垣根「常盤台破壊計画?」 > 2


心理掌握派閥の溜まり場、常盤台中学第2会議室


今現在この場にいるのは、心理掌握ただ一人。

先ほど解散して無人となったこの部屋に、一人で戻ってきていたのだ。

「………」

彼女はそこで、窓から外を眺めつつ考え事をしていた。

そこに一つの揺らいだ影が、音もなく現れる。彼女は心理掌握の取り巻きの一人である。

心理掌握派閥は人数が多い。1人の人間が率いる能力者の集団というカテゴリーでは、学園都市最大の人数を誇る。

だが、そのほとんどがただの(全員レベル3以上の怪物たちではあるが)女子中学生である。

今来た彼女は、心理掌握の右腕として信頼されており、例外的に学園都市の闇を知っている。


「心理掌握様、調査が一部終了しました」

「ん、ご苦労様ー。で、今回の事件の原因は?」

「それが…この中学校の上層部が、暗部の機密情報を手に入れたことが原因のようです」

「へえ。わざわざ第2位を派遣するぐらいなんだから、よっぽど大事なことを知っちゃったんだねー」

「…で、そいつが何で私たちみたいに“善良”な生徒まで手を出そうとしてたの?」


会議室の空気が、心理掌握により一気に鋭く冷えたものへと変わる。

取り巻きのレベル4はごくりと唾を飲み込みながら報告を続ける。


「こ、このところ頻発している情報略取に対する、警告と見せしめのためと思われます」

「尤も、我々生徒の殺害までは指示されていないはずです」


報告が終わった会議室が無音になり、取り巻きが心理掌握の言葉を待つ。

その心理掌握はこの事件の解決方法を高速で思案する。

(…原因が暗部自体の情報であるならば、そこに交渉の余地はない)

(間違いなくもう一度、あの第2位がここに攻め込んでくるだろう。そしてその場合、退けるのは難しい)

(仮に退けても、それだけでは間違いなく暗部は襲撃を続ける。例えば第1位を派遣するとかして)

(ならば上層部を差しだす?)

(そうするにしてもある程度は時間を稼ぐ必要がある)

(落ち着け、優先順位を考えろ)

(そう、どのみち明日には来る第2位を退けることが第一目標)

(それが出来る可能性が有るとすれば…)
「今“使える”コはどれぐらいだったっけ?」

「はい。レベル4が21名。レベル3が73名です」

「んー。まだまだ足りないね。後でみんな集合した時にまとめて聞かせてあげなきゃ」


そういう彼女の手には、いつのまにか高級そうな音楽プレイヤーが握られていた。


「よし、それじゃああなたは引き続き調査を続けて」

「分かりました」

「後、これを放送室にセットして、ついでに御坂と白井をここに呼んできてちょーだい」


そういって心理掌握は音楽プレイヤーを取り巻きに放り投げた。

取り巻きはそれを受け取ると、来た時と同じように音もなく揺らいで消えた。


(…あの第2位がもう一度来るまでにこの私ができる事は…)


そこで彼女はある事に気がついた。


(あの第2位、私の心理操作にわずかとはいえ反抗して見せた)

(そんなことができるのは精神コントロールのトレーニングを能力者から受けていた場合)

(そうだ、確か第2位の所属する“スクール”には、心理定規がいる)

(今回のことで私を脅威に感じたのなら、明日は彼女を連れてくるかもしれない)

(…どちらにせよ、保険は掛けておくべき、か)

心理掌握は携帯を取り出しある人物へコールする。


「もしもし」

「いやだなあ、そんな声出さないでよー」

「あなたの専売特許、人材派遣(マネジメント)をお願いしたいんだけど」

「え、違う違う。別に危ないことを頼みたいんじゃないの」

「確か心理定規ちゃんって、ホテルでのお相手もしてくれたよね?」

「私の名前は伏せて、今日の深夜12時過ぎからの予約をお願い」

「ああ、お金なら糸目をつけないから確実にねー」

「うふふ。何するかなんて、それは好きに想像してればいいじゃない」ピッ



電話を切った直後に、遠慮がちなノックの音が会議室に響いた。


「入って良いよー」


ゆっくりと御坂と白井が会議室へ入ってくる。


「…まず、今日は助けてくれてありがとう。まだお礼を言ってなかったわね」

「気にしなくていいって」

「あの、心理掌握さん?あなたが追い返したあの殿方は…」

「学園都市第2位の超能力者、垣根帝督っていうイケメンさん」

「ねえ、心理掌握、あいつは多分また来るわよ」

「こんな私じゃとてもこの学校を守りきれないわ」

「お姉さま…」

「それに、後一時間もしたら学生が集まるけど、その全員で戦っても勝てないと思うわ」

「そりゃそうでしょ」


あっさりと認める心理掌握に、御坂は目を見開いた。

「あのねー、この学園都市の第2位がそんな簡単に倒せたら苦労は無いのよ」

「なら!」

思わずどなる御坂に、心理掌握はやれやれと溜息をついた。

「でも、方法がないわけじゃない」

「えっ」

「だから御坂、あんたを呼んだの」

「“レベルアッパー”って覚えてる?」


当然御坂も白井も覚えている。

聞くだけで能力のレベルが上がる音楽がある。そんな都市伝説が一時期ネット上を席巻した。

その正体は木山春生が作成した、共感覚性を利用して使用者の脳波に干渉する音声ファイルである。

レベルアッパーは、複数の人間の脳を繋げて「一つの巨大な脳」としてのネットワークを構成し、

極めて高度な演算を行うことを可能にする。その結果高い能力を扱えるようになるのだ。


「あれを私なりに改造した特別バージョンを、この常盤台の生徒全員に聞かせる」

「ここの学生は全員レベル3以上の能力者。全員の演算能力を、私の能力の補助に使えば第2位にも手が届く」

「ここのみんなを演算の道具にする気!?」

初めて心理掌握の顔にイラつきが現れた。

「あのねえ、ばらばらで勝てないんだから、一つにまとめるしかないでしょうが!」

心理掌握はふう、とため息をついて会話を続けた。

「…でもこのプログラムはまだ一部未完成なのよ」

「脳波を操るのは私の十八番だし、戦いながらでもなんとかできる」

「問題は、その演算ユニット同士を繋ぐネットワークの構築」

「…あんたこの私に、その脳波ネットワークの管理をしろって言いたいのね?」

「ピンポーン。レベル5が2人で管理すれば、このネットワークはかなり安定できるはずなの」

「この案に乗るか、かみじょー君でも連れてくるか、全員で玉砕するか。答えは?」

 

 

 

常盤台の学生が心理掌握によって集められた同時刻(午後5時)、スクールのアジト

垣根帝督は、そこで常盤台中学の資料を閲覧していた。

今回暗部の情報を手に入れたのは、その中学の教頭を筆頭にした教師3人と経営陣4人らしい。

全員の居所はすでに調査済みだが、半数以上がこの学園都市を離れているのですぐには手を出せない。

残るメンバーは中学校の地下に逃げて一歩も出てこない。

(ちっ、やっぱり襲撃一回目のミスで警戒心を抱かせちまったのは痛ぇな)

(それにあの超電磁砲や心理掌握が対策を立てないはずはねぇ)

(雑魚とはいえ、心理定規一人に学生を相手させるのは厳しいか…?)

(確実に任務を遂行するなら、二人で一緒に行動し、学生を無力化させつつ地下へ侵入、標的を抹殺)

(これがベストだな)
垣根がそう結論付けていると、カチャ、と音を立てて奇妙な格好をしている一人の少年がアジトに入ってきた。

具体的には、“360度にプラグが挿してあり無数のケーブルを腰の機械に繋げている、土星の輪のように

頭全体を覆う金属製のゴーグル”を装着しているという奇妙さだ。


「あれ、お前の仕事もう終わったの?」

「終わった」

「ならちょうどいい。明日お前も俺らの仕事に付き合え」

「いやだ」

「おい、垣根兄さんがお小遣いやるから」

「…どんな仕事?」

「暗部の情報を手に入れた常盤台中学の上層部の抹殺&抵抗する学生の無力化」

「いやだ」

「なんでだよ?」

「勝てない」

「安心しろ。お前には念動力で裏門を破壊する陽動を頼みたいだけだ」

「…分かった」

「よし。じゃあ詳しいことは心理定規が来てから詰めるぞ」


それから心理定規は1時間後に到着し、3人は明日の作戦会議を始めた。
「じゃあ確認するぞ」

「明日の午後2時、俺らスクールは常盤台の攻略及び標的の抹殺を開始する」

「まず、僕が裏門を破壊し生徒をなるべく多く引き付ける」

「その間に私と帝督が、正門から地下へ強行突破」

「後は俺が標的をぶち殺しておしまい、という訳だ」

「学園都市の外にいる連中についてはまた指示があるって話だし、今は置いておく」

「今回問題なのは2人のレベル5だな」

「またあの女に邪魔されると厄介だし、見つけたら最優先で叩いておく」

「あの女の能力は極めて強いが、念話ならともかく洗脳や記憶の読み取りを発動するには

 対象に触れるか目を合わせる必要がある」

「それが5位に甘んじている理由だ」

「能力の発動基準だけなら、心理定規の方が上をいく」

「そう、ね。私は目を見る必要はないし。ただそれでも相手はレベル5なんだから、私じゃ届かないわよ」

「とりあえず攻撃の手を一旦止めることができれば十分だ」

「その隙に俺があの女を潰せばいい」

「もう一人、超電磁砲は戦闘能力なら常盤台でずば抜けている」

「が、それも俺の敵じゃない」

「姿を見つけちまえばこっちの勝ちだ」

「いつもどおりこなせば難しい任務じゃねぇ」
垣根の言葉に二人はうなずき、今回の30分ほどの会議は終了した。


「あ、私は今晩お仕事が入るから、明日は現地集合ってことで」

「ああ?何すんだよ?」

「ホテルでのお・し・ご・と、よ」

「…聞くんじゃなかったぜ」

「何想像してんのかしら?」

「まあいいわ。久しぶりにセレブがお相手みたいだし。」


そう言って心理定規は笑顔でアジトを後にした。


現在時刻:午後7時

常盤台襲撃まで残り:19時間

 

 

常盤台中学学生寮(学舎の園)、心理掌握の部屋

「演算領域の確保成功、生徒の脳波に異常なし」

「御坂ー、ネットワークの方は?」

「…OK、全体リンクに成功したわよ」

「ふう、やっとひと段落か。頭痛ーい」


心理掌握は額をグリグリと揉みほぐして力を抜いた。


「後はみんなの負荷を考えると、本番まで試行できないしー」

「ぶっつけでやるしかない、って事よね」


さすがに御坂も疲れているのか、くたびれた感じの声で同意した。


「でもアンタ、いつのまにこんなプログラムを構築していたわけ?」

「うーん、御坂は重福省帆(じゅうふくみほ)ってコ知ってるでしょ」

重福省帆(じゅうふくみほ) は関所中学校の二年生である。

常盤台中学の生徒に彼氏をとられたので、逆恨みをして常盤台の生徒を何人もスタンガンで襲い、

おもしろ眉毛を書いていくという卑劣な(?)犯行を繰り返していた。

この事件を解決したのも御坂や白井たちである。


「そりゃ知ってるけど、あの子がどうかしたの?」

「あのコは私の常盤台に喧嘩を売ってきたわけじゃない?」

「だから収容先に会いにってお仕置きしようとしたのよ」

「!!」

「…まあ、単に記憶丸ごと消すぐらいで許そうとは思っていたけど」


御坂は思わず息をのんだ。目の前の彼女ならそれが簡単に出来るからだ。


「ま、まさか本当に消したわけじゃないわよね!?」

「うん。とりあえず記憶を覗いてみたら、もっと面白いことが分かったからね」

「…ひょっとしてそれが」
「そ。レベルアッパー。都市伝説とかじゃなく、単なるレベル2が本当に急激に能力を高めていた」

「彼女の脳波がおかしいのはすぐ分かったし、私の優秀な“友達”と一緒に詳しく調べてみたらすぐに判明したわ」

「これは脳波のネットワークを使った高性能な演算プログラムだってことがね」

「事件自体は御坂が解決しちゃったけど、そのプログラム自体はまだ保存していたし、私ならもっと有効活用できる」

「そう思ったから改造をしてたのよ」

「まさか、こんな事のために使うはめになるとは思いもしなかったけどー」

「…あんた、やっぱり性格悪いんじゃない?」

「何でさ?」

「結局学校のみんなを実験に使う気だったんじゃない!」

「別に今度は昏睡するわけでもないし、それでより高い能力が手に入るならいいじゃない」

「そんな考え方は間違ってるわ」

「そうだね…ここが学園都市じゃないなら、御坂が正しいよ」

「でもここは“そういう考え方で成り立っている場所”なの」
心理掌握の言葉を、今度は御坂は言い返すことができなかった。

木山春生の教え子が受けた体晶投与実験、テレスティーナ木原の狂気、

そしてなにより自分のクローンを2万人虐殺しようとした絶対能力進化(レベル6シフト) 実験。


「…けど、それでも私は間違ってると思うわ」

「御坂は強いね。けど、それじゃそのうち折れちゃうよ」

「硬いモノはポッキリ折れる。柔らかく曲がらないと、いつか取り返しがつかなくなるの」


心理掌握の声には純粋な心配だけがあった。御坂が思わず問い返そうとすると、

二人の間に一つの影が揺らぎ、女生徒が一人現れた。


「心理掌握様、ご報告を」

「やっときた、じゃあ御坂、悪いけど今日はここまでね」

「え、ちょっと!?」

「また明日学校でー」


強引に御坂を部屋から追い出し、部屋に静けさが戻る。

「じゃあ、報告お願いねー」

「人材派遣(マネジメント)は要求通りにしたようです。第三学区の月宮ホテル707号室を予約しました」

「また、スクールに出された今回の命令の期限は1週間です」

「彼らの標的およびその現在地のリストになります」


取り巻きが差しだしたリストには、教頭をはじめとする7人の名前が載っていた。


「この学校の地下に3人隠れているのかー」

「じゃあ第2位はそいつらの抹殺のためにここに確実に来るね」

「…はい。その上スクール正規メンバーであるゴーグル少年が仕事を終えた様子です」

「じゃあ彼も来るって考えていたほうがいいね」

「まあ、そんな事の確認は後で“彼女”から出来るからどうでもいいや」

「…スクールの連中は感づいたかな?」

「いいえ。心理掌握様が暗部に通じていることは気づかれておりません」
「そ。じゃあやっぱりアレイスターは今回の件本気じゃないね」

「これが私の唯一のアドバンテージだからね、失ってないみたいで良かったよ」

「全部全部、何事もなかったかのように元どおりにする」

「それができれば私の勝ち」

「…はい。心理掌握様なら確実にそれがお出来になります」

「うん、ありがとー」

「では、残る報告とホテルのカギはこちらにまとめて置いておきます」


その言葉を残して取り巻きが部屋から立ち去ってから数十分後、心理掌握は部屋を出た。

 

第三学区月宮ホテル、707号室

心理定規は身だしなみを整えて部屋の前にいた。

珍しく人材派遣(マネジメント)が紹介してくれたお客で、破格の報酬をくれるというのでOKしたのだ。

他の人間なら見ず知らずの人と部屋で過ごすのは不安だろうが、彼女に限っては問題がなかった。

悪意を持った人だろうと、薄汚れた欲望を持っている人だろうと、能力でどうとでも解決できるからだ。

…そう、問題は無いはずだった。


「失礼しまーす」


彼女が気楽に部屋に入った瞬間。

その頭の上にポン、と手が置かれた。

瞬間彼女は動くことが出来なくなる。

いや、動こうとする考えすら浮かばなくなったのだ。


「いらっしゃい、心理定規ちゃん」

「今日はゆーっくりお話しましょ?」



現在時刻:午前12時

常盤台襲撃まで残り:14時間

 

 


「な、なんで…?」

「そんなに心配しないでも、もう何にも疑問を抱くことはないから安心してねー」

「…常盤台襲撃に関して、あなたの頭ちょーっと覗くわよ」


心理掌握は心理定規の動こうという意思を止めつつ、彼女の記憶を読み取っていく。

襲撃予定時刻、ゴーグル少年の陽動、第2位の戦力のとらえ方…大方予想通りだった。


「ふう。大体必要な情報は手に入れたかな」

「後…明日あなたには第2位と戦ってもらうわ」


心理定規が、信じられないといった目を浮かべてくる。

それを気にも留めず心理掌握は楽しそうに告げた。


「じゃあ、お人形さんに指令を出すねー」


(第2位の作戦をこちらが利用する)

(明日の襲撃時、第2位が私たちに気を取られている隙に、心理定規が能力を発動)

(彼女の能力で動きを封じ込めた時を狙って、強化された能力で第2位を無力化)

(後はその指令を受けたという記憶を一時的に消してしまえば完璧)

(…ついでに彼女にもコレ聞かせておくべきね)


「よし、これで明日の勝率が格段に…」


心理掌握がつぶやいてポケットに手を入れた時だった。


「あーあ、めんどくっせぇな」


突然ホテルの部屋の窓が粉砕され、楽しそうな笑顔と6枚の翼を浮かべた第2位が乱入してきた。

「まーったく、ホントこいつの予定なんて“聞くんじゃなかったぜ”」

「何かあるかもって予想して心理定規をつけてみりゃこれだよ」

「この俺にストーカーまがいなことさせやがってよお、クソボケが」

「に、してもだ。ただの中学生にしては、随分“俺ら”について詳しいじゃねえか」

「…心理掌握、テメェいつから暗部について知ってやがった?」

「く…」


心理掌握が慌てて触れようとするが、垣根の出す翼にベットの上に抑え込まれてしまう。


「おいおい、そう何度も頭いじられる訳にゃいかねぇんだよ」

「聞きたいことがあるのはこの俺の方なんだけど、クソ生意気なお嬢さん?」

「がはっ」

メキリッ

垣根は翼を使って彼女の四肢を簡単に固定すると、ゆっくりと捻じり上げていく。
「こういうプレイがいいのかな?それともこっちか?」


残る2枚の翼が彼女の腹部にドスンと打ち込まれる。


「がああっ」


ドスッドゴン

さらに4、5回打ちすえると、彼女の抵抗が完全になくなった。


「さあ、質問にとっとと答えろよ」

「テメェほどの能力者が暗部について知っているなら、間違いなく暗部入りしているはずだ」

「…うぅ」

「なのにどうしてお前は“俺たちの世界”に来てねぇんだ?」

「……」

「おいおい、楽しくなっちまうじゃねえか。まだダンマリするのかよ?」


メキ、メキィ

今まで以上に彼女の腕を捻り上げると、部屋中に叫び声が響いた。


「ア、アアアァ!」

「とっとと答えろよ。それとも下部組織の連中にでもマワされたいのか?」

「俺はテメェみたいに頭を覗けないからさ、直接言ってくれなきゃ分かんねえんだ」

「しかも生徒は殺すな、って指示があるから楽にすることも出来ねえ」

「…なあ、全部教えれば助けてやるよ」


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い)

(完全に予想外だった)

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い)

(この状況で打てる手段は…)

(1つしかない!)


心理掌握は最後の力を振り絞って右手を自由にすると、ポケットの中のモノを叩きつけようとした。

が、当然垣根がそれを許すはずもなく、振りほどかれた翼でそれをキャッチする。
「この期に及んで隠滅しておきたいモノってのは、一体なんだ?」

「…音楽プレイヤー…?」

「暗部の機密情報でも録音してんのか?」


当然垣根はそれを自ら確認するべく再生した。


「ただの音楽?…いや、なんだ、これは…っ…あ…おああっ…」


垣根は頭を抱えて苦しみだす。能力の演算も阻害され、翼がすべて消滅した。


「…テ、テメェ…何をした…?」

「はぁ、はぁ、お、教える訳ないでしょうが」

(これで第2位の脳波に私が干渉できるはずっ)

「…そうか、確か以前…変な音…楽ファイルが…流行って…たな…レ、レベ…ルアッパー…だ」

「俺の…演算領域に…直接干渉する…って…ハハ…褒めて…やるよ…!」

(まずい、出力の方が足りないからこのままだともたない!)

(今は逃げる方が先か…)


心理掌握はそう判断を下すと、悶えている垣根を踏みつけ、ホテルの部屋を後にした。


現在時刻:午前1時

常盤台襲撃まで残り:13時間?

 


常盤台中学学生寮、御坂美琴の部屋


「…お姉さま、まだお休みになりませんの?」

「心配しないで黒子。あんたこそ頭痛かったりとか、ぼんやりしたりとかしてない?」

「何度も言いますけど、全く問題ありませんの」

「お姉さまがネットワークを管理されてる以上、問題など起こるはずがありませんもの」

「うん、ありがと」

(…本当にこれでよかったのかな?)

(常盤台のみんなを守るには、私たちじゃ力不足なのは確かだけど、他にやり方は無かったのかな?)

(いや、多分これ以外に方法は無かったわ)

(…ホント、レベル5って言っても全然役立たずよね、私)

(それでも、あの第2位からは絶対にこの学校を守らなきゃいけない)

(こんなとき、あいつならきっと迷わず立ち向かうんだろうな)
御坂がとあるツンツン頭のレベル0(無能力者)を頭に思い描いていると、携帯に着信があった。

たったいま頭の中に思い描いた彼からである。


(な、なんでこんな真夜中にあの馬鹿から電話が!?)


慌てて通話ボタンを押して応答する。


「は、はい!ちょっとあんた、こんな時間に…」

「悪いビリビリ、緊急事態なんだ!」

「…ど、どうしたのよ?」

「お前の学校…常盤台の学生が道端に怪我して倒れてんのを見つけたんだ!その子、うわ言でお前の名前を呼んでたんだよ!」

「何ですって!その子は誰なの!?」

「名前とかは聞く前に気絶しちまったんだ」

「お前が俺の見舞いに来た病院あっただろ?今そこに搬送中なんだ。こんな夜中に悪いけど、来てくれないか?」

「分かったわ。すぐに行くから!」

御坂は携帯を慌ててしまうと、真剣な顔で自分を見つめる後輩に告げた。


「黒子、うちの学生が怪我して倒れているのが見つかって、今搬送中なの」

「まあ、一体どなたでしょう!?」

「それは分からないけど、私の名前を呼んでたって言うし、今から病院に行ってくるわ」

「…わたくしもお供いたしますわ」

「でも、」

「わたくしのテレポートなら、病院まですぐにいけますもの」

「…そうね。じゃあ、頼んだわよ」

 

第七学区のとある病院 とある病室(午前6時)


患者の検査に思った以上に時間が掛かり、御坂たちは病院で仮眠をとった。

検査がようやく終了したので、御坂たちはカエル顔の医者に起こされて患者の容体を説明されていた。


「…だから、命に別条はないね。両手足の怪我は酷いけど、それも2週間もかからず治るね」

「問題なのは、能力の無理な使用による負担と疲労が限界に近いってことだね」

「…彼女は僕でも知ってる有名人だからね。複雑な事情があるんだろうけど…」

「とりあえずしばらくは絶対安静にしてもらわなきゃいけないからね」


そう言ってカエル顔の医者は病室を後にした。

残っているのは上条、御坂、白井、そして患者である心理掌握の4人だ。
「…なあ、ビリビリ。あの医者が言ってたけど、この子有名人なのか?」

「ビリビリ言うな!…彼女は常盤台のもう一人のレベル5。第5位の心理掌握よ」

「あなたのような殿方でも、能力ぐらいはご存知でしょう?」

「触れただけで相手の記憶を抜きとる能力者が常盤台にいる、ってのは聞いていたけど…」

「そうね、それも確かに彼女の能力の一つよ。」

「…そんなスゲェ能力者が、なんだってボロボロになって倒れてたんだ?」

「しかも、この子うわ言で変なこと言ってたし」

「彼女、何を言ってたの?」

「えっと…『ばれた』とか『もう抑えきれない』とか」

「ああ、あと自分の兄でも呼んでたのかな?『にい』とかなんか言ってた気がする」


それを聞いて御坂と白井は表情を変えた。

恐らく『にい』とは『2位』、垣根帝督のことを言っていたのだろうと思い当たったからだ。

しかも、『ばれた』と言っている以上、垣根に今回の計画がばれてしまったということに違いない。


(けど、あの第2位が彼女をみすみす逃がすとは思えない)

(それに仮に逃がしても、すぐ追いかけてくるはず)

(なのにどうして今は追ってこないのかしら…それとも追えない?)

(もう一つ気になるのは…『抑えきれない』っていう言葉…ひょっとすると!)


御坂はモバイルを取り出し、常盤台ネットワークの演算状況をモニタリングした。

さらに自分の能力を使って“直接”つながり、より正確な情報を手に入れようとする。


(今までにない巨大な演算ブロックを確認…やっぱり心理掌握は第2位にアレを聞かせたんだわ)


あの曲を聞かせたならば、直接触れたり目を見なくても相手の脳波を心理掌握は操れる。

ただし、大勢のネットワークを経由しながら一個人を操るとなると、必要な能力は桁違いに多くなってしまう。

そのうえネットワークに参加したみんなの負荷を考えて、これは今ほとんど稼働していない状況なのだ。
(本来の使い方じゃ無いうえに、自分だけの力で強引にネットワークから操作したのね…)

(そんなことしたら、負担や疲労が溜まるのは分かり切ってるじゃない…!)

(…けど、これは絶好の機会にもなる)

(心理掌握が起きたら、ネットワークをフル稼働して第2位を一気に取り込める)


その時御坂は、演算状況が変化していくのを感じ取った。

第2位のものと思われる演算ブロックが、徐々に縮小していったのだ。


(ま、まさか自力でこのネットワークから逃げ出せるの!?)

(どこまでも常識の通用しないやつねっ)

「おい、ビリビリ、どうしたんだよ?」

「お姉さま?何かあったんですの?」

「…ゴメン、ちょっと出かける!」

「はあ?もうちょっと俺に説明してくれよ!」

「お前、また何か困ってるみたいじゃねえか」

「…ごめん。調子いいのは分かってるんだけど、何も聞かずにいて」

「あと、あんたが彼女をここで守ってくれるのが一番助かるわ」

「黒子、あんたもここに残って何かあったら連絡をしてちょうだい!」

「…おい!御坂!」


御坂は2人の返事を聞かずに病室を飛び出した。

すでにどう考えても迎撃作戦は破綻している。

今単身第2位とやりあっても勝ち目はない。

作戦の要である心理掌握が倒れた今、彼女の取り巻きたちと対策を話し合う必要がある。

御坂は学舎の園へ全速力で駆け抜けた。



現在時刻:午前6時30分

常盤台襲撃まで残り:7時間30分?

 

 

 

時間は戻って第三学区月宮ホテル、707号室(午前1時すぎ)


「く…」


垣根は、未だに痛む頭を軽く振ってゆっくりと起き上った。

波のように押し寄せていた心理掌握の攻撃が収まったからだ。


(…あの女、意識を失ったか)

(だが俺もまだ体を満足に動かせねぇ)

(…………)


垣根は追いかけるのを諦めて、演算に注意を集中しネットワークから自分を切り離す方法を思案する。

やがて自分の能力である未現物質(ダークマター)を応用した疑似的なファイヤーブロックを構築することに成功。

それを少しづつ組み上げていく。


(完全に構築するには朝までかかりそうだな、こりゃ)


そして夜が明けるころ、ようやく回復した垣根は今も意識の無い心理定規を揺さぶった。


「おい、しっかりしろよ」
「…あ……う…?」

「ダメだな、こりゃ」

(どうやら心理定規は完全に“やられた”らしい)

(復帰にどれぐらいかかるかも分からねぇ)

(…今回は、本当に予定外のことばっかり起きやがる)

(もう独断で動けるレベルじゃねえな)


垣根は溜息をつくと、普段は決してかけたくない相手へ電話をかけた。

自分たちスクールの指示役、電話の男へ。


「…はい。あなたからとは珍しい。こんな朝早くどうしました?」

「ちょっと色々めんどくせぇことになってな。幾つか報告することがあるんだが…」

「…心理掌握が暗部について相当詳しい。どういうことだ?」



現在時刻:午前6時30分

常盤台襲撃まで残り:7時間30分?

 

 

常盤台中学学生寮(学舎の園)、用具室


御坂は寮へ到着する前に、心理掌握派閥のクラスメイトへ連絡を取っていた。

するとすぐに派閥の上層部から連絡があり、この部屋で落ち合うことを指定された。

そこにいたのは、昨日心理掌握の部屋に報告に来た取り巻きのレベル4だった。


「御坂様、ご連絡いただきありがとうございます」

「みんなに関わることなんだし、それぐらい当然じゃない」

「それより、後で彼女のお見舞いに行ってあげなさいよ」

「あなたも気にしてるんでしょう?」

「…はい。ですが“聞いた”限り容態は安定されているご様子。ならば事態の解決を優先すべきです」

(…誰かからすでに報告でも受けたのかな)
「そうね。しばらく彼女は目を覚ましそうにないし…話し合いが先ね」

「あなたたちは今日にでも第2位が襲撃に来るって思う?」

「もしそうなら、時間がないし打つ手は極めて限られてるわ」

「はい。残念ながらほぼ間違いなく来るでしょう」

「でも心理掌握は、第2位を常盤台ネットワークに取り込んだのよ」

「アイツはどんな手を使ったのか、今はその影響を受けてないみたいだけど…」

「けど、向こうだって万全の状況ではない事に変わりないわ」

「はい。それでも彼らは来ると思われます…あの、御坂様」

「え?」

「心理掌握様は聡明な方です。ご自分に万一の事があった場合に備え、メッセージを残しています」

「ホント!?」

「今からお聞かせいたしますので、ご傾注を」
そう言った途端取り巻きから力が抜け、眠り落ちたように動かなくなった。

が、それも一瞬のこと。再びしっかりと立ちあがり、取り巻きは目を閉じたまま喋り出した。


「御坂、あんたがこれを聞いてるってことは、私は死んだか、行方不明か、よくて意識不明ってトコかしら」


取り巻きは心理掌握の口調で喋り続ける。

どうやら心理掌握は取り巻きに後催眠暗示のようなものを仕込んでいたらしい。


「こんな状況だと出し惜しみできないからハッキリ言うねー」

「昨日少し説明したけど、第2位の目的は常盤台中学上層部の抹殺」

「さらに警告や見せしめとして、校舎及び生徒へインパクトあるダメージを与えること」

「指示したのはこの学園都市の闇よ」

「だから、交渉や懐柔は無駄と思っていたほうがいいわ。ってか無駄」

「って、御坂には説明する必要はなかったかな?」
学園都市の闇…御坂はそれを身を持って幾つか体験している。

レベル6を作り上げるために、2万人のクローンを一方通行に殺させる。

そのあまりにもばかげた計画を、御坂は研究所を破壊して止めようとした。

しかし、いくら破壊しても研究はよそへ引き継がれ、止まる気配を見せない。

挙句の果てには、自分と同じ“超能力者”の第4位、麦野が妨害に来て戦うはめになった。

恐らく、第2位も麦野と同じような境遇なのだろう。

学園都市は、御坂に黒子たちとの楽しい学生生活を提供している。

そしてその裏では、一方通行や麦野のような学生には殺戮や破壊を躊躇なく実行させている。

…御坂はその闇に対抗できなかった。

自らの命を絶つ決意までするほど追いつめられ、そして上条(レベル0)に救われた。

けれども、救われたのは御坂とその周りのわずかな世界だけであり、学園都市の本質は何も変わっていない。

今もなお、その闇に生きる第2位のような学生がいるのだ。

(そうね。ああいう連中が、絶対に引きさがらないのは良く知っているもの)

「つまり、今出来ることは大きく分ければ2つ」

「無理だけど生徒みんなで逃げるか、無理だけど第2位に勝つか」

「御坂がどっちを選ぶか分かんないから、両方の計画を用意しておいた」

「この話が終わったら、好きな方を選んで実行して」

「…押しつけちゃってごめんねー」


メッセージは終了したようで、取り巻きは少しフラフラしながらも意識を取り戻した。


「ちょっと、大丈夫なの?」

「はい。ご迷惑をお掛けしました」

「気にしないで、平気ならよかった」

「ところで、心理掌握はどうしてこんなに裏の事情に詳しいの?」

「もしかして、あたしみたいに過去に何かあったり…とか」

「いいえ。心理掌握様は闇を知ってはいますが、当事者と言う訳ではないのです」
「ただの一般人が、どうやって闇を知ったのよ?」

「…闇の世界にいたのは私です」

「あなたが?」

「はい。それを心理掌握様に助けられ、表へ引き上げられたのでございます」

「それ以降あの方は、この学園都市の悲劇を出来うる限り防ごうと決意されたのです」

「それで、事情に詳しいのね。でも、どうやって情報を集めるの?」

「私の能力を、御坂様はご存じではありませんでしたね」


そう言うと取り巻きの姿が揺らぎ、目の前から消えた。


(瞬間移動?…いや、常盤台では黒子以外にテレポーターはいないはず)


御坂は一つの可能性を思いついた。

「今のは…偏光能力(トリックアート)じゃない?」

「はい、同系統の能力でございます」

「もっとも私の場合ですと、昔不自然なまでに強化されたので、自分の姿を完全に消滅させたり

 また半径700m以内に自らの幻影を出現させることも可能なレベルです」

「すごいわねー。じゃあ昨日部屋に突然現れたのは幻影体だったのね」

「でも、声はどうやって出してたの?」

「それはワタシの能力です」


御坂が振り返ると、後ろには取り巻きと瓜二つの女の子が立っていた。


「え、双子…なの?」

「はい。ただしこの常盤台に在籍しているのはワタシではなく姉だけです」

「ワタシたちは心理掌握様の助けで、双子である事実を隠して別人になりすましていました」

「そしてワタシの能力は音を操ること」

「自分から半径2キロ以内の好きな場所に声を飛ばしたり、逆に音を聞くことができるのです」

「それで会話が成り立っていたのね」

「あ、じゃあさっき心理掌握の容体を“聞いた”っていうのも?」

「はい。妹が医師の話やあの方の心拍を確認しております」

 

 

「さて…あまり悠長に話してもいられませんね」

「御坂様。私たちはこの能力で心理掌握様の目となり、耳となって情報を集めてきました」

「それも全て受けた御恩をお返しするため。ワタシたちは最後まであの方の願いを守ります」


そして部屋の奥から、取り巻きが2つの書類を取り出した。


「ですから、これから御坂様のご指示通りに私たちは動きます」

「どうなさいますか?」


取り巻きの右手には「避難用プラン」と書かれた書類が、左手には「迎撃用プラン」と書かれた書類が。


御坂はその片方に手を伸ばし、黙読する。

そして、大きく目を見開いた。



現在時刻:午前8時00分

常盤台襲撃まで残り:6時間?

 

時間は少し戻って第三学区月宮ホテル、707号室(午前7時30分すぎ)


垣根帝督は、ようやく調査を終えて掛けてきた電話の男の声を冷やかに聞いていた。


「つまり、どのデータを確認しても、あの女は暗部に所属してねえと?」

「ええ。それは間違いありません」

「…俺らスクールの情報ってのは、一般人が気軽に閲覧できるものじゃない」

「それとも、不足人員探すためににアルバイト募集のパンフでも配ったってのか?あ?」

「少し落ち着いてください」

「ああ、この学園都市第2位の垣根帝督様は、ただの中学生に2度も一本取られながら冷静だよ」

「あの女がこっちの事情に詳しいって知ってりゃ、こんな無様な失態はしなくてすんだんだ」

「心理定規は当分使えなくなっちまうしよー。メンバーにも信頼にも大損害がでた」

「それでも俺は冷静なんだぜ」

「だから本腰入れてちゃんと調べろよ、俺がマジで切れちまないうちにな」メキッ

「…マジムカついたぜ」


垣根帝督は携帯電話をへし折ると、その優男風の顔を憎々しげに歪ませた。

この学園都市を暗躍するスクール、そして自分がここまで虚仮にされたことなど一度もない。

ましてや同じ相手に2度も不覚を取るなど…


(待てよ)

(あの女が最後の切り札にしてたレベルアッパーもどき…ありゃあ何の為に作られた?)

(触れていない相手も操るため?)

(いや、音楽を聞かせる方が、触るよりはるかにめんどうだ)

(俺がアレを聞いたのは特別な状況だったから…あの作戦は普段意味がない)

(それに最初に会った時よりも、能力の利きが悪かった)
(そもそも…他人を操るなんてレベルアッパーの本来の使い方じゃねえ)

(確かあれは、元々どっかの科学者が高性能な演算システムを確保するために作ったハズ)

(!)

(そうかあの女、自分の演算能力を上げてこの俺と正面から勝負する気だったな!)

(…だとすると、ネットワークユニットにしたのは常盤台の能力者どもに間違いねえ)

(それに俺の強さを知っているなら、是が非でも超電磁砲もネットワークに参加させる)

(ハハ、いやあマジ危ないとこだったかもな)

(でも作戦は失敗した)

(向こうは全てをかけた作戦が失敗して今焦っている)

(なら今が最大のチャンス…徹底的に連中を痛めつけ、レベル5を含めたネットワークごと奪い取る)

(うまくやれば、俺が学園都市の中心に入り込む、絶好の機会になる!)


暗く笑う学園都市第2位はその背中に6枚の翼を出し、常盤台中学へ向けて飛び立った。




現在時刻:午前8時00分

常盤台襲撃まで残り:0時間?

 

 


第七学区のとある病院 とある病室(午前6時30分すぎ)


「なあ、ビリビリに一体何があったんだよ?」

「…申し訳ありませんが、わたくしも詳しい事は聞いていないんですの」

「分かることだけでいいよ、頼むよ白井!」

(このままでは、この殿方は説明をしないとお姉さまを追いかけて行きそうですわね)

(なら…説明してあきらめさせましょう)

(この殿方が底抜けにお人よしなのは良く知っていますが…)

(幾らなんでも、学園都市第2位の超能力者が敵だと知れば、無茶はしないはずですの)

「…分かっているのは、わたくしたちの通う常盤台中学を、学園都市第2位の能力者が破壊しようとしている」

「それで、お姉さまやこの心理掌握が学校を守るために立ち向かおうとしているということですの」
「そのための作戦や用意もしていたのですが…」

「どうやらその第2位の方に計画が漏れて、先手を打たれたようですわね」

「おい、じゃあこの子をこんな酷い目にあわせたのは、その第2位なのかよ?」

「状況から見て、まず間違いなくそうでしょうね」

「そもそも、レベル5をこのように痛めつけるのは、同じレベル5でもない限り不可能ですわ」

「じゃあ、ビリビリ…御坂は、そいつと戦うために出て行ったってことじゃねえか!」

「ええ」

「あいつ一人に行かせて、どうするんだよ!」

「ッわたくしだって!出来ればお姉さまに付いていきたいんですの!」


目の前の女の子が我慢の限界を超えて泣きだしたので、上条はおもわず口をつぐんだ。

「ですが、それは出来ないんですのよ!」

「あの第2位に対抗するために、わたくしたち常盤台の生徒は脳波ネットワークに入っているんですの」

「わたくしたちの演算能力を、お姉さまと心理掌握が管理し、利用することでみんなの力を合わせる」

「そのネットワークに参加しているわたくしたちは、ネットワークが稼働すると普段通りに能力を使えませんわ」

「ですから、今わたくしがお姉さまのサポートに行ったところで、足手まといにしかなりませんの!」

「それに、その第2位がここを襲う可能性だってあるんですのよ?」

「そうなればわたくしは心理掌握を連れてすぐ逃げなければなりません」

「今、わたくしがここを動くわけにはいきませんわ!」

「あなたにしても同じですの。レベル5同士の戦いに、あなたが参加しても意味はありませんわ」

(さあ、これであきらめがついたでしょう?)


常盤台のレベル4、白井黒子は知らなかった。

目の前のレベル0(無能力者)が、かつて学園都市第1位に挑んだ事を。

そして、絶望的な逆境を乗り越えその第1位に勝利したことを。

「ああ、良く分かったよ。確かに白井はここにいるべきだ」

「…けど、そのネットワークとかってヤツに関係ない俺は、あいつを助けに行ける」

「話を聞いてましたの!?相手は――!」

「知ったことかよ!」

「どこの誰だか知らないが、学校を襲ったり、女の子にこんな怪我を負わせる奴がまともなわけねえだろ!」

「そんな危険な奴と、御坂を戦わせるわけにいかねえだろうが!」

「ですが、あなたに勝ち目なんてありませんのよ」

「相手はわたくしのテレポートやお姉さまの超電磁砲すら無傷で防ぐレベル5…」

「だから、知ったことかよ!」

「レベルや能力の差にビビって、何も出来ないなんて言うなら…」

「まずは、その幻想をぶち殺す!!」

「かっこいー」


突然、今まで寝ていたはずの心理掌握が声をかけた。

「びっくりした…おい、大丈夫か?」

「だめ。頭いたーい」

「…あなたは、かみじょー君よね。色々噂は聞いてるわ」

「俺を知ってるのか?」

「まあね。あの御坂と仲良しな男の子なんだから、そりゃー学校の噂にもなるじゃない」

「仲良しっていうかしょっちゅう絡まれてるだけだけどな。それはともかく、目が覚めたなら安心だ」

「白井、俺は今から御坂のとこへ行ってくる。止めるんじゃねーぞ」

「…ねえ、かみじょー君。悪いけど、起こしてほしいの。肩を貸してくれない?」

「あ、ああ」


そう言って上条が心理掌握に近づいたとき、心理掌握は笑って告げた。


「ごめーん、ね」

「何が?…え」トサッ


心理掌握は上条の頭に手を触れて、瞬間的に意識を刈り取ったのだ。

「ちょっと!どういうことですの?」

「かみじょー君って、噂どおりの熱血君だねー」

「質問に答えてくださいまし!」

「あ、能力を使ったから…だめだこりゃ」


心理掌握はぐったりとベットに倒れこんだ。

そして白井に目を向けると、力なく言葉を発した。


「今回は、彼を巻き込むわけにいかないじゃない?」


『ううん……アイツには、迷惑かけたくない。それに一般人でしょ』

そう内心必死に言ってきた超電磁砲の顔を思い浮かべて、心理掌握はほんのわずかに笑顔を浮かべた。

白井が何も言えずにいると、今度は心理掌握が質問する。

「今何時?」

「午前7時になるところですの」

「そっか」

「…間違っても、動こうなんて考えないで下さいな」

「分かってるよー。そもそも体は動かせないし、能力もダメダメじゃあ何もできないの」

「それもそうですわね。取りあえず、お姉さまに報告の電話をしてきますわ」


白井は病室を出て、御坂へ電話をかけた。が、


(話し中…ですのね)


この時御坂は、心理掌握派閥のクラスメイトへ連絡を取っていたので、電話が通じなかった。

また後でかけなおすことにして、白井は病室へ戻った。


「あ、御坂は?」

「お話し中でしたので、また後でかけることにしますわ」

「…っていうか御坂はどこに行ったの?」

「それが分かりませんの。第2位のあの殿方と戦いに行ったのは確かだと思いますが…」
「あなたがうわ言で残した『2位』とか『ばれた』なんて言葉を聞いた後、

 モバイルを見て表情を変えて飛び出して行かれましたの」

(モバイル…常盤台ネットワークを調べたってことは、第2位の取り込みに失敗したコトを御坂は知っている)

(なら御坂は、第2位に一人で挑むなんて馬鹿はしない)

(私の取り巻きに連絡を取るなりして、対策を練るはず)

(そうでなくても、私からの定時連絡がこなければ、あのコが御坂に連絡を取る)

(御坂は、私の万が一に備えた計画を使う…!)ズキッ


心理掌握が苦しそうに頭を抱えた。


「ど、どうしたんですの?」

「…聞いて、私は、私がいない場合の…計画を2つ作ってあるの」


そう言って白井に2つの計画が入っている携帯を渡した。

 

「御坂は…そのどちらかを…実行する…」

(もう…私の意識が…もたない…)

「…どっちの計画も…時間との…勝負」

「私は…もう何も…できない…から」

「あなた…なら…御坂が…どっち…を選ぶか…分かる…から」

「その…準備を…今…すぐ…手伝って…きて」

「第2位は…多分…自分が…回復したら…すぐ…来るわ…」

「向こうに…とっては…今…がチャンス…です…もの」


心理掌握はその言葉を最後に完全に意識を失った。

白井は携帯を見て2つの計画を確認すると、御坂が選ぶ計画を予想した。


(お姉さまなら…この状況ならこちらを選びますわね)

(その準備…これをするなら、確かに急がなければ)


白井は病室に心理掌握と上条を残し、常盤台へテレポートしていった。



現在時刻:午前7時30分

常盤台襲撃まで残り:35分

 


常盤台中学


御坂が一つの計画を選び寮を出て、その準備のために急いで校舎に戻ると、見知った後輩がそこにいた。


「黒子!」

「お、お姉さま…」


汗だくで苦しそうな後輩を見て、御坂は慌てて詰めよる。


「ちょっと、どうしたのよ?まさか、なにかあったの?」

「いいえ、お姉さま。30分ほど前に、少し心理掌握さんとお話しできましたの」

「お姉さまがこれからするであろう計画も見たので、その準備をしていたところですのよ」

「時間がなかったので、連絡もせずにいましたわ。申し訳ありませんの」

「いいけど…じゃあ、もう準備が…?」

「完全ではありませんが、大体は。あと10分以内には完了しますわ」

「そっか、じゃあ私も手伝って…」


その時、ズシン、と重たい衝撃が校舎の外から発せられた。

次いで巨大な破壊音。

ドゴォッっという音が、正門の方から聞こえてきた。
「ちょっと、もうあいつが来たっていうの!?」

「黒子、もうやるしかないみたい。ここは頼むわ」

「ええ。なるべく急ぎますわ!」


御坂が正門にいくと、最初の襲撃で半壊した正門が、完全に壊されていた。

そして、それをしたのは…


「…よう、超電磁砲。昨日ぶりだな」


酷く楽しげに笑う第2位、垣根帝督その人であった。


「ずいぶん朝早くからやってきたのね…」

「そりゃあなぁ。この俺が女を待たせるタイプに見えるかよ?」

「いやあ、それにしてもマジ驚いたんだぜ?」

「レベルアッパーを利用して、この俺と正面から戦うつもりだったなんてなぁ?」

「…あんた、気づいてたの?」

「ついさっきな。」
「けど、残念ながらその作戦は失敗。あのうっとうしい女を当分動けなくしたしな」

「…あんたっ」

「おっと、無駄話はこれぐらいにしようぜ」

「今のお前らは無様に逃げるか、玉砕覚悟で俺と戦う以外に道はねえ」

「そうね、その通りよ」


御坂は常盤台ネットワークを稼働させ、その演算能力で自分の能力を強化する。

御坂の周囲にヂヂヂ…と青白く光る巨大な電光が現れる。


「はっ、玉砕を選んだかよ」


垣根は空へ高く飛びあがると、御坂を見下ろして叫ぶ。


「だが、レベル5が一人欠けた不完全なシステムじゃ、この俺には届かねぇ!」

「やってみなきゃ…分かんないでしょうが!」


御坂が、自分だけで扱うよりもはるかに巨大な電流を垣根に放つ。

だがそれは、全て白く輝く翼により阻まれた。

それでもあきらめずに5回、6回と攻撃を重ねるが…


「ソレを貰うぜ、超電磁砲。俺がもっと有効活用してやるよ」


第2位には届かない。
それでも御坂は、息を荒げながら鼻で笑って答えた。


「お生憎さま、このシステムはアンタを追い返したらすぐ解除するのよ」

「そうかよ。だがな、拒否権があると…思ってんじゃねえぞ!」


垣根は一瞬で御坂に肉薄すると、その6枚の翼で御坂の体を貫こうとする。

それに対し御坂は、破壊された正門を磁力で呼び寄せ、即席の盾を作ってガードする。


「分かってねえな、テメェ」


しかしその盾は、一瞬で破壊されて役に立たなくなる。


「クッ」


なんとか翼の攻撃を避けるが、精神的なダメージが大きい。


(鉄製の盾がまるで意味をなさないなんて…ホント信じられないわ!)

「俺の『未元物質』にそんなもんが通用するわけねえだろ」

「さあ、どうするんだ、超電磁砲?」

その時、白井の声が遠くから聞こえてきた。


「終わりましたわ!」


後輩の待ちに待った言葉を聞いた御坂は、校舎の中へ走り出した。


「ああ?今さら逃げようなんて、都合が良すぎんぞ!」


慌てることもなく、垣根が追いかけながら攻撃する。

だが、後ろに目がついてるかのようにそれを避けた御坂は、校舎の奥へ入っていく。


「めんどくせえなあ、手間増やすんじゃねえよ、ムカつくぜ」


それを追って垣根が校舎の中へ入ると、御坂が大ホールに立ち止まっていた。


「さあ、チェックメイトだ」

「後はおまえらをぶちのめして、この地下に隠れてる標的を殺しておしまい」


言いながら、垣根はある事に気がついた。

(…なんで他の生徒の姿が見えねえんだ?)

「悪いけど、常盤台をあんたに破壊させるわけにはいかないのよ」

「あ?」

「だから…ここでアンタを止める!」

そういうと御坂は強化された電流と磁力を使って、常盤台の校舎を“破壊”し始めた。

壮麗な校舎に亀裂が入り、危険な音が鳴り響く。

「テメェ、何考えてやがる!?」

「私が守りたい常盤台っていうのは、校舎じゃなくて生徒の事よ」

「これだけの質量、いくらアンタでも耐えきれるかしらね?」

(まさか…すでに生徒は避難させてたのか!?)

「アンタの言った通り、私たちは『無様に逃げるか、玉砕覚悟で戦う』しかないの」

「けどね、もうこれ以上みんなを危険な目にあわせる訳にはいかないのよ!」

「アンタなんかの為に砕けてたまるもんですか!…私は無様に逃げる方を選んだのよ」


そう、あの時御坂が取り巻きから受け取ったのは、右手の「避難用プラン」である。

常盤台の生徒“全員”を守るため、彼女は最初から第2位に勝つつもりはなかったのだ。

そしてついに天井や壁が崩れはじめる。

御坂は常盤台ネットワークの稼働を終了し、もっとも信頼する後輩の名を叫ぶ。

「黒子ォ!」

能力を使えるようになった白井が一瞬で現れ、すぐに2人そろってまた消えた。


「クソがぁぁぁ!!!!」


第2位の上に、数十トンもの常盤台の校舎が降り注ぐ。



現在時刻:午前8時30分

常盤台襲撃まで残り:××

 

 

常盤台中学校舎(廃墟)


校舎が完全に崩壊してから30分後。

周りにはアンチスキルやジャッジメント、そして大勢の野次馬が集まっていた。

その喧騒が瓦礫の奥まで聞こえたせいか、垣根は目を覚ました。

あの崩落の中でも、垣根の未元物質は自身を守り切ったのだ。


(…ちっ…なんとか圧死は防いだが…)

(超電磁砲…ぶっ飛んだ作戦を考えやがったな)

(自分から校舎を派手に破壊するとはよ…)

(今頃生徒や標的は、間違いなくどっかに逃げてるはず…)

(…だが…これで終わりにはならねえぞ)


とりあえずこの瓦礫から脱出しようと垣根が動き出すと、聞いた事の無い声が聞こえてきた。

「…予想通り、大した怪我もなく無事のようですね」

「あ?誰だ…っていうかどっから話してやがる?」

「ワタシは心理掌握様の派閥に参加しているものです。これはワタシの能力によって声を届けさせています」

「あの女の?悪いが、今さら命乞いは通じねえ」

「…今俺はこれ以上ないくらいムカついてる」

「心理掌握も超電磁砲も、逃げたところで意味がねえぞ」

「いいえ、意味がなくなるのはあなたの行動です」

「あなたの耳にも届いているでしょうが、すでに付近には沢山の一般人やアンチスキルがいます」

「!」

「…あなた方は、暗部に近づく人間への警告として、この常盤台を襲う算段でしたね」

「それは裏を返せば、その襲撃を“一般人”にはただの事故として認識してもらう必要がある、ということです」

「常盤台を意図的に襲う者がいるなどと明らかになれば、それこそ暗部の事が一般人にばれますものね」

「テメェ…」

「極めて簡単な質問をしましょう。今ここで学園都市第2位のあなたが、常盤台の廃墟から飛び出して、

 さらに常盤台の生徒を襲いにココまで来たら、暗部とはいえその情報を統制することができますか?」

「そして…ここまでの醜態をさらしたスクールに…ペナルティがないとお考えですか?」


それを聞いて垣根は音もなくクツクツと笑い出した。

「なるほど、テメェは暗部だな。いや、元暗部ってとこか」

「そうかそうか。あの女には暗部の手下がいたってことか」

「…だがな、どうもテメェは暗部とはいえ生ぬるいとこにいたらしい」

「どういう意味です?」

「は!一般人にばれる?情報の統制?」

「そんな下らねえ隠ぺい工作なんぞ、俺が気にする必要はねえな。それは下っ端の仕事なんだからよ」

「たかが100や200の目撃者なんぞ、殺すなり頭いじるなりしてどうとでも出来るんだからな」

「だから、やっぱりお前らはこの俺にぐちゃぐちゃにされる運命ってわけだ」

「…っ」


心理掌握の取り巻きが、驚きを隠せずに言葉を失う。

その時、今度は垣根の頭の中に直接声が響いてきた。


『やれやれ…携帯を壊さないでくださいよ』


それは、自分たちスクールの指示役である男の声だった。
「これは…念話なのか?」

『まあ、そう考えてもらって結構です。詳しくはあなたにも教える訳にはいきません』

『さて…今回の任務ですが、さすがに事が大きくなりすぎましたね』

『名門常盤台の襲撃による警告効果(リターン)よりも、それによる情報漏えい(リスク)のほうが高い』

『上はそう判断したようです』

「…何が言いたい」

『常盤台襲撃はこれにて終了、ということですよ』

『すでに常盤台は全壊しましたし、警告の意味は十分です』

『標的の暗殺に関しては、また後日もっとスマートに行うことになります』

「そうかよ。つまり俺の完敗ってわけかい」

『いえいえ、どうやら上は計画通りのリターンを手にしたようですよ』

(もっとも…そのリターンが何なのかは、私にも知らされていないのですが、ね)

1ヶ月後 窓の無いビル


学園都市統括理事長、“人間”アレイスターは今回の常盤台破壊計画が全て完了したことを確認した。

今回、常盤台を第2位の垣根帝督に襲撃させることの本当の目的。

それは学園都市の暗部に、一人のレベル5を取り込むことであった。


(フム、プラン通り、彼女はスクールに入ったか)

(そうでもしなければ、第2位を監視することなど出来まい)

(彼女の能力は、多くの面で有効活用できる…それに、あのネットワークも)

(おもしろいものだな、人間は)

(全てを元どおりにするために…全てを失うことを選ぶなど…)

 

 

同時刻、常盤台中学


御坂は今日の授業を終えて、後輩の黒子を昇降口で待っていた。

周りがやけに綺麗でピカピカしている。1ヶ月前、校舎の改築中に崩落事故が起きたらしい。

それでようやく真新しくなったばかりの校舎だが、どうも落ち着かない。


(…うちの常盤台の校舎が崩落するなんてねえ)

(元どおりの設計で直ってるのはずなのに、どうも変な気分を感じるわ)

「お姉さまー、お待たせしましたの」


後ろから黒子に声を掛けられた。


「今日はどっか寄ってく?」

「それでしたら、わたくし昨日オープンした和風カフェへ行ってみたいですわ!」

「じゃあ、そうしよっか」


2人が校舎を出ると、出入り口に6人ほどのグループが集まって楽しそうにおしゃべりしていた。

この常盤台最大派閥、心理掌握派閥のメンバーたちである。
「あら、御坂様。ごきげんよう」

「あ、うん、また明日」


あっさりと会話を終えてその集団から離れていく。

もともと御坂は派閥を嫌い、どこにも属していない。

そのため、最大派閥を率いる心理掌握とはあまり仲が良くないのだ。


「相変わらず、あの派閥の方たちは大きな顔をされていますのね」

「別にいいじゃない、気にしないでも」

「まったく、第5位だかなんだか知りませんが、しょせんお姉さまに比べれば…」

「ほらほら、それよりカフェ行くなら急がないと」

「ああ、待ってくださいましー」

 

同時刻、スクールのアジト


垣根はここで待ち人をしていた。

1ヶ月前の任務で壊れた、心理定規が今日から復帰する予定だったからだ。

あの事件は垣根にとって忘れることのできないものであった。

上からは止められているが、いずれ機会があればあの2人のレベル5を今度こそぶちのめそうとしている。

コツコツ、と遠慮がちなノックの音が響いた。


「入れよ」


ゆっくりと扉が開き、入ってきた少女は突然走って垣根に抱きついた。


「おい、何を…」

「私、心理定規―これからヨロシク」


そう言って笑うレベル5の顔を見ながら、垣根の意識はゆっくりとかき回されていった。
同時刻、とある学生寮、上条当麻の部屋


「ほら、インデックス、夕飯にしよう」

「まってたんだよ、とうまー!」


騒がしい部屋から目を背け、ふと夕暮れの街を見て…上条は思い出した。

1ヶ月前、とある女子中学生に言われたことを。

あの時もこんな空をしていた。


『勝手に能力を使ったりして、ごめんねー』

『ごめんついでに、これからすることをあなたには説明するから、誰にも言わずにいて欲しいの』

『あなたに記憶封鎖を施しても、右手で触られたら意味ないみたいだし』

『今回の事件を完全に終わらせるには、みんなの記憶をいじる必要があるの』

『この常盤台ネットワーク、最後のお仕事ってわけ』

『そのあと私は、別人になりすまして第2位を監視する』

『どうやらそれが向こうの本当の目的だったみたいだし』

『え?…心配しないで、いつか反撃してやるんだから』

『それに、あなたも似たようなものじゃない』

『自分が記憶破壊されてること…大切な人に知られたくないんでしょ?』


結局、彼女の言葉通りに、上条は誰にも喋っていない。

全ての人を騙して、それでも守りたいものがある…そんな気持ちが痛いほど分かったからだ。

ただ、本当にそれで正しかったのか、上条は今も分からないままでいる。


 

編者注:続編=とある暗部の心理掌握

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最終更新:2011年03月10日 16:24
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