美琴「あなた、病室間違えてない?」禁書「……、っ」③

あれから数日、美琴の怪我は順調に回復した。
 美琴の治療の間と言う期限付きだが、インデックスは冥土返しの好意で御坂妹と同室での寝泊りを許可された。 
 患者に必要なことは何でもする、という事で深く事情を探らずにだ。

美琴「平和すぎて拍子抜けしちゃうわ……」
 
 しいて事件を上げれば、美琴の入院を知った白井が半狂乱で突撃して来たのを鎮圧したり。
 インデックスと4人の妹達が共同戦線を張って(興味を抱く理由は違うが)とある少年との思い出を聞き出そうとしたり。
 仲良く猫談義に花を咲かせるインデックスと御坂妹に軽く嫉妬したり。
 後はまあ、インデックスが風邪を引いたぐらいだろうか。
 
 その程度の事件とも言えない事件しか無い平和な日常だった。



 そう、平和『だった』



御坂妹「お姉様、よろしいでしょうか」

美琴「ああ、アンタ。インデックスの風邪の調子はどう?」

御坂妹「その事です、インデックスさんが――」

美琴「――――――え?」


 

束の間の日常は終わりを告げた。

 

 

冥土返し「検査の結果は何も異常なし、としか言えないね?」

 苦しそうな寝息を立てるインデックスを前に淡々と、だが力及ばない事に歯噛みするように告げる。

美琴「どういう、事ですか?」

冥土返し「そのままの意味だね? 身体的には全く異常は認められないということだね?」

 彼、冥土返しは優秀な医師だ。科学の最先端である学園都市に置いてなお、最高の医師と言っても過言ではない。
 その彼をもってしてもインデックスの症状は原因不明。
 それは美琴に確証に近い推論を導き出させる。


 インデックスは魔術に蝕まれている。


 美琴には魔術は使えない。知識もない。
 なら魔術を使える人間を、魔術師を引きずってでも連れてくるしか無い。
 どれぐらい猶予があるのか分からないのだから、形振り構っている場合ではないのだ。

美琴(ごめん、すぐ戻るから待ってて)

 インデックスを一瞥し、藁にもすがる気持ちで美琴は夜の街へと駆け出した。

 病院を飛び出してしばらくすると、美琴は違和感を感じ足を止めた。
 学園都市は人口の大半が学生なので、夜になれば街に人通りは殆どない。
 だからといって人の気配が全くしないと言うのはありえない。

美琴「……これは」

???「ステイルが人払いの刻印を刻んでるだけですよ」

 声を聞いた直後、今まで誰も居なかったはずの場所に一人の女が立っていた。
 その女はTシャツに大胆に切ったジーンズ、そして腰から日本刀をぶら下げている。
 人ごみであっても絶対に見逃すはずはないであろう格好で。

 だというのに、本当に気づかないうちに女はそこにいた。

神裂「神裂火織、と申します。……出来ればもう一つの名は語りたくないのですが」

美琴「……ちょうど探そうとしてたところよ。そっちから来てくれて手間が省けたわ」

神裂「それはこちらとしても助かりました。場所が場所なのでこちらから訪問するのを自粛していたので」

神裂「まあそろそろ意識を失う頃でしょうから、無理にでも伺おうかと思っていたところです」

 ぶつり、と美琴の中で何かが切れる音がした。

美琴「やっぱり、アンタ達が……!!」

 爆ぜるように美琴から雷が溢れ出す。

神裂「話し合いに来たつもりだったのですが……」

 触れるだけで消し炭になりそうな稲妻を纏う美琴を前にして、臆すること無く神裂は続ける。

神裂「仕方ありません、力尽くといきましょう――『七閃』」

 

 勝負は一分と掛からずについた。

 

神裂から放たれた抜刀による七つの斬撃。
 美琴はそれをワイヤーによる攻撃と看破し、逆にワイヤーを通し電撃によるダメージを与えた。
 そこまでは良かった。

神裂「ぐっ! ……なるほど、手加減している余裕はなさそうですね!」

 言い終えると同時、美琴は相対していたはずの神裂を見失った。
 神裂からは一瞬たりとも目を離してはいないにもかかわらずだ。
  
美琴(空間移動!?)

 そう思えるほどの速度で神裂は美琴の背後に移動していた。
 唯一、美琴の持つ電磁波のレーダーだけがかろうじて、神裂が背後に移動したことを捉えた。が、

神裂「私の動きに反応するとは流石です。ですが」

 美琴の首筋に冷たいものが突きつけられる。

神裂「勝負あり、ですね」

 

美琴(くやしい……)

 

努力を重ね手に入れた超能力者としての力。
 いくつかの修羅場もくぐり抜けてきた経験。

 だが、それも聖人である神裂火織には通用しなかった。

美琴(私は、私は必ず勝たなきゃいけないのに……!)

神裂「これ以上抵抗しないというのであれば、私達は貴方に危害を加えるつもりはありません」

神裂「降参、していただけますね?」

 これ以上の抵抗は無意味。そんな事は誰が見ても明らかだ。

美琴「そんな事、出来るわけ無いじゃない!!」

 それでも譲れないものがある。
 

神裂「……何故です? 彼女とは会って数日の間柄でしょう。あなたがそこまでする理由はないはずです」

美琴「時間なんて関係ない! たった数日だって、もうあの子は私の友達よ! 友達を見捨てるなんて私には死んでもできない!!」

神裂「…………友達……」

 ぽつり、と美琴には聞こえないほどの声で神裂は呟く。

 やや時間を置いて、神裂は刀を鞘に収めた。

美琴「…………?」

神裂「少し、お話をしましょうか…………」

 態度を一変させた神裂を不思議に思いつつも、警戒しながら美琴は振り向く。 

神裂「私の所属する組織の名前は、あの子と同じ、イギリス教会の中にある――必要悪の教会」

 そこにいたのは魔術師・神裂火織ではなく、

神裂「彼女は、私の同僚にして――――大切な親友、なんですよ」

 ただ、疲れた笑みを浮かべるだけの一人の女性だった。

ステイル「どういうつもりだ神裂!」

神裂「……ステイルですか。どうもこうも、あの子の境遇をお話しするだけです」

ステイル「だから何故だと聞いている!!」

神裂「彼女、御坂さんはあの子を友達だと。友達のために命を掛けると言ったのです」

神裂「だったら彼女にも聞く権利はある、違いますか?」

ステイル「……ちっ」

美琴「……どういう、ことよ?」

 意味がわからなかった。
 同僚? 親友? インデックスはそんな事は一言も言わなかった。
 第一、あの魔術師からインデックスは逃げようとしてたではないか。

 混乱する美琴をよそに神裂は話を続ける。

神裂「完全記憶能力と言うのをご存知ですか?」

美琴「……ええ、それのせいであの子が10万3000冊を覚えさせられるハメになったって所までね」

神裂「そして10万3000冊のせいで脳の容量の85%使われている。残った15%を使って、彼女はなんとか生きているのです」

美琴「……は?」

美琴は耳を疑った。
 目の前のこの人は何を言ってるのだろう、と。

神裂「そんな残った15%も、完全記憶能力者である彼女は1年間で使い潰してしまうのです」

神裂「だから私達は、1年周期であの子の記憶を術式で無理やり消してきたんです」

神裂「私達だって、そんな事はしたくなかった! でもそうしなければ脳がパンクして、あの子が、死んでしまうから……」

 悲痛な面持ちで消え入るように呟く。
 美琴はそれがひどく滑稽に見えて、それゆえ悲しかった。

美琴「……アンタ達は、それがおかしいと思わなかったの?」

神裂「……どういう事です?」

 無知と言う罪を持つ神裂達に、美琴はこの上なく残酷な現実を突きつけた。



美琴「人間は記憶のし過ぎで死ぬことはありえないわ」 

 

神裂「……え?」

ステイル「なん……だと?」

美琴「だって、あんたらの理屈で言うと完全記憶能力者は十年も生きられないのよ?」

美琴「完全記憶能力者がレアな存在だからって、世界中探せば何人も居るのよ。その人達はわざわざ記憶を消して生き続けてるの?」

神裂「ですが、しかし……」

 認められない。いや、認めたくない。
 それを認めるということは、彼女たちに取って耐え難い現実を意味する。
 それは美琴も分かっている。

美琴「そもそも人間の脳って言うのは140年分の記憶を蓄えて置けるのよ」

 分かっていて、続ける。

美琴「第一、魔導書の『知識』と今まで生きてきた『経験』は記憶をする場所が別なの。だから」

 一呼吸置き、二人にとって死刑宣告にも等しいと分かっていてなお、美琴は最後の一言を告げた。

 インデックスの記憶を消す必要は無かったのよ、と。

神裂「そん、な……」

ステイル「馬鹿な……。じゃあ、僕達のしてきた事は……」

 記憶を消すと言う行為は、ある意味ではその人物を殺すとも言える。
 そう、彼らは一年毎にインデックスを『殺した』のだ。
 必要なことだと自らに言い聞かせ、感情を殺し、行ってきたのだろう。
 そして今夜、今までの行為が誤っていたことを知ってしまった。
 計り知れない程の後悔、失意、絶望が彼らを襲っただろう。

 真実知らせるためとはいえ、美琴はやりきれない気持ちでいっぱいだった。

 だが、落ち込んでいる暇はない。
 まだ希望はある。

美琴「絶望するにはまだ早いんじゃないの?」

神裂「……?」

美琴「記憶を消さなくてもいいって分かったんでしょ。なら後は、あの子を縛っているものから解放するだけじゃない」

神裂「っ!!」

スイテル「君に、言われるまでもない!!」

 先程まで死人のようだった二人の目に闘志が灯るのを確認し、美琴は満足そうに頷いた。

美琴「猶予はいつまでなの?」

神裂「記憶消去の儀式を行うはずだった時間、タイムリミットは今夜午前0時15分でした」

美琴「こ、今夜!? な、なんでもっと早く来なかったのよ!」

神裂「私達も病院を戦場にする可能性のある行動は避けたかったのです。だから貴方が一人で行動するのを待っていたのですよ」

ステイル「まさか期限ギリギリまで引きこもられるとはこっちも予想していなかったからね」

美琴「し、しょうがないでしょ! だいたい、アンタと戦わなければ私は入院なんてしなくて済んだんだから!」

神裂「確かにそれはこちらの落ち度ですが、今はそんな事言ってる場合ではありません」

神裂「というわけで、二人ともちょっと失礼します」

 そう言うと神裂は右肩にステイルを、左脇に美琴を抱えた。

美琴「え、ちょ」

ステイル「な、何をするんだ神裂!」

神裂「舌を噛むので黙っててください。行きます!」

 二人を抱えた神裂は、車両であれば一発免停となる速度で走りだす。
 それに晒された被害者二人は声にならない悲鳴をあげた。

 

 

 

 

病室についた神裂とステイルは苦しそうにうなされているインデックスを見て顔をしかませる。
 それも一瞬のことで二人はすぐにインデックスを苦しめている原因の調査にとりかかる。

 程なく、原因は判明した。

ステイル「…………神裂、この子の喉の奥を見てくれ」

神裂「……これは…………」

ステイル「ああ、僕達が騙されていた時点で予想はしていたが」

神裂「……最大主教、貴方と言う人は…………!」ギリッ

美琴「どうなの? 治せるの?」

ステイル「……可能か不可能かで言えば、可能だ。だがこの子を縛っているのは最大主教が取り付けた霊装だ。僕程度では解除にどれほど時間がかかるか……」

 ステイルの言葉から判断するに、少なくとも今夜のタイムリミットには間に合わないのだろう。
 神裂からの話を聞いた時点で美琴もこれには薄々感づいていた。
 二人を騙していた『上の連中』が、簡単に解除できるような縛りをインデックスに施すわけはないのだから。

 だから、美琴は次善の策として一つの案を考えていた。 

美琴「……一つ、方法があるわ。根本的な解決にはならないけど、少なくともこの子を記憶を引き継ぐことは出来る」

神裂「そ、そんな事が出来るのですか!」

美琴「ええ、その為には協力して欲しい人間が居るんだけど。事情を話しても構わないわよね?」

ステイル「………………好きにしたまえ。僕だって物事の優先順位ぐらいはわきまえている。それで、誰の力を借りるんだ?」

 ステイルの言葉に頷くと、美琴は先日インデックスを追跡するときに使ったチョーカー型の機械 ―ミサカネットワーク接続端末― を取り出してこう言った。



美琴「私の妹達の力を借りるのよ」

御坂妹「――なるほど、大体の事情はわかりました。しかし魔術とは……とミサカは超展開に少々戸惑っています」

美琴「ごめん、出来ることならアンタ達は巻き込みたくなったんだけど……」

御坂妹「水臭いことを。この方を助けるために必要なんでしょう? とミサカむしろ頼っていただけた事を若干嬉しく思います」

御坂妹「まだイヌとスフィンクスのどちらが可愛いか、決着も付いていないことですし」

 ほんの少しだけ、見落としてしまいそうな僅かな変化だが、御坂妹が笑った。未だ感情を上手く表現できないにもかかわらず。



ステイル「一体どんな方法を取るんだ?」

美琴「記憶のバックアップを取るのよ」

 美琴の案はこうだ。

 まず美琴がインデックスと電気的に回線を繋ぎ、記憶を読み取る。
 美琴一人ではインデックスの記憶の保管は困難なので、ミサカネットワークへと順次アップロードを行う。
 その後ステイル達がインデックスの記憶消去儀式を行い、ミサカネットワークから記憶をダウンロードする。

 インデックスの記憶が一万人弱にばら蒔かれてしまう事等の倫理的な事を除けば問題はない、そう美琴は考えた。

スイテル「……駄目だな」

美琴「そ、そりゃあ他人に記憶を勝手に見られるのは嫌だろうけどさ。実際のところデータとしてやり取りするだけだから私達はほとんど認識出来ないわよ?」

ステイル「違う、そういう事じゃないんだ」

 ステイルは大きくため息を頭を振った。



ステイル「そんな事したら君は死ぬぞ?」

 

 

美琴「どう言う事よ……」

ステイル「君の話を聞いた感じだと、記憶の取捨選択は出来ずにまるごと吸い上げるんだろう?」

美琴「そうだけど……」

ステイル「ならば魔導書の原典も読み取ってしまうはずだ。いいか、魔導書の原典を目にするという事は僕達魔術師ですら非常に危険なことなんだ」

ステイル「それを何の防御策も持たない君達が一瞬でも見れば良くて廃人、悪ければ魂まで侵され、死ぬ」

 するりと掴んでいたはずの何かが逃げていく錯覚を美琴は感じた。

美琴「そん……な……」

 短い期間だが、美琴はインデックスの色々な面をみてきた。 

 最初の印象は白い腹ペコ怪生物。
 次に抱いたのは魔術を語る痛い子。
 そして今は、ちょっと寂しがり屋な優しい子。

 出会ってからの思い出が、絆を失う痛みが、美琴に絶望という二文字を思い浮かべさせた。

禁書「あ――――――――、か。ふ」

 ぐったりとしたインデックスの口から声が漏れ、全員の視線が彼女へと向く。

美琴「インデックス!」

禁書「……みこ、と?」

美琴「大丈夫? 苦しくない?」

禁書「うん、平気なんだよ。……ごめんね、風邪なんか引いちゃって」

 インデックスは今も激しい頭痛に苛まれているはずだ。
 なのに心配させまいと、必死で笑顔を作る様子に美琴は胸が締め付けられる。

美琴「そんなの、気にしないでいいわよ」

禁書「……ねぇみこと」

美琴「うん?」

禁書「風邪が治ったら、私黒蜜堂って所に行ってみたいんだよ。クールビューティーが、すごい美味しかったって言ってたんだよ」

美琴「……うん、治ったら連れてってあげる」

禁書「みことの行ってる学校も見てみたいな。学舎の園って所」

美琴「うん。ほんとは部外者は入れないんだけど、特別よ」

禁書「約束、なんだよ」

美琴「約束するわ。だから、今は風邪を治さないとね?」

禁書「うん、おやすみなさい……みこと」

 最後まで笑顔を絶やさずインデックスは意識を落とした。

美琴「おやすみ、インデックス………………絶対、絶対に約束は守るわ……」

 まだ諦めるには早い。
 絶望しかけた美琴の目に再び力が戻った。

 

 

 

 考えろ、ギリギリまで考え続けろ。
 目の前の大事な友人の為に他に自分ができることはないのか。
 
 今一度、自分は何が出来るのかを美琴は整理する。
 魔術そのものをどうにかすることは出来ない。
 魔導書のせいで記憶の読み取りも出来ない。
 
 ならばもっと根源的なな、脳内の『電気信号そのもの』を電子データとして読み取ることは出来ないか?
 電撃使いの能力の本質は『電子の制御及び観測』だ。理論上は可能だ。 
 だが問題もある。

美琴(私じゃ演算能力が足りない……)

 美琴では人間一人分の脳内の電気信号を全て観測・制御することは出来ない。
 自分だけの現実の問題ではなく、単純な演算力の不足。
 力がない事、美琴はそれに大きな歯がゆさを感じる。
 きっと幻想御手に手を出した人達は今の自分と同じ気持だったのだろう。

美琴(…………ん? 幻想、御手?)

 瞬間、美琴の中で何かが繋がった。

 幻想御手とは脳波のネットワークを構築し、使用者の演算能力を強化するものである。
 作成者の本来の目的の効果ではないが、問題はそこではない。
 そもそも、幻想御手は何を参考にして作られたものか?

美琴(そうよ、MNW!! あれの並列演算ネットワークとしての力を借りれば!)

 出来るかもしれない。

御坂妹「確かに……MNW、ミサカ達の力でお姉様の力を底上げする事は可能です。ですが、とミサカは懸念事項があることを伝えます」

美琴「なにか問題が?」

御坂妹「お姉様の脳に過負荷が掛かることは避けられません、とミサカは警告をします」

御坂妹「恐らくは、もって5分前後。解析に3分、書き込みに2分かかるので時間はギリギリです、とミサカはネットワーク上での試算を述べます」

御坂妹「そして5分を越えれば脳に深刻なダメージを受ける可能性が高いです。それでもやるのですか? とミサカは分かりきった質問をします」

美琴「……当たり前よ」

御坂妹「…………一つだけよろしいでしょうか?」

美琴「なに?」

御坂妹「ミサカ達にはお姉様が必要です。それだけは忘れないで下さい、とミサカは全ミサカを代表してお姉様に告げます」

美琴「……大丈夫よ。明日にはみんなで笑っていられるように、ね?」

美琴「話は聞いてたわね?」

神裂「ええ、科学的なことはあまり良くわかりませんが、記憶を別の形にして読み取るのであれば問題はないはずです」

ステイル「僕達は僕達に出来る事をする。だから後の事は――――――頼む」

美琴「任せて」

御坂妹「お姉様、全妹達への通達完了しました、とミサカは報告します。一部調整中の個体を除き睡眠中の個体もたたき起こしあります、と全員準備完了であることを告げます。いつでもどうぞ」

美琴「ありがとう。時間は?」

神裂「ちょうど午前0時になったところです」

美琴「OK、始めるわよ」

 美琴はチョーカーのスイッチを入れ、MNWとの同調を開始する。
 するといつも接続するのとは違い、自身の脳の回転が際限なく高められていくのを感じる。

美琴(すごい……)

 感じるのは圧倒的な全能感。
 少々持て余し気味な感はあるが、周囲にある電子一つ一つを正確に把握することすらできる。


 この瞬間、演算能力に限った話ではあるが、御坂美琴は学園都市におけるあらゆる存在を遙か凌駕した。

美琴(いける!)

 インデックスの額に手を当て解析を始める。
 正確に慎重に、それでいて最速に。
 一つ一つを正確に、一瞬で読み取っていく

 2分38秒後、予定より少し早くすべての解析は終わったのを確認し、美琴はMNWの接続を切った。

美琴「………………終了よ」

ステイル「こちらも術式の準備は完了した」

神裂「終わるまでまだしばらく掛かるので少し休んでいてください」

美琴「そう、させてもらうわ…………」

 途端、美琴は体中の力を失い、倒れそうになった所を御坂妹に支えられる。
 早くも演算力強化の反動が来たようだ。

御坂妹「お姉様!」 

ステイル・神裂「!!!」

美琴「……大丈夫、ちょっと疲れただけだから」

御坂妹「ですが……」

美琴「大丈夫だから、ね?」

御坂妹「…………わかり、ました」

美琴(とは言ってみたものの、結構やばい、かな…………少し、休まない、と)

 少しでも回復をするため、美琴は意識を闇に落とした。

美琴「…………ん」

御坂妹「目を覚ましてしまいましたか…………」

 目を覚まして欲しくなかった、そう言ってるようにも聞こえた。実際そうなのだろう。
 分かっていてあえて美琴はそれを無視した。

美琴「今、何時?」

御坂妹「午前一時ちょうどです。儀式はつい先程終了したようです、とミサカは報告します」

美琴「そっか、ありがと。んじゃ、もう一仕事やるとしますか」

ステイル「…………いいのか? どう見ても君はもう限界のはずだ」

神裂「そちらの妹さん、貴方が眠っている間泣きそうでしたよ?」

御坂妹「ミサカは…………」

美琴「ごめん…………それでも私、やらないと…………」

御坂妹「まったく酷い姉です。でも、お姉様なら、そう言うと、思って、ました、とミサカは……ミサカ、は……」

 今にも泣き出しそうな様子に、美琴は胸が苦しくなるのを感じる。
 同時に不謹慎ながらも、自分の為に泣こうとしているのが少し嬉しくもあった。

 美琴は思う、この子のためにも必ず成功させようと。
 誰も犠牲にならず、必ずみんなで笑って居られるように、と。
 
美琴「大丈夫、もっと姉を信用しなさい。ほら泣かないで、美人が台無しよ?」

御坂妹「…………それは自画自賛のつもりですか? とミサカはナルシストなお姉様に呆れ返ります」

美琴「う、うるさいわね! ……まあ調子が戻ったみたいだし、早いとこ全部済ませてちゃうわよ」

 そう、早く全て終わらせなければいけない。
 美琴の脳は既に悲鳴を上げている。1時間に満たない程度の睡眠ではろくに回復もしていない。
 御坂妹の言う通り残り時間は後2分、その間に全ての記憶をインデックスに書き込まなければならない。

 演算強化には慣れた。恐らく書き込みは1分程で終わるはず。余裕を持って終わる時間だ。
 十分な勝算を持って再び美琴はチョーカーのスイッチを入れた。

 書き込みを始めておよそ30秒後、異変が起こった。

美琴(演算速度が、落ちてる……!?)

 或いは事前に何度か演算強化を体験しておけば結果は違っただろう。
 経験不足が美琴はペース配分を誤まらせた。
 そのため既に限界に近い美琴の脳は、MNWによる演算強化を完全には発揮できなくなっていた。


 60秒で終わるはずの作業が70秒、80秒経過しても終わらない。
 だが、今書き込みを止めるわけにはいかない。

 歯を食いしばり、作業をすすめる。既に予想限界時間は経過した。
 御坂妹が強制的に演算補助を止めようとしたのを空いている手で制する。
 止めてしまったらインデックスの脳に重大な後遺症を残す可能性がある。


 周りがなにか叫んでいるが、既に美琴の耳には聞こえない。
 脳が沸騰したように熱いが、ただ黙々と続ける。


 
 いよいよ本当に限界なのか視界が赤く点滅し、徐々に狭まってきた。
 トマレトマレトマレトマレ、そう身体が叫んでいるが美琴はそれを無視して書き込みを続ける。

 

 

 

 

 

――エピローグ

美琴「はーい、どうぞー」

 コンコン、とノックされた病室の奥からの元気な返事に応えて恐る恐るインデックスは病室へと入る。
 ベッドの上に視線を向けると何も変わらない大事な友達の姿がそこにあった。
 
禁書(生きててくれた……)

 カエル顔の医者から話だけは聞いていた。
 それでも自分の目で美琴の姿を確認出来て涙がこぼれそうになる。
 助けてくれたお礼を言うべきか、はたまた心配掛けさせられたことを怒るべきか。

 そんな甘いことを考えていたインデックスに、至極当然な質問を『御坂美琴』は投げかけた。

  







美琴「あなた、病室間違えてない?」

 

 

 

禁書「……、っ」

 インデックスはカエル顔の医者が言っていた事を思い出す。

――あれは記憶喪失というより、記憶破壊だね? 無茶な能力の使い方で脳細胞が焼き切れてるね? あれじゃ思い出すことはまず無いと思うよ?

 ふと、ベッドの隣の椅子に座って俯く御坂妹に目をやる。
 表情は見えないが肩を小刻みに震わせ時折嗚咽を漏らしている。

 事前に話を聞いていて覚悟は出来ていた。はずなのに、どうしても視線は下を向く。

美琴「ねぇ、どうしたの? この子もあなたも、ここに来るなり黙って下むいたままで。具合でも悪いの?」

禁書「ううん、大丈夫だよ?」

 心配しなければいけないのは自分なのに、気を使うのは自分のほうなのに。
 こんな所ばかり変わらないのがひどく恨めしい。

美琴「………………ねぇ、もしかして私達って知り合い、だったりするの?」

 美琴の口からインデックスにとって一番辛い質問が出される。
 だってそれは何も、本当になんにも覚えてないと言ってるのだから。

禁書「みこと、覚えてない? 私達、学生寮の裏庭で出会ったんだよ?」

美琴「学生寮? それって私の?」

禁書「……みこと、覚えてない? 私をみことの学校に案内してくれるって言ったの」

美琴「――私、どこの学校に通ってたの?」

禁書「…………みこと、覚えてない? みことは私のために魔術師と戦ってくれたんだよ?」

美琴「みことって、だれ? 私のこと?」

 口を開いた数だけ否定される大事な思い出。
 それでも、これだけは言っておかなければいけない。

禁書「みことは、インデックスの大事な友達だったんだよ?」

美琴「インデックスって、え? 私、目次を見て友達とか言う寂しい子だったの? 目次ちゃん遊びましょうとか、ないわ……」

禁書「……ふぇ」

 もう限界だった。いっそ我慢せずに泣き出したかった。
 けれどその衝動を全て飲み込んで、泣いているようにすら見える笑顔を浮かべた。

御坂妹「…………っく、くくくっ。も、もうダメですとミサカはプククク」

美琴「ぶはっ! あ、アンタ、くくっ、が、我慢しなさいよ! 私だって、くくっ、我慢して、たのに!」

禁書「……………………はえ?」

 あまりに唐突に空気が変わり、予想すらしていなかった光景にインデックスはしばし呆然とする。
 あれなにこれ? 私のシリアスはどこ行ったの? と言った感じだ。

御坂妹「む、無理です、ククッ、とミサ、カは、目次ちゃん、と戯れるお姉様を、ブホッ、想像、くくっ」

禁書「あれ? え? な、なんで笑ってるのかな?」

美琴「あーごめんごめん。なんかインデックスだけ一人シリアスな雰囲気なのがおっかしくって、くくっ。あーお腹痛い」

禁書「え? え? 今私のことインデックスって……」

美琴「うん、だって私記憶ちゃんとあるもん」

禁書「え」




禁書「ええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!????????」

 

 

禁書「な、なんで!? だ、だってみことは脳みそが焼き切れちゃったって! それで……!」

美琴「確かに私は一回記憶を失ったわ。けどね、事前にバックアップを取っておいたのよ。あんたを助けた時に使ったMNWにね」

禁書「じゃ、じゃあさっきのは……」

美琴「んー、ハッピーエンドだから出来る悪ふざけって奴?」

禁書「そ、そんなぁ……」

 あまりといえばあまりな言葉にインデックスはヘナヘナと崩れ落ちる。
 無理もない、病室に入るのだって中々決心がつかなかったぐらいなのだ。

御坂妹「まあ良いではないですかみんな無事だったことですし、とミサカは場を和ませる発言をします」

禁書「全然良くないんだよ! 私がどれだけ心配したと思ってるの!?」

美琴「まあまあそう怒んないで」

禁書「みこともクルービューティーも知らないんだよ!」

 べーっと舌を出し怒り心頭といった感じでインデックスは病室から出て行った。

美琴「あ、ちょっと待ちなさ……行っちゃった」

御坂妹「……話さなくてよかったのですか、とミサカはお姉様に問いかけます」

美琴「ん? なにが?」



御坂妹「お姉様の記憶のことです、とミサカは完全ではないお姉様の記憶を指摘します」

あの晩、美琴はMNWへ自分の記憶のバックアップを取った。
 だがインデックスのタイムリミットが迫っていたため全てを保管することは叶わなかった。

美琴「……いいじゃないあの子のことは覚えてるんだし。勿論後悔もしてないわ。大事な記憶がなくなってたとしてもね」

御坂妹「何故ですか? とミサカは問いかけます」

美琴「さっきのあの子の悲しそうな顔、見てられなくって笑ってごまかしちゃったじゃない?」

御坂妹「は、はぁ(ミサカは本気で笑っていたのですが……)」

美琴「私は多分あの子に泣いて欲しくなかったのよ」

御坂妹「結果無茶をして泣かせるハメになりましたけどね、とミサカは図星をつきます」

美琴「うるさいわねー、いいじゃない。そりゃあ、何一つ失う事なくってのは無理だったけどさ」

 一呼吸置き、心からの笑顔で答えた。 





美琴「みんなで笑って日常(ここ)に帰って来れたんだから」


           ―完―

作者あとがき

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最終更新:2010年12月14日 20:13
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