上条「だからお前のことも、絶対に助けに行くよ」一方「……」 > 1


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○ご注意!
・基本的な世界観は一緒ですが、設定が違ういわゆるパラレルです。
・時系列は上条と美琴が出会った後、美琴が妹達の存在を知る前かつ上条がインデックスと出会う前。
・具体的には6月17日(?)の数日後くらいがスタート地点だと思っていただければ。
・それでも展開上の都合で、ちょこちょこ出来事の時系列や人物の関係、立場などの設定に変更があります。

 

 

 

 

走る。走る。走る。



何処へ向かえば良いのか、どうして走っているのか。何も分からないまま、それでも少年はひたすらに走り続ける。
けれど少年には、たったひとつだけ分かっていることがあった。

誰から逃げているのか。

それを理解するのは簡単だった。少年の背後には、恐ろしい追跡者があったからだ。
追跡者は必死になって逃げ回っている少年とは対称的に、追跡者としてはあるまじきことに余裕の表情で悠々と歩いていた。
なのに、追跡者はたまに地面を軽く蹴ったかと思うと一瞬で少年との距離を詰めてくる。
だから少年は、とにかく必死で逃げることしかできなかった。

少年はそんな追跡者の態度が気に食わなくて仕方がなかったが、今は逃げるしか手立てが無い。
自分ではとてもではないがあの追跡者を退けることなどできないからだ。

突然少年の真横にあった壁が小爆発を起こしてコンクリートの破片を撒き散らす。
飛散した拳大のコンクリートが二の腕を抉るが、少年はすぐに体勢を立て直すと背後の追跡者を一瞥してから再び走り出した。
その様子を見ていた追跡者は一旦その歩みを止めると、とても詰まらなそうに溜息をつく。

「オイオイ、ホントに能力が使えなくなってんのか? 張り合いねえなあ」

『文句言ってねえでさっさと捕まえろ。もうすぐ第七学区の大通りに出る。人目につく場所に出られたら面倒くせえ。
 それに能力が使えないってんなら好都合だろうが。捕まえやすいだろ?』

追跡者がインカムのマイクに向かって不平を漏らすと、すぐさま男の声が返ってきた。
それはどう考えても、明らかに追跡者よりも一回りは年上の男の声。
にも関わらず、追跡者は一切口調を改めようとしなかった。

「ま、そりゃそうだけどよ……。手加減すんの、結構難しいんだぜ? 下手に傷つけたら後が怖い」

『ちょっと傷をつけるくらいなら、学園都市の医療技術で傷跡ひとつ残さずに治療できる。
 流石に手足飛ばしちまったら、俺もお前もただじゃすまねえだろうけどな』

「わーってるって、心配すんな。うまくするさ」

追跡者は視線の先にいる少年が暗い路地の角を曲がるのを確認すると、能力を使って一気に少年との距離を詰めた。
そうして追跡者が路地の角を曲がろうとした、その時。
そこに積み上げられていた大量の木箱が、追跡者を押し潰さんとして雪崩れ込んできた。

相手は能力が使えないからと高を括って、自分も能力の使用に手を抜いていたのが悪かった。
木箱攻撃をまともに食らってしまった追跡者は木箱の山に埋まってしまい、
ほんの僅かな時間とはいえ完全に少年の姿を見失ってしまう、という致命的なミスを犯した。
追跡者はすぐに木箱の山を蹴散らして少年の姿を探すが、何処をどう見回しても少年の姿を見つけることができない。
追跡者が歯噛みしていると、イヤホンから先程の男の声が聞こえてきた。

『オイ、すごい音がしたぞ。どうかしたか?』

「くそ、油断した。見失っちまった。だがまだそんな遠くへは行ってない筈だ。監視カメラから確認できるか?」

『ちょっと待ってろ。…………』
ヘッドセット越しに、カタカタとキーボードを打つ音が聞こえてくる。
それは時間にして一分にも満たなかっただろうが、途轍もなく長く待たされているかのような錯覚に陥った。

「まだか? 早くしねえと遠くに行っちまうぞ」

『……、…………。いねえ』

「は?」

『どの監視カメラにも写ってねえ。アイツは走り続けてるはずだから、死角にいるとは考えづらい。
 この周辺にはもういないと考えた方が良いだろうな』

「はあ? アイツは能力が使えないんじゃなかったのか? そんなことできるはず……」

『お前との追いかけっこの中で少しだけ能力の使い方を思い出したか、使えないふりをしていたか、だな。
 どちらにしろこれじゃ能力を使って逃亡したと考えた方が妥当だろう。
 俺は別のエリアの監視カメラをハッキングする。お前はその辺を走り回ってとにかくアイツを探せ』

「チッ、調子に乗りすぎたか……。仕方ねえ、本腰入れて探すとするか」

追跡者は苦い表情を作ると、自らの能力を展開させて一瞬にしてその場を去ってしまう。
……
だから追跡者達は、遂に気付くことができなかった。
雪崩れて山と積まれた木箱の下に、僅かに開け放されたマンホールがあることに。




第七学区。
誰もいない裏路地のマンホールの蓋がひとりでに持ち上がったかと思うと、その中から幽霊のように真っ白な手がぬっと伸びてきた。
まるでホラー映画のワンシーンのような光景だが、続けてそこから顔を出したのは追跡者から逃げ回っていたあの少年だ。

少年は傷だらけの身体を引き摺って何とかマンホールから這い出ると、ぺたんと座り込んで壁に凭れかかる。
血を流しすぎた所為もあるだろうが、体力の消耗が激しかった。

「はっ、はあ、は、はあ……。な、とか、撒いたか……」

荒い息を繰り返しながらも、彼は痛む身体に鞭打って再び立ち上がった。
もしかしたら撒けたと思っているのは自分だけで、追跡者はもうすぐそこまで迫っているかもしれないからだ。すぐに出発しなくては。
すると少年は壁に寄りかかりながらきょろきょろと辺りを見回して、周囲の状況を確認する。

「……ここ、何処だ?」

マンホールを通ってきたので、今自分が何処にいるのかよく分からない。
なんとなく何かから遠ざからなければならないという事は分かるのだが、それが何なのかが分からないのだからどうしようもない。
少年は一瞬途方に暮れかけるが、ふと耳を澄ませてみるとすぐそばに町の喧騒があることが窺い知れた。

どうやらここは大通りから一本裏に入っただけの路地らしい。ちょっと行けばすぐに大通りに出ることができるようだ。
しかし大通りに出て良いものだろうか、と少年は迷った。
確かに大通りに出れば、あの追跡者達もそう簡単に自分に手出しすることはできなくなるだろう。
だがこの血だらけ泥だらけの姿で大通りに出てしまえば、
不審者として通報されて捕まって、最悪あの追跡者達の所へと身柄を引き渡されてしまうことも考えられる。
それだけは何とかして避けたかった。

少年は暫らく考えた後、やはりこのまま路地裏を進むことにした。
やはり大通りに出るのは躊躇われるし、大通りのすぐそばの裏路地なら追跡者達もあまり派手な破壊行為はできないだろうと踏んだからだ。

そうと決めると、少年は再び歩き始めた。
ふと顔を上げてみれば、そう遠くないところに病院が見える。
あそこに行って治療を受けるのが最善だろうが残念ながら少年は無一文で、しかも病院で身元を尋ねられても答えることができない。
そうして最終的には通報されて……という最悪の結末が脳裏を過ぎり、少年は力なく首を振った。
……
自分の力だけで、何とかしなければならない。

 

 

 

 

 

 

同じく第七学区、とある大通り。
完全下校時刻間近で人通りの多いこの場所にも、世にも恐ろしい追跡者から必死で逃げ続けている不幸な少年が居た。
ただし、この少年を追いかけている追跡者はなんとも可愛らしい少女であった。
学園都市有数のお嬢様学校である常盤台中学の制服に身を包み、セミロングの茶髪を靡かせているその少女は、
しかし、体中から鋭い紫電を発していた。

バチバチと派手な音を立てて放電しながら疾走する少女は、時折少年に向かってその紫電を解き放つ。
しかし、とんでもない速度で逃げ続ける少年にその攻撃が届くことは決してない。
いつまで経っても少年に一矢報いることもできないことにいい加減痺れを切らした少女が、走る速度を落とさないままに声を張り上げた。

「あーっ!! もう! いつまで逃げてんのよ、大人しく私と勝負しろーっ!!」

「そんなことを言われましてもですね、俺はただの無能力者であって、これは流石に命の危険を感じざるを得ないというかーッ!!」

「うっさい、どの口でそんなことを言うか! 待・て・や・ゴルァアアア――ッ!!」

「ハッハッハ、待てと言われて待つ馬鹿がどの世界に居るというのやら! ……ああ、不幸だ――ッ!!」

少年の名は、上条当麻。幻想殺しという特殊能力を持つが、普段は不幸体質の無能力者。
対して、少女の名は御坂美琴。名門常盤台中学の誇るエース、超能力者(レベル5)の第三位。

途轍もないレベル差のある二人だが、こうした追いかけっこイベントは、そう珍しいことではない。
むしろ美琴は上条を見つける度にこうして勝負を挑んでは逃げられ、追いかけっこを開始するので、もはや日常茶飯事とさえ言える。
周囲の人々は好奇の視線こそ向けてくるものの、こうした能力者同士の喧嘩はよくあることだからなのか、
いらぬ火の粉を浴びないように道を開けたりはするものの、この二人の追いかけっこを積極的に止めさせようとは思っていないようだ。

……
ああ、不幸だ。
上条は、今度は心の中だけで、再び自らの口癖を呟いた。

今日は不幸体質の上条にしては非常に珍しいことに、タイムセールでお手頃な値段になっていた牛肉を手に入れることができて、
意気揚々と自らの住まう学生寮に帰ろうとしたら、これだ。
久々に牛肉を味わうことが出来ると思って幸せな気分でいたのに、つくづく神様は自分を素直に幸せにしてくれる気がないらしい。

ああそれにしても、さっきから高速でシャッフルされているビニール袋の中身は大丈夫なのだろうか。
流石に牛肉はまだ大丈夫だろうが、他にも諸々の食品が入っている。そちらの方がどうなっているかが心配でならない。
上条は一刻も早く袋の無事を確認して安心したかった。

(その為にも、なんとかしてビリビリを撒かなくては……)

上条は胸中で呟くと、何か利用できるものはないだろうかときょろきょろと辺りを見回し始める。
すると、ふと路地裏への入り口が目に付いた。
確かに入り組んだ構造をしている路地裏に逃げ込めば、美琴を撒くことのできるチャンスが生まれるかもしれない。
上条は即行で決断を下すと、急ブレーキをかけて真横に方向転換。
路地裏に飛び込むと、一気に美琴を引き離すべく全速力で走って路地裏の入り組んだ迷路の中に身を隠そうとした。

と、その時。
上条は、黒で塗り潰されているはずの路地裏に白い人影があるのを見つけた。
まさかこんな所に人が居るとは思っていなかったので上条は少々驚いたが、この状況でそんなことにかまけている暇は無い。
少年の方も上条を見て少し驚いたようだったが、大した反応を見せることなく二人はすぐにすれ違い、別々の方向へと向かっていく。
……
しかし、美琴がそれを許さなかった。

「逃がすかあああ―――ッ!!」

美琴の方も上条を逃がすまいと必死になっていたのと、上条と同じようにまさかこんな所に人が居るとは思っていなかったのだろう。
美琴は路地裏に飛び込んでくるなり、よく前方を確認することなく電撃を放ってしまった。
しかし美琴の目の前に立っていたのは上条ではなく、先程の少年。
それを見た美琴は慌てて放った電撃を引っ込めようとするが、間に合わなかった。

バチィッ、と大きな音がして、電撃が少年に直撃する。
少年は咄嗟に両腕で頭を庇ったが、少年にできた防御行動はたったそれだけだった。
そんな申し訳程度の防御でただの少年が超能力者の第三位たる美琴の電撃に耐えられるはずもなく、
少年はそのまま気絶してその場に倒れこんでしまう。

先程までの威勢は何処へやら、電撃を放った張本人である美琴は顔を真っ青にして凍り付いている。
もちろん致死量の電撃など放ってはいないが、上条に当てるつもりで放った電撃だったので、それでもかなりの威力を持っていた、と思う。
それを見た上条は慌てて急ブレーキを掛けてUターンすると、すぐさま血の気の引いた顔をしている二人のもとへと駆け寄った。

「ど、どどどどうしよう……、わ、私とんでもないことを……」

「言ってる場合か! 早く病院、救急車だ! いや、ここからなら救急車を待つよりも運んで行ってやった方が早いか」

「う、うん……」

混乱のあまりにどうしたら良いのか分からずおろおろとしている美琴を尻目に、上条は慣れた手つきで少年を負ぶっていた。
不幸中の幸いか、病院はすぐそこにある。二人は路地裏を飛び出ると一目散に病院に向かって駆け出した。




第七学区、とある病院。
例の少年が入院することとなった病室の外にある椅子に、二人は落ち着かない様子で座っていた。
特に、この状況の原因である美琴の落ち着きのなさは尋常ではない。
大人しく座って俯いているかと思ったら、急に立ち上がって落ち着きなく辺りを歩き回り始める。
上条は暫らくそんな美琴を眺めていたが、いよいよこの沈黙に耐えられなくなったのか、急に美琴が声を掛けてきた。

「……そう言えばアンタ、やけに手馴れてたわね。こういうこと、よくあるの?」

「ん? ああ、俺は近道するためにしょっちゅう路地裏を通るからさ。不良どもに絡まれてる奴をよく助けてやるんだよな。
 そういう時って、絡まれてた奴は大抵既に怪我してるから、そういう奴を病院に連れてってやるんだよ。
 ま、殆どの場合その時に俺もボコボコにされてるから、俺も一緒にこの病院で診てもらうんだけどな。アハハ……」

「ふうん……。ほんと、無能力者の癖によくやるわね」

そう呟く美琴の口調は、どことなく不機嫌そうだ。
一体どこで地雷を踏んでしまったのかさっぱり分からない上条は首を傾げると、不意にガラッと病室の扉が開く音がした。
二人は一斉に音のした方向を振り返ると、そこには少年の病室から出てきたカエル顔の医者の姿があった。

「先生! どうでしたか?」

「外傷の方は、どうってことなかったね? たぶん無意識に加減していたんだろう。それより中身の方が重症みたいだね?」

「そ、それってどういう……」

美琴が再び顔を青くしながら尋ねると、医者は困ったように眉根を寄せる。
どうやら身内でも何でもない上条たちにあの少年の症状について説明してしまうことを躊躇っているようだったが、
医者は少し考えただけですぐに再び口を開いた。

「まあ君達もまったく無関係というわけではないようだし、説明しておこうかな?
 結論から言うと、あの子は記憶喪失だね? エピソード記憶がごっそりと、一部の意味記憶と手続記憶も失っている」

医者の言葉を聞いて、これ以上青くはならないだろうと思われていた美琴の顔がもっと青くなった。
しかしそれを見た医者は、慌てて言葉を続ける。

「心配しなくても良い。あの子に確認してみたら、電撃を浴びる前の記憶ははっきりしていた。恐らく君の電撃の所為ではないだろう」

「そ、そうですか……」

「それより、彼に電撃によるもの以外の外傷があったのが気になる。君達は何か知っているかな?」

「あ。そういえば、路地裏ですれ違ったのでもしかしたらタチの悪い連中に襲われたのかもしれません。
 その時には既に少しふらふらしてた気もします」

「なるほど」
上条の説明に、医者は合点がいったような顔をした。
……
と言うことは、まさか不良に絡まれたときに頭を強く殴られるか何かして記憶を失ってしまった、ということなのだろうか。
上条が考えたことをそのまま医者に伝えると、医者は左右に首を振った。

「いや、それはないね? ちょっと機械で検査をしてみたけど、頭部を強打したことによる記憶喪失ではなかったよ」

記憶喪失と言えば頭を打って……というイメージがあったので、この医者の答えに上条は少し驚いた。
原因を聞いてみたかったが、どうやらこちらは少年から直接口止めされているらしく、医者は申し訳無さそうにその旨を伝えてきた。

それにしてもすべての記憶を失くしてしまうなんて、まるで想像することもできない。
それでもお人好しの上条は、きっと途轍もなく不安なんだろうなと思った。
上条たちはあの少年の知り合いではないから記憶についてはどうしてやることもできないが、何とかして力になってやりたいと思った。

「話を聞くに、君達はあの子とは面識がないみたいだけど、あの子に関して何か覚えていることはないかな?」

「すみません、何も……。すごく目立つ容姿だけど、今まで一度も街で見かけたことがないし……。
 ……あれ。先生、そう言えばあの人の名前はなんて言うんですか?」

「……それが、自分の名前も覚えていないみたいだね?
 ただ自分に関する情報として『一方通行』という単語だけは覚えているようだったから、とりあえずそう呼んでいるけどね?」

「アクセラレータ? 加速装置のこと? それが何の関係があるのかしら」

「いや。『一方通行』と書いて『アクセラレータ』と読むみたいだね? 多分、能力名か何かだろう」

「能力名……? そんな能力、聞いたこともないわ」

恐らくは「アンタは知ってる?」という意味なのだろう、上条は美琴に見つめられたが何も言わずに首を振った。
学園都市の第三位である美琴も知らないような能力を、無能力者の上条が知っているわけがない。

「もしくは警備員や風紀委員みたいな組織の名前? あるいは計画とか研究とか。
 そうだ、警備員に頼んで書庫で調べてもらったら良いんじゃ……」

「それが、本人が頑なに警備員や風紀委員に相談することを拒んでね? 理由も教えてくれないから、困っているんだよ」

「うぐ、それは難しいな……」

「あ。そしたら私、風紀委員に知り合いがいるのであの人のことは伏せて『一方通行』について調べられると思います。
 それなら良いですよね?」

「そこは本人に訊いてもらわないとね? もうだいぶ良くなってるし、会ってみるかい?」

当然、こうなってしまったことをあの少年に謝らなければならない。
二人は迷うことなくそれを了承すると、医者に続いて例の病室に入っていった。
少年は病室の窓際に置かれたベッドの上で、半身を起こして開け放たれている窓の外を眺めているようだった。
白い病室と殆ど同化してしまっている程に白いその少年は、三人分の足音に気付いてこちらを振り返る。

「ンだァ? まだ何か用か?」

「いや、例の子達が君に謝りたいらしくてね? 連れて来ただけだよ」

医者の言葉に、少年は医者の後ろに佇んでいる二人の方へと目をやった。
見たこともないような鋭い真っ赤な瞳に見つめられてぎくりとするが、美琴は怯むことなく口を開く。

「あ、あの、ほんとに申し訳ありませんでした。ついいつものノリで電撃を……、不注意でした。ごめんなさい」

「……別に、謝られるほどのことじゃねェ。アイツよかマシだ」

最後の方は本当に小さな声だったので聞き取れなかったが、とりあえず少年はそこまで怒っているわけではなさそうだ。
不機嫌そうに見えるのは、どうやら天然のしかめっ面なだけらしい。
少年の言葉に、深々と頭を下げていた美琴は顔を上げると、ほっと胸を撫で下ろした。

「俺も、ちょっと考えれば、あのまま行けば巻き込まれるのは分かってたのに、すみませんでした。えっと……」

「……一方通行で良い。ここの奴らはそう呼ぶ。あと、むず痒いから敬語もいらねェ」

「そ、そっか。とにかく、身体の方は何事もないみたいで安心したよ。あ、俺は上条当麻。こっちはビリビリ。
 これも何かの縁だし、何か困ったことがあったら俺を頼ってくれ」

「誰がビリビリかッ!! ……わ、私は御坂美琴よ。よろしく」

流石に病院内なので電撃のおまけは無かったが、美琴の鋭いツッコミを受けながら上条は一方通行に向かって手を差し出した。
一方通行はそれを見て少し驚いた顔をし、そして少し躊躇ってからその手を取って握手した。
続いて美琴とも握手をしていたが、どうも動きがぎこちない。こういうことに慣れていないのか、人見知りなのだろうか。

「お医者さんから話は聞いたわ。私はこう見えても超能力者だから、そっちの無能力者よりは頼れると思うわよ。
 それから、私は風紀委員の知り合いがいるんだけど、アンタのことは伏せて『一方通行』について調べたいと思ってるの。
 風紀委員や警備員と関わりたくないみたいだからちょっと迷ってるんだけど、大丈夫かしら?」

「あァ。その程度なら構わねェが……」

「それから私達、この辺りには結構詳しいから、外出できるようになったらこのあたりを案内してあげるわ。
 この辺のことも覚えてないだろうし、一応見回っておいたほうが後々便利でしょ?」

「そ、そォか。助かる」
ほんの少し一方通行の様子を観察してみただけだが、やはり彼はどうにもこういうやり取りに不慣れなようだった。
反応に困っている気がする。
上条がそんなことを考えながらふと時計を見やってみると、もう完全下校時刻をだいぶ過ぎてしまっているではないか。
確か美琴の寮には門限があったはずだと思い当たった上条は、まだ一方通行と何事かを話しているらしい美琴に声を掛ける。

「ビリビリ、そろそろ帰らないとやばくないか? お前、確か寮に門限あったよな?
 それに一方通行もまだ本調子じゃないだろうし、また今度お見舞いに来ることにしてもう帰ろうぜ」

「へ? ああっ!?」

壁に掛けられている時計を見て、美琴は本日何度目かになるか分からない蒼白な顔をした。
美琴は大慌てで床に置きっぱなしにしていた鞄を引っつかむと、反対の手でがっしりと上条の腕を捕まえた。

「今日は本当にごめんなさい! 早く良くなるといいわね! それじゃ、またお見舞いに来るから! じゃあね!」

「お、おいコラビリビリ! なぜ上条さんの腕をつかんでいるのでせうか!? は、放してええぇぇぇ……」

美琴は暴れる上条の腕を掴んだまま、足早に病室を飛び出していった。抗議の言葉も完全無視だ。
急いでいたために開け放されたままになったドアから、引き摺られていっているらしい上条の悲痛な悲鳴が聞こえてくる。
呆然としながらその様子を眺めていた一方通行は、やがて我に返ると呆れながら呟いた。

「……変な奴ら」

「ま、賑やかで良いんじゃないかな? 病院で騒ぐのは、あまり褒められたことじゃないけどね?」

今度は窓の外から騒ぎ声が聞こえてきたのでふとそちらに目をやると、ちょうど上条と美琴が病院から出てきたところだった。
病院の敷地内なのだから騒いではいけないのではないかと思ったが、二人は完全にお構いなしだ。
流石にここからは内容までは分からないが、何やら言い合いをしながら帰っていく二人を眺めながら一方通行は再び同じことを呟いた。

「変な奴ら」

 

 

 

 

 

 

事件から数日後。とある病院の診察室。
冥土帰しという異名を持っているらしい医者による診察が終了したので、一方通行は診察のために脱いでいた手術衣の上着を着直した。
別に手術をしたわけでもないのに何故手術衣を着ているのかというと、前着ていた服がぼろぼろになってしまったからだ。

「経過は良好、能力も安定してるみたいだね? もう大丈夫だよ」

カルテに一方通行の状態をすらすらと書き込みながら、冥土返しがそう言った。
あれから様々な検査を行った結果、一方通行には何らかの能力が発言していることが判明したのだ。
待っているだけで手持ちご無沙汰な一方通行は冥土返しを眺めながら、ぼんやりと意味不明な自分の能力について考えていた。

「能力、ねェ。そう言えば、俺の能力って結局なンなンだ? 最初は紫外線なンかの一部の有害物質を弾く能力、っつってたが」

「それが、僕にもよく分からないんだね?
 最初は体表に微弱なバリアを張る能力かと思ったんだけど、たまに身体能力も向上することがあるみたいだし。
 能力開発のほうは専門じゃないから、詳しいことはそっちの専門家に聞いたほうが良いだろうね?」

「そこまでして知りたいわけじゃねェよ。それに、迂闊に動けばまた奴らが来るかもしれねェしな」

……
実は一方通行は最初、この病院に入院することを拒否したのだ。
自分は得体の知れない何者かに狙われているから、この病院に迷惑を掛けることになるかもしれない。
だから、多数の患者を守るべき病院が、自分のような人間を迎え入れるべきではない。

それが一方通行の主張だった。
しかし冥土帰しは、自分は学園都市の裏事情に精通しているから大丈夫だ、などと言って一方通行を言い負かし、半強制的に入院させた。
確かにここに入院してからというものの、あんなにしつこかった追跡者の影を感じたことは一度もない。
けれどそれはただの偶然で、一方通行は今にもあの追跡者達がこの病院ごと破壊して自分を誘き出そうとするのではないかと思ってしまう。

ただ、一方通行も間違いなく怪我人である。
だからこうして治療を受けられるのはありがたかったが、それでもこれでは病院にとってもあまりにもリスクが大きすぎる。
外傷の方はだいぶ癒えてきたことだし、本当なら今すぐにでもここから抜け出したかった。
それにそうして動き続けていなければ、いつか居場所を特定されて追い詰められてしまうのではないかと、不安で仕方がないのだ。
「奴ら、ね。その、君を追っている人たちについては教えてくれないのかい?」

「……なにしろ記憶喪失だからな。追われてる俺にも、奴らが誰なのか分からねェ。まァ、ヤバくなったら出て行ってやる。安心しろ」

「そんな心配は無用だよ。前にも言ったけど、僕はちょっと上層部の方にコネがあってね。
 たとえ統括理事会の連中だって、おいそれとこの病院には手出しできないんだよ?」

「どォだか。それが俺を丸め込むためのハッタリじゃねェって証拠は何処にもねェンだ」

「本当に疑り深い子だね? 君は子供なんだから、そんな心配はせずに病室でのんびり眠っていればいいんだよ」

冥土帰しは優しい声音でそう言ったが、一方通行はそっぽを向くばかりでちっともその言葉を信用しようとしない。
頑固な少年に呆れながら、冥土帰しは机の上のカルテを整理していた。

「ああ、そう言えば君に能力奨学金が出たよ。後で新しく作った通帳を渡すから、確認しておくといい。
 ちょっと変わった方法を取らせてもらったから、身元や名義については心配しなくても大丈夫だからね?」

「……手の込ンだことしやがって。一体何が目的だ?」

「何も無いさ。強いて言えば、患者に必要なものは何でも、どんな手を使ってでも揃えるのが僕の信条でね?
 これが君に必要だろうと思ったから揃えただけのことさ」

「わざわざご苦労なことだな。まァ、貰えるもンは有り難く貰っておくとするか」

一方通行は呆れたようにそれだけ言うと、すぐそばに立て掛けてあった銀色の松葉杖を手に取った。
別に足が悪いわけではないのだが、一方通行は時たまふらついて倒れそうになることがあるので、冥土帰しに無理矢理持たされているのだ。
一方通行は最初こそ色々と文句を言っていたが、
実際松葉杖に助けられることが多いのか今では何も言わずに素直にこれを持ち歩くようになっている。

「そうそう。もうだいぶ良くなって来てるから、外出しても大丈夫だね?
 彼らに街を案内してもらうんだったら、次の休日あたりに彼らを誘ってみたらどうかな?」

「そォかい。お気遣い痛み入るよ」

それで話は終わったとばかりに、一方通行は冥土帰しに背を向けてさっさと診察室を出て行ってしまう。
冥土帰しはそんな一方通行の後ろ姿を見送りながら、小さな溜め息をついた。

「やれやれ。本当に、このまま何事も起こらないでいてくれると良いんだけどね?」






放課後。上条はとある高校の教室でのろのろと帰る準備をしながら、これからどうしようかと考えていた。
とりあえず今日も一方通行のお見舞いに行くつもりだが、今日こそは『一方通行』についての情報収集もしてやりたい。
……
が、当然ながら当てがない。

上条は幻想殺しという特殊能力を持ってはいるが、学園都市の行っている身体検査ではその能力は測定できないため、レベルは0。
その所為もあってか、もちろんコネなんか持っていない上条は情報収集するにもその範囲が狭すぎるのだ。

「どうしたカミやん、浮かない顔して。また特売品でも逃したのかにゃー?」

「いやいや、これはまた奨学金を引き落とそうとしてキャッシュカードを踏み抜いたときの顔やで!」

「どっちもちげーよ! つーか、どんな顔だよそれ!」

級友である土御門と青髪ピアスが上条の溜息を聞きつけてやってきた。
しかし上条の通っている学校はいわゆる底辺校なので、この二人に一方通行について尋ねた所で自分と同じで何も知らないだろう。
すると、暗い顔をしている上条を見て別の予感を感じ取ったのか、クラス委員長である吹寄が近づいてくる。

「……貴様、まさかまた何か問題を起こしたんじゃないでしょうね?」

「ま、まさかまさか! 吹寄が心配するようなことは何もないですよ? はい!」

「怪しい。素直に白状しろ!」

「いやほんとですって! マジでマジで! あ、そうだ、お前ら一方通行って知ってるか? なんか能力名らしいんだけどさ!」

多少無理矢理だが、こうでもして強制的に話題を転換しなければ、待っているのは世にも恐ろしい吹寄の頭突きだ。
上条は少し無謀だったかと思ったが、意外にも皆この話題に食い付いてきてくれた。

「一方通行? 知らんなあ。なんやそれ?」

「名前の意味をそのまま受け取るなら、加速装置のことよ。でも、一方通行なんて能力は聞いたことがないわ。
 一般的な能力のカテゴリでもなさそうだから、たぶん超電磁砲や心理掌握みたいな個人の能力名だと思うわよ。それがどうかしたの?」

「い、いやちょっと調べものをしててさ! 知らないなら良いんだよ、アハハハハ!」

上条のわざとらしい笑い声に何かがあると思ったのか、吹寄は再び怖い顔になる。
ああもう頭突きは免れないのかと上条が観念しかけたその時、突然土御門がいつになく真剣な顔で声を掛けてきた。
             . . .
「カミやん、どうしてそいつについて調べてるんだにゃー?」

「へ? あーと、ちょっと小耳に挟んでさ、好奇心だよ。土御門、何か知ってるのか?」

「……いーや、聞いたこともないにゃー。でもま、あんまり首を突っ込まない方が良いと思うぜい? 世の中物騒だからにゃー。
 もしかしたら、何か危ない事件に関わってるような能力者のことかもしれないぜよ?」

「へ? あ、おう。分かった」
土御門の言っていることはよく分からなかったが、とにかくこれで吹寄の頭突きは免れることはできた。
上条が心の中だけで土御門に感謝していると、青髪ピアスがふと思いついたように口を開く。

「能力のことなら、小萌センセに聞いてみると良いんやないか? 発火能力専攻やけど、他の能力にもかなり詳しいみたいやでー。
 ま、今日は会議があるとかで忙しそうやったから、訊くなら明日になるけどなー」

「あ、そっか。ありがとうな青髪ピアス、また今度小萌先生に訊いてみるよ」

その手があったかと思わぬ収穫に青髪ピアスに礼を言いながら、上条は珍しく分厚くなっている鞄を掴んで席を立った。
すると、それを見た青髪ピアスが意外そうに声を上げる。

「あれ、カミやんどっか行くんかいな? ゲーセン誘おうと思っとったのに」

「すまん、今日はちょっと用事があるんだ。ゲーセンはまた今度な!」

「なんや、つれないなー。ハッ、まさかまた女の子か、またフラグを立てよったんかいな! きぃー!!」

「うっさい騒ぐな!!」

吹寄の怒りの矛先が青髪ピアスに向いたところで、上条はそそくさと教室を出て行った。
生贄にしてしまった青髪ピアスを少しだけ哀れみながら下駄箱に向かう途中、上条はふと不思議なことに気が付いた。

「……そういえば土御門、どうして能力名の一方通行って聞いて『そいつ』なんて言ったんだろ?」




同時刻、風紀委員活動第177支部。
柵川中学の一室にある風紀委員の支部だ。美琴のルームメイトである白井黒子や、その後輩である初春飾利の詰めている支部である。
美琴は硝子盤に手を触れて、指紋や静脈・指先の微振動パターンの認証を終えると、支部の扉を開いた。
……
と、その瞬間。

「お姉えええぇぇぇ様あああぁぁぁ―――ッ!!」

「そう何度も同じ手を喰うか!!」

扉を開けた瞬間に空間移動を使って飛び掛ってきた白井を、美琴はすかさずその腕を掴んで一本背負いをすることで回避。
その光景を目の前で見ていた固法美偉は驚きのあまり固まってしまっているが、
その奥でパソコンを弄っている初春は、まるでこんなのいつものことと言わんばかりに平然とキーボードのタイピングを続けていた。

「み、御坂さん、いらっしゃい……」

「あ、すみません。お見苦しいところをお見せしてしまって」

「いえ、それより白井さん大丈夫なのかしら」

「大丈夫です。いつものことなので」

本棚に背中から激突した白井は逆さまになったままぴくぴくと痙攣しているが、美琴はまるで気にした様子がない。
それどころか、彼女は爽やかな笑顔を浮かべて固法に挨拶していた。

「お、お姉様……。今日はまた一段と過激ですの……」

「うっさい。パソコンがあるから、電撃は勘弁してあげたのよ。感謝しなさい」

「そんなお姉様も素敵ですの!」

かなりの勢いで本棚に叩きつけられたにも関わらずすぐさま復活した白井は再び美琴に飛びつこうとするが、
これまた簡単にあしらわれてしまう。
美琴はそんな白井を無視すると、奥の方でパソコンに向かっている初春のところまで歩いていった。

「御坂さんお久しぶりですー。いつもいつも、白井さんがすみませんねえ」

「いや、あいつは寮や学校でもいつもあんな感じだから、気にしないで。
 それより、今日はちょっと初春さんに個人的な頼みがあってきたんだけど、今大丈夫かしら?」

「ん、ちょっとだけなら大丈夫ですよ。何でしょう?」
美琴より一つ年下の初春は、こう見えて凄腕のハッカーである。ただし今日は、初春の情報収集能力を見込んで頼みごとをしに来たのだ。
ただし、もちろんハッキングは犯罪。個人的な事情のためにそれをやってもらうのは少し後ろめたい。
美琴は後ろのほうで白井の介抱をしている固法を横目に見ながら、二人にばれないように初春にそっと耳打ちした。

「早速で悪いんだけど、『一方通行』について調べて欲しいの。皆に秘密でね。もちろん、時間が空いたらで良いんだけど……」

「……ふむ、変わった言葉ですね。能力名でしょうか?」

「たぶんそうだと思うわ。私にも詳しいことは分からないの。ごめんなさい」

「いえいえ、大丈夫です。名前さえ分かれば充分調べられますので」

本当ならもうちょっと早くここに来て初春にこの頼みごとをする予定だったのだが、
白井曰く最近はなんだかおかしな事件が増えてきて風紀委員はその対応に追われているとかで、今日までここに来るのを控えていたのだ。
今日になって、白井が少しはマシになってきたらしいことを教えてくれたのでやってきたのだが……。

「だけど、すみません。今ちょっと忙しいので遅くなっちゃうと思いますけど、急ぎですか?」

「いえ、そんなに急いでもらわなくても大丈夫。それより何かあったの? さっきからすごい勢いで調べものしてるみたいだけど」

「ああ、これですか。御坂さんも白井さんに聞いてると思いますけど、何か最近能力者がよく事件を起こすんですよね。
 それでさっき、ちょっと不審な点を見つけたので改めて犯人について調べ直してるところなんですよ」

「不審な点?」

美琴が首を傾げながら鸚鵡返しすると、初春は無言で頷いた。
パソコンを覗き込んでみると、確かに色々な能力者についての情報が表示されている。
ただ、表示されている能力者のレベルはどれも事件など起こしようもないほどに低かった。新手の武装集団でも現れたのだろうか?

「こら、初春さん! 一応風紀委員の機密事項なんだから、御坂さんに話したら駄目じゃない!」

「うぐっ……、ごめんなさい御坂さん。そういうことなので、これ以上は話せません」

「な、なんかごめんなさい。大丈夫よ、そこまでして聞きたかった訳じゃないし気にしないで。それよりさっきの件、よろしくね」

「はいはい、了解でーす。何か分かり次第、こちらから連絡させてもらいますねー」

返事をしながらも、初春はキーボードのタイピングを辞めずに作業を続けている。
美琴は大したものだと感心しながらそろりと背後を振り返ると、固法は再び白井の手当てに戻っているのが見えた。
事件について話しているのを聞かれてしまっただけで、頼み事についての話は聞かれていないらしいことに、美琴はホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ初春さん、あとはよろしくね。そうそう、お礼は黒蜜堂のゼリー詰め合わせでどうかしら?」

「そんなに良いんですか? 御坂さんってば太っ腹! 白井さんとは大違いですよー。私、頑張っちゃいますね!」

「あはは、仕事に支障が出ない程度にね……。それじゃ、私この後用事あるから帰るわ。黒子のことよろしくー」

「任されましたー。手綱は握っておきますんで、安心して下さい!」

「うーいーはーるー……? さっきから聞こえてますのよ……」

「げっ、白井さん!? もう復活したんですか!? 流石ゴキブリ並みの生命力……」

「うぅぅいぃぃはぁぁるぅぅ!!」

地獄の底から響いてくるような白井の声が轟き、続いて初春の悲鳴が聞こえてきたが、美琴は構わずに第177支部を出て行ってしまう。
ちょっと可哀想かなとも思ったが、よく考えてみればいつものことだったので気にしないことにした。

「んー。色んな所に寄ってったからちょっと遅くなっちゃったかしら。ま、門限まではもう少しあるし大丈夫よね」

美琴は学生鞄の他にもう一つ持っていた、大きな紙袋の重量を確かめるように持ち上げながら呟いた。
実は結構時間的に危ないのだが、見舞い品としていくつか食品を持って来てしまったので少し無理をしてでも病院に行かなければならない。
もうすぐ夏なのでまだまだ空は明るかったが、時計を見るともう随分な時間になってしまっている。
それを確認するなり、美琴は駆け足で病院へと向かって行った。
学校が終わってこれから友達同士で遊びに行こうとしている者や、まっすぐ家に帰ろうとする者でごった返している第七学区の大通り。
そんな怪我人に優しくない場所を、松葉杖を突いた一方通行は涼しい顔で歩いていた。

一方通行は軽く周囲を観察しながら歩いていたが、見覚えのあるものがまったくなかった。
この辺りをうろついていたのだから恐らくこの近くに住んでいたのではないかとは思うのだが、それでもやはり何も思い出せない。
もしかしたらと思ってわざわざ危険を冒してまでこんなところまでやってきたのに、アテが外れてしまった。

一応帽子を目深に被って目立つ髪色を隠しているし、服は病院でできるだけ地味なものを選んで借りてきたものを着ているのだが、
何の収穫も見込めない以上、このままここにいてもあの追跡者に見つかる可能性が上がるだけだ。
一方通行が諦めてそろそろ病院に帰ろうと踵を返したその時、不意にどこからか聞き慣れた声が響いてきた。

「あれ、一方通行?」

「……オマエか。何してンだ?」

声の聞こえてきた方向を振り返ると、そこには学生鞄と買い物袋を手にした上条が立っていた。どうやら買い物の帰りのようだ。
しかし、ここは上条が住んでいる寮とはまったく正反対の方向。
どこをどう頑張っても、スーパーからの帰り道にここを通ることなどはないはずなのだが。

「あァ、また御坂に追い回されてたのか。毎度毎度ご苦労なこって」

「違げえよ! 俺だってそんなにいつもビリビリに追い回されてるわけじゃねえ。お前のお見舞いに行こうと思ってたんだよ」

「それはそれで、毎日毎日よく飽きねェな」

「飽きるって、お前なあ……。まあ、人の好意は素直に受け取っとけ。何か損するわけじゃあるまいし」

あれ以来、上条と美琴はほとんど毎日のように一方通行のお見舞いにやってきてくれていた。
特に上条なんて貧乏だろうに、頻繁に果物などのお見舞い品を持ってきてくれる。
そしてその他の様々な行動から察するに、一方通行は上条は真性のお人好しなのだろうと思っていた。
そうでもなければ、たとえ自分の不注意で事故を起こしてしまったとはいえ、普通ならなかなかここまではできないだろう。

「それにしてもお前、もう外を歩いて良いのか? まさか抜け出してきたんじゃないだろうな」

「そンなことするかよ。よォやく外出許可が出たから、リハビリがてら歩いてただけだ。あとは、何か思い出せるかと思ってな」

「おお、そっか。良かったじゃねえか。で、何か思い出せたか?」

「いやまったく。自分でもびっくりするほど何も思い出せねェ。この辺に住ンでたわけじゃねェのかもな」

言いながら、一方通行は肩を竦める。
一方通行はどう見ても中高生くらいにしか見えないので普通ならこの辺りに住んでいるはずなのだが、どうやらそうではなかったようだ。
風紀委員や警備員に自分の存在を知られたくないらしいし、もしかしたら本人も知らないような複雑な事情があるのかもしれない。
「それにしても、住ンでたところまでさっぱり忘れてるとは。退院したらどォすっかな」

「あ、そっか、退院したら住むとこがないのか。じゃあやっぱどっかで借りんの?」

「そのつもりだが、IDがねェ。そンな不審者に部屋を貸してくれるところがあるかどォかだな」

「それなら、うちの学校の先生に掛け合ってみようか?
 趣味で訳ありの子供を居候させてるような先生だから、たぶん学生寮くらいなら何も言わずに貸してくれると思うぞ。
 ついでに学校にも通えばそっちの奨学金も出るし、もうちょっと生活も楽になるだろ」

「学校……ねェ」

上条の提案は魅力的だったし、ある程度信頼もできる。しかし一方通行は、どうにも踏ん切りがつけられないようだった。
一方通行は上条には到底理解できないような冥土帰しの医学書や美琴が持ってきた能力の専門書を平気で読んでいるような奴なので、
勉強についていけないというようなことは無さそうなのだが。

「まあ、とにかく考えといてくれ。悪いようにはならないと思うしな」

「分かった、考えとく」

「じゃ、そろそろ病院に行こうぜ。今日も色々持って来たし、ずっとこんなところで立ち話してたら通行の邪魔だしな」

松葉杖をついている一方通行を気遣ってか、上条はゆっくりと病院のある方向へと歩いていく。
一方通行もそれについて行こうとしたが、その途端にふと嫌な予感がして背後を振り返った。
しかし振り返ったその先には、どう見ても一般人としか思えないような普通の学生がいるばかりでそれらしいものは何もない。
一方通行は神経質になっているのかもしれないと思い直し、彼がついて来ていないことに気付いた上条に呼ばれて歩調を早めた。

そうして二人が完全にその場から姿を消すと、恐らくは一方通行の感じた不穏の正体が人混みの中から姿を現す。
それはしばらく二人の去って行った方向を見つめながら佇んでいたが、
やがて興味を失ったかのように二人に背を向けて、そのまま再び元の闇へと帰って行った。
病院の廊下。上条は一方通行の病室の扉に背を預けながら、一方通行の着替えが終わるのを待っていた。
病院で借りた服を返さなくてはいけないので、いつもの手術衣に着替えているのだ。
一方通行は別に部屋の中に居ても良いと言ってくれたのだが、そこは一応マナーということで部屋から出ておいた。

ふと腕時計を見やれば、もうだいぶ遅い時間になってしまっていることが窺い知れる。
これから夏になる為にどんどん陽のある時間が長くなってきているので、陽の高さで大体の時間が掴めなくなってきているようだ。
しかしこの時間ならもう美琴と出くわすこともないだろうと上条が安心していると、
不意に廊下の向こう側からカツカツという聞き覚えのある足音が響いてきた。
嫌な予感がして音のした方を振り返ってみると、そこには今日は会わなくて済むだろうと思っていた人物が立っているではないか。

「あら、アンタも居たの?」

「げっ、ビリビリ……」

「ビリビリ言うな! ったく、ここが病院で良かったわね。
 外だったら電撃喰らわせて電流流したカエルの足みたいにピクピクさせてやるところだわ」

「さ、さいですか……」

こうした美琴の暴言はもはや日常茶飯事のようなものだが、それでもやっぱり傷つくものは傷つくのか上条はがっくりと肩を落とす。
美琴の暴言がそろそろ看護師さんに注意されそうなレベルになってきた頃、漸く病室の中の一方通行から声が掛かった。

「オイ、着替え終わったぞ」

「も、もう入って良いみたいだぞビリビリ! ほら早く入ろうぜ!」

「あら? アイツ、着替えてたのね。まあ良いわ、今日はこの辺りで勘弁してあげる。
 ただし、次に外で会った時は覚悟しなさい! 今度こそメタメタのギッタンギッタンにしてやるんだから!」

「はいはい分かりましたよ。ほら一方通行、ビリビリも来たぞー」

放っておくとこのまま延々と暴言を吐き続けかねないので、上条は半ば強引に美琴を連れて病室の中へと入っていく。
すると、病室の中にはいつもとまったく同じ格好でベットの上に座っている一方通行の姿があった。

「ン、オマエもまた来たのか。揃いも揃ってよく飽きねェな」

「お見舞いなんか、飽きる飽きないの問題じゃないでしょ。今日も色々持って来てあげたんだから感謝しなさい」

「そう言えば、今日はずいぶんでかい袋を持ってんな。一体何持って来たんだ?」

「いつも私が読んでる漫画雑誌とかその単行本とか、あとは新しい能力の専門書ね。
 そうそう、おすすめって看板が出てたから今日は学舎の園にあるヴォアラで売ってたコーヒーゼリーも買って来たわよ。
 アンタコーヒー好きだし、有名店のお菓子だから口に合うと思う」

「そりゃまた随分とたくさん持って来たな。特に本なんか、全部棚に入るのか?」

「大丈夫よ、たぶん。入らなかったらいらないの持って帰るし」
言いながら、美琴は病室の隅に置かれている本棚に次々と本を詰め込みはじめた。
元々この病室には本棚なんか無かったのだが、いつも病室で暇過ぎて死にそうな顔をしている一方通行を見るに見兼ねて、
美琴が本と一緒に組み立て式の小さな本棚を持って来てくれたのだ。

本棚には実に様々な本が収められていて、上条も読んだことのあるような漫画本から逆にさっぱり理解できないような難解な専門書、
果ては洋書まで取り揃えられている。量は少ないが、ちょっとした本屋のように幅広いラインナップだ。

「あー、やっぱり少し持って帰らないと全部は入らないわね。持って帰って良いのってどれ?」

「上二つの棚に置いてある本は全部暗記したからもォ良いぞ。あとは漫画も全部読ンだ。
 一番下の段に置いてある本は、まだ全部は読ンでねェから必要じゃねェなら置いといてくれ」

「うげっ、もうそんなに読んだのかよ。読むスピードも尋常じゃないな」

「て言うか、アンタが本を読まな過ぎるのよ! これくらい普通でしょ?」

美琴が心底呆れたというような表情をするが、上条はなんだか納得がいかなかった。
確かに上条が馬鹿なのは認めるが、それでも中学生の美琴や絶賛記憶喪失中の一方通行に本気で心配されるほどではない。
つまり、美琴と一方通行の方が異常なのだ。
もちろんそんなことを言い返したところで虚しくなるだけなので、口にはしないが。

「お、俺の話は良いだろ。それにしても、ビリビリってお嬢様なのにこういう漫画も読むんだな。ちょっと意外だ」

「何言ってんの。お嬢様って言ったって、アンタが思い描いてるようなモンじゃないわよ?
 確かに私くらい好き勝手やってるのは珍しいけど、学舎の園の中で完璧に管理されてるのが窮屈だと思ってる子が殆どだし」

「ふーん、そんなもんか。所詮深窓の令嬢なんて夢物語ってわけですかねー」

「いや、中には本当に箱入りで怖くて学舎の園の外になんか出たくないーって子も居るけど。ごく少数ね、そういう子は。
 そんなことより、外出許可出たんでしょ? 道案内も兼ねて、次の休日にこの辺り回ってみましょうよ」

「そォいえばそンなこと言ってたな。俺はこの通り暇人だし、いつでも良いぞ」

「上条さんもいつでも大丈夫ですよー。ビリビリはどっちでも大丈夫なのか?」

「ええ、特に用事も無いしね。じゃあ次の日曜日にしましょ」
言いながら、美琴は壁に掛けられている時計をちらりと見やった。
寮の門限を気にしているのだろう。美琴に倣って時計を見やってみれば、確かに寮の門限ギリギリの時間になってしまっている。
美琴は急いで持っていた紙袋を折りたたんで鞄の中に収めると、

「ごめん、もう時間だから私もう帰るわね。時間についてはまた後で連絡するわ!」

とだけ言って大慌てで帰っていった。
上条と一方通行はその行動のあまりの素早さに驚いていたが、やがて一方通行が呆れたように溜息をつく。

「慌しい奴だな。忙しいなら無理して来なくても良いっつってンだが」

「ま、あいつもあいつで世話焼きなとこあるからな。それになーんかお前って放っておけないんだよなー。構いたいというか」

「なンだそりゃ……。つゥか、オマエも帰らなくて良いのか? そろそろ完全下校時刻だろォが」

「いいのいいの。俺は門限無いし、完全下校時刻破りなんかいつものことだし。それより林檎持って来たから食おうぜ!」

「えェー。コーヒーゼリーが良い」

「いやいやそれは今度ビリビリが来たときに一緒に食うべきだろ。アイツが持ってきたんだから」

「仕方ねェなァ……」

上条の言葉に漸く納得したのか、一方通行は渋々といった様子で食べやすいサイズに切り分けられた林檎を摘まんだ。
それを見た上条はまるで子供を躾ける親のように「よし」を呟くと、自分もまた皿の上に置かれていた一口サイズの林檎を口に運ぶ。
林檎はとても美味しかった。

 

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