とあるミサカと天草式十字凄教 > 10

9月25日(午後1時30分)、ロンドンの日本人街(天草式の拠点)


フルチューニングが、シェリー・クロムウェルに弟子入りして2週間近くが経過した。

その期間には、『残骸』を巡る戦い、『大覇星祭』、リドヴィアの使徒十字を使った学園都市攻略未遂など、

様々な出来事があったのだが、天草式の面々とは基本的に無関係であった為ここでは省略。

そして今、フルチューニングは天草式の少年香焼と立ち話をしていた。


「まだお茶っ葉は残っているのに、何でまた新しく買っちゃうんすか!」

「む!…店長が、これは最近仕入れたばかりの特別製だってお勧めしてくれたんです!」

「大して味なんて変わらないすよ!」

「そんなことありません。レイは香焼と違って舌が繊細なんです!」

「嘘だ!だって昨日レイが作ったエビチリ、ぶっちゃけまずい…」

「えい」


バリバリバリ!とすっかりお馴染みの音を立てて、フルチューニングの電流が香焼に直撃した。
「だからそれ卑怯…ギャアアア!!!」


ぷしゅー、と空気が抜けたように倒れる香焼。

それでも怒りが収まらないフルチューニングだったが、約束の時間が近い事を思い出して意識を切り替える。


「もうこんな時間ですか。ちょっとレイはお出かけしてきます」

「え!?…ここ最近しょっちゅう出かけてない?」

「ふふん、年頃の女性には色々お付き合いというモノがあるのです」


そう言い残すと、フルチューニングはいそいそと外へ出て行った。


「…」


どことなく香焼がむくれていると、対馬がやってきて彼の頭をポンポン、と慰めるように叩いた。


「何落ち込んでるのよ…最近レイに構ってもらえなくて寂しいんだ?」
珍しくニヤリとした笑みを浮かべる対馬に、香焼は必死で反論する。


「違うすよ!別に寂しくないし!」

「ホント?」

「当然じゃないすか!」

「そっか、分かった。あのね、男がツンツンしても意味無いのよ?」

「全然分かって無いじゃん!」


顔を真っ赤にして怒鳴る香焼を見て、対馬は溜息をついた。


(こりゃー苦労しそうね)

(レイからの進展はまず期待できないし…)

(どっちもまだまだお子様っていうのが問題よね)

(まあ、レイをしっかりリードするなんて、期待できるとすれば…)


対馬がチラ、と後ろを見ると、ちょうど建宮がレイを探しに来たところだった。
「あれー、またレイは外出中なのよな?」

「そうみたいね。…あなたもやっぱり心配?」


対馬が探るように質問すると、建宮はニヤリと笑った。


(お、余裕ね。ちゃんと信頼してるって事かしら?)


心の中で、対馬が珍しく建宮を高く評価をする。

そんな事を知る由もない建宮は、チチチと指を振って答えた。


「確かに危なっかしいところはあるが、それでもレイは馬鹿じゃないのよな」

「まあ、そうよね」

「大体、俺はレイが“いない”事を確かめに来たのよ」

「…へ?」
「何せ、アイツは俺の秘蔵本(コレクション)を遠慮なく燃やしちまうからな」

「は?」

「鬼の居ぬ間になんとやら、今のうちに無事な本を隠さないといけないわけで…」


その言葉を聞き終える前に、対馬は教皇代理(今一番偉い人)の股間を蹴り上げた。

ぐおおおお!と悶絶する教皇代理(繰り返すが、今一番偉い人)。


(このバカに期待した私がバカだった!)

(っていうか、リードするどころかこいつが一番ガキじゃない!)


怒り気味に歩いて、対馬はその場を後にする。


今日も天草式は平和だった。

 

 

 

9月25日(午後2時00分)、ロンドンのとある廃墟


日本人街からやや離れたこの廃墟が、フルチューニングにとっての教室である。

フルチューニングが時間通り到着すると、すでにシェリーがいつもみたいに不機嫌そうな顔で待っていた。

そのシェリーに、笑顔で頭を下げるフルチューニング。


「いつもありがとうございます師匠」

「毎回頭下げなくていいって言ったでしょう」

「でも…」

「それより、『課題』はキッチリこなしてきたんだろうな?」

「成功したのは一回だけでしたが」

「ふん、じゃあとりあえずここで試しにやってみろ」

「はい!」


元気良く返事したフルチューニングが取りだしたのは、シェリーからもらったオイルパステルだ。
「まずは復習。――浮遊術」

「はい」


フルチューニングが、勢いよくオイルパステルで自分の靴に魔方陣を描く。

5秒ほどで完成した術式は、すぐにその効果を発揮する。

最初は少しふらつきながらも、フルチューニングは地上15センチのところで浮いたまま安定した。


「うん、良い感じね。後は構築スピードを上げる事。何千回と反復しなさい」

「はい!」

「じゃあ本番。――人形作りを始めな」


その言葉に、フルチューニングも緊張する。

この術式は極めて難易度が高く、成功した(ように思えた)のはたった一回だけだからだ。


(落ち着いて、今まで習った事を確認)


それでも、フルチューニングは臆することなくオイルパステルで魔方陣を生成する

(大事なのは、具体的なイメージの構成と力の流れ!)

(いけえ!)


「おいおい、まさか本当にゴーレムを!?」


誰よりもその難しさを知るシェリーが驚嘆する。


(ありえない…たった2週間程度学んだだけでゴーレムを作り上げるなんて、天才ってレベルじゃねえぞ!?)


慄くシェリーを無視して、フルチューニングは術式の完成を急ぐ。

術式の完成に3分ほどかかりながらも、フルチューニングは遂にゴーレムを出現させた!

言葉を失うシェリー。


「…なに、ソレ?」

「これがレイのゴーレムですが?」

「…」


フルチューニングの足元には、10センチほどの大きさで、一応2足。だが頭部が明らかにカエルっぽいモノがいた。
(焦らせやがって…良く見りゃ基礎理論のカバラからしてガタガタじゃねえか)

(人間の複製どころか、これじゃ精々出来の悪いオモチャってとこね)

(まあ、それでも一定の成果が出たのは褒めてやるべきか…?)


安堵するシェリーに、フルチューニングは少しムッとして告げる。


「レイのゲコ太をバカにするのですか?」

「いやいや、まずはここまでやれりゃあ…ゲコ太?」

「はい」

「ゲコ太ってナニ?」

「? 愛らしいカエルのキャラクターですが」


そう言ってレイは、お茶屋の主人から貰ったストラップを取り出した。


「確かに、最初に師匠が見せてくれた『エリス』とは比べ物になりませんが…」

「こっちの方がかわいいですよ?」
だが、シェリーはフルチューニングの話を聞いていなかった。

その取り出されたストラップと、ゴーレムを真剣に見比べている。


(…最初から、ゴーレムの造形はあのストラップを目指していた、ということ?)

(私が教えた術式は、あくまで人型を作るための術式)

(どう頑張ってもカエル顔になるわけがねえ)

(それなのに、自分の中のイメージをここまで具現化させるなんて!)

(これが、超能力者の持つ『自分だけの現実』ってやつなのかしら…)


フルチューニングの作ったゴーレムは、大きさも強度も大したことはない。

ましてや、シェリーの『エリス』のように天使をモチーフにすることで強化されている訳でもない。

戦闘力としては0と断言できるレベルだ。

それでも、シェリーはそのゴーレムに恐れを抱いた。
魔術は学問だ。科学とは違うが、厳密なルールと法則が存在している。

あのゴーレムは、その法則を捻じ曲げなければ作り上げることは出来ない。


(そう、普通の魔術師には曲げる事の出来ないルールがある)

(…私は、あの術式であんなゴーレムは作れない)

(けど、レイは超能力者だ。“普通じゃない”)


そもそも、超能力というものは物理法則を捻じ曲げて超常現象を起こす力の事を言う。

だから。

もしも超能力者が魔術を使えるならば――その曲げられない魔術のルールを捻じ曲げる事も出来るのでは?

そこまで思い至って、シェリーはごくりと唾を飲み込んだ。


(あるいは)

(レイに魔術を使えるようにした誰かさんは…)

(それこそが目的だったのかもしれないな)

シェリーがそこまで考えているとは知らないフルチューニングは、見つめられてもキョトンとしている。


「…やっぱり、全然ダメでしょうか…?」

「いやあ…」

「次は50センチ以上を目標に頑張りますから!」

「…そうだな」


ようやくほっとしたフルチューニングは、さらにシェリーに問いかけた。


「何か造形のコツがあれば、詳しく教えて欲しいのですが」

「…うーん…」


返答に悩んだシェリーは、結局こう答えた。


「とりあえず、レイの場合は…完成形を強くイメージするのが効果的だと思う」

「はい」

「ただ、なぜゴーレムが出来んのか、その理論体系もちゃんと頭の中に入れておけ」

「分かりました」
その時、フルチューニングの携帯に着信が入る。

シェリーが無言で出ても良いと促すと、フルチューニングは頭を下げて通話を始めた。


「はい」

「…いつですか?」

「…分かりました」

「はい、では」


20秒足らずの会話を終えると、フルチューニングはもう一度頭を下げた。


「すいません、もう帰らないといけなくなりました」

「別に構わねえけど、何かあったのか?」

「明日、天草式のみんなでイタリアへ行く事になりました」

「イタリアに…何で?」


フルチューニングは、少し嬉しそうに笑った。

 

 


9月27日(午前11時00分)、イタリアのキオッジア


キオッジアでは珍しく、うだるような暑さを感じるほど気温の高いその日。

天草式のメンバーは、元ローマ正教(現イギリス清教)の修道女オルソラの引越しの手伝いをしていた。

当然フルチューニングも、汗を流して部屋の片づけに参加している。


「オルソラさん、この台所用品はもう箱詰めしますか?」

「あ、それはまだ置きっぱなしで大丈夫でございますよ。後でお昼ご飯を作る必要もありますし」

「そうですか。ではこっちの衣類を纏めておきますね」

「あ、レイちゃん。それ埃がすごいから、おしぼり使って?」

「ありがとうございます。…ところで五和さんは幾つおしぼりを持っているんですか?」
ただし、今この場で引っ越し作業をしているのはフルチューニングや五和を含む5人だけであった。

他のメンバーは、建宮と共にどこかへ出かけてしまっている。


(建宮さんは、『気になる事があるからちょっと調べてくるのよな』って言っていましたけど…)

(いつものふざけた感じで話していましたが、やけに目が真剣だったのが気になります)


少し不安げな顔をするフルチューニングだが、そこにオルソラがいつもの笑顔で話しかけてきた。


「あらあら、レイさんはちょっとお疲れですか?」

「違いますよー」

「では、一緒に買い出しに行きましょう」

「…この場合話は繋がっていると判断するべきでしょうか…?」
マイペースなオルソラのおかげで、とりあえずフルチューニングは不安を一旦脇に置いておくことが出来た。

それにどうやら、オルソラは天草式のみんなに必要な日用品を買いに行くつもりらしい。

みんなに必要なものを聞いて回っている。


「分かりました、ご一緒します」

「さあさあ、外は良い天気でございますわよ」

「だから行くって言ってるのに、何でレイを引きずって行くのですか!?」


ズルズルと首根っこを掴まれながら、フルチューニングは買い物に出発した。

必要なものを購入し、オルソラの家へ2人が向かおうとした時のこと。


「あれ?」


フルチューニングの視界に、見た事のある純白のシスターが映り込んできた。

しかも、何故かジェラート専門店のウィンドウに張り付いている。


「…オルソラさん、あの子はもしかして…?」

「まあ、イギリス清教のインデックスさんでしょうか」


フルチューニングの声かけで気づいたオルソラも、はんなりと驚いた様に声を上げた。

とりあえず、2人はインデックスに話しかけてみる事にした。


「あれ?オルソラ、久しぶりだね!」

「お久しぶりでございます、インデックスさん」

「ねえねえ、オルソラ。これが本場のイカスミジェラートかな!?」

「そんなことより」


話が進みそうになかったので、フルチューニングが強引に割って入った。

「どうしてあなたがイタリアにいるのですか?」

「あれ?あなたは一緒にオルソラを助けてくれた…」

「レイです。で、何でイタリアに?」

「とうまと旅行に来たんだよ!」

「それは楽しそうでございますねえ」

「…で、その『とうま』は今どこですか?」


フルチューニングが呆れながら尋ねると、インデックスは顔を青くした。


「ああ!とうまが迷子になった!?」

「って言うか、あなたが勝手にはぐれたのでは?」

「違うもん!」


フルチューニングの辛辣な突っ込みに、インデックスが今度は顔を赤くした。


「どうしよう、とうまはイタリア語を喋れないんだよ!」


とりあえず、このままオルソラとインデックスを連れて人を探すのは遠慮したい。
ついでに引越しの人手も足りないから、インデックスと上条当麻にも協力してもらおう。

そう考えたフルチューニングは、インデックスとオルソラを先に家に帰し、自分で上条当麻を探すことにした。


「…オルソラさん、インデックスさんを連れて先に家に帰っていてください」

「あら?」

「レイが上条さんを探して、一緒に帰りますから」

「でも、とうまはこれから観光とか食事をするって…」


少し渋るインデックスを、オルソラが魔法の言葉で説得する。


「私がこれからお昼を作りますので、ご一緒されるのはどうですか?」

「行く!」

「…極めて簡単に説得できましたね…とにかく、レイは付近を探してみます」

「分かりました、気を付けるのでございますよ?」

「…はい」


そっちこそ気を付けて欲しい、と口に出せないフルチューニングは、とりあえず返事をして走り出した。

 

 

9月27日(午前11時30分)、キオッジアのとある大通り


フルチューニングが上条当麻を見つけた時、予想通り彼は弱りきった顔をしていた。


「…こんにちは、久しぶりですね」

「あああ、インデックスはいねーし、言葉は分からねーし、マジどうすればいいんだよ!」

「あの」

「ちっくしょう、この異国の地で天涯孤独になるなんて、なんて不幸なんだー!」

「話聞けよ」


バリバリバリ!とフルチューニングが電撃を放つ。

右手にスーツケースを持っていた上条は、何の防御も出来ずに直撃を食らった。


「オアアアアア!?」

「ようやく気付いてくれましたか…でも、何故能力の無効化をしなかったのでしょう…?」

「な、なんでビリビリがイタリアに…って、あれ?」
「残念ですが、レイはオリジナルではありません」

「お前、確か天草式と一緒にいた妹達…」

「はい。名前はレイと言います。」

「レイ?」


何故か不思議そうな顔をする上条に、フルチューニングは堂々と説明した。


「妹達の試作型、検体番号00000号という最初の名前を元に、天草式のみんなが名付けてくれました」

「試作型…一番最初に作られたって事か?」

「はい」

「だって、その、妹達っていうのは、実験で殺される為に…」

「いいえ。妹達を作る最初の目的は、レベル5を人工的に作り出す事でした」

「試作型としてレイが作られた後、それが不可能と分かり実験は凍結。その後妹達はレベル6を作る実験に流用されたのです」

「そうか…で、なんでレイは天草式と一緒にいるんだ?」
「実験が凍結され廃棄されたレイを、製造者が金策の為売り払おうとしたのです」

「なんだって!?」

「ところが、その取引現場にいた天草式のみなさんが、レイを助けてくれました」

「そしてここにいろ、と居場所を作ってくれたんです」

「そっか…良かった…」


ほっとする上条に、フルチューニングは冷たい目で糾弾した。


「それなのに、あなたは天草式のみんなのことを、『あんな連中』だの『凶人』だのと…」

「う!」

「しかもレイや建宮さんを、思いっきり殴ったりするなんて…」


すいませんでしたー、と上条が土下座ダイヴを披露。

やたらと土下座に慣れた様子を見て、フルチューニングは彼の日常生活が気になった。
「もういいですよ」

「え?」

「あなたは、妹達をあの実験から救ってくれましたから」

「それでチャラにして上げます」


ポカンとしている上条に、レイは笑顔を向けた。


「それよりも、さっきインデックスさんを見かけましたが」

「ああ、そうだインデックス!」

「今は、オルソラさんと一緒に彼女の家へ向かっているところです」

「オルソラ?…オルソラはイギリス清教に入ったから、ロンドンにいるはずだぞ」

「オルソラさんは元々ここに住んでいて、まだ家財道具なんかが残っているんです」

「レイたち天草式は、その荷物をロンドンへ運ぶお手伝いに来ているんですよ」

「はー、なるほど。それでインデックスは…」

「たまたま買い出し中に、インデックスさんがジェラート専門店のウィンドウに張り付いているのを見つけました」

「あの馬鹿!」

「大丈夫ですよ。お昼を御馳走すると言ったら、喜んでオルソラさんに付いて行きましたから」
「ちっとも大丈夫じゃねえー!何だよアイツ、俺を置いて食べ物の事ばかり!」


今日はこっちが噛み付いてやる!と怒る上条だが、レイはそれを無視して会話を続行。


「とりあえず、オルソラさんの家に案内します。あなたの分のお昼もオルソラさんが用意してくれますよ」

「でも、それは悪いよ。それに俺たちこれから観光もするし…」

「ぶっちゃけますと、引越しの人出が足りないんです。黙って付いてきてください」

「ひど!?それが本音かよ!」

「じゃあ、このままイタリアで孤独に彷徨うといいでしょう」

「ちくしょう、拒否権がねえ!」


ガックリと項垂れながら、上条はフルチューニングと一緒に歩き出した。


「あれ、レイはイタリア語喋れるの?」

「当然です。学習装置によって、主要20カ国の言語をマスターしています」

「何かそれズルイだろ!?」



イタリアを舞台にした陰謀劇は、賑やかな2人の預かり知らぬところで密かに進行していた。

 

 

 

9月27日(午後3時00分)、オルソラのアパート


上条がオルソラのアパートに到着し、インデックスと合流してからおよそ3時間。

ジェラートを頬張るインデックスに脱力したり、何故か自分を見て怯える天草式に突っ込みを入れたり、

五和と呼ばれる少女からおしぼりを貰ったり、オルソラの作った絶品パスタに感動したり、

1品だけ美味しくないラザニアに顔をしかめたら、何故かフルチューニングから電撃を食らったり。

賑やかに過ごしながら、上条とインデックスも引越しの手伝いをしていた。


「なあ、なんでお前が怒ってるんだよ…?」

「別にレイは怒ってなどいませんが?」


嘘だよ、絶対キレてるよ!とは言いだせず、上条はピリピリしているフルチューニングと一緒に箱詰めをしている。
お昼を食べ終えてからもう2時間以上もずっとこんな調子なので、そろそろ上条の心も折れそうだった。


「…まだレイは経験が浅いから…!」

「いつか必ず…」

「それともオリジナルのセンスの所為で…?」


フルチューニングが、まるで呪詛のようにブツブツと独り言をいっていると、埃まみれのインデックスが現れた。


「うあー。とうま、何だか修道服のあちこちが汚れてきたかも」

「あのな。引越しの作業をしてんだから少しぐらい汚れるのは当然だろうが」

「それはそうですが、確かにこの汚れはレイも気になりますね」


上条が、ようやく呪詛を終えたフルチューニングに目を向けると、確かに彼女は人一倍埃まみれだった。

フルチューニングはずっとイライラしていた為、わずかに電撃が漏れていたらしい。

その電撃がまるで静電気のように埃を吸い集めた結果、フルチューニングの全身に埃が集まっていたのだ。
「まあまあ。では、お二人は先にシャワーを浴びるといいのでございますよ」

「…良いんですか?」


レイの問いかけに、オルソラは笑顔で頷いた。


「はい。まだ箱詰めされていないのは食器ぐらいですし、先にシャワーを済まされた方が時間を短縮できますでしょう?」

「じゃあ、そうさせてもらうんだよ!」

「ありがとうございます、オルソラさん」


そしてオルソラは、2人をシャワー室へ案内するため出て行った。


それから15分後。包装用新聞紙が足りなくなった上条は、新聞紙を探していた。

一応置き場所は聞いたのだが、オルソラに言われた場所は只の廊下で、その廊下には2つのドアが並んでいる。

どちらの部屋かオルソラに聞こうにも、彼女は今外にいるトラック運転手と打ち合わせ中だった。
(しょうがない、片っぱしから入って見るか…)


上条が大して考えずに左のドアを開けようとすると、中からインデックスの気持ちよさそうな鼻歌が聞こえてきた。

しかもご丁寧に、水音…シャワーの音までセットで。


(うお!…これはお風呂場という名の罠か!)

(危うくボコボコにされるところだった…)


上条は慌てて手を離し、ホッとしながらもう一つのドアを開け放った。


「…何をしているのですか?」


その上条の眼前。溢れる湯気と共に、タオルすら纏っていないフルチューニングが無表情で立っていた。


「うぎゃああ!!え、あれ!?…こっちも風呂!?」

「…そう言えば、建宮さんが言っていました。あなたは夏の終わりに、女教皇の裸身も目撃していた、と」

「ひょっとして…そう言う趣味ですか?」
淡々と質問するフルチューニング。何分羞恥心が薄いので、誰かさんのように慌てることも無く冷たい目で見つめてくる。


「ち、違う!俺はただ新聞紙を探しに来ただけで…!」

「新聞紙?…廊下の奥に纏めてありますが」

「マジか!…っていうか、シャワー室は隣じゃねえのかよ!?」

「ここは“2部屋共”シャワー室ですが?」

「そんなのありかよ!?どっちを選んでも地獄しかねえじゃねえか!」

「…あなたには、ノックをするという概念が無いのですか?」

「あ」


その言葉を最後に、上条はフルチューニングによって蹴り飛ばされた。

さらにタイミングの悪い事に、その直後。

ドライヤーに驚いて飛び出したインデックスと遭遇した上条は、いつも以上に噛み付かれることになった。

 

 

 

9月27日(午後5時30分)、オルソラのアパート前


いつもどおりのお色気&暴力イベントが有ったものの、それ以外は順調に作業は進行した。

そして日が暮れた頃、ようやく引越し作業は終了となった。

荷物を積んだトラックが走り去るの確認したフルチューニングは、建宮に渡された通信術式でその報告をしている。


「こちらは無事に終わりましたよ」

『ご苦労さんなのよな。人手を送れずに悪かったなあ』

「それは構いませんが、一体建宮さんたちは何をしているんです?」

『あー…実はこの辺りで、不穏な魔術の動きがあってな』

「不穏な魔術?」

『そう、それも恐らくはローマ正教の術式と見て間違いない』

「まさか、オルソラさんを狙って?」

『“違う”。少しばかり連中を掻きまわしてみて分かったが…かなりの大規模魔術なのは間違いないのよな』

「?」
『要するに、オルソラ嬢1人を狙う術式にしては、どう考えても釣り合わんのよ』

「詳しい事は分かりませんが、とりあえずオルソラさんは心配ないのでしょうか?」

『・・・多分、としか言えないが。とりあえずお前さんたちもこっちに合流してほしいのよな』

「分かりました、どこに行けば?」

『ああいや、今から30分後に迎えに行く。何せ今我らは海の中なのよな』

「海の中?」

『そう、お前さんに携帯ではなく通信術式で連絡を取らせたのもそれが理由だ』

「電波が届かないからですか…」

『そう言う事よな。天草式の上下艦で海の中に逃げ込んで、連中から隠れたってわけよ』

「また危ない事を…!」

『ちなみにこの上下艦っちゅーのは、引越しの時レイが間違って濡らして大慌てしたあの霊装なのよ』


そう言って、建宮がクスクスと笑った。

もちろんこれは、心配したフルチューニングの意識を逸らすための誤魔化しである。

だが、そうとは気づかないフルチューニングは顔を真っ赤にして怒った。
「あ、あれは建宮さんたちがちゃんと説明してくれないから…!」


その時。

フルチューニングの耳に、インデックスの緊迫した声が届いた。


「みんな伏せて!」

「狙いを右へ(AATR)!!」


咄嗟にフルチューニングが振り返ると、オルソラが持っていた鞄が横に飛ばされるのが見えた。


「とうま、そこから離れて!!」

「狙撃!?オルソラ!!」


インデックスの声に反応し、上条がオルソラを押し倒して狙撃から守る。

その上条を、運河から伸びた手が海へ引きずり落とした。


(まさか、襲撃!?)


入れ替わるように這い上がってきた襲撃者に、フルチューニングが駆け寄った。
襲撃者は小柄な男で、柄の短い槍をオルソラに突き刺そうとしている。


「させません!」

フルチューニングがそう叫ぶよりも早く、彼女の鋼糸が襲撃者の腕に絡みつく。

そして、強力な電流がその腕を完全にマヒさせた。


「オルソラさん、大丈夫でしたか?」

「は、はい。私はなんともございませんが…」


フルチューニングが襲撃者を拘束するのと同時、上条も海から上がってきた。

さらに狙撃手の方は、インデックスが対処したらしい。

ほっとするフルチューニングに、焦る建宮の声が届いた。


『レイ、何があった!?』

「…オルソラさんを狙った魔術師の攻撃がありました」

『なんだと…』

「しかも服装は、ローマ正教のものだと思います」
『なんてこった…!』

「ですが、とりあえず全員の無力化に成功していますし…」


フルチューニングが言い終える前に。


「今すぐここで撤退の船を出せ!あの女は船の上で殺してやる!」


報告の途中で、狙撃手がイタリア語で怒鳴りながら海へ逃げようと走り出した。


「逃がしませんよ!」


そうはさせない、とフルチューニングが追いかけようとするが――

ドパァ!!という轟音と共に撒き散らされた海水が、その足を止める。


「なんですかコレは…!?」


驚愕するフルチューニングを威圧するように、運河に巨大な帆船が現れた。
(目測で40m以上…この運河のどこにも、この大きさの船を隠せる場所は無かったはず。すると…)

(この常識外れな現象…タイミング的にも間違いない…)

(これが、建宮さんたちが気にしていた『魔術』ってことですか!)

(…!)


その時、フルチューニングがある事に気づく。

急いで鋼糸を近くの家の屋上へ結びつけると、その鋼糸に巻きついた自分ごと磁力で引き寄せた。


(鋼糸を利用した高速移動、何とかうまくいきましたね)


そしてその屋上から下を見つめて、フルチューニングはやっぱり、と呟いた。


(あの溢れた海水ごと、魔術船を構築しているのですね)

(今もあの場に留まっていれば、レイも船に攫われるところでした)


思わず座り込みそうになるフルチューニングに、掠れた建宮の声が聞こえてきた。

『レイ…大丈…なのか…』

(術式の調子がおかしい見たいですね…この魔術の所為でしょうか?)

「建宮さん?」

『異常…術式を…感知…イは…で待機…』

「待機?」


思わずムッとするフルチューニング。

その彼女の目に、上条たち3人が船の上で降りられなくなっている様子が飛び込んできた。


「あれは…マズイですね、あの先にはヴィーゴ橋があります。きっと砕いて進む気です!」


フルチューニングは完全に沈黙した通信術式を投げ捨てると、鋼糸を操って船の後端に結ばせた。

そして先ほど屋上へ移動した時と同様に、自分ごと引き寄せて船へと移動する。


(また誰かを傷つけるつもりなのですか…ローマ正教は!)


その目に怒りを宿して、フルチューニングは事件の中心へ飛び込んだ。

この事件が、彼女に今までを遥かに超える絶望を与える事になるとは、微塵も知らないまま。

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最終更新:2011年03月10日 16:39
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