上条「二人で一緒に逃げよう」 美琴「………うん」 > 第一部 > 02

 

美琴「とうまぁ………」





目に涙を溜め、少女――御坂美琴は自分を助けに来た少年の顔を見つめ返した。

上条「お前が無事で良かった……」

上条は、美琴を見て本当に安心するようにそう言った。

美琴「………グスッ」

美琴は泣きべそをかきながらも、笑顔を上条に見せる。彼女にとって人生の中で、この時ほど嬉し涙を流したことはなかった。

「おい、お前、なにもんだ?」

美琴「!!」

と、そんな少年と少女の再会の雰囲気をぶち壊すように、後ろから遠慮を知らない声が掛けられた。

上条「…………………」

「そいつを庇うとか、正気なのか?」

美琴を追ってきた学生たちの1人だった。上条が何人かの学生を殴り倒したとはいえ、その場にはまだ10人以上の学生たちが残っていたのだ。

「何とか言えよ!!」

じりじりと、学生たちが詰め寄る。

上条「………っせぇよ」

「ああ!?」

僅かに振り向き、上条は言った。

上条「お前ら、こんな大勢で1人の女の子追い掛け回して殺そうとして……恥ずかしくないのかよ?」

美琴「………と、当麻……」

上条「最低だな」

「!!!!!!!!」ブチッ

上条の言葉に、正面の中央に立っていた学生がぶち切れた。

「いいぜ!! なら今すぐ2人仲良く死ね!!! 俺はレベル4の発火能力者(パイロキネシスト)なんだよ!!!! 燃え尽きちまえ!!!!!」



ゴオオオオオオオオオッ!!!!!!!!



美琴「!!!!!!!!」
ただでさえ暗い深夜の路地裏が一瞬、昼間になったかのようにオレンジ色に照らされた。

「汚物は消毒だー、ってな!!! ぎゃっはっはっは!!!!」



ボオオオオオオオオ!!!!!!



莫大な量の炎の直撃を受けた2人は一瞬で消し炭になった
………
はずだった。

「なにぃっ!?」

上条「…………………」

だが、2人は無事だった。
そこには、美琴を庇うようにして、上条が右手を前に突き出し立っている姿があったのだ。

「ば、バカな……何で!?」

ザワザワと、学生たちの間に動揺が走る。

上条「…………」チラッ
上条「……こっちだ!!」


ガシッ!!


美琴「え!?」

美琴の右手を掴むと、上条は右サイドの細道に向かって走り出していた。
「あっ!!!」

一瞬の隙をつき、上条は美琴を連れて逃げ出す。

「ま、待て!!!」

後ろで2人を呼び止める声が響く。

上条「どけ!! お前ら!!!」

上条は、行く手の道に待ち伏せる学生たちに向かって叫ぶ。

上条「邪魔だ!!!」

「ひっ!!」

「きゃあ!!」

威嚇するように上条は右手を振り上げる。つい今しがた、レベル4の大能力者の攻撃を消滅させた彼の姿を見ていたためか、学生たちは上条に怯えるように進路を開けた。

上条「怪我したくなかったら、素直に通せ!!!」

啖呵を切り、上条は美琴の手を引いて路地裏を駆け抜ける。

美琴「…………………」

そんな上条の背中を、美琴は呆然としたまま見つめていた。
そうこうしている間に、2人は無事、その場から逃げ出すことに成功した。
上条「ハァ……ゼェ……ハァ……」

美琴「………ね、ねぇ……」

逃げ出した路地裏からどれくらい走っただろうか。

上条「ゼェ……ハッ……」

美琴「ねぇってば!」

後ろを振り返った美琴は、自分の手を引いて走る上条に向かって叫んでいた。

美琴「ちょっと!!」

上条「何だ? 何か言ったか?」

美琴の呼びかけにようやく上条が気付いた。

美琴「と、止まってよ!!」

上条「え? どうして?」

美琴「追っ手はもういないわよ!」

上条「マ、マジで?」

一度振り返り、誰も追いかけてきていないのを確認すると、上条はやがてゆっくりと立ち止まった。

上条「ハァ……よく走ったー」

両膝に手をつき、中腰の姿勢で上条は息を切らす。

美琴「……あんた…マラソン選手じゃないんだから……」

上条「いや……ハァ……自分でも……ゼェ……そう……ハァ……思う……ゼェ……マジで」

美琴「……まったく……」
上条「……っと、そうじゃなかった。ここはどこだ?」

体勢を起こし、上条は辺りを見回す。

美琴「分からないわ。ただ、街から少し離れてるわね。倉庫がたくさんあるけど……」

周囲に目を向けてみると、大小様々な倉庫が暗闇の中並んでいた。

上条「良かった」

美琴「まあ人がいなさそうなのは良いけど」

上条「ちげぇよ」

美琴「え?」

上条は美琴の方を向いた。

上条「お前が無事で良かったって言ったんだ」

美琴「!!!」

真顔で上条はそう言った。

上条「今まで大変だったろ?」

美琴「………うん」

思わず美琴は目を逸らす。

美琴「…………………」

確かに、彼女はこの2日間のことを冷静に思い返してみると、今にも心が壊れてしまいそうなぐらいだった。

上条「色々あったろ……」

上条は美琴の姿を見やる。
靴も靴下も履いていないためか、彼女の素足は汚れており、足の甲の部分だけでもいくつかの擦り傷などが見てとれた。
着ているものも薄汚れたキャラクターもののパジャマだけで、おまけに左肩部分が破けて肌が露出していた。

上条「…………………」

その視線に気付いたのか、美琴は咄嗟に左肩を右手で覆った。

美琴「…………っ」

心なしか、顔を背けた彼女の表情は何かを耐えているようだった。
気の強い彼女のことである。あまり弱気な自分の姿を見られたくなかったのかもしれない。
上条「………………」

上条はそんな彼女に慰めの言葉でも掛けようとしたが、直前に遮られた。

美琴「…………何しに来たの?」

上条「え?」

美琴「…………こんな所まで何しに来たのか、って聞いてるの」

視線を合わせようとしないが、美琴の声はどこか怒っている。

上条「……言ったろ? お前を助けにきたんだ、って」

美琴「………確かに、さっき助けてくれたことはとても感謝してる。でも………」

上条「?」

美琴「………どうせあんたも私を殺そうとしてるんでしょ?」

ギロリ、と美琴は鋭くさせた視線だけ上条に寄越した。

上条「!」

美琴「別に隠さなくてもいいわよ? 今更そんなことで驚かないから」

上条「おい待て、お前何言って……」

美琴「別に、殺るならさっさと殺っちゃえばいいじゃない。どうせあんたには能力なんて効かないんだし。そもそも私、抵抗する気なんてないし」

上条「御坂……」

突き放すように言う美琴。彼女の声は僅かに震えていた。
彼女にどんなことがあったのか、上条には詳しくは分からない。だが、かなり精神的にもハードな2日間であったことは今の彼女の様子を見るに、大体予測がついた。

美琴「それとも……こんな人気の無い所まで連れてきたんだから、エッチなことでも考えてるのかしら?」

上条「おい、ちょっと待てお前」

美琴「別にやりたいようにやれば? 煮るなり焼くなりどうぞ。どうせ私は自分でも死ねない人間なんだから、誰か他の人が殺してくれるなら丁度いいわ。あんたに引導渡してもらえるなら本望よ」

自棄になっているのか、美琴はトゲトゲとした口調で言う。

上条「待て。何勘違いしてんだよ? 何度も言うけど、俺はお前を助けにきたんだ。殺しにきたわけじゃない」

美琴「どうだか? 隙を見て殺そうとしてるんでしょ? だったら早くやりなさいよ、イライラすんわね」
上条「お前………」

美琴「………っ」

同情するような上条の目を見て、美琴は視線を逸らす。

上条「御坂………」

そんな美琴に、思わず上条は手を伸ばそうとした。



美琴「触らないでよ!!!」



上条「!!!!!」

しかし、美琴はそんな上条の手を振り払った。

美琴「黒子も……佐天さんも……初春さんも……みんな、私を見て怯えて、慄いて、憎んで、恐怖して、悲鳴を上げて、敵意向けて、殺そうとしてきて……。他の学生たちも私の顔を見るなり同じような反応して……アンチスキルには攻撃されて、学園都市全域で指名手配されて………」

上条「…………………」

美琴「私には何の身に覚えも無いのに、みんな私を犯罪者を見るような目で見てきて……。子供は私を怖がって、男たちは私を殺すか、レイプすることしか考えてなかった……っ! みんな……みんな私を汚物みたいに扱って……」

目に涙を溜め、美琴は話を続ける。それを上条はただ黙って聞いている。

美琴「だから……おかしいのよ!! みんな私を殺そうとしてるのに……誰1人、私を助けようとした人間なんていなかったのに……何で! 何であんたはいつも通りの反応してるのよ!!!」

上条「!」

美琴が上条の胸板を叩いた。

美琴「………そんな状況で、あんた1人が、何でもなさそうにしてるなんて、おかしいに決まってるじゃない!!」

胸板を叩きながら、美琴は涙目で上条の顔を見上げる。
上条「…………………」

美琴「……もうやめてよ……偽善の優しさをかけるのは……」

両手で顔を覆うようにして、美琴は嗚咽を始めた。

美琴「………もう……誰も……信じられない……信じたくでも……自分さえ……」

それ以上何も発することなく、美琴はただ泣いていた。

上条「…………………」

美琴「……グスッ……ヒグッ………」

上条「……俺は………」

そんな彼女を見て、1つタメを置くと、上条はゆっくりと口を開いた。

上条「お前がこの2日間……どんな目に遭ったのか知らない……」

美琴「……ヒグッ……グスッ……グスッ」

上条「今のお前の気持ちも、きっと俺には計り知れないものだと思う……」

美琴「……グスッ……ヒグッ……グスン」

上条「誰も信じられなくなるのも、仕方ないんだと思う……」

美琴「………グスッ……クスングスン」




上条「だけど俺には“この右手”がある」




美琴「!!!!」
美琴は咄嗟に顔を上げた。

上条「……この右手……『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は、異能の力ならどんなものでも打ち消す。それは、俺自身が置かれている状況でも関係ない」

美琴「………………」

美琴は涙を流しながら、上条の顔を見つめる。

上条「例えば、今みたいに御坂の身に突然理解不能なことが起こっても、だ」

美琴「!!」
美琴「………じゃ、じゃあ……これは……何かの超能力の仕業なの?」

上条「いや、超能力じゃない」

美琴「?」

上条の言葉に美琴は首を少し傾げる。

上条「だが、超能力と同じく、異能の力が原因であるのは確かなんだ」

美琴「…………異能の力?」

美琴は不思議そうな顔をする。

上条「ああ。俺も、その異能の力に通じているプロたちが知らせてくれたから、お前に今何が起こっているのか気付くことが出来た」

美琴「………………」

上条「彼らが言うには、その異能の力がこのおかしな状況を作り出しているらしいんだ。だけど、原因がその異能の力だったこそ、俺はこの右手のお陰で他の連中みたいにならなくて済んだんだ」

美琴「………じゃあ、あんたは……その右手があったから、他の人たちとは違って……いつも通り私に接触出来てるってこと?」

上条「そうだ」

きっぱりと上条は言った。

美琴「………そんな………」

信じられない、というように美琴は呟く。

上条「………俺も、詳しいことは分からないし、正直この状況に戸惑ってる。だけど御坂、この右手のおかげで普段通りでいられるのは確かなんだ」

美琴「………………」

上条「他に助っ人はいないし、俺もお前を放っておけない。だから御坂、信じてくれ」

美琴「…………………」
上条「俺だけは、絶対にお前を裏切らない。約束だ。だから、俺を信じてほしい」

美琴に視線を合わせ、上条は迷い無く言う。

美琴「…………………」

呆然と上条の顔を見返す美琴。

上条「…………………」

美琴「……………バカよ……」

ボソッ、と美琴は一言発した。

美琴「……………あんた……大バカよ……」

上条「……………………」

美琴「私なんて……放っておけば……こんな変なことに巻き込まれなくて済むのに……」

上条「……………………」

美琴「………自分から……首を突っ込んでくるんだもん………ホント……大バカよ」

上条「バカでも結構だ。俺は、それでもお前を見捨てたくなかったから……」

美琴「………っ」

刹那、美琴の顔が歪んだ。そして、次の瞬間には、彼女は上条に抱きつくようにして大泣きしていた。



美琴「わああああああああああん!!!!!! バカ!! バカ!! バカ当麻あああああ!!!!!!」



キョトンとしていた上条も、自分の胸の中で泣く美琴を見て、一瞬淡い笑みを浮かべると、彼女を抱き締めつつその頭を撫でてやった。
その後もしばらく、美琴は上条の胸の中で優しく抱かれながら泣き続けていた。
上条「取り敢えず今夜はここで過ごそう」

美琴「………うん」

泣き疲れた美琴の背中を優しく押し、中に誘導する上条。

美琴「…………………」

美琴が泣き止んでからしばらくして、上条たちは、長い間人が使った形跡の無い、手近の倉庫の中に潜り込んだ。
中を見回してみると、小さな一軒屋ぐらいの広さがあり、2人は奥にあった木材の側に座り込むことにした。

上条「………現在時刻は夜の0時近くか。よし……」

腕時計を確認すると、上条は立ち上がった。

美琴「?」

上条「ちょっとここで待ってろ。街まで行ってご飯とか絆創膏とか買ってきてやる。この時間ならコンビニもまだやってるだろうし……」

美琴にそう告げると、上条はその場を立ち去ろうとした。


ハシッ


上条「!」

と、入口に向かおうとした上条だったが、突然少し後ろに引っ張られる感覚があった。

上条「…………どうした?」

振り返ると、美琴が泣きそうな顔で上条の左腕の裾を掴んでいた。





美琴「…………行かないで」





小さな声で、美琴は言った。
上条「…………御坂」





美琴「…………私を……1人にしないで……」





上条「…………でも、お前この2日間ろくに何も食ってないんだろ? 足も怪我してるし……」

が、美琴は更に裾を強く掴んで上条を見つめた。

美琴「…………お願い」

上条「…………………」

美琴「…………………」

美琴は強く懇願する。その姿はまるで、レベル5の超能力者とは思えないほど、そして歳相応の女の子の顔だった。
無理も無かった。ようやく自分の味方である上条が現れたのだ。もしまた、何らかの不測の事態が起こって上条と離れ離れになることを考えると、美琴は彼を止めずにはいられなかった。

上条「………………」フッ



パサッ



美琴「え?」
突然、美琴の背中を、優しくて温かい感触が包んだ。気付くと、彼女の背中には上条が着ていた上着が掛けられていた。
上条「それ着てな。パジャマのままだと寒いだろうし」

美琴「これ……あんたの上着……」

上条「ああ。それ、実は父さんのお下がりでさ。何でも外国で買ってきたもんで、これ着てるだけで不幸が逃げるんだと」

美琴「…………へぇ…」

上条「ま、実際はそんな効果あるのかどうか胡散臭いし、譲ってもらってからも別に不幸じゃなくなったわけでもないけど、父さんからもらった時は嬉しくてさ。だからお気に入りでよく着用してたんだ」

美琴「………そうなんだ」

上条「だからさ、それ、俺にとったら宝物みたいなもんだから。そう簡単に手放したくないんだ。だから、ちょっと俺が街に行ってる間、預かっといてくれよ」

美琴「…………………」

美琴は上条の顔を見つめる。上条はそんな彼女にウインクを返してみた。

上条「な?」

実際は、上条は記憶喪失なため、その上着を父親から譲り受けた時の記憶はない。今の話は全て、記憶喪失後に会った父から口頭で聞かされた話であった。だが、その話を聞いた時、上条が嬉しく思ったのは事実であるし、またそれがお気に入りの上着であることは嘘ではなかった。

美琴「……………ふふ」

上条「?」

美琴「……………あんたにもそういうエピソードあるんだ」

口元に手を添え、美琴は笑みを零した。

上条「当ったり前だろ?」

美琴「………分かった。ちゃんと大人しくここで待ってる」
美琴は上条を見上げる。

美琴「その代わり、出来るだけ早く戻ってくるのよ?」

上条「へいへい、分かりましたよ美琴お嬢さま」

美琴「へいじゃなくてはい」

上条「はいはい」

美琴「もーう」

上条「………フッ」

美琴「………クスッ」

2人は、笑みを浮かべ合った。

上条「じゃ、行ってくるから。待っててくれ」

美琴「はーい」

それだけ言い、上条は倉庫を出て行った。

美琴「………………」

扉が閉められるまで、上条の姿を目で追っていた美琴。彼が出て行ったのを確認すると、背中に掛けられた上着を深く背負い直し、その温もりに身を浸らせた。

美琴「………暖かい……」

久しぶりに感じた人の熱はとても心地良かった。
1時間もしないうちに、上条は戻ってきていた。両手にコンビニの袋を提げながら。

上条「ほら、買ってきたぞ色々と。ご飯は何を食べる?」

床に腰掛けると、上条はコンビニ袋の口を広げた。

上条「取り敢えずこの弁当は温かいうちに食え」

上条は、温められたばかりのコンビニ弁当とペットボトルの緑茶を美琴に渡す。他にも袋の中にはパンやお菓子などがあったが、上条自身は小さなおにぎりを選ぶことにした。

美琴「…………ありがとう」

礼を言うと、空腹感に勝てなかったのか、美琴は早速コンビニ弁当を食べ始めた。

上条「飯食ったら怪我してるとこ、消毒して絆創膏貼ってやる。だけど今はゆっくり食べな」

美琴「…………うん」

お嬢さまらしい作法で食べてはいるが、よっぽどお腹が空いていたのか、どこかがっついている感があった。上条はそんな彼女を見て口元を緩めると、自身もおにぎりをモグモグと食べ始めた。

上条「さっきさ、コンビニ行った時、近くに洋服店見かけたんだ」

美琴「うん?」

上条「今はもう閉まってたけど、明日、朝になったら行って服買ってきてやるよ。さすがにパジャマだけでは動けないだろ?」

美琴「……お金はどうするの?」

上条「街でお前を探してる間に口座から下ろせるだけ下ろしておいた。つっても、元々預けてた金額も大したもんじゃないから、あまり期待は出来ないけどよ」

美琴「………そっか、ありがとう」

2人は今、小さな蝋燭の灯りを頼りにお互いの顔を視認している。蝋燭は上条が倉庫で見つけたものを、美琴が火花を散らして火をつけたものだった。
小さな灯りだったが、今の美琴には、上条の顔を見れるだけで十分ありがたかったし、そして何よりとても安心だった。

上条「とにかく今は食え」

美琴「うん……」

2人の顔を、蝋燭の淡い灯りがユラユラと照らしていた。
その頃・イギリス――。

片田舎にある、とある死んだ魔術師が住んでいたアジト。
そこで、インデックスたち『必要悪の教会(ネセサリウス)』のメンバーは今も捜査を続けていた。

インデックス「やっぱり、魔術を消す方法は無いんだよ……」

暗い顔で、インデックスがそう言った。そんな彼女を見て、共に捜査していたステイルたちは無言になった。
彼らは今、アジトの前に止めてあった、死んだ魔術師の車の前に集合していた。

神裂「どうやら、そっちの方面については諦めたほうが得策のようですね……」

顔を曇らせ神裂が言う。

ステイル「元々僕らは、国内の多くの魔術結社が不穏な動きを察知して地域毎に手分けして捜査することになったんだ。結局、僕たちのグループは小物を掴まされた形になったが……」

神裂「その小物というのが厄介でしたね」

ステイル「ああ。どちらにしろ、死んだ魔術師についてはまだ調べる必要がある。国内の大手の魔術結社と繋がってる可能性も無いとも言えないからね。ま、ここまで捜査して有力な手掛かりが見つかっていない以上、その線は低いとは思うが」

神裂「とにかく、あの魔術師が何故、件の少女を狙ったのか。その理由だけでも知っておかないと、気が気でなりません」

神裂の言葉に頷くと、ステイルは車体に背中を預けている土御門の方を向いた。

ステイル「で、あいつはどうだ?」

土御門「どうと言われてもな。ここ数時間、まるっきり連絡が無い」

土御門は肩をすくめる。

土御門「そもそもカミやんは今、携帯電話を修理に出してるんだ。だから迅速に連絡を取れる手段が無い。一応こちらの連絡先を何個か教えておいたが、公衆電話ぐらいでしか連絡を取れない現状だと、リアルタイムの情報を得られないことになるな」

ステイル「チッ、煩わしい」

神裂「ともかく、彼と繋がりがない以上、今我々に出来ることは限られてきます」

ステイル「ああ、どうやってあいつとその少女を助け出すか、だね」

煙草の煙を吐きつつ、ステイルは確認する。

神裂「この魔術はその性質から『世界最凶』と称されるものです。世界を滅ぼすようなものでなくても、困ってる誰かがいる以上、放ってはおけません」

インデックス「うん、その通りなんだよ……」

相変わらずインデックスは暗い顔で言った。
その場にいる4人の間に、軽い絶望感が漂っているのは気のせいではなかった。

土御門「(………カミやん、もう頼れるのはカミやんしかいないぜよ……)」
上条「単刀直入に言う。御坂、今お前の身に起こっているそれは、とある『魔術』が引き起こしてるんだ」

美琴「……まじゅつ?」

学園都市。取り敢えずの食事と傷の応急処置を終えて、上条は美琴に現在起こっていることについて話すことにした。
上条が口に出した「魔術」という単語。美琴はその言葉にキョトンとする。

上条「………あまり驚かないんだな」

美琴の反応を見て上条は少し不思議そうな顔をした。

美琴「………うん、何だろ? さっき既にあんたから、これは超能力とはまた違った異能の力が原因って聞かされてたから……。それに私実はさ、ロシアに行った時、それっぽいの見てるんだ」

上条「そうだったのか……」

美琴「そりゃ『魔術』だなんていきなり言われても何のことかサッパリ分からないし、そんな知識も無いけど……現状が現状だから。信じるしかないじゃない?」

上条「………………」

平静を装っているが、美琴の表情はどこか辛そうだった。自分には理解不能な現象が自らの身に降りかかっていると聞かされれば、当然のことと言えた。

美琴「……それで、その『魔術』とやらはいつ効果が消えるの?」

上条「…………っ」

多少期待を込めた表情で美琴は訊ねる。上条はそんな彼女の顔を見て思わず目を逸らしてしまう。

美琴「? どうしたの?」

だが、このまま黙っているわけにはいかなかった。

上条「ごめん御坂……」

美琴「え?」

上条「効果は消えない」

美琴「……………え」

1度、躊躇いを見せたが上条は言い切った。

上条「もう、元の状況には戻らない。ずっと、お前はこのままなんだ……っ」
美琴「……………………」

上条の言葉を耳にし、美琴は1秒前の表情のまま、口を閉じた。

上条「……………………」

身体をワナワナと震わせる上条。美琴はそんな彼から視線を外し、静かに呟いた。

美琴「…………そっか」

上条「………?」

美琴「はは、そうなんだ……」

だが、彼女は大してショックを受けたような感じではなかった。ただし、あくまで表面上はだが。

美琴「へー………」

上条は素っ気無い反応を見せた美琴に顔を向ける。横顔になった彼女の瞳が、僅かにだが潤んでいた。

上条「…………っ」

瞬間、上条は叫んでいた。




上条「ごめん!!」




美琴「え?」

上条「ごめん御坂!!」
美琴「? ……どうしてあんたが謝るの?」

頭を下げる上条を見て美琴は不思議がる。

上条「だってっ……! 俺、何も出来なかったから……」

美琴「ちょっと待って……。別にあんたのせいじゃないんでしょ?」

上条「そうだけど……でも俺、御坂が逃げ回ってる間、御坂に何が起こっているのか気付くことも出来ずにいた……。インデックスや土御門が教えてくれたから気付けたけど……あいつらから電話がなかったら、御坂のこと知らないままだった……」

美琴「……そんなの…あんたに関係ないじゃない……」

上条「この右手があるのに……お前を元の状態に戻すことも出来ない……。何が『幻想殺し(イマジンブレイカー)』だよって思うんだ」

悔しそうに上条は言う。

美琴「やめてよ……」

上条「お前1人助けられないなら、いっそのことこんな右手いらないって……」




美琴「やめて!!!」




上条「!!!!」
上条が顔を上げる。

美琴「やめてよ……。あんたのせいじゃない……」

上条「でも……」

美琴「違う! あんたのせいじゃない。むしろ、私あんたに感謝してる」

上条「御坂……」

美琴「お願い。自分を責めるのはやめて」

美琴は上条を見つめる。

上条「…………分かった。ごめん取り乱して。悪かった……」

美琴「いいの。だから、私に何が起こったのか。それだけ教えてほしい」

蝋燭の寂しげな灯りを間にして、2人は面しあう。

上条「後悔……しないか?」

美琴「……本当は……怖いけど……」

上条「そっか」

美琴「…………うん」

複雑な表情を浮かべた美琴を見、上条は1拍置くと続きを話し始めた。
美琴の身に今降りかかっている凶事とその発端である、とある魔術。それを説明すべく、上条は続きを話し始めた。

上条「俺も詳しいことは分からないし、イギリスでいち早くお前に発動された魔術の存在に気付いた奴らも大したことは分かっていない。だが、これだけは確かだ。お前を対象に発動された魔術。その名前は……」

美琴「………………」




上条「『  孤  絶  術  式  』」




美琴「こぜつ……じゅつしき?」

美琴は眉をひそめる。初めて聞いた言葉だったが、耳にする限りあまり良い印象は受けなかった。

上条「インデックスって知ってるだろ?」

美琴「ああ……シスターのあの子」

上条「実はあいつも魔術のエキスパートでさ、古今東西様々な魔術の知識があいつの頭の中に入ってる」

美琴「そうだったんだ……。すごいね。全然知らなかった……」

普通ならその衝撃の事実に驚いてもいいはずだが、状況が状況だけに美琴はそうはならなかった。

上条「まあ、インデックスのことはまた別の機会に話すけど、とにかくそのインデックスが言うには、今お前を対象に発動されている魔術の名は『孤絶術式』であることは間違いないらしい」

美琴「…………『孤絶術式』ね」

美琴は自分で確かめるようにその名を反芻する。

上条「肝心なその中身だが……インデックスが言うには、この魔術は、任意の人物を1人だけ、まるで別世界に迷い込んだように今までの人間関係を全て破壊してしまうんだ」

美琴「…………………」

上条「家族、友人といった間柄をな。そして『弧絶術式』の発動を受けた対象の人物は、周りの人間からまるで史上最悪の残虐非道な犯罪を犯した凶悪犯のように見られてしまうというわけだ」

美琴「………へぇ」

美琴は上条の説明に対して、さっきからあまり大した反応を見せていない。だがそれは、負けず嫌いな彼女なりの現状に対する小さな抵抗だったのかもしれない。普通だったら誰であれ、上条の話を聞けば、泣き出すだけでは済まないはずである。

上条「インデックスたちがイギリスで調査した結果、その発動範囲はこの学園都市全域であることが分かった」

美琴「……この学園都市全域……」
上条「ああ。単刀直入に言う。御坂……現在、この学園都市にお前の味方は誰一人いない」

美琴「…………、」

上条「俺を除いてな」

美琴「…………………」

上条「お前は……この学園都市にいる限り、幸せにはなれない。たとえレベル5の超能力者だったとしても、ここにいる以上お前に待ち受けているのは、“最悪な結末”だけだ」

はっきりと、上条は言った。

美琴「…………………」

美琴はただ、顔を背けて無表情で黙っているだけだった。
そんな彼女の様子に、一瞬目を伏せた上条は声を掛けようとする。

上条「みさ……」

美琴「あのさ!」

上条「!」

が、その前に遮られてしまった。

上条「な、何だ?」

美琴「うん、あんたの説明のお陰で私に何が起こってるのか大体理解した。でー……その魔術とやらは解決する方法とか無いの?」

明るく努めて美琴は訊ねる。まるで自分はほとんどショックなど受けていないと言いたげに。
本音なら、上条はもうこれ以上、彼女が絶望を味わうような事実は教えたくなかった。だが、隠したところで逆に彼女を苦しめることになるかもしれない。よって、上条は知っている限りのことは全て教えようと判断した。

上条「………魔術にも色々あってな。絶対に解く方法が無いってわけでもない」

美琴「そ、そうなんだ」

僅かに美琴の顔に期待の色が浮かんだ。

上条「だけど今回だけは無理なんだ」

美琴「…………え?」

一瞬、美琴の顔が曇った。
上条「この『弧絶術式』は数ある魔術の中でもかなり特殊なものでな……解除方法が無いんだよ」

美琴「……………え」

上条「『弧絶術式』は術者が自らの身体に術式を描き、自らの体内にあるエネルギーを使って精製される。聞いた限りだと、何のことはない普通の魔術に見えるけど……実は、長い歴史の中でこの魔術を使う人間はほとんどいなかったんだよ」

美琴「………何で?」

呆然とした表情のまま、美琴は無意識に訊ねる。

上条「この魔術の発動条件には、術者本人の『死』が必要不可欠だからだ」

美琴「?」

そう言われても美琴には何が何だか分からない。

上条「つまり、自らの身体に術式を描いて莫大なエネルギーを体内から直接得るため、術者本人はその発動時における桁外れのパワーで死んじまうんだよ」

美琴「………………」

上条「発動された以上、術者本人が死んじまうんだから、術者が魔術を止めることは当然出来ない。そんなリスクがあるのに、発動される魔術の効果は、人間1人殺すことも不可能。せいぜい対象の人物の人間関係を『最悪』という形で破壊させるだけ。……まあそれでも、その人物にとったら冗談で済まないんだがな……。そんな性質からか、この『弧絶術式』は別名として『自殺術式』とも呼ばれてるんだ」

静かに、上条は説明し終えた。

美琴「…………………」

美琴は何も返さない。ただ、無言でいるだけだ。
上条は彼女の顔を直視出来なかったため俯いていたが、その沈黙は彼にとって耐え切れられるものではなかった。

上条「……………っ」

美琴「……で、でもさ」

と、そこで美琴は再び上条に訊ねてきた。

上条「……ん?」

美琴「ほ、ほら、あんたにはそれがあるじゃない」

美琴が指差した先には、上条の右手があった。

美琴「その……あんたの右手は異能の力なら何でも打ち消しちゃうんでしょ? 現に、あんただけ私を見ても普段通りでいられるんだし」

上条「…………ああ」

美琴「………だったら…あんたがイギリス…だっけ? そこまで行って術者の死体に描かれてる術式に触れればいいんじゃない?」

魔術のことは知らないとはいえ、美琴は飲み込みが早かった。それか、上条の説明の節々から、少しでも解決策を見つけようとしていたのかもしれない。
美琴「……いえ、そんなことしなくても、時間掛かってでも学園都市の住人の頭とか身体とか触ってったら、何となるんじゃない?」



上条「無理だ」



美琴「!!!!!!」

少しきつい言い方になると思ったが、美琴の目を見据えて上条は断言した。

美琴「…………っ」

上条「『弧絶術式』は大元を何とかしない限り解くことは出来ない。大元、ってのはつまり術者本人か術式のこと」

美琴「だ、だからさ、その死んだ術者の身体に描かれた術式にあんたが右手で触れれば……」

上条「術式は消えてる」

美琴「え?」

上条「術者が死んだと同時、術式は消滅してるんだ……」

どこか辛そうな表情を見せ上条は言う。

上条「『弧絶術式』は発動と共に術者が死んで術式が消える。発動されれば永遠にその効果は消えない。だから術者はもう、ただの死体になってるだけで、仮に俺がイギリスまで行ってその死体に右手で触れたところで何も変わらない。……そう……変わらないんだよ………」

ググッと握った右拳を震わせる上条。
自分の無力さを噛み締めているのか、彼はどこか悔しそうだった。
美琴「…………………」

美琴は悟る。今、目の前にいる少年は、本当に自分を助けようとしていたことを。そしてそのためなら、何でもする覚悟であったろうことも。
だが、彼の自慢の右手でも、今美琴を苦しめている原因を取り除くことは出来なかった。それが、強い信念を持つ彼にとってどれだけ耐えられないことか。美琴には痛すぎるほど分かっていた。

上条「ごめん……御坂……」

美琴「…………………」

それでも彼は嫌になって諦めたりもせず、自らの身を危険に晒してでもここまで来てくれた。ただ、美琴を助けるために。それだけのために。学園都市という巨大な街を敵に回してでも。

上条「ごめんな……」

そう呟く上条の右手はまだ震えていた。
そんな彼を見ると、美琴はこれ以上、彼の口から謝罪の言葉なんて聞きたくなかった。言わせたくなかった。

美琴「…………………」スッ…

上条「!」

だから美琴は、そんな上条の右手にそっと自分の左手を置いた。
同時、彼の右手の震えが止まった。

上条「御坂………」

上条が顔を上げる。そこには、蝋燭の淡い灯りで照らされた美琴の優しい顔があった。

美琴「ありがとう……」

上条「………え?」
美琴「私、とても嬉しいの。あんたがそこまでして助けにきてくれたことが……」

上条「でも俺は……」

美琴は首を横に振る。

美琴「十分だから。ここまで助けにきてくれたことだけで十分だから……。だから、もう自分を責めないで……お願い……」

本当ならとても泣きたいはずなのに、それどころか美琴はただ、微笑み、上条の怒りを、悔しさを癒そうとしている。

上条「………御坂………」

美琴「ありがとう、当麻」

ニコッと美琴は微笑む。

上条「………………」

その微笑みを見て上条は思う。もう自分を責めるのはやめようと。そして彼女を助けるために全力を注ごうと。

美琴「………でもね」

上条「………ん?」

と、そんな上条に美琴は頼んでいた。

美琴「1つだけ、お願いがあるの……」
暗く、がらんどうな倉庫を、1つの小さな蝋燭の火が寂しげに照らす。
そんな中、上条は蝋燭が揺れる様をずっと眺めていた。自分の左肩に、美琴の頭を乗せながら。

上条「…………………」

上条は横目で美琴を見る。彼女は今、静かな寝息を立てて心地良さそうに眠っていた。

上条「(御坂………)」

上条から全ての事情を聞き終え、美琴が彼に求めた願いはたった1つ。今日は離れずに、一緒に眠ってほしいということだった。
何故そんなことを頼んできたのか。美琴は理由を述べなかったし、上条もまた聞こうとしなかった。上条はただ、「分かった」と言って彼女の願いを聞き入れてあげた。

美琴「スー……スー……」

歳相応の寝顔を浮かべながら、美琴は上条に身体を預け寝息を立てている。
この2日間、ろくに寝ていなかったのかもしれない。上条の肩という絶対安全・絶対安心な枕を見つけて、彼女はすやすやと熟睡していた。

上条「…………………」

そんな彼女を見て上条は思う。自分はもう、戻れないところまで来てしまったのだと。
彼女を助けようと決心した限り、上条は学園都市を敵に回すことになる。そしてもう彼女を1人ぼっちにすることも出来ない。否、初めから見捨てる気など更々無かったが、どの道この状況は上条にとっても軽いものではなかった。何せ、今まで住んできた学園都市と決別しなければならないのだから。

上条「(覚悟、決める時だな)」

もう、寮には戻れない。学校にも戻れない。美琴と共に逃げる以上、親友や教師たちとも二度と会えないだろう。記憶を1度失っているとはいえ、今まで築いてきたものを捨てるのは上条にとっても勇気のいることだったが、美琴のことを思うと、それも1つの選択と言えた。

上条「(この先どうなるかは正直分からない。だが……)」

上条は美琴の寝顔を見る。

上条「(安心しろ御坂。俺が側についている以上、絶対にお前を死なせない)」

彼は、固く決心する。

美琴「……ん……当麻……」

上条「!」

寝言だった。

美琴「あり……がと……う……」

上条「……………………」

上条は改めて心に誓う。彼女を絶対に死なせはしないと。命に代えてでも、彼女を絶対に守ってみせると。
翌朝――。

朝日が街を照らし始めた頃、上条と美琴の2人は目を覚まし、いつもより早い朝食を摂っていた。
朝食、と言っても昨晩コンビニで買ってきたパンと紙パックのジュースだったが。

美琴「ごちそうさま」

上条「おう」

美琴「だいぶ、元気も回復したわ。ご飯と睡眠のお陰かな?」

確かに、美琴の声は昨日よりどこか、はつらつとしていた。ご飯と睡眠のお陰、と言うよりもやはり上条の存在が大きかったのかもしれない。

上条「さて……と」

立ち上がる上条。そして彼は美琴の顔を見てとんでもないことを彼女に聞いた。





上条「御坂、お前のスリーサイズ教えろよ」キリッ





美琴「………………………」

上条「………………………」

美琴「………………………」

上条「………………………」

美琴「…………………え?」

この間、10秒――。


上条「いや、だからさお前のスリーサイズ教えt」


美琴「って何平然な顔して聞いてんじゃこの変態があああああああああ!!!!!!」ドゴッ!!

上条「ぶふぉっ!!!」

顔を真っ赤に彩り、美琴の怒りの鉄拳が上条の顔面に決まった。
上条「な、何するんですか御坂さん!?」

美琴「そ、それはこっちの台詞よ!! 何の脈絡もなく黒子みたいなこと言って……お、驚いたじゃない……//////

上条「ち、違う違う!! 変な意味で言ったんじゃない!!」

美琴「どう聞いても変な意味にしか取れないんですけど?」ジロリ

上条「いや、だからさ服だよ服」

そう言って指差す上条につられ美琴が自分の身体を見る。

美琴「あ……」

上条「街中移動するならパジャマじゃ目立つだろ? だからほら、昨日俺がコンビニ行く途中で見かけたカジュアルショップで服買ってきてやるから、サイズ教えろって言ったの」

美琴「そ、そっか。確かにパジャマのままだとヤバイよね」

上条「ああ。だろ?」

美琴「……………………」

上条「……………………」

美琴「ってそれ差し引いても、どっちみちあんたの台詞は変態と変わらないんですけど!!」

上条「わ、分かった! 悪かった! 謝る。ごめん! ただそのままの格好でまずいのは確かだ。だから俺が代わりに服買ってくるから、サイズとか教えてくれ」

美琴「(にしてもいきなりスリーサイズはおかしいでしょうに。ま、こいつは天然なんだろうけど……)」

心の中で愚痴る美琴。

上条「どっち道ここから出るにはパジャマのままじゃきついからな」
美琴「…………………」

上条「?」

と、そこで美琴の顔が僅かに曇った気がした。

美琴「……あんた、1人で行くの?」

上条「え? そうだけど」




美琴「私も行く」




上条「は?」

美琴「私も一緒に行く」

上条から顔を背け、目を伏せながら美琴はそう言った。

上条「ちょっと待て、俺の話聞いてたか?」

美琴「やだ……」

上条「え?」

美琴「また私を1人にしようとしてる……」

上条「御坂………」

拗ねるように美琴は言う。その表情は暗い。

美琴「…………………」

まるで親に怒られた子供のような態度を見せる美琴。

上条「(こいつ………)」

美琴「………………ごめん」

上条「え?」
が、そんな自分の態度がさすがに大人気ないと思ったのか美琴は謝ってきた。

美琴「ごめん……あんたは……私を助けてくれるって言ったのに。そんなあんたを私が信じないのはダメだよね……」

上条「………………」

美琴は気まずそうに話す。

美琴「…………、」

上条「いや」

美琴「え?」

上条に顔を戻す美琴。

上条「今の状況なら仕方ない。気にすんな」

美琴「…………でも……」

上条「だけどさすがにその姿じゃ外には出られない。だから、昨夜みたいにすぐ帰ってくるから。ここで待っててくれないか?」

美琴「………うん……分かった」

上条「………………」

その後、上条は美琴から服のサイズを一通り聞き終えると街へ出ることにした。一応、女の子として男に教えるには恥ずかしいサイズも伝えた美琴だったが、相手が上条だったので特に抵抗は無かった。取り敢えず上条はこの世で唯一、美琴のスリーサイズを知った男ということになる。そして………

美琴「なるべく早く戻ってきてね」

上条「分かってる」

美琴「絶対だよ?」

上条「ああ」

名残惜しそうに見送る美琴に手を振り、上条は倉庫を出て行く。美琴の姿を最後まで視界に捉え、上条は扉を閉めた。

上条「…………………」

そのまま彼は歩き始める。

上条「(御坂のやつ……妙に寂しがりになってやがる。いや、どっちかと言うと子供っぽくなってるような……)」

上を仰ぐと、真っ青な空に白い雲が広がっていた。

上条「(無理も無いか。あんなことがあったら……)」

1つ溜息を吐き、上条は街へ向かって歩き始めた。
昨晩よりかは遅くなったが、上条は言った通り美琴の元へ帰ってきた。

美琴「遅い」

上条「だからごめんって……」

美琴「すぐ帰るって言った」

頬を膨らませる美琴。どうやら上条の帰りが思ってたよりも遅かったため、怒っているようだった。

美琴「すぐ帰るって言ったのに………」

上条「(御坂……)」

美琴「………もういいわ。で、服買ってきてくれたの?」

少し言いすぎたと思ったのか、美琴は気まずそうな顔を一瞬すると、横目で訊ねてきていた。

上条「ええそりゃもう。美琴お嬢さまのために、この上条当麻、洋服一式取り揃えてきましたよ」

美琴「よろしい」

上条「冗談言ってる場合か。ほれ、言った通りのサイズのもん、買ってきた。着てみろ」

美琴「あ、うん」

美琴は上条から服が入った袋を受け取り、その中を覗く。

美琴「…………あんたのことだから、変なセンスの服選んでないか心配ね」

上条「馬鹿言え。わざわざ店員さんにアドバイスしてもらったんだぞ。『女の子の服買いにきましたー』とか言うだけで恥ずかしかったんだからな」
美琴「ふふ、ざまあみろー」

上条「はいはい、ほらいいからまずは着てみろよそれ」

美琴「そうね。まずは着てからよね」

上条「ああ」

美琴「…………………」

上条「…………………」

美琴「…………………」

上条「…………………」

美琴「……………え?」

上条「……………え?」

美琴「?」

上条「?」

美琴「……………………」

上条「……………………」

美琴「って人の着替え覗く気かあんたはーーーーーー!!!!!」ビリビリッ

上条「ぎゃああああそういう間でしたかごめんなさい御坂さああああああん!!!!」
しばらくして。

上条「何で俺が隠れるほうなんだよ」

上条は倉庫の端の、美琴の姿が見えない所で体育座りをしながら彼女が着替え終えるのを待っていた。

美琴「ちゃんとそこにいるんでしょうねー?」

美琴の声が聞こえてくる。

上条「はいはいちゃんといますいますってば。ってかもうそろそろいいかー?」

美琴「ちょっ……ま、待ってまだ来ないで……//////

上条「フー……やれやれ」

美琴「あ、も……もういいかな?」

許可の返事が出た。まったくこれだから最近の女の子は、と呟きながら上条は立ち上がり美琴の所まで戻っていった。
そして………




美琴「ど、どうかな?//////




上条「…………っ」

絶句だった――。
上条が美琴の所まで戻ると、彼女は両手を広げるようにして着替えた姿を見せてきた。
服のプロの店員が選んだためか、それとも普段から彼女の私服姿を見ていなかったためか、その姿は上条に衝撃を与えた。

上条「(不意打ちだろ………)」

そもそも店員のアドバイスを受けながら、その服を選んだのには理由があった。

美琴「でも、何だかロシアに行った時の服みたい」
そう、それは上条がかつてロシアで美琴に会った時に見た姿格好とよく似ていたのだ。ただ、ロシアの時ほど厚着ではなかったが。

上条「(ロシアで見た時、印象に残ってたから、うろ覚えの記憶で選んでみたけど……正直破壊力ありすぎだろ………)」

美琴「ね、ねえ? どうなの?」

ヒラリと舞うように一回転してみせる美琴。フリルのスカートがふわっと揺れる。

上条「!!!!!!!!」



美琴「似合ってる……かな?//////



上条にどう思われているのかよっぽど気になるのか、美琴は恥ずかしそうに頬を染めながら上目遣いで訊ねてくる。さすがに鈍感の上条でもこれは効いたようだった。

上条「(あ……あれ? み、御坂ってこんな可愛かったんだ……。そ、そうだよな……何だかんだ言って、お、女の子だもんな……//////)」

美琴「ね……ねぇってばー」

上条「あ……う……その……」

しどろもどろして、キョどる上条。

美琴「?」

上条「……………か」

美琴「え?」




上条「可愛いんだな、結構……//////




美琴「!!!!!」ボンッ

と音を立て美琴の顔がりんごのように赤くなった。
美琴「ちょっ……な……あ……う………」

熱くなった自分の顔を持て余し、キョロキョロと四方に視線を向ける美琴。

美琴「……も……もーーーーーう!!!!」

頭に被っていたファーの帽子で顔を隠し、彼女はブンブンと首を振る。

美琴「もーーーーーーーーーーーーーう!!!!!!/////////////

牛のように叫んだ彼女はやがて顔を見せると、上条に叫んでいた。

美琴「バ、バカぁ!!!!////// は、恥ずかしいこと言ってんじゃないわよ!!!//////

上条「ご、ごめん! ……マジで」

美琴「……………………」

上条「……………………」

美琴「…………////////

上条「…………////////

美琴「////////////////

上条「////////////////

美琴「……………………」

上条「……………………」

美琴「……………そろそろ行こっか」ボソッ

上条「……………そ、そうだな」ボソッ

2人はまだ、若かった。
ガラガラガラ、と重量のある音を響かせ、上条は倉庫の扉を開ける。東から降り注いだ太陽の光が倉庫の入口付近を照らした。

上条「なるべくどこのルートを通るかは考えるけど、お前は追われの身だ。帽子を深く被ってマフラーも口が覆うように巻いとけ」

朝日に目を細めつつ、倉庫の外をキョロキョロと窺いながら上条は後ろにいる美琴に言う。

美琴「……う……うん」

上条「誰もいないな。よし、行くぞ」

倉庫から足を踏み出す上条。しかし、彼は何かに気付き倉庫の中を振り返った。

上条「………どうした?」

胸に腕を添え、少し俯き加減の美琴。倉庫の内部入口付近には、朝日が少し注ぎ込んでいたが、彼女はまだその先の暗い陰の中に佇んでいた。

上条「早く行かないと」

促す上条。と、そこで彼は美琴の異変に気付いた。

上条「(震えてる……)」

よく見ると、美琴は僅かにだが身体をブルブルと震わせていた。更に彼女の顔に注意を向けると、どこか不安そうにしているのがよく分かった。

上条「(怖いのか……)」

考えてみれば当然だった。美琴は昨日までの2日間、訳も分からないまま学園都市の学生たちに追われ、殺されそうになっていたのだから。
ようやく唯一の味方である上条に出会え、安心したところだったのだ。また街へ出るのに抵抗を感じるのも無理は無いはずだった。

上条「御坂、行こう……」

美琴「う……うん………」

言われ、美琴は1歩踏み出そうとするが、すぐに足を引っ込めてしまう。
上条「…………………」

間違いない。彼女は相当弱っている。肉体的と言うよりは、どちらかと言うと精神的に。
歳相応の怯えた表情を見せる彼女は、上条にとっては新鮮な姿に映ったが、代わりに以前目にしていた学園都市第3位の超能力者としての面影はほとんど消えていた。

美琴「…………………」

上条は美琴をそんな風にした学園都市の学生たちに一瞬、怒りを覚えた。だが、彼らを憎んだところで仕方がない。彼らにとって美琴は史上最悪の犯罪者であって、ただ自分の正義感に従って行動しているだけだ。無論、それで美琴をよってたかって嬲り殺して良い理由にはならないが。
だが、彼らだって知らず知らずのうちに、とある魔術師の魔術に掛けられていた言わば被害者でもある。真に憎むべき敵は他にいたが、どちらにしろ、その敵が既に死んでいる限り、これ以上深く考えても意味は無かった。

上条「御坂………」

美琴「!」

なら、今自分に出来るのは1つだけ。そう考えた上条は、美琴に優しく声を掛け、手を差し出していた。

美琴「…………………」

美琴は上条の顔と差し出された右手を交互に見る。
上条の右手……『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という、異能の力ならば何でも打ち消してしまう不思議な右手。そして、この理解不能の状況下、唯一彼に正気を保たせ、美琴を救ってくれた右手。

上条「大丈夫だ」

大きく頷き、美琴の目を見据えながら彼はそう言う。絶対的な安心感と信頼感を見せながら。

上条「俺がついてる」

美琴「……………、」

笑みを見せる上条。普通の人間ならば、こんな状況絶対関わりたくないはずなのに。見て見ぬ振りをするのが一番賢い判断なのに。それなのに、彼は嫌がることもせず、美琴の元へ駆けつけた。己の身も省みず。ただ、美琴を助けるためだけに。
美琴「…………当麻……」

その名を口にする。それと同時、目の前の少年に対する何物にも変えられない期待感が膨れていくのが感じられた。
彼なら大丈夫。彼なら絶対に自分を見放したりしない。絶対に守ってくれると。彼になら自分の身を任せてもいいだろうと。






上条「二人で一緒に逃げよう」






迷いも無く、上条は恐怖で包まれた美琴の身体を癒すように言った。
対して、それに答えるように美琴は1つ返事をした。






美琴「……………うん」






美琴の足が、朝日照らす地面に踏み出された。
2人の手が、固く、強く、握られた。
今、少年と少女は果てしない逃避行を始める――。
イギリス・某所――。

ステイル「むしゃっ……モグモグ」

土御門「2人とも、少しは食べないと力が入らんぜよー」

ステイルと土御門が間食のサンドイッチをムシャムシャと頬張りながら、向かいに座る2人に言う。

インデックス「…………………」

神裂「………あまり、食べる気にならないんですよ」

美琴に『弧絶術式』を掛けた末に死んだ魔術師が住んでいたアパート。今、4人はその一室で一時の休憩をとっていた。

ステイル「ま、人が死んだ場所でご飯を食べるのも気が引けるのも分かるけどね……モグモグ」

インデックス「…………………」

神裂「……どちらにしろ、今は食べる気がしないだけです。まるきっり解決策が見つからない……」

ステイル「……あいつは……彼女をちゃんと保護したのかな?」

サンドイッチを眺めながら、ステイルが呟いた。

土御門「……取り敢えずカミやんには、出来るだけ連絡寄越すよう言っているが……カミやんは携帯を修理に出してるし、超電磁砲も携帯を持っていない可能性が高い。電話することすら難しいだろうな」

神裂「それどころか、彼がまだ少女を保護していない可能性も有り得ます」

ステイル「少女は学園都市第3位の実力者。心配するようなことはないだろうが、所詮はまだ14歳の子供だ」

土御門「ま、カミやんのことだから意地でも超電磁砲を探し出してるだろうが……学園都市の住人は230万人。2人だだけでどこまで逃げれるか……」

土御門の言葉を機に、3人は一斉に無言になった。

インデックス「…………だよ」

土御門ステイル神裂「?」

と、そこで今までずっと黙っていたインデックスが久しぶりに口を開いた。

インデックス「…………とても厳しい……状況なんだよ」

俯き、暗い顔を見せインデックスはそう語る。

インデックス「……『孤絶術式』は術者が自らの命を代償にして発動する絶対に解除不能な最凶魔術。被害を受けるのはせいぜい1人だけど、その人間は死にたくなるほどの絶望を味わうことになる。元は、暴君な王様や私利私欲のために人々を虐げる貴族たちに対抗するために作られた古式魔術。近代では……戦争相手の指導者を狙うために発掘され現代用に改造された中興魔術なんだよ……」

土御門ステイル神裂「…………………」

インデックス「…………その性質上、実際に発動させた術者は両手で数えるもいないけど、発動を受けた対象の人間は、実際に殺されているか、または社会的に抹殺されてるんだよ」
インデックス「………私のせいなんだよ……」

と、その時だった。一瞬、インデックスの表情が歪んだと思ったら、数秒後には彼女の両目から涙が零れ落ちていた。

インデックス「………私の……せいなんだよ……」

土御門ステイル神裂「!」

インデックス「………この町に入ってから……『孤絶術式』の臭いは微妙に感じ取ってたのに……もしもっと早く……その正体にはっきりと……気付いてたら……ううっ……間に合ったかも……しれないのに……」

遂にインデックスの涙腺が崩壊したようだった。彼女は子供のようにワンワンと泣き始めた。

インデックス「………うああああ……私が……私がもっど……もっど早ぐに……」

ステイル「……な、何を言っているんだいインデックス? き、君のせいじゃないよ!」

泣き始めたインデックスにオロオロとし、ステイルは必死に慰める。

神裂「その通りですよインデックス。貴女が泣く必要も責を負う必要もありません。真に悪いのは、魔術師なんですから」

インデックス「……でも……私には……短髪の『孤絶術式』を解く……知識も無い……103000冊の…魔導書が頭の中に……入ってるくせに……」

ステイル「い、インデックス!」

インデックス「うるさいんだよ! 悪いのは私なんだよ! 慰めなんていらないんだよ!」

泣きながらインデックスはそこら辺に落ちてあった、クシャクシャに丸められた紙をステイルに向かって投げ始めた。

ステイル「わっ……ちょっ……インデ……やめ……いたっ!」

土御門「……やれやれ」

そんな中、土御門は溜息を吐く。

神裂「如何ともしがたいですね」

土御門「全くだな。動けない、ってのが一番もどかしい」

神裂「どうしますか?」

土御門「元に戻すことは不可能。だが……」

神裂「………………」

土御門「最悪の結末を回避する手助けなら、俺たちにも出来る」

言って、土御門はステイルを泣きながらポカポカ叩いているインデックスに顔を向けた。

土御門「やるしかないだろ」
学園都市――。

黄泉川「何か有力な情報は見つかったか?」

警備員「いえ、残念ながら……」

黄泉川「分かったじゃん」

報告してきた部下の警備員にそう告げ、黄泉川は正面に立っていた学生たちに顔を戻した。

黄泉川「どう思う?」

今、黄泉川たちがいるのは某学区にある郊外だ。昨夜、美琴が街中で暴れているとの通報を受け、事態を重く見たアンチスキルは、隷下の部隊に捜査範囲を広げるよう厳命。目撃談から、黄泉川の部隊はこの学区の街の外れにまで捜査の手を広げていた。本当は、管轄区域を越えていたが、黄泉川は特に気にする素振りも見せなかった。

黄泉川「私としては、この辺りに“奴”の臭いを感じるじゃん」

周囲に、アンチスキルの隊員や車両が展開される中、黄泉川は車体に背中を預け目の前の学生たちにそう言う。

黄泉川「奴が簡単に諦めるとは思えない。恐らくまだ遠くにも行ってないはずじゃん」

腕組をしながら推測を述べ、黄泉川は学生たちの意見を聞いてみることにした。

黄泉川「お前らは奴と親しかった身。御坂美琴はどこへ行ったと思う?  白  井  」





黒子「私も大体同じ意見ですわ」





訊ねられ、黒子は真剣な顔で答えた。
黒子「いくら学園都市第3位の超能力者とはいえ、所詮は私たちと同じでまだ子供。出来ることは限られてきます。貴女がたもそう思うでしょう?」

黒子が視線を向けた先……2人の少女が同時に頷く。



初春「私もそう思います。更に、御坂美琴は財布も携帯電話も持っていないはず。交通手段を使えるとは到底思えないです」


佐天「あたしは2人みたいにプロじゃないし、一般人だから犯罪者の行動心理とかはよく分からないけど、あたしも御坂美琴がそう遠くまで行ってるとは思えないです」



黒子の側にいた初春と佐天が自分なりに立ててみた推測を口にしてみる。

黄泉川「お前らは奴と親しかったからな」

黒子「冗談でもお止めになって下さいまし。あの御坂美琴と親しかったなどと、私たちにとったら消しても消せない過去なのです。この先一生、その過去を背負っていかなければならないと考えると、ゾッとしますの……」

黒子と佐天と初春が一斉に黙り込む。

黄泉川「まあ気に病むことはないじゃん。誰にだって消したい過去・記憶はある。私は別にお前らが御坂美琴と親しかったって言われても特に何も思わないしな。だが、お前ら自身がそのことに対して何か後ろめたい物があると言うのなら、それはお前らが自分で解決すべきじゃん。だからここに来たんだろ?」

黒子「ま、否定はいたしませんわ。ところで……」

不意に、黒子がジャッジメントらしい鋭い視線を見せた。

黒子「昨晩の御坂美琴について、不可解な点があるらしいですが?」

初春「ああ、何でも学生たちが御坂美琴を追い詰めたのに、逃げられたって件ですか?」

佐天「確かあと一歩で仕留められるところだったんですよね?」

3人の質問に、黄泉川は頷く。

黄泉川「なんでも……目撃談では、突然現れた1人の男が奴を連れて逃げ出したとか……」

黒子「…………………」

黄泉川「…………………」

黄泉川と黒子の視線が交わる。
黄泉川「どうやらお前は何か心当たりがありそうだな」

初春「えっ? そうなんですか?」

佐天「その男が誰か知ってるんですか白井さん?」

横目で初春と佐天を見ると、黒子は静かに呟いた。

黒子「ま、心当たりが無いと言えば嘘になりますわね……」

佐天「でも、あんな犯罪者を助けるなんて……どういう神経してるんでしょう」

初春「仲間でもいたんでしょうか」

黒子はその男の顔を思い浮かべる。

黒子「(まあ、現状ではまだ何とも言えませんが……)」

その時だった。

警備員「黄泉川隊長!」

突然、横合いから1人の警備員が割り込んできた。

黄泉川「どうした?」

警備員「近くにあった倉庫で不審なものを見つけました」

黄泉川黒子佐天初春「!」

驚き、黒子たち3人が顔を見合わせる。
真剣な表情を浮かべ、黄泉川が言った。

黄泉川「よし、そこまで案内するじゃん」
その頃――。

外に出てから1時間と少しが経過した。今、上条と美琴の2人は、学園都市の境界近くまで歩いてきていた。

上条「俺たちがいた場所が幸いしたな。こんな早く『外』との境界まで辿り着くとは」

上条は後ろを歩く美琴に声を掛ける。
帽子を目深に被り、マフラーで口元を覆った美琴はそう言われ、視線の先に聳える学園都市と『外』の境界の象徴である大きな壁に目を向けた。

美琴「でも、どうやって突破するの?」

上条「うっ…それは考えてなかったな」

美琴「もう……」

上条「ならいっそのこと、出入り口を警備してるアンチスキルを全員吹っ飛ばすってのはどうだ?」

美琴「私の電撃で? まさか殺すの?」

上条「いや、そんなことする必要は無い。ただ、痺れさせてしまえばいい。まあバレるのは必至だが、『外』に逃げ出しちまえばこっちのもんだ。あいつらも『外』までは追ってこないだろう」

美琴「でも……そんな上手くいくかな?」

美琴が不安を口にする。
その時だった。

上条「っと、待て。こっちだ」ギュッ

美琴「え? あ……」

突然、上条が慌てるように美琴の手を握り近くにあった公園の茂みまで連れていった。

美琴「ど、どうしたのよ急に?」

上条「検問所だよ」

美琴「え?」

上条が指差した先……距離にして100mから150mぐらいはあるだろうか。そこに、アンチスキルの検問所が見えた。

美琴「何だか、警備が厳重じゃない?」

見てすぐ美琴が思ったことを口にした。

上条「ああ。『外』との境界とは言え、あれじゃあまるで暴動に備えてるみたいだ」

確かに、検問所は物々しい雰囲気にあった。
警備員は全員完全武装で、三重のバリケードが張られ、検問体制が敷かれている。周りには装甲車が数台目を光らせ、不審者がいればすぐにでも対処出来るようになっていた。『外』に出て行く自動車も、1台1台念入りに調べているのか、検問所付近は軽い渋滞状態が起こっていた。今も、苛立ったドライバーたちの罵り声が聞こえてくる。
上条「何でこんな厳重に……」

美琴「もしかしたら、私を逃がさないためかも……」

上条「え?」

上条が横を向く。美琴が俯き加減で喋り始めた。

美琴「きっと、私が学園都市から逃げ出さないようにするためだわ。私はレベル5の超能力者だし、あれぐらいの対策とっても不思議じゃない……」

上条「で、でも、あれぐらいならまだ、お前が超電磁砲でもぶっ飛ばせば、壁を破壊するぐらいは……」

美琴「ダメよ。あれを見て」

上条「ん?」

美琴「あれが何だか分かる?」

目を凝らすと、お互い50mぐらいの距離を開けて停められていたアンチスキルの装甲車の側に、大きなトラック型の車がそれぞれ1台ずつ停まっていた。見た限り、アンチスキルの黒い装甲車とはまた違うようである。

上条「何だよあれ」

美琴「最新式のキャパシティダウンよ」

上条「きゃぱしてぃだうん?」

上条は聞き慣れない言葉を耳にし、眉をひそめる。

美琴「つい最近配備された、能力者用の対抗装置よ」

上条「どういうことだ?」

美琴「一種の音波を使って、能力者の演算を乱して能力をまともに使えないようにするのよ」

上条「!」

美琴の説明に、上条が驚きの表情を浮かべる。

美琴「能力者が『外』に脱走しないように作られたものよ。もし、検問所の付近で能力者が能力を使おうとしても、その兆候をあの車に搭載されたレーダーが探知して、即座に能力使用を遮断する音波を流す代物。おまけに最新式で以前のバージョンより改善されてるから、たとえレベル5クラスの能力でも簡単に止められてしまうわね」

上条「じゃ、じゃあ……お前が能力を使おうとしても……」

美琴「ええ、無駄でしょうね。それどころか取り押さえられちゃうかも……」

上条「そんな……」

上条は呆然と、キャパシティダウンを積んだ車両を見つめる。
しかし、彼は何かを思いついたようで再び美琴に顔を戻した。
上条「待て。何も検問所にこだわる必要は無いんじゃないか? つまりだ、検問所が無い場所まで歩いていってそこの壁を破壊すれば……」

しかし、美琴は首を横に振る。

美琴「あのキャパシティダウンを搭載した車はね、何も検問所だけにあるんじゃないの」

上条「え……」

美琴「検問所が無い場所も含めて、学園都市を円状に囲む壁の東西南北を均等に分けられた8ヶ所に2台ずつ……合計16台が設置されてるの……。もちろん、完全武装したアンチスキルの警備の下でね」

上条「ど、どうして?」

美琴「あの車はね、互いにリアルタイムで独特の電気信号を発し合いながら、足りない部分を埋めてるの。つまりね、あのキャパシティダウンを搭載した車は1台あたり、半径何kmにも及ぶセンサーみたいなのを備えてるの。そしてそのセンサーは、学園都市を円状に囲む壁に沿って設置されてる」

上条「じゃあ……」

美琴「例え検問所が無い場所を突破しようとしても無理よ。そこには、キャパシティダウンを搭載した車と車の間で交わされてるレーダーが作動してるんだから。例え車が無くても能力を使えば、すぐにそのレーダーに引っ掛かって、使用不能にされるわ」

上条「何てことだよ」

美琴から説明され、上条は絶望したように頭を抱える。美琴の方はただ黙っているだけだった。

上条「それじゃあ逃げれないじゃねぇか!」

美琴「ご、ごめん……」

苛立ちを見せた上条がつい怒鳴ってしまったため、美琴は申し訳無さそうな顔で謝った。

上条「あ、いや……別にお前を叱ったわけじゃない……」

美琴「…………………」

上条「…………………」

気まずい空気が流れる。
だが、すぐに上条が口を開いた。

上条「だーもう! ここで待ってても埒があかねぇ。何かそのキャパシティダウンを突破する方法とか無いのか?」

美琴「今は試験的に配備されてるだけだけど、多分無いと思う……」

上条「じゃあ一体どうしたら」

美琴「あ、待って」

上条「?」

そこで、何かに気付いたのか美琴が顔を上げた。
上条「何だ?」

美琴「あのキャパシティダウンを搭載した車は開発されたものから、順にああやって配備されてるの」

上条「? それで?」

美琴「でも、あの車はどれも配備されてから間もない。……確か、まだ完成されてない車両があったはず」

美琴は明るい顔でそう言うが、上条にはいまいちその真意が掴めない。

上条「どういうことだ?」

美琴「つまりはまだ、全ての車両が配備されてないってことよ」

上条「……えーっと」

美琴「さっき言ったでしょ? あの車は、学園都市を囲む壁を東西南北8ヶ所に均等に分けられて2台ずつ配備されてるって。でもそれはあくまで予定であって、まだ今は配備自体は完全に終了していない」

上条「あ、ああ……。………ん? それって……」

ようやく上条も美琴が言いたいことに気付いたようだった。

美琴「ええ!」

上条「キャパシティダウンがまだ配備されてない場所がまだどっかにあるってことか!」

美琴「そういうことよ!」

美琴が笑顔で言う。なるほど確かに、キャパシティダウンを搭載した車がまだ配備し切っていないなら、どこかにその影響を受けない『穴』があるということだ。

上条「でも、その場所は一体どこに?」

美琴「3日前に見たニュースだと、北、北東、北西、東、西、南東、南西部分はもう配備が終了されてるって話だった」

上条「北に、北東、北西、東、西、南東、南西……か。となると残りは……」

美琴「南になるわね」

上条「南だと?」

それを聞き、上条は昨晩コンビニで買いポケットにしまっていた地図を取り出した。学園都市全域を詳細に書いた地図だった。広げたそれを、2人は覗き込む。

上条「ちょっと待てお前……俺たちが今いる場所は……ここだぞ」

上条は地図の一点を指差す。

上条「で、恐らくそのキャパシティダウンの影響を受けない『穴』の部分はこの辺り」

言いながら、彼は地図の下の方を指で囲む。
上条「唯一の突破口はこの南の部分。だが俺たちは今、北にいる。真反対じゃねぇか」

美琴「うん……そうなるかな」

上条「………っ」

地図を、次いで正面の検問所を順に見る上条。

上条「その南にキャパシティダウンを搭載した車が配備されるのはいつだ?」

美琴「分からない。でも、今はまだ配備されてないと思う……」

上条「…………………」

上条は地図を眺めながら考えを巡らす。
学園都市の総面積は、東京の3分の1を占めるほどだ。端から端までならおよそ数十㎞はあるだろう。無理をすれば、1日か2日で辿り着けるだろうが、それはあくまで直線的な距離で考えた場合だ。実際の道程は学区や街などの複雑な地形で変わってくるはず。おまけに追われの身であることを考えると、普通の道を避けて通らなければならなくなることも無きにしもあらずだ。

上条「……………」ジッ

美琴「?」

上条は美琴の顔を見る。
恐らく、辛い道中になるだろう。自分1人だけで彼女を無事、学園都市の『外』まで逃がすことが出来るのか。何しろ学園都市230万全ての住民が彼女を憎み、殺意を抱いている。そんな状況で彼女と2人で追っ手から逃げ切るなど至難の業に近い。敵地からひたすら逃亡を図るといった映画があった気がするが、現実はフィクションのように都合良くはいかない。そう考えた上条は、一瞬、顔に陰りを灯した。

美琴「どうしたの?」

上条「………いや、大丈夫だ。……取り敢えずこの街を出るのが先だ。街を出た後は、どこか人目のつかないルートから南に向かうしかない」

地図をポケットにしまい立ち上がると、上条は検問所とは逆の方向を見つめた。

上条「御坂、行こう」

美琴「………うん」

差し出された手を掴み、美琴も立ち上がった。

美琴「………………」

上条「心配するな。2人でなら、きっと辿り着けるさ」

不安そうな顔の美琴を、上条は元気付ける。

美琴「………うん」

美琴は僅かにだが、笑顔を浮かべた。

上条「(とは口で言ってみたものの、正直確証は無いんだよな……)」

これからどんなことが待ち受けているのか。それを考えると、気が遠くなるのだった。
黄泉川「これは……」

郊外にあるとある倉庫。その中に、黄泉川をはじめとするアンチスキルが大勢集まっていた。彼女たちは、倉庫の奥に捨てられてあった、ある物を凝視する。

黄泉川「どうじゃん? 見覚えがあるじゃん?」

黒子「…………………」

黄泉川が隣に立っていた黒子にそう聞くと、彼女は腰を屈め捨てられてあったそれを手に取った。

黒子「ええ。間違いなく。御坂美琴の寝巻きですわね」

振り向き、黒子は答えた。彼女の両手の中には、キャラクターものの柄が描かれたパジャマが握られていた。

黄泉川「本当か?」

黒子「私は彼奴のルームメイトだったのですわよ? 毎晩見ていたのだから確かなはず。この柄、このサイズ、間違いなく御坂美琴のもの……」

そう言って黒子は、側に捨てられていたパジャマのズボンを横目で窺った。

黒子「どうやら逃げるのに目立つので捨てたようですわね」

黄泉川も黒子の側に座り込み、彼女からパジャマを受け取るとそれを観察するように凝視した。

黄泉川「だが、奴に予備の服を手に入れる暇があったと思うか?」

黒子「財布も持っていませんし、口座も使えませんからそれは難しいでしょうね。仮説としては、倉庫の中にあった作業員のツナギでも見つけた、というのも有りでしょうけど、彼奴のような子供がそんな大人の服を着れるとも思いませんし。それだと逆に目立ってしまいます。……そうですわね………」

顎に手を添え、黒子は少し思案する。しばらくして、彼女は頭の中で導き出した推測を口にした。

黒子「……ある程度の金を所持していた誰かが、パジャマのまま外に出られない御坂美琴の代わりに街で新しい服を買ってきた、という説はどうでしょう?」

黄泉川「………例の目撃談に出た協力者の男のことか」

黒子「…………………」

2人は視線を交わす。と、その時だった。周辺の捜査に出ていた警備員の1人が報告のために戻ってきた。

警備員「黄泉川隊長! ここより近い場所にあったゴミ箱の中に、空のコンビニ弁当と2人分のペットボトルが捨てられているのを見つけました!」

黄泉川黒子「………!!」

黄泉川と黒子は顔を見合わせる。

黄泉川「なるほど。これはますます仮説の信憑性が高まってきたじゃん。……よし、早速そのゴミを証拠物件として押収。唾液を採取し、DNA鑑定に回せ」

立ち上がった黄泉川は不適な笑みを見せる。

黄泉川「あの御坂美琴を抱き込んだ物好きな男。その化けの皮、徹底的に剥いでやろうじゃん……っ!!」
それから数時間後。
上条と美琴は、街の中にある大き目の公園にいた。区民の憩いの場になっているためか、公園内は綺麗に整備されていて、アスレチックなど子供たちの遊び場もたくさん提供されていた。今も、平日の午後だと言うのに、公園には学生だけでなく、親子連れ、カップルなど多くの人々が訪れていた。

上条「あまり移動出来てないな」

上条はベンチの上で地図を広げ嘆いた。
彼の背後には大きな噴水があり、その周囲に沿って設置されたベンチには、公園を訪れた人々が腰掛け、会話に花を咲かせている。

上条「思ったより警邏の警備員が多すぎる。本当にテロか暴動に備えているみたいだ」

美琴「………………」

上条「怪しまれて声を掛けられたらそれで終わり。奴らの目をいちいち盗んで移動していたら、いつまで経っても目的地に着けない……」

初っ端から上手く事が進まないため苛立っているのか、上条は地図を見ながら愚痴っている。隣では、美琴が何も喋らずに、視線だけを公園の景色に向けていた。

上条「落ち着いたらインデックスや土御門たちと連絡を取りたいけど、このご時世、公衆電話なんて滅多に見かけないからな……。何でこう上手くいかないんだよ」

美琴「あ、あの……本当にごめんね!」

上条「え?」

美琴「……その……こんなことに付き合わせちゃって」

横で聞いていた美琴が不意に口を開いた。上条は地図を下ろし、彼女を見る。

美琴「……だって……私と一緒にいなかったら、こんな面倒なことに巻き込まれなかったから……」

上条「やめろよ。俺はそんなこと思ってない。俺は自らの意志でここにいるんだから。自分を責めるのはよせ」

言って、上条は再び地図に目をやる。
美琴「だ、だよね……。ごめん、変なこと言っちゃって。ほら、私こういうこと慣れてないから……」

上条「………………」

美琴「慣れてないから、どうすればいいのかよく分かんなくて……」

明るく努めているようだが、彼女は俯いており、声も元気が無かった。

上条「誰だって慣れるわけねぇよこんな状況」

美琴「…………そ、そうよね。慣れるわけないわよね。って私さっきから言ってることバラバラだ、はは」

上条「…………………」

美琴「…………………」

2人は同時に黙り込む。
美琴の隣のベンチで世間話をしていた主婦たちが子供と帰るべく、席を立つ。より一層上条と美琴は静かで気まずい雰囲気に包まれた。
新たにやって来た、女子学生2人が隣のベンチに座っても、彼らはまだ無言のままでいた。
が、その時だった。





「にしても白井さん、学校まで休んでアンチスキルに協力して大丈夫でしょうか?」


「さあどうだろ? あたしたちは今日だけだったけどさ」





上条美琴「!!!!!!!!」
今、隣のベンチに座った2人の女子学生からそんな会話が聞こえ、上条と美琴は思わずそちらに顔を向けた。

初春「白井さん、倒れなきゃいいですけど」

佐天「ま、あの人のことだから大丈夫でしょ」

美琴「(佐天さん! 初春さん!)」

咄嗟に美琴は顔を戻し、帽子を目深に被った。

初春「多分白井さん、御坂美琴のことで相当責任感を負っているんだと思います」

美琴「!!」

初春「一番近くにいたのが白井さんですから。きっと御坂美琴を止められなかった自分に無力感を感じているんだと思います。だから、学校休んでまで黄泉川先生たちに協力してるんじゃないでしょうか」

美琴「……………、」

膝に伸ばした美琴の腕が震える。上条は地図をなるべく顔に近付けながら、美琴の頭越しに見える隣のベンチの佐天と初春の方を横目で窺っている。

上条「………………」

佐天「にしてもなかなか捕まらないね、御坂美琴」

初春「憎まれっ子世に憚るとはこういうことですね」

上条は音を立てないよう静かに地図を畳む。そして一瞬横の美琴に目をやると、今度は正面を向いた。

上条「(……さて、どうするか。ここで不用意に逃げようとしたら、勘付かれる可能性があるな……)」

美琴「………………」ブルブル

上条「………………」

と、その時だった。
「ママー!! 見てー!!」

上条美琴「!!!???」

佐天初春「!」

上条から見て右隣のベンチ。1人の子供がベンチに座っていた母親らしき人物に叫んでいた。

上条「(まずいっ)」

突如子供が大声を上げたためか、佐天と初春がこちらに振り向こうとする。そしてそのまま振り向けば、彼女たちの視線の先には当然美琴がいるわけで、気付かれるのは必至だった。

美琴「…………っ」

上条「(クソッ!)」

この間、1秒――。
そして、佐天と初春がこちらを振り向く。





ガバッ!!!!





美琴「!!!!!!!!!!」

佐天初春「「………………え」」
「ほらママー!! 昆虫キングのゴールドカード拾ったー!!」

上条「…………………」

美琴「わっ…ちょ……え……あ……や……/////////

「まあ汚い! すぐに捨ててらっしゃい!!」

佐天初春「………………わぁ…」

佐天と初春が同時に目を丸くしたのには訳があった。と言うのも、彼女たちの視線の先……つまり、右隣のベンチに座っていた若い男と女がこんな真っ昼間から大胆にも抱き合っていたからだ。

美琴「なっ……あんた……ちょ……////////

明らかに動揺する美琴に、上条は彼女の耳元で「静かに」と呟く。

佐天「すっご……」

初春「ぬふぇぬふぇ」

上条が咄嗟に考えた策は、美琴を抱き締めることだった。そうすることによって、佐天と初春には彼女の背中しか見えない。これなら、気付かれる可能性も低いと判断し、彼は賭けに出たのだった。

美琴「(あわわわわわわわわわわわわ//////////)」

上条「(ごめん御坂)」

上条はこのままやり過ごそうとするが、今時の女子中学生2人は滅多に見れないものを間近で見ているためか、なかなか視線を外そうとしてくれない。寧ろ、じっくりと観察しているようだった。

上条「(チッ……面倒くせぇな)」

上条が佐天と初春に顔を向ける。

佐天初春「!」

上条「おら、何見てんだよ!! 見せもんじゃねぇぞ!!!」
佐天初春「「あ、ご、ごめんなさい!!」」

怒鳴られ、2人は慌てて顔を戻した。
しかし………

佐天初春「………………」

それでも興味が尽かないのか、彼女たちはちゃっかりと横目でまだ見てきた。

上条「(あああああああ面倒くせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)」
上条「おい御坂、ここから去るぞ。なるべく彼女たちに顔を見せないように立て」ボソボソ

美琴「え?////// あ、わ、分かった……」

上条が美琴の耳元で小声で呟く。そして、2人は同時に立ち上がった。

佐天初春「あ」

上条「ここにいてもゆっくり出来ないからあっち行って続きしようぜ、マイハニーちゃん♪」

佐天と初春に背中を見せながら、美琴は黙ったまま頷く。

上条「こっちだ」ボソッ

そのまま上条は美琴の肩に腕を回し、2人は身体をくっつけながら歩き始めた。

佐天初春「………………」

上条「(頼む……。気付いてくれるな……。ここで気付かれたら一巻の終わりだ……)」ドキドキドキドキ

美琴「……………////////」ドキドキドキドキ

背後に2人分の視線を感じながら、上条は冷や汗を流す。

佐天初春「……………………」

重い足取りでようやく上条と美琴はその場から離れることに成功した。佐天と初春は、ずっと2人の背中をまじまじと見つめていた。
美琴「バカぁ!!!///////



パァン!!!



上条「ぷおっ!!」

上条の右頬に美琴の渾身の平手が食らわされた。

美琴「きゅ、急に何してんのよあんたは!!!////// お、驚かせないでよ!!!//////

上条「い、いやごめんって。あの時はあれしか策が思いつかなかったんだ」

顔を真っ赤にして怒る美琴に、頬を撫でながら言い訳をする上条。彼らは今、公園の出口近くのトイレの裏にいた。

美琴「そ、それにしたって……も、もっとマシな策があ…あったでしょ!!!//////

上条「無事気付かれずに済んだんだからそれでいいじゃねぇか」

美琴「そ、そうだけど……へ、変なこと考えてないでしょうねあんた!?//////

上条「はあ!? ん、んな訳ねーだろ!!」

美琴「ホントに?」ジロリ

上条「うっ……(いやでも確かに女の子なんて抱き締めたの初めてだし……何か全体的に柔らかい感触だったなぁ……。良い匂いもしたし)」

美琴「……っ」ギロリ!!

上条「ひっ」

美琴「変態」

上条「………………」タラー

美琴「ふん」
上条「で、でも万事OKだったじゃねぇか。あそこで気付かれたらヤバかった」

美琴「………ま、そうだけど……」

美琴の顔が曇る。
彼女にとってもあそこで佐天と初春に会うのは想定外だったようで、改めて現実を思い知らされた形になってしまった。

上条「あの2人、お前の友達なのか?」

美琴「………友達  だ  っ  た  の  。佐天さんと初春さんって言う子」

上条「そうか……」

美琴「どうせ、もういいわよ。前みたいに一緒に遊べるわけじゃなし……」

上条「御坂……(また強がって……)」

美琴「終わったことはどうでもいいわ。それで、これからどうするの?」

上条「行くしかないだろ」

美琴「………そうね」

2人は公園の出口を見る。
ゴールはまだ、遠かった――。

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最終更新:2011年03月08日 17:54
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