とある世界の残酷歌劇 > 終幕 > 09


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「話は終わった?」

暗がりからかけられた声に、麦野はゆらりとそちらに顔を向ける。

茫洋とした気配はまるで幽鬼のよう。

乱れた髪。汚れた服。
ストッキングの先は破け、裸足だ。
割れた足爪からは血が滴り、まるで赤い靴を履いているようだった。

「御坂――美琴」

「久し振りね、麦野沈利――だっけ。第四位『原子崩し』」

視線の先、暗闇に溶けるように立っているのは黒衣を纏った御坂だ。
あどけない笑顔はもはや裏に渦巻く狂気を隠すこともない。

瘴気すら感じさせる歪んだ笑みを、麦野は素直に気持ち悪いと思う。
麦野の目に映るのは人の形を保っていることですら不思議なほどの醜悪な怪物でしかない。

だが侮蔑と同時に浮かぶのは憐憫だ。

これはもしかしたら自分の姿だったかもしれない。
『あったかもしれない自分』を重ね、麦野は拳を握る。

「アンタが……全部……!」

「それは嘘」

血を吐くような麦野の言葉に、御坂は無邪気な笑顔のまま即座に否定する。

「全部、は嘘。確かに私は色々やったけど、全ての元凶が誰なのか、分かってるでしょう?」



ぱちん、と空気の弾ける音。

「アイツが当麻を殺したんだもの」

だから、と御坂は笑う。

「私がアイツを殺しても、何も問題ないでしょ?」

「――――ハ」

その言葉に麦野は戦慄を覚える。

それは御坂に対してのものではない。
この先に更なる最悪があったことを理解して、麦野の口からは自然と笑いが零れた。

笑う以外にどうしようもない。
醜悪を通り越した荒唐無稽には笑うしかない。

「つまり、なんだ」

連鎖する最悪は留まることをしらない。

「その理屈で言うとさ」

彼女の言わんとしていた事を漸く理解し、麦野は笑った。

「――アンタ、私に殺されても文句はないわよね?」

まるで泣いているような笑顔を浮かべる。

対峙する御坂は、何処を見ているのかすらも分からないような視線をこちらに向け、
そして一瞬呆けたような顔を浮かべると。

「…………あ」

何も不思議はないだろう。
麦野は思う。

「仮初だとしても、形骸だとしても、アイツは私の男だったんだから――!!」

































「あァそォかい」



軽く肩が触れる程度だった。

感じたのは僅かな衝撃だけ。
とん、とほんの少し身動ぎするくらいの力だった。



「え――――?」



そして瞬きほどの間すらも置かず、麦野の姿が消えた。
夜にまるで爆発のような音が木霊し、重なるようにガラスの砕けるような音が響く。

「……」

無言のまま御坂が視線を巡らせると、やや離れたところに麦野の姿があった。
昼間はそれなりの人通りに溢れているのだろう。

洒落たデザインの店が軒を連ねる中に埋もれるように麦野がいた。
だからだろうか、最初は分からなかった。

店と店の間、無機質なコンクリートの壁。
                   、、 、 、 、
そこにまるで花が咲いたようにべったりと赤い飛沫を広げ、麦野沈利は貼り付いていた。



「……」

どこかシュールな絵画のような光景を暫く見ていた御坂は、ふと視線を戻す。
そして今起きた事が何でもなかったかのように、今までと同じように笑みを作る。

「意外と」

そう微笑む少女に、少年は冷めた視線を向けるだけだった。

白く細い髪。
赤い双眸。

白いダウンジャケットを着込み、そして簡素な杖に半身を預けた少年が立っていた。

「遅かったわね――一方通行」

学園都市第一位、『一方通行』。
そう呼ばれていた少年だった。

「……邪魔したか」

平坦で抑揚のない、まるで機械アナウンスのような声。
御坂は小さく首を横に振る。

「ううん、別に。あんなヤツどうだっていいし、手間が省けて助かったくらいよ」

「そりゃよかったな」

「うん、ありがとね」

目を細めて言う彼女は、表情を変えぬまま続ける。

「それで、わざわざ何の用かしら」



一方通行は改めて事態を理解する。

目の前に立っているのはあの時の少女ではない。
顔面に笑顔を貼り付かせたその様は、まるですぐそこに広がっている血のよう。

あの時の少女は見る影もない。
そこにいるのは絶望の具現だ。

全ての望みを絶ち、全てを終わらせるためだけに存在する魔性。
物語に幕を引く存在。

神の見えざる手。

「最後のツケを支払いに来た、ってとこかなァ」

ふ、と吐いた息は白く、そして闇夜に溶けていく。

既に首に付けられた電極のスイッチは入れられている。
杖から手を離し、両足で直立する。

そして空いた右手を寄せ、胸に掛かる重みを抱き寄せる。

熱は失われ、冷たく、重い。

顔に掛かってしまった髪を細い指先で優しく払い、一方通行は目を細める。

そして視線を前へ。
吐き出された言葉は冷たく凍えていた。

「死んだ」

胸にかつて打ち止めと呼ばれていた少女の抜け殻を抱き締め、少年はそう告げた。



原因は考えるまでもない。

『心理掌握』によるミサカネットワークに強引な接続を敢行し、酷使したからに違いない。
そんな規格外の挙動を無理に行わせればどうなるか、考えずとも分かる。

一方通行はゆっくりと、道の端にあったベンチに歩み寄りしゃがみ込むと、少女の亡骸を優しく横たえる。
そして自身の着ていたジャケットを脱ぎその上に掛け、数拍の間の後、ゆらりと立ち上がる。

「だから、もォいいだろ」

「そうね。もう、いいや」

振り返り、視線を向けた先に立つ少女は変わらぬ笑顔を浮かべている。

全ては終わりに向かって一直線に墜落している。
止めることはできないし、巻き戻すこともできない。

時流は常に一方通行で、停滞は赦されず流れ続けるしかない。

「だから」

少年は告げる。

「俺がオマエを終わらせる」



――そう、これは物語が終わる話。



「そうね。きっと、それがいい」

少女は頷き、そして笑う。

「最後はやっぱりアンタしかいない。
 私にとっての不幸っていうのはアンタ以外にあり得ない」



もう探し物は見付からない。

甘い夢はとうの昔に失せてしまった。

世界はどうしようもない最悪に満ちている。

きっと友達なんていうものは言い訳に過ぎない。

そこにあったはずの縁は砕け散った。

御坂美琴は墜落する。



「終わらせる。何もかも」

少年は頷き、笑うしかなかった。

「それが俺に残された役目だ。
 あァ――どォせ、何もかも全部――」



墜落する。

物語を台無しに、ご都合主義な終わりに向かって。




      SYSTEM
「――あの野郎の手の上なンだろォけどな」





どこかで誰かが笑った気がした。



そして夜闇よりもなお暗い漆黒が爆ぜた。
全てを飲み込み塗り潰そうとする暗黒が羽を広げる。

「巫山戯てンじゃねェぞ」

背に黒翼を纏い、少年は言う。

「何寝言をぬかしてやがる。何が元凶だ。
 日和ってンじゃねェよ、ほざいてンじゃねェよ、目ェ覚めてンのかオイ。
 そンなのは、――どう考えたって俺だろォが」

対し、白の光が宙を舞う。
闇を切り裂く眩い閃光が踊るように跳ね音を響かせる。

「やっぱり最後はこうなるわよね」

身に白雷を纏い、少女は言う。

「私にとっての始まりはアンタだった。アンタがいたから、全部が始まった。
 アンタがいなかったら誰も死んだりしなかったんだから。
 だったら――アンタじゃないと終わらない。終わらせられない」

だから、と二つの声が唱和する。

「アンタは私が――!」

「オマエは俺が――!」





「「――――終わらせる!!」」







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