とあるミサカと天草式十字凄教 > 17


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第22学区のとある鉄橋


フルチューニングの名乗りに、アックアが薄く笑みを浮かべる。

圧倒的な攻撃力を持つゴーレムを前にして、なお彼は余裕を崩さない。


「覚悟は見せてみらった。魔法名を名乗られた以上、本気で相手をしなくては失礼なのである」


そして巨大なメイスを振りかざすと、恐るべき速度でフルチューニングへ突進した。


「こうなった以上、貴様の願い――“明日”は来ないと知れ!」

「レイは諦めません!この手で掴んで見せます!」


ズドンッ!!!!!

アックアの振るうメイスより二回りもでかいゴーレム・フルチューニングが、破滅的な一撃を受け止める。
(何故だ…明らかに以前よりも強度が増している…?)

(まるで潤沢な“地”の加護を受けているみたいではないか)

(いかにここが地下空間とはいえ、我が一撃をこうもたやすく受け止めるなど…)

(魔術師になって日が浅いはずのこの少女、一体何をしたのであるか!)


それだけではない。組み合ったアックアに、ここぞとばかりに無数の弾丸が撃ち込まれた。

いかに聖人のアックアと言えど、肉体が人間である以上対戦車ライフルの弾が当たれば致命傷になる。


(まさか、この弾丸は…!)


弾丸を全て避け、弾きながらアックアはさらに驚愕した。

彼は、武器が銃弾である以上、このペースで撃ち続ければ数分で残弾が尽きると思っていた――が。


(間違いない、あのゴーレムは“自らの体を弾丸として射出している”…!)

(つまり自己修復機能がある以上、周りのモノ全てが無くなるまで無限に撃てるということである)

(…だがゴーレム術式に、このような変異式は存在しない)
ゴーレムはあくまでも人の形を模した土人形であり、術式の目的からしてこの現象は有り得ない。

ただし、それは普通の魔術師ならばの話だ。

その事に気付いたアックアが、魔法名を名乗った目の前の少女を本気で敵として認識した。


(超能力――物理法則を捻じ曲げて超常現象を起こす力。それを司る世界唯一の魔術師、か)

(…確かに強敵だ。ならばこそ、最初に片をつけねばなるまい!)


最初に戦った時と同様、一瞬でゴーレムを破壊すれば脅威は無くなる。

基本的に戦場においてまず優先するべきは、脅威となるものの排除だ。

その事を熟知しているアックアが、標的のゴーレムに意識を集中する。

だが、この戦いは初戦と大きく異なる点があった。


「我らの事を忘れてもらっちゃあ困るのよな!」

「!」


彼女の周りには、天草式という頼りになる仲間がいる事だ。

フルチューニングがアックアと対峙している時間は、天草式が理想的な戦力展開(バトルフォーメーション)を出来る時間でもある。

全てが天草式の目論見通り。ゴーレムという圧倒的な戦力は、アックアの注意を奪うのに十分だった。

「レイ(フルチューニング)という弱点も、ゴーレム(フルチューニング)という力も、全て単なる囮です」

「……」

「まだまだ未熟とはいえ、レイも天草式十字凄教の一員と言う事を忘れてはいませんか?」

「……見事である」


かつてフルチューニングが主武器にしていた、トラップ用の武器。

すなわち鋼糸。

天草式50人の指先から、それぞれ7本ずつの鋼糸がアックアへ向けて放たれていた。


「だが、それで勝てるとは少々甘い算段ではないかね?」


350本の“凶器”を、アックアは避ける事さえしない。


「ふん」


ただ純粋に、力技でその全てを引き千切った。

しかも、それだけでは終わらない。

鋼糸を破壊した者に襲いかかる、天草式の奥義――『殺人に対する罰』すら、アックアは無効化して見せた。
「我が特性は罰を打ち消す『聖母の慈悲』。『神の罪』すら打ち消すこの私に、そんなものが通じるとでもおもったのであるか」

「これでもダメでしたか…潮時、ですね」


仲間のとっておきの術式で、ダメージが与えられない事をフルチューニングが嘆く。

同時にオイルパステルを一閃。指示を受けたゴーレムが全ての銃口から弾丸を掃射した。

凄まじい爆発音が響き、舞いあがった粉塵がアックアから視界を奪う。

その隙に天草式の全員(フルチューニングは建宮が抱きかかえた)は、この場から逃走した。

さらにゴーレムまでもが、その巨体を飛び上がらせて姿を消している。

一人鉄橋に残されたアックアは、それでも悠然と笑う。


「まあ、追う楽しみは増えたのであるが」

「それにしても…」

「あのゴーレム、術式の解除をするのではなく、わざわざ形を残したまま回収した」

「となると狙いは逃走経路のかく乱か、あるいは――」




「――すでに術師には、ゴーレムを再構成するだけの力が残っていないということであるな」

 

 

同時刻、聖ピエトロ大聖堂の『奥』


ローマ正教にとって、最高の価値を持つこの場所で。

そのトップ、ローマ教皇ですら立ち入る事を恐れるこの場所で。

緊張感の欠片も含まない、ひどく俗な声が木霊していた。


「おいおい、そう怯えるなよ。せっかくこの俺様が、有意義な情報を提供してやろうというのに」


その声とは対照的に、相手の声には余裕が全く無い。

まるで化物と対話しているかのようである。


『あ、あ、だが…』

「さっきも言ったが、お前たちが手に入れるはずだった“実験品”を横取りした連中」

「――そう、天草式は今頃壊滅状態と見て間違いない」

『な、なぜ、そんなことを教えるのだ…!?』

「善意からさ」

『……』

「取り戻すチャンスは、今を置いて他にないだろう?」

『しかし…』
渋る相手に対し、彼は甘い毒をさらに会話に含ませる。


「俺様は知っているぞ。今、お前たちの組織が存続の危機に陥っているという事ぐらいはな」

『う…』

「“科学結社”を隠れ蓑にして、あの実験品やら残骸(レムナント)を手に入れようとしたが悉く失敗」

「なあ、おい。復讐したくはないのか?」


そして。

相手はその誘いに堕ちた。


『…今ならば、天草式からアレを取り戻せるというのは本当だな?』

「もちろんだ。何しろ『後方のアックア』が殲滅に赴いているのだからな」

『わ、分かった。我らが復讐、ここに果たそう』


その言葉を最後に、神聖なこの場所に静けさが戻った。

通信術式を切断した彼――『右方のフィアンマ』は、満足そうにクツクツと喉を鳴らす。


(あのアックアが、そうそう後れをとるとも思えんが……)

(何事にも、保険は必要だからな)

(特にあの実験品は、もしかすると俺様の計画に影響を与えるかもしれん)

(なにしろ前方のヴェントを追い込んだ、『自爆誘導術式』の要なのだから)

(魔術を扱う事の出来る、超能力者)

(しかも所属は、十字教で唯一天使への攻撃術式を持つ天草式ときたもんだ)

(……危険な芽は、早めに摘んでおくに限る)


フィアンマに唆されたとある魔術結社が、再びフルチューニングの身柄を狙う。

襲撃は、速やかに行われた。

第22学区のとある広場


戦場となった鉄橋から、300mほど離れた広場にて。

フルチューニングを下に降ろした建宮は、ようやく溜息をつく事を許された。

額の汗を拭う彼に対し、フルチューニングが悔しそうに質問する。


「あの術式でも歯が立たないなんて…建宮さん、どうしますか?」

「…ま、そう簡単にはいかないのよ」

「ごまかしにも限界があります、ね」


今までアックアと渡り合っていた五和が、辛そうに息を荒げてそう言った。

仲間同士で連携し互いに運動能力を高め合う事で、聖人であるアックアについていった天草式ではあったが、それにも限界はある。

もともと、只の人間が聖人と互角に戦える方がおかしいのだ。
「一つ確認だレイ。…お前さんのゴーレムはどうなんだ?」

「このままの戦闘を続ければ、もって後10分が限界でしょうか。何故か術式の調子は良いのですが…」

「…正直なところ、ゴーレムよりもレイの体の方が厳しいです」


ゴーレムの行動は、全てフルチューニングが遠隔操作している。

習いたての彼女では、シェリーのように自動制御に切り替える事は出来ないのだ。


(10分…それぐらいは耐えてみせなくては!)


一方通行が“治療”したはずのノイズが、再び彼女の脳を痛めつける。

連続しての魔術使用は、確実にフルチューニングを死へと近づけていた。


「それに、あれだけの銃撃を受けても無傷のアックアが相手では、破壊されるのも時間の問題かと」

「となると、こっちも『本命』を出すしかないってのよ。…覚悟を決めるぞ」


天草式の作戦の『本命』――そのカギを握る五和が、海軍用船上槍を握ったまま小さく頷いた。
その時。

巨大な気配を持つ何かが、天草式のいるこの場所へ接近してきた。


「アックアです!」


フルチューニングが叫ぶよりも早く、全員が態勢を立て直すために撤退する。

第4階層まで逃げようとする天草式に、アックアの声が届いた。


「良いものを見せてもらったのである。こちらも返礼をしよう」


ドガガガガガガッ!!!

地下空間を行き巡る水道管が、次々と爆発して天草式に襲いかかる。


「ッ!?…レイ!!」


建宮がフルチューニングを咄嗟に庇い、飛んできた破片をフランベルジェで弾き飛ばした。

だが大量の破片全てを迎撃することは不可能であり、その幾つかは建宮の体や頭に直撃してしまう。


「ぐ、ちっくしょう!」

「建宮さん…そんな…ごめんなさい! レイが役立たずで…」

「これぐらい、大したことじゃないのよな」
頭部からの出血が、建宮の顔を半分ほど赤く染め上げる。

それでも彼は、いつもと同じ笑顔でこう告げた。


「…お前さんは、絶対にこの俺が守る」

「た、建宮さん?」

「悪いな、こういう時にちゃんと格好つけた言葉の1つも出てこないとはよ」

「いえ……そのう、十分に格好良いです」

「そうか、そいつは嬉しいなあ。じゃあ後は、この口から吐いた言葉を本当にするだけよな」


聖人の力。

神の右席の力。

さらには通常の魔術。

アックアの持つ聖母崇拝の術式は、それら全ての行使を可能にする。

そんな次元の違う怪物を前にして、それでも天草式は諦めない。


「ただし、私一人とは限りませんけど」


アックアと向き合う五和のその言葉に応えるように、建宮を始めとした天草式がアックアに飛びかかった。
天草式50人の攻撃を、アックアは全て薙ぎ払う。

その様子を見て、フルチューニングはギリリ、と歯を食いしばった。


(このままでは、五和さんたちの“準備”が整う前に全滅してしまいます)

(…これが最後。存分に暴れなさいゴーレム・フルチューニング!)


巨大なメイスで五和を叩き潰そうとしたアックアはしかし、その手を振り下ろす事はなかった。

嫌と言うほど経験した、最大の脅威を上空から感じ取ったからである。


「ようやくのお出ましであるか!」


上の階層から飛び降りたゴーレムの一撃は、その重量だけで立派な武器と言える。

ただし、相手がアックアでなければ。

自分より何倍も大きいはずのゴーレムを、彼はしっかりとメイスで受け止めてみせた。


「このゴーレム、武装が銃である故に仲間と連携できないのは致命的であるな」


その上、作戦におけるゴーレムの欠点も見抜いていた。
術式の拙さを補うためのライフルは、“仲間に当たる可能性”がある。

しかもその威力が高すぎるため、万が一が無いように注意深く運用しなくてはならない。

つまりは。


「ゴーレムの攻撃が来る前に、必ずお前たちはその場から離れる」

「いかに強力な攻撃とはいえ、事前に来ると分かっている以上対処は容易い」


それともまた通用しない鋼糸を使うのであるか、とアックアが嘲笑する。

彼の誇る実力の前では、対戦車ライフルを備えたゴーレムとて通用しない。

フルチューニングは、それでも無言でオイルパステルを構えなおした。


「……」

「これならばいっその事、ゴーレム単独の力押しの方がまだマシだったのではないかね?」

「……」

「それにどうやら、この術式もそろそろ限界の様であるが」

「その通り、もう長く持ちません。結局このゴーレムではあなたを倒すことなど不可能でした」


言葉は明快なのに、アックアはフルチューニングの言葉を理解出来なかった。

負けを認めるセリフを口にしながら、彼女が微笑んだからだ。
「ですが、最初からゴーレムであなたを倒す気などありませんでしたので」


フルチューニングがしれっと答えるのと同時。

巨大なゴーレムはアックアに覆いかぶさり、文字通り彼を抑え込んだ。


「無駄なあがきを…!」


アックアがゴーレムを破壊するのにかかる時間はわずか2秒。

そしてそれは――『本命』を準備するのに、十分すぎる時間だった。

彼がその事に気づいた時。

バラバラに砕け散ったゴーレムの向こうで、五和が槍の穂先をアックアへ突きつけていた。


「くっ!?」


咄嗟にゴーレムの残骸を踏みつけて上へ逃げるアックア。

だが、そのまま逃がすような真似を天草式はしない。


「――建宮さん。それにみんなも!!」

「今こそ『本命』を!!」

五和を中心に、天草式が特殊な陣形を組む。


(こ、れは――!?)


アックアが疑問を口にするよりも速く、五和がゴバッ!!という爆音と共に彼へ迫った。


「喰らいなさい」


天草式全員が一体となって発動した、『本命』がアックアに牙をむく。


単純な戦闘力では随一のゴーレムを、戦いの主軸に据えなかった真の理由。

かつて天草式が失った、誰よりも優しい聖人――彼女と共に歩むための強さ。

彼女を支え、理解し、壁を超え。彼女が脅威と思うような問題にさえ立ち向かう為の力。

この世界でただ1つ、天草式十字凄教だけが編み出す事に成功した『聖人を倒すためだけに存在する』専用特殊攻撃術式。


「――聖人崩し!!」


この術式によって雷光となった五和の槍は、アックアの聖人としてのバランスを崩し、莫大な魔力を体内で暴走させる。

天草式の奥の手が、アックアへ容赦なく突き刺さった。

 

 


第22学区のとある広場


全力を掛けた一撃。

その確かな手応えを感じた五和は――


「良い術式である」


その表情を凍りつかせた。

目の前にいるのは、聖人崩しの術式を解除され、“ただの槍”となった海軍用船上槍を掴むアックア。


「私がただの聖人なら、ここでやられていたかもしれないな」

「だが惜しい」


片手で槍を掴んだまま、アックアがメイスを五和へ振るう。
「五和さん!」


近くにいたフルチューニングが、彼女を庇おうと前に出る。

が、すでに彼女の唯一の武器(ゴーレム)は存在しない。


「――私は聖人であると同時に、『神の右席』でもあるのだよ!!」


ドッパァ!!という凄まじい音が響く。

華奢なフルチューニングの体は、盾になることすら出来ずに吹っ飛ばされた。

彼女だけではない。

周りで防御術式を組んだ天草式の全員を巻き込んで、辺り一帯がミサイル攻撃を受けたかのように爆砕する。


「ぐ……!」


粉塵の中、“頭部への一撃”を喰らったフルチューニングが、よろよろと立ち上がった。

その時。

辛うじて意識の残る彼女は、自らの異常を感じ取って戦慄する。
ズキリ、ズキリ。


(……この感覚は……!?)

(あの時、オルソラ教会で感じた…)


徐々に彼女の目から光が消えるのと同時、それに比例して意識も消えていった。


「――魔術変換用チップの重大な損傷を確n」

「ぎ、あああああ!!!」


だが、すでにチップの存在を自覚していたフルチューニングは、ギリギリのところで自分(レイ)を取り戻す事に成功する。


(は、初めて会えましたね。あなたがもう一人の私(ミサカ)ですか)

(――自己修復完了まで残りおよそ3000秒)

(つまり50分も、レイは魔術を使えない?)

(――魔術使用モードを強制的に終了します)

(――通常モードでネットワーク再接続開始)

(チップが壊れたおかげで、ミサカネットワークに…?)

(――失敗。脳波の乱れが激しく、接続は拒否されました)


どこまでも運のない自分に、思わずフルチューニングは舌打ちする。
(この“ノイズ”とやらの所為ですか…!)

(――チップをある程度修復することで、ネットワーク接続の補助が可能)

(――その為の所要時間はおよそ1000秒)

(それでは、全然間に合いませんね)

(つまり今のレイには、攻撃手段は皆無という事に……)


自分の状況を吟味して、絶望的になるフルチューニング。

そんな彼女に、アックアの最後通牒が突き付けられた。


「選択を与えよう。あの少年の右腕を差し出すか、ここで路上の染みとなるか」

「……何度、聞いても…同じ、ですよ」

「強がりはよせ。すでに貴様は、ゴーレムを新たに作り上げる事は出来ない」


そんな事は、他ならぬ自分が一番良く理解している。

それでも。

ここで諦めるという選択肢は、天草式の誰にとってもありえない。

その覚悟を感じ取ったアックアは、静かにメイスを掲げた。

この一撃で、フルチューニングの命を刈り取る為に。
「死を望むなら、波間に消えると良いのである」

「そんなことを、許して堪るかってのよ!!」


満身創痍の建宮が、彼女を庇って立ちふさがる。

アックアが2人まとめて葬ろうとして――その手を止めた。

理由は殺気。

しかもこの場にいる人間のモノではない。

ここにいる天草式の誰よりも強く、明確なそれに、アックアは反応せざるを得なかった。


「……なるほど」


彼が浮かべるのは笑み。

強敵を前にした時の、獰猛な表情だ。


「命拾いしたのであるな。貴様らの主に感謝しろ」


その言葉の意味を、フルチューニングが理解するよりも速く。

バン!!という爆音を残して、アックアは姿を消していた。


「……どういう、ことよな…?」

「もしかして、“あの人”が?」
激戦地から、200mほど離れた展望台で。

世界に20人といない聖人。そのうちの2人が、静寂の中対峙していた。


「私の『仲間』達が、世話になりましたね」


そう冷たく告げるのは、天草式十字凄教の元女教皇、神裂火織だ。

本来任務で忙殺されているはずの彼女がここにいるのは、とある“嘘つき”のおかげだった。

彼がシェリー・クロムウェルから受けた、頼みごとの1つ目。

――神裂火織の任務を、アックア戦に間に合うように調整してほしい。

その為には上層部を誤魔化す必要があったのだが、彼にとっては大した問題ではなかった。

神裂は心の中で彼に感謝しながら、目の前のアックアに刀を向ける。


「どうやら私は自分で考えていたよりも、ずっと幼稚な人間だったようです」

「彼らが蹴散らされる様子をまざまざと見せつけられたせいでしょうか」

「いけませんね、こんな魔法名を背負っているのに。『怒り』は七つの罪の一つだと、そう教えられたはずなのに」
彼女の心に浮かぶのは、かつて共に歩んだ天草式の仲間の顔。

そして、誰よりも不器用で素直なとある少女の顔だった。


(あの子の流した涙を、無駄にする事は出来ません)

(ならば――)


「ぐだぐだと悩むのは止めましょう。彼女たちの決意を無駄にはしない。それだけで十分です」


あの少女が。天草式が。その身に抱く願いを、このまま踏みにじらせる訳にはいかない。

世界が破裂する音を道ずれに、2人の聖人が激突した。
呆然。

唖然。

あるいは愕然か。

フルチューニング以外の天草式は、そんな感情を持って聖人同士の戦いを見ていた。

すでに2人は大地を破壊し、第5階層へ降り立って激戦を繰り広げている。

今までの天草式の戦いなど、遊戯にもならないような死闘。


周りの反応に気がつかないフルチューニングは、戦いの行方を1人真剣に観察していた。


(これは…スケールが違いすぎます)

(ですが、見た限りでは女教皇が劣勢…)

(何か手助けをしなくては)


ガシャン。

彼女の思考を遮ったのは、悲しい響きを持つ音。

五和の海軍用船上槍が、力なく地面に落ちる音だ。
「何を…?」


慌てて槍を拾おうとするフルチューニングだが、音はそれだけでは無かった。

他にも何人もの仲間たちが、自分の武器を落としたり膝をついたりしている。

彼らの顔に浮かぶのは、圧倒的な無気力感。

フルチューニングは、初めて女教皇と交わした会話を思い出した。


――「建宮は教えたのですか…」

――「かつて私の力が足りなかったが故に、天草式の仲間を傷つけ、失わせてしまった事を」

――「私の所為で、かつて天草式は傷ついたのです」


そしてその時、自分が感じた懸念も。


――(つまり簡単に言えば、天草式のみんなは弱くて危ないから付いてくるなという意味では無いですか!)

――(一生懸命にあなたを迎えようとしているみんなの努力を、ちっとも期待してないという事ですか!)

――(…あの様子では、信用はしても信頼はしていないってところでしょうか)

――(実際に力が遠く及ばない以上、仕方ないのかもしれませんが…)

――(このままでは、いつまでも建宮さんたちとすれ違ったままです)


今の状況は、まさにそれではないか。
あまりにも強い力は、時として残酷なほどに人を打ちのめす。

物理的な意味では無い。

力の差が、圧倒的な“無気力感”となって人の心を抉り取るのだ。


「しっかりしてください!」

「……レイ…」


あの建宮でさえ、力なく項垂れている。


(あなたのそんな表情を、仲間のそんな光景を、レイは絶対に見たくないのに!)


だから彼女は、建宮に掴みかかった。

もはや0に等しい力を振り絞り、彼を怒鳴りつけた。


「何をしているんですか!?」

「『今ここで戦えるのは俺達だけだ!!』、建宮さんはそう言いました!」

「……ああ。だが今は……」

「女教皇が来たから、もうレイたちは必要ないって言いたいのですか!」

「……」

「まだ死んでないレイたちが、いつ戦えなくなったのですか!」

「確かに女教皇の強さは、レイたちの比ではありません」

「ですが、それが何だというのですか!」


一拍置いて。

フルチューニングは渾身の叫びを放った。




「――あの時、レイを助けてくれたのは、女教皇ではありません!」

「!!」

「魔術組織に売却されるはずのレイに手を差し伸べたのは、女教皇でしたか!?」

「『妹達』に射殺される寸前のレイを助けたのは、女教皇でしたか!?」

「アニェーゼ部隊の暴力からレイを守ったのは、女教皇でしたか!?」

「女王艦隊で死にかけたレイを命懸けで救ったのは、女教皇でしたか!?」

「……レイ」

「レイに名前と居場所をくれたのは、女教皇でしたか!?」

「全部全部、ここにいる天草式のみんながしてくれた事です…!」

「生きる意味すらないこの失敗した試作品に、これだけの事をしてくれたんですよ!」

「なのに、どうして女教皇と比較して恥じるんですか!」


ふいにガクリ、とフルチューニングから力が抜ける。

限界に達した体は、意思に反して動かない。


(こんな、ところで――!)

(レイは散々自らに失望しました)

(これ以上、挫折を味わいたくはないのに……)


聖人の声が届いたのは、その瞬間だった。

 

 

第22学区、第5階層


同じ聖人でありながら、アックアは神裂を圧倒した。

神裂は、『唯閃』と呼ばれる特別な術式によって聖人としての力を制御している。

一撃必殺の抜刀術という形でなければ、自分に宿った力が自らを破壊してしまうからだ。

だが、アックアは違う。

神裂以上の聖人としての力と、神の右席としての力を平然と両立して振るってくる。


(……聖人と、『神の右席』……)

(……その双方の力を共存させるための術式が、必ずどこかに存在する……ッ!!)
その秘密を分析しようと試みる神裂だが、全てを粉砕するアックアのメイスが余裕を与えない。

ガッギィィ!!という強烈な一撃を刀で防御するも、体ごと吹き飛ばされそうになる。

それでもアックアは容赦しなかった。

すでに半分以上の力を失った神裂に対し、巨大なメイスを叩きつけようとして――

彼女の七天七刀がぶつかり、鍔迫り合いになる。


「その憤り……圧倒的に実力の違う一般人や天草式の人間を、聖人の戦いに巻き込むなと言いたいのか?」


アックアは容赦なく告げた。


「だがこれが戦場である。同じ条件、対等な環境で戦うスポーツとは違うのだ」

「それが嫌ならば、初めから『ここ』に立とうとするな」


完全に押し負けた神裂が、刀を引いて崩れ落ちそうになる。


「力なき者に戦わせる理由など、どこにもない」

「刃を交えるのは、真の兵隊だけであれば良いのである」


そう語るのは、神裂と同じ聖人。

彼女には、力持つ者アックアの姿が、どこか過去の自分と重なって見えた。
(私はかつて、彼と同じように感じていました)

(私の力が足りなかったが故に、天草式の仲間を傷つけ、失わせてしまったと)

(私が守ってあげられなかったから、彼らが死んだのだと)

(なんて……)

(なんていう傲慢な考え方でしょう)

(あの時、あの子が教えてくれたではないですか……!)


――「それでも…いずれあなたを再び迎え入れる為に、みんなは戦っています」

――「あなたに相応しい場所である為に!…レイを救い、オルソラを助け、アニェーゼを守りました!」

――「そのみんなを、あなたは侮辱したんです!」


(なるほど確かに、これは彼らへの侮辱でした)

(彼らの今までの努力を、その力を)

(私は欠片も当てにしていなかった)

(あの子に怒られるのも、当然じゃないですか)


ならば。

自分が取るべき道は何か。

今の神裂には、その答えが分かっている。
崩れ落ちたフルチューニングは。

いや、そこにいた全ての天草式の面々は。

聖人の声を確かに聞いた。


「――、……を」

(今のは……)


フルチューニングが、注意を促すまでも無い。


「力を貸してください、あなた達の力を!!」


彼らに届いたのは、他の何よりも待ちわびた1つの声。

絶対に届かないはずの神裂火織が、自分たちに協力を求める声だった。


「―――あ」




あの女教皇様が認めてくれた。

単なる重荷としての仲間ではなく、共に肩を並べる戦力と言う意味での仲間として。





それからの光景を、生涯フルチューニングは忘れなかった。

彼女の眼に映るのは、


――武器を拾い上げる者


――雄叫びをあげて戦意を奮い立たせる者


――世界で最も明るい涙をこぼす者


――ただ静かに、幸福を噛み締める者


――再び自分の足で立ち上がる者


そんな光り輝く天草式の姿だ。


(この天草式の一員である事を、今日ほど誇りに思った事はありません)

(……救われぬ者に救いの手を)

(そこに助けたい人がいる以上、レイだって立ちあがらなくては!)
崩れ落ちたはずのフルチューニングに、これまでにない力が満ちる。

その時。

ゆっくりと立ち上がろうとする彼女に、手を差し出す者がいた。


「……レイ。目を覚まさせてくれて、ありがとうなのよ」

「建宮さん……」

「お前さんにも、戦う理由はまだあるな?」


天草式教皇『代理』、建宮斎字だ。


「……はい、教皇代理」


何時かと同じ、フルチューニングの返事を耳にして。

建宮は仮の指導者として、最後の指示を出した。


「……行くぞ」


もう一度。


「行くぞ! 我ら天草式十字凄教のあるべき場所へ!!」


叫び声と共に、その場にいた全員が我先にと戦場へ突き進んだ。
神裂を守るように現れた天草式を見て、アックアは険しい顔をする。


「弱者に救いを求めるだと……。それほどまでに、命が惜しいのであるか」


対し神裂は、笑みを浮かべて否定した。

かつて天草式に起きた悲劇を、再び見つめなおしながら。


仲間を『弱い』と断じ、背中を預ける事さえできなかった。

たった1人で戦う事で、敵に大きな隙を見せてしまった。


「この傲慢が、『守ってやる』という優越感が、全ての悲劇の元凶だったんですよ!!」

「だから私は克服します」


言葉を受けて、天草式が武器を構える。


「彼らを信じ、背中を預け、互いが互いの力を最大限に発揮する事で、私は私の天草式十字凄教を取り戻してみせます!!」
天草式など、只の背景と変わらない。

そう思ってメイスを振るうアックアに、神裂が拮抗してみせた。

他ならぬ天草式による、防護術式の加護を受けて。

それだけではない。

聖人以上の力を扱うアックアの、その秘密までも暴いたのだ。

すなわち、神の子と聖母の両者の特徴を持つ二重聖人。

その弱点は――。


「――『聖人崩し』です!!」


聖人以上の力を宿すアックアが、その力を体内で暴走されたらどうなるか。

その高い力が翻って彼に牙をむき、彼自身を起爆させるのは明らかだった。

それを聞いたフルチューニングが、しっかりとアックアを見据える。


(今ここに策は定まりました)

(残る問題は、どうやって『聖人崩し』をアックアに当てるか)

(――術式に参加できないレイが、やるしかありません)

(この手で、明日を掴むためにも)


バチリ。

以前とは比較にならないほど弱い電流。

かつて2億ボルトの電撃を撃ちだせた時と違って、今は5万ボルトが限界だ。


(ですが……今のレイには、これで十分です!)


魔術を使えない魔術師が、最後の攻撃を開始した。

 

 


第22学区、第5階層


弱点を見破られても、アックアから余裕が失われる事はなかった。

それほどまでの、絶対的な力の差。


(この中で私と打ち合う事が出来る人間は、神裂火織ただ1人である)


ならば、まず彼女を打ちのめしてしまえばそれでケリがつく。

そう判断したアックアが、狙いを絞りメイスを振りまわす。

だがそれを、再び神裂が七天七刀で受け止める。

ギリギリと両者の武器が火花を散らす中、この場において最も無力なはずの人間がアックアに近づいた。


(もはや動くことすらままならない弱者が、わざわざ死にに来たのであるか)
攻撃などしなくても、勝手に衝撃波に巻き込まれて倒れそうな少女。

今彼女に注意を向ければ、その隙をついて目の前の聖人(ツワモノ)が一撃を叩きこもうとするだろう。


(この少女は、絶対にゴーレム術式を使えない)

(たかが意地でこの戦いに参加したところで、何の成果も残せはしないのである)


だからこそ、アックアはフルチューニングを相手にしなかった。

戦場における脅威は、誰がどう見ても彼女ではなく神裂火織の方だったから。


だが次の瞬間。

彼は驚愕する事になる。

歩くことすら覚束ない無力な魔術師が、一瞬でその姿を消して見せたからだ。

(――チップの通信基盤の修復を、完了しました)

(――通常モードでネットワーク接続、成功)

(……結局、魔術を使う事は出来ませんでしたが、かえって良かったかもしれません)

(もう、迷う必要はないという事ですから)


自分の体内に電気を流し、筋肉を収縮させることによる一時的な身体能力強化。

それまでとは明らかに違う速度に、一瞬アックアはフルチューニングの姿を見失った。

神裂と刃をぶつけている以上、半分死んでいるかのようなフルチューニングに注意を向けてはいられなかった為でもある。


(あなたが司る属性は『水』)

(先ほど水道管を破壊してくれたおかげで、ずいぶんと“濡れています”ね?)


背後に回ったフルチューニングが、アックアの背中に手を置いて呟いた。


「レイだって、戦える」

「キサマ……そうか能力を!?」

「レイだって、みんなの力になれる!!」


直後、彼女の能力――5万ボルトの電撃が、アックアの体に迸った。
聖人はその体に凄まじい力を秘めているが、その肉体は人間である。

その中身は骨であり、血であり、皮であり、脂肪であり、そして筋肉であるという事に変わりはない。

濡れている人体が5万ボルトもの電撃を受けたのなら、普通は間違いなく絶命する。


(まあ、この化物じみた敵が相手では、気絶すら望めませんが)


「グ……」


それでもフルチューニングの流した電撃は、無警戒だったアックアの筋肉を強制的に硬直させた。

そして――そのチャンスを、神裂たちは見逃さない。


「槍を持つ者よ、今こそ『処刑』の儀の最後の鍵を!!」

「ッ!!」


その言葉を受けて、五和が海軍用船上槍を用意する。

これでチェックメイト――のはずだった。
不意にアックアから、動けないはずの彼から力が漏れる。

いや、それは爆発すると言った方が適切かもしれなかった。


「……面白い」

「天草式十字凄教であるか。その名は我が胸に刻むに値するものとする!!」


天草式の準備が終わるよりも速く、アックアは止めを刺す為に飛び上がった。

如何なる術式を用いたのか、彼は自分の体を魔術でコントロールしている。

その跳躍の高さは、第4階層にまで達した。


(この手を、離す訳にはいかない……!)

(レイたちの明日を、諦めて堪るものですか!)


それでもフルチューニングは、しがみついた両手を決して離さない。

しかし、アックアの攻撃は止まらなかった。


「聖母の慈悲は厳罰を和らげる」

「ダメ!」

「時に、神に直訴するこの力。慈悲に包まれ天へと昇れ!!」


下にいる天草式の仲間が、この攻撃を喰らえばどうなるか。

未だ術式が完了してない以上、待っているのは死のみだ。

恐るべき速度で落下する彼の一撃が、全ての希望を消滅させてしまう。

あえてもう一度、同じ言葉を使うならば。


これでチェックメイト――のはずだった。
そこに絶望は生じていない。

フルチューニングが恐る恐る目を開いた時、そこには“何も起きていなかった”のだ。

何故ならば、そこにいたツンツン頭の少年が。

フルチューニング以上にボロボロのはずの無能力者が。

かつて『妹達』をフルチューニングの代わりに救ってくれた少年が。

その右手で、アックアのメイスを正面から掴んでいたからだ。


今の彼の攻撃は、その全てが魔術によるものである。

フルチューニングの電撃により、筋肉は硬直しマヒしているのだから。

だからこそ。

上条の右手『幻想殺し』は、その全てを容赦なく無効化させる。


「貴様ら!」
腕力をフルチューニングの電撃が。

魔力を上条当麻の幻想殺しが。

アックアという強者の力を、2人が完全に抑え込んだ。


「二人とも!」


それだけではない。

傷ついて倒れ込みそうな2人の弱者を、聖人である神裂が支えに走る。

今ここに、全ての準備(カクゴ)は整った。

その場にいる仲間の気持ちを、五和が1つにまとめて光の一撃とする。


「任せておいてください……」

「――必ず当てます!!」


走る五和を前にして、アックアはそれでも雄叫びをあげる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


『聖人崩し』


一撃を受けたアックアは湖へ吹き飛ばされ――轟音と共に起爆した。

 

 

だが、戦いはまだ終わらない。

 

 

(……ここは……?)


フルチューニングが意識を取り戻した時、最初に感じたのは温かさだった。


(最後の一撃の直前、レイは吹き飛ばされたはずですが、一体どうなったのでしょう?)


「良かった、目を覚ましたか」

「!」


感じていた温かさの正体は、建宮の手だ。

彼が膝枕をして、自分の頭を優しく撫でている。


「やっぱり、お前さんは無茶をすると思ったのよな」

「こ、れぐらいは…平気です」

「心配させやがって」

「……ごめんなさい。あれ? 他の、みんなは……?」

「今連絡をする。お前さんは1人上の階層まで飛ばされたから、探すのに手間取ったのよ」
そう言って携帯電話を取り出した建宮だったが。


「悪いが、そうはいかない」


突然銃弾が飛んできて、携帯電話を破壊される。

しかも辺りを30人ほどの黒ずくめに囲まれた。

フルチューニングをそっと地面に寝かすと、建宮は警戒しながら尋ねる。


「何者だ、お前さん方は?」

「……分からないのか」


“敵”の言葉を聞いた建宮は、フランベルジェを握りしめ、冷たい口調で告げる。


「悪いが、そんな趣味の悪い衣装に身おぼえなんぞありゃあせんのよ」

「クック……そうか」


リーダーらしき男が前に出て、自分の覆面を取る。

その顔を見て、建宮は驚愕した。
「まさか、あの時港で戦った……」

「そうだ!!」


男の顔が、嗜虐的な色に染まる。


「そこで転がっている実験品の取引を、お前に妨害された人間だよ!」


まるで建宮を追い詰めるのが楽しくてしょうがない、といった感じで。


「あの方から聞いた通り、確かに天草式は今戦闘力を失っている」

「テメェ!」

「復讐だ! 我々が受けた屈辱を、この場で晴らすのだ!」


男の声を合図に、30人が武器を構える。

彼らが持つのは、ただのテロリストが使うような重火器だ。

魔術師として侵入すれば、イギリス清教を敵に回す事になる。

そのための隠ぺい工作だった。

かつて“科学結社”と取引をしていた彼らにとって、通常の兵器を用意するのは難しい事ではない。

そして圧倒的な武装を見せつけると、男はフルチューニングを指し示した。


「そこのクローンは生け捕りだ、分かっているな?」

「は!」
その言葉を聞いて、フルチューニングは愕然とする。


(レイを回収するために、これだけの兵力を……?)

(あれだけの戦いの後で、建宮さんが動けるはず無いのに!)


だが、選択の余地はなかった。


(こんなところで、みんなと別れるなんて嫌です!)

(ですが、建宮さんを失うよりは、ここでレイが素直に付いて行った方が……)


チップは破壊され、魔術は使えない。

30人を相手に、能力で戦えるはずもない。

――だが、フルチューニングは1つ忘れていた。

チップを破壊されて、さきほどから彼女はミサカネットワークに接続できているという事を。

そしてネットワークに繋がっているという事は。


「は、良い度胸じゃねェか。この俺の前で、そンな3流のセリフを吐くなンてよォ?」


妹達の守護者である『最強』に、その叫びが届くという事だ。


「面白ェ。この地下市街に、愉快なオブジェにして飾ってやンよ」

第22学区、第5階層


目まぐるしく変わる展開に、フルチューニングはまともに反応する事が出来なかった。


「どうして、あなたがここにいるのですか……?」


只一言、そう問いかけるのが精一杯。

それに対し『最強』は、


「うるせェな、大人しく寝てろ」


そう答えるだけ。

だが、それだけで十分だった。


(そうか、きっとあの子が……)

(感謝しなくてはいけませんね。あの末っ子と、その最強の保護者に)

(もう……大丈夫……)


絶対的な安堵の感覚を最後に、フルチューニングは意識を手放した。
「我々の邪魔をする気か、貴様は!」


謎の闖入者に激昂した男が、持っていた銃を『最強』に向ける。

それでも。

自分の方を向いた銃口を見て、『最強』……一方通行は歪んだ笑みを見せた。


「そォだよ、最初からそうしてりゃ良かったンだ」

「だってのに、よりにもよってアイツに銃を向けちまうから、こういう事になる」


『最強』が胸に宿す一つの誓い。

たとえ何があったとしても、『妹達』を守る。

哀れな敵対者は、その生命線に汚い手で触れた。


「さァて、ショウタイムの時間だ」

「――喜べよ、ソコは特等席なンだぜ?」


始まったのは蹂躙。勝敗など、語るまでも無い。
“全て”を片付けた一方通行は、意識の無いフルチューニングに目を向けると、チッと舌打ちした。


「相当面倒なことになってやがるな。あンだけ言い聞かせたっていうのによォ」


そして携帯電話を取り出すと、最も信頼する医者へ連絡を取った。


「……ああ、準備は出来てンだろォな?」

『大丈夫。問題無いね』

「じゃあ今から運ぶ。芳川にも連絡を取れ」

『すでにここに来ているよ? 本人は自信が無いと言っているけどね?』

「知った事かよ。天井以外で、このガキに詳しいのはあいつしかいねェンだ」

『分かった分かった。僕も彼女も全力を尽くすよ』


通話を終えた一方通行に、今まで黙っていた建宮が声をかけた。


「お前さん、一体何者なのよ?」

「あ?……聞いてどォするンだ」

「そうよな、質問を間違った」
「……」

「お前さん、レイにとって何者だ?」

「……ハ!」


からかうような一方通行の笑い声に、建宮は怯まないで続けた。


「もちろん、助けてくれた事には礼を言う。本当にありがとうなのよ」

「だが男として、惚れた女を連れてく人間を、このまま放っておく訳にもいかんよなあ?」

「下らねェ」

「な……に?」

「何を有り得ねェ心配してやがる。今からこいつを入院先の病院へ戻すだけだ」

「……そうか」

「ついでに教えといてやる。テメェは俺が“何者”かって聞いたな?」


その一瞬。

建宮は、目の前の白い『最強』が漆黒に染まったかのような印象を受けた。


「――悪党だ。クソったれの悪党だよ」


それは、まだ一方通行の翼(ココロ)が。

闇色を纏っていた時のお話。

 

 

第7学区のとある病院


緊急処置を終えたフルチューニングは、培養器の中でぷかぷかと浮いていた。


※手術着を着ているから、お色気イベントは発生しないよ!


彼女が目を覚ました時には、すでにある程度の治療が済んだ後。

体力の回復にはしばらくかかるが、さしあたっての問題は回避されていた。

とは言え、彼女の脳にあるチップを摘出できた訳ではない。


(あのゲコ太先生が言うには、チップを外そうとすると脳ごと融解してしまうとか)

(摘出方法を開発するのに、時間がかかるのは当然のことです。しかし……)


代わりにフルチューニングに施された処置は。


(このセンスのない“チョーカー”はどうにかならないのですか!)


真っ白なチョーカーを、首に付けるというものだった。
カエル顔の医者と芳川が共同で発明したこのチョーカーは、チップの働きを阻害する効果を持つ。

これを付けている限り、フルチューニングはノイズに悩まされる事はない。

しかも。


(まあ、“スイッチ”を切り替える事で『魔術の行使』と『ミサカネットワーク接続』を選べるというのは嬉しいですけど)


チョーカーのスイッチを切れば、チップは動き魔術を扱う事が出来る。――もちろんノイズを覚悟しなければならないが。

芳川という研究者が言うには、如何なる方法で天井がフルチューニングの能力を強化したのかは不明らしい。

あの女王艦隊で失ったパーツを、復元するのは絶望的という意味だ。

それはつまり、彼女が二度とレベル4の発電能力を取り戻せないという意味でもある。


(ですが、レイは諦めません)

(考えてみれば、オリジナルは部品無しにレベル5の力を扱っているのですから)

(重要なのは、『自分だけの現実』の強化)

(いずれ魔術を使えなくなる以上、天草式の“魔術師”として戦う為には能力が必要です)


魔術を使える超能力者から、超能力を使う魔術師へ。

フルチューニングは、真っ直ぐに明日を見つめていた。
これから先、遠くない未来で。

フルチューニングは『素養格付(パラメータリスト)』と呼ばれる存在を知る。

それは彼女の希望を確信へと変えさせた。

妹達のオリジナルである御坂美琴は、かつてそのデータに基づいてDNAマップを狙われた。

研究者たちは、彼女が将来レベル5に到達することが分かっていたので、あらかじめ小さな時にDNAマップを提供させたのだ。

と言う事は。

裏を返せば、能力の強さはDNAとは“無関係”という事を意味している。

DNAマップを提供する“前”に、彼女がレベル5になるという結果が分かっていたのだから。

つまりDNA以外の“何か”が、あらかじめ能力を決めているのだ。

ならば何故『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム) 』は。

クローン体から超能力者を発生させることは不可能だと予言したのか。

その秘密を、フルチューニング“達”は学園都市を遠く離れた異国の地において知ることになる。
そんなことを知る由も無いフルチューニングは、培養器の中でウトウトしていたが。


「お邪魔しますにゃー」

「?」


彼女の病室に、見慣れないサングラスの男が入ってきた。


「あなたは誰ですか?」

「おっと。そういやあ、こうして会話するのは初めてだったもんなあ」

「は?」

「んじゃあ、改めまして。『必要悪の教会』所属、土御門元春っていうんだぜい」

「……あなたも魔術師なのですか」

「そうそう。こう見えて神裂ねーちんやシェリーとは同僚になるんだにゃー」

「それはスゴいですね……!」

「おおう、新鮮な反応。で、だ。ここに来たのは“種明かし”をするためで」

「種明かし?」

「そう。今日起きた出来事の、解説の時間だぜい」


そう言って、フルチューニングの“先達”である嘘つきは楽しそうにニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

第7学区のとある病院


「……解説とは?」


土御門の胡散臭そうな笑みを前にしたフルチューニングが、訝しげに呟く。

その反応を一向に気にしないで、彼は得意げに胸を張った。


「お前さんのお師匠サマから頼まれた、ひっじょーに面倒な仕事の話ぜよ」


ここで愚痴らないと、正直やってらんないにゃーと彼は嘯く。


「依頼で忙しいはずの神裂ねーちんが、どうして都合良くアックア戦に間に合ったと思う?」

「もしかして、あなたが女教皇のスケジュールを調整してくれたのですか!」

「うーん、素直に感心してくれるとオレも解説のし甲斐があるってモンだぜい」

「でもまあ、調整って言ってもちょろっと上の連中を誤魔化す程度だから、大したことないんだけどにゃー」
そう土御門は言うが、自分が想像するより遥かに難しい綱渡りだったのだろう、とフルチューニングは直感した。

しかもそれをあのシェリーが頼んでいたというのだから、驚きだ。


「むしろ本当に骨が折れたのは、別の頼みごとの方ぜよ」

「他にも何か?」


だがここで、フルチューニングはさらに驚く事になる。


「お前さんの扱ったゴーレム術式に、違和感は無かったか?」

「違和感……」


彼女が思い出したのは、アックアとの二度目の戦いの時の自分のセリフ。


――「このままの戦闘を続ければ、もって後15分が限界でしょうか。“何故か術式の調子は良い”のですが…」


「まさか、あのゴーレムの強さは……」

「気づいてくれて嬉しいぜい」

「最初に言われた時は本気で焦ったんだからにゃー。“第22学区全体に、『地属性』の強化術式を施せ”なんて」

「で、ですが、一体どうやって!? 近くに魔法陣など存在しませんでしたよ」

「ふっふっふ、秘密はこれぜよ」


そう言って土御門が取りだしたのは、折り紙でできた鶴だった。


「オレの専門は陰陽、もっと言うと風水だ」

「こいつを式神に見立てて、風水的に重要なポイントに設置することで一時的な“守護”の効果を得られる」

「ですが、レイのゴーレム術式はカバラです。全くの別モノでは?」

「いやいや。五大元素を表す記号、各属性の振り分け、陣の張り方に至るまで、両者には共通点が多いんだぜい」

「?」

「あー、……まあそっちはいいか。要はこいつが魔法陣代わりになると理解してもらえれば十分だにゃー」

「分かりました」


アックアがあの時、疑問を感じたのは当然だった。


――(何故だ…明らかに以前よりも強度が増している…?)

――(まるで潤沢な“地”の加護を受けているみたいではないか)


そもそも“土地の力を利用する”事において、風水の右に出るものは存在しない。

かつて天才風水師と謳われた土御門が守護術式を配置した以上、その効果は十分に発揮される。

見えないところで色々な人から支えられていた事に、フルチューニングは深く感謝した。
「ただ第22学区全体をカバーする為に、ざっと1万近い“式神”を用意するはめになったのは辛かったぜよ」

「……本当にありがとうございました。そして師匠が無理言ってすいません」


それは流石に愚痴りたくもなりますね、とフルチューニングは同情しながら頭を下げる。


「まあ、式神の配置だけだから魔力を練る必要は無かったし、シェリーからはちゃんと報酬を受け取っているんだけどにゃー」

「お金ですか?」

「そーんな無粋なものじゃあ無いぜい」

「では、何を?」

「ふふん、それは言えないにゃー」

「むー」


その報酬が、シェリーお手製の『堕天使エロメイドセット』だとは想像できないフルチューニングであった。

ましてやあの女教皇がそれを着て大騒動を引き起こし、その事を切っ掛けに天草式でメイド戦争が起こることなど知る由も無い。


「お楽しみは後でねーちんに渡すとして……そろそろ本題に移っても良いかにゃ?」

「頭を下げた身で言うのもなんですが、本題があるなら最初から言ってほしいです」

「いやあ、これ聞くとテンションガタ落ち間違いなしだからな」
土御門の口調が少し変わるのと同時に、病室に流れる空気が一変した。

培養器越しに寒気を感じたフルチューニングが、思わず身震いするほどだ。


「今回の事件、これで全て解決って訳にはいかないのは分かるか?」

「土、御門……さん?」

「オレ自身もそうだが、“能力者に魔術は使えない”って言うのは常識だ」

「! あなたも能力者なのですか……!?」

「そうだ。残念ながら能力ランクはレベル0だがな」

「……」

「話を戻そう。レイ、お前はその常識を覆した」


土御門の言葉には、一切の感情が込められていない。

フルチューニングよりもよほど機械的な喋り方で、淡々と事実を告げる。


「今まで魔術と科学を隔ててきた『壁』を、あっさりと破壊してしまったんだ」

「この結果を知った魔術サイド……特にローマ正教が、これを黙って見過ごすと思うか?」


言われるまでも無く、とてもそうは思えなかった。
自分たちの立場を守るためにオルソラを狙い、アニェーゼを廃人にしようとし、上条当麻を殺そうとしたローマ正教が。

『神の右席』と呼ばれる最大戦力を撃退されたローマ正教が。

このまま引き下がることなど、考えられるだろうか。


「分かっているようだな。ハッキリ言うが、あまり時間は無いぞ」

「……はい」

「恐らくこのままでは、お前も、お前を匿う天草式十字凄教も、全て殲滅されるだろう」

「!?」

「それほどまでに“魔術を使える能力者”と言うのは異端なんだ」

「ましてや、『神の右席』を倒すほどの力を持つとなれば尚の事な」


これは一体、何の冗談だろう。

仲間の助け無しには、誰1人救えないようなこの無力な試作品が。


「連中が何よりも危惧するのは、“お前のような魔術師の量産化”だ」

「そんな存在を科学サイドが兵士として投入したら、一気に魔術サイドは追い込まれてしまう」
笑うしかない。

自分が言った言葉だ。

――すでに『妹達』は世界中に拡散されました。

今の所、魔術を使うクローンは自分しかいない。

だが、もしも自分の頭にあるチップが量産されたら。

『妹達の魔術師化計画』が行われたら。


「そうなる前に、何としても主の敵を殺す必要がある――と連中は判断を下したらしい」

「神の右席最後の1人、右方のフィアンマはすでに指示を出した」

「神を冒涜した存在だというレッテルが張られた以上、お前は世界中から狙われる」


世界中が、敵。

こんな何時死ぬかも分からない出来損ないを相手に、随分と大事じゃないかとフルチューニングは思う。


(レイの人生は皮肉で出来ているのでしょうね)

(これまでの戦いで、散々無力感を味わったというのに)

(今度は力を手に入れようとすればするほど狙われる)

(届かぬ明日どころか、“届いてはならない”明日とは)

(所詮、偶然生き長らえた実験品の末路はこんなものなのでしょう)
そう、フルチューニングは心で理解して。


「……泣いているのか?」

「そういう時は……ッ……気を利かせて、気づかないふりを……するものでは?」


だけど流れる涙は止まらなかった。


「そんなクソったれな言い分、ちっとも納得できません!」

「このレイが量産されたら恐ろしい? 知った事か!」

「能力者は魔術を使えない? だからなんです!?」

「そんな下らない理由で殺されるなんて、レイは絶対嫌です!」






そう息を荒げて叫ぶフルチューニングに、土御門は――静かに銃を向けた。

 

「悪いが、諦めてくれ」

「なにを……」

「お前と言う“戦争の種”を、このまま放置するわけにはいかない」

「……それが、ここに来た本当の理由ですか。確かにテンションガタ落ちです」

「ついでに言おう。治療中の天草式、それに……『一方通行』は来ない」

「!」

「何の因果か、アイツはオレと同じ組織に所属していてな、隙をつかせてもらった。今は少々眠っているだろう」

「……絶体絶命、ですか」

「ああ。悪いがオレにも守るべきものがある」


土御門の声に、揺れは無い。


「尤も、少々気が重いがな。この後天草式、シェリー、一方通行、上やんたちの追及を誤魔化さないといけない」

「……銃など使わず、事故死に見せかければいいじゃないですか」
「このタイミングでの事故死や自然死では、ローマ正教は納得しないだろう。神の敵は“処刑”されなければならないからな」

「それにどうせ遺体を向こうへ送る以上、みんなはお前が殺されたことに気づく」

「だから事故死にする意味が無い。むしろ替え玉を疑われても困る」

「なるほど? それであなたは誰を犯人に仕立て上げるつもりなのでしょう?」

「……この銃は天井亜雄の物だ」


それが答えだった。

恐らく、彼はすでに全ての工作を終えているのだろう。

行方不明の製造責任者が実験品を持ち出して、何らかの理由で殺したというストーリーが完成しているに違いない。

そして天草式、シェリー、一方通行の誰にしたところで、復讐相手を見つける事は出来ない。

用意周到な彼の事だから、天井の死体も準備しているかもしれなかった。

自棄になって自殺した研究者とその実験品。ローマ正教は敵の死体を確認してご満悦。

それでこの馬鹿げたお話は完結。


「じゃあ、お別れだ」



――僅かに響く銃声は、この夜1つの物語を終わらせた。

 

 

 

 

 

第7学区、窓の無いビル


いつもと同じはずの、闇に包まれたその空間。

『人間』アレイスターは、予想外の事態が発生したのを確認した。

普段彼は『滞空回線』を使って、学園都市のあらゆる情報を入手している。

だが今は、後方のアックアが起こした大爆発によりそのネットワークは事実上損壊し、復旧には数時間が必要だ。

そのイレギュラーな状況下においても、彼が知り得た情報とは。


(検体番号00000号の生命反応が消失した……?)

(チップとの交信が途絶えたのは、医者である“彼”が何らかの対策を講じた為だと思っていたが)

(……ここにきて、心臓の拍動までも停止したとはどういうことだ?)


自分のプランに組み込んだフルチューニングが、突然死んだらしいという事だった。
(あれの心臓には、超小型の拍動測定器が取り付けてある)

(そこからの受信データを見る限り、検体番号00000号は死亡したとしか考えられん)

(……衛星情報によって、あの病院近くに土御門がいたのを確認した。となると、彼の仕業か?)


そこまで考えが到達すると、アレイスターは楽しそうな笑みを口元に浮かべた。


(ローマ正教の敵となったあれを殺すことで、戦争を回避しようとしたのか)

(それとも……?)


当然アレイスターは、土御門がフルチューニングを殺した“ふり”をした可能性を考慮に入れた。

そしてその場合、きっと彼女を学園都市から脱出させてしまうだろうということも。

それを防ぐために、追手を差し向けるべきか。


(いや、そうはいくまい)


ここで問題なのは、土御門が本当にフルチューニングを殺していた場合だ。
もしもここで、学園都市の追跡部隊が彼を追い詰めればどうなるか。

目的通りローマ正教に遺体を届けられないと分かった時点で、彼はフルチューニング殺害の罪を追跡部隊に擦り付けようとするに違いない。

何故ならば、彼はスパイとしてイギリス清教に所属し続けなくてはならないからだ。

そうなるとイギリス清教は当然、面子の為にも所属魔術師の言葉を信じるだろう。

そして天草式十字凄教、つまりはイギリス清教の加護の下にある少女を、学園都市の部隊が殺したとなれば。

又は土御門というイギリス清教の魔術師を殺した場合でも。

学園都市はローマ正教、ロシア成教だけでなく、唯一の味方だったイギリス清教をも敵に回す事になる。

それに学園都市が“神の敵”を殺したからといって、ローマ正教の態度が軟化する事は無いだろう。

むしろ重要な機密を殺して奪ったかもしれない、などと疑心暗鬼を深めるだけだ。


(ロシアが不穏な動きを見せている現段階で、あの最大主教に“弱み”を見せるのは賢いやり方とは言えないな)


リスクとリターンの観点から見ても、学園都市の人間を派遣する訳にはいかない。

だがアレイスターには、現状学園都市の人間以外の手駒はないのだ。


(ふむ。問題は彼が――いざという時殺すことを躊躇わない人種だという事だ)

(どちらの選択もあり得る以上、ここは確定した情報が来るまで動けんな)

(こういう時、単純な善人あるいは悪人ではない人間は判断が難しい)


『滞空回線』が封じられている以上、アレイスターはしばらく事実を確認できない。

そして、情報も無しにあの土御門の行動を完璧に予測出来ると思うほど、彼は人間を侮っていなかった。


(仕方あるまい。こうなった以上、どちらにしてもあれを『プラン』から外す必要がある)

(……“代替品”の製造を、少しばかり急がせるか)

(ローマ正教や土御門は、あの試作品こそが重要なファクターだと勘違いしているようだが……)

(実に愚かしい)

(――真に重要なのはあれ自身ではなく、その戦闘経験と『………』だというのに)


さらに言うなら。

アレイスターが静観を決めたのは、自分の計画はこの程度では微塵も揺らがないという確信があったからでもある。


(すでに最低限必要なデータは収集されている。完成まで2週間とかからん)

(フフ……第三次製造計画(サードシーズン)を、これより始めるとしよう)

 

 

 

学園都市の外、とある隠れ家


学園都市近郊にある、土御門のセーフハウスの1つ。

安全を確保するために存在する場所で、彼は追い詰められていた。


「……」

「……あのー」

「死んでください」

「ちょ、話を聞いて欲しいにゃー!」

「くたばってください」

「だからー!」

「速やかに血反吐をぶちまけて地獄へ落ちてください」

「段々辛辣になってる気がするぜよ!?」


未だに自分の意思で体を動かす事の出来ないフルチューニングが、目を覚ましたと同時に暴言を浴びせてきたからだ。

言うまでも無い事だが、彼女は生きている。

培養器の中で今にも暴れ出しそうなほどには元気だ。


(……人の涙を返せ嘘つき!)

(理由を聞いても納得できませんよ!)
あの時土御門が発砲したのは、カエル顔の医者が開発した特殊な麻酔弾。

人体を仮死状態に陥らせるその弾丸は、10分間ほどフルチューニングの心臓を停止させた。

その僅かな時間で、カエル顔の医者は彼女の心臓から拍動測定器を摘出する事に成功する。

そして縫合した後、療養のため培養器ごと学園都市から土御門が運び出した。

土御門がああも凝った演技をした理由は、当然アレイスターを警戒してのことだ。

アックアの所為で『滞空回線』が不調だという情報は仕入れていたが、それがどの程度の損害なのか彼には知る術がない。

いや、正確には一つだけあったのだがそれは使えなかった。

だからアレイスターが追手を使えないようにするには、こうするしか方法は無かったのだ。

……とは何度も説明したのだが。


「だからって、遠慮なく女性の胸を撃つってどうなんですか!」

「心停止を誘発するためにはしょうがなかったって言ってるだろう!」

「ぐぬぬ……」

「それに万が一空撮されていた場合、“銃で撃たれて心停止した”事が重要になる」

「単に麻酔で昏睡しましたじゃ、アレイスターを誤魔化せないだろうが」


げんなりした感じで、土御門が3度目の説明をする。

とその時、遠慮なしにセーフハウスのドアが開けられた。
「まァだこいつはグダグダ言ってンのかよ?」

「一方通行……そうですよね、あなたも一枚噛んでなきゃおかしいですよね」


入ってきたのは、『妹達』の守護者である一方通行だ。


「人聞きが悪ィな。大体この俺がシスコンサングラス如きに不覚をとる訳ねェだろ」

「……どーいう意味ぜよ?」

「言葉通りに決まってンだろうが。つーかあンな行き当たりばったりな作戦を聞かせるンじゃねェよ」


何故一方通行が今ここにいるのか。

土御門は、彼が“お掃除”を終えた直後に、フルチューニングを学園都市から脱出させるつもりだと伝えた。

アレイスターの目である『滞空回線』がダメージを受けた、今しかチャンスは無いと言って。

ただしその作戦は、アレイスターの状況が不確定なまま行われる事になる。

そこまで聞いた一方通行は、フルチューニングのために土御門に協力することにした。

先ほど述べたとおり、土御門たちには『滞空回線』の情報を知る術が1つだけあった。

それが『ピンセット』――超微粒物体干渉用吸着式マニピュレータだ。

この装置で『滞空回線』を直接掴み取れば、アレイスターの動向をある程度把握できる。

だがその肝心の『滞空回線』がエラーを起こしていたので、互いに情報を手に入れる事が出来なかった。

故に土御門は、それを使う事は早々に諦めていたのだが。

一方通行は、風流操作で片っぱしからナノデバイスをかき集めて、それを逐一観察し被害の程度を逆算する事にしたのだ。

それはまさに、学園都市最高の演算力を持つ彼だからこそ出来る、想定外の裏ワザだった。

彼は『滞空回線』が数時間は使い物にならないと判断した為、学園都市を出てここにきたのである。


「じゃあノイズの治療を始めンぞ。……チップを阻害するチョーカーがある以上、これを最後にしてェもンだな」

「その為にわざわざ来てくれたのですか」

「……テメェを絶対助けろって、あのクソガキが喧しいからなァ」

「もしかして彼は照れ屋さんなのでしょうか?」

「間違いなく照れ屋さんだにゃー。今時ツンデレは流行らないぜい?」

「……脳内電流をグシャグシャにされたくねェなら、その馬鹿な口を閉じておけよ」

「怖!」

「ついでに言っておくが、テメェは口を閉じてても死刑決定だ土御門」

 

 

 

それから1時間ほどして。

2度目の、そして恐らくは最後の治療を終えた一方通行は、土御門と一緒に学園都市へ戻った。

別れ際でも、特別な会話は無いまま。

だが、それこそが何よりも彼の気持ちを表していた。


(彼は信じてくれたのですね、これでさようならではない。また会える日が来ると)

(このレイにも、明日が来るのだと……!)

(ならば、世界中が敵に回っても恐れる事はありません)


それを思うと、あの時感じた絶望感が嘘のように吹き飛ぶ。


(そういえば結局、土御門さんはどうしてレイを助けたのでしょう)

(“次”に会った時、それも聞いてみる事にしますか)


部屋を見回すと、土御門が準備した偽造パスポートやら個人IDやらが目に付いた。

彼が言うには、ここで一旦体調を回復させた後、これらを使って別人としてイギリスへ戻れと言う話だ。

天草式のみんなやシェリーには、彼が後で事情を説明するらしい。

フルチューニングが科学者と一緒に行方不明となれば、いかにローマ正教といえども天草式やイギリス清教と強引に戦おうとは思わない。

その誤魔化しがいつまで通るのかは分からないが、要は『右方のフィアンマ』を倒すまで逃げ切ればそれでいいとも彼は言っていた。

もう1つの懸念であるアレイスター(フルチューニングは、ここで初めてチップを造ったのが統括理事長だと知った)に関しては。

学園都市を離れた以上その影響力は激減するし、一度プランを離れた人間に執着するとは思えない、との事だ。


(ローマ正教の所為で事態がやばくなったと思ったら、知らぬ間に助けてもらいました)

(……一体レイは幸運なのか、それとも不運なのか)

(決まってますよね)


そしてフルチューニングは、ゆっくりと意識を手放した。

――嬉しい事と言うのは、続くらしい。


30分後。

フルチューニングが目を覚ました時、驚くべき事に、一番会いたかった人がそこにいた。


「建宮さん!」

「あ、起こしてしまったか……?」


体のあちこちが包帯で巻かれているものの、それでも建宮斎字は普段と変わらない。

ヘラリ、といつもの柔らかな笑顔をフルチューニングに向けている。


「起きたのはたまたまです。それより、どうしてここに?」

「『必要悪の教会』の陰陽師から話を聞いてな。一通り治療を終えたし、急いで駆け付けたのよ」

「……?」


事情を呑み込めないフルチューニングに、建宮は静かに報告した。


「俺を含む天草式は、明日にはイギリスへ帰る事になった」

「!」

「どうやらフランスとイギリスが、戦争を起こしそうなほど関係を悪化させているらしいのよな」

「思ったよりも、早いですね……」

「全くなあ。いくら女教皇がお戻りになられたとはいえ、これでは休む暇も無いってもんよ」

「……建宮さん」

「ん?」
それまで目を伏せていたフルチューニングが、大声でこう言った。


「が、頑張れ!」


全く想像していなかった激励に、建宮は目を白黒させた。


「……レイ……」

「みんなにもそう伝えてください。レイはしばらく一緒にいけませんが、必ず追いつきますって」

「それまで、絶対に負けないで頑張れって!」

「これは参った―――ああ、しっかりと伝えておく」


何かが胸に来たのか、建宮は言葉を詰まらせながら頷いた。

そして部屋をグルリと見回すと、ポツリと言葉を漏らす。


「……そう言えば、ローマ正教を欺くために、今後別人に成り済ますって話よな?」

「はい。ご丁寧にウィッグやカラーコンタクトまで用意してくれたみたいです」


こういうのもイメチェンですかね?とフルチューニングは少し楽しそうに笑った。


「じゃあ、今のお前さんの姿はこれでしばらく見おさめってことになるな?」

「? そうですね」

(やっぱり、今のレイに言っておくべきよな)

「……建宮さん? さっきから様子が……」


フルチューニングが、心配そうに建宮を見つめる。

それを建宮はしっかりと見つめ返して。





「ハッキリ言う。お前さんが好きだ」

 

 

その一瞬、世界が動きを止めた。

再び動かしたのは、フルチューニングの言葉。


「……はい、もちろんレイも建宮さんが大好きですよ?」

「あー、ううん、そうじゃないのよ……」

「?」

「悪い、ちょいと気が急いてたな。考えてみれば当然の事か」


何やら1人で反省して自己完結した建宮が、再びフルチューニングの目を見ながらこう言った。


「……レイ。また相応しい時がきたら、もう一度言う。それまで待ってて欲しい」

「とりあえず……レイは待っていれば良いのですね?」

「ああ。コイツはその約束の証だ」


そう言うと、建宮は“小さな銀色の輪”を取り出した。


「お前さんのチョーカーにでも通せば、多少はおしゃれなアクセサリーに見えるのよな」

「良いんですか……?」

「もちろん。ちゃんと着けてくれるととっても嬉しいのよ」


ちなみにセーフハウスの外では。

(えー!? ここまできてそれはないでしょう建宮さん!)

(でもレイちゃんのあの態度ではしょうがないかと……)

(馬鹿め。タイミングを見極めないとこうなると、しっかり言っておいたのに)

(ま、まだレイが誰かと……こ、こ、恋人になるとか早いっすよ!)

(馬鹿ね、年齢なんて関係ないの。女の子は生まれた時から女の子なんだから)

(対馬、それって深いんだか浅いんだか良く分からないよ)


お馴染みの天草式メンバーが、楽しそうに見届けていた。
気配に気づいた建宮が、赤い顔をして天草式を追いかけたりしてるうちに時間は瞬く間に過ぎて。

明るい雰囲気のまま、かけがえのない仲間たちはイギリスへ帰る事になった。

フルチューニングが“レイ”になっておよそ2ヶ月。

次に彼らと会うとき、彼女はもうその名前では呼ばれない。

それでも、きっと。

フルチューニングは天草式のレイとして、彼らに笑顔でただいまと言うのだ。

そして彼らも、天草式のレイにお帰りなさいと言ってくれる。


(きっとその日は、とても素敵な日になります)


そんな明日を約束して、仲間との楽しい時間は終了した。

 

 

(それにしても……)

(やっぱりレイは嘘をつくのが上手いですね)

(ふふふ)

(――「また相応しい時がきたら、もう一度言う。それまで待ってて欲しい」……ですか)

(気づかないふりをした甲斐があるというモノです)

(こんなに嬉しくて、特別な“好き”は他にありません)

(それを一度で終わらせるのは、少しもったいないですからね)


そんな事を思いながら、チョーカーで輝くプレゼントを指でチョン、とつついた。


(次にくれる時は、指にはめるリングをお願いします)

(じゃなきゃレイは、頷きませんよ)

(……まあ)

(レイは“建宮さんが大好き”ですから、自信は無いのですが)

 

 

 

 

 

そして、物語は交差する――。



「初めまして。あなたがが噂の試作品クローン?」

「あなたたちは……?」



「今、世界は大きく揺れ動いてる。お前も来い……ロシアに」

「天草式は、一体どうなったのですか!?」



「ふふん。これぐらい超余裕ですよ」

「うう……レイは負けません!」



アレイスターの手を逃れたフルチューニングに接触したのは、イレギュラーな5人組。

彼らに誘われるまま、フルチューニングは再び戦場へ踏み出す事になる。




「さあ、始めましょう」

「まずは――私とレイちゃんの能力を取り戻すところから、ね」

 

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