とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 17


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「先生」

ようやく放課後となった教室を出ようとしたところで月詠小萌は呼び止められた。

「なんですか?」

月詠は努めて笑顔で振り返る。
視線の先には長い黒髪の少女が、どこか鬱々とした表情で立っていた。
必然的に見上げる形になる。身長差があるから仕方がないのだが。

姫神秋沙。
自分が担任を務めるクラスの生徒だ。

諸事情あって二学期からの転入生だが、クラスに馴染めるだろうかと不安になっていた事もある。
一時期は自分の住むアパートで共に暮らしていた。
そんな事もあって、他の生徒よりも多少――目を掛けている、かもしれない。

姫神は見上げる月詠の表情にほんの少しだけ眉を顰め視線を逸らす。
が、一呼吸を置いて再び月詠を見た。

「あの。……」

言いよどむ。

躊躇うような仕草だ。もしくは怯えだろうか。
月詠を見る姫神の瞳は揺れている。

口を開いてしまう事で何かよくない事が起こってしまうのを恐れているかのよう。
言葉にしてしまえばそれが現実となる。そう分かってはいるのだけれど、言葉にせずにはいられないような。

――予感はあった。

月詠も気付かない訳ではない。彼女はこのクラスの担任で、それも人一倍職務に忠実だった。
教師という職。子供に物を教える大人。彼女は教師であったし、そうであろうと努力している。
だからこそ月詠は優しげな笑顔を変えぬまま続く言葉を待った。



時間にしてみればほんの数秒ほどだろう。
姫神は意思を込めて息を吸い、言葉を吐いた。

「上条君。ずっと休んでるけど。大丈夫なの」

……予感はあった。

ここのところクラスの空気はどこか沈んでいた。
理由など簡単だ。少しでもこのクラスの事を知っている者が考えればすぐに思い至る。

教室が静かなのだ。
事あるごとに騒ぐ――と言えば語弊があるが、賑やかしがいない。
ムードメーカーと称すれば適当だろうか。笑顔の中心となっていた少年が、いない。

「上条ちゃんですか?」

もう一人、彼と同じく欠席を続けている少年がいるのだが、そちらはいいのだろうかと月詠は頭の片隅で考える。
二人とも一般的には遅刻早退欠席常習犯で、一般的には問題児とされるような少年だ。
けれど月詠からしてみれば皆同じ生徒である事に変わりはない。
多少個性的で困らせ物ではあるが可愛い生徒だ。

そんな時に頭痛の種になるような、それでも愛しいと思える生徒が二人、一週間ほど連絡を絶っている。

多少なりとも訳あり、それも特殊な類の事情を抱えた二人であることは認識している。

その一端を月詠が知り得ているのは自分が彼らからそれなりに信頼されている証だろうという自負はあるが、
だからといって不用意に踏み込めない酷く難しい事情であることも理解していた。



月詠小萌は教師である。

その立場はどこか医者にも似ている。
生徒から無条件に信頼されるような人物でなければならない。
極論、彼らのその後の人生に影響を及ぼす事が許されているのだ。
経験浅く未熟な彼らを先導する者として高潔でなければならない。そう思っているし実践に努めている。

姫神に対しても同じだ。
個人的な付き合いはあるもののここは学校で、教室で、二人の関係は教師と生徒だ。
だから――下手を打てない。
月詠が教師である以上は間違う事は許されない。不用意に問題を発生させ混乱させる事は絶対に出来ない。

職務に私情は許されない。

無条件に信頼されるためには、無条件に信頼せねばならない。
そしてその相互の関係においてのみ許される全てを、そうでない者に明かしてはならない。
守秘義務が存在する。彼らの心情、苦悩、葛藤、人生、そういった諸々を漏らしてはならない。

だから月詠は笑うことしかできなかった。

「もー、上条ちゃんも困ったちゃんですよね。
 最近サボりが目立ってきてますけど、これは一度しっかりお説教しないといけませんね」

時々ふらりとどこかへ消えて、帰ってきたかと思えば病院のベッドの上に括り付けられているような少年を思い返し月詠は笑う。

どこで何をやっているのか。問い質したいのは山々だが不用意な詮索はできない。
そこは踏み込んでいい場所なのか――月詠には判断ができなかった。

「上条ちゃん、時々ふらーっとどっかに行っちゃうクセがありますから」

だから困ったように笑うしかできなかった。



言葉にしてから、内心しまったと舌打ちする。病欠の連絡が入っていない事を暗に漏らしてしまった。
だが大丈夫だろう。姫神も彼らの悪癖は知っているはずだ。

今までは困りこそしたものの大して心配もしていなかった。
精々二、三日の後にはまた元気な顔で戻ってきてくれていた。

けれど今週、月曜から金曜までずっと教室に顔を出さなかった。
思えば先週末も姿を見ていなかった気がする。

最後に彼らの顔を見たのはいつだ――?

記憶を遡ろうとして、彼らの顔を思い出す。
彼らは髪が特徴的だから目に付きやすい。記憶にも映像として残りやすい。

黒と、金と、――青?

思い返そうとして、どうしてだか記憶にある日常の一コマが浮かばなかった。
一人一人の顔は思い出せる。だが、彼ら三人――いや、二人がいる風景が朧気だった。
どうしてだか滲んでしまったようにぼんやりとして、まるで夢の記憶を探るように霧中としている。

「……小萌?」

名を呼ばれ、はっと我に返った。

「もー。学校ではちゃんと先生って呼んでくださいよ」

意図的に子供っぽく振舞って誤魔化した。
こういうときだけは自分の外見も役に立つ。



「……。……」

姫神の表情は晴れない。
彼女の不安を取り除く事などできはしないと月詠自身も分かっている。
だが姫神もまた月詠の生徒だ。

「大丈夫ですよ」

何の根拠もなく、ほんの少し気休めになればいい程度の言葉だが月詠は笑顔で言った。

「きっと来週にはまた会えますよ。
 だって上条ちゃん、そろそろ本気で出席日数が拙いですからねー。本人にも言ってるんですけど」

はぁ、と嘆息し月詠は苦笑して姫神を見る。

「だからその時は、姫神ちゃんも一緒に怒ってくださいね。
 いい加減に危機感を持ってもらわないと進級できないかもしれませんから」

「それは……。……困る」

そう言う姫神の顔が少しだけ笑みを浮かべたように見えたのは気のせいだろうか。

「それじゃ、私はそろそろ仕事がありますから」

「うん」

「また来週。姫神ちゃんも、風邪とか引かないでくださいね? 入れ違いにお休みだなんて、嫌ですよ」

半ば強引に会話を断ち切り、月詠は教室を後にした。
そろそろ限界だった。引き際は肝心だ。

「上条ちゃん……土御門ちゃん……、……」

誰にも聞こえないような小さな声で名を呟く。
あまり口煩くは言いたくないが、来週になっても出席しないようだったら直接寮へと乗り込まなければならないかもしれない。
場合によっては第三者、彼らの同居人や妹からも言ってもらえるように頼まなければならないだろう。

そんな憂鬱と不安を抱えながら月詠は職員室へと急いだ。

顔に笑顔の仮面を貼り付けたまま。胸の中に何かしこりのような蟠りを感じながら。





――――――――――――――――――――





『過去のログデータのラベリング進行状況は現在96%です。
 予定完了時間まであと百三十一分です、とミサカ一〇五〇一号は経過報告をします』

『メモリ最適化ツールの最終バージョンをリリースしました。
 アップデートパッチをストレージからダウンロードしてください、とミサカ一三〇七二号は通達します』

『ログ検索ツールの作成はデータ整理と同時に行っています。完成までしばらくお待ち下さい、とミサカ一〇〇九〇号は報告します』

『それではこれより最終同期テストを行います。状況はよろしいでしょうか、とミサカ一八〇二二号は確認します』

『三十秒待ってください――、――オーケーです。ハンバーガーを食べ終えました、とミサカ一八八二〇号は飲み下し頷きます』

『それではこれより同期テストを行います、とミサカ一九三四八号が代表してアナウンスします』

『同期テストはUTC0600より開始、テスト時間はおよそ二・五秒間です、とミサカ一七四〇三号が確認を取ります』

『総員、十分な演算領域を確保してください、とミサカ一〇八二二号は通達します』

『了解しました、と歩行中だったミサカ一三五七七号は立ち止まり目を瞑ります』

『カウントダウンをミサカ一二〇八三号が行います。十五秒前――十秒前――五秒前、三、二、一――』



『『『同期開始――』』』



『――同期テスト完了しました。九九六八個体において同期成功しました。
 遅延は最大でおよそ〇・〇六六六六八秒、誤差は最大でおよそ五二のマイナス十八乗です、とミサカ一五一一三号は報告します』

『シミュレーションの通りです、とミサカ一〇八四〇号は首肯します』

『ご苦労様』



『ネットワーク上の低レベルデータのバックアップは各自でお願いします、とミサカ一五三二七号は通達します。
 十分後より一斉走査、及びラベリングを行います。
 レベルが基準に達しないデータは全て事前通達の通り、削除もしくは高次圧縮を掛けます、とミサカ一五三二七号は再三警告します』

『全個体での観測範囲内の地磁気マッピングが完了しました、とミサカ一四三三三号はデータをアップロードします』

『対学園都市用電脳プロテクトに対するアタッキングルーチンをバージョンアップしました。
 必要な個体は導入しておいてください、とミサカ一九〇〇九号は告知します』

『これよりネットワーク上の全データに対しラベリングを開始します。
 担当の検体番号一七〇〇〇番台は総員作業を開始してください、とミサカ一七〇〇〇号は指揮します』

『データ『雑誌の占い』を削除しました、とミサカ一七四〇三号は作業経過を確認します』

『地磁気マップに対するネットワークの自動最適化パッチを作成します、とミサカ一二四八一号は作業に取り掛かります』

『クラウドデータ『九月三十日』(レベル8)を纏めました、と一七〇〇九号は報告します』

『過去のログデータのラベリング進行状況は現在98%です。
 予定完了時間まであと七十五分です、とミサカ一〇五〇一号は経過報告をします』

『――システムメッセージ、バックアップデータ削除を完了しました、とミサカ一七二〇三号は作業を終了します』



『――予定を前倒しして同期を開始してもよろしいでしょうか、とミサカ一三五七七号は尋ねます』

『どうしてわざわざ予定を早めてまで、とミサカ一二四八一号は疑問を返します』

『そもそもまだ幾つかの作業が未完了です。パフォーマンスは十分ではありません、とミサカ一二〇五三号は指摘します』

『いえ、ミサカからもお願いします、とミサカ一八四一三号は努めて平静に要求します』

『具体的な理由を提示してください、とミサカ一九九九九号は眉を顰めます』

『絹旗最愛と接触しました、とミサカ一三五七七号は報告します』

『垣根帝督と接触しました、とミサカ一八四一三号は敵性個体と判断し交戦状態へ移行します』

『予想よりも早いですね、とミサカ一〇〇五〇号は率直な感想を漏らします』
              アドミニストレータ
『ミサカ一八四一三号より暫定上位個体へ。全個体高次同期許可を申請します』

『申請を受理、同期許可。
 暫定上位個体より全『妹達』へ、セントラルを一〇〇五〇号及び一八四一三号へ設定。
 ただし一〇〇五〇号については交戦を認めず。これを海原光貴の試験とする。監督せよ』

『全個体で新バージョンプロトコルの展開を確認、とミサカ一六七七〇号は実況します』

『演算能力追加パッチを滑り込みで完成させました。送信します、とミサカ一二〇五三号はタイミングの良さを自慢します』

『グッジョブです、とミサカ二〇〇〇〇号はサムズアップします』

『分割演算開始。手筈通りに極東エリアの個体は演算補助を行ってください、とミサカ一〇八五四号はナビゲーションします』

『分割演算全工程完了、結合。送信します、とミサカ一三八七四号は中継します』


          Emuレールガン
『展開――――『偽・超電磁砲』を実行します、とミサカはお姉様に倣ってコインを指で弾きます』



――――――――――――――――――――







『合一演算完了――』



歌うような呟きを耳に。


      ショット
「――――発射、って暫定上位個体が許可するわ」



彼女は笑った。










直後、学園都市の片隅を流星が翔けた。





――――――――――――――――――――





――――目が覚めた。

何か、夢を見ていた気がする。
けれどどんな夢を見ていたのか。内容は思い出せない。

(――――まあ、どうでもいいか)

きっと、それを思い出せば泣きたくなる。
だから考えない事にした。

既に日は落ち、部屋は暗い。
ここ数日は寝てばかりだった。疲れているのだから仕方ないが。

部屋には他に誰もいない。自分だけだ。
そこだけ世界から切り取られたような錯覚。
自分の立てる僅かな衣擦れの音だけが嫌に耳についた。

時間感覚はとうに狂い、サイドテーブルの上で緑の光を放つデジタル時計でようやく時刻を知る事ができる。
寝過ごしたらしい。もう少し早く起きるつもりだったが。

ぐしゃぐしゃになったシーツを蹴飛ばし、同じようになっていたブラウスを手繰り寄せた。
丁寧にボタンを留め、リボンタイを付ける。
皺の目立つスカートに足を通し、誤魔化すように上からブレザーを羽織った。

部屋に鏡はなく、仕方なく暗い中で手櫛で髪を整える。
それから、ぱちんと髪飾りを留めた。



「ん、よし」

頷き、それから彼女は右手で左腕を抱くように胸に寄せ、まるで何かに祈りを捧げるように目を閉じる。

「――――――」

小さく何か囁き、同時、左の手指に口が触れた。



もし神という存在がいたとして。

そんな最低なヤツになんて祈りを捧げる必要はない。



カーテンの開け放たれた大きなガラス窓から見える夜景はちかちかと、まるで満天の星空のようだ。
空は雲が広がっているが、所々に切れ間がある。しかし下界が明るすぎて星は見えない。

壁際、ハンガーに掛けられた黒い上着を手に取り、袖を通す。



何故ならここから先は悉く地獄の底まで一方通行で。

故に、ここには救いも願いも祈りも赦しもなく。

だからこそ、



「――――――さぁ」



ばさりと、黒衣の裾を翻し彼女は発つ。

ようやく、燦然と煌く摩天楼の下に広がる地獄の舞台に。

主演が登場する。












            レールガン
「――――行くわよ、幻想殺し」















  • 幕前
(或いは幕前2、終章への序曲、そして)

『えにし』

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