とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 10


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結標淡希はいつになく苛立っていた。

その理由というのも非常に簡単なもので、単に待ち合わせの場所に相手が現れないからという事に他ならない。
既に三十分近く待ち惚けを食らっている。あちらから呼び出しておきながら、と結標は眉を顰めずにはいられないのだ。

これが例えばデートの待ち合わせなら結標もこうまで不機嫌にはならないだろう。
何せ相手が相手なのだ。多少知った仲ではあるものの心を許しているわけではない。決して。

結標淡希は暗部組織『グループ』の一員である。
この場で彼女を語る上ではそれ以外の諸々は必要ない。

彼女が高校二年生である事も、名門校に席を持つ事も、ここでは関係がない。

異能を持つ少年らが跋扈する学園都市においても一際稀有な能力を持ち、
なおかつその中でも最上位に近い実力を持ち合わせている事も、この場面においては特に意味はない。

待ち合わせである。

結標が『グループ』の一員であるという事実以外に必要がないというのならば――待ち合わせの相手もそれに関わる者でしかない。

彼女と同じく『グループ』の構成員である少年、土御門元春。
そして同じく、海原光貴――の姿形を借りた、変装と呼ぶには完璧すぎる不可解な能力を操る名も知らぬ少年。

仲間――ではないだろう。

お互いの関係は協力でも共闘でもない。
単に利害が一致したからお互いを利用しあうという相互補助の関係。

あえて言うならば……そう、都合がいいから利用する、と。
ただそれだけの間柄だ。

だから――敵――でもないだろう。

とは思うものの断言はできない。
彼らが利害関係によって結ばれているのならば、天秤がデメリットに傾けば容赦なく手のひらを返すという事に他ならない。
たった四人の少年で構成された小組織ではあるものの個々の能力が破格だ。

後世に記録が残されるならば確実に名を残す類の一騎当千。
結標も、土御門も、海原の姿を借りた少年も。
彼らの関係は互いが互いに見合う能力を持たなければ意味を成さない。
それは仮に敵に回せば何よりも厄介な相手になるという事を暗に示している。

だからこそ何よりの不安材料がある。
残る一人、学園都市最強の名を冠する白髪赤眼の超能力者、一方通行。
彼の行方が知れないのだ。



一方通行と能力で呼ばれる少年の序列は第一位。
自他共に認める――認めざるを得ないほどの圧倒的な力を持つ能力者だ。
彼の前では例えどんな者であれ敗北は必至。彼に抗し得る者がいるはずがない。

しかし昨日、一〇月九日の混乱の最中に彼との連絡が取れなくなった。
それが一方通行自身の意図によるものなのか、そうでないのかは判断できずにいたが何かしらの不測の事態に陥った事は考えずとも分かる。

何が起こったのか。結標は知らない。

残る二人はどうだろうか。

何か知っているのか、それとも結標と同じく何も知らないのか。
分からない。少なくとも土御門は自分とは異なるパイプを持つのだから何か知っていてもおかしくはないが。

けれど彼らは何も告げずメールで一方的に呼び出し、そして今に至る。

「…………」

携帯電話の小さなディスプレイに表示された件のメールの本文を読み返しながら結標は待ち続ける。

これが彼らからの罠である可能性もあったが、少なくともあの二人はこのような綺麗な状況で仕掛けてくるほど温くはない。何分やり口が汚いのだ。

一方通行や結標のように正面から力押しする事を好まない性分なのか、それとも単純に力が足りないだけなのかは分からないが、
とにかくあの二人は細工を十重二十重に張り巡らせ同士討ちや自滅させる事を好む。相手が結標だろうと例外ではないだろう。

そういうある種の信頼めいたものがあるからこそ結標はこうして指定された公園のベンチに堂々と腰を下ろしている。
ただ、いつものように下部組織の車を使おうとはしない事にだけ引っ掛かりを覚えるのだが。
しかしおおよそ見当は付く。相手が下部組織の者であろうと外部には漏らせない話なのだろう。
だからこんな普通の、けれど人気のない公園に直接呼び出された。

しかし――。

「遅い……」

小さくごちて結標は眉を顰め携帯電話を閉じ、羽織った制服のポケットに突っ込んだ。

彼らは決して時間にルーズな性質ではない。
一度やると言えば必ずその通りに事を進める事ができる人間だ。

この三十分間の遅れが何を意味するのか。
その事に結標は黙したまま思考を巡らせようとして――。

「わーりぃ悪りぃ。お待たせ、っと」

場にそぐわないやけに陽気な声に結標の黙考はぱちんと爆ぜ消えた。
顔を上げれば向こうから金髪にサングラスの少年――土御門がこちらに軽く手を上げ歩いてくるところだった。



「一体どれだけ待たせる気なのよ」

「だから悪いって言ってんだろ。それにオマエだって律儀に待ってんじゃねえか」

学生服のポケットに手を突っ込み、どこか飄々と掴みどころのない気配のまま、けれど土御門は巫山戯ている様子もなく結標の前に立つ。

「待たせておいてよく言う……まあいいわ」

結標は目を伏せ溜め息を吐く。彼に何を言ったところで無駄だろう。
悪い悪いと言うのは口だけで実際のところ何とも思っていないのだ。

「それで」

半眼で土御門に視線を向ける。

「一方通行、連絡ついた?」

話の核心に躊躇なく切り込む。
この場にいないもう一人の所在も気に掛かるがとりあえずは保留しておく。

現状最も重要度が高いのは一方通行についてだ。
学園都市序列第一位の超能力者。彼の存在そのものが『グループ』にとっての切り札だ。
彼の身に何かあろうものならそこを他組織に付け込まれかねない。

「いや、連絡は取れないままだ。が――」

そして続く言葉に結標は驚愕する。

「一方通行は切り捨てる」

表情を変えぬまま土御門は一言で告げた。

「なっ……!?」

結標は思わず立ち上がり、右手を腰に下げた軍用ライト――彼女の武器となるポインタに伸ばしかけた。
早計だと寸での所で止め、サングラスの奥、土御門の目を睨み付ける。
彼が何を思いそういう決断に至ったのか、まだ自分は知らない。

「……どういう事よ」

「どうもこうも利用価値がなくなっただけだ。そういう仲だろ? 俺たちは」

「だからどうしてそうなったのかって訊いてんのよ!」

言葉が多少乱暴になっている事を自覚する。何にせよ不測の事態だ。
混乱するのも無理はないと自分で言い訳し結標は逸る気持ちを抑え土御門に問う。

「彼……一方通行に何があったの」



そして返ってきた言葉は結標の予想を遥かに超える事実だった。

「能力が使えなくなった」

「っ――――!?」

「そんで他の超能力者に惨敗したって訳だ。救いようがねえよ」

「負けた……ですって……!?」

無双の力を持つ絶対の能力者の失墜。
一方通行の有用性がその比類なき能力にあるのだとすれば、確かに彼の言うように既に利用価値はない。

「じゃあ昨日の戦闘はやっぱり……」

「『スクール』の垣根帝督。序列第二位だな。そいつが一方通行の能力を破壊しやがった」

「破壊? 封じたとかじゃなくて?」

「修復不可能だ。小難しい理屈は置いといてアイツはもう能力が使えない」

「……っ」

土御門の告げる事実に結標は歯噛みする。
どうしてだか納得ができずにいた。何か性質の悪い冗談じゃないのかと思ってしまう。
もしかしたらこれが土御門の謀り事なのかもしれないと疑ってしまう程度には彼の言葉を信じれずにいた。

確かに土御門の言う事は一方通行を切り捨てるのに十分な理由だ。
何も飯事でやっている訳ではない。邪魔になれば容赦なく切り捨てる。そういう組織だ。

しかし土御門の言葉は容易には信じ難い。
一度彼に敗れた結標だからこそ一方通行が破れるはずがない――とどこかで盲信めいた確信をしていたからだろうか。

けれど、一方通行の失踪と、昨日の大規模な戦闘は間違いない事実だ。

土御門の言う事には筋が通っている。

「……どうすんのよ」

結標は小さく俯き呟く。

「だからそれをこれから話そうと思ってな……ちょうど来たみてえだし」

彼の言葉に顔を上げる。半身になり後ろを振り返る土御門の視線の先にこちらに歩いてくる人影があった。
そちらに視線を向け、それが一体誰なのかと相手の顔を見て――。



「っ――――!?」

絶句した。

人影は三つ。
男性が一、女性が二。

その内の一つ、先に立ちこちらに歩いてくる少女に結標は見覚えがある。

「御坂――美琴――!」

「や。久し振り」

重そうなクーラーボックスを右肩に掛けた超能力者の少女は、左手を軽く上げ結標に微笑んだ。

見覚えがあるどころの話ではない。彼女は結標にとって仇とも言える相手だ。
御坂美琴と白井黒子。二人がいたからこそ結標は今こうして暗部組織に身をやつしている。
吹聴しているわけではないが他でもない土御門がそれを知らぬはずもないだろう。

「一体どういうつもりよ!」

土御門を睨み付け結標は声を荒げるが、しかし土御門は相変わらずの様子で肩を竦めた。

「まあ聞けよ。何も考えなしに引っ張ってきた訳じゃねえんだから」

「そうそう。結局、利害が一致すればいいんでしょ?」

もう一人の少女、緩いウェーブの掛かった金髪の白人の少女が口を挟む。
見覚えはない――はずだ。

「だったら何も問題ないよにゃー」

「ねー」

顔を見合わせる土御門と金髪の少女。
二人のやり取りに若干の違和感を覚えながら結標は彼女ともう一人、黒いツンツンした髪の少年を交互に見遣る。

「……誰よ」

「クラスメイト」

「どーもー」

始終花のような笑顔の少女に眉を顰め、結標はもう一人の名も知らぬ少年に視線を向け。

「……じゃあこっちが海原か」

「そういう事だにゃー」

土御門の巫山戯たような口調に結標の顔は顰められたままだった。



「土御門、その口調何なの。私に喧嘩でも売ってる訳?」

「いやー、そういう訳じゃねえんだけどねぃ……様式美ってヤツ?」

「意味分かんない」

不機嫌さを隠そうともせず吐き捨て、結標は御坂と金髪の少女を睨み付ける。

超能力者第三位――『超電磁砲』、御坂美琴。
彼女との因縁はさて置き、もう一人の少女が言った言葉が気に掛かった。

『利害が一致すれば』。

つまり彼女らは――こちらの利になるというのか。

「それで、どうしてよりによって御坂なの。まさか一方通行の穴を彼女が埋めるとでも言い出すつもりかしら」

「んな訳ないだろ」

即座に否定する土御門に、でしょうね、と声には出さず結標は目を細める。
欠けた枠は一方通行。例え御坂が超能力者でも彼の代役とはなれない。

「そっちのが……って事もなさそうだし。一体どういう事なのか、きちんと説明してもらおうかしら」

先程からずっと無言のまま薄い笑みを浮かべている少年――彼女らが海原と偽りの名で呼ぶ少年は無視する。
喋るのは土御門に任せるという事なのだろうか。けれど何か言う事があれば彼の方から言ってくるだろう。

「うん。その事なんだけどね」

御坂もまた背後の彼を気にする素振りもなく結標の言葉に頷く。

「えっと、アンタの仲間? 少年院にいるんだって?」

「――――土御門ぉぉっ!!」

怒声と共に土御門の胸倉を掴んだ。
黙ってなどいられなかった。冷静でいられるはずなどなかった。
怒りを露に結標は土御門に吼えるように叫ぶ。

「よりによって――何を喋ってくれてんのよ! ぶち殺すわよ!」



「別に秘密って訳でもないだろ」

「――、っ!」

悪びれもなく言う土御門に何か言おうとするが、結局言葉にできず結標は彼を突き飛ばすように放す。
そして奥歯を噛み締めきっと御坂を睨み付けた。

「……」

「どうしたの、そんな怖い顔して」

結標に悪意めいた感情を向けられているにも拘らず御坂は柔らかく微笑む。
それが何故だか妙に気色悪かった。

御坂も、土御門も、金髪の少女も、海原と呼ばれる少年も。
皆一様に、質は違えど笑みを浮かべてこちらを見ている。

気持ち悪さは拭えないが、結標はそれを黙殺する。
ただ感情に流されるのは頭がいいとは言い難い。
時には激情に身を任せるのもいいのだろうが、少なくとも今はその時ではなかった。

「……それで、その事がどう関係あるのよ」

「うん。それでさ、アンタに提案なんだけど」

御坂はにこにこと、結標に笑みを向けたまま言う。

「そこにいるアンタの仲間、脱獄させてあげるってのはどう?」

「なっ……!?」

「私なら少年院のセキュリティを全滅させられるわよ? もちろんタダって訳にもいかないけど」

確かに彼女、電磁操作系能力者の頂点に君臨する御坂であればいかに学園都市のセキュリティシステムといえど薄紙一枚も同然だ。
学園都市の警備網をすべて掌握するならいざ知らず、限られた範囲であれば彼女の力をもってすればそれだけで制圧できるだろう。

あの能力の演算を阻害する音響装置さえなければあとはどうとでもなる。
結標自身、空間移動系能力者の頂点だ。彼女の前では物理的な防御は意味を成さない。
警備の人員など物の数ですらない。彼女にライトを向けられただけで天高く飛ばされパラシュートなしのスカイダイビングを味わうことになるのだから。



御坂の提言は結標にとって願ってもない事だっただろう。

しかし前提条件が間違っている。
少年院に収監されている彼らは結標への人質だ。
それを奪回するという事は学園都市に反旗を翻す事と同義である。
この街に暮らす以上――例え学園都市の外に逃げたとしてもその追跡の手からは逃げられない。

結標一人であれば何とかなっただろう。
『座標移動』と呼ばれる学園都市でも屈指の異能を持つ彼女であれば、超能力者が相手でもそうそう遅れは取らない。
実際に結標は御坂と交戦したにも関わらず、倒すとまでは行かないものの何事もなかったかのように無傷で難を逃れている。
相手が一方通行や垣根であれば別だが、一方通行が能力を失ったというのであれば彼女を直接下せる人物は限られている。

だが他の者は別問題だ。
下手をすれば能力者ですらない武装組織にすら太刀打ちできずに殺されるだろう。
彼女の人質として機能している現在であれば身の安全は確保されている。
少なくとも現時点において彼らの奪還は悪手と言わざるを得ないのだ。

その事を御坂はきちんと理解した上で物を言っているのだろうか。
精神感応系能力者でない結標にそれを知ることはできなかったが――ここで一つの疑問が頭を過ぎる。

「……そっちの要求は何」

これは学園都市に対する反逆行為だ。それが超能力者であろうとも容赦などない。
事が発覚すれば御坂とて無事にはすまないだろう。場合によっては処分――殺されかねない。

だというのに御坂は笑顔を崩す事もなかった。

「私の要求? そんなの簡単よ」

目を細め御坂は破顔し、どこか陶酔すら感じさせる悪魔的な笑みを浮かべ言った。

「統括理事長、アレイスター=クロウリーとの直接交渉権――私が欲しいのは窓のないビルへの進入座標よ。
 知ってるんでしょう? だってアンタ、あそこの『案内人』なんだから」



「っ――――!」

御坂の言葉に結標は絶句する。

確かに自分は学園都市の指導者、アレイスター=クロウリーへの直接のパイプを持っている。

空間移動系能力者である結標は三次元的な制約を無視し移動する術を持ち、
その能力によって窓のないビルにアレイスターの客人を通す役割を担っている。

トップシークレットの一つではあるが、土御門は幾度となく彼女によって連れられアレイスターに面会している。
彼の口から漏れたのか否かは定かではないが――。

「ふざ……けないでよ」

感情を押し殺し結標は呻くように言葉を紡ぐ。
自身の内に渦巻いている感情が一体どのような性質のものなのか、彼女自身にすら分からなかった。
怒りなのか、それとも焦燥なのか。どちらにせよ好いものとは言い難い。

「そんな取引、応じられる訳がないでしょう……そんな事したら、私たちは本当に……」

それは人質の奪還すらも色褪せてしまうほどの反逆行為。統括理事長その人に叛意する事に他ならない。
ただでは済まない――どころの話ではない。確実に処分される。

学園都市の根は世界中に広がっている。
現代社会、科学世界の全てに学園都市が関わっていると言っても過言ではない。

どこへ逃げようとも必ず追われる。アビニョンの市街地を炎の海と化したのは何だったのか知らない訳ではない。
事と次第によってはどうせ軌道上にあるであろう衛星兵器すら使われかねない。
いや、それどころか結標の想像も及ばないような兵器によって『座標移動』すらも捻じ伏せられ一撃の下に灰にされるだろう。

「――けどまあ、抜け道がない訳でもねーんだにゃー、これが」



唐突に割り込んできた土御門の声に結標ははっと顔を上げ彼を見る。

そう。どうしてこの場に彼がいるのか。
最初はただ単に御坂を結標に会わせるためなのだろうと何気なく思っていた。
が、しかしそれならば彼本人が現れる必要はない。最初から御坂だけで事は足りる。

「そもそも『グループ』ってのは利害が一致したからつるんでただけだろ。
 だったら、相手が誰だろうとお互い得になっちまえば文句はねえはずだ。違うか?」

そう、全ては損得勘定。最初からそういう仲だ。
                  、 、 、 、 、 、 、 、
「俺がオマエらの逃げ道――亡命先を用意する。学園都市だろうとおいそれと手が出せない場所だ」

「そんな場所がある訳――」

「あるんだにゃーこれが。ま、俺の最後の切り札って奴だ。
 借りを作りたくはない相手だが、どっちかってーとあちらさんの方が得するようにしてるしお釣りが来るだろ」

「そういう事よ。結局、別にアンタに恩を売ろうとかそういう事じゃない訳。
 もちろんタダじゃないんだけど、別にアンタならついで程度でしかないはずだし」

金髪の少女が言葉を継ぎ、後ろを軽く振り返る。
視線の先は結標が海原と呼ぶ少年。彼を一瞥し、少女は再び結標に向き直る。

「私と、コイツと、そっちの彼。まとめて言っちゃうわね。
 こっちのカードはアンタとお仲間たちが確実に受け入れられる亡命先の提供、及びそれまでの移動手段、誘導人員の確保。
 ただアンタには――あと四人、ついでに連れて行ってもらう。安い買い物でしょ?」

「……なるほどね」

確かにこれなら破格の条件だろう。
あちらにしてみればその四人が条件に釣り合うだけの重要人物なのだろうが、結標には今さら数人増えたところで大して変わらない。

「ちなみに、その四人って誰?」

「妹かな?」

「妹だにゃー」

「妹じゃありません」

「あとシスターだっけ?」

「アンタたちがシスコンって事はよく分かったわ……」



はぁ、と溜め息を吐き結標は前髪を掻き上げ額を抑えた。

相手が土御門の妹――正確には義妹だが――ならば話は早い。
彼が義妹を交換条件に提示してくる事こそが信用に足るという何よりの証拠だった。

結標にとっての人質が少年院にいる彼らなら、土御門にとってのそれは彼の義妹だ。
名も顔も知らないが、彼女を亡命させなければならない状況が発生したのだろう。

恐らく他の二人も同じようなもので、土御門か御坂と取引をしたか、ともかく尻馬に乗る形で同様の相手を逃がそうとしているのだろう。

ただ――疑問が残らない訳ではない。

そうまでして逃がさなければならない相手がいるのは分かる。
だが、逃げなければいけない状況というのは一体――。

「どうしてそんな事をするのか、って?」

まるでこちらの思考を読んだようなタイミングで金髪の少女が微笑みかける。

「結局、凄く簡単な事よ。あと何日かしたら、この街は地獄になる」

「――――」
           、 、 、 、 、
「だからその前に地獄の外側に逃げちゃおうって訳。理解できた?」

少女はおどけるように肩を竦めた。

彼女の告げる――遠からず実際のものとなるであろう事象。
結標もそれを想定しなかった訳ではない。抽象的な表現ではあるが正鵠を射ているだろう。

第一位の敗北。御坂の挙げた交換条件。土御門らの行動。亡命。
それらは全て一つの結果を予感させるものだ。

その時何が起こるのか、結標には分からない。
けれどそんな事は分からずともいい。ただ一つ理解できていれば。

このまま学園都市にいれば、死ぬ。

何かとてつもなく酷い事が、地獄と呼ぶに相応しい惨劇が、学園都市という名の舞台の上で幕を上げようとしている。



「っ…………」

結標は歯噛みする。

彼らとの取引に応じるのが賢い選択なのは分かっている。
何か裏があるという訳ではないだろう。土御門の交換条件がそれを如実に語っている。
けれど結標は何故だか素直に頷けないでいた。

暗部組織『グループ』。
たった四人の小さな組織だ。

仲間という訳ではない。敵でもない。
ただ何の因果か偶然にも互いに多少の因縁のある相手が一ヶ所に集まった。
そして利害が一致したからという理由で行動を共にしていただけのチーム。
学園都市に弱みを握られ、いいように使われるだけの存在に過ぎない。

でも――と結標は思う。

互いを利用し合い損得勘定だけで協定を結んでいただけの存在だ。
だから結標は今さら何を、と思うが。

「……四人、だけ?」

「だにゃー」

――彼らは頭数に含まれていない。

だからどうという事もないはずなのに、どうしてだか引っ掛かりを覚えてしまう。
多少の仲間意識、連帯感が生まれてしまったのだろうか。

もしそうだとしたら、自分は自分で思っているほど非道になり切れないのかもしれない。
それが好い事なのか悪い事なのか、考える直前に思考を放棄した



どう転んだとして結果は変わらないだろう。
結標はこの話に乗るしかなく、何か言ったところでさして意味はない。

結果の見えている選択肢のない一本道。
もしそんなものがあったのだとしてもその地点はとっくに過ぎている。

だから、だろうか。
結標は二人の少年を交互に見、彼らに問い掛ける。

「……あなたたちはどうするの」

結標の口からそんな言葉が出るのが意外だったのだろうか。
彼らは一瞬、呆気に取られたような間の抜けた顔をして、それから互いに顔を見合わせ肩を竦めた。

金髪の少女は嘲るように笑い。

「まだやる事があるからにゃー」

「結局、そういう訳よ」

「……海原も?」

言葉にはしなかったが彼も首肯した。

「そう……」

彼らの言う『やる事』とは一体何なのか、結標には分からないし聞こうとも思わなかった。
ただきっと、自分が死ぬかもしれないという事は分かっているだろう。

自分だけが逃げるのだと僅かに後ろ暗い気持ちが否めないでいた。
結標はそれに付き合うほどお人好しでもなければ自虐が過ぎる訳でもない。

「……分かった」

損得勘定。利己的であるべきだ。何、悪い話ではない。
彼らにも利はある。どちらも得をする。WIN-WINの関係。まったく素晴らしい。

そう機械的に結論付け、感情は黙殺し、結標は御坂を見て言う。

「その取引、乗るわ」

結標の視線の先、御坂は相変わらずにこにこと邪気の無い顔で嬉しそうに笑った。





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