仁科「で、お前は何が欲しい?」
上条「………………」
正面に座る仁科がニヤついた顔を見せ訊ねてくる。
あまり気味の良いものでもなかったが、上条は今死んだばかりの髭男が直前までに座っていた来客用の椅子に腰掛けた。
黒服「こっちだ。しっかり持て」
黒服「おう」
視界の端には、開かれた扉から髭男の死体を運んでいく2人の黒服の姿が見えた。
仁科「ああ、あれ? つまりはそういうこと。俺たちは金も払って契約書にサインした奴にはちゃんと必要なものを提供するが……ルールを破った奴には容赦しない」
得意げに仁科は語る。
仁科「これが俺たちの世界だ」
上条「………あの人は……ただ逃げたかっただけなのに……」
扉の向こうに消えていく髭男の死体を見て上条は同情するように呟く。
仁科「ガキが知ったかぶってんじゃねぇ。それ相応の覚悟をしてもらわないと、こっちだって助けてやれねぇんだよ」
上条「………………」
上条は横目で窺っていた仁科に顔を戻す。
仁科「死んだ奴のことは忘れろ。次はお前の番だ。お前はどういう事情でここに来て、一体全体何が欲しい?」
髭男のことなど既に意識の外だったのか、仁科はもう仕事モードになっていた。
そんな彼の顔を見て、一瞬躊躇を見せた上条だったが、今更こんなところで引き返すことも出来なかった。
上条「とある1人の女の子と一緒に訳あって逃亡してる。出来るのなら俺とその子の替えの服をそれぞれ一着ずつ、後は学園都市から『外』に確実に逃げられるルートを教えてほしい」
仁科「ほほう! 憎いねこの色男! 駆け落ちでもしてんのか!?」
上条「………………」
上条の話を聞き、仁科がちゃかしてきた。
- 仁科「実はよぉ、俺もこの女とそんな経緯があってここにいんだよ」
上条は仁科の隣に座っていた若い女性を一瞥する。先程髭男が目の前で死んでも顔色1つ替えなかった露出の多い女だった。
仁科「なー? 綾子?」
綾子「…………クス」
綾子と呼ばれた女が笑みを零す。
上条「………………」
綾子「ねぇ、要くん」
仁科「何だ?」
と、今まで黙っていた綾子が急に仁科に話しかけた。
綾子「あたし気分転換にちょっと出てていい?」
仁科「おう、そうか。構わないぜ!」
綾子「ありがとー」
それだけ会話を交わすと綾子は立ち上がり、部屋を出て行った。
一瞬、彼女が上条の側を通り過ぎる時に、目が合った気がしたが上条は深く考えないことにした。
上条「で、話の続きなんだけど……」
仁科「で、その連れの女はどこだ?」
上条「!!!???」
仁科は上条を見据えそう聞いてきた。
上条「………え?」
仁科「え? じゃねぇよ。お前が一緒に逃げてるって女。どこにいるんだよ? そいつの姿が見えねぇとお前の話を信用できねぇだろうが」
上条「………いや……あいつは外で待たせてるんだけど……」
しどろもどろしながら上条は応える。この展開は想定外だったのだ。
- 仁科「……………まあいい。話を続けるか」
上条「は? え……あ……わ、分かった」
やけにアッサリと諦めた仁科。上条は少し違和感を覚えたが、話を切り替えてくれたのは好都合だった。
上条「と、とにかく……俺もそいつも1度アンチスキルに姿を見られてんだ。だから、奴らの目をなるべくごまかすために服を着替えたい。後は……無事に学園都市から逃げ出すためのルートを教えてほしいんだけど……」
仁科「ふむ。なるほどな。まあ服なら色んなサイズの色んな年代向けのは揃ってる」
上条「良かった……」
仁科「だが問題は逃走ルートだ。逃走ルートの情報は高くつくぞ。お前、金持ってんだろうな?」
上条「…………え」
一瞬、頭の中が真っ白になる。
仁科「金だよ金。まさか無一文で手に入るとでも思ったか?」
上条「あ、ああ……金ならある。今財布の中に入ってる!」
仁科「いくら?」
上条「えーっと……ちょっと待ってくれ……」
慌てるように上条は財布を取り出し中身を確かめる。その様子をジロリと見つめる仁科。
上条「えーっと……1……2……」
仁科の視線を浴び、上条は焦りながら紙幣や硬貨の数を確かめる。
上条「2万5760円かな? うん……」
顔を上げ、上条は苦笑いを浮かべながら答えた。
仁科「2万……5760円……?」
金額を聞いた仁科がポカーンと口を開ける。
上条「あ、ああ……」
-
- 次の瞬間。
仁科「ぎゃーーーーーーはっはっはははははははははははははは!!!!!!!!!!」
部屋が笑いの渦に包まれた。
上条「え? え?」
仁科と部屋にいた5人の黒服が爆笑している。そんな彼らの顔を何がおかしいのか分からないといった様子で窺う上条。
仁科「2万……2万5760円!! 2万5760円だと!? これは傑作だ!!!」
上条「えと……あの……」
仁科「そんなはした金で逃亡する気だったのかお前!!?? くひひひ……」
上条「いや、最初はこれでも3万ちょっとあったんだけど……」
仁科「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!」
更に部屋が爆笑の渦に包まれた。仁科にいたっては腹を抱え、両足でドタドタと床を叩きながら、あまつさえ目に涙を浮かべている。
上条「な、何かおかしいかよ!!」
その様子に上条は少し苛立ちを見せた。
仁科「ああ、おかしいね……くひひ……たったの5桁の額でこの学園都市から逃げれるだなんて考えてるお前のくるくるぱぁな脳みそがおかしくてたまらねぇよ」
上条「…………っ」
上条「これでも俺は真剣なんだ!!」
仁科「やめろ、もう怒るな。腹がおかしくなる……くひひ……」
上条「………」
仁科「分かった。お前らに服と逃走ルート、与えてやるよ」
ようやく気が済んだのか、笑い終えた仁科はそう言ってきた。
上条「!!! ほ、本当か!?」
仁科の言葉を聞き、上条が希望の色を顔に浮かべる。
- 仁科「ああ、但し……」
上条「?」
仁科「お代は全額だ」
上条「え……………」
仁科は上条の財布を指差す。
仁科「全額いただく」
上条「なっ!?」
上条「そ、それは困る!」
咄嗟に上条は抗議の声を上げていた。
仁科「はあ?」
上条「うっ……いや、だ、だって…全額取られたら……飯とかどうすりゃいいんだよ……」
上条「いや待てよ……1回ATMで金を下ろせば……」
仁科「バカか。お前の素性がアンチスキルに割れてる以上、口座は使えないとみたほうがいい」
上条「!!」
仁科「運が悪けりゃ罠を張られているかもしれねぇ。利用した口座から位置情報を掴まれたりな」
上条「……………」
口を開け呆然となる上条。そんな彼を見て一瞬小さく笑うと、仁科は続きを話し始めた。
仁科「まあ聞け。とにかく、だ。オプションでついてくる拳銃はいいとして、2人分の服の着替えで3万以上はする」
上条「そ、そんなに……!?」
仁科「逃走ルートの情報もいくつか持ってるが、1番価値の低いルートにしたって2万はするんだ。……だが俺は優しいからな。さっき、おじゃんになったばかりの契約の分、金額をサービスしてやる」
上条「!?」
明らかに仁科が言っているのは殺された髭男のことだった。確かに髭男が死んだことで、1つ契約が台無しになっているのだろうが、そもそもそうさせたのは仁科自身だ。わざわざ自分で髭男を殺しておいて、その分を補うために情けを掛けられるのは上条にとってはいまひとつ納得出来なかった。それに、これではまるで髭男が死んだお陰で上条たちが助かるようなものである。
上条「冗談じゃない……。俺は帰る」
仁科「あ?」
上条「こんなバカらしいことに大金を使うぐらいなら、自力で逃げたほうがマシだ。ATMが使えなくっても2万ちょっとあれば、十分に『外』に逃げれるまではもつ」
そう言って上条は立ち上がろうとする。
- 仁科「いや、無理だね」
ニヤニヤと仁科が引き止めるように言った。
上条「何?」
仁科「さっきも言ったが、たった5桁だけの金額で学園都市から逃げることなんて不可能だ。必ずどこかでその無謀さに気付いて一旦、『外』への脱出は諦めることになる。そっからはどうなると思う? 恐らくは、学園都市でアンチスキルなどの影に怯えて暮らす生活の始まりだ。また『外』に逃げるつもりでも、飯を手に入れるだけですぐに金は底を尽くぞ。……まあ、俺たちみたいな組織に入って生活費を稼ぐ、って手もあるがなあ」
上条「………………」
仁科「だったら、今ここで所持金全て使っても俺に頼っといた方がいい。1番価値の低い逃走ルートの情報にしたって、十分役に立つはずだ」
上条「………………」
仁科「てめぇの都合で考えるな。別にお前だけなら好き勝手にやりゃいいが……一緒に逃げてる女がいるんだろ? なら、その女のことを1番に考えるこったな。ま、お前が女のことを考慮せず、その場の判断だけで俺の協力を断って、その果てに女を死なせてしまうような馬鹿みたいな男なら話は別だがな?」
上条「……………………」
仁科「………………」
ニヤニヤと笑みを浮かべる仁科。無言で仁科の話を聞く上条。2人はしばらくの間互いの顔を凝視していた。
そして………
上条「………………」
スッ、と上条は再び椅子に腰を降ろした。
仁科「そうこなくっちゃ」ニヤリ
上条「……言っておくがお前を完全に信用したわけじゃない。あいつのことを考えたら、ここでお前の助けを借りるのも得策だと判断したまでだ」
仁科「そりゃあ偉い。なら早速契約といこうか」
仁科が1枚の紙を机の上に置く。
上条「………………」
仁科「………………」ニヤニヤ
無言で仁科の顔を見つつ、上条は差し出されたペンを受け取った。
-
- 15分後――。
ガチャッ
仁科「悪いな。席外しててよ。で、出来たか?」
上条の右手側にある扉が開き、仁科が入ってきた。
上条「ああ……」
椅子に座る仁科。
仁科「ちょっと用事が入ったもんでな」
彼は5分ほど前、部下に呼ばれ部屋を出ていたのだ。どこに行っていたのかまでは上条は知る由もなかったが。
上条「これでいいのか?」
仁科「おお、いいぜいいぜ!! これで契約成立だ!!」
上条から渡された契約書を上から下まで舐めるように見つめ、仁科は喜びの声を上げる。
上条「………………」
黒服「失礼します」
と、そこへ部屋の奥の扉から1人の黒服が入ってきた。その手の中には小さなケースが抱えられている。
黒服「どうぞ」
仁科「おう」
そのケースを黒服から受け取り、蓋を開けると仁科はまたニヤつき始めた。
仁科「お前のもんだ」
そう言い、仁科は蓋が開いたままのケースを机の上に置き、そのまま一回転させ中身を上条に見せてきた。
上条「!!!!」
仁科「オプションの拳銃だ」
そこには、黒光りする一丁の拳銃がしまわれていた。
上条「これ………」
拳銃を見て呆然とする上条をよそに、仁科は後ろの棚をゴソゴソ探っている。そして今度は、何重かに折り畳まれた厚みのある紙をケースの横に置いてきた。
- 仁科「こっちは逃走ルートを書いた地図だ」
上条「ちょっと待て」
仁科「あん?」
上条「この拳銃は?」
堪らず上条は仁科に訊ねていた。
仁科「グロック17……映画で見たことないか? プラスチック製の持ち運びやすくて小さな銃だ。弾も入ってる」
上条「俺は拳銃なんていらねぇ……この拳だけありゃ十分だ」
仁科「バカ言うな。そんなんで逃げ切れるわけねぇだろ。お前が使うかどうかなんて知ったこっちゃねぇが、これも契約のうちなんだ。だからオラ、腰にでも挟んどけ」
言って仁科は右手でケースをこずき、上条に近付けさせる。
上条「………………」
上条はまだ納得がいかないという顔をしていたが、最後に1度仁科を見ると、しぶしぶと地図を受け取り拳銃をズボンの背中部分に挟んだ。
仁科「金も受け取った。契約書も出来た。あとは、服だけだな」
相変わらずニヤニヤした顔の仁科。
「ボ、ボ、ボ、ボ~ス~!」
上条「!」
と、その時、上条の右手側にある扉が開き、1人の男が入ってきた。
仁科「おうどうした“ゴリラブタ”」
「エヘエヘエヘ……準備できやしたぜ……ハァハァ」
仁科に『ゴリラブタ』と呼ばれたその男は、その名の通りやたら巨体だった。ただし『ゴリラ』に該当する部分は彼の身体のどこを見ても、全く連想出来なかったが。
上条「………」
ゴリラブタ「こ、これでまた……ハンバーガー貰えるんすよね? ハァハァ」
見たところ、ゴリラブタは黒服より立場が低いのか、格好も私服でだらしなく、脂肪だけの腹がやけに目立っている。絶えず息を切らしているのは別に走ってきたわけということでもなく、いつものことなのだろう。まさに『豚』という呼び名に相応しい彼は、一仕事を終えたところなのか、仁科に褒美の飯を頼りにここまで来ていたのだ。
仁科「分かった。後でやる。お前は戻ってろ」
ゴリラブタ「は~~~い!!」
ドスドスと音を響かせゴリラブタが去っていく。
- 仁科「さて、悪かったな手間取らせて」
上条「ん? あ、いや別に……」
仁科が話を戻す。
仁科「礼に面白いもん見せてやるよ」
そう言って仁科はリモコンらしきものを手に取ると、上条の左手前に設置されたテレビの電源を入れた。
仁科「ほら、面白いだろ?」
上条「………………」
上条「!!!!!!!!」
その瞬間、上条の顔が固まった。
仁科「くひひ」
上条「…………っ」
テレビの画面は何故かカラーではなくモノクロだった。そこに映っているのは通常の番組でもない。どこかの部屋を天井と思われる位置から映した監視カメラの映像だった。そして、その部屋にいるのはよく見知った格好をした1人の少女で………
上条「御坂っ!!??」
叫び、上条は画面に見入っていた。
-
帽子で顔を隠しているが、間違いなく監視カメラに映ったその部屋にいるのは美琴だった。もう1人、同じ部屋に誰かいるようだがその顔には見覚えがあった。
上条「あの女は……」
仁科「くひひ……」
ついさっきまで、仁科の隣に座っていた『綾子』と呼ばれた若い女だった。
上条「!!!」
不意に、映像の中の美琴が顔を上げたかと思うと、画面越しに上条と目が合った。無論、向こうはこっちのことなど見えていないが、上条はそれで確信した。間違いない――確かに彼女は美琴だ。
上条「お前っ!!」
ギロリ、と上条が仁科を睨む。警戒した黒服が懐に手を伸ばす。
仁科「まあ落ち着けって」
上条「ふざけるな!!! どうしてあいつが映っているんだ!!??」
上条は激昂するが、仁科は相変わらずニヤニヤと笑っているだけだった。
仁科「なんだ、あれがお前の女だったのか。いやな、店の前でウロウロしてたガキがいるってもんだから、部下が見にいったのよ。そしたらあのガキ、いきなり部下を蹴り飛ばして怪我負わせやがったらしくてよ。だからまあ、責任とってもらうためにちょっと連れてきたんだよ」
上条「違う!! どうせお前らの部下が無理矢理御坂を連れていこうとしたんだろ!!?? そうに決まってる!! お前……俺がここにいる間に、自分の部下を使って御坂を探させてたな!? あらかたさっき部屋の外に出てたのも御坂の姿を確認するためだろ!!!」
仁科「俺は部下からの報告をそのまま伝えただけだが?」
上条「教えろ!! 御坂はどこにいる!?」
血気迫った顔で訊ねる上条。対して仁科はこの状況を楽しむように答えた。
仁科「さあ?」
- 『デーモンズ・ネスト』・とある部屋にて――。
美琴「で、あいつはいつ来るの?」
綾子「その前にこっち向いたらどうだの? いい加減顔見せてよー」
上条が仁科に美琴の居場所を聞き出している最中、当の美琴は店内にある休憩所にいた。扉がついた壁はガラス張りになっており、そこからはクラブで踊る若者たちの姿が見えた。
美琴「私はあんたに見せる顔はないわ」
10分ほど前まで上条の言いつけ通り店の外で待っていた美琴。が、そんな彼女の前に突然、黒服を着た男が2人どこからともなく姿を現した。
綾子「えーケチー」
美琴「ふん」
黒服は、連れの上条が呼んでいると美琴に説明。1度は不審を覚えた美琴だったが、腕時計を見ると上条が言っていた1時間がとうに過ぎていたので、迷った末警戒しながらも黒服について行くことにしたのだった。
綾子「貴女、うちで働かない? スタイル良いしきっと人気出るわよ?」
美琴「お断り。私はそんなことしてる暇ないの」
綾子「そんなにあの男の子が好きなんだー」
美琴「………………」
綾子「あら? 何で黙っちゃうの? 図星だった?」
美琴「う、うっさいわよ!」
このように、綾子と言う名の若い女性は先程から絶えず話しかけてきていた。何らかの意図があって美琴を揺さぶろうとしているのかどうかは分からなかったが、鬱陶しいことには変わりなかった。
綾子「でもああいう男の子はモテるわよ?」
美琴「………………」
綾子「素直になれないのね」
美琴「あんたに……私の何が分かるのよ?」
綾子「分かるわよ。顔を隠してる、ってことは彼ではなく貴女の方が何らかの理由で追われてる、ってこと。でないと、わざわざ貴女を店の外に待たせてまで彼が要くんの所に堂々とやって来ないわ。……どういう関係かは知らないけど、貴女のために一緒に逃亡してくれるなんて相当大事に思われてる証拠よ?」
女の言葉が後ろから美琴を揺さぶる。美琴は相手にしてはいけないと心の中で思っていても、ついつい反応してしまうのだった。
綾子「私には分かる。あの男の子、きっと貴女のことが好きなんだわ」
美琴「えっ?」
思わず、美琴は振り向こうとした。
- 美琴「……っ」
しかし、寸でのところで美琴は顔を戻し帽子を被り直した。
綾子「あ、残念……」
美琴「もう私に話しかけないでよ。気が散るから……」
綾子「動揺してるわね? 何なら告白しちゃえばいいのに」
美琴「バ、バカなこと言わないでよ」
綾子「きっとあの男の子は心の中で貴女を好きでいる。でもその気持ちには気付いていないのよ。だからきっと、貴女が想いを告げちゃえば、彼も気付いてくれるはず……」
美琴「な、何であんたに分かるのよ。あ、あいつに限ってそ、そんなこと……」
そこまで言って美琴は急に黙る。
美琴「(そ、そうよ……あいつが私のこと好きだなんて有り得ない……あんな鈍感なのに……。あいつは善意で私を助けてくれるだけ……そう……それだけ………)」
思いつめたような顔になる美琴。
綾子「………」クスッ
そんな美琴を見て綾子は笑みを零す。
ガチャッ
美琴「!」
と、その時だった。背後から扉が開かれる音がした。
美琴「当麻!?」
一応、顔を帽子とマフラーで隠しつつ美琴は笑顔で振り返った。
美琴「!!!???」
ゴリラブタ「でへへへ。お嬢ちゃん、ちょっとこっち来てくれるかな~? ハァハァ」
そこには、やたら太った男と不良の風貌をした若い男が3人立っていた。
美琴「な、何よ!?」
ゴリラブタ「一緒に遊ぼう? ハァハァ」
額から大量の油汗を流し、太った男は不気味な笑みを浮かべた。
-
上条「御坂はどこにいる!?」
仁科「さあ?」
仁科の胸倉を掴み、上条は血走った目で問い詰める。黒服の男たちが拳銃を向けてきたが上条は気にしていなかった。
上条「言え!!」
上条が知りたいのはただ1つ。美琴の居場所だ。
仁科「そこまで大事なら自分で探してみればいいんじゃないか?」
上条「………っ」バッ
仁科「おっと……」
仁科から手を離す上条。
扉に近付いた上条は目の前に立っていた黒服に叫ぶ。
上条「どけ!!」
言われ、黒服は道を開ける。
上条「御坂!!!!」
そして上条は目にも止まらぬ速さで部屋を出て行った。
黒服「宜しかったのですか?」
黒服が上条の背中を見送り訊ねてきた。
仁科「いいんだよ。こうした方が面白い」
仁科はニヤニヤと笑ってそう答えた。
- 上条「御坂!! どこにいるんだ!?」
美琴を見つけるため、店内を走る上条。
上条「頼む!! 返事してくれ!!!」
不安の表情を浮かべつつ、上条は人ごみを掻き分ける。
上条「お前を置いてきた俺がバカだった……っ!」
強引に人と人の間を通り抜けようとする上条に、客や店員たちが迷惑そうな視線を送ってくる。
上条「お前がいなくなったら俺は……」
上条「!?」
と、そこで急に上条は立ち止まった。
上条「何だろあれ?」
店の一角。ガラス張りの小さな部屋の側に、人だかりが出来ていた。それも結構な数だった。今も、野次馬たちが人だかりに加わわるため、立ち止まった上条の横を通り過ぎて走っていっている。
上条「行ってみよう」
そう呟き上条は人だかりの元に駆け寄っていった。
-
美琴「きゃっ!!」ドサッ
床に転倒する美琴。
奇しくも彼女は、上条がたった今発見したばかりの人だかりの中心にいた。
美琴「ううっ……あっ!」
「もう1回立とうよ」グイッ
床でよろめく美琴を、1人の不良が無理矢理立ち上がらせ背後から彼女の両腕を掴む。
美琴「や、やめて……」
「ほら、パース!!」
美琴「きゃっ!」
「ナイパス!!」
不良が美琴を勢い良く離すと、向かいで待機していたまた別の不良が彼女を受け止めた。
「顔見せてみんなの前で自己紹介したらどう?」
美琴「は、離し……あっ!」
「そっち行ったぞ!」
再び勢いをつけて美琴を手放す不良。そして、その先で彼女を受け止めるまた別の不良。
「へいへいへい!」
美琴「やめっ……」
「ナイパス! おら、今度はこっちだ!」
美琴「痛いっ」
「キャァッチ! おらよ!」
美琴「もう止めてよ……」
不良たちは、まるでボールを投げ合うように美琴の華奢な身体を弄ぶ。そして彼女が不良たちに受け止められる度に、野次馬から歓声が上がるのだった。
- ゴリラブタ「ねぇ…僕たちみんな君が顔見せてくれるの楽しみにしてるんだ。ハァハァ……自分で脱いでくれないと面白味がないじゃない? ハァハァ……」
美琴の身体を掴みながら、ゴリラブタが彼女の耳元で下品な息を吐く。
美琴「離せ……変態……」
普段の美琴なら電撃で不良たちを倒しているところだったが、今の彼女は能力を行使出来なかったため、それも叶わなかった。
ゴリラブタ「そういうこと言っちゃっていいのかな~?」
美琴「あっ!!」
瞬時、ゴリラブタは美琴が被っていた帽子を無理矢理脱がした。
美琴「か、返して!」
同時、野次馬たちがどよめいた。
ゴリラブタ「あ? 何だみんなして?」
野次馬たちの反応を訝しげに思ったゴリラブタが美琴の顔を見る。
ゴリラブタ「うお! こいつあの御坂美琴じゃん!!!」
美琴「くっ……」
遂に美琴は大勢の前でその素顔を晒されてしまった。
「あれ本物ー?」
「まさか俺たちよりも凶悪な犯罪者がここにいるなんてなー」
「こわーい」
「殺しちまったほうがいいんじゃねぇの?」
美琴の顔を見て好き勝手言う野次馬たち。
美琴「…………っ」
この店に集まっているのは、どちらかというと世間から外れた不法者が多かったためか、同類項だと思っている美琴を見ても一般人のような過激な反応は見せなかった。が、それでも大半が汚物を見るような目を彼女に向けてきた。
美琴「………見ないでよ!!」
犯罪者たちにも侮蔑される存在。それが今の美琴の立場だった。
-
ゴリラブタ「まさか君があの御坂美琴とは思わなかったよ~ん ハァハァ」
美琴「黙れ!」
ゴリラブタ「あ~怖い怖い。ハァハァ」
ゴリラブタの美琴の腕を掴む力が強まる。
ゴリラブタ「駄目だよ、おイタなんてしちゃ。取り敢えずこれからも悪さをしないように今ここでお仕置きしちゃおっか~ ハァハァ」
ワキワキとゴリラブタが美琴の身体の前で不気味に指を動かす。
美琴「くっ……」
ゴリラブタ「な~? みんなもこの子にお仕置きしたほうがいいと思うよな~? ハァハァ」
「そうだそうだ!!」
「やれやれ!!」
「俺たちよりクズな人間がどうなろうが知ったこっちゃないぜ!!」
口々に叫ぶ野次馬たち。それを聞き、頷くゴリラブタ。
ゴリラブタ「全会一致。じゃ、いただきま~す!!」
ゴリラブタの太い手が美琴の身体に近付く。
美琴「…………っ」
上条「御坂!!!!」
美琴「!!??」
と、その時だった。
上条「御坂!!!」
彼女の名を呼ぶ声がどこからともなく聞こえた。
- 美琴「と、当麻!?」
見ると、かなり後ろの方だが、人だかりの中から無理矢理顔を覗かせる上条の姿があった。
美琴「当麻!!!!」
パァァと美琴の顔が明るくなる。
ゴリラブタ「ああ? 何だあいつ……もう来ちゃったのか」
上条「今そっちに行くぞ!!!」
美琴「当麻!! 助けて!!」
美琴を視認した上条が人だかりを分けて進もうとする。
ゴリラブタ「おい、そいつをこっちに来させるな!! ハァハァ」
上条「!!??」
ゴリラブタがそう発したと同時、群がっていた野次馬たちが上条の前に立ちはだかってきた。
上条「何だお前ら!? どけぇっ!!」
叫び、上条は人だかりを掻き分けようとする。
美琴「当麻!!!」
ゴリラブタ「あぁっ!」
と、一瞬の隙をついて美琴がゴリラブタの手から離れた。
美琴「当麻!!!」
上条「御坂!!!」
野次馬たちに道を阻まれる上条に、美琴は近付こうとする。
しかし………
ガシッ!!
美琴「えっ!?」
振り返る美琴。野次馬の1人が、行かせまいと美琴の腕を掴んでいた。
美琴「なっ……」
- それを合図に野次馬たちは暴走を始めた。
上条「みさっ…ぐおっ」
前へ進もうとする上条の頭を肩を身体を手を足を、野次馬たちが一斉になって掴み引っ張る。
美琴「とうま……あっ…!」
同じく美琴の頭を肩を身体を手を足を、反対側にいた野次馬たちが一斉になって掴み引っ張る。
ゴリラブタ「うおおおおん!!!! やれやれ!!! 絶対そいつらを近付けさせるなあ~!! ハァハァ」
綾子「……」フッ
上条「離せお前ら……ぶおっ…」
野次馬たちの腕が上条の顔を強引に掴み取る。
美琴「やだぁ!! 当麻!! 当麻!!!」
上条「美琴………」
上条と美琴は、互いの姿を捉え、手を伸ばそうとする。
だが、彼らにとってその距離は余りにも遠かった。
美琴「当麻あああああああああ!!!!!!」
上条「美琴おおおおおおおおお!!!!!!」
2人は暴徒と化した野次馬の波に呑み込まれて、無情にも引き離されていった。
- 仁科「くひひ」
それを楽しそうに近くで見つめる仁科。
上条「が…あああ……」
振りほどきたくても振りほどけない野次馬たちの腕が上条を絡めとる。まるで彼は、地獄の中で餓鬼に纏われつかれているような感覚を覚えた。
美琴「ゃ……やぁ……」
男も女も、みんな一斉になって2人の身体を絡め取り引き離そうとする。
上条「が……」
美琴「ぁ………」
熱中した野次馬たちを止められる者は誰もいなかった。
ゴリラブタ「やれやれぇ!! ハァハァ」
綾子「………」
仁科「くひひ」
遂に上条と美琴の身体は野次馬の中に埋もれてしまった。
だが、狂気に包まれた野次馬の人波は止まることなく更に2人を呑み込んでいく。
パン!! パァン!!! パァン!!!
仁科「!!!!????」
突然、甲高い金切り音が聞こえたかと思うと、辺りがザワッと大きくどよめいた。
同時、人だかりの一部に穴が開いたように、野次馬たちが円状になって後ずさりを始めた。
綾子「!?」
ゴリラブタ「あいつ……っ!!」
円状に空間が出来た人だかりの中心――そこに、黒い物体を天井に向けて立つ上条の姿があった。
-
仁科「あれは……」
上条「離れろ!!!!」
髪もボサボサになり、服もヨレヨレとなった姿で上条は野次馬たちにその物体を向ける。
その手に握られているもの。それは………
上条「近付くと撃つぞ!!!」
先程上条が仁科から貰い受けた拳銃だった。
仁科「………………」
野次馬たちが後ずさり、どよめきが起こる。
上条「!?」
と、上条は野次馬を掻き分け拳銃を手にした黒服たちが近付いてくる姿を視界に捉えた。
上条「こっちに来るんじゃない!!!」
綾子「ひっ!」
咄嗟に上条は、野次馬の中に綾子を見つけ、彼女の身体を引き寄せるとそのこめかみに拳銃をつきつけた。
仁科「あの野郎……」
それを見た仁科の顔に怒りの表情が浮かぶ。
- 上条「来るな!!」
綾子を楯にして黒服たちに拳銃を向ける上条。
綾子「あ……あ……」
仁科「やってくれるな……」
怯え、事態を見守る野次馬たちの中から仁科が1歩前に歩み出てきた。
上条「部下たちに武器を捨てるよう言え!」
上条は仁科に気付くと、彼を睨み指示を出した。
仁科「まあまずは落ち着け……」
上条「言ええええええええええ!!!!!!」
パァン!!!!
上条が天井に向けて発砲する。野次馬たちが再びどよめく。
- 仁科「………………」
上条「ハァ……ハァ……」
仁科「分かった。お前ら銃を捨てろ」
上条の血走った目を見て承諾する仁科。
彼に指示され、黒服たちは顔を見合わせると名残惜しげに銃を床に捨てた。
仁科「何が望みだ?」
上条「御坂を解放しろ。出来なければ、この女の命はない……」
綾子のこめかみに更に強く拳銃をつきつけ上条は言う。
綾子「あ……あ……」
助けを求めるような目で綾子は仁科を見る。
仁科「交換条件かよ」
上条「俺は、本気だ……」
仁科「お前みたいな拳一筋で生きてきたような人間が、他人を撃ち殺せるのか? お前だって似合わないことやってるなって自分でも思ってんじゃねぇのか?」
特に焦りも見せず、仁科はそう訊ねてくる。
上条「今回は例外だ。御坂を助けるためなら、俺は今、出来ることは何だってする」
ギンと、鋭くなった視線で仁科を見据える上条。
仁科「………………」
上条「………………」
数秒ほど、2人は互いの顔を見つめ合っていた。
仁科「だが俺が本当にその女を大事にしてるとでも思ってるのか?」
綾子「!」
しばらくし、仁科が口を開いた。その言葉を聞き、綾子は一瞬、絶望がかった表情を浮かべる。
だが………
上条「俺の目はごまかせないぞ。この女が大事じゃなかったら、既にお前は俺と一緒にこの女を撃ち殺してるはずだ」
仁科「………………」
上条「もう替えの服はいらない。金も全部渡したはずだ。俺はただ、御坂と一緒に無事にこの店を出たいだけだ」
- 仁科「………………」
上条「………………」
上条と仁科は無言で睨み合う。
上条「御坂!!!!」
美琴「当麻!!!!」
上条が叫ぶと、人だかりの中から美琴が姿を現した。ただし、背後からゴリラブタに手を掴まれていたが。
ゴリラブタ「こんの! おとなしくしろぉ! ハァハァ」
上条「御坂を返してくれたらこの女も返す」
仁科「………その後は?」
上条「“逃げる”」
はっきりと、仁科を見て上条は断言する。
仁科「……………なるほどな」
上条「………………」
仁科「…………いいだろう」
上条「!」
僅かの沈黙の後、仁科はそう答えていた。
仁科「ゴリラブタ!!」
ゴリラブタ「!?」
仁科「離してやれ」
上条の顔を一瞥し、仁科はゴリラブタにそう叫ぶ。
ゴリラブタ「あ、はい……」
渋々と返事をするゴリラブタ。
美琴「当麻!!!!」
ゴリラブタの手が緩み、解放される美琴。彼女は嬉しそうに上条に駆け寄ってきた。
- 上条「行け!」
綾子「ひっ」
と同時、綾子の背中を押す上条。
仁科「………………」
綾子は怯えるように仁科の下まで走っていった。
美琴「当麻!」
美琴は嬉しそうにして、横から上条に抱きついてきた。
上条「無事か?」
視線と手に持った拳銃だけは仁科に向けながら上条は彼女に訊ねる。
美琴「うん」
上条「なら、ここを出るぞ」
美琴「うん……」
仁科「………」
そろりと上条は動く。
上条「妙な真似はするなよ」
仁科「………………」
自分の背中で美琴を守りつつ、上条はゆっくりと店内を移動する。
上条「俺たちはただ、逃げたいだけなんだから……」
美琴「…………、」
仁科「……………………」
上条の動きを横目で辿る仁科。彼は全く微動だにしない。
美琴「つ、着いたよ……」
やがて2人は店の入口まで辿り着いた。こちらを注意深く見つめる仁科や野次馬たちの姿が遠くに見える。
-
上条「ドアを開けてくれ」
美琴「分かった」
ガチャッ…
言われ、美琴はドアを開ける。
美琴「開けたよ」
上条「店を出たら一気に走るぞ」
美琴「うん……」
上条「よし」
と、そこで上条は仁科に向かって叫んでいた。
上条「俺たちを助けてくれたことだけは感謝してる!!」
仁科「………………」
上条「それだけはありがとう!!」
仁科「………………」
仁科から返事は返ってこなかったが、これ以上この場に留まっていても何の得もなかったので、上条はこれで店を出ることにした。
上条「………………」
上条と美琴はゆっくりと外に出る。
上条「走れ!!」
美琴「うん!」
店を出たと同時、全速力で走り始める上条と美琴。
2人は暗くなった夜道を突っ切る。
上条「………………」
そんな中、上条は1度後ろを振り返った。『DAMON'S NEST』の看板が禍々しく光を放つのが遠くに見えた。
パシン!
綾子「きゃぁっ!!」
頬を平手打ちされ、綾子は冷たい床に転がった。
仁科「ったく……間抜けにもあんなクソガキに人質に取られてんじゃねぇよ!!」
綾子「だ、だって……」
仁科「うっせぇ!!」
綾子「ひっ」
上条と美琴が店を去ってから約15分後。一通り騒ぎも静まり、店内は何事もなかったように再び活動を始めていた。つい先程、上条が拳銃をぶっ放したと言うのに、客たちはそんなことも既に忘れているのか、ホールで踊っている。
仁科「恥かかせやがって……」
そんな中、仁科は綾子を叱責していた。理由は、不覚にも上条に人質として取られたことだった。
綾子「あ、あた……あたし……」
頬を抑えながら綾子はびくびくと仁科を見上げる。
仁科「次はねぇからな?」
綾子「………………」
もう罰は終わり、と言いたげに仁科は顔を背けた。
仁科「分かったら上の部屋で休んで来い」
綾子「…………あ、うん………」
ヨロヨロと立ち上がり、仁科の顔を一瞥すると綾子はその場から離れていった。
若い男「宜しかったのですか?」
仁科「あん?」
と、そこへタイミングを見計らったように1人の男が近付いてきた。上条が店へ来た時に話しかけたボーイ姿の店員だった。
仁科「あれでも俺の女なんだ。そうきついことは言えねぇ」
若い男「いえ、そうではなく……」
- ニコニコと、若い男は不気味な営業スマイルを仁科に向ける。
仁科「ああ。別にあいつらのことなら問題ねぇ。服は渡せなかったが、契約は成立してんだ。別に殺す必要はねぇよ。まあ……金を貰ってなかったり契約書にサインしてなかったら話は別だったがな?」
若い男「面倒になるのが分かっているのなら、あんなことしなくても良かったのでは?」
仁科「ふん。あのガキが一緒に逃げてる女を連れてこないで楽に交渉を済ませようとするから、現実を見せてやっただけだ。それに、あのガキがあの女のためにどこまで命張れるのか……個人的に興味があったからな」
若い男「しかし……とんだ大物でしたね。あの少年の連れの少女……」
仁科「御坂美琴か。そこまではさすがに予想が出来なかった」
若い男「道理で店の外で待たせてたわけです。表の世界であれだけ憎まれ話題になっている人間ですから、不法者が集うここでも連れて来るのに抵抗があったのでしょう。少女と共に逃げると決意したあの少年の覚悟は相当のものであるはず……」
仁科「ふん」
鼻で笑ってみせる仁科。
仁科「昔を思い出して嫌になるな」
言って仁科は店内の奥にあった階段を見つめる。先程仁科に休むよう言われた綾子が急いで階段を登っていくのが見えた。
若い男「ですが……本気で彼らは学園都市から逃げ出すつもりでしょうか?」
本当に疑問に感じるように若い男は仁科に訊ねる。
仁科「それは奴らの運次第だ」
ただ一言、仁科は答えた。
若い男「彼らに渡した逃走ルートの地図は、1番価値の低いものと聞きましたが……」
仁科「それだけの金しかなかったんだ。仕方ねぇだろ。それに価値が低かろうが、学園都市からの逃走ルートが描かれてるのは本当なんだ。あいつら南の方に逃げたがってたら一応おあつらえ向きのを渡してやったが……どうなるかな。まあ、確かにまともな道じゃねぇし、道中にはいくつかの危険要素も考えられるが……それは大した金も持ってなかったあいつらの運が悪かっただけ。2人して生きて学園都市を脱出出来るかどうかは俺の知ったことじゃねぇ……」
若い男「………………」
仁科「結局、俺は綾子を学園都市から逃がすことが出来ず2人して今ここでスキルアウトの幹部なんかやってるわけだが……あいつらも脱出に失敗すれば同じような道しか残されていない」
若い男「彼ら、成功すると思いますか?」
仁科「さぁな。そっから先は俺が気にするようなことじゃねぇし。上手くいけば2人して学園都市から脱出出来る。ミスをすればどちらか片方が死ぬだろうし、諦めればそこで終了。もしくは俺たちのような道を辿るだけ………」
と、そこで仁科は踵を返しつまらなさそうに吐いた。
仁科「ま、十中八九失敗するだろうがな……神様の奇跡でも無い限り……」
若い男「………………」
それだけ残すと、仁科はマネージャールームに戻っていった。
最終更新:2011年03月08日 17:57