「……ステイル?」
日本、某所。
イギリスから逃亡した魔術結社の生き残りが潜伏している場所が発覚したので殲滅の為に二人で向かった、その道中のこと。
一服したいという相方の提案に従って脚を休めていた神裂は、何も考えていなかったのに思わずというよう彼の名前を呼んだ。
ぼんやりとどこかに視線を投げかけていた年下の天才は普段よりも数秒遅れて反応し、やや不思議そうな瞳を此方に向ける。
当たり前だ、普段はどちらも無駄口を好む性質ではないのだから。
「なんだい、神裂」
「……えっと、あのですね」
――なんて言えば、いいのだろうか。
彼の視線が向かう一点の方向に聳える都市と其処に居る少女への感情を考えれば、問い掛ける迂闊な言葉は口に出す前に存在を掻き消される。
彼の無言が痛ましく思えてなんとなく呼び掛けたとは言えず、自然としどろもどろになる神裂は話題の矛先を特に何も考えずに彼の指先で輝く煙草に向けた。
「それ、銘柄変えましたか?」
「よく気付いたね。いつものヤツを切らしたから、仕方なく空港で適当なものを買ったんだ」
「それくらい分かりますよ」
互いの付き合いの長さを滲ませた言葉にそれもそうだなと彼の浮かべた年齢不相応な微笑みは、神裂にはほんの少しだけ遠くに見える。
自分よりも大きな背中に背中を預けて、預かって、そうやって二人で数多の魔術師達を殲滅してきた。
熱風と灰燼と煙草と香水で構成された彼の体温や僅かな匂いは敵の屍の中で帰る場所への道標となる。
「昔は、口煩く止めろって注意されたものだったね」
「……正直、今も止めてほしいんですがステイルの意地に根負けしただけです」
「そういえば最大主教にもこの間、注意されたよ。神裂に匂いが付くから、とかなんとか。そればっかりは申し訳ないね」
他愛のない会話も、久しぶりだ。
適度ながら心地好い距離を保って棚引く紫煙を眺めていた神裂は、何気なく零されたステイルの言葉に胸を跳ねさせた。
「い、いいえ、別に構いません」
「そうかい? 神裂、煙草を吸う時は距離を取るくらいの対策でよければ――」
「大丈夫です。離れた時に、その、不意な敵襲でも受けたら困ります。それに」
貴方の匂いなら大丈夫なんです、と。一言を飲み込んで。
神裂? と、問い掛けてきた彼の言葉をごまかした。
たとえば、戦闘の後。傷を負った私を何気なく背負ってくれたり。
そうしながら、あ、また背が伸びたんだと今更実感なんかしたり。
尖ってる肩甲骨に額を当てて、男のカラダの硬さにはっと息を呑まされたり。
そういうのが――万年雪みたく積もって少しも日常の温度に解けなくて、歯痒いくらい私は身動きがとれなくなってしまう。
背中合わせの価値を得ながら、それを手放さずに貴方の隣で微笑む価値も欲しいと願う私は、酷く強欲に思えた。
成長が遠ざけるような錯覚に怖くなり、彼の愛煙する煙草を真似てみたりしたから匂いは別のルートで想いと共に染み付く。
「――神裂」
「えぇ、囲まれましたね。離れなくて良かった」
「全くだな」
互いに背を合わせながら無造作に戦闘体勢に入った彼からは、いつもと違う煙草の匂いがする。
願わくば、私からする彼と同じ香りには気付かないようにと祈りながら。
――背中と隣を天秤に掛ける私は、今はまだこの場所を守るために刀を抜いた。
[ 神裂火織の秘密 * 少しの喫煙 ]