御坂「私の気持ちは……」


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序章


夏の終わり――夕暮れが早くなり、一日一日が短くなってきたとそろそろ実感できるような時期

そんなある日の夕暮れ時。ここ第7学区の裏路地は、夕日により照り返った光により薄暗い光に包まれていた。
そんな裏路地に2人の人影があった
片方は中学生ぐらいの少女で茶髪に肩まで髪を伸ばした姿で、かわいらしい顔つきをしていおり、
かたやもう一人はそんな少女から逃げるように走るボサボサした髪に不潔感を漂わせる男。

「た……たすけてくれぇぇ!!」

そう叫びながら自分から遠ざかっていく男を視界に捉えながら少女は億劫そうにポケットからコインを取り出す。

「残念だったわね、ここまで逃げ切ったの褒めてあげるけど……そろそろ観念なさい!」

少女がそう言うや否や、少女の手にあったコインは音速を超えたスピードで男に襲い掛かる。
それは男の上半身を消し飛ばし、あとには見るも無残な下半身だけが取り残されていた。

「今日の仕事はこれで終わりかな……あ~あ、それにしても最近こんな雑魚ばっかだわね。
もうちょっとはりあいのある奴はいないのかしら?」

少女はそう言ってたった今自分が殺した、もはや人としての原形をとどめていない男の死体を一瞥すると
夕日が完全に沈み、完全に闇に包まれた裏路地を後にした。

 

 

 

 

 

 

第1部

午後4時。たいていの学校は終わりを告げクラブに入ってない学生達は各自の寮へ足を向ける。
ツンツン頭の不幸な少年――上条当麻もその一人として自分の寮へと帰る途中だった。

「今日は久しぶりに補修もないしな……これってもしかして幸福?」

そんな事をつぶやきながら公園の傍を歩いていると見知った顔がいることに気づいた。

「チェイサーーーーーーーーーーーーーー」

そういって自販機に蹴りをいれている少女。
名門常盤台中学の制服を着ており、学園都市230万人の中でも7人しかいないLEVEL5の第3位「超電磁砲」――御坂美琴だ。
もっとも上条の中ではただの荒っぽい女の子という認識でしかないのだが――――

「おう御坂!また自販機に蹴り入れてんのか」

美琴は上条の存在に気づくとちょっぴり嬉しいような悲しいような顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻る。

「ああアンタか……あんたからしゃべりかけてくるなんてめずらしいじゃない――ってどうしたのよそんなニヤついて?」

上条は久しぶりに補修がないことにより少し浮かれており、無自覚のうちにどうやらニヤニヤしていたらしい。
もっともそんな事は意にも解さず美琴の問いに答える。

「なんと本日上条さんは久しぶりに補修がなくて暇をもてあますという普段じゃ感じることのできない幸福を味わってるわけですよ」

「……あんたそれ自分で言ってて悲しくならないの?」

「ん?なんで悲しくなるんでせうか?せっかく補修がないのに」

上条がそういうと美琴は少し呆れたようにため息をついた。

「はあ~もういいわよ……それよりアンタ今暇なんだよね?だったら私に付き合いなさい」

そう言って美琴は上条が答える前に強引に腕をつかみ、ひきずっていこうとする。
上条は上条でこのパターンには慣れていたので「わかったよ」と短く答え黙って美琴に従う。
もっとも女の子に腕をつかまれまんざらでもなかったわけだが。
傍から見ればさぞかし仲の良い兄妹のように見えたことだろう。

「それでどこに行くんだ?」
「え?」

美琴は上条を引っ張ってきたはいいが、どこへ行くという肝心な部分は考えていなかった。

「……え~と……」

「何だよ考えてなかったのか……」

「うっさいわね!アンタは……そうよ!アンタはどこいきたいのよ?」

「俺か?俺ならスーパーの安売り――――」

「だぁ~もう!折角この美琴様が誘ってあげてるんだからもうちょっとましなとこいいなさいよぉ」

「ましっつってもなぁ、俺みたいな貧乏学生が行けるところなんて限られてるからな」

「じゃあセブンスミストなんてどうよ?」

「今いいましたよね!?貧乏学生の上条さんがそんな豪華デパートいけるわけじゃないですか!!」

「私の買い物に付き合ってくれればそれでいいのよ!」

「ああーーーもう不幸だーーーーーーーーーーー!!!」


そうはいうもののなんだかんだでついてきてくれる上条に美琴は内心で優しく微笑む。

そんなこんなでセブンスミストに来た上条と美琴は洋服コーナーへと入る。

「ええっと、最近服が汚れることが多いからね……それであんたに選んでほしいのよ」

と美琴は意味深に言う。もっとも上条はその意味に気づくことはない。

「ん?俺が勝手に選んでいいのか?服ぐらい自分できめたほうがいいんじゃないのか?」

「私がいいって言ってるからいいのよ!」

少し怒ったような口調で美琴はそう告げる。そして思う。
彼はいつになったら自分の好意に気づいてくれるのかと。
まあもっとも自分が彼氏を持って良い資格があるとはとてもじゃないけど思えないが。
美琴から本日2度目の大きなため息が漏れる。

「おい御坂!これなんかどうだ?」

気づくと上条は美琴の前に一着の服をもってきていた。
それを見て美琴から出た言葉は――――

「!……っちょアンタそんなのがいいと思ってたわけ?」

「さあな?」

「さあなって……アンタもっとちゃんと選びなさいよ!」

「そういわれても上条さんに女の子の服のセンスなんてわかりませんよ」

「センスなんていいのよ!アンタが選んでくれるもんなら……その……何でも嬉しいから」

そう言った後、美琴は美琴で自分からこんな言葉が出るとわ思わず思わず顔を伏せてしまい
上条もまさか美琴からそんな言葉が飛び出すとは思わず少し驚いた表情をした。
少し沈黙が漂った後切り出したのは上条だった。

「え、え~と御坂さん?」

「……何よ?」

「女の子にそんな事はじめて言われたんで……上条さん少しドキドキしてるわけなんですが?」

美琴は突発的とはいえ自分がこんな事を言った事に驚いた。
今まで自分は素直になることができず、ずっとツンツンしてた事には自覚があったからだ。
そしてこれは美琴にとっては思いを伝える又とないチャンスではあったはずなのだが――――

何度でも言う。自分にはそんな資格はないと。

 

 

 

――――――――――――「御坂?」

「……へ?」

「どうした急に固まっちまって?大丈夫か?」

どうやら自分は物思いに耽る余り、少し我を忘れていたようだ。

「……え、あ!大丈夫よ大丈夫――ともかくあんたが選んでくれるもんならなんでもいいって言ってんのよ」

「そうか……だったらやっぱりこれでいいんじゃねえのか」

「それは駄目ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

「駄目ーーーーーーーーってお前、さっきいったことといきなり矛盾してんぞ!?」

「それはそうだけど……でもそんな露出しまくりの変態が着るような服着れるわけないでしょうが!!」

ギャアギャアと叫びあう2人、まるで本当のカップルのように思える光景だ。

 

 

 

十分後――――――――――――

結局どこにでもありそうなポピュラーな服を選んだ上条は、美琴と共にセブンスミストをでた。
もう夕暮れが近いのか空は赤く染まりだしている。
2人は優しい夕日が降り注ぐ中歩みを進める。
美琴は思う。いつまでもこんな時間が続けばいいのに、と。
もちろんそれはどんなに願っても叶わないとわかっているからこそ余計に美琴の心に重くのしかかる。

「はあ~」

そして本日3度目の大きなため息。

「どうした御坂?そんな大きなため息をついて?」

「ううん……何でもないわよ」

「そうか?……なんか心配事があるなら言えよ?」

「だからなんにもないわよ!……あんたはその心配性ちょっと治したほうがいいかもしれないわね」

「そう言ってもそういう性格なんだし、しゃーねーだろ?」

「まったく……でもまあ確かにあんたがいなきゃ私は今頃死んでたわけだしね」

美琴はあの夜の事を思い出す。死のうとしていた自分に、救いの手を差し伸べ、ボロボロになりながらも
あの一方通行に立ちはだかってくれたこの少年を。
どんなに感謝してもしきれない。

「まああの時はなんつーか、無我夢中って感じだったからな……」

「まったく……あんたはそれで――――――――――」



……ピロロロロロロロロロロロロロ―――!



美琴が最後まで言い終える前に、突然美琴の携帯が大きな音をたてて鳴り響いた。
発信元を見た美琴はわずかに悲しそうな顔をして、そして名残惜しそうにこう言った。

 

「ごめん!用事できちゃったみたいだから……」


「そうか……じゃあ今日はこの辺で別れるか?」

「うん……」

「ほんじゃあな、今度は一緒に飯でも食おうぜ」

「あ……待って!」

「ん?どうした?」

「いや……その……今日は服選んでくれてありがとね」

美琴は少し照れくさそうに言い、上条も美琴からお礼を言われるとは思ってなかったらしく少し驚きながらもこう答えた。

「ああ気にすんなよ、そんぐらいならいつでもやってやんぜ……じゃあ気をつけて帰れよ?
といってもお前にそんな心配は必要ないかもしれんがな」

そういって上条は笑って去っていった。
美琴は彼の頼もしい背中が見えなくなるまでずっと見送っていた。



美琴は彼が完全に視界からいなくなると自分の携帯を取り出し先ほどきたメールの内容を確認する。
そこにはたった一行だけ。


――――――――――――第7学区○○スキルアウトの抹殺


と。

 

 

 

 

 

上条は美琴と別れた後、スーパーのタイムセールで卵一パックを手に入れ
今は、日が沈み街灯の明かりにより薄暗く照らし出された道を通り寮へと戻っているところだ。
上条は手に持った卵が割れないように慎重に歩みを進めつつ、今日一日の出来事を振り返っていた。

「(今日の御坂、普段となんか違うかったよなぁ。電撃放ってこなかったし、素直だったし……
う~ん、なんというかすごいかわいかった……普段からああだといいのになぁ)」

今日一日で上条の美琴への印象は大きく変わったようだ。
とはいっても鈍感な上条少年。これが美琴の自分に対する恋心の表れとは到底気づくことはなかったが。

「(あの御坂なら明日も会いたいな~)」

そんなことを考えてるうちに上条は自分の寮へと辿り着いた。
自室の扉を開けると、誰もいない真っ暗な空間が上条を待ち受けていた。

「(インデックスがイギリスに帰って、食費が浮いたり布団で寝れるようになったのは嬉しいけど……やっぱりなんか寂しいな)」

騒がしい居候がいなくなった事は上条に少なからず影響を与えていた。良い方にも悪い方にも―――
夕食を食べ終え、風呂に入った上条は一人ですることもなく、みたいテレビもなかったので少し早めに床へと着いた。
「明日もまた幸福でありますように」と思いながら――――

一方上条と別れた美琴は、先程のメールに添付されてた地図が指定する場所へと足を進めていた。

「(抹殺、か。相変わらず花のない内容よね……)」

仕事。として送られてくる内容はすべてが抹殺だの拷問だのといったまともとは思えないようなものばかりだった。
否、これを仕事と呼んでいいのかすら疑問だ。
美琴はただ殺せといわれた人物を殺すだけ。言うならば作業という言葉が正しいのではないだろうか。
もっとも美琴はもはやそんな事はどうでもよかったが――――
ちなみに、その「作業」にはどうやらランク付けがされてるらしい。
たった一人の人間の暗殺という簡単なものから一気に100人以上を相手にするというハードな内容のものもあった。
しかしそれすらも美琴にとっちゃ些細な事。
LEVEL5の第3位「超電磁砲」の前にはどんな敵であろうと成す統べなく玉砕されていった。
つまりは、たくさんの人間をその手で殺してきた――――――――

 

美琴は小さな裏路地を曲がると、目の前に今では使われていない大きな倉庫が周りの暗闇に溶け込むように佇んでいた。
美琴は手元の携帯でGPS機能を開きそこが目的地である事を確認すると、ゆっくりとその倉庫へと歩みを進めていった。
今回相手は何人かはわからないが所詮LEVEL0の集団であるスキルアウト。美琴にとっては朝飯前だ。
そして美琴はその手にコインを構える。


ドガーーーーーーーーーーーン!!


案の定、倉庫の中にいたスキルアウト達は突如として倉庫の側面部が吹き飛ばされた事に慌てふためいていた。
美琴は周りをざっと見渡す。今の超電磁砲で吹き飛ばしたスキルアウトを除いて約20人ほど。
余裕だ――――――――そう思い美琴は演算を開始する。
スキルアウト達は何かを叫びながら、武器を持ち各々美琴のもとへと向かってくるが……

「無駄よ!!」

そう言って美琴は砂鉄を操り自分へと迫りくるスキルアウトへとその矛先を向けた。
ある者は首を飛ばされ、ある者はその体を左右対称に分断され、またある者は全身を刻まれたくさんのパーツにされた。
そして――――――

「うわぁぁぁぁ死にたくないよぉぉぉ!!」そう言って、逃げようとしていた最後の一人を美琴は砂鉄で貫いた。
いくつもの人間だったものが美琴の周りに転がっている。
契れて血まみれな腕、もはや人の原型を留めていない無様な肉塊。
しかし美琴はこれだけの光景を前にしても、見慣れているのか表情を何一つ変えない。
美琴は手馴れた手つきで携帯を取り出し、文字を打ち込む。
――――――「仕事完了」そのたった4文字を相手に送る。

これで今日の仕事は終わり。死体の始末は他の誰かがやってくれるだろう。
美琴はそう思うと、倉庫を後にして黒子が待ってる寮へと帰ることにした――――――

帰り際に美琴は思う。もうこの下らない仕事を続けて1ヶ月以上経つ。
美琴はこれまでもそれなりに派手に暴れてきたつもりだ。
一般人に目撃されかけたこともあった。
しかしそれの何一つとして明るみに出ていないのだ。
それはつまりはどういう事かというと――――――

「ほんっと、学園都市の闇ってのはなんでもありなのね」

美琴は呆れるように呟いた。もっとも今となってはそんな事に頭を悩ましてもしょうがないので美琴は思考を断ち切るように走って寮へと返っていった。

これは美琴が上条に服を選んでもらった日の深夜の出来事――――――
学園都市には数多くのスキルアウトの組織が存在している。
そして無数にある中でも無数間違いなく最強を誇るであろスキルアウトがここ第7学区には存在する。
美琴が今まで潰してきたスキルアウトとは別次元の強さを誇るであろうその組織はある計画を企てていた。

「無能力者を見下し、危害を加える能力者共に鉄斎を加える」というものだ。

その計画は着実に進行しつつある。
そしてその組織のボスである男。ゴリラのような体つきだがどこか親しみを覚えるその男は
第7学区の外れの廃墟のビルに居座りただただ計画の準備が整うのを待っていた――――――

その時、彼の持っている携帯が震えた。自分を除いて誰もいないそのビルに大きな着信音が鳴り響く。
男は無言で携帯にでる。電話の向こうから聞こえてきた声はこう言った。

「準備完了でっせ、あとは駒場さんの意思一つですぜ」

その男は――――――駒場利徳は無言で立ち上がる。

 

 

 

 

2部


上条は部屋に暖かく差し込む光により目が覚めた。
眠たい目を擦りながら時刻を確認すると時計は7時を指していた。

「う、う~ん……もうこんな時間か……そろそろ起きないとな……」

上条はまだ寝ていたい気持ちを我慢して、体を起こし朝食の準備へと取り掛かった。
上条は簡単にトーストを作り、それを頬張りながら今日の学校の時間割を確認した。

「げ、今日災誤先生の授業あるじゃん……不幸だ……」

そんな事を考えていると、携帯に1件メールが来ているのに気づいた。

「ん?御坂からか……何々、「アンタ今日も学校終わったら私に付き合いなさいよ」か……
これは……不幸……なのか?」

上条は昨日の美琴を思い出す。いつもの激しい気性はなくちょっぴり女らしかった彼女を。

「(う~ん、あの御坂なら一緒に居たいぐらいかもな……かわいかったしな……
でも御坂が俺の事好きなわけないしな……まったく彼女の一人ぐらい上条さんにも欲しいですよっと)」

そう思いながら学校へ向かう準備が整った上条は部屋を出て、学校へと足を進める。

学校では土御門や青髪ピアスとふざけ合い吹寄にアッパーを喰らい職員室で親船先生に怒られ―――
といった、上条にとってはいたって平凡?な一日をす過ごした。
そして今彼は子萌先生の補修が終わり、やっとこさ学校を後にしたとこだった。

「はあ~やっと補修が終わった……そういえば御坂に呼び出されてたんだっけな……
あいつ今日も昨日とおんなじ感じだったらいいのになぁ」

そんな事を考えながら上条はいつもの公園へと向かう。


―――公園に入ると、今か今かと待ち構えてた茶髪に肩まで髪を伸ばした少女が自分に駆け寄ってくるのが見えた。

「おっそ~~い!!アンタどれだけ人を待たせれば気が済むのよ!」 

「しゃあね~だろ、補修が長引いてしまったんだし」

「また補修?アンタほんっと馬鹿よね」

「はいはい……どうせ上条さんは馬鹿ですよ~だ」

「すねてんじゃないわよまったく……まあいいわ、そろそろ行くわよ」

「行くってどこに?」

「スーパーよ。アンタ昨日行ったでしょ?今度はご飯食べようって……」

「それはそうだが、なんでそれがスーパーに向かうことになるんだ?」

「ああっもう鈍いわね!私が作ってあげるって言ってんのよ!」

「へ……?」

上条は自分の耳を疑った。自分は確かに飯を食べようと言ったが、
それはファミレスとかで一緒に食べようという意味であって、夕食を作ってもらうという意味ではなかったのだが。
そんな驚いた表情をしている上条を見て美琴は声を掛ける。

「なに意外そうな顔してんのよ?」

「い……いや、だってさ……いきなり夕食を作ってあげるとかいわれても……」

「何よ?もしかして私の料理じゃ不満でもあるわけ?」

「いや、全然そんな事ないですよ!むしろ嬉しいけど……でもそれだと御坂に迷惑がかかるんじゃねぇのか」

「はあ?アンタそんな事考えてたの?――ったくきにしなくていいわよ。私が勝手にやってることだし」

「……本当にいいのか?」

「いいっつんでしょ!アンタ少ししつこいわよ!」

少し顔を赤くして怒り口調になった美琴はそう叫ぶと、上条の腕を引っ張ってスーパーまでひきずっていった。

スーパーに着いた2人は中へと入り、色取り取りに並んでいる食材を眺める。
しばらく黙っていた美琴だが何もしゃべりかけないわけにもいかず、上条の方を向き尋ねる。

「で、アンタは何を食べたいわけ?」

「ん?美琴センセーが折角作ってくれるものならなんでも喜んで食べますよ」

こいつはまた無自覚でこんなことを言ってくる。美琴は他人には聞こえない程小さなため息をついた。

「じゃあ……メジャーなものでいくとしてカレーとかでいい?」

美琴が尋ねると上条は「そんでいいよ」って言ったので、美琴と上条は肉を買うために、肉のコーナーへと移動する。
肉といってもいろいろな物があり、安いものでは300円ぐらいで買えるが、高いものだと2000円を軽く超えてくる。
その中で美琴が手にしたのは費税込みで2800円もする高級な肉だった。

「!……ちょっとまて御坂、そんな高いもん俺に買えるわけないだろ!」

貧乏学生の上条にとって、そんな高いものを買えるはずもなく、もし買ったとしたら後1週間を水だけで過ごす羽目になるのが目に見えていた。
そんな上条の様子を見て美琴は呆れるように答える。

「まったく……こんぐらい奢ってあげるわよ」

「いや、飯まで作ってもらうんだしそこまでしてもらっちゃ悪い気がするからいいよ」

「アンタがよくても私が良くないのよ……大体私が作る料理なんだからアンタは黙って見てればいいのよ!」

そう言って、上条が何か言う前に強引にレジへと持っていった。

そんなこんなでスーパーを出た2人は上条の寮へ向けて並んで歩く。

「(そういえばこいつの寮に行くの初めてだな~……あのシスターがイギリスに帰ったらしいからこいつと2人きりかぁ)」

美琴はそんな事を歩きながら考えいた。もっとも自分がそんな幸福を許される人間ではないという事も理解していた。
それでも、と美琴は思う。それでもこいつと一緒にいたい。こんな私に優しい手を差し伸べてくれる少年と。

――――――「……どうした御坂?」

「え……?」

美琴は自分でも知らないうちにとても悲しい顔をしていた。
上条に声をかけられ、その事に気付きいつもの表情に戻すが、もう遅い。
上条が美琴のそんな辛そうな表情を見て放っとくはずがなかった。

「おい……何かあったのか?」

「な……何にもないわよ……」

「……何にもないやつがそんな表情するはずがないだろ?」

核心をつかれたが美琴としても、仕事の事だけは絶対にばれるわけには行かない。
LEVEL5の頭をフル活用して咄嗟に嘘をつく。

「……実は実家で飼ってた猫が死んじゃったのよ……」

「え、……猫?」

「……うん」

上条はそれを嘘とは知らず、自分の軽はずみな発言を後悔した。

「あ……え~と、すまなかったな……辛い事言わせちまって」

「ううん……いいの……アンタは私の事を気遣って言ってくれたんだから」

そう言うと美琴はいきなり自分の体を上条の方へと寄せた。

「え!?み……御坂さん?いきなりどうしたんでせうか?」

「ちょっとばかし寒くなってきたからね……あんた体温かいんだから少し私の体を温めなさい」

「え、しかし……なんというかこの状況は……」

「ごちゃごちゃうっさいわね……あんた男なんだから女の子が困ってる時ぐらいしゃきっとしなさいよ……」

上条は嬉しくないといえば嘘になるのだが、こんなシチュエーションは初めてな為、どう対処したらいいかは分からなかった。

「(え、え……こういう場合ってどうすればいいの?御坂の体に手を回したほうがいいのか?
いや、御坂がそんな事されて喜ぶとも思えないし……う~ん、分からん!」

状況が状況なだけに上条は少し投げやりになっていた。

「(……にしても御坂の髪。いいにおいがすんなぁ。LEVEL5とかいってるけどやっぱり御坂はただの女の子なんだよなぁ。
……まあこうしてるのも悪くないし、寮もすぐそこだから少しぐらいいっか)」

上条は寮にたどり着くまでの短い一時、素直にこの幸福を堪能することにした。

寮に着くと2人は名残惜しそうに体を離した。
夕日が完全に沈み、暗闇に包まれた階段を上る。
そして部屋の前まで着くと、上条は中に美琴を招待する。

「ふ~ん……あんた意外といいとこ住んでんじゃない」

美琴はそう言うが、一度常盤台中学の寮部屋に入ったことのある上条はこれは嫌味と捉える事にした。

「じゃあ、さっそくキッチン借りるわよ」

「ああ……ところでお前門限は大丈夫なのか?もう真っ暗だぞ」

「え、ああ大丈夫よ……能力実験って誤魔化せば何とかなるわよ」

「そうか、ならいいけど……俺の飯作ったせいで門限に遅れる羽目になるのは悪いからな」

「あんた一々そういうこと気にしすぎよ……じゃあ料理の準備するからそこでまっててね」

そういって美琴はエプロンを着てキッチンに行き、鍋などの食器を流している。
上条はエプロン姿の美琴を見ると少しドキッとしたが、慌てて心を落ち着かせる。
そして何もしないのは悪いと思ったので何か手伝おうかとしたが、美琴に「あんたは部屋主なんだから、向こうで待ってなさい」
と言われ、今は美琴の料理ができるのを楽しみに待っている。

「(しかしなんで御坂はいきなり夕食作るっていいだしたんだろ?今度料理実習でもあるのかな?)」

相も変わらず無自覚フラグメイカーの上条は美琴の思いに気づかない。
上条は色々と思考をめぐらしていたが、キッチンからカレー特有のいい匂いがしてくると
お腹の減りを急速に感じ、その思考は中断された。

そして10分後―――――

テーブルの上に1人前のカレーが2つ並べられた。
スパイスの効いた良い香りがしてくる。

「ほほ~旨そうじゃねえか……どれどれ一口……」

「ど……どうかしら?」

上条は料理の出来をきにして顔を赤くしている美琴に、ほんの少しだけかわいらしさを感じる。

「うん、旨いよ……しっかし意外だな、まさか御坂がこんなに料理が上手いとはな」

そう言って上条は次々にカレーをのせたスプーンを口に運ぶ。
その様子に美琴も安心したのか自分のカレーを食べ始める。

2人とも相当お腹が減っていたのか5分も経たないうちに、カレーを平らげてしまった。
上条にしてみれば、久しぶりの自分以外の手料理なので満足感を得られずには入られず
一方の美琴も上条と一緒にいられてうれしいのかその余韻にしばらく浸かっていた。
もっともいつまでもそうしている訳には行かなかったので美琴は、自分と上条の皿を洗うため、キッチンにへと消えていった。
一人残された上条は美琴が、ガチャガチャと食器を洗う音を聞きながら「最近なんで不幸じゃないんだろう?」
とふと思いついたが、「まあ特に気にすることもないか」と思ってそれを考えるのは止めにした。

そんなこんなで片づけを終えた美琴はキッチンから出てきた。
上条はそんな美琴を見て、

「おうお疲れさん!今日はありがとな!」

と声を掛けると、美琴は少し嬉しそうな表情をして

「これぐらいなら何時でもやってあげるわよ」と優しく答えた。

そして、それから5分程談笑した後、美琴は帰ることになった。

「ほんじゃあ今日はありがとな、送っていったほうがいいか?」

「別に大丈夫よ……あ、それと……また作ってほしかったらいいなさいよ?」

「はは……貧乏学生の上条さんとしては毎日来てほしいとこだけど、そりゃさすがに御坂に悪いからな。
まあ、また暇な時にでも作りに来いよ」

「そうさしてもらうわ……じゃあまたね」

そう言って美琴は上条の部屋を出た。


美琴は外に出ると、わずかながら雨が降っている事に気づいたが大したこともなかったので気にせずに歩みを進めた。
と、その時。美琴が外に出るのを待っていたかのように美琴の携帯が鳴り響く。
発信元を確認した美琴はせっかくの雰囲気を壊されたことに怒りを感じながらもメールの内容を確認する。

「え、え~と、何々―――――駒場利徳の抹殺、か。」


―――――ここにLEVEL0とLEVEL5の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

第7学区にあるとある廃墟の一角。美琴が昨夜潰したスキルアウトの倉庫の真東に位置するその場所には、
夜遅い時間であるにも関わらず、多くの人々が集まっていた。
全員が柄の悪そうな姿をしており、そこには只ならぬ空気が流れている。
そして、そんな人々の中心に置かれたソファーにどっしりと構え、周りの闇に溶け込むかのように黒い衣服を纏ったゴリラのような男
――――駒場利徳は自分を慕って立っている周りの人々へ、その場に流れている沈黙を打ち破るかのように口を開く。

「……逃げたい奴は逃げろ……引止めはしない……」

コピー用紙を吐き出すかのような声で繰り出された問いに答えたのは金髪で鼻にピアスをつけた少年だった。

「今さら何言ってんですか、駒場のリーダー。ここまできて逃げ出そうなんて腰抜け、いるわけないじゃですか」

周りの人々も言葉にこそ出さないが、全員がその少年と気持ちは同じだった。
それを確認した駒場は表情を何一つ変えずに立ち上がる。

「……作戦の決行は明後日だ……それまでは、ここを臨時の本拠地として使用する」

最後にそう言い放ち、周りの人々を解散させた。

 

一方そのころ御坂美琴は一人暗い道を歩いていた。
向かう先はメールに添付された地図の示す位置――第7学区の東に位置する廃墟へと足を進めていた。

「(あ~あ、今日は本当はこんなことしたくないんだけどね……)」

美琴は今日初めて上条の寮部屋に行き、料理を作り、そして2人だけの空間を楽しんだ。
そしてその帰り――上条の寮を出た直後に仕事の依頼がきたのだ。
美琴としては今日一日はこの余韻に浸っていたかっただけに、落胆の色を隠せなかった。
もっとも、仕事をほったらかす訳にもいかないので諦めて行動するしかなかったのだが。

「(まあ仕方ないよね……仕事と割り切ってちゃっちゃと終わらすとしますか)」

美琴は自分にそう結論付けると、暗い路地を少し小走りに進んでいった。


しばらく歩いたら美琴の前に大きな廃墟郡が見えてきた。
美琴は携帯を取り出し、そこが目的の場所なのかを確認すると、
先程より幾分か強くなった雨に打たれながら、数多くある廃墟の中でもとりわけ大きな建物へと歩みを進めていった。

 

廃墟の入り口の前には3人の少年が立っていた。
美琴はその事に気づいたが、特に何も迷う様子もなく少年達の所へ近づいていく。
少年達はそんな美琴の存在に気づくと怪訝そうな顔を向け、そしてその内の一人が話しかけてきた。

「なんでガキがこんなとこにいやがんだ?道にでも迷ったのか?」

「……ここに駒場利徳っていう人がいるわよね」

美琴のその言葉に少年は少し驚きながら言葉を返す。

「なんだお前駒場さんを知ってんのか」

「ええ……会いたいからそこを通してくれないかしら?」

「今度にしな……こっちは今いろいろと忙しいからな、もっとも普段でもお前みたいなガキに駒場さんが会うかどうかは知んねえがな」

「そう……だったら力ずくで通してもらうわよ!」

そう言って美琴は前髪から火花を散らす。

「!……お前能力者か!」

3人の少年達は各々武器を取り出し身構える。
美琴はそんな少年達を見ると少しだけ目を細めてこういった。

「私の狙いは駒場利徳っていう男だけ……そこを黙って通してくれるって言うんなら命だけは見逃してもいいわよ?」

「はあ?いくら能力者といってもガキじゃねぇか、調子こいてんじゃねえぞ!」

そう言って3人は美琴へと襲い掛かる。




「まったく……折角人が見逃してあげるって言ったのに」




――――――――――――美琴の体から10億ボルトの電流が迸る

 

とある少年は廃墟の中を走っていた。年齢の割には大柄で金色の髪に鼻にピアスをつけた容姿をしており
いかにも不良といった感じの少年だが、その顔は明らかに焦っていた。

「くそ、一体どうなってやがんだ!見張りの奴らから連絡が途絶えたと思ったら、次々に連絡が途絶えやがって!
こりゃまずい事になりそうだぜ……一刻も早く駒場のリーダーに伝えないと」

そう言うのはこの組織の実質上のナンバー2――――浜面仕上である。

浜面は廊下を走りぬけ、赤く錆びたような扉を開けると、そこには既に駒場を中心に数十人の人々が集まっていた。

「駒場のリーダー大変だ!さっきから見張りを最初に次々と連絡が途絶えてやがる!」

「……落ち着け浜面……事情は大体理解している……」

慌てふためく浜面とは対照的に駒場は落ち着いた調子で答える。

「どうするんですか駒場のリーダー?このままじゃ――――――」


バッコーーーーーーーーーン!!


浜面が何かを言い終わる前に突如として青白い閃光と共に扉が吹き飛ばされた。

「!……な!?」

浜面が驚いて後ろを振り向くと、そこには茶髪で肩まで髪を伸ばした中学生ぐらいの少女がいた。
その少女は薄気味悪い笑みを浮かべながらこう言う。

「やっと見つけたわよ!まったく余計な手間掛けさせてくれちゃって……で、どいつが駒場利徳かしら?」

部屋の空気は静まり返る。目の前にいるのが中学生ぐらいの少女とはいえ、
このような所に一人で来るぐらいだ。只者じゃないという事ぐらいは誰でも理解できる。
そんな中ゴリラのような顔つきの男が少女の目を真っ直ぐに睨めつけながら立ち上がりこう言う。

「……俺が駒場だ……お前は何者だ?」

「アンタが駒場利徳か……そうね、いいわよ。自分を殺した人間の名前ぐらいしっときたいでしょうしね……
私の名前は御坂美琴。学園都市に7人しかいないLEVEL5の第3位「超電磁砲」よ!」


美琴がそう言うと、部屋の中の人々に恐怖が走る。
ある者は震え、ある者は顔を恐怖で歪め、またある者は腰を抜かした。
その光景を見て、駒場は静かにしかし高らかに口を開く。

「……お前達は今すぐここを離れろ……こいつが用のあるのは俺だけだ……」

「!……しかしそれじゃ駒場のリーダーが!」

駒場の言葉に浜面は口を開く、が。

「……行け。これはリーダーとしての命令だ……」

「……駒場のリーダー……?」

「行け。俺は簡単には死なん……それにお前がいないと誰があいつらを束ねるんだ?」

「……わかった。そのかわり絶対死なないで下さいよ!俺達にはあんたが必要なんだ!」

「ああ……約束しよう……」

美琴もこの光景を遠巻きに見ていた。攻撃しようと思えばいつでもできたのだが、なぜだかそういう気にならなかった。
浜面達が出て行くのを確認したら、美琴は自分を睨めつけてくるゴリラのような男にこう言った。

「……あんた中々仲間思いじゃない」

「無駄話はいい……さあ始めようLEVEL5……」

今ここにLEVEL0とLEVEL5の戦いの火蓋が気って落とされた。

 

 

 

 

駒場は懐から小型装置ようなものを取り出し、そのスイッチを押した。
すると部屋の所々に置いてある大きな機械の突起部分が青白く光り始めた。

「何をしたのよ……」

「今にわかる……」

「そう……まあ何しようがアンタに勝ち目はないんだけどね!」

そう言って美琴は掌に電気を集中させ、それを駒場目掛けて撃つ。
しかし電撃の槍は駒場に届かずに、先程青白く光りだした突起部部に吸い込まれるように向かっていった。

「!なんですって……!」

「……対発電能力者用に用意した避雷針のようなものなんだがな……まさかこんなところで役に立つとはな」

駒場はそう言うや否や、轟!!っと唸りを上げて美琴に襲い掛かった。

「な!はや―――」

美琴は思考が追いつく前に腰に激痛が走った。
駒場の拳が振りかざされたのだと理解するまでに数秒の時間を要した。
美琴はなんとか体勢を整え、前へと向くがそこに駒場はいなかった。

「こっちだ……」

駒場の声が周りの暗闇に同調するように美琴の遥か上から響く。
真上に7.8メートル程跳躍している駒場はそのまま美琴に拳を振り下ろそうとする。
それに答えようと美琴は雷撃の槍を繰り出すが、駒場には向かわず、青白く光る突起部分に吸い込まれていった。

「!……しまっ―――」

「遅いな……」

駒場の拳が美琴の体に激突する。
間一髪に直撃を避けた美琴だが、それでも体中のあちこちが悲鳴を上げている。

「はぁ……はぁ……アンタのその身体能力は……」

「驚くなよ……お前みたいな化け物と戦うんだ。これぐらいのハンデがあっても良いだろう……?」

相変わらず表情を変えずに駒場は陰鬱そうにしゃべる。

「……諦めろLEVEL5。お前の雷は俺に向かわず、身体能力じゃ到底俺には届かない。……お前に勝つすべはない」

美琴は痛む体をなんとか支えて立ち上がる。
そして先程から青白く光る機械を一瞥した後、その顔にうっすらと笑みを浮かべた。

「何を笑っている……お前に勝機はないといったはずだが。……まさかやけくそになった訳ではあるまいな……?」

美琴はそれでも笑みを浮かべ続ける。そして今度は両手に電気を集中させる。

「……また雷か……何度やっても結果は同じだ」

しばらく黙っていた美琴だがやっと口を開く。邪悪な笑みを浮かべながら。

「……アンタ。どうやらLEVEL5の力をまだ理解してないようね」

「何が言いたい……?」

「こうするって言ってんのよ!!」

美琴はそう言うと掌に集めていた電撃を放つ。
電撃は青白く光る突起へと向かっていき消滅する……はずだったが、電撃がぶつかると同時にそれらの機械は
バゴン!!っと大きな音を発して炎につつまれ、その突起部分から青白い光は消えた。

「何だと……?」

その光景を見て、駒場の表情は僅かながら、でも確かに変化した。

「思えば簡単な話だったのよ……対発電能力者用の機会とはいえ所詮小道具。
電気の出力を上げてしまえば問題なかったのよ」

「だがあれには相当の電圧に絶えうるだけの力があったはずだが……?」

「だからさっきアンタにもいったでしょ……LEVEL5の力を理解してないってね!」

美琴の言葉に駒場は返す言葉をなくす。
そんな駒場に美琴は冷たく言い放った。

「さて、じゃあそろそろ終わりにするわよ……今のあんたじゃどう足掻いても私には勝てないしね」

「く……」

駒場が再び美琴を攻撃しようとしたが――――――

「遅いわよ!」

美琴の言葉が部屋に響いた直後、駒場の体に電撃の槍が直撃した。

美琴は駒場の体が地面に倒れたのを確認するとこう言った。

「ふう~やっと終わったわね……スキルアウト相手にこんなに手こずるとは思ってなかったわ……」

美琴はいつも通り携帯を取り出し、仕事完了のメールを送ろうとしたが、その時視界に何やら動くものを捉えた。

「あんた、まだ生きていたの……しぶといわね」

「スキルアウトとはしぶといものだ……」

「そう……でもボロボロとはいえ、あんたを見逃すほど私はお人よしじゃないわよ?」

「…………」

「……覚悟なさい」

そう言って美琴は駒場に近づき止めの一撃を加えようとする。
駒場も自分の死を理解しているのか、目を瞑ってそのときを待つ。

と、その時。美琴の背後からカツンカツンと、足音が聞こえてきた。

その足音に反応した駒場は一度は死を覚悟し、閉じた瞼を開ける。
そして、足音の主を見るとここにききて初めて駒場の表情に大きな変化が訪れた。

「なんでここに戻ってきた……」

美琴が後ろを振り返るとそこには、先程ここから逃げたはずの金髪で鼻にピアスをつけた少年がいた。
その少年はその問いには答えずに駒場の顔を見てただ一言だけ言った。




――――――――――――「来たぜ、相棒」

 

浜面と美琴は静かに向かい合う。
互いの視線がぶつかる。
そよ風一つ吹かない暗い部屋をさらに暗くするような重たい空気が流れる。

「アンタ、どういうつもりよ?折角人が見逃してあげたのに……まさかこいつを助けに来たとか言うんじゃないでしょうね?」

そう言って美琴は倒れている駒場を顎でさす。
片やLEVEL0、片やLEVEL5。その力量の差は明らかだ。
しかし浜面はそんな相手を前にしても何一つ物怖じしない。そして―――――――





「ぶっとばされたくなかったら、今すぐ駒場のリーダーから離れろ」





絶対的な力を誇る美琴に対し、何の躊躇いもなくそう言い放った。

 

その時美琴は自分の耳を疑った。
自分は学園都市に7人しかいないLEVEL5、それに対してその少年はどこにでもいるただのLEVEL0。
戦ったらどっちが勝つかなど言うまでもない。
そして当然その事はその少年も理解しているはずだ。
美琴は最初ただの強がりかとも思った。しかし少年のその目から確かな自信を感じ取れる。



「そう……ならその淡い希望を打ち砕いてあげるわよ!」


美琴は冷たく言い放ち、電撃の槍を繰り出した。しかしそれよりも先に浜面は動いていた。
部屋の中にたくさん置かれた機材を盾にしながら浜面は美琴の攻撃をやり過ごす。

「(相手はLEVEL5……正面から馬鹿正直にかかったって返り討ちにされるのがオチだ。隙を見つけてそこにつけこむしかねぇ!)」

浜面は自分へと襲い掛かる雷撃を防ぎながら考える。その拳を強く握り締めて。

「ほらほらどうしたのよ!逃げてばっかりじゃこの私をぶったおす事なんてできないわよ!」

美琴は雷撃での攻撃を止め、今度は砂鉄を操り浜面の盾となる機材をなぎ倒していく。

「く……このままじゃ……」

すべての機材が倒されたら、盾となるものを失う。それは浜面の敗北を意味する。
それまでに決着をつけないといけない。
そう考えた浜面は必死に次の策を考える。

「(なにかいい案はねぇのか……考えろ……考えるんだ……)」

そして遅い来る砂鉄を見て、浜面はあることに気づいた。

「(あの砂鉄、さっきから見てる限り、一度たりともあの女の周りには近づいちゃいねぇ……おそらく自分の攻撃にまきこまれないようにするためだろ)」

実際に美琴は自分の半径1メートルぐらいには砂鉄が侵入しないように調節していた。
もっともそれはただ単に服が砂鉄により汚れるのを嫌ったためだけであったのだが。

しかしそうとは知らず浜面は一つの策を思いつく。

「(もしそこに奇襲をかける事ができたら、あいつを倒せるんじゃねえのか……)」と。

だがそれには大きな問題があった。
そして浜面もそれを理解していた。

「(それには奴に近づく必要がある……でも、どうやって?)」


そう考えてるうちにも砂鉄は自分を守る盾となるものを次々と破壊していく。
破壊された機材の部品が浜面の頬を掠める。
ぬるぬるした液体が頬を流れていくのを浜面は感じた。

「(迷ってる暇はないか……どのみち機材が全部壊されりゃお終いなんだ、あいつもこの暗闇じゃ俺の正確な位置までは掴んでないはずだ……あいつが俺相手に油断してる事を祈るしかねえな!)」

そして浜面はまだ盾として使用できる機材を利用しながら美琴へと近づく。そして――――――――――





「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」





全身の力を足にこめ、美琴目掛けて駆け出す。



2人の差は10メートル弱。2秒もあれば十分に到達できる距離だ。
そして、その時美琴は完全に油断していたため一瞬の出来事に判断が遅れた。

「(いける!!)」

浜面の拳が美琴へと迫る。
そして、ガン!っと乾いた音が部屋に響き渡った。

そこで勝負は決した。

立っているのは少女。そして、そこから10メートル程離れたところに少年は倒れた。

「ふう。奇襲だなんて味な真似してくれるじゃない」

美琴は浜面の拳が届く一瞬前に能力を発動させた。
砂鉄の塊を浜面の腰部分へと重くぶつけ、浜面を10メートルほど吹き飛ばしたのだ。
そして美琴は倒れている浜面を少し目を細くして見据える。

「死んじゃいないと思うけど、当分目は覚まさなでしょうね……まあ命だけは見逃してあげるわ」

そう言って浜面に背を向け、再び駒場に止めを加えようとした。


と、その時。





「……まち……やがれ……」





暗く重い声が静寂を包んだ部屋に響いた。

 

そして、ガサっと美琴の背後で何かが動いた音がした。
美琴が振り向くと、そこには腰や肩から溢れ出る血を抑え、必死に立ち上がろうとする少年がいた。

「!……アンタ、あれ食らってまだ動けるってどういう事よ!」

美琴は目の前の光景に驚き、声を張り上げる。
それもそのはず――――――
手加減したとはいえ、LEVEL5の攻撃をまともに食らったのだ。
死んではないにしても、意識が残るはずがない。
ましてや動けるなどもってのほかだ。


しかしそんな驚きを隠せない美琴には何も言わず、少年は今にも倒れそうな体を支えながら黙って美琴を睨めつける。
辺りに静寂が漂う。重たい空気が鉄のようにのしかかる。

「……死にたいの?」

先に口を開いたのは美琴だった。

「もしこれ以上私に盾突かなければ、見逃してあげてもいいのよ?」

しかし浜面はその問いには答えず、重たい足を引きずりながら一歩一歩美琴へと近づいていく。

美琴との距離が半分ほど縮まったところで、ようやく浜面はその口を開いた。

「……なんでだよ……」

浜面の唐突な質問に美琴は少しだけ目を細める。

「なんでお前はそれだけの力がありながら、俺達みたいな雑魚にその力を振るうんだよ……力を振るうべき相手は他にいるだろうが!」

「なんでってそんなの仕事だからにきまってるじゃない!」

「……仕事……だと?」

「ええ、そうよ……私だって好き好んで人殺しをしてるわけじゃない!でもこれは仕事なの!仕方ないじゃない!」

「……ふざけんじゃねえぞ糞野郎が!そんな下らない理由でお前は俺から大切な人を奪おうとすんのか!」

再び静寂が漂う。
美琴は少年を前に返す言葉を失った。
情が働いたわけではない。
気づいてしまったからだ。この少年からはあのツンツン頭の少年と同じようなものを感じるという事に。

しかし――――――美琴はその手に雷を集中させた。

「(たとえあいつと近いものを感じたとしてもこいつはあいつじゃない……それに今まで散々殺してきたじゃない。今さら情をかける余裕なんて……)」

美琴はそう思い、私情を断ち切ろうとする。
そして、感情がこもった声でこう告げた。

「止まりなさい。それ以上私に近づいたら、私は本気でアンタを殺す」

それでも浜面は歩みを止めない。

「止まりなさいっていってるのよ!アンタだって死にたいわけじゃないんでしょ!」

「うっせえな……俺は一発お前をぶん殴らなきゃ気がすまねぇんだよ」

低く唸るような声でそう言った。

美琴は理解した。もはや自分が何をいっても意味がないと。
それならば美琴がとる行動は一つ―――手に集めた電撃を浜面目掛けて撃ちだした。
それはバチバチと音を発てて襲い掛かった。
一般人なら喰らえばひとたまりもない力だ。
そしてそこに迷いはなかったはずだ。






「だったら……なんであんたはまだ立ち上がることができんのよ!」

この時確かに美琴に迷いはなかった。
しかし元々美琴は残酷な性格ではない。無意識下の内に力を抑えていたのだ。
とある少年にそうしたように。

だが、その事を理解してない美琴は再び立ち上がり、自分へと近づいてくる少年に対して明らかな焦りを抱いていた。
そして、それと共に新たな疑問も浮かび上がった。

「いくら立ちあがったってあんたじゃ私に勝てるわけないでしょう!だったらなんでボロボロになってまで立ち上がるのよ!」

「はぁ…………はぁ…………どうでもいいんだよそんな事はよ……ただ俺は俺の大切な人が目の前で殺されて黙っている程お人よしじゃないだけさ……」

浜面はそう言って美琴を睨めつけた。
自分を迷いなく睨めつけるその目に美琴はデジャブを覚えた。
そう、あれは――――かつてツンツン頭の少年があの一方通行と対峙した時に向けた目だ。

「……お前はその力をもっと弱いもののために振るおうと思わねぇのかよ」

「そ……それは……」

一歩また一歩。浜面は美琴へと近づく。

「……今俺が生きているのはお前が情をかけてくれたからだろ?だったら俺が言ってる事も理解できるはずだよな」

「!……ち、違う!私はあんたを本気で殺すつもりだったわよ!」

「ならなんで俺は生きてんだよ……だいたいLEVEL5の攻撃をまともに受けて立っていられるわけねぇだろうが!」

「…………」


美琴は核心をつかれ黙り込む。
そうしてるうちに、浜面はとうとう美琴の目の前へと辿り着いた。
浜面は自分の拳を強く握り締める。


「少し頭を冷やしてこいLEVEL5……お前はまだ救いようがある」


浜面の拳が美琴へと振りかざされる。
美琴は防ごうと思えば防げたはずだ。
が、体が動かなかった。




――――――そこで美琴の意識は完全に途切れた。

 

 

 

3部



「う……ここは……?」

美琴が次に目を覚ました時、とある部屋の一室に寝かされていた。
部屋の感じや置かれている機械から察するにここは病院らしい。
美琴はまだ朦朧としている頭を懸命に動かして、今の状況を整理した。


「そうか……私負けちゃったんだ……」


廃墟にて自分に臆する事なく立ち向かってきた少年を思い出した。
ボロボロになりながらも何の躊躇いもなく自分に向かってきた少年を。

「私……間違ってたのかな……?」

その問いに答えるものは誰もいない。
ただ寂しそうにカーテンの靡く音が聞こえてくるだけだ。
そして――――――

「弱いものの為に力を振るえ、か」

美琴は一人呟く様にそう言った。

 

しばらくしたら、バタン!っと扉が開き、2人の人間が入ってきた。
2人を見て、否、正確には入ってきた内の一人を見て、美琴は少し驚いたような顔をした。

「なんでアンタがここにいんのよ!」

「なんでって……御坂が俺の寮から出た後に路地裏で倒れたってきいたから、慌ててかけつけたんだ」

そう言うのはツンツン頭の不幸な少年―――上条当麻である。

「(路地裏に倒れてた?――ああ、そうか。暗部の人らか……確かにあんな廃墟で倒れたままじゃまずいわよね……)」

「それにしても一体何があったんだ?お前の事だし不良に負けた訳でもないんだろ?」

「え?あ……え~と、それは……」

いきなり一番されたくなかった質問をされた美琴だが、答えないわけにもいかず、
真実を言うわけにもいかず、かといっていい嘘も思い浮かばないので言葉に詰まってしまった。
そんな美琴に上条は少し怪訝そうな顔を浮かべる。

「どうした?……やっぱお前何か俺に隠し事してないか?」

「し……してないわよ!あったとしてもそれはアンタが心配するような事じゃないんだから!」

「という事はやっぱり何かあるんだな?」

「だ!か!ら!何もないっていってんでしょうが!」

「だったら何で路地裏なんかで倒れてたんだ?」

「そ、それは……」

そんなやり取りを暫く黙って見ていた蛙顔の医者だが、何かを理解したように一人で頷き、そして美琴に詰め寄る上条に声を掛けた。

「彼女はただ頭を強打しただけだよ。恐らく急いで帰ろうとして不注意にもどこかしら頭をぶつけたんだろうね」

一瞬沈黙が流れた。そして上条は蛙顔の医者へと尋ねる。

「え、え~と……それは本当でせうか?」

「ああ……医者の僕が言うんだから間違いないね」

「……」

美琴は一瞬にして張り詰められた空気が壊れていくのを感じた。
あの医者がなんであんな嘘をついたのか知らないが、ここは素直に感謝する事にした。

「まったく……あんたの心配性もここまでくると救いようがないわね」

「いや……まさか本当に頭ぶつけただけだなんて……御坂も意外にドジなんだな」

「あんたにだけはドジとか言われたくないわね……で、私はもう退院していいのかしら?」

「うん。元々病院に来るほどの怪我でもなかったわけだしね。でもまあ今日一日はゆっくりしていきなよ」

そう言い残して、蛙顔の医者は病室から出て行った。

それを見送った上条は安堵のため息をついた。

「でもまあ大したことなくてよかったよ……そういえばさっきまで白井達もいたんだぜ」

「そう……黒子達もきてたんだ」

「ああ、ジャッジメントの仕事で先に帰ったけど結構心配してたみたいだから早く安心させたれよ」

「そうね、携帯にメール送っとくわ」

そうして携帯を取り出した美琴だが、カーテンの隙間からもれてくる光が目に入ると、ふと一つの疑問が湧いてきた。

「そうえいば、今って何時ごろなのかしら?」

美琴は光が漏れているという事から今は夜じゃないという事はわかったが、
あれからどれだけたったのかという正確な時間はわかっていなかった。

「え~と、もう昼過ぎだな」

「昼過ぎって……私結構な時間寝てたみたい――って学校始まってるじゃない!」

そう言って慌て始めた美琴を見て、上条は今度は呆れるようにため息をついた。

「はあ~落ち着けよ……今日は日曜日だぞ」

「へ?」

「まったく……本当に大丈夫なのかよ」

「だ……大丈夫にきまってんでしょうが!(そういえばそうだったわね……最近忙しかったからすっかり忘れてたわ)」

「まったく……んじゃ俺はこれから補修あるからそろそろ帰るな」

そう言って上条は帰る準備を始めた。準備といっても鞄に物を詰め込むだけだが。

「うん、じゃあまたね。今日は来てくれてありがとね」

美琴が最後にちょっぴり寂しそうにそう言うと、上条は「気にすんなよ」と言い残して部屋から出て行った。
部屋に一人残された美琴は名残惜しそうな表情をした後、再びその瞼を閉じた。







この時美琴はまだ知らなかった。ちょうど一週間後――――自分の人生を大きく変えた少年と再び合間見える事になろうとは。

 

 

 

そして一週間後




分厚いコンクリートに阻まれた四角い地下空間の射撃演習場に一人の少年は立っていた。
白い髪に白い眉毛という特徴的な姿をしており、その手には銃が握られている。
パァン!っと乾いた音が射撃演習場に響き渡る。




「――――駄目だ、これも使えねェ」




少年の名は一方通行。学園都市最強の能力者である。

一方通行は手にしていた拳銃をテーブルにへと放り投げると、近くの椅子に杖を器用に扱いながら座り込んだ。
そして、手馴れた手つきで予め用意していたコーヒーを口にへと流し込む。

「ッチ……もう冷めてンじゃねェか」

一方通行は苛つくようにそう言うと、まだ中身がたくさん残っている紙コップを迷わずゴミ箱へと投げ入れた。
その際にコーヒーが少しこぼれ、床が汚れるが一方通行はまったく気にした素振りを見せない。

「(にしてもまだ仕事とやらはこねェのか?まさかずっとこンな生活続けろとか言うつもりじゃねェだろうなァ)」


今日は10月3日。
そして、彼がこの「グループ」という組織に入ったのは9月30日。
俗に『○九三〇事件』と言われる事件が起こった日である。

「まったくこれじゃあ何の為にグループとやらに入ったかわかンねェじゃねェか……オマエもそう思うだろ?」

一方通行の座る椅子の背後から、わざとらしい足音がカツッっと響いた。



「あら、ばれちゃいましたか。気配を断って近づいたつもりだったんですけどね。まだまだ修行不足のようです」




一方通行が後ろを振り向くと、そこには茶色い髪に優男のような感じの少年がたっていた。
彼の名前は海原光貴。一方通行が入る前から既にグループに所属していた少年である。

「で、この俺になんのようだ、変態野郎」
一方通行が機嫌悪そうにそう言うのを見て、海原は何やらニヤついた笑みを浮かべる。

「暇そうにしてた貴方にちょっとしたプレゼントがありましてね」

そう言うと一枚の紙を懐から取り出して、一方通行へと見せ付けた。

「あン?なンだこの紙は?」

「仕事の依頼ですよ。今の貴方には打って付けのプレゼントだと思いますけどね」

それを聞いた途端、一方通行の目が変わった。そして満月のような笑みが口元にこぼれる。

「は!いいねェ!やっときやがったかァ!待ちくたびれたぜェまったく。で、内容はなンなんだ?」

「第○○学区のデパートが、テロリスト達に占拠されたので、人質の解放及び――――」

「テロリスト共の抹殺ってかァ?」

一方通行は首のチョーカーを叩きながら迷わずそう言った。

「話が早くて助かります。では確かに伝えましたよ」

そう言い残すと一方通行に背を向けて、海原は再びこの地下空間から消えていった。
一人残された一方通行も、嫌そうな顔をしながらも銃と銃弾を懐にいれ、杖をつきながらデパートへと向かうべく足を進めた。

 

 

少し時は遡る。

人通りの多い地下街を美琴と黒子は並んで歩いていた。
名門常盤台中学の制服を着ているためか、ちやほや視線を感じるが、2人は気にする素振りは見せない。


「こうやってお姉様と2人きりで出かけるのも随分と久しぶりな気がしますの」

ツインテールの髪を靡かせながら、黒子は嬉しそうに美琴へと詰め寄る。

「あんたもうちょっと離れて歩きなさいよ、歩きにくいじゃないの」

美琴はそう言ってある程度の抵抗はしてるが、しかしその顔はそんなに嫌そうには見えない。
泥沼の生活を続けてきた美琴にとって、内容はともあれ黒子とのじゃれ合いの時間をとても貴重に感じているからだ。
ちなみに言うと、退院してから今に至るまでの一週間、一度も仕事の連絡がきていない。
なのでこの一週間美琴はその手を汚すような事は一度もしていなかった。

「堅い事言わずに少しぐらいいいじゃないですのお姉様ぁ」

「まったく……まあでもたまにはこんな時間も悪くないわね」

美琴のその言葉をどう捉えたのか、目を輝かした黒子は今度は美琴に抱きつこうとしたが、それは先読みした美琴により阻まれた。

2人はその後、喫茶店に入り軽い昼食を済まして、地下街のゲームセンターへと入った。



「しかしまあLEVEL5であろうお方がゲームセンターぐらいで盛り上がるというのはいかがなものかと思いますの」

射撃ゲームに一人でテンションを上げている美琴を尻目に黒子は大きくため息をついた。

「そんな事どうでもいじゃない、それよりこれおもしろいよ黒子」

そう言って美琴は画面の中のゾンビを次々と撃ち抜いていく。
そんな楽しそうにしている美琴とは反面、黒子は呆れるよな顔をしていた。



何ゲームかした後2人はやっとこさゲームセンターを後にする事にした。

「これ楽しいけどやっぱ長時間は疲れるわね~」

そう言いながら美琴はウーンっと背筋を伸ばす。

「私もですの……何だかんだでゲームに付き合わされてしまいましたの」

「堅い事は気にしないの。さあ、次行くわよ黒子!」

ゲームをしてストレス解消になったのか少しハイになった美琴は、黒子の手を引っ張るように歩き出した。


しかし、入り口から出ようとしたその時、携帯の着信音が店中に鳴り響く。
美琴は自分のそれを確認したが、特に変わった様子はない。どうやら黒子の携帯らしい。

電話に出た黒子は相手と何回か会話した後、拗ねたような表情になった。

「どうしたの黒子?」

急に表情が変わった黒子を見て美琴は頭に疑問符を乗せながら聞いた。

「はあ~ジャッジメントのお仕事ですの……折角のお姉様との一時でしたのに」

「あらら」

「まったく空気の読めない事ですこと……しかしほっとく訳にも行きませんし、行ってまいりますわお姉様」

「うん、じゃあまた後でね」

美琴が最後にそう言うと黒子は名残惜しそうにジャッジメントの支部に向けてテレポートしていった。

黒子と分かれた美琴は一人地下街をぶらついていた。

(元々黒子と過ごすつもりだったから、予定立ててないのよね~)

特にしたい事もなかったので、人ごみの流れにその身を任しながら美琴はこれからの時間をどう過ごすか迷っていた。 
ちなみに一人になった美琴は先程から青い髪の少年にやたら熱い視線を送ってくる事に気づいていたが、いつも通り無視した。
と、そんな時。地下街のケーキ屋から甘いにおいが空気に乗って漂ってきた。

(そうね……たまにはケーキもいいかも知れないわね。あの馬鹿に見舞いのお礼しなくちゃいけないしね)

あの馬鹿というのはもちろん上条の事である。
そして美琴は見舞いの礼と言っているが、それはただ上条に会いたいだけの口実という事に気づいていなかった。


財布の中身を確認した美琴は、意気揚々とケーキ屋に入るとその品揃えに驚いた。

(うわ!すごいじゃない……ここのケーキ屋学び舎の園の中のケーキ屋と比べても遜色ないわよ)

メジャーなものから見たこともないようなマイナーなものもあった。
たくさんあり過ぎて美琴はどのケーキを買うかを悩まされた。

(ん~迷っちゃうな……そういえばあいつどんなケーキが好きなんだろ?)

もっとも考えてわかる事ではなく、また時間があるとはいえケーキ選びに時間を費やすのがなんとなく嫌だったので、美琴は適当にイチゴのショートケーキを指差しながら、

「あ、すいませ~ん。これ2つ下さい」

と店員に注文したのであった。


ケーキ屋を出た美琴は携帯で上条にメールを送った。ケーキを渡すためである。

(いいもんあげるからいつもの公園で待ってなさい―――っと。よし送信)

送信を確認した美琴は携帯を閉まうと、再び地下街をブラブラとうろつく事にした。
上条はメールを返すのが遅い事を美琴は知っていたからである。

(それんにしてもアイツってほんっと鈍感よね……普通女の子が家に食事作りに来て何も思わないわけないでしょう……ってまさか実は気づいてたりしてる――ってそれじゃ私の気持ちが無視されてることになるじゃん!)

そんな事はありえないと、美琴は首を振りながら自分に言い聞かせた。
それでも頭に何か引っかかるものがあった美琴ではあったが、おもちゃ屋の店先に並べられたゲコ太のヌイグルミを見たらそれはきれいさっぱり消えてしまった。

そんなこんなで美琴は地下街の出口へとやってきた。
時間帯のせいか、今は出る人より入る人の方が多い。

(う~ん、時間はまだ早いけどこれ以上地下街にいる意味はないわね……)

そう思った美琴は人ごみの流れに逆らって、出口へと向かった。


外に出た美琴は、強い風がピューと音を立てて襲ってきた。それによりスカートがめくれそうになるのをなんとか抑える。
下には短パンを履いているので慌てる必要はないのだが、こういうのは女性としての反射的な行動だから仕方がない。


体裁を整えた美琴はカラカラと風車が回る音を聞きながら、今からどうするかを迷っていた。

(外に出たはいいけど相変わらず暇だという事にはかわりないわね)

そんな事を考えながら、周りを見渡した美琴は一つの屋台に長めの列ができている事に気づいた。
列から外れた人が手に持っているものから推測してあれはグレープ屋台みたいだ

(へえ~、こんな所にもグレープ屋あったんだ……あの大きなケーキ屋といい今日は色々と発見が多いわね)

グレープ屋に興味をそそられた美琴はついさっき昼食を食べたのにもかかわらず、グレープを注文すべくその列へと加わった。

(ここのグレープ屋といつものグレープ屋ってやっぱり味とか違うものなのかしら)

そんな事を考えていた美琴だが、彼女がそのグレープを手にすることはなかった。
ドガーーーーーーーーンと大きな音が鳴り響く。
グレープ屋の前に建っていた大きなデパートの中腹部分が突如として吹き飛んだのだ。

「な……!?」

いきなりの出来事に美琴は驚いた。周りの人達も何が起こったのかと慌てふためいている。

(なんなのよ一体!――ってもしかしてテロ!?なら……!)

美琴は慌てて携帯を取り出したが、そこには何の連絡もなかった。

(え、着信なし?こんな時は必ず何かしら連絡あるはずなのに……)

もしテロならたくさんの人が中に捕らわれているはずだ。
ほっとくわけにはいかない。しかし仕事として依頼が来てない以上勝手に動く事もできない。

(でもそれだとデパートの中の人たちが!……く、なんでこんなときに限ってこないのよ!)

初めてかもしれない。仕事の連絡が来ない事にこんな悔しさを感じたのは。
しかしそう思ってるうちにも時間は過ぎていく。プオーンと音を立てて避難命令がなされる。
周りの人々は逃げるようにこの場から去っていく。しかし美琴は動くことができない。一般人として逃げれればこの件に自分が巻き込まれるはずはないのにも関わらず。
一分もしないうちについさっきまで混雑していたデパートの付近からは美琴を除いて人っ子一人いなくなった。
美琴は携帯を片手に持ちながら呆然と立っていた。

(どうしたらいいのよ……私は……ほっとけないけど……でも勝手に動くわけには――――――――――

その時美琴は何かに気づいたように、は!?っとした表情になった。
脳裏に2人の少年の姿が浮かんだからだ。ツンツン頭の少年。そして廃墟で自分に立ち向かってきた金髪の少年。
彼らは立ち向かった。
自分よりはるかに強い力を持つ相手に。
ただ守りたい。
それ以上でも以下でもないただそれだけの理由で。




「ふふ……そうよね。今さら私ったら何を迷っていたのかしら」



美琴の顔から笑みがこぼれた。
強い風が自分に当たり、体が冷えるが気にしない。
美琴は迷わずその足をデパートの方へと向けていた。

 

 

 

一方通行は携帯を片手にデパートの中を走っていた。

「それで、結局何が起こったか分かったのか?」

苛立ちを包み隠さずに一方通行は電話相手に半分怒鳴り気味にそう言った。

「俺にもわからない。さっきから上に聞こうとしてもいるんだが繋がらない。お前には悪いが、何があったかを少し調査してくれ」

電話相手は土御門元春。海原同様に一方通行が入る前からグループに所属しているメンバーの一人である。

「は!!人様を散々待たせた挙句に、やっと仕事が来たと思ったら犯人捜査とはオマエラは本気で俺を馬鹿にしてンのかァ?」

「……まあそう言うな。今伝えることは伝えた。これ以上は無駄話だ。また何か分かったら連絡する」

そう言うと土御門は一方的に電話を切った。携帯からツーツーと音が聞こえてくる。
その音がさらに方通行の怒りを煽った。
今日本来なら一方通行はテロリストを抹殺して、人質を解放するという仕事を請け負ってたわけなのだが、
一方通行が来た時には、すでに人質は解放されており、辺りにはテロリストの死体だけが転がっていたのだ。
そしてそれにより仕事を奪われ、挙句の果てには犯人捜査みたいな下っ端がやるような事をおしつけられて一方通行は完全に切れていた。

「まったく……どこのどいつだか知らねェが俺の仕事を勝手に奪い取りやがってただじゃ済まさねェぞ」

そう言いながら、デパートの食品売り場を走り抜けた一方通行だが、突如上の階から大きな爆音が聞こえ、その後大きな悲鳴がいくつも聞こえてきた。恐らくテロリストのものだろう。
そして、テロリストが悲鳴を上げるという事は自分の仕事を奪った相手がそこにいるという事を示している。
一方通行の顔が大きく歪む。口元から満月のような笑みがこぼれる。

「見つけたぜェ!さァて、俺の仕事を奪いやがった糞野郎にご挨拶しに行きますかァ!」

一方通行は悲鳴が聞こえてきた階へとベクトル操作を駆使して目にも留まらぬ速さで階段を駆け上がった。
そこで一方通行が見たものは―――――――――――――

テロリストのものであろうたくさんの武器。
いくつものテロリストの死体。
そしてその中心に立つ少女。

一方通行の顔から先程までの余裕が消えた。驚愕した表情へと変わる。

一方通行はその少女に見覚えがある。忘れるはずがない。
自分が絶対に守り通すと決めた少女をそのまま成長させたような姿。
そして、自分が一番傷つけた少女。






「なンで……なンで、テメェがこンな事してやがンだ超電磁砲!!」

 

一方通行は見覚えがある少女の姿を見て、驚きと困惑の混ざった声を上げた。
テロリストの死体の中に佇む一人の少女は、
かつて一方通行が関わったとある実験において『オリジナル』と呼ばれていた少女そのものだったからだ。

「チッ…聞こえてンですかァ超電磁砲よォ」

「……」

一方通行は舌打ち混じりに美琴に声を掛けるが、美琴は一方通行に答えない。

「テメェがここで何やってたか答えろっつってんですけどォ」

「…はぁ…厄介事に巻き込まれたってとこかしらね。ていうかアンタこそこんな所で何やってるわけ…?」

美琴は溜め息を一つ挟んで一方通行にそう答えた。

「『厄介事』ねェ…面白ェ言い方しやがんなァ超電磁砲…テメェがここでひと暴れしたってこたァ丸分かりなんですけどォ」

「こんな騒ぎがあってしかもわざわざ爆心地みたいな場所にアンタが居るって事は『そういうこと』ってわけね…?」

美琴の質問に答えない一方通行は、美琴の発した言葉から何かを見抜いたようだ。
そして美琴の口からは一方通行がここに居る理由が、何を示しているのか一見分からないようで
今の一方通行のような人間には意味が分かる――即ち『暗部』の仕事絡み――『そういうこと』という言葉が。

状況を二、三言の会話でお互いがどういう立場に居るのか把握した今、一方通行の仕事の役回りを美琴が終えていた事実に一方通行はある疑問が浮かんでいた。

(海原のヤロウはこの事を知っていたのか?)

グループの連中…海原と土御門は美琴がこの事件に関わっているとは一言も言わなかった。
もし知っていたならば、浅からぬ因縁があるこの少女と自分が合間見えることについて何らかの対処をしていたかも知れないが、
そこまで組織に属する個人の事情を掴んでいるとは思えない部分もあった。

(…それに超電磁砲が『堕ちた』のが事実なら土御門が気づいているはずだ)

(それに超電磁砲は『厄介事』に巻き込まれたと言っていた…『そういうこと』を知っている奴がそういう言い方をするって事は…)

「ハッ!偶々デパートでお買い物してたら悪い人達が襲って来たから正当防衛でビリビリしちゃいましたァってかァ?」

「この俺はテメェの必殺技って奴を見たからなァ。テメェが本気で電撃ぶっ放したら普通の人間はひとたまりもねェよなァ!つゥことはだァ…」

かつて自らの分身が犠牲にされ続けた実験を、命を懸けて止めようとしていた少女が目の前の惨状…自身も見慣れた光景を作り出したと言うことが事実なら…?

一方通行は、グループの連中が美琴が暗部に堕ちた事を知らずに自分を仕事に向かわせ、
その現場で美琴がテロリストを始末していた事を知った。

そして、確信に満ちた次の一言を口にしようとしたその矢先――


「そうよ。私は堕ちたのよ。アンタと同じように。」


――温度を感じさせない美琴の言葉。

美琴は一方通行が事実を突きつけようとする前に、自身の口から全てを認めるように『堕ちた』と言った。そして美琴は淡々と続ける。

「ここに私が居るのはそういうことよ。ただ居合わせたのは偶然だけどね」

「アンタがここに来るとは予想もしていなかったけど…ていうかあれからアンタがどうなってたのかすら知らなかったわ」

「まあそれは置いといて、もう時間がないわ…始末の後始末の事まで考えてなかったからどうしようかと思ってんだけど?」

美琴の話を黙って聞いていた一方通行は、うっすらと暗い笑みを浮かべる美琴に答えた。

「ハッ!そォかよ。第三位の超電磁砲が後先考えずにお仕事してくれちゃってご苦労さンなこった。警備員やらが来る前にどうにかするしかねェだろうがよ。」

「…貸し一つだ超電磁砲。面白ェ事に出くわしたから後始末はしといてやるが、今度ゆっくり話を聞かせてもらうぜェ?」

一方通行はそう言って携帯電話を手に取り、どこかへ電話を掛けた――――

 

 

―――――

一方通行と束の間のやり取りの後、美琴は歩くと言うには速く、走ると言うには遅い速度でデパートから外を目指していた。
自分が今日のテロ騒ぎを仕事とは無関係に始末したのはあのツンツン頭の少年と茶葉に鼻ピアスの少年の事がふと浮かんだからだが、それ以外の理由も美琴にはあったように思えた。

一般人を巻き込む事件を目の当たりにしたのは美琴にとって何度目かの出来事だが、正義感から飛び込んで周りが見えなくなったり文字通り痛い目に遭った事もある。
それでも美琴は立ち上がるを止めなかった。守るべき存在が居るから、守りたい人達が居るから、私は此処で倒れる訳にはいかないんだ、と言い聞かせるように。

…乱雑開放事件の時に親友の佐天涙子に言われたあの一言を、美琴は鮮明に覚えている。

『御坂さん、今あなたの眼には何が映っていますか?』

(そうだ、今のあたしには何が見えている?そして何が見えていない?見失ったものは何だ?守りたいものは何だった?)

自身の心に問い掛けながら美琴は進む。

「あたしは今何をしている?さっきまで何をしていた…?」

美琴にとってはさっきの言葉通り、あの場に一方通行が現れた事は予想外だった。
あの実験が中止になった後、美琴は一方通行と接触することなど無かった。会うことも無いだろうが、もしまた会ってしまったら…と考えては頭をぶんぶんと振る毎日。
美琴は目の前で一方通行に妹達を殺された事があり、一度一方通行の事を思い出してしまうと恐怖と残虐の記憶が鮮明に思い浮かぶのだった。

実際の所、さっきまでの美琴は限りなく自制に近い状態を意図的に続けていた。
勝手にひと仕事終えたところに本来なら平静で居られる筈がない人物が現れた為、一瞬美琴は言葉を失った。
ところがその人物があっさりとそれも以前のような口ぶりで話し始め、更に今の美琴がどういう立場なのかを一瞬で言い当ててしまった事で美琴は訳のわからない落ち着きを取り戻してしまった。

(あんな状態で何が言えるってのよって思ったけど…何でか安心しちゃったのよね)
美琴は自分に言い聞かせるような独り言をぽつりぽつりと呟く。

「なんなんだろうね、これって。ははっ。あいつがね、あははっ。なんであたしの前にはこういうことばっかり、、ははははっ」

…美琴は階段を下りて店内の案内板を見、最短経路を探す。途中お気に入りのキャラクターの雑貨などが置いてあったりもしたのだが、美琴はフロアに目もくれない。

(アクセラレータはあれだけのやり取りで一瞬で理解したんだろうな。こんなあたしを知ってしまった人がまた…)

美琴は裏口と思わしき出口から外へ出ようとしたが、一方通行との会話の間ずっと死体の傍から動かなかった為に靴が流れ出した血にまみれていたのに気付き、裏口に近い従業員用の洗面所に入る事にした。

靴は洗って手を乾燥させる機械の熱風を当てたが、服はそれ程汚れてはいなかった。
美琴はひと時の間洗面台の水を使うでも手を洗うでもなく流しっぱなしにして鏡に映る自分の顔を見ていた。
そしてぽつりとぽつりと鏡に向かって、
「あんたがあたしならあんたはあたしよ、同じところにいるのなら尚更、ね」

と、もう一度暗い笑みを浮かべて呟いた。

洗面所のドアの向こうで何人かの足音がする。一方通行が呼んだ『後始末』の人間だろうか。あの後電話を掛け始めた一方通行は、通話が始まる前に立ち去ろうとする美琴にすれ違い様にこう言った。

『よォこそ超電磁砲、クソッタレな世界へ』

(アクセラレータはようこそって言ってたけど、意味わかんないわね…つうか何でまたあんな仕事をしてんのかしら)

(なんか疲れたわ…貸しって事は借りを返さなくちゃいけないのよね。またアイツに会うのはなんかめんどくさいなぁ)

美琴は一方通行の言葉の意味を考えつつややずれた思考を展開しそうになったが、足音が遠ざかった事に気付き音を立てずに裏口から外へ出た。
辺りに人通りは無いが少し離れた所に車が二、三台止まっている。アンチスキルの姿が見えないところを見ると情報統制でも敷かれているのだろうか。
聞こえているのは美琴の足音だけで、美琴は脇目もふらず走り出す。

少し行った所の角を曲がり美琴は一直線に裏路地を目指す。
洗面所の乾燥機にかけたせいか靴がやや縮んでしまったようで、ややフィット感が変わった足元を気にしつつ走っていると、一つ向こうの交差点には人通りがあるのが見える。

(警戒線…?その向こうに人通りがあるってことはあそこを通るのはやめた方がいいわね)

美琴は裏路地に入ると携帯電話を取り出し、とある人物に連絡を取ろうとしたが、

「あ、ケーキとクレープのこと忘れてた…あの店完全に逆方向じゃない…あーもうっ!」

と、心底色々うんざりといった表情でぼやいた。

 

―――

「もしもし?あたしよあたし」
『――ビリビリ詐欺は間に合ってますが』

「おいまていやあの…」

『冗談よ。何かあったの?』

「いや…たまたま近くで騒ぎがあったみたいだから、何か情報とか知らないかなーっと思って」

『……はー。《おねーさま?》…その騒ぎとやらに首を突っ込んだんじゃないでしょうね?』

「いやあのねたまたまなのよほんとに。ケーキ買って行こうとしたら近くでテロテロしてて」

『…カエルみたいね?大体は把握してるわ。デパートが配電盤の故障で停電したり、漏電による事故の為本日閉店全員退避』

『でもって事故による負傷者は無しって事になってるけど。違うの?』

「うん、まあそんなとこ。確かに負傷者は見なかったわね」

『そっか。あんたが今どこに居るのか知らないけど、早いとこ戻りなさいよ?』

「うん、わかった。それじゃありがとう」
『それと忘れ物のケーキよろしく』

「はい?思いっ切り逆方向なんですけどー?つうか今から来いと?」

『よ・ろ・し・く――』

「ちょっとー!もしもーし?……切りやがった…」

美琴は一方的にお使いを託されて通話を終え、裏路地から人通りのある道に出て再び歩き始めた。
日がな夏の気配が増していたあの街角で、美琴に温かい紅茶が飲みたいとおねだりをした妹を思い出しながら。

疲れた顔を浮かべた美琴は地下街とは反対方向のケーキ屋に向かい、幾つかケーキを購入した。
足取りは気持ちと同じく段々と重くなるばかりだが、それでも立ち止まることなく歩き続ける。早く一息入れたいという一心で辿り着いたのはとあるビルだった。
表向きは、というか元より何の変哲もないビルなのだが、ここに先程の電話の相手が居るらしい。
入口で周りの様子をさっと窺い、最後の一踏ん張りとばかりに階段を上ってようやく部屋の前に着いた。
美琴はドア横の電子ロックにナンバーを入力し解錠したあと、はぁ…と溜め息をついた。

無言でドアを開けると向かって右側の部屋からカタカタ、と僅かに物音がする。キーボードを叩く音だろうか。
美琴は熱心なものねえと思いながら一番大きな部屋にある冷蔵庫にさっき買ったケーキを入れ、バスルームに向かった。

ざあああ、とシャワーからのお湯を頭から浴びた美琴はようやく普段の冷静さを取り戻した。
ここで黒子が乱入してこようものならそれこそ日常の光景なのかもしれないが、ここは常盤台の学生寮ではない。

ひとしきり入浴の手順を終え、バスルームを出た美琴を待っていたのは温かい紅茶の香りだった。

「ご苦労様、なのかしら」

「ただいま、とは言わないわよ」

美琴を出迎えたのは白衣の女性だった。

「あれっ?あの子は居ないの?」

「入れ違いみたいね」

「…ケーキ買って来いっつったのあの子なんだけどなぁ」

「そうなの?なら私がいただくわ」

「まあいいけど。つーかあんたはあだっ!…」

ごすっ、という擬音が聞こえそうな勢いて白衣の女性が美琴の額をチョップした。

「タメ口禁止」

「す…スミマセン…でしたっ」

「紅茶、飲むでしょう?お風呂上がりなら冷たい方が良いわね」

「ありがとうゴザイマス…」

美琴は頭をさすりながら、グラスにアールグレイを注ぐ白衣の女性の手つきに何とも言えない表情で視線を移す。

(相変わらず厳しい人だけど優しい…のかな)

美琴はグラスを受け取り、ソファに座って話を続ける。
「えーと、先輩?」

「何かしら?」

「今日は何か解析の依頼でもあったんですか?」

「無いけど有るわ。依頼が無くても仕事が溜まってる、そんなところよ。それがどうかした?」

「いや…向こうの部屋からカタカタ聞こえてたからてっきり」

「ああ、これを作っていたのよ、息抜きにね」

「これってあたしの服…です…か?」

「元はね。色々行き詰まりそうだったからお借りしたわ。私なりに可愛くしてみたのだけれど」

美琴は部屋に起きっぱなしにしていたTシャツが、何故かゴスロリ調になっていて最早Tシャツではない何かになっている事に若干引きつっていた。

(ペナルティってこと…?あたしが勝手に仕事したから…)

美琴は思い当たる節が存分にあるようで、下を向いて黙ってしまった。

「今日何があったのかはまた後で詳しく聞かせて貰うから。それまでゆっくりすると良いわ」

「…はい」

と美琴は答えたが…その後は黙ったまま白衣の女性の作品、元自分のTシャツのフリルをぴらぴらっと玩ぶばかりだった。

(相変わらず読めない事をする人だわ…)

(お仕置きと言っても直接本人に来ないところを見ると人柄が解る気がするわね)

(まあ仕事用で着てたどうでもいいTシャツだし、まあいっか。それにしても器用なものねえ。意外な一面だわ。私服の趣味なのかしら)

とか何とか考えつつ紅茶を啜っていると、白衣の女性がカーテンの向こうの街並みを眺めて呟いた。

「あの子は多分あなたの部屋に居るわ」

「えっ?あたしの部屋?何でまた」

「時計を見てみなさい。もう『門限』よ」

「ああ、もうそんな時間なのね」

「点呼が終わったら戻って来る筈よ」

「出てくる時に黒子に捕まってなきゃ良いけど」

「同居人の後輩なら風紀委員の仕事に駆り出されてるんじゃない?あの騒ぎで辺り一体の警備に動員されていると思うわ」

「そっか、そうなっちゃうか、やっぱり」

心の中で黒子と『あの子』にごめんなさいをして、空になったグラスをテーブルに置いた所で白衣の女性の携帯電話が鳴った。

「もしもし。……そう……ええ、今居るわよ。わかったわ、じゃあ気をつけて」

「何て言ってました?」

「かわいい後輩は『出勤』、こわあい寮監はやり過ごした、と。あなたの無事が確認できたからこれから戻るって。あとケーキ必ず残しといて念を押されたわ」

「最後にそれかい」

「まあ、急に『代返』を務めてくれたのだから対価としては安いんじゃないの」

「それはまあそうね。それに『代返』はあの子にしかできないことだし」


――だって私達は『二人で一人』だから――

ソファにもたれかかって少しの間目を閉じていると、疲れのせいか眠気に襲われそうになる。
白衣の女性はテーブルの上にノートパソコンを広げて画面を注視しているが、何かを操作している風ではない。

しばらくすると玄関のセキュリティを解除する音が聞こえた。戻りましたよーんと気楽な声がして、女の子が部屋に入ってくる。

「ありがとう、ごめんね」

「良いって。あたしの役割なんだし。取り敢えずケーキと紅茶ー」

「先に手を洗って来なさい」

「はーい」

と、女の子は白衣の女性の言うことを素直に聞いて洗面所へ向かう。

「いつもの事ながら食い意地が張ってるわね…誰に似たのかしら」

「あなたがそれを言いますか…」

と二人は笑い混じりにやり取りする。女の子はそれを聞きながら、ぽつりと鏡に向かって「ただいま」と呟いた。


「はー、やっと食べられる」

「どうぞどうぞ。あ、紅茶淹れるね。何にする?」

「ミルクティーが良いなー。お願いしまーす。ちゃんと蒸らしてね」

「…好みも似るのかしらね」

「そりゃあそうなんじゃないの」

「とにかく二人ともお疲れ様。それとお帰りなさい、ミサカ」

「はい、ただいまです布束さん」

「ただいまですおねーさま」

「ん、おかえり」

「おねーさまは何だか疲れてるみたいだけど」

「そうね…知ってるんでしょ?今日あたしが何をしてたか」

「大体はね。でも大事なのはミサカがおねーさまと直接話して把握することなんだけど」

「そうね…先輩も居ることだし、話しておくわ」

そう言って美琴は、事のあらましを二人に話し始めた。

――――――

「ふうん、色々やっちゃったんだね。それに一方通行が現れるとはね」

「あたしはそれが一番驚いたことだったりするんだけど」

「無理もないと思うよ。ミサカだったらそこまで冷静に対処できたかどうか」

「あたしだって結構ギリギリだったのよ…仮にあんたが会っていたらどうなっていたかと思うとちょっとね」

「まあ無事で何よりってミサカは思うよ…で、布束さんは今日の事をどう思う?」

「…第一位がその場に現れたっていう事実で明るみになったことはいくつか有るわね」

「それも気掛かりだけど…ところであなた《オリジナル》に何かあったように思うのだけど?」

単刀直入に、顔色を変えずに布束という女性は尋ねる。
美琴は自分には一方通行に対するよくわからない感情が生まれつつあること、『仕事』ではなく自らの意志で手を血で染めたこと、
その上でためらいなく人をモノに変えてしまったことをぽつりぽつりと話していった。
何かが変わった事は確かなのだが、美琴にはうまく言い表せないようだ。

普段なら美琴は布束さん、先輩と呼ばれる女性と、あんた、ミサカと呼ばれる女の子には何故か素直にものを話してしまうのだが、今日に限ってそうではなく。
素直になるという言葉に一瞬ツンツン頭の少年が思い浮かんだ美琴は、即座に打ち消そうと頭の中で自販機に蹴りを入れるのだった。

――――(ああ…今日は自分の事がよくわからないってことがよーくわかったわ)――――

 

 

第4部

――遡ること数年前、とある研究所――



「あの少女のDNAマップの解析はどの位進んだのだ?」

「現時点では全体の約92%といったところです」

「ふむ。まずは予定通りといったところだな」

「はい。解析が完了後、治療と研究の為のデータの集積作業に移行します」

「そうか。ところで例のプランは同時に進行できそうか?」

「そちらの方は外部からの招聘も含めスタッフを召集しておりますので、問題は無いかと思われますが」

「ここだけで専門外の分野にも手を付けるのは無理があるからな。それもあるが…外部の人間を寄こさせる理由は他にもあるな」

「監査でしょうね」

「計画が遅れれば『上』が催促ばかりしおるのは目に見えている。計画の外部への漏洩は今後に関わるからな。細心の注意を払わねばならん」

「それに『子供の善意』をしっかりと生かさなければなりません。私達は子供達の為に働いているのですから」

「そうだな。学園都市は子供達の街…我々大人が居るのは子供達の為、だからな」

研究員と思わしき人物はやり取りを済ませると部屋を後にした。部屋に残った初老の人物は、デスクに置かれた書類を眺める。

(…『量産型能力者計画』、か。上はまた面白い事を考え付いたものだな)

(難病の治療と研究の為に、と差し出された子供の善意をこういった事に転用するとは)

(善意を装って能力者達ののDNAマップをコレクションとは悪趣味な真似をしたものだ…初めは一体何のデータを寄こしてきたのかと思ったのだが)

(希少な能力者のマップを使うよりは汎用性の高い能力者のマップを使うのが計画に適していると考えたが…発電系能力者のDNAが果たしてどう転がるかな…?)

(私は私の仕事をさせてもらうとしよう。善意は報われねばならん。『計画』の責任者には野心があって成果に飢えている人間…やはり彼が適任だろうな)

(あとは…教え子を巻き込むのは些か気が引けるが、彼女達もスタッフに加えておくとしよう。必ず役に立ってくれるはずだ)

男性はペンを取ると極秘と書かれた書類に幾人かの人物の名前を書き込み、鞄に仕舞い込んだ。

 

 

―――

「長点上機学園から本日付でこちらに配属になりました布束砥信です。お招き頂いて光栄です」

「初めまして。貴女の事は学園の方から聴いています。私の事は主任で良いですよ。で、こちらが樋口製薬・第七薬学研究センターの所長です」

「久しぶりだね布束くん。君があの分野で目覚ましい活躍をしているのは私が学園を離れてからも聴いていたよ。君にしかできない仕事が舞い込んできたので宜しく頼むよ」

「分かりました所長。前もってある程度の事は把握していますが、ひとまず今日は何をすればいいのですか?」

「ああ。堅苦しくしなくて結構。先生と呼んでくれて構わんよ」

「では先生、私が呼ばれたという事は」

「そのことなんだが、この研究所である機械を君に作ってもらいたいんだ。君の生物学的精神医学の知識が必要でね」

「機械ですか」

「能力者が『自分だけの現実』を覚え知る為に必要な機械といったところだね」

「能力開発に関係があるのですね」

「そうだ。我々はカリキュラムとは別のアプローチを模索していこうと思っていてね」

「それには最低限の自我と安定した精神を継続させ、演算を行う為の情報を正確に使用者にインプットさせる必要があるのだが」

「『自分だけの現実』を機械で人工的に発生させるということですね」

「そう。『自分だけの現実』とは『人の心』から生まれるものだからね。『人の心』を学ぶ機械を作る為に、『人の精神(こころ)』を学んだ君にその手助けをしてもらいたい」

「わかりました」

こうして布束の監修による『学習装置』、別名テスタメントの開発と製造が始まった。
布束は人の心を作ることにも繋がるその機械を作るには、人の心が成り立っている要素を紐解いてみれば良い、と考えた。
強固な『自分だけの現実』を持つ能力者の『心』を知らない人間に、『自分だけの現実』を宿すことは出来るのだろうか…、という疑問と共に。

 

『学習装置』の開発が始まって数ヶ月、試作品が完成しようとしていた。

布束は『人の心』を作り出すという言葉に疑問を抱いてはいたが、これを使う段階の人間は『能力者』であるという前提がない限り使用許可は下りないだろうと考えていた。
『自分だけの現実』を持つ者を後押しする為の装置であるという認識の元にこれを開発したのだが、これが何も持たない外部の人間や無能力者に使われた場合どうなるのか?という一抹の不安があったのだ。
恩師に呼ばれ『仕事』を受け入れた自分にはこれを完成させる責任があるが、その先には開発者としての責任もついて回ることだろう、と布束は考えていた。

(これは使い方を誤れば全く違う結果を引き起こす可能性がある…人の心を一から作り出す事にも繋がりかねない)

(基本的な機能を備えた試作品としての期限には間に合ったが…)

「主任、臨床実験はどうするのですか?人道的見地から開発者である私が最初の被験者になろうと思ったのですが」

「その事なんだけど、被験者はこちらで用意することになりました。開発者である貴女が被験者になって何かあったら仕事として成立しなくなる恐れがありますから」

「ではどのようにして被験者を?」

「『置き去り』は関係機関に断られたのでこの研究所に居る人物が被験者を務めます」

「そうですか…」

「それに試作品の基本プログラムを使った能力者の思考ルーチン実験の方は特に問題は起きませんでしたから。予定通り明後日に試作学習装置の運用実験を行います」

「わかりました」

(シミュレーションはシミュレーション、プログラムはただのプログラムに過ぎない…生身の人間を使う事自体に危険性を感じないのは学園都市の人間だからか。それに『置き去り』という言葉は…?)

「大丈夫ですよ、貴女が作ったものなんですから自信もってくださいね。私達も信用してますから。あと残っている作業は最終確認のみですね」

「…はい」

(何か腑に落ちない…研究所の人間と言ってもここには大人しか居ないのでは…?)
布束の疑念は試作品の学習装置の完成を目前に少しずつ大きくなるのだった。

布束は試作品の動作の最終確認に立ち会った後、研究所の中のとある一室にいた。
研究所に招かれて以来自身の部屋として充てがわれた一室で、今後のスケジュールを確認する布束。学習装置の試作品は明後日に稼働を開始するが、その発展形の学習装置はまだ骨格が出来ているに過ぎない。
一つのプロジェクトには様々な作業が同時進行で行われる事がよくあるのだが、そこに布束が抱く疑念は尽きないのだった。

(『書庫』には色々な能力者のデータが保管されているが、明らかに隠匿されているデータもある。当事者や関係する機関の利害を考えれば実験の結果などは隠されて当然なものだ)

(学習装置の基本動作の一つに人間の心を形作っている様々な感情を入力する、というのがあるが、負の感情…怒りや悲しみや恐れといったものは極力排除されている)

(『自分だけの現実』には健やかな部分しか要らないということか…?)

(高位の能力者には負の感情が無いというのは聞いたことがないが、第一位や第二位の思考ルーチンや演算パターンなどの情報がこの研究所に手に入ったのには理由があるはずだ)

(運動、言語、倫理は普通の人間にも備わっている基本的なものだが、その上でこの発電能力者のデータを学習装置に使う事になったというのは…)

(いや…これ以上考えても私の推測に過ぎない…先生に呼ばれてここへ来て、取り敢えずやるべきことは終えたわけだし)

布束は徐々に自身が関わっている『仕事』の核心部分に近付いている事にはまだ気付いていない。

はっきりした事を答えない人間が居る以上、この『学習装置』絡みの出来事には何か裏がある筈だが、無闇に首を突っ込む事は身の危険を招く事に繋がりかねないからだ。
それに、自身をここに招いた恩師を疑う事にも少し抵抗を感じていた。

(学習装置の試作品に関する事は今日で一段落した事だし…そろそろ帰るとするか)

一連の思考を中断して部屋から出た布束は、帰宅するための準備を終えて所内の自動販売機が並ぶ一角に立ち止まった。

(学園都市の自販機の品揃えって…)

と心の中でつっこみを入れつつ、その微妙なラインナップの中で一番ましな気がしたヤシの実サイダーを購入した。ベンチに腰掛けて喉を潤していると、廊下の自分からは見えない所から話し声が聞こえてきた。

「試作品はほぼ完成しましたので、あとは予定通り稼働させます」

「そうか。あとは被験者だが」

「そちらの方も問題ありません。最初の『妹』が先程『誕生』したと報告を受けています」

「ふむ、ようやく軌道に乗ったといった所だな」

「はい。計画の遅れは今のところ見当たりません」

「しかし計画や予定といったものはいつどこで躓くかわからないものだからな。よろしく頼むよ」

「わかりました。それでは」

二人分の話し声が消え、一人分の靴音だけが廊下に響いたあと。

《布束くん、あと少し頑張ってくれたまえ》

と、一言だけ聞こえた気がした。

(『妹』…『誕生』…一体何のことだ…?)

布束の疑念は数日ののちに明らかになろうとしていた。

 

 

――同時刻、研究所の地下深く――

研究所内において、ごく一部の人間のみが立ち入る事の出来る区画がある。そこには人間一人が入るほどの大きさの容器が幾つか並んでおり、その中は何かの液体で満たされている。
容器の中では気体も発生しているらしく、時折ゴポッ、という気泡の音が薄暗い空間に響く。
その音は生命の息吹きなのだろうか、それともこの世に生まれ落ちる息苦しさを予感させるものだろうか…

「約二週間で完成しましたね」

「いや、まだ完成ではないよ。これは完成する事はない」

「…『人』としては、ですか」

「限りなく人に近い『モノ』かも知れないがね」

「『人』として生きていく事が出来ないのならばそれは『モノ』でしょうね」

「『モノ』という例えは悪いかもしれないが、仮に自由を得たとして真っ当な人生を送れるとは思えないがね。複製を取り巻く環境を想像すれば」

「国際法さえ適用外にしてしまうこの街でしか生きられないでしょうね。だからこそ生まれてくることが出来る、というのは逆説的ですかね」

「ここは神をも恐れぬ人の集まりの街だからな。もっとも『神』が居ればの話だがね」

「神も倫理も『人の造りしもの』だということかも知れませんね」

「この手の話題は議論が尽きないものだ。しかし、科学に埋没し人間の良心を離れた我々には最早薄暗い余生しか残らんよ」

「…そろそろですね」

ピピッ、という音がした後、容器からゴボゴボと液体が排出されてゆく。ゆっくりとそれを完全に吐き出した容器は、無機質な音を立てて蓋を開けた。

――今、人が倫理の扉を壊し産み出した存在がこの世に――

研究員達は用意していたタオルで容器から這い出して来た子供を拭き、やり取りを続ける。

「これもまだ試作品の段階だよ。量産するには色々と調査する必要がある」

「約二週間でここまでしか成長させられないのなら培養器の調整も必要ですね」

「手探りな事がまだまだ見つかるだろう。如何せん『学習装置』も試作品が完成したところだからな」

「スケジュールの遅延に繋がることは極力減らして起きたいですからね。とりあえずこの子で出来ることはやっておきましょうか」

「そうだな。二人目もじきに出来上がるだろうからな。備えあれば憂いなしに越したことはない」

「何事にもスペアプランですね」

子供は研究員に拭かれた後被せられたタオルを手で引っ張ったり握ったりしていたが、やがて泣き声を上げ始めた。
それを見た研究員たちは子供にこう言った。

――人の世に、学園都市に、子供達の街にようこそ――

――じきに新しい『妹』が生まれてくるから、そうすれば――

――そう、君達は『妹達』になる。おめでとう、そして――

 

「試作品を試作品で試すというのもなんかアレですね」
「表向きのスケジュールには無い出来事だからな。しかし実験には準備が必要だろう」

「これにはあの布束って子の立ち会いは必要ないのですか?」

「彼女には試作品の運用は明後日と伝えてあるからな。彼女はまだ表向きのスケジュールしか知らなくて良い」

「試作品ってこの『学習装置』のことですよね?」

「そうだ。『妹』の事はまだ知らない筈だが。いずれ重要な役割を担う事になるがね」

「そうですか。…起動開始まで約一分です」

「うむ。ではカウントダウンを始めよう」

そう言って研究員達は『学習装置』を本格的に起動させ始める。その傍らのベッドに横たわるのは…とある少女に似ていると言うよりも見た目は本人そのものな子供だった。それも『数年前』のとある少女に…

 

―――

布束は研究所から家に帰る間も、ずっと引っかかっている事について空を見上げ考え続けていた。

(先生も主任も何かを隠している。学習装置の試作品は完成した。最終確認―プログラムのバグや動作の不具合について―までは立ち会った)

(しかし試験的な起動は最終段階まで終えていない…。スケジュールには稼働開始は明後日と記されているが、間に1日挟む理由…それにあの『妹』という単語は何だ…?)

一度は打ち消した疑念が頭をもたげるたまま、ふと視線を進行方向へ戻すと何故か裏道への入り口が見えた。

(普段は気にも止めないような事なのに、こういう時には気付いたりするものね。偶には寄り道でもしてみようかしら)

最近になって周りが見えなくなっていたのかも知れないし全部思い過ごしだったのかも、と自分に言い聞かせて裏道を通って家へ向かう。

布束は長点上機学園に籍を置いたまま研究所に配属されているので、寮に自分の部屋、つまり「家」は残っている。
研究所に来てからは自分に充てがわれたあの一室や仮眠室に寝泊まりする事もあったが、次の日にスケジュールに余裕がある場合は時折寮に戻る生活をしていた。

(もし何かあったら連絡が来るだろうし、不在時に学習装置に不具合が起きてもデバイスでモニタリングはしているし)

と、先程とは違う思考を展開するのだったが。

突然裏道にデバイスからの警報音が鳴り響く。

(デバイスから警報音ってことは一体どういうこと?学習装置かしら?)

急いで鞄を開けてデバイスを取り出し、モニターを操作して警報音を消す。裏道に入っているので辺りに人が居なかったのは幸いだったかもしれない。モニターを注視すると、そこには予想だにしない結果が示されていた。

「amusing… 学習装置が起動している!!」

一瞬デバイスのエラーかと思ったが、それならば【Error】の表示が出ているはずだった。しかし画面には【Start beginning】【UR:27%】の文字が映っていたのだ。

(試作段階で万一の事があってはならないと私にしか解除できないロックが掛かるようにしていた筈なのに…誰かがそれを解除したのか)

布束はデバイスを握り締めて走り出す。

(【UR:56%】…もしただの誤作動ならば…学習装置本体に貼り付けた緊急停止措置の手順をを入力すれば私以外にも止められる筈)

布束が推測している間にも稼働率は上昇を続けていく。

(起動開始から数分経っているのに止まる気配が無い…【UR:89%】…稼働率は上昇中…一体何が起きている?)

走っているのにも関わらず、研究所までの道のりがいつもより長く感じられるほど時間が経っている気がしている。

そしてその数秒後…


.....【Connected success】
.....【Input beginning】
.....【Input continuation】


(……なっ!?)

布束は画面に新たに表示された文字を見て立ち尽くした。

そこには『接続成功』『入力開始』『入力続行』を表す文字列が並んでいたのだ。

「人が…繋がれて…いる…」

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