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3-1 フレンダ ~4~
麦野がただの恐怖の対象から恋慕の対象に変わったのはいつの頃からだろう。
任務を忠実にこなした時に頭撫でて貰った時?
麦野お気に入りのシャケ弁を一口分けてもらった時?
絹旗の誘いで皆で映画を見て一緒に大爆笑した時?
滝壺が熟睡しちゃって起こすのが可哀想だからってアジトまで背負って運ぶのを見た時?
どれも違うようで、どれも合っている気がする。
――結局、いつ好きになったとかは、どうでもいい訳だ。
麦野の肌。通った鼻筋。細い顎。切れ長で、でも笑う時細めると愛嬌のある目。しなやかな指先。手入れを欠かさない爪。
いつも濡れたように光る唇。きゅっとくびれた足首。ふわふわの髪の毛。長い睫毛。ぷにぷにほっぺた。鎖骨。うなじ。谷間。二の腕。脇の下。腰。ふくらはぎ。膝裏。おヘソ。背中。耳裏。太もも。おっぱい。お尻。そしてそして――
何より、本気でブチ切れた時の、あの冷たいゾッとするような空気。
私はレズじゃない。けど麦野が相手だと話は別。
私はマゾじゃない。けど麦野が相手だと話は別。
麦野が相手なら、オールオーケー。なんでもバッチ来いって訳よ。
でも、麦野は私自身になんか興味ないんだろうな。『アイテム』なんて、麦野の露払いで、チェスの駒みたいな物で。役に立たなくなったらすぐにポイされちゃう。
そう思うと目の前が真っ暗になって頭がクラクラして来ちゃう。悲しくなって涙がジワリと滲み出てきそう。それもまたゾクゾクして堪んない感覚。癖になりそう……。
私は麦野が好き。麦野のいる『アイテム』が好き。麦野のいるココが好き。
麦野と一緒に居たい。麦野に褒められたい。麦野の役に立ちたい。たまに麦野の足を引っ張って叱られたい。
でも、お仕置きはもうちょっと軽めがいいな。
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3-2 other ~3~
「で、首尾の程はどんなもん?」
「ばっちり4人分記憶完了、って訳よ。ね、滝壺?」
「うん、強めの能力者2人と、多分無能力者が2人。全部覚えたよ」
「OK。じゃあ、次の段階に移るわよ」
滝壺達の返答に満足そうに頷き、麦野は優雅な微笑を浮かべた。
滝壺の能力は『能力追跡(AIMストーカー)』。対象の能力者のAIM拡散力場を記憶し、記憶した人物は例え地球の裏側であろうと彼女の能力により位置情報を寸分違わず捉えられる。
気付かれる事無く強制的に発信機を付けられるような物だ。
ただ、能力使用の為に『体晶』と呼ばれる薬物を使用する必要があり、使用には本人の身体に大きな負担を強いる事が難点。
しかしながら、使用制限があるとは言え、その能力の有用性は、彼女が『大能力者(レベル4)』であるにも関わらず、リーダーであり、『超能力者(レベル5)』である麦野沈利を差し置いて、『アイテム』の核と呼ばれる事からも明らかである。
今回の作戦でも当然その滝壺の能力が肝となった。
裏ルートより『スクール』の構成員の移動ルートを入手。
構成員の内、”狙撃手”と思われる人物の移動ルートを絞込み、ルートの内、一区画を丸ごと無人化。代わりに『アイテム』の下部組織から人員を徴集し、一般人として配置。
後は滝壺を含む『アイテム』メンバーを通行人として配置して”目標”が通り過ぎるのを見計らい、車内の人物のAIM拡散力場を記憶した。
遮蔽物越しの記憶となる為、人物とAIM拡散力場の紐付けが曖昧となるのがネックだが、それを一区画内全て『アイテム』の息の掛かった人物のみとする事により確実化。
かくして、相手に認知されずこちら側だけ相手の位置情報を得られるという圧倒的な優位を手にしたのだ。
その後、記憶した4人の動向を追い、狙撃手を特定する事にも成功。
後は”隙”を見つけ出し、手早く”消す”のみである。
「で、問題はいつそれを実行するかなんだけど……」
「ここの所『スクール』の連中は超毎日何らかの動きを見せてますね。例の計画があるから当然でしょうけど」
「結局、『スクール』の実態がおぼろげにしか掴めてない以上、今私たちが持っている優位を最大限に活かすにはもう少し情報が必要って訳ね!」
「まあそう言う事。でも悠長に構えてる時間も無いから、情報の集まりが悪かったらすっぱり諦めて強硬策に出ざるを得ないけどね」
『スクール』は暗部では特に要注意と目される組織である。
麦野達『アイテム』が、学園都市統括理事会を含めた学園都市上層部や暗部組織の監視や暴走の阻止という役割を与えられているのに対し、『スクール』には明確な役割はなく、主に暗部に存在する他組織の手に余ると判断された時の加勢・代行や、担当組織の手が塞がっている時の代行を担当している。
一見して、補欠的役割のようだが、これはつまり”暗部内に存在する他のどの組織よりも有能でどの組織の役割に対しても実行能力がある”という見方も出来る。
実際、その実績は決して軽いものではなく、その分『アイテム』に取っても最もマークすべき組織としてリストアップされている。それゆえ構成員の情報はおぼろげにだが『アイテム』に伝わっている。
回りくどい手続きを取ってでも”狙撃手”一人をターゲットとして動くのは、勿論計り知れない『スクール』との真っ向対決を避ける意味合いもあるが、『スクール』という組織が学園都市上層部に取って重要な位置づけをされているのもあっての事だ。
「ま、たとえそんな事態になっても、結局麦野が居れば楽勝って訳よ」
「……麦野には失礼ですが、超そうとは限らないんじゃないでしょうか」
「そうね、絹旗の言うとおりよ。『スクール』がその程度の相手なら今頃とっくに他の適当な暗部組織にぶっ潰されてるわよ」
「で、でも麦野が負けるわけ……」
「――フレンダ」
麦野の声のトーンが低く響き、フレンダの身体を硬直させた。室内の温度が2~3度下がった錯覚をその場に麦野以外が感じる。
「そうやって、舐めてかかって何度痛い目見たか。もう一度しっかり思い出しなさい」
「う、うん……ごめん、麦野」
「分かればいいのよ」
麦野が微笑んだ事で部屋の温度と威圧感が緩み、他3名は気付かれぬよう心の奥でほっと息をついた。
「じゃ、本題に移るわね。まず明日からの動きについてだけど、まz――」
麦野がぐっと言葉に力を込めるように言ったその時、バタン! と無粋な音を立てて扉が開いた。
「い、言われたとおり買って来た、ぞ……」ゼェゼェ
扉が開くと共に上がり込んで来たのは『アイテム』の下っ端、浜面仕上その人である。
「はぁ、はぁ……麦野がシャケ弁、で、滝壺がカップ麺、絹旗がポテチ、んでフレンダが……ん? どうした呆けた顔して?」
ごとごとと買い物袋からリクエスト品を並べ立てる浜面は、ふと自分へ向けられた4つの視線に気付き手を止めた。
「……なんだよ、その目? お、遅くなったのは悪かったけどよ。ほら、ちゃんとリクエスト通りの物全部買って来ただろ? あ、ほらフレンダの鯖缶はしっかり鯖カレー買って来たんだぞ? これさー、コンビニには無いからわざわざ2ブロック向こうのスーパーまで足を伸ばしてだな……って、オイなんだよ溜め息なんか吐いて? なんか俺おかしな事言ったか?」
謎のプレッシャーに冷や汗をかきながらオロオロと言い訳じみた説明をしている浜面に、流石の麦野も毒気を抜かれて首を左右に振る。
「いいからその臭い口塞いでとっととそのキモい面引っ込めな、浜面。あとこのシャケ弁シャケ小さ過ぎ」
「それはともかくこのポテチ超のりしお味じゃないですか。私は超うすしお味を希望した筈ですが。万一うすしおが無くてものりしおじゃ歯に超海苔が付いて超ウザいのでせめて超コンソメを買ってくるべきです」
「大丈夫、はまづら。私が注文したのはとんこつ系なのに味噌系を買って来るようなはまづらでも、私は応援してる」
「結局、私のリクエストだけ注文通りとかどういう訳? ひょっとして浜面はこのセクシー☆ラブリー☆フレンダちゃんにぞっこんって訳?」
散々な言われように流石の元スキルアウト集団リーダーの目にも涙がにじむ。
うわーん覚えてろー! と言いつつアジトを飛び出した浜面は、何故か律儀にもクレームのついた商品を全部買い直してきたのだが、その頃にはそのクレームがついた商品が綺麗さっぱり消費されており、「あ、もう満足したからそれいいわ。全部浜面が食べて?」とおざなりにあしらわれてまた泣く羽目になるのだった。
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3-3 心理定規 ~2~
暗殺作戦阻止の動きがある事には勘付いていた。
具体的にどこがどう動いているかまでは分からない。が、表で裏で妨害の動きがあることは確かで、数日前には直接上層部から”中止せよ、さもなくば痛い目を見る事になる”との通達さえ来ている。
当然、無視した。
表立っての警告は以降も届くが、その時に比べると圧力を感じない。というか形だけの警告に過ぎないのだろう。
つまり本命は裏での動き、直接的な妨害行動に移ったのだろう。
そう判断し、『スクール』のリーダーである垣根帝督は主要メンバーの4人を2チームに分け、常にチーム単位で動くように指示を下した。
チーム分け戦力バランスから垣根と心理定規、念動力使いと空間把握の組に分けられたのだが、2日で空間把握がクレームを出した事により、垣根と念動力使い、心理定規と空間把握という男同士・女同士のチームへ変更となった。
なんでも、念動力使いが、男だったら女を体を張って守るべきだと誰かに吹き込まれ、色々と頑張ろうと空回りして空間把握に嫌われてしまったらしい。
その誰かとは垣根の事なのだが。
「後であの男、しばき倒しておくべきかしらね」
と、その時は100%冗談気分で下らない呟きを漏らしたものだったが。
そのチーム変更が失策だった事に気付いた時にはクソ忌々しい『アイテム』の罠に嵌った後だった。
――――――――
――――
――
「……、」
アジトの一つである寂れた安ホテルの玄関ホール前で、空間把握がふと足を止めた。
構わず足を踏み出そうとすると左腕を伸ばし静止して来る。一瞬の目配せで意図を読み取り、周囲へを顔を巡らせた。
「外は問題なし、中に反応があります」
短い言葉で告げる空間把握。脅威は中にしか存在しないという意味だろうか。彼女が言うのならかなりの信頼を置ける情報だが、それでも警戒を解く真似はしない。私にとって信用できるのは私自身の判断だけだから。
「少なくとも……1人。構造上他に潜めるとは思えませんが、何があるか分かりません」
「ふぅん。狙いは何かしらね?」
「不明です。中に居る下部組織の人員は……恐らく全滅。体の一部が吹き飛んだり焼け焦げた者が多いので、爆薬の類を使用する相手と推測されます」
「踏み込むのは止した方が良さそうね。即刻他へ回るべきじゃない?」
「……ですね。早速迎えの車を手配しましょう」
「あ、待って……」
言うが否や、ヘッドセット型の通信端末を起動し空間把握が近くに待機中の車に指示を出す。状況からすると敵影を捉えている空間把握には最大限警戒をしてもらったまま、自分が連絡をした方が良かったが、思い立ったら即行動の彼女を止める事が出来ず。
「ま、いっか……」
「至急、ポイント165へ。何分で来れますか?」
『はいはーい、2分もあれば到着可能って訳よ!』
「事態は火急を要する。ふざけている暇があったらすぐ行動なさい」
『う、了解……。すぐに向かいま~す!』
「やれやれ……。まったく、教育のなってない輩も居たものです」
「……、……そうね」
「それはともかく、中の不審人物はどう? 動きは無いの?」
若干の違和感を覚えつつも、今は直面している危険を優先すべきと判断し、確認を促す。
「ご安心を。何やら奥の部屋でうろうろと不規則に歩き回っているようです。しきりに周囲を見回しているようですし、部屋を物色している段階ではないでしょうか」
「……そう。何か不審な動きをしたら知らせてね」
「心得てます」
応え、ヘッドセットで下部組織とせわしなく通信を始める空間把握。車が到着するまでの周辺の安全確認を行っているようだ。
アジト内部の人員は全滅してるので、近場の予備を呼び寄せ、バックアップに使うつもりのようだ。
(どこか他組織による、計画に対する警告……もしくは本気で潰しに来ているのか)
ふと、携帯電話が鳴っている事に気付き、液晶画面に目をやる。『垣根帝督』の表示に眉をひそめつつ、空間把握へそれを示しつつ着信ボタンを押した。
「どうしたの、貴方が直接かけてくるなんて?」
「いや、そっちがやられてるって聞いてな。その様子だとまだお前はドンパチに巻き込まれて無いようだな」
「ええ、でもいつ巻き込まれるか分からないから、手短にね。貴方がかけてくるからには何か分かったのよね?」
「ああ。俺たちを狙ってる組織が特定出来た。『アイテム』だ」
「やっぱり」
「恐らく、そっちのもその『アイテム』の仕業だ。充分警戒しとけ、一筋縄じゃ行かない相手だぞ」
「了解、肝に銘じるわ」
通話が切れるのを確認し、携帯をしまうと、得られた情報を空間把握と共有する。
軽く頷きヘッドセットへ指示を出す彼女を眺めつつ、必要ないと思いつつ自らも周囲を見回し警戒。
たとえ彼女の見える範囲に大きく劣る肉眼視であれ、気持ちの問題と言うのもあるのだ。
暗部組織の情報は基本的に最高機密として扱われ、その存在が仄めかされた所で組織名も実態も掴めないのが普通だ。
しかし、『スクール』とて、何の情報も集めず闇雲に反逆を企てているわけでもない。
特に今回の一連の計画に置いて、当然差し向けられるであろう上層部からの妨害工作に関して言えばリスクを覚悟で徹底的に調べ上げた。
それこそ自分の能力も存分に駆使した。
その結果、得られた組織名が幾つか。
その中でも『スクール』の計画に反応するであろう組織は『メンバー』と、『アイテム』。
当然、両組織については特別調べ上げたが、どちらも『スクール』同様に少数精鋭で構成された組織である事、それと精々一部の名前、性別が分かった事くらいだ。
名前が分かった所でそれを元に調べても出てくる情報は偽装されたもの程度、性別なんて分かった所で何の意味もない。
『アイテム』の構成員が全員女だと分かったからといって、女だけの集まりなんて街のそこらじゅうに溢れていて女の集団を見ていちいち疑って掛かるのも馬鹿馬鹿しいではないか。
「妙ですね……」
「ん、何かあったの?」
空間把握が小さく呟きを漏らし、こちらに視線をチラリと向けてきた。
「いえ……心なしか、建物内にいる男、どうにも素人臭いというか。こういう場に慣れてないというほどではないのですが、どうにも」
「つまり、何が言いたいのよ?」
「……あくまで私の考えなのですが。どうにも動きが洗練されてないというか……少なくとも、この建物内に詰めていた人員を全滅させるだけの実力を持っているようには思えません」
「他に潜んでいる気配は無い、と言ったわよね」
「それは間違いありません。先ほど予備の人員を使い周囲の情報も確認しましたが、区画内には危険と思われる人物や物はありませんでした」
はっきりと断言するからには相当念入りに確認をしたのだろう。神経質気味の彼女が言うのだから信用に足りるとは思うが。
「建物内に人影は他に居ない、と言ったわね」
「はい。後は先ほども言ったように死体や瓦礫ばかりで、隅々まで目視しましたが人が隠れるスペースはありません」
「人以外は? 相手は爆薬使いなんでしょ? 人が入りそうに無い隙間でも爆薬なら仕込めるわよね?」
「……否定できません。一応その可能性も考えて確認しましたが、再確認します」
「悪いけど、お願いね」
すっかり彼女の能力に頼りっきりだが、仕方ない。彼女と違い、自分の能力は対人に特化しており、今回のようなケースでは対処方が限られてくる。
一応最低限銃火器の扱いには慣れているものの、能力者や戦闘のプロが溢れる暗部(ここ)では気休めに過ぎない。
(だからこその当初のチーム分けなんだけどなぁ……)
恨めしげに空間把握を見やるも、意味のない事と分かっているのですぐに視線を周囲の警戒へと戻す。
(しかし、中にいる敵? らしき男は本命じゃない……のかな。そいつは囮役に過ぎなくて、実行犯は別に? だとしてもこのアジト到着の5分前までは異常なしの報告を受けていたのに。そうなると、その男が囮だという思い込みさえ罠……?)
じっと目の前の地面を見つめている自分に気付く。
思考に没頭すると視線を落としてしまう自分の悪癖だ。
誰が悲しくて何の変哲のないマンホールの蓋と睨めっこをしなくてはならないのか、等とふざけた冗談を脳裏に巡らせていると、空間把握がこちらに声を掛けてきた。
「心理定規、爆薬らしきものを発見しました」
「詳細を」
「照合中です。が、小型の指向性爆薬の類と思われます。設置箇所は1階食堂奥、リビングの戸棚、2階用具室、第2客間、書庫、それと2階最奥にいる男が着ている上着の右ポケット。
……今データ照合出来ました。C233-HS-G型、有効範囲5メートル程度ですが、範囲内であれば最新型の対爆撃装甲であっても吹き飛ばす威力を持つ、精密破壊用の爆薬ですね。仕掛けられた位置も巧妙です」
「……中の男が仕掛けたの?」
「不明です。ただ、男のポケット内には8発の該当爆薬が収められています」
「……、建物から離れるべきかしら?」
「狙撃の可能性を考えると、この位置から動くのは得策ではないかと。それに、もう迎えの車が来ました」
彼女の言葉が終わるか終わらないかの内に、曇りガラスのワンボックスカーが目の前に到着した。
「お待たせ~! ……じゃない、お待たせしました!」
(女の運転手? 珍しいわね……まあ関係ない、か――)
「時間通りですね。ではすぐに離れましょう」
言って、空間把握が後部座席のドアに手を掛ける。と同時、運転席の女が素早く車を降りた。
(――待て、女? ……そういえば、『アイテム』のメンバーは、皆女性……)
踊るように道路に着地した女が、深く被っていたキャップを外す。
口元に、笑みを浮かべながら。
(待て、建物内の人物は男。……って、事はこっちが本命!?)
「待ちなさい、それに乗っては……!」
目の前の彼女を止めようと叫ぶと同時、アジトから爆音が響いた。
空間把握が驚愕の表情を浮かべ、慌てて車へ乗り込み、そして。
女が優雅な仕草でキャップを脱ぎつつ、運転席のドアを勢い良く閉めた。その瞬間。
「……、ッ!!」
咄嗟に伏せた体を、意識を、爆風が根こそぎ吹き飛ばした――
数秒、或いは数分?
消失していた意識を強引に取り戻す。視界の端に後部座席部分を丸ごと焼失したワンボックスカーが佇んでいた。
そのワンボックスカーのフロントガラスに左手をつき、得意気な笑みで車内を覗き込む金髪の少女。
(……、気付いて、無い?)
吹き飛ばされた方向が良かったのか、積み上がった瓦礫の影になり、向こうからこちらの姿は目に入りにくいようだ。
体のあちこちが痛むが、幸いにも動かせない程ではない。
少女から目を離さないまま、そっと姿勢を低く保ったまま身を起こす。爆発の余韻のせいで、多少の物音は聞かれる恐れは無いのも幸運と言えよう。
一瞬、能力を目の前の少女相手に使う事も考えたが、痛みのせいか演算に集中できないしやめておく。
(1対1ならともかく……少なくともこの場にはもう1人いるしね)
そろり、そろりと建物の外周に沿って裏を目指す。中途半端な姿勢のまま動かなくてはならない為、痛む体が辛い。
(全く気付く様子は無いようね……っていうかあの金髪、どっかで見た気がするわ。なんかムカつく顔付きしてるし)
どこか記憶の端っこに引っ掛かったまま出てこないが、そもそも今それを悠長に思い出してる場面ではない。
(とにかくこの場を逃れてからね。大丈夫よ、私は生き残れる。今までだってそうだった)
念じるように心で呟き、一歩ずつ慎重に足を動かす。
(ほら、後3歩で届く。あの金髪は、まだ気付いて無……、……ッ!)
もう少しで建物の影に逃げ込める、との思いが気の緩みを生み出したのだろうか、金髪にばかり意識が向いてたせいか。
慎重に動かしてたつもりの足先に何かが触れる感覚。
ギクリとして視線を向けると、積み上がった瓦礫の一部に足が触れ、大きくバランスを崩すのが見えて――
(――しまッ、……た!)
まるでスローモーションのようにサッカーボール大の瓦礫が倒れるのを呆然と見送りそうになり、二重のミスに気付いて慌てて全力で駆け出そうとした足がもつれた。
最悪の3ミス。流石にこれは諦めの気持ちが首をもたげた。
瓦礫はゆっくりと崩れ落ち、遂に地面に触れて重く音を響かせ――
――ッゴォォゥン!!
「…………ッ!?」
突如響き渡る爆発音に心臓が大きく跳ねた。見ると、建物2階の窓から濁った煙が吹き出ている。
(……新手? ……にしては、2階だし。垣根、のわけも無いし……)
思考を巡らせつつも、金髪を見やるとビックリした顔で同じ煙を見上げていた。
と、建物の中から男が飛び出し、再度ビビり顔を浮かべる少女。
(……、なんというか。下らないオチが付きそうな予感)
そのまま呆然と見てると、一見して冴えないチンピラ顔の男がペコペコと頭を下げ、金髪が履いてたヒールでチンピラの頭を思い切りぶっ叩いた。
痛みにのた打ち回るチンピラを金髪が何度も何度も踏み付けるのを見て、大きく溜め息を吐き出した。
やっぱりというかなんというか……。
(ハハ、馬鹿らしい。ただの誤爆とは、ね……)
脱力してへたり込みそうになる体に鞭を打ち、素早く建物の影に周り込む。
人影は無いが、何が潜んでるか分からない薄暗い中を、しかし躊躇する事無く駆け出した。
(ほら見なさい、やっぱり私は生き残った)
心の中で余裕を装うも、いつ路地から奴らの仲間が飛び出すか、不安でいっぱいだ。
潜んでる敵を根こそぎあぶりだせる空間把握は居ない。偵察兼囮に使える下っ端を呼び出す余裕も無い。
頼れるのはこの心理定規(チカラ)と懐の拳銃のみ。安全圏まではまだ遠い。
(屈辱よ。こんな屈辱は久々だわ)
金髪とチンピラの会話の中、奴らの名前は覚えた。”フレンダ”という名前を深く刻み、心の中に暗い火をそっと灯す。
(『アイテム』の一人、フレンダ。良く覚えておいてあげる。
貴方はこの私にどうしようもない屈辱を味あわせてくれたわね。
――――覚悟なさい?
貴方にはむごたらしい、みじめで、孤独な死を与えてあげるわ。
この、私が。『心理定規(メジャーハート)』が、直々に、ね……!)
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3-4 麦野 ~2~
『ハイハーイ、ってな訳で今回の撃破ボーナスは、このフレンダさんがゲットって訳よ!』
「あーはいはいおめでとさん」
『アッハッハッハッハ! もっと褒めてくれてもいい訳よ? 結局、この私にかかれば”狙撃手”なんて武器を構える余裕さえも与えずに木っ端微塵な……』
「んで? もう1人は?」
『は? もう1人?』
「……、……」
『……、えーと』
「んー、フレンダちゃ~ん? どうしたのかにゃ~ん?」
『え、その……に、逃がした、と思います。多分』
「多分?」
『……その、そ、そうそう! 浜面がね、アジトに仕掛けた爆薬を1つ誤爆させてね! 辺りが煙だらけになっちゃって、気付いたら、その逃げちゃってた訳よ!』
「ふーん、浜面がねぇ……」
『そうなのよ! あーもう、結局浜面の奴、ただの足手まといでしかない訳よ! なので私は全く悪く無――』
『おいこらフレンダてめぇ俺のせいにしやがったな! そもそもお前が”狙撃手”を仕留めた後に悠長に爆破跡を得意気に眺めてたのがいけないんだろうが! 俺は2階からそれを見てて、もう1人が逃げ出そうとしてるのを見つけたから慌てて知らせようとしたら間違えt』
『わー! コラ浜面勝手に大声で割り込むな! 麦野に聞こえたらどうする訳よ!?』
「うーん残念、丸聞こえだわフレンダ」
『……、……』
「そもそも今私アンタ達の割りと近くまで来てるし? 電話越しじゃなくてもそんな大声だったら全部聞こえちゃうんだけど」
『わ、わ、わ……私が悪かったのよ麦野ォ! ただ私は”狙撃手”を確実に仕留めようとちょこ~っと火薬の量を間違えちゃっただけで……! そしたら爆破の衝撃と煙が思ったよりも凄くて、その、つまり……』
「つまり何?」
『……ぶっちゃけ、自分もちょいと意識飛ばしちゃってました☆』
「ハイお仕置き決定ー」
『わああああんっ! 麦野、どうかご慈悲を! ご慈悲をおおおおおおッ!?』
「慈悲はなし。じゃあね~ん♪」
しつこく電話の向こうでわめくのが鬱陶しかったので通話を切断する。
「わあああああんっ! お仕置きやだあああああっ! 助けて浜面あああああっ!!」
「てめえっ、さっき人の事生け贄にしようとしておいて泣き付こうだなんて虫がいいにも程があるぞコラァァッ!」
「うわああああああんっ! うわあああああああんっ!」
「ええいクソやかましいいいいいっ!」
「……通話切っても煩いわねぇ。回収するのやめようかしら」
割りと本気でそう思いつつも、そうしたらそうしたで街中にやかましい小娘一人放置する事になり面倒くさい事になる。
「この分、お仕置き追加だからね、フレンダ」
小さく呟く私に、絹旗と滝壺が胡乱な目を向けている気がしたが、全て無視。
ともあれ、任務完了。次はどんなクソな依頼かしらね。
とりあえず今は、足役の浜面のケツと蹴り飛ばし、フレンダにお灸を据えに行きましょうか――
――そして、その数日後。
終わったと思った任務に追加情報が舞い込む。
あのクソ『スクール』の連中が、代役の”狙撃手”を雇い、暗殺計画を実行に移したという、笑えない情報が。
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4-1 フレンダ ~5~
ここは科学の頂点、学園都市の底の底にある、ゴミと血と膿と糞便の溜まる場所。
様々な者の思惑が渦巻き、得体の知れない巨大な力にいつ押し潰されるか分からない、誰もが避けて通るべき場所。
でも、そこが。そここそが今自分がいる場所であり。
全てを失い、堕ちに堕ちた私にとって、僅かに残された大切なものがある場所で。
そこが、私の何気ない日常を過ごす場所だ。
――『アイテム』
学園都市の裏側。この街の、負の感情の吹き溜まりを糧にして、お情けで住まわせてもらっているような、そんなちっぽけな組織だけど。
今の私の全ては、そこにある。そこにしかない。
永遠には続かない、泥と血と死にまみれたこの学園都市の暗部という場所の片隅にある、私の、私達の居場所。
今日もそのみすぼらしい、大海に漂う一枚の板切れのような場所にしがみついて、流されるように生きている。
そこに、仲間が、麦野がいるから。
今の私には、それしか、無いから。
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4-2 other ~3~
第18学区、霧ヶ丘素粒子工学研究所。
その施設の奥深く、薄暗いLED灯に照らされた無機質な通路を、二人の少年が息を潜めて歩いていた。
「妙だな」
茶髪の少年、垣根帝督が漏らした呟きに、ヘッドギアの少年、念動力使い(テレキネシスト)が無言の眼差しを向ける。
「ん、ああ。想定したより警備が手薄なんだよ。確かにあの騒動を引き起こしたのはその為だが、それ以上に警備員が居ねぇ」
「となると……」
「多分、バレてるな」
垣根の言葉に頷くと、念動力使いが腰の装置のスイッチを一つ切り替えた。
少年の頭の周りをぐるっと一周するように囲んでいる土星の輪のようなヘッドギアからは数本のプラグが伸び、腰の装置へと繋がっている。それらは、能力は強力なものの、制御に難のある彼の出力調整の役割を担っている。
今、少年はそのスイッチを通常モードから戦闘モードに切り替えた。その事により腰の機械から僅かに振動音が漏れ始める。施設へ潜入中の身では僅かな雑音もシャットアウトして置きたかったが、既にその潜入がバレているなら無意味だと判断したのだ。
通路はそのまま右に大きく折れ、しばらくして厳重な金庫にも似た大きな扉へと突き当たった。
周囲の表示や電子ロック、認証機械や物理的な錠全てをチェックし、目的の物との完全一致を確認。
予め用意した器具や入手した暗号、物理的な封印は一部能力も使い強引に突破する。
その扉の向こうに更に何重もの封印(ゲート)が存在したが、それらも難なく通過すると、広いスペースへと出た。
広大なスペースのあちこちに柱が立ち、その柱の間を繋ぐように作業用通路が走っている。
奥には巨大な演算装置が幾つも並べ立てられ、柱で区切られた区画の幾つかには、機材が積まれていたり、実験用の装置が置かれていて、実際の見た目よりも更に広いスペースである事が伺える。
そのスペースの一角、様々な計測器具やコードに繋がれ、サーバーラックを2~3台繋げたような巨大な装置が鎮座していた。
それこそ彼ら『スクール』の目的である、『ピンセット』と呼ばれる装置だ。
「情報より一回り大きいな……こりゃ、大き目のワゴン持ってきて正解だったな」
「……これが通るだけの通路が無い」
「無けりゃ作りゃいい」
軽口のような会話を交わしつつも、二人はスペースの入り口から一歩も動かず目の前を睨んでいた。
そちらには目的の装置は無い。一人の少女が佇んでいるだけだ。
「……よお。『アイテム』のリーダーってのはお前だったのか、『原始崩し(メルトダウナー)』」
「気安く呼ぶんじゃねぇよ『未元物質(ダークマター)』。ケツの穴の横に新しい排泄口ブチ空けて欲しいのか?」
「はは、相変わらず口を開くと残念な美人だなお前は。少しはお淑やかになってりゃ可愛げもあるのに」
「テメェこそ相変わらず見てるだけでムカムカきやがるツラしやがって。今日こそ軽薄なそれを綺麗な火傷跡だらけにして少しは見れるようにしてやるからなぁ!」
「おいおい、いつもなら問答無用で原始崩し放ってくる癖に何無駄な口上垂れ流してやがる。もしかして第4位さんよ」
垣根はククッ、と抑えきれない笑いを漏らし、言った。
「お前、怖くてビビッちゃってんのか? この、第2位の俺様の力にゃあ、かないっこねぇってなぁ!」
垣根の言葉に少女が完全にブチ切れる。実質、それが開戦の合図となった。
「……ッ! 死ねこのクソ垣根ェ!!」
「ハッ! 図星突かれてあっさりキレてんじゃねぇぞ麦野ォ!!」
全ての能力者達の頂点、超能力者(レベル5)同士の殺し合いが、始まる。
化物同士の対決に巻き込まれまいと、慌てて念動力使いの少年は二人の近くからスペースの端を目指して走り出す。
「チョロチョロ逃げ回ってんじゃねぇぞ鼠がァッ!」
その動きにいち早く反応した麦野が電子の光線を放ってきた。慌てて体を前に投げ出して回避。そのまま転がりつつ素早く立ち上がると目の前の壁に対して力を開放した。
――ぐしゃ
拍子抜けするような音に反し、その一角の壁は大きくひしゃげ、崩れ去る。崩れた向こう側から大量のケーブルと鉄骨がぶら下がって視界を遮るが、それごと更に念動力で捻り潰し強引に道を切り開いていく。
(まず最優先されるのは、目的のブツの確保……)
腰の装置のスイッチを更に3箇所切り替え、出力を最大近くまで上げると、スペースの一角にある『ピンセット』へ向け力を開放、こじ開けた穴の向こうへ放り込むように一気に持ち上げた。
「なるほど、それが超目的のブツですか」
「――ッ!」
ブォン、と空気ごと切り裂くような蹴りが少年に襲い掛かる。が、少年の側頭部を狙ったそれはその10センチ程手前で見えない壁に引っ掛かるように止まり、即座に引き戻された。
「……念動力系ですか。超苦手なタイプです」
「引くなら、手を出さない」
抑揚の無い声で呟く少年に、パーカー姿の少女、絹旗が気味悪げな視線を送る。こんな状況で何を言ってるんだ、とでも言いたげだ。
もっとも、まさかこの少年が自分達のリーダーに言われた『女の子は大切に扱え』という助言を真に受けたままだとは流石に想像も付かないだろう。
「冗談言わないで下さい。そう超簡単に引き下がれるもんですか……と、言いたい所ですが」
「…………?」
「手札はこっちの方が揃ってますからね、安全策を取らせていただきます」
言いながら少女が大きく跳び下がると同時――――金属が軋む大きな音と共に、頭上の鉄骨が幾つもの破片と化して崩れ落ちてきた。
「オラオラ『未元物質(ダークマター)』さんよォ! ガキの遊びじゃねぇんだぞ!?
麦野の頭上から、右肩の横から、胸の前から、幾本もの青白い光線が迸り、超高速で垣根の脇や足元へと降り注ぐ。しかし学園都市第二位の超能力者は、それら全てを暖簾でも避けるかのような気軽さでのらりくらりとかわしていた。
「逃げ回ってるだけじゃなくてちったぁ根性見せやがれチ○ポ付いてんだろがァ!! それとも遊び過ぎてどっかの売女にでも食いちぎられたか、アァ!?」
「ほんっとお前って下品だよな。殺り合ってる時くらいもうちょい静かにしてくれりゃあいいのによ」
「うるッせぇんだよ似非ホスト野郎ォ! テメェ見てっとイライライライラして仕方ねぇんだ、お望み通り黙って欲しけりゃア、フラフラフラフラ避けてねぇで大人しく喰らっとけコラァァ!!」
「あっそ、じゃあそうしてやっかな」
「――ハァ?」
途端にピタリ、と動きを止めた垣根に、原始崩しの光線が次々と命中する。
そのまま垣根の顔や胸、脛を貫通すると思われた光線は、しかし垣根に当たる直前で僅かな白煙を残し、煙草を水につけたようなジュッという音と共に霧散した。
「な、ァ……ッ!?」
「お、いいねぇその顔。小汚い罵倒も止まったし、かなりそそる表情だぜ『原始崩し(メルトダウナー)』。彼女にしてやってもいいくらいだ」
「て、メェ……キメェ事言ってんじゃねぇぞ……!」
「ハハッ、自覚してる。で、まあ……そろそろ、こっちから行くぜ?」
押し寄せるように見えない何かの重圧を肌に感じ取り、思わず麦野が大きく跳び退った、直後。鈍く重い音が響き、先ほどまで麦野が立っていた床が大きくひしゃげる。
(なん、だこれは……!)
「オイオイ、お前も少しは知ってるだろ、俺の能力?」
「……チッ、不可視の超重量気体でも作ったのかよ?」
「正解。単純だけど厄介だろ、これ。射程の調整が難しいんだけどよ」
垣根の背中から3対の翼のようなものが生え、ゆらゆらと蜃気楼のように揺らめいている。
彼の能力、『未元物質』を一定以上の強度で使用する時、その象徴とも言うべき翼が出現する事を麦野は知っていた。
しかしながら、彼の能力の大まかな内容以外、その出力限界や持続時間・弱点等の細かい情報はほとんど知らない。
麦野にとって、垣根は既知の相手だが、未知の脅威なのだ。
(こっちの攻撃はどうやって防いでるのか知らねぇが……)
開いた右手に青白い光の塊を漂わせ、慎重に隙を狙う――フリをして両肩口から白い光線が3本ずつ放たれる。
(……効かないなら、効かないなりにやらせて頂くまでよォッ!!)
「無駄だよ、『それ』の解析は終わっている」
垣根の上半身を集中して狙ったそれらは、先ほどと同じく白煙とともに消え去った――直後、垣根の足元に極太の光線が突き刺さる。
「……ッ! っと、こりゃまた子供騙……、ぐっ!」
垣根の意識が足元に逸れたその刹那、その側頭部を麦野のハイキックが襲った。
間一髪でガードをするが、その時には麦野の手のひらで渦巻く青白い光が垣根の顔面に迫っていた。
「――それも、無駄だッ!」
翼を打ち振るうように動かし、垣根が上半身を仰け反らせると同時、麦野の右手から放たれた光線は翼の一枚によって受け止められる。
そのまま残りの翼が麦野の体を左右から襲うが、白光線を放ち翼の動きを食い止めつつ、大きく跳び退る事で難を逃れた。
「ひゅー、おっかねえなぁ。お前、肉弾戦もイケるクチなのね」
「そっちこそヒョロ男の風体で反応いいじゃねぇか。そのクソ忌々しいメルヘン羽根がなきゃ膝の2~3発は入れられたのによォ」
「おー、怖い怖い。どうやら余裕かましてる場合じゃ無さそうだな。こっちにゃ時間制限があるんだしよ」
「警備員や私設警備の連中がいつ嗅ぎ付けるか分からねぇもんなぁ」
「お? そっちからは連絡してねぇの?」
「冗談、自分の手で始末してなんぼだろ?」
「アハハハ! それで返り討ちにあってりゃ世話ねえよ、なぁッ!!」
再び不可視の超重量気体を放つと、垣根が翼を広げて大きく跳躍した。
光線を放つ事で放たれた気体を打ち払う、と同時に近くの柱の影に転がり込む。
(クソッ、見かけだけじゃなく、飛べやがるのかよ! クソのように厄介だなメルヘンがァッ!)
心で毒づきつつ、麦野は上着のポケットから板状のツールを取り出し、一枚を頭上に放り投げる。
その板に向けて光線を放つと、三角形に細かく分割された窓が光線を分割し、広範囲へと分散した光の帯が上空の垣根に襲い掛かった。
――『拡散支援半導体(シリコンバーン)』。
麦野の能力、原始崩しでの光線攻撃はどうしても直線状になるので、その弱点を補強するツールだ。
麦野は更に3枚程それを放り投げると、光線を乱射する。
視界を青白い光が覆い尽くし、広い部屋の壁や天井には次々と穴が穿たれていった。
「オイオイ、ド派手にやってくれんじゃねぇの。ここの施設まるごとぶっ壊す気か?」
壁や天井が崩れる音に紛れ、軽薄な声が聞こえてくるが、無視して光線の弾幕を放ち続けた。
これだけの光線を放ち続けているにも関わらず、垣根には傷一つ付けられない、そんな気もする。
が、今はそれでもいい。
麦野はそう思ってまた板状のツールをポケットから取り出し、放り投げた。
「おい『原始崩し』。まさかと思うが」
無視。放り投げた『拡散支援半導体』に向けて
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「この程度で足止め出来るとか、思ってないよな?」
思わず光線を放つ演算を止めた。
カラン、と空しく乾いた音が響くと同時、膨大な暴風が吹き荒れ、凄まじい音が麦野の耳朶を叩く――
念動力使いの少年は、一瞬の躊躇をした。
自身の能力の一部は巨大な装置を運ぶのに使用し、残りは襲撃者への迎撃に割いていて余裕が無い中、巨大な瓦礫と化した鉄の塊が無数に降り注いできたのだ。
慌てて迎撃用の能力を頭上の瓦礫に向けようとした時、先ほど跳び退った少女が、視界の端で大きく前傾姿勢になるのが目に入る。
少女の体はまるで限界まで引き絞られた弓の弦のようで、次の瞬間には少年の懐までその拳を届かせるだろう。
それだけに、彼の一瞬の躊躇は致命的な隙となった。
その少女の足が大きく床を蹴った時、少年は、死ぬ。
そして、その時は、今――
「――伏せろッ!!」
「ッ!!」
少年はその声に瞬時に反応し、ほとんど倒れこむように地に伏せた。
その刹那、巨大な質量を持った空気が吹き荒れ、鉄骨と、少年に向かって放たれた少女の体を薙ぎ払った。
「……う、ぐッ!!」
それは地に伏せた少年にも少なからずの衝撃を与えたが、咄嗟に念動力をバリア状に展開した為、なんとか吹き飛ばされずに耐え切る。
「よお、悪ぃ。ちょっと加減を間違えた」
「いや、助かった。感謝する」
「そんなんはいいよ。それより、おあつらえ向きに大穴が空いたからさっさと目的のブツを運び出せ」
「了解した」
見回すと、垣根が放った気体により大きく吹き飛ばされたパーカー少女と、先ほどまで大量のビームを撒き散らしていた女が別々の離れた位置で倒れ伏していた。
とはいえ、意識はあるようで、それぞれが既に起き上がろうと動き出している。
念動力使いは能力を全開にし、『ピンセット』と自らの体を崩れた天井の一部へと引き上げた。
その間垣根は少女と女へ牽制の攻撃を放ち、また相手の攻撃をいなして念動力使いを援護する。
おかげで攻撃の余波を受ける事もなく、まずは装置を外へ運び出す事に成功。
続いて自らも天井近くの通路――の残骸に両手を掛けた。
首を巡らせると外の様子が一部目に入る。
丁度、下部組織の人員が手際よくステーションワゴンを乗り付け、先に運び出した装置を運び込もうとしていた。
ほっ、と心の中で一息つき、通路に掛けた手で体を引き上げ、足を付く。
能力を限界近くまで連続使用し、少年は体と脳に多少のダルさを覚えていた。
少しでも緩和しようと腰の装置に手を伸ばし、スイッチを2つほど切り替え。
――ぽとり、と念動力使いの足元に何かが落ちてきた。
それは、この凄惨な光景には酷く不釣合いな、愛らしい犬のぬいぐるみで。
「……?」
彼がそのぬいぐるみに視線を落とすと、それが大量の光と共に膨れ上がるのが目に入り、そして――――爆音が弾けた。
大量の光と共に膨れ上がる爆発の熱を、咄嗟に能力で作り上げた壁で防ぎきる。
が、その衝撃までは全て殺しきれず、後ろに大きく吹き飛ばされるのを感じた。
直後に襲い来る浮遊感。
高さ凡そ20メートルからの自由落下。
慌てて腰の装置に手を回し、スイッチを全て全開。
落下の勢いを念動力で受け止めようと能力を起動し、しかし全てを殺しきる前に少年の背中を強い衝撃が襲った。
「ゲホッ! ……ぐ、ぐぐ……が、は……ッ!」
身をよじり、転がる少年の体は、すぐに何かに突き当たって止まった。
フラ付く頭を振りつつ、それにすがって何とか起き上がろうとする。
手に当たったものは、予想と違って弾力と温かみを持っていて、その感触に思わず顔を上げると。
「……おや。飛んで火に入る、何とやらだなオイ」
超能力者、麦野沈利が冷たい笑みを浮かべ、少年のゴーグルを両手で掴んだ。
「いやっほーう! 結局、油断するからまんまとフレンダ様の罠にかかるって訳よ! ふふ~ん♪」
麦野達が戦闘していた部屋とは大きく離れた建物の影で、フレンダは小型端末に表示された監視カメラの映像を注視していた。
その端末を操作する度、画面には複数表示された映像が次々と切り替わり、また遠隔操作で各種トラップが起動する。
麦野と絹旗が迎撃、フレンダが遠隔でトラップを操作し支援。
滝壺は更に安全な場所で待機し、『スクール』所属の能力者のAIM拡散力場を記録、状況に応じて無線でサポート。
これこそ、彼女達『アイテム』の総力をあげた、万全の迎撃体制だ。
そして今、『スクール』の能力者の一人、怪しい土星の輪っかのようなヘッドギアを着けた念動能力者を撃破に成功。
フレンダが上機嫌に鼻歌を歌うのも無理は無い。
「ねえねえ麦野ー、今のはナイスBOMB! だったわよねー? ボーナスある? ある?」
……実際に撃破(ブチコロ)したのは麦野だが、そのナイスアシストをした自分にも相応のボーナスが入るだろう、等と楽観的に思い、フレンダは無線に向かって嬉々として声を張り上げる。
が、返ってきたのはお褒めの言葉とは程遠い、怒声だった。
「ッザケんなフレンダ! 向こうさんにまんまと目的のブツ持ってかれてんぞ! さっさと妨害に移りやがれェッ!!」
「は、ハヒィッ!? りょ、了解しましたァッ!」
ビックゥ!! と全身を硬直させつつ、フレンダは慌てて映像を切り替える。
すると、今まさに巨大装置を積み込まれんとされている一台のステーションワゴンの映像が映った。
「おっとぉ、ここなら確かポイントD-08とE-112の仕掛けの有効範囲ねー。よーし、ポチっとな!」
フレンダの操作と共に、ぷしゅるると煙を上げてロケット弾が数発。
それから数秒遅れてステーションワゴンの下方から細長い火柱が上がる――筈だった。
「……んお?」
しかし、ロケット弾はワゴンに向かうどころか明後日の方向に飛び去り空中で爆発。
火柱にいたってはうんともすんとも言わず、代わりにひょろ長い白煙がぷしゅるると僅かに吹き上がるのみだった。
「あれー? 不発? でも両方ともだなんてそんな馬鹿な……」
ぽちぽちと端末を弄るも反応はなし。
仕方ないので近場の他の仕掛けを弄ってみるも、遠隔で動かせる固定銃座も、広範囲を巻き込むぬいぐるみに仕込んだ爆薬も、虎の子の対戦車ミサイル弾さえ不発に終わった。
「ぐ、ぐぬぬ……。け、結局こうなったらこのフレンダ様が直接やらざるを得ないわね……!」
パタン、と端末をたたむと、スカートの中や懐、帽子の中から各種ツールを取り出し、少女が移動を開始した。
――――――――
――――
――
「う、やば。もうほとんど積み込み終わってる訳よ……!」
ようやく目標のワゴンが目に入った時、装置の積み込み作業は8割方終わっていた。
相当運び難そうな装置だが、数人掛かりで何とか持ち上げているらしい。
「い、急がなきゃ……また麦野にお仕置き喰らっちゃう……」
隠密と迅速、両立求められる難しい事態だが、文句も言ってられない。
前回、『スクール』の構成員をもう一人始末するチャンスを不意にしたし、ここで取り返さないと今度はどれだけの仕打ちが待っている事か。
「でも、焦らず、慎重に……。結局、焦りが失敗を産むんだし」
姿勢を低くして移動しつつ、呼吸を深く深く沈める。常に周りに意識を配り、隠れている相手が居ないかをチェック。
問題ない事を確認したら、後はワゴン周辺からは死角となる位置を確保しつつ近付くのみだ。
このペースならば後20秒ほどで射程範囲に入る。
そうすれば、手持ちのツールでワゴン一つくらい木っ端微塵に――
バサリ、と。背後に何かが降り立った。
「よお、ようやく姿を現したか、爆弾娘(ボマー)ちゃんよ」
掛けられた声に、フレンダの全身から大量の汗が流れるのを感じ、慌てて手持ちの炸薬を瞬間で8発投げ付ける。
「無駄だよ、その手の爆発物が全部無意味になるように、この辺りを俺の『未元物質』で弄っちまってる。諦めな」
炸薬はその人物に触れる前に砂のように結合力を失い霧散。
灰色の煙が視界を覆い、そのシルエットを隠した。
「……『アイテム』ってな、女だらけの組織とは聞いてたけどよ。子供(ガキ)ばかりじゃねぇか。女の子仲良しグループみたいなもんなんか?」
寒くも無いのにやたらぶるぶると体が震える。それを押さえ込みつつ、フレンダは煙が晴れるまで目の前の人影を凝視し続ける。
そしてそこには、背中からやたら巨大な翼を生やした、軽薄なメルヘン野郎――垣根帝督が、立っていた。
「初めまして、フレンダちゃん。『スクール』のリーダーやってるもんだ」
軽薄な顔に軽薄な笑みを浮かべながら、つかつかとそいつは歩み寄ってきた。
「こっちも1人やられてるからな。これでおアイコって事になるかね?」
「わ、私、を……」
「ん?」
フレンダが震える声を搾り出すと、メルヘン野郎、垣根は歩みを止めた。
「私を……殺す、訳?」
「さあね。どうしようかなぁ~、うん?」
垣根が笑みを深くして、翼の一枚をバサリと伸ばし、フレンダの頬を撫で上げた。
「……、ヒッ!?」
「まあ、それはお前さん次第、だな……」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、学園都市第二位の超能力者が、少女を見下ろす。
「なあ、言ってる意味、分かるよな――お嬢ちゃん?」
フレンダは、ただ震えることしか出来なかった。
つづく