◆MDOfmX8bYE (とある無職の日常生活)


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「じゃあ、行って来るじゃん!」

「いってらっしゃーい! ってミサカはミサカは笑顔で送り出してみるっ!」

 高校教師である黄泉川愛穂が出勤する。
 刹那、マンションの一室に静寂が舞い降りた。
 その静寂はしかし、直後に少女の走り回る足音で吹き散らされる事となる。

「ミサカはミサカはダーイブ! ってアナタにのしかかってみる!」

「ぐほォ!? げへごほげほっ! なァにしやがるクソガキィ!」

「ねぼすけのあなたが悪いんだよーってミサカはミサカは一撃翌離脱ー!」

 黄泉川家は主が不在でも賑やかだ。特に、この白い少年がこの家に帰ってきた、あの日から。

「待てクソガキィ! 今日という今日はタダじゃおかねェぞォ!」

「待たないよー! ってミサカはミサカは……うぷ!」

「あら、ごめんなさい」

 走り回る少女、打ち止めが鼻の頭を抑えて見上げると、この家の別の意味での主(ニート)、芳川が穏やかな微笑を浮かべていた。

 

「あ、ヨシカワおはようっ! ってミサカはミサカは元気にご挨拶!」

「うふふ、おはよう。それよりいいの? 一方通行が追い付いちゃってるけど」

「え? あ、うわぁっ!」

 首根っこを掴まれ飼い猫のように持ち上げられる打ち止め。その飼い主は勿論、安眠を妨害された一方通行だった。

「芳川ァ、ご協力に感謝するぜェ」

「そんなつもりは無かったんだけどね。ごめんね打ち止め、私のせいで」

「よ、ヨシカワは悪くないよ! ってミサカはミサカは強がりながらも恐怖に打ち震えてみたり……」

「ハッ、強がっていられるのもこれまでだぜェ……。さァ、楽しい楽しいお仕置きの時間ですよォ」

「うわーん! ミサカはただ寝ぼすけなあなたを親切心で起こそうとしただけなのにー!」

 そのまま奥の部屋まで運ばれて行く少女を見送りつつ、芳川は欠伸を一つ。まだ頭は半分以上眠ったままのようである。

「コーヒーでも入れるかしらね」

 少々おぼつかない足取りでキッチンへ向かう芳川。

「折角だからあの二人の分も淹れてあげようかしら」

 と、独り言のついでに、欠伸をもう一つ。

「黄泉川はもう出たンだなァ」

 三人分のコーヒーを淹れ終わったのとほぼ同時に、一方通行がリビングへやってきた。
 或いは匂いに釣られたのかもしれない。

「うー、毎度の事ながらミサカの扱いが酷いと思うの……ってミサカはミサカはぶーたれてみたり」

 両手で頭を抑えつつ、一方通行のすぐ後に続いて打ち止めもやってくる。
 ブツブツと不満をこぼしながらも少年のすぐそばにくっ付いてくるのが微笑ましい。

 淹れたてのコーヒーをテーブルに置くと、三人でテーブルを囲んでのモーニングコーヒータイムの始まりだ。
 こくこくとミルクたっぷりのカフェオレを飲む打ち止めもこういう時だけはとても静かだ。もう一人は言わずもがな。
 かくして、三人で囲んで居るにも関わらず、静かで優しい時間がリビングに流れる。
 退屈だが、穏やかで心地良いこの時間を、今は何より愛しく思う。

「今日は二人でショッピングだっけ?」

「あァ。お前はまた一日中ヒキコモリか?」

「ええ。この場所が好きだもの」

「働く気は無いのかよ……」

「間に合ってるわ、ここが私の職場よ」

「自宅警備員ってかァ……恥ずかしくねェのかよ」

「あら、皆の帰る場所を護っているのよ。素敵な仕事じゃない」

「そォかよ。それで満足なら何も言わねェ」

「ふふ、とってもやりがいのある仕事よ。毎日楽しいわ」

 他愛の無いやり取りの後、コーヒーを飲み終わった二人は出掛ける準備をし、家を出て行った。
 満面の笑顔でそれを送り出し、汚れた食器類を片付けると、再び室内に沈黙が降りた。
 くるりとリビングを見渡し、一つ頷く。

「うん、今日も平穏で何よりね」

 リビングを出て自室に戻ると、端末の電源を入れ、その前に座る。
 今日も退屈で緩やかな私の一日が始まる。

 

 

 


>* kikyou_ join this room(kikyou@***.everyday-2-10*****)

>(Soup_Curry) おはよう、kikyou

<(kikyou_) おはよう。相変わらず早いのね

>(Soup_Curry) あまり寝れない性質でね いつも2~3時間で目が覚めてしまう

<(kikyou_) 羨ましい限りだわ

>(Soup_Curry) kikyouも寝なきゃいいじゃないか

<(kikyou_) 嫌よ。寝るの好きだもの

>(Soup_Curry) 相変わらずだね、君は

<(kikyou_) 貴方に言われたくないわ

>* nurselove0 join this room(nurselove@07*na-su.moe*****.jp)

>(nurselove0) おはよう、二人とも?

>(Soup_Curry) おはよう、nurselove

<(kikyou_) あら、おはよう。今日は珍しいわね

>(nurselove0) うん? 何がだい?

<(kikyou_) 貴方、午前中は忙しいからって来ない事が多いじゃない。今日は平気なの?

>(nurselove0) ああうん、手伝いの子達が頑張ってくれてるからだね

>(nurselove0) 最近は割りと時間に余裕ができるようになったよ?

>(Soup_Curry) それは良い事だ 貴方の負担が減ればそれだけ助かる人も増える

>(nurselove0) それはちょっと買いかぶりすぎだね?

<(kikyou_) ふふ。そうかしら?

>(nurselove0) やれやれ、どうにも分が悪いようだ

>(Soup_Curry) はは、そのようだな


<(kikyou_) あの子達の調整は順調?

>(nurselove0) おかげさまで順調だよ

>(nurselove0) この前解析して貰ったデータが早速役に立ってるね

<(kikyou_) そう、良かったわ。Soup_Curryさんの協力のおかげね

>(Soup_Curry) おいおい、私は何もしてないぞ? 手持ちの古い資料を渡しただけじゃないか

<(kikyou_) それを私が自力で入手する手間を考えればだいぶ助かったわよ?

>(Soup_Curry) ……ま、そういう事にしておくか

>(nurselove0) しかし彼女達の事が気になるなら、いっその事うちで直接調整に関わればいいと思うんだがね?

<(kikyou_) いいのよ。私はここに閉じ篭ってるのが一番好きなの

>(nurselove0) そうかね

>(nurselove0) まあ、君がそれがいいというのならいいのだろうね?

>(Soup_Curry) 本当に勿体無いな、天才とまで言われた君がこうして片隅で燻っているなんて

<(kikyou_) 天才、ねぇ……。私はそんな大した物じゃないと思うんだけど

>(nurselove0) 多くの才能ある者にとって、それは自分にとって当然の事らしいからね?

>(nurselove0) ま、Soup_Curry君だって小学教諭をさせとくには勿体無い程度には才能者だと思うがね?

>(Soup_Curry) それこそ買いかぶりだよ 私はそんな大それた物じゃあない

<(kikyou_) ふふ、どうかしらね?

>(Soup_Curry) kikyou_までそんな事を…… 私は研究者としては凡才だよ 君ら二人を見てると心底感じる

<(kikyou_) これ以上この話題を続けるのは不毛かしら、ね

>(nurselove0) それには同意させてもらうよ

>(Soup_Curry) ああ、まったくだよ

<(kikyou_) ふふ。それにしても、天才ねぇ……

>(nurselove0) ん? どうかしたかね?

<(kikyou_) いえ、なんでもないわ。ただ、昔の事を思い出しただけよ

 

 

 

 学生時代、憧れの先生がいた。
 教師になりたいと思った最初のきっかけが、その存在だったのは間違いない。
 他にも後輩の面倒を見るのが好きだとか、子供が好きだとか、物を他人に教えるのが好きとか、それらしい理由が沢山積み重なって、はっきりと進路希望となった時、その人にその事を話した。
 その人は驚いて、こう言った。

――教師なんかで、いいのか?

――勿体無い、お前は頭いいのに。

 秀才だとか、天才だとか、私の事を一部でそう呼ぶ人が居る事は知っていた。
 別にそんなんじゃない、と自分では思っていた。
 でも、気が付けば私をそう呼ぶ人は少しずつ増えていた。
 その才能を教育の場に埋もれさせるのは勿体無い、もっとそれが活きる場所へ行くべきだ。
 はっきりとそう言われたのは数えるほども無かったが、皆無言の眼差し中にそんな声を潜ませ、私を見つめてきた。

 その視線が大きく私を囲みこんだ時、私はそれでもいいか、と思った。
 強く反発するほどの強さは私には無かったから。
 周りの大きな流れに流されるままの方が楽だったから。
 そう、私は私に、どこまでも甘かったから。


 その甘さを、後の人生でどれほど後悔する事になるか、その時の私は想像する努力もしなかったから。

 

 

『量産型能力者(レディオノイズ)計画』

 

幾つかの研究で成果を上げていく内に、その成果の一部がそんな物に転化されている事に気付いた時、私は初めて自分の愚かさに身震いを覚えた。
 自分では人道に逆らった実験や研究を避けてきたつもりだったが、そんな物はまやかしに過ぎなかった。
 自分が間接的にでもそれに関わっている事に気付いていながら、気付かないフリをしていただけだった。

 その計画の存在を知ってからは、わざと自分の研究を滞らせたり、実験で失敗を繰り返すようになったが、それも結局は無駄な抵抗だ。
 多くの欲望と陰謀を巻き込んだ計画が止まる筈も無い。
 自分の甘さを後悔した私は、一つの決断を下した。
 すなわち、自らの手を汚す決断を。

 能力者のクローンが、オリジナルから劣化した能力しか持たない事は既に分かっていた。
 それをどうにかしてオリジナルに近付ける研究と実験。


 それら全てを改竄し、”何をどう工夫してもオリジナルの足元にも及ばない”、という結果にした。


 その事で、量産型能力者計画は頓挫する事となる。
 計画は中止となり、これ以上クローンが作られる事は無くなった。
 と、その時はそう思ったのだが――

 その計画は『絶対能力進化(レベル6シフト)』実験という、より最悪の形で引継がれる事となった。
 その実験に、私も勧誘される事となった。
 ここの所失敗と成果なし続きで、評価を大幅に下げ、閑職に追いやられた私に、そんな重大な計画のオファーが来る意味。
 誰よりもそれを理解していた私に、拒否権がある筈もなかった。

 

 

>(nurselove0) そういえば、第三次

>(nurselove0) いや、例のアレについてだけどね

<(kikyou_) ……ええ、人が折角埋めた物を、わざわざ掘り返した、躾のなってない野良犬の事ね

>(nurselove0) うん、それの事なんだがね

>(nurselove0) 君に言われたとおりの所を調べたら、案の定だった

<(kikyou_) あら。という事は

>(nurselove0) ああ、野良犬の足跡を見つけたよ?

>(nurselove0) で、その行き先については

>(Soup_Curry) 私の方で調べが付いている ちょっと鼻の効く優秀な警察犬がいてね

<(kikyou_) 警察犬?

>(Soup_Curry) ふふ、個人的な知り合いだ 生半可な腕じゃないから心配する事は何もないよ

>(Soup_Curry) 私としても余り関わりたくない相手なんだがな 事態が事態だけに仕方なかったんだよ

<(kikyou_) ……その子犬には、迷惑な事なんじゃないの?

>(Soup_Curry) 大丈夫だ その点も考慮した上で、その子が一番最適だったんだよ

<(kikyou_) そう。貴方がそこまで言うのなら信用するわ

>(nurselove0) そろそろ本題に行こうかね?

<(kikyou_) ええ、頼むわ

>(nurselove0) で、問題の掘り起こされたガラクタの行き先だが――

--

<(kikyou_) 分かったわ。それじゃあ依頼の方はこちらから情報を操作して

>(nurselove0) そうだね。あの子達に回るように調整しないとね?

<(kikyou_) ふふ。折角のデートを邪魔しちゃって申し訳ないわ

>(Soup_Curry) ……先ほどの言葉を返すようで悪いんだが 本当に彼らに任せてしまって大丈夫だろうか?

<(kikyou_) あら。そっちの方面では一番優秀なのよ、あの子達

>(Soup_Curry) いや、そうではなくてだな

<(kikyou_) ふふ、分かってるわよ。そういう意味でも彼らが一番適任なのよ。とても頭のいい子達だから

>(Soup_Curry) ……そうか ならいいのだな

<(kikyou_) じゃあ、早速根回しするから落ちるわね。また後で

>(nurselove0) ああ、無理はしないようにね?

<(kikyou_) 心配してくれてありがとう。それじゃあ

*kikyou_ quit this room("bye.")
<(nurselove0) ふむ

<(nurselove0) つくづく惜しい人材だね、在野に燻らせておくには

>(Soup_Curry) そうだな でも

>(Soup_Curry) 彼女が外側から自由に動ける身分だからこそ 上手く事を動かせるというのもまた事実だ

<(nurselove0) そうだね

<(nurselove0) 結局は、今の形が一番理想的って事だろうね?

>(Soup_Curry) そうなんだろう まあ、唯一懸念すべき事としては

<(nurselove0) ……なんだね?

>(Soup_Curry) 彼女の家での肩身がどんどん狭くなっていく一方だ、って事だろう

<(nurselove0) それは……

>(Soup_Curry) 由々しき問題だろう?

<(nurselove0) そうだね、でも

<(nurselove0) 彼女と、同居人達の性格からして、案外それはそれで安定してるのかも知れないよ?

>(Soup_Curry) そうだな その点については私も同意するよ

 

 

とある研究所の片隅に、二人の少年が佇んでいた。
 

いささか年季が入っている建物だが、最近まで――否、今さっきまで使われていたその施設は、しかし、彼ら”グループ”の手により主の悉くを失った。
 今は主のいなくなったその施設で、二人の少年、土御門と一方通行が家捜し、残り二人が連絡と事後処理、下部組織への周辺調査を指示している所だ。

「チッ、たかだかこんな仕事の為になンで俺らが出なきゃならねェンだ?」

「まあそういうなにゃー。クライアントがどうにも俺らを強く希望したらしいし、仕方ないにゃー」

 不機嫌そうに近くの椅子を蹴っ飛ばす一方通行に、土御門がへらへらと返した。
 彼ら”グループ”に対して出された依頼は、とあるデータの”回収”もしくは”破壊”。
 その程度なら他の連中でも出来そうな内容だが、何故かクライアントは”グループ”のメンバー、特に一方通行を指定して実行するように強く要求してきたようだった。
 理由は不明。
 しかし、通常であればメンバー構成も秘匿されている筈なのに、何故だろうか?
 何か裏があるのだろう事は間違いない。
 しかしその裏が、彼らにどう関わってくるかが分からないのが気味悪かった。

「ま、あちらさんが何を企んでるかしらないけどな。その程度の小賢しい企みなど、お前には問題ないだろう?」

「唐突にシリアスモードかよ、ホント良く分かンねェよなお前」

「おや、おふざけモードの方がお好みかにゃー?」

「ブッ殺す」

 パチン、とスイッチを入れると土御門が「俺はこっちの部屋調べるから、またにゃー!」とか言いながら大慌てで隣の部屋に駆け込んで行った。

「こンな事くらいで能力使うわけねェだろうが。冗談の通じない奴め」

 土御門本人が聞いたらそれはこっちの台詞だと言われるであろう呟きを漏らしつつ、一方通行は家捜しを続ける事にする。


「……ン? こりゃァ……」

 部屋の片隅、妙に奥まった場所に一台の端末があるのを発見。見た目からしてほぼ無傷、問題なく稼動するようだ。
 ここの住人の”片付け”をする際、建物や設備のあちこちが破壊されてしまっているが、その一角は中でも被害が軽微だった。
 依頼内容は”回収”もしくは”破壊”だったが、手っ取り早く片付けるには破壊の方が楽な為、後の事は考えずに”片付け”の際に周りの機材には配慮しなかったので、多くの機材は半壊した。

 その状態からデータを回収するのも面倒なので、それらは念入りに破壊済みである。
 そうなると、そこにあった端末はほぼ唯一と言っていい、無事な端末、と言えるだろう。

「チッ、メンドくせェ……」

 がしがしと頭を掻くと、一方通行は依頼の際渡されていた小型端末とその端末を接続し、電源を入れた。
 ここの設備の各端末のセキュリティ突破用のパス、及び目的のデータと合致するかどうかのチェックツールが小型端末に登録されている。
 その為、面倒な作業が嫌いな一方通行でも一回くらいなら調べてやってもいい、そう思える程度には作業は簡略化されているのだ。

(とはいえ、気に食わねェ作業なのは確かだ……)

 依頼の違和感は、個人の指定以外にも不可解な点が幾つかある。多くはいつもの事なので大抵は無視出来るし、危ない橋を渡らない為にも普段は敢えて無視している。
 が、今回は一点、どうにも引っ掛かって仕方のないものがある。

 ”電話の男”がヤケに”回収”を強調していた点だ。

(恐らく、”回収”は本来の依頼には無ェと見た)

 通常、”回収”もしくは”破壊”という指定の場合、どちらかにウェイトが置かれた依頼をされる事が多い。
 しかしながら、依頼内容のデータを受け取った時はどちらを強調する表記も無かった。
 であれば、”電話の男”が強調している”回収”にこそウェイトを置くべきだろうか?

 しかし、そこにもまた違和感。
 施設を襲撃する際、設備に対して配慮する必要は無い、とも明記されていたからだ。
 怪しく思って依頼データを走査してみたところ、やはり後から改竄されている事が分かった。
 改竄を最低限にし、巧妙に改竄箇所を隠蔽していた為、具体的にどこが改竄されたかを追う事は出来なかったが……。

 走査した際、もう一つ気づいた事がある。
 元のデータがかなり強固に改竄を許さない作りをしていた事だ。
 ひょっとして、改竄される事を事前に予測していたのかも知れない。

(いずれにせよ……)

 小型端末にデータ回収完了のポップアップが表示される。一方通行は一つ息を吐くと、チョーカーのスイッチを入れた。

(データの中身を見れば、全て明らかに、ってなァ!)

 生体電気を操り、小型端末内部の電気信号とシンクロ。能力を使用した強引なアクセス方法だ。
 一方通行に電脳の知識やノウハウは無いが、少々回り道をすれば玉葱の皮を剥ぐように一枚一枚その姿を露にする事は難しい事ではない。幸いにもチョーカーの残り電源には充分な余裕がある。
 問題は土御門に見咎められる事だが、幸いにもその気配はかなり遠くにある事が分かっていた。

(かはッ! 依頼主と、”電話の奴”が何を企ンでるかは知らねェが……生意気な事考えてるようだったら逆に利用させて貰うぜェ)

 小型端末の画面に次々とウィンドウが開かれ、また閉じられる。
 それらに素早く目を通し、一つ一つ壁を突破しているのを確認しながら作業を続けた。
 アクセスに慣れるにつれ、そのスピードは段々と速まっていく。

(それにしても面倒なまでに強固な防壁じゃねェか。ま、俺に取っちゃ楽勝だがなァ!)

 セキュリティという名の玉葱の皮が最後の一枚まで剥がされる。チョーカーのスイッチをOFFにし、一方通行は小型端末の画面を注視した。

(これは、研究資料か……。ン?)


――『クローン体と、元素体との能力差についての考察』

一方通行の目が微かに揺れ動いた。
 動揺。最近の彼にしては珍しい心の動きだ。

 無理もない。
 彼ほどその”クローン体”という言葉と密接に関わっている能力者は、学園都市中を探してもほとんどいないだろう。
 そして、それはまた、彼がこうして暗部へと落とされた理由でもあり、その中で諦めずあがき続けている理由でもある。

(……まさか。コレが、俺を指定した理由だってのかよォ)

 だとしたら、依頼主は一体彼をどこまで調べ尽くしているというのか。
 ゾクリ、と嫌な悪寒が背筋を走る。

 戦争も終わり、束の間の平和を享受していたが、それもほんの刹那に過ぎなかったのか。
 そんな考えさえ浮かび、一方通行の脳裏に一人の少女の顔がよぎった。

 気が付けばにじみ出ていた額の汗を拭い、彼は深く息をつく。


(まだだ、そうと決まったワケじゃァねェ。何を勝手に焦ってやがるンだ俺は……!)

 弱気な考えを振り払い、資料の中身を見ようと端末を操作する。

(……ン?)

 視界の端に、何かが引っ掛かった。
 何だろう、そう思って目を向けると、そこに意外なものが飛び込んでくる。

(……ハァァァ!? なンでここに……!)

 ピピッ、と小型端末が音を立てて意図しない動作を始めているのにも気付かず、一方通行の思考は今度こそ止まった。

(なンでこんな所に、あの女の名前がありやがるゥ!?!)

 呆然とその名前を眺める一方通行の前で、小型端末が一つのアプリを起動し、画面にウィンドウを表示させる。
 それを目にした一方通行は、大きく溜め息を吐いて脱力した。


 『レディの秘密、覗くべからず☆  貴方の頼れるお姉さん K.Yからのオ・ネ・ガ・イ♪』


「……阿呆らしィ。全部お前の差し金かよォ」

 それは依頼内容のデータが改竄される事を見越していた依頼主からの、トラップ形式で起動するアプリケーション。
 つまり、一方通行も、”電話の男”さえ、彼女の手のひらの上なのだった。

 ずりずりと脱力した身体を壁に寄りかからせながら、一方通行は再びチョーカーのスイッチをONにした。

---

「いやー、こっちはさっぱりだったぜよ。一方通行、そっちの収穫はどうだったかにゃー? 」

 杖を突きながら不機嫌に歩く一方通行は、振り返りもせず答えた。

「……こっちも収穫ゼロだ。壊れた端末しか無かった」

 一方通行の横に並んで歩きながら、土御門が苦笑を浮かべる。

「ま、”回収”もしくは”破壊”だからにゃー。後者の条件は満たしてるみたいだし、問題なしぜよ」

「ン」

 コツ、コツ、と杖が床を叩く硬い音が響く。
 やがて二人は建物から外に出て、近くに停めてあるワゴンへと足を向けた。

「おや? そういやお前に渡していた分の小型端末はどうしたのかにゃー? アレは出来れば上に返却したいんだが」

 ピク、と一方通行が反応し足を止める。が、すぐに何事も無かったかのように杖を突き歩き始めた。

「戦闘の際に壊しちまったみてェだ。面倒だからそっちも破壊しておいた」

 その言葉に、ニヤリ、と笑みを深くしながら土御門は言った。

「そうか、それなら仕方ないにゃー」

「あァ」

 

 

 



「じゃあ、行って来るじゃん!」

「いってきまーす! ってミサカはミサカは笑顔で送り出されてみる!」

「はいはい、行ってらっしゃい」

 黄泉川と打ち止めの二人を送り出し、芳川はリビングに戻った。
 毎朝賑やかな黄泉川家も、その喧騒の原因である二人がいなくなると静かなものだ。
 芳川はコーヒーでも飲むか、とキッチンへ向かい、そこでもう一人の住人がリビングに入って来るのに気付いた。

「あら、おはよう」

「あァ。……あの二人はもう出たンか?」

「ええ、他の妹達やお姉様と一緒に遊びに行く、だそうよ」

「ふゥン」

 酷く不機嫌な顔つきをして椅子に座り込む一方通行に挨拶を投げかけ、芳川は彼のためのコーヒーを追加で淹れる。
 テーブルに二杯のコーヒーが置かれ、少年がそれを受け取るのを見届けると、自らもコーヒーを啜り、その甘ったるい味香りを胸に吸い込んだ。

 ふと、一方通行がこちらをじっと見ている事に気付き、視線を返す。ふい、と視線を逸らされた。
 ふふ、と思わず笑みを零しつつ、芳川はそんな彼に話しかけた。

「今日は病院で検査、だっけ?」

 一瞬気まずそうな表情を顔に浮かべ、視線を逸らしたままで一方通行が答えを返してくる。


「あァ。お前はまた一日中ヒキコモリか?」

「ええ。この場所が好きだもの」

 笑みを浮かべて言うと、一方通行が苦虫を噛み潰したような表情になった。

「働く気は無いのかよ……」

「間に合ってるわ、ここが私の職場よ」

 砂糖とミルクがたっぷりのコーヒーを一口。
 何も混ぜない、彼のそれとは正反対の味。

「自宅警備員ってかァ……恥ずかしくねェのかよ」

「あら、皆の帰る場所を護っているのよ。素敵な仕事じゃない」

 彼がブラックコーヒーを啜る。
 出会った頃から、彼がそれに何かを混ぜた所は見た事が無い。

「そォかよ。それで満足なら何も言わねェ」

 飲み干したカップをテーブルに置き、一方通行が立ち上がる。

「ふふ、とってもやりがいのある仕事よ。毎日楽しいわ」

 同じくコーヒーを飲み終えた私は、二人分のカップを流し台へと運んだ。

 他愛の無いやり取りの後、コーヒーを飲み終わった一方通行は出掛ける準備をして玄関へ。
 私はそんな彼を送る為、後について玄関の前で立ち止まった。
 ふと彼が振り返り、じっとこちらの顔を見つめてくる。

「何? 私の顔になにかついてるかしら」

「…………」

 無言のまま見つめられると、流石の私もちょっと気まずい。彼、近くで見ると結構綺麗な顔してるし。
 とはいえ、私からも何もいう気も無くそのまま見つめていると、彼の方から目をそらした。

「……行って来る。留守、頼むな」

「……ええ、行ってらっしゃい」

 いつものように満面の笑顔で送り出すと、それで彼もようやく溜息と共に出掛けていった。


「――ホント、いい子ね」

 くすりと笑いを漏らし、私はリビングへと戻った。
 そして汚れた食器類を片付け、くるりとリビングを見渡し、一つ頷く。

「うん、今日も平穏で何よりね」

 自室に戻ると、端末の電源が入りっぱなしである事に気付いた。
 昨晩消すのを忘れてそのままにしてしまったようだ。
 黄泉川にバレていたら電気代の事で怒られる所だったわね。

「ま、バレなきゃいいのよ、バレなきゃね」

 端末の前に座りながら、独り言を呟く。
 ディスプレイの電源を点けると、いつもの画面が私を迎えた。

 今日も退屈で緩やかな私の一日が始まる。


~終わり~

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