学園都市第二世代物語 > 05

05 「拉致、そして誘拐」

 

気が付くと、あたしは白い世界にいた。

「ここ、どこ?」 

しばらくしてわかった。ここは保健室のベッドだった。頭がすこし重い。時計を見ると、もう6時間目が終わる頃だった。

「まずい!」 あたしはベッドから起き、すこしクラッとしたけれど、上履きを履いてベッドのカーテンを開けると、

「あら、気が付いた?」    養護教諭の渡辺先生が声をかけてきた。

「気を失って倒れたのよ? 気分はどうかしら?」   と優しい声で先生が訊いてくる。

「は、はい、もう大丈夫です」   あたしはベッドに腰掛けた。

「前にもこういう事はあったの? 場合によってはお医者さんに見て頂いた方が良いかもしれないわよ?」

「は、はい。ちょっと前に一度ありまして、お医者さんに見てもらってますから」

「そう? 何かお薬もらったのかしら?」

「いえ、そう心配するようなことではなかったと言われましたけれど……」

「そんな馬鹿な? あなた、普通の人はそう簡単には気を失って倒れませんよ? 

ちゃんとご両親に御報告して、御相談した方が良いと先生は思うけれど?」  

と先生はさらさらとレポートに書き込み、

「はい、コレ。ご両親にちゃんと渡すのよ?」  と手紙を渡されてしまった。はー、不幸だ。

ここでキーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴った。ああ、午後の授業パスしちゃった……。

「すみませんでした」   と渡辺先生に御礼を言って保健室を出ようとしたところで、

「あ、リコ、起きたの?」

「大丈夫?」

ひろぴぃとケイちゃんだった。

 

「ごめん、あたし、きょうは部活パスするから」

あたしは自分のカバンに机の中のものをしまいながら二人に言った。

「そ、そうだね」

「まぁ、今日はそのほうがいいよね……」

二人はおどおどしながら相づちを打つ。

「大丈夫? 一緒に帰ろうか?」

ケイちゃんが心配そうに言ったが、あたしは冷たく「いい、一人で帰るから」とにべもなく断った。

「いや、でもさ」

とひろぴぃが言いかけるのを 「一人で帰らせてよ!!」 とあたしは大きな声を出してしまった。

二人が黙りこくってしまったことにちょっと自責の念を駆られたが、(あんたらのせいで!)という怒りの方がまだ大きかった。

あたしは「寄らば切るぞ」的にオーラを放ちながら学校を出た。


帰る途中であたしは、あの怒りの最中に頭の中にわき上がってきた何か得体の知れないもの、そして同じくして頭を押さえつけるような大きな力が加わってきた事を思い出していた。

(あの時、あたしは怒っていたんだよね……それがきっかけなんだろうか……?)





だから、気づかなかった。



――― いきなり口を何かで押さえられ ―――


え?と思った瞬間、あたしの意識は飛んだ。
 

 

 

 

「あの、上条詩菜と申しますが、うちにおります佐天利子がまだ帰ってこないのですが、今日はなにか特別に練習でも?」  というような電話が学校に入ったのは夜の7時過ぎ。

それからあっちこっちへと連絡が飛び、誰も佐天利子の下校した後を知らない、と言うことになり、一気に事件性を帯びた様相になったのは夜8時過ぎ。

学校と上条詩菜大おばさま両方から警察に「女子中学生が下校後行方不明」という届け出があったのはそれからまもなくだった。

詩菜大おばさまは警察に届けた直後に母である佐天涙子、そして自分の息子上条当麻、嫁の上条美琴に電話をしたがそろいも揃って全員移動中なのか電話がつながらない。

いや、一人つながった。上条麻琴だった。

「どしたの、おばちゃん?」

「麻琴? あのね、としこちゃんがいなくなったの!」

「はい?」

「学校から帰ってこないの! 午後3時過ぎに学校を出た後、誰も知らないのよ! 携帯も出ないの。

あなた、はやくお母様に知らせて! こっちからだとあなた以外誰も出ないのよ」

「そんな、リコが? どうして、どうしてよ!?」

「いい、麻琴ちゃん? 今の事実は、としこちゃんの行方がわからないということ。わかった? 早くみんなに知らせて!」

「わ、わかったわ、おばちゃん。リコは必ず帰ってくるから安心してて。大丈夫だから!」



麻琴との連絡が切れたあと、警視庁の刑事が2名やってきた。誘拐の可能性があるからだった。


 

麻琴は寮で詩菜大おばさまの電話を受けると、直ちにまず父の上条当麻に電話をしたが……     

つながらない。

「あーん、もうどこにいるの、パパはもう! バカッ!」 

学園都市で電波が届かない場所というのは実はあまりそうない。しかし何故?

理由は簡単。当麻がクルマから降りるときに

「運悪く」  落としてしまい、当麻の足に当たって跳ね、例によって

「運悪く」  排水溝の網を通り抜けて落ち、そしてまた

「運悪く」  溜まっていた汚泥の底深く沈んでしまったからである。

いかに防水型携帯でも物理的に拾い上げられない状態ではどうしようもない。

もちろん十八番の「ああ、やっぱり上条さんは不幸だぁーっ!」という叫びがこだましたのは言うまでもない。


麻琴はさっさと諦めて美琴にかける。 「緊急・割り込み可」 「音声メール変換同時通話」 を選択している。

「ママ、あたし。リコが行方不明になった、と詩菜おばさまから電話があったわ」 と簡潔にして音声送信し、待機。

10秒後に「音声回線接続 緊急割り込み」と表示されると同時に 「何があったの!?」 と母・美琴の声が飛び込んできた。

「わかんないの。リコが学校から帰る途中でいなくなったってことらしいの! ど、どうしたらいい?」

「それだけじゃどうしようもないじゃない? わかった。私が電話して詳しく訊く」

「佐天のおばちゃんにも言った方が良い? なんかあっちからだとつながらないみたいだし」

「じゃそれも私がやるわ。あとであんたにも教える。間違ってもここから抜け出そうなんて考えるんじゃないわよ?」

「ちょ……」

「やっぱりね。アンタの力じゃ無理よ。そう言うこと考えてる連中、沢山いるんだから対応策はバッチリ取られてるわよ」

ふっ、と笑って電話を切った美琴は厳しい顔になる。

(可能性はまず2つ。あちら側とこっちだ)   美琴は考えを巡らせて行く。

(あっちの場合、誘拐=身代金、あるいは変質者か? 変質者だったら危険だ。ただ、両方とも表向き学園都市の人間は動けないわね)

(次にこっちの場合。理由はただ一つ誘拐。どうして? 彼女の素質を見抜いたものがいるのか? 過去の記録はないから無理。

ではそういう可能性が? あったとすれば先日の湾内さんの記録だけ。表面上は消されていたが……、

まさか?)

学園都市サイドの誘拐の可能性の場合に備えて美琴は考えを纏めて行く。

(ここでは無理だ。抜けるか……)

「ちょっと休憩します、失礼」

美琴は一旦会議の席から抜け、廊下に出る。リラックスルームで待機していた秘書ミサカ美子(10039号)を従えてパウダールームにに入る。

「ごめんなさい、ちょっと急用で抜ける必要ができたの。後をお願いしたいんだけれど?」

「かまいませんが、復帰はいつ頃になりそうですか? こちらもある程度見通しが必要ですから」

「スケジュール表をもう一度見せて? …………んー、今日と明日は問題なさそうね。

明後日は?……この11時のは私が出ないとまずいか。わかりました。明後日朝5時までには復帰します」

「了解致しました。ご自宅にはお戻りですか?」

「……あんた、もしかして、またろくでもないこと考えてない?」

「いえいえ、そんな、夜のお勤めも代行しようなどとは、キャッ!」

       
        ―――――― パコーン ――――――

 
「考えてただろーっ!」

ミサカ美子(10039号)は美琴のパンプスでひっぱたかれた。

 


「もしもし、花園さん?」

「はぁい、どうしたんですか、上条さん?」

「ちょっとセッティングして欲しいんだけど?」

「え、イリーガルはパスですよぅ?」

「グレーだわね。佐天さんのお嬢さんの利子さんの事なんだけど?」

「ああ、あの子ですか、あの時以来なんですよ~? 大きくなっててびっくりしちゃいました~」

「彼女のAIMジャマーのデータを送るから、学園都市の市内監視レーダーにこの電波が入ったら、私にアラートを送るようにセッティングして欲しいんだけど? 

あと、そのデータはあなたがチェックしてくれると凄く助かるけど?」

「かなり公私混同なような気がしますけど。それよりまたどうして?」

「佐天利子さんは、今日中学校を下校後、行方不明になったの」

「えええええええええええ?」

「あなたのことだから、きっと佐天さんに連絡するだろうけど、もし、学園都市へ拉致されてるようだったら、相手は普通じゃないかもしれないから、佐天さんがまともに立ち向かうのは危険だと言っといて。

それは私がやるわ。

でも、東京側で捕まってたらちょっと難しいけど……。花園さん、やってくれるわよね?」

「は、はいです! あとでパフェお願いしますねっ?」

「あなた、太るわよ? じゃ、データ送るから、あとは頼んだわよ」
 

 

 

……………… 上条さんも人使い荒いなー、あたしだってそんな暇じゃないんだけどなー ……………… 


……………… でも、佐天さんの娘さんが行方不明となれば、まずはあたしがやるしかないか ……………… 


……………… あれ? でもどうして上条さんが佐天さんのAIMジャマーのデータ持ってるんだろう? ……………… 


……………… まさか、ハッキングして???  あー、もう私、知ーらないっと。どうにでもなれ~ ………………  


……………… えーと、このデータだわね。キープと。さて、警戒レーダーの受信システムは~ ……………… 


……………… これこれ。とりあえず、今から30分前のデータはと ……………… 


……………… コピー終了。回線一旦開放。さてデータ解析しますかね。…… げ、ロックかかってる ……………… 


……………… なんでこんなロックかけるかな、あーもうめんどくさい。これで終了。さて生データだ ……………… 


……………… え? もういるの? マジ?、本当に? どこ、どこよ? 佐天さんてば? ………………


……………… 位置情報解析完了。さて、地図情報に読み替えと。さ~てどこだ? ……………… 


……………… 第10学区 …… Bブロック …… 5341-2、どこ? キリヤマ医科学研究所? ……………… 


「とりあえず、上条さんに連絡しなきゃ! それから佐天さんにも!」
 

 

 

 

そのキリヤマ研。午後7時過ぎ。

「検体搬入完了しました」

「あー、おつかれさん。今日は君たちは帰って良いぞ」

「はい、じゃお先します」 「お先に~」 「帰ります」

5~6人の作業員が実験室から出て行った。

「ふ~い、いや、なんとか手に入ったな……」   

黒田主任研究員は長いすに身体を投げ出し、大きくのびをした。

「さて、大当たりになるか、大ハズレになるか、大金かけたんだから頼むぜお嬢ちゃん?」

カプセルに入っている 「お嬢ちゃん」、 それは佐天利子であった。




話はおよそ2ヶ月前にさかのぼる。

ここは同じくキリヤマ研。

「むう……」

一人の男が繰り返しデータを見て考えている。

「コイツは絶対におかしい」「なんか隠してるな」

ブツブツつぶやいているが、廻りの研究者は慣れっこなのか誰も注意を払わない。

「どうした、黒田?」「ああ、大川課長?」

「ひとの行かない道に金の斧でも落ちてたか?」   と大川課長研究員はニヤッと笑って黒田という研究者に尋ねる。

「だったら良いんですけどね、というか、その斧は正しくは湖に沈んでるんじゃなかったですかね?」

「どうでもいいさ。で?」

「いや、この日本人の体験者調査レポートなんですけれどもね、おかしいんですよ」

「時間がない。簡潔に言ってくれ」   大川が時計を見ながら黒田をせかす。

「きっかけは人数が合っていないことだ。1人足らない。おそらく何らかの都合で1人消したのだろうが、データのつじつま合わせにミスがあったと思われる。

次に、問題なのがAIMジャマーを付けていた人間が2名いた。しかし、1名しか該当者がいない。

1名はあの超電磁砲二世。しかし、もう1名のデータが見た目にはどこにもない。

この2つから能力者らしい1名が今年の体験者レポートから消されているという判断が成り立つ」    

黒田研究員が一気にまくし立てる。

「ふむ。本当だとすれば、その能力者は原石? の可能性があるとでも?」  大川主任が興味を示してきた。

「かもしれない」   黒田がいう。

「で、このAIMジャマーのデータを取ってみた。これだ」   黒田がデータリストを画面に表示する。

「消されてなかったのか?よく残ってたな」

「いや、さすがに残っていない。これはオレがアンチAIMジャマーの稼働データから逆算して作り出したものだ」

「ふむ、さすが逆転の発想だな……」

「でな、これで検索をかけると、なんと15年も前のレポートに似たものが出てくるのさ」

黒田はタブをひょいひょいとめくって行くと、そのレポートのデータと作成者のデータが表れた。

大川の顔色が変わった。

「冥土帰し<ヘヴンキャンセラー>じゃないか!」   思わず声が大きくなる。

「そう、彼もこの頃は若いな」   

黒田が苦笑してレポートをめくる。 「オレなんか学生だよ」

「マイクロサイズのAIMジャマー???」   大川が感嘆する。

「ああ、今でも十分通用するね、これは。 こんな論文正直見落としてたよ。

古い論文もちゃんとチェックしないとダメってことかもな」

黒田がドロップを口に放り込む。

「で、ターゲットは?」   大川が再び時計を見て黒田をせかせる。

「この子だ。さてん としこ。14歳、東京都XX区XX中学校3年生。住所は東京都XX区XX-X-X-Xだ。

父親不明。私生児だな。生まれはここ、学園都市。母親はさてん るいこだ。面白いのが、生まれた病院で」

黒田が佐天のデータタブをめくる。

「冥土帰し<ヘブンキャンセラー>のところか!」   また大川が大きな声を上げる。

「な、面白いだろう?」   黒田がニヤと笑う。

「繋がってるな」   大川は厳しい顔のまま言う。

黒田は、大川が興味を示したときに厳しい顔をすることをよく知っていた。

「そうなんだよ、それにな」

「まだあるのか?」

「ああ、実は母親もな、おかしいんだよ。書庫<バンク>上は無能力者<レベル0>なんだが、幻想御手<レベルアッパー>で入院している。

つまり無能力者ではない。 しかもだ、この暴走竜巻<トルネードボム>事件ではな」

大川は最後まで聞かずに机から離れ、ドアに向かって歩き出した。

「時間切れだ。すまん。で、参加してもらうのか?」   と黒田に聞く。

「そのつもりだ」

「了解が得られればいいんだがな」   大川の姿は部屋から消え、ドアがゆっくりと閉まって行く。

「あとでもらうさ」



果たして、最後の言葉は大川に届いたのだろうか……。
 

 

 

 


学園都市、暗部(ダークサイド)、

ひと生きるところに汚れ役あり。光あるところに影がある。

一時期、この暗部(ダークサイド)は粛正につぐ粛正で大幅にその勢力を減らしたが、冒頭の文の通り、世の中はきれい事だけでは廻っていかない。

大粛正を逃れた、本当に「有能」な一握りの者たちは「保護する」ものたちの手により、生きながらえた。

その後、再び暗部(ダークサイド)は、その求めに応じ、再び勢力を拡大し始めた。

頼む者がいるから応じる者が出来るのか、そう言う者がいるから頼もうかと考える者が現れるのか、鶏が先か卵が先か、本当のことは誰も知らない。

キリヤマ研の黒田は、「原石」の可能性を疑った「佐天利子」を「入手」すべく、この暗部の下部組織のメンバーに依頼をしたのだった。

裏の世界への取次屋というものがいる。彼ら自体は動かないが、客の要望の内容によって、紹介する相手を選択する。

従って、優秀な、幅広い分野に渡る「その道のプロ」を知り、仕事を依頼できるかどうかが彼らの評価の決め手になる。

黒田はその取次屋を知っていた。

 


表の世界ですら、学園都市外へフリーで出入りができる者はそう沢山はいないため、裏のメンバーは極秘ルートにて出入りを行っている。

もちろん、裏の人間がフリーパス、と言うことではない。

作戦実行員3名、は学園都市を秘密裏に出国し、東京に潜入した。

佐天利子の通う中学校を見つけ出し、下校時間をねらい、じっとチャンスを待った。

ある時は友人に邪魔され、ある時はイヌに邪魔されたこともあった。

しかし、彼らはいらつくこともなく、ひたすらチャンスを待ち続けた。

ところが、ある時以来、彼女の下校途中の道に、1人もしくは2人の男子生徒がいるようになった。

チェックする相手が増えたことは予想外であったが、所詮素人であるから発見は容易く、「今日は1人」「今日は2名」とチャンスを窺う際の楽しみ?になりつつあった。

「あいつ、ただ立って見てるだけかい?」という声も出るようになった。

しかし、事態は更に変化した。彼女は1人で帰らなくなり、彼女のずっとあとから同じ学校の女生徒2名がつけて帰るようになったことである。

プロの彼らには所詮児戯なのであるが、彼女の付け人が一気に倍になってしまった。

「あのガキはいったいなんだ?」という疑問の声もメシ時に出るようになった。

しかし、ある日。

事態が動いた。途中で待っていた男子生徒がついに動いたのである。

「!」 

続いて、護衛?していた女生徒2名もそこに合流する。すったもんだ?の後、男子生徒2名が走り去り、女生徒3名が取り残された。

あのバカども、ようやく動いたのか、とその日のメシ時に肴になったくらいである。

そして、次の日。

何があったのか、いつもより非常に早い時間に彼女は1人で歩いてきた。

奇跡的にクルマはいない、学生も他の人間もいない。

プロは迷わない。

1名が近づき一瞬にして麻酔薬で佐天を眠らせ、もう一人がバックアップ、もう1名がクルマをさっと寄せ、3名は直ちにその場から消え去ったのであった。

時間にしてわずか5秒ほどの出来事であった。

 


「さーて、じゃぁさてんちゃんのジャマーをチェック致しますかね?」   と黒田はAIMジャマーの確認作業を始める。

CTスキャナーで彼女の頭をチェックすると、そこに出たのは、彼女の髪全体がジャミングを起こしている様子である。

「こりゃすげぇな」   黒田が独り言を言う。

「こりゃ騙されるわ。あのレポートを深く読んでなければ、普通わからないな……」

黒田は彼女の髪の毛を1本取り、顕微鏡で覗いてみた。

「元は栗毛か。黒く塗ってるが、こりゃ何かのコーティングだな、あとで分析してみるか。で、本筋だ」

黒田はケースからあるものを取り出した。

「すまんな、お嬢ちゃん。自慢の髪だろうけどな、ちょっとそのままだと危険なんで、切らせてもらうよ」

そう言って、電動バリカンで佐天利子の髪を剃り落とし始めたのだった。

「髪はおんなの命、だよなぁ。すまんなぁ」そう言いながら剃り落として行く黒田。


―――――― キン ――――――



―――――― キン ――――――

剃り落として行くうちに、ところどころで刃が金属的な音を立てるところがあった。

「これ、か?」

そのうちの1本を手に取り、バリカンの刃を当ててみるとキンキンキンと金属的な音を立てるが切り落とせないのだった。

「そうか、これか!」彼はその髪の毛にテープを貼って行く。

ヴィーンと唸る電動バリカンが佐天の髪をあらかた落とすまで30分ほどかかった。

テープの付いた髪はざっと20本近くになった。

「なーるほど、ねぇ」 

その髪の位置は、頭のうち、前頭葉に近い部分におよそ半分ほど、そして頭頂葉部分に残りが集中していたのだった。

「さて、これでどうかな?」

黒田は再びAIMジャマーの確認を行う。すると、そこに出てきたジャマーの波形は先ほどとは全く違うものであった。

「予想通りだ。あのコーティングされた髪は、ダミーのジャミング発生装置だったわけか。

これで騙されて検査をやったらトラブルが起きるだろうな。よく考えたものだ」

「さて、じゃ今度はこのホンモノはどうなっているかだ」

と黒田は再び佐天をカプセルに入れ頭部をスキャナーにかける。

「むう、一部は脳まで届いているのか…… それでは高電圧をかけて破壊するような強引な手段は無理か。

物理的に破壊するのが無難か…… 原点に帰って、ダイヤモンドヤスリでも使ってみるか」

黒田は工作箱からダイヤモンドヤスリを取り出し、残った髪、いやAIMジャマーを破壊すべくズリズリとヤスリ掛けをして行く。


―――――― ピシ ――――――


小さな音を立てて、ジャマーが割れるように切れた。

「はは、さすがにダイヤモンドには勝てないか。原始的な方法も場合によっちゃ有効だな、まてよ、壊すだけならどこでもいいのか」

彼は残りの髪(AIMジャマー)を纏めて、一気に削り始め、5分ほどで全部切り落とした。

「ひゅー、まさか学園都市でこんなヤスリ掛け工作をするとは想像もしなかったぜ……さて、ジャマーは止まったかな?」

黒田は再びジャマーの稼働状況をモニターで見てみると、何も反応がない。

「よし、これでOKだ! もう邪魔するものはない。さて、念のため準備してくるか」

黒田は部屋を出て行く。
 

 

8時半過ぎ、大川課長研究員が外出先から戻ってきた。

いくつもの検問ゲートを抜けて、事務所についた大川はページングで黒田を呼び出す。

「大川だ。黒田主任研究員は内線2205へ連絡しろ」

数分後に「黒田です。B2実験施設、101にいます」という電話が入った。

「どうした? 了解はもらえたか?」

「いえ、まだ目が覚めないので、了解はもらえてませんよ」

「お前な、相手は学園都市の置き去り<チャイルドエラー>じゃないんだぞ? わかってるのか?」

「起きたらもらいますよ、へへっ」

「問題が起きたら、私の責任なんだからな! で、どこまで行ってる?」

「AIMジャマーは全て排除。従って今はすっぴん状態。

おなじみの精神集中補助剤と脳活性化誘導促進剤を投与完了。現在効果チェック中、ってところですね」

「わかった、今から行く」

大川が電話を切る。

(あの、はねっかえりめ、やりすぎだ)   大川は急いで実験室に向かった。
 

 

「黒田!やりすぎだぞ!」

ドアを開けて大川が101号室に飛び込む。

しかし、黒田の返事はない。

ベッドに横たわっている人の姿を認めた大川は、そちらへ注意を向けた。

頭は綺麗に剃り上げられていて、身体のあちこちにはセンサーが取り付けられている。

モニターを反射的に見つめてしまったのは、彼もまた研究者であるからだった。

「ふむ、身体の一般部分には影響は起きていないのだな」

と判断した大川は、今度は脳の状態を見るためモニターを切り替える。

「ほう、前頭葉部分はかなり活動が激しくなってきているな。側頭葉もこれは連動しているようだ。

これは期待できるかもしれんな」

大川が独り言をつぶやいたそのとき、

「あれぇ?いいのかい、そんな格好で? そろそろ彼女も目覚めるはずだが、その時、何が起きるかわからんのだぞ?」 

黒田が駆動鎧(パワードスーツ)を纏って部屋に入ってきたのだった。

一瞬大川はあっけにとられたが、直ぐに黒田の言わんとすることを理解した。

「!」

「まぁ、何も起きないかもしれないしさ、オレはただ念の為、こういうカッコしただけだから」



「……む……」

うしろで声がした。

大川が振り向くと、ベッドの上のツルツル頭の佐天利子が目をさました。

「あれ?……あたし、どうしたの?……また倒れたのかな…………!!!!」

彼女の目と大川の目が合った。


「キャァァァァァァァァァァァ!」


その瞬間、白光が部屋を覆った。
 

 

 

「あれ?」

子供をあやしていた彼女に、ふいに飛び込んできた感覚は明らかな違和感を与えた。

気を集中させて分析を始める。

「これ……、だれ? でも、どこかで、なにか覚えが……」

しばらく彼女はその感覚に集中していたが、やがてほっと気を抜いて、彼女は遠くを見つめて一人ごちた。


「どうしてるかな、あのあと……」





「昔もこういうことやったわね……」

上条美琴はキリヤマ医科学研究所の前にたたずんでいた。

「昔のようには身体は動かないだろうけど、やったろかい!」

と一歩前に踏み出した瞬間、美琴は強烈な電磁波を感じた。

「!!」

廻りの明かりが一斉に消え、



――――――――――――  ゴォッ  ――――――――――――



という地響きの直ぐ後に、



――――――――――――  ズドォォォォォォォォォーン ――――――――――――




爆発が起こったのだった。

反射的に斜め後の鉄塔に電磁波を飛ばし、回避動作にかかろうとした美琴に強烈な爆風が襲いかかった。

「ちょっとやばいかもコレーっ!」

美琴は爆風に逆らわずに飛ばされる形を取り、斜め前15m先に止まっているトラックへ電磁波を飛ばし、それに引き連られる形で爆風から逃げ、トラックの影に入った。

ガンガンといろいろなものが吹っ飛んでくる。トラックにもグシャンと音を立ててぶつかる鉄柱やら何やらがある。

数秒間ののち、爆風はやんだが、砂埃でろくすっぽ前が見えない。

「何なの、この爆発? それより、まさかここに利子ちゃんがいたら大変!?」

美琴は暗視ゴーグルを取り出して被り、立ち上がった。

「ひどいわぁ、この服、もうダメねぇ……」

パッパッと埃を払い落とそうとするが、殆ど無意味なくらい埃まみれになっていた。

地面は酷い有様で、軽量靴ではとても歩ける状態ではない。辺りを見回す美琴。

その時、ゴーグルの中に一瞬写ったものがあった。

「ん?」

データ解析をすると、どうやら駆動鎧(パワードスーツ)らしい。

「ラッキー!」

美琴は注意しながらそちらへ向かう。

この頃になると、あちこちで非常電源に切り替えたのか、少しずつ明かりがともってきた。

クルマのヘッドライトもチラホラと見えてくるが、道路状態が悪く、近くまでは入って来れないらしい。

僅かだが明かりがともり始めたことで、美琴は少し歩きやすくなり、なんとか駆動鎧(パワードスーツ)のそばまでたどり着けた。

中に人はおらず空で、バッテリーチェックをかけると生きていることがわかった。

「よし、コレ借りよう!」   と美琴はその駆動鎧(パワードスーツ)に身体を滑り込ませた。

(メインスイッチ、オン)

ブン、と音を立てて駆動鎧(パワードスーツ)が起動した。

「こいつ、動くわ」

チェックの結果、左腕が肩以上には上がらなくなっていること、平行バランスセンサーが少し傾いてしまっている事が判明したが、ただの靴でがれきを歩くことから比較すれば天国である。

「しかし酷いわね、何なのよこれは?」

木っ端微塵と言う言葉があるが、まさにその言葉が相応しい状態であった。

やがて前方に何やら大穴が見えてきた。

「あそこが中心部分かな?」

美琴は穴の手前2m付近で立ち止まった。縁まで接近すると、自重で縁を破壊して落ちてしまう可能性があるからだ。

彼女は鉄柱を1本探しだし、思い切りそれを地面に突っ込む。

そこに安全ワイヤーを結び、腹這いになって穴の縁へ向かった。

なんとか縁を崩すことなく、美琴は縁から顔を出した。

深い穴が開いている。ライトをつけるが、まだ埃が多くよく見えない。

赤外線ライトに切り替え、熱感知暗視カメラでもう一度そこを見ると、そこに何かがいるのが判別できる。

「もしかして人間かしら?!」

拡大投影してみると、明らかに人間のようだ。

美琴はマイクを使って声をかけた。

「そこに誰かいるの?」 

返事が聞こえない。スピーカーの雑音の方が大きい。音声録音をオンにして、もう一度話しかける。

「聞こえないわ……誰かいるの?」

しばらくして美琴は音声データをチェックする。

美琴の声のデータのあと、小さな波形があるのがわかった。

ノイズ部分を削除し、その波形部分を拡大してスピーカーに通す。

「その……は、美……ばさん? あ……さて……とし……たすけ……」

なんとなく、佐天利子のような声に聞こえてくる。美琴はもう一度マイクで叫んだ。

「利子ちゃんなら手を振って!」 

暗視カメラでみるとその人間らしきものは手を振っている様に見えなくもない。

「危険だから、穴の真ん中にいて! 縁は崩れるかもしれないから!」

そうマイクで喋ったあと、美琴は駆動鎧(パワードスーツ)の安全ワイヤを頼りに穴を降り始めた。

あちこち壁を崩しながらではあったが、何とか底に着き、赤外線ライトのあかりに照らし出されたのは……

ほとんどすっぽんぽんの、スキンヘッド状態の佐天利子であった。

「利子ちゃん!! 無事だったのね!!!」

 

美琴は当麻に電話をかけるが、繋がらない。理由は先に記したとおりだが、美琴はまだその事情を知らない。

「あのバカ、本当に肝心なところで役に立たない!」

ひとしきりののしったところで、ミサカ美子(10039号)へ電話する。

「ちょっと、直ぐに私のこのケータイのGPS地点にヘリ1機まわして! 出来れば麻美も一緒に! けが人がいる!」

「上条委員、了解しました。しばらくお待ちを」

ミサカ美子は簡潔に答えた。よし、とりあえずOKだ。

美琴は駆動鎧を「降機」位置にセットして、中から救急医療セットを持って暗視ゴーグルをつけて飛び降りる。

「としこちゃーん!?」   

美琴が叫ぶ。

「ここ、で、す……」

消えそうな細い声が聞こえた。暗視ゴーグルに姿を捉えた美琴は上着を脱いで佐天利子に駆け寄った。

「もう大丈夫だからね! 安心して!! 私が来たからもう大丈夫だから!」

上着を彼女に掛け、意識が朦朧としているらしい彼女を抱きしめて美琴が利子を励ます。

「おばちゃん、あたし……何がなんだか、さっぱり……」

安心したのか、佐天利子から力が抜けた。どうやら気絶してしまったらしい。

「ちょ、ちょっと!しっかりしなさい!」

美琴はそういいつつ、左肩で佐天を支えながら弱い電撃でそこら辺を軽く均し、ゆっくりと身体を沈めて佐天の身体を寝かせ、救急キットからエアークッションを取り出して頭を載せ、酸素マスクをつけた。

美琴はまだ埃が舞い上がっていく空を見上げていらだちを隠さずにつぶやいた。

「あー、まだかしらね!?」


 

それからおよそ10分後、爆音と共にヘリが上空に現れた。

「上条委員、遅くなりました」

ミサカ美子(10039号)の声がスカウターに入る。

「ヘリの爆音がひどいわね。ちょっと待って」

美琴はスカウターの視線入力で、「外部雑音排除」を選択する。

すると、ヘリの爆音の周波数にあわせてノイズキャンセラーが動作し、スカウターのイヤホンにはヘリの爆音が殆どしなくなった。

「美子、通話OK?」

「感度良好、ノイズ減少良好です。それでは指示をどうぞ」

ミサカ美子が指示を求めてきた。

「まず毛布を下ろして、次に担架を!」

美琴が指示を下す。

スルスルと毛布を載せた担架と人間が一人降りてきた。

「お姉様<オリジナル>、お久しぶりです」

戦闘服に身を包んだミサカが言葉を投げかける。暗視ゴーグルをしているので顔が見えない。

「あなた、麻美?」

美琴が確認をすると

「はい。暗いことと埃が酷いので久しぶりに暗視ゴーグルを装着しています。

また、負傷者がいるという事でしたので野戦用の救護班用制服を着て来ました。

お姉様<オリジナル>に確認しますが負傷者はその女性でしょうか?」

御坂妹ことミサカ麻美(10032号)が美琴を向いて話すのだが、暗視ゴーグルをつけた麻美の姿に、一瞬美琴は遠い昔の悪夢を思い出していた。

 

(ミサカは18万円でいくらでも自動生産できる、作り物の身体に借り物の心を与えられた実験用動物にすぎません)

 

「……お姉様<オリジナル> ? もう一度確認します。負傷者はその女性ですか?」

はっと美琴は現実に戻る。

「そ、そうよ。ちょっと見てあげて、お願い!」

美琴は苦い思い出を再び封印した。今はそれどころじゃないのだ。

「む、殆ど裸ですね、体温が奪われ生命維持に危険が生じます。直ちにこちらへ」

ミサカ麻美はまず担架のセッティングをし、美琴が応急的に着せた上着を広げて、気絶している佐天をざっと一通り見た上で大きな怪我がないことを確認して毛布でくるみ、さらに頭部に衝撃吸収カバーをかぶせ、担架に載せて引き上げさせる。

「さすがね」

手際のよさに美琴が感心する。

「さ、お姉様<オリジナル>、私たちも上がりましょう」

ミサカ麻美と美琴は吊り具に足を引っかけてヘリに吊り上げてもらう。

「うわ、結構な人だかりじゃない」

上昇する吊り具から下を見た美琴が驚く。

いつの間にか、アンチスキルの装甲車や警備車、投光器などがずらりと並んでいる。

サーチライトの明かりがヘリと美琴たちを捉えて追尾している。

「あー、もうどうでも良いときになってあいつら、もう役立たずが!」   美琴が悪態をつく。

「お姉様<オリジナル>、読唇術で言葉を読まれます、気をつけないと」    

ミサカ麻美が無表情を作って小さい声で言う。

「わ、わかったわよ……」  美琴もその通りなので返す言葉がない。

「爆発の穴の大きさがハンパではありませんね」   ミサカ麻美が感嘆したようにつぶやく。

「報道関係者は?」

「その質問の回答については、中の10039号に聞かれた方が良いと思います」  とミサカ麻美が答える。

「私は負傷者の状態チェックを行いますので」

「そうね、頼むわ」

2人は無事ヘリに乗り込んだ。

ミサカ麻美は担架に寝ている佐天利子のところへ行く。

美琴は「報道陣はどうなってるの?」  とミサカ美子に聞く。

「現在2社、10名ほどです。例のパパラッチもいます」  ミサカ美子は携帯端末でチェックして回答してきた。

「振り切れるかしら?」

「可能ですが、直行すると彼らが押しかけるものと容易に判断できますが?」

「そうよね……利子さんの具合はどう?」    ミサカ麻美に容態を確認する美琴。

「現在チェック中です……、軽度の興奮状態、脈拍88、血圧115-45でやや高め。

外傷15箇所ですが、いずれもごく軽傷。

殺菌清浄剤で外傷部分は消毒済みです。骨格部分、筋肉部分に損傷はなさそうです。

心電図に異常波形は出ていません。

問題は、内臓その他の損傷についてここでは測定不能な事です。早い検査処置が必要と考えます」

「仕方ないな」  美琴がスカウターを操作して、連絡を取る。

「もしもし、黒子? ごめんね、また頼まれて欲しいんだけど」

 

 

 

あたしは、上も下もない、なんだかよくわからない、としか言いようのない世界を漂っていた。

ここって、もしかして死後の世界だろうか? あたし、死んじゃったんだろうか? それは困る。

まだあたしには未来があるのに。お母さんが悲しんじゃう。

そうだ、お母さんは?

母を思い出すと、いきなりそこに母の顔が現れた。おかあさん、ゴメンね。あたし、死んだみたい。

ね、泣かないで。

おかあさん、どこ行くの? 行っちゃイヤだ。あたしを置いていかないで! 良い子でいるから、ねぇ!

「おかあさん!」

目が覚めた? あたしはベッドから起きあがっていた。

(夢……だったのか……)

廻りは真っ暗。廊下の非常灯のあかりがほんのりと見える。

窓からも外の明かりが入ってきているけれど、静かな夜、だ。

(どこだろう、ここ?、だいたい、どうしてあたしは……?)

さっぱり状況がつかめない。ベッドの脇にあった時計の表示を見ると、午前2時過ぎ。深夜だ。

声に出して、記憶を辿ってみることにした。

「学校に行った」

「ひろぴぃとケイちゃんに冷やかされた」

思わず、あたしは顔が赤くなる。

(ラブレター、どうしちゃったっけ? あ、あたしの部屋だ。よし、オッケー)

「長坂くんとのこと黒板に書かれた」   (そうだ、巨乳って書かれてた)

「長坂君が消した」  ……(それから、あれ? どうしたんだろう?)思い出せない。何があったんだろう?

「保健室にいた……ってあれ、あれは夢、かな?」  

記憶があやしい。夢と現実の区別がわからなくなってきた……。

「部活出ない、一人で帰るってひろぴぃとケイちゃんに言ったよね……、夢の話なのかな、ああ、わからない」

「で、校門を出た…… だめだ。全然覚えていないや……夢なのかホントなのか、途中からわからない」

(まさか、まだ夢のなか、とか?)  あたしはほっぺをつねった。間違いなく痛い。

(でも、そういう夢の時もあるし)

ふと、壁を見るとカレンダーがかかっている。  (そうだ、夢の中では計算が出来ないはず)

(5+21=26、あ、計算できた……)

「ホントの世界なのか、ここは……」

あたしは髪に手をやろうとして包帯に触れて気が付いた。

「あれ?」  もしかして、……あるべきものが……ない? そういえば頭が軽い。

「うそっ!?」  あたしはぺたぺたと裸足のまま部屋を歩き、明かりのスイッチを探したが見つからない。

(あ、ベッドのそばか)  あたしはベッドの脇にあるコントロールユニットを弄くり、明かりをつけた。

恐る恐る鏡の前に行くと……

「なに、これやだ~!!!!!」   

思わず叫んでしまった。

アタマには包帯がグルグル巻かれているが、どこにもあたしの髪は出て居らず、その形から察するに包帯を取った下にはツルツルあたまが覗くであろう事が容易に想像できたからだ。

「なんで、どうして、なんなのよこれは」   と、麻琴の三段活用がグルグルとアタマの中を駆けめぐる。

あたしはベッドに腰掛けてもう一度記憶を呼び起こそうとした。

その時、ドアがノックされた。

「は、はいっ!?」   まさかこんな時間にノックされるとは思わなかった。

「目覚められたのですか?」   美琴おばさんが入ってきた……ってナース服?

「お、おばさん、どうしてその格好……?」

「むぅ、まだ二度目の遭遇で、しかも初めて会話をするガキンチョに『おばさん』呼ばわりされるのは非常に不愉快」

「?」   意味不明だ。

「とはいえ、たぶんお姉様<オリジナル>と間違えての発言だと解釈しましょう」

「あ、あのぅ……?」

「もしかして、私を上条美琴さんと認識していますか?」   といよいよ謎の発言をするおばさま。

「このミサカはミサカ麻美(あさみ)といいます。かつての名は御坂妹、正式名称は個体番号10032号です。以後宜しく」

あたしは何の事やらさっぱりわからなかった。何をこの人は言っているんだろうって。

でも、この人は美琴おばさんではないのだ、ということはわかった。


―――――――― 手が全然違う ―――――――――― 


すごい綺麗。それに指輪をしていない。

あたしの母や美琴おばさんの手は、子供を育て、水仕事をしてきた女の手。

この人の手はそう言うことをしたことのない手だった。

「あなたは、東京都内からここ学園都市に拉致されてきました」

いきなり、麻美さんがあたしに話し始めた。拉致って誘拐のことだっけ? そう……なんだ、やっぱり。

「詳しいことはまだ不明ですが、あなたはキリヤマ医科学研究所に連れ込まれたようです。

しかし、その研究所は今から4時間ほど前に謎の大爆発を起こし、跡形もなく吹き飛びました。

あなたはその穴の底から殆ど無傷で発見され、この病院に運ばれた訳です。

ちなみに、3ヶ月前にもあなたはここに入院して、このベッドに寝たことがあります」

凄いことを麻美さんが無表情で淡々と述べてくれた。はぁ……。

とても信じられない。

連れ込まれた場所が爆発。

その穴の底にあたしがいて、五体満足で見つかった? 

あたしは不死身の女の子か? 

どういうことなんだろう?

そうだ、あたしの髪。

「あ、あの、あたしの頭、どうしちゃったんでしょう?」

気になっていた事を聞こう。

「鏡を見れば一目瞭然だから隠しても意味はないと判断します。

穴の底から発見された時、既にあなたの頭は、殆ど髪がない状態でした。

調査の結果では、意図的に、切り落とすつもりで切られたものと判断されています。

乱暴な切り方でしたので。

また、髪に似せて取り付けられていたAIMジャマーは全て破壊されていましたので、今回摘出手術を行い、全て撤去されました」

最初はふーん、と言う内容だったが、終わりの話は衝撃だった。


―――――― 髪に似せて取り付けられていた ――――――


あたしの頭にAIMジャマーが、あたしの髪の毛に混ぜられて付いていた、のか。

それじゃわからないだろう……湾内さんも気が付かなかったのだろうな……

お母さんは、? まさか?

…… お母さんが知らないわけがない! お母さん、どうして黙ってたの?

そのとき、はっと気が付いた。

さっきの夢に出てきたお母さんって誰だ?

あのひと、全然知らないひと、お母さんじゃないその人にあたしはお母さん、行かないで、と泣き叫んでいたような気がする。 

リアルすぎる夢だった。

だめだ。どんな顔だったかもう思い出せない。でも、でもあのひとはお母さんじゃなかった。

元ネタはテレビドラマかな? それとも映画だろうか? なんだろう……?
 

 「…………佐天さん、聞いてますか?」

麻美さんがずいっとあたしのそばに顔を寄せていた。

「は、はいっ?」   

ち、近い!  (あ、顔も近くで見ると、違う……ほくろとしわが)

「あなた、今、私とお姉様<オリジナル>とを比較しませんでしたか?」

たまに、美琴おばさんも読心術を使ったのだろうか? と思うほど内心を読むことがあるけど、この人もそうなんだろうか?

「ええええええ、いえいえいえ、そそそそんな」

「その答えでわかりました。他に何か質問はありますか?」

「あ、あの、あたしは今、どういう状態なんですか?」   まずは自分の状態を聞かなきゃ、ね。

「はい、一言で言えば、問題ありません。

外傷箇所は微少なものも含んで43カ所ありましたが、そのうち28カ所は既に自家治癒が始まっており、手をつける必要はないと判断しています。

残り15カ所も消毒し、外傷治癒薬を塗布していますので1週間で跡形もなく消えるでしょう。

また、念のために破傷風の予防接種を行っています。

骨格・内臓への損傷は皆無。呼吸器官へ少量の無機物の吸入が見られましたが、これは自然に外部へ排出されますので、あえて手はつけておりません」

はー、安心だわ。しかし、いよいよあたしって、バイオニック・ジェミーか、鉄腕バーディか、はたまたアリスなのか。
 

「問題の毛髪の状態ですが、単純に切り落とされただけで、毛根には一切の被害がないので、頭部の毛髪は問題なく再生します。

ただ、以前入院されたときは黒でしたが、今回の調査では栗毛と正式に判断されました。

データも書き換えを行っています」

あー、でも今、あたしのアタマって、その『ハゲ』だよね、『ヤカン頭』なんだよね? 外に出られないじゃない!

「毛髪育成促進剤というものがありますが、毛根自体を痛める副作用がある、と言われていますので、頭皮全体に使用することはお勧め出来ません」   

と麻美さんはニヤと笑っていう。こういう顔出来るんだ、このひと。

「しばらくはカツラを使うことをお勧めします。風で飛ぶこともなく、通気性も確保されているので、地毛に悪影響も与えない、という謳い文句、です」

あたしは、思わずカツラを被った自分の姿を想像して「ぶっ」と吹き出した。

「次に、あなたの脳の活動状態ですが」   麻美さんはあたしが吹いたことに気も止めず、先に進む。

「AIMジャマーがない状態にあり、AIM拡散力場の放出が確認されています」

え?それって、つまり……

「あなたは既に、能力者、です」

宣告されてしまった。あたしは能力者なんだ……。
 

嬉しいような、困ったような。て、ことは、あたしはあの家に帰れないのだろうか?

お母さん、詩菜大おばさま、どうしてるだろう? 心配してるだろうな……。

学校の先生、クラスメート。ひろぴぃ、ケイちゃん、あ、長坂くん……も、かな。

「但し、あなたの能力はテストをしていないため不明です。

キリヤマ医科学研究所の爆発と関係があるかどうかも未確認です。

出来れば、能力の暴走を起こさないようにテストを受け、コントロールするすべを身につける事をお勧めします」

(そうか、春の頃のマコと同じってことか)   とあたしは理解した。

(でも、マコは美琴おばさんと同じ、電撃系だったよね? あたしは、母さんと同じなんだろうか? って母さんの能力がなんなのか未だにわからないからなぁ……こんどこそ聞かないと)

「もう午前3時です。朝食は7時から8時に、あなたの場合は食堂で取ることが可能です。

この部屋番号とあなたの名前を伝票に書けばOKです。ではもう遅いので、ごゆっくりお休みなさい」

麻美さんが帰ろうとするのをあたしは止めた。

「あ、あの、麻美さんは美琴おば、いや美琴さんの妹さんなんですか?」

これだけは聞きたかった。双子なんだろうか?

麻美さんはニッコリ笑って言った。

「お姉様<オリジナル>に聞いてみてご覧なさい」 
 

 

 

「すごいものね」

「立ち入り禁止」のはずの瓦礫の山にたたずむ女が1人。

「あのクソ野郎なら出来てもおかしくはないわね」

しばらく立っていた女は、やがて意を決したようにきびすを返し、クルマを止めた方向に向いたとき、ボコボコガリガリドサッという音を聞いた。

「ん?」

女が振り向くと、傷だらけの駆動鎧(パワードスーツ)が瓦礫の中からはい出してきた。

「うはー、あぁひでー目にあったぜぃ……」

駆動鎧(パワードスーツ)から降りてきた男は、そこに女が立っていることにも気を払わず、腰を下ろしてああ、やれやれ、と言う感じで喋った。

「あなた、ここの生き残りのようね」   女が問いかけると、

「おお、こりゃまた綺麗なおねぇさんだな。やっぱり生きて帰ってきたのは正解だな。人間あきらめちゃいけねぇな。

今日はツイてるぜ」 と男が軽口を叩く。

「ふん、つまらないお世辞言っても何も出ないわよ」   と女は冷たくあしらう。

「残念だな、ビールとは言わないが、なんか飲むものがあったら分けてくれると助かるんだがなぁ」

女の態度は全く気にしないそぶりで男は軽口を続ける。

「野菜ジュースならあるわよ」   と女がバックから紙パックを放り投げる。

「おお、有り難いね。すまん。恩に着るぜ。……ダイエットしてるのか? いまでも十分魅力的だけどなぁ?」

男はストローを挿してジュースを飲み干した。

「いや、生き返ったぜ。地獄を抜けて天使にあった、と言うところだな。

申し遅れた、オレは黒田明(くろだ あきら)だ。

改めて礼を言うぜ、いや、今度ディナーを奢るよ、どうだ?」

女は「ふ」と小さく笑って言う。

「じゃぁ、あたしも1つお願いしちゃおうかな?」    女の口調が少し変わった。

「おう、なんでも言うこと聞くぜ? なんだい?」    黒田も応じる。

「あたしの聞くことに、正直に答えることよ!!」  

ブンと女の右手から光線が飛び出し、黒田の頭の直ぐ左を通過して駆動鎧(パワードスーツ)に命中した。

「ひぇっ!」  黒田はずり落ち、後の駆動鎧(パワードスーツ)を見ると、光線が当たったところには大穴が開いていた。

「わかってくれたかな~? ちゃんと答えてくれないと、あなたもあーなるかもよぉ?」   女が一歩前に出る。

「おいおい、脅かしっこはなしだぜ」    黒田が気を込めて言うと

「脅かしかどうか、もう一発くらわせてあげようか?」    と女は更にもう一歩前に出てきた。

「わわわ、わかった。答えるよ」    黒田が仕方ないという声で承諾した。

「じゃあ、第1問。あなた、何してたのかなぁ?」

「寝てたんだよ」

ブン、と光線が黒田の靴を焼く。

「うぉあちぃ!」  飛び上がる黒田。

「今度くだらねぇ事ぬかしたらてめぇのキンタマ丸焼きにしてやるからね!」  女が下品な言葉で黒田を怒鳴りつける。

「げ、原石らしき女の子の能力テストだよ!」    黒田が観念したように話し始める。

「置き去り<チャイルドエラー>の子供?」

「ち、違う。東京から連れ出した」

「名前は?」

「さ、さてん、なんとかだ」

ブンと光線が黒田の左手を焼き吹っ飛ばす。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ! て、て、手がっ!!」

「キンタマじゃなくて感謝しろ! さっさと答えねぇと次は右手行くぞっ!」   更に女は一歩前に出る。

「と、としことかいった。さてん、としこって女の子だ」

「その女の子に何をしたの?」   顔は普通だが、目は笑っていない。

(本気だ、この女)と黒田は恐怖した。

「じゃ、ジャマーが、髪の毛に偽装してあったから、それを切り落として、頭に刺さってたヤツは物理的に破壊した。

能力を発揮できるように、誘導剤を使った。そ、それで目がさめたら、ドカンだよ! 

コレが全部だ。知ってることは全部言った! もう良いだろ?」

「ああ、確かにもういいさ」 

女がきびすを返し背を向けると、黒田は右手で銃を取り出し、女に銃口を向けようとした……


―――――― ブォム ――――――


それより先に女は左手から高エネルギー線らしきものを放射し、一瞬にして黒田の身体は四散した。

「バカが」

女は振り返ることもなく、その場を去った。
 

 

ぐわーっとベッドが持ち上がった。

「キャッ!」あたしは飛び起きた。時計を見ると朝7時。またベッドが元に戻って行く。

「もしかして強制起こし?」   あたしはまた寝転がってみた。何も起きない。

「なーんだ」  とあたしはまた夢の世界に入ろう……としたところでまたベッドの半分がぐわぁーっと持ち上がった。

7時5分。

「はー、起きて飯食えってことかぁ……」   あたしは諦めた。

寝起きのパジャマで食堂へ行くのはちょっと恥ずかしいな……と思ったので、どこかに替えのパジャマか服はないのかなと探したけれど見つからない。

「えー、どうしよう」

パジャマごときでナースコールするのはなぁ……と一人で悩んでいたら、ドアをノックして入ってきたのは美琴いや違う、麻美さんだった。

「おはようございます。気分は如何ですか?」   と麻美さんがニッコリとほほえみかけてくる。別人だけど、本当にそっくり。

「お、おはようございます。おなか空いたんでご飯食べに行きたいんですが」

「もう食堂は開いてますよ? どうぞ行ってらっしゃい」   と麻美さんが笑って答えてくれる。

「それで、ちょっと汗臭いんで、新しいパジャマか何か……」

「ハイ、コレをどうぞ!」   キャリーワゴンから新しいブルーのパジャマを出してくれた。

「ピンクってないんですか?」   と調子に乗って聞いてみると、

「色で入院しているブロックと階数を分けているので、色をあなたが選択することは出来ません」  と言われてしまった。

へー、それはそれでスゴイことですねー。

「では朝ご飯行ってきまーす! 腹へったよー!」   あたしはペタペタとスリッパの音を立てながら食堂へ向かって突撃した。

食堂に行くと、なんと入り口にまた麻美さんがいた……え? 美琴おばさんのはずが……ない。

手がやっぱり違うし。

ええっ? ホントに? 美琴おばさんって三つ子だったの?

「なにか? どうかされましたか? とミサカは呆然としているあなたに質問を投げかけてみます」

声も似てるけど、しゃべり方が全然違うわ、このひと。

「あ、あの、あなたは麻美さんでは、ない、ですよね?」

「アサミ? ああ、検体番号10032号のことですね、とミサカはああまた間違われたこんちくちょうと思ったことをおくびにも出さずにこのミサカは検体番号13577号のミサカ琴江(ことえ)ですと息もつがずに一気にしゃべります」

う、うざい……つまり、御坂琴江(みさか ことえ)さんというんだ、この人は。

「し、失礼しました」   あたしは関わり合いになるのを避けようと、さっさとお詫びを言ってその場を離れようとした。

しかし、そうは問屋が卸さなかった。

「そのパジャマの色からすると、あなたはB棟の3階の患者ですね、とミサカはあなたに確認を求めます」

「そ、そうですが」    あたしのおなかがグウと鳴く。だって、美味しそうなにおいで一杯なんだもの!

「なるほど、そこはミサカ麻美こと検体番号10032号の担当エリアですから、それであなたはこのミサカをミサカ麻美こと10032号と見間違えたのですねとミサカはあなたに事実の確認を再度行います」

「はいはい」    お願い、あたし、おなか空いてるの。食べたいの。お願い、行かせて!

「む、何やら投げやりな答えの態度にミサカはちょっと不満を表に示そうかと思慮します。ですが、あなたとは初対面ですし、あなたよりこのミサカ琴江は長い年月を生きてきたのですから年上の度量を示すためにもここは一つおおらかに笑ってあなたと関係回復を図るべきではないかとミサカは心の中で葛藤を繰り広げます」

「すみません、失礼しますっ!」    あたしはミサカ琴江さんを置いて食堂に突撃した!


……「本当に最近の若い子は礼儀がなっていませんね、とミサカはため息をつきます」
 

 

「うう、あれっぽっちしか食べさせてもらえないなんて……、不幸だ」

あたしは病室に戻ってベッドに潜り込み、腹三分目ぐらいしか食べられなかった悔しさに泣いていた。

「ダメです、カロリー計算してあるんですから、おかわりなんてとんでもない! 

寝てなきゃいけないんですから、そんなに食べたら太りますよ?」 

くそぅ、みんなに笑われてしまったジャマイカ!

(太ったっていいよーだ、あとで痩せればいいんだから! あー、全然足らないよぅ)

あたしは不幸を嘆いていた。

「!」 

思い出した! お母さん! 詩菜大おばさま! 学校! うわ、どうしたらいいんだろう?

と言っても、あたしの持ち物はゼロ。なんにもないのだ。どうしようもない。

「あ、電話あるじゃん!」 ベッド脇の電話を早速取ってピピピ……

「お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません」   はいー? んなバカな!? もう一回。

「お客様が……」    ダメだ。なんで? んな訳がない。あたしのお母さんのケータイの番号。

じゃ、次。パピポ……

「お客様が……」    なんなんだ? この電話壊れてるのか? なんで大おばさまの家に繋がらないの?

結局そのあと、覚えている番号にかけてみたが全て繋がらない。

「なんでなのよー……ぐす」    あたしは泣き出しそうになっていた。

するとそのとき、ピーンポーンピーンポーンとチャイムが流れ、

「現在、時刻は午前8時半です。面会時間が始まりました。

面会にお越し下さいました皆様はこれから指定されました場所、もしくは指定されました個室のみ訪問が可能です。

それ以外の場所は入れませんのであらかじめご了承下さいませ」   との案内が放送された。

「面会か……」 とボケッとしていると、いきなりドアが開いて 「リコーっ!!」 と懐かしい声と共に麻琴が飛び込んできた。

「マコ? ホントにマコなのね!? 久しぶり~!」   あたしはベッドからバッと飛びだし、麻琴と一緒に跳ね回った。

「リコが行方不明になったって大騒ぎだったんだよ!?」   麻琴が半べそかきながら笑って言う。

「でも、本当によかった……リコに会えて……」     麻琴があたしの胸に顔を埋めてグスグス泣いている。

「ごめんねぇ、マコ、心配かけちゃってさ、来てくれてありがとね」   と麻琴の頭をなでてやる。

「ふにゃ~」    ああ、この感触。凄く久しぶりだ、こんなに癒されるの。

「で、アンタどうしてここが?」   とあたしはアホな質問をしてしまった。

「リコ、あんたテレビに映ってたんだよ?」   と麻琴がこれまた驚きの話を始める。

「へ? 何それ?」

「じゃーん、そういうだろうと思って持ってきた!」    (……切り替え早いね。変わってないわ)

カバンから筒を取り出した麻琴は、中から薄い膜のようなものを出して広げ、そこにパチンパチンと部品をセットして、片方をコンセントにつないだ。

「さて、と」   麻琴は独り言をつぶやいてメモリーらしきものをつなげた。

「あ、外部スピーカー忘れた」

いきなり膜に映像が映し出された。

「音声は小さく出るけど、モノラルなんで臨場感は出ないんでゴメン」

夜中だ、ヘリがサーチライトにてらされて明るく写っている。

爆音が大きくて、なんか喋っているらしいがよく聞こえない。

「これ、この担架に乗ってるの、リコだよ!」    麻琴が教えてくれる。

なるほど、担架がゆっくりとつり上げられている……けれど、顔までは見えない。

「マコ、よくあたしだってわかったわね?」  これであたしだとわかったらアンタ超能力者だよ、って既にそうだったわね。

「えー、これでわかるわけないじゃん? これ、宿題済ませて、テレビつけたらたまたまやってたんだよ。

ほら、ママが出てきた!」

なるほど、すすけた女の人と、軍服? 着た女の人が2人でつり上げられてきた。

「でもね、ここ、最初の生中継の時だけなの。後のニュースとかじゃ全部カットされてたわ」

麻琴が不満そうに口をとがらせていう。

「せっかくママのカッコイイところだったのに」

「あら、元気そうね? 利子ちゃん、おはよう! 具合はどう? その調子だったらもうバッチリかな?」

噂をすればなんとやら。話題の中心人物、上条美琴おばさまが入ってきたのだった。

「また、そんなの見てる! 利子ちゃんに見せてどうするのよ」

「えー、だって自分がどういう風に救い出されたか、なんて滅多に見れないよ?」

「あ、ありがとうマコ。よくわかったわ」   また親娘でケンカ始められたらたまらないのであたしは話題転換に動いた。

「あのう、おばさん、母と詩菜おばさまに連絡を……」

「ああ、それは私が昨日のうちに電話したわ。詩菜お義母さまのほうはちょっと大変だと思うな。

利子ちゃんは学校の帰りに誘拐されたことになってて、警察も動いてたから」

誘拐か……詩菜大おばさま、心配しただろうな…………

「あなたのカバンは途中で放り出されてたらしいわ。携帯電話も見つかってた。

まぁ私も仕事柄、折衝するのは全く問題ないけど、警察相手はやっかいよね。

アンチスキルにふってもいいけど、そうするとまた最初から説明しなきゃならないし。

あ、利子ちゃんは別に心配しなくて良いからね?」

「すみません。で、母はどうでしたか?」

「すっごい驚いてたわよ。ただ、全部結果出た後だったからね、あれであなたの行方がわからない時点で連絡付いてたらかえって良くなかったかもね。もうすぐ来るんじゃないかな?」 

「それでなんですけど」   あたしは美琴おばさまに聞いてみた。

「ここの電話で、詩菜大おばさまや母に電話しようとしたんですけど、繋がらなくて……」

「ああ、教えてなかったわね」   と美琴おばさんが苦笑いしてあたしに教えてくれた。

「基本的に外には繋がらないの。外からも繋がらないし」    へ? 電話が?

「あのね、学園都市は外とは科学技術が20年以上差が開いてるのね。

だからスパイしようとする連中が沢山いるわけ。

だから電話は基本的には繋がらない。許可を得た番号だけが会話可能なのね。

但し、会話は全部筒抜けでしかも録音されていて、暗号解読ソフトにもかけられるみたいよ。

もちろん話せる内容にも制限があるしね」

し、知らなかった……。

道理で麻琴からあたしの携帯に電話がないし、あたしがかけるといつもお話中なわけだ。

「じゃあ、行き来もあんまり出来ない……のですか?」

「簡単には出来ないわね。入る場合は、基本的には中の人の招待状がいるし、まぁ昔は大覇星祭の時は比較的緩くてパスポートだけで入れたときも例外的にはあったけど、今は厳しいわよ。

あなたが潜り込んだ春の体験ツアーは対象が子供だから緩かったわけ。

中にいる人間が出るときは許可がいるし、どこにいるかどこに行ったかチェックのためにGPS埋め込まれるし、能力使用は厳禁とかそりゃ大変なのよ。

ちょっとでも違反すると次の外出は難しくなるから、そりゃみんな必死で守るわよ」

「じゃあ、母は例外なんでしょうか?」

少なくとも年に3ないし4回は出入りしているはずだ。

「ん~、そこまではあたしもわからないけど」   と美琴おばさまは言う。

「あなたのお母様はここにいたことあるし、それに今は気象学の大家よ。

大学で講義持ってたこともあったわよね。だからじゃないかな。

あたしだってレベル5という肩書きがあるから結構横車押したりもできるの。それがオトナの世界ってものよ」

あたしの考えは甘かったようだ。学園都市に一回入ってしまったら、当分出てこれないらしい。

夏休みに実家に帰る、なんていうのもそう簡単ではないみたい。入るにはちょっと覚悟がいるようだ。

あたしは普通に生きて行きたい。でも……あたしは能力者になってしまった。ただの人に戻れるのだろうか?

戻れないとすれば、コントロールできないままの能力者が、東京で暮らして行けるのだろうか? 

万一暴走して、みんなに危害を与えたら? ああ、どうしたらいいのだろうか?

「リコ? 大丈夫? 具合悪い?」 

麻琴が心配そうにあたしのそばに座った。

「ううん、大丈夫よ。で、マコはこっちきてどう? 楽しい?」

あたしは麻琴にこちらの世界の話をせがんだ。

「じゃ、ちょっと私は先生に利子ちゃんの状態聞いてくるから、あんた、利子ちゃんとお話しててね? 

外へ連れ出すのはダメよ!? わかってるわね?」

美琴おばさまはそう言って部屋から出て行った。

「じゃぁ、外行ったらダメっていうから行ってみようか?」

と麻琴がいたずらっぽい顔でニヤと笑う。

「バ、バカ言っちゃだめだってば。あたし今朝起きたばっかりのけが人なんだからね。ダメよ」

あたしは思いきり釘を深く刺した。

「ちぇ、リコはマジメだからなー、せっかくこっち来たんだからいろいろ見て行けばいいのに。

おいしいケーキ屋さんもあるんだよぅ?」

おいしいケーキで一瞬あたしはグラと来たけれど、アタマのことを考えて踏みとどまった。

「ダメだってば。大体こんなアタマで外出れないってば」 

これで麻琴も諦めるだろう、と思った。

しかし、今日の麻琴はしぶとかった。

「おっけー、じゃカツラ借りてくるわ。病院の近くにあると思うんだ。2~3種類持ってくるから選んでね?」

ちょ、ちょっと麻琴ってば。あ~、行ってしまった……。

ヘンに行動力でてきたなぁ、麻琴。やっぱり学園都市に来ると変わるんだろうか? 

どうしよう、と思ってふう、とため息をついた……


―――――― コンコン ――――――

ノックの音が部屋に響いた。

 

「はい!」 

誰? お母さんかな?

静かだ。もう一度返事する。

「どなた?」

やっぱり静か。いたずらだろうか?

ペタペタと歩いて行き、ドアの……下に紙が差し込まれていた。

「?」

あたしはそれを抜き取り、開いてみた。


「佐天利子さま

あなたのお母様、佐天涙子さまをお預かり致しました。

お母様を助けたければ、直ちに当病院玄関へお一人でお越し下さい。

上条美琴さん他、外部の人間に絶対に連絡しないよう警告致します。

我々の言うとおりにして頂ければ、あなたにも、あなたのお母様にも危害を加えるようなことは絶対にありません。それでは」


あたまが真っ白になる、とよく言うが、まさにその通りだった。

刑事ドラマか?と思うような、絵に描いた通りの展開だった。

反射的にあたしは走り出した。階段を駆け下りて走る。

玄関に着いた。

「おねーちゃん?」 

子供が寄ってきた。

「これ、おねーちゃんにって」

紙を子供が手渡してきた。

「あのおじちゃんが、あれ? いないや」

「ありがとう」

声がうわずっている、あたし。紙を開いてみる。

「玄関を出て、右手の駐車場へ この紙をもってこい」  とある。

あたしは何も考えずに玄関を出てペタペタと駐車場へ走る。

バイクが走って来た。

「これ、たのまれものだけど?」

とその人があたしに紙を渡して去って行く。

開くとこうあった。

「駐車場を抜けてもう一度右に曲がれ」 

あたしはまた走った。ちょっと息が切れてきた。スリッパでは走りにくい。あたしはスリッパを脱ぎ捨て裸足で駆けた。

「陸上部員をなめるなぁ!」

しかし、右に曲がったところで

「動くな!」

作業服姿の男の人が立ちはだかった。
 

 

 

業務用出入り口からバンが出て行った。

それを遠くから見守っていた女が一人。 

「ふん」

女はスカウターを取りだした。

「漣? あたしだ。仕事だから、直ぐに第7学区、冥土帰し<ヘヴンキャンセラー>の病院、外来駐車場まで飛んでこい!」

女はそれだけ言うと、バッグから何やらを取り出し、チェックを始めた。

「よし、ちゃんと追えてるわね」

再びバッグにしまいこみ、女は駐車場へと歩いて行く。

駐車場へ戻ると、そこには高校生が立っていた。

「授業中に呼び出しってのは、ちょっと困る場合があるんですが」   と彼、漣孝太郎(さざなみ こうたろう)が言う。

「うっさいわね、どうせ寝てたんでしょ?」   女がセダンのドアを開けながら言い返す。

「そう、だから参ったんですよ。学校に来て寝てると思ったら早退とは何事かって、えらく怒られました」

「ふん、あんたの成績ならどうって事ないでしょ。それより、今日の内容。ターゲットはこの子」

ほれ、と女が漣に顔写真を渡す。

「え? こんなカワイイ子を?」   孝太郎は驚く。

「勘違いしないようにね。今日は守る方よ。たった今、その子は誘拐されたわ」

「はぁぁぁぁぁ? 誘拐されたぁ???? わかってたんならなんで、どうしてそこで止めないんだよ?」

「あんたバカァ? ここでふんづかまえたら黒幕がわからないでしょうが? ホント、バッカじゃないの?」

女が漣をさんざんに口撃する。

「ハイハイ、どうせボクはばかですよーだ」   孝太郎は口をとがらせて拗ねる。

「かわいくないわね、ほら、早く乗る!」

漣を乗せ、女の車が病院を出て行く……。
 

 

「あれ? リコ? どこ?」    麻琴がカツラを持って戻ってきたが、部屋には誰もいない。

「トイレかな?」

3階のトイレを探すが、いない。4階にも、2階にも、1階にも。

「ちょっと、また行方不明なんて……? やめてよ、もう人騒がせなのは……」  といいつつ、麻琴の脳裏に不安が広がる。

「まさかね、まさか、ホントだったりして……」   麻琴は胸ポケットから腕章を取り出し、受付へ走る。

「すみません、風紀委員<ジャッジメント>です。わたくし117支部の上条麻琴と申します。

調査にご協力をお願い致します。」

「は、はい」   受付の女性が目を丸くする。

「保安係の方にお話をお伺いしたいのですけれど」




「あいつら……」   一方、入れ違いで部屋に戻ってきた上条美琴は怒りで僅かながら帯電していた。

まさかね、と思っていたが、そのまさかで二人とももぬけの殻、だからだ。

「脱走した……んだろうな。どうせ麻琴の差し金よね……」

見つけたらただじゃすまさんという状態のところに麻琴が飛び込んできた。

「ママ?」

「ママじゃないでしょっ!」

ぐわぁっ、と怒りの表情で迫った美琴に麻琴が応戦する。

「リコが拉致されたの!」

「そんな見え透いたウソが「ホントなんだってば! あたし保安係で監視カメラ見てきたんだから!」なんですって!?」 

麻琴が必死の形相で美琴に説明する。

「玄関で子供からなんか受け取って、駐車場でバイクの男からやっぱりなんか受け取って、スリッパ脱ぎ捨てて走って行ったところまで監視カメラに映ってるの。

でも肝心なところがないんだけど、その後、業務用出入り口からバンが1台出て行っているの。

たぶんそれに乗っているんだわ」

「出て行ったクルマのナンバーは控えてあるの?」

「わかってる。今保安係から照会してもらってる」

「まぁたぶん偽造だと思うけど。よく調べたわね。」

「66番支所に行って監視カメラデータを見せてもらってきます!」

「あ、じゃあたしも行こうか?」

すると麻琴はニヤっと笑い、

「一般の方はここまでですよ? あとはあたしたち風紀委員<ジャッジメント>におまかせを」 

と言ってのけた。

「なっ?」    一瞬美琴は衝撃を受けた。

(ま、まるでいつかの黒子のような)   昔。そう、今の麻琴と同じくらいの頃。あの日の自分が麻琴と重なって見えた。

(ふふ、麻琴が、あの麻琴が言うようになったじゃないの)

「わ、わかったわよ。じゃ、私は私のやり方でやってやるから。あんたとどっちが早いか競争だわね!」

「負けないわよ、上条美琴委員?」

「間違えちゃダメよ。目的は佐天利子さんを無事助け出すこと、なんだからね?」

「もちろんよ!!」   

麻琴が飛び出して行く。 

(利子ちゃんもそうだけど、未だにここに佐天さんが来ないのはおかしい。まさか??)

先ほどの会話でふと気が付いた美琴は佐天の携帯に連絡を入れる。

しかし、強制割り込みを選択しても繋がらない。

「いよいよ絶対おかしいわね」   と今度は花園飾利に連絡を入れる。

「はーい、花園ですぅ」      いつもの甘ったるい声が応答する。

「美琴ですけど、佐天さんが現れないんだけど入国の時刻を調べてくれる?」

「上条さ~ん、まだ前回のパフェ、ごちそうになってないんですけど?」

ほわほわ~んという感じの花園の声に、美琴は (この非常時にあんたはパフェかいっ!) と心の中で突っ込んだ後、「あー、もうジャンボでもスペシャルでもアルティマでも好きなの頼んで良いわよ!」  と返した。

「ひゃほーい、やりましたねっ! えっと、涙子さんのほうですよね? 

佐天さんは今朝6時5分に国際空港入管を通過してますよ?」

ほとんど即答だった。

「ちょっと? もしかしてあなた……?」   美琴は疑問をぶつけてみた。

「もしかして、あなた既にチェックしてるの?」

「あはは、上条さんから昔あたし頼まれてたじゃないですか? 

佐天さんのお嬢さんが学園都市に入ってきたらチェックしてって。覚えてないんですか?」 

しっかり彼女は覚えていたのだ。

(まぁ、正直いうと、春の入国事件まで忘れてましたけど、そんなの言う必要ないし、えへへ)

花園飾利はガッツポーズを決めて言う。

「それにあたしと涙子とは大大大の大親友ですからね、だから、彼女の方はいつもバッチリですよ。

あれ? 涙子は、そういえば一緒じゃないんですか?」

「だからあなたに聞いてるのよ!早く見て」   美琴はイライラしながら花園の答えを待つ。

「おまかせ……アレ? 利子ちゃんのデータ、昨日の夜から全然無いわ?」

美琴はため息をついて花園に言う。

「あのね、昨日利子ちゃんのAIMジャマーは全部破壊されちゃったのよ。

だからもう二度とそのデータは入ってこないわ」

「そ、そんなぁ~」 

がっくりとした声が聞こえてくる。その後直ぐに、

「でました。第十一学区、エリア335B、3-56ですね。これってどこだろ?  

……インターナショナル(株)第6倉庫ですね。そこに涙子さんはいます……って、まさか誘拐ですか? 

本当に? そんな!」

「ありがとう! ちなみに利子ちゃんの動きはつかめない? 

今朝、前と同じ病院から利子ちゃんも拉致されたみたいなのよ!」

「ええええええええ? なんなんですか、それは? クルマでですか?」

「そうらしいわ。麻琴が追っかけてる。ナンバーは学園XXーあ XXXXだって」

「はい、あー、あれ? 他からもこのナンバー、検索にかかってますねぇー。

………ほい、出た。え? データ上はこのナンバーは一昨年に事故で廃車になってますよ?」

予想通りだ、と美琴は思う。そう簡単に誘拐犯は足がつくようなことはしないはずだ。

「でも監視カメラに映ってますね」

(なによ、それ!)美琴はずっこけた。
 

「今朝の9時11分にそのナンバーのクルマは第7学区B料金所から高速に入っています。

えーと、まだ降りたというデータはないです。追跡しておきましょうか?」

「ありがとう、頼むわ! で、あたしはこの後、あなたの教えてくれた第十一学区の方へ黒子と行くわ。

ドンパチやるかもしれないから、後の情報は音声は止めてメールにして。スカウターで見るから!」

「わかりました。白井さんが行くのであれば、風紀委員<ジャッジメント>への連絡は良いですね? 

気をつけて下さい!」

「まかせといて。終わったらみんなで飲みに行こう!」 

美琴は通話を切った。

「………あたし、飲めないしなぁ、白井さんがおとなしかったら喜んで行くんだけど………どうしよう?」

悩む花園飾利であった。

  


 

(佐天涙子side)

どうして他人を根拠もなく信用してしまったのだろうか? 

「佐天さんですか?」

泡を食って出口を飛び出してきたわたしに男性が声をかけてきた。普段なら絶対に信用しないのに。

どうしてあのとき確認の電話をしなかったのだろう?

「田中脳神経外科病院のものです。佐天利子さんは今、我々の病院に搬送されています。お待ちしてました」

出迎えなんかいるわけがないのに。

動転していたわたしは「迎えの車」に乗ってしまった。



いま、わたしは倉庫の隅に転がされている。

15年経って、また同じ事が繰り返されてしまった。いや違う。こんどはわたし一人ではない。

このままだと娘が巻き込まれてしまう。 わたしの大切な、わたしの利子が。神様、お願いです。助けて下さい!
 

 (佐天利子side)

「着いた」  運転していた?男が言う。

「動くな」  左隣の男が言う。目隠しが外された。 暗いところ。倉庫の中だろうか。

ドアを開けて左の男が降りてあたしに向かって言う。「降りろ」

ひんやりとした冷たいコンクリートの感触があたしの頭を冴えさせる。

裸足のあたしを見て、先に降りていた男が運転席の男に命令する。

「おい、サンダルがクルマにあっただろう? それ履かせろ。

足にけがでもされて病気にでもなったらえらいことになる」

「へいへい、女には甘いね」    運転席の男が嫌みを言ったが、それでも後からサンダルを持ってきた。

「履け。そして前の男に従って進め」    後からあたしの右に座っていた男が命令する。

少し歩くと扉があって、底を開けて入ると、奥に明かりがともっていた。

「うまくいったか?」

「まぁな」   あたしの前の男が答える。

「さっさと決めてずらかろうぜ。時間がかかるとろくなことはねぇ。おい、連れてこい」

…………奥から連れてこられたのは、母だった。
 

 

「お母さん!」

「利子! 無事だったのね!」

「お母さん、どうして?」

「やかましい! 黙れ!!」 

男が怒鳴り、あたしたちは黙った。

「感激のご対面を邪魔してすまなかったな。だが時間がないんでな、許せ」

真ん中の男が頭を下げた。

「あんたらに恨みも何もない。ただ、俺たちに仕事を頼んだヤツが金を払わずに消えた。

ま、そこのお嬢ちゃんが消したわけだがな」

あたしには話が見えなかった。あたしが消した? 何を?

「というわけで、俺たちも生きて行かねばならんので、仕方なくお嬢ちゃんをメシの種にすることにした。

まぁ売り飛ばした、と言うわけだ。お母さんとやらは行きがけの駄賃だ。あんたにはすまんな」

母はじっと男を見ている。

「あんたらはこれから、そこにあるコンテナに入ってもらう。

そのままじゃ無理なので、一時的に仮死状態になってもらう。

そして貨物としてこの学園都市を出て、東京港まで出て、そこで一旦引き取られて開封される事になっている。

まぁ1日ちょっとの旅だ。たいしたことじゃない。じゃ、元気でな」

男が話を切った。

「さっさとやれ」  左端の男が命令した。

 

 (漣side)

「位置はここですね。うーん、発火能力者が正面1人 レベル3、中に2人これもレベル3。

風使いが同じく正面1人、レベル2。 中に1人、レベル2ですね。あと氷結能力者レベル3が2人中にいます。

あとはざっと20人くらいが散開してますがレベル1やレベルゼロですね」

AIMストーカーを見ていた高校生、漣孝太郎が報告する。

「漣、行けるわね?」

「いえ、キャパシティダウンが動作してます。この部分」

「情けないわね、あんたそれでも大能力者かい?」

「お言葉ですが、レベル4でもレベル5でもキャパシティダウンに対抗するのは大変だと思いますけど?」

「しょうがないわね。じゃぁあたしがソレぶっ壊すしかないじゃない?」

女が指を動かし始める。

「実は最初から暴れ回りたいんじゃ<痛いです!スイマセン!ごめんなさい!>」

女が漣に連続チョップをくらわした。

「さぁて、準備運動もしたし、やるかい」

「ちょ、人のアタマで準備運動しないで下さい!……でちょっと待って下さい。

位置を確認しないと、火線上に被害者がいる位置での攻撃は危険です。一発目でしくじると後が大変ですし」

「孝太郎ちゃん? キミは誰に向かって発言してるのかにゃーん?」

女が甘ったるい声で聞くが、漣はこういうときは非常に危険な時だと言うことを経験で知っていた。

そう、目が笑っていないのだ。実際、空気がイオン臭くなって来ている。

「は、はいっ、レベル5、風紀委員<ジャッジメント>委員会特殊任務委員長、麦野沈利さんですっ!」

「宜しい。アドバイスありがと。気をつけるわ。位置を指定して」

「は、はい。ではその位置へご案内します」

漣は麦野の手を取りテレポートした。
 

 

(上条美琴side)

一方その頃。

「黒子、準備はいい?」

「OKですの」

倉庫建屋の前に止まっているトレーラーの陰に上条美琴と白井黒子、完全武装のミサカ琴江(13577号)がいた。

「念のため、もう一度確認しますわ。……あ、お姉様、ちょっと待って下さい!」

白井黒子がAIMストーカーを見て上条美琴と琴子にストップをかけた。

「レベル5とレベル4がいますの!!」

「はぁぁぁぁ? レベル4と5? 誰よそれ?」

「レベル4はテレポーターですわ! レベル4のテレポーターって、まさか……?」

「レベル5って、誰よ?」

二人が顔を見合わせたその瞬間、


―――――― バァン ――――――

爆発が起こった。

「何?」

「AIMストーカーに強力な反応がありました。能力者による攻撃と判断します」

「キャパシティダウンが動作を止めましたわ!」

「黒子!チャンスよ」

「行きますわ!」黒子がテレポートした。
 

 

 

(倉庫内)

佐天涙子と利子親娘は手を縛られてコンクリに転がされていた。

「じゃ、これでちょっと眠ってくれや。気が付いたときにはもう東京だ。それじゃ、お別れだ、あばよ」

と男が麻酔をかがせようとしたとき、

       ―――――― バァン ――――――

爆発が起こった。

「敵か!?」 

男たちが爆発音がした方向を向き、佐天たちから注意が離れた。

その瞬間、男が飛来した。

そしてその直後、女が飛来した。

ぶつかりそうになった二人は顔を見合わせて叫んだ。

「母さん!?」

「孝太郎!? なんであなたが?」

それでもさすがに経験の差か、白井黒子は脇にいた男を蹴り上げ、その隙に佐天涙子をひっつかみテレポートして去った。

「敵だ! 同士討ちに気をつけろ! 明かりをつけろ!」

しかし、漣孝太郎はイレギュラーな事態に動転して演算に失敗、佐天利子と共にテレポート出来なかった。

「ごめん、こっちだ!」漣は佐天(利)を連れて奥へ逃げる。

「てめえら、あいつらを逃がすんじゃねぇぞ!!」  白井黒子に蹴られた男が大声で怒鳴った。

漣たちを男たちが追いかける。漣も戦闘訓練は受けているものの、暗部の男たちとはレベルが違う。

あっというまに二人は追いつめられてゆく。



「爆発はなんだった?」   残っている、真ん中にいた男はあわてずに聞く。

「キャパシティダウン装置をやられました」   報告が届く。

「ふむ。では我々が不利だ。あのお嬢ちゃんを確保して逃げるのが正解だな、野郎ども、失敗だ!! 逃げるぞ」
 

三十六計逃げるにしかず、一斉に逃げ支度にかかろうとしたとき、


―――――― シュバババッ ――――――

壁を突き抜けて青白い電子線が走り、ガラガラと壁が崩壊した。

埃が舞う薄暗い中を、青白い光に包まれたものがやってくる。

「そうはいかないのよね、女をメシの種にするなんざぁ、クソどものなかでも最高のクソ野郎どもじゃない?

そんなクソどもは」

―――――― バシュッ ――――――

「ギャッ」 「ぐぷ」 「ぎゃぁ」

レベル3を含む数人の男が電子線に捉えられ、四散した。

それを見たものはあまりの残酷さに茫然と立ちすくむ。

「クソ溜めのなかでのたうち回って死ね! このクソ野郎ォォォォォ!」

麦野が両手をふりまわし、青白い、死を呼ぶ電子線が倉庫を縦横無尽になぎ払う。

かつて学園都市暗部「アイテム」のリーダーだった頃を彷彿とさせる、麦野沈利の容赦ない攻撃が始まった。

電子線上に捉えられたものは一瞬にして吹っ飛び、廻りに血しぶきをふりまく。

漣たちに向けて銃を構えていた男は戦意喪失して失禁して震えていたところを電子線の乱れ打ちにあって吹っ飛んだ。

「オラオラオラ、愉快にケツ振って逃げてんじゃねーよ、ギャハハハハハ、てめえらクソ虫なんざ生きてる価値もねぇんだよ!」

麦野のエキサイトした声、吹き飛ぶ人間の悲鳴が倉庫に響く。
 

「きみ、見ちゃダメだ。目をつぶってて!」

漣は佐天(利)に覆い被さるようにして物陰に潜む。

「怖い、お母さん助けて!」

佐天(利)は震えながら母を呼ぶ。

ふいにブンと電子線が頭の上を通り過ぎ、一瞬明るくなったが直後に「ギャーッ」というものすごい人間の断末魔が近くで聞こえ、ドサリとものが落ちる音、ガラガラドシャーンといろいろなものが崩れる音があたりを満たす。

埃が舞い、そして血の臭いもあたりを漂う。

「ひえぇぇぇぇぇ、麦野さん、やりすぎですーっ、僕らまで死んじゃいますーっ!」

アタマの上を飛び交う電子線がいつ自分たちに突き刺さるか、漣は生きた心地がしなかった。



―――――― バシュッ ズドォォォォォン ――――――


その瞬間、一発の高エネルギー弾が倉庫を貫き爆発した。

「ちょっと、いい加減にしなさい!」 

上条美琴の声が響く。

麦野の電子線が消える。

「ちっ、超電磁砲<レールガン>のお出ましか」 

麦野は美琴の方を向く。

「久しぶりね、元学園都市第三位、超電磁砲<レールガン>」

「あんたもね。生きてたのね、元第四位、原子崩し<メルトダウナー>」

二人のレベル5が向かい合った。

 

 

(少し前、倉庫前での美琴side)

白井黒子が佐天涙子を連れてテレポートして帰ってきた。

「佐天さん! やっぱり! でもよかった!……って、アンタ、利子ちゃんはどうしたのよ!?」

美琴が白井を問いつめるが、気が抜けたのか、黒子はわなわなと震えるばかり。

「ちょっと、黒子? 黒子ってば?」

「む、む」

「はい?」

「息子が、あたしの息子が、そこに孝太郎がおりましたのぉぉぉ」

と黒子はへなへなと崩れてしまった。

「え―――っ? 特殊任務委員会にいる(あの子)??」

今度は美琴が驚いた。

そう、漣孝太郎は白井黒子の息子であった。

 

<解説>

お嬢様であった白井黒子は、その家庭の事情により弱冠20歳で漣健介と結婚せざるを得なかった。

政略結婚ではあったが、当初二人は仲むつまじく、美琴ですらあてられるほどであり、目出度く男の子が生まれた。

これが長男孝太郎である。

しかし、孝太郎が2歳になった頃から夫の健介とはすれ違いが多くなり、やがて破綻、別居生活をせざるを得なくなった。

6歳になると孝太郎は学校に上がり、学園都市の取り決め上、寮生活に入らざるを得なくなった。

可愛い盛りに子供を手放さねばならなかった黒子の酒量が増えたのはこの頃から(美琴:談)

孝太郎は母の能力を受け継ぎ、テレポーターとして当初からレベル2の評価を受け、訓練の結果、現在母と同じレベル4に到達している。

また、母同様、正義感を持った少年として育ち、現在風紀委員<ジャッジメント>として活躍中である。

<解説終>

 

「そうだ、佐天さん大丈夫?」

美琴は砂鉄剣を作り、佐天涙子を縛っていた縄紐をバラバラに切り落とし、猿ぐつわを外した。

「ぷふぁー、み、美琴さん、有り難うございましたぁ!」 

佐天が生き返った~という感じで声を出す。

「大丈夫? けがはない?」

「だ、大丈夫です。それより利子は?」

まわりを見て、娘を捜す佐天の姿が痛々しい。

そこにズドーンという爆発音が響いた。

「ひっ!」

「佐天さん、あなた、危険だからここにいて。黒子、しっかりして! 佐天さんを守ってよ!! わかったわね!

琴江、行くわよ! あなたは私の背中を守って!」

美琴が先に立つ。

「このミサカにお任せを!」

電子ゴーグルをかけ、サブマシンガンを持ったミサカ琴江(13577号)が左右を警戒しながら美琴の後を追う。



(黒子・佐天涙子side)

すっかり黒子は意気消沈してしまっている。佐天涙子にしても、ここまで落ち込んでいる白井を見るのは初めてだった。

「白井さんのところも苦労が絶えないですね……」

と佐天が声をかける。

「うぅ、あたしだって、あたしだって、あの子と笑いあいたかったですの! あたしの息子なのに! 

あの子、あたしを恨んでますの。 自分を捨てた母親なんか、と言って。

あたしがどんな気持ちでいたかちっとも知らないくせに!」

白井が佐天の胸に飛び込んできて嗚咽する。

 「抱きしめてあげればいいんじゃないですか?」   と優しく佐天が言う。

「へ?」   白井が佐天を見上げる。

佐天が話し続ける。

「まぁ、高校生の男の子だと恥ずかしいから素直に母親と話せない、ってところかもしれませんけれど。

もう少し大きくなればまた普通に母親と接することが出来るようになりますしね。

あたしの弟もそうだったみたいですし」

「そ、そうですわね、親子ですものね」   白井も少し落ち着いてきたようだ。

「利子をどうしたらいいんでしょう?……」   今度は佐天(涙)が白井に聞く。

「今ですらこう、あの子を巡ってこんな争いが起きるのであれば、いっそあたしと同じように能力を捨てさせた方が……」

「佐天さん、それは親のエゴですわよ?」   と黒子がはっきりという。立ち直ったようだ。

「親は、子供の未来を妨げるようなことをすべきではありませんわ。するならむしろ地ならしをすべきですわ。

あの子たちには未来がありますもの。

あの子たちが曲がった方向へ走るのは直さなければなりませんし、ルールを教えるのも私たちの責任ですけれど。

でも、利子さんの未来は、彼女が自分で切り開くべきものですわ」

佐天涙子は白井黒子の考えを黙って聞いていた。

また、ボーンという爆発音が上がる。

(利子、とにかく無事でいて) 

佐天涙子は爆発音や銃撃音が絶えない倉庫の方を見て娘を案じた。

遠くの方から警報が聞こえてくる。アンチスキルがやってきたようだ。
 

 

(倉庫内)

にらみあうレベル5。上条美琴が先に口火を切る。

「やりすぎよ、麦野さん」

「大きなお世話だ、超電磁砲<レールガン>。

こいつらは暗部だ。暗部の戦いがどういうものかはあたしがよく知っている。

中途半端な情けは結局災いとして降りかかるのよ。一旦戦い始めたら殲滅あるのみよ。お互いにね。

さ、どいて」

再び麦野に薄く青い輝きがともる。

「本末転倒でしょ? あんた何の為にここに来たわけ? 

私は拉致されたあの子を救いに来たのよ。あんたもそうなんじゃないの? 

でさ、あんたのおかげで、あの子がこんな残酷な場面見ちゃってたらどうするのよ? 一生トラウマものよ? 

あんたの昔の話、アレは一体なんだったのよ?」

「う」 

麦野が言葉に詰まる。一瞬にして青い輝きは消えた。

「わかった? とにかく、孝太郎クンと利子ちゃん探さないと」

美琴が言う。

「なんであんたが孝太郎のことを知ってるのよ?」

麦野が苦い顔で吐き捨てる。

「母親が鉢合わせしたのよ。ここで。親が子供を忘れると思う?」

沈黙が訪れた。

そして麦野がスカウターをオンにして喋る。

「あたしだ、漣! どこにいる? ターゲットはどうした? 無事か?」 

奥のぐしゃぐしゃになっているところから、

「は、はい・・・ここです、二人とも無事です。僕らまで殺さないで下さいよ~」    と直接返事が返って来た。

「情けない声出してるんじゃないわよ、あんた男でしょうが」  スカウターを切って、麦野が声のした方向へ歩いて行く。

「あんたねぇ、男だっていっても彼はまだ16歳ぐらいでしょ? 自分と同じレベルで考えたらダメでしょうが」 

美琴が麦野にダメ出しする。

「あー、わかったわよ。ホントにうるさいな。あんた立派な小姑になれるよ」   麦野がせめてもの返しを放つ。

「なっ」     美琴は意表をつかれて言葉を返せない。

二人は孝太郎と佐天(利)がいるところに来た……

「あちゃー」

「これはちょっとやりすぎたわ……大丈夫?」

佐天利子をかばう形で漣が覆い被さっているが、その上にはがれきや鉄骨が倒れかかっている。

運良く空間が出来たので二人は押しつぶされずに済んでいた。

「あなた、よく利子ちゃんを守ったわね。さすが風紀委員<ジャッジメント>ね」

「なんならもう少し、そのままにしといてやろうか? んんん?」     麦野がニヤニヤしながら聞く。

「苦しいです、美琴おばちゃん、早くここから出して」     と下にいる利子の小さい声が聞こえる。

「そ、そうですよ、麦野さん、こんな時に不謹慎です!」    漣が抗議する。

「はいはい、あたしがこれ、どかすわ。ちょっと待っててね」

美琴は電磁力を使って、鉄骨やら鉄筋入りの壁やらを排除して行く。

「ひゃぁー、ようやく出たぁ……いてててて」    漣孝太郎が思いきり伸びをする。

ふらふらしながら佐天利子も立ち上がり、美琴を見て、

「美琴おばちゃん! 助けに来てくれたんだね、ありがとう!」   と美琴に抱きつく。

漣は利子の顔を見て「あれ?」と思い麦野を見た。

麦野も利子の姿を見ていたが、漣が自分を見ていることに気が付き、あわててそっぽを向いた。

「あなた、裸足ね?、じゃあたしおぶってあげる。ほらしっかりつかまって」

美琴はしっかりと利子をおぶった。

「利子ちゃん、大丈夫? ちょっとこの先酷いところだから絶対目開けちゃダメよ。いいわね? 

私が良いというまで目をつぶってるのよ、わかった?」

「は、はい」   利子が小さい声で返事をする。

「お母さんは無事ですか?」   と利子が聞く。

一瞬、麦野が小さく反応したのを美琴は見逃さなかった。

「ふ」   ほんの僅か、見えないくらいに微笑む美琴。

「大丈夫よ、白井のおばちゃんが、テレポートして外で手当てしてくれてるから」

「白井」の名前を聞いて、一瞬漣の顔が動いたが、直ぐに何もなかったかのように元の顔に戻った。

上条美琴が佐天利子をおぶって歩いて行く。


 

「ち、甘っちょろいヤツ」

麦野はふん、という顔で立っていたが、不意に斜め後ろに向かって

     ―――――― ブン ――――――

電子線を飛ばした。


「ガッ」     生き残っていた男が電子線でまっぷたつになって崩れ落ちる。

その姿を見届けた麦野はまた向き直って、だいぶ前を歩く美琴と利子を見てひとりごちた。

「あいつのアタマが吹っ飛ばされるのを待ってても良かったけど、そんなの見せるわけにいかないものね」



しばらく先を行く二人を見ていた麦野が振り返った。

「漣、行くよ」     優しい声だった。

「は、はい」     ビクっとしながら孝太郎が返事をする。

「まだまだ修行が必要ね。戦場でテレポーターが演算を失ったら死ぬだけよ。よくわかったわよね?」

「そうですね。今回は運が良かったです」

「あら、素直ね…………でも、あなた、良くあの中でターゲットを守りきったわね。それは誉めてあげる」

麦野と漣孝太郎は戦場を後にした。

 


二人が倉庫を出ると、いきなり飛んできたものがある。

「孝太郎!」      

白井黒子がテレポートしてきたのだった。

「母さん?」      

面食らったように漣がつぶやく。

「あなた、無事だったのですわね。良かったわ! 本当によかった」    

白井黒子が孝太郎に抱きつく。

「もう、あなたの方があたしより背が高いのね」     

しみじみと黒子が言う。

「何すんだよ、やめてくれよ、頼むよ、みんなの前で恥ずかしいだろぉ!」    

孝太郎が母・黒子から逃げようとする。

「親が息子を心配して、何が恥ずかしいことがありますの!」 

逃がすものかとガシっと黒子は息子・漣孝太郎を捕まえたまま息子の顔を見上げる。

(へぇー、黒子もやっぱり母親なんだ……)

(あの黒子さんが母親してる……、でも良かったなぁ……初春に見せてやりたいな、なんて言うだろ?)

(あの変態百合女がここまで変わるものでしょうか、子供を持つと女は変わる・母は強しという言葉はこのようなことをいうのでしょうか?

でもイイハナシダナー、とミサカは衝撃のシーンをネットワークに流し広く意見を求めます)

 

……ひとり、麦野はそっぽを向いて、いや利子を横目で見ながら立っていた……

 

(佐天利子side / 白井親子が感動の対面をする少し前 )

「としこ!!」    母の声が聞こえた。

「もう目を開けて良いわよ」   と美琴おばさまが明るい声で教えてくれた。あたしたちは倉庫を出ていた。

あたしは美琴おばさまの背から降りた。

「利子、よかったわ!」   母が走って来た。

「お母さん!!」   あたしは母さんをしっかりと抱きしめた。

「ごめんね、あたしがバカだったからあんたに迷惑かけちゃって、これじゃあんたを叱れないね」

と母が軽く言う。

「ううん、もういいの。でもちょっといろんなことありすぎ。あたし、怖いよ、お母さん」 

あたしは母に正直に言った。

母の顔が曇る。

「なんで、あたしと母さんはこんな目に遭うの? あたし、ちょっと不思議なの」


ちょうどその時、あたしをかばってくれた風紀委員<ジャッジメント>の漣さんと、女の人が出てきた。


―――――― あれ? あのひと、誰だっけ? 知ってるような………? ――――――
 

瞬時にあたしは思った。思わず母の顔を見て、視線があった。

母はニッコリ笑ったが、どこかヘンだったような気がした。

白井さんがテレポートして、漣さんのところへ飛んで行き、二人の騒ぎが始まった。

あの二人が親子だとは思わなかったな。

白井さんの顔が嬉しそうに輝いている。

母に聞いてみたら、漣さんは学校に入って以来、ずっと寄宿舎や寮住まいで殆ど白井さんとは会っていなかったらしい。

それならわかる。あたしだって同じ。母さんが出張から帰って来る日をいつもいつも待っていたもの……。


「リコ~」      あ、あの声は麻琴だ。

「マコ~」      あたしは手を振った。



麻琴の方へ向かって、走り出した瞬間、


腕と足、背中にプスプスと何かが当たった感じがして、


それがグリグリとあたしの身体にねじ込まれてきた。



熱い!! 痛い!! 



「ギャッ!!」とあたしは声をあげて、


宙を舞って、また、

あたしは、

気が

遠く…………なった……
 

 

(倉庫前)

上条麻琴が警邏車から飛び降り、こっちへ走ってくる。

「リコ~」    麻琴が呼びかける。

「マコ~」    利子が答えて手を振る。

佐天利子が上条麻琴のほうへ走り出した瞬間、

チュイン、チュインと弾がコンクリートに弾かれる音がして、

佐天利子の背後に血煙が上がり、

そのまま道路に彼女は叩きつけられた。




一瞬何が起きたのか茫然とする一同。

即座に反応したのは麦野沈利だった。

「こぉのブタ野郎ォォォォォォがぁぁぁぁぁぁ!!」

麦野沈利が吠え、怒りの電子線が狙撃犯めがけて襲いかかった。

だが、とっさのことで僅かに角度がズレ、さしもの強力な電子線も狙撃犯全員を一度には捉えられず、1名を吹き飛ばしただけだった。

次に「不覚!」と叫んだミサカ琴江(13577号)がサブマシンガンを三斉射し、1人が倒れた。

二人が倒され、残る1人は逃げ出したようだ。

「自分が行きます!」

漣がテレポートして狙撃手の後に飛び、武器を蹴り飛ばし、再びテレポート。

そして正面やや高めに現れみぞおちにキックをけり込み、ジエンド。

「現行犯逮捕です!」能力者用手錠をかけてもう片方を手すりに咬ませた。

「犯人確保です!」と漣が叫ぶ。

しかし……

 

「利子、利子、目を開けて、しっかりしなさい!、起きて!! としこ!!」    佐天涙子が半狂乱で叫ぶ。

「だから言ったろうが!」     麦野が駆け寄ってくる。

「リコ!!」     麻琴は泣きながら、美琴が手当をするのを見ていることしか出来なかった。

「佐天さん! しっかりして! 頑張って!!」

美琴が電撃で心臓マッサージを行い、麦野はハンカチを引き裂き、佐天利子の左腕の銃創部の上を縛り止血を図る。

ミサカ琴江(13577号)は野戦戦闘服から包帯を取り出し、利子の左足大腿部の上を縛り上げ、止血作業を始めた。

「麻琴! ボケッと突っ立っていない! 救急医療車をここに!!」

手当をしながら美琴は麻琴を呼ぶ。

サイレンが鳴り響き救急車が突進してきた。

「2台いるうち! 1台呼んだ!」

麻琴が叫ぶ。

クルマのドアが開き、中からミサカ麻美(10032号)が飛び出してくる。

「麻美? あんた、ちょっと見て! 狙撃されたのよ!!」

麻美はさっと見て再びクルマに戻り、直ぐに応急セットを持ち出して戻ってきた。麦野と美琴は一旦離れた。

麻美がハンディスキャナーでチェックを始める。

「む、これはけっこうな出血ですね。弾は3発でしょうか? 

腕の1発はかすめて、左足への1発は貫通銃創、最後の1発が体内ですか、やっかいですね、と第一状況を把握しました。」

麻美は左足太股部へ止血バンドを巻き、失血を押さえにかかる。

続いて左の背中部分のチェック。

「肝臓は外れているようです。しかし出血が腹膜内を圧迫する可能性が高く、ショックのおそれがあります。 

万一に備え救急ヘリの出動を要請します」

「わかった!麻美、頭も見て!倒れたときに頭を打ってるかも!」

美琴が指示をする間に

「こちら、風紀委員<ジャッジメント>117支部、上条麻琴です。

直ちに救急ヘリの出動をお願い致します。

被害者は銃撃を受け被弾、出血多量。その他頭部損傷の恐れあり」

涙を流しつつ、麻琴が報告をしている。

「了解です。ハンディスキャナーで簡易チェック開始。

…… 頭蓋骨一部損傷発見。……脳波に乱れあり。脳損傷の可能性があります。

これは即刻精密診断が必要です! 耐ショック用担架が必要と判断、クルマより取り出します」

麻美が準備をしている間、白井黒子が美琴に相談する。

「あたくしがテレポートした方が早いのではないでしょうか? 送る病院は、昨日のところですわよね?」
 
一瞬美琴は考えたが、やはりテレポート時の衝撃を考えるとテレポートによる移送は難しいと判断した。
 

 

ようやくヘリの音が聞こえてきた。

「手術に備え、血液提供のドナーを募ります」    と麻美が言う。

「血液型は○○型、Rhプラスですが、同一血液型の方はいらっしゃいますか?」

少しの沈黙の後、「あたしだ」と手を挙げたものがいた。

麦野沈利だった。

え?と言う顔で、何人かが麦野を見た後佐天(涙)を見る。彼女は真っ青な顔で震えている。

その時、

「ヘリが降りるわよ、どいて! 麻琴! 利子ちゃんを守ってそばにいる!」    美琴が声を張り上げる。

救急ヘリが無事着陸するが直ぐ飛び立つためローターは廻ったままである。

「ローターに気をつけて下さい、とミサカは警告します!!」   中からナース服のミサカ琴子(19090号)が降りてくる。

耐ショック担架に載せられた佐天利子がミサカ麻美とヘリに乗ってきたミサカ琴子の手で再びヘリに乗せられる。

茫然とする佐天涙子をヘリに乗せた美琴がまた降りてきて白井黒子を呼ぶ。

「黒子? 孝太郎くんと、麻琴を宜しく! 

風紀委員<ジャッジメント>メンバーは、アンチスキルと組んでここの調査をお願い!

私は佐天さん親娘と行くわ!」     と大声で話す。

「お任せを、上条委員(おねえさま)。 佐天さんを宜しくお願い致しますの」   目を真っ赤にした黒子がきっぱりと言う。

美琴は、「ほら、アンタ、行くよ、あなたは大事な関係者なんだから!」  とぽんと麦野の肩をたたいてヘリに乗り込む。

麦野は一瞬ものすごい目で美琴を睨んだが、直ぐにヘリに乗り込んだ。

ヘリが上昇する。

再び冥土帰し<ヘヴンキャンセラー>の病院を目指してヘリが飛ぶ……。

 

→  06 「麦野沈利」

←  04 「新学期」

 

*タイトル、前後ページへのリンク、改行及び美琴の1人称の修正等を行いました(LX:2014/2/23)

 

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最終更新:2014年02月24日 00:09
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