とある世界の残酷歌劇 > 幕間 > 10


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鳴り響いていた音が消え去り再び静寂を取り戻した施設。

廊下で対峙していた能力者二人は、その間隙に生じた絶好の機会をお互いに浪費しあう。
その瞬間、絹旗は浜面と滝壺の身に起きたであろう不測の事態に気を取られ。
そして黒夜は――――。

「――なァ絹旗ちゃン」

声に絹旗ははっと我に返る。
他所に気を取られた一瞬の隙。絶好の機会だろうに黒夜はあろう事か絹旗に声を掛けた。

「私らは一体何なンだろォな」

そう問いかける。
ある種の哲学的な問いに絹旗は眉を顰め、少し考えて、そして警戒したまま答えた。

「何って、あなたは私にどォ答えて欲しいンですか」

「質問に質問で返すのはマナー違反じゃない?」

黒夜はニヤニヤと猫のような嗤いを向けたまま言葉を続ける。

「馬鹿どものいいよォに好き勝手に頭の中レイプされた挙句にさ、こんな掃き溜めでせっせとゴミ掃除だよ? やってられるかっての」

何故、と絹旗は思う。
彼女は一体何を言っているのだろう。

絹旗の感情を端的に表現するなら――何を今さら、だ。

絹旗も黒夜も元を辿れば、生まれは違うものの育ちは同じ。
たまたま同性同年代で、たまたま同系統の能力に目覚め、そしてたまたま同じような境遇だった。
そのために『暗闇の五月計画』において対照的なサンプルとして実験台にされた。

超能力者第一位『一方通行』の演算パターンを人為的に組み込むという実験。
その結果、片や攻撃に尖りすぎ、片や防御に特化しすぎた融通の利かない二つの能力。
ある意味では二人は双子のような存在だった。

だからこそ絹旗は思う。
何故今さらそんな事を問うのだと。
愚にも付かぬ議論はあの研究所でもう何百回と繰り返し――その結果はいつも同じだったというのに。



しかし黒夜は続ける。

「多分さ、何もかも最初から仕組まれてたンだよ。最近よォやくそんな気配を感じるよォになった。
 まだ影しか見えないし、それも視界の端をちらつく程度だけどね」

「――黒夜、あなた、何を言って」

「理解してもらわなくてもいいさ。これはただ、最後の事実確認だ。さっきはあの無能力者に邪魔されちゃったからさ」

は、と自嘲的に黒夜は失笑し――握り締めた右手を水平に突き出すように持ち上げる。
          、 、
「多分私の方が深いンだろォよ。アンタよりもちょっとばかし地獄の底に近かったってワケ。
 だからコイツに気付いたし、だからこそアンタも他の連中も何も分かっちゃいないンだ。
 ワケ分かンないだろォけどさ、絹旗ちゃンがもし気付いてたならきっと……また仲良く地獄巡りができたンだろォけど。残念だ」

べき、と黒夜が握った拳の中で何かが砕けた。

ばらばらと黒夜の手から何かが零れる。

透明なプラスチックの欠片だ。
彼女の能力によって粉砕され、その中身だけを置き去りにして砕けたケースの残骸が零れ落ちる。

「だからごめンね? 殺すよ」

――そして彼女は最後にやっぱり自嘲的に笑って。

開いた手の平の上に乗っていたケースの中身、白い粉を。

(――――体晶――!)

そのままごくりと嚥下した。



黒夜の問いに戸惑っていた絹旗にはそれを止める暇もなかった。

体晶の粉末を飲み込んだ黒夜は、一度びくりと体を痙攣させた後、眼を閉じ、深く、低く息を吐いた。

「――――ふゥゥゥ……」

そしてその両目が開くと同時に、突風が吹き荒れた。

「っ――!」

屋内、それも地下だというのにまるで台風のような風に絹旗は驚愕する。
身に纏った窒素の鎧があるために直接的な風は感じないものの、舞い上がった埃や砂塵、そして音が如実にそれを語っている。

絹旗の背後から吹き付ける豪風が何故発生したのか。考えるまでもない。

「ちょっと――本気、出してみちゃおォかなァ」

血走った眼で絹旗を見据え、震える声で笑った。

「だからさァ、アイツの演算パターンを組み込まれた私なら――同じ事ができるよねェ?」

風は黒夜の手元に収束している。
暴走状態の能力により窒素の槍がその手元に形成され、なおも質量を増し――

「さて問題です。空気、気体、たとえば窒素を限界を超えて圧縮したらどォなるでしょう?」

黒夜の『窒素爆槍』によりそのベクトルを操られ彼女の手元に超々高密度の窒素が生まれ。
そして気体の窒素はさらに上位状態に相転移する。

「ねェ絹旗ちゃン――プラズマって知ってるかなァァああああっ!」

叫び、駆ける黒夜の右手には超高熱を放つ三メートル強の光の槍が生まれていた。



プラズマの槍――いや、もはや大剣と称してもいい。
その高熱の前に絹旗の『窒素装甲』の防御は何の意味も成さない。
文字通り、熱したナイフでバターを切るように焼き切られるだろう。

「プラズマサーベルって……どこの三流SF映画ですか……!」

床を陥没させながら横薙ぎの切り払いを後ろに跳び退り回避する。

本来周囲に放射されているはずの高熱はない。
黒夜のベクトル操作の一端なのだろう。そもそも熱を封じていなければ即座に黒夜自身が蒸発しかねない。

しかしそれに触れれば――。

じゅあっ! と嫌な音を立てて光剣が払った先の壁に赤く抉られた傷を残す。
焼ける、溶けるどころではない。人体など軽く蒸発する。

「付き合えよォ、好きだろクソつまンねェ映画!」

「じょォだンじゃ……!」

暴走状態にあるというのに黒夜はそんな素振りも見せず、高揚こそしているものの確実に絹旗を追い攻める。
絹旗が突ける隙などない。唯一といっていい長所である防御力を無効化され絹旗は何もできずただ躱し続けるしかなかった。

「オラどォした絹旗ちゃーン! 私と同系異型って言うならちょっとは抵抗してみてよォ!」

右手の光剣を黒夜は振り回し叫んだ。
絹旗は歯噛みしながらもそれを紙一重で避ける。

そもそもの射程が違いすぎる。

黒夜のそれは数メートル。
それも能力によって形成された得物の重さはなく、掌からと基点は制約されているものの思うがままに操れる。

対し絹旗の『窒素装甲』は体から僅か数センチしか届かない。
黒夜の懐に入り込まなければ何も出来ない。

その数メートルが両者の間に隔たる絶対的な彼我の差となっていた。



(このままじゃジリ貧です……が)

だが絹旗にも勝機はある。

黒夜の体晶を用いた能力行使には限界がある。
滝壺のようにある程度の耐性がある者ですら連続しての使用は無理があるのだ。
黒夜のそれには必ず限界が来る。黒夜が自滅するまで躱し続けていればいいだけなのだが――。

(問題はそれまで逃げ切れるかって事ですよね)

「下手な事は考えない方がいいよォ?」

絹旗の思考もまた、黒夜には分かっていた。
だが、だからこそ何も考えずに暴走させた訳ではない。

「SF映画っていったらもォ一つ――コイツは外せないよなァ」

にやりと嗤う黒夜。
その笑みにぞくりと背筋が粟立ち。

(拙い――っ!)

咄嗟に絹旗はその足元に向かって――、



「もォ様式美だろォ? SFっつったら――――ビームだよっ!」



能力により指向性を得、解き放たれたプラズマが地下施設に光の軌跡を描いた。

それはまるで『原子崩し』。麦野沈利の持つ電子の砲とあまりにも似ていた。



だがそれが絹旗を捕らえる事はなかった。

「――らァあああッッ!!」

ゴガァンっ!! と激しい音が研究所を震わせる。
直前に絹旗の踏み降ろした足が、床を砕き辺り一面を丸ごと陥没させた。

「なっ――!?」

足場と共に体勢を崩され黒夜の砲は外れる。
思わずバランスを取ろうと反射的に動かした手のままに狙いは逸れ斜め上方へ。
天井を穿ちそのまま何枚もある階層を貫き、地上へと突き抜ける直前でようやく減衰し止まった。

解放された窒素が熱風となって研究所上層を蒸し焼きにするが、溶解と共に爛れ落ちた施設の建材が壁となって黒夜や絹旗へ吹き返すことはなかった。

だが絹旗の震脚はそれだけでは終わらない。
砕かれた床面は黒夜を巻き込み、絹旗もろとも階下に向かって崩落する。

「クソがァ――!」

絹旗と違い黒夜には身を守る術がない。
選択肢を奪われ、黒夜は掌を下に向け掻き集めた窒素を噴射する事で空中の姿勢を制御しようとする。
しかし体晶によって暴走状態となった『窒素爆槍』では思うようにコントロールできない。
まともに落下する事こそ免れたものの通路の壁面に体を打ちつけてしまい、激痛が全身に走った。

「っぐ……!」

鞠のように跳ねながらも黒夜はなんとか致命傷を回避し下階に着地する。
能力の演算には支障はないと思えるものの身体的に無視できないダメージを負った。

槍を形成しての白兵戦は無理だと判断。
もう一度プラズマ砲での砲撃を行おうと周囲の窒素を掻き集めようとして――、



そして、世界に不純物が紛れ込む。



黒夜の視界、彼女の目の前に現実では到底ありえない光景が広がっていた。

世界を覆うように広げられた純白。

それはまるで天使の羽。
空想上の産物でしかない存在の持つ完全に無垢な翼が一対、何かを覆うように広げられていた。

翼は大気を打ち払うように一度ばさりと翻り、左右へと広がる。

そしてその中から現れたのは二人。

黒夜と共に落下した絹旗と。

彼女を腕に抱き止め、翼を広げ笑みを浮かべる少年。

この世の常識など端から知らぬとばかりに威風堂々と広げられた翼。
その持ち主が他の誰であるはずがない。

この街、超能力と超科学の学園都市において。
その二三〇万の内にも世界の条理を無視できる存在などたった一人しか存在しない。





「天使が助けに来たぜ、空から落ちてくる系のヒロインちゃん。この街は本当に退屈させねぇなあ」





超能力者、序列第二位。


      ダークマター
――――『未元物質』、垣根帝督。



普遍条理を覆す異分子が。
その象徴ともいえる異形の翼を背に広げて登場した。



「な――――」

突然現れた少年。
彼の腕に抱かれ絹旗は呆然とするしかなかった。

彼、垣根は絹旗の属する『アイテム』とは別組織、『スクール』のリーダーだ。
ならば敵対する事こそあれ、絹旗を助けるなど考えもできなかった。

だが現に、垣根はこうして上層から落下してきた絹旗を両腕で抱き止めていた。
その行動に敵対する意思など微塵も感じられない。いや、それこそが彼の特性なのかもしれないが――。

「あれ、引いた? ちょっと格好付けすぎたか?」

垣根はおどけるように嘯き、そして笑う。
屈託のない、あどけない少年のように。

「どォして――」

絹旗は思わずそう口にした。

何故この場に現れたのか。何故彼が自分を助けるのか。何故そうも笑っていられるのか。それが分からなかった。
垣根からしてみれば絹旗などどうでもいいような雑魚に過ぎない。その程度の客観的事実は理解している。
他でもない超能力者。それも麦野を上回る序列二位。彼が絹旗を助ける理由など思いも及ばなかった。

「なんで助けるのかって? そりゃあほら、あれだ」

垣根は呆然とした絹旗に微笑み告げる。

「昔から言うだろ――オマエの物は俺の物って。ならアイツの仲間は俺の仲間だ」

暴君のような三段論法を持ち出して垣根は笑う。
いや、三段論法にすらなっていない。彼が言う『アイツ』と彼との関係は――。

「テメェの女を泣かせるなんて三下のやる事だ。
 いい男ってのはな、何も言わずに勝手に全部カタ付けてればいい。そうすりゃ勝手に笑ってくれるさ。
 まぁ階を一つ間違えたのはご愛嬌って事で。結果オーライだし問題ねぇだろ? あ、これオフレコ。麦野には内緒な?」

彼女の名にようやく絹旗は合点する。

そう、垣根は――。

「だから助けに来たって言ったろ……ピンチに颯爽と現れた王子様に惚れちゃった?」

「一言多いンですよ」



「……ッハ……なンだよそれ」

そんな二人を目の当たりにして黒夜は吐き捨てた。

「誰かと思えば第二位じゃねェか……なンだよ、なンだこりゃ。この筋書きは誰が描きやがった。
 三文芝居にも程がある。デウス・エクス・マキナかよ、最低だなクソッタレ」

もう笑うしかない、と黒夜は失笑し、ふらつきながら通路の皹割れた壁に背を預けた。

「あーあ。ダメだもォ……白けちゃったよ。馬鹿。巫山戯んなよ」

そのまま黒夜はずるずるとへたり込む。

気を抜いた途端に体晶の反動が出たのだろう。
苦しげな息を吐きながら横目で垣根を見遣り長い髪を鬱陶しそうに掻き上げた。

「アンタにはどうやっても勝てないってのは分かってるからね、『未元物質』。アンタが出てきた時点で私の負け。
 敗因は速攻できなかった事……っていうかさっきの愚痴か。馬鹿やったなぁ……いや、それも含めての筋書きか。
 何にせよ私はここでオサラバ、退場って訳だ。こうなった以上私の出番はないだろうし、いっそ清々しいほど最低だ」

「この先は決まってるってか? だとしても足掻こうとはしないのか」

「アンタ、さっきいい男がどうとか言ってたけどさ。別れ話持ち出されてギャアギャア喚く女をどう思う?」

「俺の美的感覚からすりゃいい女とは言えねぇなぁ」

「だろ? ……まあ別に気に入られようとなんか思ってないから無駄な足掻きをしてみるってのも一興だけど」

そう言って黒夜は、つい、と手を上げ。

「無駄だ。オマエの能力じゃ俺の『未元物質』の混ざった窒素を操れねぇだろ」

「だろうね……ほら、こういう具合にできてんだよ」

手を下ろし、黒夜は肩を竦めた。
世の中上手くいかない時は何をやろうとしてもとことん裏目に出るのだと。



そんな二人の会話を絹旗はどこか遠いところにいるように感じながら聞いていた。
抱かれていた体を下ろされ、ようやく自分の足で立ちながら絹旗は呟く。

「一体――何を言ってるんですか――」

「次元の違うお話だよ。絹旗ちゃんには理解できなくて当然といえば当然なんだけどさ」

黒夜は嘲笑うように鼻を鳴らす。
それから、羽織っていたパーカーの懐に手を入れる。

「多分ここで選択肢があるんだろうな」

黒夜が取り出したのはプラスチックでできた黒い長方形の物体――電気機器のアダプタにも見えるそれを彼女は手の中で転がす。

「選択肢ってどんな?」

「アンタが一番良く分かってるだろ、垣根。ここで死ぬか、喧嘩やめてそっちの味方に付くか……。
 んで、その結果私がどういう答えを出すかも分かってるはずだ。そうだろ?」

「まあな」

垣根も黒夜と同様に肩を竦める。
その顔に浮かぶ失笑が絹旗には――何故かどこか寂しそうに見えた。

「死んでもお断りだよバーカ」

「……だろうな」

顔を見合わせ苦笑しあう二人。

そして黒夜は手にしていた黒い塊を絹旗へと放った。

「っ……!」

咄嗟に身構えるものの、絹旗の『窒素装甲』もまた『未元物質』の影響を受け窒素に干渉できない。
だが垣根はそんな絹旗をよそに何の躊躇いもなく投げられた物体を素手で受け止めた。



「プレゼントだよ、絹旗ちゃん」

黒夜が笑う。

「ほんとはさ、奥の手だったんだけど。『窒素装甲』抜くための特注改造スタンガン。
 一発で全バッテリー使うけどちゃんと端子で挟み込めれば『窒素装甲』の上からでも殺せるだろうと思ってね。
 どうせどっかで使うだろうと思って持ってたんだけどもういらないや。垣根がいるんじゃ話にならない。冥土の土産にあげるよ。あ、これ逆か」

「……黒夜」

「殺せよ。じゃないと困るんだろ、『アイテム』。
 そっちのお兄ちゃんが何かやろうとしてるみたいだけどさ、私が生きてるってだけで邪魔になるでしょ。
 私も無駄生きする気なんかねーし。惰性で生きるのなんてクソ食らえだ」

そう笑って、黒夜は目を閉じ両手を後ろに、腕を枕にして壁に寄り掛かる。

「…………」

絹旗はしばらく何かを考えるように垣根に渡されたスタンガンと黒夜を交互に見た後。

「どうもお互いに超ついてないみたいですね」

「運がいいはずないでしょ。だってほら、地の底だぜ?」



違いない、と絹旗は淡く苦笑して、瓦礫を避けながら黒夜に歩み寄る。

「……ところで黒夜」

「なーにー。私としては殺るならさっさとして欲しいんだけど」

「お墓に備えるもののリクエストって何かあります?」

「――――――」

予想外の絹旗の言葉に黒夜は僅かに眼を開き。

「……あれ、イルカのぬいぐるみとか」

「そういえば超好きでしたもんねえ、イルカ」

下らない事をよく覚えてる、と二人で笑った。





「んじゃ先に地獄で待ってるよ。アンタも早く来なさいよ。寂しいから」

「ここよりは幾らか超マシだといいですね、地獄」





――――――ばぢん






――――――――――――――――――――








「う……」

目が覚める。

悪夢を見ていたのに起きた途端に全部忘れてしまったような嫌な気配。
まさかそんな事があるはずないのに、と自嘲してようやくフレンダは我に返った。

そうだ、私は素粒子工学研究所で――。

「っ――!」

気絶する直前の記憶を思い出し跳ね起きた。

あの獣型のロボットに打たれた薬がまだ残っているのだろうか。
朦朧とした意識は彼女の持つ能力からすればありえない事だが、演算を阻害する薬効があったのだとしたらそれも頷ける。
事実今の彼女には記憶を回想する事すらも自力でやらなければならなかった。

通常その『心理掌握』の効果をフルに発揮できていればフレンダは完全記憶能力に近い記憶探索能力を持つ。
自分で自分の思考と記憶に働きかけられる状況であれば記憶や心理状態はおろか、感覚器官の増幅や遮断も思いのままだ。

肉体的にはただの少女ではあるが人が生まれつき持っている人体限界値のリミッターを外せば爆発的な身体能力すら発揮できる。
もっともそんな事をすれば筋肉痛どころでない事態が待っているのだが。

ともあれ、フレンダは『心理掌握』を十全に働かせられないものの、僅かばかりの感覚強化を行い状況把握に努める。

ここはどこかの倉庫だろうか。
薄暗く、埃っぽい。分厚い鉄扉の隙間から微かに外の明かりが差し込み、埃を反射してカーテンのようにも見える。
外からは車のエンジン音が絶えず聞こえ幹線道路に近い事が分かる。床から感じる振動はモノレールのものだろう。
鼻をくすぐる油と薬の臭いは独特なものだ。近くに何かの工場があると考えていい。となればここはその倉庫だろうか。

記憶の中の学園都市の地図と照らし合わせて大まかに計算する。
幾つかの条件を照らし合わせれば合致する地形は限られている。都合数ヶ所。その内にもっとも確率の高い場所は――。

「ああ。気が付いたか」

突然の声にはっと振り返るとそこには長い髪を二つに括った少女がいた。
フレンダがあの機械の獣に襲われた時に、今と同じように突然現れた少女だ。



「っ…………」

「すまない、驚かせたか。少し外に出ていたから。隠形の術を解いてなかった」

そう言って彼女は手に持っていたミネラルウォーターのペットボトルを掲げて見せた。

「手荒な真似をして悪かった。詫びと言っては何だが、殺しておいたから許してはくれないか」

そんな物騒な事を平然と言ってのける彼女――ショチトルはフレンダにそう苦笑した。

ショチトルから敵意は感じられない。
外面的にも、内面的にも。

文字通りに感じられないのだ。

「…………」

フレンダは警戒を解かない。
殺された訳でもないし、拘束すらされていない。
どころか彼女は喉が渇いただろうと飲み物を手渡してくる。

だが何よりも――フレンダには彼女の内面がまったく見えない。
超能力者第五位、『心理掌握』の力を以ってしてもその一端すら垣間見えない。
それが不気味でならなかった。

「……アンタ、結局一体何者な訳。あのロボは仲間じゃなかったの」

「体裁上な。まあ……裏切った、と言えば分かりやすいか」

危害を加えるつもりはないといっただろう、とショチトルは嘯く。

「私の名前はショチトル……目立つ容貌だから少し外見をごまかしているが。オマエに頼みたい事があって来た」

「それにしては随分と手厚い歓迎ね。アンタのお国じゃこういうのが慣例な訳?」

「助けたのにその言い草はないだろう。機械相手は相性が悪いだろうに、『心理掌握』」

「っ……」

フレンダは言葉に詰まる。
自分が超能力者だという事は対外的には秘密だ。
それを知る者はごく僅か。仲間である『アイテム』の中でも麦野だけ。あとは暗部の研究従事者程度だ。



「よく私の能力を知ってるわね。結局、アンタの思考が読めないのと関係してるのかしら」

「それについては体質のようなものだ。あまり気にしないでくれ」

「まさかはいそうですかって納得できると思う?」

「納得してくれ。詳しい説明をするのは面倒だ。……魔術や秘蹟の存在を信じるか?」

怪訝な顔をするフレンダにそれ見た事かとばかりに彼女は肩を竦める。

「オマエの事を知っていたのは、たまたま私が裏切った組織にその関係者がいたからだよ」

「関係者って……」

「『博士』と言えば覚えがあるか?」

「あー……」

その代名詞で呼ばれる者は数多くいるが、固有名詞として用いるならば一人だけ心当たりがあった。
爬虫類のような冷たい眼をした、白衣を着ている姿しか思い出せないような男だ。
『アイテム』の要となっている薬品――能力体結晶の開発に従事していた研究者の一人。
フレンダ自身がその実験に少なからず関わっている。ともなれば能力を知られていても当然の相手だった。

「アイツね。何、結局まだ懲りてなかった訳」

「まだ?」

「前に年甲斐もなく私に言い寄ってきたからフってやったの」

「……そういう感情があるような男には見えなかったが」

「研究材料としてよ」

納得した様子でショチトルは頷く。

どうにも会話のテンポが悪いとフレンダは思う。
相手の感情が見えないからだろうか。
いや、そんな事はない。自分の社交性はそこまで能力に依存したものではないはずだ。

と、そこまで考えてようやく気が付く。

(ああそっか……単に不安なだけなんだ)

ある意味では対人における絶対の切り札ともいえる能力。
依存こそしていないものの、『心理掌握』の通じない相手を前にしてようやくそれを拠り所としていた事に思い至った。

(結局、一番相手を信じられてないのは私自身じゃない)

何の因果だろうか。本当にろくでもない能力を開花させたものだ。



「それで?」

今さら一服盛られる事もないだろうと開き直ってペットボトルに口を付けフレンダは聞く。

「結局、私に手伝って欲しい事って何よ」

「ある男を説得したい。手を貸してほしい」

「お断りよ」

微塵も考える事なく即座に切って捨てた。
考える必要すらない。テンプレート通りだ。

「洗脳なら他を当たってちょうだい。私はそういうの好きじゃないの」

「随分と道徳的な事を言うな、『心理掌握』」

「悪い? 結局、誰も彼もが自分の能力が好きって訳じゃないのよ」

眉を顰める。思わず握る手に力が入り、柔らかいペットボトルがべこりと変形する。
感情を上手くコントロールできていないのも能力を充分に働かせられないからだろうか。

そんなフレンダにショチトルは何故か微かに笑みを浮かべると。

「いや、洗脳する必要はない。少しばかり身動きを取れなくしてくれれば」

「……は?」

「できれば手荒な真似はしたくない。……とはいえ何も無しではすぐに殺し合いになりかねないからな」

私も相手も、とショチトルは続ける。

その答えにフレンダは、今度はしばらく考え込んだ。
彼女の真意は見えない。だから言葉面と外面だけで判断しなければならない。

だがショチトルには悪意があるようにも嘘を言っているようにも見えない。
能力の性質上、嘘の見分けは経験則からある程度目端が利く。恐らく本気で言っているのだろう事は見て取れた。



「要するに……私に仲介人になれっていうの?」

「そうとも言えるな」

「……」

「ちなみに相手、誰?」

「…………」

その問いにショチトルは答えない。
答えられない訳ではない。これはつまり――。

「なるほど……『男』ねぇ」

「違う。決してオマエの思っているような相手ではない」

「じゃあ何よ」

再び口ごもるショチトルだったが。
やがておずおずと、不機嫌そうに取り繕いながら僅かに眼を細めた。

「……兄、のような人だ」

「……そう」

その一言で決まった。

単によくある一つの兄妹喧嘩。その仲裁に入ったのだと思えばいい。
何より妹をないがしろにしているような奴には自分も一言二言言ってやりたい。

だがまたしばらくフレンダは黙考する。
とはいえ考えているのは事の正否に関してではなかった。

――どうして自分なのか。動きを束縛する能力者は他にいくらでもいるはずなのに。

幾らか理由を考えて、結局辿り着く結論は一つしかなかった。
よく言うあれだ。

「……結局、単に私が不幸だったってだけか」

小さく口にする。
そうは言うもののフレンダはどこかしら楽しげで、そして不安げだった。

もし自分の能力で、その能力を使わずに誰かの心を動かせるなら。
それも随分と愉快で皮肉の効いた話だ。そう思った。






――――――――――――――――――――








   「……ねえ」
                                                 う  ち
   「言われなくても約束は守るさ。アイツらの事なら心配いらねぇよ。おまけで『スクール』の二人も付けておいたし」

   「そうじゃなくて……」

   「何? もしかして俺の事心配してくれてんの?」

   「……そうよ」

   「……驚いた。オマエの口からそんな言葉が出てくるなんてな」

   「心配しちゃ悪いか。アンタには、私を誑かした責任取って貰わないといけないんだから」

   「これは随分と恥ずかしい事言ってくれんじゃねぇか。そこらの男なら一発だぜ」

   「でも」

   「分かってる。分かってるさ。だから心配するな。オマエはただ俺の言った事をやってくれればいい。ただそれだけだ」

   「……やめましょ。三文芝居もいいとこだわ」

   「いいじゃねえか。臭い台詞だって時には華だぜ」

   「……私はちゃんと、アンタの言う通りにやるから……だから……」

   「ああ。任せとけって。あとは全部上手くやる」

   「……死ぬなよ、垣根」

   「死亡フラグになるからやめようぜ、麦野」

   「臭い台詞がいいって言ったのアンタじゃない」

   「ハハッ、それもそうか」





   「――――さてと。それじゃあ行きますか」






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