アルル「ボクは元の世界に戻りたいんだ」 禁書目録「魔導師……?」

アルル「……また知らない世界にきたのかな」

アルル「カーくんもまたどこか行ってるし……」

アルル「それにしても、すごい町だなあ」ポカーン

アルル「りんごたちの世界とすごくよく似てるんだけど、もっと『ビル』とかがたくさん立ってる」

アルル「それに…あれは学校かな??学校自体はどの世界でもあまり変わらないのか」


アルル「とりあえず、情報収集して、カー君みつけて、帰る方法を見つけよう!」

 

 

アルル「とりあえず、このあたりの探索かなあ?けど世界のことは人に聞いてみないとわからないよね」トコトコ

アルル「けどなんて聞こう?ここってどのあたりですか、かな?だとしたら地図見つけなくちゃ」

アルル「…それだと怪しまれるだけかな……記憶がなくなったことにしてしまうとか」

アルル「うーん…それはちょっとそれで心配かけたら申し訳ないかなあ。素直に『ボク異世界から来ました』って言ってしまおうかな」

アルル「ダメダメダメ!それはただの変な人だから…うーん、どうしようかな」


??「あの、もし?失礼ですが多少お伺いしたいことがあるのですけどよろしくて?」

アルル「あっ、はい!?」

??「風紀委員ですの。あなたは誰の許可でここにやって来られましたの?」

アルル「へっ、え??」

 

アルル「あの、ボクここに来るの初めてで…あっ、ここどこ?
     あとジャッジメントって…本名じゃないよね?君の名前はなに?」

黒子「……訳の分らぬ質問攻めも大概にしてくださいまし。ですが名乗るだけ名乗っておきますと、わたくし白井黒子と申します」

アルル「へえ、可愛い名前だね!くろこって言うんだ。よろしくね」

黒子「ですからいい加減にして下さいと!
    基本的に誰かの許可無く立ち入ることが許されないこの『学舎の園』に貴方が居る理由をお聞きしていますの!誰からのお誘い合わせで此方へ?」

アルル「あぁ……ボク、違う世界から来たから、分からないんだよね。だから誰からも招待されてないし、ここがそのマナビヤノソノのどこかもわからないんだ」

黒子「その話を信じろと?ふざけないでくださいまし」

黒子「大体この科学の街で違う世界の話を持ち出す時点で貴方の頭脳が知れますわよ。風紀委員第177支部に連行いたしますが文句はございませんわね?」

アルル「あるある!すごく文句あるって!!だって本当なんだってば!
     科学はボクの時代じゃたぶん物凄く遅れてるけど…ほら、このアーマーだってここの人たち全員使ってないじゃない!
     けどボクの時代じゃ身を守るために必要なものだから付けてるんだよ…って、おわあぁ!?」


唐突にアルルの反論の言葉は途切れた。黒子が強制的にアルルを連行したからだ。
『空間移動』でもの言う暇も逃げる隙も与えず、80mずつ支部へ移動する。
彼女らが転移していく近くの者たちは彼女らを確かに視界に入れたが、それもほんの一瞬だった。瞬きひとつしたら……とまでは行かないものの、1秒はかからずにまた彼女らの姿はかき消える。

その姿を見つけたのは、黄色いウサギのような生き物だった。額には赤い宝石が埋め込まれていて、太く短い尻尾がわずかにぴょこんと揺れる。

「……ぐ?」

見間違えたのではなかっただろうが、駆け寄ろうとしたらその生き物の主は既にそこから消えていた。だからカーバンクルは間の抜けた声をあげることしか出来なかったのだ。

 

 

これは一から全部説明して分かってもらうしかないか、とアルルは抵抗をやめた。
未知の空間移動に怯えたわけではない。彼女は以前空間移動を経験したこともあり、だからこそ空間移動中に干渉を行えば術者に大変な負担がかかることを知っていたからだ。
いくら突然連れて行かれたとしても、先ほどの黒子という少女が攻撃に入る様子はなさそうなら彼女を傷つけることはやめておこう、と。

アルル(そういえば、シェゾはどこにいるんだろう。サタンはこの様子に気づいてるかな)

 

 

風紀委員第177支部。彼女たちがやってきたそこでは何人かの学生たちが忙しそうに動き回っていた。
アルルは最初、もともといつも忙しいものなのだと思っていた。だが隣の黒子を見るとそうでもないらしく、「何かありましたの?」と近くにいた眼鏡の女性に声を掛けていた。
その女性の奥のほうでは花飾りを付けた少女が懸命にキーボードを叩いていたが、元の世界とこの学園都市の文明の発展度は著しく開きがあるために、それが何をしているのか、アルルにはわからない。

固法「謎の女性が現れたらしいわ。髪は水色の長髪、年齢は20前後、身長は170程度、服装は…チャイナドレスを動きやすくした感じといえばいいかしら。
   言動が変だから声を掛けたら一人変なこと言って逃げたらしいわ」

黒子「はあ。それで彼女の捜索にあたっていますのね。言動が変、とは?」

アルル(……それって)

固法「別の世界からやってきたとの主張をしているそうね。学園都市のことも知らぬ存ぜぬで通していて
    能力とレベルを聞いても何それ?と。ええと、偽名くさい名前なら名乗っているのね。確か」

アルル「ルルーじゃない!?」

突然アルルが会話に参加したことで二人の会話は途切れた。
大声を出した余波として沈黙が漂い、支部の人たちの視線がいっきに彼女に集中する。しかし黒子と固法の驚きは彼女ら以外の支部のものとは別だった。

固法「……え?」

黒子(別の世界と申す方がこの子以外にもう一人……?それに、あの冗談ではなさそうな言動…しかし…)

アルル「ボク、アルルって言うんですけど…ボクも別の世界から来たんです!ええと…けどどうやってそれを証明しよう…?
     とりあえず、ボクとルルーはそこの世界のともだちなんだけど、うーん……」

固法「それで白井さんが連れてきたのね、ルルーさんで間違いないわ。
    けど、あなたが別の世界から来たというのはにわかに信じられないわ。数年前には異世界から来たと主張して無能力者の冠を無くそうとしたスキルアウトたちだって居たのよ」

アルル「…そっか。けど、ボク…!!」

そこにぽつりと投下されたのは黒子の声だ。

黒子「アルルさんとやら」

アルル「え、なあに?」

黒子の心の中に引っかかっているのは、彼女が使用しているアーマーだ。確かに異世界を装うために作るくらいは出来るものの、使い古した感じは服装に違和感を感じさせない。
それに、不本意ながら自分は恐ろしき風紀委員だということで知られているが、スキルアウトではないのならあのなれなれしく話しかけてきた様子も理解できてしまうのだ。
2割くらいなら彼女の言うことが本当だと思える気がする。その物語に引っかかってやりますわ、と彼女は思った。


黒子「あなたが居たと主張される『世界』の事、お聞きしてもよろしくて?」

支部の端っこで、4人掛けのテーブルに3人の女がつく。…といえば人聞きはいいが、悪く言えば喚問そのものだ。アルルの隣に黒子が座り、彼女らに向かい合って固法が腰掛ける。

アルルは出来る限りの言葉を用いて説明をした。
はじめに簡単に自分について説明した。過去に2回、別の世界に飛んでしまったことがあり、そのうちの一度がこの世界に非常によく似た世界だったこと。
自分が居た世界はもっと森や山や川にあふれていて、モンスターと人間が共存していること。「ぷよ」と呼ばれるモンスターたちがその飛んだ世界に降ってきて困ったこともあったとも伝えておいた。
半魚人たち、耳の長い小人、よくわからないゾウやなすびのモンスター、魔法使いの一族。

と、そこで黒子は遮った。

黒子「……魔法使い、ですの?」

アルル「あっ、魔導について話してなかったか…ってことは、この世界って魔導は存在しないの?さっきのテレポートはなあに?あれすごく精密だったから驚いちゃったんだけど」

魔導とやらは存在しませんわ、と黒子は答えて、続きを促した。自分の空間移動が褒められたことは確かにうれしいが、論点はそこではない。
そして、彼女がこの際空間移動について語らなかったのは一つの理由がある。
彼女はこの街で初めて自分と話したらしいのが、記憶に残っていたのだ。もし、万が一それが本当ならば学園都市のことを知る筈がない。だから学園都市についての話題が出たらその時点で学園都市内の人間とみなし、不法侵入罪で拘束する。学園都市の話題を出さずに彼女の話の正誤や矛盾を確かめる。そのつもりだった。

アルル「魔導っていうのは、人やモンスターが使えるチカラのこと。それを使いこなせる人が魔導師って呼ばれてて、ボクはそれを目指して魔導学校に通ってたの。正確には古代魔導学校っていうんだけどね。
     魔導っていうのは体の中に溢れる魔導力を練って練って1か所に集めて発射する感じかな。いろいろあるんだけど…簡単なのはファイヤーとかアイスとかヘブンレイとか…って、ああ!?!」


突然アルルは絶叫する。ようやく気付いたのだ。魔導が存在しないのなら、魔導を使えばいいこと。黒子や固法も同じことを思ったようで、顔を見合わせた後アルルに言った。

固法「ならアルルさん、魔導を見せてくれるかしら。出来れば何種類か」

アルル「わかった。えっと、じゃあガラスのコップってある?」

黒子「はあ?ありますけど」ヒュン

数歩歩いてガラスのコップに触れ、自慢の空間移動でそれを彼女の前に置いた。

アルル「あれ?テレポートは触れないと出来ないの??ボクはテレポート使えないけど、こっちの世界ではレベルによっては触れなくても出来るんだ…と、とりあえずやるね。」


ホット!と彼女は鋭く叫ぶ。その時突然虚空から水がばっと降ってきた…いや、正確にはコップの上にのみ、熱湯が。コップの半分くらいまで注がれた湯はほかほかと温かい湯気を放っている。
続いて彼女はコールド!と叫んだ。ホット同様に虚空から現れてコップに降り注いだのは、小さな氷の塊だ。何度か落としているうちに湯気はどんどん消えていく。
最後に彼女がショック、と叫ぶと、ばちりと水が帯電してぱりぱりと電気を覆う。

アルル「うーん…こんなもの?」

見ていた二人は言葉もなかった。

固法と黒子は目をぱちぱちと瞬かせている。
会話の流れに任せて魔導とやらの使用を頼んだのはこちらだが、まさか本当に複数の力を使用してくるとは思ってもいなかったのだ。
ホットとコールドだけなら空間移動や温度変化系能力でギリギリ説明がつくが、仕上げに電撃使いときたら驚くしかない。

アルル「これはごく初歩的な魔法で、わりと練習すればだれでも使えるようになる技かな。
     他には光出したりとか、脳みそぷー…えっと、混乱させたりする技もあるけど…って、聞いてる?」

瞬き以外身動きひとつしない二人にアルルはむくれながら返答を促した。それに応じていち早く我に返った固法は「初春さん!」ととある少女の名を呼ぶ。呼ばれた初春は顔をひょこっと出して、何でしょうと答えた。

固法「調べてほしい能力があるの。彼女、お湯と氷をこのコップの上に連続して投下させたわ。そのあとに発電能力らしきものまで使っている。頼めるかしら」

初春「はい、大丈夫ですけど……多才能力でしたとかいうオチはありませんよね?」

アルル「……○に尽きる?」

黒子「マルチスキルですわ」

我に返った黒子が鋭く突っ込みをいれる様子を見て初春はそれはないかと推測した。

初春(発電が可能で、何もないところからお湯や氷を落とす…)

今までパソコンに向き合ってきて疲れた目をほぐすために目をくりくりとかいて、彼女は本格的に『書庫』の膨大なデータと向かい合う。

固法「これで能力が見当たらなかったら正真正銘異世界から来たことになるのかしら……他の能力はどんなものが使えるの?」

アルル「さっき言ったんだけどやっぱ聞いてなかったのかあ…光だしたり、混乱させたり。さっきのと同系統の技で言ったら、炎の渦とか電気で一閃することも出来るよ。
     けどこれ以外はちょっと魔法が大きすぎてここでは使えないと思うけど」

固法「外なら使える?他にも使えるなら知っておきたいわ。」

あの子に検索してもらってるけど、あれだけじゃしばらく時間がかかりそうだから、と固法は付け足した。
初春は真剣にパソコンに向き合っていて、指を指した固法に全く気がついていない。
アルルはパソコンのことがよくわからなかったが、あれで人物を特定しているということに驚いた。学園都市にいる生徒はあっても一つの能力しか持たない、という絶対的なルールを知らないのも大きな理由だったが、あの機械の中に全員の情報が入っているとは信じられなかったのだ。
アルルはパソコンに視線を向けたまま首を小さく傾げた後、会話に意識を向け直す。


アルル「場所の広さにもよるけど、たいていは使えると思うよ」


黒子「外で使えるとおっしゃるなら、わたくしと戦ってみませんこと?」

アルル「え?うん、構わないけど」

唐突に話しかけた黒子は、もちろん傷つけるつもりはございませんわよ、と予め前置きをして、謝罪の言葉とともに右手を差し出す。

黒子「話の真偽はまだ証明しきれておりませんが、今の様子ですと貴方は無理に連行しなくても来て下さったかもしれませんわね。
    派手な連行をしたこと、お詫び申し上げますわ」


小さな右手は、それでも十分に彼女の警戒心が薄れたことを主張していて、また同時に黒子の口元はすこし笑っている。
愛想笑いではなく、自然な微笑みだった。瞳も先ほどの鋭さと比べると非常に優しい光を持っているように見える。
それに気付いたアルルは、にこりと笑って、

アルル「親善試合だね!」

応戦を決めた。

 

 

 

黒子と固法とアルルの3人は広い第七学区をゆっくりと歩いていた。
はじめ黒子は空間移動で連れていくと言ったのに対して、アルルがこの街を見て回りたいから歩かせてほしいと言ったのが理由だ。
そんな訳で3人組はときどき立ち止まりながら最寄りの大きな公園までの道のりを楽しんでいる。

アルル「最初のところ、学舎の園って言うんだっけ?あそことはずいぶんと違うんだね」

黒子「あそこは別の街と思った方がよろしいかと。女子校5つとその寮、日用必需品が売ってる店程度しかありませんが、雰囲気はだいぶ異なりますわよ」

固法「お嬢様学校ばかりだから高級感が漂っているでしょう?白井さんもその学校の一つに通っているのよ」

アルル「へえ、すごーい!そことこことはどれくらい距離があるの?」

黒子「十五回程度は飛びましたから…ざっと600から700メートルですわね。」

アルル「距離を短くして何回かやってるんだね」

アルルのことはだいぶ信頼することができそうになってきたが、学園都市の核心的な部分に触れるのは、黒子にはまだ若干の抵抗が残っている。
初春の結果が出次第全てを話そうとは思っているものの、実際に結果が出ない限りはどうしようもないから、黒子はむず痒い。


それにしても、異世界ときた。
初対面でアルルに言い放った通り、科学の街で異世界の話を持ち出すなんて軽くぶっ飛んでいる。

けれど一人、そのぶっ飛んだ話を語り、証明してみせようとまでするひとが居る。
アルルと名乗る、この少女。
彼女の服のポケットにも背負っていた小さなリュックサックにも、学舎の園に入ってくるときに必要になる学園都市のIDカードが見当たらない、茶髪のポニーテールの女の子。
異世界から来たと主張して、屈託のない笑顔で矛盾ひとつ無い話をぽんぽんと口に出す、この少女は。

黒子(……パラレルワールド?それにしても、そんなこと)

一体何者なのかと問われると、異世界から来たと言った方がしっくりきてしまうのに、非科学的すぎて理解できない。

そんな黒子の様子をわかったのかわかっていないのか、アルルは話題を逸らした。
行き先の斜め右前を指差して二人に尋ねる。

アルル「あそこに見えるひときわ高い建物は何?」

固法「セブンスミスト。ここら一帯ではかなり大きなデパートね」

アルル「でぱーと??塔とは別だよね」

固法「店がいくつも一つの建物の中に入っているものをデパートと言うんだけど……あなたの世界にはなかったの?」

アルル「ん、買い物はほとんど商店街だったかな。ダンジョンの中にもお店はあるけど」

黒子「ダンジョン?」

アルル「遺跡とか洞窟とかのこと。モンスターが棲みついてて、襲ってくるときもあるんだけどね」

さらっと恐ろしいことを説明する彼女に、黒子は思わず歩みが止まりそうになった。



ただでさえ短距離の道のりを会話しながら歩くと本当にあっという間についてしまい、公園のベンチにアルルはリュックをおろす。
もう着いちゃったのか、と彼女は残念そうに呟きながら、大きく身体を伸ばした。

一面野原のこの場所なら問題ないかな、とアルルは思う。黒子は出発する前に自分はかなり優秀なほうのテレポーターだと自負しているから遠慮はせずにどうぞと言っていた。
転移の優秀さは、前の世界にいたアルルも知っている。手で触れてという条件付きとはいえ、自分以外も動かせるならなおさらだ。
きっと大きいものを相手の近くに転移させて動きを封じることもできるし、鋭いものを自分の身体に転移させてダメージを与えることもできる。

アルル(…けど、せっかくの親善試合だもんね。あっけなく負けはしないよ!)

心の中でそう意志表明をしている……はずだったアルルだが、実際にこぶしをぎゅっとにぎっているから周りに感情がバレている。
その様子を黒子は見やって、こちらも負けはしませんわと心の中でそっとメッセージを送る。

さて始めようといったところで、アルルと黒子は試合を始めるタイミングをなかなかつかめない。じゃあ始めようかと言ってもすこし照れくさくて、つい始めづらいのだ。


固法(アルルさんの正体がどうこう抜きに、二人ともすっかり仲良しじゃない)

そんな二人をすこし離れた場所から見つめていた固法は、小さく笑った。
私が合図をしましょう、と声を掛けると、待ってましたと言わんばかりのきらきらとした視線に若干気圧される。


固法「じゃあ行くわよ……試合開始!」


アルルと黒子はようやく同時に動き出すことができた。

転移なんてされたらスピード勝負ではアルルに勝ち目などない。
だから彼女は速さを競うのはもともと諦めていた。

アルル「アイスストーム!」

空間移動でアルルの背後にまわって一気に決着をつけようと思っていた黒子は、強烈な寒さに思わず動きが鈍った。
蹴り上げようとした足は、ギリギリ間に合ったアルルの技の影響で急速に凍えていって勢いは止まる。
アルルは周囲360度に氷雪の嵐を起こして、近づいた黒子に対応させたのだ。

ようやく背後の黒子に気づいたアルルも、ゆるい勢いとはいえ至近距離からの蹴りを防ぐことはできずに立っているバランスを大きく崩される。

アルル「っく、ライト!」

強烈な光が近くで炸裂して、アルルも黒子も視界を一時的に失う。だがその間にアルルは体制を立て直し、黒子は太腿に巻きつけた針を自分の手に移動させる。だが、それだけだった。
黒子は転移に座標を指定する必要がある。アルルの居場所がわからないのにこの針を打ち込むのは非常にまずい。
下手すれば彼女の心臓に突き刺さる可能性だって否定できない。親善試合とやらに殺人はいらないのだ。

そこで黒子に一瞬思考の時間が出来る。

黒子(やはり多重能力者と言わないと説明がつかない……!?威力もきっと今のは牽制程度。想像以上に使用する能力の幅が広そうですわね…!)



アルル「ダイアキュート!」

そこに光の中から一つの声が響いた。
黒子に警戒が走る。
どんな攻撃が来るか、と彼女は攻撃の方向を探すために回復しかけている視界に目を凝らす。
そして影程度しかわからないけれども視界が戻った時、黒子はアルルが両手を大きく上に掲げていることに気付いた。

――攻撃が来る。
急いで黒子は回避のためにもアルルの背後に回ろうとするが。

知らないとはいえ彼女は致命的なミスをした。ダイアキュートは攻撃技ではないこと。そのため、先ほど手を上に掲げていたのはダイアキュートの技のためではないこと。

アルル「ファファファイヤーストーム!!」

ダイアキュートの効果は、次の呪文の威力を増幅させること。
背後にふわりと現れた黒子の周囲は高温の炎に覆われていた。

黒子(やはり二度も背後に回っては動きが読まれてましたわね……!)


いきなりの高温に一瞬で汗が滴り落ち出すが、この程度で動きを止められた白井黒子ではない。即座に自分の座標を移動して灼熱地獄から逃げ出す。

それでも、もう少し転移が遅かったらと考えると黒子は少しだけほっとした。今のが転移の限界だ。
あれ以上行動が遅かったら暑さに精神がやられて転移が出来なくなっていただろう。
アルルはスピードに関しては諦めていたものの、結局は完全なるスピード勝負だった。



黒子は先ほどとは異なり、ギリギリまでアルルに近づけるよう転移した。
先ほどの氷雪の嵐が黒子に間に合ったのは、黒子が蹴りを入れるためにアルルと若干の距離をとっていたからにすぎない。
それなら間に合わないようにするだけだ。

ほんの数センチ程度指を動かせばアルルに触れられる距離に現れた黒子は、軽くアルルに手の甲で触れる。
それだけでアルルは気がつけば横になっていた。
アルルはほんの一瞬こそ格闘技の一種かと思ったがすぐに状況を察する。ごく短距離の転移で横にさせられたのだと。
なんだかんだでいろんな危機を乗り越えてきた彼女の状況判断能力はかなりのものだった。

その彼女は、黒子が針を両手に何本か持っていることに気づく。


アルル(やばっ!?そっか、最初にテレポート使えないって言っちゃってたっけか!)

素早く状況を整理するものの、横になっている自分の身体に黒子が馬乗りになっているため、なかなか立ち直れない。

アルル(それなら!)

アルル「アイス!!」

黒子の針が一本ずつ虚空に消えていき、アルルの服のみを丁寧に突き刺していく。
左手だけで辛うじて発動した氷の魔法は威力もだいぶ小さくなっていたが、それでも魔法は発動した。
しかしそれと同時に針は左手のリストバンドにも食い込む。


片方は両手足と腹部の服を針で固定された。
もう片方は腕から先と足を凍らされた。
両方とも次の行動ができなかった。

アルルは攻撃魔法は手を必要とするから拘束を解除する手段もないし、黒子は手が凍らされているために移動は出来てもそこから先が何もできない。
互いにどうしようもなかった。引き分けである。


黒子「……両者とも手詰まりですわね」

アルル「そうだね、引き分けだ」


それを見た固法は、二人だけでは体勢を元に戻せないと知り急いで彼女らの元へ駆け寄る。
黒子はアルルの隣に腰を下ろすように転移して、固法はアルルの服に食い込んでいる針を一本一本抜いていく。
そして自由になったアルルは黒子の両手足を拘束する氷を温かい湯で溶かした。


アルル「えっと…たぶん凍傷出てるよね。ごめんね、ほんとはもっと調節して
     内部は水にするつもりだったんだけど、切羽詰まって強くなっちゃった。痛む?」

黒子「そこまでではありませんが、多少の痺れは……」

アルル「わかった」

ごめんね、と重ねがさね謝るアルルに、黒子は腕のぴりぴりとした軽い痛みを抑えつけた。
しかし、何がわかったのか、黒子が尋ねようとするとアルルは一言、

アルル「ヒーリング」

そう声を出した。すると、ふわりと淡く輝く光が黒子の両手足を包みはじめる。
きれいな光だ、と黒子は素直に思ったが、直後に自分の身体の異変に驚きを隠せなくなる。
痛みは全くなくなっていた。それどころか、空間転移の影響の気疲れすらもほとんど感じないほどに体力がもとに戻っている。


アルル「これ、回復魔法なんだ。もう大丈夫かな?」

本日幾度目かもう数え忘れたが、黒子は驚いた。大丈夫を通り越して完璧な体調だ。
感謝しますわと彼女は礼を言い、固法の方を振り返って言う。


黒子「……これは、本当に異世界から来たのかもしれませんわね。先輩も見ましたでしょう?今の能力、全部」

固法「そうね。最後のヒーリングっていうのなんて初めて聞いたわ」

アルル「回復魔法にも、アイスとアイスストームみたいな能力の強弱があるんだよ。
     今のは一番簡単なものだけど、出血が止まらなかったりしたらガイアヒーリングってほうを使うことが多いかも」

魔翌力を結構消費しちゃうからヒーリングばっかりだけどね、とアルルは無邪気に笑った。
固法と黒子はいよいよ信じるしかない。二人の戦闘中、固法の携帯に一通のメールが入っていたことも真偽を明かしている。
初春から、「どれだけ甘く検索かけても、やはりそのような能力は見当たりません」と。

ぽつりと黒子は言葉を漏らした。


黒子「……本当ですのね、貴方の話は」

アルル「信じてくれる?まあ、さすがに信じがたい話ではあるよね」

固法「あなたの能力がその話を証明しているのよ、はいどうぞ」


完全に回復した身体で近くのベンチに腰掛け、アルルにも同様に促す。
固法もジュースを黒子とアルルに一本ずつ渡して、黒子の隣に腰を下ろす。

ここではじめて黒子は学園都市について語った。
ここら周辺は学園都市と呼ばれる大きな街だということから、能力を開発すること、それが一人に一つしか宿らないことまで。
七人の超能力者、自分が大能力者であること、約六割が無能力者であることなども触れておいた。
途中、超能力者の件で黒子がとある一人の少女を語りすぎて暴走して固法に取り押さえられるという事態も発生したが。

書庫には生徒たちとその能力がデータ化されて全て登録されていることを話すと、アルルは不思議そうな顔をした。

アルル「データって…テレビみたいなあれ?」

黒子「テレビもデータといえばデータですわね。機械に0と1で記された暗号や赤・黄・青を読みとらせて、色や文字を表示させるのです。
    情報を詰め込んでいるだけなので、紙のようにかさばることもないためにこれくらいの小さなものにも膨大なデータが収まりますの」

アルル「へえ~、すごいや」

黒子は自分の携帯電話を見せながら解説する。
常識だと思っていることを言葉で説明することは思いのほか難しいが、ギリギリわかってくれているようだ。


アルル「これはだあれ?」

携帯の待ち受けを指差して、アルルは単純に疑問を持ち尋ねたのだが、

黒子「そう!これが!先ほど語りました御坂美琴お姉様ですの!この麗しき瞳と凛々しき表情ッ!!そしてこのぷるぷるの唇…!!ああん、黒子がきっと頂いてみせましょう!そして願わくは(以下省略)」

黒子はマシンガントークモードに入ってしまい、少し質問したことを後悔した。

固法は苦笑しながらアルルに告げる。

固法「白井さんはこうなると止まらないから……私たちは一度支部に戻るけど、貴方も一緒に来てもらえないかしら?」

アルル「うん、行くあてもないし大丈夫だけど。何かあるの?」

固法「先ほども言ったけど、支部では貴方の知り合いらしき女性の捜索が急がれているわ。
    彼女の情報を一番知っているのは貴方じゃないかしらと思って。協力を頼みたいの」


アルルはようやく彼女のことを思い出した。
元の世界の話を信じてもらうのに精一杯で今まできれいさっぱり失念していたことに、心の中でルルーに謝る。
ゴメン、今度カレーおごるから!と。

アルル「それならボクから協力させてもらいたいくらいだよ!
     ボクも元の世界に戻る方法を見つけたいから、こっちに来てる人とは早く合流したいし」


ありがとう、と固法は笑った。
そして「ほら白井さん!!」と花園の世界へ旅立っている黒子の耳を引っ張って現実世界へ呼び戻す。

固法「幸い、うちの支部の近くで姿を見せているそうだからなんとかなるんじゃないかしら。
    もう一度情報を得なおしましょう」


アルル「うん!」

 

 

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一方その頃。インデックスは一人の少年を探して第七学区をふらふらと歩き回っていた。
そこまでして探す理由は、空腹に耐えきれなくなったからという単純なものだ。

禁書「うう……とうまひどいんだよ用事あるからっていってお昼ご飯だけおいていっておやつを置いてかないとかありえないのに楽しい楽しいティータイムしたいんだよねぇスフィンクス」

にゃあ、と猫は賢く返答するが、その言葉に同意しているわけではなさそうだ。
むしろ不機嫌なのか、インデックスにしっぽをむけて耳を前足でかりかり掻いている。
それも、空腹に耐えかねたインデックスがスフィンクスの魚肉ソーセージを食べたからなのだが。


そんなこんなで上条を求める一人と一匹はみた。
長い耳、丸っこいを通り越してただ丸い体、額には赤い宝石のような石がついている黄色いものを。

十万三千冊もの知識を有するインデックスの頭に数え切れないハテナが浮かぶ。

インデックス「な……なにあれ?生き物……だよね?」

スフィンクスはにゃあと鳴く。
何を言ったのかインデックスにはわからないが、その声に反応して、黄色い生物はくるりとこちらを向いた。

??「ぐうー」

スフィンクス「にゃあ」

??「ぐぐぐっぐーぐぐー、ぐう」

スフィンクス「にゃあ、にゃー」


禁書「…………全然わからないんだよ」

いくらインデックスといえど人間語以外は理解できず、頭の中のハテナはどんどん増えて行くばかりだ。
そこに、その疑問をどうでもいいと言わんばかりに、彼女の空腹感が自己主張を再開しだした。

禁書「…けど、おなかへった」グー
??「ぐうー」グウー

禁書「!!きみもおなかへってるの?」

??「ぐう!」

禁書「じゃあ、一緒にとうまを探そうよ。ごはんくれるんだよ」

??「ぐーっ!」



改めて、上条当麻を見つけ隊、一匹(?)プラスアルファバージョンは上条の捜
索に忙しい。
空腹で倒れるまでがタイムリミットだ!いそげインデックス!

……とばかりに自分を鼓舞するものの、空腹で力はどんどん落ちていく。
お昼ご飯はとうの昔に消化されきっていて、胃液だけが痛い。



と、ぐーぐー鳴いている黄色い生き物が動き出した。
ぐ!と一声なにやら叫んだ後、一直線に人ごみの中に走り出す。

??「ぐーーーっ!!」

禁書「!?待つんだよ!わたしはそこまで早く走れないし何よりおなかがすきすぎてこれ以上……」


そんな言葉とは裏腹に黄色い生き物は人ごみに消える。
唯一の情けというべきか、スフィンクスはインデックスの隣に座り、しっぽをゆるく振っていた。


禁書「ううー……」

何やらよくわからない出会いとその直後に訪れた何やらよくわからない別れのせいで、ただでさえ残り少なかったHPは最早ゼロ近い。
インデックスは食い倒れの悪寒に震えたが、そこに二つの影が現れる。

??「ぐうー」グゥー

??「はぁ……カーバンクルが呼んでるからサタンさまだと思ったのにこんなちっちゃい子なの?
    空腹で耐え切れなくて倒れてるってところかしら」


別れたはずの黄色い生き物と、水色の長髪が印象的な女性が彼女の前にやってきていた。

カーバンクルが連れてきた女とカーバンクル自身を何度か見比べて、インデックスはきらきらと効果音が出そうなくらいに瞳を輝かせた。
おなかへった。
何も言わず、けれどぐぅ~という腹の音は隠せずに、インデックスは言いたいことをきっちりと伝えてくる。

ルルーはあまりの期待のされかたに思わず、――

ルルー「本来貴方を私が助けても何の得にもならないんだけど……カーバンクルが居るのなら放置するわけにも行かないのよね。
     あんたこの街の人?」

禁書「……?違うよ。この街に来てから結構経ってるし、とうまの学生寮に居るけど、ここで育ったわけじゃないかも」

ルルー「まあこの街のことはある程度知ってるのね?ならいいわ。
     私は初めて此処に来たんだけど、何が何やらさっぱりなのよ。それについて教えなさい」

禁書「…………そしたらご飯くれる?」

ルルー「その程度なら構わないわよ。カーバンクルも来なさい」


――インデックスに食事を与えてしまう。それが致命的なことになることも知らずに。
インデックスとカーバンクルは抱き合って大喜びしながらよくわからない歓喜の声をあげて喜んでいる。


ルルー「と、いうわけであんた食事出来るところに案内しなさい」

禁書「…歩けないかも」

ルルー「はあ!?」


とはいえ、まだ食事への道は長そうだ。



アルル・ナジャと白井黒子は不穏な状況での邂逅から一変、町の案内と人探しという小さな冒険を作りだす。
一方で、インデックスをルルーがおんぶした形で、ルルーとカーバンクルとインデックスの食事探しの短い旅は始まる。

この二つが交差する時はじわりじわりと迫っている。
そして、それとは別の新たな交差もまた、この学園都市で始まろうとしていた。

ルルー「ここでいいのね?」

禁書「ありがとう!!はいろはいろはいろ~!!」

カーバンクル「ぐーぐーぐー!!」

ルルー「二重奏しない!ええいさっさと入りなさいよ鬱陶しい!!」



と、なんだかんだでレストラン、ウエイターさんの真ん前にて。
何が食べたいのかとルルーが聞いたら、インデックスは何食べてもいいのかと嬉しそうに尋ね返して。
普通何食べてもいいでしょと疑問に思いながらルルーが肯定の意を返したら、インデックスはメニューを片っ端から指差していった。
思わず絶句しながらもルルーはカーバンクルのためにカレーをとりあえず十皿くらい注文してから、自分のパエリアを頼む。



ルルー(……まあ、お金なら有り余ってるから問題ないもの)

とはいえ、カーバンクルに対抗できる程の大食いなんて初めて見たのだからルルーは驚きを隠せない。

一匹と一人の食事の光景に思わず胃を抑えかけながら、ルルーはようやく本題を切り出すことにした。


ルルー「それで、ここはどこなのかしら」

禁書「んぐんぐ、ほえ?あなたはどこから、んぐっ、来たの??」

ルルー「それが、」


別の世界なのよねえ、と。


ルルーは何気なく、買えばなんとかなる落とし物を探すような口調でとんでもないことを言ってのけた。
インデックスはへえそうなんだと思いながら最後の一口のハンバーグを口に運びかけて、数秒して目の前の女の言葉を理解した後、固まった。

禁書「…………………えっ?」

ルルー「少しばかりインパクトが強すぎたかしら。まあ私も三度目となれば驚かなくなっちゃったのよ」

禁書「……驚かないどころの話じゃないんだよ?とうまの右手並に信じられないかも」

ルルー「まあとりあえず信じなさい。それで?ここはどこなのかしら」

禁書「…………にわかに信じられないけど……ここは学園都市だよ」

ルルー「学園都市??」

禁書「えっとね、『学園都市とは約230万人の学生と教師による日本国東京都を中心とした巨大な都市であり……」


インデックスは以前調べたり聞いたことのある内容から、学園都市についてのあらゆることをすらすらと述べていく。
ルルーがその言葉を噛み砕く際に何度か呼び止めたこともあったが、彼女の完全記憶能力のおかげか、学園都市の人間ではないインデックスは、それでも何一つ矛盾点や疑問点が浮かばない完璧な解説をしてみせた。

ルルーも、実はこの都市内にいるアルル同様に、二度目に訪れた町を思い浮かべる。
飛んできた場所は違うものの、後にアルルと合流した後に訪れた町はそういえば「ニホン」と呼ばれていた気もするし、町の雰囲気もなんとなく通じるものがある。


ルルー「なるほどねえ……」

禁書「なんか質問とかあったら答えるよ?私は一応ゲスト扱いだから答えられることはあまり多くないと思うけど」

ルルー「大丈夫よ。
     とはいえ、信じがたいわよね。チカラがほとんど全員が頭いじくらないと何かしらのチカラは使えないわけ?それも一種類だけなのね。
     私は使えないけど、私の周りには何種もの魔法を使いこなすやつがわんさか居るのに」


その言葉に再びインデックスは驚きを露にした。

禁書「……え?魔術師………?」


インデックスの中では、魔術と科学は完全に分断されている。
「とうま」こと上条当麻は例外的にそのどちらにも属しているが、学園都市について話すにあたっては完全に科学サイドについてしか考えてなかった。
それなのに、突然「魔法」と、魔術用語が出てきたのだから。

禁書「……?魔術師なの?あなたの知り合いって」

ルルー「? 魔術師って単語は聞かないわ。魔導師、かしら。アルルっていうこの黄色い子の保護者はまだ卵らしいけど」



禁書「…………え」


それなのに魔法はばんばん使ってくるのに、と不平を漏らすようにルルーは、インデックスの変化に気付かず呑気に付け足した。


ここでルルーとインデックスの「魔導師」の解釈は大きく異なっている。
ルルーのいう魔導師とは何かしらの現存する魔法を使いこなすだけでなくさらなる進化を求めて改良を加えていく魔法使いである。
一方でインデックスのいう魔導師とは、原点やその写本などから学び得た知識を後世へ残していくものである。

どちらにせよ魔法を扱う者の中でかなり上位に立つ者、ではある。



しかし、その定義のずれを指摘することは出来るものはこのレストランになんか居るはずもなく、互いに共通した知識があるという勘違いだけがここにある。


ただの学園都市の人間ではないインデックスには問題があった。自身の立場についてだ。
禁書目録として十万三千冊の原点を所有する彼女にとって魔導師は危険な存在だ。


禁書(……どうしよう、別の世界から来ただなんてあまりにも坦々と言ってたから、私の知識に無くても信じかけてたけど、
    魔術を知ってるだなんて…ハッタリだったのかも)



その様子にルルーは気づかない。
インデックスは普段はのんびりとしているように見えても緊急時には冷静な判断を下す。その判断が命取りにならないように思考を隠すことも難しいことではなかったから。


ルルー「そういえばアルルの名前だして思ったのだけれど、まだ名乗っていなかったわね。私はルルーだけど、貴方の名前は?」

禁書「……私は、――――」


けれど、インデックスは言葉に詰まってしまう。


全く別の世界が交差するというとんでもない事実がもたらす被害は大きい。
誰が悪いというわけでもなく、ただ両者に通ずる知識が不足しすぎているだけだった。禁書目録でさえも。

ふと言葉を紡ぎだせなくなった目の前の少女にようやく気付き、ルルーは少し驚いた。
あまりこの少女が名前を出せない程の理由があるように見えないのだ。


ルルーはしばらく黙った後、敢えて何も問いたださずに話をそらした。

ルルー「まあどうでもいいことね。とりあえずはカーバンクルが居ることですしアルルを探したいの。
     あんた、この街の案内できる?」

禁書「……ごめんね。とうまに何も言わずに出てきちゃったから、はやく帰らないといけないかも」


その言葉の裏に「アルルという魔導師がもし自分を狙っていて、自分の顔を知っているのなら会いたくない」という意図があるのだが、ルルーはそこまでは気付かない。
インデックス自身も彼女が悪い人だとは思っていないが、万が一を考えると危険は避けて通るべきだ。



禁書(―――それに、何かあったらまたとうまに迷惑かけちゃうしね)

あの一見頼りなさげに見えるがとても心強い少年を思い出しながら、インデックスは別れの道を選んだ。


ルルー「あ、そう。まあいいわ。けれどこのカーバンクルは頂いていくわね」

カーバンクル「ぐぐー」

禁書「うん、また縁が会ったら一緒にごはん食べようね、カーバンクル」

カーバンクル「ぐー」


インデックスは短い時間で知りあった奇妙な仲間と別れを惜しんでいるつもりなのだが、カーバンクルはまだまだ食べられるらしく13杯めのカレーに取り掛かっている。
その様子をみてもう少しカレー食べようかな、とインデックスは何気なく思って。


そこでふと単純な問題に気付いた。
けれど、もしルルーの話が本当なら、とてつもなく重大な問題だ。

禁書「あなたって別の世界から来たの?」

ルルー「はあ?何度も言ってるじゃない。そうよ」





禁書「………おかねは?」

 

ルルー「……………あ」

禁書「…………………………あなたが持ってるお金は使えないのかな」

ルルー「……これは使えるかしら」

禁書「……そんなお金見たこと無いから無理かも」



ルルー禁書「「…………………」」


ほんの数十秒で空気は冷めきって、カーバンクルがたてる皿の音だけがかちかちと響く。


禁書「これって……無銭飲食だよね」

ルルー「……そうね」

禁書「…………どうしよう。ケイタイデンワーっていう連絡するのがあるけど、わたし使い方わからないし」


ルルー「……携帯電話?」


ルルーはふとその言葉に反応した。

そういえば、少し前にこことは別の世界に飛んだとき、皆がその携帯電話なるものを使っていたのだ。
すべての機械に番号が振られており、番号を押すとその番号の者に連絡がかかるらしいが。
ルルーはアルルがとある赤髪の少女のを借りて扱うのを横で見ていただけなので使ったことはないが、わりと簡単な操作だった気がする。


ルルー「それ、私が二度目にとんだ世界で見たことがあるわ。貸しなさい」

禁書「え?うん、いいけど……私に使い方聞かれても何も答えられないよ?」

ルルー「記憶のルルちゃんを舐めないで頂戴」


ぺろりと舌で上唇を舐めて、ルルーはきわめて魅力的に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
そんなルルーの言葉にインデックスは、むぅ、と頬を膨らませて「私だって記憶力は自信あるもん」とぶつぶつと不平を漏らす。
もっともそのトンデモ記憶力は科学技術に対応しきれていないから意味が無いのだが。

ルルー「確かこの十字のどれかを押して…と、違うわね。じゃあ次は……あ、これかしら」


機械の扱い方がわからないインデックスも押すボタンしかわかっていないルルーもわからなかったのだが、それは着信記録の一覧だった。

一覧から現れた名前は全てが「上条当麻」だ。
ルルーはその少年が「とうま」と呼ばれていたことからもこれかと推測しつつ、念のためインデックスに確認をとる。
インデックスはそれそれ!と大きく頷き、ルルーによって通話ボタンを押された携帯電話を受け取った。


つー、つー、という音がインデックスの耳に響く。
しばらく機械音が続いた後、ぷつりと音がして、彼女が聞き慣れている少年の声が聞こえてきた。


上条「……インデックス、なのか?」

禁書「あ!とうまだ!うん、私だよ!」

上条「突然どうして……もしかしてまたなんか事件が起こったのか?っていうかお前携帯使えたのか……」

禁書「ケイタイデンワーはね、ルルーにかけてもらったの!
    いろいろあるといえばあるんだけど、とりあえず第七学区のレストランに居るから来てほしいかも。夏休みに読書感想文書いたとこ」

上条「はあ?ルルー??とりあえず俺今から教室掃除してから行くから、30分はかかるぞ」

禁書「うん、じゃあ待ってるね。あのね、お金が無くて食事代が払えないの」

上条「ん、わかった………………って、はあああああああ!?」


ただでさえ貧乏生活を送っている上条がその言葉に反応するのは言うまでもなく。
そもそもなんで払えないのにレストランに入ったんだ、という至極真っ当な疑問すらどこかに飛んで行ってしまっている。


禁書「ルルーがおかね持ってると思ってたら持ってなかったんだよ。だから待ってるね」


インデックスはふと、あの少年がこれだけの食事の代金を払えるのか疑問に思いながらも、ルルーに携帯を渡した。
インデックス限定なら辛うじて行けるかもしれないが、ここにはカーバンクルが居て、二人に比べると少ないがルルーも食事をとっている。

禁書(……無理かも?)

ルルーはそんな懸念も知らず、電話の終了ボタンをよくわからずに長押しして、携帯電話の電源が切られた。

上条「おい、インデックスちょっと話を聞かせろ!だからルルーって――」


携帯電話からはつーつーと、通話が終了した合図しか聞こえない。
上条は財布の中を確認する。三千二百円。

インデックスがただの少女なら問題なく払える額だが生憎と彼女は「ただの少女」どころではすまないレベルの大食らいである。
一つ百円のハンバーガーならともかく、あそこのレストランは子供用メニューでも四百円前後からだ。
誰かにおごってもらうつもりで食べているのなら彼女は遠慮しないだろうからまず三千二百円は飛んでいくし、きっとその誰かの食費も払う羽目になる。


上条(…………死んだ。俺は死んだ!払えるかよチクショー!この三千二百円は安売りのための貯金だったのに……ってそれどころじゃない!)

上条(補助金支給が近いからおろしてくる金もせいぜい五百円程度……か。)


救いを求めるように教室を見回しても、掃除当番だけが残っている教室には土御門も青髪ピアスも居ない。
正確には土御門は当番のはずなのだが、さぼるにゃーよろしくにゃーとニヤニヤとトンズラされている。
姫神も居るが、彼女もそこまで金に余裕があるわけではなさそうだし、それよりも女子から金を借りるということがプライド的にあまり喜ばしくない。

……というか、無能力者ばかりが集まるこの学校で金が有り余ってそうな人など、思い浮かばない。
せいぜい必要悪の教会から金が入ってるかもしれない土御門程度か。ちくしょうあいつなんで逃げやがった、と上条は一人愚痴を吐く。


上条(マジで不幸だ……逮捕か俺)


こんなときほどすぎる時刻は早い。
上条は学校を陰鬱なオーラと共に出て、とぼとぼと行きたくないレストランの方向へ向かう。
待ってるね、と一切の邪気の無い声で言ったインデックスの声と、無銭飲食で逮捕の二文字がちかちかと点滅する。


と、そこに。


「あ、やっほー。なーに普段よりさらに暗い顔してんのアンタは?」

上条には彼女がまぶしい光を放っているように見えた。
先ほど姫神に金を借りることを断った理由は確かに彼女にも当てはまるはずなのに、その理由はどこかに飛んでいっていた。
彼にはブレザー姿のその少女を見て思わず言葉を漏らした。



上条「ああっ女神さま!!!」

美琴「私それ読んだことないんだけ………って、はああああ!?!?!?」

 

 

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土御門元春はバイブで震える携帯電話の電源を切った。
画面にはメール:上条当麻と表示されている。彼は親友であり見逃すことのできない存在だが生憎と今はそれに構ってる余裕が無い。
バイブレータの音ひとつが命ひとつとイコールマークを結ぶのなら危険はさっさと排除しておくに限る。
てめえ掃除逃げんなとか書かれているのだろうか、と土御門は適当に推測した。



――仕事が入りました。複雑な事情のようで、統括理事長直々の依頼です。詳細は全員が集まり次第説明します。


先程授業が終わった途端にかかってきた電話がこれだ。
素顔も知らない上司からの命令も、自分のスパイのスパイという肩書き上へたに逆らうこともできないから、「とりあえず従っておく」ために学校を急いで抜け出す。

掃除当番は彼に任せておけばいい。
彼が万が一暗部組織について知ったらまた一悶着起きることも容易に想像できる。
下手に探らせないためにも、「彼」については短時間でも教室に置いておいた方がいいというのが土御門の考えだった。


そうして「主人公」が知らないまま、グループは今日も動き出す。




日常に紛れ込んで近くをとろとろと走っていた非日常に乗り込むと、既に白い超能力者と露出狂の大能力者が集まっていた。
海原はまだ学校に居るのだろう、ワゴン車は彼の潜入先の学校に向かって静かに動き出す。

そういえばこいつらは引きこもりだったか、と土御門は思わずぼそりと呟くと、結標が唇を尖らせて「公欠よ」と反論を返す。
一方通行は無視してごろごろと簡易ベッドで転がりながら携帯のボタンを連打している。
注意深い土御門ですら「なんとなく」程度しかわからないが、彼はそこまで不機嫌ではないらしいことから、宛先の予想はついた。


土御門「……そろそろ電源を切っておけよ。お前のことだから命取りにはならないだろうが、万が一のためだ」

一方通行「俺がそンなヘマするように見えンのか鬱陶しい」

とはいえ口の悪さはいつも通りであったが、土御門はそこに気にかけもしない。
結局は仲間の無事を確保することで自分の命を保証するという自己勝手な意図しか、このどす黒い暗部にはないのだから。

そこで。

 


がたり。




突然静かに進むはずの車が、平坦な道で左右に大きく揺れた。
それもハンドルを切り損ねたようなものではなく、台風に煽られたかのように。


土御門「―――!?」

一方「……」カチリ

結標「――」


だらりとしていた『グループ』の面子に、その刹那緊張が走る。
土御門は拳銃を握り、一方通行はチョーカーのスイッチを最大まで押し上げ、結標は隣に置いたコルク抜きの位置を改めて目で確認しなおす。
彼らが限りある武器や能力の制限時間に躊躇わなかったのは揺れるまで一切の予兆が見当たらなかったからか。


土御門「スピードを落とすな」

土御門は運転手にそう命令した後、一方通行にワゴン車の辺りを確認するよう言う。
一方通行は他人に命令されるのが不服なのかひとつ舌打ちをしたが、車窓をがらりと開けてそこに足をかけ、上半身を乗り出した。
左右には何も見当たらなく、下は乗り出す際に何も見なかった、と車の上を見上げた瞬間に何かが飛んできた。


それが何かを視認する前に、一方通行の視界が闇に覆われる。
身体が思い通りに動かず、彼の身体はワゴン車に振り落とされる。
だが、地に叩きつけられた(と、一方通行は感覚から推定した)身体は何の痛みも発しない。


一方(何、が……?)

恐らく、身体は動かなくても無意識下の反射が適用されているから最小限のダメージに抑えられたのだろうと一方通行は考える。
だがどのようなベクトルをどう操作しても、なぜ身体は動かないのか。視界は戻らないのか。
一方通行は理解できず、頭の中で情報の解析を全力で行う。


だが、その数秒後にふと闇は消える。身体も楽に動く。
一方通行は去っていくワゴン車を注視したが、そこには何の怪しさもなかった。

車道に立ち止まっていた一方通行は軽くジャンプしてその足のベクトルを操作し、歩道まで一歩で移動した。
先程まで乗っていた車は去ってしまっている。何もなかったことにして海原を迎えに行ったのだろうか。

一方通行はため息を吐いた後、携帯電話を開き「いや明日は特に何の予定もな」とまで書いて止まっているメールをボタン2回で放棄したあと、土御門に電話をかける。
しかしツーツーと機械音が流れるだけで電話は繋がらない。
先程土御門は電源を切っていたか、と一方通行が気付いた直後、結標から着信が来た。



結標「もしもし、死んでる?」

一方「お生憎様だがピンピンだ」

結標「あ、そう残念。こちらには何も起こっていないわね。
    とりあえず今引き返して迎えに行っているところよ。もう着くでしょうから適当なところで待っていて頂戴」


何を返させる間もなく通話は終了した。
自分を迎えに来ることに少なからず驚きながらも右を向くと、なるほどワゴン車は間もなくやってきた。
念のため能力使用制限のスイッチを解放したまま乗り込み、車が「静かに」動き出したのを確認してスイッチを切る。



一方「携帯切れっつった後にコレかよ」

土御門「悪いな。想定外だった」


大して悪びれる様子もなく土御門は適当に返しながらも携帯の電源を入れることにした。
メールが一件。内容は「助けて金くれ俺逮捕される」とのこと。上やんらしいにゃあと思いながらも返信はしない。


結標「――何が起こったのよ」

一方「知るかクソボケ」


一方通行の機嫌は素晴らしく右肩下がりだった。
その一番の原因はやはり自分の能力が何も役立たなかったこと、そしてその原因が理解できないことか。
彼の能力にも、窒素や酸素など生命維持に必要なものは普段反射していないから対応がし辛いなどといった穴はあるが、それだけで説明がつくものではなかった。
使用された能力が一方通行にはわからない。


土御門「一方通行が『反射』出来なかったということは…魔術か?」

土御門はぽつりと一言つぶやいた。

 

魔術。

一方通行と結標はその言葉を以前数回聞いたことがある。
海原と土御門の会話に紛れていた単語だ。


――そういえば土御門は別種の異能の力とでも呼んでいたか。

一方通行はとある抗争前の一言を思い出す。
科学的でない方法で得た能力科学の頂点に立つ一方通行としては、ある意味でもっとも厄介な敵になるかもしれない。
もっとも先程の魔術とやらなのかはわかっていないが。土御門も断定はできていないらしい。



いつ再び敵襲が来るかとの緊張感が消えないまま、ワゴン車はいつのまにか海原を拾うポイントまで来ていたらしい。
柄にもなく平和に車は止まり、海原が入ってきた。
彼はいつもと漂う雰囲気が違うことに微かに眉をひそめた。

海原「どうかされましたか?」


それに返答しようと土御門は口を開き、声を出すところでワゴン車に付いているテレビ電話機能に通信が入る。
SOUND ONLYとの画面と共に何時もの電話の男の声が流れてきた。


『彼が説明するより私が説明する方が手っ取り早いでしょうから今回の仕事内容をお話しします』

皆の意識はスピーカーに注目する。
アイドリングストップを知らぬ車のガソリン音はうるさいはずなのに、電話の声以外の音は何も聞こえなくなる。


『学園都市に複数の侵入者が現れているということでその調査と、その侵入者たちの確保が今回の仕事です。
 先程の襲撃の報告も既に受けましたが、それも侵入者の一人によるものだとほぼ確定してよいと統括理事長は判断されました。

 さて、ここからがわざわざ私がこうやって話す理由となりますが……
 襲撃時もこの車内に居た土御門さんは侵入者を魔術師と考えているでしょうが、魔術師ではありません。
 私も俄かに信じがたいのですが、侵入者のうち比較的友好的な者は自身を『異世界からやってきた者』と自称しているようで、
 その言動などからも、今のところはそれが真実だと認めざるを得ないそうです』



しばらくの沈黙後、結標が「はあ?」と思いっきり呆れた声をあげたことで、他三人の硬直もようやく解けた。

土御門「……まあ仮に異世界人だとして、そうするとIDカードも無いんだろう?資料はあるのか?」

土御門は驚きつつも表面上の平静を取り戻し、電話の男に問うた。
俄かに信じがたい話を敢えて仮定とする程度までに留めておいたのは、やはり統括理事長からの直接依頼だというのが最も大きい。
一方通行も海原も結標もおそらく同じだろうと土御門は勝手に虫の良いひとりぎめをしておいて、さっさと仕事の実行へ進もうとする。


『そうですね。IDカードは誰一人として持っていません。
 滞空回線から画像と声質、今までの行動パターンなどといった情報を一人ずつまとめていますからそれをお渡しすることになります。
 とはいえ現状では確保すべき人が何人いるかも正確に判明していませんから、まずは大きく行動している三人のみの確保となりますが』


一方「まずは三人って、何人で鬼ごっこしてりゃ気が済むンだよ」

心底面倒くさそうに言い返したのは一方通行だ。
能力の性質と制限時間上、ターゲットを見つけ次第さっさと殺すほうが得意である彼としては、怪我をさせない程度の手加減のほうが面倒臭い。
不完全燃焼だろ、と彼は誰に告げているわけでもなくぼやいた。


そんな一方通行の愚痴を聞かなかったことにした電話の男は土御門の望み通りにさっさと話を進めていく。

『まず海原光貴さん。今回は表の人々とのかかわりが予想されますのでこちらで残りの三人の情報整理と送信を。
 土御門さんは現在第七学区の南部に居る二人の女の確保をお願いします。特にうち一人はあなたの知人と現在関わっているようですから。
 それから一方通行さんと結標さんは二人がかりでこの男の確保をお願いします』


突然SOUND ONLYと表示されていた画面は写真画像に切り替わる。

まず表示されたのは茶髪の、まだ十四歳程度に見える少女と青い長髪の成人に近いであろう女性。
全く別のところの写真ではあったが、一度に表示されたことと二人の性別から土御門が受け持つ資料だとわかる。


次に現れた写真に写っていた男は、グループの男三人が思わず結標の髪の長さと見比べてしまうほどの長髪の人物だった。
驚くほどまとまっているストレートの緑色の髪。しかも頭には何か三角のものが付いている。

まるで角のようだ、と一方通行は漠然と感じた。

結標「……まあ随分とカラフルなお方たちで」

土御門「緑髪に青髪か。青髪は知り合いに居るが……それにしても分かりやすそうな色をしているな」

一方「三人目はわざわざ二人使ってでも探す必要ねェだろ。飛びぬけて見つけやすすぎる」



海原「………………いえあなた方も十分にカラフルでだと思いますが」

海原の必死の突っ込みは一方通行の舌打ちで清々しく霧散した。


ともかく、目立つ色をしていることはすなわち命を狙われやすいことであるとわかっているのか、全員が彼女らの衣装に違和感を覚えたらしい。
自分の命に直結することを第一に考えるあたりが皆暗部にいるからこその思考なのだが。
一人目の少女はアーマーを無くして十歩くらい譲ればまだ許せるとして、残りの二人がさすがに異質すぎる。
それこそどこかのRPGゲームに出てきそうな衣装だ。



『そうですね。その分探しやすいのは利点だと思われます。
 とはいえ三人目を二人がかりで探していただくのはそれなりに理由がありまして……
 彼はどうも翼を出して空を飛んだりテレポートしたりものすごいスピードで走っていったりと、万が一の時に逃げられる可能性が高いのです。
 この方のみ『窓の無いビル』に案内しろとの命令なので結標さんが。空を飛ぶなら空を飛べる一方通行さんがということであなた方二人が必要なのです』

 


窓の無いビルと聞いて眉を潜めたのは、『案内人』である結標ではなく、学園都市第一位である一方通行でもなく、土御門だ。
スパイとして彼に直接仕える形となっている土御門は二人よりもアレイスターとその綿密な計画をよく知っている。
アレイスターがわざわざ細部が不明の人物を、危険を承知してまで呼ぶ理由がない。
ご自慢の科学で証明ができない魔術サイドの者の可能性があるなら尚更だ。

土御門(……いや)

けれど彼はその答えを知っている。
本当は自分の立場から薄々気付いている。


土御門(異世界などと謳う魔術らしきもの……『計画』の大幅な変更が懸念されるか、あるいは『計画』に予め組み込んでいるか)

土御門は後者と考える。
なにせあのアレイスター・クロウリーだ。演技次第でどうこうなる主張を簡単に真に受ける人物などではない。



『さて。話すことはそれくらいでしょうか。資料を間もなく送りますので、送り次第仕事開始となります。
 その車は土御門さんを送るために第七学区南部へ向かいます。確保したらまずは一報お願いしますね。それではご武運を』


暗部のオシゴトは今日もひっそりと幕を開ける。

 

 

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アルルは風紀委員の二人とのんびりと、非常にのんびりと風紀委員第一七七支部へと向かう。

足取りは軽いものの、何か店がある度に進む方向があちらへ行ったりこちらへ行ったりしている。
彼女らの詳細な移動記録を取って見れば、きっと蛇のようにぐねぐねとしていることだろう。


アルル「なんか画期的な道具ばっかりだね!削る必要のない鉛筆なんて…!!まるで世界が違うみたいだ!」

黒子「実際に違うでしょうに」


シャープペンシルひとつに驚くアルルを見ていると黒子も固法も自然に昔を思い出してしまう。
まだ学園都市に来る前の頃、科学に疎かった時代を。
素直におばけや妖怪の噂話を信じて怖がっていた過去を。

アルルの話によれば、お化けや亡霊などのモンスターなども出てくるらしい。
それは即ち完全に科学と切り離された世界である。
「科学的に」という言い訳が通用しないのがあたりまえの場所は、見たこともないはずなのに不思議な懐かしさがある気がする。

アルルの言動が幼く見えるのもそのせいか。
そこで黒子はごく自然に、同い年かせいぜい一つ上に見えるアルルに質問した。

黒子「そういえば貴女、年齢はおいくつで?」

アルルは固法に奢ってもらったいちごクレープをのクリームを口に付けながら、もぐもぐと口を動かして答える。

アルル「ん、十六!」


風紀委員の二人が同時に「え」と素っ頓狂な声を出した。

アルルはそれに気付かずクレープの包み紙をゴミ箱に捨てて、新たに目移りしたのか、ショッピングモールの入口にある小さな花屋の花をじっと眺めている。
造花にちょこんと指を置いて、硬質さが意外だったのかおおっと驚いた仕草をしてみせた。



黒子「…………三つ上、ですか」

学校一つ違うと思ってはいなかった黒子は何故か半ば茫然と息を吐く。
つくづく変なお方に出会ってしまった、と思った。
 

気持ちはわかるがここまで奔放に動かれると、風紀委員としての目的も忘れそうである。
ただの観光になっていないだろうか、と固法は残る二人に呼び掛ける。

固法「ほら、ルルーさんを探すんでしょう?」

アルル「ああ、そういえばそうだっけ!忘れてた」

黒子「……友人ではありませんの?」

アルル「あは、友達だけど……つい楽しくて」


うん、そろそろ探そう、とアルルはようやくまっすぐな道を歩き始めた。
時たま興味の惹かれる店でもあるのか、瞳を輝かせて街角を見つめるものの、ぶんぶんと首を振って前方に向き直る。
なかなかオーバーリアクションな少女だった。見ていて飽きない少女だ。


そこで、ふと固法の携帯がかわいらしい着信音を鳴らした。
数歩先歩いていたアルルが反応して首をかしげる。
なんのおと?とアルルは口を開きかけたが、黒子が携帯を取り出している固法を指差したのを見て、納得して何も言わずに口を閉じた。
戻ってきた彼女は固法の隣でじっと携帯を見つめていた。


固法「もしもし?」

初春「あい、私です。アルルさんがそちらに居るのかわかりませんが、ちょっと構いませんか?」

淡々と事務的な調子で告げる初春に固法は眉をひそめた。

固法「どうかしたの?」

初春「ええと、ルルーさんとやらの捜索が突如打ち切りになりました。上の方で特殊な捜索部隊が動くようで。
    それとそちらに居る彼女のことなんですが」


すう、と一息おいて初春は告げる。
固法は空気がしんと凍っていくのを静かに感じていた。10月もまだ前半だというのにいやに肌寒く感じる。


初春「彼女は一七七支部で保護しておいて外出させないようにと。誰かが迎えに来るらしいです」

要するに一単語で言いきってしまえば軟禁である。


固法「…………それは、」

初春『あ、ご安心ください。出来るだけ早くに来てもらうよう頼みつけたので、お茶か食事でもしていればすぐかと思いますよ』


どれくらい彼女を閉じ込める必要があるのか。そう聞こうとした固法の質問は、最後まで言わせずに返ってきた。
ほんの数時間なら軟禁というレベルでもなさそうか、と固法は静かに息を吐いた。

そこで、ふと視線を落とすと二人の少女がこちらをじっと見ていることに気付く。
雰囲気がわかったのだろうか、黒子がアルルにちらと視線を向けてなにやらアピールをしている。


固法「これは本人に伝えても大丈夫そうかしら」

初春『大丈夫ですよ。ただ』

固法「ありがとう。じゃあ私たちも帰るわ」

ぷつり。
固法はアルルに薄い愛想笑いを浮かべて、出来るだけ何事もないかのように告げる。

風紀委員は所詮学生の集まりの組織であって、権力は警備員に比べるとはるかに劣る。
その警備員が出ない程の上位組織が彼女のために出ることは、即ち、「風紀委員なんかが出しゃばるな」と。
先程知り合ったとはいえ、彼女のあっけらかんとした笑顔からも内面は容易に想像できる。
きっと害を与えることはないだろうとは思うが、それでも彼女が望むのなら学園都市をせいいっぱい堪能してほしい。


ごめんね、あなたについて調べるための組織が動き出したんですって。急いで支部に戻りましょう。
 


黒子は視線を地に落として静かにその言葉を反芻した。

黒子はほんの朧げながらも学園都市の深部を知っている。
自分の尊敬する人物が戦おうとしていた何かしらの理由、一月ほど前に戦った同じ空間移動能力者がかかわっているもの。
最近でいえば、初春の大怪我の原因が意図的に封鎖されていることか。

そうやって過ごしていれば、意外と学園都市というものはどろどろとしていて、裏面はなかなかにどす黒いらしいことは嫌でもわかる。
未知の力の研究という名目があれば何をされるかわからないから恐ろしい、と黒子は思う。


アルル「うん、わかった」

彼女は不安もためらいも一切見せずに肯いた。
そしてふと黒子のやけに固まった無表情の顔に気付くと、笑ってぽんと肩を叩いた。


アルル「大丈夫だよ、ボクもこういうことは何度かされたことあるしね。
     それに万が一のことがあったってボクはきっと切り抜けてみせる」


それは、一見気弱そうだが芯の強い同期の風紀委員や、心底尊敬してやまない中学の先輩が、それでも自分の信念や決意を曲げなかったときに使った表情と全く同じだった。
奇しくも、というわけではない。きっと必然的にそのようなものになるのかもしれない。
ならば、その優しさに甘えてしまおう。
「いつか」借りを返せればいいのだ、そういうものを友情というらしいのだから。


黒子「……勘違いされているのではなくて?この白井黒子がそう及ばない実力を持つ貴女のことなど、心配する価値も御座いませんわよ」

アルル「なんかそう言ってくれるのは嬉しいけど、意外とひどーい!!
     けどけど、ボクもテレポートは対処苦手だから及ばないってわけじゃないと思うよ?」

黒子「個人的にはいくつもいくつも違う能力を使われる方が厄介ですわよ」


独特の明るい会話に戻ってきたところで、支部の姿も大きくなってくる。
きい、と一七七支部の扉を開けると、花飾りを頭につけた少女がちょうど紅茶を入れていた。
ダージリンの優しい香りの中に、もうひとつ甘い匂いが漂っていることに最初に気付いたのは黒子だった。

初春「せっかくですから、ティータイムにしましょうよ。
    ほら、前に白井さんにお嬢様チックなダメ出しを食らったからちゃーんとケーキも買ってきちゃいました」

黒子「それは嬉しいですけど……先ほどアルルさんがクレープ食べておられましたわよ?」

あうっ、とかわいらしい声を出したまま固まる初春に、アルルはあわわと手を振って、食べる食べると主張した。
「私はこれから別件に行かなきゃいけないから食べられないけど、太らないようにねー」と固法が釘をさすと黒子とアルルが同時に固まる。


アルル「………うぅ、食べるもん。絶対食べるもん……元の世界に戻ったらダンジョンに潜って走って痩せるもん……」

黒子「……別に私は先ほどクレープ食べてませんし、カロリー的にはまだ余裕が……」

なんだかんだで二人ともなかなかいいペースでショートケーキを堪能しているのだが、言葉の端々から若干の後悔が滲み出ている。
初春も自分のケーキを頬張りながら、ああそういえばと話を切り出す。



初春「アルルさん、同じ世界から学園都市に来た他の人って誰か知ってますかね?」

アルル「ん~?ここでルルーのこと教えてもらった以外はだれも知らないかも。カーくんも見当たらないしなあ……居ないのかな」

初春「かーくん?」

アルル「そっか、言って無かったっけ。このくらいの大きさの黄色い……ウサギ?」

黒子「……疑問形?」


どうもアルルはそのカーくんとやらを表現できないのか、身振り手振りで出来る限り説明する。
それでも無理だとわかると彼女はとうとう紙に書いてみせた。

そこから浮かび上がったのはやはり黒子や初春の知る生き物ではない。モンスター、とでも形容するのが一番適切そうにすら思えてくる。
黒子はその紙を手に取り、まじまじと見つめて、とある一点に目を留めた。
指を指したのは両目の間の少し上にある丸模様だ。

黒子「……この丸いのは?」

アルル「それはルベルクラクって言う宝石だね。なんか特殊な力があるらしくて、前にプリンプっていうまた別の世界に飛ばされた時は
     特殊な力を持つメダルにカーくんのそのルベルクラクから光を当てることで元の世界と行き来してたんだ。
     だからボクもカーくん探すのが先決かなと思ってるんだけど、ボクも実のところよくわからないからまた別のサタンって人に聞く必要があるかも」

彼女にはさらりと重要なことを流す癖があるんじゃないかと風紀委員の二人はほぼ同時に思った。
さっぱり理解できないです、と初春は詳細を求める。

アルル「要するに、このメダルとカーくんのルベルクラクの力を合わせれば元の世界に戻れると踏んでるんだ。
     本当にそれでいけるかどうかは自信がないケド」

詳細なんてものは特になくてただそれだけ、とアルルはぺろりと舌を出しながら照れたように笑う。
初春が聞きたかったのは「その力を合わせただけでなぜ帰れるのか」という部分なのだが、この様子からみると彼女も結果しか把握していないらしい。
頭にクエスチョンマークが尽きないまま、初春はとりあえずの結論を導き出した。


初春「……じゃあ、そうですね。まずはそのカーくんを見つけましょう。うまくいけば迎えが来る前に見つかるかもしれません」

アルル「へ?どうやって?」


学園都市は監視カメラで溢れかえっているんですよ、と初春は笑みを浮かべた。
紅茶をお嬢様らしくなく一気に飲み干して、う~んと身体を伸ばした後、パソコン前に移動する。
アルルも思わず席を立ち後ろからデスクトップを覗き込んだ。

初春はそういう捜索に関しては一流ですからと初春はフォローする。
あまり彼女自身はそういう類は得意ではないのか、呑気にケーキを口に入れている。


初春「この周辺を移動しているようであれば、監視カメラに映ってると思いますから
    そこから白井さんがテレポートで一気に連れてくる、というのはどうでしょう」

アルル「わあ、すっごい!」

初春「ただ、そのカーくんが白井さんを警戒しないといいのですけど」

黒子「何気なく普通のことを言うように見えてこちらをチラチラ覗くのは嫌味ですの?」

初春「御坂さんが居たりしたらドン引きするかもしれませんからね……って、あいたたたた」


瞬間テレポートした黒子が初春の頭を拳でぐりぐりとこねくりまわす。
アルルはアルルでスキンシップと判断したのか、大丈夫だよ~、と呑気に返事をしながら風紀委員二人を眺めていた。


アルル「カーくんは女の子好きだから君なら喜んで付いていくかも」

初春「それならよかったです。白井さんの邪魔が入りましたが早いうちにパッパと片づけてしまいましょう」

 

---------------

 

そんな第一七七支部に一直線に向かうのは一台の黒い大型ワゴンだ。

それに乗っているのは三人の男、正確にはそのうちの運転手を除く二人はまだ少年の域である。
にもかかわらず子供らしさを持たない雰囲気をまとっているのは、暗部特有のものと言えよう。



土御門「たった一人の風紀委員に交渉負けするってどうなんだ……」

海原「まあ、それでも一人を早々確保できた点はかなり喜ぶべきことですよ」


サングラスで鋭い眼光を隠しながら土御門はため息を吐いている。

彼としては無事に場所を固定させることが出来る人間はしばらくそこに置いておいて他の標的を探しに行きたいところだ。
それができなかったのは先述の風紀委員がその固定を条件に最短時間で引き取りに来ることを取り付けたからである。
どうせその近くに居るのだから問題ないように思えるが、交渉を破棄してしまえば彼女らが何かを察して逃がす可能性もある。

それを懸念して交渉に応じた海原だったがそれが土御門には不満らしい。
確かにもう少し上手に出ることもできただろうが、実を言うとその風紀委員がとある少女の知り合いであることが少なからず影響しているのだが。
しかし海原は土御門に言うつもりはない。
「彼女」や彼女の知り合いにこれ以上狙いをつけられることは彼としては決して許さない。
暗部に抵抗したとして何かしらの制裁を受けさせてはならない。

以前、自分が陥れようとしてしまったようなことはもう二度と起こさない。
とある少年が、「彼女」を守ると誓ってくれたのだから。


海原(……そもそもこの暗部に居るのにそんな小さなところまで手を加えるのも馬鹿なものですけれど)

海原は自嘲気味に唇を歪めるが、幸い土御門には気づかれなかったようだ。



運転手は二人に声をかける。


運転手「目的地はもうこの通りにありますから、降りる準備をお願いいたします」

土御門「はいよ」

海原「彼女はこの車に乗せるんですか?」

土御門「いや、数分遅れで護送車がついてきてる。俺は一旦そっちに乗って窓のないビル付近まで行くらしい。
     結標たちもそろそろ緑の男に合流しているだろうから、そいつをビルの中に放り込んだ後
     風紀委員に保護されてるチビさんも続けてビル内に転移させるってところか」

チビさん本人に聞かれたら本気で怒りだしそうな代名詞を使いながら土御門は言う。

 

海原「しかしそれで既に二人が確保出来るなら、僕がアシストに回る必要性は薄いように思われますが」

土御門「それでもいいんだが、多分さっき電話の男が言ってた俺の知り合いってのはかみやん関連だぞ?」


海原は思わずほう、と声を漏らした。
しかしながら感動のあまり出したわけではなく、また彼ですか的なニュアンスが含まれている。
土御門もそれを察したのか、まあアイツだからにゃー、と気軽に言い、

土御門「まあその分、超電磁砲やら禁書目録やらが関わってくる可能性も高い。。
     もともと彼女たちの敵だったお前は大人しくサポートしてくれたほうが何も起こらなさそうだからな」

海原「……それならば」


話はその一言で終了する。
海原にとってもわざわざ危険に会いにいくのは御免だし、それが「少女」に関わるものなら尚更だから。




静かに支部の前に車を止め、少年は軽く片手をあげて降りていく。

土御門を送り出しながら海原は一人ため息を吐いた。
運転手に、連絡があるまで暇ですよね、と話を切り出すと意外と彼も乗ってくれる。

彼は自覚がないが、暗部組織『グループ』の下っ端構成員にとって、メインメンバーに君臨する四人の中では海原が最も……というか唯一まともに話せる人物である。
そのため運転手は少し気が抜けたらしく、ほんの少々気楽に海原に話しかけた。


運転手「とりあえず止まっておくと目を付けられそうですからここから『窓のないビル』まであたりをぐるりと回って構いませんか?
     そうして連絡を待った方が次の行動にも移しやすいと思われます」

海原「ではそれでお願いします」

海原は適当に返して、降りていった土御門や先に降りて行った二人のことをぼんやりと考える。
彼は進みだした車の窓から後ろを眺め、土御門が支部に消えていくのを確認した。





コンコンと軽くドアが叩かれる。
いまだにとある小動物が見つからずにパソコンと格闘していた初春飾利は苦い顔で「どうぞ」と答えた。
隣で初春同様画面とにらめっこしていたアルルに、声を出さずにごめんなさいと口を動かす。
 

扉が、開く。

土御門「どうもー。お迎えに上がりましたぜい。そこの彼女さんかい?」

アルル「ああ、うん」

彼女はリュックを背負って、ごちそうさまでしたと黒子と初春に告げた。


アルル「――じゃあ、行ってきます!」


せめて別れの挨拶は夢に満ち溢れた言葉を。
黒子と初春は、まるで買い物にでも出かける少女を見送った後、二人で顔を見合わせた。


やってきた人間がにゃーにゃー鳴いていたときはたいそう驚かされたが、口頭ではやはり「異世界なんて話なんで、ちょっと調べさせてもらわないといけないんだにゃあ」なんて言ってるのだから、暗部組織のものと認めざるを得ない。
指紋やら精神能力者やらによる鑑定だけだから安心しろとも言っていた。

しかし二人はそれ以上、否、正確に言うならそれ以下か。ともかく発言より悪い方向に現実は進むのではないかとの懸念が拭いきれない。
それはある意味、望まず知ってしまった暗部の知識が中途半端すぎるからなのだが。


さて。

黒子「……アルルさんが出て行かれるまでにあの子を見つけられなかったようですけど」

初春「…………はい」


悔しそうに唇を噛んで俯く初春の頭を、黒子は花に遠慮しながら数回軽く叩いた。
初春は顔を上げる。
彼女の唇は普段の凛としてお嬢様らしく弧を描いている。


初春が、目の前の女が笑っているのだと理解したのは、しばらく彼女の顔を数秒見つめた後だった。



黒子「ですと、建物の中に居る可能性が高いですわよね。食いしん坊だとおっしゃっていましたから
   スーパーかファーストフード店かレストランかショッピングモールあたりでしょうか?」

初春「……はい!そうですね、他の仕事がないようでしたらさっそく聞き込みと行きませんか?」

黒子「待っていましたわ。どうせ元の世界に戻るときに必要ならいずれ狙われますものね」


最初はぽかんとしていた初春もつられて笑顔になって身体を伸ばした。
アルルの使った食器を片づけながら黒子は着々と準備を進める。

初春「やはり確立が高いのはレストラン街でしょうか?」

黒子「誰かと合流してる可能性が高いですから、それが最善ですわね」
 



二人の駆ける先は1kmほど北にあるやや大きめのショッピングモールだ。
彼女らの言うレストラン街は地下に展開しているが、地下だけ異様に縦に長いため入口は多い。
しかもレストランに限らずゲームセンターや大型書店、携帯ショップといった若者たちに人気の店も点在している。
出入りしやすく学生が多く集まるそこなら目撃証言も期待できると、彼女らは踏んでいた。

とはいえ、それゆえの欠点も見逃せるものではない。

黒子「彼女に出会ってからだいぶ時間が経っていますから……
   証言を手に入れてから出てしまわれてはタイムロスですわよね」

初春「出口が近くにいくつかある場所はひとつを除いて閉鎖してしまいましょうか?」

黒子「いえ、大きく動いて目を付けられると厄介ですわ」

初春「ですよね……あ、そうだ。もしかしたら」


初春は携帯を出してどこかに電話をかけ始めた。10秒ほど待って、だんだん初春が心細くなってきたあたりで電話がつながる。
聞きなれた音がBGMとして流れてきたのを聞いて、彼女は自分の予想を確信に近いものに変えた。

初春「もしもし佐天さん、突然ですがいまどこにいますか?」

佐天『あっれえ、初春じゃん!お仕事中だと思ってたよ!!あ、今ねえ、』

電話の向こうで佐天は例の地下街の西端のほうに居ることを告げた。クラスメイトと遊び歩いているところらしい。
思わず初春は声をあげて喜び、あと1時間ほどその近辺にいてくれないかと頼んだ。


佐天『ああ、お仕事?わかった!どうせあたしたちずっとこのあたりで遊んでると思うから、人探しなら手伝うからねー』

初春「ありがとうございます!えっと、黄色くてちっちゃい子を探してるんです。
   けど地下街に居るかどうかもまだ定かじゃないので、ある程度時間たったら連絡しますね!!」

佐天『え、ちっちゃくて黄色い?なにそ』

ぷつり、つーつー。
最後の一言は聞き取れなかったが、初春は得意げに満面の笑みを浮かべる。
自信満々に東から入りましょうと告げるものの、黒子は「やる気が出すぎていて空回り気味。減点ですわよ」とぐさりと釘を刺してのけ、初春の心は音を立てて崩れていった。

---------------

アルル「えっと、とりあえず初めまして。ボクはアルル・ナジャ。きみの名前は?」

土御門「ん、初めまして。まーまー名前はそんなに気にするもんじゃないぜい」

アルル「なんで?」

土御門「俺は学園都市の裏世界の人間だから覚えていても殆ど意味がないからにゃー」


アルル「けど、そしたら今ボクは君のことを呼べないじゃない」

きょとんとした表情を浮かべながら、アルルは当然のように言った。
悪気も他意も何も見つからない彼女の黄金の瞳を見て、土御門は内心笑った。


土御門(ずいぶんと面白そうなやつだが、確実にアレイスターは気に入らないだろうな。
     ここまでストレートな動きをするとは……上やん並、ってところかにゃー)



土御門はなんて答えるか、しばらくサングラスの奥で考えた後、

土御門「じゃあお兄ちゃんって呼んでくれ」

アルル「わかった、よろしくねヘンタイさん」

土御門「すまんかった、じゃあ兄貴で構わんぜよ」

アルル「じゃあそっちにしようかな、ヘンタイさんはボクをどこに連れてくの?」

土御門「……オイ」


この手の会話には慣れてきっているかのようなスルーっぷりだ。
もうどうでもよくなって名字だけ本名を告げると、少女は嬉々としてツチミカド、ツチミカドと繰り返し呼んだ。
変な名前だね、と言われもしたが彼にとっては大層心外である。片仮名の方が余程珍しいのに。

土御門「まあ、あれぜよ。この学園都市の市長サンみたいなやつに会いにいくんだにゃー」

アルル「え~、乗せてもらってるからいいけどさ、せっかくだから直々に会いに来ればいいのに」

土御門「そう出来ない理由があるんですたい」

アルル「むぅ」



一般車に扮した護送車は静かに町の中央へと進んでいく。
その後部座席でしばらく続いていた沈黙を破ったのはやはりというかアルルであった。

ねえねえツチミカド、と少女は窓をぼんやりと眺めながら会話を振る。



アルル「ボクとルルー以外にこの街に来てる人はいるの?」

来ると思った、と土御門は顔をしかめる。
いずれ来る質問だと思っていたし、本名はともかく他の情報は教えるつもりなど全くなかったが、先ほどの名前の件からしても言い包めるのは面倒そうだな、とは思っていた。

しかしここで舞い降りたのはさりげない新たな情報である。


土御門「ルルー?」

アルル「あれ、ルルーは知られてないの?髪の毛青くて身長高いおねーさん」

土御門「あー、……うん居たな。アレイスターの話だと来てるうちのとりあえず何人かだけ集めるって話だったがにゃー」

アルル「ってことは、他に来てる人の特徴ならわかる?」

土御門「残念。あとアンタとソイツともう一人いるが生憎秘密事項だ」


アルル「その人も迎えに行くの?」

土御門「そうだぜい。とはいえこれでも逆らう場合は強制連行だがな」


さらっと告げてのける。

アルルの喉が唾を呑むかのように小さく動いた。
土御門は見逃さない。内心でああ言いすぎたかな、と軽く思った。
面白かったためにからかいすぎたが、やはり表の世界の人間か、とも。

しかしながら彼は目の前の少女をせいぜい米粒程度しか理解していない。
彼女が唾を呑んだのは間違いないが、その理由は恐怖ではなくその相手への純粋な心配であり、また、裏の世界を恐れているわけでもない。
そもそも、裏の世界を知らない彼女には知ることができるはずもない。



アルルが思い出すのは黒子と初めて出会ったときのことだ。
似合わない格好で不審な動きをしていた自分に一切の責任はあったが、一度体験した能力による強制連行は楽しいものではないことを、あのとき知った。
彼女の空間転移だったから穏便に済んだものの、もし炎や氷や雷で拘束する人だったら。


そして、なによりも。
打ち解けてみると心優しかったあの少女の、あの警戒に満ちた瞳と声は忘れられない。


アルル「ボクの知り合いたちは皆強いから大丈夫だと信じてるけど」

打って変って堅く静かな声が小さな車の中に響く。



アルル「……けど、必要以上の攻撃を加えたり、大切な言い分をわざと無視したりしているのなら、

     それなら、ボクは許さないからね」


黒いサングラス越しに眺めた少女は、いつのまにかこちらを向いて強い意志を向けていた。
学園都市第一位すら相手にするつもりなのか、そもそもどうやってその情報を掴むのか。
詳しいことはちっともわかっていないのだろうが、これはなかなかピリピリとして心地よい。


土御門「―――ま、善処するぜよ。余程のことがない限りはそんなこと無いだろうしな」


彼は、普通に笑ったはずの表情が不敵なものになっていることには気づかない。

 

 

そんな土御門とアルルが「向こう」を思っている頃。
少女の懸念する最悪の事態は案外あっさりと回避されていた。



人通りの少ない、……要するに裏の世界との繋がりも少なくはない、第十学区のとある通りにて。


学園都市第一位の超能力者と、超能力者に最も近い大能力者とすら評価される最大の空間転移系の能力者。
以前は敵対する仲ではあったものの、何かあれば互いに全力を引き出しあい捕まえにかかる覚悟でいた。

一方通行はビルの隙間に身を隠しつつ、耳に全神経を集中させ、チョーカーから指を離さずにいる。
結標は能力を見せびらかすことなく、ひとり例の緑の髪をもつ長身の男に近づいていく。
よくよく見るとワゴン車の中で写真に見た角らしきものはそのまま角だった。
内心で結標は何やってるんだコイツ、となんとなく生温い気分になる。
結論から言うと角は本物なのだが、学園都市の常識から判断している結標には痛いようにしか見えないらしい。


近づいてくる彼女に気付いた男が、ふとそちらに首を向ける。
おかしな見た目にも関わらず異様な威圧感を纏う男だ。
血のように真っ赤な瞳と目が合い、結標は微かに唇を歪める。
9月のあの真夜中、絶望にも聞こえる杖の音を響かせながら笑って自分を殴り飛ばした超能力者が重なった。

ああ、やだもうムカつく。本人にも声が出たかどうかわからないくらい小さな声で、結標は小さく呟いた。


結標「学園都市のトップが貴方を呼んでいるから、来ていただきたいのだけど」


男は、雰囲気を一転させおおわかったぞと驚くほどあっさりと了承した。
無意識に警戒していた結標の緊張が一気に解けていく。

お前もこの町の人間か?ほう、学園都市というのか!ところで愛しのカーバンクルちゃんとアルルはどこだ?
今まで誰とも話相手になってくれる人に合わなかったのだろう、想定外のマシンガントークが飛んでくる。
若干引きながらも話を流して流して、ふと後ろを見る。
ビルの陰に隠れていた一方通行も呆れかえった顔をひょこりと出していた。

どうやらこの男は見た目以上になかなかの変人らしい。

話を聞き流すのがだんだんと面倒になってきた結標は途中で男の話を切って話を元に戻す。


結標「それで来ていただきたいのだけど、飛ばしたいから一応私に触れてくれるかしら」

男は「飛ばす」の意味がわからずに首を傾ける。
結標の座標移動は元々、触れていない物も飛ばせるとして空間移動系能力の最上位に相当しているが、移動前の座標の把握が必要となるために危険もその分高くなる。
彼に触れるように言ったのは座標を限りなく自分に近づけることでより正確な座標を知るためだ。


今からテレポートで貴方を連れていくから、移動後に壁に詰められるのが嫌ならさっさと腕を掴んで。
そう言って結標は好意の欠片も見せず、つまらなさそうに腕を男に伸ばす。

しかしながら彼は手をつかむ前に、彼女の後ろを指差して、そこの彼はいいのかと問うた。
指をさした先には誰の姿も見えない。しかし結標は小さく驚く。
やがて10メートルほど先のビルのすきまから姿を現したのは、鋭い眼光を灯したままの白い少年だった。
一方通行は不機嫌そうに舌打ちをした。


結標「あれでも人の動きは見てるのね」

サタン「なんたって私はサタンさまだからな!私にはできないことなど一つもないのだ!!」

結標「そのわりには元の世界に戻ってないのね」

サタン「まだアルルやカーバンクルちゃんやらを見つけてないからな。大切なものを置いて帰れんだろう」

結標「……そのわりにはまだそのアルルとカーなんとかやらを見つけていないのね」


サタンと名乗る男はぴしりと固まった。
結標は一方通行に軽く手を振り、貴方なんかを運んでやる気はないから自分で窓のないビルまで来てよね、と伝える。
そして返事も聞かず、動かないサタンの髪を引っ張るように持って姿を消した。一方通行は非常に不機嫌そうに舌打ちをした。

 

結標はサタンの緑の髪を強引につかみ、学園都市の空を飛ぶ。

本来結標の移動距離は優に800メートルを超えるが、他のテレポーター同様に長距離になればなるほど精度が甘くなるという欠陥を抱えている。
その上建物の並ぶ視認できない場所に正確に飛ばすとなると尚更だ。
そのため、遠くまで見渡しやすく若干の座標の誤差なら問題ない空を、彼女は常々の転移に利用する。

さらに今のように正確さを必要とするには何度か転移を繰り返す必要もある。
以前は連続移動すら出来なかったのだから十分な進歩と言えるのだが。


結標(それにしても、あの風紀委員と同じことをやるだなんて。全く苛々する)

能力の使い勝手がもう少しよくなれば、と結標は澄みわたる空の中でため息を吐いた。
ふと隣の男がもごもごと動いた。転移後と次の転移前の僅かなラグで言葉を発している。

サタン「それにして、もだ。髪を、掴むのは、痛いの、だが、どうにか…」

結標「ああ、悪いわね。もう着いちゃった」

時間に換算すると二十秒もかかっていない。
窓のないビルを視界の下に収めた結標は、地上に身体を移動させて適当に返答した。


地上には人通りも少ない。
サタンの髪をぱっと話して、少女は上空をぼんやりと眺める。
彼女が眺める北西の方角には、やがて白い点が現れて人の形を成していった。

彼はと言えば髪を整えて、なかなかの空の旅だったぞーと満足げに肯いていた。
そこで空中飛行に驚かないあたり、いよいよ電話の男の情報に真実味が見えてくる気がして、結標はじろりとサタンの容姿を眺めた。

結標(……うん、やっぱり胡散臭い)


結標より長い空の旅を終えて、音も出さずに二人のそばに着地した一方通行は自身の気分を隠そうともせずに言う。
返答する彼女も彼女で、売られた喧嘩を買うような調子だ。

一方「で?これ送った後はどうしろってンだ。一番人手と時間がかかるはずじゃなかったのかよ」

サタン「おいこれ扱いするなこれとはなん」

結標「私に言われても。土御門でも待ってたら?もっとも一時間はかかるでしょうけど、先に土御門に会ったら宜しく」


私はこれを運ばなきゃ行けないし、と彼女は女子高生という響きにそぐわぬ笑みを浮かべた。
だからこれとは、などと言っているサタンとともに彼女の姿が掻き消える。
見えない場所への転移のはずだが慣れているのか、サタンには触れようとすらしなかった。


一方通行は何度目かもわからない舌打ちをして、電極のスイッチを元に戻してビルにもたれかかった。


先ほどの発言からしてもどうせ結標はビルの内部の一室かどこかで暇つぶしでもして話が終わるのを待っているのだろう。

人通りも少ないこの道では、通行人を見て暇つぶしなど出来そうにない。
もういっそどこかで食事でも摂ろうかとも考えたが、結標が戻る時間がわからないのでまた何か言われたら面倒くさい。


一方通行は溜息を吐いて独り言を呟く。


一方通行「ったく、マジでつまンねェ」








そうか、と返事があった。
ビル風に酷似した、しかし明らかに不自然なつむじ風が舞う。



いつのまにやら、近くの電灯の上に黒服の男が立っていた。
 

---------------

                                                       つづく

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最終更新:2011年01月05日 23:37
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