とある魔術と木原数多 > 03


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7月27日午後6時、『猟犬部隊』のとあるアジト


実際に『学習装置』を使えたのは、木原がインデックスを保護すると言ってから6時間以上経過してからだった。

木山の提案で、先に頭部MRIを始めとする各種検査を行う事にしたのである。

だが、それも簡単にはいかなかった。

知らない機械を怖がったり、検査の邪魔になる『歩く教会』を着替えるのをインデックスが嫌がったからだ。

大量の食べ物を片手にヴェーラと木山が1時間ほど説得しなければ、彼女は決して頷かなかっただろう。

そして5時間ほど苦労して入手した情報を、多角的に分析しながら最後に『学習装置』で脳の異常を治療する計画である。

検査の為に渋々ながらも入院服に着替えたインデックスが、『学習装置』を被りながら木原を見つめた。


「約束だよ、絶対に魔道書の中身は見ないでね」

「さっきも言ったろーがよ。ここでテメェを騙す意味はねえって」

「……うん」

「専門書ってのはな、素人が解説無しで読んだところで役に立たねぇように出来てる」

「俺が、そんな無意味な事をするほど馬鹿に見えるか?」

「そうだね、私はあまたを信じるよ」

「なら黙ってろ。……飴やるから」

「わあ。あまたは意外と優しいところがあるんだね?」

「……ああ、俺は“優しい”って言ったろ」


こうして、機械に繋がれたインデックスは静かに目を閉じた。

操作を担当する木山が、最終チェックを無事に終えた事を報告する。

「……中枢神経へのアクセス成功。意識の消失を確認」

「上々。他の検査結果はそろそろ出たか?」

「想像以上にヒドい事になっている。彼女の記憶喪失は単純な逆行性健忘じゃなかった」

「あー?」

「海馬体が、奇妙に一部分だけ壊死している。恐らくは――」

「思い出せないんじゃなくて、記憶した情報が物理的に存在しないのか」


そりゃ徹底してんな、と木原が顔の知らない術者を称える。


「こんな状態なら、記憶の回復は不可能だ」

「ああ。――幾らあの医者でも、こればっかりはなぁ」

「?」

「何でもねぇよ木山ちゃん。で、爆弾の方は見つかったかよ?」


木山が素早くキーボードを操作して、1つのデータを提示した。


「この口腔内画像によれば、喉の奥に奇妙なアザが存在している」


さらに別のデータを、モニターに並べて指し示す。


「そして脳循環検査、脳波検査、頭部MRIの結果を複合させると……」

カタカタと響くキーボードが、まるでカウントダウンのようにアジトに響く。


「そこから“分析不能”の圧力が血液と脳波にかかっているし、脳内の科学物質の働きを阻害している」

「ヒュー、ほとんど死人並みの活動レベルだぜ!」

「こんな現象、どう考えても起こるはずがない。このままではもう何時間も持たずに死んでしまう」

「このままならな。ちゃっちゃと治療を始めるとするか」


科学者2人が、黙々と『学習装置』に必要な情報を入力する。

と、それまで黙っていたナンシーが木原にこう質問した。


「あの、木原さん。一体どうやって、分析不能の障害を解決するおつもりですか?」

「馬鹿だな、障害を除く方法なんざ決まってるだろ」

「え……」

「例えば、床に高圧電流が流れていたとする。理由は不明。そこを安全に進む方法は?」

「……ゴム靴のような絶縁体で、足を保護します」

「じゃあそれがコンセントの漏電じゃなくて能力者の電撃だったら、何か対策は変わるか?」

「いいえ」

「ま、当たり前だな。どちらも電気である事に変わりはねえんだから、ゴム靴を履けば感電しねェ」

「これも同じだ。結果をもたらす理屈が不明でも、“脳との接続”を断ち切れるならそれで解決だろ」

木原はそう語りながら高速で『学習装置』を動かし、脳に悪影響を与えている部位との繋がりを完全に切断する。

さらに脳波を正常な状態に修正し、2度と“爆弾”が作動しないようにプロテクトを施した。


「よっしゃ、これで完――」


異変が起きたのは、その瞬間。

まだ目覚めないはずのインデックスが、静かに両目を開いたのだ。


「――警告、第三章第二節」

「オラ、どいてろノロマども!」


誰よりも早く反応した木原が、その場にいた全員を押しのける。

今やインデックスの目は、赤い魔法陣によって不気味に輝いていた。

そしてそのままズルリと起き上り、無感情な瞳で木原を射抜く。

その拍子に外れた『学習装置』のヘルメットが、空しく音を立てて転がっていく事など誰も気にしない。


「Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録の『首輪』、第一から第三まで全結界の断絶を確認」

「なるほど、爆弾じゃなくて首輪な訳ね。俺の趣味にピッタリだぜ」

「再接続準備……失敗。『首輪』の自己修復は不可能」


「となれば、連中が“次”に考える事も俺と同じだな」

「現状、10万3千冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

「そりゃそうだよなあ! 秘密を知った人間は抹殺! お決まり過ぎて笑えるぜ!」


展開についていけない猟犬部隊を放置して、木原が戦闘態勢に入る。


「――『書庫』内の10万3千冊により、接続を切った魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術は発見できず」

「そりゃそうだ、魔術じゃねーんだからよぉ!」

「これより侵入者を確実に破壊するため、特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動します」


バギン!と背筋の凍るような音を出しながら、インデックスの両目に輝く魔法陣が拡大した。

そして信じられない事に、その中心から空間に亀裂が走る。

誰もが呆然として我を失う中、木原の笑い声だけが木霊した。


「見ろよテメェら! 聖書が飛び出す絵本になった瞬間だぜ!」


ところが、彼の嬌声は誰の耳にも届かなかった。

同時に亀裂がベギリと一気に広がり、またその音が笑い声をかき消したのだ。

そして、その奥から現れた破滅が――全てを破壊し尽くす光の柱がゴッ!!と全てを切り裂いた。

この場に魔術を知る者がいれば、絶望して全てを諦めたかもしれない。

あらゆる魔術の中でも群を抜いて凶悪な一撃、『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』はそれほどの凄まじさを誇る。

それでも、全てを予測していた男にはまだ笑みが残っている。



「いや全く、“脱がしておいて正解”だぜ!!」



木原は、その場にあった極上の防御結界――インデックスが脱いでいた『歩く教会』を、右手にグローブのように巻きつけて光の柱へ突き出した。


「お、おおォォォォォォォォ!!」


質量のある光に押されそうになりながらも、木原はその場に踏みとどまった。


――「その強度は法王級(ぜったい)で、あなた達で言うなら核シェルターって感じかな」

――「物理・魔術を問わず全ての攻撃を受け流し、吸収しちゃうんだから」


あの時。

インデックスの修道服は、木原の銃弾をものともしなかった。


(それを見たなら、コレを利用出来るって思わない方がどうかしてるぜ!)


故に、緊急時には役に立つと木原は踏んでいたのだ。

事実『歩く教会』は、『竜王の殺息』の光を四方八方へ弾き飛ばしている。

だがそこで、彼はある事実に気がついた。

(ちっ、これは……)

(巻き付けた服が、徐々に溶けていきやがる……!)

(それほどまでに威力が強すぎるのか! 後一分持つかどうかってトコだろう)


純白の修道服が、ジュゥゥ……と嫌な音をして、まるで燃やしたかのように黒く染まって溶けていく。

念のためにグルグルと何重にも巻いて強度を上げているのだが、それでも崩壊は時間の問題だった。


「このままの攻撃を続行。侵入者の持つ結界を破壊するまで、残り40秒です」

「おあああ!……何してる愚図!今のうちにアレに『学習装置』を再装着しやがれ!」

「りょ、了解!」


木原に発破掛けられたマイクが、急いで指示に従う。


「――警告、第六章第十三節。新たな敵兵を確認」

「!」


新たな敵を感じ取ったインデックスが、放っている光ごと首を振りまわしてマイクを狙おうとする。

だが、


「駄目なんだよなぁ」


その瞬間に、インデックスはガクリとよろめいた。




「よお、……“飴”は美味かったか?」

 

 

木原がインデックスに与えた飴は、学園都市が『オランザピン』(薬品名ジプレキサ)と呼ばれる成分を基にして特別に調合したものだ。

これはセロトニン受容体とドーパミン受容体を主体として、様々な神経伝達物質の受容体に働きかける非定型抗精神病薬である。

――そして副作用に強い「立ちくらみ」をもたらす事がある。

この飴はその副作用を強化してしまった失敗作で、急に立ったり首を回したりすると極めて高い確率で立ちくらみを引き起こすのだ。


「テメェが公園で行き倒れていたってことは、普通の人間と同じように体調不良で体の機能が働かなくなるっていう意味だ」

「どれだけ強い能力を使えようと、体が普通の人間なら薬が効く」


今も恐るべき光を1人で抑えつけながら、木原が得意げに語る。

すでに『歩く教会』は8割が消滅し、尚も光の侵攻は止まらない。


「――戦闘思考を変更、起きた現象を解析……」

「そして記憶喪失で魔術以外の知識が無いテメェに、これは解析不可能だ」


9割が溶け切った『歩く教会』に、木原の右手から噴き出た赤が彩りを添える。

そんな状況でも、彼は終了宣言(チェックメイト)を忘れなかった。


「もう、これでおしまいだぜ?」

インデックスが分析に費やした時間は、わずか数秒。

その瞬間の些細な体の硬直と、思考の停止。

彼女が結論を出した時、ゲームは終わっていた。


マイクが被せた『学習装置』を、インデックスが疑問に思うより早く。

木山がスイッチを押して、強制的に脳波をコントロール。


「―――警、こく。最終……章。第、零――……」


まるでコンセントを引っこ抜いたかのように、全ての魔術が消え去った。


「ぎゃはは! スゲェ!スゲェ!スゲェよマジで!」


後に残るのは、勝者の咆哮。


「今もゾクゾクしてやがる! これが魔術、俺達の知らない理論か!」



この日。

光の羽が舞い落ちる事はないまま。

誰かの記憶が消える事のないまま。


それでも世界は、大きく歪んでしまった。

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