猫柳田「ここが学園都市ですか!」


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───

猫柳田「いやぁ~、すごいなぁ、本当に最先端の科学がギッシリって感じですね!」

 そう言って目を輝かせる愛吉に、木山春生は思わず目を細めて
 くっくっと笑息をこぼした。

 その様子に不思議そうな顔をする愛吉に、
 春生は手を振りながら何でも無い、と伝える。

木山「いや、失礼したね」

 特に悪びれる様子も無く、しかし子を見る母親のような眼差しを向けながら
 春生は言葉を続ける。

木山「君みたいな、綺麗な眼をした研究員を見るのは久しぶりでね」

 いや、もしかしたら初めてかもしれないがな、と内心考えながら、
 その新入り研究員と目を合わす。

 当の愛吉はキョトンとしながら春生を見つめ返している。

猫柳田「キレイなメ、ですか?」

 どうも意味を汲み取れていない様子で愛吉が首を捻る。

木山「ああ」

 その無邪気な仕草に微かに口元を緩める春生。
 元々子供好きな彼女にとって、愛吉の子供っぽい素振りと澄んだ瞳は
 親しみを持てるものだった。
 
 そんな同僚の男性陣からは羨ましがられるであろう好意を向けられていることも知らず、
 愛吉は相変わらず春生から言われた綺麗な眼、の意味を考えあぐねている。

猫柳田「角膜に異常が見られない、という意味ならば
     充血や炎症が起こっておらず健康体であるというアドバイス……」

木山「は?」

 目を落とし、何やらぶつぶつと唱え始めた愛吉に春生は少々面喰った。

猫柳田「コラーゲンを主とする結合組織が規則正しく配列することで
     角膜が透明性を維持しているという点を考慮すれば……」

 珍しく若干困惑を見せている春生の様子に気づく様子も無く、
 愛吉の考察とつぶやきは止む気配は無い。

 春生は一瞬で理解した。
 なるほど、学園都市にゲスト研究員として呼ばれるだけはある。

 彼もまた、変人だ。
木山「…………」

 まあ、いいか。

 やはり変人の域に入る天才科学者・春生は
 隣で相変わらずぶつぶつとやっている新入り研究員の性状を一言で片付ける。

 そして

木山「ほら、着いたぞ」

 歩みを進めていた春生の足が、頑丈そうな扉の前で止まった。

猫柳田「ん……ここは?」

 一般人ならばたじろいでしまいそうな扉は、その面(おもて)に
 幾多の赤外線・軟X線カメラや探知機、指紋・声紋・静脈配列認証システムなど
 ものものしい装備とセキュリティを身に纏った、頑強な番人然としている。

 しかし愛吉はそれにすら目を輝かせて感動に震えた声を漏らす。
猫柳田「す、凄い……!」

 一つ一つの装置に食い入るような視線を向けながら、
 誰にという訳でも無い感想を述べ続ける。

猫柳田「これが噂に聞くSHA512、RSA4096を採用した最新暗号システムかぁ! お、こっちは……」

 ふんふんと鼻息を荒くしながら熱っぽく説き続ける愛吉は
 新たな玩具を与えられた幼児そのものであった。
 春生のことなどまるで目に入らない、という様子で
 扉のあちこちに目を奪われてはぶつぶつと分析を漏らしている。

 放っておくと日が暮れるまで扉の前に齧り付いていそうだ、
 と冷静に判断した春生は軽く咳払いをすると、

木山「あー、猫柳田君」

猫柳田「こ、これは……はっ?」

 今度は新式・指静脈認証システムに魅入られていた愛吉が我に返る。
 振り返ると、何ともアンニュイな顔をした春生が腕組みをして立っていた。

猫柳田「あ、いや、これは、失礼……」

 何度か反省した記憶のある己の失態にポリポリと頭を掻いて謝る。
 もっとも、今回の反省も後に生かされる可能性は低い。
木山「さて……ここが」

 そう言って春生が認証システムの一部に手を触れると、小さな電子音がして扉の種々の装置が起動する。
 そして青いレーザーが春生の体を上から下まで走り、番人は一瞬で人間を侵入者か主か判断する。

 入れるべき者、と判断が下された。
 すー、と滑らかな音を立てながら重厚な扉が横へスライドし、巨大な入口を現した。

木山「ここが」

 改めて春生が示す。
 彼の、新たな『仕事場』を。

猫柳田「うわあぁ」

 思わず感嘆の声が出た。

 ほとんどの空間を犇(ひし)めく大規模コンピューター群に、天井を、壁を縦横無尽に這う回線ケーブル。
 時折スパークの様な光を発するガラスケース、様々な突起を持った見た事の無い機械装置。

 最先端科学の詰め合わせ。

 そんな喉から手が出る程欲しかった中元を自分が手にすることが出来るとは。

猫柳田(幸福だーっ!)

 回線が埋め尽くす天井を仰ぎ、ガッツポーズをしてはしゃぐ愛吉に

 つられて春生も微笑んだ。

 

───

 

 

───

 ここは、学園都市のとある研究室。
 総合能力発達形成研究部(Synthetic Ability Formation Laboratory)
  ──通称SF研と呼ばれるその部屋で、何やら二つの影がせわしなく動いていた。

木山「この箱はここで良いかな」

 その研究室の主、春生がダンボール箱を抱えながら尋ねる。

猫柳田「ああ、どうも、そこにお願いします」

 と、そこへ同じくダンボール箱を抱えながらよたよたと頼りない足取りで研究室に入って来た男が答える。
 よれた白衣の袖から覗く腕は、あまり青年らしからぬ色白さに浸みている。

猫柳田「はぁ、これで最後です」

 そう言いながらどさりと箱を自分の机に置き、
 ああくたびれたと言わんばかりに盛大に息を吐く。
 そして手近な椅子を寄せて腰掛けると、ぐったりと体を預けた。

木山「何だ、情けないな」

 さほど多くは無い引っ越し荷物を運んだだけで息を切らしている愛吉を見遣りながら、
 春生が淡白な声を掛ける。

猫柳田「いや、申し訳ありません……昔から力仕事は苦手で」
 
 微かに頬を赤らめながらぽりぽりと頭を掻く愛吉。
 その仕草につられて春生の表情も和らぐ。
木山「大丈夫かな、ここでの研究は少しばかりハードだぞ」

 腕を組みながら教師のように諭す春生。口元は笑っているのだが。

 その言葉に少しかしこまりながらも、愛吉は胸を張って元気に返す。

猫柳田「大丈夫です。 実験のためなら何日だって徹夜出来ますから!」

 その真剣な目と自信に満ちた表情。
 そこにふざけている様子は微塵も無い。
 その余りに堂々とした言い方と、方やズレた台詞の内容に春生は呆気に取られた。

木山「は……」 
 
 大真面目な顔をした愛吉をしげしげと眺め、
 そしてついに堪え切れずに吹き出してしまう。

木山「あはっ……くっくく……」

 年中目の下に隈を作り見せる顔はほとんど仏頂面、という"変人"木山春生が声を上げて笑う、という
 同僚達からすれば余りに貴重といえる光景。
 その価値を未だ知らない愛吉は、突如くつくつと笑い声を上げた上司に目を丸くするしかない。

猫柳田「木山先生……?」

 キョトンとした顔を向ける愛吉に、春生が軽く咳払いを一つしてようやく相好を整える。

木山「いや、失礼したね」

 そう言って癖のある髪を軽く撫でつけながら、改めて新入りの"部下"をしげしげと眺めた。

 肩まで伸びた髪は色素に薄く、そして細身の体。
 顔かたちはそれなりに青年のものだが、所々に少年の風情を残している。
 よれた白衣に、これまた垢抜けない『長ズボン』。そして足元には古びた下駄履きという風采だ。

 それにさっきの御立派な"徹夜実験大好き宣言"。

木山(どうやら根っからの"科学人間"、もとい"科学バカ"と呼ばれる変人の類らしいな……)

 自分のことは棚に上げてフムと納得しながら春生が頷く。
 
 一方で、愛吉は先程からそわそわと落ち着かない様子だ。
 まあ、目の前の上司が突然笑い出したりじっと見つめてきたりするものだから、当然といえば当然なのだが。

 その様子に気付いた春生が「ああ」、と手を振って応えた。
木山「いや、君はここの研究に向いているよ」

 彼女にしては珍しく他人を気遣ったフォローを見せる。
 実際、その言葉に偽りは無かった。

 学園都市における研究の中核分野とも言える、『能力開発』部門。
 その開発研究を総合的に分析・包括して上に報告するのがこのSF研の役割だ。
 他の研究室からひっきりなしに送られて来るデータや情報を相手にするため、
 徹夜仕事になることは珍しくない。
 もっとも、それは研究室の主たる春生のクマが如実に物語っているのだが。

 しかし春生の言葉を額面通りに受け取った愛吉は一瞬で表情を輝かせ、
 目には感激と興奮の光が爛々と宿った。

猫柳田「はいっ!」

 密かに春生は安堵していた。
 どうやら、彼は割と"面倒臭く無い"人種のようだ、と。
 業界では不世出の天才と称される彼女も、苦手な物はある。
 ムカデ、人参に並んで天敵に位置する物。

 それは人付き合いという奴だ。

木山(ま、この純朴そうな青年なら割と上手くやって行けそうだ)

 春生が胸を撫で下ろそうとしたとき、
 思い出したように愛吉が口を開いた。

猫柳田「あ、木山先生 ところで……」

木山「ん?」

猫柳田「ここって、何の研究をしてるんですか?」

 ふと走る頭痛。
 慢性的な寝不足によるものか、今耳に飛び込んで来た台詞のせいなのか、
 目頭を押さえてうなだれる春生には判断が付かなかった。
 
 普通、内容を把握してから研究室入りしないかとか
 お前は学園都市ってどんなとこか知ってるのかとか
 このご時世に下駄ってどうなんだとか
 そういったツッコミは一切合財置いといて

木山(上手くやって行ける……?)

 前言を撤回することだけは心に決めた。

───

───

木山「ま、片付けも済んだことだし……」

 ぽんぽんと手をはたくと、春生はうーんと腰を伸ばした。

木山「早速、始めるか」

 そう言って愛吉の方を振り向き、口元を悪戯っぽく歪めた。

猫柳田「始める?」

 愛吉が顎に手を当てて首をかしげる。

木山「ああ、君は……そうだな」

 今度は春生が軽く考え込む番だった。
 先程の、愛吉の口から飛び出した質問。
 どうもこの男は学園都市が何を追求しているのかもよく把握していないようだ……。
 こほん、と咳払いを一つして、春生はゆっくりとした口調で語り出した。

木山「学園都市はその名の通り、教育研究に特化した独立都市だ。 ……このぐらいは知っていると思うが」

 春生が若干不安、もとい呆れ気味の表情で一応確認を取る。

猫柳田「はい。 まあ、風の噂で……」

 念を押された青年は少々申し訳なさそうな顔でぽりぽりと頭を掻く。
 のっけから上司の迷惑源になりつつある。
 いくら朴念仁の愛吉でも、それぐらいは薄々感じ取っていた。
 
木山「風の噂で、って……担当者から話は聞いてないのか?」

 クマの出来た目を驚いたように開きながら、春生は思わず一歩詰め寄った。
 外部から研究員を招くに当たって、学園都市から担当者を派遣して当人と綿密な話し合いが行われたはずだ。
 その際『学園都市で行われている事』の説明をし、そして口止めの契約を結ぶはずなのだが……。
 そんな春生とは目を合わさずに、愛吉は恥ずかしそうに続ける。

猫柳田「実は……学園都市に行けるって聞いたときから、全然周りの声が耳に入らなくて……」

 科学者としての性、というには余りにも度の過ぎた悪癖である。
 が、サイエンスジャンキーの愛吉にしてみれば、
 世間から数十年先の"最"最先端科学を有する学園都市からお呼びが掛かった、それだけで天にも昇る心地だったのであろう。

一方の木山は呆気に取られて話を聞いていた。
 はあ、なるほど。割と"マッド"な輩が多い学園都市でも稀に見る"科学狂"ぶりだな。
 変人科学者と周囲から称されている己のことは棚に上げて、春生はそんな感想を唱えた。

木山「はあ、まあいい。 続けるぞ」

 いよいよ本題である。

木山「それで、学園都市は主に子供たちを対象に、『記憶術』や『計算力』の向上を趣旨とした教育を行っている……」

 はい、と愛吉が頷く。

木山「が、それは名目上だ」

猫柳田「名目?」

 思わずごくりと唾を飲み込んで聞き返す。

木山「本当の研究開発の目的、それは」

 一旦言葉を切り、春生は真剣な眼を愛吉に向ける。

木山「超能力だ」

 強く言い切った春生の目線の先には、同じく真っ直ぐ見返す青年科学者。
 その口を真一文字に結び、一言も発そうとしない。

 ふいに研究室に訪れる沈黙。
 たっぷりと静寂に沈んだ部屋で向き合う二人はどちらも口を開こうとしない。
 コンピューターのファンの微かな音が随分耳障りであった。

 「は」、という声を先に漏らしたのは、愛吉であった。
 声というより吐息に近かったそれは何のニュアンスも含まない透明な音で、
 当の愛吉も何の思慮も浮かばない、といった風の表情を浮かべている。

 要は、訳が分からないのだ。

猫柳田「超……能力?」

 復唱するしかない。
 言葉は通じるが、文章が通じない。

 本来の研究の目的は、超能力。
 つまり。

木山「あー、つまりだ。 私達の研究目的は人にESP能力を"開花"させること、だ」

 少々面倒臭そうに話してはいるが、愛吉の内心は良く良く理解できた。
 "外部"の人間にそう簡単に学園都市の科学を呑み込めるとは思っていなかった。

 例えば50年前の科学者が、今女子高生の手の平に転がっている情報端末を見たら?

木山(……さしずめ"魔法の箱"だろうな)

 その魔法をこの男に納得させなければ今後の己の立場が少し揺らいでしまう。
 何故かといえば、この青年は多少『肝入り』で呼ばれた人間なのだ。

木山(……上からの命令というのは、本当に不毛なものだ)

 『学園都市の閉鎖性を問題視する声を潰すため、外部から研究者を招き、友好的に接した後、速やかに帰せ』

 簡潔過ぎる任務内容だ。
 要はヨソの研究者を招いていますよ、という体裁だけは整えて、それで情報開示の責務を果たしているポーズを取ろうという魂胆だ。
 実績を残すには未だ若く、また何某かの派閥に属さず、身内もいない、という『何があった時』に好都合な愛吉が選ばれたのも、そういう心づもりがあったのだろう。

 が、しかし春生としては、そんな上の思惑などどうでも良かった。
 むしろ自身の職場に"助手"が加わるということに仄かな期待を抱いていた。

 今の学園都市の空気は澱んでいる。というのが春生の見解である。
 研究者の体質、そして学生── 開発を受ける子供達を支配する制度、諸々の原因はあれど、それらが捩れ合ってどす黒い雲を学園中に振りまいている。
 だからといって、『よし、学園都市を改革しよう』など言い出さない程度には分を弁えているつもりだ。

木山(……だから少しでも、な)

 時々息が詰まりそうになる、己の職場。
 そこに新鮮な風を吹き入れようと思い、春生はゲスト研究員の招待先を志願した。
 他の研究者が『外の"原始人"のお守なんか御免だ』と口を揃えていたこともあり、春生の要望はスムーズに聞き入れられた。

 愛吉を迎え入れてから春生は内心愚痴り続けているように見えるも、その実全く後悔はしていなかった。
 学園都市の研究者にありがちな、最先端科学を"操る"ことに酔った驕りと傲慢。
 それらが蔓延する中に身を置き、そして時折染まりそうになる自分。
 この若者と話していると、そんな"科学への慢心"が洗われるようだった。
 愛吉の、科学への敬愛と、清々しいまでの傾倒。
 そう、何よりやって来た新入り──愛吉が、真っ直ぐな目をした青年であったことは、春生にとって嬉しい誤算だったのだ。
 目の前に思考を戻すと、やはりその澄んだ瞳を右往左往させている愛吉がいた。

猫柳田「ええっと、超能力、と言いますと……」

 愛吉は相変わらず、どうにも呑み込めないといった様子で情けなそうな顔をしている。

 その様子に春生は若干意地悪そうな笑みを浮かべながら、畳み掛けるように言葉を重ねる。

木山「ああ、透視能力〈クレアボイアンス〉、念動力〈テレキネス〉、空間移動〈テレポート〉といった……」

 つらつらと馴染みのある能力名を告げると、
 ま、待って下さい、と愛吉が慌てて止めに入った。

猫柳田「いわゆる、その、チョーノーリョクって奴ですか、あの」

 言ってることは無茶苦茶だが、言いたいことは良く分かる。

木山「そうだ。そのちょーのーりょくだ」

 木山は出来の悪い生徒に諭すように指を立てて説き聞かせる。
 何だか心の奥がくすぐったい。

木山「今から君が研究するものだよ」

 そう言い切って見せた。

猫柳田「うーん……」

 とうとう考え込んでしまった。
 まあ無理もないだろう。
 "科学"の世界に来て、いきなり"超能力"だ。

 しかし、おいおい認めざるを得ないことになるだろう。
 ソレを目の前にすれば。

 だからそれれまでは少しずつ教育していくことにしよう。
木山「ま、そこでだ」

 考えに耽っている愛吉の肩に手を置き、春生はにやりと口を綻ばせながら
 顎でテーブルの上の装置を指した。

 何やらヘッドギアのような、"外"で言えば脳波測定器のようだ。
 大量の電極の付いたヘルメットから、これまた何十本というカラフルなコードがコンピューターへと伸びている。

猫柳田「え?」

 やはり状況を飲み込めないでいる愛吉を落ち着かせながら椅子に座らせ、
 装置を手に取り、彼の頭へ持っていく。

木山「最初に言ったろう、『始めよう』と」

猫柳田「は、はあ……何を始めるんです?」

木山「何って……」

 しっかりとヘッドギアを被せて、よしよしと頷く春生。

木山「君のちょーのーりょく開発だよ」

 はい?と愛吉が振り向くより先に、春生の指がパチンと装置のスイッチを入れた。

猫柳田「!?……ふぐっ!?」

 何やら耳鳴りのような音が響いたかと思うと、目の前でスパークが弾けた。
 頭の奥を掻き混ぜられるような、強烈な脳内刺激の連打。

木山「大丈夫だ、すぐ済む。 これで君の脳の傾向を探るんだ。」

 何処か楽しげな様子で春生が淡々と説明する。

木山「君はどんな能力を持っているのか、とかね」

 まあ今回は開発というより測定だよ、と呑気な声を掛ける春生。
 当の愛吉は奥歯をがたがた鳴らしながら、目を見開いて声にならない叫びを発していた。

猫柳田「あがっ……がが……こん、こんな……!」

猫柳田「人間の脳は……もっとふく、複雑でずぅ……!こんな装置で、で、傾向が探れる程っ……単純な作りでは……あぁあ!」

 息も絶え絶えと言った調子で必死で主張する愛吉だが、
 一方の春生は構わずコンピューターの画面を見つめている。

猫柳田「少なくとも……おおっ、この装置で、超能力なるものは……ぁあっ、測定は、でき、ませんっ!!」

 そこまで言った途端、愛吉は糸の切れたようにがくりとうなだれた。
 己の見解を主張するために必死で脳測定に抵抗した根性は、やはり科学者としてのプライドの成せる業だったのだろうか。
 死力を尽くして闘った戦士のように、ぐったりと椅子に体を預けている。

木山「お、結果が出たみたいだぞ」

 我関せずと言った調子で画面を覗きこむ春生。
 そこに表示された結果を淡々と読み上げる。

木山「えー、結果は『測定値不足。測定不可。測定レベル──0』」

 顔を上げると、愛吉がひいひいと息を洩らしながら目だけこちらに向けている。

木山「だ、そうだ 残念だったね 君はちょーのーちょく者にはなれないそうだ」

 微かに憐みの込められた目線を受けながら、呼吸もままならないほど満身創痍の愛吉だが何とか言葉を絞り出す。

猫柳田「超能力、なん、て……」

 科学者としての意地を掛けて、これだけは、これだけは言わなくては。

猫柳田「非科が……」

 そこで愛吉の意識は途絶えた。
 
 酸素欠乏症〈Anoxia〉:人体が酸素の濃度18%未満である環境におかれた場合に生ずる症状。
               酸素の不足に対して、最も敏感に反応を示すのは、脳の大脳皮質であり、機能低下からはじまり、機能喪失、
               脳の細胞の破壊につながり、非常に危険である。
               ちなみに脳の酸素消費量は、全身の約25%に及ぶ。

 
木山(最後の最後に、正に脳のデリケートさを己の身体で証明するとは……)

 科学者としてはレベル5だな、と結論付けながら
 落ち着いた足取りで酸素ボンベを取りに行く春生であった。

───
───

 学園都市、その名の通り様々な学び舎がひしめくこの街の

 多くの多くの学校の中の

 取り立てることも無い、とある中学の

 特に何でも無いの屋上に

 平平凡凡な少女がいた。

佐天「はぁーっ……」

 盛大な溜め息を吐きだすと、大きく大きく伸びをした。
 周りに誰もいないのだ、気兼ねすることもあるまい。

佐天「さて……」

 少女はそうつぶやくと、手近な土台を見つけて腰掛ける。
 そしていそいそとコンビニの袋を引き寄せると、中に手を突っ込んでごそごそと始めた。

佐天「えーっと、今日は、と」

 周りに誰もいないため完全に独り言だが、そんなことは気にせず佐天涙子は勢いよく一つ目のパンを取り出す。

佐天「よーし、まずはサンドイッチだぁー!」

 取り出したるは少し形の崩れた野菜サンド。登校中に調子に乗って振り回したのが原因らしい。
 そんなことは気にせず食欲の向くままに、わきわきとしながらビニールを剥いでいく。
 何とも微笑ましい、昼下がりの食事風景である。

 と、そのときガチャリとドアを開ける音が耳に入った。

 指を止め、思わず身を固くする涙子。
 急いで音の方を振り向くと、ドアがほんの少し開きつつある所であった。
 ……誰かが屋上へやって来たようだ。

 錆付いた音をきしませながら、徐々にドアが開かれる。
 涙子は思わずごくりと喉を鳴らし、ドアから目を離さず押し黙っている。
 その顔は異常なほど緊張に満ち、先程の和やかさは消し飛んでいた。
 ドアの隙間から、おずおずと顔を覗かせた者がいた。

「佐天……さん?」

 ひょこりと顔を出したのは、頭に目立つ花飾りを乗せた、くりくりとした目をした女の子であった。

佐天「……初春?」

初春「あ、ここにいたんですね。 その……」
 
 初春、と呼ばれた少女は不安そうな顔をうつむき加減に、ためらいがちに涙子に歩み寄る。

初春「えっと……一緒に、おひるごはん、食べたいなぁって……」

 えへ、と眉の垂れた情けない笑顔を見せながら、少女が切り出す。
 少女の名は初春飾利。
 親友の涙子を探して、わざわざ屋上までやって来たのだ。

 しかし涙子はそんな飾利の方をちらりとも見ようとはしない。
 そして顔を背けたまま、絞り出すような声で言い放った。

佐天「帰って」

初春「佐天さん……でも……」

 なおも食い下がろうとする初春だが、涙子は目を合わそうともしない。

佐天「帰って。 二度とあたしに近付かないで」

 はっきりと、宣告した。

 その言葉は絶大だったようだ。
 飾利の顔がくしゃりと歪み、今にも泣き出しそうになる。
 一方の涙子は目を伏せたまま、苛立たしげに一息吐いた。

 震える唇で何か言い掛けた飾利だが、先に口を開いたのは涙子だった。

佐天「でないと」

 涙子が顔を上げる。
 飾利の網膜に飛び込んできたのは、何かに堪えるように唇を結んだ涙子の表情(カオ)だった。

佐天「あんたも」

 一陣の風が、二人の間を走り抜けた。
 もう二度と戻らない、何かを剥ぎ取りながら。

───

───

 のどかな昼下がり。
 今日は少し風が強いようで、時折ひゅうひゅうと音を立てて吹き渡っている。

 そう、本来ならこの屋上は涼やかで気持ちの良い場所であったはずである。
 しかし今は張り詰めた空気に包まれており、居心地の悪い空間以外の何ものでもない。

 涙子と飾利は、どちらも押し黙ったまま動こうとはせず、
 刻々と時間だけが流れて行く。

 二人とも目を合わそうともしない。
 涙子は辛そうに唇を噛みしめ、飾利は泣きそうな顔でうつむくばかりだ。

 どうにもしびれを切らした飾利が口を開こうとしたそのとき、
 出し抜けに、派手な音を立てて鉄扉が開いた。

 突然の事に心臓が口から飛び出しそうになる。
 二人が慌てて扉の方へ振り向くと、

瑛「あ、いたいたぁ~」

 少し派手な化粧を施した女子── 同級生の瑛(えい)が立っていた。

瑛「佐天~、何こんなとこでタソガレてんのぉ~?」

 そう言って近付いてきた瑛の後ろから、新たに二人の女子が顔を出す。
 先に入って来たのはやや小柄な、美(よし)という少女。
 多少幼さの残る見た目だが、やはり瑛と同様にけばけばしいメイクが目立つ。

美「ウチラのパシリがぁ~こんなとこでサボってちゃダメじゃん?」

 にやりと意地悪い笑みを浮かべながら言う。
佐天「……っ」

 涙子が軽く舌打ちをする。
 一方飾利は、何が起こっているのか分からずおろおろとするばかりだ。
 最後に入って来たのは、ややふくよかな体格をした椎(しい)という生徒。
 決して可愛いとは言えない三人の中でも、最も目立つ存在である。
 そして入って来るなり素っ頓狂な声をあげた。

椎「って、あれぇ~? 初春さんじゃん!」

 その言葉に、思わずびくりと体を固くする飾利。
 椎は構わず大声で話しかけてくる。

椎「何、あんたも佐天パシらせてんの?」

 下品に笑いながらそう言い放つ椎に、飾利は泣きそうな顔を堪えて言い返す。

初春「わ、私はそんなんじゃ……!」 

佐天「初春」

 それを遮ったのは涙子だった。
 睨みつけるような眼を三人に向けて、有無を言わせぬ口調で飾利を制した。
 
 「でも……」と言い掛けて、初春は言葉を飲み込んだ。
佐天「さぁ~て、初春さんに頼まれたもん買ってきますかぁ」

 わざと大きな声でそう言うと、涙子は真っ直ぐ扉へ向かった。

瑛「おい」

 それを、瑛の低い声が呼び止める。

美「ウチらのは?」

 相変わらずにやにやとした表情で、美が言葉を重ねた。

椎「あたしぃ、焼きそばパンとぉ~」

 下卑た笑いを浮かべながら、からかうように涙子に声を浴びせる椎。

佐天「………」

 涙子は目を落としたまま、黙ってそれを聞くしか無かった。

───

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