とある世界の残酷歌劇 > 幕間 > 09


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カカカカカカッ! と乾いた音が連続で響く。
十一次元座標を用い移動を果たしたそれらが空間を割り裂き突き刺さる音だった。

その先は――滝壺の背後。
体晶により暴走状態となったこの期に及んでなお、査楽は誰かの背後にしか空間移動を行えなかった。

「――――、っ!」

安堵したのもつかの間、その能力行使の意味を悟り浜面は走る。

査楽は何も意味なく能力を使った訳ではない。
狙いは初めから滝壺の背後だった。

即ち、この能力演算を阻害する音響装置の制御機器。

「滝壺っ!」

無理矢理抱き起こし、その場から全力で距離を取った。
背後でばちんと硬質の音。その直後、計器に突き立った机の辺りから爆発のような音と共に火の手が上がる。

それと同時に天井からがなりたてていた音が一瞬のノイズの後、ふっと消え去った。

(拙い――!)

腕の中の滝壺の呼吸が回復してゆく。それは即ち査楽も同じ事。
脳を蝕んでいた演算阻害がなくなれば能力者は元の力を発揮できるようになる。



査楽の持つ空間移動能力の前では逃走は無意味だ。だからこそ麦野を探していたのだが。

迷う。

このまま即座に逃げるべきか。
査楽の能力は追いかける事はできても追いつくことはできない。
逃げ続ける限りは追いかけてはこれない。

そしてもう一つの選択肢。
査楽は即座には動けない。回復には時間が掛かる。
果たしてあと何秒か。分からないが……彼をこの場で排除すれば麦野の位置を確実に確認できる。

彼女と合流できれば大きなアドバンテージとなる。
監視カメラを探せばフレンダの位置も特定できるだろう。

好転する可能性を捨て現状維持か。
それとも危険を冒して博打に出るか。

迷っている時間はない。一瞬のうちに決断しなければならない。

そして……。

「くっ……!」

心の中で滝壺に謝る。

浜面の選択した手は逃走だった。

麦野、フレンダ、そして絹旗。
浜面は己の分を弁えている。何人もに気を回せるほどの頭も力もない。
今彼に求められている事は全力で滝壺を守る事だけだ。



査楽を無視し、逃走する。

その決断は僅かに遅かった。

廊下への戸に向かおうと決意した瞬間――目の前に査楽の姿が現れた。
左手で顔面を押さえ、その間から覗く目は血走り殺意も露に浜面を睥睨していた。

(前方への空間移動はできないんじゃ――)

そう考えてから気付く。彼は浜面の前に空間移動で現れたのではない。
浜面が胸に抱く、滝壺の背後に現れたのだ。

「逃が――しません――」

血を吐くように言う査楽の手には、元は椅子か机の一部だったのだろう、棒状の金属製の部品が握られていた。
その先端は不自然なまでに滑らかな切り口で切断され鋭く尖っている。

空間移動の作用によって硬度を無視し切り取られた槍。
たとえ急ごしらえだとしても武器としては申し分のない殺傷力がある。

両手でしっかりと握り締められた槍が繰り出される。
その動きは粗末としか言い様のないものだが、体重を乗せた一撃は充分な威力を持っている。

対し、浜面の腕の中には滝壺。
普段の彼なら躱せるだろうが滝壺の存在によって反応が遅れる。



「っ――のぉ――!」

胸元に向かって穿たれた一撃を浜面は体を落とし首を曲げ強引に回避する。

しかしその無理な体勢では次がない。
続く二撃目はどうしても避けようがない。

滝壺を抱えたままでは。

(悪い、滝壺)

言葉には出さぬまま浜面は抱いていた滝壺を手離す。
乱暴だとは思うがとやかく言っている暇はない。
文句なら後で幾らでも聞こう。今は査楽をどうにかする事が先決だ。

突かれた槍は引かなければならない。
本物の穂先の付いた槍ならいざ知らず、鉄棒を切り出して作ったような刺突にしか使えない代物では切り払う事もできない。

査楽が槍を引き、再び突き出すまでに絶対的なタイムラグが生まれる。
その隙に浜面は査楽の腰に向かい、槍を掻い潜るように突撃する。

「おおおおぁっ!!」

踏み込みこそ浅いものの、路地裏の喧嘩で場慣れしたタックルは正確に決まる。
衝撃に手放された急造の槍が宙を舞い、からんと乾いた音を立てて床に落ちた。



組み伏せようとする浜面。
それに抵抗する査楽。

果たしてどちらが攻めているのかも分からないような状態で二人は縺れ合うように転がる。
殴り、蹴り、掻き毟り、不恰好に。

しかし体力差は歴然だった。
やがて浜面が馬乗りになり査楽を押さえ込む。

手の中に即殺できるような武器はない。

ならば。

「…………!」

浜面は査楽の腕を押さえ込んでいた両手を素早く離し、首を絞める。

「っぎ――ぁ――」

査楽が錆びた金属が擦れ合うような声を上げるが耳を貸しはしない。

両の手の中に筋肉と血管と気管の動き、そして体温が如実に感じられる。
びくびくと痙攣する肉の動きが気持ち悪い。けれどそれすらも意図的に無視し、浜面は両手に力を込める。

どれだけこうしていればいいのか。
早く終わってくれとどこか遠いところで思いながら浜面はぎりぎりと首を絞め付ける。
感情を押し殺し機械的に。手に込める力だけは衝動のままに。



「がっ……!?」

突如生まれた痛みに浜面は顔を顰める。
抑えるもののない査楽の手が浜面の喉を突いた。

痛みと驚愕に断ち切られ張り詰めていた殺意が一瞬途切れる。
刹那だけ緩んだ両手を振り切り査楽は浜面を突き飛ばした。

査楽の首を絞めていた手が離れ、浜面はたたらを踏んで後退する。

咳き込む音。それは査楽のものなのか、浜面のものなのか。

思わず体を折りかける。予想以上にダメージは大きい。
不意の一撃だった事もあって肉体的にではなく精神的にかなりの衝撃を受けた。

だが気を抜いてはいられない。
逃走が不可能な以上、浜面が折れてしまえば滝壺の身が脅かされる。

なんとしてもここで査楽を仕留めなければ――、

強引に意志の力だけで苦痛を捻じ伏せ、歯を食いしばり視線を上げる。
しかし。

「――――」

そこに査楽の姿はない。

「しまっ――」

振り向くよりも早く、空間を移動した査楽が背後から浜面の首を絞めた。



握力ではなく、腕の力で絞められる。

二人の背の高さは同じくらいだ。査楽は浜面を背負うように首に回した腕を吊り上げる。
重力の力も加わり浜面の喉に腕が食い込む。

「ぐ……っ……!」

暴れ、拘束から逃れようとしても体は半ば宙に浮いている。
腕は背後には振れず、踵で蹴り付けても拘束を解けるほどの威力にはならない。

(くそ……っ!)

ナイフ……は滝壺に渡したままだ。
そもそもそんなものがあれば先ほど決着がついている。

この状況から打つ手は――。

「たき――つぼ――」

査楽の腕が食い込んだ喉を無理に動かす。

「早く――逃げ――」

この状況は独力で打破できない。
だが同時に、浜面がこうしている限り査楽は能力を使えない。

査楽の演算能力では自分一人を移動するのが限度だ。さもなくば黒夜とわざわざ別行動を取る理由がない。
その上、査楽は組み伏せられた時に即能力を使わず、一度浜面と離れてから能力を使った。
完全に密着している状態では浜面ごと移動しなくてはならないのだろう。

だったら。

「ぎ……ぐぅ……っ!」

査楽の腕を掴み、引き剥がそうとする。
完全には無理だ。だが多少なりとも絞めつけを緩める事はできる。

時間を稼ぎ、その間に滝壺がこの場から逃れ麦野かフレンダと合流してくれれば。

(そうなれば俺の勝ちだ……!)

その時点での浜面の生死はさておき。






――――――――――――――――――――






「っ――は――」

床に力なく倒れたまま滝壺は喘ぐように息を漏らす。

まだ演算領域を掻き乱され朦朧としたまま、思考は完全には回復していない。
けれど視界の端に縺れ合う二人の姿を捉えていた。

「はま――づら――」

傷だらけになりながら埃と血に塗れ奮闘する浜面に滝壺は得も知れぬ感情を抱く。

朧気な意識の中で思う。
彼はどうしてこうまでしてくれるのか。

「どうして――」

どうして。どうして。どうして。

疑問の感情がただひたすらに溢れる。
理解ができない。意味が分からない。意図が読めない。感情が見えない。

端的に言って――怖い。

理解の及ばないものを怪異だの幻想だのと称すのであれば滝壺にとっての浜面とは正にそれだった。

つい先日まで無能力者の巨大勢力の幹部を努めていたと聞く。
その事自体には何の興味もなかったが――。

彼は滝壺や査楽や絹旗や黒夜や、『アイテム』や『スクール』、そして他の暗部組織とは異なる。
闇の住人ではない。どれだけ汚れていたとしても彼は真っ当な世界の住人だったはずだ。
だからこそ滝壺は恐怖する。
                 やみ
今この場、彼女の理解する日常に紛れ込んだ表舞台の住人。
滝壺はそれを知らない。彼女にとって正常なのはこちら側であって、燦然と輝く表舞台など別位相の世界以外の何物でもなかった。

だがどうしてだか、そんな彼女の前に現れた少年は彼岸の存在であり。
そして彼女たちの常識に縛られない。

不条理。理不尽。理解の範疇を逸脱している。

正に異質。

浜面の存在は滝壺の世界に紛れ込んだその内の見えない暗黒物質でしかない。



滝壺にとって生死のやり取りとは当然であり、もはや呼吸をするのと同義だった。

『アイテム』――その結成は暗部組織の中でも真っ先に行われた。

他ならぬ学園都市の裏を牛耳る正体不明の上役の走狗だ。
異能を持たない大人たちは権力で以って力と成す。
                    アイテム
滝壺らはその名が示すようにその道具でしかない。
選択肢はおろか疑問に持つ事すら許されず、そして無敵無敗である事を強要された存在だった。

故に彼女らは、人格の根本が破壊されている。
いや、彼女たちにとって正常なのは自分たちであり、他が異常なだけなのだろう。

己の生も他者の死も、存在の意味も意思の決定すらなく、信じられるのは自分たちのみ。
家族には捨てられ、頼るべき大人たちには奪われ、友人など最初から得られるはずもなかった。

もはや狂気的な、狂信的な自己愛に等しい強固な結束と依存。
『アイテム』を唯一繋ぎとめているのはそれだった。

生も死も真も偽も超越した一群としての共同生命線。
彼女たちの最も恐れるのは己の生死など低俗なものではなく、結束の崩壊にこそあった。
なればこそ背信は自傷――否、自殺行為に等しい。己の中にある絶対正義を傷付ける事などできるはずがないのだ。

だからもし彼女たちを瓦解させる何かがあるとすれば。


          しょうじょたち           しょうねん
それは間違いなく『アイテム』の中に割り込んでくる異質だった。



浜面仕上。

彼の存在は猛毒となり滝壺の精神世界を侵蝕し、その在り様を変質させていく。



いっそ全てをかなぐり捨てて逃げてしまえばいいのに。

死にたくないという気持ちは理解できる。それは世界との繋がりを失う事だ。

滝壺は死そのものに恐怖はない。
明日は我が身の世界だ。いつ死んだっておかしくないし、別に構わない。
唯一どうしても生きる理由があるとすればそれもまた『アイテム』の存在。

死の先にあるのは絶対的な孤独。肉体も精神も他者も世界もない無明の常闇。
『アイテム』に強く執着する自分だからこそその恐ろしさを誰よりも知っている。
彼女たちのためになるならば喜んで死のう。そこに絶対的な信頼があるのだから。

だがこのような、誰がどう見たって死場でないところで散るのはどうしても許せない。

そこに絆は生まれず、塵のように死んでゆく。
麦野も、絹旗も、フレンダも、そして滝壺すらもいない世界。

ただただ不安で――恐ろしくてたまらない末路だった。

考えただけでも身震いがする。
これほどまでに滝壺が恐怖するのだ。浜面もまた少なからずそういう思いはあるはずだ。
いくら壊乱しているからといっても基本構造は同じ。その万分の一も感じ得ない事はないだろう。

だからこそ滝壺は思う。

「どうして――――」

どうして彼は、今紛れもない死地にあるというのに自ら飛び込んで行くのだろう。



『――――知りたいか』

声がした。

遥か遠く。あるいはすぐ近くから。
距離や方向を感じさせず、それどころかその存在すらあやふやな声が聞こえた。

周囲には滝壺の他に浜面と査楽しかいない。他の人の気配はない。
だというのに声はすぐ耳元で聞こえた気すらした。

『考えてみろ』

声は一方的に続ける。
                     、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
『オマエだったらどうする。いや、どうすればそうなれる』

「――――――」

考えも及ばなかった。

滝壺にとっての浜面は異形の怪物でしかない。
だからまさか、自分と重ね合わせる事など思いもよらなかったのだ。

「わた、しは――」

喉を震わせ掠れるような声を絞り出す。
考える必要はない。直感的に判断すればいい。それが真実だ。
感情は理屈ではない。あらゆる理論は後付であり、未知の怪物を既知へと変えて安心するための屁理屈だ。

「――――むぎのを」

たとえその感情が未知であろうとも、自分の感情は直感的に悟る事ができる。

「フレンダを、きぬはたを――」

もし今滝壺が胸中に抱いている感情と同じなのだとすれば。


        きずな
「――――『アイテム』を、失わせないから」



彼は怪物などでは断じてない。



滝壺の答えがそうならば、浜面の答えも同じだろう。

闇に墜ち、全てを失った少年。
守るべき者、帰る場所、そうしたものを全て奪われた。
だから今彼にそういう掛け替えのないものがあるとすれば、奪われた後に得たもの。

なし崩しの結果だったとしても。
誰かから押し付けられたものだとしても。

浜面が命を賭して守るべきものなど、考えるまでもなく一つしかないのだ。

「……そっか」

滝壺の心に最早恐怖など微塵も存在しない。
あるのはそれを理解できなかったという悔恨と理解できたという安堵。

そして、形容しがたい何か。

あえて名付けるとすれば、絆。

「はまづらは――私たちを守ろうとしてくれてるんだね」

滝壺の世界に亀裂が走る。
蛇が脱皮をするように世界は一回り大きく膨らむ。
その一回りは他ならぬ浜面の分だ。彼の存在分だけ滝壺の世界は広がる。

両腕に力を込め、膝を突き、顔を上げ、前を見る。

そこに絆があのならば。彼が命を賭すというのならば。
彼もまた『アイテム』の一員に違いない。

その彼が今まさに弑されんとしている。
ならば滝壺の取るべき行動など唯一つしかない。
殺されてなるものか。奪われてなるものか。
無二の結束だからこそ絶対に護らなければならない、絶対の価値。

他人に汚される事など許せない、彼女たちだけのたった一つの現実――。

「私が……はまづらを助ける……っ!」



『いい答えだ』

声が再び聞こえた。

『だが“助ける”。どうやって? 勝算はあるのか? オマエは具体的な力を持っているか?』

声は男のものだ。
頭の中に直接浸透してくるような不思議な響き。
その発生源を滝壺は視点を引き上げた事で見つける事ができた。

それは宙に浮かぶ白い羽毛だった。

まるで絵に描いたような、実際にはあり得ないだろう輪郭をした白い結晶が鋲に打たれたかのように空中に静止していた。
視界の中でその一点だけが宗教絵画にでもなったかのような印象を抱かせる清冽な光。

まるで天使の羽。

『いいや、持っている。オマエは確かにそういうものを持っているんだ』

羽が振るえ音を発する。
わんわんと反響するような音色は、指向性を持って滝壺だけを打っていた。

『そう、ポケットの中にあるだろう?』

停止していた羽が笑うようにひらりと宙を踊った。

『木原印の御謹製品だよ。まさかその貴重なサンプルをあのイカれた連中が利用しないはずがない。
 なんていったか、恒河沙だか阿僧祇だかって名前の、自分たち一族のガキに組み込みやがった。その結果を知りたいか?』

羽は視界を横切り、滝壺は思わずそれを視線で追いかける。

『オマエの能力、まさか愛しい彼を見つけるためだけのモンのはずがねぇだろ』

羽はふわりと奥へ。ぶち撒かれ散乱した机や椅子を飛び越えて、部屋の奥へ、奥へ。
そこにはぽつんと、他は残らず消えているのに明かりをともしているモニターがあって。

画面越しに嫌味な笑みを浮かべた少年がこちらを見て笑っていた。

『追いかけて、思いっきり抱きしめてやれよ』

ぱちん、と羽がしゃぼん玉のように弾けて消え、同時にモニターの映像がぶつりと途切れた。



「…………………………」

滝壺の精神は自分でも驚くほど静かに凪いでいた。
ある種の諦念。あるいは悟りの境地に似た覚悟。

ジャージのポケットのを探る手中には硬い感触がある。
薄く平たいものが幾つかと、やや丸みを帯びた手に握り込めるほどの大きさの金属片の塊が一つ。

一つと唯一を取り出し、握り締めた。

薄く軽いプラスチックのケースの中には白い結晶の粉末がある。
無意識に掛けている己の能力の枷を解き放つ強力な爆薬。
暴走状態という表現は正鵠を得ている。そう易々と何度も使えるはずがないのだ。



――――アンタ、何も考えずにぽんぽん使っちゃいそうだから言っとくけど。

      女ってのはそう簡単に自分を曝け出さないものよ。出し渋ってやるくらいでいい。

      そういうものを魅せるのはね――いい? 相手を絶対確実に落としてやるときじゃないといけないの。



脳裏をリーダーの少女の言葉が駆け抜ける。
彼女の言う場面があるとするならば今この場以外にその時があるだろうか。

彼女たちのために使うのならば否はない。
だから、彼女たち以外のために使うとするならば、それは――。

要するにこの時この瞬間。

暗い世界で孤独だった少女は、初めて見た鮮烈な光を前に恋に落ちたのだ。



「死なせない――」

意識しないのに呟きが漏れる。

「死なせる――もんか――」

震える手ではケースの封を切るのも億劫で、その口を奥歯に挟み噛み砕くように折り割った。
尖った欠片に頬の内側が切れ痛みが走る。じわりと鉄錆の味が舌の上に広がった。

足は震えていていう事を聞いてくれない。
立ち上がるのすらできるか分からない。そんな状態で踏み出す事ができたとして一歩か二歩が関の山だ。

舌を舐める血の味に反射として唾液が出てくる。
どうしてだかこの味にだけは味覚はしっかりと反応してくれる。
だが都合がいい。滝壺はプラスチックのケースを口に咥え、中身を残らず朱く濡れた舌の上にぶちまけた。

そして血と唾液ごと能力爆薬の粉末を嚥下する。



――――何を――、――滝――もう――、――。



風などないはずなのに耳元でびゅうびゅうと音がする。
何か声が聞こえた気がするが無視した。

ケースの残骸を放り捨て、乾いた音を後ろに滝壺は彼の方を見る。

浜面仕上は査楽によって絞殺されようとしていた。
腕が彼の首に食い込み気管と頚動脈を圧迫している。
呼吸ができず酸欠を起こし、なけなしの酸素は血流を阻害され脳へ充分に供給されない。
締め付ける腕を引き剥がそうと指が掻くがもはや見るからに力は残されていない。
それでも必死になって締め付ける腕を掴み――。



「たき――つ――――はや――に、げ――」



吹き付ける幻風の中、彼の声だけははっきりと聞こえた。



今。今この時。
死が足を掴み奈落へと引きずり込もうとしているというのに浜面は。
浜面が生きるためではなく、滝壺を生かすために力を振り絞った。

その瞬間、滝壺の中の思いは絶対の確信へと変わる。

それは信仰と呼んでもいい。
暗い闇の中に唯一輝ける星。それは祈りと導き以外の意味は持たない。
たとえ破滅へと誘う凶星だったとして、彼女がそれを理解したところで根本の部分は変わらない。

滝壺はただ漠然と、けれど確かなものとして一つの結末を悟る。





     ああ――きっと私は、彼のために死ぬ――。





いつかは分からない。だが絶対普遍の避け様のない終わりは見えてしまった。
それは抗いようのない事実。彼女が世界の理さえ超えた法則を統べるというのならあらゆる条理を無視して確立するだろう。

それでも構わない。むしろ末路としては最上ともいえよう。
いずれ訪れるその瞬間、もしも自分もまた彼のように輝いて彼を照らし導けるのだとしたら。
この身は刹那で消えてしまう流星でも構わない。



(ただ……そうだとしても、今は)

少しだけ、ほんの少しだけ査楽に感謝すべきなのかもしれない。

彼の、浜面を背から抱きすくめるように首に腕を掛けたこの体勢。

それを眩む視線で見据えながら滝壺は壁を支えに立ち上がる。
背を預け、血と薬の味がする息で喉を鳴らし。

見えぬ手と、
味わえぬ目と、
嗅げぬ舌と、
聞こえぬ鼻と、
触れえぬ耳で、










   AIM拡散力場
                         対象指定
能力:空間移動             
                                  固定
            角度計算     [ ピーーー ]

     座標設定
                演算式抽出   [ ピーーー ]
       [ ピーーー ]
  次元定理                    作用軸
               範囲指定
代入定数     [ ピーーー ]
                       変数計測
   [ ピーーー ]
                    [ ピーーー ]





「――――つかまえ――たぁ――」

そう小さく呟き滝壺は薄く笑う。
そして自らと、そして彼のための守り刀を祈るように握り締め、そして。



(これはちょっと……見られたくない……かなぁ……)










――――――――――ig起nit爆ion



視界が、認識が、世界がずれる。

夢の中のような不確かな世界で自分が広がって内側に墜ちるような感覚。
査楽のAIM拡散力場から彼の能力を盗み、模倣し、改竄し、何もかも全てを強引に起動する。

対象人物の背後への十一次元式空間移動。
正確な名こそ知らぬものの滝壺はその能力の特性を十全に理解している。

能力の起爆からゼロタイム。
拡散していた自分が収束し世界が閉じ、結果が結実する。

無理な能力使用に耐えかねたのか、それとも能力の演算に何か不備があったのか。
眼球の毛細血管が爆ぜたのだろう、開けた視界は真っ赤で何も見えなかった。

けれど構わない。見ずとも分かる。
自分の位置、相手の位置、そして彼の位置。
全ては流れを無視した時間線の一地点で行われた事であり、その前後で状況が変化している事などありえない。

その地点を期に三次元空間を移動した滝壺以外には。

相手の背後に現れる能力。
だから、見なくても分かる。

滝壺は倒れ込むように、そして満身創痍の全力を込め、手に持った小さなナイフを突き出した。



どっ、と背中越しに小さな、しかし重い衝撃を浜面は感じた。

「っ――あ――が――」

査楽の呻きと共に耳に熱い息が掛かる。
滝壺の握り締めたツールナイフは彼の背に深々と突き刺さっていた。

滝壺は己の全力を握る手に込める。
動かす必要はない。それらの力はこの星の持つ引力が補ってくれる。
ただそれをナイフに伝えるためにしっかりと握り締めていればいい。

ぎぢ――。

倒れる体を支えきれずにナイフが肉を裂く。
抉り、掻き回すように内腑を巻き込みながら合金の刃は筋繊維を強引に押し割りみちみちと傷痕を広げてゆく。

「っ――がぁああ――!」

査楽が歯を食い縛り、左手を後ろに振り回すように殴りつける。
旋回する肘が滝壺の横顔を捕らえ弾き飛ばした。

「っあ――――!」

殴打され、滝壺はナイフこそ手放さなかったもののなす術もなく床に倒れる。
それによりナイフは引き抜かれ、最後に鋭い痛みを擦りつけながら肉を切断する。

「づ――っ!」

唐突な傷の痛み。
滝壺を殴りつけるために左手を動かし。
そして止めに更なる激痛。
疲弊した査楽の精神はそこで完全な隙を生む。

浜面を拘束していた腕の力が緩む。
そしてそこを逃す浜面ではなかった。

査楽の右腕を引き剥がし、息を吸う。
新鮮な空気が肺に流れ込む。喉が蠢き咳き込みそうになるのを飲み込み踏み止まる。



「しまっ――」

査楽の腕に反射的に再び力が込められる。
だが浜面はそれに逆らわず、むしろ引き寄せた。

どころか迎え撃つ。
無手の、無能力者の浜面だろうと、生身に備わった武器がある。
首を動かし、引き寄せ、査楽の手に噛み付いた。

顎ほど強い力を発するものはない。
親指の付け根辺りを捕らえた浜面の歯は手加減無しにそのまま肉を食い千切る。

「――――――!!」

絶叫が響いた。

地にしっかりと付いた足に力を込め、浜面は査楽を背で弾き飛ばす。

抵抗もなく床を転がる査楽。束縛から逃れた浜面は肉片を吐き捨てる。
べちゃりと湿った音を立てて床に貼り付いたそれを一瞥すらせず乱れた呼吸を繰り返しながらも滝壺を抱き起こした。

「滝壺っ!」

腕に抱いた少女は、両目から赤い涙を流していた。
能力の限度を超えた強引な発動に耐えかねた毛細血管が爆ぜ流血を起こしていた。

「はまづら――」

掠れるような声で滝壺は彼を呼び、力の入らない手で彼のシャツの胸元を握る。
その血涙に濡れた顔を見て浜面ははっとなる。

彼女は笑っていた。
全身が脱力しきったあまりに痛ましい様相だというのに彼女は笑顔を浮かべていた。

そして彼女は誇らしげに言うのだ。

「私だって、やればできるんだから」

――ああ、そうだな。

頷いて、彼女を抱きしめた。

自分が守るしかないと思っていた非力な少女。
そんな彼女が力を振り絞って査楽に一矢酬い浜面を助けてみせた。

無能の少年と非力の少女。
その二人が局面を逆転させた。

ならば今この場、どう転んだって負ける気はしない。



「糞っ、糞っ、糞がぁっ!」

右手を押さえ吐き捨てる査楽は血走った目で二人を睨み付ける。

「よくも、よくも私の……!!」

「次は首を貰う」

は、と疲労も色濃い息を吐き出しながらも浜面は嘲るように言った。
滝壺の指をそっと開き、その手に持っていたナイフを取る。

「ったく、モブ風情が何格好付けてんだよ。見てて滑稽だぜ。
 これ以上雑魚相手にいくらやったって面白くねえだろうが」

何故だか分からないが、何故か分かるのだ。

どうなったって死なない。負けない。
ここで生き残り勝利するという理由不明の絶対的な確信を得ていた。

「ぶっちゃけ面倒だから尻尾巻いて逃げろ。オマエは絶対に勝てねえよ。
 それともオマエが死ぬまでやるか? あぁ本当に面倒で仕方ないけど――」

まるで既に未来が確定しているような。
究極的に同じ結末になるのだから、ここからはただの蛇足でしかない。

が――。

「オマエがやるってんなら相手になってやる。来いよ三下」

査楽は困惑する。
今といい先といい彼の自信は何から来るものなのか。

彼の目的もまた浜面の殺害や滝壺の拉致ではない。
いや、滝壺には他者の能力を操るという反則的な力があり、最悪の場合自分の能力すら封じられかねないような状況。
詰みは査楽の方だ。既に彼の目的を達成するために二人は直接的な影響力を持たない。

それどころか――。

その時、査楽の思考を遮るように、かつん、と乾いた音がした。
続く声。それは死刑宣告に等しかった。

「――上出来だよ浜面。ご褒美は何がいい?」

『アイテム』のリーダー。
超能力者第四位。

『原子崩し』、麦野沈利が部屋の入り口に立ち不敵に笑っていた。



査楽の決断は早かった。

「麦野――! ――――くっ!」

冗談ではない。査楽にとっては最悪の展開。
一軍に匹敵する能力を持つ最高位能力者の一角の少女。
彼女を相手にするなど、文字通りに命が幾つあっても足りない。

やや薄らいだとはいえ体晶の効果はまだ残っている。
全力を超えた暴走状態の能力を強引に行使し、査楽は最速でこの場からの遁走を選択した。

ふつ、と音もなく査楽の姿が虚空に消える。

「………………、は、ぁ……」

張り詰めていた緊張の糸が切れ、浜面は深い溜め息を吐いた。

「どうせならもっと早く来てくれよ。こっちは何度も死に掛けたんだぜ、麦野」

「にしてはそこそこピンピンしてるみたいだけど。あんな啖呵切っちゃってさ。浜面の癖に生意気だっつーの」

そんなやりとりをしながら、麦野はゆっくりと二人の方へ歩み寄った。

「大丈夫? ……じゃないか」

しゃがみ込み、滝壺の顔を覗き見る麦野。
対する滝壺の頬には涙が赤い筋を描いている。
しかし滝壺は薄く目を開き、弱々しく微笑んだ。

「大丈夫だよ、むぎの。はまづらが守ってくれたから」

「……そう」

その返答に麦野は、どこか痛切な笑みを返した。



だがすぐに麦野は、真剣な表情になり滝壺を見る。

「アンタ体晶使ったわね? ……まだ効果、残ってる?」

その言葉が意味するところを悟り、浜面は思わず声を荒げた。

「おい麦野……!」

「アンタは黙ってなさい」

ぴしゃりと浜面の言葉を遮り、麦野は鋭い眼光を浜面に向けた。

「アンタまさか、アイツをあのまま逃がしていいと思ってるの?
 私たちに敵対した奴は一人残らずぶち殺さないと。絶対に舐められちゃ困るのよ、『アイテム』は」

軽い口調だが、その言葉の裏にある重みを感じ取り浜面の背にぞくりと寒気が走った。
比喩などではない。絶対的な事実としてその言葉があった。

「距離九八三〇、方角は――あっち」

見えていないだろうに、滝壺は目を閉じたまま、つい、と虚空を指差す。
滝壺の指の先、部屋の隅――その先にあるものに視線を向け麦野は眉を顰めた。

「やるわねぇ、十キロ近いじゃん。さすがって言うべきなのか当然って言うべきなのか迷うけど。
 でも遠いなあ。これじゃ着弾点がずれすぎるわね……角度難しいけど補正できる?」

「うん」

キィィィン――――と耳鳴りに似た超高音が空気を振動させる。

麦野が差し出した手の先に光の粒が舞っていた。

それは引かれ合うように一点に集中してゆき、徐々に大きな光球を形成する。
彼女の能力により本来の性質を崩され、粒子と波動の中間の不安定な状態で固定された電子たちが集中し光を放っていた。

「もう少し右……あとちょっと下……」

浜面の目からは麦野の動きに変化はないように見える。
しかし架空の砲身が麦野の視線の先に存在し、針の穴を通すような精密射撃を行おうとしているのだろう。

「あ、行き過ぎ。……うん、そこ。」

麦野が翳した手の先に浮かぶ光の輝きは最高潮に達している。
まるで地上――いや地下か。そこに現れた小さな太陽だった。
燃え盛るような赤ではなく、病的な青白い太陽は直視できぬような輝きを放つ。

「おっけー。んじゃ一発――ぶちかますわよ」

宣言と同時に、小さな太陽が爆ぜ、直線を描き亜光速で『原子崩し』の矢が放たれた。






――――――――――――――――――――






査楽は緊急退避用の最後の手段として残していた『避暑地』、馬場の背後への移動を行った。

査楽の能力は相手の背後に回るという特性を持つ。
そこに滝壺と同じAIM拡散力場を代入する演算方法を組み込みば、それを基点として空間移動を行う能力を持つ。

AIM拡散力場に干渉する空間移動能力。
それが査楽の持つ人為的に強化された能力だった。

しかし相手の位置を確認できない以上、空間移動には『埋め込み』の危険が伴う。
だからこそ最後の手段として残してきたが――。

「ぐっ…………!」

超長距離の空間移動は酩酊にも似た吐き気を伴う。
だが体に違和感はない。どうやら壁の中などではなく、開けた空間に出る事に成功したようだった。

背と右手を貫く痛みに演算を失敗する可能性もあったが、麦野から逃れる事を考えれば天秤にすら吊り合わない。
どうやっても太刀打ちできない相手。それが超能力者だ。
博打に近いものではあったが賭けには勝ったようだ。

「お――っげぁ――」

度を超えた能力の負荷に耐え切れず、堪らず嘔吐した。
膝を突いた査楽の視界に広がる見るからに高級そうな絨毯に胃液と未消化の内容物がぶち撒かれる。

「がっ、げほっ、ぐぅ……!」

脳に激しい痛みを感じる。
しかしそれもだが、背と右手の傷を治療しなくては。

「馬場……っ。ぐうっ……負傷しました。医療用の、ロボットがあったでしょう……出してください……!」

内臓を損壊している可能性がある。
即死こそしなかったものの今まさに査楽は死へ向かって緩やかに転落しつつある状況かも知れないのだ。



…………だが一向に返事はない。

「馬場、聞いているんですか……!」

ぐるぐると、平衡感覚すら危うい眩暈を覚えながら査楽は苛立ちに叫んだ。

査楽は間違いなく馬場のAIM拡散力場を基点として空間移動を行った。
それが成功している以上、すぐ目の前に馬場がいるのは間違いなかった。

ようやく、少しずつ回復してきた視線で見回せば目の前にソファの背があった。
そしてその向こうから何やらがちゃがちゃと乾いた音が聞こえる。

「馬場っ……!」

彼はソファに座っているのだろう。
危うい距離だったが幸運にもソファに突き刺さるような事はなかったようだ。

「あ、あのさ」

ソファを挟んで馬場の声が聞こえる。

「止まらないんだ」

がちゃがちゃと、音が止まない。

「馬場っ……あなたは一体何を……!」

叫んでも馬場の耳には届かない。
馬場の脳は許容限界を超えた事実に混乱の極みに至っていた。

「止まらないんだよぉ……」

ソファに深々と腰掛けた馬場。
彼の前には数台のノートパソコンが置かれたガラスの机、そしてその奥には大型テレビが置かれていた。

その画面のどれもが彼の動かす機械の獣のモニタリングをしている。

カメラアイの映像はもちろん、その駆動状況、現在位置、
周囲の気圧や湿度に至るまでありとあらゆる情報がめまぐるしく表示されてゆく。

なのに、それを操る彼の手に握られた極々普通のゲーム機用のコントローラー。
それを操る指が、馬場の意思とは無関係に動き続けて物凄い速さでボタンを連打しているのだ。

その操作全てが一つの目標に向かって行使されている。

機械の獣を全力でこの場に向かわせているのだった。



その原因を彼らが理解できるはずもない。

それは彼らの常識からすれば荒唐無稽な代物。
魔術と呼ばれる法則の、更にその中でも原典と呼ばれる超高濃度の毒の塊が引き起こした災厄だ。
因果応報、その術者に刃を向けた者を残らず自刃を強制させる呪い。
そんな非科学的なものだとはまさか馬場は考えも及ばなかった。

地下深くに建設されたこの『避暑地』の周りは特殊な素材で包まれており、
物質的な法則を無視する精神感応系の能力ですら届かない絶対無敵の安全地帯のはずだった。

どうして、と馬場は同じ言葉を頭の中で繰り返しながらも指は止まらない。
コントローラーを持つ手は強く握り締められ離れない。

「止まれよ……言う事を聞けよ……!」

悲痛な叫びを無視して彼の指は機械的にボタンを叩き続ける。

「馬場、一体何を――」

ようやくある程度眩暈と吐き気が治まり、査楽は左手でソファを支えに立ち上がる。

そこで見たものは、がちゃがちゃと忙しなくコントローラーのボタンを操作し続ける馬場の指と。
振り向いた馬場の、恐怖と困惑に塗れぐしゃぐしゃになった表情。
査楽の視線と馬場の視線とが交差する。

それが査楽の見た最後の光景だった。

全ての障害物を無視し十キロに近い距離を突破し『原子崩し』の一撃が飛来した。
何が起こったかも理解できぬであろうまま二人は青白い光に飲まれる。

直撃した査楽は跡形もなく。

その効果範囲を僅かに外れていた馬場は腕だけを残して消失した。

一瞬の光が通過した後、絨毯の上にコントローラーを握り締めたままの馬場の腕だけがぼとりと落ち、それ以上動くことはなかった。







――――――――――――――――――――







「無茶苦茶だ…………」

初めて麦野の能力を見た浜面は率直な感想を思わず漏らした。


浜面の視線の先には直径二メートルほどの大きな穴が開いていた。
その円周は赤く熱を持ち、完全に溶解している。麦野の一撃が疾った跡だ。

滝壺の言が正しければ何キロも離れた場所に査楽は空間移動を行った。
その上で麦野は、大穴を一撃で穿ち、十キロ近い距離にある大地を貫き、その先の査楽を直接狙撃した。

「これが……超能力者……」

「そうよ」

短く応え、麦野は肩に掛かった長い髪を後ろに払った。
彼女にしてもかなりの集中力を要したのだろう。疲労を感じさせる溜め息を吐いた。

「浜面」

「なん……だよ」

「滝壺を連れて病院に行きなさい。場所は分かってるわね? 第七学区のあそこ。
 その子を失明なんかさせたら承知しないんだから。あ、絹旗も回収しておいて」

「っ……! そうだ麦野、絹旗も……!」

「心配いらないわ」

もう一人の少女の事を思い出し慌てる浜面だが麦野は一言で切って捨てた。



「滝壺。アンタ体晶、今日二本以上使ったでしょ。死ぬわよ」

「……うん。ごめん」

「まあ仕方ないんだろうけどさ……でも残りは私が預かっとくわ」

「うん」

ポケットから取り出した残りの体晶のケースを受け取り、麦野はその中から一つを浜面に投げて寄越す。

「最終手段。アンタに預けとくわ。フレンダもまあ、大丈夫でしょ」

そう。フレンダもまた麦野と同じく超能力者の一角だ。
『心理掌握』という名の精神支配能力を持つ彼女であれば対人戦は無敵といえる。

それに自軍にはもう一人――。

「麦野。心配いらないってどういう……」

体晶のケースを受け取った浜面は戸惑うように尋ねる。

ああそうか、と麦野は思う。
今がどういう状況なのか彼は把握できていないのだ。

「アンタが絹旗のとこに行く頃にはもう終わってるわ」

ふ……、とどこか自嘲めいた吐息を漏らし、麦野は嫌そうに笑った。

「私よりも無茶苦茶なヤツが行ってるから」






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