とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 09


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唇で軽く触れ合うだけの拙い口付け。
乱暴に扱ってしまえば壊れてしまう気がした。

少女の矮躯に覆い被さり押し倒したような体勢だが触れ合っているのは唇だけだ。

滝壺と同じように目を閉じてしまえば確かな存在感を知る術はそうして触れ合う事だけだった。
彼女の息遣いも、仄かな体温も、どうにもあやふやで頼りない。
触れ合う事でしかお互いを知る事は出来ず、触れてしまえば傷つけあってしまう。

彼女とのキスは皆が言うような甘いものではなかった。
胸の内に開いた空隙から隙間風が入り込んだように寒い。
決して塞ぐことのできない傷痕を埋めるように浜面は滝壺に口付けする。

どれくらい経っただろうか。
ほんの数秒程度の短い間だったのだろうが随分と長く感じられた。

ゆっくりと唇を離すと、ほう、と息が漏れた。
彼女に触れていた部分がやけに熱い。

「はまづら――」

差し伸べられた両手が顔に触れ、輪郭を確かめるように両頬に添えられる。
そして優しく、けれど強引に引き寄せられ、今度は彼女の方からキスされる。

「んっ……」

噛み付くような乱暴なキス。
唇を食まれ、生温い舌が強引に間から侵入してくる。
ぞろりと口内を舐めるそれは肉でできた蛭のようで妙にグロテスクだった。
ぬるりと柔らかい舌が蠢き、歯の裏を撫でる。自分のものとは違う唾液の味が広がる。

「ふ……っ、あ、んっ……」

粘液質な音に混じり嬌声にも似た吐息が漏れる。
頬をくすぐる熱と生温い部屋の空気とは異なる湿度。
何か生臭さのようなものを感じさせる息が浜面の顔を撫でる。

喘ぐような、貪るような口付け。窒息しそう。酸素が足りない。
息苦しくて半ば強引に唇を離せばずるりと濡れた音が後を引いた。



「ちょっと、滝壺っ……」

浜面の言葉を無視するかのように滝壺は再び顔を寄せ頬に口を寄せる。
それから顎、手を首の後ろに回し頬骨の裏を舌でなぞられ、襟首。

キスなどと仄甘い言葉には程遠い舌の愛撫。
くすぐったさとは違うものを感じながらもそれが何とは形容できない。

「よかった」

顔を離し、表情の半分が見えなくとも分かるくらいに滝壺が笑う。

「はまづらの味がする」

「――――」

「はまづらの匂い、好き」

浜面を抱き寄せ胸に顔を埋めると、鼻を動かし肺一杯に空気を吸い込む。

視界を白い布に覆われ、滝壺はこうする事でしか彼を認識できない。
触れるだけでは足りない。他の四感をフルに動かし彼の存在を確かめる。
味覚も嗅覚も壊れているけれど彼を観測する事ができた。

「……汗臭いだろ」

「うん。汗の匂いだけど、好き」

「変な奴だなオマエ」

「今頃気付いたの?」

知ってたよ、と囁く事で浜面は心中にある鬱々とした気分を忘れようとする。
軽薄で単純なやりとりは言葉遊びのようなものだ。言葉にしてしまえばより確かなものとなる。
夏に「暑い」、冬に「寒い」。演技の悪い事を言うのも同じだ。実際は違っていても現実は僅かに言葉に引かれる。

こういう形ばかりの台詞でも口にしてしまえばいくらか現実味を帯びてくるだろう。
そうでもしなければ耐えられそうにない。

これじゃまるで死亡フラグだ、と思ってしまう。

悲恋の物語にはつきものの一場。
ここでロミオとジュリエットを騙るつもりはないが、この手の王道としては大概が共死の結末だ。

だからせめて口先だけでもと浜面は軽口を叩く。
とりあえず笑っておけば何故だか救われた気分になる。

つまりこれがきっと――本当にどうしようもない時はもう笑う事しかできない、なんていうどこかで聞いたフレーズなのだろう。



「…………はまづら」

軽く胸を押される。
拒絶ではない。手に込められた力はか弱く、遺憾の念を感じさせる。
滝壺の指が浜面の胸元をなぞり、別れを惜しむように躊躇いがちに離される。

「服、脱ぐから」

衣擦れの音を立て上体を起こした滝壺は小さくそう言った。
羞恥の色はなく、この気拙い妙な間を作ってしまった事に対する懺悔めいた声だった。

「あ、……うん」

そうだよな、と浜面は口にはせず頷いた。
服を脱がなければできない。そんな当たり前の事に今さらながら気付く。

じいぃぃ――と滝壺の着ているジャージのジッパーが独特の音を奏でる。
そんな小さな音がやけに大きく聞こえる。それが妙に生々しくて、浜面は僅かに視線を逸らす。

服とシーツの擦れる音。ベッドの軋み。呼吸音。
ごうごうと鳴り止まないノイズは頭の中を血が流れる音だろうか。

自分も、と服を脱ごうとするが前を閉じているジッパーの金具が上手く抓めない。
手に浮いた汗で酷く滑る。縁を爪に引っ掛けて強引に降ろせば途中で金具が噛んでしまい突然に止まる。
爪が削られるように離れ軽い痛みを覚える。どうにももどかしくて裾を捲くり上げ、そのまま中のシャツごと引き抜いた。

視線も向けずベッドの脇に放り捨てる。
ズボンのベルトを外そうと外そうとして、金具のかちゃかちゃという音がどうにも気恥ずかしかった。

視覚情報を得られない滝壺は、触れ合っていた体を離した今浜面を聴覚でしか捉えることができない。
だとすれば彼女はこの瞬間浜面の事をどう見ているのだろう。



「…………」

横目で彼女を見遣る。

滝壺は膝を抱えるような体勢でジャージの下から足を抜こうとするところだった。
見慣れない黒のタンクトップを持ち上げる膨らみに改めて彼女を女と意識する。
淡い桜色のショーツが腿の間から見える。細かなレースをあしらったそれは彼女には似合いのものに思える。

「んっ……」

小さな吐息と共にタンクトップを捲くり上げ脱ぎ去る。
揃いの桜色のブラジャーに包まれた双丘は浜面が思っていたよりも幾らか大きい。着痩せする方なのだろうか、と醒めたような事を考える。
それから滝壺はジャージとタンクトップを軽く畳んで、少し迷うような素振りを見せた後、背に手を回しブラジャーのホックを外す。

ぷつ、と金具が擦れる。
その音に浜面は急に我に返って滝壺から目を逸らす。

しゅる、と布と肌の擦れる音。身動ぎでベッドが軋む。

「……」

滝壺には浜面の一挙一動が手に取るように分かっていた。

その動きも、心の機微も。

彼女だけが持ち得る第六感――AIM拡散力場を捉える能力によって浜面の表層意識に細波を立てる感情の動きが分かってしまう。

読心能力に近いそれを滝壺は卑怯だと思う。
相手の持つカードを一方的に覗き見るようなものだ。それがどのような状況であれ反則行為に等しいだろう。
まるで『さとり』のよう。山道を往く旅人の前に現れ一方的な問答の末に喰らう鬼。だとすれば両目を覆う包帯にも納得がいく。

だとすれば自分は鬼女なのだろう。
逃げ場を塞ぎ毒を飲ませ弄んだ挙句に男を喰らう女郎蜘蛛。

滝壺理后という少女の本質はそういうものだ、と自虐する。
自分からは何一つ動こうとせず、そ知らぬ振りをして見た目ばかり綺麗な巣を張る化生の類。

つつけば破れてしまう程度の仮初めの城を、守ろうとしてくれたのは他ならぬ彼だというのに。
本当はまったく関係ないのに、巣に絡め取ったのは他ならぬ自分だというのに。

それをただ、彼が不幸だったのだ、と一言で片付けられるほど滝壺は器用ではなかった。

292 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/06/25(土) 22:49:21.22 ID:ganFzmD0o
不幸だった、って無理やり納得しても狂ってしまう、納得できなかったらできなかったで傷だらけの未来しか待ってません、てことかよう……



浜面仕上という少年は確かに何の力も持たない無力な少年なのだろう。
けれど滝壺には自分の何倍も輝いて見えた。

網に架かったのが彼ならば、それはさながら蝶のよう。

暗い木陰に巣を張ったまま動かない蜘蛛からすれば羨望でしかない。
羽ばたき一つは小さくとも、その羽は確かに風を動かしている。
ひらひらと弱々しく、けれど確かに飛翔する小さな光。
天高く飛ぶ鷹にはなれずとも、地上近くを美しく舞うその姿は滝壺が知る何よりも美しく見えた。

けれど彼の、雨に濡れ破れた羽ではもう飛ぶ事はできない。
落下した蝶は運悪く蜘蛛の巣に絡め取られ、そして滝壺に出会う。

見た目ばかり花のように無害を装った毒蜘蛛。
けれどその本質を知ってなお、蝶は自分を愛でてくれるだろうか。

……、……。

「はまづら」

躊躇い、口を開いた。

何をどう捏ね回しても言い訳にもならない。
その理性がどうであれ、本能には抗えない。
ごめんなさいと何度口で謝ろうとも結果は変えられないのだ。

どう足掻こうとも蜘蛛は飛べず、蝶にはなれない。
そして彼もまた、きっと二度と飛べない。

だったらせめて――自分が一番嫌な方法で、一番それらしい過程を演出しよう。

彼の羽をもいだのも滝壺で、彼を殺すのも自分。
そして自分は彼のために、彼のように死ぬ。

どんなに羨望しようとも蜘蛛に空は飛べない。
地に向かって真っ逆さまに落ち潰れる末路しか存在しない。

身の程を弁えず蝶に憧れた醜い異形にはちょうどいい。

けれどどうしてだろう。
蝶に蜘蛛の気持ちなど分かるはずもないのに。

「ん――――」

口付けは甘い蜜のようで。

もしかしたら食べられるのは自分の方じゃないのかと滝壺は思ってしまうのだ。



滝壺は手を伸ばし彼に触れる。
少しばかりの湿りと、しなやかな肌の感触。

触れた温もりをもっと欲しいと思ってしまう。
体を近付けようと腰を浮かせ、体重を前に。

今度は浜面から舌を絡めてきた。
歯の一本一本まで愛撫するように優しく撫でる。
自分のものとは違う唾液の味が味蕾をくすぐる。

甘噛みする唇は柔らかく、滝壺には何もできなかった。
ふらふらと、酔ったように思考が安定しない。彼の唾液はどんな火酒よりも甘く、熱かった。
自分の舌は痺れたように動いてくれず、かといって顎を動かせば彼の舌を噛んでしまう。

どうせならここで舌を噛み千切って欲しいと、まるで夢みたいな事を思ってしまう。
彼にそんな事が出来るはずがないのは十分に承知している。
けれど願わずには――呪わずにはいられない。
そうでもしなければ自分は彼を食い殺してしまうだろうから。

「……はまづら」

ようやく唇を離され火照った息をほうと吐き、滝壺は彼の名を呼ぶ。

「えっと……ごめん、服」

見えないけれど記憶にある先ほどまで自分が纏っていた衣服を言葉だけで示す。
皺になるからと小さく呟いてから、その一番上に置いたのは最後に脱いだ下着だっけ少しばかりの羞恥心を覚える。

「ん……」

随分と情緒に欠ける言葉とは思うが、元よりそんなものは期待していない。
浜面に滝壺の思惑が知れてしまっている以上この場の空気は最悪にまで冷え切っているのだから。



衣擦れの音と共に浜面の気配が移動する。
浜面の動きが部屋の空気に流れを生み、それを滝壺は肌で感じる。
小さな音の後、そちらから小さな足音が近付いてくる。

そして差し出された手が滝壺の頬に触れるよりも早く、その手を握る。

「――――」

息を呑む気配。驚かせただろうか。
指を絡め組み握る。それから包むようにもう片方の手を重ねた。

「はまづらってね、稲穂みたいな色に見える」

テレビなんかの映像でしか見た事がないけれど、と苦笑する。
本当は彼女を想起させるような言葉を使いたくなかったのだけれど。

まるで金色みたいに彼の色は見える。

それは日の光に当たってこそなのだろうけれど。

「能力?」

「うん」

落ち着いて集中すればごく近い距離であれば暴走時の真似事くらいはできる。
『能力追跡』は本来、無能力者を相手ではAIM拡散力場が弱すぎて感知できないのだけれどこういうノイズのない場所でなら話は別だ。

「……馬鹿」

そう言われ、額にキスされ、そしてベッドに優しく押し倒された。

「オマエ、なんで包帯巻いてるんだよ。また病院にとんぼ返りなんて嫌だからな」

「……ごめん」

浜面の言い分ももっともだ。
滝壺の能力は特殊すぎる。『暗闇の五月計画』により人為的に改造されている不自然な代物だ。
暴走に慣れてしまっている以上、通常の能力使用でも暴走状態に陥らないとは限らない。

だから、なのだろうか。それとも。

「大丈夫だよ……オマエから離れたりしないから」

浜面はそう優しく囁いて、頬にキスした。



「……触るぞ」

前置きなんてしなくてもいいのに、と滝壺は苦笑する。
こういう変なところで律儀な彼が何故だか妙に可愛く思えてしまう。

返事の代わりに力を抜き、両手をシーツの上へ投げ出す。

「んっ――」

硬い指先が鎖骨の辺りをなぞる。
僅かに違う体温に反射的に少しだけ体が強張ってしまう。

滝壺の反応に少し戸惑ったのか指先に掛かる力が薄れた。
けれどそのまま無言で身を任せれば、手の動きが再開される。

首筋からゆっくりと下へ。
くすぐったいような蕩かされるような変な気分だ。
肌を撫でる動きは天鵞絨を扱うように優しい。

けれどそれでは足りないと思ってしまう。

「はまづら――」

彼の名を呼び、お願いだからとシーツを握る。

「もっと――強くして」

いっそ壊すほどに、強く、強く。
自分のような存在が彼に優しくされていい道理などない。

なのに浜面は滝壺の右肩に口を寄せ、ほんの少し強く吸う。

「っ――」

小さな痛みが起こる。
それから浜面は吸い付いた箇所を唇で柔らかく挟み、傷口を舐めるように舌でなぞる。
肩の痛みは一瞬で、すぐに痺れるような甘いものへと変化した。
小さな痛みが脳を刺激し、感覚がより鋭敏になる。ちりちりと小さな火花が爆ぜるよう。

「悪い……痛かったか」

浜面の言葉に無言のまま首を大きく左右に振る。
そして手を伸ばし、浜面の頭を優しく抱き寄せた。



「ん……っ」

今度は鎖骨の下。また焦れるような痛みが生まれる。

小さな傷痕だ。すぐに治ってしまうだろう。
内出血の赤は服を着てしまえば分からない。

けれどもっと傷付けて欲しいとせがむように滝壺は浜面を抱き締めた。

永遠に消えない傷痕が欲しかった。
女の場合それはとても分かりやすくて、それをきっと分かっている。

重い――だろう。
滝壺はある意味介錯にも似た行為を彼に求めている。
なのに彼は嫌がる素振りも見せず――きっと優しげに苦笑して。

……そうしている間にも浜面の右手は腋を掠め、二の腕を撫でた後、胸の膨らみへと向かう。
指を押し返す服の上から見ただけでは気付かなかった柔らかさに、着痩せするんだな、と妙に冷静な感想が浮かんだ。

「あ……」

思わず口から零れたのだろう。
その言葉は驚きなのか、戸惑いなのか、それとも歓喜なのか。

「悪い……加減とかよく分からない、から」

「…………」

彼女の事だ。
こうして優しく愛撫するよりも、乱暴に、握り潰すほど滅茶苦茶にされる事を望んでいただろう。
けれどそれを口に出そうとはしなかった。言ったところで浜面が聞く訳でもないし、余計に罪悪感を持たせる事になるだろう。

そういう滝壺の想いが分かるからこそ。

「悪い」

もう一度謝って、浜面は胸に触れる指を動かす。
上気した肌は指に吸い付くようで、力を込めれば心地よい抵抗が返ってくる。
白い肌は酒に火照るように淡い桜色に染まり、薄っすらと汗ばんでいる。

その奥にある鼓動を柔らかい肌を伝い感じる。
心臓は早く強く脈打ち、彼女の小さな体が弾けてしまいそうな気さえした。



滝壺の嬌声が麻薬のように脳に染み込む。

なのに浜面の思考は真っ二つに乖離していた。

片方は滝壺を、腕の中の少女を慈しむものだ。
抱き締め、キスして、愛したいと思う気持ち。それが彼女の本意であろうとなかろうと構わないほどの強い衝動。
二つの愛欲は本来同じものだろう。ならばこそこうして浜面は滝壺を抱きたいと思っているし、彼女の涙を癒したいと思っている。

けれどもう片方は、妙に冷めた様子で、一段高い場所から眺めているよう。
どんなに抱き締めても、キスしても、それが彼女を癒す事はない。
飯事、児戯に等しい愚行。言ってみれば自慰行為のようなものだ。
愛しい彼女の涙を乾かそうと優しく慈しみ抱く自分に対する陶酔――反吐が出る。

それは二人とも同じだろう。
この鼓動も、体の熱も、浜面が指に挟み優しく刺激する突起も、滝壺の腿に触れる熱く硬い部分も。
愛欲に因るものなのだと思う一方で単なる生理現象に過ぎないと切り捨てる。

けれど止める事はできなかった。

どんなに自分が醜悪だろうと。
本来愛を示す行いが相手を傷付けるだけの自己満足に過ぎなかろうと。

それをお互いに理解しあいながらも、二人は相手を求める事しかできなかった。

「……、……」

どうにも言葉にする事ができなくて、浜面は触れる手の動きでその先を示す。
胸からゆっくりと下へと手を動かす。
僅かに浮いた肋骨の硬い手触りを感じながら臍の横を過ぎ、腿の付け根の関節を指先でなぞる。

「……ん」

それは吐息だったのか、それとも応答の声だったのか。
結局判断が出来なかったが、下半身の力が僅かに抜けた。
柔らかい和気を梳かすように撫で、その先、足の間へと手を伸ばす。
そこは確かに潤んではいたけれど――十分ではない、だろう。多分。



ほんの少しのぬめりを指にまぶすように、力を抜き二、三度掠めるように指を沿わせる。

「ふ――」

滝壺の口から漏れた声が悲鳴なのか嬌声なのかも分からない。

触れた部分の粘膜が指の動きに合わせて引き攣る。まるで真新しい傷痕を撫でているようだ。
指を離そうとすればほんの少しの貼り付いたような感覚がして、ぺりぺりと生々しい音まで聞こえてきそう。

少し考えて、浜面は手を離す。
そして自分の口に指を含んだ。

甘酸っぱくどこか生臭い、独特の味が舌を刺激する。
自動的にそうなっているのだろうか。自然と唾液が分泌され、何度か舌で転がし指にまぶす。

零れそうなほどに濡らし、これなら大丈夫だろうと再び滝壺の割れ目へとあてがい、摺り込むように撫で付ける。
少し力を入れればぬるりと指が柔らかい肉の間に滑り込む。
内壁に指を押し付け擦ると、やがて奥の方からじわりと何かが溢れてくる。
それを更に塗し、指の関節だけでゆっくりと解すように動かす。

「――――つ」

ほんの少しの引っ掛かりを感じると同時に滝壺の体が強張る。
明確な苦痛だった。爪が内側を引っ掻いたのだろう。
そういえば爪を切ったのはそれなりに前の事だったような気がする。

「……ごめん」

一言謝って滝壺の頬にキスする。
そしてまた躊躇うように少し考えてから。

「――はまづら?」

急に体を離したからか、滝壺の戸惑いの声が聞こえた。



「ごめん」

もう一度謝って。

「力、抜いてくれ」

その一言で理解したのだろう。
困ったような気配で小さく身動ぎした後、滝壺は。

「……ん」

軽く立てられた両膝に手を置き、罪悪感を感じながらも押し開く。

直視したそこは、何というか――生々しい――と思ってしまう。
生殖器という、生々しいとしか表現しようがない代物が少女の一部であるという事実。
それはどこか退廃的で、神秘的で、同時にグロテスクに思える。

「――」

目を瞑り柔らかな唇に口付けする。
鼻先を淡い毛先と、滝壺の香りがくすぐった。
唇で挟むように揉み解し、舌を伸ばし内側を擦る。

「や……っあ……」

目を閉じた分、他の感覚が鋭敏になっているような気がする。
滝壺の声に苦痛の色はなく、甘いものを帯びている。
先程の指に絡んだものよりも何倍も濃い風味は舌を焼くよう。

後頭部に細い指が添えられ、けれど力の所在に困るような気配を感じる。
どう反応していいのか分からない――のだろうか。

羞恥と、官能と、罪悪感。異なる複数の感情が綯い交ぜに堂々巡りを繰り返す。
挙句、滝壺は何も言えず、浜面にどうする事もできなかった。

思考とは関係なく、舌を動かすたび滝壺の肢体は反応する。
頭の上から滝壺の切なげな吐息が聞こえる。
それがどうにも嬉しくて悲しくて、浜面は舌を動かし続けた。

汗の匂いと体液の匂いにくらくらとする。酔ってしまったようだった。
奥から溢れてくる蜜を舌に絡め、出来る限り優しく滝壺の中をまさぐる。



どれくらいそうしていただろうか。
浜面はただ滝壺に少しでも楽になってほしい一心で――実際のところ浜面自身が楽になりたかったのだろうが――滝壺を愛撫し続けていた。

時間の概念さえもどこかに忘れてしまったようだった。

「っ……はま、づら」

くしゃりと髪を撫でられる。

「もう……大丈夫、だと思うから……」

そう浜面に言う滝壺の声は甘く、けれど何故だか悲しげに聞こえた。
彼女がどのような思いで浜面の行為を受け入れていたのか。浜面にそれを知る術はない。
そもそも自分の想いすらどういった質のものなのかも分からずに、まして他人のものなど分かるはずもなかった。

だからせめて。
体だけでも繋がりたいと。そう思うのだろう。

「……ん」

短く返事をして浜面は体を起こし、自分と滝壺のもので濡れていた口の周りを拭う。
そのまま滝壺に覆い被さるようにベッドの上を這い進む。

恐る恐ると顔の方へ伸ばされた右手を取り、優しくシーツの上へ降ろす。

「あ――」

そして自分の右手も彼女の顔へと。
親指で頬をなぞると手を重ねられ、ゆっくりと引かれる。
その動きに合わせ指を絡ませ、同じようにシーツに押し付けた。

ゆっくりと腰を進め、お互いの部分を合わせる。
何度か擦り付けるように往復すると、それだけで快感が感情を無視し背筋を駆け上がる。

もう自分が何を考えているのかすら定かではない。
理性と本能と思考と感情とがぐちゃぐちゃに混ざって混沌としている。
ただ何故だか無性に泣きたいのに涙は一滴も零れてくれなかった。



誤魔化すように彼女の両目を塞ぐ包帯の上からキスをした。

「――――」

「っ……悪い。痛かったか」

自分の短絡的な行いに後悔する。
けれど滝壺は小さくゆっくりと首を振り。

「ううん。少し、びっくりしちゃっただけ」

優しくそう言うのだった。

「嫌だな……顔、見えない」

滝壺の言葉に、お願いだから今だけは見ないで欲しい、と浜面は思う。
きっと今自分は酷い顔をしているだろう。こんな表情を彼女には見せたくはない。
こんな顔を見せてしまえばきっと彼女を傷付けてしまう。

だからと言うように、零れてくれない涙の代わりになるかは分からなかったけれど、相手の名前を呼んだ。

「滝壺……」

名は呼ばず、姓で。

「――はまづら」

それが二人の最後の境界線だった。
きっと名を呼んでしまえば歯止めが利かなくなる。
最後まで、壊れるまで転がり落ち続けるしかできなくなる。

それもきっと、決して悪くはないのだろうけれど。

人影が三つ、脳裏にちらついて離れない。

だから浜面は滝壺だけを感じようと、目を閉じ、肌を重ね。



「」



もうそれ以上の言葉はいらないと口を塞いだ。



ゆっくりと、けれど強引に腰を進め滝壺の中へと割り進む。

慣れぬ部位だからだろう。緊張と弛緩を繰り返し痙攣しているようだった。
締め付けは暴力的ですらあるのに、どうしてだろうか。まるで彼女に抱擁されているようで浜面はまた涙が浮かびそうになる。

だから代わりに、繋いだ手を強く握り。
それに滝壺が応えるのを合図に、強く押し込んだ。

「――――っ」

何かを引き千切るような嫌な感触と共にずるりと奥まで進む。

痛みに堪えるように滝壺の全身に力が入る。
けれど彼女は、唇を引き結び、繋いだ手を痛いほど握るのに苦痛の声を漏らそうとはしなかった。

こういうとき、男だけ卑怯だと浜面は思う。
彼女の痛みの何分の一かでも共有できればと思ってしまう。

そんな事は無理だと分かっている。だが後ろめたくもあるのだ。
心はこんなにも痛むのに、体は腹が立つほど素直で、こうしているだけで背筋が寒くなるほどの快楽が競り上がってくる。
手の甲に食い込む爪さえも快感に摩り替わってしまう。

そんな自分は途方もなく嫌らしい生き物なのだと再確認する。

けれど苦痛に歪む彼女の唇がどこか微笑しているようにも見えて。
もしかしたらこの手に感じる爪の鋭さこそが今彼女の得ているものなのかもしれないと夢想してしまう。

だからせめて、その痛みを少しでも和らげたいと浜面は滝壺に口付けする。
溺れるようなキスは息の仕方さえ忘れてしまったよう。

押し潰された胸が細かく上下する様が。噛み付くように重ねられた唇が。縋るように握られた手が痛々しくて。

なのにどうしてだろうか。

そんな滝壺が何よりも愛しくて浜面は彼女の暴力的な行為を甘んじて受け止める。

(……ああ、そうか)

滝壺の歯が掠め、唇に小さく鋭い痛みが走り舌先に鉄錆の味を感じ、同時に浜面は悟る。

(もしかしたら滝壺も、きっと)

今浜面が胸に抱く不確かな喜びを彼女は持っているのかもしれない。
そう思ってしまうのだ。



初めて下腹部に感じる圧迫に、滝壺は違和感とは別の何かを得ていた。
あえて例えるならば充足感のような。欠けていたものが埋まったというもの。
それは異物ではない。本来そうあるべきものなのだ。
最初からそう設えられていたようにぴったりと納まっている。

鍵と錠の関係のように。それ以外では埋まることのない唯一無二。
ならば自分は始めからこうなるよう生まれてきたのだろうと滝壺はぼんやりと考える。
滝壺理后という少女は浜面仕上という少年のためだけに存在する。
そんな自惚れのようなことを思ってしまう。

けれどその鍵は、たとえどれだけ一致したとしても開けられることはない。

眼にちりちりと沁みるような感覚がある。
涙を浮かべているのだろうか。
だとしたらどうして、と思って滝壺は心中で首を振った。

(何だっていい)

嬉しいのだとしても、悲しいのだとしても、痛いのだとしても、それは彼によって生み出されたものだ。
彼のために流す涙なら、きっと。

「ん……っふ……」

乱れていた呼吸が落ち着きを取り戻してきて、滝壺はそれまでと少しだけ違うキスを浜面にする。

言葉に出さずとも伝わると思った。
この奇妙な一体感は、もしかしたら自分の持つ異能の所為なのかもしれないけれど。

はたして傷口を抉るような痛みに滝壺は安堵と喪失感を覚える。
ゆっくりと埋まっていたものが引き抜かれ、そして再び挿入される。
どうすれば負担が少なくなるか、何となく分かっていた。体がそういう風にできているのだろう。

力を入れるべき場所、そうでない場所。
こんな壊れかけの体でもちゃんとそういう事は分かっていてくれたとどこかほっとする。

内腑を直接掻き回されるような感覚は多分その通りなのだろう。
脳がぐずぐずに溶けてしまったように思考が安定しない。
自分が今感じているものが痛みなのか快楽なのかも定かではなかった。

だから、と言うように。

「はまづら――」

思わず離してしまった唇から彼の名が零れる。

「もっと、強くして」

この感覚がどのような性質のものだとしても構わない。
どんなものだろうと、きっとそれこそが滝壺が望んでいたものなのだろうから。



「――――」

その言葉に浜面は答えられなかった。
口からは熱い吐息が漏れる。

そして強く、けれど出来る限りに優しく、滝壺を突き上げた。

「っ――ぁ――」

息を詰まらせた滝壺の嗚咽が押し出されるように微かに聞こえた。

初めてこの行為で生まれた小さな声。
ざわり、と心の中で何かが蠢いた。

「っ……!」

歯を硬く食い縛り、浜面はその衝動を強引に抑え込む。
優しくしたいと思う反面、攻撃的なものが同時に存在する。

食べてしまいたい、と。

柔い肌に噛み付き、優しく食い千切って甘い血と共に咀嚼したいとさえ思ってしまう。
本能に近い部分で浜面はそんな事を考えてしまう。

きっと彼女は喜んで受け入れるだろう。
だがそんな事は誰よりも自分が許せない。

だから噛み付く代わりに優しくキスする。

打ち付ける腰の動きは止まらない。
汗ばんだ肉と肉が触れ合うたびにどこか滑稽ですらある濡れた音が響く。

胸の動悸は治まる気配すらなく、どころかより激しくなっているような気さえする。
それは嫌でも今自分が生きているという事を実感させる。
滝壺の中は焼けるように熱く、そこが彼女の内側なのだと改めて思う。
内臓の持つ生の熱。ともすれば溶かされてしまいそうだった。



いっそこのまま何もかも忘れてどろどろに混ざってしまいたい。
現実は目を背け逃げ出したくなるようなもので、このまま時が止まってしまえばいいと思う。

けれど時は流れ続け、動きは止まらず、暴力的な快楽が思考を白濁させる。

――もしも、とつい思ってしまう。

もしも二人がこんな出会いをしていなければ、と。

普通の学生として暮らして、普通の出会いをして。

普通に笑い。

普通に泣き。

普通に恋して。

普通にキスして。

普通に肌を重ねて。

けれどそんな普通の人生を送っていたら二人は出会わなかっただろう。
今胸に抱いている感情は生まれなかっただろう。

それがどれほど救いようのない醜悪なものだとしても。
考えるだけで泣きたくなるような代物だとしても。
これこそが二人の、たった一つの想いのカタチだと信じていたかった。

だからだろうか。

「り――――」

つい、彼女の名を呼んでしまいそうになる。
愛していると叫んでしまいそうになる。

本当にそう思っているのかすら定かではないのに。
そして何よりも彼女自身がその言葉を拒絶しているのに。

「――――し、」

それはきっと滝壺も同じだったのだろう。
けれど彼女の唇からその言葉が零れてしまう前に塞ぎ。

「っ――――!」

叫びそうになる衝動をも呑み込んで、浜面は滝壺の一番奥に突き入れる。
そして彼女の中に、想いの代わりに吐き出した。



滝壺の腹部に突き刺さったものとは違う熱がじわりと広がる。
その事に得体の知れない安堵感を覚えながら滝壺は喘ぐように口を吸った。

同時に、妙に醒めた感覚で漠然とした達観を持っていた。

「…………あ」

離した浜面の口から始めに漏れたのはそんな呟きだった。
事が終わってしまった途端、唐突に冷静な思考が回復する。

「悪い、中に……」

「……ううん。多分、大丈夫」

何が悪いのだろう――と微かに過ぎった思いを無視して滝壺は首を振る。

「なんとなくそう思うの」

それに自分にまだ子を宿す機能が残っているのかすら分からない。
と言うと、きっと彼はまた酷く傷付いたような顔をするだろうから言わないでおく。

代わりに笑っておいた。

――でも本当は、少しだけ残念だった。

彼の子ならきっと、と思いそうになる思考を強引に切り替える。

――こんな地獄になんか、誰だって生まれてきたいとは思わないだろう。

言い訳じみているのは分かっている。
けれどそうでも思わないとどうにかなってしまいそうだった。

「生まれても祝ってもらえないなんて、かわいそだもん」

その言葉に何か言おうとする口を滝壺は優しく塞いだ。
甘いはずの唇は、何故だかとてもしょっぱく感じられた。





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