上条「二人で一緒に逃げよう」 美琴「………うん」 > 第一部 > 11





上条「『瞬間氷結(フリージングポイント)』……だと?」




上条は確かめるように口中にその名を反芻する。

瞬間氷結「そうだ。この学園都市の全てのジャッジメントを統括する立場にある」

目の前に現れた男は静かに答えた。

黒子「本部長はそれだけではありませんわよ? 長点上機学園3年生にして生徒会長。成績もトップ5にランクインするほどですの。しかも本部長は『今レベル4の大能力者の中でレベル5に最も近い位置にいる』と言われていますわ」

瞬間氷結に代わって、黒子が自慢するように説明する。

美琴「長点上機!?」

と、言えば美琴が所属する常盤台中学よりも上位の、学園都市最高峰の学校だ。噂ではレベル5の超能力者が数人在籍しているとも言われる程である。
学園都市の中でも優秀な者しか入学することが出来ない正真正銘の超エリート校。しかもそこで生徒会長を務めているとなれば、その頭脳・人格ともにどんな人間であるかは予想がついた。

美琴「それで……レベル5に最も近い位置にいるって……」

その上彼はレベル4の大能力者の中でも最強の実力を持ち、更にはレベル5に最も近い位置にいると言う。

黒子「ええ。いずれはレベル5の8人目に……」

瞬間氷結「肩書きなんてどうでもいいよ」

黒子「!」

と、そこで瞬間氷結は話の腰を折ってきた。
瞬間氷結「今一番大事なのは、彼女たちを連行することだ」

言って彼は上条と美琴を見据える。

瞬間氷結「この学園都市の治安組織の長として警告する。御坂美琴、上条当麻。大人しく僕と一緒に来い。抵抗するなら、容赦はしない」

上条美琴「………………」

上条「何も理由を訊かず連行するってのかよ?」

瞬間氷結「理由? そんなこと訊かなくても分かるよ。彼女は法の下によって裁かなければならない人間。御坂美琴……君が存在するだけでこの街の平和は脅かされる」

淡々と、瞬間氷結は罪状を述べるように言う。

美琴「…………っ」

瞬間氷結「もう問答も飽きたよ。さあ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』……」

そこで動きがあった。

上条「!」



瞬間氷結「そんなに彼女が大事なら……守ってみろ!!!」



叫んだと同時、瞬間氷結の足元の水溜りが一瞬で凍結した。

美琴「来る!!」

上条「え!?」
上条がその言葉に振り返ろうとした途端、彼は美琴に身体を掴まれ地面に転倒していた。
直後、今まで2人が立っていた、いまだ乾いていない濡れた地面がビキビキと凍結し始めた。

瞬間氷結「そんなもので僕の攻撃から逃れたつもりか?」

上条美琴「!!!!!!」

正面に顔を戻す2人。見ると、氷で作られた1mぐらいの細長い槍のようなものが高速でこっちに向かってくるのが見えた。

上条「くっ!!」

咄嗟に体勢を立て直し、上条は右手を突き出す。

バギィィン!!!!!

上条の右手に触れた氷は一瞬で粉々になった。

瞬間氷結「それが幻想殺しか。だが、攻撃はまだ終わらないぞ」

瞬間氷結が背後の噴水に手を突っ込む。1秒後、彼は自分の手を水の中から引き抜くと、左から右へ薙ぐように掴んでいた水をばら撒いた。
大小様々な形になった氷の鋭角の大群が正面から上条たちに迫り来る。

上条美琴「……………っ」

2人はそれぞれ回避運動を取ると、次の1手に備えるための姿勢を取った。が、そのせいで彼らは引き離されてしまうことになる。

美琴「!!??」

何かの気配に気付き振り返る美琴。

黒子「………」ニィッ

そこに立っていた黒子が、回し蹴りを繰り出し美琴の顔を狙ってきた。

ブンッ!!!

寸前、美琴は僅かに身体を後ろに引いた。黒子のつま先が彼女の髪に触れる。

美琴「黒子!!!」

黒子「気付いてますわよ!!! お姉さま、能力が使えなくなっているでしょう!!!!」

美琴「!!!!!!」
黒子「隙あり」



ドッ!!!



美琴「ぐっ……ぁ……!!」

黒子の強烈な蹴りが美琴の横っ腹に決まった。

美琴「くっ……」

地面に倒れ込む美琴。

黒子「チェックメイト」

太腿に巻いた革ベルトの金属矢に触れる黒子。

ドドドドドド!!!

同時、美琴の服の裾が地面と繋ぎ止められていた。

美琴「あっ……うっ……」

黒子「レベル5と言えど能力が使えないとこんなものですの」

美琴を見下すように黒子は言う。
上条「御坂!!!」

美琴の危機に気付いた上条が振り返る。

瞬間氷結「余所見してていいのかい?」

上条「!!!!!!」

正面に顔を戻す上条。すぐ眼前まで、氷で作られた剣を手にした瞬間氷結が迫っていた。

瞬間氷結「死ぬぞ?」

上条「やろう!!!」

右手を突き出す上条。

バギィィン!!!!

氷の剣が砕かれる。

上条「もらった!!」

そのまま瞬間氷結の顔を殴ろうと上条は拳を握る。

上条「!!!???」

が、そこで彼は足元の違和感に気付いた。

上条「何っ!?」

左足が氷で固まっていた。

瞬間氷結「どうした? 手を止めたりして。僕の手は君の顔を一瞬で凍らせるぐらい出来るぞ?」

上条の視界に、手の平の表面一杯が氷に覆われた瞬間氷結の右手が迫りくるのが映った。

上条「………っ」ゾクッ

バシッ!!!

背中に悪寒が走るのを感じ、上条は右手で瞬間氷結の掌を打つ。
しかし………

ドゴオッ!!!

上条「………ぐっ!?」

攻撃を回避したと思った瞬間、上条の腹に重い衝撃が響いた。

氷結「………………」

瞬間氷結の左拳が上条の鳩尾に入っていた。

上条「が……あ…」

ドサッ…

耐え切れず上条はその場に転倒する。

上条「クソッ……!」

逃げようと思うものの、右足が氷漬けされているためそれも叶わない。
そこへ、瞬間氷結が上条の側にまで歩み寄り見下ろしてきた。

瞬間氷結「白井さんほど機敏に動けないけど……徒手格闘で彼女に負けるとは思ってないよ。じゃないと、本気の訓練で彼女に勝つことなんて出来なかったはずだからね」

上条「御坂を……どうするつもりだ!?」

地面から睨むように上条は瞬間氷結を見上げる。

瞬間氷結「決まってるさ。法の下で裁きを受けてもらう。どんな犯罪者でもそれに例外は無い」

上条「させると……思うか?」

瞬間氷結「君が何の信念を持って彼女……御坂美琴を助けようとしているのかは知らないけど、こっちだって遊びでやってるわけじゃないんだ。だからこそ僕はいつも本気でやってきたし、数多くのスキルアウトの組織だって容赦なく潰してきた……」

上条「自慢のつもりか?」

瞬間氷結「自慢じゃないよ。僕はこの学園都市のためにやれることをやってるだけだ」

本当に瞬間氷結は自慢する素振りも謙遜する素振りも見せず、事実のみを述べる。

上条「そこまでして、この学園都市が守る価値があるとでも?」

瞬間氷結「……確かにこの学園都市には一般人には縁の無いような『暗部』も存在する。君はその実態を知らないだろうけど、生半可な気持ちで介入出来るような世界じゃない」

上条「………………」

瞬間氷結「僕は『暗部』の世界で暮らしてる高位能力者の中にも何人か顔見知りがいるけど……彼らの普段の様子を見ていて『暗部』というものがどれほど洒落にならないのか、それは十分分かってるつもりだ。同時に、その『暗部』が、知らず知らずのうちにみんなが暮らす表の世界をジワジワと蝕んでいるのもまたこの街の現状……」

隙を一つも見せず、瞬間氷結は凍てついたような目で上条を見ながら話を続ける。

瞬間氷結「だからそんな『暗部』に好き勝手させないために、今も僕は、表の世界から日々『暗部』と戦っているんだ」

上条「………………」

瞬間氷結「分かるだろ上条当麻? 君も君なりの信念があって今まで数々の修羅場を潜り抜けてきたんだろうが、僕だって同じぐらい修羅場を潜り抜けているんだ。……そう、この学園都市を本当の意味で平和にするという信念と共にね」

ガッ!!

と、そこで瞬間氷結は上条の右腕を踏みつけてきた。

上条「ぐあっ!?」

瞬間氷結「気付いてるよ。僕の隙を見て右足の氷を右手で溶かして攻撃の機会を窺ってたんだろうけど……それを僕が見逃すと思うかい?」

足に力を込めつつ、瞬間氷結は上条に顔を近付ける。

瞬間氷結「ただ君のほうは気付いてたかな? 今自分がどんな場所に寝てるのかを?」

上条「!!!」

上条の表情に焦りの色が浮かぶ。同時、今まで意識していなかった感触が背中越しに伝わってきた。

上条「(しまった……!)」

上条が焦るのも無理はなかった。何故なら彼は今、濡れた地面の上に背中を預けるようにして倒れていたのだから。

上条「クソッ!!」

瞬間氷結「遅い」


ビキビキビキビキッ!!!!!!


上条「!!!!!!」

それは一瞬の出来事だった。上条は声を上げる間も無く、その身体を背中から氷で固められていった。

美琴「当麻!!!!!!」

それを見ていた美琴が叫ぶ。

瞬間氷結「ここまでだ」

瞬間氷結が背筋を伸ばす。彼の足元には右手以外を残して氷漬けにされていた上条の姿があった。

瞬間氷結「ここは雨が乾いてなかったり噴水があったりと、まさに僕にとっておあつらえ向きの場所だった。いくら百戦錬磨の君でも、この状況で僕には勝てないよ」

上条「――――――」

しかし、氷漬けにされた上条は何も答えない。

 

瞬間氷結「おっと、卑怯だのと言わないでくれよ? 戦いを有利に進めるために予め都合の良い条件を揃えておくのは兵法と言って戦略の1つだ。まあ拳1つの我流で生きてきた君にとったら理不尽に聞こえるかもしれないけどさ?」

黒子「本部長!!」

戦い終えた瞬間氷結の姿を見て黒子が歓喜の声を上げる。

黒子「さすが本部長ですわ!! 御坂美琴と上条当麻をこんな簡単に戦闘不能に出来るだなんて!!」

瞬間氷結「幻想殺しはともかく、御坂美琴は君の手柄だ。今は能力を使えないとは言え、レベル5の超能力者を捕まえられただけでも勲章ものだよ」

黒子「いえいえそんな! 黒子は恐縮ですわ!」

美琴「………………」

喜ぶ黒子の顔を、美琴は地面から見上げる。今、黒子は瞬間氷結との会話に気を取られている。

美琴「………」ググッ

その隙をつき、美琴はほんの少し両腕に力を込めてみた。

美琴「(右腕!)」

黒子の金属矢で服の裾を地面と繋ぎ止められていた美琴の身体。だが、右腕だけはその力が少しだけ緩んでいると感じた。

瞬間氷結「それよりも白井さん、黄泉川先生に電話してくれ」

黒子「え?」

瞬間氷結「御坂美琴と上条当麻を捕まえた、ってね」

黒子「あ、はい! 分かりましたの!」

指示され、嬉しそうに黒子は携帯電話を取り出す。

黒子『もしもし、黄泉川先生でしょうか? こちら黒子ですの!』

美琴「………………」

美琴の側に立って電話をし始める黒子。美琴は瞬間氷結の方をチラッと見る。
まだ警戒しているのか、彼は地面で氷漬けにされた上条の姿をジッと眺めていた。

黒子『ええ! 本部長と一緒に彼奴らを! 捕まえましたの!』

美琴「………………」

黒子は美琴に背中を向けながら、興奮して受話器に向かって話している。
美琴は胸中に思う。

美琴「(今だ)」
グググッと美琴は右腕に力を込める。

美琴「(もっと……)」

ほんの少し宙に浮いた右腕を、計6本の金属矢がそうはさせまいと裾を地面に繋ぎ止め続けている。

黒子『御坂美琴は私が責任をもって倒しましたの! え? 上条当麻? ああ、奴なら本部長が……』

美琴「(まだ……)」ググッ

思ったより金属矢の力が強いのか、右腕はろくに上がらない。
だが、なんとなく手応えがあるのを美琴は感じ始めていた。

美琴「(もっと……)」グググッ

瞬間氷結「幻想殺し……残念だよ。以前から君の話を聞いていて、君とならいつか友人になれるかもと思ったのに……」

瞬間氷結は何やら氷漬けにされた上条に話しかけている。

瞬間氷結「だが、君の持つ正義と僕の持つ正義は質が違ってたようだね……」

黒子『それがすごいんですのよ! 本部長ったら! ……え? 今どこにいるかって!?』

美琴「(もっと………)ググググッ

数cmほど右腕が上がり、地面に繋ぎ止められていた裾が限界まで延びる。
そして………



ビリッ……



美琴「!!!」


ビリビリッ……!!


美琴「(外れた!!!!)」

破れた裾の部分だけを地面に残し美琴の右腕が自由になった。

黒子『えっと、今私たちがいる場所は……』

美琴「………」ググググッ

 

美琴は止まるところを知らず、右腕が解放された勢いで上半身に力を込める。



ビリビリビリッ……!



そしてついに、彼女の上半身も地面から解放された。ただし、左腕だけはまだ地面に繋ぎ止められていたが。

美琴「………」ギロリ

間髪入れず美琴は地面に刺さっていた金属矢の1本を引き抜き黒子の背中を睨む。

瞬間氷結「ん?」

と、そこで何かの気配でも感じたのか瞬間氷結が振り返った。

瞬間氷結「!!!!!!」

彼が見たもの……それは、上半身と右腕が自由になった状態の美琴が、手にした金属矢で黒子を後ろから狙ってる姿で………。
だが、気付いた時には遅かった。




ドスゥゥゥッ!!!!!!!!




黒子「!!!!!!!!!!」

美琴は右手に握った金属矢を黒子の右太ももに突き刺した。



黒子「あああああああああああっ!!!!!!」

美琴「………………」

叫び声を上げ、電話を地面に落とす黒子。

黒子「くっ……」

ドサッ…

何とか彼女は反撃を試みようとしたが、それも叶わず地面に倒れてしまった。

瞬間氷結「白井さん!!!!」

一部始終を見ていた瞬間氷結が黒子の元へ駆け寄ろうとする。
だが………



ビキビキビキッ……



と、背後で何かヒビが割れるような音がした。

瞬間氷結「!!!???」

振り返る瞬間氷結。

瞬間氷結「なっ………」

見ると、氷漬けにされたはずの上条の右腕部分。その肘から手首に向かってヒビが何本か入っていた。



バリィィィン!!!!

瞬間氷結「バ、バカな……っ!!」

そして上条の右腕が起き上がるように動いたかと思うと、そのまま彼の右手は自分の身体を覆っている氷に思いっきり拳を叩き込んだ。



バギィィィン!!!!!!



と、音がして上条の全身を覆っていた氷が崩れていく。

瞬間氷結「………そ……そんな……」

上条「フー………」

驚愕の表情を浮かべる瞬間氷結の前で、上条は起き上がり、肩をコキコキと鳴らす。

上条「やってくれたな」ギロリ

瞬間氷結を睨む上条。

瞬間氷結「………っ」

顔や服に僅かに氷の跡を付着させながら、上条はズアッと立ち上がる。

上条「俺を甘くみるなよ。今度こそ、てめぇをぶっ飛ばす」

瞬間氷結「…………往生際の悪い男だ……っ!」

苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、瞬間氷結は上条を睨み返す。

 

黒子「くっ……ハァハァ」

一方、美琴によって足を負傷させられてしまった黒子。

美琴「………………」

黒子「よくも……よくも……くあっ」

彼女は何とか起き上がろうと地面の上でモゾモゾと動いていた。だが、金属矢が刺さった右太ももの痛みがあまりにも強烈なのか、それも叶わなずにいた。

黒子「うっ……うあっ」ドサッ

さっきから黒子は、生まれたばかりの小鹿のように、立ち上がろうとしては倒れるという動作を何回も繰り返していた。

美琴「黒子……もう、終わりよ」

美琴が側で黒子に話しかけてくる。

黒子「……」ギロリッ

美琴を睨む黒子。今の彼女はろくに瞬間移動も出来ない状態にあった。

黒子「……まだ……終わってないですの……」

美琴「お願いだからやめてよ……」

黒子「自分で傷つけておいて何をそんな悲しそうな顔を浮かべてますの? これだから犯罪者は……」

美琴「……………、」

言って黒子は自分の右足に刺さった金属矢を見る。

黒子「こんなもの……!」

美琴「何をするつもりなの!?」

グッと金属矢を掴む黒子。

美琴「あ……やめなさい!!!!」

が、美琴の制止も空しく、黒子は金属矢を引き抜いていた。当然、物凄い勢いで血が噴き出した。

黒子「うあああああああああっ!!!!!!」

想像以上の痛みだったのか、黒子は金属矢を手放し叫び始めた。

黒子「い…痛い……痛いですの……あああああああああああああああ」

美琴「黒子!!!!!!」

 

瞬間氷結「いいだろう幻想殺し……いや、上条当麻」

復活した上条を前にして、瞬間氷結の表情が再び鋭くなる。

瞬間氷結「君を正真正銘、1人の敵として認めてやる!!!」


ビキビキビキッ!!!


そう叫ぶと、瞬間氷結の足元の濡れた地面が凍り始めた。

上条「!!!!」

咄嗟に、乾いた部分の地面の上に飛び移る上条。

瞬間氷結「………………」



ビキビキビキビキビキッ!!!!!!



瞬間氷結の足元から始まった凍結は、そこから濡れた地面を介して道路一面を凍らせていく。

上条「これは……」

気付くと、元々乾いていた部分の地面以外のほぼ全てが氷漬けにされていた。ただし、例外として黒子と美琴がいた場所は何の変化もなかったが。

瞬間氷結「少しでも氷の部分に足を踏み入れてみろ。1秒で足元から凍っていくぞ」

上条「!!!!!!」

瞬間氷結「これが僕の奥の手『全面氷結(ホワイトアウト)』だ。……こんな水で濡れた部分が多い場所でしか出せない奥儀だけど、レベル5になったら常時どこでも発動可能になれる代物だ」

言って瞬間氷結は腰にぶら下げた細長い物体を取り出す。

上条「それは………」

瞬間氷結「水筒だよ。だが、僕を前にしてただの水筒だと思わないことだな」

説明しながら瞬間氷結は手にした水筒の蓋を全て外す。

上条「?」

そしてその注ぎ口を左手で覆い、水筒を逆さまにしたかと思うと、次の瞬間、注ぎ口から離した左手についてくるように、水筒の中身の水が細長い氷となって伸び始めた。

瞬間氷結「御坂美琴は砂鉄を集めて砂鉄剣なるものを作るみたいだけど……これもそれと似たようなもんだ。水筒の中の水を外に出したと同時、剣状に生成する。氷結剣でも凍結剣でも好きな名前で呼ぶといい」

完成された氷の剣は、刀身部分は円柱状だったが切っ先は鋭く尖っていた。それを右手にして瞬間氷結は上条を見据える。

瞬間氷結「死にそうな怪我を負っても後で医者に頼んで無理矢理復活させてやる。……だから、気を抜くなよ。下手したら……本気で死ぬぞ?」


グアッ!!!


上条「!!!!!!」

瞬間氷結の最後の猛攻が始まる。

 

黒子「な……何をするんですの!!?? 触らないで下さいまし!!!!」

美琴「黙ってなさい!!!!」

止め処なく黒子の右太ももから流れる血。それを止めるために美琴は行動に出た。
先程起き上がる時に地面に突き刺さった金属矢で破れた服の一部。その中で1番大きい物を手に取ると彼女はそれを黒子の足に巻いてきたのだ。

黒子「触らないで!!! 敵の慈悲など受けたくありません!!!!」

美琴「こうしないと血が止まらないでしょうが!!!!」

黒子「嫌だ!!! 離して!!!!」

美琴「………………」

黒子「離せえええええええ!!!!!!」

美琴「…………っ」

ジタバタと黒子が動くため、美琴はなかなか上手く縛り付けることが出来ない。 

黒子「敵に看護を受けるぐらいなら死んだほうがマシですの!!!」

美琴「敵じゃない!!!」

黒子「!!!!」ビクッ

美琴が黒子の顔を見据え怒鳴る。

美琴「あんたは……敵じゃない」

黒子「?」

美琴「私の……大事な……後輩なの」

言って、美琴は再び黒子の足に顔を向ける。そんな彼女の顔は、まるでもう元には戻らない何かの現実を恨み、悲しんでいるようなそんな複雑な表情をしていた。

黒子「………………」

呆然と、黒子は美琴を見つめる。

ギュッ!

黒子「あっ……くっ」

美琴「はい、後は病院で。取り敢えず応急処置はお終い」

と、美琴が安心したような顔で言う。
黒子が足に顔を向けると、確かに右ふとももに布がきつく縛られてあった。

 

美琴「早く怪我を治して元気になってね、黒子」

美琴は笑顔を浮かべる。

黒子「…………………」

瞬間、黒子の脳裏に美琴と過ごした日々が蘇ってきた。過去にも美琴は、黒子が車椅子に乗って生活していた時に今と同じように笑顔を浮かべて励ましてくれたことがあったのだ。

美琴「ま、まあ怪我させちゃったのは私だけど? あはは」

黒子「………………」

そこで黒子はふと思った。今、目の前にいる美琴に対してどうして自分は敵意を持っているのか、と。そう考えると更に疑問のようなものが浮かび、この敵意は何というか、まるで誰かに作られたようなものの気がしてならなかった。

黒子「………」

だが、それはあくまで黒子がふと思ったことであって、実際に美琴への敵意を掻き消すほどの効果はもたらさなかった。

黒子「ふん」

美琴「?」

しかし………

黒子「まあ手当てしてくれたことだけは感謝しておきますわ」

顔を背けながら黒子はそう言っていた。

美琴「………………そっか」

黒子「?」

美琴「どういたしまして!」

一瞬、呆然とした美琴だったが、彼女はすぐに笑顔で答えていた。

黒子「………………」
一方、上条と瞬間氷結の戦闘は激化していた。

瞬間氷結「さあ、決着を着けよう!!」

ゴアッ!!!!!

瞬間氷結の手が僅かに動いたと思った瞬間、氷の剣が上条の視界の端にチラッと映った。

上条「くっ!!」

咄嗟に頭を屈み、避ける上条。そのままの姿勢で彼は右手を突き出す。
が………


ドゴオオオッ!!!!


上条「ぐおっ!!」

その前に瞬間氷結が繰り出した蹴りが上条の横っ腹に突き刺さった。

瞬間氷結「僕は徒手格闘も使えると言ったはずだ」

強い勢いで蹴られ、上条は横に吹っ飛ぶ。

上条「!!!!」

着地しようとした瞬間、彼の目に映ったのは氷漬けにされた地面だった。



   ――「少しでも氷の部分に足を踏み入れてみろ。一秒で足元から凍っていくぞ」――



瞬間氷結の言葉が頭に蘇る。

上条「くっ!!」

瞬時に上条は空中で身を翻す。直後、彼は幸運にも凍結されていない地面の上で受身を取ることが出来た。

瞬間氷結「甘い!!」

そんな上条に、瞬間氷結の容赦ない剣が迫る。

上条「………っ」

右手は間に合わない。そう判断し、身体を捻らせ剣を避けると上条はその隙をついて素早く立ち上がろうとする。
瞬間氷結「………………」

が、その背中を瞬間氷結が狙う。

瞬間氷結「もらった!!」

上条「…………」

瞬間氷結「何っ!?」

氷の剣が上条の背中に突き刺さる瞬間。それよりも素早く身を翻し身体を一回転させながら立ち上がった上条が、瞬間氷結に向かって右手を伸ばしてきた。



バギィィン!!!!



瞬間氷結「なっ………」

上条の右手に触れられた氷の剣が粉々になる。

上条「これで終わりだ!!」

瞬間氷結「クソッ!!」

一度引き、再び迫る上条の右手。瞬間氷結は水筒を捨て、何とか構えを取るが………

ズッ……

その行為も空しく上条の右拳が瞬間氷結の左頬に突き刺さった。

瞬間氷結「ぶ……おっ!!」



ドカァァン!!!



殴られた衝撃で吹っ飛ばされた瞬間氷結は、やがて噴水のコンクリート部分に背中を打ち付けて止まった。
上条「ハァ……ハァ……ハァ……」

息を継ぎ、上条は警戒しながらゆっくりと、うなだれた瞬間氷結に近付く。

瞬間氷結「………クソッ…不覚をとってしまった……」

上条「………………」

瞬間氷結「………何故だ……何故……そこまでして……御坂美琴を守る?」

睨むように上条を見上げながら、途切れ途切れに瞬間氷結は訊ねる。

上条「そうすると決めた。それが俺の信念だからだ。それだけは決して曲げない」

瞬間氷結「……ハッ! 信念か……僕だって君に負けないぐらいの信念を持ってるってのに……」

上条「………………」

瞬間氷結「……この街を守りたい……って信念のために……ジャッジメントに入隊して……能力値のレベルも徒手格闘の実力も努力して……上げて……ようやくここまで登りつめたってのに……。君はその信念を軽々と……砕いてくれたな……」

上条「信念は砕かねぇよ」

瞬間氷結「何?」

その言葉を聞き、瞬間氷結は訝しげな目を上条に向ける。

上条「俺はお前を倒しただけで、信念までは砕いてねぇ。死なない限り、信念は壊れないもんなんだよ」

上条はそう告げる。

瞬間氷結「言ってくれるね……僕は君とは背負ってるものの重みが違うんだよ……。……日々……どれだけの無能力者や低能力者の学生たちが……悪漢の能力者やスキルアウトたちの影に怯えて暮らしてると思う?」

上条「………………」

瞬間氷結「彼らにとって……僕らジャッジメントは頼りになる存在……いや、頼りにされる存在でなければならないんだ……っ! 分かるか、上条当麻? そのジャッジメントのトップに立つ僕が……そう簡単に負けるわけにはいかないんだよ……」

瞬間氷結の左目は髪で隠れて影になっていたが、逆に右目はギラギラといまだ鋭く光っていた。

瞬間氷結「彼らが……安心してこの学園都市で……暮らせるために……彼らの……笑顔を守るために……」

上条「………………」

瞬間氷結「……僕は……ジャッジメントと言う……治安組織の長として……この街の平和を……守らなければならないんだ!!!!!!」

上条「!!!!!!」

叫んだと同時、瞬間氷結は背後にあった噴水の池に手を入れた。

ゴッ!!!!!!



噴水の水が数m高く舞い上がり、徐々に凍結して竜の姿へと変貌する。それはまるで伝説の海の化け物『リヴァイアサン』のような姿をしていた。

瞬間氷結「君は何としてでも僕がここで止める!!!!」

上条「………………」

氷のリヴァイアサンが口を開けて上条に襲いくる。
だが………



バギィィィン!!!!!!



瞬間氷結「!!!!!!」

上条はそれさえも右手で打ち砕いてしまった。

上条「………………」

瞬間氷結「……………はっ…!」

目の前で粉々になり地面に落ちていく氷塊を見て、瞬間氷結は僅かに笑みを浮かべる。

瞬間氷結「僕が………」

静かに言葉を紡ぐ瞬間氷結。

瞬間氷結「君のような右手を持ってたら……な……」

やがて、力尽きたのか瞬間氷結は頭を垂れ動かなくなった。

上条「…………………」

ずっと黙っていた上条は、彼の姿を見て口を開く。

上条「お前は立派な信念を持ってんだ……。俺の代わりに、この学園都市を頼む……」

瞬間氷結「―――――――」

美琴「当麻!!!」

と、その時だった。

上条「御坂!?」

振り返る上条。すると美琴が凍結した部分を避けるように飛んで、こっちへ向かってくるのが見えた。

美琴「大丈夫!?」

上条「俺は大丈夫だ。お前は無事か?」

美琴「私は……大丈夫」チラッ

言って美琴は意識を失った瞬間氷結を見る。

美琴「………強かったね」

上条「ああ、強敵だった……」

上条美琴「………………」

2人して上条と美琴は瞬間氷結の姿を眺めていた。

上条「白井は?」

と言って上条は後ろを振り返る。
美琴「あの子は大丈夫……応急手当してあげたから……」

同じく美琴も振り返った。少し先でうなだれて地面に座っている黒子の姿が見えた。

上条「もう……いいのか?」

美琴「……うん……。残念だけど……」

上条「そうか」

美琴「…………………」

上条「……じゃあ、行くか」

美琴「……うん」

歩き始める上条。頷き、美琴も後に続く。

美琴「……………」チラッ

そこでもう1度立ち止まり、美琴は振り返った。視線の先に黒子の姿を捉え、彼女は最後に1つだけ呟いた。





美琴「バイバイ、黒子………」





どこか悲しげな笑顔を浮かべると、美琴は顔を正面に戻し再び歩き始めた。
御坂美琴と白井黒子。これが、彼女たちが互いの姿を肉眼で視認した最後の瞬間となった――。

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最終更新:2011年03月08日 17:59
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