とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 01


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――「時よ止まれ。汝はかくも美しい」

      この地上での私のこれまでの足跡は

      未来永劫滅びる事はない。―

      そういう幸福の絶頂を予感しながら

      いまこの最高の瞬間を味わおう。



『ファウスト』

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ



ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




                              幕前

                   (或いは幕前2、終章への序曲、そして)



                          『え に し』





――――――――――――――――――――

重い眠りから覚め目を開くと、頭上には見慣れない天井があった。

「………………」

何か夢を見ていた気がする。

とても幸せな、けれど儚い夢。
夢の中で、短い人生の中で何よりも満ち足りていた事は朧げながら覚えていた。

それがどういう内容だったのかは覚えていない。
目覚めと同時に、かりそめの幸せが霧散してしまったような気がする。

けれど今現在の自分はきちんと起きているのか、それともこれはまだ夢の続きなのか。
どこか朦朧とした頭ではそれすらも判断ができなかった。

幻想と現実の境界が曖昧なまま御坂は眠い目を擦る。

そこでようやく気付いた。

「あ――――」

指に湿りを感じる。
目尻を拭うと涙の粒が指に掬い取られた。

この涙はどうして出てきたものなのだろうか。

悲しかったからか。
それとも、夢の中で何よりも幸せだったからだろうか。

箱の中に閉じ込められた夢の中身など観測できるはずもなく、結論は出なかった。



「目、覚めた?」

視界の外、横たわるベッドの脇から掛けられた声に御坂は首だけを緩慢に動かし視線を向ける。

金髪の少女がそこにはいた。

長い髪の少女だ。
頭に乗せたベレー帽から零れる金色の髪はゆるいウェーブを描き肩を撫で、背筋へと流れている。
御坂の眠っていた大きなベッドの横、高級そうな木椅子の上で膝を抱えて彼女はこちらを見ていた。

蹲るような格好。ともすれば足とスカートの間から下着が見えそうですらある。
少しでも恥じらいがあるならば年頃の少女のする事ではないだろう。
しかし彼女は気にする素振りも見せず抱えた膝の上に頬を乗せ、御坂と顔の向きを合わせる。

「どう? まだ――眠っていたい?」

金髪の少女は微かに笑むとそんな事を言った。

「結局、アンタがそうしたいなら私がそうさせてあげるわよ。ずっと、ずーっと、幸せな幻想に浸らせてあげる。
 現実なんて直視するだけで目が潰れちゃいそうだもの。それなら目を瞑っちゃって甘い夢の中をたゆたってた方がきっと幸せよ?」

「……夢……?」

「そ。一炊の夢って言葉があるでしょ? 夢の中では時間は永遠に存在する。
 人の脳なんてどんなスパコンだって敵わない超高性能演算機よ。
 結局、それにかかれば一瞬の間にだって一生分の時間を過ごせる訳よ。
 死ぬまで眠り続けたとして、その一生の間にどれだけの人生が送れるかしらねぇ?」

彼女はどこか自嘲的に、歌うように言葉を紡ぐ。

変わらず微笑んだまま。

けれどそれはどこか――仮面のように見えて。

顔を真っ白に塗ったサーカスのピエロを思い出す。
どんな事があっても笑っていて滑稽におどけてみせる道化師。
けれどその目の下には大抵、涙の模様がひとしずく描かれているのだ。

その小さな模様が目の前の金髪の少女の頬にも描かれているように見えて――。



「でも……、……」

言葉を紡ぎかけて御坂は口篭る。

でも、の後に続く言葉。

どんなに幸せだろうと夢は夢でしかない。
現実に生きる人々にとって泡沫の幸福は憧憬こそしても身を委ねてはいけない。

甘い蜜で心を蝕む幻想は性質の悪い悪夢だ。
一度飲まれてしまえば二度と目覚める事はない。

それでもその蜜の海を漂っていたいと思ってしまうのは――。

「……」

でも、と口には出さぬものの思考の中で再度の否定が生まれる。

きっと彼女の言う通りにした方が幸せなのだろう。
けれど何かがその邪魔をする。

何か。

誰か?

思考に靄が掛かっているようだった。
寝起きだからだろうかと考えて否定する。だとしても思い出せないはずがないのだ。
それは自分にとって何よりも大切な――、

大切な? 何が?

思い出せない。

絶対に忘れてはいけない、忘れようと思っても忘れられないはずの存在がそこにはあるはずなのに。

記憶のアルバムの中でそこだけが塗りつぶされたように思い出せない。


何かがおかしい。
けれど何がおかしいのかが分からない。

どれだけ思い出そうとしても――[[ 禁則事項です ]に関する事だけが思い出せない。

いや、失ってしまったのではない。
思い出そうとする行為自体ができない。

思い出せないのではなく、思い出そうとする事ができない。
それに関する事象を回想する事そのものが禁忌に触れるかのように。
記憶の水底にある扉の前に立てども鍵もなく、中に何が入っているのか分からない。

これではまるで[[ 禁則事項です ]みたいじゃない、と御坂は思う。

でも、とても恐ろしいものが封じられている事は理解できた。

まるで禁断の果実のよう。

食べてしまえば後戻りはできない。その先に破滅が待っている。
楽園のような一瞬の永遠は破壊され荒野を放浪する事になる。

けれど――。

「……ねえ」

御坂は一度目を強く瞑り、それから再び開き、金髪の少女を見据える。

「これ、アンタの仕業?」

「結局、何の事かしら」

よくもまぁぬけぬけと、と御坂は思う。
白々しいにもほどがある。動かない頭でも彼女がしらばっくれている事くらいは判断できる。

いや、むしろ彼女こそそうと分かるように振舞っているだけなのだろうか。



御坂はどこか虚ろな表情のまま金髪の少女に言葉を投げる。

「分かってるのよ。頭が上手く働いてない。不自然なくらいに。これでも一応自分の事は自分が一番知ってるつもりよ。
 特に神経作用の中身。生体電気の通信回線。あと脳波。仮にも最高位の電撃使いっていうくらいなんだからそれくらいの事は分かるわよ」

「やっぱり分かっちゃう?」

「そりゃあ、ね」

相変わらず微笑みを崩さぬまま彼女は肩を竦めた。

「世の中知らない方がいい事だってあるのよ? 雉も鳴かずば撃たれまい、ってね。
 結局、知恵の木の実を食べなければエデンを放逐される事もない。生命の木の実だけ食べてればいいのに。
 私はそれをそそのかす蛇じゃないし、アンタもそれくらいは分かるわよね? それは知恵の実じゃなくてパンドラの箱よ?」

「神話が違うわよ」

「細かい事言わないの。結局アレよ。様式美って奴」

御坂の指摘に金髪の少女はそう嘯いた。
対照的に御坂は無表情のまま僅かに目を細める。

「あと、その話を出すって事はやっぱり、私の頭の中身弄ってるわね」

その言葉に彼女もまた目を細める。
愉快そうに、ともすれば寂しげに。

「少し語弊があるわね。結局、私はアンタの思考の先をちょっとずらしてるだけ。洗脳じゃなくて思考誘導って訳よ。
 もっと直接的に弄り回すならそんな発想すらできないようにもできるってのは分かってるでしょ? アンタ私よりも頭いいはずなんだから」

「そうね」

嘆息し、御坂は体を起こす。
ベッドの上に腰を下ろしたまま、御坂は金髪の少女を正面に見据え、そして。

「直接会うのはあの時以来、二度目かしら、第五位。こうして話すのは初めてだと思うけど」

「そうね。久し振りって言った方がいいかしら、第三位。センパイって呼んでもいいのよ?」

無表情のままの御坂に『心理掌握』の少女はにこりと微笑んだ。

19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 22:29:04.50 ID:LrbQxZtRo [7/9]
「結局、頭が良すぎるっていうのも考え物よね。要らない事にまで気付いちゃうんだから」

肩を竦める彼女を無視する。
どうせ何か言ったところで彼女は気にもしないだろう。

「やーねえ。そんな事ないわよ。傷ついちゃうなぁ」

「勝手に思考を読まないでくれる?」

「無理無理。現在進行形でアンタに能力使ってるんだもの。結局、表層意識くらいは勝手に掬い取っちゃうって訳」

「プライベートの侵害って知ってる?」

「私がいまさらそんなの気にするはずないに決まってんでしょ」

言って彼女はけらけらと笑う。その様子に苛立ちを覚える。
そういう感情すらも相手に知られていると考えるとどれだけ嫌な性格をしているのだろうと思う。

「心配しなくてもいいわよ。結局、自覚はあるから」

「心配なんかしてないわよ」

呆れたように御坂は前髪を手で掻き上げ、溜め息を吐いた。
口にしていないこちらの思考にそのまま返答されるのは激しい違和感を伴う。

精神感応系の能力者は数こそそれなりにいるものの、どれもかなりの制約を伴う。
相手が心を許していたり、特定の相手にしか通じなかったり、あるいは特定の感情や思考しか受け付けなかったり。
御坂の友人にも一人その手の能力者がいる。彼女の場合も例外ではないし、思念を呼びかけとして送らなければ通じない。

しかし彼女……『心理掌握』は違う。
最高位の精神感応能力者。ある意味では御坂と同じような、ごくありふれた能力を突き詰めた結果の超能力者。

それは文字通りの万能を意味する。
精神、記憶、認識、感情。およそ心と称される脳の司る機能全般を自在に操る能力者。
それが自分であろうと他人であろうと関係ない。彼女の場合はたとえ精神操作を行ったとしても誰にも気付かれないよう完璧に行えるという。
もはやそれは洗脳ですらない。人格破壊や再構成の域に達している。

電磁を司る超能力者の御坂だからこそ脳の生体電気を操作する事である程度操作できるが、
そうでなければごく一部の例外を除いて抵抗する事すらままならない。

「それで……いい加減に干渉するのやめてくれないかしら。頭の中身を好きにされるのってかなり気分が悪いわ」

そういう域の相手だからこそ序列では上位の御坂であろうとも多少の抵抗はできても跳ね除ける事はできない。
相手が手心を加えているという部分もある。彼女が本気でかかれば御坂であろうとも疑問すら持つ事は許されないはずだ。



御坂の言葉に彼女は目を細めた。

「いいの?」

と彼女は尋ねる。

「現実なんて本当に、どうしようもなく最悪な代物でしかないわ。
 それは誰しも同じ事。結局、都合の悪い事から目を逸らして生きるしかない訳。
 違うと言える? どんなに酷い真実がそこにあったとしてもアンタは直視できるの?」

「…………」

彼女の言葉に御坂は少しの間沈黙する。

この言葉が真実だとすれば、そこには相当の事実が隠されているはずだ。
見るだけで目が潰れ心が折れかねない最悪の深淵。
覗き込んでしまえば真っ逆さまに転落するしかないような、どうしようもない不幸な出来事。

けれど、だとしても。

そんなどうしようもない事実に直面しても[[ 禁則事項です ]は――。

「っ――」

「無理しないのって。こっちだってアンタが思ってるほど万能じゃないのよ。
 ピンポイントで抑えて加減するのかなり難しいんだから。あんまり無茶すると脳が焼き切れるわよ」

一歩間違えれば廃人化してしまうと彼女は平気な顔をして言ってみせる。
実際御坂が抵抗できるのならば力は拮抗している。それを無理に捻じ伏せようとすれば負荷が掛かるのは当然だ。

なまじ力が強い者同士その力は莫大なものといえるだろう。
薄氷を踏み歩くようなその拮抗のバランスを調整し続けている彼女の力はやはり本物なのだろうが――。

「……それでも」

御坂は無意識の内に唇を噛みながら小さく言った。

「私は、現実に生きてるから」



「……」

御坂の答えに彼女はまたどこか悲しげに微笑みを返し。

「結局、アンタはそう言うだろうと思ってたけど。
 良くも悪くも平和ボケした頭だこと。どうなっても知らないから」

「ありがと」

「どうしてそこでそんな言葉が出てくるのよ」

「だってそうでしょ? アンタは私が辛い思いをしなくて済むようにしてくれてたんだから」

「……」

彼女は無言のまま笑っているような泣いているような顔を御坂に向ける。
そこにどんな感情が込められているのか御坂には分からない。

「――フレンダよ」

「え……?」

突然出てきた名前に御坂は思わず小さく声を漏らした。

「フレンダ=セイヴェルン。結局、それが私の名前。
 もっとも『私』はもうとっくに名前なんて失くしちゃったんだけど」

その言葉の裏に隠されたものがどういう類の代物なのか、御坂には判断が付かない。
けれどきっとそこに込められた思いは――。





「起きなさいアリス。お伽噺の時間はもうお終い」





そして、全てを思い出した。



「………………」

「………………」

長い、長い沈黙があった。

上条当麻。彼の事。

掛け替えのない存在の事を全て思い出した。

たとえそれが能力に因るものだったとしても決して忘れてはいけない人。
誰よりも大切だった人。なのに忘れてしまっていたという事実にどうしようもない憤りすら感じる。

先に沈黙を破ったのは御坂だった。

「――――――あは」

小さな声にフレンダは目を伏せる。

そんな彼女には目もくれず御坂は歪ませた顔に手を当て俯いた。
御坂はこの時ようやく自覚する事となる。

彼の死を。



現実を知ってもなお、その事実を忘却してしまっていた自分に対する憤りしかないのはどういう事だ。



「そっかぁ……」

確かにこれはどうしようもない最悪だ。
なまじ頭の回転が早いだけに瞬時に御坂は自分の置かれている状況を理解した。
なぜフレンダが能力を使ってまで封印していたのかを理解した。

ああ、と呟いてベッドの上にどさりと倒れ込んだ。

「最悪だ、私」

心の防衛本能なのか、それともとっくに闇に飲まれてしまっていたのか。
その真偽は杳として知れないが。

「ごめん、当麻。私壊れてるみたい」

悲しみも怒りも、湧いてこない。
幸せだったつかの間にすら思いを抱けない。

涙の一筋さえ流れない。



「……今からでも」

ベッドに仰向けに倒れ込んだ御坂に、フレンダは変わらぬ微笑を向ける。

「アンタが望むなら記憶を消せるわよ。壊れてる部分は戻らないけど新しく作る事ならできる。
 アンタの記憶を書き換える事だってできる。そうすれば全部忘れていつも通りの日常だって送れるだろうし。
 結局、何なら夢を見させてあげましょうか。私は現実を作る事はできないけど幻想なら作れる。
 アンタが望むままの最高に幸せな幻想を、ずっと、永遠に、幾らでも味わわせてあげることもできるよ」

「いらない」

フレンダの提案に御坂は即答する。

「どんなに最悪でも、私の生きている現実はこれよ。
 大切だった人の記憶まで壊される訳にはいかないわ」

「……そう言うと思った」

フレンダは小さく溜め息を吐くと立ち上がり、ベッドを迂回して部屋の反対側へと歩いてゆく。
その様子を視線で追いようやく御坂はこの場所がどこなのかを知った。

見る限りだが、高級そうなホテルの一室。
部屋が暗い事にもようやく気が付く。

夜なのだろう。一体あれからどれだけの時間が経ったのか。
視線を巡らせベッドに内蔵されているデジタル表示の時計が目に入った。
日付は変わっているがまだ午前二時過ぎ。半日も経過していない。

「何か飲む?」

声に体を起こしそちらを見ると、部屋の隅に備え付けられた冷蔵庫の前にフレンダが立っていた。

がちゃ、と小さな音を立てて冷蔵庫の戸を開く。

「――――――」

中にはミネラルウォーターのボトルやアルコールの缶が幾つかと。

そして。

人の腕が入っていた。



フレンダは扉の裏にあるラックからミネラルウォーターのボトルを一本取り出し、
扉を閉める事なく手にボトルを提げたまま視線を庫内に向け続ける。

「結局、エンバーミングっていうんだっけ?
 本来の用途とは違うらしいけど。ほとんど加工もせずにこの状態だっていうから凄いわよね。
 これで常温でも数週間、冷蔵庫に入れとけば数年はもつってさ。他は損壊が激しくて無理だったらしいけど」

御坂の側には背を向けたまま、フレンダの表情は見えない。

「さすがに一人分丸ごとは駄目だったけどこれだけはね。後で何されるか分かったもんじゃないし」

まともな思考ができていれば明らかに異常だと分かるであろう言葉。
まるで決められた台本を朗読するかのような抑揚のない声でフレンダは語る。

彼女がどんな感情を抱いているのかも分からない。
序列第五位、『心理掌握』であるならなおさらの事。どんな状況だろうと彼女は自分の精神状態を好きに改竄する事ができる。

だが御坂にはそんな事はどうでもよかった。

「………………」

無言のまま、不安定なベッドの上を這うようにゆっくりと進み、真っ直ぐにフレンダの――いや、冷蔵庫の、その中身へと向かう。
一度ベッドの脇に降りきちんと歩いた方が早いだろうに、それすらも考える事ができていない。
ふらふらと夢遊病者のような態で御坂はゆっくりとそれに近付き――。

「ああ――」

どこか安心したような声を漏らした。
フレンダには一切目もくれず、御坂は彼の腕だけを見ていた。

「よかったぁ――」

開け放たれた冷蔵庫の前で、膝を突き、腰を下ろす。
そしてゆっくりと両手を伸ばし、冷たくなった彼の腕に触れ、硝子細工を扱うかのように優しく持ち上げると。

「私もまだ、壊れてないとこがあったみたい」

まるで神聖な物を捧げるように恭しく引き寄せ。

「当麻――」

愛しいその名を呼び。
柔らかく微笑み。

目を瞑り、彼の手に優しく口付けた。





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