・禁書×めだかのクロスSSです。
・能力やらには独自解釈が多々あるかと思います。
・時系列は一方と打ち止めが出会ってちょっと経った位と考えていますが、
恐らく狂ってくると思います。
※ちなみに球磨川は箱庭学園転校前です。
一方通行は、学園都市最強の超能力者である。
総人口役230万人の内8割を占める学生たちは日々【能力】を身に着けるために開発を受けている。
その中でも7人しかいないレベル5の序列第一位。
とある事件をきっかけに使用に制限はあるものの、【ベクトル操作】という反則的な能力は未だに健在である。
あの幻想殺しの少年を筆頭にイレギュラーな存在以外では、例え核弾頭でさえ彼に傷をつける事ができない。
そんな能力を持つ彼は現在、ある存在から逃走をしている。
限りある能力を使っては撒き、追いつかれればまた逃げる。
堂々巡りの鬼ごっこ。
・・・ ・・・・
終わりの無い、終わった筈の物語。
・・・・・ ・・・・・・
無くなった筈の計画が、なかった事に。
「ちィ、なンなンですかァこの悪夢はァ!」
思わず足を止め足元に転がっていた空き缶を蹴り付ける。
放物線を描き飛んでいく空き缶。そして地面に落ちた先に追跡者は立っていた。
「は!お早ィご到着で!」
・・
その紅い眼で追跡者を睨み付ける一方通行。しかし彼女は喋らない。
「必要事項以外はだんまりですかァ?まったくお前の妹は今や俺に罵詈讒謗を浴びせてくるってのによォ」
すがる様に叫ぶ一方通行。それでも彼女は喋らない。
その頭部にゴーグルを装着し、常盤台中学の制服に身を包む少女。
そしてその格好には物騒すぎるライフルを抱えている。
一歩彼女は一方通行に近づき、ようやく口を開いた。
「一方通行、実験開始から十三分分十三秒が経過しています。このままでは計画に誤差が発生します。速やかに第00001次実験を遂行してください」
無感情に、無感動に、無関係に、無価値に、彼女は言葉を発しライフルを構え、続けて言った。
「―――とミサカは躊躇もなく引き金に掛けた指に力を込めます」
そう、目の前にいるのはかつて一方通行が殺害したはずのミサカ00001号だった。
「くそったれがァ!」
叫びながら重力を操作し、空高く飛びあがる一方通行。
それを追ってミサカ00001号はライフルの照準を空中の一方通行へと向ける。
「空中では動きに制限があります、とミサカは標的を狙い撃ちます」
本来ベクトル操作を応用した反射を使えば、そこで勝負の決着はつくのである。
しかし、彼は反射をしない。
反射をすれば必ず彼女が死ぬ。殺してしまう。また殺してしまう
一万回死んだ彼女。一万回生きた彼女。守ると決めた彼女。自分を補ってくれている彼女。
自分の身を守る為に殺すなんてことは、自分の幻想を守る為に死なすなんてことは、
今の一方通行には出来なかった。
そして弾丸は、彼の右脇腹を打ち抜いた。
そしてそのまま地面へと落下する。脇腹から血を流し微動もしない一方通行に彼女は警戒しつつ近寄る。
「さてこのまま銃弾を撃ち込めば実験は終了致しますが、あくまで実験の目的は一方通行がミサカを殺害するのであって、
ミサカが一方通行を殺害する訳ではありません、とミサカは携帯電話をおもむろに取り出します」
上層部に指示を仰いでもらうのがいいと彼女は判断し、支給された携帯電話のたった一つしか登録されていない番号に発信をする。
コールが鳴る中、一方通行を見下ろしながら考えるミサカ00001号。
いくらなんでもあっけなさすぎる。これが彼女の抱いた感想だった。
事前に学習した彼の能力を攻撃に使用されていたら、実験開始数秒で自分はただの肉塊になっていただろう。
しかし、彼は能力を逃走にしか使用せず、身を守るべき反射も作用せず、殺戮する為の操作も利用しなかった。
まったくもって理解不能。
彼女はただそう考えていたら、電話口から声が聞こえた。
『やっほーミサカちゃん球磨川っでーす、と禊はハイテンションで電話に出っまーす』
妹達の語尾を真似しながら、陽気な声で話すこの男が今回の実験の首謀者。
球磨川禊である。
「ふざけないで下さい、とミサカはミサカの真似をされたことに苛立ちを覚えます」
『えー冗談でしょーと禊は驚きますー』
「……」
『ホントに冗談はやめてよねミサカちゃん。君の感情は無かったことにしたんだから』
『苛立ちなんか覚えるわけないだろう?』
『きっとそれは学習装置で学んだそれらしい対応をしただけなんだよねー』
『ほら人形に自我があったら気持ち悪いし』
「そうでしたね、とミサカは返事を返します」
『うん。分ってくれて僕は嬉しいよ。それで?用件は何?今からエロ本を買いに行くから簡潔にお願いね』
「一方通行を瀕死の状態まで追い詰めました」
「このまま殺害をしてもよろしいでしょうか?とミサカは確認を取ります」
先程からピクリとも動かない一方通行。
彼が来ているTシャツは銃弾を受けた時に出来た穴と、少量の血が着いているだけで、綺麗なままである。
彼女は一方通行から目を離し、月を見上げる。
『うーん本当はどんどんミサカちゃんを殺してくれるのがベストなんだけど……』
『まぁいいや。どうせ罪を償うんだーとかそんな考えを持つ一方ちゃんには用は無いから』
『殺しちゃっていいよー』
ずいぶんと軽い返事で、一方通行の殺害許可が下りた。
そして再び目線を戻すと……
一方通行の姿が、無かった。
彼女の思考回路が一瞬パニックを起こす。
動ける傷ではなかった筈だ。働ける体ではなかった筈だ。
「それにあの出血量では意識を失っていてもおか……!!」
状況を確認する為に口走った言葉で、先程までの一方通行の姿を思い出す。
《Tシャツは銃弾を受けた時に出来た穴と、少量の血が着いているだけで、綺麗なままである。》
少量の血だけで済むはずがない。出血多量で絶命してもいいような箇所に銃弾は当たった筈である。
「ベクトル操作で玉を摘出し、そのまま血液の流れをちょォっとだけ弄って、出血を止めただけだァ」
状況を呑み込めないミサカ00001号の背後から、疑問への解答が投げかけられる。
左手に携帯電話を持ったままとっさに振り向いて銃を構えるが、一方通行はそれに触れるだけで無効化した。
「さァて、ようやく黒幕さンとォ喋りできそうだぜェ」
両手を広げながら愉快そうに口元を歪める一方通行。
対するミサカ00001号は状況を打破すべく思考していた。
自分は丸腰、頼れる武器と言ったら【能力】しかない。
そして電撃を放とうとした瞬間、眼前まで一方通行が迫ってきた。
「悪ィがちょっと眠っててくれよ」
ミサカ00001号の額に手を当てて、一方通行はつぶやく。
そこで彼女の意識は途絶えた。
横たわるミサカ00001号の手から携帯を拾い上げ、耳に当てる。
「てめェか……こんなクソくだらねェ実験をまた始めたのは」
『わぁお、一方ちゃん始めましてー球磨川でーす!よろしくね』
『でもちょっと待ってね、今からエロ本をレジに持って行くところなんだ』
『やっぱりエロ本を買うって行為はこのレジを通過するってのが醍醐味だと思うんだ』
『今はネットで誰にも悟られずに買うことが出来るけど、やっぱりこの緊張感を味わって皆大人になっていくんだと思うんだ』
『ちなみに僕はエロ本を買う時に参考書でサンドイッチをするなんて方法はとらないよ。むしろエロ本で参考書を―――』
「うるせェ!そんな事を聞ィてんじゃねェんだよ!てめェがこの実験の首謀者かって聞ィてんだ!」
いきなり的外れなことを言い出した球磨川に怒鳴りつける一方通行。
そんな決壊寸前のダムのような一方通行に球磨川は肯定の言葉を口にした。
『うん、そうだよ。いやぁーちょっと面白そうな実験だったから中止になった事を無かったことにしてみました』
死んだはずの妹達に追われ、攻撃を受け続け、逃げることしかできなかった彼のストレスは、今、爆発した。
「ォーケーォーケー。球磨川、そんなに死にてェんなら今すぐぶち殺してやンよ。で、てめェはどこにィる?」
一周廻って冷静な口調で物騒なことを言う一方通行。
『いやだなぁ殺すだなんて、物騒なことを。随分と元気がいいね、何か悪い事でもあったのかい?』
『だいたい感謝をして欲しいくらいだよ。一万人以上の人間を殺しておいて平然と生きている君を心配してたんだよ?』
『俺は一生許されねェとかなんだっけ中二病?みたいな事言ってさ』
『まぁ、人間言葉の上ではなんとでも言えるよねー。実際一方ちゃんは死んでいった妹達の事なんてどうでもいいんだろ?』
『普通の人間は君みたいに生きていられないよ。あ、ゴメンね君は学園都市第一位の一方通行だもんね、普通じゃないんだよね普通じゃ』
『だからこうやって普通じゃない君に、やり直すチャンスを与えただけじゃないか』
『君は今選べるんだよ一方ちゃん』
『もう一度二万人の妹達を殺すのか、それとも二万回殺されるのか』
『ちなみに00001号から10031号までは作り直しじゃなくて、あくまで君に殺された固体だからね』
『さぁ選ぼうよ一方ちゃん。どちらに転んでも君は救われるんだからさ』
一方的にまくしたてる球磨川に対して、一方通行は何も言えなかった。
何か言葉を紡ごうとしても、出てこない。
黙っていると球磨川が最後通告を言い渡した。
『ちなみに今日は打ち止めちゃんとエロ本を買いに来てるんだ。大丈夫心配しないで!ちゃんと家まで送り届けるからさ!』
そう言って、電話は切れた。
「幽霊……ですの?」
風紀委員第177支部の室内。ツインテールの小柄な中学生、白井黒子は自分のデスクの上にある大量の書類に目を通しつつ、
非科学的な単語を言い放った同僚の言葉に返事をする。
「そうなんです。最近学園都市内で亡くなった筈の人間が多く目撃されているそうですよ」
甘ったるい声で概要を説明するのは頭に大仰な花飾りをのせている初春飾利。
その両手は休むことなくパソコンのキーボードを叩いている。ディスプレイに羅列している文字は次々と現れては消えていく。
「それも生前に理不尽な殺され方をした人物ばかりらしいですぅ」
そう言って初春はエンターキーを叩いてから白井と向き合うように椅子を回転させる。
「強い怨念を持った霊が、復讐を胸に蘇った。なんて噂まで立っています」
少し興奮気味に話す同僚に深いため息をついて、白井も初春と向き合う。
「まったくどこのC級映画のお話をしてますの?この科学の街、学園都市で。それにその幽霊とやらの実質的な被害は無いんでしょう?」
結局は都市伝説ですわよーと初春の意見を一蹴し、彼女は再び書類の山を崩しにかかる。
「むー夢がないなぁ白井さんは」
そういって頬を膨らます初春。
「そんなものが存在したとしたら例え夢でも悪夢ですの。自分に恨みを持った存在が蘇るなんて恐怖以外の何者でもないですわ」
「まぁそうですよねぇ……っと白井さん!」
再び作業に戻ろうとした初春がパソコンに移された表示を見て、白井を呼びつける。
「事件ですの!?」
言うが早いか自分の席から初春の真後ろに瞬間移動で移動した白井もディスプレイを睨み付ける。
「スキルアウトらしき数人のグループに一人の少年が暴行を受けています。場所は―――」
「了解ですの!初春はサポートに回ってくださいまし」
通報場所を確認すると白井はそういって初春の目の前から転移した。
「ジャッジメントですの。大人しく投降してくださ……」
空間転移を繰り返し現場の路地裏に到着した白井は、腕に着けた風紀委員の腕章を見せ付けるようにして言った。
報告ではスキルアウト数名に絡まれている男子生徒の保護だったはずだ。
白井はこういった事態に到着した場合は大概被害者は殴られ、金銭を要求されていたりしてボロボロになっている場合が多いのだが。
目の前に広がる光景はそんな生易しいもではなく、まして一方的な暴行でもなく―――
まるで十字架に貼り付けにされたように巨大な螺子でビルの壁に串刺しになっているスキルアウト達だった。
「うっ……」
白井は思わず目を背けてしまった。
むせ返る血の臭い。もはやアスファルトの八割は血で赤く染まっており、所々に螺子切られたように転がる手足。
両目に螺子が刺さりだらしなく口を開いている死体。達磨の様に両手両足が無い死体も例外なく貼り付けにされていた。
込み上げてくる吐き気を何とか飲み込み、再び地獄に目を向ける。
そこには学ランに身を包んだ少年が返り血を浴びて、無垢な笑顔で白井を見つめていた。
その両手には、スキルアウト達を貼り付けにした物と同じ、巨大で巨悪な螺子を携えていた。
『あ!ちょうどよかった風紀委員さんだ。僕、道に迷っちゃったんで教えてください、今すぐに』
呆然としている白井にズカズカと近づいて両手を握る少年。
「あ、貴方は何者ですの?」
捕まれた両手を振り払い間合いを開けるように瞬間移動を使う。
『そういえば自己紹介がまだだったね。僕は球磨川禊って言うんだ宜しくね』
「まったく初対面で淑女の手を握るなんていくら何でも展開が速すぎますの」
『いやぁ今時のバトル展開の物語は展開をある程度巻いていかないと直ぐに打ち切りをくらっちゃうんだよね』
大して人気も無いのに日常編を長いことやったりさ、となぜか残念そうな溜息を吐く球磨川。
「話が全くこれといってこれっぽっちも噛み合っていませんの。このスキルアウト達は貴方が?」
状況に呑まれない様に悠然とした態度で質問を球磨川に投げかける。
『いや、僕が来た時にはもうこうなっていたんだ。だから僕は悪くない』
「ふざけてますの!?先ほど持っていた螺子!それにその返り血!どう考えても無関係ではないでしょう!!」
『だから僕のせいじゃないんだよ。彼らに道を尋ねたら絡んで来たんだからさ』
先ほどの発言をあっさり撤回して悪びれる様子も無く言い放つ球磨川に苛立ちを覚える白井。
「正当防衛といえどこれは明らかにやりすぎですの!風紀委員の名に懸けてここで貴方を拘束します」
太股に忍ばせた鉄矢を手に構え、臨戦態勢をとる白井。もはや話し合いでどうにかなる相手ではないと判断した結果だった。
『風紀委員の名に懸けて……ねぇ。カッコいいなぁ思わず僕も風紀委員に志願しちゃいそうだよ』
『それでその物騒なエモノでどうするつもりなのかな?風紀委員さん。週間少年ジャンプの中でなら死なずに済むかも知れないけど』
『現実は違うんだから、その鉄矢をしまいなよ』
「そうでしたら大人しくお縄をかけさせてくださいですの」
『これから大事な用事があるからそれはできないなぁ。あ!そうだ少し心苦しいけどちょっとの間君にも壁に張り付いてて貰おうかな』
右手の平に左の拳を合わせ、グッドアイデアだ言わんばかり言った。
そしてどこからか螺子を取り出した球磨川は躊躇も無く白井に襲い掛かった。
本来、瞬間移動は戦闘においてはかなり有利な能力である。
何しろ相手側からすれば攻撃が当たらない、攻撃の軌道が無いのである。
自分だけが疲弊し、傷を追っていく。
相手が同じ能力者や自分以上の高位能力者でなければ、戦闘に敗北することはあまりないのである。
ましてや白井は大能力者(レベル4)だ。
それこそ彼女が敬愛してやまないお姉様のような超能力者(レベル5)でも連れてこなければまるで歯が立たないのである。
そして。
その例に漏れることなく白井は球磨川を圧倒していた。
「あらあら。そんな螺子を振りまわすだけでは永劫の時を掛けてもわたくしは倒せませんわ」
球磨川は螺子を振りまわす。
しかし白井は背後に転移する。
球磨川は螺子を投げつける。
しかし白井は空中へ転移する。
攻撃をしては回避され、その隙に鉄矢を身体に打ちこまれる。
腕に。肩に。足に。膝に。掌に。脹脛に。
いくら凶悪な相手であろうと死に繋がる様な急所には鉄矢を打ちこまない。
ある意味それも風紀委員の名の誇りから行うことだった。
『………』
それでも球磨川は懸命に武器を振りまわし続ける。
その表情から白井は不気味さを感じ取っていた。
まるで拷問器具【鉄の処女】に挟まれた様に身体を穴だらけにされても、彼は―――
彼は、笑っていた。
『全く瞬間移動だなんて、悟空と戦った敵の心情もこんな感じだったのかな?』
『ヤードラット星人もとんでもない能力を与えたもんだよね』
「あいにくこの能力は自前ですの。それに、わたくしは惑星間の移動などできませんわ」
軽口には軽口で返す白井。
一体そのぼろぼろの身体のどこからそんな言葉を吐ける余裕が出てくるんですの?と思う。
『そういえばドラゴンボールでは結局敵方も瞬間移動ができるようになったんだっけ?』
「っは!そんなことは知りませんの。それともあなたも学習して瞬間移動ができるようになるん……ですのっ!?」
言うが早いか白井は一気に間合いを詰める。この戦闘で初めて白井から攻撃を仕掛けることになった。
(地面に倒し、一気に鉄矢で拘束するんですの)
白井は決して能力だけの攻撃しかないわけではない。風紀委員としてある程度の武術は心得ていた。
(とった!)
球磨川の襟に手を伸ばし、組み手を取りにいく白井。瞬間移動で間合いを詰めれば例え有段者でも防ぐことはできない。
そして、襟に手をかけた―――
筈だった。
「え?」
虚空を掴む自分の手に動揺を隠し切れない白井。
そしてその手の先5メートル先には、掴むべき筈だった相手が何事も無かった様に立っていた。
(この男も瞬間移動能力者!?)
しかし、それでは今まで攻撃を受け続けていた理由が分からない。
白井と同じ能力者であればこんな一方的な戦いにはならない筈。
完全に白井は混乱していた。
『そんなに驚くことじゃないよ。ほら悟空だって瞬間移動を見切られて相手に真似されてたし』
「…そ、そんなこと可能な訳が!もともと空間移動能力者なんでしょう!?」
目の前で起きた現実を理解できない白井は、すがるように叫ぶ。
多重能力者は理論上不可能な筈である。
あの一万人の脳を統べていた科学者の様に、ああいったイレギュラーな事例以外は一人につき能力は1つまで。
そう決まっているのだ。
『嫌だなぁ。僕にそんな【利点のある能力】がある訳無いじゃないか』
冗談はやめてくれと言わんばかりに首を横に振る球磨川に、白井は違和感を感じた。
傷が。
さっきまで球磨川にあったはずの傷が全て治っているのである。
いや、傷だけじゃなく、穴の空いた衣類すらもまるでクリーニング後の様に綺麗に直っている。
「……」
目の前で起きている不可解な現象に、白井は思わず目眩を催した。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……
「あ、貴方は……」
消え入る様な声で、すがる様な声で。
「貴方は、一体何者なんですの……」
懇願する様に、困憊する様に、白井は問うた。
『さっきも言っただろう?僕は球磨川禊。ただの転校生だよ』
『まぁ、学園都市風に言えば“マイナス”レベル5の大嘘憑き(オールフィクション)さ』
そう言って今度は白井の眼前まで瞬間的に移動する球磨川。
その両手にはどうしようもなく巨大な、どうしようもなく凶悪な。
そしてどうしようもなく“マイナス”な螺子が握られていた。
もはや演算をできる程の余裕は白井には無い。
ただ目の前の男に恐怖し、足を震わすだけだった。
何もされていないのに、まるで足が地面に貼り付けられているようだった。
そんな彼女に、風紀委員だといってもまだ中学一年生の彼女に。
戦う意思などもう無い彼女に。
球磨川はにっこりと笑いかけて口を開いた。
『それじゃあ、また明日とか。風紀委員さん』
震える彼女など無関係に。
涙を溜めるその両目など無感動に。
―――か弱い女子中学生など無価値に。
球磨川は
彼女の
眉間に
螺子
を
螺
子
込
ん
だ
とある病院の廊下。そこに御坂美琴は立っていた。
廊下に設けられた長椅子に座ることも無く、ただ拳を握り締めて病室を睨み付けていた。
御坂の横にある長椅子に座っているのは初春飾利とその親友の佐天涙子。
そして睨み付けている病室に掲げられているネームプレートには、ルームメイトであり、大事なパートナーの名前があった。
「じ、じらいざんが……なんで、どうじでぇ……」
御坂が佐天から連絡を受けて病院に到着してから、初春はずっとこのように泣きじゃくっていた。
そしてどんな声をかけて良いのか分からずに、ただ泣くことを我慢している佐天も俯いたまま喋ろうとしない。
それでも御坂は半ば無理やり佐天から情報を聞き出した。
ぽつりぽつりと話す彼女の話をまとめるとこういったものだった。
初春と白井が仕事中に暴行事件の通報を受けた。そして白井が出動し、初春がサポートをしていた。
現場までのナビをしていた初春は、なぜか白井が現場に到着したとたん連絡がつかなくなったことに不安を覚え、
アンチスキルに応援を要請。そして非番である先輩に連絡を入れた後、初春は単身現場に向かった。
アンチスキルよりも早く到着した初春が目撃したのは、壁に貼り付けにされていた“人間だったもの”6体と、
血の海の中“傷1つ無く”倒れていた白井だった。
そこから先は初春は気を失ってしまったそうだが、偶然通りかかった佐天とアンチスキルに保護され、今に至る。
そういった内容だった。
その話を聞いてすぐに御坂はノックもせずに病室へと入った。
そこで見たものは自慢のツインテールをボサボサになるまで掻き毟りながベッドの上でうずくまる白井黒子と、
まるで強盗にでも荒らされたかのように散らかった病室だった。
花瓶は割れ、点滴は倒れ、カーテンは引きちぎられ、テレビのリモコンは真っ二つに割られている。
「黒子…アンタ……」
そこにいる白井黒子は、自分が一度も見たことの無い姿だった。
悠然と立ち回り、自分を見かければじゃれて来る白井黒子ではなく、何かに脅え続けている一人の人間だった。
なんて声をかければいいのだろう?そもそもそっとしておくべきなのだろうか?
そんな考えが過ぎったが、このままの状態で放置というのはあまりにも薄情すぎる。
そして考えがまとまらないまま、白井に手を伸ばした瞬間。
「あアアアあァァぁァアアァァァァァァァァァァァァァ!」
その手を払われ、絶叫する白井。
はっきりと彼女に拒絶された御坂は目の前の現状をどうにかすることもできず、
ただテレビの中のフィクションを眺めるように立ち尽くすしかなかった。
白井の絶叫に気がついた看護士と医師が慌てて病室に入ってくる。
「先生!このままではまた自傷行為を!!」
「鎮静剤を!それと拘束具をもってこい!」
医師達に邪魔だと言わんばかりに、身体を押し出され、御坂はそのまま病室を後にする。
自分の差し出した手を払いのけられた痛みだけが、まだ残っていた。
「PTSD…心的外傷後ストレス障害といったほうが分かりやすいかな」
廊下に出た瞬間に声をかけられる。
目線を移せばそこにはカエル顔の医師が立っていた。
「危うく死ぬまたは重症を負うような出来事の後に起こる、心に加えられた衝撃的な傷が元となる、様々なストレス障害を引き起こす疾患」
淡々とカエル顔の医師は続ける。
「彼女は現在そういった状況なんだ。それも通例に比べてとっても重大な状態でね。今はできる限りそっとしてやってくれると助かるよ」
「で、でも黒子には外傷も無いんじゃ……」
そう。佐天の話では無傷のまま保護されているはずである。
死に掛けたり、重症を負った訳ではないのだ。
「そう。そこがちょっと疑問なんだ。風紀委員なんだ。あの惨状を目撃して気を失うような子ではないと思う」
「でも、間違いなくPTSDなんだよ」
カエル顔の医師が言うように、白井はどんな惨劇でも耐え切る強い精神を持っている。それはこの場にいる全員が思っているだろう。
「目撃証言によると、彼女は誰かと交戦していたようだ。恐らくその際に何か心理的な攻撃をされたか……」
その言葉を聞いて御坂はある人物を思い浮かべる。
同じ常盤台のレベル5。心理掌握の事だった。
思案している御坂に頭を掻きながらカエル顔の医師が呟いた。
こんなオカルトを医師が言うのは良くないんだが…と前置きを置いて。
「一度殺されて、生き帰されたか、だ」
御坂美琴は初春飾利が所属している風紀委員支部、つまり風紀委員第177支部に居る。
腕を組んで、目を伏せて、壁にもたれ掛かった彼女の前では初春がパソコンのキーボードを物凄い勢いで打鍵している。
彼女が行なっているのは学園都市の監視カメラのログを閲覧する為の作業。
御坂の指示で“あの時”何が起こったのかを確認する為のものだった。
因みに佐天涙子は自宅に帰っている。
少し体調が悪いそうだ。
「……完了です。映像が表示されます」
初春からはいつものような飴玉を転がしたような甘ったるい声ではなく、ひどくトーンの下がった声が聞こえた。
「ありがと、初春さん」
彼女に労いの言葉を掛けるが、何の反応もない。
無理もない。これから観るのは親友でありパートナーがあそこまで堕ちていった原因となる映像なのだ。
当然、彼女も敵討ちをしたいと思っているのだろうが、やはり現実を直視するのは少しきついのかも知れない。
「……大丈夫ですよ、御坂さん。私は目を逸らしたりはしません」
心の中を見透かされたようにそう呟いた彼女は、しっかりとディスプレイを見つめ、事件発生時刻までログを遡る。
そして、映像が再生された。
映像には一人の男子学生がスキルアウトの男達に絡まれている所から始まった。
初めのうちは少年が一方的に殴られ、蹴られ、罵られている様だったが、時間が経つにつれて様子が変わってきた。
傷だらけの体が、服が何度も何度も治っているのである。
そしてその光景に気味悪がったのか、スキルアウト達が少し引いた瞬間。
少年は一人の男のわき腹に螺子を突き立てたのである。
そこから先は只の殺戮ショーだった。
少年に捕まれては螺子を刺され、逃げようとしたならば、なぜか急にその場に崩れ落ちたり、まるで視力を無くした様に自ら壁に走っていくものいた。
そしてスキルアウト達が例外なく壁に貼り付けにされた後、白井黒子が現れた。
「白井さん……!」
「黒子……!」
先ほどの病室に居た彼女とは打って変わって毅然とした態度で少年になにやら話しかけている白井。
その姿に思わずディスプレイを見つめる彼女達から声が漏れる。
またもや序盤は一方的な戦い。しかし完全にフィニッシュの攻撃を仕掛けようとした瞬間、少年は瞬間移動したのである。
「…こいつも、空間移動能力者なの!?」
拳をさらに強く握り締めて御坂は画面を睨み付ける。
そして、少年の傷や衣類が治っていく様を見て、明らかに白井は混乱していた。
(自己回復能力、精神操作能力、そして空間転移…か)
少し冷静になり分析をしてみる御坂。傷と一緒に衣服まで修復するというのは疑問ではあるが、
間違いなく彼は様々な能力を使用しているように見えた。
そして、再び言葉を交わしている画面上の二人。
少年が何かを言い終わった瞬間、今度は少年から白井に向かって瞬間移動をする。
その手には先程スキルアウト達を蹂躙した螺子が持たれていた。
「いや…やめて!」
再生されている映像だということを忘れたように初春は、すがる様に声を上げる。
しかし、そんな彼女の言葉は届かない。届くはずもない。
そして螺子は白井の頭を貫いた。
四方にその血を撒き散らしながら、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちる白井。
少年はその光景を満足そうに眺めた後、返り血をハンカチで落とし、白井の頭から螺子を抜いた。
そして少年はその場を後にした。
「……」
沈黙がその場を支配する。
(なんて事を…!絶対にコイツは許さない!よくも黒子を殺し……て?)
復讐の炎が御坂の中で激しく燃え上がった時に、彼女は一つの事実に気が付いた。
「ねぇ初春さん。黒子は“無傷”で発見されたのよね?」
「はい…そうです……あ!」
御坂の問いかけで、初春もその事実に気が付いたようだ。
「そう。この映像のままだったら無傷なんてありえないのよ」
殺された、と言わないのは初春の配慮のためなのか、それともその事実を認めたくない自己防衛のためか。
しかし、御坂の言うとおり、ここまでされて無傷で済む人間がいる訳がない。
そしてディスプレイには驚きの光景が映し出された。
――――――――――――――――――――――――
血を垂れ流していたはずの白井の頭からは、いつの間にか出血が止まっていた。
それだけではなく、血に濡れた頬も、制服も全て元に戻っていくのである。
そして全てが“なかった事”になった後、初春とアンチスキルが到着した。
そこで映像を切った。
再び沈黙が流れる。初春は病院でカエル顔の医師が言った言葉を思い出していた。
―――一度殺されて、生き帰されたか。
まさに目の前でそのオカルトな現象が起こっていたのである。
そんな初春とは違い、顎に手を当てながら思考する御坂。
レベル5第三位の思考をフル回転して糸口を掴もうとする。
(精神操作能力って訳ではないわね。それだったらこのビデオを観ている私達には効果がないから)
(空間転移能力も却下。それだとこの自己回復能力の説明が付かない。すなわち自己回復能力って線も相殺される)
(となると、第一位のベクトル操作のようなオンリーワンの能力のはず)
(歩行機能や視力を奪う。傷や衣類すらも修復する。距離を一瞬で詰める)
(その中での共通点は……)
「あー駄目だ!分かんない!」
「み、御坂さん?」
突然叫びだした御坂に驚く初春。
「あぁごめん。ちょっと考え事を」
初春の言葉に冷静さを取り戻す。
しかしすぐに思考のスパイラルの中に落ちていってしまう。
「御坂さん。この人の能力に関して考えてるんですか?」
「えぇそうよ。でも駄目ね、さっぱり分からないわ」
両手を挙げ万歳をしてみせる。その姿をみた初春は何かを決心したようにディスプレイと向き合い、キーボードを叩き始めた。
「初春さん?」
その行動理由が理解できなかった為彼女に問いかけてみる。
「残念ながらあの映像に音声は入っていませんでした。なので彼がどこの誰かって言うのはすぐには特定できません」
「それでも、彼の制服はこの学園都市内の学校の物ではありませんでした。不正に進入した人間でなければ恐らく学園都市への転校生」
「不法侵入者という線は消して、ここ数週間で外部からの転校生を照会してみます」
「これも可能性の話になりますが、恐らくこの第7学区の学校……それも彼の年齢からして高校でしょう」
「その辺りから検索を掛けています……っとビンゴですね」
早口に説明をした後、椅子を回転させ振り返る初春は笑顔だった。
「えっと……氏名は球磨川禊。以前通っていた学校は廃校」
目の間に映し出されたデータを御坂は読み上げる。
「能力名【大嘘憑き(オールフィクション)】能力レベルは……“マイナス”レベル5?」