上条「學園都市……か」 > 第四話 親不幸


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────

 

──

 



 結論から言えば、刀夜は助かった。
 あれだけの凄まじい事故に合って全身の骨折程度(それでもなお重症ではあるが)で済んだのは
 奇跡と言っても良いだろう。

 刀夜は山ふもとの街にある病院に入院することになった。
 今は丁度、詩菜が見舞いに行っている頃合いだ。
 そんなことを考えて、当麻はごろりと寝返りを打った。
 ここは当麻の我が家。
 その居間──といっても、元々一間しかないささやかな家なのだが、
 そのど真ん中に大の字に転がっている。
 穴の目立つ天井をぼんやり眺めていると、先日の事々が沸々と思い出された。

 崩れた神輿から引き摺り出される父。
 その姿に精気は無い。だらりと垂れた腕に血がしたたる。
 茫然と佇む当麻そばを、担架に乗せられた刀夜が行き過ぎる。
 虫の息の父親を、情けない顔で見守ることしか出来なかった。
 出来なかった。

上条「ああクソ」

 誰に向けてか、自分か、神仏にか、

上条「ああ」

 やり場の無い惰念が溜め息混じりの声に成る。
 鳴いているのか、呼んでいるのか。

上条「嗚呼」

 三度目の呻き声を上げて又ごろりと寝返った時

「失礼」

 余韻も何もかもぶった切ったのは、家の入口からやけに良く通る男の声。
 しかし……その声に全く聞き覚えは無い。
 そもそもこの村に『失礼』なんて畏まった口上を掛ける奴なんかいない。
 ということは、いわゆる『余所者』な訳で。
 そういった手合いがわざわざやって来るというのは、正直芳しく無い。

「失礼、誰かいるかな」

 嗚呼、神様仏様、これ以上の不幸は……。
 瓦礫に押し潰される刀夜の姿が脳裏に浮かぶ。
 
 これ以上の不幸は、勘弁願いたいもんだね。

上条「どちら様ですか」

 努めて落ち着いた声を出す。
 突然の訪問者たるのは相手なのだから、本来はそんな不埒な奴に対して畏まる義理など無い。
 しかし如何せん相手が慇懃な文句で登場して来たのだから性質が悪い。
 当麻も慣れない丁寧語で応対する。

上条「何かご用でしょうか」

「ああ、良かった 人がいた」

 独り言"ぶった"台詞を吐くと、声の主は入口からぬっと顔を覗かせた。

上条「……」

 成程、やはり知らない顔だ、と当麻は思った。
 まず目を引くのは、この辺りでは珍しく眼鏡を掛けているという所だ。
 当麻の思う所では医者か學者ぐらいしかそんな代物は縁が無いはずだが。
 また、頭にはすっぽりと御釜帽を被り、端からざんばらの髪が覗いている。

 そして少し俯き気味の、陰の入った表情……更に鷹のように切れ上がった目が物語る。

 こいつぁ油断ならないぞ、と。

上条「何かご用でしょうか」

 

もう一度、尋ねる。
 先に口を開かねば怖気づいてしまいそうだった。
 男は深緑のマントを羽織っていたが、それでもそれと分かる程に体は細かった。
 しかし鋭い目の光は鈍い輝きを放っている。
 そんな風貌の男が突然「失礼」してきたのだ。
 正直、相手の返答の想像も付かない。
 精一杯睨み付けながら、当麻はごくと唾を飲み込んだ。

「ああ、君が上条当麻君、だね」

 そくり、と背中に冷やっこい物が走った。
 名前を知られている。
 まずそこに思いが至り、軽く心が粟立つ。
 しかし良く考えれば上条家をわざわざ訪問しているのだから、名前を知っているのは当然である。
 それは良い。
 それは別に良い。
 
 だが、どうしても、一つ確認しなければならないことが出来た。
 
上条「俺に用ですか」

 頼む。
 頼むから違うと言ってくれ。
 こんな気味の悪い男と関わりたくは無いんだよ。

 口にこそ出さないが、その嫌悪は目で訴えてしまったようだ。

 男は睨み付ける当麻としばし目を合わせると、突然くつくつと笑い出した。
「いや失礼」

 何が可笑しいんですか、と問おうとする当麻に先んじて、男が手を振って謝る。
 謝るくらいなら出て行ってくれと思う当麻だが、
 この「失礼男」は背筋を伸ばして向きなおると、眼鏡をちょいと押し上げて口を開いた。

「とりあえず、上がってもいいかな そんなに警戒しなくてもいい 僕は怪しい者じゃない」

上条「俺に用なんですね」

 ぬらりとした喋り口の男に対し、焦点をずらさぬよう会話を紡ぐ当麻。
 男は口端を微かにつり上げて、笑いを押し隠すように応えた。

「ああ、君に用だよ」

 そう言いながら、男は無遠慮に家に上がり込むと、当麻の前にどかりと腰を降ろして胡坐を組んだ。
 思わず呆気に取られる当麻だが、我に返るとすぐさま質問を投げつける。

上条「何の用ですか」

「勧誘だよ」

 さっきから男は淡々と答えるばかりで一向に埒が明かない。
 どうやら当麻が焦れるのを愉しんでいるようだ。
 少し苛立ちまぎれに当麻は語調を強める。

上条「何の勧誘なんですか 貴方は何者なんですか 名前はなんですか」

「おいおい一遍に聞くもんじゃないよ」

 そうおどけた様に言ってから、またくつくつと笑った。
 当麻は正座の姿勢できりと睨み付けている。

「學園都市って知ってるかい」

上条「名前くらいは……」

 學園都市、いつだか人づてに聞いたことがある。
 鎖国が破綻し、大政奉還を経て生まれ変わった新日本の黎明に
 帝都東京の近郊にでっけぇ町が出来たと。
 それは柵に囲まれ、出るも入るも厳重な関所が構える、
 生き残った……否、生まれ変わった『鎖国』であると。
 そして……

上条「學者が集まって『何か』を作ってる所、だと」

それを聞いて男は顎に手を当ててふむ、と少し難しい顔をした。

「まー、ちょっと大まか過ぎるけど……まあいいか」

 學園都市が何たるかなど、田舎で野良育ちをした当麻が知る訳は無い。
 しかし、若干話は読めて来た。

上条「おじさんはつまり、俺にその學園都市に入らないかって言うんですね」

「まあ、大体は正解だ」

 更に難しい顔をして細かく頷く男は何処か落ち着かなげだ。

「最後の質問だったか」
 
 男は向き直ると、当麻の目を覗き込むように見据えた。

「僕は介旅初矢(かいたびはつや) こうやって學園都市への"入学案内"を行ってる」

 そう言って更に当麻に詰め寄ると、本当に、本当に真剣な顔で
 これ以上無いぐらいに必死な声を絞り出した。

介旅「あと、僕は君と二個違いの拾七歳だ おじさんじゃない」

 しかし当麻は何処か虚ろな目をして考え込んでいた。
 學園都市。
 まさか、自分が。
 どうすれば。
 真剣に悩み始めた当麻には、おじさんの必死の言葉は届かなかったようだ。

 

───

 

────

「つまり……」

 ここは当麻の村がある山の麓に在る診療所……。
 ささやかな診療所だが、村の者が重い病気や怪我をした時などは良く世話になる。
 先の祭の事故に遭った刀夜は、ここ数日この医院に入院していた。
 しかしゆっくりと療養すべき立場にあって、今の刀夜は眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。

「學園都市に……入學しないか、と言われた訳か」

 ほつり、という感じで言葉を零す刀夜。
 それを傍らで黙って聞いているのはその息子、当麻。
 それっきり、お互い押し黙ってしまう。
 月明かりが射し込んだ狭い病室が、澄んだ沈黙に包まれる。

 ぎし、と刀夜のベッドが軋んだ。
 刀夜は全身に巻かれた包帯を気にしながら、ゆっくりと当麻に向き直る。
 一方の息子は目を合わすことなく、俯いたまま立っている。
 先に口を開いたのは、やはり刀夜だ。

「行くのか?」

 微かに当麻の顔が強張ったように見えた。
 少年は一つ深呼吸をする。
 口の中はからからだった。
 渇きがちな喉にごくと唾を送ると、俯いたまま、呟くように言った。

「行く」

 微かに唇が震えていた。

 再び、部屋が静寂に沈んだ。
 月はいつの間にか何処かへ隠れてしまったようだ。

 その時にようやく、父子(おやこ)は悟った。
 夜が来た、と。

 

───

 

 

刀夜は静かに目を閉じ、そして、開いた。

「母さんには言ったのか」

「いや……」

 そう言って、当麻はきまりが悪そうに目を移した。

「言ってないのか」

「だって」

 母さんには言えない、そう言い掛けて、飲み込んだ。
 行けば、同じだ。
 結局は悲しませる。

「とにかく、俺は行くよ」

 当麻は顔を上げ、そう言い放った。
 父と子の視線がかち合い、冷たい火花が散った。

「どうして行きたい?」

 刀夜の声は落ち着いていた。微かに憂いを帯びながら。
 対照的に、当麻は落ち着かなげに震えた唇を開く。

「だって、さ、こんな村、嫌だよ、田舎じゃ嫌なんだよ」

「學園都市ってさ、凄ぇんだぜ 煙吐くでっけぇ蛇が出入りしてるって」

 興奮気味に言葉を紡いでいるのは、行く先の文明に心惹かれているからではない。
 嘘を見抜かれまいと、焦っているからだ。
 
「こんな山しか無い所、もう飽き飽きしてんだよ」

 父さん。

「だから、俺、行くんだよ、學園都市にさ、へへっ、楽しみだなぁ」

 あんたが今此処にそんな格好で居るのは、俺の不幸に巻き込んじまったからだろう?
 俺が家を出て行くなんて、丁度いい厄介払いじゃないか。
 向こうで奨學金とかいう物も貰えるらしいぜ。
 父さん達も楽になるだろ?

「よーやく俺にも幸が巡って来たってことだよ! もう不幸ともおさらばだ!」

 そう、不幸ともおさらばだよ。
 父さん、母さん、今まで巻き込んで、ごめん。 

「だからもう俺は……不幸じゃない」

 一気に捲し立て、いつの間にか息が上がっていた。
 ぜえぜえと肩で息をしながら、ぐいと口を袖で拭う。
 それまで目を閉じてじっと聞いていた刀夜が、ゆっくりと目を開けた。
 そして息子の目を決然と見据えると、重々しく口を開いた。

「……不幸、か」

「そうだよ、不幸だよ だから俺は……」

「不孝だ」

 不孝。
 その言葉に、当麻は心臓を鷲掴みにされたようだった。
 恐らく、今の自分は本当に情けない顔だろうと思う。
 その表情(かお)も、父親が真正面から射るように視ている。
 当麻は父に告白したことを心底後悔した。

「それでも、行くのか」

 言わんとすることは分かる。
 入れば出れぬ隔絶都市。
 その意味は、下手すれば親と子が再び顔を合わせることは無いということだ。
 そりゃ不孝者だろう。

「………」

 母さんの悲しむ顔だって、父さんの哀しむ顔だって、これまで何度も思い浮かべた。

 そして、俺がぐしゃぐしゃに嘆き喚く泣き顔だってな。

「それでも、行く」

 そう言い切った少年の面は、もう女々しく情けない表情(かお)では無かった。
 目に光が宿り、毅然と父の顔を見返す。

「俺は、學園都市へ行く」

 親を守ろうとする子の、齢拾五の少年の、生まれて初めて攫んだ矜持だった。
「そうか」

 静かにそう呟いた刀夜は、疲れたと言わんばかりにベッドに体重を預けて仰向けに寝転がった。
 その様子に少し拍子抜けした当麻が思わず零す。

「止めないの?」

 刀夜は顔を当麻とは逆に背けてしまうと、面倒臭そうな声を出した。

「その目なら、大丈夫だよ お前は」

 そうか、と当麻は悟った。
 父さんなりに試していたんだ。
 俺が生半可な気持ちで入學しないように。

「父さん……」

「最後に一つだけ言っとく」

「え?」

「お前は本当に、不孝者だよ」

 呆れた様にそう言い放つ刀夜の顔は見えない。
 当麻はばつの悪そうに唇を舐めると、今度は強い調子で疑問を投げ掛けた。

「俺も最後に一つ、父さんに聞きたいことがある」

「何だ」

「どうして、最後まで神輿の下にいたんだよ」

 俺を庇ってまで、と言い淀んだ。
 あの時周りと一緒に逃げれば、そんな大怪我をせずに済んだのに、と責めたかった。
 こんな疫病神、放っておけば良かったんだ。

「当麻」

「……何?」

「男はな」

「……」

「崩れた神輿は最後まで支えるもんだ」

 そう言って、刀夜は大きな欠伸を一つすると、「もう疲れた さっさと學園都市でも何処でも行けばいい」
 と言って、布団を引っ被ってしまった。

 仕方なく当麻は出口へと歩く。
 ドアのノブに手を掛けると、ふと、ベッドへ振り返った。

「父さん」

「………」

「ありがとう」

「もう行け」

 最後の父親の言葉は、微かに涙声が混じっていた。

 少年が静かに出て行く。
 いつの間にか顔を出した月の光が、
 そのドアを煌々と照らしていた。

───

 

───

 

病院を出ると、既に外で初矢が待ち構えていた。

介旅「どう? お父様は許してくれそうかい?」

 ずれ眼鏡の奥に細めた目を揺らしながら、飄々とそんなことを聞いてくる。

上条「ええ、まあ」

 それ以上の物を受け取ったよ、と当麻は内心独りごちた。

 初矢はずり落ちた眼鏡を持ち上げ直しながら当麻に近寄ると、
 「これ」と言いながら手を差し出した。

 見るとそこには一枚の小さな紙切れが。

上条「これは?」

介旅「切符だよ、切符」

上条「きっぷ」

介旅「これで君は、學園都市に行くんだ というか、これでしか、行けない」

 何だか良く分からないが、そういうことならと受け取っておく。
 

 そこでふと思い当り、折角の機会だからと聞いておく。

上条「どうして俺なんかを勧誘したんですか?」

 どう考えても、何も特技も力も無い、何処にでもいるただの小童だ。
 しかも、疫病神なのに。

介旅「いやね、不思議な力を持つ子はすべからく囲い入れよう、ってのが理事長の方針でね」

 不思議な力、と当麻が繰り返す。

介旅「そう、君のその、ええと、"疫病神"だって……」

 不思議な力さ、と初矢は続けた。
 少し言い淀んだのは当麻に気を遣ってか。

上条「ふぅん」

 それには特に興味も無さそうに、当麻は手の平の切符に目を落とした。
 この紙切れが誘う先は、やはり不幸の延長なのか、それとも。

介旅「不安かい?」

 初矢が少し焦った声を出す。
 当麻がやっぱり行きたくないと駄々を捏ねるのを心配しているのだ。
 しかし当麻は首を振ると、自分に言い聞かせるように言った。

上条「崩れた神輿は、最後まで支えないと」

 狐につままれたような顔をしている初矢を尻目に、
 当麻は歩き出した。
 一歩ずつ。一歩ずつ。

 

───

 

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 まあ、そうしてこうして俺は、學園都市にやって来た訳で……。

「かみやん?」

 突然掛けられた声に我に返る。

 目の前には声の主、友人の土御門だ。

土御門「どうしたんだにゃー? 急にぼーっとして」

 どうやら回想しながら、深く深く思い馳せすぎていたらしい。
 気付けば体育館の中で、行列に並んでいる一人の生徒だ

青ピ「どうして學園都市に来たん、って聞いたら急に黙って……何かあったん?」

 青ピが心配そうな表情で当麻の顔を覗き込んで来る。

上条「いや、ほんと何でもないっ」

 慌てて手を振って『帰って来た』ことを主張する。
 やれやれ、入學早々、郷愁には早過ぎるだろう。
 気を取り直すように咳払いを一つして話を続ける。

上条「まあ、入學の理由かぁ……」

 ふむ、と元春と青ピが続きに耳を傾ける。

上条「不幸だから、かな」

 その答えに二人がずるっとこける。

青ピ「何やそれー あれなん?神懸かり的な不幸なん?」

 青ピがけらけらと笑いながらぽんぽんと肩を叩いてくる。

土御門「やっぱかみやん、おもろいなー」

 元春もけたけたと笑いながら大袈裟に手を広げておどけてみせる。

上条「んはははっ」


 父さん

 俺は今、幸せです。

───

───

土御門「しかしまあ、俺も何で學園都市に呼ばれたのか謎なんだにゃー」

 間延びした声でそう零すのは元春だ。
 まだこの時代は珍しい黒眼鏡をついと向けながら小首を傾げている。

土御門「ま、実家の貧乏神社にいるよりは、こっちの方が良かったけどにゃー」

 そう言ってけらけらと笑う金髪の少年。
 妹に毎日会えるしな、という言葉を飲み込んだことは、彼しか知らない。

青ピ「僕もどーして呼ばれたんか分からんけど」

 青ピもついでといった感じで話し始める。

青ピ「いきなり家に……ああ、うちは農家なんやけども」

青ピ「なんとかっちゅー女の子が来て、學園都市に来ぃへんかーと勧誘してきてな。」

 それを聞いて、当麻は思わず「女の子。」と繰り返した。

元春「え?そこ気になるのかにゃー? やっぱかみやんも男の子だにゃー」

 すかさず腕を組んでうむうむと納得しかかる元春には咳払いで応じて、
 当麻は自分の勧誘について説明する。

上条「俺の時はおじさんだったぞ、介旅……とかいう」

 本人が聞いたら激怒しそうなことをすらりと言う。

青ピ「へぇ、誘い人は何人かおるんやね」

 そう意外そうに呟く青ピ。
 当麻も同じ思いだ。
 てっきりあのおじさん一人でやってるものだとばかり。
青ピ「僕の勧誘に来た子ぉは……あかん、名前出てけーへん」

 困ったような顔で首を捻っているが、どうにも思い出せないようだ。

土御門「天下の女好き、青ピが女の子の名前忘れるとは意外だぜい」

 自分のことは棚に上げて元春がそんなことを言う。
 一方の青ピはそれを否定もせずに、顎に手を当てて神妙な顔をしてみせた。

青ピ「いやー、こう、別のとこに目が行ってしもーて……肝心の名前が、な」

上条「別のとこ?」

 思わず聞き返した当麻の方を向くと、青ピがその時を思い出すようにぽつぽつと語り始る。

青ピ「こう、割と小柄な子でな、頭にお団子が二個乗ったような……それはどうでもええわ」

青ピ「あのな、前髪がこう、前に伸びてて……こう、覆い被さるように」

 前髪が前に伸びるのは当たり前だ、と思わず突っ込みそうになるが、
 語る青ピの顔はいつになく真剣そのものだ。
 元春も茶化すのを止めて静かに話を聞いている。

青ピ「それで顔が少し隠れとるんや、ちょっと気味悪いなーと思っとったんやけど……」

 そこで声をひそめる青ピ。
 話の気色が変わってきて当麻と元春も少し構えて聞いてしまう。

青ピ「帰り際にな、ちょっと見えてしもーたんよ、髪の中身が」

 其処に、名前を忘れてしまう程の衝撃の正体が……。
 ごくり、と三者とも唾を飲み込んだ。

青ピ「……すっごい太い眉毛やった」

上条「は?」

 思わず肩からずり落ちそうになる当麻。
 
土御門「眉毛?」

青ピ「眉毛」

 呆れ顔を向ける二人とは対照的に、青ピは相変わらず真剣な顔を保っている。
 
上条「そ、そんなに凄い眉毛だったのか?」

 何とも言えない表情で、とりあえず聞いてみる。

青ピ「ああ、それはもう、あんな立派なもんは見たことないで」

 半ば熱くなりながらその見事さを語る青ピ。

青ピ「まずな、こう、ちらりと見えた太さやけどな」

土御門「あー、あー、ほら、順番来たで」

 長くなりそうな弁に元春が横から止めに入る。
 見れば行列は大分捌け、次は当麻達の番であった。

上条「というか……俺達最後じゃないか?」

 辺りを見回せば、ほとんどの生徒は測定とやらを終え体育館から出て行く素振りである。
 後ろを振り向いても誰もいない。
 どうやら当麻達は最後尾だったようだ。

土御門「ありゃりゃ、まさかのトリだにゃー」

 話に夢中過ぎたな、と省みながら前に向き直る。

 目の前には長机が置かれ、その上には台秤の様な物が鎮座している。
 そして傍らには試験官が……。

上条「お?」

小萌「あら、上条ちゃん達じゃないですか」

 どうやらこの区場は小萌先生の担当だったようだ。
 丈の合っていない白衣を着て、眼鏡なんかを掛けており、いかにも試験官然としている。

 それに喜んだのは連れの二名である。

土御門「わーい! ここで会ったが百年目だにゃー!」

青ピ「白衣幼女やー!ばんざーい!」

 とりあえず訳の分からぬことを叫んでいる二人から若干距離を取る当麻。

 一方の青ピは張り切った様子で、腕まくりなんかをしながら前に出る。
 そして卓上の測定器具の前に立ち、にやりと笑んでみせた。
 
青ピ「折角小萌せんせが見てくれとるんやからなー……気張らせてもらうで!」

 そう意気込むと、台の上に手を当て、一旦呼吸を整える。

 当麻にはまだ何が起ころうとしているのか分からない。
 どうやら、あの器具は上から押すとその力に合わせて目盛りが動く仕組みらしい。
 念術測定、そう言っていた。
 しかし青ピがやろうとしているのはただの筋力測定にしか見えない。
 頭にはてなを浮かべる当麻を尻目に、

 青ピは深く息を吸い込んだ

 かと思うと、
 

 青ピ「唖槌(あづち)!!」
 

そう叫んで思い切り秤を叩き圧した。

 その瞬間、秤はおろか机諸共、砕け散った。

 鉄製の秤がひしゃげ、机の天板が歪み裂け、
 やがて粉々に弾ける運命を辿る。

 凄まじい音を立てて刹那に破壊された物々が
 瓦礫となって床にばらけた。

 ……そして、静寂。

 「しまった」という顔をしてみせる青ピを除いて
 その他の面々は呆気に取られた様子だ。

 しかし、その中で最も驚愕しているのが誰なのか
 それは言うまでもあるまい。

───


介旅「上条当麻は予定通り入學」

 それまでの沈黙を破るように、薄暗い部屋で男が独り言気味に呟く。
 それを聞いている影がもう一人。

介旅「これで、今年の勧誘は完了だな、省帆(みほ)」

 省帆と呼ばれた少女が、初夜を軽く睨み付けた。
 「名前で呼ぶことは許してない」、そんな意思を含んだ視線が突き刺さる。

介旅「分かった、分かったよ重福(じゅうふく)……やれやれ」

重福「…………」

 溜息混じりの初夜の台詞には応えもせず、
 省帆は物憂げに前髪を弄るばかりだ。

介旅「やれやれ」

 もう一度同じ台詞を吐いて、
 やがてまた、部屋に沈黙が訪れた。

───

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