美琴「はあ、はあ……ここまで、くれば……」
警備ロボから完全に逃げきったことを確認し、美琴は膝を折って屈みこんだ。
禁書「大丈夫?」
美琴「さすがに、ちょっと疲れたわ……休憩させて」
それなりに体力に自信がある美琴でも、人一人背負って走るのはかなりの負担だ。
だがそれよりも問題なのは先程の戦闘で負ったダメージだ。
美琴(……っ、アイツの攻撃を避けた時かしら、ね)
擦り傷や軽い火傷はまだ良いが、インデックスを抱え壁に激突した時の背中の痛みが徐々に強くなってきた。
禁書「……もしかして、どっか怪我してるの?」
美琴「え? ああ、別にたいしたことないわよこんなの」
???「いいえ、大したこと大有りです」
美琴「あ、アンタ……」
禁書「お、おんなじ顔なんだよ!」
美琴「あー……えっと、この子は私の妹でね」
御坂妹「初めましてシスターさん。ミサカはミサカ10032号と申します、とミサカは簡潔に自己紹介します」
禁書「いちまんさんじゅうにごう?」
御坂妹「ちなみにお姉様と別れたアナタを追跡したのがミサカです。それよりもお姉様、とミサカお姉様に向き直ります」
美琴「な、なによ……」
御坂妹「お姉様は全身に微細な傷や火傷、特に背中は強いダメージを負っているように見受けられます、とミサカはやせ我慢しているお姉様を呆れ顔で見つめます」
禁書「え……? だって、背中って……」
美琴「な、何言ってんのよ! 別に私は「てい」ひぐっ!」
御坂妹「ミサカにはその程度お見通しです」
美琴「うう……」
禁書「…………ごめんなさい」
美琴「あ、いや、気にしないでいいって!」
禁書「………………」
御坂妹「さ、それでは病院へ向かいましょう、とミサカは空気を読まずお二人の手を強引に引っ張ります」
美琴「わ! ちょ、ちょっと待ってよ!」
禁書「………………」
――冥土返しの病院、診察室前
美琴が診察をうけている間、インデックスは一人沈痛な面持ちで座っていた。
自分のせいで美琴が怪我をした。自分なんかと一緒にいたばっかりに。
その上怪我した事にすら気づかず、甘えた理由で美琴に背負って貰った。
禁書(やっぱり、私は……)
ガチャッ、とインデックスの前の扉が開くと美琴と御坂妹が出てきた。
美琴「はぁ、参ったわね…………」
禁書「……怪我はどう、なの?」
美琴「ん? いやー全然大したことないわよ」
御坂妹「大有りです。数日間入院するように言われた人が何を言ってるんですか、とミサカはジト目でお姉様を睨みつけます」
禁書「…………ごめんなさい」
美琴「いや、あの医者が大げさなだけなんだって! ほんとに大したことは無いから」
禁書「…………」
美琴「えっと…………」
御坂妹「お話なら病室でなさったらどうですか? 手続きなどはミサカが行っておきますので、とミサカは空気を読んでこの場を立ち去ります」
美琴「あ、うん。お願いね。……じゃあ、行こっか」
禁書「…………うん」
――病室
美琴「ふぅ…………」
ベッドに腰をかけ、美琴は一つ大きく深呼吸をする
実際美琴はかなりやせ我慢をしていた。
ステイルとの戦闘時の負傷、特に背中は重症とまでは言わないが決して軽いものではなかった。
それに加え能力の行使による疲労もあり、今すぐベッドに倒れこみたかった。
が、その前に目の前で落ち込んでいる少女を何とかしなければいけない。
美琴「ほら、なにぼーっと突っ立ってるのよ」
ぽんぽん、と隣を叩き座るように促す。
が、インデックスは座ろうとせず、かわりに口を開いた。
禁書「……私、やっぱり行くね」
美琴「は? どうしたのよ急に?」
禁書「あなたに怪我までさせちゃって……これ以上はもう、迷惑かけられないんだよ。怪我した人を放っておくのはちょっと心苦しいけど」
はぁ、と美琴は大きくため息を付き、同時に腹が立ってくるのを感じた。
美琴「ダメよ」
禁書「ダメじゃないんだよ。今回は怪我だけですんだかも知れないけど、次はそれじゃ済まないかも知れないんだよ?」
美琴「……そうね、確かにそうすれば私には害が及ばないかも知れない、けど」
言いかけて、美琴は両手でインデックスの肩をつかみ、まっすぐと目を見つめる。
美琴「けどそれじゃアンタが救われない」
禁書「……っ。ダメ、なんだよ……私には、そんな言葉をかけてもらえる資格は、無いんだよ」
禁書「私さえ居なければ、あなたが傷つくことはもう無いん、だから……」
美琴「本気でそう思ってるとしたらアンタは救いようのない馬鹿ね」
禁書「……え?」
美琴「ほんと、アンタは優しいわ。けどそれは、逆に相手を傷つける、反吐がでるような優しさよ」
目を細め叱りつけるようにインデックスを睨みつける。
思ってもみない事で怒られたインデックスは、目を見開いてただ呆然と美琴を見つめる。
美琴「……前に私も、アンタみたいに自分を犠牲にしようとした事があったわ」
これは誰にも話したこと無いんだけどね、と美琴は表情を一変させてから語る。
美琴「ある人が体を張って私に教えてくれたの。そんなやり方じゃ誰も救われない、って」
美琴「何ひとつ失う事なくみんなで笑って帰るのが俺の夢だー、なんてカッコつけたこと言ってさ。……ほんとにその夢を叶えてくれたのよ」
美琴「そいつを見ててね、私もそいつみたいになろうって。一人でなんでも抱え込んでる馬鹿を見たら無理矢理にでも地獄から引っ張り上げてやろうって、そう思ったのよ」
美琴「だからさ、アンタは勝手に助けられてなさい」
禁書「……ふぇ…」
インデックスの目に涙が浮かんだ。
今まで一人で溜め込んできた物、それが美琴の少しぶっきらぼうな優しさを切っ掛けにして溢れ出してきた。
禁書「ふぇぇぇぇ……」
急に泣き出したインデックスに若干の戸惑いを覚えつつ、美琴はインデックスを引き寄せてそのまま抱きしめた。
美琴「まったく、アンタはもうちょっと人を頼りなさいよ。相手を頼るって言うのは、相手を信頼してるって証になるんだから」
禁書「うん……うん……ありがとう」
ポロポロと涙を流し、インデックスは美琴の胸の中で嗚咽を漏らした。
美琴「落ち着いた?」
禁書「…………うん」
幼子のように抱きついて泣いたのが恥ずかしかったのだろう、赤くなった顔を隠すよう俯いたまま美琴から離れた。
美琴「それじゃ、アンタの抱えてる事情、話してくれるわよね?」
禁書「うん。……その前に、名前、教えてほしいな。いつまでもあなたじゃ呼びづらいんだよ」
美琴「あれ? 教えなかったっけ? って、あのバーコードと戦ったときに言った気がするんだけど」
禁書「そうじゃなくて、私はあなたからちゃんと聞きたいの。名前って言うのはそれだけ大事なものなんだよ」
美琴「……そっ、か。わかったわ、じゃあ改めて。私の名前は御坂美琴よ。よろしくねインデックス」
禁書「うん、よろしくみこと」
久しぶりに、本当に久しぶりにインデックスは心から笑うことが出来た。
美琴「ふぅん……必要悪の教会、ねぇ。んでアンタはそこで10万3000冊の魔導書を覚えさせられた、と」
禁書「うん。だから私は汚れた敵を討つ為の知識を一手に引き受けた、この世で最も汚れた存在なの」
また始まった、と美琴は呆れ顔でインデックスの顔に手を伸ばし
美琴「うりゃ」
禁書「いひゃっ!? いひゃいひょ!」
頬を両側に思いっきり引っ張った。想像以上に柔らかくてよく伸びる。
美琴「ったく、いちいち自分を卑下するんじゃないわよ。どんなに汚れてようが、アンタはアンタでしょうが」
禁書「いたたた……えへへ、ごめんなさい」
美琴「なーに笑ってるのよ」
禁書「だってみことは私のことを思って怒ってくれたんでしょ? それが嬉しくって」
美琴「…………あ、そ」
嬉しそうに見つめられ、いたたまれなくなった美琴はインデックスから視線を外す。
混じりっけ無しの好意を向けられるのは中々に照れくさい。
禁書「それじゃ、今度はみことの番だよ」
美琴「は、私の番?」
抱えているものを話せ、と言うことだろうか。
美琴の抱えているものといえば妹達関連の事になる。
となると身内の話とは言え美琴の独断で話していいことでもない。
まあ、美琴が話すと言えば妹達は反対しないだろうが。
が、インデックスが聞き出そうとした話は予想の斜め上の事だった。
禁書「さっきのみことの話にでてきた人のことだよ」
ギクリ、と美琴は体を震わせる。
美琴はインデックスの心を開くためにあの少年の言葉を借りたが、正直突っ込んだ話は聞かれたくない。
美琴「な、何でよ? べ、別にアイツの話なんかどうでもいいでしょ?」
禁書「だって、話を聞いてた限りだとみことにかなり影響与えたみたいだし、だから直接その人に会ってみたいんだよ」
美琴の女としての勘が警戒信号を発する。
なんでそんなものが働くのかよく分からないが、とにかく会わせちゃダメだと美琴に激しく訴えかけてくる。
なのでつい訴えかけられるまま、気づいたら大声を上げていた。
美琴「だ、だだだだめよ!!!! 絶対だめ!!!!!」
禁書「……ふぅん」
美琴「…………あ、いや、これはその、違くて……」
禁書「みこと」
美琴「……な、なによ」
禁書「ごちそうさま、なんだよ」
御坂美琴、この日一番のダメージを受けて撃沈。