警備員「本物は……ここにはいない……だと……?」
上条「だから何度もそう言ってるぜよー」
正面に布陣する10人の警備員たちにライフルを向けられていても、上条と“思われる”少年――もとい上条の変装をしていた土御門は平然と答えた。
土御門「あんたらはまんまと変装した俺たちに騙されてここまでついてきたってわけ」
美琴「レースやってるみたいで楽しかったんだよ!」
土御門の隣に立つ、美琴と“思われる”少女――もとい美琴の変装をしていたインデックスが純粋な笑顔を浮かべて言った。
インデックス「後でレースに勝ったご褒美にステーキ屋さんの食べ放題券欲しいかも!」
警備員「なっ……」
余裕綽々の表情を浮かべ目の前に立つ2人を見て、班長らしき警備員のこめかみに青筋が浮かぶ。
警備員「ふざけるな!! 変装はともかく、お前らみたいな子供が我々アンチスキルの追跡車両をことごとく振り切ったと言うのか!?」
土御門「そういうことになるな」
警備員「バカな……! ……いや、待てそうか。お前らさては能力者だな? だから被弾することもせずここまで逃げ切れたのか……っ!」
その言葉を聞いたインデックスが必死に否定する。
インデックス「それは違うんだよ! 今来日してた知り合いの魔術師に頼んで『弾除け術式』をバイクに掛けてもらったんだよ! あと、もしバイクが事故を起こした時のためにって、身体の傷の度合いを極力減らす『抑傷術式』も私たちの身体に掛けてもらったんだよ! 本当は絶対に事故らない魔術が良かったんだけど、さすがにそこまで都合が良いものはなかったから……」
警備員「は?」
警備員たちが何を言ってるんだ、と言いたげな表情を作る。
インデックス「だから学園都市の能力とは一緒にしないでほしいかも!」
少々機嫌が悪そうな顔でインデックスは抗議する。
土御門「無理無理。こいつらにそんなのが理解出来るわけがないぜよ」
言って土御門はインデックスの頭を軽く叩く。
インデックス「それは心外かも」ムー
そこで土御門は、警備員たちに顔を向け、どや顔で語る。
土御門「とにかく、お前らが探してるお2人さんはここにはいないぜ? 今頃既に学園都市の『外』に逃げてるはずぜよ」
- 警備員「!!!!!!」
土御門「……まあ、その場合は仲間の魔術師から連絡があるはずなんだが……にしても遅いな」ボソボソ
ほんの数秒ほど、土御門は小声で独り言を唱えながら険しい顔を浮かべた。
警備員「そうか……ならもういい……」
土御門インデックス「?」
プルプルと、班長が身体を震わせながら呟く。
警備員「こいつらは御坂美琴の仲間だ……。……発砲を許可する!!!」
遂に班長は怒りが頂点に達したようだった。
土御門「ありゃりゃー」
警備員「見たところこいつらは丸腰………俺が許可する……」
警備員「撃てええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
遂に、発砲命令が下された。
土御門「おたくら本当に俺たちが追い詰められたと思ってた? 全くもって逆ぜよ」
ダカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!!!!!!!
が、土御門の言葉を掻き消すように警備員たちのアサルトライフルが一斉に火を吹いた。
土御門インデックス「……………………」
幾数もの弾丸が生身の土御門とインデックスに向かい飛んでいく。
「イノケンティウス!!!!!!!!」
ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!
警備員「!!!???」
突如、警備員たちの視界を覆うように、正面に炎の壁が現れた。
- 警備員「何だあれは!!??」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!
そして炎の中に出現する人型のようなシルエットをした怪物。
警備員「クソッ! 撃て! 撃て!! 撃てえええええええええええ!!!!!!!!」
一瞬、怯んだ警備員たちだったが、班長の命令を受けて再び引き金を引いた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!
しかし、炎の怪物は音速で飛ぶライフル弾も全て一瞬で溶かしていく。
「残念だが君たちの攻撃は『魔女狩りの王(イノケンティウス)』には効かない。諦めることだね」
やがて、炎の勢いが静まると、その向こうに1人の長身の男が姿を現した。
警備員「誰だ貴様は!!??」
「うん? 僕かい?」
赤い髪に、耳元にピアスをいくつもつけ、右目の下にバーコードのような刺青を入れたその男は、口元に煙草を咥えながら余裕の笑みを作る。
ステイル「ただのしがない魔術師だよ?」
突如その場に現れた魔術師ステイル=マグヌスは、その顔にユラユラと炎の灯りを映えながら答えた。
- その頃、学園都市・南ゲート付近では――。
美琴「ねぇ……」
上条「何だよ?」
ゲート近くにある建物の陰で、美琴は側にいる上条に訊ねた。
美琴「あんたの知り合いの魔術師ってまだなの?」
上条「うーん、おかしいな……そろそろ来てもいいんだけど」
焦りの色を見せながら、上条は建物の物陰からそっとゲート付近を窺う。
美琴「アンチスキルたちの動きが何か慌しくなってるよ」
上条「多分、インデックスと土御門の囮が上手くいった証拠だろう。今頃はステイルと合流してるはず……」
上条たちは今、インデックスや土御門との共同作戦の真っ最中で、その一環としてこの場に留まっていた。
インデックスと土御門が、囮になるためにそれまで上条たちが着ていた服に着替えたため、上条と美琴は土御門たちが『外』で買ってきた新しい服を身に纏うことになった。そのお陰からか、彼らの以前の姿格好を知っていた警備員たちの目はある程度誤魔化すことが出来、ここまで来れたのだった。
美琴「でも早くしないとアンチスキルに対策取られちゃうよ! 知り合いの魔術師がゲートに展開してる警備員たちを倒してくれるんじゃなかったの!?」
上条「………………」
上条は美琴の顔を見る。
美琴「………」ジッ
不安で一杯の表情をしていた。
実は、当初の予定では上条と美琴に変装したインデックスと土御門が、アンチスキルの主力部隊を引き付けている内に、上条たちが知り合いの魔術師と合流、そしてその魔術師の力を借りて南ゲートを突破する予定だったのだが………
美琴「まさか道に迷ってるんじゃ……」
一向にその魔術師は姿を現さなかった。
上条「いや、あいつならすぐにでも俺たちの姿を発見出来てるはず。……信用出来る相手だし、もしかしたら何か異常事態が起こって来れなくなってるのかも……」
美琴「そんなっ…!」
上条「取り合えずもう少し待とうぜ」
焦る美琴に上条は冷静に言う。
美琴「だ、だって! 失敗したらもう……」
上条「大丈夫だから。あいつは必ず来るから」
安心させるように上条は美琴の肩を優しく叩くが、彼女の不安そうな表情は消えなかった。ただ、脱出を前にして作戦に陰りが出てこれば無理も無かった。何しろ彼女はこの数日間、ここ学園都市に存在しているだけで酷い目に遭ってきたのだから。
- 上条「………………」
上条は南ゲート付近を再び窺う。確かに、先程より警備員たちの行動に慌しさが目立つ。もしかしたら、囮になって上条と美琴に化けていたインデックスと土御門が本人ではないことに気が付いた追跡部隊の警備員が、報告を入れたのかもしれない。
上条「………………」
そう考えると上条も少し不安になったが、合流予定の魔術師は今ぐらいの彼我の戦力なら簡単に覆せる実力を持つ。故に、上条は美琴ほど不安ではなかったのだが、彼女の浮かべる暗い顔は見てられなかった。
上条「とにかくあいつはすごい奴だからさ。心配すんなって」
ゲート付近を見つめながら、上条は背後にいる美琴に語りかける。
上条「お前だってレベル5の超能力者なんだから分かるだろ? その実力の程が。つまりはあいつもそれと同等、もしくはそれ以上の実力を持ってんだ」
しかし、美琴は何も答えない。
上条「だからここは安心することだ」
しかし、美琴は何も答えない。
上条「お前、聞いてるのか?」
ゲートから視線を外し、上条が顔を戻した時だった。
上条「みさ…………」
その瞬間、彼の表情が固まった。まるで、突然出没した怪物を見るように。
上条「……………か」
-
上条のその反応も当然だった。ケロイド状と化した右目に白く光る眼球を浮かべ、左腕から光線のようなアームを伸ばした若い女が、人質をとるように右手で美琴の身体を掴んでいたら。
美琴「とう……ま……」ガクガクブルブル
「久しぶりだなぁ超電磁砲!!! 会いたかったぜぇ!!!!!!」
上条「……………………」
呆然と口を開ける上条。
麦野「ああ、あんたが超電磁砲の男ってわけ? ふーん? で、どうする? あんたの目の前で彼女焼いちゃっていい?」
上条「…………っ!?」
突如その場に現れた闖入者――学園都市第4位の実力を持つレベル5の超能力者・麦野沈利は、片目が潰れた顔に不気味な笑みを浮かべた。
-
バンッ!!!
と、音を立て扉が開けられた。
運転手「隊長!!!」
黄泉川「お前はここにいるじゃん。アンチスキルのレッカー車が来た時に応対するんだ」
上条と美琴に変装し、囮になっていたインデックスと土御門が乗ったバイクを追っていた黄泉川。彼女が乗車していた自動車は踏み切りで横滑りをし、線路までには侵入しなかったものの、踏み切りの構造物に挟まれるような形で停車していたため自力で脱出出来ない状態にあった。
運転手「どこへ行くんですか!?」
黄泉川「決まってるじゃん。御坂美琴を捕まえに行く」
言って黄泉川は後部座席のアサルトライフルを手に取る。
黄泉川「囮だと? ふざけたことしやがって。絶対に私がこの手で捕まえてやるじゃん」
運転手「で、ですが奴らはどこに?」
黄泉川「灯台下暗し。恐らくは南ゲート付近にいるはずじゃん」
運転手「間に合わないかもしれませんよ?」
黄泉川「途中で仲間の車両か、無理ならタクシーにでも拾ってもらうじゃん。それに、間に合うか間に合わないかは関係ない。やるかやらないかだ。じゃ、頼んだぞ」
運転手「隊長!」
バンッ!!
言うだけ言って扉を閉める黄泉川。
黄泉川「勝負はまだ終わってないじゃん」
ライフルを抱え、黄泉川は1人、暗闇にその姿を没していった。
警備員「撃てええええええええええええ!!!!!!!!!!」
ダカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!!
ステイル「イノケンティウス!!!!!!」
ゴオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!
その頃。インデックスと土御門を守るステイルと警備員たちの戦闘も激化しつつあった。
ダカカカカカカカカカカカカカ!!!!!!
ステイル「チッ…無駄だというのが分からないのか!?」
掃射されるライフル弾の雨を、ステイルが操るイノケンティウスが燃やし尽くしていく。
ステイル「まどろっこしいな!!」
インデックス「絶対に殺しちゃダメなんだよ!!!」
後ろからインデックスがステイルに声を掛ける。
ステイル「……分かってるよ! だが、そろそろ僕もこの応酬に飽きてきたところなんだがね」
土御門「一応、アンチスキルの戦力を分断して引きつけておくという目的もあったが、そろそろ潮時か」
ステイルの背中を見ながら、土御門が呟く。
土御門「だが、カミやんと超電磁砲が脱出に成功したという報せがまだ無い」
インデックス「で、でも! このままじゃ埒があかないかも!」
土御門「……そうだな。更に逃げて奴らをカミやんたちから引き離した方が得策か」
と、その時だった。
ステイル「?」
急に、警備員たちの発砲が止んだ。
ステイル「何だ?」
インデックス「あれ? 銃撃が止まったかも」
土御門「ん? 諦めたのか?」
- インデックスと土御門が訝しげな目を浮かべて正面に顔を戻す。
と、よく目を凝らしてみると、警備員たちが乗ってきた自動車の後方、そこに新たな自動車が近付いてくるのが見えた。
土御門「新手か」
ステイル「しかし、人数が増えたところで僕のイノケンティウスには敵わないよ」
自動車が止まり、その後部扉が開く。同時、警備員たちの間に小さな歓声が上がった。
警備員たち「おおおおおっ!!!!!」
ステイル「…………何だ?」
ザッ!!!
と、足を地面につけ、1人の男が車が下りてきた。
「………………」ギンッ
ステイル「…………?」
男とステイルの目が会う。
ステイル「(何だこいつは……?)」
ステイルがそう思ったのも当然だった。男は歴戦の戦士のような、相手を睨んだだけで威圧してしまうような目と精悍な顔を持ちながら、何故かダイバーが着るようなスーツを身に纏っていたのだから。しかし、男が着るスーツは筋肉によってその形がはっきり見えるほど盛り上がっていた。
インデックス「なんかすごい筋肉の人が出てきたんだよ! しかも変な格好してるし」
インデックスが見たままの感想を述べる。
土御門「(あの男……何者だ)」
「………………」
男はズカズカと警備員たちの間を通り抜け、やがてステイルの正面で立ち止まった。
ステイル「…………ふむ。そんな格好で何の用かな?」
「………………」
男は睨むだけで何も答えない。
ステイル「無愛想な奴だ。何か言ったらどうなんだ」
-
「…………レベル4相当の発火能力(パイロキネシス)と見た」
ステイル「………は?」
ボソッと男は呟いた。
「…………貴様の運命もここまだ」
そう言ったと同時、男が腕を引き拳を握った。ただでさえスーツの下から盛り上がっていた筋肉が更に盛り上がる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
野太い声を発しながら、男はステイルに向かってきた。
ステイル「面倒くさい……イノケンティウス!!!!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!
一瞬で、男は炎に呑み込まれた。
インデックス「ステイル!」
ステイル「ああ? 仕方がないだろ? バカにも奴は丸腰で突っ込んできたんだから」
インデックスの方に振り向きながら、つまらなさそうにステイルは吐く。
インデックス「ステイル!!!」
ステイル「いや、だから…………え?」
何かの気配に気付き、ステイルが振り向き直る。
ステイル「!!!!!!!!!!」
彼がそこで見たもの。それは、顔を両腕で覆いながら炎の中から飛び出してくる男の姿だった。
ステイル「なっ………!!??」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
特に火傷を負っているようにも見えず、何故かステイルのイノケンティウスを突破してきた男はもう1度拳を握る。
ドゴオオッ!!!!!!
ステイル「ぶはっ!!??」
男の拳がステイルの頬にヒットし、その巨体が宙に舞った。
インデックス土御門「「ステイル!!!!」」
ドサッ……
インデックスと土御門が叫んだと同じくして、ステイルは仰向けに地面に倒れ込んだ。
「……………………」
そこへ、男が近付いてくる。やはり男は火傷どころか傷一つ負っていない。
ステイル「バ、バカなっ……! ぼ、僕のイノケンティウスが効かないだと!? 貴様、学園都市の能力者か!!??」
「知る必要のないことだ」
男は表情も変えず、ステイルを見下す。
警備員「さっすが武藤さんだ!!」
警備員「いいぞ! やっちまえ!!」
警備員「やっぱり元自衛隊の特殊部隊で史上最強と男と呼ばれた男は違う!!」
警備員「ああ、強靭な肉体と精神力。それに学園都市の技術が合わさればレベル4の能力者だって敵わない!!」
男の後ろで状況を見守っていた警備員たちが口々に何やら叫び始めた。どうも、彼のことを言っているらしい。
- 武藤「ふん」
武藤と呼ばれた男はつまらなさそうに鼻で息をする。
ステイル「…………なるほど。大体分かったよ。君は学生ではなく教師の身分。しかも、アンチスキルと呼ばれる治安組織の中でも奥の手扱いされてる人間なのかな?」
ヨロヨロと、身体を起こしながらステイルは話しかける。
武藤「確かに『アンチスキル最強の男』などと呼ばれているが、今はどうでもいいことだ」
ステイル「どうでも……いいことね。謙遜するじゃないか」
武藤「目下、重要なのは貴様を倒すこと。だろ?」
僅かに武藤が笑った。
ステイル「右に同じだ!!! イノケンティウス!!!!!!」
再び、ステイルの前にイノケンティウスが出現する。
武藤「………………」
それを前にしても、やはり武藤は怯んだ様子は見せなかった。
ステイル「行け!!!!!!!!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!
武藤は再び拳を握る。
-
美琴「とう……ま……」
麦野「おうおうおうおう超電磁砲よ!! 『とう……ま……』なんて可愛らしい声出しちゃって!!! てめぇも男の前じゃ所詮は恋する女の子ってかぁ!!?? ぎゃははははははははははは!!!!!!」
上条「てめぇ……っ!!」
上条は美琴を人質にとる女――麦野沈利を睨む。
脱出のため、仲間の魔術師との合流を待っていた上条と美琴。しかし、彼らの希望を打ち砕くように現れたのは、かつて美琴が戦った相手、レベル5の第4位『原子崩し(メルトダウナー)』こと麦野沈利だった。
上条「御坂を離せっ!!」
上条は麦野を睨む。
麦野「キャーこわーい。お姉さんこわくておしっこ漏れちゃうううううう。だからやっぱりこの子返してあげるー……なーんて言うとでも思ったかウニ頭さんよぉ!!??」
美琴「な、何であんたがここに……」
横目で麦野を睨むながら美琴が訊ねる。
麦野「あああ? てめぇにゃ関係ねーだろうが。ただこの私がお前のピンチを見逃すとでも思ったぁ!?」
美琴「………っ」
麦野「能力が使えなくなった超電磁砲なんてなーんにも恐くねーんだよボケカス!!」
まるで以前の仕返しだ、とでも言いたげに麦野は口汚く罵る。
麦野「で……上条くんだっけぇ?」
上条「!!!」
そこで麦野は上条に目を向けてきた。
麦野「この子殺しちゃっていい? 消し炭にしちゃっていい?」
上条「や、やめろっ!!」
上条が一歩前に躍り出ようとする。
麦野「おっとぉ……」
ジジッ
と音を立て、麦野は左手のアームを美琴の顔に近づける。
上条「くっ……!」
反射的に立ち止まる上条。
麦野「そんなに超電磁砲が大事なんだぁ? それともこの子との夜が忘れられないのかにゃー?」
上条「ふざけるなっ!」
麦野「で、超電磁砲はどんな風に啼くの? 『貴方の右手で私の超電磁砲を犯してー』ってか? きゃははははははは」
まるでバカにするように麦野は笑う。
麦野「でもそんなに大事ならやっぱり死んどいた方がいいわよね。ってわけで死ね」
言って麦野は容赦なくアームを美琴の顔に振り下ろす。
美琴「………っ」
バギィィィン!!!
麦野「……………あ?」
しかし、その直前………
麦野「…………私のアームが……消えた?」
美琴の顔を貫いたと思った瞬間、彼女のアームは掻き消されていた。上条が右手を突き出してきたことによって。
ズッ……
麦野「ぶぎっ……」
唐突に、麦野の顔が歪む。その状態で彼女が咄嗟に視線を正面に戻すと、そこに丸く握った右手を彼女の頬に添える上条の姿があった。
ドゴオオオオッ!!!!!!!
麦野「!!!!!!」
上条の右ストレートを食らい、盛大に倒れる麦野。
美琴「当麻!!!!」
解放された美琴が上条に駆け寄る。
上条「こっちだ!!!」
上条は美琴の手を取りその場から逃げ出す。
麦野「……………………」
大の字で倒れたまま、麦野はその場に残される。
麦野「…………………ふふ」
口元を歪め、不気味な笑みを見せながら麦野は叫んだ。
麦野「死刑けってええええええええええ!!!!!!」
上条「ハァ…ハァ……」
美琴「ハァ…ゼェ……」
人気の無い通りを疾走する上条と美琴。
美琴「ねぇ! どこ行くのよ!!」
上条「あの化け物女から逃げてんだよ!!」
美琴「………」チラッ
美琴は一瞬だけ振り返る。南ゲートが遠くなっていくのが見えた。
美琴「ちょっと! ゲートから離れてるじゃない!! 魔術師との合流はどうするの!?」
手を引かれながら、美琴は前を走る上条に叫ぶ。
上条「あそこに留まっててもあの女に焼かれるだけだぞ!!」
美琴「でも! これじゃ外に逃げられないよ!!」
上条「だから今別の策を……」チラッ
と、そこで上条が振り返った瞬間だった。
上条「!!!!!!」
美琴「?」
ドンッ!!!
美琴「きゃっ!!」
不意に、美琴を左手で押しのける上条。いきなりのことで反応出来なかった美琴はその場に倒れてしまう。
直後、彼女が今まで立っていた場所に白い光線が空を切った。
バギィィィン!!!!
上条「………………」
それを右手で打ち消す上条。
美琴「原子崩しっ……!」
美琴は光線が飛んできた方を見る。やがて、暗闇の中から、青白い光を左腕から発光させながら麦野がその姿を現した。
- 麦野「それが例の『幻想殺し』ってやつぅ? なーんかうざってー右手だなー」
上条「それは残念だったな」サッ
美琴「!」
咄嗟に上条は、地面に座っていた美琴の前に立った。まるで彼女を守るように。
麦野「……」イラッ
麦野「あーーーーーーーームカつくわね。あんたら見てるとどっかのバカップル思い出して嫌になるわぁ」
苛立ちを露にしながら、麦野はゆっくりと近付いてくる。
麦野「特に幻想殺し! あんた、私がこの世で一番大っ嫌いな男とそっくり!! うざったいたらありゃしねぇ」
上条「………………」
麦野「だからそろそろ死んでくれない?」
上条「御坂、お前あいつのこと知ってるのか?」
麦野を正面に見据えながら、上条は背後にいる美琴に訊ねる。
麦野「っておいナチュラルに無視かよ」
美琴「う……うん。妹達の時にちょっと……」
上条「……そうだったのか。能力値は?」
麦野「聞いてんのかそこのバカップル。何で私の周りにはこんなムカつくバカップルしかいねぇんだよ」
美琴「学園都市第4位のレベル5」
上条「レベル5……か」
麦野の言葉を無視して、2人は上条の背中越しに会話する。
美琴「私でさえ苦戦したんだから……倒すのは難しいかも……」
不安な表情になる美琴。が、上条は彼女の言葉に疑問を呈した。
上条「それはどうかな?」
麦野「おめぇ超電磁砲よぉ……男の前じゃしおらしくなりやがって……以前私と戦った時の面影は完璧ねぇなぁ」
上条「まさかこんな大事な時にレベル5の超能力者の手厚い歓迎受けるとはな……。ったく、戦ってる暇なんて無いってのに……っ!」
麦野「決めた。まずは幻想殺しの右腕をちょん切る。で、その後瀕死の状態になった幻想殺しの前で超電磁砲の×××が真っ黒に焦げてくとこ見せ付ける」
-
平然とした様子で麦野は何やら独り言を呟いている。
上条「どうにかしてこいつから逃げ切らないと……」
逃げ道は辺りにないか、上条が僅かに視線を右に向けた時だった。
美琴「当麻!!!!」
上条「!!!!!」
視界の端に映る白い光。
上条「チッ!」ガシッ
上条は美琴の服を掴み咄嗟に後方へ飛んだ。
ドゴッ!!!!
直後、白い光線が地面に突き刺さった。
上条「くっ!!!」
その衝撃で、地面が抉れコンクリート片が舞い上がる。
麦野「オラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!!」
ゴッ!! ズガッ!! ドッ!!!
麦野は、手当たり次第に周囲にあったものを破壊していく。そのせいで道路は耕されたように粘土が剥き出しになってしまった。
麦野「これで……終わり!!!」
- 上条「!!!!!!」
飛んでくる破片を防ぐだけで精一杯だった上条の目に、薙ぎ払われた麦野の左腕のアームが接近するのが見えた。
上条「っ!!!」
バギィィィン!!!!!!
アームを打ち消す上条。
ガシッ!!!
上条「!!!???」
麦野「つーかまーえたー」ニィィ
が、上条の予想を裏切るように、麦野は突き出された彼の右腕を右手で掴んできた。
上条「なっ……!? 離せ!!」
焦りながら、上条は麦野の手を振り払おうとする。
麦野「右手にサヨナラは言ったぁ!!??」
だが、その抵抗も空しく再び出現した麦野のアームが上条の右手に向かって振り下ろされた。
-
ドッ!!!
麦野「!!!???」
と、直前、麦野が目をカッと見開き身体を止めた。
上条「?」
何が起こったのか分からなかったが、上条は警戒の視線を絶やさなかった。
ズズッ……
やがて上条の右腕を掴んでいた麦野の右手がスルリと抜け落ち、彼女はその場に崩れ落ちていった。
そして代わりにそこに現れたのは、小さな木の板を持った美琴の姿だった。
美琴「ムカつくから……殴ってやったわ」
機嫌悪そうに美琴は言う。
上条「御坂。助かったぜ」ホッ
麦野「……」ピク
上条美琴「!!!」
麦野の指が僅かに動く。
上条「こっちだ!!!」
瞬時に美琴の手を取り、上条は麦野から逃げるべく再び走り出した。
麦野「……………………」
2人が逃げ去ると、麦野は頭から血をダラダラと流しながら不気味な笑顔を浮かべて言った。
麦野「逃がしはしねぇよ」ニヤァ
その頃………
ドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!
ステイル「ぐぶっ!? げぶっ!? ぶおっ!?」
インデックス「ステイル!!」
激化するステイルと武藤の戦闘は、魔術師でも能力者でもない武藤の優勢にあった。
警備員「やれやれー!」
警備員「悪漢をやっつけろー!」
武藤「……………………」
警備員たちの声援を後ろに聞きながら、武藤はステイルの顔や身体に重い拳を容赦なく叩き込んでいく。
ステイル「イ、イノケ……」
武藤「無駄だ」
ドゴッ!!!!
ステイル「ぐへぁっ!?」
ドサッ……
盛大にぶっ倒れるステイル。
武藤「見たところ貴様は能力以外の肉弾戦は、からっきしのど素人。自衛隊の特殊部隊とアンチスキルで長年独自の鍛錬に身を捧げてきた私に勝ち目はない。そして………」
武藤が足音を響かせてステイルの下へ歩み寄る。
- 武藤「この学園都市で開発された最新の耐火ジェルと耐火スーツを前にしては、何千度の炎などマッチの火と同義……いやそれ以下だ」
ステイル「なるほど、それが君の戦い方ってわけか……ペッ」
口から血を吐き、ステイルは武藤を見上げる。
武藤「先遣部隊の情報から敵の能力者の特徴を把握。その上で、専用のスーツを着用し戦場へ馳せる。それが“アンチスキル最強”の男と呼ばれる者の戦い方だ」
ステイル「ふん、言うね……。結局君は学園都市の技術に頼ってるだけじゃないか」
武藤「何を勘違いしている?」
バキッ!!!
ステイル「ぐぶっ!?」
武藤の蹴りがステイルの頬を打つ。
武藤「言ったはずだ。自衛隊とアンチスキルで独自の鍛錬に身を捧げてきた、と。……私は徒手格闘の分野において、この日本に自分に勝てる人間はいないと自負している」
ステイル「ふん……」
武藤「最新の技術と最強の肉体。この2つさえあれば、レベル4クラスの能力者など私の前では子猫同然だ」
武藤は表情も変えず淡々と告げる。まるでお前の負けは既に決まっている、と言いたげに。
武藤「分かるか? 故に貴様に勝ち目はないのだ」
ステイル「……………………」
武藤「お喋りも飽きたな。……そろそろトドメといこう」
言って武藤は拳を握った。同時、スーツの下から筋肉が山のように盛り上がる。
ステイル「………………ふ」
武藤「…………?」
と、その時、ステイルが口元に僅かな笑みを浮かべた。
- 武藤「……何かおかしかったか?」
ステイル「おかしいね……。君たちの能力のレベル分けなんて知ったこっちゃないが、この状況で勝利を確信した君がおかしいって言ってるんだよ」
顔中にいくつも痣が出来上がっているが、ステイルは気にすることなく笑みを浮かべる。
武藤「下らん。敗者の負け惜しみか」
ステイル「なら見せてやるよ……。真の魔術師の“奥の手”ってやつをさ……っ!」
武藤「“奥の手”?」
ステイル「ビビるなよ。そして今更泣こうとするなよ。僕に“奥の手”を出させたのは君なんだからな!」
武藤「………なら出し惜しみしていないで早く見せてみろ。“奥の手”と言うからには絶対の自信があるんだろう?」
ステイル「当たり前さ………」
ステイルの目に炎のような光が宿る。
ステイル「とくと見ろ。これが僕の“奥の手”だ……っ!」
ステイル「トリプルイノケンティウス!!!!!!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!
武藤「!!!???」
ステイルが叫んだと同時、辺り一面が今までとは比較出来ないほどの量の炎に包まれた。
-
ズババババババッ!!!!!!
上条美琴「!!!!????」
一方、麦野の追っ手から逃げていた上条と美琴。彼らは後ろで響いた大音量に気付き、咄嗟に振り返った。
麦野「オラオラオラオラオラオラ!!!!!!!! せいぜい逃げ回れぇ!!!! 後でてめぇらじっくりいたぶってやっからよぉ!!!!」
見ると、麦野が左手のアームを振り回し地面や周囲にあるものをことごとく破壊しながら全速力で追っかけてきていた。しかも、頭から血をダラダラと流しながら。
上条「何てしつこいんだあのケバイ女!!!」
麦野「んだとぉぉ!!?? もう一遍言ってみやがれ!!!! こんのクソガキャァァァ!!!!」
ドゴオオオン!!!!!!
気にしていたことを指摘されたのか、麦野の攻撃がより一層激しくなった。
美琴「ちょっと! 何挑発してんのよ!!」
上条「事実言ったまでじゃねぇか!!」
麦野「殺す!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!!!!!」
顔面を血だらけにし鬼の形相で追ってくる麦野は、もはや化け物と言っても過言ではなかった。
美琴「あっ!!!」
上条「!!??」
ドサッ……
上条「御坂!!!!」
振り返る上条。
美琴「当麻!!!!」
躓き転倒したのか、美琴が地面の上でうつ伏せになっていた。
上条「御坂!!!!」
美琴の元に駆け寄る上条。だが、それよりも早く、麦野は想像以上の速さで美琴に接近してきていた。
麦野「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!!」
上条「(この距離じゃ……間に合わないっ……!)」
美琴「当麻……!」
右手を伸ばす上条の目に、絶望を浮かべた美琴の顔が映る。
麦野「死に晒せ売女ああああああああああ!!!!!!!!」
地面に倒れた美琴の無防備な背中を狙って、麦野がアームを振り下ろす。
上条「………っ!!」
美琴「――――――!!!」
ドッ!!!!!!!!
麦野「!!!!????」
麦野のアームが美琴の背中を切り裂く刹那だった。
上条美琴「!!!!!!!」
ゴッ!!!!
突如、上から降ってきた何かによって、アスファルトが蜘蛛の巣状に割れ、衝撃波が巻き起こった。
麦野「ぐぅぅっ!!??」
それを何者かの奇襲と即座に判断した麦野は飛ぶように1歩後退した。
コオオオ………
数秒後、辺りが静かになると、再び態勢を整えた麦野は親の仇を見るような目で正面に視線を据えた。
麦野「………何者だよてめぇ……?」
彼女は興を削がれたといった感じに、上条と美琴を守るようにして立つその女にドスの利いた声で訊ねる。
美琴「だ、誰………?」
上条「や、やっと来てくれたか……」
突如現れた救世主――その女の背中を見、上条と美琴はそれぞれ思ったことを述べる。
「……………………」
地面に突き刺すように立つ日本刀。その柄の頂上部分に両手を置いていた彼女は、やがてうなだれていた頭をゆっくりと上げると、目をカッと見開いた。
神裂「遅くなりました上条当麻。ここからは私に任せて下さい」
- 上条「神裂!!!!」
上条の顔に笑顔が浮かぶ。
美琴「だ、誰………?」
上条「例の合流する予定だった魔術師だよ!!」
説明しながら、上条は倒れていた美琴を起こす。
美琴「じゃ、じゃあこの人が……」
神裂「今は自己紹介をしている場合ではありません」
美琴「!」
美琴の言葉を遮るように、魔術師であり聖人の1人でもある神裂火織は静かにそう答えた。
上条「神裂、お前……」
神裂「申し訳ありません。ちょっとした用事があって遅くなってしまいました」
背中を見せつつ神裂は上条に謝罪する。
上条「いや、こっちは危機一髪助かったところだ。本当にありが……」
神裂「逃げなさい」
上条「え?」
神裂「学園都市の『外』と『中』の境界地点……壁がある場所まで逃げるのです」
今はお喋りをしている暇はない。彼女はそう言いたげだった。
- 神裂「大丈夫です。対策はとってあります。とにかく境界地点まで行けば何とかなります。……さあ、行って! 彼女は私が相手しておきますから!」
言って神裂は数m先にいる麦野を見据える。
上条「で、でも……!」
神裂「行くのです!!」
躊躇いを見せる上条だったが、神裂は有無を言わさず叫んでいた。
上条「………っ」
上条「仕方がない、行くぞ御坂!!!」
美琴「だけど、大丈夫なの!? 相手はレベル5の超能力者よ!?」
神裂のことをよく知らない美琴は、不安げに訊ねる。
神裂「私のことは心配無用。寧ろ貴方がたを守りながら戦うのは少し厄介なのです」
美琴「……………、」
上条「さあ、今は急ぐんだ!!!」ガシッ
美琴「あっ!」
美琴の手を取り、上条は再び走り出す。
美琴「……………」
手を引かれながら走りつつも、美琴は後ろを振り返った。小さくなっていく神裂の背中と、こちらを睨む麦野の姿がそこに見えた。
-
神裂「……………………」
麦野「で、何の真似だよオバさん? 突然空から降ってきたかと思ったら超電磁砲どもを逃がしてよぉ……」
遠くなりつつある上条と美琴の姿を神裂の背後に捉えつつ、麦野は不機嫌そうな口調で言う。
麦野「見たところあいつらの予定は狂いに狂ってるようだけど、そんな状態で逃げれると思ってんの? あ?」
神裂「………………」
しかし、神裂は何も答えない。
麦野「なんか言えやババァ!!!」ドッ!!!
苛立ち紛れに麦野がアームで地面を抉る。
神裂「…………その点については対策を施してあります。今回のように私が足止めを食らった時のためにと保険策を用意していたのですが、どうやらその判断は間違っていなかったようですね。ただ、お陰で学園都市に来るのが遅れてしまいましたが……」
麦野「何言ってんだババァ!!??」
神裂「あと私はババァではありません。恐らく貴方とそう歳は変わらないはずですよ」
麦野「……」ピキッ
麦野の額に青筋が浮かぶ。
麦野「いいよいいよあんた最高よ…………」
麦野「最高にムカつくんだよ!!!!!!」
鬼のような形相を浮かべて麦野は怒鳴り声を上げた。
麦野「覚悟しなクソババア!!! 私の機嫌損なった分、痛ぇ目に遭ってもらうからなぁ!!!!」
神裂「……………………」
チャキ……
激昂する麦野を前にして、神裂は静かに愛刀『七天七刀』の柄を握った。
- 武藤「ハァ……ハァ……ハァ……」
深く息をし、辺りを見回す武藤。
武藤「全滅か………」
彼は黒く燃え尽きたアンチスキルの車体に背中を預け、その状況を皮肉るように口元を緩めた。
周囲には呻き声を上げ倒れている警備員たち。その中心には炎によって燃え尽きたアンチスキルの車が2台あった。
武藤「私もまだまだか……」
結局、武藤は敗れた。ステイルが出してきた奥の手『トリプルイノケンティウス』の莫大な炎とその熱量は学園都市の最新技術で作られた耐火スーツでさえも歯が立たず、その表面を焼き切った。スーツの防火能力が高かったためか、幸い武藤は軽い火傷で済んだが、スーツを破られてしまった以上、彼に為す術はなく、隙を見せてしまったところでステイルと共にいた土御門に殴られ昏倒したのだった。
武藤「…………奴らは逃げたか」
武藤が敗れた姿を見た警備員たちは恐れをなし、逃げ惑った。そこへ無人となった車にトリプルイノケンティウスが襲い掛かり爆発。その衝撃で警備員たちは吹き飛ばされ今に至るというわけである。その後、件の魔術師ステイルはトリプルイノケンティウスで残り2台の車を燃やし尽くすと、インデックスと土御門と共に逃げ去っていった。
武藤「死人や重傷者はいなさそうだな……。ふん、そこだけは紳士然としていやがる……」
それだけ言うと、武藤は空を見上げるように溜息を吐いた。
武藤「もし機会があれば……再戦を願うぞ。赤髪の能力者………」
それだけ最後に呟くと、武藤の意識は落ちた。
-
- 一方、そのステイルたちは……。
ステイル「さあ急ぐんだ土御門!!」
土御門「分かってる!!」
……武藤や警備員たちの包囲網から逃れ、夜の街を駆け抜けていた。
土御門「ねーちん……何で連絡を寄越さない!?」
ステイル「まさか脱出に失敗したんじゃないだろうね!?」
ステイルと土御門は全速力で走る。
インデックス「とうまも短髪もかおりもみんな心配なんだよ!」
そう叫ぶのは、ステイルにおぶられているインデックスだ。全速力で走ると彼女を置いてけぼりにしそうだったので、苦肉の策としてこうやってステイルがおぶっていたのだった。
ステイル「バスや電車が使えないのがもどかしいな!!」
土御門「最終下校時刻を過ぎてるからな。後はタクシーを見つけるぐらいしかない」
彼らは今、南ゲートに向かっていた。と言うのも、当初の予定では、もう少し早くに上条と美琴が脱出に成功し、そ報せを神裂から受けるはずだったのだ。だが、いつまで経っても神裂から連絡は来そうになかったので、仕方なく3人は自らの足でゲートまで戻ることにしたのだった。
ステイル「何故バイクを捨ててきたんだ!?」
走りながらステイルが隣を並走する土御門に訊ねる。
土御門「どうせあのバイクはもうアンチスキルにその特徴もナンバープレートも抑えられてるからなー。乗って帰ってる途中にアンチスキルの車両に見つかったらまた面倒くさいことになるだろ」
ステイル「ええい、じれったい!!」
インデックス「早くしないと、とうまと短髪が危ないんだよ!」
ステイルの背中でインデックスが不安げな声で叫ぶ。
ステイル「分かってるさ! ここまで来た以上、奴が死んでも目覚めが悪いからな!!!」
3人は上条と美琴の下へ向かうため、夜の街を疾走する。
- 上条「クソッ……! ここからどうすればいいんだ!!」
美琴「この壁を越えない限り『外』には出られないよ!!」
上条と美琴は、眼前に聳え立つ全高約5mの壁を前にして、立ち止まる。
上条「壁の所まで来れば何とかなるって神裂言ってたのに……。あれは一体どういう意味なんだ!?」
美琴「ど、どうしよう。いつまでもこんな所で突っ立ってるわけにはいかないよ……」
彼らは、今麦野の相手をしている神裂に言われた通り学園都市の『外』と『中』の境界部分までやって来ていた。神裂によれば、ここに来れば大丈夫と言う話だったが………
美琴「どっかに抜け穴でも作ったんじゃないの!?」
上条「そんなバカな。目立つだろそれは」
美琴「だけどこのままじゃいずれ見つか………」
と、美琴がそこまで言いかけた時だった。
美琴「うあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
上条「御坂!!!!!?????」
突然、美琴が頭を抱えて苦しみ始めた。
美琴「ああああああああああああああああ!!!!!!」
上条「御坂!!?? 一体どうした!!?? おい!!!!」
頭を抱え地面に膝をつく美琴を見て、上条は叫ぶように訊ねる。
「いたぞ!!!! 御坂美琴と上条当麻じゃん!!!!」
上条「!!!!????」
不意に、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
-
黄泉川「ようやく見つけたぞ!!! 今度こそ本物じゃん……っ!!!」
即座に声がした方に顔を向けると、50mほど先に、アサルトライフルを抱えた黄泉川と数人の警備員がこちらに近付いてくるのが分かった。
上条「アンチスキル……!!」
美琴「うあああああああああああああああああ!!!!!!!!」
上条「御坂!!!!」
叫ぶ美琴。彼女は苦しそうに主張する。
美琴「頭が……痛いっ!!」
上条「……頭? ……まさかっ!!??」
顔を上げ、上条は再び黄泉川たちに視線を向ける。と、そこで警備員たちの背後に1台のトラックらしきものがあるのが見て取れた。しかもその姿形には見覚えがあった。
上条「『キャパシティダウン』かっ!!」
そのトラックは、かつて北ゲートで目にした、対能力者用の最新式キャパシティダウンを搭載した車両――『キャパシティダウンキャリアー』だった。
上条「あいつら、最後の1台をここまで運んできたのか!?」
美琴「うああああああああああああああああああああ」
上条「御坂!!!!!!」
トラックが近付くにつれ、美琴の悲痛な叫び声が大きくなる。
黄泉川「手を挙げろ2人とも!!! 大人しく拘束されるじゃん!!!」
トラックと共に、黄泉川たち警備員がライフルを向けながらこちらに近付いてくる。
黄泉川「ここで終わりじゃん!!!」
上条「………っ!!」
美琴「ああああああああああああああああああああああ」
苦しむ美琴を、次いで近付いてくる黄泉川を順に見、上条は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
上条「クソッ!! 最後の最後で……っ!!」
- 麦野「ハァ……ハァ……」ズルズル
そんな上条と黄泉川たちのやり取りを見ている者が1人、近くにいた。
麦野「みぃーつぅけたぁー」ズルズル
満身創痍の状態にあった麦野だった。
麦野「わ……ハァ……私から……ハァ……逃れられるとでも……思ってんのか……」ズルズル
彼女の右手には、細長く太い筒のようなものが握られている。若干大きすぎるため筒の先を地面にこすり、引き摺るような形になっていたが。
麦野「あ……あんのクソババア……ハァ……あれで……真の実力を見せて……ハァ……ないだと?」
筒を引き摺る麦野のその姿はボロボロだった。服は所々破れており、生傷もあちこちに出来ていた。
麦野「あんな……化け物が……世の中に……ハァ……存在してるって……のかよ……ハァ」
一目で見て分かるように、彼女は神裂に完敗していた。しかも、トドメを刺されないという彼女にとって最大限とも言える屈辱を受けてまで。
麦野「だが……ハァ……隙をついて……まんまと……ハァ……逃げ出してやった……ぜ」
しかし、彼女は神裂の目を盗んで逃走。途中、出くわした1人の警備員から筒を強奪し、ここまでやって来ていたのだ。
身近にあった茂みに隠れ、麦野は上条の位置を把握する。
麦野「………」チラッ
顔を少し横に向けると、黄泉川たち警備員の背後に1台のトラックが見えた。
麦野「『キャパシティダウンキャリアー』……対能力者用の超音波装置……。……知ってるわよ……」
ニヤリと、麦野は血で染まった顔に不気味な笑みを浮かべる。
麦野「最新式の……レベル5でさえ効果をもたらす装置らしいけど……所詮は試作版。その効果がもたらす範囲は半径50mにも満たない……つまりは……ハァ……その範囲内にいなければ……何の心配もない……」
麦野が自分で指摘したように、実際彼女はその影響から逃れるためキャパシティダウンキャリアーの半径50mの範囲外にいた。
麦野「………いっつ……」
それでも麦野の頭を僅かな痛みが走った。
麦野「……ふん。だが、どうせやることをやれば……すぐに退散すればいい……」
気を取り直し、彼女は手にした筒を右手だけで自分の肩に持ち上げる。左手を使えないため多少筒が揺れたがそれは気にするほどではなかった。
麦野「お前らは死ぬんだ……超電磁砲!!!」
そう叫び、麦野は肩に掲げた筒――無反動砲の照準を、うずくまる美琴とその側に立つ上条に合わせた。
-
- 黄泉川「手を挙げろ!!!! そこから動くんじゃないぞ!!!!」
アサルトライフルを向け、ゆっくりと近付いてくる黄泉川と警備員たち。
美琴「あああああああああああああああ!!!!!!!!」
キャパシティダウンの影響を直に受けて苦しむ美琴。
その両者に挟まれ、上条は呆然と呟く。
上条「終わり……なのか?」
もはや、上条と美琴に為す術はない。
黄泉川「いよいよ終わりの時じゃん。……さあ観念しろ。言いたいことがあるなら、アンチスキルの支部で聞いてやる……っ!」
勝利を確信したような嬉しそうな声を上げる黄泉川。
美琴「あ……ぐ……ああああああああああああ」
キャパシティダウンの影響を受けて苦しみまくる美琴。
上条「………………」
もはや状況は詰んでいた。
上条「(こんなのって……ねぇよ……)」
上条の顔に絶望の色が浮かぶ。
-
ビュン!!!!
と、音を立て、夜のビルの間を1つの影が飛び回る。
神裂「私としたことが……不覚!!」
先程まで、上条と美琴を逃がすために麦野の相手をしていた神裂だった。
神裂「もう戦意はないと思ったのが間違いでした。あの能力者を取り逃がしてしまった……っ!」
ビルの屋上から屋上を飛び、眼下を見回しながら、神裂は悔しそうに口中に吐く。
神裂「既に彼らが『外』に逃げてればいいのですが………ん?」
とそこで神裂は地上の一点を見つめた。
神裂「あれは……まさか!!??」
何かを見つけ、驚きの声を上げる神裂。
ザッ!!
そのまま彼女は地上に降り立った。
神裂「やはり……っ!」
彼女が見つめる先――100m以上向こうに、上条と美琴の姿が見えた。しかも、彼らの元にゆっくりとだが武装した兵士たちが近付いている。
神裂「か……」
急いで上条たちに声を掛けようとしたその時だった。
神裂「?」
ふと、神裂の視界の端に何かが映った。
神裂「あれは………」
目を凝らす神裂。彼女が見つめる数十ほどm先に、筒のようなものを肩に担いでいる麦野の姿が………
神裂「!!!!!!」
………見えた。
- 上条「御坂………」
美琴「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
呆然と立ち尽くしながら、上条は足元で苦しむ美琴に呟く。
上条「ごめん………」
美琴「あああああああああああああああああ!!!!」
だが、今の彼女は上条の謝罪を聞くことさえ出来なかった。
黄泉川「さぁ、大人しく手を挙げるじゃん……!!」
ライフルを向けながら、黄泉川たち警備員が上条たちに迫る。その距離は既に30mを切っている。
上条「だけど………」
ザッ!!!
黄泉川「!!!」
上条「絶対に俺は最後まで諦めない!!!!」
美琴を守るように上条が前に躍り出て両手を広げた。
上条「絶対に俺は!!! 最後までお前を守り抜いてやるぞ!!! だから安心しろ、御坂!!!!」
美琴「と……とうま……くっ……うう」
上条の言葉が届いたのか、美琴は目に涙を溜めながら、彼の背中を見上げた。
黄泉川「………………はっ」
その姿を見て黄泉川は口元を緩める。
黄泉川「言うじゃん上条当麻。……だがな……世の中、何でも思い通りに行くと思ったら大間違いじゃん」
上条「…………っ」
黄泉川「さあ、降参しろおおおおおおおおお!!!!!!」
上条「させるかあああああああああああああ!!!!!!」
腹の底から上条は魂を込めて叫ぶ。これだけは、引き下がれないと。こいつだけは守る、と。それは、上条にとって絶対に譲ることの出来ない信念だった。
上条「………………」
と、その刹那だった。
-
神裂「危ない!!!!!!」
上条「!!!???」
不意に、神裂の叫び声が聞こえた。
上条「…………?」
咄嗟に上条は声がした方向に視線を向ける。
上条「………………」
と、その途中で何か見覚えのある女の姿が視界の端に映った。
上条「!!!!!!!!!!」
麦野「………」ニィィ
筒らしき物体の先端をこちらに向けて、悪魔のように口元を歪める麦野の顔だった。
麦野「死ねえええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」
ボッ……
麦野が叫んだと同時、彼女が肩に担いでいた無反動砲が火を吹いた。
上条「…………っ」
シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!
無反動砲から発射された榴弾は、この世の終わりを知らせるような音を轟かせながら、上条と美琴の元へ向かった。
上条「くっ!!!」
反射的に上条は、美琴を守るように対面する形で彼女に覆い被さった。
- そして、その瞬間を合図に、まるで学園都市は時が止まったかのような空気に包まれた――。
麦野「――――――――」
邪悪な笑みを浮かべる麦野。
インデックス「――――――!!!!」
ステイル「――――――!!!!」
土御門「―――――――!!!!」
上条と美琴の安否を確かめるため、街を疾走するインデックス、ステイル、土御門。
黄泉川「――――――!!!!」
上条と美琴を捕らえんと、ライフルを向けながら彼らに近付く黄泉川と警備員たち。
神裂「――――――――!!!!」
上条の名を叫ぶ神裂。
――――――――――!!!!!!
上条と美琴の元へ向かう音速の榴弾。
そして………
上条美琴「「――――――――――」」
死を目前に感じ、互いの身体を強く抱き締める上条と美琴――。
-
上条「(神様……っ!!)」
シュウウウウウウウウウウウウ!!!!!!
ズッ………
やがて榴弾は上条と美琴に着弾するように直撃する………はずだった。
「掴まるのである」
上条「!!!!!!!!」
爆発の炎に包まれる直前、上条が耳にしたのはその一言だった。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!
- 着弾し、爆発する榴弾。
黄泉川「!!!!????」
突然の衝撃に、黄泉川たち警備員は思わず地面に伏せる。
神裂「!!!!!!!!」
顔を真っ青にし、今すぐ着弾箇所へ向かおうとする神裂。
インデックスステイル土御門「!!!!!!!!!!」
たった今辿り着いたインデックスとステイルと土御門も、突然目の前で起こった爆発に、驚愕の表情を浮かべた。
麦野「………………」ニィィ
そして目の前で巻き起こったオレンジ色の炎を顔に映えさせ不気味に笑みを作る麦野。
誰もが、上条と美琴は死んだと思われた。
しかし………
ドン!!!!
と、突然、衝撃波が巻き起こり、爆発の炎の中から何かが飛び出してきた。
麦野「何っ!!??」
神裂「あ、あれは………」
そのシルエットはまるで人間のような形をしていて、そしてその両肩部分にはそれぞれ1人の少年と1人の少女が担がれていた。
-
インデックス「あ! とうまと短髪だ!!!」
ロケットのように垂直に飛んでいくその人間の両肩を見て、インデックスが指差しながら叫ぶ。
ステイル「あ、あいつは……」
土御門「まさか……」
神裂「間に合いましたか………“後方のアックア”」
アックア「………………」フッ
両肩に上条と美琴をそれぞれ抱えた、元『神の右』の1人――“後方のアックア”ことウィリアム・オルウェルは小さな笑みを浮かべて学園都市の壁を軽々と越えていった。
黄泉川「な……何が起こった……?」
麦野「あ……あ……バカな……」
その様子を呆然と見つめる麦野や黄泉川たち。
インデックス「ありがとう!!! アックア~~~!!!!」
インデックスの感謝の言葉を背に、やがてアックアは学園都市から高速の速さで去っていった。
- ネオンの光が映える街の空を、アックアは飛ぶように駆け抜けていく。
上条「う………」
美琴「ん………」
その両肩にそれぞれ抱えられていた上条と美琴は同時に目を見開いた。
アックア「ふん。起きたようであるな」
上条「………え?」
耳元に聞こえる声に驚き、上条はそちらに顔を向ける。
上条「なっ……お前、アックア!!??」
そこに見えたのは、あの、かつて上条が対峙した元ローマ正教『神の右席』の1人、後方のアックアの精悍な横顔だった。
美琴「だ、誰……? この人?」
美琴は不思議そうにアックアの顔を見つめる。
上条「何でお前ここに!?」
アックア「貴様の知り合いの魔術師に頼まれた」
上条「頼まれたって……あ!」
と、そこで何かを思い出す上条。
上条「まさか神裂が言ってた『対策』って、お前のこと……?」
アックア「ふん」
上条「な、何でお前が俺たちを……?」
本当に事情が飲み込めない、と言うように上条は訊ねる。
アックア「私は元傭兵である。貴様の知り合いの魔術師に頼まれたから仕事をこなしただけのこと。それだけである」
つまらなさそうにアックアは答えた。
上条「………………」
美琴「な、何だか分からないけど、ありがとうございます」
肩に担がれた状態で美琴はペコと頭を下げる。
アックア「そんなことより、お別れは済んだのであるか?」
-
- 上条美琴「え?」
アックア「あの退屈な街ともこれで今生の別れであるはずだが?」
上条美琴「!!!」
アックアに指摘され、はっとした上条と美琴は後ろを振り返えった。
美琴「学園都市が………」
そこに、街の光を受けて、妖艶に暗闇に浮かび上がる学園都市の姿があった。
美琴「そっか……。脱出出来たんだ私たち……」
上条「そうみたいだな……」
流れる風に髪を揺らしながら、2人は遠くなっていく学園都市を見つめる。
上条「………………」
しばらくの間眺めていると、やがて上条は顔を戻した。
美琴「………………」
学園都市をその瞳に焼き付けて、美琴は静かに呟く。
美琴「さよなら、黒子、佐天さん、初春さん、みんな……。そして、学園都市………」
その言葉を最後に、正面に顔を戻した彼女の目元から溢れ出た涙が風になって後ろへ流れていた。
上条と美琴を担ぎながら、夜の街に消えていくアックアの背中。
こうして、美琴と上条は遂に学園都市と別れを告げた――。