とある魔術と木原数多 > 05

7月29日午前10時30分、第7学区道路


木原がナビした目的地を見て、木山は驚きの声を上げた。


「本気なのか……!?」

「おお、当然」

「“侵入者のところへ自ら出向く”だと……何を考えている……?」

「ちっと気になる事が出来たからよぉ、直にお会いしたくなっちゃったんだなーコレが」

「あの映像を見たのにか? 彼女の能力は恐ろしく破壊的で……」


警備員を易々と退けた実力は、どう考えてもレベル4以上だと木山は判断している。

だが木原は。


「んー、正直そこはどうでもいいんだわ」


心底どうでもよさそうにそう言って、彼女の意見を相手にしなかった。


「?」

「っつかよ、戦闘に関しては相手が出来るヤツに話しつけたって言ったろーが」

「……」

「問題なのは、さっきあのゴスロリ女が言っていたセリフ」
――『――――見ぃつっけた』

――『けどまあ、禁書目録の所在は掴めたし……』


「もしも自分が囮だと分かっているなら、あのセリフは出てこねェ」

「ありゃあ、本気で自分の力だけでガキを回収するつもりだったって事だ」

「彼女が囮かつ探索担当で、本命にその情報を伝達したという可能性は?」


木山の疑問に対し、木原は首を横に振った。


「それなら、俺らが探索された事に気付かないよう、もっと上手く隠蔽すんだろ」

「わざわざ無駄にこっちの警戒心を高める必要はねぇからな」

「つまり、だ」

「ゴスロリ女は、1人で俺らと戦うつもりって訳よ――少なくとも本人はな」


木原がクツクツと喉を鳴らし、次いで弾けるように爆笑した。


「ぎゃーっはっはっは! 良いねぇ、イカれてんぞ!」

「ひゃはは、どんだけ自信過剰なんだぁ!?」

「この学園都市相手に、単身で勝てる訳ねーだろバーカ!」

 

 

木山は、無言で侵入者のいる駅前へ向かう。

と、それまで顔をクシャクシャにして笑っていた木原が笑みを引っ込めた。


「……だが解せねぇのは、それを許した相手上層部の思惑だ」

「あのガキに仕掛けられていた『首輪』やら『自動書記』を見る限り、イギリス清教のお偉い様は俺並みに性格がイイ」

「そこは同意するよ」

「だろー? そんな人間が、敵地に単独でイカレ女を寄こすとは思えねェ」

「まさか、イギリス清教は彼女に自分が囮だと知らせていないのか……?」

「ああ。俺ならそうするな。何しろこっちには10万3千冊っつー切り札がある」

「それを知っていながら単独派遣するのは、こっちに『どーぞお召し上がりください』って餌を渡すようなモンだ」

「だがそう甘くはいかねぇ。……エグイ保険の1つや2つ、掛けているハズなんだよ」


それが、長い間学園都市の暗部という闇に生きてきた木原数多の予測。

彼が気になっているのは、当然ながら侵入者や迎撃に出向いた“彼ら”の安否では無い。

せっかくの面白そうな玩具(まじゅつし)が、自分の手元を離れるかもしれないという可能性――ただそれだけだった。
木原達が侵入者の元へ到着した時、既に戦闘が始まっていた。

木山を車に残したまま、木原だけがその血の匂いのする戦場へ踏み込む。

その場の戦況は一方的で、勝者は優雅に佇んでいる。


「よお、楽しそうだな侵入者」


倒れている敗者を踏みつけて、平然と木原が勝者に声をかけた。

それに対し、勝者――シェリー・クロムウェルはフン、と鼻を鳴らす。


「うふふ。わざわざ死にに来たの? 殊勝な事ね」

「そう見えるか?」

「は、余裕のつもり? 戦う気なら、とっとと来やがれ」

「……あー」


そう挑発された木原は、近くをキョロキョロと見回して落ちていた鉄パイプを拾い上げた。

しかしシェリーは、それを見て脱力したように息を吐く。


「……それで何が出来んだよ?」

「言っておくけど、このエリスを前にしたら、誰も地に立つことなどできはしない」
そう言う彼女の隣には、4メートル超の巨大な石像が屹立している。

そして石像は、彼女の持つオイルパステルが一閃すると同時に、爆音のような雄叫びをあげた。


「スゲェな、お伽噺のゴーレムそのものかよ」

「科学者如きに褒められても、ちっとも嬉しかねーな」


嘆くようにそう呟くと、シェリーは鋭い視線で木原を射抜く。


「……足元で転がってる連中が見えていないのかしら?」

「ひゅー。見事に『駆動鎧(パワードスーツ)』15人が全滅してんな」


学園都市の技術によって編み出された、身体能力を強化するための『駆動鎧』。

極めて高い防御力と攻撃力をもたらすはずのソレが、全て無残に破壊されていた。

その光景を目にしながらも、木原から余裕が失われる事は無い。

逆に苛立ったのはシェリーの方だ。


「気に食わねぇな、その余裕。それとも現状の把握が出来てねーのか?」

「……んー、駄目だなこりゃ。このゴスロリ女、本気で調子に乗ってんぞ」

「話が通じないみたいね。もういいわ、とっととあなたも潰す事にしましょう」

「潰す? 俺を? どうやって?」
死の宣告を受けても平然としている木原を見て、シェリーが顔をしかめる。


「今さっきテメェが褒めそやした、ゴーレムで、だっ!!」


破壊をもたらす石像が、シェリーの指示を受けて1歩踏み出した。

そして巨大な腕を木原へと向ける。

そのまま振り下ろせば間違いなく彼は血だるまになって死ぬ――が。








「そっかそっか。何か勘違いさせちゃったみたいだな」

「あァ?」

「俺が評価したのは『能力』であって、『殺しの腕』じゃねーんだわ」


直後。

高く振り上げられた石像の腕が、轟音と共に粉砕された。


「なに!?」
理由は、“ロケットパンチ”の直撃。

4メートルの石像よりも大きい『超大型駆動鎧』が、スポーツカーよりも速く接近しながら腕を射出したのだ。


「そこの間抜け。テメェが得意げになってボコボコにしたのは『MAR(先進状況救助隊)』――昨日付で俺の指揮下に入った特殊武装チームだ」


木原がそう言い放つと同時、『超大型駆動鎧』が石像に殴りかかりながら大音量で呼びかけた。


『あぁぁぁぁまぁぁぁぁたぁぁぁぁぁぁ!!!!』

「ギャハハ!いつものキャラはどーしたよテレス?」

『テメェ、よくも人の部隊を……!』

「キレる相手が違うぜー、ちゃんと面白いネタはくれてやるから仕事しろモルモット」

『クソが!』


石像を抑え込む『超大型駆動鎧』に乗っているのは、『MAR』の“元”隊長テレスティーナ・木原・ライフライン。

木原数多と同じ一族で、木原幻生の孫娘でもある彼女は、兵器開発のスペシャリストだ。

『MAR』が木原の申請により『猟犬部隊』に統合された為、彼女は彼の部下として命令に従わなくてはいけなくなった。

だがそれは彼女にとって耐えがたい事らしく、その憤りは先の会話の後携帯を握りつぶすほど。

それでも木原への反抗を許されない彼女は、その怒りを敵である石像にぶつけている。


「はは。何だ、そりゃ……?」


突然生命線であるゴーレムを封じられたシェリーは、力なく笑うしかない。


「コレで何が出来るかって聞いたな、まぬけ」

「! エリ……」

「正解はコチラ♪」


声を掛けられたシェリーが、咄嗟にオイルパステルを振るうよりも速く。

木原の手にある鉄パイプが彼女の頭に振り下ろされた。

 

 

7月29日午前11時、駅前の大通り


入念に3、4発ほど頭部を殴った木原が、シェリーの意識が完全に無い事を確認するのと同時。

彼女の操るゴーレムが、テレスティーナの『超大型駆動鎧』によって貫かれた。

その一撃は偶然にも安全装置であるシェムを拭いとり、ゴーレムはボロボロと崩れ落ちる事になる。


「こうも簡単にいくかよ、魔術師?」

「戦力の大きさに対して戦術が素人以下。……無駄が多いっつーか何つーかよぉ」


あきれ果てたようにそう言うと、木原はシェリーを縛り始めた。

だがこの時木原は、まだ魔術師と呼ばれる人間の生き方を理解していない。

今回シェリーをたやすく捕獲出来たのは、虚を突いた作戦が成功しただけである。

彼女はその全力を出してなどいなかった――すなわち『魔法名』を名乗らないままだったのだ。


「テレス、こいつを例の病院に送り届けろ」

『……チッ、殺しゃ良いのに』

「したら分析できねーだろーが。それが終わったら、待機所へテメェも来い」

『ちゃんと見合った報酬(データ)は寄こ――――』


ブチィ!!

その時。

『超大型駆動鎧』のスピーカーから流れる声をかき消すほどの、異様な音が響いた。

見れば、学園都市製の特殊な縄を引き千切り、シェリーが意識の無いまま立っている。

火事場の馬鹿力のようなものだろうか、と木原は考えた。

何しろあの縄は、成人男性であっても引き千切る事は不可能な代物なのだから。

無理に解いた代償として、彼女の両腕は肘から下がグシャグシャに砕けている。

それでも彼女は痛みを感じていないかのように、1歩木原へと歩みよった。
「……マジか」

「――フフフ、初めましてということになりけるのかしら――」


しかも彼女の口から、今までとは全く異なる鈴のような声が発せられた。

ただしその声に含まれる闇色は、シェリーのそれと比較にならないほど濃く……そして深い。


「何者だ」

「――予想はしていると思うたのだけれど?――」

「……おい、ショットガン」

「は、はい!」


木原のリクエストに、意識を取り戻した『MAR』の隊員が即時に従った。


「――そのような野蛮なもの、出さずとも会話は行えしものよ?――」

「名乗れ、もしくはその体を吹っ飛ばす」

「――ふう、選択肢を奪う事で会話の主導権を抑たるとは、なかなか面白き趣向だろうけど――」

「――それが通用する相手かどうか、もう一度考えてみたりてはどうかしら――」


のらりくらりといなされた木原は、無言でショットガンをシェリーの体に撃ち込んだ。


(あの医者なら、死体じゃねぇ限り何とかするだろ)

(この場で引き下がって、相手に心理的優位を―交渉の余地を―与えたままには出来ないからな)
「――迷いなしとは、恐ろしき事ね――」


だがその散弾は、謎の爆発によって全て迎撃されてしまった。

煙の中から無傷の人影が笑いかけたのを見て、木原は頭をガリガリと掻きむしる。


「――この肉体で争うのは無益なこと、名前ぐらいは名乗りたるわよ――」

「……」

「――ローラ・スチュアート。イギリス清教の最大主教(アークビショップ)なのだけど、知りえるかしら?――」

「初耳だ」


そう答えながらも、木原は警戒心を最大まで高めた。

イギリス清教のトップ。

あのインデックスに『首輪』やら『自動書記』やらを施したのは、恐らく彼女なのだから。


「――用件は簡潔明瞭。禁書目録の身柄を引き渡してもらいたいのよん――」

「代わりにテメェが素っ裸でここに来て俺の研究材料(モルモット)になるなら、考えてやっても良いが」


ザザザリザリ!!と、両者の間で得体のしれない“何か”が駆け抜けた。

「――それなりに頭の回る人間かと思いしや、戦争を望みし愚か者とはね――」

「笑えるな。こうも早く大将が出張ってる事自体が、そっちの余裕の無さを浮き彫りにしてんだよ」

「――勘違いしているのやもしれぬけど、これは善意よりの警告なのよ――」

「あ?」

「――禁書目録が学園都市にいるとなりければ、十字教最大宗派『ローマ正教』を始めとした魔術サイドが、必ず行動を起こすと言うてるの――」

「なるほど、実に刺激的だ」

「――やれやれ、そちらの犠牲を憂慮しての言ではなしよ。禁書目録を他の魔術結社に奪われる事だけは防がぬと……――」

「知った事か」


これ以上の会話は無意味だと判断した木原が、一方的に話を断ち切ろうとする。


「――では、やはり力づくで事を為すしかないのかしらね?――」

「!」


不穏な気配を察した木原が、咄嗟に『超大型駆動鎧』の陰に伏せる。

刹那、シェリーの体が眩い光球と化し、膨張――爆発して半径30メートルを焼きつくした。
「……大した保険だ」


瓦礫の山を蹴飛ばして、木原がゆっくりと起き上る。

傍にいた『MAR』の駆動鎧の酸素ボンベを奪うことで酸欠からも逃れた彼は、ほぼ無傷だった。

ゆっくりと周囲の被害を確認しながら、彼は浮かない顔をした。


(あのゴスロリ女は死んだのか?)

(ついてねぇな。あんな“パフォーマンス”に利用されるとは)

(……ローラとかいう女は、俺を本気で殺す気じゃあなかった)

(この程度で死ぬような使い捨ての人材ならそれでよし、死ななくても警告としては十分以上の効果を発揮するってトコだな)

(そもそも戦争を避けたいあの女が、学園都市の人間を殺して喧嘩を売るとは考えにくい)

(つまり、こっちからクソガキを手放すよう仕向けた脅しに過ぎねェ)


随分と舐められたものだが、『情報流出に対する保険』と『敵対組織への警告』という2重の意味を持つ自爆は、効果的な手法でもある。

木原自身も使った事がある手だ。


(とりあえずは、他に侵入したかもしれねぇ魔術師への警戒を優先すべきだな)

(保険が1つとは限らないもんなぁ)


そもそも今回木原がシェリーの元へ来たのは、敵の掛けた保険を警戒したためだ。

まんまとそれが成功されてしまった以上、ここに長居する理由は無い。


「テレス、待機所へ行け」

『……とんだ茶番じゃねーか。人の部下が何人死んだと思ってんだ?』

「どーせ特に使えねぇ人材を寄せ集めて、『超大型駆動鎧』が到着するまでの時間稼ぎにしてたんだろ?」

『まあな』

 

 

7月29日午後1時、『猟犬部隊』32番待機所


離れていたおかげで爆発に巻き込まれなかった木山の車で、2人は新たな拠点に到着した。

すでにそこにはマイクやナンシーといった部下が勢ぞろいしており、インデックスを護衛している。

ここは地下に造られたシェルターの一室で、地下研究施設と徒歩で行き来が出来る特殊な待機所だ。

今現在そこの会議室に、『猟犬部隊』と『MAR』の精鋭が合わせて10名ほど座っている。

事件の顛末をざっと説明した木原は、これから部隊がどう動くか説明を始めた。


「とりあえず、やるべき事は2つだ」

「1つ。侵入した可能性のある魔術師を、捕縛または殺害」

「2つ。これからの戦いに備えて、武装の強化」

「魔術師への対応は、俺を中心に『猟犬部隊』がそれを行う」

「武装については、テレスを中心にして開発を急がせろ」


木原の命令を聞いて、テレスティーナが話を引き継いだ。


「半分は見たことない顔だし、自己紹介から始めましょうか」

「『MAR』のテレスティーナです。今回は、外部能力者との戦闘に有用な兵器を、とのオーダーですので……」


説明を始めながら、彼女が会議室のモニターを操作する。

そこに現れたのは、『駆動鎧』に装着可能な新型兵器だった。
「これはレベル5の第3位、『超電磁砲』を解析して造ったモノです」


その言葉を聞いて、木山がピクリと反応した。

彼女にとっては良く知る少女が、不意に話題になったからである。


(よくよくあの子とは縁があるようだ)


思わず過去の記憶に浸っているうちに、テレスティーナの説明は進んでしまった。


「――という事で、現在改良を進めています。いずれはさらに小型化できるでしょう」

「次に装甲服についてですが……」

「ストーップ、俺に良い案がある」


話を遮断されたテレスティーナがムッとするが、この場で木原に逆らえる人間はいない。

渋々と口を閉ざすと、彼に発言を譲った。


「悪いが、そもそもテメェを呼んだのは“こいつ”のためでな」


それだけ言うと木原はモニターを操作して、一見すると場違いな映像を映し出した。


「これは……!」


それを見て、木山達『猟犬部隊』だけが動揺を露わにする。


「……修道服?」


逆にテレスティーナは、意味が分からず首を傾げた。

そんな彼女に、木原は大きく頷いて説明する。


「その通り。『歩く教会』って言うらしいんだが」

「――こいつを量産化しろ」
それまで退屈そうに黙っていたインデックスが、大声を上げた。


「そんなの、出来る訳ないんだよ!」

「そうでもねぇ。すでに服としてのデータは全て登録してある」

「材料はただの布切れなんだし、後はそれに込められた魔術要素を追加すればいいだけだ」

「けど、トリノ聖骸布を正確にコピーしたり『教会』の要素を完全に加えるなんてあなた達には無理だもん!」

「ああ、そうだな。――けどそれがどうした?」

「え……」

「おいおい、ここに“そういうの”の専門家がいるだろーが」


木原の言わんとしている事が分かったのか、インデックスが顔色を青くした。


「わ、私に作らせるって言うの!?」

「実際に開発すんのはテレス達がやるさ。要は服の型紙をテメェが用意すればいいだけのこと」

「当然その情報も頭にあるんだろ?」


そう問われて、インデックスは力なく項垂れた。

「ある……けど、それは簡単にはいかないかも」

「そもそも誰でも作れるなら、魔術師はみんなこれを着ればいいんだから」

「それに……」


一呼吸置いて、インデックスは木原に訴える。


「きっとそれを教えれば、私はイギリス清教を裏切る事になるんだよ?」


そう。

科学側に身を寄せるだけでなく、意図的に魔術側の情報を流出させるという事は。

どう考えても裏切り行為に他ならない。

それを聞いた木原は。


「で?」


一言どころか一文字で切り捨てた。

「で?、って……」

「考えてみろクソガキ。そもそもテメェが1年間追われた理由は何だ?」

「……っ」

「テメェの記憶を好き勝手消してきたのは誰だ?」

「いや!」

「『首輪』をつけて、テメェを殺そうとしたのはどこのどいつよ?」

「やめて……」

「常人が見れば狂うっていう本を、10万3千冊を覚えさせたのは一体どんな連中だ?」

「もう、やめて!!」


涙を流しながら懇願するインデックスに、木原は囁いた。





「――それはイギリス清教じゃねーか」

「うぅぅぅ……」

「裏切るも何も、向こうはテメェをただの道具としてしか見ちゃいなかった」

「だがな、インデックス。テメェは人間だ」

「人間……」

「ならばそこには感情がある。寂しさは? 悲しみは? あるべき怒りはどこだ?」

「……」

「なあ。俺らを利用して、復讐しろよ」

「そんなの……」

「何も引き金を引けって言ってる訳じゃねぇ。復讐は俺達がしてやるから、その準備を手伝えばそれでいいんだ」

「けど……」

「良く考えろ。仮に復讐する気がないにしても、俺達への協力を拒む必要は無いよなぁ?」

「……」

「心の中で何を考えていたって構わねぇ、信仰を捨てろとも言う気も全くない」

「ただ、俺たちに協力してくれればそれでいい」
この中で一番木原を知っているテレスティーナが、インデックスから目を背けた。

あの木原数多が、本気でこんなセリフを吐く訳が無い。

元々彼は他人を思いやることなどしない男である。

先の言葉は、一見すると慈愛の含んだ言葉に見えるが、彼は自分の目的の為なら平気で他人を誑かせる類の悪党だ。

現に木原は、インデックスがコクンと頷いたのを見ると、テレスティーナに目でこう言ってきた。


――「やっぱりな。一度“堕ちた”人間は、何があろうと戻れねェ」

――「だからそう言うヤツは、必ず他者を堕とそうとする」

――「クズが無くならねぇ訳だ」


涙ながらに協力をする事にしたインデックスが、震える声で木原に1つだけ尋ねた。


「あまたは、神様を信じてないの……?」

「いいやあ?」


ゆるゆると首を横に振ると、木原は。


「カミサマがいるかどうかは知らねーが、1つ確かなのは……」

「もしいたとしたら、俺みたいな悪党1人殺せねぇ無能って事だな」


そう言って、くすくすと嗤ってみせた。

 

 

 

 

7月29日午後2時(日本時間)、ランベス宮のとある一室


その部屋は、謎に包まれたこの建物の中でもとりわけ異様な雰囲気を醸し出していた。

辺り一面に不可思議な魔法陣が刻み込まれており、中央には馬車を象った大理石が置かれている。

そして何よりも奇妙な事に、その石の馬車には1人の女性が力なく仰向けに倒れているのだ。


「……グ……お、ああァァァァ……?」


その女性は完全に意識が無いにもかかわらず、まるで悪夢にうなされているかのように激しく悶えている。

何しろ彼女は体の半分以上が焼け焦げて、一部は炭化している部分すらあるのだ。

彼女――シェリー・クロムウェルの無残な姿を眺めていたステイルが、煙草の煙を無造作に吐いた。

「フー……、エリヤの伝承を基にした瞬間移動術ね。初めてお目にかかったが随分悪趣味だ」

「うるぅぅぅぅぅぅぅ……」

「自らを炎とし、敵に一撃を与えて離脱させた、か」

「元は単なる移動術式のはずなのに、よくもここまで悪趣味な変異を実行したな」

「流石は最大主教。シェリーほどの魔術師に、気づかれずにこんな術式を施すとは恐ろしい」


同僚の変わり果てた姿を見て、それでもステイルは淡々と言葉を紡ぐ。

あの最大主教がシェリーの派遣を決定したのは、この保険を掛けていたからだ。

シェリーは優れた魔術師であると同時に、寓意画・紋章などに隠された意味を読み取る、暗号解読のスペシャリストでもある。

学園都市にその知識までも渡すわけにもいかないので、最大主教は彼女にも秘密でこの術式を仕込んでいた。

もしも彼女が敵の手に堕ちる事があれば、その身を犠牲にしてでも強制的に帰還させるために。


「ぞ、ご、おぉぉぉぉぉぉ!」

「やれやれ、聞くに堪えないね。だがこれは当然の報いでもある」

「――あの子を助け出せなかった以上、この程度の罰は甘んじて受けてもらわないと」


そう言うと、ステイルはこの部屋を後にした。

移動術式の影響で精神を破壊されたシェリーに、憐みのこもった視線を1つも向けないで。

 

 

 

同時刻、『猟犬部隊』32番待機所


現在木山は、1人でアイスコーヒーを飲んでいた。

隣の研究室では、『歩く教会』の性能データを見たテレスティーナが、目の色を変えて解析に取り組んでいる。

インデックスも彼女に付いていったため、この広い部屋には木山以外誰もいない。

兵器開発については門外漢だし、何より進んで木原数多の計画に協力する義理も無いので、こうして暇を持て余していた。

そしてその時間は、必然的に彼女の思考を活発化させる。


(……魔術……)

(あのゴーレム使いの他にも、魔術師は学園都市に侵入している)

(そうあの男は言っていたが)

(そもそも、一体どれほどの魔術師がこの世界に存在するのだろう?)

(あの少女――インデックスの話を聞く限りでは)

(魔術とは、「才能の無い人間がそれでも才能ある人間と対等になる為に生まれた技術」で)

(『才能』とはすなわち超能力の事だと言っていたが)


そこに決定的な矛盾が存在していることに、彼女は気づいた。

(『超能力』の開発に初めて成功したのは、学園都市が世界で初めてだ)

(だがその学園都市が誕生したのは、今からおよそ50年前)

(……どう考えても、『魔術』の方が歴史が古い)


そう。

『超能力』に対抗するために『魔術』が生まれたのならば、当然『超能力』が先に存在してなければおかしい。

だが超能力の歴史はわずか50年。実用レベルの能力ともなると、その発生からわずか20年ほどしか経過していないのだ。

対し魔術の歴史は、人類史の初期から見受けられる。

もちろんその全てが本物ではないだろうが、少なくとも魔術を追い求めていたのは事実だ。


(インデックスの言葉が真実だとすると――)

(超能力の始まりは、学園都市では無い……?)

(だとすれば、“最初の超能力者”は誰なんだ?)

(人類に魔術を追い求めさせる契機となったそのチカラは、一体……?)

答えの見えない思考の渦に、ぐるぐると入り込む。

そんな彼女を引き戻したのは、あの男だった。


「難しい顔してんなぁ、木山ちゃん」

「!」

「……何か面白いコトに気づいたか?」


足音どころか気配すら完全に消して現れた木原が、ニヤニヤと笑いながら話しかける。

口元に浮かぶ笑みとは対照的に、その目は誤魔化しを許さないほど真剣だった。


「いや、何でも無い」

「いーからいーから。早く聞かせてくれよ」

「だから大したことではないと……」

「俺に木山ちゃんを殴らせんなよ。な?」

「……っ……貴様はフェミニストだったか?」

「違う違う“逆”だよ。俺ぁさっきの事で今エンジン温まってんだ。――1度殴り始めたら木山ちゃんが死ぬまで止めらんねぇ」


まるでどこかのチンピラのような言い草だが、木原の言葉はそれとは決定的に異なる部分がある。

すなわち――只の脅しでは無く、本気で殴り殺すつもりがあると言う事だ。

今の木原に逆らえば、問答無用で惨殺される。
「……1つ気になったのだが……」


結局木山は、超能力の始まりについて疑問を感じた事を全て説明した。

それを黙って聞いていた木原は、パチパチと拍手して彼女を褒め始める。


「中々面白い着眼点じゃねーか。魔術を生みだす切っ掛けとなった“最初の超能力”とは何なのか、ね」

「俺も詳しい話を聞いた訳じゃねーが、一つだけ心当たりがある。『原石』ってヤツだ」

「聞いたことが無いな。『原石』……?」

「定義としては、学園都市の超能力開発の環境と全く同じ環境が自然界で整った場合に超能力を発現させた天然の能力者――ってことらしい」

「つまり、偶発的、自然発生的に超能力開発を受けた人間がいると?」


あまりにも可能性の低い話に、木山が否定的な態度を見せた。


「もちろんその数は極めて少ないらしいがな」

「……」


そこまで言って、木原はある事を思い出した。
「おお、そう言えば。噂じゃ、あのナンバーセブンも『原石』って話だぜ」

「分析不能と称された、第7位の子か。単なる能力開発のイレギュラーだとばかり思っていたのだが……」

「そうじゃねぇ。学園都市の開発を受ける“前”から、妙なチカラを持っていた」


まあ書庫(バンク)には乗って無いんだがな、と木原は話をまとめた。


(自然に生まれた能力者……『原石』こそが最初の超能力者なのだろうか)

(このまま魔術に関わっていく以上、その方面からのアプローチも考えなくてはいけないのかもしれないな)


いずれ木原をどうにかするつもりとはいえ、しばらくは彼に従って魔術師と戦わなくてはならない。

魔術という未知の概念を相手にするのだから、とっかかりは多いに越したことは無いと木山は判断した。

この話題は終了したと見たのか、木原が別の話を持ち出す。


「そういやあ、ちょっと面白い事を考えた」

「?」

「ゴスロリ女を拘束した時、イギリス清教のトップ様は俺にこう警告してきたんだ」

「『禁書目録が学園都市にいると分かれば、十字教最大宗派『ローマ正教』を始めとした魔術サイドが、必ず行動を起こす』ってな」

「それだけじゃなく、『禁書目録を他の魔術結社に奪われる事だけは防がないといけない』とまで言いやがった」

「つまり一口に魔術サイドと言っても、連中は友好関係には無いって事だ。まあ宗教史を見ればわかりきった事だが」

「それが?」

「分かんねーか。俺の目的は魔術を知ることであって、戦争じゃねぇんだ」

「いや戦争しても全然構わないがよ、どうせなら“手札”は賢く使わなきゃな?」

「貴様、まさか……!」





「十字教最大宗派『ローマ正教』に、こっちからラブコールを送ってみようぜ」


世界を揺るがすような考えを、木原はさらりと口にした。

 

 

7月30日午前10時、『猟犬部隊』32番待機所


この地下シェルターの警護を部下にさせながら、木原はインデックスと話をしている。


「なるほど、一口に魔術と言ってもその傾向はそれぞれ大きく異なるのか」

「うん。魔術はそれぞれの国の文化と適合して、その種類を無数に増やしてきたから」

「……それほど広まった割には、世界の大多数は魔術を単なるオカルトとしてしか見てねーが?」


木原がそう疑問を口にすると、インデックスは即座に否定した。


「そうでもないんだよ? 今でも魔術と宗教は世界の半分を支配しているんだから」

「……半分ねェ」
「疑ってるね? 魔術が公にされていないのは、単に敵対する魔術師に対して情報を秘匿するためなの」

「なるほど。超能力と違って、魔術は手順さえ正しければ誰でも使えるんだったな。だから種類を増やしながらも今まで隠蔽されてた」

「その通りなんだよ。誰でも使えるからこそ、不用意に情報を漏らす訳にはいかない」


その言葉を聞いた木原が、抑えきれない好奇心を滲ませてこう言う。


「……なら、“俺にも”魔術が使えるって事だよな?」

「それは無理かも」


だが、インデックスは再び否定。


「何故だ?」

「宗教防壁どころか、宗教観そのものが希薄なあまたが魔術を使えば……きっと精神を蝕まれてしまうから」

「……そーかい。じゃあ“今は”それでイイか」


以前と同じ事を言って、木原はその話を一方的に終了した。

そしてタイミング良く現れたテレスティーナが、インデックスから『歩く教会』の説明を聞く為に連れていく。
インデックスが立ち去った今、部屋にいるのは木原と木山の2人だけだ。

前日に気になる事を聞かされた彼女が、事の進展を木原に尋ねる。


「ところで、向こうからの返事はどうなったのかね?」

「まだ来てねぇよ。当然だろ?」

「どんな返事を送るにしても、だ。まずは情報の裏を取って、しかもお偉い様達で対応を協議する必要がある」

「……なるほど」

「まぁざっと一週間ほどは掛かると見たね、俺は」


――ローマ正教。

世界113ヶ国に教会を持ち、実に20億を数える教徒を従えている魔術サイド最大勢力だ。

インデックスの話では、その大半は魔術の存在を知らないという事だが。


(だからこそ、それを束ねる“上”は想像もつかねぇ魔術師のハズだ)

(何しろ2000年前の昔から、魔術を管理、利用してきたんだからなぁ)

(現在では20億の信仰を一手に引き受ける、史上最大の宗教組織)

(――ああ、楽しみだ!)

「木原さん、報告を」


まるで遠足を明日に控えた小学生の様な無邪気さで、ローマ正教の返事を待つ木原。

そんな彼に、警備を交代して部屋に戻ってきたナンシーが声をかけた。


「ん?」

「偵察衛星の情報、及び各種移動経路の人員リストを見る限り……他に魔術師が侵入したとは考えにくいようです」

「……妙だな」

「ええ、ですが事実です。イギリス清教は、本当に侵入者1人だけであの子を取り戻せると思っていたのでしょうか?」

「それはねぇだろ。そうは思っていなかったらこそ自爆の用意をしやがったんだからな」

「では?」

「それを踏まえりゃ、考えられるのは2つだ。魔術師が何らかの方法でバレねぇ様にすでに侵入しているか、あるいは……」


そこまで言うと、何故か木原は口ごもってしまった。
「木原さん?」

「あーあーあーあー、どーすっかなー?」

「おい、何がどうしたのか説明してくれ」


木山の言葉も無視して、彼は部屋を歩き回り始める。


「……人数は増えてない上で……侵入方法……入れ替わり……変装、いや『肉体変化』か……?」

「タイミング……ゴスロリ女の派手な行動……警備員……」

「それにもう一つ……」

「『自動書記』……貴重な10万3千冊……自爆装置?……いや、俺なら遠隔操作……!」

「……可能性……文化的背景……現状把握……申請して……よぉーし!」


何かをブツブツと呟きながら、やがて彼は1つの結論に達した。


「ちょっと上に『例のアレ』申請してくるから、ナンシーはマイク達と合流して別任務な」

「?……はい」


木原が何を考えついたのか分からないので、ナンシーはいつもと違って明快な返事が出来なかった。

だがそんな事はどうでもいいのか、木原は彼女を無視して内線でテレスティーナに連絡を取り始める。

「おー、ちょっとガキを連れてくぞ」

『はぁ? テメェがガキをここから出したらマズイつったんだろーが!』

「いいんだよ。魔術師が侵入してる可能性はあるが、そっちの問題は今からマイク達4人に片付けさせっから」

『ああん? だからって、外に連れ出す理由にはなんねーぞ? つかまだ来たばっかりじゃ……』

「ちょっとばかしガキの知識が必要なんだよ、いいからさっさとしろやモルモット」

『……チッ』


乱暴に通話が切られ、すぐにインデックスが部屋に戻ってきた。


「どうしたのあまた?」

「お出かけだ」

「ホント!?」


今まで待機所から出してもらえなかった彼女が、嬉しそうに目を輝かせる。


「待て、この子をどこへ連れて行く気なんだ?」

「安心しろよ。木山ちゃんも一緒にお出かけすんだから」

「で、場所はどこなのかな? 美味しいレストランだと嬉しいかも」


インデックスの質問に、木原は只一言。


「第23学区」


そう答えるだけだった。

 

 

 

 

7月30日午後2時、学園都市第6『門(ゲート)』管理室


マイク達4人は、木原の指示で再びここを訪れていた。

ちなみにシェリーによって昨日破壊されているので、現在封鎖されて無人となっている。

彼らはお馴染みである漆黒の装甲服を身に纏い、以前とは異なる手掛かりを検索している最中だ。


「見つけた」


そんな中、ヴェーラが目的のモノを発見して声を上げた。


「警備員の死体が2つ。隠すように床に埋められているわ」

「昨日の事件ではこちら側に死者はいないはず。やはりあの人の言う通り、入れ替わりやがったか」


敵の侵入の証拠を掴んで警戒したのか、マイクがショットガンを強く握り締めた。


「敵にとって予想外だったのは、私達が10分もしないうちにここに来た事」


ナンシーが悔しそうに言葉を引き継ぐ。

「だから怪我した警備員のふりをして、そのまま病院に行くしか逃げ場が無かった。……これって私達の失態よね?」


あの時ナンシーとマイクは、侵入者のすぐ近くにいながらそれに気づかなかったという事になる。

そしてそれは、最も危険な人物の怒りを買う事を意味していた。

恐ろしさで震えるナンシーに対し、マイクが冷静に打開策を提案する。


「今さら言っても仕方ない。――行くぞ、侵入者を捕獲してミスを挽回しなくちゃな」

「「「了解」」」


彼らが何よりも恐れるのは、リーダーである木原数多(ごしゅじんさま)だ。

今から戦うであろう魔術師よりも、遥かに敵に回したくない存在として見ている。

だからこそ。

『猟犬部隊』はその名に相応しく、獲物を捕えるために全力で駆けるのだ。



――例え獲物が、これまでに出会ったことのない存在だとしても。

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最終更新:2011年03月10日 16:50
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