上条「二人で一緒に逃げよう」 美琴「………うん」 > 第一部 > 08


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それから2時間後。

黄泉川「…………遅いな」

山の麓。山中に通じる道の手前で、黄泉川は呟いた。

黄泉川「やはり既に死んでいるのか……?」

上条と美琴を捕まえるため、わざわざ部隊を北と南に分けて配備してまで待機していた黄泉川。
だが、彼女の期待とは裏腹に、空が群青色に染まり始めた今になっても、上条たちが姿を現す気配は無かった。

黒子「………………」

完全武装して待ち伏せする警備員たちを、黒子は車両の側に立ち腕組をしながら見つめている。

警備員「報告します!」

黄泉川黒子「!!!???」

その時だった。慌てたように1人の警備員が黄泉川の元まで走ってきた。

黄泉川「どうした?」

警備員「た、たった今、近くのアンチスキル支部に通報があったそうです!」

黄泉川「通報?」

眉をひそめる黄泉川。

警備員「はい! 何でも街中で15分ほど前に、ニュースで流れていた御坂美琴の風貌そっくりな少女が1人の少年と歩いているのを見たとか」

黄泉川「!!!!!!!!」
瞬間、黄泉川はやられたという顔をする。

黄泉川「………逃がした? 馬鹿な……北のルートも南のルートも我々が包囲してたじゃん……。山の周囲にも絶えず警備員たちを巡回させてたのに……」

黒子「その目撃場所は!?」

警備員「え?」

黒子「その目撃があった場所です!! 一体どこですか!!??」

警備員に詰め寄る黒子。

警備員「と、隣の学区の27番通りだったような……」

黄泉川「……白井!!」

黒子「………」アッカンベ

舌を出し、黄泉川を馬鹿にしたような顔を見せたかと思うと、黒子は次の瞬間にはその場から消えていた。

黄泉川「また独断行動を……」

警備員「どうしますか?」

黄泉川「一先ずそちらに先遣部隊を向ける。我々も後始末を終えたら見張りの部隊だけここに残してすぐに行くじゃん」

警備員「了解しました!」

慌てて去っていく警備員の背中を確認し、黄泉川は部下たちに向かって叫んだ。

黄泉川「第3班と第4班以外は出発準備を整えるじゃん!! 取り逃がしたネズミ2匹を捕まえに行くぞ!!!」

 

 

その頃。

美琴「お腹空いた……」

上条「もうかよ?」

上条と美琴は次の学区に移り、暗い路地裏を歩いていた。
彼らは今、山中で御坂妹から貰った地図を頼りに、アンチスキルの目を逃れ無事ここまで来ていたのだ。

美琴「だってお腹空いちゃったのは空いちゃったんだもん……仕方ないじゃん」

上条「わがまま言うなよ。子供じゃないんだから」

上条の後を、美琴が拗ねた顔をして歩く。

美琴「私はまだ子供だもん」

上条「普段子供扱いすると怒るくせに……こんな時だけ子供ぶりやがって」

美琴「うっさい黙れバカウニ頭」

上条「やっぱお前は子供だわ」

美琴「何ですってー?」

上条「やれやれ……」

溜息を吐き、上条は1度振り返る。

上条「後もうちょっと歩いたら御坂妹が教えてくれた『デーモンズ・ネスト』に着くはずだ。そこ行ってボスに事情話したら飯ぐらい恵んでくれるだろ」

美琴「でもそのボスっての、頭が切れて根っからのスキルアウトって話だよ? 大丈夫なの?」

上条「うーん……確かに危ない感じもするけど、もしかしたら助けてくれるかもしれないしな」

正面に向き直す上条。

美琴「ま、熱もほとんど下がったし、何かあったとしてもこの美琴センセーがいる限りは大丈夫でしよ? こんなになっても一応学園都市第3位の実力はあるんだから」

どや顔で美琴は語る。
上条「あーはいはい頼もしい限りですでもお願いですからスキルアウトに挑発されたからって電撃ぶっ放さないで下さいね」

美琴「それはどういう意味かしら? そんなに私って単純で煽られやすい人間だと思ってる?」

上条「うん思ってる」

美琴「…」ピキッ

上条「もっと大人になろうぜ中学生」

美琴「私を……」

上条「?」クルッ

美琴「子供扱いすんなって……」ギロッ

上条「ひっ!」

美琴「言ってんでしょうがああああああああ!!!!!!」

上条「ちょっとタンマーーーーーーーー!!!!!!」

今までの経験から美琴の電撃を予測し、上条は咄嗟に右手を突き出す。

上条「……………………」
上条「………………ん?」

しかし、電撃は来ない。上条は瞑っていた目を恐る恐る開ける。

美琴「え?」

上条「え?」

美琴は何故かキョトンとしていた。

美琴「あ……と、とにかく私を子供扱いすんなって言ってんでしょうがああああああ!!!!!!」

上条「わああああああああ」

もう1度、右手を前に突き出す上条。

 

 

上条「……………………」
上条「………………ん?」チラッ

美琴「あれ?」

上条「うん?」

また、美琴はキョトンとしていた。

上条「ど、どうした?」

美琴「いや……その……」

何故か焦っている美琴。彼女はさっきから何度も力んでいる。

上条「おい」

さすがにこれには上条も違和感に気付いたようだった。

美琴「ど、どうしよう……」

上条「え?」

困ったような目で美琴は上条を見てきた。
そして次の瞬間、彼女はとんでもないことを言いだした。





美琴「能力……使えなくなっちゃった……」





上条「!!!!!?????」

上条は思わず言葉を失くした。

 

 

 

 

午後9時前。

上条「あれが『デーモンズ・ネスト』か」

某学区にある路地裏。そこから上条は向かいにある店を見て呟いた。
最終下校時刻は過ぎているものの、この辺りは大学生や大人が多いためか、表通りはどの店もまだ開店していて賑やかだった。

上条「………………さて、どう行くか」

通りの向こうに見える『DAMON'S NEST』という看板。その禍々しい光が上条の顔を照らす。

美琴「ねぇ…やっぱりやめようよ」

振り返る上条。後ろにいた美琴が心配そうに声を掛けてきた。

上条「………………」

上条は2時間前のことを思い出す。

 

 

 

2時間前――。

上条「どういうことだ能力が使えないって!?」

上条は思わず大声で叫んでいた。

美琴「ちょ、ちょっと!」

上条「あ、ごめん」

山から逃れ、次の学区の路地裏を歩いていた上条と美琴の2人。ふとしたことで、彼らは衝撃的な事実を知ることになる。

美琴「うるさくしたら気付かれちゃうよ……」

上条「そんなことより! どういうことなんだよ能力が使えないって? 電撃が出ないのか?」

美琴「うん……」

元気をなくした顔で美琴は頷く。実は、急に彼女は自慢の能力である電撃を出せなくなったのだ。

上条「おいおい冗談だろ? 砂鉄剣は? 雷撃の槍は? 超電磁砲は?」

堪らず上条は訊ねていた。

美琴「無理だよ。どうやっても出ない……。試しにやってみても、指の先1mmたりとも電気がまとえないんだもん……」

上条「そんな……嘘だろ? ちゃんと演算してるんだろ?」

美琴「演算は間違ってない……。だけど、演算は合ってるのに能力は使えないの……」

上条「………………」

これにはさすがに上条も言葉を失くした。
美琴は、学園都市でも第3位を誇るレベル5の超能力者なのだ。『超電磁砲(レールガン)』という異名が示す通り、彼女は学園都市最高の『電撃使い(エレクトロマスター)』でもある。だからこそ上条は彼女との逃亡において、彼女の電撃能力を頼りにしていた面もあった。何故なら、もしアンチスキルの大部隊と遭遇したとしても最終的に彼女が、1個の軍隊とも渡り合えるというレベル5の実力を垣間見せれば何とかなると思っていたからだ。実際、一緒に逃亡する相手が彼女だったこそ、上条はどこか心の中で安心してもいたのだ。
だが………

上条「じゃあ本当の本当に、電撃が出せないんだな?」

美琴「そうだって言ってるでしょ! 何度も言わせないでよ!」

何の因果か、彼女は自慢の電撃能力を行使出来なくなったのだ。

美琴「どうしよう私……能力が使えなくなるなんて……」

美琴は相当の落ち込みようだった。だが、それも当然の話だった。彼女は幼少時の頃よりひたすら努力してレベルを上げ学園都市の3番目の地位に上り詰めたのだ。彼女のアイデンティティーでもある『電撃能力』。それが無くなったとなれば、詰まる所彼女は、1人のか弱い女の子でしかない。

 

上条「何か原因とか分からないのか?」

美琴「そんなこと言われたって……」

2人してオロオロする上条と美琴。

美琴「あ、でも待って……」

上条「ん?」

と、何か思いついたように美琴が顔を上げてきた。

上条「どうした? 何か思い当たるのか?」

美琴「うん……これが原因かは分からないけど……」

上条「何だ?」

美琴「演算は出来てるけど、能力が使えないっていう一種の病気みたいなのがあって……前に『能力開発』の授業で習ったことがあるの」

上条「本当か!?」

頷き、美琴は詳しく話し始める。

美琴「何でも、過去に数件か事例があるらしくて……。よっぽど珍しい症状だから知らない人も多いんだけど、能力開発の教科書には大抵載ってるはず……」

上条「そうなのか」

そう言えば、そんな症状の説明文をどっかの教科書で読んだ覚えがある。上条は数秒ほど何かを考えた後、美琴に顔を向け続きを促した。

上条「それで?」

美琴「確か精神病の一種で『不安定な自分だけの現実(アンステイブル・パーソナル・リアリティ)』……略して『UPR』って名前だったと思う」

上条「『不安定な自分だけの現実』……」

確かめるように上条はその名前を口中に呟く。

美琴「うん、何でも……精神的に辛いことがあったり、衝撃的な事実を知ってショックを受けたり、重い悩みに長期間悩まされ続けたりした時に重病に患うと、極稀に能力が使えなくなっちゃうんだって……」

上条「………………」

説明を聞いた限り、美琴が電撃を出せなくなった理由はある程度分かった。恐らく、突然、友達や知人、学園都市の全学生から憎まれ殺されそうになり、挙句には史上最悪の人間扱いをされ、その状況下で高熱にかかったのが原因だろう。

上条「………………治るのか?」

上条は一番大事なことを訊ねる。

美琴「………………………多分」
自信無さげに美琴は答えた。

上条「どれくらいの期間で治る?」

美琴「分からない。それは、人によるから……。過去の事例では、1日で治った人もいるし、数ヶ月、あるいは数年かかった人もいるって話だから……」

上条「数年って……」

美琴「治る切っ掛けは色々。とても嬉しいことがあったり、自信がつくようなことがあったり、または能力を使えなくて落ち込んでたけど、思い切って気分をポジティブに切り替えた時に治ったって人もいる。だから、私がいつ治るかは……そもそも治るかどうかも……」

美琴の声が暗くなる。

上条「………………」

これはさすがに想定外だった。学園都市から逃げる逃げないという話じゃない。ともすれば、彼女は一生能力を取り戻せない場合もあるのだ。
別にそれで実生活で困ることはないだろうが、上条としては彼女に元気に一生を送ってほしかったのだ。自分の存在の証明とも言える彼女のアイデンティティー『電撃能力』。それを急に無くして元気に生活できるほど彼女が強いとも思えなかった。

美琴「バカだよね……」

上条「え?」

俯いていた美琴が急に呟いた。

美琴「昔あんたをレベル0だ無能力者だってさんざん侮辱した私が……いざ同じような状況になっちゃうと……こんな弱気になってんだもん……。因果応報、って言うのかな? 仕方ないよね、はは……」

上条「………………」

完全に沈んでいる美琴。彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
上条「………」フッ
上条「大丈夫」ポン

美琴「………え?」

と、そんな美琴の頭を、上条は優しく叩いてやった。涙目になった彼女が顔を上げる。

上条「演算はまだ出来てんだ。ならまだ完全に能力が使えなくなったとは言えない」

美琴「…………当麻?」

上条「お前ならすぐに能力取り戻せるさ。努力してレベル1からレベル5の第3位まで上り詰めたんだ。お前なら出来る」

美琴の頭に乗せた手で、軽く彼女の髪をクシャクシャと撫でる上条。

上条「ネガティブのままだと治りにくいんだろ? だったら、元気出せ。お前の泣き顔見てるとこっちまで悲しくなっちまうんだからよ」

そう言って上条は美琴に笑顔を見せる。

美琴「………………」

しばし、呆然とする美琴。しかし、すぐに彼女は目に涙を溜めながらも笑みを零してくれた。

美琴「クス……もう、こっちの気も知らないで……」

口元を緩めつつ、美琴は涙を拭った。

そんなことがあったのが2時間前だったか。取り敢えず今は先を急ぐべきと結論を出して、2人は御坂妹から教えられた『デーモンズ・ネスト』までやって来たのだ。

 

 

 

美琴「ねぇ、やっぱり行くのやめようよ」

上条「ダメだ。相手がスキルアウトでも今は少しでも助けが欲しい」

美琴「でも……」

美琴は相変わらず不安そうにしていた。

上条「…………じゃあ分かった。俺1人で行ってくる」

美琴「ええっ!!??」

上条「確かに……よく考えれば今みたいに能力を失ってるお前を連れていくのは危険かもしれない。だからお前はここに残ってろ」

美琴の顔を見つめ、上条は言う。対して美琴の方は少し不満気だった。

美琴「今の私は役に立たないから?」

上条「違う。そういう問題じゃない。もし店内で何かあっても、お前は電撃を使えないから抵抗が出来ない。それならお前はここに残っていた方が安全だ」

一応理由を話す上条。しかしそれでも美琴は不満気だった。

美琴「あんただって、能力使えないんだから危険じゃない」

上条「…………」

言われてみればそうである。上条は反論の言葉を失くし気まずそうに黙った。

美琴「だから、やめようよ……」

上条の腕をグイグイ引っ張る美琴。

上条「………………」

今の美琴は上条と一緒に店内について行くことも出来ず、上条を無理矢理止める術も持たない。出来るのはこうやって引き止めるだけ。まさに一介の女子中学生でしかなかった。そんな彼女の姿は上条にとって新鮮だったが、彼としても彼女のためにここで引き下がるわけにはいかなかった。

上条「1時間もあれば戻ってくる。ここで待ってろ」

美琴「あ! ちょっと!」

言うやいなや上条は表通りに飛び出し、道を横切ると『デーモンズ・ネスト』に入っていった。

美琴「うううう……もぉう!」

美琴は1人唸ると、向かいに見える『デーモンズ・ネスト』の入り口を凝視した。
上条「………………」

 


足を踏み入れた『デーモンズ・ネスト』の中は、クラブのような感じだった。
店内中にやたらうるさい音楽がズカズカと鳴り響き、DJの叫び声がハウリングする。様々な色のライトが忙しく地上を動き回り、多くの若者が狂ったように踊っている。

上条「(………臭うな)」

店に入ってすぐ、上条はそう思った。
上条自身、こういった場所には行った経験がなかったが、それを差し引いてもどうもこの店の雰囲気は彼に合わなかった。まるで、学園都市中の欲が凝縮されたような、そんな感じがした。

上条「(まずは仁科要を探さないと……)」

踊り狂う人々の間を通り抜ける上条。

「はーい坊や~一緒に踊らなーい?」

「あら可愛い。私と踊ろうよ」

「お姉さんと遊ぶ? それとも“遊戯部屋(プレイルーム)”行く? 安くしとくよ」

上条の顔を見ては、若い女性がからかうように声を掛けてくる。

上条「いや、いいです……はは、通して下さい」

上条はあまり周囲の音に意識を向けないようにしたが、そんな彼の行為を嘲笑うように若い男女たちの会話が無理矢理耳に入ってきた。

「おい俺と一緒に踊ろうぜ」

「今なら『遊戯部屋』30分で1万だよ」

「あいつったら、ヤリ逃げしたんだよー信じられなーい」

「優子の奴許せない! 今度スキルアウト雇ってボコボコにしてやるんだー」

「で、俺の部屋で飼ってる女の子ちゃんがさームカつくから殴ってやったんだよ」

「おいおいそれ外国産の“薬”じゃねぇか! 俺にも寄越せよ!」

「金払わないとお前を売り飛ばすぞ!!」

「イエエエエイ!!!! 乗ってるかーい次の曲はこれだ!! 『レイパーズ』による『ハメハメガイズ』だよ!!!」

上条「…………っ」

一瞬、眩暈のようなものを上条は感じた。

上条「御坂を連れてこなくて正解だった……」

右手で頭を抱え、上条は店の奥に向かって歩いていく。と、そこで店内を観察するように見ているボーイ姿の若い男を発見した。
上条「………………」

若い男の両隣には、屈強そうなスーツを着た強面のボディガードらしき男が2人。たびたび、店の関係者っぽい不良たちに話しかけられているのを見ると、若い男は結構地位の高い人間であることが予想出来た。

上条「…………行ってみるか」

上条は顔を引き締め、若い男に近付いていく。それに気付いた両隣のボディガードがジロリと上条に警戒の視線を送った。

上条「あの……すみません」

若い男「何でしょうかお客様」

上条が話しかけると、若い男は不気味なほどの営業スマイルを浮かべて訊ねてきた。

上条「聞きたいことがあるんですけど……」

若い男「はい何について知りたいですか? 見たところお客様は初めての来店とお見受けしますが、会員カードは既にお作りになられていますか? もしまだなら、まずはカウンターの所に行って手続きを行って下さい」

上条「いや……」

若い男「これは失礼。既に会員様でいらっしゃいましたか。ではもしかして、プレミアム会員についてのご質問でしょうか。プレミアム会員になられると、様々な特典がついてきます。1年間当店のクラブを自由に利用することが出来、『遊戯部屋』や『S and M サークル』、『All JOY』などの参加も認められます」

上条「そうじゃなくて……」

若い男「その他にも『1日デートクラブ』、『ぺっとレンタル』、『報復屋』といった通常の店では味わえないサービスを……」




上条「仁科要に会いたいんですけど」




若い男「………………」

その瞬間、明らかに若い男とボディガードの雰囲気が変わった。

上条「………………!?」
上条は、若い男の顔が一瞬だけ感情の無い冷酷な表情に豹変するのを見逃さなかった。
まるで凍てつくような、人を殺すことさえ躊躇わないそんな目をしていた。

上条「あの………」

若い男「と、これは失礼」

若い男はすぐに元の営業スマイルを見せてきた。ただし、声調はどこか他者を威嚇するような重いものになっていたが。

若い男「その名前を知っている、ということは“特別な事情”で当店にいらっしゃったと推察されます。その通りですか?」

上条「あ、はい……」

若い男「承知しました。しばしのお待ちを」

言って、若い男は近くにいた部下らしきを男を呼びつけヒソヒソと何かを伝えた。すると、部下の男は何度か頷き1度だけ上条の顔を一瞥するとその場を離れどこかに行ってしまった。

上条「(ボスの所に行ったのか?)」

若い男「ではお客様」

上条「は、はい」ビクッ

若い男「しばらくお待ちを」

上条「わ、分かりました……」

上条は取り敢えずそう答えた。

上条「………………」

若い男「………………」ニコニコ

気まずい雰囲気が流れ、上条は目を伏せる。
何故だか今すぐにでも引き返したい衝動に駆られたが、目の前に若い男が立っているのを考えると、それも出来なかった。



「お待たせしました」



上条「!!!!!!」ビクウッ

突如、頭の上から声を掛けられ上条は肩を震わせてしまった。
咄嗟に顔を上げる上条。

「自分についてきて下さい」

見ると、そこにはオールバックで黒いスーツ姿の男が1人立っていた。

黒服「さ、こちらへ」

如何にも、裏で何かやってますよ的な風貌をした男は、表情を作ることもせず自分について来るように言う。

上条「は、はい……」

若い男「…………」フッ

上条は喉をゴクリと鳴らし、重い足取りで黒服の男の後に続き歩き始めた。

上条「………………」

今から向かうはスキルアウトのアジトの心臓部。待っているは幾人もの屈強なスキルアウトを束ねる男。
数々の修羅場を潜り抜けてきた上条でも、この時だけは極度の緊張から逃れることは出来なかった。

 

 

ガチャッ、と音を立て扉が開く。

「おう、来たか」

上条「………………」

黒服の後に続き、店の深部にあった『MANAGER ROOM』と扉に書かれた部屋まで来た上条。
入るやいなや、部屋の奥に座っていたスキンヘッドの男が声を掛けてきた。



仁科「俺を頼りに来たんだって? 待ってろ。今、先客相手してるから」



上条「………………」

黒い革の豪華そうな椅子に座るその男。見た限り歳はまだ若い。大学生のような服装は、明らかに周囲にいる黒服の男たちの中では浮いているが、スキンヘッドの頭とその厳つい顔は見る者に僅かながら恐怖感を与えた。
間違いない。仁科要――この男がスキルアウトのボスにして、犯罪者たちのサポート業務を行うこの組織の長だった。

上条「!」

と、そこで上条は気付く。目の前の来客用の椅子に座る男が不安げに自分を見つめているのを。

上条「(一般人? スキルアウトには見えないな)」

どこか小汚い、髭を生やした大人の男性だった。

仁科「で、話の続きなんだが……」

髭男「!!!」ビクゥッ

仁科の声に、慌てたように髭男が振り返る。

仁科「こっちがお前に提供するのは、偽造ナンバープレートをつけた中古車1台。あとは偽造身分証明書、特別オプションとして拳銃一丁……でいいな?」

髭男「あ、ああ……それで宜しく頼む!」

見ると、仁科と髭男の間に置かれた机には何枚かの紙が置かれてある。

仁科「これが契約書だ。ここにサインしろ」

トントンと仁科はその紙を指で叩く。

髭男「わ、分かった」

ペンを取り自分の名前を書いていく髭男。

上条「(俺を待たせてるのは流れを把握させるためかな?)」
仁科「金は受け取った。契約も成立した。身分証明書も既に出来上がってる頃だろう。後は車に乗ってどこへでも好きな所に逃げればいい」

髭男「………………」

上条「(意外ときっちりしてるんだな)」

ここで上条は部屋に視線を向けてみた。
間取りとしては縦4m、横3mぐらいの小さな部屋だ。窓はついていないが、部屋の奥右側と上条が今立っている場所の右手に1つずつ簡素なドアが設置されている。そして仁科の背後には、質素で飾りもない棚が1つ見える。視線を戻すと、仁科が座る椅子と来客用の椅子との間には正方形の机が置かれており、その机の左手にはテレビが1台申し訳なさそうに設置されていた。全体的にいたって特徴も無い部屋だった。

上条「………………」

現在、この部屋にいるのは合わせて9名。上条と仁科、先客。そして黒服の男が、部屋の奥左隅に1人、同じく右隅の扉の前に1人、先客の両隣に1人ずつ、上条の右手、扉の前に1人が立っていた。後は……先程からこちらに艶かしい視線を送ってくる、肌の露出が嫌というほど目立つ女が仁科の左隣に1人、色っぽく座っていた。

上条「(狭いな……)」

仁科「悪いな窮屈でよ」

上条「!!」ビクッ

仁科「なーに、そんな顔してたからよ」

ニヤニヤと仁科は上条を見て言ってきた。
一瞬、上条は仁科に読心能力でもあるのかと思い、冷や汗をかいた。

上条「………………」

仁科「もう少し待て。すぐ終わる」

上条を驚かせるだけ驚かせると、再び仁科は契約書に顔を戻した。

上条「(早く出たい……)」

髭男「書き終えたぞ」

仁科「OKOK。完璧だ。しかしアンチスキルのお客さんなんて久しぶりだぜホント」

髭男「う、うるさい! 俺は何も悪くないんだ」

上条「(アンチスキル?)」

ニヤニヤと仁科が面白がるように契約書を眺めながら喋る。

仁科「ま、捕まって仲間たちに笑われるよりかはマシか」

髭男「あ、あれはあいつが悪いんだ!」

仁科「賄賂を受け取ってる現場を偶然同僚の警備員に目撃され思わず撲殺。その死体を川に投げ捨て怖くなって逃亡か」

髭男「あ、あんまり口に出して言うんじゃない!」
仁科「どうせここには訳ありの人間しかいねぇんだ。誰もバラしゃしねぇよ。にしても元警備員さんが、本来なら真っ先に捕まえるべきスキルアウトのボスに助けを求めるなんて……人間、落ちぶれる時はどこまでも落ちぶれるもんだ。くひひ」

髭男「お、俺は悪くない……。俺は自分のやりたいようにやってるだけだ……」

仁科「くひひ……」

上条「………………」

上条は黙って2人の会話を聞いている。彼は改めて今自分がどんな世界に立っているのかを理解した。

「失礼します」

上条「!」

と、その時だった。上条の右手側にある扉からノックの音がしたかと思うと、新たな黒服が1人慌てるように部屋に入ってきた。

仁科「どうした? こいつの準備整ったか?」

言って仁科は髭男に顎をしゃくる。

「いえ、それが……」

黒服は仁科に近付き、ヒソヒソと何かを話し始めた。

髭男「?」

上条「(何だろ?)」

心なしか、仁科と黒服はチラチラと髭男を見ている。

「以上です」

話が終わったのか、黒服が立ち上がった。

仁科「ほう……。そうかそうかそうか」

髭男「おい、何だ!? 準備が整ったんなら早くしてくれ!!」

仁科「俺たちはよ……表の店と裏の犯罪者サポート業務で生計立ててんだわ」

髭男「はあ!? それがどうした!? もう俺は行ってもいいのか!?」

仁科「どっちかと言うと後者の方が主な資金源なんだがな。それも貴重な……」

どこか、仁科の雰囲気が変わったような気がした。相変わらず顔はニヤついているが。

上条「?」
仁科「『表の店』って言ったところでやってるのは犯罪にギリ近いわけよ。いやもうほとんど犯罪のようなもんだが。が、世の中ってのは面白くてなあ。こんな店にも一部の学園都市のお偉いさんが密かに利用しに来てたりするんだよ。そんなお偉いさんがスポンサーやってくれてるから俺たちも裏の稼業は真面目にやんなきゃなんねぇ。何故なら裏の稼業で設けた金を表の店の運営に回してるからな。……だけどお前さ、こっちに不利なことやられると困るんだよ」

髭男「い、一体何を言って……?」

仁科「ついさっき、この店の付近をうろついていた男をうちの部下が見つけて詰問した」

髭男「だからそれが俺と何の関係が……」

仁科「その男、俺たちの抗争相手のスキルアウト『暗帝(ダークエンペラー)』の一員だったって」

髭男「!!!!!!!!!!」

『暗帝(ダークエンペラー)』という名前が出た瞬間、髭男の様子が変わった。

仁科「何でもその男、店の外で誰かを待ってたらしいな……」

髭男「…………っ」

仁科「昨日『暗帝』に1人の男がやって来たらしい。何でも仲間を殺してしまって逃げたいから資金を欲しい、ってな。まあ『暗帝』も俺たちと同じように犯罪者のサポート業務をやってんだ。別にそれは不思議じゃねぇ」

髭男「待ってくれ、ちょっと話し合おう」

仁科「だが『暗帝』ははした金で犯罪者を助けてくれるほどお人好しじゃねぇ。色んな条件を出してそれを成功させた者にのみ力を貸す。そう、例えば……敵対グループの『デーモンズ・ネスト』の内情を探ってこい、っていう条件とかな」

その瞬間、室内にいた5人の黒服たちの雰囲気が変わった。

上条「!!!!!!」

同じ場所で立ち続けてるものの、黒服たちは全員背中で組んでいた両手を解き、髭男を凝視している。

髭男「ちょちょちょっと待ってくれ! これには深い訳があるんだ!!」

髭男もこれはまずいと思ったのか、何やら言い訳をし始めた。

上条「………!?」

明らかに室内に不穏な空気が漂っている。

仁科「深い訳? どんな?」

髭男「だ、だから、俺困ってるだろ? 困ってたら冷静に判断なんか出来ないだろ!?」

上条「………………」

上条は何が起こっているのか訳も分からないまま、髭男と仁科の顔を交互に見ている。

仁科「………………」

髭男「だから仕方なかったんだよ。なあ頼むって。契約交わしただろ? もう『暗帝』の所には戻らないからさ!」




パァン!!!!




上条「!!!!!!!!!!」

ガタン、と音を立て、こめかみから血を流した髭男の頭が上条の足元に倒れてきた。

上条「ひっ………」

顔を上げると、髭男の右隣にいた黒服が、銃口から硝煙の上がる拳銃を手にしているのが目に入った。

黒服「………………」

黒服は拳銃を懐にしまい、何事も無かったかのように1歩下がる。

上条「あ……あ……」

信じられないものでも見たように、上条は仁科を見る。
それに応えるかのように、仁科は笑顔を浮かべ言った。




仁科「次の方、どうぞー」

 

 

 

 

その頃――。

黄泉川「気は済んだじゃん?」

黒子「………………」

アンチスキル・黄泉川部隊本部。トレーラー型の装甲車の中で、黄泉川は横に立つ黒子に訊ねた。

黄泉川「また勝手にいなくなりやがって。私たちがお前を見つけていなかったら、上から与えられた最後のチャンスもふいにするとこだったじゃん」

黒子「…………もう少し探し続けてたら御坂美琴を発見してたかもしれませんの」

機嫌悪そうに黒子は言う。

黄泉川「はいはい、そうだな。で、実際見つかったじゃん?」

黒子「目撃のあった場所付近ではいませんでしたの」

黄泉川「だろ?」

黒子「但し、もっと違う場所も探してたら結果は違っていたかもしれませんの」

黄泉川「はいはい、屁理屈乙じゃん」

呆れるように黄泉川は言いコーヒーを仰ぐ。

黒子「そっちだって山の麓で待ち伏せしてたのに、彼奴らを取り逃がしたではありませんか」

黄泉川「あれは取り逃がしたと言うより、我々の動きに気付いていた可能性が高い」

黒子「?」

黄泉川「事前に情報を得ていた何者かの助けがあったのかもしれないじゃん。ま、ただの勘に過ぎないが……」

コーヒーを眺めながら黄泉川は推測を述べてみる。

黒子「それこそ屁理屈乙ですわ」

黒子は不服そうに言い返した。

黄泉川「とにかく、お前も勝手な行動は慎むじゃん。アンチスキルの上層部もようやく本気になったんだ。お前の出る幕も減るかもな」

黒子「何を仰っているのやら」

黄泉川「上もようやく事態の重要性に気付いたんだろ。何でもアンチスキル最強の男を用意してるとかそんなこと言ってたじゃん。だから、お前もあまり派手に動く必要は無くなるじゃん」

黒子「1つ勘違いをしていらっしゃるのでは? 私は『警備員(アンチスキル)』ではなく『風紀委員(ジャッジメント)』の所属ですの。貴女がたの指示をいちいち全て素直に聞く必要はありません。それに、御坂美琴は元々学生。その理に従うならば、同じ学生である私が事の始末をつけるのが常道ですの」
黄泉川「確かに、な。本来ならアンチスキルとジャッジメントの命令系統は違う。お前が我々に従う道理も無い。だが、同じジャッジメントならどうだ?」

黒子「はぁ?」

ニヤッと笑った黄泉川に、黒子は怪訝な顔をする。

黄泉川「ジャッジメントが全面的に協力を申し出てきたじゃん」

黒子「そんなこと聞いてませんわよ?」

黄泉川「なら後で自分で問い合わせろ。それにもうすぐここにやって来るじゃん」

黒子「はぁ!? 知りませんけどそんなこと!!」

大声を上げる黒子。

黒子「何名ですの!?」

黄泉川「1名だ」

黒子「い、1名!? たったの1名!? それなら黒子だけで十分ですの!! 今からでもいいから来ないよう伝えて下さいまし!!」

黄泉川「まあ不満なのは分かるが、お前の勝手な行動を諌める監視役も必要なんでな。これからは2人で頑張れ」

黒子「ふざけないで下さいですの!! 黒子の許可も得ず何を仰っているんですの!!」

よっぽど不満なのか、黒子は机をドンドンと叩いている。

黄泉川「たった1人と言っても、その実力は100人分に相当すると聞いたが?」

黒子「……………え?」

黄泉川の言葉に、黒子が急に抗議を止めてキョトンとした顔になった。
黄泉川「何でもその男は『風紀委員(ジャッジメント)の最終兵器』と呼ばれてるらしいじゃん」

黒子「『ジャッジメントの最終兵器』? 何ですのその胡散臭い呼び名は!!」

黄泉川「あくまでアンチスキル内での評価じゃん。ジャッジメントではどう呼ばれてるのかは知らん」

黒子「そこらの頼りない男を1人2人派遣されても足手まといになるだけですの!!」

黄泉川「なら、資料見るか?」

溜息を吐き、コーヒーカップを机の上に置くと、黄泉川は1枚の紙を取り出してきた。

黄泉川「先程FAXで送られてきたじゃん。お前も絶対知ってるはずなんだがなあ?」

黒子「はあ? そんな胡散臭いあだ名の男のジャッジメントなんて私の知り合いに……」
黒子「!!!!!!」

と、そこで黒子の表情が一変した。

黄泉川「………」フッ

黒子「こ、これは本当……ですの!?」

黒子は握った紙を見つめながら黄泉川に訊ねる。

黄泉川「嘘ついてどうする?」

黒子「フ……フフ……。まさかこの方が前線へ出てくるなんて……いえよく考えれば当然ですわね」

急に黒子は不適な笑みを浮かべ始めた。

黒子「なるほど……彼ならまさに百人力……。これなら異論はありませんわ……」

黄泉川「それは良かったじゃん」

黒子「ええ。彼なら彼奴らを必ず捕まえてくれるでしょう……。そう…『風紀委員(ジャッジメント)』の名にかけてでも……っ!」

黒子の手は興奮を抑えられないと言うようにブルブルと震えていた。
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