですね」
「能力は近付けばレベル0に、身体能力は近付けば私と同じに。まぁ御坂さんからしたら下がるって感じでしょうけど」
「初春なんかが近付いたら、身体能力は上がるんですけどねー」
「これが私の【公平構成(フェアフォーマット)】です」
能力が割れたというのに、余裕のある物言いは崩れない。
対極的に御坂は余裕が無いままだった。
能力は把握できてもその突破口までは見当たらない。
ただ、これは近付かなければ、負けの無い戦いになったのである。
考える時間は、在る。
しかし、その幻想は目の前に現れた一人の少女によって砕かれる。
御坂と同じ常盤台の制服に、軍用ゴーグルと物騒なサブマシンガン。双子と言うには似すぎなその顔。
応援に来てくれた妹達の一人かと期待したが、彼女の腰に付けてあるバッジがそれさえも打ち砕く。
それは、あの妹にしかプレゼントしていない御坂の大好きな―――
ゲコ太の缶バッジだった。
※佐天の能力について
能力名【公平構成(フェアフォーマット)】
レベル【-レベル4】
効果 【対象の記憶以外を全て佐天涙子基準にする】
効果範囲は50メートルの円形で、この円に入れば強制的に効果の対象。
能力で言えば
50m以上→レベル5
40m以上50m未満→レベル4
30m以上40m未満→レベル3
20m以上30m未満→レベル2
10m以上20m未満→レベル1
0m以上10m未満→レベル0
って感じです。身体能力では10m未満で佐天さんと全く同じって感じです。
因みに思考速度も彼女基準になっちゃいます。
「佐天さんにあわせるならマイナスまでいくだろjk」って意見が聞こえてきそうですが、あくまでマイナス組は分類の為って感じで
基本は無能力者と同じってのがこのssの設定。
滝壷さん風に言えば「AIM拡散力場が感じ取れない……」って感じです。
つづく