上条「まきますか?まきませんか?」(8)


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 美琴は路地を駆けていた。

 常盤台が設定している門限はとっくに過ぎ去り、それどころか、日付の変わり目もかなり前に過ぎた時刻。

 スキルアウトのたまり場となっている、街灯もろくにないビルとビルの間を、彼女はまるで見えているかのように全力で疾走する。

 御坂美琴は都市最高の電気の使い手だ。レーダーよろしく力場を展開することで、夜の中でも障害物を把握するのは容易である。

 もっともその領域内に立ち入った者は若干とはいえ痺れるし、電子機器は狂いを生じてしまう。普段であれば美琴もこんなことをしようとは思わないし、やらない。

 にもかかわらず彼女がこの方法を選択しているのは、先ほど件のパソコンで最新情報を入手しようとして、新たな被害者が出たことを知ったからだ。

 ギリ、と奥歯が鳴る。

 被害者は別の学校であったが、電撃使いのレベル4。自身の寮内で倒れているところを発見された。

 美琴が疾駆しているのは、その際に新たに取得した情報『セーラー服の女』を追ってのことだ。
 今回は連休のさなかの、しかも寮内ということもあって、目撃者がいたのである。ただし、倒れている被害者を介抱している拍子に、寮の前を走り去る影があった、という程度のものであったが。

 それでも他に情報がない以上、風紀委員も警備員もそれを足がかりにしているようだ。ここ数時間でセーラー服姿の女子生徒の捉えた監視カメラをピックアップし、順次調査に向かっているとのことである。

 いま美琴が向かう先も、その中のひとつだ。人員不足で風紀委員や警備員も向かっていない、後回しにされている場所。

 正直、そこに到着したとしても、手掛かりが得られる可能性は低い。

(でも・・・!)

 それでもじっとしているわけにはいかなかった。

 美琴は走りつづける。規格外の力を常に放出し、『超電磁砲』はここにいると示しながら。

 だが。

「っ!」

 美琴は、いきなりその疾走に急制動をかけた。

 レーダーで迷いなく走っている上、微細電流で身体能力を強化しているところだ。靴が滑り、数メートル進んでから、ようやく停止する。

 その彼女の数メートル先に、



 ドン!



 と、長剣が突き刺さった。

「……」

 刀身半ばまで地面に突立ったその剣は、刀身から柄尻に至るまで、すべて黒で統一されている。

 ビィ…ン、と震えるその様は、まるで墓標として設えられた十字架であるかのようだった。

 まとめに視界も利かない闇の中ですら逆に沈み込んで見えるほどの漆黒の剣は、あのまま速度を落とさずに進んでいたら、間違いなく美琴を上から下まで貫通していただろう。
「……」

 自然の落下ではあり得ない。

 真上からの、投擲だ。






「流石ねぇ、いまのを避けるなんて。褒めてあげてもいいわぁ」

 

 
そしてその予想を肯定するように、透き通るような女の声が響いた。

 長剣の落下軌道の大元。

 美琴のほぼ真上からだ。

「……何よアンタ」

 美琴が怒りまじりの視線を、上向けた。

 そこには、薄い雲ごしの月明かりを受けた、大きな翼のシルエットが浮かび上がっていた。

 シルエットは優雅に一礼。長い銀髪がゆらりと動く様は美しかったが、それは完全に侮蔑と余裕のこもった、揶揄の一礼だ。

 形式だけの礼をこなし、シルエット――――水銀燈が、ゆっくりと顔を上げる。

「はじめまして、超電磁砲。私の名前は水銀燈。ローゼンが創りし、誇り高き薔薇乙女の第1ドールよ」

 水銀燈は大きく翼をはためかせ、無数の羽を撒き散らした。それらは重力に囚われることなく、水銀燈を護るかのように、渦を巻いて滞空する。

「本当は貴女のことなんかどうでもいいんだけれど……でもわたしの目的のために、ジャンクになってもらうわぁ」

 ゆっくりと水平に持ち上げられた水銀燈の左腕。そこに紫色の光球が、螺旋を描いて絡み付く。

「……」

 美琴は、水銀燈が何者なにかを問いもしない。

 何の能力なのか――人形を動かす能力なのか、幻覚を見せるものなのか、はたまた変身できるような能力なのか――考えない。

 だが相手の行動と、言葉。なによりこのタイミングで自分を『超電磁砲』と知って攻撃してくるという事実。

 一連の事件と関係がないわけがなかった。
「・・・安心しなさい、命まではとらないわ」と、美琴。バチバチッ、と前髪で電撃が弾けた。

「でも、知ってることは洗いざらい吐いてもらうわよ。アンタこそジャンクになりたくなかったら、いまの内に降参しなさい」

 次いで、ザアっ! と身体から電気が溢れ、周囲を青白く染め上げる。

 目の前に突き立つ長剣が避雷針のように電撃を集め、アースのごとく大地に逃がすが、『超電磁砲』はその逃げた電気すらも掌握。

 地面に、壁に、空間に対流する電撃は、暗い路地裏を彼女の領域に作り替えた。踏み入る者を一瞬で焼き尽くす、高圧電流の結界だ。

「面白いことを言うのねぇ・・・少し特殊な力があるからって、貴女は所詮は人間なのよ?」

 それを見てもなお、水銀燈は余裕を崩さない。人差し指を唇に当て、見た目だけは友好的な笑みを浮かべた。

「・・・まぁでも、この私相手にそんな言葉を吐けただけでも、大したものねぇ」

 しかし一転、その瞳がギラリと危険な光を帯びる。彼女の周囲を舞っていた黒羽の先端が、一斉に美琴に向いた。

「ご褒美にその言葉、後悔させてあげるわぁ!」

 水銀燈が左腕を振り下ろす。

 絡み付いていた光球ーー人工精霊メイメイを先頭に、無数の黒羽が美琴に殺到した。

「はっ! やれるもんならやってみなさい!」

 対する美琴は切り裂くような視線を水銀燈に向ける。その意思を受けた電撃が、一気に光量を増した。

 銀の放った黒羽と紅の放った紫電が、真正面からぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 


 上条の部屋。

 そのリビングに鎮座する、大きな鞄。

「・・・・・・」

 夜は眠りの時間。そう言って鞄に篭った真紅は目を閉じていたが、しかし眠りについていなかった。

「・・・・・・」

 胸に当てた右手。そこにある違和感を探るように、彼女の眉はたわめられていた。

 過去のこと――――『前回』についてのあやふやな自分の記憶。

 どのようにして『前回』が終わり、いまがあるのか。

 それを明確に記憶していないのは、なぜなのか。

 そしてなによりも、

 

 ・・・なぜ、それを上条たちに言わなかったのだろう。



 言うべきだった、と思う。

 しかしあの病室で雛苺のことを説明したとき、どうしてかそのことに触れたくなかったのだ。


(私は……)

 真紅は、ぎゅっ、と手を握った。閉じた瞼にさらに力が入り、彼女の表情が辛そうに歪む。

「……」

 そう、真紅は怖かった。

 言葉にすることで、いまの違和感が明確になってしまいそうで。

 

 

水銀燈は、あそこまで好戦的だっただろうか。



 雛苺は、あんな風に笑ったことがあっただろうか。



 そして……



(そう、私は確か……)

 だが一度浮かんでしまった考えは、自分でも抑えきれない確固たる疑問となって胸中に渦巻いていく。

 スフィンクス。

 小萌の家で、そしてこの上条の部屋で。

 インデックスが抱えていた猫。

 なぜかまったく怖いとも思わず、まったく気にもならなかった、嫌いなはずの、猫。

「……」

 真紅は息を飲み込むように詰め、一度だけ強く首を振る。

 今夜、彼女に眠りが訪れるのは、まだ先であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 夏の名残だろうか、抜けるような青空に恵まれた連休の二日目である。

 多くの学生が夜通し遊んで沈没していたり、そうでなくとも惰眠を貪るであろう時間帯だがしかし、それらに反して、上条家の朝は早い。

 もちろん、その原因は言わずもがな。

 インデックスだ。

 シスターらしく朝が早いから…ではなく、彼女の朝のお祈りが終わるまでに朝食を用意しなければ上条の頭が頂かれてしまうから、である。

 どっちにしても目が覚めるなら、上条にしても痛くない方がいいに決まっていた。

「朝から不幸だ…」

 上条はベランダの掃出窓を前に、そう呟いた。

 右手でかじられた頭を撫でるが、幻想殺しといえども噛み付きによるダメージを消すことは不可能である。

 普段であれば自然に目が覚めるか、そうでなくても目覚まし時計で起床するのだが、全力疾走を繰り返した昨日は流石に疲れていたらしい。

 目覚まし時計という幻想を無意識の内に右手で破壊して寝こけていたところを、牙を向いたインデックス(スフィンクス同梱)に襲われたのだ。

「だ、大丈夫なの当麻。その…朝から激しかったみたいだけれど」

 上条の背後。

 初めて会ったときと同じように、ソファーで紅茶片手の真紅が、そんな風に問うた。

 彼女の表情は微妙に気まずそうなものであったが、背を向けている上条は気がつかない。

(ごめんなさい…私が止めていたら、もう少し傷は浅かったのかもしれないのだけれど…)

 上条の壮絶な悲鳴に驚いて飛び起きた後、『惨状』を一目見るなり鞄に逆戻りしたのは真紅だけの秘密であった。

 

「あっはっは、いやいや。このくらいは慣れてますので、上条さんは大丈夫ですよ……ええ、慣れてますので」

 どこか乾いた笑いとともにパタパタと手を振る上条。本当にそう思っているというよりは、そう思うことで自分を納得させているような口調と仕草である。

「慣れている、の……」

 あれが日常なのだろうか。なんと恐ろしい。

 真紅が色々と含みある見る視線をインデックスに向けた。

「むーっ、とうま! それじゃ私がいつもいつも噛みついているみたいに聞こえるかも!」

 子供向けのテレビ番組から視線を離し、インデックスがそれこそ子供のように頬を膨らませる。

「お、おまえなぁ。腹が減ったら噛みつくわ、恥ずかしくなったら噛みつくわ、揚句に俺が入院したら噛みつくわ、これがいつもって言わなかったらなんて言うんだよ?」

「そ、それは、噛み付かれるようなことをするとうまが悪いんだよ!」

「どこがだこのバカ! いまの台詞の中で俺に非がある部分がどこにあるってんだ!?」

 上条の言葉に、インデックスは「うー」などと唸りながらもテレビの前から動こうとはしない。

 大覇星祭の一件で『噛み付き』という行為に新しい光明を得たようだが、照れに近いものもそれなりに得たらしい。

 もっとも真紅の方をちらちらと見ているあたり、上条相手に照れている、というよりは、真紅というお客様相手にそういうシーンを見せるのは控えたい、ということのようであったが。

「と、ところで、当麻はさっきから何をしているの?」と、真紅。

 後ろめたさもあって、なるべくその話題に触れたくない。

 何気なさを装った問い掛けにも、不自然さが否めないが、上条もインデックスもそれに気がつかなかったようだ。それくらい噛み付きが日常なのであろう。 

「え? いや、」上条は一度振り向いたあと、再び窓ガラスの方に向き直り、

「触っても大丈夫なのか、と思ってさ」

 と、言った。

 彼の右手は傷ひとつない窓ガラスに触れている。

 この窓ガラスは昨日水銀燈に砕き割られ、そして昨夜のうちに真紅の魔術によって修復されたものだ。

 その時は姫神と待ち合わせをしていたこともあって、特に確認していなかったのだが、下手をすれば上条が触れた瞬間にガラスが元の状態に戻る可能性だってあったのである。

 もっともそう思うなら、触るよりも先に確認すべきであるのだが、上条はそこまで思い当たっていない。
「昨日のって、やっぱ魔術、だよな? でも魔術で直したんなら、右手で解除されるかもしれないし」

 洗濯物を干そうとするたびに気を遣うのは流石に面倒だ。それに、何かの拍子に触れてしまうことだってある。

 上条家の懐的に、これだけのガラスを入れ換えるのは清水の舞台ものの覚悟が必要だった。

 幸いにも窓ガラスは幻想殺しで触れても問題ないらしい。そうなるとそれはそれで、なぜ壊れないのか、と疑問に思ってしまう。

 なにか特殊な魔術なのか、と上条は視線で問うた。

 だが真紅は軽く首を傾げる。

「魔術…と言われても、私にはわからないのだわ。私は時のゼンマイを巻き戻して『壊れる前』の状態に戻しただけよ」

 魔術の産物であっても魔術のことはよく知らない真紅にして見れば、言葉以上のことをしたつもりはないし、それを説明できるものでもない。本当に出来ることをしただけなのである。

 助け舟を出したのはインデックスだ。

「しんくが昨日使ったのは確かに魔術だよ? だけど、別に魔術でガラスを支えてるわけじゃないから大丈夫かも」

「どういうことだよ」

「えっとね……」

 と、インデックスは僅かに言いよどんだ。それから、少し気まずげに、しかしどこか嬉しそうに、続ける。

「ほら、『あのとき』にわたしの怪我を魔術で治したけど、あの後、とうまがわたしに触れても大丈夫だったよね」

「……」上条は無言。

 しかしインデックスはそれに気が付かない。

「魔術で治しても、治った結果に魔術が残存するわけじゃないから、その後ならとうまが触っても壊れないんだよ」

 砕けたガラスを魔術で結束し続けているなら話は別だが、ガラス自体を修復しているので大丈夫、ということのようだ。

「ふ、ふーん……そういうもんなのか」

 ペタペタとガラスを叩く上条。どこか余所余所しく、インデックスから視線を逸らした。
「……?」

 妙な態度の上条に、インデックスは首を傾げる。

「……当麻、ひとつ聞いていいかしら?」

「ん? あ、ああ」

「? どうしたの? なにか気になることでもあった?」

「い、いやいやっ、なんでもない! ちょっとぼーっとしちまっただけで」

「そう?」

「あ、ああ」ごほん、と上条は咳払いをひとつ。「…そんなことより、聞きたいことってなんだよ?」

「…今日は、貴方は何か特別な用事があったりするかしら?」

「今日? 今日は午前中に、姫神と小萌先生の見舞いに行くことになってるんだけど…」

 昨夜、あの後別れ際に姫神に誘われたのである。

 着替え自体は昨日届けているが、差し入れも兼ねて顔を出しておこう、ということになったのだ。

「小萌? ……昨日の?」

 真紅の表情が僅かに曇った。
「……」

 上条としては真紅に責任はないと思うのだが、いくらそれを言っても彼女の胸の内は晴れないだろう。もしも上条が真紅と逆の立場だったら、同じように責任を感じることは間違いない。

「ま、姫神の話じゃ、そう大したことなかったらしいからさ。すぐ退院できるって」

 だから上条は真紅の表情に気がつかない振りをして、殊更なんでもない口調で言った。

 しかし真紅は、眉を潜めまま、

「そう…」

 と、言った。

「どうしたんだよ。なんかやりたいことがあるってんなら、午後からでよかったら手伝うぜ?」

「その…」真紅は少しだけ迷う素振りを見せたあと、

「ホーリエがまだ戻ってこないのよ。だから、もし大丈夫なら探しにいきたかったのだけれど…」

 昨日、雛苺を追わせた人工精霊からはいまだ連絡がなかった。

 仮に攻撃を受ければ危険な旨を伝えてくるであろうし、力を失った彼女が倒れたなら戻ってきてその位置を知らせるだろう。

 いまも追跡している可能性もあったが、雛苺の残存エネルギーやゼンマイの量から、それは考えにくい。

 だとすれば、ホーリエはその能力を上回る存在に脅かされた可能性があった。

(……)

 思い当たる相手はただ一人。

 真紅の脳裏に、銀と黒の存在が浮かび上がった。
「あー、あいつかぁ。そういや確かにあれから戻ってきてないな。じゃあ、お見舞いが終わったら…」

 そう上条が言おうとして、ちょうどそのとき―――

「あれ?」

 と、インデックスが首を傾げた。

 彼女の視界。

 上条の背後の窓、そこから見える青空にひとつ、見慣れない黒い点が見えた。

「……」

 鳥、でもない。アドバルーンというものでもないだろう。

 そもそもそれは鳥のように視界を横切っていくわけでもなく、また、アドバルーンのように一定の場所に留まっているわけでもなさそうだ。

 具体的に言えば、その黒い点はインデックスが見ているうちに、どんどん大きくなってきて、

「近づいてきてる…かも」

「え?」「は?」

 インデックスの言葉と視線に、真紅が気づき、上条が振り向いた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 破砕音!

 

 

 

 

 

 

 

 昨日に引き続く甲高い音とともに、振り向いた上条の向かって右側を抜け、一抱えほどの大きさの何かが窓ガラスを突き破って飛び込んできた。

「うわっ!?」

「っ!」

「ひゃあ!?」

 ガラスの砕ける音に、三者三様の声が混じる。

「な、なんだぁっ?」と、上条。

 飛び込んできた何か。

 それは、鞄だった。

 丁寧な装丁を施された古い鞄が、ガラスの破片にまみれて床に転がっている。

 だがそれに対し三人が何かアクションを起こすよりも早く、鞄の蓋が蹴り上げられるような勢いで開き、中から翠色の人影が跳びだした。

 その体躯は子供のように小さく、なるほど、鞄に入ることも無理ではない。

 だが。

 鞄。色。小さな身体。


 薔薇乙女


「!」

 上条が右手を構えながら、赤と翠との間に立った。

 インデックスは驚きを残しながらも、知識を総動員してその正体を見極めようとする。

 彼らの視線の先で、鞄から跳びだしてきた人影は、

「ふゆ…痛いですぅ」

 しかし、ひらりと床に着地するなり、頭を抑えて床にうずくまってしまった。

「は?」「え…」

 水銀燈のように、あるいは雛苺のように襲い掛かってくる可能性ばかり考えていた上条とインデックスが目を丸くする。

そんな彼らの背後で、

「翠星石!」

 と、真紅が叫んだ。
 翠星石、と呼ばれた彼女が、真紅の声に顔をあげた。

 色違いの瞳―――オッドアイが、間に立つ上条とインデックスを無視して真紅に向けられる。

「……」

 それを追うようにしてこちらを向いた上条とインデックスの視線を感じながらも、真紅は翠星石を真正面から見た。



 敵なのか、味方なのか。



 しかし翠星石の顔に浮かんでいるのは、驚きにも似た表情と、目じり端の涙のみ。

 水銀燈のような敵意も、雛苺のときのような狂気もそこからは読み取れなかった。

「真紅!?」

 と、上条。

 彼が問うているのは、間違いなく、いま真紅自身が考えている事柄だろう。

 その娘は敵ではない。敵であるはずがない。

 前回、共存の道を模索していた仲間だ。

 そんな言葉が、喉元にまで競りあがってくる。

「っ」

 しかし真紅はそれを言葉にして放つことができなかった。

 昨夜、鞄の中で浮かび上がった己への疑問。

 胸中で頭をもたげるその疑惑が、翠星石は敵ではない、と断ずることをせき止めていた。

 真紅は断言できず、上条は返答を待ち、インデックスはそもそも判断のしようがない。

 それぞれの空白。

 その瞬間に動いたのは、今しがた飛び込んで来た翠星石だった。
「真紅ー! 会いたかったですー!」

 そんな叫びとともに、翠星石がいきなり駆け出した。

「!?」

 虚を付かれた上条とインデックス。完全に反応が遅れた彼らに出来たことは、翠星石の動きを視線で追うのみ。

 脇目も振らずに二人の間を通り抜けた翠星石は、同様に動けなかった真紅の首根っこに、駆けた勢いそのままに思い切り跳びついた。

「きゃあっ!?」

 自分と同程度の質量+走る勢いを、真紅は支えることができない。

 翠と紅が、もつれるようにして床に転がった。

「ちょ、ちょっと離しなさい翠星石!」

「真紅ー! よかったですぅ! 会えてよかったですぅ!」

 らしくなくジタバタと暴れる真紅だが、翠星石はかなり強くしがみついているらしく、まったく離れる様子がない。

 上条は一瞬、組み付いて攻撃しているのか、とも思って身構えかけたのだが、

「ふえぇえん、真紅ー!」

「ぐぐぐっ!? す、翠星石……く、苦しいのだわ……」

「……」

 どう見ても迷子が縋り付いているようにしか見えなかった。抱きついた翠の両腕が、綺麗に真紅の首を絞めているようだが、まぁ、たぶん大丈夫の範疇だろう。

「……インデックス?」

 インデックスに目を向ける。

 上条の表情にも口調にも、緊張感がない。

 思いっきり臨戦態勢を作っていたところに、立て続けに『敵』らしくないことが起こったせいで、なんとなく気が抜けてしまった。
「う、うん。いま鞄から出てきた子も、薔薇乙女、かも」

 それはどうもインデックスも同様のようだ。上条と同じように、やや唖然としながらも首肯する。

 かも、とは言っているが、単に口癖なだけで、不確かな意味ではない。

 禁書目録の知識とインデックスの見識から導かれる魔術形式は、真紅とも雛苺とも同一である。

 間違いなく薔薇乙女だった。

「あー…っと」

 インデックスの答えを確認し、上条はちらりと二人(?)を見た。 

 話しかけてもいいのかなーどうしようかなー、とでも言うような表情で後ろ頭を掻きながら、赤と翠に歩み寄る。

「真紅? そいつもやっぱり、その?」

「え、ええ」

 と、なんとか立ち上がった真紅が頷いた。

 見せてしまった醜態を隠すかのように平静を装っているが、整えられていた金髪は乱れに乱れ、ドレスも若干皺になってしまっている。
 
 その上、件の翠星石がいまだに真紅の首元でグスグスと泣いている始末。

 何も取り繕えていないが、上条もインデックスも流石にそこに突っ込むほど気が遣えないわけではなかった。

 真紅はコホンとわざとらしく軽い咳ばらい。それから乱れた髪をさりげなく手櫛で直しながら、

「彼女の名前は翠星石。薔薇乙女の第3ドールよ」

 と、言った。
「第3? ってことは、お前の姉貴になるのか?」

 意外そうに真紅を―――いや、真紅の背中に隠れる翠星石を見る上条。

「あ、あぅぅ……」

 翠星石の方は上条と目が合うと、それだけで真紅の肩に顔を埋めるようにして目を閉じてしまった。

 その様子ははっきりいって、姉を頼る妹、という風情で、とても真紅よりも早く創られたようには見えない。

「人形に姉や妹という表現が適切なのかはわからないけど、創られた順番では確かにこの娘の方が先なのだわ」

 一息。

「でもはっきり言って、これは性格の違いよ。彼女は私たちの中でも特に臆病で人見知りなの」

「し、真紅ぅ」

「大丈夫なのだわ翠星石。彼の名前は上条当麻。私の契約者よ」

 ほら挨拶、とでも言うように、横に一歩ずれ、軽く翠星石を押し出す。

「え、あうっ」

 軽くよろめいた翠星石が前に出るが、

「っ」

 上条と目があった途端、はビクリと身を震わせて、ささっ、と真紅の後ろに隠れてしまった。

「……」

 沈黙する上条。

 本人は知りえないことであるが、幼少より数々の不幸に見舞われた彼の精神力は、大抵のことでは動じない。それでも見た目が幼児のような相手にこうまで怯えられるのは、なんというか、軽くショックであった。

 はぁ、と真紅はため息。

 ジュンとの暮らしで少しはマシになったかと思ったのだが、どうも相変わらずのようだ。

 もっとも、

(……確かめないと、わからないのだけれど)

 その『記憶』が―――自分のものも含めて―――幻想ではないのかは、まだわからない。
「……」

 真紅は肩越しに翠星石を見た。

 今度は猫を抱えたインデックスに「私はインデックスって言うんだよ」と言われ、こっちには「す、翠星石ですぅ」と応じている。
 
 それを見た上条が「インデックスには返事をするのになんで俺だけ……不幸だー!」などと仰け反り、またそれで翠星石がビクビクと隠れてしまう。

 これはこちらで促さなければ、話になるまい。

 そう判断した真紅はもう一度ため息。そして、

「……ところで」と、翠星石に向き直った。

「翠星石。貴女、どうしてここがわかったの? ここを知っているのは水銀燈しかいないと思うのだけれど……」

「え」

 妙な表情で翠星石が固まった。

「そ、それはその……」

「ええ」

「その、ですね」

 翠星石は、なにやら言いづらそうにモジモジとしている。

「?」

 眉根をつめ、軽く首を傾げる真紅。

「どうしたの? はっきり言いなさい」

「あぅ、それは」

「それは?」

 翠星石は一瞬だけ迷ったように視線を泳がせた後、

「ホ、ホーリエ、ですぅ」

「「!?」」

 その名詞に、上条とインデックスが目を見開き、

「ホーリエ!? ホーリエが、どうしたと言うの!?」

 先ほどとは反対に、真紅が翠星石に詰め寄った。
「ぐえっ、ですぅ!?」

「ホーリエに会ったの!? ホーリエはどこに……それに雛苺はどこにいるのよ!?」

 桃色の少女を追っていった人工精霊に出会ったというのなら、雛苺にも会っているはずだ。

 ガクガクと、翠星石の肩を、というか、首を前後に揺さぶる真紅。

「くくくく、苦しいですぅ!」 

「あ、ご、ごめんなさい」

「けほっ、けほっ、し、死ぬかと思ったです……」

 ぜーぜー言いながら翠星石が首をさする。

「わ、悪かったのだわ翠星石。でも事は一刻を争うのよ。早く説明してほしいのだわ」

 真紅は再び飛びつきかねない様子だ。

 翠星石が「わ、わかったです」と、頷き、 

「その……ホーリエが、翠星石をここに案内してくれたです」

 と、言った。

「案内?」

「そうです。昨日の夜遅く、ちょっと離れたところでふらふらしてるのを見つけて、それで案内を頼んだですよ」

「ふらふらしていたの? ホーリエだけで?」

「です」

「……」

「?」

「……でも、それじゃあホーリエはどこに?」

「そ、それは……」

 何やら言い淀みながら、翠星石はリビングに転がっている、彼女の鞄に視線を移した。
「?」

 上条たちもそれに倣い、鞄を見た。

 ガラスまみれのそれは、掃除しなければ今夜にでも困りそうな有様だったが、まぁそれはともかく。

 案内、ということは当然、翠星石の前を飛んでいなければならない。

 そして窓ガラスに突っ込んできた鞄は、着地というよりも落下の体で床に衝突している。

 もしホーリエが『何事もなく』一緒に入ってきたなら、すぐに真紅の近くに飛んできたであろう。

「!」

 状況を察した真紅の顔色が、さっ、と変わった。

 そして、主人の動揺でも感じ取ったのだろうか。



 ―――……



 鞄と床との隙間から微妙に漏れる、紅い光。

 それは『光った』というより『明滅した』という方が正しいように思えるもので―――

「ホ、ホーリエ!」

 真紅の切迫した声が、朝の上条家に大きく響いた。

                               

                                                              つづく

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