上条「だからお前のことも、絶対に助けに行くよ」一方「……」 > 2


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約束の日曜日、待ち合わせ場所である病院の前の広場で、上条は二人がやって来るのを待っていた。
本当ならこの病院に入院している一方通行が一番最初にここで待っているはずだったのだが、どうも外出手続きに手間取っているらしい。
前もって申請するのを忘れていたのと、まだだいぶ早い時間で病院が忙しいこともあって少々時間がかかっているようだ。
と言っても、冥土帰し曰くそれほど時間がかかる訳ではないらしいので、外出自体にはまったく影響はないのだが。

よって一方通行の方は問題ないのだが、集合時間五分前になってもまだ美琴がやって来ないことが気がかりだった。
女の子は身だしなみに時間がかかるという話は流石の上条も聞いたことがあるが、常盤台中学は休日でも制服の着用が義務付けられている。
なのでそれほど時間がかかるとは思えないのだが……などと考えていると、車道の向こうから美琴がやってくるのが見えた。

「ごめん、ちょっと遅れた!」

「や、そんなに待ってないよ。一方通行もまだ来てないし、ギリギリ時間には間に合ってるぞ」

「そっか、良かった。アイツはどうしたの?」

「外出手続きにちょっと時間がかかるらしい。でも、もうすぐ来ると思うぞ」

ここまでずっと走って来たのか、美琴はだいぶ息を切らせていた。
服装は上条が予想したとおりにいつもと同じ常盤台中学の制服だったが、雰囲気がいつもと少し違う気がする。
それが少し気になって、どこが違うんだろうと考えているとふと視界の端に白い人影が映った。

「あ、来たな。おはよう」

「悪ィな、待たせちまったか」

「いやいや、全然。ビリビリなんか本当にたった今来たところだしな」

ようやく手続きを終えてやってきた一方通行は、手馴れた様子で松葉杖を突いていた。
上条は以前大通りで会ったときに一方通行が松葉杖を突いているのを見ていたが、美琴はこれが初めてなので少し驚いているようだ。

「前見たときも思ったけど、なんかそれ持ってると病人みたいだな。お前、ただでさえ目立つのに」

「いや、こんなでも一応病人なのよ? 本人が元気って言い張るからそう見えないだけで」

確かに記憶喪失なのだから病人(?)なのだが、どうも一方通行は自分が記憶喪失であることをまったく気にしていないので、
なんだか上条もたまに一方通行が病人であると言うことを忘れてしまいそうになる。

と言っても日常生活に必要不可欠なことは覚えているので、普通に生活する分には不自由はない。
しかし、不安なことも多そうに感じるのだが。
もしかしたら記憶喪失になる前からの知り合いが全くいないので、逆にそういうことを気にしなくて済んでいるのかもしれない。
思い出すことのできない過去の出来事を語られて、頭を痛めたり心を痛めたりすることが一切ないのだから。

「それより、何処に行くの? 私は特に決めてないんだけど……」

「あ、そっか。俺も特に考えてないんだけど……。一方通行、どっか行ってみたいところとかあるか?」

「俺も特にねェな。歩きながら決めれば良いだろ」

それもそうだ。この辺りのことについて何も知らない一方通行が、行き先なんて考えているはずがない。
こんなことなら前もって行く場所を決めておくべきだったなあと思いながら、上条は咄嗟に思いついた場所を挙げてみる。

「そうだ。地下街なんかどうだ? あそこは色んな学生が集まるし、多分一方通行も記憶喪失になる前に一回は行ったことがあると思うぞ」

「あ、それ良いわね。久しぶりにゲーセン行きたいわ」

「……お前、これが一方通行の為の案内だって分かってるよな?」

「わっ、分かってるわよ! 失礼ね!」

「なら良いんだけどさ」

美琴は顔を赤くしながら否定したが、やはりゲームセンターが惜しいのか少し残念そうな顔をしている。
まあちょっと寄るくらいなら良いだろうと上条が思い直していると、二人が何を話しているのか分からないらしい一方通行が口を開いた。

「で、その地下街っつゥのは何処にあるンだ?」

「ああ、ここからちょっと行ったところに入り口があるから、そこから入るんだ。
 それほど距離がある訳じゃないから、杖つきでも大丈夫だと思うぞ」

「そこ行くまでにも色々あるし、説明しながら歩きましょ。お昼までまだ時間があるし、ご飯は地下街で良いわよね?」

「ン、そォだな。時間は……まだ9時前か。地下街を回ってからでも充分だ」

第七学区は中高生が最も多く住んでいる学区と言うだけあって、若者向けの店が多数立ち並んでいる。
何も知らない一方通行に、上条と美琴はよく利用する店や有名な店を紹介してやりながら地下街へと向かっていった。

地下街を彷徨い始めて数時間後。そろそろ昼食を食べに行こうかな、と三人が考え始めた頃のことだった。
上条と美琴と一緒に地下街を歩いていた一方通行が、ある店の前で唐突に立ち止まった。
一拍遅れてそれに気付いた上条は美琴に声を掛けてから立ち止まると、一方通行がじっと見ている店に目を向ける。

「ゲーセンか。やっぱり見覚えあるのか?」

「……いや。つゥか、何をするところなンだ? 騒音がすげェな」

「ありゃ、ゲーセンも駄目か。まあいいや、興味があるならちょっと覗いて見るか?」

「あァ」

もう昼が近いだけあって、ゲーセンの中は既に結構な人で賑わっていた。
それも休日なので心なしか放課後にここに来るよりも人の数が多い気がする。空いているゲームを探すのが難しそうだ。

「やー、ゲーセンって久しぶりに来たわ。
 好きなんだけど、黒子が『常盤台のエースとしての自覚を~』とか言って私がこういうとこ行くの嫌がるから来にくいのよね。
 こういうとこに一緒に来れるような友達もいないし、かと言って一人で来るにもちょっと寂しいし」

「やっぱり、常盤台のお嬢様はあンまりこォいうところには来ねェのか?」

「こういうとこは流石にね、ガラの悪い奴らも多いし。私はほら、能力があるから簡単に撃退できるんだけどさ。
 他の子達はそうもいかないからね。たとえ脅しに使うだけでも、人に向けて能力を使うのに抵抗があるって子が殆どだし」

「て言うか、それが普通なんだと思うぞ……。お前はもうちょっと能力の使用を控えるべきだ」

「失礼ね、私だって普段からあんなに能力を使ってるわけじゃないわよ。あれはアンタ限定」

「ひどい! ビリビリはもっと俺に優しくなるべきだ!」

「……まァ上条は置いといて、不良相手にも無闇に能力で攻撃するのは止めといた方がイイと思うぞ。電撃は障害が残ることもあるからな」

「その辺もちゃんと加減してるわよ? コイツ意外には」

相変わらず上条に対してだけは手厳しいが、なんだかんだ言って美琴は学園都市最強の発電能力者であるので加減も非常に上手い。
一見むやみやたらに電撃を放っているように見えて、実は絶対に重傷や障害を負わせたりすることがないように絶妙な調整をしているのだ。
もちろん、それも上条以外に限定されるわけだが。

「はあ、俺に平和な日々が訪れることはあるのだろうか……」

「諦めろ、あれは天性の負けず嫌いだ。本気で戦って勝つか負けるかしないと納得しないだろォな」

「いやでも流石に女子中学生を殴ることには抵抗が……」

「なによ紳士ぶっちゃって! 腹立つ!」

「おわあああああっ!? こんな機械が多いところでところで電撃は止めなさい!」

美琴が放った小さな電撃をなんとか右手で受け止めながら、上条が悲鳴を上げる。
最近は病院で会うことが多くて電撃はご無沙汰だったので油断していた。危うくもろに食らってしまうところだ。
その様子を初めて見た一方通行は、上条の右手を興味深そうに見つめている。

「話には聞いてたが本当に不思議な能力だな。異能の力ならなンでも打ち消しちまうンだろ?」

「右手首から上だけだけどな……。それに異能でも何でもないただのパンチとかには意味ないから、そこまで便利なもんでもないぞ」

「ああもう、本当に忌々しい右手だわ。ちょん切ってやろうかしら」

「やめてくださいビリビリ様!」

一方通行が上条と美琴が馬鹿な言い合いをしているのを聞き流しながら辺りを見回していると、ちょうど空いている台を発見した。
彼は二人の言い合いを中断させると、見つけた台を指差した。

「あそこ空いてるぞ。あれで良いンじゃねェか?」

「おお、2台も。これは格ゲーか。対戦もできるみたいだぞ」

「俺は観戦させて貰うぞ。やり方がイマイチよく分かンねェからな」

「じゃあ、私とアンタで対戦しましょうよ。こっちでは絶対に負けないんだから!」

「うぐ、またビリビリと勝負かよ、不幸だ……」

言いながらも、二人がそれぞれ席に着く。観戦するつもりの一方通行は美琴の側に回って画面を覗き込んでいた。
二人がコインを入れると、さっそく開始の合図がされて対戦が始まる。

「えいっ、とりゃ、たあ!」

「やべ、本当に強い。だけど負けるかああああ!」

「馬鹿か」

ゲームごときに必死になっている二人を見て呆れながら、一方通行は呟いた。
しかしそんな一方通行の言葉もまるで耳に入っていないようで、二人は奇声を上げながらゲームの中で死闘を繰り広げている。

 

 

しばらくの間そんな奇怪な状況が続いていたが、最終的に軍配は美琴に上がった。

「やったあ! 勝ったー!」

「うう、負けた……」

「こンなゲームで一喜一憂できるなンて、オマエらも平和だな……」

ゲームの中での戦いとはいえ上条に勝てたのがよっぽど嬉しいのか、美琴はぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいた。
その一方で、敗者上条はゲーム台に突っ伏して項垂れている。

「ふふん、でもアンタもなかなか強かったわよ。楽しかったわ」

「俺、これでも仲間内では強い方なんだけどなあ……。ゲーセンにも通い詰めてるのに……」

「まあ、私はゲーセンには来れないけど家庭用ゲーム機でやりこんでるしね」

「そっちかよ!」

「どォりで強いわけだ」

素人目にも凄まじいボタン捌きだったので何かあるとは思ったが、まさかそこまでやりこんでいようとは。
そこまでしてゲームをやりこんでいる美琴に一方通行は呆れてしまったが、上条はそれでもやっぱり悔しいのか、
コインを握り締めている右手をぷるぷると震わせながら美琴をびしっと指差した。

「も、もっかい勝負だ! 次こそは負けねえ!」

「ええ、望むところだわ。何度やっても結果は同じだと思うけどね!」

上条にしては珍しいことに、すっかり熱くなってしまっているようだ。
またその一方で、美琴は今まで上条に逃げられてまくって勝負できなかった分の鬱憤をここぞとばかりに晴らそうとその挑戦を受けて立つ。
二人は同時にポケットの中からゲーセン用のコインを取り出すと、それぞれゲーム台に投入した。
……そんなことをかれこれ十回も繰り返していたのだが、その結果はと言うと。

「やぁったあ! 私の全戦全勝!!」

「一勝もできなかった……。不幸だ……」

「いや一勝くらいしろよ。強いンじゃなかったのか?」

「や、ビリビリはマジで強い。あとちょっとってところまでは行けるんだけどなあ……」

「でもまあアンタもそこそこ強かったわよ。実際何度か結構危ないとこまで追い詰められたし。
 あ、そうだ。一方通行もやってみない? 面白いわよ?」

「ン、じゃあ少しやってみっか」

言いながら、一方通行は上条が譲ってくれた席に座る。
一方通行は初心者なので本当なら美琴に負けた上条が相手をした方が良いのだが、当の一方通行本人が美琴との対戦を希望したのだ。
宿敵上条に連勝できたことで気持ちが大きくなっているのか、反対側の席に座っている美琴は何だか小憎たらしい笑みを浮かべている。

「ふふん、手加減してあげるから安心しなさい!」

「……言うじゃねェか。吠え面掻いても知らねェぞ」

なんだかんだ言って、実は一方通行も相当負けず嫌いだ。
上条は一方通行の側から画面を覗き込みながら、心配そうな面持ちで負けず嫌い二人の行方を見守っていた。

 

十分後。
……これには流石の上条も目を丸くしてしまった。何故ならなんとあの美琴が、初心者であるはずの一方通行に負けてしまったのだ。
それから何度対戦を繰り返しても、やはり結果は一方通行の勝利で終わってしまう。
そうしてやがてついに観念した美琴は、先程の上条とまったく同じようにゲーム台に突っ伏して項垂れていた。

「わ、私の完敗よ……。まさかここまで完膚なきまでにやられるなんて……」

「うおお……。すげえな、俺なんか一度も勝てなかったのに」

「こンなの、操作方法とコツ、機械の挙動のクセさえ覚えちまえば簡単だ。
 それについさっきまで御坂がプレイしてるのをすぐそばで観察してたから、御坂の戦い方もついでに覚えちまったンだよ」

「つまり、あの時点で既に私は看破されてたってわけね……」

一方通行がわざわざ上条ではなく美琴との対戦を希望したのには、こういう裏があったのだ。
なのでもし一方通行が美琴ではなく上条と戦っていたら、また違った結果になっていたのかもしれない。

「でも、初めてなのに横から見てただけで急にあそこまでできるのはすげえよ。器用なんだな」

「て言うか、アンタって頭良いわよね。やっぱり前は良い学校に通ってたのかしら。……あれ、そう言えばアンタって何歳?」

「知らねェ。まァ、身長が上条と同じだからそれくらいじゃねェか?」

項垂れていると言うよりゲーム台の冷たい感覚が気に入ったのか、美琴はまだゲーム台の上に頭を乗せたままごろごろしていた。
どうせ学園都市製のゲーム台なので高度な防菌加工がしてあるのだろうが、綺麗な訳でもないのだからよせば良いのに、
などと上条が思っていると、ふと美琴がごろごろするのをやめてある一点を見つめはじめた。
何かと思って美琴の視線の先を追ってみると、そこには如何にも女の子が好きそうなプリントシール機が設置されているではないか。

「なンだ? オマエ、あれがやりたいのか?」

「待て待て一方通行。アレはプリクラと言ってだな、シールになる小さい写真を撮る機械だ。ゲームじゃない。
 女の子が友達同士で撮ったり、恋人同士で撮ったりするものであって、俺らのような人間が撮るようなものじゃないんだよ」

「ふゥン。そりゃ、確かに女が好きそうな玩具だな」

「良いじゃないプリクラ! 記念にもなるし撮りましょうよ! て言うか実は私も撮ったことないから撮ってみたいのよ!」

美琴は急にがばっと立ち上がると、プリントシール機を指差しながら熱弁した。よっぽどやってみたいらしい。
しかし男である上条は、どうしてもああいったものには抵抗があった。と言うか凄まじく恥ずかしい。
逆に一方通行は未だにプリクラをよく理解していないからなのか、どうして上条がそこまで嫌がっているのか分かっていないようだ。

「でも、なんか意外だな。ビリビリもこういうの好きそうなのに」

「そりゃあ、好きは好きよ? でもさっき言った通りに一緒に撮る友達がいないのよ。ああいうのは一人で撮っても虚しいだけだし。
 だから、ね! やりましょうよ! そんなに時間がかかるわけでもあるまいし!」

「……そこまで言うンなら、別に良いンじゃねェか? ただの写真なンだろ?」

「マジでか。いやアレは本当に女の子向けの代物であってだな……」

「よっし! じゃあ決まりね! 行きましょ!」

抵抗も虚しく、哀れ上条は美琴に腕を掴まれて強引にプリントシール機の中へと引きずり込まれていく。
何も知らない一方通行は素直に二人の後をついて行ったが、プリントシール機の中に入ってその画面を見た途端に顔をしかめた。
確かに少女向けの玩具だろうとは予想していたが、まさかここまで徹底的だとは思わなかったのだ。

嬉々としてプリントシール機に向かっている美琴越しに除ける画面には、目が痛くなるようなキラキラしたフレームが並んでいる。
上条は言わんこっちゃないと言うような顔で一方通行を見ていたが、当の一方通行はそっぽを向いて現実逃避していた。
そこに、美琴は追い討ちをかけるように更に様々な装飾を追加していっている。

「お、おいビリビリ、ちょっと派手すぎやしないか?」

「何言ってんの、こんなの普通よ。これでもアンタ達が嫌がるだろうと思って控えめにしてあげてるんだからね!」

「これで控えめなのかよ」

上条はげんなりしながら呟いたが、念願のプリクラができてご満悦の美琴にその言葉は届いていないようだ。
もうどうにでもなれと思っていると、全ての設定を終えたらしい美琴が両脇にいた上条と一方通行の腕をぐいっと引っ張って引き寄せる。

「ほら撮るわよ! カメラ見て笑って!」

「はいはい、分かりましたよ。一方通行もちゃんと笑えよ」

「………。無茶言うな」

一方通行は一瞬笑顔を作ろうと努力していたようだが、上条は見なかったことにした。物凄い引き攣っていたからだ。
結局一方通行は、いつもの仏頂面で写真を撮ることになった。

パシャリというシャッター音が響き、撮影された映像が画面の中に映し出される。
派手なフレームや装飾が若干(いやかなり)恥ずかしいが、写真だけ見れば本当に仲の良い友達同士に見えた。
そこに、美琴は更に何かを追加していく。ペンでパネルに何かを書いているようだった。

「今度は何してんだ?」

「文字を入れてるのよ。一回やってみたかったのよねー」

「……よく恥ずかしげもなくそンな文章を書き込めるもンだな」

「い、良いじゃない! こういうのが普通なのよ、普通!」

どうやら美琴も恥ずかしいと思っているらしい。やめる気も無さそうだが。
上条は横からちらりと美琴の手元を覗き込んでみたが、上条にしてみればそこまで恥ずかしいような文章には思えなかった。
まあ、この程度なら許容範囲なのではなかろうか。
それに文字を書けば書くほど周りのフレームや装飾が潰れてくれるので、もっと書けば良いのになどと酷いことも考えていた。

「よし、これで完成! 印刷するわよー」

ボタンを押すと、取り出し口にすとんとシールが落ちてきた。
美琴はいそいそとシールを取り出すと、それを器用に三等分にして上条と一方通行にも分けてやる。

「こんなの、何処に張れば良いんだよ。恥ずかしくって人に見せらんねえよ」

「えーと、普通は携帯電話のバッテリーの蓋の裏とかに張るみたいね。
 そこなら人目に付かないだろうし失くさなずに済むし、ちょうど良いんじゃないかしら?」

「なるほど、そこなら良いか。一方通行は携帯持ってたっけ?」

「この間冥土帰しに押し付けられた。これでイイのか?」

勧められた場所にシールを張りながら、これならよっぽど不幸なことが起きない限り人に見られたりしないだろうと上条は安堵した。
上条と美琴、あとは冥土帰しくらいしかまともな知り合いが居ない一方通行は良いだろうが、
上条にはこれを見られたら困る知り合いが非常に多いのだ。
その一方で遂に念願のプリクラを手に入れた美琴は、自分の分のシールを見つめながらニヤニヤしている。

「プリクラって思ったより楽しいわね。また今度来たとき撮りましょうよ」

「絶対嫌だ」

「もうオマエとは絶対ゲーセンに来ねェ」

「ひどい!」

男性陣のあまりにも冷たい反応に美琴は非難の声を上げたが、二人は既にもう二度とプリクラなど撮るまいと心に誓っていた。
上条がむくれている美琴を宥めながら腕時計を確認してみると、ちょうど12時を過ぎたところだった。

「そろそろ飯食おうぜ。結構歩いたから腹減ったし」

「ああ、そう言えばもうそんな時間なのね。あそこのファミレスで良いんじゃないかしら?」

そう言って美琴が指差したのは、学園都市にも複数のチェーン店が展開されているありふれたファミリーレストランだった。
わざわざこんな地下街に来たまであんなありふれたレストランに行くのかと上条は思ったが、
そこまでありふれたレストランならもしかしたら一方通行の記憶に残っていることもあるかもしれない。
僅かばかりの期待を胸に、上条は二人についてファミリーレストランへと入っていった。

 

 

―――――


時刻は夕方。休日なので完全下校時刻なんてものはないが、平日だったらもうアナウンスが流れている頃だ。
三人は帰路につこうとしている人々で溢れている大通りを歩きながら、他愛ない話をしていた。

「それにしても、収穫ゼロかあ。まさか地下街のことも全然知らないなんて思わなかったな」

「次は第六学区にでも行ってみましょうよ。あそこはアミューズメント施設が集中してるし、一回くらい遊びに行ったことがあるかもよ?」

「でもまァそンなに急ぐよォなことでもねェし、気にすンな。今のところ大した不便も無ねェしな」

「逞しいなあ……。あ、そうだ。学校のこと考えてくれたか? 先生に訊くなら早い方が良いだろうし」

一方通行の退院はまだもう少し先のことだが、上条の学生寮を確保してもらうにも少し時間が掛かるし決断が早いに越したことは無い。
しかし一方通行はそれとなく上条から目を逸らしながら、曖昧に返事をした。

「あァ、それなァ……。もうちょっと待ってくれ。まだ考えてる」

「何をそんなに迷うことがあるのよ? アンタの今の状況を考えてみれば、願っても無い好条件だと思うけど」

「まァ普通に考えればそォなンだけどよォ。……実は、外に出よォかと思ってンだ」

上条と美琴は一瞬、一方通行が何を言っているのか理解できなかった。
外ってどの外のことだ。今だって外にいるじゃないか。
上条はその言葉の意味を暫らく考えていたが、やがてひとつの可能性に思い当たって目を丸くした。

「まさか、外って学園都市の外のことか? 無茶苦茶だ」

「……やっぱりそォだよなァ」

「何でまた学園都市の外になんか出ようと思ったのよ? アンタは知らないでしょうけど、学園都市の外は私達にとってすごく危険なの。
 学園都市の能力開発技術を何とかして手に入れようと躍起になってる連中がうじゃうじゃいるんだから。
 万が一、変な奴らに捕まったりしたら実験台にされるかもしれないし。
 それにアンタの場合は外に出るときにマイクロチップやナノマシンを注入したりもできないから格好の餌食よ?」

「それに、記憶を取り戻すための手掛かりだって外では見つからないと思うぞ。流石に外から来たって訳じゃないだろうし」

「…………。それも、そォだな。とにかくもう少し考えさせてくれ。悪ィな」

「いやそれは全然構わないんだが……。どうして学園都市の外に出ようなんて思ったんだ?」

「色々事情があるンだよ。色々な」

どうも、話したくないことらしい。
上条たちも一方通行が何か複雑な事情を抱えているらしいことはなんとなく察しているので詮索はしなかったが、
とにかく危ないことだけはしないでくれと念を押しておく。
しかし対する一方通行は、過剰に心配する二人を見て呆れたように呟いた。

「そンなに心配されるよォなことは何もねェよ。過保護な奴らめ」

「いやいや、それくらい学園都市の外ってのは能力者にとっては危ないんだぞ。お前だって、微弱とはいえ能力が発現してるんだろ?」

「分かったっつゥの。俺だって危ない橋渡るのはゴメンだからな。ほら、オマエらの帰り道はあっちだろ」

「なーんか納得いかないわ……。とにかく、絶対に血迷ったことしないでよ! 分かったわね!」

「ハイハイ。じゃ、今日はそこそこ楽しかったぞ。またな」

一方通行の態度はぞんざいだったが、それでもやっぱり門限が気になる美琴は素直に自らの帰路についていった。
ただし何度も二人のいる方向を振り返り、ぶんぶんと手を振りながら。
やがてそんな彼女の姿が見えなくなってしまうと、今度はまだなんだか難しい顔をしている上条の方へを向き直る。

「オマエはスーパーのタイムセールに行くンだろォが。急がなくて良いのか?」

「いやまあ、確かに急がなきゃだけど……。本当に大丈夫なんだよな?」

「何がだよ? ったく、オマエらは揃いも揃って心配性なのか? 最後の最後に辛気臭ェ雰囲気にしてくれンなよ」

「お前なあ……。はあ、まあ良いや。信用するよ。じゃ、お前も早く帰れよ。仮にも病人なんだから」

「分かってるっての。俺だって早く帰って寝てェ。疲れた」

それを聞いて漸く安心したのか、上条はやっといつもの調子を取り戻してくれたようだ。
そろそろ本当にタイムセールに間に合わなくなるぞと一方通行が脅すと、上条は慌てて腕時計を確認する。

「うお、ホントに時間ねえ! 悪いな、じゃあまた明日!」

「明日も来ンのかよ」

背後を振り返りながら一方通行に手を振って全速力で走るという器用な芸当をしながら、上条はあっという間に去っていった。
一方通行はしばらく去っていく上条の後姿を眺めていたが、やがて飽きてしまったかのように踵を返して病院へと帰ろうとする。
……と、その時だった。

 

「あの」

最初、一方通行はそれが自分に対して掛けられた声だということに気付けなかった。
一方通行の周囲には、そんな控えめな声の掛け方をする奴はいないからだ。
だから一方通行はそれが自分を呼ぶ声だということに気付かずに、聞こえてきた声を無視して歩いていってしまおうとする。

「あの、一方通行」

名前ではないはずだが、それでも自分のことを示す単語がどこからか聞こえてきたところで、一方通行は漸く立ち止まる。
声の聞こえてきた方向を振り返ってみると、そこには先程帰って行ったはずの御坂美琴が立っていた。

「なンだ、オマエか。どォした? 上条ならもォ行っちまったぞ」

一方通行の言葉に、しかし御坂美琴はきょとんとした顔をした。
けれどそんな顔をされるようなことを言った覚えのない一方通行は、何か言い知れぬ違和感を感じて顔をしかめる。

常盤台中学の制服を着ているし、顔も見間違えようもなく御坂美琴そのものなのだが、何かがおかしい。
そういえば、先程まで美琴はあんなにごつい軍用ゴーグルなど装備していなかった。それにあんな嵩張るものを隠していたとも思えない。
一方通行が訝しんでいると、御坂美琴は一人で唐突に納得したような顔をしてこう言った。

「失礼しました。ミサカは超電磁砲・御坂美琴ではありません。いわゆる妹というやつです、とミサカは懇切丁寧に説明します」

 

 

 

第七学区の喫茶店。
真っ赤な夕陽の光が差し込んでくる窓際の席に、一方通行と美琴の妹は座っていた。
二人用の小さな席に向かい合って座っている二人は、それぞれの注文した飲み物をのんびりと啜っている。

「美味しいですね、とミサカは一方通行に同意を求めます」

「いや、俺とオマエは注文したモンが違ェから分かンねェよ。
 つゥか御坂の妹……あァもォ御坂妹でイイな。で、その御坂妹が一体俺になンの用だ? わざわざこンな場所にまで連れて来てよォ」

「それは……、今日は、少々あなたに相談があって伺ったのです、とミサカはさっそく本題を切り出します」

「相談? 俺にか?」

我ながら、自分ほど相談相手として不適格な人間はそうそういないと思う。
そんな一方通行に相談しに来たとは、一体どういうつもりなのだろうか。もしくは、一方通行がどういう人間かを知らないのかもしれない。

「はい、相談です。とミサカは繰り返します」

「悪ィが、どォ考えても人選ミスだと思うぞ。何の相談か知らねェが、他当たった方が良いンじゃねェか?」

「構いません、とミサカはきっぱりと断言します」

「……まァ、そこまで言うなら聞くだけ聞いてやるけどよ」

一方通行は『美琴の知り合いに用がある』ということでここに連れて来られたのだった。
だが、それならせめて美琴の知り合い繋がりで上条にでも相談した方が良かったのではないだろうか?
……などと一方通行が考えていると、御坂妹が再び口を開いた。

「その為には、まずミサカたちについて説明しなくてはなりません。
 ミサカたちは実は、お姉様のDNAマップを元に作成された体細胞クローン『妹達』なのです、とミサカは改めて自己紹介します」

「ン? じゃあ妹じゃねェのか?」

「厳密にはそういうことになります。
 ですがミサカたちは皆オリジナルのことを『お姉様』と呼び慕っているので、自ら『妹』と名乗っているのです、とミサカは補足します。
 それにミサカたちの総称もちょうど『妹達』ですし。
 一部の人はミサカたちは妹より娘に近いと言いますが、流石にまだ中学二年生のオリジナルを『母』と呼ぶのには抵抗がありますから、
 とミサカは更に理由を追加します」

「なるほどなァ。確かに、その辺の奴に説明するにしても『妹』の方が分かり易いし楽だろォしな」

「そういうことです。と言うか、クローンと聞いてもあまり驚かないんですね、とミサカは一方通行の反応を意外に思います」

「学園都市ってのは『外』に比べて30年も技術が進ンでンだろ? クローンなンてのはありふれたもンじゃねェのか?」

「いやいやいや。学園都市でも人体のクローニングは禁止されていますし、
 実はミサカたちも非合法な存在なのでかなり厳重に秘匿されています、とミサカは一方通行の非常識ぶりに逆に驚かされます」

「へェー。オマエらも大変なンだなァ。つゥか、そんな非合法な存在がこンなところを普通にうろついててイイのかよ」

「実は現在脱走同然の状態です、とミサカは衝撃の真実を暴露します」

「オイコラ」

一方通行が鋭くツッコミを入れるが、御坂妹は何処吹く風だ。
それどころか、彼女は一方通行の発言を無かったことにして話を進める。

「それでここからが本題になるわけですが、とミサカは話題の軌道修正を試みます」

「スルーか。まァ良い、とりあえず話してみろ」

「はい。実はお姉様にお会いしたいと考えているのですが、大丈夫でしょうか? とミサカは相談内容を提示します」

「…………? 会いたいなら勝手に会いに行けばいいじゃねェか」

別に一方通行は美琴の保護者でも何でもない。それどころか、不本意ながらどちらかと言えば逆だ。
なのに、何故御坂妹は一方通行にそんなことを尋ねるのだろうか?
そんなことを考えながら一方通行が首を傾げていると、御坂妹はすかさず説明を続ける。

「実はお姉様は自分の体細胞クローンが作られていることをご存じないのです、とミサカは最大の問題を明かします」

「はァ? じゃあナニか、どっかのアホが本人に無許可で勝手にクローン作ったってのか?」

顔を顰めながら、一方通行は不愉快そうな声を出した。
しかしよくよく考えてみれば人体のクローニングは禁止されているのだから、あの美琴がそんな非合法な実験に協力するはずもない。
すると御坂妹はこくんと頷き、言葉を続けた。

「そういうことになりますね、とミサカは首肯します。
 とは言っても、ミサカたちはそのお陰で生まれることができたので一概に彼らを非難したくありません、とミサカはミサカの考えを主張します」

確かに御坂妹には何の罪もないし、誕生の経緯がどうであれ彼女達が生まれたことを非難するつもりも毛頭ない。
……しかし、当事者である美琴は一体どう思うだろうか? 彼女たちの存在を、果たして許すことができるのだろうか?

「……つまりオマエは、御坂が自分たちを受け入れてくれるかどォか知りたいっつゥことだな?」

「そういうことです、とミサカは一方通行の話の呑み込みの早さにほっとします」

「しっかしクローンとはまた、難しい質問だなァ……。御坂とはそンなに付き合いが長ェわけでもねェし。
 やっぱ上条辺りに相談した方が良かったンじゃねェか?」

「いえ。記憶喪失で何の先入観も持っていないあなたの意見を聞きたかったのです、とミサカはミサカの真意を告げます」

そこで一方通行はおや、と思った。
自分はまだ、御坂妹に自分が記憶喪失であることを話していないはずだ。隠しているわけではないが、そんな簡単に知れることでもない。

「俺が記憶喪失だってことも知ってンのか、やけに俺に詳しいな。どうしてそこまで知ってンだ?」

「……そ、その、ミサカたちはお姉様に近付く為にお姉様の身辺を調査したのです。
 その過程であなたのことも少々調べさせていただきました、とミサカは苦しい言い訳を……いえなんでもありません」

最後の方は蚊の鳴くような小さな声だったので聞き取れなかったが、そこまで神経質にならなくても大丈夫だろうと一方通行は判断した。
なので一方通行は興味なさげに「そォかい」とだけ言うと、静かにコーヒーを啜る。
それに、記憶喪失になったこと自体に関しては特に口止めをしているわけでもあるまいし、確かにちょっと調べれば分かることだ。

「それにしても、クローンなァ。どうしたモンかねェ」

「今すぐにお返事を頂けなくても構いません。それとなくお姉様にクローンの話をしてみてはどうでしょう、とミサカは提案します」

「つっても、日常会話の中でクローンの話が出てくることなンかまずねェぞ」

「でしたら、お誂え向きの話題があります。
 記憶喪失のあなたは知らないでしょうが、常盤台中学では『超電磁砲のクローンが存在するのではないか』という噂が実しやかに囁かれているのです。
 もちろんお姉様もその噂をご存知ですから、その噂を聞いたことにして話題にしてみたらどうでしょうか、とミサカは実は綿密な計画を立てていたことを明かします」

「あァ、なるほど。それならなンとかなるか……」

どうやら御坂妹は、本気で美琴に会いに行きたいと思っているようだ。
上条たちから借りた漫画などによる偏った知識から想像するに、クローンといえばオリジナルを亡き者にして入れ替わりを画策するとか、
そういうブラックなものを想像していたので、一方通行としては御坂妹の行動は少し意外だった。
ただし、そこまで計画を立てたところまでは良い。問題はその先だ。

「だが、それでそれとなくクローンの話をしたとして、御坂の反応が芳しくなかったらどォすンだ?」

「……あなたがなんとかしてお姉様のクローンに対するマイナスイメージを改善してください、とミサカは無茶振りをします」

「ホントに無茶振りだな。ま、とにかくやるだけやってみるか」

「ありがとうございます。これで漸くお姉様に会う目処が立ちました、とミサカは素直に感謝します」

「ハイハイ。そォだ、上条にはこのことを話しても構わねェのか?」

「そこはあなたの判断に任せます。
 上条当麻に関しては情報が少なかったのでミサカたちでは判断できなかったのです、とミサカはあなたを選んだ第二の理由を明かします」

「…………? そォか、分かった」

「では、ミサカはこれから用事があるのでこれで失礼させて頂きます。
 こんな時間に付き合ってくださってありがとうございました、とミサカはぺこりと頭を下げます」

「気にすンな、俺も暇人だしな。ちったァ良い暇つぶしになった」

「……、そうですか。そう言っていただけるとミサカも嬉しいです、とミサカははにかみます」

すると、御坂妹はテーブルの上に紅茶代を置いて席を立った。
コーヒーを啜っていた一方通行は、それを見てふと思い出したように急いでポケットの中を探り始める。

「おい、ちょっと待て」

「?」

「これ、俺の携帯のメルアドと電話番号。またなンかあったら連絡しろ」

言いながら一方通行がポケットの中から取り出したのは、彼の連絡先が書かれてあるメモ用紙。
御坂妹はそれを見て何故か少し驚いた顔をし、そしておそるおそるといった様子でその小さな紙切れを受け取った。

「……ありがとうございます。
 ではミサカの連絡先も教えておきますので、何か進展があれば連絡を下さい、とミサカは一方通行に依頼します」

「当然だろ、そォじゃねェと意味ねェだろォが。ほらよ」

一方通行は書くものを持っていなかったらしい御坂妹に、自分のと同じメモ用紙とボールペンを差し出してやる。
御坂妹はやたら畏まりながらそれを受け取って連絡先を書き込むと、まるで猛獣に餌を与えるかのようにそれを一方通行に差し出した。
      . . . . . . .. .. . . . . . . . . .
「なンだ、連絡先を交換し合うのは俺が初めてなのか? 変な奴」

「……はい、そうです。よく分かりましたね、とミサカは一方通行の言葉に驚きます」

「その様子見てりゃ分かるだろ、普通。やっぱクローンってのも大変そォだな」

「ええ。本当に大変なんですよ、とミサカは苦労話を展開しようと思いましたが、もう時間もないので控えました」

「そォかい。それじゃ、その苦労話はまた会ったときに聞かせてくれ。じゃあな」

一方通行がひらひらと手を振ると、御坂妹は再び深々とお辞儀をしてから彼に背を向ける。
……ふと、その光景に鮮烈な既視感を感じた一方通行は、思わず彼女を呼び止めた。

「……、なァ」

「今度は何ですか、とミサカは少々焦りながら返事をします」

「オマエ、前に俺と会ったことねェか?」

その言葉に、しかし御坂妹は何の反応も示さなかった。彼女はまるで作り物のような無表情を、保っていた。
御坂妹はゆっくりと目を閉じ、そして開く。そして彼女は先程までと同じ平坦な声で返事をした。

「いえ、ミサカがあなたと会うのはこれが初めてです、とミサカははっきり答えます」

「……そォか。引き止めて悪かったな、もォ行って良いぞ」

「はい、そうさせてもらいます。それでは失礼します、とミサカは一方通行に別れの挨拶を告げます」

それだけ言うと、御坂妹は今度こそ一方通行に背を向けて喫茶店を出て行った。
カランカランという扉の閉まる音が、静かな喫茶店の中に響き渡る。
一方通行は窓の向こうに見える御坂妹の後姿を眺めながら深い深い溜め息をつくと、顔を顰めて手のひらで目を覆う。
ひどい頭痛がした。



―――――

 

 

―――――



『やっほー、どうだった? ってミサカはミサカは一仕事終えた下位固体を労わりながら挨拶してみる!』

『……またあなたですか、とミサカはいい加減げんなりします』

大通りを歩いている御坂妹の頭の中に、妹達の形成する脳波ネットワーク『ミサカネットワーク』を通して幼い少女の声が響いてきた。
少女の名称は『打ち止め(ラストオーダー)』。
全ての妹達を統括し、上位命令文を発動させることによって妹達に対して絶対反抗不可能な命令を下すことのできる、妹達の上位固体。

『つれないなあ、ってミサカはミサカはむくれてみたり。
 ミサカだって本当はあの人に会いに行きたいのに我慢してるんだから、ご褒美だと思って早く早く! ってミサカはミサカは急かしてみる!』

『そんなに特筆すべきようなことは何もありませんでしたよ。彼は何も変わっていませんでしたし、とミサカは面白味の無い報告をします』

『他には他には? ってミサカはミサカは更に詳細な報告を求めてみる』

『ああ、そう言えばあなたのいい加減な計画の所為で色々感付かれそうになりました、とミサカは上位固体の思慮の浅さを嘲笑います』

『ええー、あれで駄目だったの? ってミサカはミサカは驚いてみる。
 あの人はやたら勘が鋭いから計画を考えるのも一苦労だよ、ってミサカはミサカは頭を悩ませてみる。次はどうしよっかなー』

『……ときに上位固体。計画を考える程度なら一向に構いませんが、くれぐれも余計な行動は取らないように、とミサカは念を押します』

それまではまるで妹をいじる姉のようだった御坂妹が、急に真面目な口調になった。
ミサカネットワーク越しに、打ち止めがぎくりとしたのが分かる。
それを感じ取った御坂妹は呆れたように溜息をつくと、更に言葉を繰り返した。

『良いですか上位個体。決して無闇に外を出歩かないように。彼らに見つかってしまえば一巻の終わりですよ、とミサカは警告します』

『わ、分かってるってば、ってミサカはミサカは口籠もってみる……』

『彼らに捕まって痛い目に遭うのがあなただけならまだマシです。
 ですがあなたが捕まって最も被害を被るのは彼ですし、他にもミサカたちに協力してくれた人々の努力が全て無に還ることになるのです。
 あなただって呼吸するだけのキーボードに逆戻りしたくはないでしょう、とミサカは……』

『分かったってば! 絶対に外には出ないから! ってミサカはミサカは口うるさい下位固体にぐったりしてみる』

御坂妹は本当に分かってるのかこの上司は、という顔をしたが、どうせネットワーク越しなのでその表情が打ち止めに見えることはない。
と、大通りを歩いていた彼女は辺りを軽く見回してから裏路地に入った。
裏路地には危険なスキルアウトが屯しているはずだが、その程度戦闘用に調整された軍用クローンである御坂妹の敵ではない。

『でもまあ、変わってないって聞いてちょっと安心したかも、ってミサカはミサカは素直な感想を言ってみる』

『安心、ですか。安心するのはまだまだ早い段階だと思いますが、とミサカは楽観的な上位固体に対する呆れを隠し切れません』

『まあ確かにそうなんだけど、あの時は10032号だってちょっと嬉しそうだったじゃない、ってミサカはミサカは言い返してみる!』

『ハハハ何のことやら、とミサカはしらを切ります』

御坂妹は乾いた笑い声を上げたが、その表情は完全無欠の無表情だ。
と言っても、どうせ二人はミサカネットワークを通して声のみによる通信を行っているだけなので、笑わなかったところで見えはしない。

『それはそれとして、実際これからどうするの? ってミサカはミサカは先行き不安』

『さあ、どうしたものやら、とミサカも困り果てます』

『……さっき、あの人やお姉様たちが話してたのを立ち聞きしてたよね? あれはどうなの? ってミサカはミサカは回想してみる』

『外、ですか。確かにそれが最善ではありますが、それでも学園都市の中より幾分かマシというレベルです、とミサカは冷静に分析します』

『そうなんだよねー。流石にこれ以上みんなに迷惑を掛けるわけにも……、ってミサカはミサカは頭痛がしてきた』

『……そういえば、芳川桔梗はどうしていますか? とミサカはミサカたちの協力者を心配します』

『研究所に戻って何事もなかったかのように研究を続けてるけど、それでもかなり疑われてるみたいですごく厳重にマークされてる、
 ってミサカはミサカは苦い顔をしてみる。
 流石にこれ以上ヨシカワに頼ることはできないけど、こうしてアマイたちにばれないようにミサカを調整してくれただけでも充分だよ、
 ってミサカはミサカはヨシカワの大胆さに驚愕を隠せなかったり』

『本当に天井亜雄たちにばれずにやりきったのですか。
 彼女は本当に甘いか強いかの両極端ですね、とミサカはもはや感心することしかできません』

御坂妹は普段から自分のことを甘い人間と称している女研究者の顔を思い浮かべる。
路地裏の更に奥深くへと淀みない足取りで進んでいく彼女は、ふと思いついて打ち止めに声を掛けた。

『ところで上位固体、あなたは今何処に居るのですか?』

『んーと、ヌノタバが用意してくれた隠れ家だよ! ってミサカはミサカは報告してみる。絶対座標も教えようか?』

『いえ、ミサカがそこに行く機会はないと思いますので遠慮します、とミサカは上位固体の申し出を辞退します』

『へ? なんで? ってミサカはミサカは首を傾げてみる』

『ミサカは現在厳重にマークされておりますので、迂闊にあなたに会いに行けばあなたが捕らえられることになるからです。
 一応撒く努力はしていますが、追跡者が追跡者なので次に会いにいけるのはかなり先になるでしょう、とミサカは懇切丁寧に説明します』

『そ、そっか。でも何でそんなに厳重にマークされちゃったの? ってミサカはミサカは不思議がってみる』

『彼に接触してしまったからでしょう。彼は厳重に監視されていたようですので、
 彼と接触したときにミサカも見つかってしまったというわけです、とミサカは察しの悪い上位個体に更に補足してやります』

分かっているのか居ないのか、打ち止めは感心したようにほえーと気の抜けた声を上げた。
しかし、流石にそこで違和感を感じたようだ。

『あれ? でもどうしてあの人は彼らに見つかってるのに捕まってないのかな、ってミサカはミサカは首を傾げてみる』

『ミサカにも分かりません。ですが、彼らは今間違いなく彼に手を出せない状況にあるようです、とミサカは新情報を報告します』

『おお、それじゃあの人はもう大丈夫なんだね! ってミサカはミサカは安心してみる』

『いえ、恐らく一時的なものでしょう。そうでなければもう彼を監視する意味などないのですから、とミサカは冷酷に告げます』

『うぐっ、まあなんとなく予想はしてたけどね、ってミサカはミサカはぬか喜びにがっかりしてみる……』

『それはさておき『外』の話に戻しますが、冥土帰しに協力してもらえば何とかなるかもしれません、とミサカは脱線した話を元に……』

『…………? 10032号、どうしたの? ってミサカはミサカは不安に駆られてみる』

『……すみません上位固体、少々面倒な用事が入ってしまったようです、とミサカは一方的に通信を切断する準備に入ります』

『ええっ!? ちょ、ちょっと待ってってミサカはミサカは―――――』

ブツン。
ミサカネットワークとの接続を完全に断ち切り、打ち止めの声が唐突に途切れたとき、そんな音がした。
御坂妹は心の中で打ち止めに謝罪すると、暗い路地裏を小走りに走り出す。
そこから少しずつ速度を上げていき、暫らく後には彼女は全速力で路地裏を駆け抜けていた。

そしてやがて、少し開けた場所に出る。そこはいくつものコンテナが積まれた、屋外物置のような場所だった。
地面に敷き詰められた砂利や白いラインを見るに、元は駐車場だったようだ。
御坂妹はそこで漸く立ち止まると、荒れた呼吸を整えながらゆっくりと背後を振り返った。しかし、そこには誰も居ない。
けれど御坂妹は警戒を緩めないまま、小さく息を吐いてから虚空に向かって声を掛けた。

「……こそこそと隠れずに、素直に出てきたらどうですか。居ることは分かっています、とミサカは追跡者を促します」

僅かな沈黙。
無駄だったかと御坂妹が諦めかけた、その時。彼女の背後、そのコンテナの上で、すとんという軽い音がした。
御坂妹は、この音を知っている。

「ばれてたか。尾行は専門じゃないとはいえ、こうも簡単に気付かれると流石にちょっと傷付くぜ」

「撒くつもりだったのですが、こうも簡単に追いつかれると自信をなくしてしまいますね、とミサカは自らの無力さを痛感します」

御坂妹の背後に降り立ったのは、少年だった。
男にしては長めの、明るい茶色の髪。何処かの学校の制服なのか、茶色いブレザーを羽織っている。
御坂妹は振り返ると、少年の姿をまっすぐに見つめながらその名を口にした。

「久しぶりですね、垣根帝督」

 

 

目の前の垣根を見据えながら、御坂妹は油断なく身構える。
第三位の劣化クローンである彼女が学園都市の第二位なんて化け物に敵うはずなどないが、それでもなんとか五体満足でこの場を逃れたい。
しかし垣根はそんな彼女を見て、くつくつという笑い声を上げる。

「そう身構えんなって、別に取って食おうって訳じゃねえ。御坂妹、だっけ?」

「……盗み聞きとは趣味が悪いですね、とミサカは不快感を露にします」

「まあそう言うな。確かにやりながら悪趣味だなあとは思ったが、
 こうでもしねえと今すぐにでもアイツを連れ戻したくて仕方がない研究者どもが納得しねえんだよ。勘弁してくれ」

「心中はお察ししますが。ミサカに何の用ですか? ミサカは上位固体の居場所など知りません。
 なお、ミサカたちには情報を口外しないよう上位命令文が下されておりますから、如何なる拷問も無駄ですので、
 とミサカはあなたの行動が徒労であることを通告します」

「やれやれ、すっかり嫌われちまったなあ。つーか、あのお優しい最終信号(ラストオーダー)がそんな命令を下すわけねえだろ」

「あの程度の子供、ミサカ一人でも無理矢理押さえ込んで洗脳装置(テスタメント)に掛けるくらい容易いです、
 とミサカは上位固体の意志など無関係であることを主張します」

「ひっでえ。やってることのレベルは俺らと大差ねえな」

「承知の上です、とミサカは目的の為には手段を選ばないことを宣言します」

言葉と共に、御坂妹はぎりりと垣根を睨みつける。
しかし当の垣根はそれをまったく気にした様子もなく、涼しい顔のまま言葉を続けた。

「まあ、それは別に良いんだけどよ。上位命令云々以前に、お前をどんな拷問にかけたところで口を割らないのは分かり切ったことだし」

「ならばどうしてミサカの後をつけていたのですか、とミサカはあなたの行動の矛盾を指摘します」

「さっきも言っただろ。研究者共の要求でな……ってのはまあ建前で、純粋に興味があったんだよ」

「……興味、ですか、とミサカはあなたの言葉を復唱します」

その言葉に、御坂妹は訝しげな表情を浮かべる。
それを聞いた垣根は軽く頷くと、コンテナの上に座って足を組んだ。

「そう、興味があるんだ。お前たちがどうして突然こんなことをしだしたのか」

「……理由など。語ったところであなたごときには到底理解できるはずもありません、とミサカは口を噤みます」

「あっそ、言いたくねえなら別に良いけど。大体想像はつくしな」

「ならばどうして尋ねたのですか、とミサカはあなたの行動を疑問に思います」
                                  . . . . . .
「……ただ、さあ。お前たちの行動を妨害しようとしてる反対派の妹達。お前、あいつらのことどう思ってんの?」

「…………!!」

御坂妹は目を大きく見開き、驚愕の表情を露わにする。
すると垣根はすうっと裂くような笑みを浮かべながら、如何にも可笑しくてたまらないといった口調でもう一度尋ねた。

「なあ、10032号。どう思ってるんだ?」

「……それは、とミサカは言葉を濁します」
                                                        . . . . .
「彼女たちの主張は決して我儘じゃあない。むしろ、人間として当然の欲望だな。誰だって、あんな末路は嫌だろうさ。俺だって嫌だ。
 あんなひどい目に遭うくらいなら、アイツに殺してもらった方が遥かにマシだろうさ。

 しかもあの実験が成功すりゃ、様々な技術が発展して二万人なんて目じゃない数の人々を助けることができるようになるかもしれない。
 アイツに殺してもらえればそんな偉大な実験の礎になれるし、そもそもの存在理由もまっとうできるって訳だ。
 ……そりゃあ誰だって、そっちの方が良いよなあ?」

「で、ですが殆どの妹達はミサカたちに協力してくれています。何人かの妹達は生き延びることができることになっていますし……、」

「知ってるぞ。反対派やってる妹達、生き残れることになってる奴らなんだろ?
 当たり前だ。自分の姉妹があんなにひどい目に遭うことが分かっていて、自分だけのうのうと生きて行ける筈がない。
 いや、もしかしたら残された方が死ぬより辛いのかもしれねえな」

そこで初めて、御坂妹は垣根から目を逸らしてしまう。
垣根はそんな彼女をせせら笑いながら、膝の上に頬杖をついてコンテナの上から御坂妹を見下ろした。

「お前たちだってもう知ってるはずだ。
 どんなに足掻いてもどんなに頑張っても、誰もが望んで誰もが笑える最高のハッピーエンドなんかお前らには用意されてないってことを。
 なのに今更、何を思ってこんなことをしてるんだ?」

「……、はい。知って、います。だからミサカたちは、せめてこうすることに決めたのです、とミサカはミサカの決意を語ります」

「で、その為に最終信号を味方に付けて、反対意見を押さえつけて強引に自分の都合を通したってわけか? えげつねえなあ。
 大した自己犠牲精神だが、お前たちの仲間にも本心ではアレが嫌で嫌で仕方ない奴だって居るだろうに」

「………………」

何も言い返すことができなかった。
この選択を拒んでいた妹達には、本当に申し訳ないと思っている。どんなに謝っても許してもらえないとも。
けれど、どうしても。

「その目論見が失敗しようが成功しようが、お前らは死の運命からは逃れられない。だったらせめて楽に殺して欲しいとは思わないのか?
 アイツなら、きっとそうしてくれただろうに」

「……同じ死ぬなら、大切な人を一人でも救いたいと思うのはそんなに可笑しなことですか、とミサカは疑問に思います」

「さあな。俺はただ、お前らのことを哀れに思うだけさ。それに俺がおかしいと言ったところで、お前たちは諦めるのか?」

「いいえ。決して諦めたりしません、とミサカはミサカの決意が揺るぎないことを確認します」

「だったら、その問いは無意味だ。お前はお前のやりたいようにすれば良い。どうせ短い人生だ、せめて好きに生きろ。俺は干渉しねえ。
 ただし、俺も自分の好きなようにやらせてもらう。その過程でお前が俺の邪魔をするなら、その時は容赦しねえがな」

「……、肝に銘じておきます、とミサカは冷や汗を流しながら答えます」

御坂妹は顔を引き攣らせながらも、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
垣根はそれを見て再びくつくつと笑うと、すっくと立ち上がって自らの能力を展開させる。

「さって、その為にもこっちはこっちで地道に最終信号を探すとするか。容疑者から絞り込めば候補は結構限られて来てるしな」

「そうですか。まあ絶対に見つからないと思いますが、とミサカはせせら笑います」

「お前、ほんっと相変わらずな。まあ良いわ。じゃあな」

たん、という軽い音と共に垣根は一瞬で姿を消す。
御坂妹は暫らく垣根の座っていた場所をじっと見つめていたが、やがて何かを深く考え込むようにゆっくりと目を閉じた。
                 . .. . .
「……妹達にはもちろん、あなたたちにも本当に申し訳ないと思っているのですよ、とミサカは……、」

……本当に哀れなのは、誰なのだろうか。



―――――

 

 

 

―――――



「っつゥことがあったンだよ」

「それはまた……、難しい問題だなあ」

いつもの病室、いつもの時間。
一人作戦会議に行き詰った一方通行は、さっそく御坂妹のことを上条に相談していた。
御坂妹は判断を一方通行に任せるといっていたし、これまでも上条は一方通行という人間のことを周囲に言い触らしたりしていないので、
その辺りも信用できるだろうと思っての行動だ。でなければこんな相談はできない。

「で、オマエだったらどォ思う?」

「うーん……。やっぱり、自分のクローンが居るって言われたらすげえ驚くと思う……」

「受け入れられねェか?」

「その御坂妹って子みたいな友好的なクローンならいけると思う。ただ、こればっかりは個人差が……。
 双子とはまた別だろうし、自分とまったく同じ顔の人間なんか気持ち悪いって奴もいるからなあ」

「やっぱ、御坂にそれとなく聞いてみるしかねェか」

本当なら最初っからクローンの存在を匂わせるような行動は控えるべきなのだろうが、今回はそうも言ってられない。
まずは美琴がクローンに対してどんなイメージを抱いているのかを聞き出して、スタートラインを定めなければいけないのだ。

「それにしても、どうやってクローンについての話を振るんだよ。どう考えても不自然だろ」

「そこは御坂妹が知恵を授けてくれた。オマエ、常盤台で第三位のクローンが製造されてるって噂が流れてること、知ってるか?」

「ん? あー、そう言えばそんな噂を聞いたことがあったような……。ああ、そうだ。本人から聞いたんだった。
 アイツ、たまに街で会っても攻撃してこないでジュース奢るから愚痴に付き合えって言ってくるときがあるんだよな。その時だ」

「なンだ、オマエら意外と仲良いのか。二人で会うときはいつもリアル鬼ごっこしてンのかと思ってたぞ」

「いや殆どの場合はそうだぞ。まともな会話ができるのは本当にたまにだ、たまーに」

言いながら、上条がげんなりとした顔をする。
今日は美琴が一緒ではないので鬼ごっこは無かったようだが、思い出しただけでうんざりするくらいの頻度で追い回されているようだ。

「病院の外で会っても、俺の前では滅多にやンねェけどな。ありゃ何でだ?」

「流石に前科があるから、お前の前では自重してるんじゃないのか? あれでアイツかなり責任感じてるみたいだし。
 そうでもなけりゃ、あの凶暴なビリビリが上条さんに攻撃してこないなんて奇跡がそうしょっちゅう起こるわけが……」

「き・こ・え・て・る・わ・よ? だぁれが凶暴ですって?」

(事実だけどな)

一方通行は心の中だけで呟きながら、冷めた目で美琴にしばかれている上条を見つめていた。
病院内では電撃を使えないからか、美琴は最近になって素手による攻撃方法を多数習得し始めていた。なんだかどんどん強くなっている。
それでも女の子に負ける上条ではないのだが、反撃できないのでされるがままだ。ひたすらギブギブと悲鳴を上げている。

「くっ、ここまでやっても落ちないか……。流石に手強いわね」

「俺は今日ほど自分の耐久力を恨んだ日はねえよ……」

「そォか。俺はオマエの頑丈さが羨ましいがな」

「いやいや、確かに頑丈さは俺の数少ない取り柄ですよ? 実際それで助けられたこともあるしな。
 でも今回ばかりは例外と言うか何と言うか……」

「それだけ口を利く元気があるならまだ行けそうね」

「Oh...」

美琴が再び上条に技を掛けようとしたところで、流石に可哀想に思ったらしい一方通行が止めに入る。
ついでに美琴もやって来たことだし、いい加減本題に入らなければならない。

「そォいや御坂。ちっと小耳に挟ンだンだが、オマエ、自分のクローンの噂って知ってるか?」

「へ? 知ってるけど、何よ薮から棒に。まさかアンタたちまであんな下らない噂を信じてるんじゃないでしょうね?」

「まさか。人体のクローニングは学園都市の自治法でも禁止されてンだろ?」

と、御坂妹が言っていた。
まさかついこの間までクローンがありふれたものだと思ったいたなんて、口が裂けても言えない。

「ええそうよ。記憶喪失なのに詳しいわね。でも、だったらどうしてクローンの話なんかするのよ?」

「いや、もし実際にそンなもンが目の前に現れたら、オマエはどォ思うのかと思ってよ」

「ええ? どう思うのかって……何よ急に?」

「い、いや、さっきまでちょうどその噂の話をしてたんだけど、俺たちはどうも想像がつかなかったからさ。
 実際にそんな噂の当事者なビリビリはどう思うのかなーって思っただけであって、特に深い意味なんてナインデスヨ?」

「ふーん……」

演技が下手過ぎる。
そんな意味を込めて一方通行は上条を睨みつけたが、不信感から美琴にも睨まれている彼は、
身動きが取れずにただワザとらしい笑顔を浮かべることしかできなかった。
すると一方通行は呆れたように溜め息をつきながら、上条に助け舟を出すついでにさっさと話を進めてやることにする。

「で、どォなンだ?」

「んー……、そーねぇ」

美琴には悟られないように気を付けながら、二人は静かに固唾を飲んで美琴の答えを待つ。
そして暫らく考えた後、美琴は苦笑いしながらこう答えた。

「やっぱり薄っ気味悪くて、私の目の前から消えてくれーって思っちゃうわね」

……アウト。



―――――

 

 

―――――



「駄目だった」

「………………」

再び第七学区の喫茶店。
今度は上条も引き連れて、一方通行は御坂妹に事の次第を報告していた。
二人は無言無表情のまま見つめ合っているので、それを横から見ている上条はもうはらはらすることしかできない。
と、次の瞬間。

「そこを何とか! とミサカは必死に懇願します!」

「いやいやいや、アレは無理だ。取り付く島もねェよ」

「何の為にあなたに頼んだと思っているのですかこの役立たず、とミサカは白モヤシを罵倒します!」

「オイコラ今オマエ何つった。人が気にしてることに触れやがってはっ倒すぞ」

「お前ら落ち着け! とりあえず座れ! 喫茶店の皆さんがこっちを見ていらっしゃるぞ!
 はい気をつけ! 礼! ありがとうございました! 着席!」

上条はよくわからない勢いで何とか二人を座らせることに成功するが、問題はこの先だ。
ああは言ったものの、一方通行が匙を投げたくなるのも仕方ない。何故なら美琴の答えは、それくらい絶望的なものであったから。
流石に御坂妹にそのまま伝えることはしていないが、生理的に受け付けないのではもうどうしようもない。

「……どうしても難しいですか、とミサカは未練がましく繰り返します」

「想定してた最悪の答えより酷かったンだぞ? それでも諦めねェってンで、まだ策があるなら協力はしてやる」

「マイナスイメージの改善以前の問題だからなあ。
 いっそ突然アイツの目の前に現れて、どんな感じかを見て貰った方が手っ取り早い気がする」

「阿呆か。そンな荒療治、失敗したら御坂の方がショックで精神的に参っちまうぞ」

「うぐ、そうか……。でもだったら、やっぱり少しずつ段階を踏んで慣らしていくしかないよな」

「具体的には?」

「さっぱり分からん」

完全にお手上げだ。
三人はそれぞれ注文した飲み物を啜りながら頭を悩ませるが、なかなかいい案が浮かばない。

そんな中で、上条が唐突に声を上げた。

「もしくは『ビリビリ、実はお前を姉と慕うクローンが居るんだが、会ってみてくれないか?』だな」

「それもどォなンだよ。ショック的には大差ねェぞ」

「それじゃあどうすれば良いのでしょうか、とミサカは項垂れながら呟きます」

「そォだなァ……。『慣らしてく』って考え自体は間違ってねェと思うンだが……」

一方通行は背もたれに寄り掛かりながら天井を仰ぐと、目を閉じて唸りはじめた。
既に完全に手詰まりとなっているらしい二人は、期待を込めた眼差しでそんな彼を見つめ続ける。
すると、一方通行は急にぱちりと目を開けて顔だけを御坂妹の方に向けた。

「……こンなのはどォだ?」

自然と一方通行の方へと顔を寄せてきている二人に向かって、一方通行は回りに決して聞こえないような小さな声で作戦を説明する。
そして説明が終了すると、御坂妹は珍しくほんの少しだけ楽しそうな表情を浮かべた。

「それで、最終的にミサカが『よく きたな オリジナルよ わたしが おまえの クローンだ』とRPGの魔王の如く言い放つのですね、
 とミサカは心を躍らせます」

「その辺はもォ好きにしてくれ。御坂がどォいう反応するかまでは責任持たねェがな」

一方通行は相変わらず超絶マイペースな御坂妹に呆れていたが、その一方で上条は苦い顔をしていた。
彼が懸念していることは、ただひとつ。

「……でもさあ、それってそれはそれで結構精神的に来るんじゃねえか?」

「確かに、結構な負担にはなるだろォな。しかし、現状これ以上の策は思いつかねェ。それか、何か他に良い方法があるか?」

「意見があれば伺いますが、ミサカも彼の言う通りだと思います、とミサカは一方通行に賛同します」

「まあ、そうなんだけどさ……」

それでも上条は美琴に少しでも辛い思いをさせてしまうことに抵抗を感じているのか、難しい顔をしていた。
そんな上条をじっと見つめていた御坂妹は、申し訳なさそうに目を伏せる。

「自分勝手は承知しています。お姉様に迷惑を掛けることになるということも。
 ですがどうしても、ミサカたちは可能な限り早くお姉様にお会いしたいのです、とミサカは切実に頼み込みます」

「……でもこの方法だって、そこまで早く決行できるような作戦ではないぞ?」

「許容範囲内です。それよりも、これ以上作戦会議で時間を浪費してしまうことの方が惜しいです、とミサカはミサカの心境を説明します」

「それでも、下準備なんかもかなり大変だ。先回りして色々な細工をしないといけないし、その為の手段はどうするんだ?
 とてもじゃないけど、そんな簡単に実現できるような方法じゃないと思う」

「それなら問題ありません。心強い協力者がいますので、とミサカは強気に言い放ちます」

「……、はあ。分かった。そこまで言うなら、俺はもう何も言わない」

遂に御坂妹に根負けした上条は、諦めたように溜め息をつく。
コーヒーを飲みながら他人事のように二人の会話を眺めていた一方通行は、それを見届けると再び口を開いた。

「決まったか? あァ、俺は口出ししねェぞ。
 作戦を決行するかどォかは御坂妹が決めることだし、噂に誘われてクローンを探すかどォかは御坂が決めることだからな。
 ただ、絶対に上手く行くって保証はねェ。そこをきちンと理解してるンだろォな」

「大丈夫です。その覚悟はできています、とミサカは決意を表明します」

「じゃ、俺たちにできることはこれで全部だ。
 正直この作戦を決行する為の手段については全く考慮してなかったから、ここから先は俺たちにできることは何もねェ。
 後は全部オマエたち次第だ。勿論できる範囲で協力はしてやるが、あンまり期待はすンな」

「いいえ、ここまででも充分過ぎるほどです。
 むしろ下手にミサカたちに干渉することであなたたちまでお姉様とぎくしゃくしてしまうのではないかと心配ですので、
 ここまでにして下さった方がミサカとしても安心できます、とミサカは懸念事項を口にします」

「その辺は大丈夫だ。ま、せェぜェ御坂に悟られないように気ィ使う程度だな。……オマエらも頑張れよ」

「はい、とミサカは一方通行の応援に答えることを約束します」

御坂妹の言葉を最後に、作戦会議は終了した。すると、三人は流石に緊張していたのか、一斉に自分の飲み物を口にする。
そうしてやっと一息ついたとき、ふと上条が尋ねてきた。

「そう言えば、御坂妹は『ミサカたち』って言ってたけど、お前みたいなのってあと何人くらい居るんだ?」

「……秘密です、とミサカはミステリアスな女性を気取ってみます」

 

 

 

数日後。学舎の園、常盤台中学。
午前中の授業が終了した昼休み、美琴は一人でベンチに座りながら売店で購入した焼きそばパンを頬張っていた。

(寂しい……)

友達同士で和気藹々と昼食を食べている周囲の女子生徒たちを眺めながら、美琴は心の中で一人ごちた。
いつもはルームメイトである白井と一緒に昼食を食べているのだが、
最近その白井が風紀委員の仕事に追われていて忙しそうなので邪魔になるようなことを控えているのだ。
一度は一段落したかに思えた風紀委員の仕事が、なにやら新しい発見があったとかで再び忙しくなってしまったらしい。

それでも昼食くらいは一緒に、と思って一度白井の教室に顔を出して昼食の誘いに行ったのだが、
彼女はノートパソコンに向かって難しい顔をしながらひたすら作業をしていて、とても声を掛けられるような状況ではなかった。
それでも白井は美琴の姿を見ると飛びついてきて一緒に昼食を食べようと言ってくれたのだが、美琴は自ら辞退した。
なんだかんだ言って白井は風紀委員の仕事に対してとても真摯に取り組んでいるので、それを邪魔するべきではないと思ったのだ。

と言うわけで、白井は今頃一年生の教室でめそめそしながら携帯食で栄養補給をしているはずだ。
やっぱり一緒に食べれば良かったか、いやでも仕事の邪魔はできないし、などと美琴が葛藤していると、ふとひそひそ声が聞こえてきた。

「……れは絶対御坂……だって」

「そ……訳……ない……い」

「ん? 何?」

何処からともなく聞こえてきた声が自分の名前を呼んだので、話し相手を欲していた美琴はついそれに反応してしまった。
ひそひそ話をしていた女子生徒はちょうど美琴の後ろにいたのだが、後姿だけでは美琴に気付けずについそばで本人の話をしていたようだ。

「え? あれっ!?」

「えっと、あの」

「あー、ごめんごめん。自分の名前が聞こえてきたもんでつい……」

突然話しかけられた二人組の女子生徒は、後ろ向きにベンチに座っている美琴を見て非常に驚いた顔をした。
ついつい反射で反応してしまったようなものとはいえ、盗み聞きみたいでちょっと悪いことをしてしまったかなと美琴は少し後悔する。

「た、多分見間違いだと思うんですけどこの子がさっき御坂さんを街で見かけたって」

「身体から電磁波出てるのも確認したのに……」

「でも御坂さん、さっき一年生の教室にいましたよね? だからそんなことあるわけないって」

「? ええ、昼休み中はずっと学校の中にいたわよ」

「ほら、やっぱり見間違いよ。背格好の似てる発電系能力者だったんだって」

「うーん、でも常盤台の制服着てたし、本当にそっくりだったんだけどなあ……」

……最近、急にこうした噂を聞くようになった。
当然ながら、美琴にそんな能力はない。如何に超能力者の第三位とはいえ、美琴はただの電撃使い。分身などできようはずもない。
どちらかと言えばどっかの馬鹿な能力者が変な悪戯をしているという可能性のほうが高いがそんな噂も聞かないし、
そもそもそんなことになっていれば事件として処理されることになるだろうから、風紀委員の白井を通じて美琴の耳に入るはずだ。

「その、ごめんなさい。こんな噂気分悪いですよね」

「ううん、私から聞いたことだし。気にしないで」

「それでは、私たちこれから別の棟へ移動しなくてはいけないので……、失礼します」

「うん、頑張ってね」

ぱたぱたと急ぎ足で去っていく女子生徒たちを見送りながらひらひらと手を振ると、美琴は深く溜息をついた。
ああは言ったものの、あの女子生徒が言っていた通り、正直美琴にとっては非常に薄気味の悪い噂だった。
なんと言っても他でもない自分自身の幻影が堂々と街を闊歩しているというのだから、気にならないはずがない。

かつ、こんなにも目撃証言が相次いでいるのに具体的な事件になることもなく、よってその詳細が美琴の耳に入ってくることもない。
美琴本人の与り知らぬところで、美琴に関わるおかしな何かが起こっている。それが、たまらなく気味が悪かった。
ただ美琴には、ひとつだけ思い当たることがある。

(クローン……、ね)

つい先日、上条と一方通行に振られた話題。何処かで超能力者の第三位のクローンが製造されているという噂。
彼らに言われるまでもなく、美琴もこれまでにも何度かクローンの影を感じたことがあった。
けれどそんなことはありえないと一蹴し、大して気にしたこともなかったが、まさか今更になってこんなことが起こるとは。

(ただの噂だと思ってたけど、まさか……。そもそもクローンの製造にはDNAマップが必要だし……)

そこで、ふと美琴は恐ろしいことを思い出してしまう。
DNAマップ。
……私、DNAマップ、提供したこと、なかったっけ……?

(いやいや、あれは筋ジストロフィーの治療の為に提供したんだし。まさかクローン製造の為に流用なんかされてるわけがない)

しかし。無いと、言い切れるか?
あの頃の美琴はとても幼くて、特に深い考えもなくただ筋ジストロフィーに苦しんでいる人々を助けたいと思ってDNAマップを提供した。
だから美琴がDNAマップを提供した研究者が、本当に筋ジストロフィーの研究者だったかどうか分からないのだ。
もしかしたらあの研究者はただの詐欺師で、超能力者の第三位のDNAマップ欲しさに美琴のことを騙したのではないだろうか?

(……待て待て、おかしいってば。あのときの私はまだレベル1だった。当然、超能力者の第三位なんかじゃない。
 そんなただの電撃使いのDNAマップを手に入れるために、そんな用意周到な真似をするか? ありえない、やっぱり勘違いか)

他にも様々な不安要素はあったが、美琴はふるふると頭を振ってそれを振り払った。
そんなこと、あるはずがない。あって良いわけがない。
それに、一方通行だって言っていた。学園都市の自治法でも人体のクローニングは禁止されている。だから、ありえないのだ。

美琴は半ば自分に言い聞かせるように、わざとそう思い込ませようとするかのように心の中でありえないと繰り返す。
ぎゅっと目を瞑って完全に頭の中を書き換えると、美琴は残っていた焼きそばパンを一気に口に放り込んでもぐもぐと咀嚼した。

「あ、あの、御坂様ですよね?」

「ん?」

口の中の焼きそばパンを呑み込んでしまうと、急に見知らぬ女子生徒が美琴に声を掛けてきた。
見た感じ、下級生のようだ。何人もの友人を引き連れて美琴を取り囲んでいる。

「私達、御坂様のファンなんです! その、握手してもらって良いですか?」

「わ、私はこのノートにサインが欲しいんですけど……」

「よろしければ一緒に写真を撮っていただけませんか?」

「あ、う、ええと、うん、良いわよ……」

少女達の勢いに押されながらも、美琴は苦笑いしてそれを快諾した。
まるでアイドルだなあと思いながら、美琴は少女達の要望にそれぞれ応えてやる。こういうことは珍しくないので、美琴も手馴れたものだ。

「わあ、本当にありがとうございます、御坂様!」

「一生大切にします!」

「これからも応援させていただきますね。頑張ってください!」

「あはは、ありがと」

美琴はなんとかお嬢様らしい上品な笑顔を取り繕って、少女達のキラキラとした瞳に答えてやる。
そしてきゃっきゃとはしゃぎながら去っていく少女達の後姿を見送ってしまうと、美琴は盛大に溜息をついた。

ああいう子たちは基本的に、美琴に対して『常盤台のエース』『学園都市最強の電撃姫』といった幻想を抱いている。
しかし普段の彼女の素行を考えてみれば分かってもらえるだろうが、美琴の行動はとてもではないがそれに相応しいとはいえない。
けれどああいった純粋な少女達の夢を壊したくない美琴は、そうした子たちの前では優等生を演じることにしているのだ。
実際、美琴に憧れて常盤台に入学してくる生徒も少なくない。そんな子たちの夢を一々壊してしまうのは、あまりにも可哀想だ。

ただし、当然美琴にとっては慣れないことをしているわけなので、非常に疲れる。
美琴はもう既にこれは超能力者の宿命なんだろうなと諦めてしまっているが、それでもどうしても未だに慣れることができなかった。

(……あ)

そして、超能力者にはそれとは別にもうひとつの宿命があった。
こちらはどうしても認められなくて、諦められなくて、美琴はまだ抗い続けている。
だから美琴は、声を掛けた。

「ねえねえ、なんの話してるの? 私にも教えてくれない?」

「へ? あ、え、みっ、御坂さん!?」

「と、とてもではありませんが御坂さんのお耳に入れるようなことでは……」

「いーのいーの、そんなの気にしないでよ。クラスメイトなんだし」

「で、ですが、その、本当に大したことのない話で……」

「……ごっ、ごめんなさい!」

何も悪くないのに、誰も悪くないのに、美琴のクラスメイトたちは美琴に頭を下げると脱兎の如く逃げ去ってしまった。
その場には、美琴一人がぽつんと取り残されてしまう。
いつも同じ教室にいて、いつも同じ授業を受けているクラスメイトなのに。

(今日も駄目だったか)

別に美琴が何をしているわけでもないし、何をされているわけでもない。
ただ、美琴が超能力者であるというだけだ。
けれど美琴は諦めずに日々こうした挑戦を続けているが、未だに成果は得られない。レベルの壁は、それほどまでに高かった。

(悪い子たちじゃないっていうのは、分かってるんだけど)

そう、分かっている。分かっているけれど、やはり、辛い。
他の子の前では普通に話しているのに、自分が目の前にやってきた途端に萎縮してしまってまともな会話をすることができない。
これまでは絶対に諦めてやるもんかと強く心に決めていたが、いい加減そろそろ限界だった。
この頃はずっと白井がついて回ってくれていたので忘れていたが、白井が居なくなったことでまたそれを強く感じるようになってしまった。

(寂しい……)

そうだ、放課後になったらまたあいつらに会いに行こう。美琴が超能力者であることを、ちっとも気にしないあいつらに。
午後の授業の予鈴が鳴った。



―――――



第七学区、とあるビルの屋上。その縁に腰掛けながら、垣根帝督は病室の一方通行を監視していた。
病室の中の一方通行は、美琴から借りたらしい分厚い本を読みながら、大きなあくびをしている。

「ったく、暢気にあくびなんかしてやがる。自分が追われてるってこと忘れてるんじゃねえか?」

『まあ実際、今は手出しができねえから追われてるとは言い難いがな。平和ボケには違いねえ』

独り言のつもりで言ったのだが、予想外にもヘッドセットから声が返ってきた。
あっちも暇なのだろうか、などとどうでもいいことを考えていると、今度は一方通行がうとうとし始めた。本当に大丈夫かあいつ。

「つーか、なんで手出ししたら駄目なんだ? 今なんか絶好のチャンスじゃねえか」

『なんか圧力が掛かってるらしい。統括理事長様のお達しとありゃ、聞かねえわけにはいかねえだろ』

「は? アレイスターが? そりゃまた何で」

『俺が知るか。あっちにはあっちの考えがあるんだろ』

苛立ち混じりに投げやりな答えが帰ってくる。どうやらその所為であっちも手持ち無沙汰なようだ。
と言っても、それは垣根も同じことだが。暇で暇で仕方ない。

「そもそもアレイスターが指示してたんじゃなかったのか、この実験。一体何がしたいんだ」

『諦めたわけじゃねえだろ。もしそうなら、妹達なんかとっくに『処分』されてる。あくまで『今は』駄目なだけだろう』

「ふーん、まあ良いや。とにかくこれは妹達にとっては僥倖ってことか。寿命が延びるんだからな」

「ええ。どうやら天はミサカたちに味方しているようですね、とミサカはこの幸運に感謝します」

「うおお!?」

いつの間にやら背後に忍び寄っていた御坂妹に驚いて、垣根は変な声を出してしまった。
相手は軍用に調整されたクローンとはいえ、超能力者の第二位たる垣根が接近にまったく気が付かないとは。

『おい、どうした?』

「クローンだよ、クローン。いつの間にか後ろにいた」

『いつの間にかって……、お前第二位じゃなかったか?』

「うっせ」

そのやりとりに、無表情だった御坂妹の表情がぴくりと動いた。
彼女はゆっくりと垣根の方を向くと、しかし垣根を見ずにヘッドセットの向こうにいる人間に向かって話しかける。

「その声は木原数多ですか、とミサカは垣根帝督の通信相手を推測します」

『おう、久しぶりだなクローンちゃん。最終信号の居場所教えろ』

「知りません、とミサカはそっぽを向きます。まあ本当に知らないんですけどね」

「それは前聞いたっつの。ってか、お前から俺に会いに来るなんて珍しいな。てっきり毛嫌いされてるとばかり思ってたが」

「嫌いですが、とミサカはきっぱりと肯定します」

垣根は心の中でだけひでえと呟くと、ヘッドセットから笑いを堪える声が聞こえてきた。
畜生覚えてろよ。

「で、俺のことが大嫌いなミサカちゃんがわざわざ何の用だよ」

「病院に野暮用がありまして。そこでたまたま見かけたので何か企んでいるのではないかと思ったのです、
 とミサカはここに至った経緯を説明します」

『残念……、いや、ラッキーだったな。こっちは手出し無用だとよ』

「存じています。しかしあなたたちが単独行動に出る可能性を危惧しました、とミサカは補足説明を付け加えます」

「流石にそこまでしねえよ。俺たちだって色々惜しいモンがあるからな」

「そうですか、とミサカは安堵します」

口では安堵と言うものの、御坂妹の表情にはまったく変化が見られない。
そんな彼女を見ながら、垣根は改めて御坂妹に対して人形のようだと言う評価を下した。

『何か企んでるのはテメェの方だろうが。野暮用ってのは何のことだ?』

「さあ、何のことでしょうね、とミサカはしらを切ります。
 と言ってもミサカたちは不安定なクローンですから、病院にならいくらでも用があるんですけどね」

『チ、まあ良い。上手く行くと思うなよ』

「……何のことやら、とミサカは目を逸らします」

会話の内容は垣根にもおおよその見当がついたが、彼は何も言わなかった。
言うまでもなく、上手く行くはずがないからだ。少なくとも、第二位たる自分がいる限りは。
そしてその時には、もう既に行動制限は解除されているはずだ。

「ところで」

不意に、御坂妹の声が聞こえた。
非常に珍しいことに、彼女は口角を僅かに吊り上げてうっすらと不敵な笑みを浮かべている。

「賭けをしませんか、とミサカは要領を得ない提案をします」

「はあ? 何の話だそりゃ。つーか、自分で解って言ってるのかよ」

『耳を貸すな。下らねえ』

吐き棄てるように言った木原の声に、垣根も無言で同意する。
しかし、御坂妹は構わない。

「ミサカたちとあなたたちの目的は、根本的なところでは同一のものです。
 あなたたちにとっても損ではないと思いますが、とミサカは思わせぶりに言葉を続けます」

「……はあ。聞くだけ聞いてやる」

『オイコラ』

「良いだろ。聞くだけだ、聞くだけ。愚痴に付き合ってるとでも思えば良い」

「では、話を続けさせてもらいましょう、とミサカは笑みを深くします。
 ……あなたたちは万に一つもありえないと切り捨て、馬鹿にするでしょうが。もし、もしミサカたちの企みが上手く行ったなら」

そこで、彼女は一度言葉を止めて小さく息を吐いた。
最初から覚悟はしていたが、改めてそれを口にするのはやはり恐ろしいことだった。

「もう、彼も、ミサカたちも、放っておいて貰えますか、とミサカは提案の内容を明かします」

「……は、馬鹿か。俺たちがどうしてこんなことしてるのか、知ってるよな?」

「ええ、もちろん。理解した上で言っています。
 いえ、だからこそ言っています。ですからその時は、もう、そっとしておいてあげて貰えますか、とミサカは繰り返します」

「で? 俺たちに対する配当は?」

「もしミサカたちが負ければ、あなたたちの要求に何でも答えましょう、とミサカはあなたたちにとって魅力的であろう条件を提示します」

『……確かに魅力的だ。だが、賭けとして成立してねえな。賭けの参加者は俺たちとお前たち。しかしお前たちに配当はない』

ヘッドセットから、呆れたような木原の声が聞こえてきた。
しかし御坂妹は、相変わらず気味が悪いくらい綺麗に微笑んでいる。

『お前たちは賭けに勝っても負けても、最終的には死ぬことになる。いや、勝った方がひでえことになるな。
 その辺、ちゃんと解ってて言ってるのか?』

「もちろん解っています。しかし、あなたは少し勘違いしていますね。ミサカたちにも配当はありますよ、とミサカは訂正を求めます」

『……頭おかしいんじゃねえのか? 気が狂ってる』

「それにもしお前が勝ったところで、その後で万が一アイツが思い出したら。あるいは知ったら。
 どちらにも利益のない最悪の結果になるだけだ」
                                .. .. .. ... . ..
「そうならないようにして下さい。それでも駄目ならまた同じことをして下さい、とミサカはあなたたちに依頼します」

「……ホント、お前らは狂ってるよ」

「ええ、自分でもそう思います、とミサカはあなたの言葉を肯定します」

垣根は、理解を諦めたとでも言うようにやれやれと首を左右に振った。
御坂妹は、最後まで表情を変えなかった。

 

 

―――――



白い病室の中、暖かな日差しに包まれている一方通行は、本を手にしたままうとうととしていた。
その分厚くて重い本が、力の入っていない手のひらから今にも滑り落ちてしまいそうだ。
しかし絶妙なバランスで以てなんとか一方通行の手に収まっていたその本は、不意の衝撃によって呆気なくその手から零れ落ちた。

「やっほーう。元気してる? ……って、あれ?」

「ふ、くァ……、御坂か。珍しく早かったな」

「ごめんごめん、寝てたの邪魔しちゃったわね」

あくびの所為で出てきた涙を拭いながら、一方通行は床に落ちた本に向かって手を伸ばす。
本の様子を確認してみれば、ちょうど背表紙から落ちてくれたお陰で汚れも折り目も付かずに済んだようだ。

「いや、本読みながら居眠りしてただけだ、構わねェよ。
 ちなみに上条なら今日はタイムセールだってンでまだ来てねェぞ。アイツのことだからその内来るとは思うが」

「なっ、何で突然アイツの話が出てくるのよ。何の関係も無いじゃない」

「なンだ。自覚ナシか」

「だから、何の話?」

「いや、分からねェなら別に良い」

「はあ?」

美琴は怪訝そうな顔をしていたが、本能でこれ以上は墓穴だと悟ったのか、しつこく訊いてくることはしなかった。
そんな彼女を横目に見ながら一方通行は本を本棚に仕舞い込むと、ふと思い出したかのように口を開く。

「そォいや、いつもは知り合いの風紀委員と一緒に出歩いてるンじゃなかったのか?」

「ん、何か風紀委員の仕事が忙しいみたいでさ。邪魔するのも悪いし、退散して来たのよ」

「ふゥン。喧嘩でもしたのか?」

「へっ? い、いや、まったくそんなことは無いんだけど。……何か顔に出てる?」

「なンとなく。嫌なことがあったのか? って程度だな」

「そ、そっか。私ってそんなに分かり易いのかしら……。アイツも意外と見抜いて来るのよね。
 まあ、ほんとに大したことじゃないんだけどさ」

そこまで言って、しかし美琴はもごもごと言い淀む。
一方通行はベッドのそばに置かれた椅子を座りやすい位置まで引きずり出すと、美琴に座るように促した。

「まァ、言いたくねェなら無理に言わなくても良いンじゃねェの。相談されたところで、俺もそォいうの苦手だしな」

「あー、うん。それは何となく分かってるから良いんだけど。ま、愚痴だとでも思って聞いてちょうだい」

美琴は勧められた椅子に座りながら、わざと明るい調子でそういった。
やっぱり分かり易い奴だなと思いながら、一方通行は彼女の言葉を黙って待つ。

「ほら、アンタたちは忘れてるかも知れないけど、私って超能力者でしょ? だからなのか、結構敬遠されちゃうのよね。
 尊敬だか畏怖だか知らないけど、とにかく近寄りがたいみたいでさ。
 私はレベルなんか全然気にしてないんだけど、あっちはそうも行かないみたい」

「嫉妬か?」

「いや、幸いそういうのは無いんだけど。みんなすごく良い子だし。ただ、普通の友達として扱って貰えないと言うか何と言うか……。
 何て言うのかな。アンタの言う通りに虐めとかなら、お互いの悪い所を治すっていうふうに一応改善の余地があるんだけど、
 私の場合は誰も何も悪くないから何処にも改善の余地がないのよね。
 話し合って理解して貰えれば良いんだけど、大抵の場合は相手が遠慮しちゃったり萎縮しちゃったりしてまともに会話が成立しないし。

 今まではそれでも何とかしようって思って結構頑張って来たんだけど、いい加減そろそろ諦めようかなあって。
 それに、もう私には黒子たちもアンタたちも居るし、そこまで必死になる必要を感じなくなってきたしね」

美琴は一気にそこまで言い切ると、はあっと大きく息をついた。
彼女は何も言わない一方通行の方に向き直ると、気まずそうな笑顔を浮かべる。

「アハハ、ごめん。こんなこと言われても困るだけよね。気にしないで」

「いや。愚痴れば少しは気が楽になンだろ。俺じゃ何も出来ねェが、聞くぐらいならいつでもやってやる。
 ちょうど良い暇潰しにもなるだろォしな」

「暇潰しって、アンタねえ……。人がわりと真剣に悩んでるってのに」

「俺に真っ当な反応を求めるのがそもそもの間違いなンだよ。助言が欲しいなら上条に言え」

一方通行がさらりと言った一言に、美琴はしかし過剰反応して顔を真っ赤にしてしまう。
こういうところが分かりやすいんだ、と思いながら一方通行は溜息をついた。

「でっ、出来るわけないでしょ! って言うか、この話絶対アイツにはしないでよ!?」

「ハイハイ、分かってるっつゥの。その辺はオマエが自分で何とかしろ」

「まったくもう……。本当に分かってるんでしょうね?」

かなり真剣にそう言っているのだが、一方通行は適当にあしらうだけだ。
と言っても、なんだかんだ言って彼は美琴の不利益になるようなことをしたことは無いので、一応は信用できるのだが。

「あ、そうだ。話は変わるけど、アンタはクローンってどう思う?」

「ごほっ」

水差しから注いだ水を飲んでいるところに来たあんまりな不意打ちに、一方通行は思わず咽る。
気管に水が入ってしまって苦しんでいると、美琴が呆れながらも背中を擦ってくれた。

「何よ、そんなに驚くことないじゃない。アンタたちが最初に振ってきた話題でしょーが」

「いや、それはそォだが……。
 クローンに対する答えがアレだっただけに、オマエはあまり好きじゃなさそォな話題だったからな。少し意外だっただけだ」

「あー、あれね。まあ確かにそうかも。でもあれから急にクローンの噂をよく聞くようになってさ。
 ちょっと前までは常盤台の一部でしか聞かなかった噂だったのに、
 いつの間にか街中のあちこちでクローンの噂がされるようになったから、ちょっと気になっちゃってね」

「そ、そォか。で、何だ?」

表情はいつも通りのポーカーフェイスだが、内心は何か良からぬことが起こってしまったのではないかと気が気ではない。
それにしても御坂妹め、少し行動が早すぎやしないか、と一方通行は心中で毒づいた。

「うん。こないだ私はクローンについてあれこれ言ったけどさ、アンタたちがどう考えてるのかは聞かなかったなーって思って。
 で、どう思ってるのか聞いてみようかと」

「……クローン、なァ。俺は記憶がねェから、ある日突然実は双子の弟が居ました、って教えられたのとそォ変わらねェな」

「あー、なるほど。そんな感じなら、今のアンタにとっては充分ありうる可能性なのか」

「でも、オマエは生まれてから今までずっと双子なンか居なかったンだろ? その辺が俺とオマエの感覚の違いになるだろォな」

「けど、クローンって遺伝子的には完全に同一人物なのよ? ちょっと気味が悪くない?」

「その辺は、それぞれの考え方の違いなンだろォな。
 俺はまだそっち方面の学問には詳しくねェから突っ込ンだことは言えねェけど、一卵性双生児とそンなに変わらねェと思うぞ。
 それに遺伝子的に同一人物ってだけだから、環境や生活習慣が変われば体格や性格だってだいぶ変わってくるしな」

「ふむ……。まあ、確かにその通りかも。黒子もなんかコピーロボットみたいに考えてるみたいだったしなー。
 それにしても、双子の妹、ねえ」

……これは、意外と好感触だろうか。
一応、作戦についての打ち合わせは最後までしてある。それに、御坂妹はほぼ準備完了したのであとは仕上げだけと言っていた。
予定よりだいぶ早いが、御坂妹にしても一方通行にしても、時期は早いに越したことはない。
一方通行は決断を下した。

「……そォ言えば、よ。俺も最近、オマエのクローンについて変な噂を聞いた」

「え? どんなの?」

「樋口製薬・第七薬学研究センターにオマエそっくりの奴が入って行ったのを見た奴が居て、
 それがオマエのクローンなンじゃねェかって噂されてるンだと。それともオマエ、なンか心当たりあるか?」

「……いや。そんな施設、行ったことどころか聞いたこともないわ」

途端、美琴の声が低くなった。
ああこれは絶対何か企んでると思いながらも、一方通行はわざとなんでもない風に言葉を続ける。

「つっても、ただの噂だからな。樋口製薬・第七薬学研究センターっつったらまだ普通に稼動してる施設だ、
 対立してる研究所かなンかが営業妨害の為にそォいう変な噂を流してるって可能性もある。調べに行くにしても無謀だしな」

「……ま、それもそうね。もうちょっと何か調べようがあれば良いんだけどねー」

言いながら、美琴は椅子の足元に立て掛けていた鞄を拾い上げた。
表面上気にしていない風を装っているが、これは明らかに今すぐ調べに行こうとしている。

「もォ帰るのか?」

「うん。たまには門限に余裕を持って帰らないと寮監に目を付けられちゃうしね。また明日来るから」

「そォか。上条にも言っとく」

「だーかーら、何で突然アイツの名前が出てくるのよ、もう。それじゃあね」

それだけ言うと、美琴はひらひらと手を振りながら病室を出て行ってしまう。
一方通行はそれを見送り、閉じられた扉を眺めながらぼそりと呟いた。

「……ホント、上手くいくのかねェ」

                                                              つづく

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