.◆TZWGvO.l4k (伝えたい思いは月に乗せて)


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※土御門は舞夏に手を出してない設定になってます。

 

 



 月明かりが照らすベットの上で、ぎゅっと、目の前の小さな体躯を抱きしめる。

「んー? どうしたんだ兄貴ー?」

 ベットの端に腰掛けて、テレビを見ていた土御門舞夏が振り返ることなく、間延びした口調で返した。

「んにゃー、ただ舞夏を見てたら抱きしめたくなっただけだぜい」

「なんだそれー、変な兄貴ー」

 彼女の笑い声に、にゃははと小さく笑い、思う。

 ああ、何の歌の歌詞だったのか忘れたが、『抱きしめた強さで想い伝わるなら』いったい、今はどれほどの想いが、この腕から伝わっているのだろう。

 そんな不安が、抱きしめる腕に力を込めさせる。
 痛くはならないように、それでも、この想いが伝わるように、と。

「……なぁ、舞夏」

「なんだー?」

 土御門は、目を瞑って、

「今夜は……月がきれいだにゃー」

 その言葉に、抱きしめられる義妹は窓の外に視線を向けた。

「うんー? ……うん、そうだなー」

 優しい夜に、優しい言葉。
 彼の伝えたい想いは、伝わったのだろうか。

 

 ――――――

 ――――
 

 ――




携帯を取り出してワンコール、ツーコール、スリーコール……プツッ。

「にゃー?」

「あ? どうしたんだよ土御門」

 首を傾げる土御門に、不思議そうな顔をした上条当麻が訪ねた。

「いやー、うん?」

 リダイアルして、もう一度携帯を耳に当てる。
 ……お掛けになった電話番号は……。

「ありー? おっかしーにゃー」

「だからどうしたってんだよ」

「いやー……せっかく暇な金曜日だし、舞夏誘って飯でも食いに行こうかと思ったんだが」

「だが?」

「電話が繋がらねーんだにゃー。しかも、一回目はコールの途中でパッタリ切れて、二回目は留守番電話なおねーさんのきれーな声をご拝聴」

 肩を大きく動かして、まいったぜよ、と土御門はため息混じりに呟いた。

「どーしちまったのかにゃー、こんなこと今までなかったんだぜい?」

 ふざけた口調だが、隠しきれ無い不安が声色からにじみ出ていた。

 土御門元春は、義妹の舞夏が好きで好きでたまらない。
『義理』なので、厳密には違うのかもしれないが、筋金入りで、徹底的なシスコンである。
 彼は日頃、義妹&ロリっ娘萌えを提唱するが、その性癖はスバリここに起因する。
 要するに『義妹&ロリっ娘萌えだから義妹の舞夏を好きなった』のではなく『義妹の舞夏を好きだから、義妹&ロリっ娘萌えになった』のだ。

 だから、というわけでもないが、土御門の想いはどうしようもないくらいに本物で、
 だから、おそらく土御門の頭の中では、『最悪』のアレソレが巡りめぐっているのだろう。

 そこまでの愛情を知らない上条は、なんとなく、ただ単純に土御門があわあわするなんてめずらしいなと思って、

「あー、なんか、アレだな。土御門も人間なんだな」

「……は? なんのことぜよ」

 若干機嫌が悪そうに、土御門は上条を見た。
 人が本気で悩んでいるときに何を言ってんだ。といった感じだろうか。
 自分がつい言ってしまった言葉のタイミングの悪さに気づいた上条は、

「いやぁ、うん、なんかさ、焦ってる土御門なんて見たことなかったからよ」

 悪い、と言いながら頭をかいた。

「まぁでも、あれだろ、授業受けてたらマナーモードにすんの忘れてて慌てて電源切った。とかじゃねぇの?」

「うーん、うちの舞夏が普通授業受けてるとは考えにくいぜい」

 再チャレンジは失敗に終わったらしく、パタンと携帯を閉じてポケットにしまい込んだ。

「はぁ? あいつメイド学校通ってんだろ? 授業くらい受けるに決まってんじゃねえか」

 まるで意味が分からないといった風の上条に、土御門は頭を振って、ちょっとだけうれしそうに説明を始めた。

「いやいや、それがうちの舞夏は優秀だから大抵の授業は履修し終えちまってんのよ。学外学習っつー名目で外ぶらぶらしてんのも『繚乱家政婦女学校の生徒として外に出しても恥ずかしくない』って学校側から判断されてるからだにゃー。だから、普段あんま授業出てねえっつーわけですたい」

 と、話し終えて満足気な土御門。
 親馬鹿というか、義兄馬鹿である。もっとも、土御門の話は誇張されたものではなく、全て真実なのだが。

 それでも、上条は土御門の話で納得しなかった。

「普段あんまやってねえんなら、なおさらそうじゃねえのか? 偶然今日は授業が入って、んでもって偶然土御門から電話が掛かってきたみたいな。今までなかったんなら一回くらいあったって良いだろ」

 超能力の原理そのままに、低い確率であろうと、起こるものは起こるのだ。
 まして、超能力に比べ『偶然授業をしている時間に電話をかける』なんて、奇跡でもなんでもない、ただの偶然。
 むしろ、一度くらい起きないとおかしいくらいのものだ。

「むー、そーなのかにゃー」

 土御門も、それで一応の納得はしたようだったが、どうも心配は拭いきれていない様子だった。
 だから上条はちょっとでも安心させるために、

「案外ふた開けて見りゃそんなもんだって、小説みたいな劇的な話はそうそうねーよ」

その言葉に、土御門は一瞬、ポカンとして、

「……く、ぷっ、にゃははは!」

 盛大に吹き出した。

「え? なに!? 今笑うところだったか!?」

「超巻き込まれ不幸体質主人公少年が何言ってんだにゃー! かみやんほどフィクションみてーなノンフィクション体験してるのもそうはいねーぜよ!」

「え、何ソレ!? 俺誉められてんの!? 貶されてんの!?」

 騒ぐ上条を横目で見ながら、未だ小さく痙攣する腹を抱えて、

「くくく、ふはぁ、まぁいいや、舞夏に連絡つかねーし、飯でも食いに行かねーか?」

「流された!? いや、誘いはうれしーけどこちとら貧乏学生なもんで金が……」

「金のことなら気にするな!! なんて豪気なことは言えねーけど、もともと舞夏連れてくつもりだったんだ。一人分くらいならおごってやるぜい」

 自らの栄養をまかなってくれるという言葉に貧乏学生は、

「んなッ!? マジですか!? マジですね!! マジかよいやっふぅう!!」

 拳を天高く突き上げ喜んだ。

「んな喜んでねーで、さっさと行くぜい、学び舎の園の近くにあるパスタ屋がうまいって吹寄情報信じて歩くにゃー」

 パスタ屋に野郎二人で行くのか? とか、栄養食品大好きな吹寄の味覚はあてになるのかとか、いろいろ考えつつ、まぁ食えるのならなんでもいいやと、上条は土御門の後を着いて行った。

 歩き始めて、十分も経ってないだろうか。
 そろそろそのパスタ屋に着こうかというとき、上条の視界に土御門元春の義妹、土御門舞夏らしき姿が映った。

「おい、土御門。ありゃ舞夏じゃねーのか?」

 その言葉に、土御門もその上条が指し示す方向を見た。

「んにゃー? んー、おぉ確かに舞……か?」

 最近生まれた、オタクに媚びるミニスカなどでは断じて無い、由緒ある繚乱家政婦女学校特製のヴィクトリアンメイド。
 小さな、全身で包めばなくなってしまいそうな、とってもちいさな体。
 カチューシャによって上げられて、夕日に反射し眩しい額。

 全てが、舞夏。

 確かに、舞夏。

 何度も何度も目に焼き付けたし、臭いも嗅いだし、味だって確かめた。
 全国、いや全世界舞夏コンテストが開かれても、当人を抑えて優勝するくらいは出来る。
 そんな舞夏ソムリエの土御門素晴から見ても、その姿は、間違いなく、純度100%で天然由来の舞夏だった。

 そう、確かに、舞夏。

 だったら、両手で大事に抱える、まったく見覚えの紙袋は、だれのためのものなのだろう。

 だったら、動く口から放たれる言葉は、いったいだれに向けられたものなのだろう。

 だったら、――横に連れ立って歩く男は――。

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

 ――気がついたら、土御門は殺風景な寮の部屋で、電気もつけずに座り込んでいた。

 いや、気がついたら、というのは嘘だ。

 なぜなら、あの後上条とパスタを食べたのも、談笑したのも、帰りにコンビニでアイスを買ったのも、全部土御門は覚えているから。

 でも、どれもが現実感のない、まるで夢のような、実際にはそうであってほしくないもののような、そんな感覚だった。


 あの男、あのとき舞夏の横に居た男。

(「実地授業……とかいうやつじゃねーの? 仮でも主さんの目の前で携帯取るわけにわいかねーだろ」)


(かみやんはそう言った。確かにもっともだし、論理的にも矛盾はない)

 頭で納得していても、なぜか、心に引っかかる。



 結局あの後は、そこに留まることはせず上条と共に目的地のパスタ屋で夕食をとった。
 そこでは、いつもの土御門元春でいれた、と思うが、どれだけ親友と言葉を交わそうと、その疑念が晴れることはなかった。

「…………」

 そもそも――なぜこんなに引っかかっているのだろうか。
 横にいたのが男だったから?
 いや、家政婦学校に通っているのだからこういう事があることは考えていた。
 嫉妬? いや、たぶんちがう。
 限りなく近くて、それでも確かに違う、黒い感情。
 ――なにが、こんなにひっかかっているのだろうか。

 わだかまりが、大きくて、誰かに取って貰いたくて。


 土御門は今度こそ、気がつけば電話に手を伸ばしていた。


 リダイアルボタンを押して、先程は繋がらなかった番号が有機ELの画面に白く表示される。

 ゆっくりと、緩慢に、携帯を耳に押し当て、ワンコール、ツーコール、

『っと、もしもしー、兄貴かー?』

間延びした、馴染んだ声が耳に響いて、どこか安心し、まだその声に安心出来る自分に安心した。

「おう、舞夏だけの兄貴、土御門元春だにゃー」

『んにゃー。で、どうしたんだー?』

「いやぁ、夕飯いっしょに食おうと思って電話したんだが繋がらなくってにゃー、なんかあったのかなーっと電話したんだぜい」

 自然な話題の振り方だ。と土御門は思った。
 義妹が自らその話題に触れなかったのが、不自然だとは、思えなかった。

『あーあのときかー、ちょっと実地研修の一貫で、人に着いてたんでなー、すぐに電源切っちゃったー。悪かったなー』

 ――ほっと、土御門の中から張り詰めていたものが抜けてしまった。
 かくして上条の予想は全て的中していた。
 だから、義妹が電話に出なかったのは、授業中鳴り響いた携帯を慌てて切るのとまったく同じで、あの男に見せた笑顔は、単にその依頼主? とやらがいいやつだっただけ。
 土御門が心配すべきことなど、なにもなかったのだ。

「あ、あぁ、なるほどにゃー、んなら別に構わんぜい。そういやあ実地研修っつっても実際人に着くのは初めてじゃなかったかにゃ?」

 安心して、後はいつもどおりに、義妹とのだらだらでぐだぐだな雑談を楽しもう。

『そうだぞー。それはそれは緊張したわけで、いつものメイドスキルの十分の一も発揮できなかったんだからなー』

「そりゃあ残念ぜよ。でも舞夏のスキルなら十分の一でもクライアントは満足しただろうぜい」

『いやいや、兄貴はわかってないなー。例えそうだとしてもメイドたるもの自分にできる最上級の施しをしなければダメなのだよー』

「じゃあ今回の舞夏はダメだったのかにゃ?」

『そうだなー。100点を目指さず100%出そうとしたんだが、結局出し切れてなかったし、駄目だったかもしれんなー』

「なかなかいい言葉……? そういやぁどっかで聞いたことあるセリフだぜい。それ」

『先週発売の◯ンデーに書いてあったぞー』

「んなっ!? 今までのそれっぽい発言全部受け売りかにゃ!?」

『失礼な、ある程度解釈してメイド用に変換してるじゃないかー』

「それを受け売りというんだにゃー!! 授業でやったー、とか! えらい人は言いましたーとか! そういうとこ感じのメイド心得みたいなのねーの!?」

『んー……あー、「メイドたるもの一度は殺人現場を見ろ!」と先生が言ってたぞー』

「それメイドの心得として適切じゃねーぜよ!! ってかそれも元ネタはドラマだぜい!!」

『そういえば、その後「無ければ作ればいいじゃない」とも言ってたなー』

「ちょっといい言葉っぽいけど流れがおかしい!! その先生殺人現場作る気マンマンじゃねーか!!」

『私はその言葉にひどく感銘を受けてなー。一人前のメイドになったら一度は「見て」やろうと誓ったんだぞー』

「にゃー!! そんな殺人事件は一般的じゃねーから!! たぶん『見る』の前に『殺る』が含まれてるから!! おにーちゃん強化ガラス越しに舞夏と会いたくはないぜよ!!」

『はっはー、おかしなことを言うなー兄貴。私の犯罪に足が付くとでも思ってるのかー?』

「いやいや!! 足が付く付かないじゃなくて! 罪を犯しちゃってることが問題なんですたい!!」

『んー? その先生は「バレなければ何もなかったのといっしょだ」とも、』

「センセェええええええええ!!!! ヤっちゃてんじゃねーかそれ!! 絶対殺人現場作って見たことあるぜよその先生!!」

 

 くく、と、電話から笑い声が漏れてきて、

「くはっ」

 つられて少し笑ったら、後はもう雪だるま式だった。
 結局二人で大笑いして、ああ幸せだなぁと頭の中で考えて、土御門は幸せだったのだ。

 ひぃひぃと、吐き出した息を取り戻し、一息ついて。

「まぁ、ともかく。お疲れさまだぜい」

『それがだなー、今回の研修は一日じゃなくて一週間続けてなのだよー。だからまだお疲れ様ではないなー』

「ほーお、それこそお疲れさまだにゃー」

『ほんとにお疲れ様だぞー。依頼主と年が離れすぎてて会話が難しいのだよー』


「――ン?」


『それじゃ、私は明日までに用意するものがあるから切るぞー。またなー』

 プツっと。電話は切れた。

 なんの音もしない携帯電話を耳に当て、しばらく土御門は動けなかった。

(『――依頼主と年が離れすぎてて――』)

 義妹の言葉が頭を巡る。

(なんで――『嘘』を吐いた?)

 土御門が上条と共に見た舞夏。その横にいたのは、ちょうど自分と同じ、高校生くらいの男だった。
 だから、『年が離れすぎてる』なんて、ありえない。

 いや、もしかすると、依頼人は別の男なのかもしれないし、小萌先生よろしく、その高校生(仮)が合法ショタなだけなのかもしれない。
 第一高校生が依頼人というものおかしいだろう。それに、ただの依頼人にあんな――土御門ですら見たことのないような、そんな笑顔を振りまくだろうか。

(そんなはずはない。そうだ、舞夏はきっと、嘘をついていない)

 強引に、義妹を、義妹と自分の関係を信じようとして、仮定だらけの推測を自分の中の真実にして、

(でも……なら……舞夏は、なんであの男と――)

 その真実が照らすのは、もっと、もっと信じがたい事実だった。

冷静に考えれば、いくらでも反論はできる。
 彼は依頼人の助手か何かで、メイドである舞夏を案内していた。とか、もっともらしい反論は。

 でも、舞夏の笑顔が、楽しげな表情が、頭から離れなくて、土御門の理性的な部分を、全部まとめて壊していた。


 きっと、アレはそういう事なのだろう。


 土御門は、ひとりの部屋で、頭を抱えるでも、悲観に暮れるでもなく、服を着替えていた。
 動きにくい学生服ではなく、まるで合気道の道着のような和服。

 冷静であれば、こんなことはしないだろう。
 土御門自身も、誰も特しないことだと分かっている。

 それでも、必要なことだった。

 着替え終わった土御門は、草履を履き、仕事用の携帯を手に取って、すっかり日の落ちた街へ歩き出す。
 外は、土御門の気持ちを示すような曇天で、見事なまで、空にはなにも見えなかった。

 金髪にグラサンに和服という服装は、ここが科学の最先端学園都市だということを抜きにしても浮いていた。
 道行く人々は土御門をそれとなく避けるように歩く。
 それを土御門はまるで気にする風もなく携帯を取り出して、登録された電話番号の一つを選ぶ。

 コール音がなるまでもなく、それはすぐに繋がった。

『土御門、何か要件ですか』

 平坦で、丁寧な、男の声。

「第七位の場所を調べろ」

 平坦には平坦に、無感情には無感情に。

『第七位……ですか。もちろん可能ですが何のおつもりで?』

「少し気になることがある。それだけだ」

『ふむ、あまり「グループ」の回線を使って個人的なことはしてほしくないのですが』

「第七位は正義の味方気取りの熱血野郎だろう? その上研究者が手を出せないほどの不確定要素《イレギュラー》だ。いつ衝突するかわからない不穏分子を直に確かめておくのは『グループ』にとって損にならないとおもうが?」

『……わかりました。そちらに第七位の位置情報を送りましょう』

 電話が切れると同時に、データの受信があった。

 ほのかな熱をまといながら発光する携帯電話のディスプレイに映る地図を眺める。
 その中央に、ゆっくりと動く小さな赤い点が灯っていた。

「……」

 パタンと携帯を閉じて、土御門は角を曲がった。

 電話の男に言った言葉のほとんどは嘘だ。第七位どれだけ正義感に溢れているとしても、闇の奥で暗躍するグループと衝突することはまず無いだろうし、あったとしても、こちらにはそれ以上の化物が居る。
 倒す必要はなくとも、撒くことは考えるまでもなく可能だ。

 ただ、そのなかで本当だったのは『第七位の場所』知りたいという一点のみ。
 土御門は、別に第七位の情報を知りたかったわけでも無ければ、実力を確かめたいわけでもない。

 だって――舞夏の横にいたのは、第七位だったのだから。

 袖に忍ばせた折り紙を手で触り、確かめて、暗闇の路地を進んでいく。

 

 第七位は確かにそこにいた。
 

 携帯の地図に映る赤い点は、いったいどんな技術を使っているのか、実際の第七位の位置と寸分の狂いもないように思えた。

 一度、肺の中の空気をすべて入れ替えるくらいに深い深呼吸をして、焦る気持ちと、引きつる顔を抑えこみ、

「にゃー、そこのおにーさーん」

 人懐っこい、いつもの土御門元春で駆け出した。

「ん?」

「あのよー、レベル5の第七位ってあんたでいいのかにゃー?」

 その質問に、第七位は腕を組み胸を張った。

「ああ、レベル5のナンバーセブンこと削板軍覇とはこの俺のことだ! ……で、何のようだ? そんな変な格好をして」

「くはぁ、あんただけには格好のこと突っ込まれたくなかったぜい……。ま、ちょっと聞きてーことがあんのよ。いいかい?」

 白々しく溜めを作る土御門を、削板はいぶかしみながらも、

「おお、何だ?」

 土御門は、これ以上にないくらい、わざとらしい笑みを浮かべた。

「――土御門舞夏、って……知ってっかな?」

「ああ、知ってるぞ」

 拍子抜けするくらいの即答だった。

「どういう、関係ぜよ」

 そこで、今まで自信しか浮かべていなかった削板の表情に、はじめて別の色が映った。

「……何故そんなことを聞くんだ?」

「にゃはは、いきなりんなこと答えるはずがねーか……まぁ今の反応で8割わかったようなもんだが」

「テメェ……どこの誰なんだ」

 のらくらとはぐらかす土御門。削板は、少し体制を低くし手を広げ、理由如何ではすぐに潰せるぞという、強烈な圧力を、無意識にかけた。

「そうカッカするもんじゃないぜい。俺は、土御門元春っつーもんだ」

「つ……ちみかど?」

 意表を疲れた削板は、ほとんど無意識に言葉が出ていた。

「はっ、変なことで切るんじゃねーぜよ。舞夏と同じ、土御門。そこそこめずらしい苗字だし、分かんだろ?」

「……兄妹か?」

「そ、舞夏の兄やっとります。改めて、土御門元春だにゃー。ついでに最初の質問の答えもこれでお願いするぜい」

 それで、削板は体制を戻した。

「あ、そっか、なるほどお兄さんか。そりゃ聞きにも来るな」

 土御門の嘘かホントをわからない言葉を信じるあたり、頭が弱いヤツなのだろうと、土御門は感じた。
 でも、それなら、都合が良い。

「そーそー。で、肝心の答えを聞いてないぜよ。第七位、アンタは、舞夏の何なんだ?」

 笑みを浮かべる口で言葉を紡ぎ、サングラスに隠れた目線は鋭く。

 真逆になった質問に、削板は少しだけ照れながら、

「あぁ……なんだ、いざ口にするとなると照れるな……あれだ――恋人だ」

 目を背けて、ポリポリと指で頬を掻く。
 それは、まるで昭和の番長のような風貌から想像のつかない、繊細と取れる一面だった。

「ああ――やっぱり、な」

 土御門は、睨むでも、悪態をつくでも、ましてや殴りかかるでもなく、ただ、超然としていた。

 予想はしていた。それの答え合わせなのだから傷付くも、付かないもないだろう。

「なんだ、分かってたのか。意地の悪い奴め」

 そんな様子を、どうとったのか、削板は急に笑顔になった。

「舞夏のやつも兄がいるなら言えばいいのにな。そういえば、俺はアンタのことをなんて呼べば良い? 兄さん……なんか違うな、兄貴、か?」

『舞夏』、『兄貴』。

 自分の中で圧し潰してたアレコレが、なんだか、限界だった。

「ヤメろ」

 土御門の口から出たのは、自分でも驚くくらいの低い声だった。

「俺のことを『兄貴』って呼んでいいのは舞夏だけだ」

「あぁ、そうか。ならやっぱ兄さんか? じゃあこれからよろしくな、兄さん」

 スッと、伸ばされた削板の手。
 素直で、正しい彼の、親睦の証。
 だが、

 ――パンッ。

 土御門はそれを、払った。

「あ?」

 呆然とする削板を見ず、うつむいて、土御門はつぶやくように、言った。

「――お前に俺の気持ちを分かってくれとは言わねぇが……黙って俺と殺り合ってくれ」

 その姿に、鈍感な削板も何かを感じとったのか、

「……わかった」

 払われた手を収め、首肯した。



 二人は場所を移し、第十八学区に居た。
 第十八学区は、もっとも能力開発が盛んな地区で、高位能力者も多い。
 そして、そういった能力者が、能力を思い切り試すことが出来るようなひらけた場所が多々ある。
 この場所も、そういった場所の一つ。
 そのちょうど真ん中で、人二人分ほどの間を開けて、二人は立っていた。

「……戦うことは了承したが、俺はお前の命まで奪いたくはないぞ」

 軽く屈伸運動をしながら削板は言った。

「ああ、構わない。俺はお前を殺すことなど出来やしないし、お前は俺を殺すつもりがない。それは分かっている。だから、お前は単純にぶつかってくれれば良い」

 対する土御門は、ただ、悠然と立っていた。

 削板の準備も整い、場は整った。

「では、行くぞ」

 開始の号砲は、なかった。

 土御門が大きく踏み込んで、一気に距離を詰める。
 踏み込んで下がった体制を利用し、右の拳を振り上げ顎を狙った。

 ガコッ!! と、乾いた音が響く。
 驚くほど、簡単に攻撃が通った。

「……そんなもんか」

 上へと延びるエネルギーを回転運動に変換し、左の肘で鳩尾を突き立てた。

「……っ、そんなもんか」

 そして、上がった右拳を振り下ろし、槌拳を顔面へとたたき込もうとして、

「テメェの根性《想い》はそんなもんかァああああああああああ!!!!」

 瞬間、削板の後ろで、強烈な爆発が巻き起こった。
 爆風に煽られるようにして、土御門はまるで紙くずのごとく後方へ吹き飛ぶ。

 一回、二回とバウンドし、3メートルほど地面を削って停止した。

「ガッ……ハ…………!」

「オマエが何を想ってるのかは知らねェ。表情から読み取るに、それ相応に重いもんを背負ってんだろ。なら出し惜しみしてねェで全力をぶつけてこい!!」

 ああ、なんていい奴なんだろうか。

 ――ふらつきながら、手を地面に付け、体を起こす。

 もし、削板が悪いやつなら、なんだこいつはと思えるやつなら、土御門は削板を恨めば良かった。

 ――手を地面から離し、両足で体を支える。

 それだけでよかったのだ。恨むだけて。それで良かった。

 ――背筋を伸ばし、削板を見据える。

 でも、いい奴だったから。
 単純に、自分は負けたのだ。

 なんて、惨めなんだろう。

「勝手なことを……抜かしてくれるなァ!!」

 袖の中に潜めていた、小瓶と折り紙を取り出した。


「いいだろう。出し惜しみせず、本気でぶつかってやる」


 小瓶を四方に投げ、折り紙を手にも止まらぬ速さで折りあげる。
 小瓶の全てが地面に着くと同時に、折り紙を削板との中央に放る。

「《場ニ流レシ全テノ力ヨ、和ヲ為シ全テニ平等ヲ》」


 土御門の言葉に、全ての小瓶が光って、中央に座する折り紙が弾けた。

 

「これは……?」

 

 四方で区切られた空間が一瞬だけ淡く輝いた。

「……知っているか?」

 先程よりも、しっかりとした足取りで、土御門は削板へと進む。

「多数の武術が融合し出来上がった合気道。そして日本を示す『和』の文字の意味」

 削板は答えない。

「『和』とはそれすなわち『円』。円は循環を示し、全てが循環すればどこにも角は立たぬ」

 また、一歩、土御門と削板の距離が縮まった。

「合気道は相手の力を利用する武術だ。相手が強ければ強いほど、コチラも強くなる。そうして対等に、平等に成ることで、争いを消す」

 削板は動けない。

「それは、日本がはるか昔、『大和』と呼ばれたように、この国の全てに染み込んでいるわけだ」

 残り3m。最初とほとんど同じ位置へともどり、土御門は歩みを止めた。

「だから、日本でしか発動できねーんだが。まぁいいだろう。つまり今、オマエと俺の全ての能力《パロメータ》を足しあわせ、再分配したわけだ」

 だから、と続けて。

「――コレで、対等だ」

 不敵な笑みを浮かべながら、土御門は片手を前へ突き出し、手招きした。

「……おもしれぇ」

 それに誘われるように、削板が腕を振り上げ、前へと跳ねた。

「う、ォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 空間に、ふたり分の咆哮が響き、地面が、爆発した。

 

その戦いは、壮絶だった。

 ありえないスピードで、ありえない出力で、お互いが力を、体を、心をぶつけ合う。
 ガガガガッッ!! と、素手の殴り合いで起きるべきでない音が鳴り響き、それに応じて景色が崩れていった。

 あまりに壮絶で、それは土御門の言葉通り、対等に見えた。
 しかし、そうではなかった。

(やっぱ……ガタが出てきたにゃー)

 土御門の術は、場にいる者の全ての『能力』を統合し、再分配する。
 だから、能力、すなわち元から備わっているのでないモノ。例えば、『体力』は平均されない。
 もともと傷ついていた上、超能力者である土御門は、魔術によって傷つく。
 大掛かりではないが、とんでもない効果を発揮する術式だ、当然、土御門の体はズタズタだった。
 今までは分けられた削板の力で誤魔化してきたが、長時間の戦闘で、誤魔化しが効かなくなってきた。

「どうした!! 動きが鈍ってるぞ!!」

「はっ!! オマエの目が鈍ってきているだけだ!!」

 超音速の戦いの中で、確かに反応が鈍っている。

 ズガガガッ!! と、必殺の一撃が捌かれ合う中で、一瞬の遅れは文字通り致命的。

「ぐらぁああああああああああ!!」

 たぶん、全力を出しながら戦うのが楽しいのだろう。
 対等な相手となった土御門に、最初の『殺さない』という誓いはどうやらどこかへ抜けてしまったらしい。

 戦いを終わらせる一撃が、土御門の水月に突き刺さった。

 

 ゴバァアッッ!!!!

 ちょうどその瞬間、削板の下に居た土御門は、真下へと殴り飛ばされ、地面に小規模でないクレーターを作った。

「…………ッ!!」

 肺の中の空気が全て持って行かれ、声すら出なかった。

「はぁ……はぁ……」

 息を荒がせながら、削板が横へと降り立った。
 土御門は、ゆっくりと肺に空気を取り込んで、

「っく……はー、オマエの」

 勝ちみたいだな。そう言おうとしたところで、血が吹き出た。
 傷つきすぎて、術式の効果が切れたようだ。

「んな!? 大丈夫か!?」

 戦いが終わり、落ち着いた削板が慌てた様子で叫ぶ。
 ああ、くそ、なんていい奴なんだだ。

「はっ、俺の能力はっ、肉体再生《オートリバース》だ……くっ、しばらく寝てりゃ、治る」

 もちろん、嘘だ。

「馬鹿なこと言うな!! 病院へ運ぶぞ!!」

 削板が土御門の腕を取ろうとした、でも、それは、受け入れがたかった。

「止めろっ!!」

 払い退ける力がなかったから。血を吐きながら、声にならない声で、それでも叫んだ。

「これ以上……俺を惨めにさせないでくれ」

 愛しの義妹を取られたから、殺し合いを挑んだ。
 どれだけ、惨めなんだろうか。どれだけ、情けないんだろうか。

 そんな、細かい気持ちを削板は知らない。
 それでも、

「分かった……楽しかったぞ、またいつかやろう」

 削板は土御門を置いて去っていった。

 

 厚い雲のせいで月の明かりすらも届かない、ほとんど漆黒に近い闇。

「どんだけ……はぁ……カッコいいんだアイツは」

 一人で、そんな空を眺めていると。

「まったく……あなたは何をやっているんですか」

 遠くから声が聞こえた。

「……海原か」

 首をひねって見つけたのは、好青年という言葉を絵にしたような少年。

「上から電話があって向かってみれば、第七位とあなたが殴り合いしている。まったく……、どうしたらいいのかわかりませんでしたよ」

 肩で大きく、わざとらしくため息を吐く。
 そういう動作が、ことごとく絵になった。

「まぁ、事情は聞きませんが、とりあえず治療ですね。そばに車を待たせています。自分で……歩けそうにはないですね。仕方ありません、背負いましょうか」

 そう言いながら、土御門の腕を取る海原。土御門はそれを拒むことはしなかった。

「なぁ、海原」

「はい? なんでしょう」

 土御門は目を瞑りながら。

「今夜も……月は綺麗だな」

「はぁ? 何を言ってるんですか月なんて見えませんよ」

「いや、いつだって、月は綺麗なんだぜい? 例え俺を照らさなくたって、月は綺麗なままなんだ」

 海原に、というよりは、自分に言い聞かせるように、土御門はそう言った。

「よっと、いいですから、さっさと行きますよ。」

 海原の背に乗り、土御門は、運ばれる。

 ――きっと、伝わらなかった彼の想い。
 ――それでも、彼は想い続ける。

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