上条「まきますか?まきませんか?」1


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それはいつも通りのある日のことであった。
上条当麻はベランダに布団を干そうとすると、ある一通の封筒が置かれている事に気付いた。
最初は風で吹き飛ばされてきたのだろうと思ったが、封筒には”上条当麻様”と書かれており、その他には住所も差出人の情報すらも書かれてなかった。

上条「何だこれ?…別に自分の名前宛てなんだから開けてもいいよな…」
そんなことを思いつつ封筒を開けてみるとそこには一枚の紙が入っていた。

中身を読んでみると
「おめでとうございます上条様!!!貴方は54128人の中から厳正な抽選にて選ばれ、『幻想御手(レベルアッパー)』を獲得することができる幸運な学園都市の人です!!!
チェックをしたら、そこから外へこれを紙飛行機の形にして飛ばしてください。人口精霊ホーリエが異次元より貴方の手紙を回収に参ります。」

その手紙の最後には”まきますか まきませんか”と大きな文字で書かれていた。

上条「新手の詐欺か?全く、上条さんはこんな面倒な事に付き合ってる暇なんかないってのに…」

そんな独り言を呟きながらも、手紙に書いてある”幸運な学園都市の人”という文字列に思わず目を奪われてしまい、ふとした思いで”まきます”の方にチェックをして、紙飛行機の形に折り外へと投げた。

上条「こんな事で能力者になれたら上条さんは今頃不幸じゃないですよ…」

そんな事を思いながらも上条は心の奥底で何かを感じていた。
新たな何かを---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条「なんだこれ?」

鞄を見下ろす上条。

ついさっきまで、こんなものはなかったはずである。ついでに、こんな鞄を持っていた覚えもない。

上条「インデックスが買ったのか?」

自分ではない以上、可能性があるのは同居人の私物ということ。

しかし彼の同居人である腹ペコシスターは、こんなもの持っていなかったはずだ。

いまでこそ多少の私物は上条家に増えたものの、生活用品くらいしかないはずである。

上条「高そうな鞄だし、それはないか。小萌先生からもらったのかもな」

インデックスにも、当の上条にもこういったものを購入する機会も財力もない。

ついでにこの町の半不正規滞在者であるインデックスには、バイトして稼ぐこともできないはずである。

可能性があるとするなら、誰かからのもらいもの、というところだろう。

上条「でもおかしいな。さっきまでこんなの置いてなかったはずだけど」

不思議そうに首を傾げる。

件のインデックスは、朝早くから小萌の家に出掛けている。

なんでも買い過ぎて賞味期限ギリギリの食材を一気に片付けるためにインデックスの力を借りたいとのことだった。
そういう話に食欲最優先の彼女が動かないわけがなく、今日は泊まり込みで食べてくるらしい。

いままで何度か泊まりに行っているが、そのたびに手ブラなのを気にして小萌が用意してくれた可能性は十分にあった。
おそらくお泊まりグッズを詰めて、しかし普段の習慣どおりに手ブラで出掛けたのだ。
ただでさえインデックスである。食事が用意されている状況下なら、その辺りが抜け落ちても不思議はない。

上条「せっかく用意してくれたのに忘れていってどうするんだよインデックス・・・」

呟く上条。

彼の中で納得のいく理由が思い付いたせいで、もう鞄が誰の物かということはほぼ決定状態になってしまっている。
床の上に置いてあることも、何らかの勘違いで気がつかなかったのかもしれない。
普通はこんなものが床においてあれば100%気がつくに違いないが、ここは学園都市だ。
誰かが外でおかしな能力を使って、その余波が出たのかもしれない。
場合によっては、高価な鞄をもらった鞄インデックスが後ろめたくて何かしらの魔術でも使って隠していたのかもしれない。

彼女は魔術は使えないと聞いているが、いままでも何度か戦闘でそれらしいことをしていた記憶がある。
純然たる魔術といえなくてもそれらしいことが出来ても不思議はなかった。

それが何かの拍子に、自分の右手に触れたのだろう。

上条「どうするか・・・っても、届けてやるべきだろうなこれは」

気がついた以上、それをそのまま放っておくのは性にあわなかったし、何より上条家の経済破綻をギリギリで回避していられるのは、小萌の食事会によるところが大きい。

上条「義理と人情を欠いては浮世は渡れないと思うのですよ上条さんは」

呟きながら、鞄の取っ手に左手をかけた。
かなり大きい鞄だが、力には多少自信がある。それに中に入っているのはおそらくタオル程度であろう。
上条は一気に持ち上げようとして、

上条「!?」

ズシリ、と予想外の重みが腕にかかった。

完全に軽いものと信じていた上条だ。持ち上げる勢いがあまって、踵に体重が一気にかかる。

上条「お、わ、たっ」

鞄に手をかけたままの彼の上半身が反射的にのけ反った。だが、腕は重みに引かれるように上体についていかない。

上条「っ」

左手が無意識に鞄を離す。僅かに浮いていた鞄は床に落ち、代わりに重量感の消えうせた彼は、堪えるどころか一気にバランスが崩れた。

上条「うわっ」

それでもなんとか体勢を立て直そうとして動かした脚が、いましがた干そうとして床に投げていた薄手の掛け布団を踏み付けた。

ずるり、と脚が滑り、視界が反転する。

上条「ふ、不幸だぁっ!」

彼の嘆きの声が響き、その一瞬後、床に頭が激突する音がこだました。

上条「いてててて」

湿布を貼って包帯でぐるぐる巻きにした右手で後頭部に保冷剤(上条家冷凍庫に入っている唯一のもの)を押し当ててながら、上条は鞄の前に腰を下ろした。

鞄を持ち上げようとした、ただそれだけで、彼は後頭部強打と右手首捻挫という負傷をしてしまっている。

負傷自体は悲しいことによくあることで、応急手当も慣れたものであった。

それよりも、いまの彼はもっと重要なことがあるのだ。

 

 

上条「まったく、なにが入ってるんだこれ?」

ポン、と左手で鞄を軽く叩く上条。

持って行こうと思ったが、予想外に重い。左手だけで持ち上げるのは、小萌の家までの距離を考えると、少々きつかった。

となると、残る方法は中身を見て、無用なものを出すしかない。

この段階に至って、持って行かないという選択肢が出てこないのは、彼の人の良さが伺えた。
ついでに、小萌の家に電話してインデックスに確認するという点に考えが及ばないあたりに、彼の単純さがわかる。
さらに言えば、そもそも女の鞄を開けようとするな、と言う点に考えが至らないところに、彼のデリカシーの無さと鈍感ぶりが計り知れよう。

上条「えーと、留め金留め金っと・・・」

無事な左手で取っ手の脇にある留め金を外す。

パチリ、と存外に軽い音をたてて留め金は外れた。

上条「鍵、かかってなくてよかった」

かかっていたらお手上げだったに違いない。
流石の幻想殺しも錠前を壊すことなんか出来ないし、何よりいまは包帯で皮膚が完全に隠れるほどぐるぐる巻きである。

よかったよかった、等と呟きながら鞄を開ける。
ギギギ、と小さな軋みとともに開き、徐々に見えてくる中身を見た上条は、

上条「え」

カシッ、とその動きを止めた。

彼が予想していた中身は、連れていったスフィンクスのためのネコ缶や、小萌の家でするためのゲームソフト(蔵上条家)が大量に、というものだった。
だから、動きを止めるのも無理はない。
中に入っていたのは、それこそ美術館に飾られていそうなほどの、綺麗な人形だったのだから。

上条「な、なんだこれ。こんなの、先生んちに持って行くつもりだったのか?」

驚きと、人形の持つ息を呑むほどの美しさに、数呼吸。
再起動した上条は、左手を鞄の取っ手にかけたまま、眉を潜めた。

鞄の中には、本当に人形しか入っていない。予想していたネコ缶もゲームソフトもなく、ましてやタオルも着替えもなかった。

そもそも身を丸めるようにして入っている人形だけで、鞄はいっぱいいっぱいである。
これ以上何を入れるスペースはない。
鞄そのものの装飾や大きさ、そして人形の『収まり具合』から考えて、明らかにこの人形専用の鞄に思えた。

上条「西洋人形・・・ってやつだよなこれ」

鞄を完全に開けてしまい、つんつんと左人差し指で人形の頬をつつく。
陶器のような硬い、しかし人の肌に吸い付くような不思議な質感を指先に感じた。

上条「小萌先生がこんなのをインデックスに? いやでも、だったらこれ持って行く意味わからねぇし」

顔を上げ、腕を組む上条。

 

上条「だったらやっぱりインデックスの私物か・・・あいつ、いつのまにこんなもの」

正直、インデックスの趣味とは思えなかったが、こうなるとそれ以外の線が考えられない。
『記憶のあった上条』の私物という線もあったが、それはとりあえず否定することにした。

いやその趣味をどうこう言うつもりはないし、偏見もない。
以前に失った記憶を補完しようと、自分のアルバム等を探したときには、こんな鞄は見当たらなかったというだけである。

それに、インデックス自身はあまり快く思っていないようだが、彼女にも一応故郷があり、その知り合いがいる。あの炎の魔術師や破れジーンズの魔術師が持って来ることだってないとは言えないのだ。

 

上条「明日、帰ってきたら聞いてみるかな・・・」

いま、それを確認する方法はなさそうである。

上条はため息をつきながら、ふと、鞄の中で眠るような人形に目をやった。

上条「でも、インデックスはこういう色が好きなのか。あいつシスター服だから、白以外のイメージなかったけど・・・」

そしてもう一度、つん、と人形の頬をつつく。

上条「こんな、」

上条「こんな赤色の人形を持ってるとはねぇ」

彼の言葉どおり、人形は全身で赤を纏っていた。

洋服は言うに及ばず、ヘッドドレス、襟元の薔薇、履いている黒色の靴も光の加減によっては赤みを帯びて見える。

異なる色と言えば、髪の金と肌の白くらいだろう。

上条「赤と白と金色でめでたしめでたしってところですか」

極めて日本人的発想を口にする上条。

いまだ日本の文化に馴染みの薄いインデックスにそれはないにしても、上条的には白い少女が赤い人形を抱いている情景は妙に縁起がよいように思えたのだった。

上条「あ、そういや大丈夫かな」

覗き込むようにして人形を見ていた彼の顔に、若干の緊張が浮かぶ。

彼が危惧しているのは、さきほどの開けようとして転ぶ事件を思い出したからだ。

この鞄、転ぶ直前に手を離した拍子に、けっこうな勢いで床に落ちたような気がする。

上条「まずい、どっか壊れてたら・・・」

これがそう安いものではないことはアンティークや芸術に疎い上条にも容易に想像できた。

たとえ安価なものであったとはいえ、インデックスのお気に入りには違いない。ほとんど食べ物以外をねだらない彼女にして、その何倍もしそうな装飾の一品である。

それに傷をつけてしまえば、彼女はどう思うだろう。

頭を噛まれるくらいならいいが、もし泣かれたりしたら切腹→火葬ものだ。いや、上条が自主的にしなくても、たぶん二人の魔術師が強制して来るに違いない。
それに上条的にもそんな心が痛い事象は避けたかった。

上条「ちょ、ちょっとだけ確認を」

頬に汗でも伝っているような感覚で、上条は人形に手を伸ばした。

もし傷がついていても治せたものではない。それでもこういうことは、気になりだしたら確認するまで止まれない。

傷がついていなければよし。傷ついてたら・・・土下座と高級料理フルコースで手を打ってもらいたい。

そんなことを考え、左手を人形の腋の下に入れる。

上条「わっ、と」

そのまま持ち上げようとするが、これが大きい。一抱え、というか、下手すれば幼児ほどもありそうだ。

反射的に右手も添えようとして―――

上条「って、大丈夫かこれ触って俺」

その右手をとめた。

いまのところどこからどうみてもただの人形だが、これはインデックス関係のもの。

魔術的な要素があれば、右手で触れるのは危ないかもしれなかった。

 

 

上条「・・・・・・」

じっと包帯の巻かれた右手を見る。

とはいえ、人形を調べるには片手じゃ無理だ。無理に持ち上げて床に直接落としたら、傷物まちがいなし。色々な意味で責任問題に発展するだろう。

上条「ま、包帯でびっしりだし、大丈夫だよな」

幻想殺しの効果は右手首から先で、直接触れたもの、という限定的なものだ。
完全に包帯で覆われた状態なら問題あるまい。

上条「よっと・・・って、でかいし、重いなこれ」

両手で『たかいたかい』でもするようにして持ち上げる。

ずしりと両腕にかかる重量感。身長に対応するように、その重みも人間の幼児並だ。

上条「しっかし、すごいなこれ。芸術は爆発というわけですかそうですか」

その顔を覗き込み、精巧さに思わずため息が漏れた。

人のような大きさ、人のような重み、人と見間違いそうな精巧な顔形。
そしてなにより、

上条「なんか色々な柔らかくて上条さんは大変ですよまったく」

指は、意外な柔らかさを上条に伝えてきていた。
なるほど、さきほど頬を突いたときの硬さや質感は、こうしてみると意外なほど人に近いものを思える。

人そのものよりもやや硬いが、その差が逆に『人を模そうとした』ことを感じさせることとなっていた。

ふわり、と上条の鼻先を、金色の髪が掠める。

上条「・・・・・・」

上条(って、いまなに考えてた俺そんな俺はその趣味はないないいやだってそんな土御門じゃあるまいし人形様にだってうわらばあばばばばば)

ブンブンと頭を振る。

いま顔が熱いのは気のせいだ。気のせい。そうじゃないと困る。

思わず視線を逸らした上条。

そんな彼の目が、ひとつの金属片が捉えた。

ぱっと見て、ハート型のようにも見えるそれは、

上条「ゼンマイか、これ?」

内心の動揺を自らごまかすように呟きつつ、ゼンマイを右手で取り上げる。

包帯越しに金属の感触をかえしてくるソレは、なんの変哲もないゼンマイだ。

上条「・・・・・・」

視線を落とせば、背後から膝の上に抱えて支えている人形の背中。

そこに、差し込み口のようなものがある。

上条「駆動式? カラクリ人形?」

差し込み口とゼンマイの先端は同じ形だ。間違いなくそこに挿すものだろう。

上条「・・・・・・」

いくら不幸に塗れても、いくらこの学園都市の学生として見ても異常な事態に遭遇していると言っても、上条は男の子である。

こう言ったカラクリと言うたわいもない『おもちゃ』には心躍らされるものがある。

上条(ちょっとくらいなら、大丈夫、だよな)

好奇心が動き出す。

これだけ精巧な人形だ。駆動するとなれば、どこまで綺麗に動くのか見てみたい。

それにもし動かしてみて、異常がなければ内部機構にも問題がないという証明にもなるのだ。

上条(そう、これは確認、確認なんですよインデックスさん)

持ち主に無断で動かすという罪悪感を義務感という名目でごまかしながら、上条は手にしたゼンマイを、背中の穴に挿しこんだ。

 

 

 

 

 

その瞬間だった。

 

 

 

 

キリキリキリ・・・と軋むような音をたてて、ゼンマイがひとりでに動きはじめた。

上条「え・・・」

上条の口から驚きの声が漏れる。

反射的に右手を放すが、ひとりでにまかれていくゼンマイは止まらない。

そして、呆然とする彼の目の前で、

「・・・・・・」

ふわりっ、とさきほど鼻先を掠めた人形の髪のような軽やかさを持って、当の人形が空中に浮かび上がる。

上条「ちょっ、えっ、や、やっぱり魔術的なあれですか!?」

無意識のうちに右手を胸元に引き寄せながら、左手で床を掻いて後ろにさがる上条。

普通の人間なら、いや、この学園都市にひしめく能力者たちでも驚くような光景に、それでも素早く反応できるのは、いままでの経験ゆえ。

驚きと、若干の警戒を宿した彼の視線の先で、人形が鞄の上、その空中に直立する。

そのまま、まるで風になびくように、鞄の上から床に水平移動する人形。

上条はそれを見守ることしかできない。

「・・・・・・」

伏せられていた人形の目がゆっくりと開いていく。

その切れ長の目が、すい、と上条に向いた。

上条「な・・・」

上条が声を漏らしたのは、人形がこちらを向いたことにではなかった。

人形の瞳。

そこに篭められた、明確な敵意に対してである

「・・・・・・」

トン、と人形の靴が床に着地する。しかし上条に向いた視線の色は、種類を変えないままだ。

赤い人形の左手が、ゆっくりと持ち上がる。

上条「くっ」

右コブシを握った。手首が痛むが、この際そんなこと言っていられない。

人形の視線―――その敵意は強くなる一方。

そして、人形が一歩、脚を踏み出した。

上条の、方に。

上条「お、お前っ」

上条が言葉を投げかける。

「・・・・・・」

だが人形は反応を見せないまま、ツカツカと歩をすすめてくる。

人の脚で数歩の距離。やや小さい人形では、もう少しかかる。

人形の手は持ち上げられているだけでいまのところなにも異常な様子はない。

だが油断はできない。相手は魔術の結晶に違いないのだ。上条の右手同様、触れた瞬間にだけ効果を発するのかもしれなかった。

上条「!?」

上条(まずいっ、右手・・・!)

息を呑む上条。

頼みの幻想殺しは、いまは包帯で完全に拘束されている。これではなんの意味もない。

左手で包帯を毟ろうとするが、

「・・・・・・」

上条「!」

もうその時には、人形は上条の目の前に立っていた。

上条(やべっ!)

さらに後ろに飛びすさろうとする。

だがそれよりも一瞬だけ早く。

「なんて起こし方をするの」

ぶん、と上条の右頬に、彼から見て右斜め上から小さな手が振り下ろされた。

上条「うべっ!?」

室内に、本日二回目のよい音が、響いた。

こうして、上条の一日は、いつものように悲鳴と不幸から始まって行ったのだった。

 

 

 

 

「まったく、いきなりレディを床に落とすなんて、いつになっても男というのは野蛮なものなのだわ」

上条「まことに申し訳ありませんでした・・・」

「その上、無遠慮に頬と言わず鼻と言わず突付いてくるし・・・いまの世界の挨拶は、顔をつつくことから始めるのかしら?」

上条「滅相もございません、すべてわたくしの不徳の致すところであります」

腰に手を当て、いかにも立腹してますという風情で見下ろしてくる人形に対し、上条がとった対応は男らしい土下座であった。

もっとも、小さな女の子に少年とは言え大人に近い男がそうしている情景には、男らしさの欠片もないのだが。

あの平手一閃から5分後の、上条家の情景である。

「・・・あなた、名前は?」

上条「不肖、わたくし上条当麻と申します」

「じゃあ当麻」

上条「なんでございましょうか」

「あなたの本朝式社畜土下座(キングス・スレイブ・アポロジャイス)はとても綺麗で見事なのだけれど、もう許してあげるから頭を上げて頂戴。そのままじゃ話しにくいわ」

上条「わ、わかりました」

「それと、敬語もいらないのだわ。あなたの普通がその敬語なら、別だけど」

上条「・・・わかった」

なんとかお許しをもらって、顔をあげる。

つい先ほど彼の左頬を張り飛ばした西洋人形は、まるでそこが定位置であるかのように、上条家のソファーに腰掛けていた。

ソファーに腰掛けているのに腰に手を当てる行動は妙に見えるが、気にした風はない。

インデックスが怒ると噛み付いてくるのと同様、この人形はそういう癖でもあるのかもしれなかった。

やっぱりペットと同じで魔術人形も持ち主の影響を受けるのか、等と考える上条であったが、それはともかく。

上条「でも、本当に大丈夫なのか、背中とか、腕とか・・・」

言いながら、上条は心配そうな目を向ける。

あの見事な張り手は、彼の頬に若干のダメージを与えたが、それ以上のことはなかった。
むしろ彼にして土下座という方法をとる原因になったのは、床に落とした拍子に背中を痛めただの、散々体を弄繰り回されただの、レディに対して重いと言うのはデリカシーなさすぎとか、そっちの方の文言である。


チクチクと心をわざわざえぐるようなその言葉の嵐に思わず土下座するしかなかったが、しかし上条には、それらがすべて悪意から来る言葉のようには感じなかった。

怒っていたのも本当だっただろうが、それよりもむしろ、インデックスや、とあるレールガンとの掛け合いのような感覚だったのである。

だからどうしても、その負傷が気になってしまう。

「・・・・・・」

人形は彼の言葉に軽く驚きの表情を浮かべ、ついで、ゆっくりと微笑んだ。まるで、何かを思い出したかのように。

「問題ないのだわ。あの程度で壊れてしまうほど、私は脆弱ではないもの」

上条「そうか、ならよかったよ」

上条は、ほっと胸を撫で下ろした。自分のせいで修復不可能な傷を与えたとあっては、持ち主だろうインデックスにも、人形である彼女(?)自身にも申し訳がたたない。

人形がしゃべるという状況に、彼はそれほど違和感を感じていなかった。そのくらいの大騒ぎは何度も経験済みである。ついでに言えば、これくらい小さい相手にお小言を言われるのも小萌相手で慣れている。

「・・・変わった人間なのだわ」

上条「? なにがだよ」

「私と初対面で、こんな風に普通に話をした人はいなかったのよ。みんな驚いて、何かの仕掛けか、と疑ってきていたのに」

上条「あー、それは、まぁ、慣れっつーか環境っつーか」

「慣れ? 環境?」

上条「ああ、それも説明しなくちゃな。インデックスより、あんたの方がしっかりしてそうだし」

「?」

上条「その前に、ひとつだけいいか?」

「なにかしら」

上条「その、あんたのことはなんて呼べばいいんだ? 人形とか、お前ってわけにもいかないだろうし」

「・・・・・・」

人形は再度、驚きの表情を浮かべる。

上条「?」

「ふふっ」

こちらの表情の意味がわからなかったのだろう。不思議そうな顔をしている上条に、思わず笑みが漏れた。

(・・・人形に名前があるのが当然と思っていて、それが普通な人間なのね)

(ジュンですら、最初はそんなこと思ってもいなかったと、思うのに・・・)

上条「どうしたんだよ? 俺、何か変なこと、言ったか?」

「いいえ、ごめんなさい。そういえば自己紹介もまだだったのだわね」

そう言って、その赤い人形は両の足で立ち、上条を正面から見つめる。

「私の名前は真紅」

「ローゼンが創りし薔薇乙女の、第5ドール」

そして人形―――真紅は、口元にやわらかい笑みを浮かべた。

「当麻。貴方の、お人形よ」

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