とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 14

「…………」

ゆっくりと目を開き、今日も自分が自分である事に安堵した。
いや、もしかすると気付いていないだけで、もうとっくに自分ではなくなってしまっているのかもしれない。
確認する術など無い。ただ漠然と、きっと昨日と変わらない自分を認識してそう思ってしまうだけだ。

海原光貴は起床する。

時刻は二時前。

昼の、だ。

場所はとあるホテルの一室。
それなりに値段の張るであろう部屋に連泊するなど、普段の彼からしてみれば考えられない事だった。

金銭には不自由こそしていない。けれど中学生という身分である彼の財布にあるものはほぼ全てが親の金だ。
大能力者である彼はそれなりに超能力に関する研究に貢献しているが、超能力者らのそれから見れば雀の涙だ。
それなりの額を貰ってはいるもののホテル暮らしをするには圧倒的に不足している。

けれど実際にここ数日をこの部屋で寝泊りしている。

言うまでもなく超能力者の少女二人の仕業だ。

軽くシャワーを浴び寝汗を洗い流し、形式ばかりの食事を摂る。
コンビニで売られているパンとおにぎり。それにペットボトルの日本茶。
味や舌触りには頓着しない。活動に必要な熱量を摂取する、文字通りの栄養補給の意味しかない。
彼女はルームサービスを使っても何も問題はないと言うが、誰かに食事を運んできてもらう気にはなれなかった。

本当なら誰とも会いたくない。けれど人が生きていく以上、誰かと接触を持たざるを得ない。

コンビニに入る事すら躊躇われるのだが、バイト店員のお座成りな接客とホテルマンの応対では雲泥の差がある。
無気力で機械的な仕事振りには感謝すらしている。彼らの事は自販機と同程度にしか思えない。

味も分からぬまま食料を咀嚼し胃に流し込む。

そうしている間にもテレビを点けて、チャンネルを適当に切り替えながらニュースやワイドショーをチェックする。
幸い、と言うべきか。世界は何事もないようだ。
携帯電話をインターネットに接続して、無数にある学校裏サイトや匿名掲示板を回るが何処も似たようなものだ。
名も知らぬ誰かの陰口を叩いていたり根も葉もない噂が流れていたりと何処も程々に平和だった。

一通り見回った後、まるで計っていたかのようにドアがノックされた。
覗き窓から来客を確認し、予想通りの相手である事に安堵と軽い失望が湧く。
身支度は済んでいる。相手を待たせる事はない。

「こんにちは、ミサカさん」

扉を開け、機械めいた表情の少女に笑顔を向けた。

「それじゃあ、デートしましょうか」



ホテルから出る時はいつも緊張する。
ここ数日、ずっと同じ事をしているが慣れるという事はない。

観光シーズンでもないのでホテルの客はほぼ皆無だ。
ホテルの従業員は掌握済みだが、一歩外に出ればそれも通用しない。
元々それを狙っての事ではあるのだが――。

二人で連れ立って街を歩く。
往く当てなどない。散歩に近いものだ。

普段の生活範囲、第七学区と遠く離れた場所。知り合いに出会う確率は少ないだろう。
それでも隣の少女の着ている制服は嫌でも目を引くものだし、その容姿はきっと学園都市の中でも指折りの有名人だ。

その容姿を海原は好ましいと思う。
彼が想いを寄せるのは外見だけではないが、それを抜きにしても可愛らしいと思わざるを得ない。
柔らかそうな髪。明るく快活で血色の良い肌。それでいて楚々とした雰囲気を纏っている。

けれど――目だけはどうしようもない。

仕草や口調は彼女そのものだが、結局出力形式を合わせているだけの模倣に過ぎない。
カメラのレンズを思わせる、意志の籠もらない眼光。その奥に小さく見えるのは戸惑いの色だろうか、それとも。

「今日は御坂さんは?」

会話を弾ませるには共通の知人の話題が一番だとどこかで聞いたような気がした。

「今日もリハビリだって」

「そうですか」

終わってしまった。

そもそも彼女の話題は本来するべきではないのだ。
現在自分の隣に立つ少女は『御坂美琴』であり、彼女のクローンである『妹達』の一個体ではない。
メタ発言にもいいところだろう。幸いにして今の会話を聞き止めた者は周囲に誰もいないようだが。

「どこか、行きたいところはありませんか」

「ううん。特にない」

「そうですか。じゃあもう少しぶらついていましょうか」

「そうね」

当て所ないが目的はある。

これは要するに、御坂美琴という少女を餌にした釣りだ。



海原の脳裏に浮かぶのは一つの名と、それに付属する肩書きだ。
絶対的なイメージを喚起させるその二つは等号で結ばれ決して別個には語れない。

超能力者第二位――垣根帝督。

自分たちは、彼を、もしくは彼の仲間を学園都市の闇の中から焙り出すための撒き餌だ。

隣を歩く少女は、傍目には御坂美琴としか見えぬだろう。
何せ遺伝子レベルでの複製品。言葉遣いや表情などの部分を補正してしまえば彼女にしか見えない。
能力以外の点では完全模倣と言っても差し支えないだろう。

つまり代役だ。

本人はホテルの部屋から出てくる気配もない。
何がどうしたのか、リハビリとやらに励んでいるようだが。

御坂美琴の失踪はあの『心理掌握』によって細工をされている。
あと数日、一週間程度は大事にはならないだろうが、失踪の事実そのものは隠されてなどいない。
騒ぎ立てる者はおらずとも不審に思う者はいるだろう。

風紀委員。警備員。そして――。

「『スクール』ですか……」

学び舎の名を冠するその組織の目的は不明。
けれど重要なのはそんな事ではない。

その小組織を束ねるリーダーの名が垣根帝督であるという事と。
御坂が彼を捜しているという事。

「…………」

彼女の目的は不明だ。

いや、分かっている。分かっている……つもりだった。



垣根帝督。第二位。『未元物質』。

上条当麻を死に追い遣った超能力者。



つまり彼女は、復讐しようとしているのだろう。



彼女に賛同はできなかったが、その考え方は理解できた。
もしも御坂を誰かに殺されたら、きっと自分も同じ事をするだろう。
そういう意味では彼女の行動は至極真っ当なもので、理に適っているといえる。

授業の終わった生徒たちがあちらこちらで放課後を満喫している。
海原の目的は彼らに目撃される事だ。正確には、隣を歩く少女の姿を、だが。
御坂美琴という少女はどうにも有名人で、先日の体育祭での活躍もあってか目を留める者も多い。

御坂美琴の失踪を知った『スクール』が彼女を探すか、一種の博打だった。
むしろこちらの誰かが――学園都市中に散った幾名かの『妹達』の誰かが先に発見する公算が大きい。

しかし海原らは垣根の顔を知らない。
出来る事ならあちらに見つけて貰えればそれに越した事はないのだが――。

『心理掌握』、あの金髪の少女に脳に直接投射された四つのイメージを思い出す。

『原子崩し』麦野沈利。
『窒素装甲』絹旗最愛。
『能力追跡』滝壺理后。
そして、無能力者、浜面仕上。

――暗部組織『アイテム』。

『スクール』と少なからず関係しているであろう組織だ。
垣根を探すとなればどこかで交錯する確率が高い。
むしろ『アイテム』から垣根を辿った方がいいだろう。

しかし彼女ら――『彼』も混ざってはいるが――とは可能な限り交戦しないようにと『心理掌握』に厳命されている。

(よくもまあ、そんな事を言えるものです)

海原とて薄々は感付いていた学園都市の闇、その結晶ともいえる暗部組織だ。
そんなどうしようもないものを相手にして血生臭い展開にならない訳がないのは明白だ。

それは『心理掌握』とて分かっているだろう。
彼女がどのような思惑を持っていてそんな事を言ったのかは分からない。……が、大人しく従う義理もない。
本当にそう思うのなら彼女は極上の能力を持っているはずなのに、それを使おうとはしなかった。
何故かは知らないしどうでもいい。だが、能力を使った強制を埋め込まなかった時点で彼女は失敗している。

彼女にとって最大の想定外は、きっとこの同じ顔をした少女達だろう。
無表情、無感情、無感動。一見して機械的に見えるが、実際のところはそうでもない。
事務めいた客観的な口調と変化に乏しい表情からそのような印象を覚えるが、思考を放棄している訳でも感情がない訳でもない。

彼女らにしても何かしら思うところはあるのだ。



……この時点で最も事情に通じていたのはもしかすると海原だったのかもしれない。

ホテルに集まった数人の中で、彼だけが少しばかり特殊だった。

ホテルの一角を占拠しているこの四人は、きっと仲間とか同士とかそういう言葉と対極の位置にあった。
未だその中心に何があるのか理解していない海原にも目に見える不和は致命的なほどで。
それなのにどうしてこの集団が維持できているのか、海原には理解できない。

だからだろうか。海原はそんな中で唯一特殊な位置にいた。

どうやら御坂はもう一人の少年については顔も見たくないようだった。
幾度か彼から頼まれて御坂に食事を運んだ事がある。しかし、それに対し自分を邪険に扱ったりはしない。
御坂は部屋に閉じ籠もりきりで、それこそ食事を運ぶ時くらいしか会わないのだがそれでも無垢な笑みを向けて礼を言ってくれる。
たとえ形式ばかりのものだとしても海原にはそれで充分だった。

白井にしても同じ事が言える。『心理掌握』の少女も。

白井は彼に対しそれなりの礼をもって扱っているようだった。
けれどそれもどこか白々しく形骸的で、体裁を整えているだけにも見える。
その白井にしても『心理掌握』との会話では剣呑な雰囲気を醸し、『心理掌握』もまたそれをからかっている節がある。

そして『心理掌握』は……彼を意図的に無視している気配すらある。まるで最初から見えていないかのように。
時折もしかすると彼は幽霊のようなもので、『心理掌握』の少女だけが彼を見えていないのではなどと愚にもつかぬ事を思ってしまう。
もっとも実際のところは(当然ながら)ちゃんと見えてはいるようではあるのだが。二人が会話をしている場面を一度だけ見た事がある。

「…………」

彼が何者で、彼女らとの間に何があったのかは分からない。それどころか名も知らない。
白井も彼を、二人称で『あなた』、三人称では『あの方』などという呼び方しかしないし他の二人は言うまでもないので他者との会話から推し量る事もできない。
海原にしても別に名を知らずとも不便はないのでわざわざ聞く気にもなれなかったが。きっとどうせろくでもない人物に違いないのだ。

そういう結束なんて微塵もない集団の中で海原だけは全員と比較的良好な関係にあった。
遠巻きに眺めているような感覚は間違っていないだろう。自分はきっと背景のエキストラも同然の扱いで、ここにいる事自体が何かの間違いなのだ。
そもそもがあの少女の気紛れのようなものだ。御坂がいる以上巻き込まれたとは思いたくないが。
……だからだろうか。色々なものが見えてくる。

隣を歩く少女の顔を見る。
視線に気付いたのか、彼女は海原を見てにっこりと微笑んだ。
どきり、と心臓が跳ねる。

御坂美琴と同じ顔の少女が笑う。

今自分が胸に抱いている感情。それはきっと罪悪感だろう。

代替行為とは分かっていながらも、今この状況を少なからず嬉しく思ってしまう自分が嫌で仕方なかった。



彼女が御坂ではないのは充分過ぎるほどに理解している。
けれど、現実逃避に近いと分かっていてもこの状況を楽しんでいる自分がいる事に吐き気がする。

『妹達』。御坂美琴のクローンの少女達。

彼女らの事を誰も見ようとはしない。
それこそ背景、エキストラのような、戦争映画で敵の砲に吹き飛ばされるだけの役所でしかないような扱い。
ただ海原だけが彼女達に目を向けていた。

御坂にしても白井にしても『心理掌握』にしてもあの黒いツンツンした髪の少年にしても、一つの事ばかりに注視し過ぎている。
要するに視野狭窄が過ぎるのだ。遠巻きに眺めているような自分だからこそ見えるものがあるのだと海原は思う。

上条当麻の死の裏側で何があったのか。

その人物が何者で、他の者らにとってどのような存在だったのかは知らない。
海原も別段気にはならない……と言えば嘘になるが、見た事も話した事もない相手など気にするだけ無駄だろうと思った。

だからだろうか、酷く冷静に物事を客観的に見られる。

第一位、一方通行と第二位、垣根帝督の戦闘。
一方通行が敗北し、上条当麻は戦闘に巻き込まれ死亡した。

だから垣根を探している。恐らくは復讐のために。
それはいい。理解した。しかし海原はふと疑問に思うのだ。

何故両者が戦わなければならなかったのか。

どうして最強の能力者である一方通行が敗北したのか。

ふとそんな事を口にした事があった。昨日、今のようにクローンの少女と共に街を歩いていた時に何の気なしに口から出た言葉だった。
答えなど端から期待していなかった。なのに彼女は海原の疑問に天気の話でもするかのようにあっさりと答えてしまう。

『妹達』と一方通行との関係。『最終信号』と呼ばれる個体。ミサカネットワークの存在。

そして麦野沈利。

垣根提督が復讐の対象ならば麦野沈利にも同じ事が言えるだろう。
彼女は間違いなく一方通行の敗北を決定した要因であり、それは即ち上条当麻の死へと繋がるのだから。

……あの金髪の少女はその事実を知っているのだろうか。

ろくに事情も知らぬ海原でも考えなくとも分かる。
あの少女は『アイテム』の関係者、それも友好的な立場――有体に言えばその一員という事になるだろう。



『心理掌握』の少女が何を考えているのかは分からない。

ただ一つはっきりしている事は、彼女と『アイテム』の存在は必ず障害になるという事だ。

彼女は、可能な限り交戦するな、と言った。
それはつまり――敵対する事が目に見えているからに他ならない。

『アイテム』が垣根帝督の敵か味方かは分からないが、こちらに対しては敵にしかなり得ない。

「……、……」

あの少女の言う事を聞く義理はない。
敵になると言うのなら早期に潰しておくのが常套だ。
会った事もない少女達の顔を回想しながら海原は顔を僅かに顰める。
自分も大能力者の端くれだ。超能力者である麦野沈利は別にしても他の三人ならば問題はない――。

そこまで考えて海原はこれ以上の思考を放棄した。
何を考えている。自分は一般人で、彼女達とは違う。血生臭い物事などお断りだ。
殺すか殺されるかの二択しか存在しない世界の住人ではないのだ。

だが――彼女らの存在は御坂の障害となる。

御坂の望みは叶えたいと思う。
けれどその目的、手段、思想、どれを取っても受け入れ難いものだ。
復讐に手を貸すなど海原には到底できるはずもない。

しかし止められるとも思わない。
確かにあの金髪の超能力者の言う事は間違ってなどいなかった。
御坂とはろくに会話も交わしていないがあの表情を一目見ただけで全てを理解できる。

御坂美琴という少女はもうどうにも救い様がない。

(違う……っ!)

手段がないはずはない。
御坂美琴という少女は取り返しの付かないところまで墜ちてしまうほど軟ではない。
彼女はもっと素敵で、誰よりも気高く崇高な存在だ。
ともすれば自分に言い聞かせるように海原は彼女のイメージを反芻する。

海原の脳裏に焼き付いた彼女のイメージは常に笑顔だった。
彼女の笑顔の為なら何を犠牲にしたって構わないとさえ思う。
自分の身を捧げる事すら厭わない。元より何もかも、魂すらもそうであると海原は思う。
たとえ何一つ報われる事がなくとも海原光貴は彼女のたった一度の微笑の為に全てを投げ出せる。

だが、この状況を打破し彼女の復讐劇を止めることは果たして彼女の笑顔に繋がる事なのだろうか。

そう、今でも御坂美琴は天使のような微笑みを浮かべているのだ。

とても幸せそうに。



彼女の笑顔はとても素敵で、ともすれば見ているだけで泣きそうになってしまう。

穢れを知らぬ純真無垢な笑顔はまるで白痴。
狂人の破壊的なものとは異なる破滅的な笑顔。
彼女はきっと世界が終わってしまったところであの笑顔を絶やさないだろう。

満ち足りているのだ。

この最悪の終末へと駆け墜ちる中であっても彼女はどうしてだか幸せだった。

(でもそれじゃあ――あんまりじゃないですか)

余りにも理不尽で救われない。
上条当麻という少年の事は知らないが、それでもどういう人物だったのかある程度の察しは付く。
きっと間違いなく彼は御坂の恋人か、少なくともそれに順ずる位置にいた。
片思い程度の距離ではああまでなるまい。
その死によって心が壊れてしまうほど愛してしまっていた。

彼が御坂に対してどのような想いを抱いていたのかは分からない。
だが結果として、その死によって御坂を壊してしまった。

海原が彼に抱く感情は憤り以外になかった。

誰よりも大切な少女を壊された。
きっと誰より明るくて優しくて、それでも年相応に悩み傷付く少女。
完璧な人格など存在しない。もしそういう者がいたとすれば、それは聖人か悪魔だろう。
だからどこか不完全で不器用で不恰好な、そんな少女が好きだった。

それはある意味信仰のようなものだったのかもしれない。
海原光貴は御坂美琴という少女に自分にはない何かを感じ、それを貴いものだと信じた。
どこからが尊敬でどこからが恋慕なのかは分からないし区別を付けようとも思わない。
彼女がとても大切な事には変わりない。それで十分だと思った。

けれど御坂美琴はもう――元には戻らない。

彼女が自分以外の誰かを好きになったとしてもそれでいいと思った。
それで彼女の何かが変わる訳ではない。彼女が好意を向ける相手は相応の人物しかあり得ないのだ。
上条当麻という少年はきっと、彼女が好きになってしまうほど素敵な少年だったのだろう。

祝福すらしたくなる。手放しで喜ぼう。彼女の好意が自分に向けられなかったからと言って腐るような自分にはなりたくない。
それでもやっぱり腹が立つから、件の少年を紹介して貰って、それからほんの少しばかりの好意に満ちた嫌がらせをしてやって。

同じ少女を好きになった男同士、きっと仲良くなれただろう。

しかし今となってはあり得ない事だ。
彼は死んでしまっているし、彼の所為で彼女は心を壊してしまった。
不慮の事故だったのだろうが――それでも許せない。
彼女を想うのならどうして死んだのだと。



そういう意味でも、海原は御坂の事しか考えていない。

見ず知らずの人物のために復讐しようなどと思わない。
垣根帝督だの一方通行だの『アイテム』だのという者らは端からどうでもいい。
ただ御坂が望むのであれば、という一言に尽きる。

『心理定規』の言も関係ない。
御坂の障害となるなら超能力者が相手でも構わない。
自分の生死すら天秤に掛けて利害を量る事ができる。

自分の感情も例外ではない。
彼女に復讐して欲しくなどない。それを肯定し助けるなど論外だ。

しかし今は他に選択肢がない。
もし止めようとすれば彼女は容赦しないだろう。排除すべき障害として扱われる。
そうなればどうしようもない。死んでは何もできないのだから。彼と同じように。

御坂を救えると信じる。
勝機は見えないし手段は全く思いつかない。けれどそう思わなければ絶望するしかない。
目に見えぬ、在るかも分からない希望に縋る事くらいしか海原にはできなかった。

だから海原は己すらも殺して、他人もきっと殺せるだろう。
御坂を守るためなら何だってできる。何だってやってみせる。

彼女を救う手立てが見つかる時まで終わりを先延ばしにして。
その時が来るまで永遠に殺し続ける。

御坂の敵になるというなら『アイテム』を潰そう。
御坂の敵になってしまうくらいなら垣根帝督を殺そう。

けれどふと思うのだ。



彼女を元に戻せたとして、彼女はそれを望むだろうか――?



これは単に善意という名のエゴの押し付けではないのか。
今の彼女を認められないから排除しようとしているだけではないのか。

まるでそれは彼女を殺す事と同じようで――。

そんな確信に近い疑問が思考の底に泥のように沈積する。
一度生まれた疑心は拭っても拭っても消える事はなく、それどころかより深く根を張り纏わり付いてくる。

元々、上条当麻の死に耐え切れなかったから心を壊したのだ。
原因である彼の死が不可逆である以上、彼女もまた不可逆なのではないのか。
次もまたそうなるという確証はないがより悪化する事も考えられるし、彼女が耐え切れたとして心を大きく抉る事には変わりない。

もっとも、その手段がない今、言っても詮無いことではあるのだが。

「…………」

隣を歩く少女を見る。

彼女によく似た少女。
彼女に似せられた少女が彼女に似た表情で微笑む。

「ん? どうしたの?」

「……いえ」

薄く笑い小さく首を振った。

「そうだ、向こうにケーキの美味しい店があるんですがどうですか?」

「いいわね」

今はまだこれでいい。
モラトリアムに等しいと分かっているが思考を停止した。

この状況を少なからず楽しんでいる自分がいる事も意図的に忘却した。




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最終更新:2012年08月04日 19:21
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