とあるミサカと天草式十字凄教 > 09


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9月9日(午後2時00分)、天草式十字凄教のとある拠点


計画通り(?)イギリス清教の傘下に入る事になった天草式の面々は、現在荷造りに励んでいた。

日ごろから比較的頻繁に拠点を変えているとはいえ、本拠地を国外に移すのはさすがに手間がかかる。

そんな中1人荷物の少ないフルチューニングは、早々に支度を終えて退屈そうにしていた。

もちろん他の人の手伝いをしたいのだが、フルチューニングは魔術に詳しくない。

素人が触ると危険な霊装が有ったりするので、手を出し辛いのだ。

しかも天草式の霊装は、傍目にはただの日用品に偽装してある事が多いので、魔術師でも見わけが付きにくい。
(ゴミだと思って捨てようとした和紙が、間違って濡らした途端に30mの船になるってどういう事ですか!?)


ついでに言うと、昨日の戦いで重傷を負ったフルチューニングをこき使うような人間もいない。

長々説明したが、一言でいえばフルチューニングは暇だった。


(…建宮さんの所へ行こうかな)

(きっと一番荷物が多いはずだし、魔術品以外を運搬する手伝いでもしよう)


そう判断するや否や、フルチューニングは建宮の部屋へ向かって歩き出した。

部屋の扉をノックすると、陽気な声で中へ呼ばれたので、おずおずと中に入る。


「あれ…もう準備終わってるんですか?」


驚いた事に、教皇代理として様々な資料を持つ建宮の荷物は、ほとんど綺麗に纏められていた。

「大体のところは終わってるのよな。レイは手伝いに来てくれたのか?」

「はい。…そのつもりだったんですが、流石は教皇代理。すでにここまで纏めてあるなんて…」

「いやー、動かすのに儀式が必要な霊装の類がここにはないからな」

「本や道具を適当に段ボールへしまうだけだから、早いのは当たり前ってわけなのよ」


なるほど言われてみれば、建宮の部屋にある段ボールには、本や手紙、文房具等の小物が多く入っていた。

これでは手伝う意味が無いなあ、とフルチューニングが辺りを見回していると、部屋の隅に目を引くものが有った。


「建宮さん…このフリップボード、建宮さんのですか?」

「お、すまん。危うく入れ忘れるところだったのよな」
「…何に使うんです?ひょっとしてそれも魔術的な…」

「ん?当然これは字を書いて見せるために使うのよ」

「…そうですか」


何分この世界の常識に疎いと自覚しているフルチューニングは、それ以上突っ込むのをやめた。

そして他の段ボールに目を向けると、何故かサッカーボールが入っている。


「建宮さん、このサッカーボールは?」

「当然蹴るために使うのよな」

(天草式のみんなでサッカーゲームでもする気なんでしょうか?)


他にもよーく見てみると、双眼鏡や望遠鏡を始めとする、今まで使ったのを見た事が無い道具がいくつも存在していた。
フルチューニングはそれらをゆっくり見ていたが、やがて興味は建宮の所持する本へ移った。


(いろんな本が有りますね…『聖人の成り立ち』『確実に当たる競馬予想』『これであなたもマッサージマスター』)

(ジャンルがバラバラ…乱読家なんですかね?)


その様子に気づいた建宮が、フルチューニングに声をかけた。


「そうだレイ。お前さんにもマッサージしてやろうか?」

「え、でも…良いんですか?」

「もちろんよな。俺の荷造りも終わるし、流石に昨日の今日でレイを働かせる訳にはいかないのよ」

「…」

「それに、五和には中々好評だったのよな?」

「じゃあ、お願いしま…」


内心喜んだフルチューニングが、いそいそと横になろうとたその瞬間。

抱えていた本――『聖人の成り立ち』――が落ち、カバーが外れて中身が見えてしまう。
「…『巨乳と貧乳、正義はどちらに』…?」

「あ、ちょ、レイ!今のは忘れて――」


嫌な予感がしたフルチューニングは、他の真面目そうな本のカバーを次々と外していく。


「『脚線美の魅力に迫る』『今、メイド服がアツイ』『熟女と少女、その美しさ』…なるほど?」


ぶっちゃけて言うと、隠されていたのはエロ本やマニアックなフェチ本だった。


「わわわわ、レイ、そう言うのは男のロマンでな…?」


フルチューニングは、無言のまま笑顔で一旦本を集め始める。

そして顔を青くする建宮の目の前で、能力全開で焼き出した。
「ギャー!!」

「安心してください、建宮さん」

「…今から建宮さんにも電気マッサージをしてあげます」

「落ち着け、な!お前さんもいずれは分かるようになるのよ!」

「レイは極めて落ち着いています。これは倫理に基づく適正な判断を行っているに過ぎません」

「いやいや、なんかメッチャ切れてるじゃないの!?」

「…レイが、建宮さんをその下らない煩悩から救ってあげます」


それから数分後。

真っ黒になった教皇代理を、レイがまるで荷物のように引きずって行くのが目撃された。

こうして、天草式の引っ越しは(ごく一部を除き)順調に行われた。

 

 

9月9日(午後6時00分)、とある飛行機の中


フルチューニングを含む天草式は、現在ロンドン行きの飛行機に乗っている。

てっきり、魔術で瞬間移動でもするのかとフルチューニングは期待したのだが、そんな事は無かった。

『縮図巡礼』は日本国内しか移動できないし、他の大掛かりな魔術を発動させるよりは飛行機の方が遥かに速い。


(魔術は便利なのか、それとも不便なのかイマイチ判断できませんね)

(デタラメに思える魔術にも、一定の法則は存在するって事は聞きましたが…)

(その法則とやらをレイが実感出来るようになるには、修行が足りないってことでしょう)
そう思案するフルチューニングの手には、天草式魔術の説明書が握りしめられている。

と言っても、初心者用に分かりやすい表現でまとめられた、五和お手製の薄い本だが。


一日も早く仲間の役に立つために、フルチューニングは魔術を詳しく知ろうと決意していた。

それは単に、天草式の魔術だけではない。


(ロンドンに慣れたら、イギリス清教『必要悪の教会』を訪ねてみたいですね)

(他の天草式のみんなと違って、レイは圧倒的に経験が足りないですから)


天草式十字凄教が誇る魔術の真髄は、何と言ってもその『隠密性』だ。

日常生活の中にわずかに残る魔術的要素を拾い上げ、術式として組み上げていく。
だが、生まれて日の浅いフルチューニングは、そもそも日常生活そのものにすら慣れていない。

そこからさらに術式を組み上げるには、どう考えても長い鍛錬と慣れが必要になる。

いかに超能力という武器が有っても、このままでは本当の意味では役に立てない。


(あのステイルさんが使ったルーン魔術…ああいう術式を覚える事が出来れば)

(きっとレイも、今以上にみんなをサポートする事が可能なはずです)


だからこその、即効性のある『本物』の魔術。

フルチューニングは、さらなる力を求めていた。

長い道のりの中、結局フルチューニングは一睡もすることが無かった。


やがて。

1人の少女の強い決意を乗せた飛行機が、天草式の新たな舞台、ロンドンへと到着する。

 

 

 

9月12日(午前10時00分)、ロンドンの日本人街


無事に日本人街に拠点を移し、天草式が落ち着きを取り戻しつつあったその日。

フルチューニングは、久しぶりにご機嫌な様子で歩いていた。

ちなみに機嫌の良い理由は、この辺りでは珍しい、日本茶の茶葉も取り扱うお茶屋さんを見つけたからである。

店主に勧められ、さっそく試飲したフルチューニングはその味をとても気に入った。

そして迷わず1キロもの茶葉を購入し、みんなのところへ帰ろうとしている最中である。


(五和さんに美味しいお茶を淹れてもらいましょう!)

(今日のレイはラッキーですね)
ドン!

笑顔で考え事をしていたフルチューニングは、曲がり角で1人の女性とぶつかった。

その拍子に、五和の作ってくれた天草式魔術の説明書を落としてしまう。


「すいません…」

「いや、私も前見てなかったから…」


そう言って、金髪で褐色の肌を持つ女性が説明書を拾おうとして――固まった。

より正確に言うと、説明書に描かれていた、天草式だけが持つ特異な術式の図面を見て固まったのだ。


「あの?」

「これは…大地の特性を利用した拘束術式…?」


その女性――シェリー・クロムウェルが思わず漏らした呟きに、今度はフルチューニングが固まる。

(一発で術式に見当を付けるなんて、この人も魔術師なんでしょうか?)


「ひょっとして、あなたは魔術師なんですか?」

「ん?あー、あなたも?」

「いえ、一応勉強中ですが、レイはまだ見習いレベルです」

「…日本人で、魔術師の見習い?」


わずかな時間黙考して。シェリーはああ、と思い当たった事を口にした。


「そういやあ、天草式っていうのがイギリス清教の保護下に入ったっていう話だっけか」

「はい。レイは天草式十字凄教に所属しています」

「ふーん。じゃあこの術式は、その天草式のオリジナル構成ってことよね」

「そうですよ」

「日本なんて、魔術の遅れた科学かぶれの国だと思ってたが、なかなか味のある術式を使うじゃねーの」

「は、はあ…」

「ゴメン、名乗り忘れてたわ。私はシェリー・クロムウェル。シェリーでいい。…あなたはレイ、でいいのよね?」
フルチューニングは、戸惑いがちに頷いた。

このシェリーと呼ばれる女性は、イマイチ口調が定まらない。

男のような粗雑な口調と、女性の丁寧な口調が混ざり合っているのだ。

ただ、悪い人ではないらしい、とフルチューニングは判断し、恐る恐る質問した。


「シェリーさんは、どこに属する魔術師なのですか?」


その問いに、シェリーはバツが悪そうに頭を掻きながら答えた。


「一応、イギリス清教『必要悪の教会』に所属はしてんだけど…」

「『必要悪の教会』ですか!?」

「そ。ただ、今は謹慎中で…ぶっちゃけ処分待ちってところかな」

「?」
シェリーの言った通り、現在彼女は宗教審議中であった。

去る9月1日のこと。学園都市に攻め込んだ彼女は、上条たちによって敗北しイギリスへ強制送還された。

その為、本来ならば処刑されてもおかしくないはずだった。

ただ、シェリーは極めて優れた暗号解読及び戦闘能力を持っている。

その能力を惜しむ最大主教ローラ・スチュアートが、現在裏で手を回して寛大な処置を下そうとしているのだ。

罪人であるシェリーが、比較的自由に動けるのはそのためである。

そんな事情を知る由も無いフルチューニングは、渡りに船とばかりに飛びついた。


「シェリーさんにお願いが有ります」

「初対面の相手に突然お願いするなんて、意外と図々しいのね」

「まあ、一応聞くだけ聞いてやるけどさ。何?」

「レイに、魔術を教えて欲しいのです!」

「はあ?」

 

 

9月12日(午前10時30分)、とある喫茶店


話が長くなりそうだと感じたシェリーは、フルチューニングを連れて贔屓の喫茶店へ入る事にした。

そこでお茶を飲みながら、今までフルチューニングの説明を聞いていたのである。


「はー、つまりメチャクチャ簡単に言うと、お手軽で強い魔術を教えて欲しいと?」

「はい」

「あるわけねーだろ、そんなモン」


にべも無く一刀両断されたフルチューニングが、ガックリとうなだれた。


「大体そんな便利な術が存在したら、魔術師は全員それを使うだろうよ」

「う…確かに」
「こんだけ魔術が細分化されてんのは、どんな術式にも一長一短有るからなの」

「そりゃあ『聖人』みてーな例外はあるけどさ、そう都合よくはいかねえんだよ」

「…はい、すいません…」

「いや、そんなにガッカリしなくても…」


素直に落ち込むフルチューニングを見て、流石にシェリーも言葉に詰まる。


「っていうか、そもそも何であなたは魔術を使いたい訳?」

「え?」

「魔術師っていうのはな」


一呼吸置いて、シェリーが挑むように話しだした。
「何が何でも叶えたい願いがあるのに、“普通の方法”じゃ叶わない」

「そうやって世界に裏切られた果て、最後に裏技として魔術にすがるような人間の事を言うんだ」

「その象徴が『魔法名』。自分の願いを名前に示すのさ」

「魔法、名…」


フルチューニングも、漠然と感じる事が出来た。

きっとこのシェリーにも、魔術を求めるに値する願いがあり、それを示す魔法名を持っているのだろうと。

顔つきの変わったフルチューニングを見て、シェリーは励ますように話を続ける。


「力が足りない。仲間の役に立ちたい。その気持ちはもちろん分かるけどさ」

「そんなに急いで魔術を学ぶほど、焦る必要があるのかよ?」


その問いかけが、フルチューニングの奥底まで入り込んできた。

(焦り…これは焦りなのでしょうか?)

(…きっとそうなのでしょう)

(この前のアニェーゼ部隊との戦闘で、レイは確信しました)

(この体は、単にクローンとして製造された訳ではないようです)

(レイの体には、“レイも知らない”改造が施されているのは間違いない)

(もしかしたら、いつ異常が生じても不思議では無いのかもしれません)

(元々レイは生まれるはずの無いクローン、命は惜しくありませんが…)

(天草式のみんなに、恩を返せないままで終わるのは我慢できません!)


自分の中で結論を見つけたフルチューニングは、もう一度シェリーに頭を下げた。
「お願いします、シェリーさん」

「…」

「天草式の魔術は日常動作が基本ですから、レイが習得するには時間がかかります」

「ですがレイには、もう残された時間がありません」

「このまま、レイを助けてくれたみんなのお荷物で終わる訳にはいかないんです!」

「…大したことは、教えられねーんだけど」

「魔術師についてレイに教えてくれた、シェリーさんから学びたいんです」

「…めんどくさい子供に懐かれちゃったなぁ」


その言葉に、フルチューニングが目を輝かせた。


「ありがとうございます!」
「しょうがないわね。ところで、あなたが今使える術式は?ゼロって事は無いでしょ?」

「はい。天草式の魔術を7つほど覚えています!」


そして。次の言葉を聞いた瞬間、シェリーの表情が激変した。


「後は、魔術ではなく“超能力”で2億ボルト程度の発電が出来ますが…」

「“超能力”?…あんた、まさか学園都市の能力者?」

「? はい、そうで…」


言葉が終わる前に、シェリーがフルチューニングを掴み上げた。

フルチューニングがゴホゴホと苦しそうに咳き込むが、シェリーは全く気にしていない。


「どういうことなの…?」

「…な、にが…?」

「なんで、能力者に魔術が使えんのかって聞いてんだよォッ!!!」


そう叫ぶ魔術師の目には、今まで見たことも無い感情が燃えるように浮かびあがっていた。
9月12日(午前10時50分)、とある喫茶店



突然胸倉を掴まれたフルチューニングは、咄嗟にシェリーへ電撃を放つ。

バチン!と目の前で火花が飛び散り、シェリーは思わずその手を離した。


「…術も霊装も使ってないどころか、魔力の流れすら感じられない。マジで能力者かよ」

「いきなり何をするんですか!」

「能力者なのは間違いない、か。…あなた、本当に魔術が使えるの?」


フルチューニングの怒りを無視して、シェリーが押し殺したような声で問いかける。
「シカトですか!?…魔術なら何度か使用していますけど、それが一体…」

「超能力者に、魔術は使えない」


再度フルチューニングの声を無視して、シェリーは冷たく断言した。


「使えない?…何か罰則規定でもあるんですか?」

「罰則? ハ、とぼけんなよ。魔術師の中じゃ常識じゃねーか」


要領を得ないフルチューニングに、シェリーは顔をズイ、と近づけた。


「もう一度言うが…超能力者は魔術を使わないんじゃねえ、“使えない”んだよ」

「超能力者っていうのは、普通の人間と『回路』が異なっている。つまり…」

「テメェら超能力者が魔術を使えば、その体は破壊されて死んじまうって事なんだけど?」

「そんな、まさか!?」
驚くフルチューニングに対し、シェリーは俯きながら首を振った。


「他の誰よりも、私が“一番良くその事を知っている”」

「…どういう事ですか?」


尚も理解できないフルチューニングを見て、シェリーは自嘲しながら全てを話しだす。


「簡単な話さ。20年ほど前、学園都市と協力して試したんだよ。能力者に魔術を使わせてみようってな」

「じゃあ、もしかしてその結果」

「そうさ」


フルチューニングの言葉を遮り、シェリーが苦い過去を口にする。


「私の教えた術式を使った途端、友達のエリスは血まみれになって倒れた!」

「!」

「挙句の果てに、その実験施設を潰しにやってきた『騎士』に殺されたのよ!」

「そんな、事が…?」
絶句するフルチューニングに、シェリーは自分の思いを叩きつけた。


「だから科学と魔術は、その領分を守らなくちゃいけねーんだよ!」

「だっていうのに、なんで…」


相当混乱しているのか、シェリーの声は徐々に小さくなり、フルチューニングの耳に届かなくなる。

だが、シェリーは目に浮かんだ涙を拭い、今度はしっかりと声を響かせた。


「さあ、今度こそ質問に答えやがれ。何でテメェは魔術を使えるんだ、ああ!?」

「分かりません」


端的に一言で返され、ポカンとするシェリー。

フルチューニングも軽い混乱状態に陥っていて、目をぐるぐるとさせている。
「そもそも、超能力者に魔術は使えないという事を、今初めて知りました」

「…いやいや、確かにさっきからそんな感じの態度だったけどさ…本当に?」

「はい」

「ちっ、そもそも天草式って言えば、学園都市のある日本が拠点だったはずだろ」

「その科学のお膝元にいた癖に、誰も気にしてなかったのかよ?」

「はい」


困った顔をしながらも、フルチューニングは素直に答えていくしかない。


(そう言えば建宮さんたちは、能力と魔術の関係については何も口出しをしませんでしたね)

(天草式は魔力よりも日用品の霊装を利用した術式がメインですし、みんなも知らなかったんでしょうか?)


黙り込んだフルチューニングに、シェリーは難しそうな顔をして質問をする。
「じゃあ、何の心当たりも無い訳?」

「あります」

「まあ、そりゃあるはず無いわよね…え、は?」

「?」

「心当たりはあんのかよ!?」

「はい」

「何で魔術使えるのか分からねえって、自分で今言ったばかりだろーが!」

「分かりません。が、1つ仮説なら立てられるのです」

「仮説?」


(仕方ありません、ここは全て話しておくべきでしょう)

(それに、これでレイも確信できました)

(やはりレイには、何か特別な処置が施されているのですね)


そしてフルチューニングは、自分の境遇を話し始めた。
すなわち、自分がクローンである事。

売り払われたところを、天草式に助けてもらった事。

自分以外にも1万体近くの同型クローンが存在している事。

かつて戦闘中に、そのクローンたちと脳波ネットワークが繋がった事。

普段は、どう頑張ってもそのネットワークに繋がらない事。

そしてネットワークに繋がらない理由と、魔術を使える理由は同じだと思っている事。

シェリーは最後まで黙って聞いていたが、フルチューニングが口を閉じたのを見てようやく口を開いた。


「科学の話は良く分からないけど…つまり、あなたたちクローンは特別なネットワークで繋がっている」

「で、あなただけは何か特殊な繋がり方をしているから、他のクローンとは自由に話も出来ない」

「その特殊な繋がり方っつーのが、自分が魔術を使える秘密かもしれない、と」


それなりに理解してくれたシェリーに、フルチューニングはコクンと頷いた。
「レイの予想では、能力者の『回路』を、ネットワークを利用して魔術用に書き換えているのだと思います」

「信じらないわ…つくづく科学ってのは狂ってる」

「ただ、具体的にどうやって脳波ネットワークをいじっているのかは、レイにも分かりません」

「もういいわ、それ以上想像したくねえし」


顔色の悪くなったシェリーが、手を振ってフルチューニングの言葉を止めさせた。


「じゃあ、これでレイの話はおしまいです」

「あ?」

「今度は、シェリーさんがレイに魔術を教えてくれる番ですよ?」

「喧嘩売ってんのかよ?」


ガタン!と音を立ててシェリーが立ちあがった。
「話を聞いていなかった?」

「私が教えた術式はなあ、エリスを殺しちまったんだよ!」

「例えあなたが例外的に平気だとしても、超能力者だと分かっているのに魔術を教える訳ないでしょうが!」

「レイは、エリスさんではありません」

「っそういう話をしてんじゃねえんだよ!」

「科学と魔術、その両者は絶対に相容れないんだ!」

「不用意に互いに干渉すれば、また悲劇は起こる…」

「ですが」


今度は、フルチューニングがシェリーの言葉を止める番だった。


「『能力者』であるレイを救ってくれたのは、『魔術師』の天草式のみんなです」

「…」
「そしてレイは、あなたのいう絶対に相容れない人たちとすでに一緒に行動しています」

「…」

「レイの居場所は、天草式です。そして、天草式十字凄教は魔術組織なんです」

「だからレイも、魔術師になるんです」


あまりにも子供っぽく、真っ直ぐな主張。

わずかな説得にさえならないような我儘。


「そして、レイにはその為の時間も技術も足りません」

「…」

「ですが、レイは元々実験用のクローン。“実験をされる”のはお手の物です」

「もしレイが壊れても、それはシェリーさんの責任ではありません」

「レイがポンコツなだけです」

「だから、心おきなくレイで実験をしてください。レイに魔術を叩き込んでください」
そしてフルチューニングは、子供であると同時に、どこまでいっても試作型(ジッケンドウブツ)だった。

ここに建宮たちがいれば、引っぱたいて怒ってくれたかもしれない。

そんな事の為に助けた訳じゃない、と涙ながらに語ってくれたかもしれない。

でもここにいるのは、たった1つの願いをその名に刻む、不器用な魔術師だけだった。


「壊れてもいい?心おきなく実験?…駄目に決まってんだろ」

「!」

「私は、もう2度とあんな思いをしたくない」


その言葉に、思わず目を伏せるフルチューニング。

だが、俯くフルチューニングに対して、シェリーの話はまだ続いた。
「“だからこそ”、レイ。…鍛えてやるよ」

「え…?」

「言ったろ。もうあんな思いをしたくねーんだ。つまり、もう2度と壊れる超能力者を出す訳にはいかないって事だ」

「は、はい」

「なのにこのままあなたを放っておいたら、どんなバカをしでかすか分かったもんじゃない」

「シェリーさん…」

「死ぬ気で付いてこい。そのどこまでも甘い顔を、グシャグシャの泣き顔に変えてやるから」

「よ、よろしくお願いします、師匠!」


こうして。

僅かに歪みを持ったまま、事態は大きく進んでいく。

新たに生まれた魔術師(ジッケンドウブツ)が、再び無能力者(ヒーロー)と出会うまで。

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