美琴「お願い! 今日一日でいいから、私の“代わり”になってくれない?」


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御坂妹「……代わり、ですか? とミサカは動揺しつつ確認を行います」

 

 

 

 

 

 

 

『みっことちゃーん! 元気元気ぃ? 愛しの母さんでーっす』

耳元の携帯電話から放たれた第一声は、どう聞いても中学生の子を持つ者とは思えない、よく張る母の声だった。

「なっ……!? ちょ、ちょっと静かにしてよ!? こっちはもうとっくに就寝時間すぎてるっていうのに……ッ」

『ああ、ごめんごめん。ところで、明後日って常磐台中学の開校記念日でしょ?』

「え? ん、まあそうだけど。それが何?」

『ちょっと聞いてよー! パパが久しぶりに休みとれたんだって! こんな偶然滅多にないし、どっか遊びに行きましょ!』

「はあ? 遊びにって、またずいぶん急な話ね……べ、別にいいけどさ」

『やたっ! 決まりね。っていってもまだ予定立ててないからどこ行くか決まってないんだけど』
そこで美鈴は、『あ、』と思い出したように区切って、
『でも学園都市から出るときって申請書?とか提出しなきゃいけないんだっけ。そーゆーのって明後日までにできちゃうものなの?』

「あー、三枚の申請書にサインして血液の中にちっちゃい機械注射するとかいうのね。

保証人は母さんにするとして、明日一日あれば十分申請通るわよ」

『そ、なら良いんだけど。じゃあ明後日、朝六時に学園都市の前に車で迎えに行くから。じゃねーん♪』

ぶち、と唐突に通話が切れる。

「あ、ちょ!? …………勝手に切りやがったな、あんのバカ母……」


ふぅ、と一息ついて薄い携帯を折りたたむ。壁にかかっている時計を確認すると、
金色の針はちょうど十一時を指していた。


常磐台特有の超規則正しい生活を送っているからか、すでにまぶたが重い。

 

(明後日かぁ……。………ん、あさって? なーんか用事があったようななかったような―――)

『明後日』という言葉に何かがひっかかり、美琴は眠気に侵されつつある頭をめぐらせる。
美琴は、何気なく、本当に何気なく隣のベットで寝ている白井黒子を見て――、

(あれ、明後日って――――や、やば……もしかして黒子と買い物する約束した日じゃ……!?)

――先日白井と交わした約束を思い出した。

(私としたことが、すっかり忘れてたわ……。
でもまだ予定立ててないって言ってたし、母さんたちには悪いけど、今なら断っても大丈夫なんじゃ……)

と、そこで携帯がメールの着信を伝えて震える。


送り主:美鈴と示されたメールには、


『最近できたあの巨大テーマパークのチケットとれたよー』

というなんとものん気な文章が綴られていた。


美琴はあまりのタイミングの悪さに絶句した。
無数の絵文字が楽しげに踊る母のメールに対し、やっぱ無理でしたー、なんて言えるわけもなく。
かといって、自分とのショッピングを楽しみにしてくれている可愛い後輩との約束をいまさら断ることができるはずもなく。


その可愛い後輩が
『にゅふふ、お姉さまなんて声出してますの、こ、これは永久保存版ですわぁ……』
などと口走っているのは置いておくとして。

「――――ど、どうしよう……」

御坂美琴は、その夜一晩中頭を抱えることになった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



―――時間はちょっとさかのぼり、ここは、午後八時ごろの第七学区・上条宅。

「とうま、とうま。私はもう限界なんだよ!?
残暑もとっくに過ぎて時候の挨拶も『立秋とは名ばかりの厳しい暑さが続いていますー』から
『早朝の空気に爽秋の気配が感じられる頃となりましたー』に変わりつつあるというのに
どうしてウチは毎日そうめんで真夏をエンジョイしてるっていうの!?」

食欲少女インデックスは、ざるに盛られたそうめんやら麺つゆやらに彩られる机を、
バン! と叩いて立ち上がる。

「文句言うなインデックス!
俺だって春巻きに入れてみたりサラダ風にしてみたりマヨネーズかけてみたりデザート風にしてみたりと
日進月歩で創意工夫を凝らしているんだもうちょっと我慢しなさい!!」

と、そんなお怒りモードのシスターさんに対抗すべく、家主・上条も箸を置いて同じく立ち上がる。

「そのサラダ風そうめんだってもう5回も食べたんだよ!? ドレッシングを変えれば違う料理になると思ったら大間違かも!!」
「贅沢いわないの! この段ボールに溢れんばかりに詰め込まれたそうめんが見えねえのかお前は!!」

びしっと上条が指差すは、持ち前の不幸の連鎖でやってきた膨大なそうめん入り段ボール。
『年内までに全消費』という目標を掲げ、上条宅は日々そうめんと戦っている。


……が、食欲旺盛インデックスは三食そうめんに限界を迎えつつあるらしく、
本来シスターは禁欲であることもすっかり忘れてそうめんヤダそうめんヤダと喚いてくる。
そんな少女は、ふらりと床にへたり込み、

「うう、とうまひどい。スフィンクスまで協力してくれてるっていうのに……」

と、そんなインデックスの隣で、三毛猫スフィンクスがむしゃむしゃとインデックスが残したそうめんを食らっていた。

「うぎゃあああ!? ちょ、インデックス! さりげなくスフィンクスに食べ残しそうめんを食わすんじゃありません!!

……っていうか猫ってそうめん食えるのか?」


「なに言ってるのとうま。イタリアでは猫の好物はパスタとされているなんだよ?
日本じゃ魚って言われてるみたいだけど、基本猫は雑食だからなんでも食べるよ」


「……へえ、そうなのか」


どこから仕入れてきたのか知らないが、得意げに豆知識を披露するインデックスを見て、
三毛猫のノミ退治のため葉っぱを燻していたあの頃よりは進歩したかもしれない、
と上条はちょっぴり感動する。

「とにかく私はそうめん以外の物が食べたいったら食べたいんだよとうま。たまには外で食べようよ?」


「ん……外食かあ。確かに最近外で食ってないけど、金銭的な問題がなぁ……」

上条はインデックスと同居しているため、他の学生より食費もろもろが嵩む。
その同居している居候が大食い少女というのだからなおさらだ。
そんな訳で今月も残金はわずかだったはずだが、

――そこで上条は明後日が奨学金の振り込み日だったことを思い出す。

「明後日は奨学金下りる日だから、なんか食いに行けるぞインデックス」


「ほんと!? やったやった、やっとこのそうめん地獄から解放されるんだねスフィンクス!」

インデックスの瞳が輝き、わーい、と両手をあげて万歳する。
見てるこっちまで嬉しくなるような笑顔だ。
スフィンクスを抱きかかえ、嬉しそうにくるくる回る少女を横目に、上条は夕飯の後片付けを始める。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

御坂美琴は、学舎の園を歩く。

時は放課後、午後四時半。

五つのお嬢様学校の共有地である学舎の園は、当然ながら女子で溢れかえっている。

普段なら白井黒子と一緒に帰るのだが、白井は今日は風紀委員としての仕事があるらしく、
一一七支部へ行くためバス停で別れた。

通りに面したカフェラウンジでは、常磐台の制服に身を包んだ女子たちが
スケジュール帳を覗きこんで笑い合っている。

きっと明日の予定でも考えてるんでしょうね、と美琴は適当に考えた。


明日は、常磐台中学の開校記念日。よって、生徒は全員休みとなる。
白井との買い物の約束を守るか。両親と久々に遊びに行くか。

明日の予定を被らせてしまった美琴は、どちらを選べばいいのか昨晩からずっと悩みっぱなしだ。
昨夜はそのせいで一睡もできなかったわけだが、それでも今日までに決断しなければいけない。
両親と会うなら、今日中に、学園都市を出るための申請書を提出しなければいけないからだ。

(ああもう、母さんたちを取るか、黒子を取るか……そんなの選べるわけないじゃない……)


そこでふと、美琴は足を止める。
脳裏にひとつのアイディアが浮かんだからだ。
まさに画期的。空前絶後、未曾有の一言につきる、
どちらの約束も断りたくないという、美琴の優しい心が生み出したアイディア。

(……でもこれはさすがにちょっとマズいかしら………)


美琴はちょっと考えて、

(…………やっぱり、これでいくしかないわね……!)

決意をすると、美琴はバス停に引き返すべく、踵を返して走り出した。
――あの子なら、なんとかしてくれるかもしれない、と。


向かう先は、第七学区。
申請書の提出間に合うかしら、と考えつつ、美琴はやってきたバスに乗り込む。

 

 

 

 

 

 

 

第七学区の一角。

 

量産クローン一〇〇三二号こと御坂妹は、だいぶ日が落ちてきた町を歩いていた。

この学区は中高生の寮がほとんどのため、小学生などの子供は少ない。
ふと御坂妹がたちどまったのは、そんな中高生ばかりの道で小さな女の子を見つけたからだ。



「――――?」

自分と色も質もそっくりな、肩で切りそろえられた茶髪に、頭のてっぺんで揺れるくるりとはねたアホ毛。
水色のワンピースに男物のシャツを羽織った出立ちの少女はもしや――、

「……あなたはもしかすると上位個体では? とミサカは直感的予想を述べます」

「あ、一〇〇三二号! ってミサカはミサカはびしーと指をさしてみたり」

くるりと振り返った小さな少女は、
やはり御坂妹を含む一万ものクローンを束ねる司令塔・打ち止めだった。

御坂妹は、自分に向けられた打ち止めの人さし指に視線を落とし、

「他人に向かって指を指すというのは社会的に失礼とされる行為なのでは、
とミサカはマナーと常識というものを上位個体に訓育します。
というか何故こんなところにいるのですか? とミサカは率直な疑問をぶつけます」

「うんとね、“あの人”とはぐれちゃっただけだよってミサカはミサカは手短に説明してみたり。
あの人ったらすぐどっかいちゃうんだもん、ぶー。
ってミサカはミサカは愚痴をこぼしてみる」

「………すぐどっかいっちゃうのはむしろあなたのほうでは……、
とミサカはひそかにツッコミを入れます」

御坂妹のひそかな突っ込みは、打ち止めには聞こえなかったらしい。
打ち止めは、あ!となにかを思い出したような声を上げると、
なにやら神妙な顔で話題を切り替える。

「あのね、それより一〇〇三二号。
ちょっとお話があるの、ってミサカはミサカは唐突に話を切り出してみたり……」
「……?」

「あのねあのね、ちょっと大事なお話なので、内緒話風に聞いてもらいたいんだけど

ってミサカはミサカはやけに真剣にお願いしてみる」

疑問符を頭の上にのせる御坂妹に対し、打ち止めはいつになく真面目な顔つきで言う。

「しかし、そのような重要な要件ならばわざわざ口頭で述べずとも
ミサカネットワークを通じて伝えたほうが
内容が外部に漏れる危険性を軽減できるのでは、とミサカは提案してみますが、」

「いいのいいのってミサカはミサカは正論に反論してみたり!」

打ち止めは手足をばたばたと振り回して、御坂妹の意見に反発する。

「 ……。だって、」

急に振り回す手を止めたかと思うと、
黙って俯いて、打ち止めは呟くような声で続けた。

「直接誰かと喋るのは、とっても難しいけど、
とっても楽しいものだからって、ミサカはそれを知ったからって、
ミサカはミサカは付け足してみたり」

「……、」

御坂妹はちょっと黙ったあと、答えた。

「ならばそちらの指示にしたがいましょう、とミサカはため息交じりに答えます」

打ち止めは嬉しそうに頷いて、耳を貸して、と伝える。
それに従い、御坂妹は少ししゃがんで打ち止めに顔を近づける――――――

 

 

瞬間。

 


「っと、ミサカはミサカの先手必勝ぉぉぉぉぉおおおッ!!」


ポカーン、と状況が掴めていない御坂妹を置いて、
だだだだだだだだだーッ、と、打ち止めは一目散に走り出す。

気がつけば、いままで御坂妹が装着していた軍用ゴーグルが額から消えている。
そして、エネルギッシュに走り去る打ち止めの手には―――――

……しっかりと、その消えたゴーグルが握られていた。

 

「二度も同じ手に引っ掛かるなんてやっぱり下位個体は下位個体かも!!

ってミサカはミサカは勝利の高笑いを上げつつ勝ち逃げに走ってみたり――――――ッ」


ひゃっはー! と捨てゼリフを吐いて去る打ち止め。
ようやく事態を理解した御坂妹から、ぶち、と不吉な音が聞こえる。
彼女は思う。


――――あの野郎、またゴーグル盗りやがった。

打ち止めは、道路の角を曲がったため、人ごみにまみれて見えなくなった。

それでも、彼女ら妹達はミサカネットワークという通信手段を持っているので、
良くも悪くも、たとえ姿を見失っても二人の会話は続く。

『あっはっはー! ミサカが突然にシリアスモードにモードチェンジしたから
油断したみたいだねってミサカはミサカは大笑いしてみる!
ひっかかったひっかかったーww』

ミサカネットワークを介して発せられる打ち止めの言葉に、
御坂妹はぴくぴく震えて硬直している。

怒りゲージ絶賛急上昇チュウな御坂妹にはお構いなしに、
打ち止めはミサカネットワークの中で挑発の言葉をこれでもかと並べ、煽りまくっていた。

「……………。
ミサカは自身の学習能力の低下を疑うとともに
上位個体に下剋上を叩きつけます今度こそ改革の時だこの野郎」

そう呟くように発するや否や、
手にしていた学生鞄からジャキッ! と重たい音を立てて、銃器を取り出す。

『そうですこれは演習であって
下位個体のミサカが上位個体に全力で挑むのは別に大人気ないとかそういうのは
一切関係ないのですとミサカは自身を納得させますそうなのです』

などとぶつぶつ呟きながら、
黒光りする銃のパーツを手際よく組み立てはじめていた。

 

「――ん、あれは……妹?」

そんなお怒りモードの御坂妹の姿が、一人の少女の目に留まる。


「いたいた! ちょろーっと待ちなさい、そこの妹!」


「……?」

組み立て前の銃器パーツを片手に持ったまま、御坂妹は振り返る。

と、そこには、息を切らせた(どうやら走ってきたらしい)
お姉さま(オリジナル)こと、


御坂美琴が立っていた。

 

「……お姉様、ですか」

御坂妹は、己と瓜二つな少女を見つめて呟く。

対して美琴は、
自分の性格が『お姉様』というお上品な呼び名から
かけ離れていると自覚済みなのか、乱れた呼吸を整えながら苦笑いを浮かべる。

「ふぅ、そーよ御坂の美琴のお姉さまよー。
っていうかあーよかった、やっと見つかったわ――ってアンタぁ!?」

「……? どうかしましたか、とミサカは問いかけます」
素できょとんとする御坂妹に、
美琴はどうかしたじゃないだろーがぁああ!と吠える。

「な、なんでそんな物騒な物持ってんのよちょっとおいこらぁ!?」

御坂妹は美琴の視線を追う。
どうやら美琴が言っているのは自分の手にしているライフル銃の事のようだ。
『物騒な物ではありません、これはF2000R、
またの名をおもちゃの兵隊(トイソルジャー)と言う銃の一つです』
と全く役に立たない知識を披露しつつ、御坂妹は銃器のパーツをカバンに戻す。

「まったく……、アンタねぇ、街中でそんなモン出すなっつーの!
前も黒子が騒いでるからどうしたのかと思えば、
『お姉様、銃砲刀剣類所持等取締法に違反いたしますので速急にその銃はお捨てくださいですのッッッ!!』って……。
完全にアンタの仕業でしょーが!」

美琴は満面の笑みをキープしつつ、
バッチンバッチンと音を立てて髪に電を纏わせる。


「……はて、覚えがありませんが、とミサカは」

「無自覚!? 無自覚で銃を持って街中を駆け回るのかアンタは!!」

 

(……、)

バチバチと火花を散らして
それじゃあなんだ私は銃を持って走り回る危険人物と認知されるのかよぎゃあああ!
とわめいている美琴に目を向けつつ、御坂妹は考える。

この時間帯に美琴と出会うことはめずらしい。
美琴の通う常盤台中学の寮は、このぐらいの時刻が門限だった気がする。

こんな時間にわざわざ来るなど、よほど切羽詰まった事情でもあるのだろうか?
と御坂妹は判断を下して、

「で、先ほどお姉さまはミサカに対し『見つかった』等と仰っていましたが、
要件はなんなのですか、とミサカは単刀直入に問いかけます」

「そ、そうそう。あんたにお願いがあるのよ。
聞いてくれないかしら、このお姉さまに免じてさ」

火花を納めた美琴は、
両手を合わせて謝るようなジェスチャーをしながら、片目をつぶって笑う。

「はぁ、お願いですか、とミサカは発言に対し確認を取ります。
それでそのお願いとはどのような内容なのです? とミサカは具体的な説明を要求します」

「あー、えっと、うん。その……その内容の方なんだけど……」

なにやら歯切れの悪い美琴は
一瞬迷ったように俯いたが、すぐに御坂妹に向き直って、言った。


「――お願い、明日一日でいいから、私の“代わり”になってくれない?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「……それは、ミサカに影武者になれということでしょうか…………」

「あいにく私はそんなデンジャラスライフは送ってないわよ!!?」

もうとにかくコッチ来い、とだけ言うと、
自分と瓜二つの少女を連れた美琴は、
ずかずかとファーストフード店が軒を連なる夕暮れの路地へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

7時をちょっと過ぎた夕飯時でも、このファミレスはけっこう空いている。



「で、まずは朝の五時半ぐらいにうちの寮の部屋に来てほしいんだけど
――って聞いてるわよね?」

各テーブルに1つずつ置かれたアンケート用ボールペンを持った美琴は、
同じく各テーブルに設置されている紙ナプキンに、
ぐりぐりと明日の予定を書いていく。

(もしやお姉様にもマナーと
常識というものを訓育する必要性があるのでしょうか……)

などと考えながら、
御坂妹はさっきまでの美琴とのやりとりを反芻していた。

――――――――――――――――――――――――――――――

約十分ほど、
時はさかのぼる。

あの後、御坂妹を連れた美琴は、手近なファミリーレストランへと足を運んだ。
美琴いわく、
『こっちは全力疾走で来たから疲れてるのよー』
とのことで、とにかく落ち着いて座れる場所に行きたかったらしい。

美琴に連れられて来たこのレストランは、
夏休み最終日の八月三十一日になんらかの事件があってガラスが割れたりなんなりとけっこう大惨事だったようだが、
現在ではそれらの痕跡は欠片も残っていなかった。

取り換えられたガラスから、むしろ真新しさを感じる。

『いらっしゃいませー! ……、』

ニッコニコの営業スマイルでやってきたウエトレスさんが一瞬目を丸くする。
どうやらこちらの外見のせいらしい。

たしかにここまで酷似している双子は珍しいのかも知れません、
と御坂妹が適当に考える。

『ええ、二名よ。禁煙席でよろしく』
『あ、はい! かしこまりました、こちらへどうぞー』

窓際のテーブル席に通された二人は、向かい合うように座る。

『窓際かー、寒いから真ん中の席が良かったのに』

美琴が口を尖らせて言うと、
どうやらバイトらしいウエイトレスさんがビクっと反応する。

『繁栄しているように見せるために、意図的に客を窓際に誘導しているのでは?
とミサカは集客方法の一つと考えますが』

すると美琴は頬杖をつきながら、

『あー、それもあるんだけどね。

レストランとかの窓際の席ってさぁ、
椅子とかが壁にくっついてて移動できない場合が多いでしょ。

それと違って中央部分ののテーブルのだいたいは移動可能で、
何脚かつなぎ合わせると大テーブルになれるの。

いつ大人数の客が来てもいいように、
中央の大テーブルを確保しながら席を埋めてんのよ』

『……常磐台の教育範囲は幅広過ぎませんか、
とミサカはミサカは呆れつつも心底感心してみます』

ちょうどそこにお冷を持ってきたウエイトレスさんの笑顔が、やや強張っている。
接客効果について語る客と言うのは、
店員からしてはあまり気持ちのいいものではないのだろうか。

それともただ単に
常磐台の制服を着たお嬢様というブランド(×2)を相手に緊張しているのか、
お冷とメニューだけ渡す(それでも営業スマイルは死守)と
ウエイトレスさんはそそくさと帰って行く。

『それでお姉様、』
『ん、何?』

美琴はテーブルに広げられたレシピに目を落としつつ答える。

『さきほどの影武者の件ですが、とミサカは話を戻します』
『影武者じゃないっつってんでしょうが!!』

即答でツッコミを返す美琴に、御坂妹はあれ、そうでしたっけと首を傾げる。

『とにかくミサカは早く帰りたいので本題に移りましょう、
とミサカはさっさと要件言えオーラを醸し出します』

『そうね、私だって寮の門限すっぽかしてんだし』

ぱたん、とラミネート加工された大きなレシピを閉じて、
美琴は御坂妹に向き合う。

『端折って言うと、明日、私の代わりに黒子と買い物に行ってきてほしいの。それだけよ』

どう? 簡単でしょ? と美琴は付け加える。

『……本当に平和的な内容だったのですか……とミサカは驚愕を露わにします』
『あ、ん、た、は、どーんな目で私を見てんのかな~?』

満面の(黒い)笑みと握られた拳がこれほど恐ろしくマッチするとは。
と御坂妹はのん気に考える。
美琴はハァ、と息をついて言う。

『とにかく内容はそんだけ。私としたことがうっかり約束を被らせちゃってね、
所謂「ダブルブッキング」ってやつよん』

『なるほど、明日ですか』

ちょっと考え込む御坂妹を見て、美琴はぎょっとする。
美琴的には御坂妹が最後の希望なので、御坂妹に引き受けてもらわないと後がない。

『……あれ、まさか用事とかあった?』

『いえ、今のところ思い当たるものはありませんが――念のために確認をとりましょう』

それだけ言うと、御坂妹は自身をミサカネットワークに接続する。

(突然ですが、明日、何か控えている予定はありましたか、
とミサカ一〇〇三二号は学園都市内の全ミサカに確認を取ります)

9968人+指令塔に発信された問いかけは全ミサカへと届けられ、
すぐさま該当するミサカから答えが返ってくる。

(こちら一〇〇三九号、明日は特に予定はありませんが……、
とミサカ一〇〇三九号はとりあえず解答します)

(それよりミサカ一〇〇三二号、
すでに最終帰院時刻を十分三十二秒ほど経過していますが、どうしたのです、
とミサカ一九〇九〇号は言及します)

(突然予定を確認する、と言うのも気になります、
とミサカ一三五七七号は多少遅れながらも通信に加わります)

(予定が無いのは助かりました、とミサカ一〇〇三二号は安堵の息をつきます。
こちらにもいろりろあるのです、と同ミサカはため息をつきます)

(いろいろとは? とミサカ一九〇九〇号は具体内容の提示を要求します)
(詳しくお願いします、とミサカ一〇〇三九号も首を突っ込みます)
(同じく、とミサカ一三五七七号も興味津々です)

(……)

とりあえず、御坂妹は
「美琴の代理で美琴の友人と買い物に行く」という旨の内容を伝える。


(ほほう、それは面白そうな企画ですね、とミサカ一〇〇三九号は興味を示します)

(それはそれは感興をそそります、とミサカ一九〇九〇号も関心を持ちました)

(こうなったら
学園都市内のミサカで全力を持ってミサカ一〇〇三二号を応援しようではないですか、
とミサカ一三五七七号は提案します)

(それはいいですね、
とミサカ一〇〇三九号はミサカ一三五七七号の提案を支持します)

(同じくミサカ一九〇九〇号も支持します)

(…………しまった、言うんじゃなかったと
ミサカ一〇〇三二号は心中で舌打ちしますがもう遅いようです。

とりあえず詳細は未定なので、後に報告します。
ミサカ一〇〇三二号は通信を切断します)


――――――――――――――――――――――――――――――

 

確認を終え、
美琴に「明日の予定はない」と伝えると、

美琴はおもむろに紙ナプキンを取り出すと、明日の予定を書きだし、今に至る。

「……ふう、っと。とりあえずだいたいの予定は書いておいたから見てみて」

美琴に言われてふとテーブルを見ると、
そこにはいつの間に書いたのか、文字ののたくった紙ナプキンが5枚ほど束ねてあった。

御坂妹はその一枚を手に取る。


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AM 5:30 うちの寮の部屋に来ること

  6:00 私と入れ替わる

  7:00 黒子起床

  8:00 食堂に集合

  9:00~12:00 黒子が風紀委員の仕事でいないと思うから自由にしててOK

  12:30 黒子と寮の前で集合

  13:00~黒子と買い物

  19:00~帰宅したら夕食取って部屋へ、就寝時間後に私とバトンタッチ!

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一通り読み終えると、
内容をミサカネットワークを介して学園都市内のミサカに送信する。

「ずいぶんと細部まで記してあるようですね、こちらとしては大変助かります
とミサカはお礼を言います」

「お金とか校則とかその辺の詳しいことは明日の朝伝えるから、これでどうかしら?」

「もちろん引き受けますが……うまくお姉様を演じられる確証はありません、
とミサカは可能性の話をします」

「ま、アンタならなんだかんだ言って上手くやってくれるでしょ、
…………頼むだけなのもアレだし、なんか奢るわ! 食べたいもの適当に注文しちゃって!」

「あ、いえ、結構です。ミサカは遠慮します、と……」

「ファミレスで30分居座ってなんにも食べないで帰れるわけないでしょーが!!
ほら、アンタもなんか食った食った!!」

「む、それもそうですが―――、………………DXチョコレートパフェ?」

「お、なになに? アンタはデザート系で攻めるんだ? じゃあ私もそれ行く!」

「ちょ、勝手に注文しないでください、とミサカはあたふたしますが――」



美琴がどさくさまぎれに卓上の呼び出しボタンを叩くと、
呼び出しを受けたウエイトレスが、パタパタと小走りで向かってくる。


(…………そういえば、ミサカのゴーグルは結局どこに行ったのでしょうか……?)


そんな御坂妹の思考は、
チョコレートアイスが盛られたドでかいパフェの登場によって、さえぎられてしまった。

ここは、とある教員用のマンションの13階。
『黄泉川』というネームプレートが貼られたドアを、ひとりの少女が開け放つ。


「たっだいま~! ってミサカはミサカは」

「遅ェ」

「痛あぁあああああ!!?
ってミサカはミサカは予期せぬ不意打ちをくらって涙目になって頭を押さえてみたりッ!
もう、暴力反対!! ってミサカはミサカは」

「遅ェ」

「痛あぁあああああ!!? ってミサカはミサカは二度目の不意打ちをくらって涙目になって頭を押さえてみたりッ!
ひ、ひどい! なにも玄関先でこんなに叩かなくてもいいじゃないってミサカはミサカは喚いてみる!」

「遅ェンだよクソガキが。だいたい今何時だ?」

「お、おお。やっと会話が成立したってミサカはミサカは感動を覚えてみる」

「だから俺は今何時だって言ってンだ」

「えっと、七時三十七分、ってミサカはミサカは」

「遅ェ」

「痛あぁあああああ!!? ってミサカはミサカは再三にわたっての不意打ちをくらって涙目になって頭を押さえてみたりッ!」

「昨日『六時半までには帰ってくること』って黄泉川と約束してたじゃねェかよ。
それともなンだ、お前は三歩歩けば全部忘れる鶏か」

「そ、そういえばそうでしたって
ミサカはミサカは忘却の彼方から先日の約束事を思い出してみたり。
とりあえず素直にごめんなさい……ってミサカはミサカはしょんぼり項垂れてみるんだけど……」


「あれ、打ち止めってば今帰ったじゃんよ?」

この部屋の主・黄泉川 愛穂は、分厚いファイルとプリントを抱きかかえていた。

腰まで届く長い髪を縛り、
地味な服装で抜群のプロポーションをおおったその家主の前では、
白い肌と白い髪の少年と、
肩で切りそろえた茶髪に頭にアホ毛を生やした幼女がぎゃあぎゃあと言い合っていた。

ときどき少年がべしべしと幼女の頭を叩くので、
傍から見れば、そのやり取りは夫婦漫才のようにも見れる。

幼女・打ち止めは、廊下に現れた黄泉川に気付くと、靴を脱いで走り寄ってきた。

「ヨミカワだー。ただいまただいまーってミサカはミサカは帰宅報告してみたり。
あと門限破ってごめんなさい」

「遅くて心配したじゃんよー、
って打ち止めどうしたじゃん? 頭押えたりして」

「うう、あの人に三回ほどチョップされたので頭がふらふらする、
……ってミサカはミサカはさり気無ーく保護欲を煽ってみたりするんだけど」

「あはは、アイツもアイツなりに心配してるんじゃん。愛情表現じゃんよ、愛情表現」

それだけ言うと、黄泉川はふたたび自室へと戻って行く。

「またそんな適当な……ってミサカはミサカはジト目でヨミカワを見送ってみたり……」

「もう、アナタの愛情表現は複雑すぎるかも、
ってミサカはミサカはぷんぷん怒ってみたりするけどやっぱり無視かよ」

打ち止めはさっきまで言い合っていた少年をぽかぽか殴りながら喚くが、
少年に完全スルーされたので諦める。

「あァ? つーかよォ、お前が持ってるソレはなンなンだァ?」

白い少年、もとい一方通行が視線を落とす。

へ? と打ち止めが自分の手に目をやると、
そこには御坂妹から強奪した戦利品の、ゴツい軍用ゴーグルが握られていた。

「……はっ!? ってミサカはミサカの手にしている物の存在をいまさらながら思い出してみたり!!」

「なんだァそりゃ、ゴーグルかァ?
……それってあれだろ、量産クローン共のゴーグルじゃねェのか」

「た、たいへん……返すの忘れてた……
でもそれにしては一〇〇三二号から連絡がないけどどうしたのかな、
もしかして向こうもゴーグルの存在忘れてる?
ってミサカはミサカは様々な憶測を展開させてみたりするんだけど……」

打ち止めは一瞬迷って、

「そうだ! そうだよせっかくミサカはミサカなんだから
ミサカの権限をフル活用しなきゃね!! ってミサカはミサカは上位個体としての立場を思い出してみる!」

そういうと、打ち止めはミサカネットワークの接続を開始する。

(こちらミサカ、ちょっと急用があるのでミサカ一〇〇三二号を緊急呼び出し!
ってミサカはミサカは自己の立場を利用してみたり!)

(――――はい、こちらミサカ一〇〇二三号です、とミサカは返答します。
緊急呼び出しとは、一体どうしたのです? とミサカは上位個体に質問します)

(お、一〇〇三二号が来た。
あのねあのね、今日ミサカが強奪したゴーグルのこと覚えてる?
ってミサカはミサカは恐る恐る訊いてみるんだけど)

(……ええ、覚えていますが、とミサカは肯定します)

(あれ邪魔だからとっとと返しちゃいたいんだけど、
明日会える? ってミサカはミサカはぶっちゃけてみる)

(……こいつ、自分で奪ったくせに何を……とミサカ一〇〇三二号は心中で毒づきます)

(なに?)

(いえ、ミサカにも用事はあり、
明日は第六学区のショッピングモールに行く予定が――)

(明日第六学区のショッピングモールね!ってミサカはミサカは確認してみる!)

(ですが、明日はお姉さまの代理として過ごすことになるので、
ミサカ個人として対応するのは不可能かと―――、

……上位個体? 二〇〇〇一号、応答してください。
…………もう通信を切断してしまったようです、とミサカ一〇〇三二号はため息をついてみます)


(……なにやら面倒くさいことになりそうです、とミサカは付け加えます)

 

夜の街は眠らない、などとよくいわれるが、それはこの学区には当てはまらない。

 

敷地のほとんどが中高生の寮であるため、
夜になればそれなりに静かになる。

そんな第七学区は、
ごくごく平凡な学生寮が連なるエリアと、
学舎の園や教員用の高級な建物の並ぶエリアとが存在する。

現在一方通行が居るのは後者の方だが、
高級とはいえど、建っているのはもっぱら学生寮や教員用マンションなので、
やはり繁華街がある十五学区や
アミューズメント施設を取りそろえた六学区と比べれば静かなほうだろう。

 


時刻は八時を回っていた。

すっかり夜の闇に包まれた街の中、
その一角にある教員用マンション『ファミリーサイド』の前には、
杖をつきながら歩く一方通行と、
その後ろを歩く打ち止めの姿があった。

「もう、いいかげんにアナタの居るホテルの場所が知りたい知りたいって
ミサカはミサカはぶーたれてみる。
教えてくれたっていいじゃんってミサカはミサカは続けてみたり」

「やだね。だいたいオマエみてェなガキが来たって追い出されンのがオチだろォが」

打ち止めはバタバタと手を振り回し、一方通行はそれを軽く受け流す。
夜風にアホ毛を揺らす彼女はほっぺたを膨らませて、
しばらく腑に落ちないように呻いていたが、

「むー……。あ、そうだ、明日も会えるんだよねって
ミサカはミサカはにこにこしてみるんだけど」

「ああ、予定が入ンなかったらな」

「そこでなんだけど!
明日、ミサカと一緒に第六学区のショッピングモールに行って欲しいなーなんて
ミサカはミサカは上目づかいでおねだりしてみたり」

「あァ? ショッピングモールだァ?」

小首をかしげつつ可愛らしく両手を合わせる打ち止めに、
一方通行は眉をひそめる。

「そうそう。
ミサカが不慮の事故でミサカ一〇〇三二号のゴーグルを持って帰ってきてしまったのは
アナタもご存じだと思うんだけど、

そのミサカ一〇〇三二号は明日ショッピングモールに行くらしいの
ってミサカはミサカは説明してみる」

どう考えても不慮の事故じゃねェだろと一方通行は思ったが、
面倒くさいので声には出さない。

「一人でいけばイイだろ。俺が行かなきゃならねェ必要性が感じられねェンだが」

「えっと、現在ミサカは訳あって件のミサカ一〇〇三二号と交戦状態にあるので、
ひとりで返しに行くというのは少々心もとないというかなんというか……」

と、打ち止めはそこで少し間を置いて、

「…………というのはただの建前で、
ホントはアナタとお出かけしたかっただけだったりってミサカはミサカは苦笑してみる」

照れ隠しするようにはにかむ打ち止め。

「……チッ、めんどくせェな」

一方通行は少し黙り、夜空を仰ぎながらボソっと呟いた。

「おっ!? やったやった、これは暗黙の了承かもってミサカはミサカははしゃいでみたり!!
それではそれでは午後一時にファミリーサイドの前集合ということでひゃっほーぅ!」

「ウゼェと取りやめる」

「…………しーんってミサカはミサカは
急遽お口はミッフィーちゃんまたはお口はチャックモードにチェンジしてみる……」

口の前で人差し指をクロスさせると、急に黙り込む打ち止め。
一方通行は呆れたようにため息をつくと、再び歩を進める。

「確実に行けるかどうかわかんねェぞ。ま、『仕事』が入ンねェことを祈るんだな」


『仕事』、というワードを耳にして、打ち止めが足を止める。

「……何してるのか知らないけど、ミサカはアナタを心配してるんだから
って、ミサカはミサカは釘を刺してみたり」

「……、」

それは、まっすぐな声だった。濁りのない、澄みきった声。

「……ガキは自分の心配しとけ。
俺は誰かに気遣ってもらえるよォな人間じゃねェよ」

自分は、そんな声をかけるべき相手じゃないだろう、とでも言うように。
まるで自身を諭すような口調で、一方通行は言う。

「信じてるから」

ぴたり、と一方通行は足を止めた。

「ミサカはアナタを、信じてるから」


真っ直ぐな声に、一方通行は振り返らない。

そんな白い少年の姿を、打ち止めは、
彼が夜の闇にまぎれて見えなくなるまで、ずっとずっと見送っていた。

                 白井黒子は、八時過ぎの路地を歩いていた。その隣には、初春飾利の姿もある。

彼女たちの共通点は、二人とも中学一年生ということ。
しかし、彼女達はそれぞれ別の学校の生徒であるということを、
二人がまとう制服が示している。

もう一度言うが、現在時刻午後八時過ぎ。
どう考えても中学一年生の下校時間ではないし、
二人とも寮の門限時刻をとっくに過ぎているのだが。

彼女たちの共通点はもう一つあり、それは二人とも風紀委員(ジャッジメント)ということだ。

「まったく……中一の下校時間が八時すぎとか尋常ではないですわね……
夕飯に間に合うかわからないですの」

「まあまあ。なんたって風紀委員ですからね、私たち」

イライラしているのが傍から見ても分かるような形相の、
ツインテールを振り乱して歩いている少女は白井だ。

それに比べて、頭に秋の造花を盛った初春は飄々としている。

「それに、」

初春は区切って、

「“あんな事件”起こされちゃったら、風紀委員も招集されますって」

夜空を見上げてぽつりと呟く。

「それはそうですけど、どうしてよりによって今日ですの!?
明日は愛しのお姉さまとのラブラブショッピングですのに~ッ!!」

「ああだから白井さん機嫌悪いんですね」

髪を掻き毟る白井に、初春は苦笑いを返しつつ今日起きた事件内容を反芻する。
その事件のおかげで初春たちは招集され、こんな時間まで会議していたのだが、

「『所属学校不明の能力者が病院を襲撃、能力者はそのまま逃亡』……ねえ。

被害にあった場所が場所ですから、危険視されるのはわかります。
なんでも、被害場所って白井さんが入院した病院見たいですね?」

「……タチの悪い事件ですわね。
話を聞いた限り、ただの暴走能力者ではなさそうですし。
しかも、強能力者(レベル3)や大能力者(レベル4)ときましたの」

「明日も招集掛かるでしょうね。もっぱら捜索でしょうか。学校休めますラッキー♪」

「はあ……お姉さまとのショッピングに響かなければいいのですけど」


それではー、と手を振って白井と初春は別れた。

初春は、夜の街を歩きながら考える。


(それにしても……犯人たちは何が目的だったのでしょうか……?)

くしゅん、と初春はくしゃみをして、
寒くなったなあ、とぼやきながら身を縮めて歩き続ける。


       寮のドアを開けてふらふらと入室すると、暖房の効いた温かい空気が白井黒子を包みこんだ。

「ただ今戻りましたのよお姉様ー」

「あら、お帰り黒子。どうしたの?今日はまた一段と遅いわね」

部屋には、白井と同じ制服を纏った御坂美琴がベットに腰をかけていた。

「今日、どっかの大馬鹿野郎が割と危険度高めな事件を起こしましてね。
警備員(アンチスキル)のみならずわたくし達風紀委員(ジャッジメント)まで招集されるハメになりましたのよ」

「ふうん、そりゃあ御苦労さま」

「ほらほらわたくしがんばりましたのよさあいい子いい子頭なでなでーってしてくださいまし
お姉様ぁーん」

白井は美琴にダイブするが、
誰がそんなぶっ飛んだ褒め方するか!!と蹴りであしらわれてしまったので
「ちっ、わたくしマジでがんばりましたのにぶつぶつ……」などとぼやきながら
制服の上着をハンガーにかける。
   白井が割と本気で疲れているようだと察したらしい美琴は、
あ、黒子の分の夕飯は確保しといたからねーと慌てて付け加える。

美琴の言った通り、
左右の二つのベットに挟まれるような形で設置された小さなテーブルには、
ラップを張った皿がいくつか置いてあった。
量はそれほど多くはないが、
学校が終わってから何も食べていない白井としては死ぬほどありがい。

「明日も招集がかかりますので、遅くても午前中までに仕事を片付けないといけませんの。
なんたって明日はお姉様とのデートですからね!!」

「あー、そっそうね!楽しみだわあははー」

「?」

なにやら慌てる美琴に、白井は疑問符を浮かべていた。

明日の買い物は坂妹に代行してもらう予定なのだが、
なんだか後輩を騙すようで美琴としてはあまりいい気がしない。

何故か買い物からデートにレベルチェンジされていた気もするが、
美琴は色々と後ろめたいので適当にやり過ごしておく。

「ふふ……わたくし白井黒子、明日こそお姉様にレクチャーしたものがありますのよ」

「は、はあ?レクチャーって……何を?」

「何をーって、決まってるじゃないですか」

「へ?」

ふふふ……と白井は不敵に笑い、

「もちろん、本来お姉様が纏うべき大人の下着についてですのよ!!」

と言い放った。

(……、
あの妹に変な方向の知識がつかないよう祈るしかないわね……まじごめん妹……)

「……む、寮監の足音ですの。あら、もうじき入浴時間ですわね」

白井は夕食を食べる手を止め、着替えの準備を始める。美琴もベットから腰を上げた。

(黒子は私の下着をお子ちゃまお子ちゃま言うけどさあー……)

美琴は、白井が手にしている布面積狭小な下着を眺めて、
もうちょっと子供っぽいほうが可愛くないかしら……とため息をついた。

          とある少女は、サイレンが鳴り響く『現場』の中心で辺りを見回していた。

少女の佇んでいる周辺は騒がしく、
屈強なパワードスーツを着込んだ警備員(アンチスキル)や、通信用の軍用車両が多数見止められた。
それに混じって、白衣を着た人々や点滴台を着けて歩く患者があわただしく移動している。

ここは、とある凄腕の医者が居ることで知られる病院だ。

その中のとある病棟で、事件は起こった。
かつて『ミサカ19090号』という奇怪な名前の少女が収容されていた病室は、
その被害にあった病棟に含まれていた為、影も形も無くなるほどに破壊されていた。
少女が見下ろすかつての病室は、壁も床も崩壊している。


(こちらミサカ10039号、とミサカは個体番号を述べます。
幸い被害者は出ていませんが、建造物に対してのダメージが高いようです、
とミサカ10039は続けて現状を報告します)
         また別の少女は、警備員やその他関係者と同様に『現場』の付近を捜索していた。
彼女は『現場』で状況を確認していた少女と瓜二つだった。

(こちらミサカ13577号、とミサカは個体番号を確認します。

周辺に襲撃者と思われる存在は確認できませんでした。
警備員達の言動から鑑みるに、どうやら逃げられたようです、
とミサカ13577号は歯噛みしつつ捜索結果を報告します)


もう一人の少女は、『現場』となった病棟とは別の病院内で、
看護士から手当てを受けていた。
この少女も、さきほどの少女達と同じ容姿をしている。
右腿と右腕から出血している少女は、看護士に包帯を巻いてもらいらがらも、
自身の身体状況を確認しているようだった。

(こちらミサカ19090号、とミサカは個体番号を伝えます。
右腕、右腿辺りを負傷しましたが、大した怪我ではありません、
とミサカ19090号は自身の容体を述べます)


全く同じ容姿を盛った少女達は、それぞれ別の場所で連絡を交わす。
一時間前までは、病院に戻らないミサカ10032号という少女に連絡を取ったりしていた彼女たちだったが、
急に状況が一転して、今はこんな大騒ぎになっている。


事の始まりは、7:30だ。

 

              ――――――――――――――――――――――――――――――

「む、これは要チェックポイントです、
とミサカはミサカは紙面右上に付箋を張り付けます。ぺたっ」

時刻が7時30分を回った頃の19090号は、病棟最端に位置する自室で雑誌を眺めていた。

自室といっても、彼女にとっての自室は病棟の一室であり、
つまり自分にあてがわれた病室だった。

壁も床も白を基調にされたこれらの部屋は、全体的に冷たい印象を与えてくる。

そんな中、簡素な手術衣を着た19090号はベットに腰掛け、
膝に月刊の雑誌を載せていた。
看護婦さんから貰った物である、その若い子向けの女性誌には
『最新・お手軽ダイエット★』
などといった丸い活字が並んでいて、
19090号が広げているページでは学園都市の技術で編み出された
効率の良いダイエット法が紹介されている。

ふむふむ、
と少女は頭の中にいらない知識を蓄える。

彼女はページをめくるべく、紙面の端を指ででつまみ、


「……、」

ピクリ、と何かを察知したのか。

少女が、
ふと顔を上げた時だった。



その瞬間。

ゴッ!! という轟音が炸裂し、病室の壁がまるごと吹っ飛ばされた。


もうもうと粉塵が立ち込み、壁一面吹き飛んだ病室は、
もはや部屋と言えない状態になっていた。

最端に位置していたため、壁を取っ払ってしまった今は、
部屋の半分は外に面してしまっている。

衝撃波を感知したのか、廊下の警報機が鳴った。
ナースコール同様、この発信も病院の本部へと伝わるだろう。

「―――はぁっ、はぁ、……」

危険を感知した19090号は、とっさに廊下に飛び出していた。

吹き飛ばされたコンクリートの一部が右腕に当たってしまったらしく、
赤く腫れて、痛みと熱を帯びている。

(これは……一体!?
……それにしても、実験用の訓練と強制入力(インストール)された戦闘用の知識が
意外なところで役に立ちました、とミサカは苦笑します)

ライフルは室内に置いてある為、
さきほどの一撃で部屋もろとも破壊されてしまっただろう。

彼女達の得意な銃撃戦には持ち込めないだろうが、
19090号自身、御坂美琴をもとに生み出されたレベル3~4の発電能力者(エレキネシスト)である。
並みの相手ならば、まともに戦える。

(しかし、相手が銃器を所持している可能性は低くはありません、
……ここは、逃げたほうが――――?)


「……居るのか?」
「さあ。あなたもうちょっと能力(チカラ)の調節とかできないの?
標的を死なせでもしたらわたしたち終わりよ」

ビク、と19090号は反射的に息をひそめる。

瓦礫山の奥から聞こえたのは、男女の声だった。
子供ではない、でも成人まではしていないであろう、中学生から高校生ほどの少年少女の声。

バキ、バキ、と砕かれて床に積まれたコンクリートを踏みしめて、
この病室を攻撃した主である男女は徐々に近づいてくる。

崩れた壁が死角となり、2人は19090号に気付いていないようだが……

(……言動からして、あの男女が攻撃した者とみてほぼ間違いはありません、
とミサカは確信を得ます。

よって、――――攻撃するなら、今!!)

床を蹴り、ミサカ19090号は二人の男女の前に飛び出す。
2人組が反応を起こす前に、19090号は電撃の矢を放った。

(――まずは男性の方から仕留めますッ!)

五万ボルトはある電撃が、光の速度で真っ直ぐに男に向かう。
直撃すればただでは済まない。

対して、男はこれといった反応を示さなかった。


なのに、

“電撃が不自然に男を避けた”。

「――――なッ!?」

19090号は一瞬驚愕にひたるが、それは次の瞬間疑問に変わる。
ぐにゃりと軌道を不自然に曲げた電撃は、男の後ろを歩いていた女へと向かっていた。

(……無意識のうちに女を意識していた? いや、能力が暴走しただけ?
しかし、暴走したにしてはコントロールが的確すぎます……とミサカは様々な憶測を並べます)

女は、向かい来る電撃に気を止めもしなかった。
口元には、笑みすら浮かべているように見えた。

なぜなら。

『電気が自分に向かうことが当然の事』だから。


電撃は、女に直撃すると、バチィ!! と凄い音を立てて弾かれた。
ずしゃ! と音を立てて、19090号が床に崩れ落ちるように転ぶ。

もともと、この不意打ち一手で終わらせるつもりだったのだ。
攻撃した後の体勢などに気を配ってはいなかった。

「……っ、」

それでも無理矢理に転んだ状態から体勢を立て直して立ち上がろうとする。
その19090号の右足を、女の靴底が思い切り踏みつけた。

「う、ぐ……ッ!?」

踏みにじられた足に刺すような痛みが走り、ミサカ19090号は苦痛に顔を歪ませる。
女は19090号を無表情に見下ろしたまま、

「わざわざ手の内を明かすつもりは無いけど、わたしに電撃は効かない」

ぎりぎり、と19090号の足を踏む力がさらに加わる。

「発電系能力者と戦うからには、電撃対策をするのが当たり前よね」

足を踏みつけられて身動きが取れない19090号は、
痛みにこらえつつも頭をフル回転させて打開策を考える。

(絶縁素材のスーツを着用している……?
……しかしそれだけで五万ボルトの電撃が防げるとは思えませんが……、
とミサカは思案を巡らせます)

すると、
今まで装着していたヘッドセット式のマイクで通信をしていた男が、やっと口を開いた。

「……タイムリミットだ。じきに警備員(アンチスキル)が来るぞ」

19090号が耳を澄ましてもそれらしい音は聞こえなかったが、
きっと男は通信機器を用いて、第三者から情報をやり取りしているのだろう、
と19090号は適当に切り捨てる。

対して女は、特に慌てた様子も無かった。

「ずいぶんと早いのね、警報機のせいかしら? ま、場所が場所だしね」

「引くぞ。俺達の目的は標的を確保することじゃない」

「……“あくまでも行動を抑えられればいい”だったったかしら?」

次の瞬間、
ひゅん、という空気を裂く音と共に、男女の姿は虚空へ消えていた。

(瞬間移動(テレポート)……、)

足にかかっていた重圧から解放された19090号は、よろよろと立ちあがる。

しばらくすると、廊下からがちゃがちゃという金属同士がぶつかる音が聞こえてきた。
遠くにサイレンの音も聞こえる。

(……あの男女は『標的』という言葉を何度か口にしていましたが、
それはもしかしてミサカのことを指すのでしょうか……?)

やがて、最新鋭の銃機を持った警備員(アンチスキル)達が突入してくる。

「警備員(アンチスキル)だ!! 武器を捨ててただちに――」

「……待て! 人がいる! 少女の保護を優先しろ!!」


――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「――で、19090号は今こうして手当てを受けているわけですね、
とミサカは説明口調で確認します。あ、ちなみにこのミサカは10032号です」

消毒液の匂いがする救護室に、ミサカ達は集まっていた。
簡易ベットに腰をかけた19090号は、右腕、右腿と足首辺りに包帯を巻いている。
その隣に10039、13577、そして先ほど病院に戻ってきた10032号が続く。

「もちろん、明日のお姉様(オリジナル)の代理の応援は予定通り行いますとも、
とミサカ一九〇九〇号はふふふと笑って見せます。あんな面白い事見逃してたまるか」

「しかしさきほどの事件がミサカを狙って行われたものだった場合、
明日も襲撃が行われるのではないでしょうか、とミサカ一三五七七号は考慮します」

「ミサカは這ってでも行くつもりですが」

「あなたは黙ってなさい。
それで、一九〇九〇号、もといミサカが再び襲われると言った危険性は薄いのですか、
とミサカ一〇〇三九は尋ねます」

「再び襲撃者が現れたとしても、
患者が大勢収容されている病院に来られたんじゃたまったもんじゃないでしょう、
警備が強化されるはずなので、病院へと襲撃はもう無いかと思われますが……、
とミサカ一〇〇三二号はため息をつきます」

「明日はショッピングモールに行くのでしょう?
もし仮に、襲撃者達がミサカを狙っていたとしても、
あの量産型能力者計画で生まれたミサカ達をやたらとおおっぴらにはしたくないでしょうし、
人目の多い場所の方が逆に安全なのでは、とミサカ一三五七七号は提案します」

「では明日の予定の変更点は無いと言うことで。計画は実行されます」

「お姉様(オリジナル)から直々に頼まれたのですから、
ミサカ達でなんとしても計画を成功させましょう、とミサカは意気込みます。

えいえい、おー!」



現在時刻は午後9時過ぎ。

4人のミサカはそれぞれの思いを抱きながら、明日を待つ。

 

AM 6:15

黄泉川家の朝は早い。
家主である黄泉川愛穂が教師のせいもあるだろう。

黄泉川は、髪を縛ったあと恐ろしいほど色気のない緑のジャージを着て、
コーヒーを飲みながら朝刊に目を通す。

黄泉川が朝の日課をこなしていると、
やがて、静かな朝のリビングに居候の少女がやって来た。

「おっはよーってミサカはミサカは元気に良い子のご挨拶をしてみたり!!」

「おはよーじゃん。朝から元気良いじゃんよー」

「今日はお出かけだからねってミサカはミサカはうきうきしてみる。
む? ヨシカワがいないね、ヨシカワは?」

「あー。たぶんあいつはまだ寝てると思うから、起こしてきてほしいじゃん」

「いえっさー!! ってミサカはミサカは任務遂行!!」

打ち止めが芳川の部屋へ駆けていくのを見送って、それから黄泉川は朝ご飯を何にしようか考える。
ちょっと考えて、黄泉川は炊飯器のふたを開けた。

(んー、目玉焼きとトーストでいっか。あとサラダでも作るかなー)

少量の油と水を流し込み、卵を割ってふたを閉める。
食パンをオーブントースターに入れて、冷蔵庫から取り出したジャムをテーブルに並べてると、
ぱたぱた走ってくる打ち止めと眠たそうな芳川がやってきた。

「任務完了致しました! ってミサカはミサカはびしっと敬礼!」

「御苦労打ち止め上等兵!」

「ふぁー、おはよう愛穂。朝っぱらから何で兵隊ゴッコしてるのかしら」

芳川は椅子に腰掛けると、テーブルに頬杖をつく。
打ち止めはその向かいに座って、足をぶらぶらと揺らして朝ごはんの登場を待機している。

「ったく、ニートで居候のくせに何を言ってるじゃんか。
働かざるものは食うべからずって言うじゃんよ」

きつね色の焦げ目がついたトーストを皿にのせ、打ち止めと芳川の前に置く。
それから自分のトーストを持って、黄泉川は席に着いた。

「うるさいわね……私血圧低いから朝は苦手なのよ」

打ち止めはさっそくトーストに苺ジャムを塗りたくっている。
甘いものは嫌いなのか、芳川は芳川でバターナイフでバターを塗っていた。

「そうえば『にーと』ってどういう意味?
ってミサカはミサカはいまさらながら首を傾げてみるんだけど」

「それはね、自宅警備員のことよ」

「無職のことじゃん。『Not in Employment, Education or Training』の略じゃんよ」

「ちっ、こういう時は適当に嘘言っとけばいいのに」

「いたいけな子供に嘘を教えるとは教師として感心できないじゃん」

 

同じくAM 6:15

美琴は父の運転する赤いオープンカーに乗っていた。

オープンカーが走っているのは、もちろん学園都市の外。
運転席には旅掛、助手席には母である美鈴が座っている。

「つーか何なのよこのやたら派手な車は。いまどきオープンカーはないわっていうか寒い」
「あらそお? 私は派手な方が好きだけどなー」

久しぶりに会う両親との会話を楽しみながら、美琴は寮に残してきた御坂妹の事を考える。

(……うーん、うまくやってるかしら、あの妹……。色々と心配だわ……)


「どうせなら上条君も誘っちゃえばよかったのにー」

「ああそうだな、そろそろ噂の上条君とやらをじっくりこの目で品定めしないと」

「はあ!!? さ、さささっさ誘うわけないだろ馬鹿ぁ!!
なんであんな馬鹿といっしょに……ッ! ……っつかあいつは今日登校日よ!!」

わたわた、と慌て始める美鈴をバックミラーごしに眺めて、
ハンドルをにぎる旅掛はやや青い顔になる。

「……この動揺ぶり……まさか美琴、本気で……」

「まあまあ、美琴ちゃんもお年頃だし、そろそろ恋の一つや二つ……」

「ぶはッ!? こ、恋って……!?」


御坂一家を乗せたオープンカーは、高速道路を走っていく。

 

そのころ、AM 6:15の常磐台中学寮にて。

御坂妹、もといミサカ10032号は、
常磐台寮の美琴のベットで、寝たフリをしていた。
となりのベットではルームメイトらしい白井黒子が寝息を立てている。

(それにしてもお姉様……まさかこんな少女趣味だったとは……。
正直中学でこのパジャマは無いです、とミサカは内心ちょっと引きます)

隣の同室人のすけすけネグリジェも凄いが、
美琴のパステルカラーのお子ちゃまパジャマも負けず劣らず凄まじい私服だと御坂妹は思う。

早朝5時半に寮で美琴と落ち合った後、
美琴の私服に着替えて学校の規則や私物の位置や美琴口調など、
『代理』に必要な事項をざっとレクチャーしてもらった。

美琴は、今、学園都市の外にいるはずである。

(それはいいのですが……)

「……あらあら、お姉様ったら……うふ、うふふふふふ……」

(というか、あちらの方の寝言は一体……
ミサカは、自身とお姉様(オリジナル)の貞操の危機を危惧します……)


さすがお姉様の同室人、普通ではありません……
と、御坂妹はベットでため息をついた。
ちょっぴり遅れ気味な上条宅のデジタル時計は、
今ちょうどAM 6:15を差した。

たちまち時計から、目覚ましのアラームが鳴り始める。
ぴぴぴぴぴ、という電子音がやけに響いているのは、ここが浴室だからだろう。
じきにバスタブから手が伸び、ばしっと時計を叩いた。

「……ふわぁ……」

上条はあくびをすると、
のろのろとした動きで起き上がり、水気を綺麗にふき取られた浴室から出ていく。
本来家主である上条当麻は、
とある理由からユニットバスでの睡眠を強いられていた。

(んー……最初は寝苦しかったものの、
最近ユニットバスでも普通に寝られるようになってきたなぁ。だんだん寒くなってきたけど)

上条は、脱ぎ捨てたパジャマやその他衣類を、まとめて洗濯機に放る。
そこに洗濯洗剤を入れて、『スタート』と示してある赤いボタンを押す。

3年間使い続けている洗濯機は、ごうんごうん、といつも通りに動きだし、


ごう、ごごごっごごごご、

ぷすん!!

と、
明らかに異常な音を発して、洗濯機は完全に停止してしまった。

「あ……ありゃ? ……止まった?」

もしかして蓋が開いているのかと確認してみたが、それらしい様子はない。
念のためもう一度閉め直し、スイッチを入れる。
しかし洗濯機は動かない。

(…………まさか、とうとう故障しちまったのか?)

ぽちぽちと何度かボタンを押すが、やはり洗濯機から反応は見受けられない。

……なんだろう。今までの経験からして、すごくすごく不幸な予感がする。

得体のしれない不吉な予感が見事的中することの無いように祈りつつ、
上条は、もう一度ボタンを人差し指で押す。

「―――っ動けええぇえ!!!」

ぽちっ。



洗濯機、反応なし。
無骨な四角いボディは、ウンともスンとも言わない。

「…………、」

茫然と立ち尽くす上条当麻と洗濯機を、沈黙が包んだ。

認めざるを得ない。
故障だ。

「……不幸だ」

こうして、上条の不幸な一日が始まる。

 

 

薄暗いオフィスの一室。
何台も印刷機が連なり、絶えずひとりでに紙が吐きだされている。

オフィスデスクに束ねられた一枚の紙に、文章が記されていた。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

《 試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)の発見法 》

試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)とは、
超電磁砲の量産計画『量産型能力者(レディオノイズ)計画』にて開発された第一の個体である。

また、軍用・実験用素体の量産を求めた他の『妹達』とは異なり、
試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)は
人工の超能力者(レベル5)を開発することを目的として生産された個体である。

量産型能力者(レディオノイズ)計画の責任者『天井 亜雄』が開発・調整を進め、
試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)は超能力者(レベル5)相当の能力を持った個体となった。

だが超能力者(レベル5)の能力は脳への負担が高すぎたため、
『自分だけの現実(パーソナルリアリティ』が正常に組み立てられず、能力のコントロールを
することができない状態になっていた。

結果、自分の意思で能力を使用することは不可能、
そして、無意識に磁気や電波を操ることにより触れた電子機器類を破壊するようになった。

後日、試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)は『妹達』製造前に実験機器を破壊し逃亡。
逃亡直前に研究員によって、能力に制限をかけたため、
現在では無能力者 (レベル0)から低能力者 (レベル1)程度の能力者となっている。

逃亡した試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)は、現在も行方不明である。

その後試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)をもとに調整を繰り返し、
能力のコントロールが可能なまでに強度(レベル)を落とした結果、『妹達』が誕生した。

『妹達』には電気操作能力を利用して作られた脳波リンク・MNWを設けたが、
試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)は
おそらく能力の制限により、他『妹達』との通信不可であった。

しかし、試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)の逃亡当初から
開始されていた演算が終了し、
ついに試作個体・ミサカ00000号(フルチューニング)の発見方法が算出された。

算出結果によると、
この方法には特定の処置を施した、最低でも4体の『妹達』を使用する。

計画内容については、別紙に記述する。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

わたくし白井黒子と申します、常磐台中学第一学年生徒ですの。

現在時刻は八時二十五分。食堂で朝ご飯の時間ですわ。
というわけで、わたくしは食堂で朝食をいただいているところですの。
もちろん愛しのお姉様も一緒ですわよ。
黒子の向かいに座っていらっしゃいますわ、お姉様は今日も変わらずお美しいですの。

本日は、我が常磐台中学の開校記念日ですの。
このあとは、丸一日の休暇を利用して、愛しの御坂美琴先輩――もといお姉様と
デーt……いえ、ショッピングを楽しむ予定なのですが。

なんだか今朝からお姉様の様子がおかしいのですの。

「お姉様ったらいかがなさいましたの……なんだか、目に生気がありませんの」

今日のお姉様はどこかがおかしいですの。
他の者が気づかないようなほんのわずかな差でも、分かる。黒子には分かりますわよお姉様……。
まあお美しいのは変わりありませんけど、ちょっとした変化でも黒子としては心配ですわ。

「ん? そうかしら、別にいつも通りなんだけど――とミサ……、なんでもない」

「……お姉様、お疲れですの?なんでしょう、いつもの覇気が感じられないというか……」

「へ? あ、ちょっとここ最近寝不足でさぁ。元気だから大丈夫よ黒子、
とミサカは…………、なんでもない」

「まあまあ、そうでしたの。寝不足はお肌に良くないですわよお姉様」

「はいはい、肝に銘じておくわ、とミサ…………なんでもない」

声も妙に平淡というか……まあいいですの。黒子はお姉様と居られればそれで幸せでしてよ。

「――ああそうでした。わたくし、九時から風紀委員(ジャッジメント)の仕事がありまして……」

「わかってるわよ。例の事件でしょ? はあ、風紀委員ってのも大変ね、とミサカは……なんでもない」

「うふふ。まあ大変ですが、その分やり甲斐がありましてよ、お姉様」
「お姉様ったらいかがなさいましたの……なんだか、目に生気がありませんの」

「ん? そうかしら、別にいつも通りなんだけど――とミサ……、なんでもない」

(……あ、危ねーっ! ついいつもの癖で語尾を……、
とミサカは自分がいつヘマを打つかと戦慄します。ぶるぶる)


――こちら、ミサカ一〇〇三二号です。
現在地は常磐台中学食堂。
お姉様(オリジナル)の同室人と共に、『お姉様(オリジナル)として』朝食を摂取しています。

常磐台中学……さすがは名門お嬢様学校、朝食のクオリティも半端じゃありません、
とミサカは美食を堪能します……ふふふ。
「……お姉様、お疲れですの?なんでしょう、いつもの覇気が感じられないというか……」

「へ? あ、ちょっとここ最近寝不足でさぁ。元気だから大丈夫よ黒子、
とミサカは…………、なんでもない」

(ああ、急に話しかけられると焦ります、とミサカは落ち着け自分落ち着けと念じます。
ふぅ、お姉様(オリジナル)の真似も楽ではありません……)

(――お姉様の代理はどうですか、
とミサカ一九〇九〇号はミサカネットワークの通信を開始します)

(どうもこうも、大変です難しいです未知なる体験です、んで美味しいです、
とミサカは適当に回答します)

(――お姉様の通う学校の給食……食べてみたいです、とミサカ一〇〇三九号は味覚共有を要求します)

(――味覚共有待機!! 味覚共有待機!! とミサカ一三五七七号も通信に割り込みます)

(……まあいいでしょう。この美味しさは独り占めにしておくにはもったいないです、
とミサカは味覚感覚をONに切り替えます)


(お、おおお……これが一食四〇〇〇〇円の給食……ミサカ一〇〇三九号は幸せです)

(おお、美味しい美味しい……
ミサカ一三五七七号はミサカ一〇〇三二号に嫉妬します生で食えるとかまじ羨ましい)

(これは美味い……とミサカ一九〇九〇号は称賛します。
四〇〇〇〇円の値に恥じない美味しさです)

(…………あれ、これってもしかして世界中の全ミサカに味覚を届けいる状態ではないですか、
とミサカ一〇〇三二号ははっと我に返ってみます)

(あ)

(あ)

(あ)
――同時刻、ドイツ・シュレスウィヒ

(なっ、なにこれ急に美味しいです!?
とミサカ一六七七〇号は……ッ!!お、美味しい!!)


――同時刻、アメリカ・ケープケネディ

(!? お、美味しい……!? この口に広がる上品な味は一体……
とミサカ一八八二〇号は突然の美味に驚愕します)


――同時刻、ロシア・ノボシビルスク

(……美味しい!? なんでしょう唐突に美味しいです……
とミサカ二〇〇〇〇号はうわやっべえなにこれ超美味ぇえ!!)


――同時刻、スイス・ローザンヌ

(ちょ、……!? と、突然なんでしょうこの美味しさ……
でも美味しいからいいやとミサカ一八〇二二号は幸せです!!)


――同時刻、カナダ・ムースニー

(ふぉっ!? お、美味しい!? 美味さが口の中に……!?
お、美味しいけど訓練中なので困ります、
……が美味しいからやっぱりいいやとミサカ一六八三六号は突然降ってわいた幸運に感謝です!!)



――同時刻、日本、学園都市

「ッふぉおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!!!?」

「ど、どうしたの打ち止め……!? 急に奇声なんて出したら驚くじゃない」

「お、美味しい……なんだかわかんないけどとっても美味しいぃいいいいいい!!!
ってミサカはミサカは超ハッピーだよ芳川ッ!!」

「……はぁ?」


――第7学区のとある寮。
登校日のため当然からっぽになった男子寮の中で、何故か2人の少女が廊下で会話していた。

「というわけで、今朝はとうまが『せんたくきー』を壊して大変だったんだよ。
だから今日買いに行くの。
もしかして『せんたくきー』っていうのは、魔術を取り入れた物だったのかな?」

頭に子猫を乗っけて、純白の修道服を纏った少女が言う。

「魔術っていうのはよく分からないが、上条当麻は相変わらず不幸だなー。
でも学生に洗濯機購入はちょっとキツイぞー」

すると、掃除ロボにちょこんと正座した短髪なメイドさんが答える。

「む? そうなの?」

「ああー。今後の生活がちょいと厳しくなる可能性80%だぞー。
なんならメイド式節約術をおしえてやってもいいがー」

「せつやくじゅつ? うん、教えて教えて!」

白い少女が興味津々とばかりに身を乗り出し、
語尾をのばす不思議な口調のメイドさんは、掃除ロボに乗ったまま語り始めた。

「んー、まずはこれからの季節の節約と言うと暖房だなー。
暖房代を節約するなら、冷気も防げるし熱も逃がさないし、窓を断熱するといいぞー。
発泡スチロールとかを貼り付けると夜の寒さもだいぶ違うなー。
エコだし一石二鳥だぞー」

「『はっぽーすちろーる』っていうのは、現在素材のひとつだね? ふむふむ」

「それで次の方法だがー、…………というか、メモとか取らなくていいのかー?」

「え? なんで?」

「なんでって……どこかに記しておかないと、忘れちゃうんじゃないかー?」

「忘れないよ。私は一度聞いたら全部覚えられるもん」

「んー、…………ならいいんだけどなー?」

掃除ロボに合わせてくるくる回りながら、小柄なメイドは苦笑した。

「ふっふふっふふーん♪ とうま早く帰ってこないかなぁー」


「そかそかー。じゃあ上条当麻が帰ってくるまでヒマなんだなー」

「うん。でもまいかとかとお話しできるから楽しいよ」

「そう言ってもらえると嬉しいー。あ、さっきの話ってどこまで言ったっけかー?」

「え? えっと、
『んー、まずはこれからの季節の節約と言うと暖房だなー。
暖房代を節約するなら、冷気も防げるし熱も逃がさないし、窓を断熱するといいぞー。
発泡スチロールとかを貼り付けると夜の寒さもだいぶ違うなー。
エコだし一石二鳥だぞー』、『それで次の方法だがー』
まで言ったよ」

「……すっごい記憶力だなー。一語一句同じだと思うぞー」

「だから全部覚えてるもん」

「……うらなましいかぎりだぞー」

短髪のメイドさんが呆れたように笑う。
すると、
純白シスターさんの頭にのっかっていた三毛猫が、『もうこれ以上暇なのはごめんだぜ!』とばかりに
突然ぴょこんと飛び降りて、廊下を駆けて行った。

「あっ!! スフィンクス!?」

「?? 当然どうしたんだろーなー? ……まあいいか、追いかけるんだろー?」

「う、うん! ちょっとスフィンクスを捕まえてくるんだよ!! おーい待てー!」

ぱたぱたとシスターさんは駆けて行き、三毛猫を追って階段を下りていく。
だんだんと足音が遠くなり、
『こら、待つんだよー』とかいう少女の声も聞こえなくなった。

一人ぽつんと残されたメイドさんは、ドラム缶といっしょにくるくる回りながら、

「はあ、迷子にはならないようになー」

と一言残して、自分も寮を出るべく廊下を引き返した。

「……暇です、とミサカ……いえ、御坂美琴(偽)は何気なく呟きます」

御坂妹は、七学区の公園のベンチに座っていた。
白井は風紀委員(ジャッジメント)の仕事があると言ってどこかに言ってしまったし、
御坂妹はすることがない。
寮に居るのも飽きたので公園に来てみたものの、やっぱりすることが無かった。

「…………!……ってば……ィンクスー!」

「……?」

聞き覚えのある少女の声が聞こえた気がしたが、辺りを見回しても誰もいない。


(……空耳と言うものでしょうか、とミサカはベンチに座り直します)

「……みゃー、みぎゃー」

「……? 猫、でしょうか」

鳴き声に反応して地面を見ると、
ちっちゃな三毛猫が地面に体をこすりつけていた。

(この猫、どこかで見たような……とミサカは三毛猫を抱えあげます)

ひょい、と御坂妹は痒そうにしている三毛猫を抱えてみる。
ノミでもついているのだろう、と電磁波を使って駆除してやろうと思ったのだが――
例によって、猫は嫌そうに体をよじる。

無意識のうちに微弱な電磁波を発散してしまう御坂妹および御坂美琴&他妹達は、
必然的に動物から避けられてしまうのだ。

「……ふっ、やはりあなたもミサカから逃げるのですね。
今のミサカは孤独です……とミサカはさびしげに笑ってみます」

御坂妹は無表情に猫を持ち上げたまま、孤独感にひたっていると、

「あーっ! いたいたスフィンクスー!」

「スフィンクス?」

「? あなたはもしかしてクールビューティーなの? 」

声のした方向に顔をやると、
見覚えのある白い修道服に身を包んだ少女が、ぱたぱたと走ってくるところだった。

 

眼前の少女は、
ティーカップを連想させるような、金の刺繍を施された白地の修道服を着ている。
腰まで伸びた銀髪に、瞳は緑色。
外人さんというか、お人形さんのようだ。

御坂妹は、そんなインデックスを見つめる。

「……あなたは以前の……。
ということは、この三毛猫も以前ミサカがノミを駆除した猫なのでしょうか、
とミサカは考察します」

「うんそうだよ。けっこう久しぶりかも」

インデックスはにこりと笑みを返し、
御坂妹から『くそ、もう年貢の納め時なのかッ!!』と暴れているスフィンクスを受け取る。

インデックスと御坂妹は、一度会ったことがある。
インデックスと■■がノミの駆除に悪戦苦闘していたところ、
御坂妹が能力を用いて、あっさりと解決してくれたのだった。

インデックスもその事を思い出したのか、

「あ、そうだそうだ。クールビューティーにも私の成長ぶりを見せてあげるんだよ」

そう告げると、ポケットに手を突っ込んでごそごそと何かを探し始める。

「じゃじゃーん!」

と、自信満々なインデックスが、御坂妹の顔に向かって右手を突きだした。
その小さな手には、葉っぱが何枚か握られている。
ふわり、とさわやかなミントの香りが御坂妹の鼻をついた。

「……あの、それは一体……とミサカは恐る恐る尋ねてみます」

「ペニーロイヤルミント。日本(ここ)では『めぐさはっか』って呼ばれてるみたい。
これを乾燥させて置いておくと、ノミ退治に効くっぽいんだよ」

「そ、それは成長したと言えるのですか……」と呟いて立ち尽くす御坂妹を置きざりにして、
インデックスは胸を張って続ける。

「ふふん、もう葉っぱを燃やして燻してた頃の私とは違うかも!
これが成長ってやつなんだよ!」

「…………、この方にツッコミは無意味でしょう、とミサカは判断を下します」

スフィンクスにぺたぺたと薬草を貼りつけるインデックスを、
御坂妹は遠い目で見ていた。

「クールビューティー、ここはどこなの」

「本屋です、とミサカは即答します。
あなたは現代知識が不足しているとミサカが判断したため、来店しました、
とミサカはもっともらしい説明をしますが実はミサカの暇つぶしだったりしますげふんげふん」

インデックスと御坂妹は、大手本屋の店内にいた。
ペット同伴OKな珍しい店舗だ。
しかし現在時刻は九時三十分。
平日かつ、今は学園都市のほとんどの人口を占める学生達は授業を受けている時刻のため、
巨大な店内はガランとしていて客が見当たらない。

インデックスは腕の中で暴れるスフィンクスを抑えつつ、立ち並ぶ本棚を見回す。

「本がいっぱいあるかも」

「とりあえず猫の飼育法に関する書籍を購入しましょう、とミサカは促します」

でも、『猫の飼い方』っていう本なら前にとうまが買ってきたんだよ?」

インデックスの頭の中の本棚には、
『ホノリウスの誓いの書』とか『ラジエルの書』などの魔道書の中に
『猫の飼い方』なる本がきっちり収められている。
以前上条が買ってきたものだ。

「それは中古品であり、だいぶ古い書籍なのです、とミサカは回答します」

御坂妹はインデックスの腕の中で猫パンチを連続させる三毛猫に視線を落とす。

「今回は、より新しい最新版の書籍を購入するためやってきました、
とミサカは補足説明します」

「本のことなら興味あるんだよ」

――――――――――――――――――――――――――――――

「えっ、猫に牛乳は駄目なの!?」

「ふむふむ、猫は牛乳を消化するのが苦手なのそうです、とミサカは要点をまとめます。
加えて、玉ねぎや香辛料やパンなど
人間の食べる食品にも与えてはいけない物がいくつかあるようです」

「そッ、それは誠なのクールビューティー!?」

「? どうかしたのですか、とミサカは問いかけます」

「どうしたもこうしたも、
私とスフィンクスは毎朝朝ごはんのトーストを巡ってバトルを繰り広げてたりするんだよ!?」

「大抵のパンはイーストが含まれているため、
消化管の中でガスを発生させる恐れがあるそうです、
とミサカは『猫の飼育 50のQ&A』38ページ12行目を読み上げて駄目押しします」

「ひゃわあああぁぁぁああああ!?」

御坂妹とインデックスは、二人で同じ本を覗きこんでいる。
彼女たちがいるのは『動物飼育』のコーナー。
猫の飼育方法に関する本が、棚にずらりと並んでいる。

御坂妹はいつも通り平淡な口調で本を読み上げ、
インデックスは、
自分の飼育の過ちが次々と露になっていくため奇声をあげて打ちひしがれていた。

(……菓子パン、あげなくて良かったです……とミサカは内心冷や汗をかきます)

御坂妹も無表情ながら、新たな情報に驚いたり安心したりしている。
御坂妹も『いぬ』と名づけた黒猫を飼育している身、
彼女自身も、猫についての情報には関心があるのだ。

御坂妹が病室のゲージで留守番している飼い猫に想いを馳せていると、
床に膝をついて絶望していたインデックスが、ゆらりと音も無く起き上がった。

のた打ち回ったせいでフードと髪が乱れ、
なんとも言えないどんよりオーラが漂っている。

「……うう、己の無知が恥ずかしいんだよ……、『図書館』たる私には耐え難い屈辱かも……」

ぶつぶつ、と口の中で言葉を呟き続けるインデックス。
彼女なりに何かショックだったのか、近くの本棚に寄りかかってヨロヨロしている。

「はい? とミサカは疑問符を掲げます。あなたの言動は理解ができかねますがとミサカは」

「私は図書館、私は十万三千冊を記憶する図書館……」

「は?」


「私は『Index-Librorum-Prohibitorum』――――――ッ!!」


突然ガバッ顔をあげ、
インデックス覚醒!! とばかりに彼女の両目が見開かれる。

白い修道女は御坂妹の手にする本(猫の飼育 50のQ&A)をひったくり、
速読の達人も真っ青な高速スピードで本のページをめくっていく。
その様子は、『文字を目で追う』というより、
『ページまるごとを絵として記憶している』ように見えた。

あっという間に最後のページを読み終え、
インデックスは本(猫の飼育 50のQ&A)を横合いに捨てる。

「次!! 次の本は!?」

「え、あ、はいどうぞ、とミサカは――」

御坂妹が差し出した本(猫の飼い方Ⅷ完全ガイド)を右手で掴み、
再び速読。
名高き魔道書が並ぶ魔道図書館の本棚に、次々と猫の飼育に関する書が加えられていく。
ステイル辺りが見たらぶっ倒れそうな光景だった。

(え、あれ……?
……ミサカは、不覚にも彼女のスイッチを入れてしまったようです、
とミサカは目の前の少女の激変ぶりに恐れおののいてみます)
                                                              つづく

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