とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 11

「…………」

長い沈黙だった。

深夜、三人の少女はそれぞれに異なる表情を浮かべながらも一様に口を噤んだまま同じ場所を見詰めていた。

あれから数時間。
結標は未だに自分の下した決断が正しかったのか判断できずにいた。

他の二人がどのような事を考えているのかは定かではない。

どうして御坂が土御門らと繋がっているのかも分からなかった。
もう一人、金髪の少女については一体何者なのかすらも不明だった。

ただ、この場において結標の葛藤は些事であり、これから起こる事、自分の目的に有用だという事さえ把握していれば充分だろう。
……けれどそう理解していても心の隅に蟠る疑問は消えてくれないのだ。

それが何か真実を指し示しているようで――。

「ん」

小さく漏れた声に結標の思考は否応なく現実に引き戻される。

「結局、時間ね」

声に視線を向けると金髪の少女は時計を見ていたのだろう、
携帯電話を御坂と揃いの常盤台中学の制服のポケットに仕舞い、こちらを見て笑った。

「なあに? そんな不安そうな顔しなくてもいいじゃない。上手くやるわよ。
 ――ええ、私とコイツなら、大抵の場所なら簡単にやれるんだから」

「あなた……一体何者よ」

「第五位、『心理掌握』」

「っ……!」

事も無げに言った彼女に結標は言葉を詰まらせた。

そんな二人に御坂は振り返る。
肩に掛けた重そうなクーラーボックス――ずっと地面にも降ろそうともせず大事そうに抱えていたものだ――の肩紐を直し、
そして彼女は柔らかに顔を綻ばせ言った。

「それじゃ行こっか」

……そして結標は圧倒的な力の差というものを知る事になる。



結果から言おう。金髪の少女の言葉は正しかった。

全てが上手く行った……いや、上手く行き過ぎたとでも言った方がいいだろうか。

無論、少年院であるのだからきちんとした警備の職員がいた。
彼らにはこうして仲間の奪還にやってくる能力者に対抗するための装備もあり、十分な訓練と経験、そして組織体制があった。

仮にそうでなくとも、無人のまま万全の警備を敷くだけのシステムがあり、それらは正常に作動していた。

二人の超能力者が現れるまでは。

彼女達はあろうことか、少年院の正面ゲートから堂々と、大手を振って進入した。

例えば、これが第一位、あの最強無比の実力を持つ白髪赤眼の少年であったならばこうはいかなかっただろう。
他の追随を許さないほどの圧倒的な力を持つ彼であろうとも少年院のセキュリティは少々厄介だった。

ただ、ここにいるのは第三位『超電磁砲』と第五位『心理掌握』。
二人の超能力者の前に世界最高峰の学園都市の警備は沈黙せざるを得なかった。

その場にいたあらゆる人々――警備、監察、整備、管理、その他諸々およそ『人』と呼べる全ての生物が、
侵入者を無視し、あるいは無言で門を開き、時には道案内すらした。

無人の警備システムは沈黙したまま、最高難度の電子暗号錠は触れられもせず鍵を開け、シャッターは自動的に上がった。

それらは正常に作動していなかったのではない。

間違いなく正常に――まったくいつもどおりの警備網を維持し続けたまま、結標ら三人の少女達をVIPの如く扱い招き入れた。

そう、端的に言えば相性の問題だ。

人は『心理掌握』。
機械は『超電磁砲』。

学園都市という枠組みの中であれば彼女ら二人に対抗できる施設などそうそうありはしないのだ。
それこそ中世の城砦か何かのように、堅固な壁とアナログな罠を駆使しなければ簡単に突破されてしまう。

……ただ、そうだとしてももう一人、『座標移動』がいるのだが。

故にこの三人が揃えば事実上、施設攻略戦において無敵だった。

彼女らを拒めるものがあるとすれば――それこそ漫画やゲームの中に出てくるような魔法とかそういう類のものくらいだろう。



酷く呆気ないものだと結標は思う。

数十分後、かつての仲間たちを救い出したというのに結標はどうしてだろうか、何の感慨も抱けぬまま護送車の中で揺られていた。

少年たちの騒がしい声が背後からひっきりなしに聞こえてくる。
しきりに自分の名が耳に刺さるが条件反射的なものだ。間違いなく会話は聞こえているが右から左へと聞き流している。
彼らの声は明るく、喜色のままのものだったが結標は何故だか妙に煩わしかった。

結標が他の三人と『グループ』を結成してから然程時間は流れていない。
だが決してその間が無かった訳ではない。
自分の意に反する事だってやらされたし、それに何人か殺しもした。

そんな自分は一体何だったのだろうと思う。

超能力者と大能力者の壁とかそういうものではない。
もっと単純に、何か漠然とした失望のようなものを結標は胸に得ていた。

これまで自分のやってきた事が全て無意味だったと言われたような気がしてならなかった。

(……今さらそんな事、どうだっていいけど)

今考えるべきは今後についてだ。
土御門――どうして彼が学園都市の手から逃れ得るなどという代物を用意できるのかは定かではないが、重要なのはそこでの立ち回りだろう。
結標は背後で自由にはしゃぐ彼らのリーダーだ。彼らを守る義務がある。

何より彼らを少年院というある意味では絶対的な安全から引き剥がしたのは結標だ。
あのまま静かに過ごしていれば何も問題はなかった。不自由はあっただろうが、命を脅かされる事はなかっただろう。
結標が黙って暗部の仕事をこなしてさえいれば彼らの安全は保証されていた。

だから彼らを守るのは自分の仕事だろうと結標は思う。
亡命先、話では海外という事だが、学園都市から逃れられたとしてもそこが今以上に劣悪な環境であったならば、それらから彼らを守らなければいけない。
土御門を信用していない訳ではないが――無償でこれだけの人数を受け入れてくれるとも思わない。

(でも私には力がある)

無意識の内にベルトに提げたライトを指でなぞっていた。

大能力者、『座標移動』、結標淡希。

能力者はどこだって有用だろう。それも空間移動系、分かりやすく強力なものだ。
きっと今までとやる事は大して変わらないだろう。

そこまで考えて結標は目を細め自嘲の笑みを浮かべた。

――なんだ。やっぱり無意味じゃない。



「あ、この辺で降ろして」

昼とは一転して閑散とした大通り、護送車は静かに停まった。
バスのような車内、中央の通路を挟み結標の右隣に座っていた御坂は膝の上に置いていたクーラーボックスを担ぎ席を立つ。

「……」

眼を伏せ、しばらく沈黙した後、結標は肩に掛けた制服のポケットから折り畳んだメモ用紙を取り出し指に挟み差し出した。

「ご所望のものよ」

中には走り書きで、一般人にはただの記号の羅列にしか見えないようなものが書かれている。
当然だ。十一次元座標算出計算式なんて特殊なものはそれこそ空間移動能力者くらいしか使わないだろう。

「白井なら分かるでしょ。あなたもそのつもりなんだろうけど」

「ありがと。助かるわ」

その時ようやく結標は彼女の服装に違和感を覚える。

常盤台中学の制服。ブレザーとスカート。それだけであれば何も言う事はない。
肩から提げたクーラーボックスも、大して不思議には思わない。中にはよほど重要なものが入っているのだろうが、それが何なのか、結標にはどうでもいい事だった。

ただ……彼女が制服のブレザーの上から着込んだ、彼女には少々サイズが大きすぎる黒の外套。
最初はコートか何かだと思っていたが――近くで見るとようやくそうではない事に気付いた。

(学ラン……?)

ありふれた学生服だが、男物だ。
どうしてそんなものを彼女が着ているのか疑問に思うが――。

「じゃ、あとよろしく」

ひらひらと手を振り、御坂はステップを軽やかに降り護送車を後にする。

「……」

きっとどうでもいい事だ。
そう思い結標は目を伏せる。

その直前、防弾ガラスの窓の向こうで彼女がこちらを見て笑った気がした。
どこか悲しげな――酷く自嘲的な笑みで。

「……」

護送車は再びがらんとした道を走り出した。





――――――――――――――――――――





夜風が冷たい、と土御門は思う。

もう冬が近付いてきている。
秋の気配は体育祭の熱が治まりゆくと共に霧散した。
この時間ともなると学生服だけでは辛い。内にはシャツ一枚だけ。
もう少し厚着をしてくればよかっただろうか。

あちらの風はここよりも少しは温かいだろうか。そんな事をつい思う。
緯度はここよりも北だが、この街の風はどうにも底冷えするような気配を感じてしまう。

街の名は学園都市。人口二三〇万の大都市だ。
人口の八割が学生で、若者たちの活気に溢れ最先端科学を研究し未来を切り開く情熱に燃える未来都市。

なのに眼前、夜の町並みは煌々としているものの実態は無機質めいたコンクリートと機械の森。
本来人の住むべき場所ではないだろう。ビルの谷を吹き抜ける茫々とした風にまるで荒野のような印象を抱く。
     ナチュラリズム
別にここで自然回帰を謳う訳ではないが、どうしてだかそんな事を考えてしまう。
端的に言えば土御門はこの街が好きになれなかった。

彼もまた本来は魔術師であり、科学とは相反するフィールドに立つ探求者だ。
お国柄か比較的科学には肯定的であり、むしろ両者が敵対する事すら常々馬鹿馬鹿しく思っている。
だが今は世界を裏で二分する冷戦が有り難かった。

「寒くないか」

もう随分な時間待たせている。風邪でも引かれたら大変だ。

「……別にー」

どこか気だるげな、拗ねたような顔で言葉を返してくる少女に土御門は目を細めた。
その表情が愛おしいと思う。彼女が拗ねているのは自分の所為だ。
それもそのはず、相手が義兄だからといって夜中にいきなり訳も分からぬまま連れ出されてはいい顔をするはずもないのだ。



「……なー兄貴ー」

「んー?」

自分の事を兄と呼んでくれる少女とは血の繋がりはない。
愛しいと思う心に血族は関係ないだろう。彼女が実の妹だったところで二人の関係はさほど変わらないはずだ。
だが、今だけは彼女が義妹でよかったと切に思う。

彼女は土御門家と血縁関係はない。

平安時代にまで遡る陰陽師の家。
名門だの安倍の血脈だのとどれだけ美辞麗句を並べ揃えた所で本質は変わらない。
汚れ役。呪いの大家。偽善者。詐欺師。口八丁で謀り手八丁で陥れる事を生業とする由緒正しき人殺しの家系。
その十字架を、呪いを、彼女には背負わせなくてもいい。

「それで、どうしてこんな事になったんだー」

「……それはにゃー」

彼女は陽だまりにあるべき存在だ。
屍山血河の世界は彼女の笑顔には似合わない。

土御門の魔術も、呪いも、恨みも、血と殺戮と裏切りと謀略の歴史も。
全部自分が背負うと、彼女が初めて笑ってくれた日に決意した。

だから。

「舞夏が優秀過ぎっからメイドの本場英国への留学が決まったんだぜぃ!
 それもだ、聞いて驚くなよ! なんと留学先はイギリス王室だー!」

彼女にはどこか遠いところで幸せになって欲しいと。

そんな事を思ってしまうのだ。

「……でもなー、兄貴」

ただ一つ心残りがあるとすれば。

「兄貴の分の荷物がないぞー……?」

彼女の生きる世界に自分の居場所はないだろうという事。



「……」

「遠いなー……嫌だなー……」

彼女は目を逸らし、嫌だとは言うけれどどこか諦念を感じさせる表情を浮かべぽつりと零すのだ。

「兄貴と離れ離れになるならいきたくないなー……」

「でもな、こんないい話は滅多にないだろ」

「……それは分かってる。私は行った方がいい、いや、行くべきなんだろうなー。
 幸運だと思う。もちろん当然だろーっていう自負もあるが、よりによってイギリス王室なんてとんでもない幸運だと思う。
 急過ぎるっていうのを差し引いても断るなんて出来ないし、私もしたいとは思わない。……でもなー、兄貴。それでも私は……」

「舞夏」

彼女の気持ちも痛いほど分かる。自分がそうなのだから。

けれどどんな事をしてでも彼女を丸め込まなければならない。
そうしなければならない理由が土御門にはある。

何、別に難しい事ではない。こういう事こそ得意分野だ。
ただ……他でもない彼女にそんな事をするのが心の片隅に引っ掛かる。

それを言ってしまえば、最初からこんな事を仕組まなければいいのだろうが。

「そんな事言ってオマエ、卒業したらマジメイドさんになんだろ?
 そうしたら結局俺ともそう簡単に会えねえじゃねーか」

「土御門に雇ってもらうからいいんだぞー」

「……おにーちゃんちょっと涙出ちゃいそーだにゃー」

サングラスを掛けててよかったと思う。
柔らかな髪の感触に哀愁を感じながら彼女の頭を少しだけ強く撫でる。

「ま、武者修行だと思って行ってこい。――待ってるから」

つくづく嫌な男だと自分でも思う。
こう言ってしまえば彼女は首肯せざるを得ないのだから。



「……来たか」

静かな夜の街に遠くからエンジン音が聞こえてくる。
こちらに近付いてくるそれは結標達の乗っているものだ。

「すまん。ちょっと待ってろ」

道路に面したベンチに義妹を残し、少し離れた場所に立っている外国人の少女に近付く。

白い修道服と金糸の刺繍、フードから零れる銀の髪。緑の瞳。
インデックスと呼ばれる少女はどこか不安そうに土御門を見上げた。

「ねえ――」

「仕事だ、禁書目録」

彼女の言葉を遮り土御門は短くそう告げる。
                                         、 、 、 、 、
「英国で、そこの彼女――ショチトルの中に埋め込まれた『原典』を引き剥がす。
 術はセントポール大聖堂で行う。写本との差異をオマエが解析した後、封印。以上だ。質問は」

視線を合わせぬまま浅黒い肌の少女を示す。
やや早口になってしまっただろうが、大丈夫だろう。
彼女の持つ完全記憶能力をもってすればこの程度で聞き逃すという事もあるまい。

「……一つだけ」

恐らくそうだろうと思っていたが、自分の予定が外れてくれる事を願っていた事も否めない。
土御門は用意しておいた言葉を頭の中で反芻しながらインデックスの次の言葉を待つ。



「とうまはどこ?」



……身構えてはいたものの、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。



「アイツは、ショチトルをこうした魔術師と戦ってる」

「じゃあ早く助けに――」

「事は一刻を争う。今こうしている間にもショチトルの体は蝕まれ続けている」

「っ……」

「オマエはオマエにしか出来ない事をしろ」

大きなエンジン音とタイヤがアスファルトを噛む音が背後から近付いてくる。
その音はやがてすぐ近くで停まった。

「何、こっちが済んだらすぐ追いかける」

「本当?」

「ああ」

「……分かったんだよ」

よくもまあ平気で嘘を並べられる、と自分でも感心する。
顔色一つ変えず、全てを嘘で塗り固めるのは得意だ。
彼女がいくら完全記憶能力を持っていたとしても嘘は見破れない。
そもそも彼女の性格からして、他人を疑うという事ができない性質だ。

それでもこちらの言葉を鵜呑みにせず、一度だろうと彼の事を問うたのはきっと。

「……」

ぷしゅー、と気圧式のドアが開く音がする。

「乗れ。時差があるから車の中で寝ておけ」



「……ごめんなさい。もう一つ」

ぴくり、と眉が動いてしまった事を自覚した。
彼女に気付かれていない事を祈るしかない。

「どうしてまいかが一緒なの?」

「詮索するな。こちらの事情がある。他の奴らには魔術については隠せ」

有無を言わさぬ口調は想定外だったからだ。
不審に思うだろうか。彼女は自分達の関係を知っている。隣人なのだから当然だろう。
だが――だからこそ出来る事もある。

「頼む」

つまるところ泣き落とし。詐欺師の手口だ。
だが状況と相手をきちんと合わせればこれほど有効な手はない。

「……うん」

自分が最低の部類の人種だという事は重々承知している。
心は痛まない。彼女の為なら何だってやってみせると誓ったのだから。

当の本人に恨まれようと罵られようとその決意は変わらない。

ただ――。

「……兄貴ー」

「ま、冬休みにはなんとか許可とって会いに行くぜぃ」

彼女に嘘を吐く事と、こういう顔をされるのは少々堪える。

見様によってはバスのように見えなくもない護送車。
だから合流場所もバスターミナルの端にした。
多少の違和感は持たれるだろうが押し通せない事もない。

護送車に乗る少女達。
その後に続こうとした褐色の肌の少女は、しかし足を止め土御門を振り返る。
鋭い視線が向けられる。けれど彼女は暫くの沈黙の後、頭を下げた。

「感謝する」

「礼には及ばない。オマエの『原典』が対価だ」

「……そうか。だが、……」

髪を嬲る風の吹いてきた方に顔だけを向ける彼女の瞳はどこか寂しげだった。



「……エツァリは。来てはくれないのか」

「合わせる顔がないとよ」

「よく言う」

そう彼女は嘲るように笑うのだが、それでもどこか索然とした表情で目を伏せた。

「礼代わりに一つ忠告しておこう。あれの言う事を真に受けるな。
 あれは本来、酷く利己的な性質だ。信用すれば馬鹿を見る」

「経験談か?」

「……」

「ご忠告どーも。短い付き合いだがそれくらい分かってるつもりだ。
 だが心配いらねえよ。俺も似たようなもんだ。お互いそれを分かった上で組んでる」

「……なるほど。確かに似ている」

ふ、と息を吐き、彼女は目を細め土御門を見、そして言うのだ。

「そうして貴様らは私達を捨てるのか」

……思わぬ伏兵がいたものだと土御門は自嘲する。

今のは随分と響いた。
心臓が跳ね、目の前が一瞬真っ赤になってしまったような錯覚。
けれど表情には一切見せず、土御門は肩を竦めるだけだった。

「理解してくれとは言わねえよ」

「確かに似ているな。貴様も酷く自己中心的だ」

数瞬の無言の後。

彼女は泣きそうな、けれど必死にそれを堪えているような、
そんなどこか笑顔にも見える顔を土御門に向けた。

「さよなら、お兄ちゃん。でもできれば、せめて生きていてほしい」

「……善処するさ。別に俺は死にたがりじゃねえ」

そう言う土御門を彼女は、矢張り泣き笑いのような表情で目を細めるのだった。

372 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/26(火) 04:54:49.78 ID:3Ss54vHIo [8/8]
またシーンの途中、あとちょっとですが今日はここまで。フレメアパートは明日にでも

373 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/07/26(火) 08:10:45.96 ID:MxbrgrkWo
乙、どいつもこいつも死亡フラグだよチクショウ
土御門さんの背後事情は不明点ばかりで書きにくいったらないね

妹的ポジションのみなさん可愛すぎる
ショチトルの「さよならお兄ちゃん」はずるいぜ



異国の魔術師の少女は別れの言葉を残し車に乗る。
そして彼女と入れ違いに降りてくる人影が二つ。

一人は結標淡希。
そしてもう一人は。

「……風が強いわね」

小さく呟き、けれどもっとましな言葉はないのかと自分で馬鹿らしくなる。

金髪碧眼の、フレンダと『アイテム』の面々から呼ばれる少女。
彼女はもう『アイテム』の少女達を仲間とは呼べぬかもしれない。
だから相手がどれほどの知己だろうとまるで赤の他人のように呼称するしかない。

フレンダ=セイヴェルン。

そう呼ばれている。

身に纏う制服は決別の意味か。
彼女が本来所属する中学校のものだ。

意味のない行為だと彼女は思う。
常盤台中学に在席している超能力者、『心理掌握』の名は食蜂操祈だ。
フレンダ=セイヴェルンではない。
同様に青髪ピアスの高校生は女子中学にいるはずもない。

果たして自分の本質というものはどこにあるのだろうか。
時々そんな事を思う。

超能力者。
食蜂操祈。
『心理掌握』。
青髪ピアス。
第五位。
委員長。
フレンダ=セイヴェルン。
女子中学生。
男子高校生。
あるいは暗部組織の構成員。

矛盾する名を幾つも身に纏い、彼女を現す言葉は既に形骸と化している。
その中から一つを選ぶとすれば矢張り『心理掌握』だろうか。
最も本質に近いという意味では正鵠を射ている。



だがこの場では――彼女の事をあえてフレンダと表記しよう。

フレンダ=セイヴェルン。
その名――あるいは肩書きには幾つかの意味がある。

一つは外見。
金髪碧眼に白い肌、とある少年が見たならば矢張り『舶来』と称したであろうその容姿は紛れもない真実だ。
『彼女』はそのような容貌をしている。
土御門らの視覚に映る、長身で青く染めた髪にピアスの派手な少年の姿は『彼女』が設定したアバターでしかない。
本来の姿からかけ離れた外見も、野太い声の紡ぐ関西弁もどきも、全てが虚像だ。

一つは肩書き。
暗部組織『アイテム』の構成員、フレンダ=セイヴェルン。
彼女は幾つも名を持ってはいるが、少なくともこの物語の上ではその名が最も相応しいだろう。
『心理掌握』は飽くまでも彼女の持つ能力の名であり、最も本質に近いとはいえ『彼女』の存在に従属する。
人称として用いるには少々不相応だろう。

そしてもう一つ。最も重要な要素。

フレンダ=セイヴェルン。

他にはない、その名だけが持つ唯一無二の要素。

姓。あるいは、その名に合わせるならファミリーネーム。
この街には『セイヴェルン』は二人いる。

一人はフレンダ=セイヴェルン。

そしてもう一人は。

「……お姉ちゃん」

バスターミナルの片隅、土御門らが立っていた位置からすれば随分と遠く、けれど声の届くぎりぎりの場所にその少女は座り込んでいた。
タイルで舗装された通路と通路の間、僅かな芝生の上に腰を下ろし、金髪碧眼の少女は捨てられた猫のような目で金髪碧眼の少女を見る。

消え入りそうな声で自分を呼ぶ、自分とよく似た外見の少女。

彼女の名はフレメア=セイヴェルン。もう一人の『セイヴェルン』。

食蜂操祈でもなく、青髪ピアスの少年でもなく、フレンダ=セイヴェルンの妹。



「フレンダお姉ちゃん」

先程より幾らかはっきりとした声で少女は姉の名を呼ぶ。
どこか怯えたような表情は庇護欲かあるいは嗜虐心をそそるものだ。
彼女は紛れもなく無力な少女で、特殊な能力も才能もなく、年相応の矮躯にはそれだけの力しか備わっていない。
だから少しでも力を持つ者が彼女の前に立てばか弱い少女には為す術もないだろう。

自分のような超能力者であればなおさらだ。
赤子の手を捻るよりも容易く彼女の心を幾らでも陵辱できる。
一瞬で廃人にする事も、殺人鬼に変貌させる事も、記憶を残らず消し去る事だって出来る。
『心理掌握』にはそれを成すだけの力がある。

……勿論そんな事をするはずもないのだが。

フレメア=セイヴェルンはフレンダ=セイヴェルンの妹だ。
それが半ば仮初のものだったとしても、そう在りたいとフレンダは願うのだ。

「フレメア」

彼女の傍らに立ち、フレンダは自分の名を呼ぶ妹の名を呼び、そしてゆっくりとしゃがみ込み優しく抱き寄せた。

「お姉……ちゃん……?」

土御門がそうであったように。

『彼』がそうであったように。

彼らの友人である自分もまた、大切な人を守りたいと思うのだ。

「フレメア。よく聞いて」

抱き締め、顔は見ぬままフレンダは囁く。

「イギリスに行きなさい。パパとママのところに帰るの」



「っ――嫌っ!」

明確な拒絶の意思を伴う声は初めて、あるいは久し振りに聞いたものだった。

「やだ、やだよ! お姉ちゃんどうしてそんな事言うの!?
 大体、お姉ちゃんだって分かってるでしょ!? あんなとこ戻りたくないよぉっ!」

「……そうよね」

分かっている。
自分達の両親がどんな人物で、自分達がどのような経緯で異国の街にいるのか。
恨むべきは両親なのか、それともこの街のシステムなのか。
滝壺も、絹旗も、そして恐らくは麦野も、似たような境遇にある。

『置き去り』と呼ばれる態のいい育児放棄。
犠牲者と呼ぶべきだろうか。『置き去り』の子供達はこの街に幾らでもいる。
暗部に属する大部分の子供達は親に捨てられた。もしかすると他の超能力者達も同じなのかもしれない。

子供にとって親の存在は必要だろう。
親のいない子などなく、親があってこそ子は存在する。
木の股から生まれたのであれば別だろうが、人という種の子は大抵、親がいなくては生きていけない。

けれど稀に害悪にしかならない場合がある。
客観的に見てセイヴェルン家の場合はそれだった。

「でもね」

無意識の内に抱き締める手に力が入る。
フレンダは妹の背に流れる髪を指で梳き、それから一呼吸だけ真を置いた。

「結局、それでも幾らかマシなのよ」

「――どういう」

「いい子だからお姉ちゃんの言う事を聞いて。ね?」

彼女を言い包める事など能力を使えば一瞬だ。けれどそんな事は出来やしない。

セイヴェルンの姓を持ち、同じ色の瞳と同じ色の肌、緩いウェーブの掛かった金の髪。
今、自分が肉親と呼べるのはこの少女だけなのだ。
       このまち
「フレメア。学園都市にいちゃ駄目。遠くに逃げなさい。うんと遠くへ。
 あの車に乗って、他のお兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒にイギリスに行くの。
 結局、パパとママのところが嫌ならどこか他のとこ……修道院とかに。
 大丈夫よ。お姉ちゃんが上手く行くようにお願いしてあげるから」



「お姉ちゃん……?」

「私もね、好きでこんな事言ってるんじゃないの。
 でもこうでもしないと、フレメアの事守れないから」

こうして抱き締めるだけでも折れてしまいそうなか細い矮躯。
そんな簡単に死んでしまいそうな少女を力のない自分が守れるとは思えなかった。

『心理掌握』は最上位の強度に列せられるが、他の超能力者と異なり物理的な効果を伴わない。
昨日の一件で思い知った。自動機械、あるいは瓦礫の崩落、火災や高所からの落下。そういったものには全くの無力だ。
人の精神と記憶という不確かなものにしか干渉できない貧弱な能力。
きっと大切だったただの一人さえ守れなかったのに、今度こそなんて楽観的で虫のいい言葉が吐けるはずもない。

でも、土御門が信用する相手になら任せられる。
相手がどんなもので彼とどのような関係なのか、そんな事はどうだっていい。
彼は自分の大切な友人だ。そう思うからこそ無条件に信頼できるのだろう。

「ごめんね、フレメア」

きっと大切なたった一人の妹の名を呼ぶ。

「お願い。言う事を聞いて」

「………………」

能力も才能も関係なく、ただ一人の姉として。
何もできない自分だけれど、たった一つ彼女に報う方法だと思う。

もしかすると声が震えていたかもしれない。
怖くて仕方ないのだ。彼女がもし嫌だと言い続けるなら自分はそれを拒む事ができない。
力ずくで車に乗せれば人攫い紛いの事もできるだろう。けれどそんな方法を取れるとは思えない。
自分がこういう性質だからこそ彼女が我を突き通したとしてもそれを叱れないだろう。

384 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/27(水) 04:45:39.21 ID:BERf8sr8o [6/6]
けれど彼女がそれ以上拒絶する事はなかった。
代わりに、幾許かの沈黙の後、ぽつりと言った。

「……お姉ちゃんは一緒に来てくれないの」

才能もなく頭も悪い、馬鹿な妹だと思うのにこういう時だけ聡いから始末に終えない。

「お姉ちゃんはね、やらなきゃいけない事があるから。
 ……ううん、違う。結局、私がそうしたいだけなんだ」

どちらか一方を取るなんて器用な真似はできない。
二兎を追う者は一兎も得ず、とは言うがどちらも逃がしたくはない。
そもそも同じ兎ではないのだ。比べられない。
まったく違う人物を同じ物差しで量ろうとする事自体馬鹿げている。

「でもね、フレメア。勘違いしないで」

そしてようやく抱擁を解き、フレンダはよく似た妹の顔を正面から見て優しく微笑んだ。

馬鹿で愚図で鈍間で――けれどとても優しい子。
フレンダはずっとそんな風に思っていた。

だからきっとこの言葉の本当の意味は分からないだろう。

「結局私は、アンタのお姉ちゃんになれてよかった訳よ」

そう言って、彼女の柔らかな頬に軽く口付けして。

「だからお願い。泣かないで」

「さっきから大体、お姉ちゃん『お願い』しか言ってない」

「……ごめんね」

もう一度軽く抱き締め。

「大好きよ、フレメア。私の妹」

そう囁いて、体を離した。



彼女に見せる笑顔に偽りはなく、けれど真実でもない。
こんな場面で笑顔でいられるほど自分は楽観もしていないし強くもない。
それでもこの小さな妹には笑顔を見せなければいけないだろう。

さあ、と最後の一人を待つ車を見遣り、彼女の出発を促す。
その言葉にフレンダと護送車とを交互に見て、それから彼女はのろのろと鈍重な動きで立ち上がった。

何から何まで世話の焼ける子だ。
きっと何も言わなければこのままずっとここで蹲ったままだろう。

だからきっと、彼女を送り出す事こそが姉である自分の役目だ。

「いきなさい、フレメア」

幾つかの祈りを込めてフレンダはその言葉を妹に向ける。

彼女がその裏にある真意に気付くとは思えないが――それでも祈りの言葉を口にせずにはいられなかった。

「…………」

そして、ただほんの微かに頷くだけで何も言わず彼女はゆっくりと歩き出す。

きっとこれでいいのだろう。
そう思うことにした。

ゆっくりと護送車へと歩む姿を見送り、そして背を向ける。

結局彼女には何もしてやれなかったけれど。
それでも少しくらいは姉のような事をしてやりたかったのだ。

なのに――。

「――お姉ちゃん!」

最後にそう呼ばれて思わず振り返りそうになるのをすんでのところで堪えた。



背後から戸惑うような躊躇うような気配を感じる。
きっと彼女は酷く怯えたような顔をしてこちらを見ていることだろう。

「……負けないでね」

暫くの戸惑いの沈黙の後、彼女が口にしたのはそんな言葉だった。

本当は少し違った言葉を言おうとしたのだろう。
けれどそれを言葉にしてしまうのが恐ろしくて、だから別のものに置き換えたのだろう。

――結局これが、俗に言う死亡フラグって奴よね。

古典的な漫画じゃごく当たり前の伏線。王道。お決まりのパターン。
だからといってむざむざ死にに行く訳でもないが。

「大丈夫よ」

妹に向ける笑顔は強がりでしかない。
そう分かっているからこそ自分に言い聞かせるように彼女は笑った。

「これでも結構強いんだよ? 今まで秘密にしてたけど、お姉ちゃん超能力者なんだから」

「――え?」

酷い言葉遊びだ。

「でも――だってお姉ちゃん――」

嘘は言っていない。けれど本当の事も言っていない。

「大体、無能力者なんじゃ――」

「結局、最近強度が上がったのよ。超能力者に」

そしてようやく振り返り、悪戯がばれた子供のようにフレンダは妹に笑いかける。

「本当よ?」

だから、と言うようにフレンダは片目を瞑り。

「だから安心して。お姉ちゃんは負けたりなんかしないから」



それが二人の交わした最後の言葉だった。

まだ不安げな表情で何度か振り返りはしたものの、少女はゆっくりと護送車に乗った。
今度こそその背を見送り、フレンダはどこか憑き物が落ちたような表情で小さく息を吐き、そして結標に視線を送る。

「……」

結標は羽織った制服の上着から小さなリモコンを取り出す。
その上にはボタンが一つだけ。誤って押さないように透明なカバーで覆いが付けられている。

自分の体の影に隠すようにして結標は横目でそれに視線を送り、少しの間だけ眉を顰め迷うが、結局指でカバーを跳ね上げボタンを押す。

それは護送車に取り付けられた特殊な機能を動かすものだ。
能力者の少年少女達を傷付けないように無力化するための、無色無臭の催眠ガスの作動スイッチ。
特殊な空調によって空気のカーテンで車内の前後が隔離されており、後部にのみガスが充満する仕掛けとなっている。
当然その事を知らない者からしたら気付かぬ内に寝入ってしまったとしか思われないようなものだ。

効果が現れるまで数分。
半ば誤魔化すように土御門と打ち合わせの確認をすることでその時間を消費する。

「こっちは準備完了だ。問題ない。そっちはねーちんには知られてないだろうな」

外部組織と連絡を取っているのだろう。
携帯電話で誰かと話す土御門は簡潔にそう告げる。

「五和……ああ、あの子か。大丈夫なのか?
 ……オーケー。嫌な役をさせて済まねえな」

彼は視線をこちらに向けたまま電話の相手と暫く確認を取り合った後、携帯電話を閉じ無造作にポケットに捻じ込んだ。

「最終確認だ。壁の外に誘導要員どもが待機してる。
 そいつらと合流したらあとは任せていい。高速で羽田まで行って残りは空だ」



「……その、変な事聞くようだけどパスポートとかは大丈夫なの?
 空港の出国ゲートで掴まるだなんて下らない展開は嫌よ」

「そこんとこ抜かりはないぜぃ。元々そういう事に特化した連中だ」

「あなたのお友達は密入国ブローカーか何かなの……」

「まぁ似たようなもんかね」

肩を竦め、土御門は背後を仰ぎ見る。

夜に沈むように立ちはだかる学園都市を覆う『壁』。
数少ない外との連絡ゲートまではものの数百メートルだがそこを潜る訳にはいかない。

「この方向にきっちり四〇〇メートル。多少の誤差はいいがあんまりずれないでくれよ。
 あっちだっていきなり宙に現れた車に轢き殺されたなんてオチはごめんだろうからな」

「……変なこと言わないでよ」

最大質量四五二〇キロ。最長距離八〇〇メートル超。
空間移動系能力の中でも屈指の性能を持つ『座標移動』にそのような言葉は無意味なものでしかないだろう。

けれどそれを差し引いても途方もない重圧が結標を苛む。
視認できていない地点への移動はどうしてもプレッシャーが付き纏う。
それも大事な仲間たちを乗せた車を丸ごと移動させるというもの。もし失敗したらと考えないはずがない。

過去のトラウマから来る自身の移動に対する恐怖など比べ物にならない。
ただでさえ限界に近い重量の長距離移動。失敗する可能性はないとは言えない。
高度な演算を必要とする能力は少しのミスで致命的となる。
一つ間違えば飛ばした先がアスファルトの下だったとなる可能性も捨て切れないのだ。



「……」

無意識に腰に提げた軍用懐中電灯を握り締めていた。

大丈夫だ。問題ない。自分はやれる。何一つミスなく全てをやり遂げられる。
言い聞かせるように心の中でそう繰り返す。

自己催眠に似た行為はかつてないほどの集中力を生む。
けれど鍍金のようなものでしかないそれは同時に『もし失敗したら』という不安を大きくさせているという事に結標は気付かない。

寒空の下だというのに冷や汗が背筋を伝い流れた。

この時点で言うならば空間移動の成功率は八割ほど。
サイコロを振って六の目が出るよりも高い確率で演算に失敗する。

けれど演算の集中に入ろうとする直前、横から割って入った声があった。

「結標」

いつになく真摯な響きを感じさせる土御門の声に結標は彼に振り向かざるを得なかった。

土御門は真っ直ぐに結標を見ていた。
そして彼は、あろうことかトレードマークであるサングラスを外し。

「――すまない」

と、頭を下げるのだ。

「すまん……っ」

結標は絶句するしかなかった。



その言葉と行動にどれほどの思いが込められていただろうか。

今。この瞬間。
護送車に乗った少年少女達の命は結標が握っていると言っても過言ではない。
他の何を犠牲にしても守ると誓った相手の命を結標に預けるのにどれほどの葛藤と覚悟があっただろうか。

彼の事だ。他に幾らでも似たような手は打てただろう。
けれどそんな彼であるならどうして自分に頼らざるを得なかったのだろうか――と結標は思いを馳せる。

どうして自分なのか。
他の者ではどうして駄目なのか。

何故それが自分でないといけないのか――。

そして――ああそうか、と唐突に結標は気付くのだ。

「……やめてよね。らしくない」

きっとこういう時、こう返すのが一番いいのだろう。
彼の言うところの様式美という奴だ。

頭を垂れる土御門に、結標はどこか誤魔化すように手をぱたぱたと振った。

「持ちつ持たれつ、利用する時は利用して、っていうのが私たちの仲だったでしょ。おあいこじゃない」

そう。結局のところ両者の関係はそこだけでしかない。
けれどそれは一方的なものではない。

心の底から信頼しているはずがない。
けれど相手を信用していなければまして背中など任せられるはずがないのだ。

相互関係。釣り合いが取れてなければいけない。

超能力者、大能力者、無能力者、魔術師。
彼らは一見して優劣が付いているようでありながらも、確かに立場は同列だった。



「――――っ」

それでも土御門は顔を上げようとはしなかった。

「頼む……舞夏を……っ」

境遇も立場も異なる彼らだったが、おかしな事に目的だけは一致していた。

たったそれだけの共通点。
けれど奇妙な親近感を覚えるのだ。

同情や偽善は一切ない。彼らはどちらかというと悪党の部類で、英雄とは程遠い存在だ。
まして無償の正義感など存在するはずもなかった。

だからこそ背を任せられるのだ。
打算でしか相手を見られない者同士だからこそ同志と成り得た。

今この場にはその内の二人しかいないけれど。
きっと何かの間違いで自分が他の者、例えば土御門の立場だったら。
仮定の話は幾ら言っても仕方がない。既に過去は決定されていて歴史が変わることなど在り得ない。
それでも――多分彼と同じようにしただろうなと結標は思うのだ。

そんな二人を見て、金髪の少女はどこか寂しげに笑うだけだった。

結標は彼から視線を外し、天を仰いだ。

空は暗く、街は明るい。
雲は無い。星は、見えない。

「……、……」

深呼吸して夜の冷たく澄んだ空気を肺に吸い込む。
思考はいつになく冴え渡り、今なら能力上限を更新できるだろう事は間違いなかった。

腰に下げた警棒兼用の軍用ライトを引き抜きバトンのようにくるりと回し構える。

「――大丈夫よ、任せなさい。あなたが利用するに足ると認めた女よ?」

見据えた先は学園都市の『壁』。この街を取り囲む檻だろう。
そして結標は切っ先を突き付けるように懐中電灯の先端を向ける。

その瞬間には演算式を組み上げ終えていた。

「それに私だって――何があったって守り抜くと誓ったんだから」

境遇も立場も違えども、その思いの形はきっと同じだっただろう。



――――――――――――――――――――



「ところでさ」

「んー?」

「あの車、誰がここまで運転してきたんだ?」

「私に決まってんじゃん」

「オマエ、車の運転できたんだな」

「まーねー。伊達に超能力者やってないわよ」

「いやーそれにしても妹ちゃん可愛かったにゃー。オマエの妹とは思えないぜぃ」

「このロリコンめ……」



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最終更新:2012年08月04日 19:11
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